進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
あれだけ長く感じた1日も過ぎてしまえば、遠い過去に感じる。
自分の故郷に戻ってきたコニー・スプリンガーは嫌でもそう感じた。
あの時は、いろんな感情がぐちゃまぜになったせいか故郷をしっかり見ていなかった。
「あった…ありました。これが俺の両親の肖像画です」
自宅跡地に落ちていた肖像画は意外にも綺麗で少し砂埃を払えば新品に見えるくらいであった。
両親が大事にしていたのか、しっかりとした額縁に仕舞っていたのが功を奏したようだ。
そんな遺品をコニーは迷うことなく上官のハンジ分隊長に手渡した。
「…そうか、この人が君のお母さんなんだね」
そこに描かれているのは、コニーの両親で2人共どこか息子に似ている気がする。
だが、これを発見したのは新兵の思い出を確認する為ではない。
コニーの自宅跡地で仰向けで倒れている巨人の顔と比較する為である。
肖像画の向きを逆にしてハンジは巨人の顔と見比べた。
「なんて…ことだ」
ほうれい線と大きく開いた瞼から見える瞳が巨人と一致した。
嫌でも理解してしまう。
目の前にいる巨人は、コニーの母だという事だ。
「実は分かってました」
「え?」
「ユトピア区で実際、巨人化するのを見てすぐにこの巨人が俺の母ちゃんだと分かりました」
「……そうかい、やはり何か違和感があったんだね?」
巨人と誰よりも向き合ってきたハンジですらこの事実から目を背けたくなるほどだ。
まだ精神的に成熟していないコニー・スプリンガーの心境を考えれば質問を続けるしかできない。
少なくともこれで終わりにはしたくなかったのだ。
「この巨人が『お帰り』って言ったんです。いや聞き間違いだと思ったんですが…」
「ああ、巨人の中には人名を口にする奴も居る。今考えれば記憶の残滓だったかもしれないね」
ハンジの脳裏には、巨人を必死に分析しようと試みる過去の自分の姿が見えた。
第一視点以外あり得ないはずなのに何故か第三者視点で取り組んだ内容が見えてしまう。
【イルゼ・ラングナーの戦果】で巨人が人名を呟くと分かったので意思疎通を図ったものだが…。
巨人に対する実験は、巨人化した人間の解体実験以外に何物でもなかったのだ。
「ライナーもユミルも否定してましたけどやっぱ、あいつら知っていたんだ…」
「コニー…」
「クソォ……」
ちょうどこの時間帯だった。
巨人から「お帰り」と聴こえた様な気がしてライナーに声が聴こえたか尋ねたら否定した時は…。
その時には手遅れだったとはいえ、少なくとも母は生きている。
彼にとって両親の肖像画と巨人化した母親以外、何も無くなってしまった。
「クッ…誰だよ……俺達を…こんな目に遭わせる奴は…!絶対に…許せねぇ…!」
ハンジは頭脳をフル稼働させて自分の成すべき事を考えたが答えが出ない。
ふと見ると部下たちが異様に細い巨人の手足に大量の杭を刺してロープで拘束している。
まるで実験動物のように扱っている現状にハンジは動いた。
「お前たち、身体に刺した巨人の杭を抜くんだ」
「ですが、転がって来る可能性があります!念を入れるべきではないでしょうか?」
「…いいんだ、もういいんだ。ロープだけで充分に拘束できてるよ」
両腕、両脚に異常があって動けない巨人が居るなどと想像だにしていなかった。
しかし、目の前にそれを裏付ける証拠を見せられては否定しようがない。
できる事があるとすれば、できるだけ人間に近い扱いをしてあげるくらいか。
「ハンジ分隊長!厩舎に馬は居ませんでした!」
「モブリット、
「はい、全頭徴用されていました。現に徴用を示す看板が立てられています」
「そうか、報告御苦労」
馬が居ないと分かっててわざわざ確認したのは、報告書に記された根拠を確認する為である。
馬自体は、血眼になって巨人の出現場所を捜索する駐屯兵団によって徴用されている。
そして、これが意味するのは住民が馬で逃げる暇すらなかった事態が発生したという事だ。
しかし、引っ掛かる点がある。
「なあ、モブリット?何でリーネたちは嘘をついたんだ?」
「それは本人に訊かないと分かりませんが、何か察したのは間違いないかと」
当初、コニーがラガコ村の住民が避難したと結論付けさせたのは上官たちの会話であった。
記録は残っていないが、確かに彼らは「厩舎に馬は1頭も居なかった」と発言した。
何故、真っ先に厩舎を確認したはずの第一分隊の隊員たちはコニーに虚報を告げたのだろうか。
「幸いリーネが生き残ってる。後で話を聴くとしよう」
コニーとライナー、ベルトルトを指揮していたゲルガーは、ウトガルド城防衛戦で戦死した。
幸いにも巨人の投石による塔崩壊に巻き込まれたリーネは左脚を失う重傷を負ったが生還した。
死人に口無しとはいうが、生者であれば話を聴くことができる。
追及よりも療養を優先したハンジは、あえてリハビリする頃合いを待って話を聴くつもりだ。
…と考えたところでまだ肖像画を持っている事に気付いた。
「ありがとう。返すよ」
再び肖像画がコニーの手元に戻ってきた。
彼に残された物は少ない。
そしてここは封鎖されて地理から消えていつか記録以外には残らない場所になるだろう。
「ニファ!」
「はい、どうしました?」
「一足先に共にカラネス区に出発する準備をしてくれないかい?」
「承知しました!」
人間が巨人になるのは、エレンを見れば分かる。
しかし、ユトピア区で兵士や民間人が巨人化した原因は未だに究明できていない。
いや、むしろ人間形態に戻れる能力者が異常なのかもしれない。
「さてコニー。さっそくだが君に任務を命じたい」
「…はい、なんでしょうか」
「君はニファ班と共にカラネス区に待機して欲しい」
「証言はどうしますか?」
「私がやっておくよ。むしろ、君には同様の被害者を出さないように警備して欲しいんだ」
兵団上層部を納得させるには証言と証拠と記録に基づいた書類が必要だ。
しかし、皮肉にも兵団の上層部は人間が巨人になるのを直で目撃している。
なので今回の探索は、ラカゴ村と周囲の村の住民が巨人だったという裏付けであった。
報告書を見る限り、キッツ隊長は破壊された村に血痕が無い時点で疑っていたようであるが。
「でも…」
「既に君の班配属は決まっているんだ。今のうちに気分転換しておくといい」
コニー・スプリンガーは、調査兵団特別作戦班に配属が決まっている。
第57回壁外調査で半壊した班の構成員をエレンの同期である104期調査兵で補充していたのだ。
リヴァイ兵長曰く「エレンには死に物狂いなれる環境が相応しい」という事なのだが…。
実際は、3年間一緒に過ごした同期と居た方が良いのだとリヴァイが気を遣ったようである。
「コニー、ラカゴ村は残念の結果であったが、君の母親が生き残ったのは奇跡と言っていい」
「はい…」
「まだ謎が多いが、人為的に巨人化した者も元に戻せるかもしれない。希望を捨てるなよ?」
「ありがとうございます」
巨人化能力者が巨人化した後に人間に戻れるならコニーの母親が人間になる可能性がある。
ロープで拘束された巨人は、天幕によって暗室になった場所に
これくらいしか妥協できないのは悲しい事であった。
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カラネス区に到着したコニーは先輩のニファと別れて単独行動を取っていた。
そもそも王都に向かうつもりだった彼には今後の予定は無く亡霊のように繁華街をウロウロした。
「なあ、コニー」
「なんだよジャン?」
「…すまなかった」
偶然遭遇したジャン・キルシュタインは、落ち込むコニーの前で頭を下げた。
かつて彼は母との関係を弄られる度に何度も叫んで同期に抗議していた過去がある。
先日もコニーに弄られた時に「うるせぇ!お前も母に親孝行しやがれ!」と言ったばかりだった。
それが特大の爆弾になってしまったと分かった時、彼は爆発する前に素直に謝りに行ったのだ。
「お前が謝るなんて明日は槍でも降って来るな」
「なんだと!?」
「ジャン坊!母ちゃんとの繋がりを大事にしておけよ」
同期を目の前にして『いつまでも落ち込むわけにはいかないよな』…と感じたコニー。
ジャンの右肩を軽く触れて軽口を言えるくらいにはなんとか精神を持ち直した。
「もぐもぐもももおおお!?もぐもぐもおおん?」
何故か麻袋から蒸し芋を取り出してモグモグと喰いながら何か言っているサシャが居るのもある。
訓練兵団に配属した時から変わっていない芋女も何か思うところがあったのだろう。
齧った痕が無い芋をコニーに手渡してきた。
「せめて食堂で喰えよ」
「
「ああ、もらっておくよ」
どっかの
しかも、芋を受け取らなかったらそのまま自分が食べようとする図太さ。
少しだけ笑えたコニーは、サシャの芋を強奪するように受け取った。
「おい、あれコニーじゃねぇか?」
「あんなところで何やってんだ?」
「ん?」
聴き慣れた声がして振り返ると懐かしい顔ぶれを見つけた。
そこには老け顔で有名なダズ・ウィズリーとサムエル・リンケ=ジャクソンが居た。
特にサムエルは“肉の誓い”を行なった同志であり、コニーにとっての友人でもある。
そんな彼らは布で覆われた荷馬車を護衛しており、荷物をどこかに輸送している様だった。
「サムエル!ダズ!!」
「私も居るよ!!」
ついでに御者であるサンドラは、自分を無視された事がムカついたのか抗議をしてきた。
黒髪のショートボブの可愛い女の子なのだが、如何せん、104期兵は美少女が多すぎるのだ。
なので何事にも首を突っ込もうとする聞屋の娘は、目が肥えた同期に印象を残そうと必死である。
「で?駐屯兵団に行ったお前らがこんな所に何の用だ?」
「トーマスの両親が104期調査兵に菓子の差し入れをしてくれたんだぞ」
「マジかよ!!」
トーマスといえば、トロスト区防衛戦で戦死した同期だ。
コニーにとっては、一緒に“肉の誓い”をやった同志でもある。
とはいえ、彼の両親が差し入れしてくるとは想定外だった。
「まてまて!あいつの両親は一市民だ!駐屯兵をコキ仕えるほど偉くねぇぞ!?」
「事前にフローラが計画を立てていたみたいだぞ。これはあいつがやった事さ」
「「「はあ!?」」」
真っ先に違和感にツッコんだジャンは、サムエルの返答で驚いた。
あのバカ、こっちに顔を出さずにトロスト区で何かやっていたようだ!
あれだけクリスタを待たせておきながらなんという身勝手さ!!
絶対にぶっ飛ばしてやると居場所を聴こうと試みた!!
「フローラはどこにいるんだ?」
「こっちが訊きたいんだ!あいつ、どこにいるんだ?」
「え?」
「え?」
サムエルもフローラを探しており、顔馴染みを見つけて居場所が分かると思って声をかけたのだ。
なのに同じ質問が返された意味が分からずに困惑してしまった。
「いや、トロスト区で壁付近にうろつく巨人を掃討する作戦があってな!力を貸して欲しいんだ」
「ああ、俺もあいつと行動すれば生き残れると思ってあいつの輸送案に参加してるんだ」
「ここで媚びを売っておけばきっと助けてくれるからね!」
ユトピア区防衛戦で多くの兵士が命を落とし、生存者も引退が相次いだ。
なので、ただでさえ人手不足であったトロスト区は更に人材窮乏になってしまった。
しかも、先の激戦の影響か巨人が壁付近に集まり始めているので掃討作戦が立案されている。
動員されるのが決まっている彼らは、フローラの助けを求めてここに来たのが本音であった。
「ダズ、あいつはな。ユトピア区から飛び出した後、帰って来ねぇんだ」
「どうせ野宿でもしてるんだろ?信煙弾でも撃って呼び戻してくれよ~な!頼むよ!!」
「いや、オレたちを逃がす為に巨人の群れに突っ込んでそれっきりだ」
ジャンの返答を聴いてもダズは他人事であった。
あいつの図太さを考えれば、ウォールマリアでキャンプファイヤーしてもおかしくない。
…と思ったが、ジャンの一言によって彼女がどんな末路を迎えたか分かってしまった。
「え?」
「マジか」
サンドラとサムエルは顔を見合わせて思わず本音を漏らした。
あいつがそう簡単にくたばる訳がねぇと思っていたので聞き間違いをしたと勘違いしていたのだ。
ただ、周りの同期たちの顔を見てどんな末路を辿ったか理解してしまった。
『ああ、そうかみんな同じなのか…』
さっきまでコニーは家族と故郷を失って憂鬱になっていた。
しかし、トーマスの両親の様に子供を失ったり、一家が全滅していたりするご時世である。
唐突に大事な人を失う事など日常茶飯事であり、自分だけが不幸ではなかったのだ。
「フロックの奴も聞けば驚くよな…」
「うん、あのバカが死ぬよりオレの方が先に死ぬって豪語してたもんね」
同じく同期であるフロック・フォルスターに至っては、フローラ宛に遺書まで書いている有様だ。
もちろん、本人には死ぬ気はなく縦読みするとフローラをおちょくる文章を書いていた。
だが、それは彼女がそれほど信頼されているという証でもあった。
「ところで荷台から美味しそうな匂いがしますが、何があるんですか?」
「ははは、サシャらしいな。トーマス製菓特製の菓子を載せているんだ」
「食べて良いですか?」
「調査兵団の兵舎に着いたら配分してやるからそこまで待っててくれ」
気分が憂鬱になってきた彼らであったが、サシャの鼻は誤魔化せなかった。
香ばしい香りが漂って来る荷台を指差してサムエルに問いかける姿は滑稽だった。
少しだけ笑えた彼は、配達任務が達成するまで我慢してくれと返答するしかなかった。
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同時刻、トロスト区に拠点を置く駐屯兵団第一師団工兵部技巧科技術4班は無言が続いていた。
フローラが残していった専用装備であるヤークトシリーズが今なお、彼らの思考を縛り続ける。
「これがあったら嬢ちゃんは帰って来たのかねぇ…」
グリズリー班長は、フローラが戦死したと考えてないが、そろそろ受け入れる時が来たと感じる。
ユトピア区での被害は甚大であり遺族に手紙が届くどころか、それを届ける兵士すら居ない現状。
定期的にここを訪ねてくる彼女が来ないので現世で逢える存在じゃなくなったと感じてしまった。
「で?どうするんですかこの装備?」
「フローラ専用にチューニングしてますので扱える人なんて居ないっス」
短剣型の立体機動装置であるシュツルムシリーズは、彼らが設計した装備一式である。
刃物のリーチが短いので巨人のうなじを削ぐのは難しいが、軽くて動きやすく嵩張らない。
なので先行で配備された憲兵団の新兵には好評であり、追加生産も決まっていた。
ヤークトシリーズは、その短剣型立体機動装置の最高傑作とも言える存在であった。
「建て直した博物館にでも飾るか?」
「またまた御冗談を…」
第57回壁外調査では、派生型であるブリッツシリーズの強度問題が露見し、改良をしている。
しかし、そのブリッツシリーズではフローラの負荷に耐え切れないと更に素材から改良した。
王都ミットラスにある一等地の屋敷を購入できるほどの高級品になったのがヤークトシリーズだ。
この装備はフローラの手に渡り、兵団から隠蔽されている巨人の討伐数を更に稼ぐはずであった。
ただ、使いこなせる持ち主が居ない以上、トロスト区の博物館に飾るくらいしか活躍の場所が…。
「ん?」
喪に服して仕事に手が付かない彼らに喝を入れたいのか、玄関からノック音が聴こえた。
ノック3回した後、時間を空けて2回するのは、専用装備関連の話になる。
こんな暗号のような事を提案したのはフローラであり、それ以外は誰もやらない。
急いでグリズリー班長は扉の覗き窓を見つめるとすぐに落胆した。
「お~い、なんだよ?そこに居るのは分かってるぞ?憲兵様に居留守をするなって!」
そこに居たのは、歴戦の猛者の雰囲気を漂わせるナイスガイのおっさんであった。
王政府から散々、圧力をかけられてきた技術班からすれば、できれば逢いたくない存在であった。
「何の用だ?」
「フローラちゃんの遺品を回収しにきたんだぜぇ」
ケニー・アッカーマンは、ユトピア区でフローラから新型の立体機動装置の話を聴いていた。
短剣型立体機動装置の最新型と聴いて喜んだが、フローラ専用だと知って落胆したものだ。
だが、持ち主の居ない装備がどうなるか知っている彼は、そうなる前に回収しにきたという訳だ。
「あんたが?」
「兵器は使用してなんぼだろ?それともその可哀そうな装備は骨董品として後世に残す気か?」
「だがな…」
「カタログスペックでは分からん事があるだろ?俺が試してやるよ。嬢ちゃんの代わりにな!!」
シュツルムシリーズの上位互換であるブリッツシリーズはユトピア区防衛戦で実戦導入された。
ケニーも実際触って昔を思い出した影響なのか、対人装備より使い勝手が良いと思ったほどだ。
ただ、フローラが第57回壁外調査で試験投入しなかったら耐久性の問題が露見していただろう。
それを知っているケニーは、彼女の後を継ぐと暗に告げて技術班に揺さぶりをかけていた。
「俺たちには拒否権はねぇってか」
「素直な奴は好きだぜ」
グリズリー班長は、青色に光る鞘と立体機動装置を見ると何故か喜んでいる様に見えた。
確かに嬢ちゃんなら「そうするべきでしょ!?」とツッコミを入れた…そんな気がしたのだ。
技術班は苦渋の決断をし、無償でナイスガイのおっさんに装備を譲る事となった。
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何をもって勝利をしたのか判断するのは、その時代を生き抜く者には難しい。
巨人の侵攻を撃退し、アニーの結晶体を奪還したので勝利したと判断する者が居る。
2千人以上の兵力を喪失した上、その同数が負傷による後送、引退で敗北したと言う者も居る。
「我々は勝利したと民衆に報告しなければならない。決して負けだと認識させてはならんのだ!」
兵団の高官が集まる会議室で演説をするピクシス司令は、改めてやるべき事を考えていた。
戦術的勝利をしたが、あまりにも犠牲が出たので戦略的には敗北したとも言える現状!
民間人を徴用しでも現状維持するしかない態勢に不満であったがどうする事もできない。
「巨人化の件は如何なさいますか?」
「もちろん、緘口令を敷く!違反者には厳罰を下せ!!決して民衆に悟られてはならぬ!!」
【兵士や民間人が巨人になりました】という事実は、絶対に民衆に知らせる気は無かった。
隣人を信用できなくなるどころか、下手すれば内戦になりかねなかった。
よって王政府の命令通りに巨人の正体を民衆に隠蔽した。
「フローラ・エリクシアの件もそれでよろしいですね?」
「ああ、彼女には悪いが歴史の闇へと消えてもらおう」
それと同時にフローラに関する情報は全て抹消するとピクシス司令は宣言する。
ザックレー総統を筆頭に彼女と親交があった者たちも無言で頷いて肯定する。
何故そうなったかというと彼女の情報が外部に漏れると大惨事を引き起こすからだ。
「…エルヴィン団長も容認されるですか?」
「ああ、こちらとしても都合が悪いのでね…」
ピクシス司令の副官である女参謀の問いにエルヴィン団長はすかさず返答をする。
調査兵団の団長が記録を抹消するのを賛同するのは珍しい。
だが、民衆が彼女基準で物事を判断されるのは非常にまずいのだ。
「訓練兵団時代に徴用した事実がよっぽどまずいのかね?」
「それもありますが、彼女の巨人討伐実績を含めて外部に漏れると問題があります」
「そうだな、この一室に集まった者たち全員が彼女と交友関係があるという事実は非常にまずい」
ザックレー総統が危惧するのは、フローラの情報を介して各組織の機密情報が洩れる事である。
調査兵団、憲兵団、駐屯兵団どころか総統局、中央第一憲兵団、壁教まで交友関係があるのだ。
各組織が抱えている闇や問題が暴露される可能性がある以上、致し方ない処置であった。
「もし、敵性スパイに彼女の情報を探られると各兵団の機密情報が漏洩する可能性があるので…」
ピクシス司令の副官であるアンカ・ラインベルガーが話を進める中、それに不満を持つ者が居る。
「ちょっといいか?」
「キッツ・ヴェールマン隊長、如何なさいましたか?」
駐屯兵団第一師団精鋭部隊の隊長は、兵団上層部の身勝手さに痺れを切らして立ち上がった。
「これが心臓を捧げて最後まで闘った者に対する処置か!?まるで大罪人のようではないか!!」
「もちろん、我々は彼女の功績は忘れておりませんし、生前に勲章を授与しております」
「ならば尚更、記録として残さねばならないのではないのかね!?」
彼女の働きを評価していたキッツは、その全てを隠蔽しようとする上層部に激高している。
それどころか、彼女の存在した証拠すら抹消しようする彼らに対しては敵意すら抱いた!
「ユトピア区で行方不明になった将兵と同様に【名もなき英雄】として処置致します」
「私には、生きた痕跡すら抹消する様に聴こえたのだがな?」
「さすがに我々でも記憶は消せませんので名前だけは残す予定です」
特に彼女にあれだけ頼っていた調査兵団に対する不平と不満は計り知れない。
もし、提案したのがエルヴィン団長だったら殴り倒している所だった。
そして淡々と返答するアンカの発言は、軍事組織特有の冷たさを嫌でも実感させる。
「ふん、勝手にしろ。だが忘れるな、
現場のトップとして物事を見てきたキッツは、不平ながらも上層部の提案を受け入れた。
だが、彼の声はどこか冷酷に響いた。
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何故、悲劇は記憶に残り続けるのに日常生活の記憶は風化していくのだろうか。
訓練兵団に所属した3年間、真面目にやってきたせいでそこまで意識していなかったのか。
エレン・イェーガーは、同志が残した手帳に描かれた訓練兵団の日常の項目を見てそう思った。
『あいつら、オレの知らない所でこんな事をやってたのか』
燭台に置かれた蝋燭の灯が風で揺れる度にエレンは、過去の景色が思い浮かぶ。
【巨人を討伐して世界を取り戻す】という目標で皆が精進していた。
いや、憲兵団に所属して将来を安泰にしたいという野心を持つ者も居た。
当たり前だった生活は既に薄れる記憶と手帳に残された記録にしか残っていない。
「エレン」
訊き慣れた女の声がして扉を見るとミカサが待機していた。
出発の時間が近いのだろう。
「あぁ、今行く」
手帳をやさしく机の上に置いてエレンはミカサと合流した。
もうじき、新たな日常が始まるのだ。
「もう少し待った方が良かった?」
「夢中になって読み過ぎてたからな…丁度良かったさ」
ミカサが心配する様にエレンを問うが、彼は区切りがついたと思った。
まさか強制的に前進させられるとは思っていなかったが。
晩御飯の後、皆でフローラが用意したお菓子を食べている時、悲報を聴いた。
「やっぱり文句を言った方がいい」
「あいつは色々やってたからな。仕方ないかもな」
フローラに関するあらゆる情報が伏せられると聴いてびっくりしたものだ。
ただ、それを聴いた同期は驚くはすれど疑問に思う者は居なかった。
「むしろ、オレが…いや、オレらが例外なのかもしれない」
巨人化能力者の中で唯一、壁内人類に味方しているエレンは皮肉交じりで呟いた。
104期南方訓練兵団出身者から何名も巨人化能力者を輩出しているのだ。
下手すれば、王政府は自分たちも隠蔽したいのではないかと考えている。
「違う!私たちは…」
「いいんだミカサ、オレは何があっても前に進む」
過去を振り返って感傷にふけるのは悪くは無い。
しかし、刻々と時間が過ぎている以上、いつまでも過去を振り返る訳にはいかない。
前進しないとあいつが自分に手帳を託した意味がなくなるからだ。
「壁上に居るアルミンと合流したら出発するけど問題ない?」
「手帳を片付けたいから20分だけ時間をくれないか?」
「そうして…無くすと大変だから」
新たな日常が始まると同時に今日という日が過去になるのだ。
ミカサとの会話で新生活を意識した彼の足は止まらない。
いっきに階段を駆け上ると見慣れた兵士が壁上に腰掛けているのを目撃した。
「よぉ、アルミン!元気か?」
「エレンこそ凹んでいるかと思ったよ」
「オレだって成長したんだぜ」
足音に気付いて振り返ったアルミンは、エレンの様子を見て安心した。
思わず立ち上がって何かおちょくろうとすると違和感を覚える。
穏やかな暗闇が広がる地平線にあった山々の隙間から光が差し込んできたのだ。
「朝ね」
「そうだな」
黎明の光を拝めた彼らは、不思議と朝日が自分達を送り出そうとしている様に見えた。
「必ず取り戻すよ」
エレンは宣言する!
「オレたちの故郷を」
エレンが宣言した同時刻、空いた窓から吹き込んだ風が手帳のページをパラパラと捲っていく。
あらゆる思い出と記録が絵と文章で表現されて走馬灯の様に高速で流れていく。
そして行き着いた先は最後の1ページ、そこに書かれていたのはメッセージだった。
【業務連絡:先に壁外に向かうので必ず合流してください。手帳はその時に返却をお願いします】
彼女が残したのは、お別れの挨拶でも後悔の一言でも遺言でもなかった。
業務連絡の為に手帳を残したのであって壁外で再会したら返却しろというメッセージだった。
「だからそれまで待っていてくれ」
同じシガンシナ区出身の彼女はきっと待っていてくれるだろう。
それどころか壁外の巨人を全て駆逐しても満足しないだろう。
『絶対にやりきってやる!!』
改めて目的を宣言したエレンの気分は最高潮に達していた。
失った物を乗り越えた彼は、確かに人生の中で一番、成長したと言えた。
だが、忘れてはならない。
今が最高であるならば、後は転がり落ちていく事しかできない事に…。
この日を境にエレンは人生という山から滑り落ちていくように転がっていく事になる。