進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
101話 置き土産
エレン・イェーガーとヒストリア・レイスは巨人の秘密に関与する重要人物である。
なので信頼できる同期と共に山奥に隔離した。
だが、それはあくまで時間稼ぎでしかない。
「モブリット、もう一度確認していいか?」
「承知しました。ではもう一度説明します」
調査兵団の置かれた状況を確認したいハンジ・ゾエは副官に再度説明を求めた。
「現在、調査兵団の支援母体が弱体化し、複数の商会から支援を打ち切られております」
「リーブス商会とイノセンシオ商会…だっけか?」
「他にも7つの商会が【復興】を優先したいという事で全ての支援を打ち切られました」
調査兵団が活動できるのは、生産者が納めた税と製品があるだけではない。
自分たちを応援してくれる支援母体と商会が資金で投資してくれているからだ。
それが全て打ち切られたとなると公金のみで活動しなければならなくなる。
つまり、ますます王政府の操り人形のように活動する羽目となるのだ。
「良くも悪くも2個小隊の規模なので暫くは活動に支障は出ないと推測されますが…」
「ジリ貧だな、エルヴィン団長が対策していない訳がないと思うが…どうするべきかなー」
調査兵団の構成員は、この数か月で大きく減らした。
第二分隊の構成員は全滅し、第三分隊以外の兵員は3割未満となっている。
ハンジ分隊長率いる第四分隊は近々に他の分隊と合流し、廃止される予定だ。
「しかし、なんで急に言って来るのかねーこんな忙しい時期なのにー!…ん?どうした?」
ハンジからすれば、ようやく結果を出せる時期に打ち切られる心当たりは無かった。
なのでモブリットに何か心当たりがあるか訊こうとすると彼の顔色が悪い事に気付いた。
「いえ、それが…」
「なんでもいいよ!知っている事があるなら報告してくれ!情報カモーン!!」
「実は、どの商会も支援を打ち切る前にフローラの安否を訊いてきたんですよ」
「フローラ?」
モブリットから「フローラ」の名が出て来てハンジは首を傾げた。
確かに彼女は人脈が凄まじくいろんな人たちと知り合いなのは知っている。
だが何故、彼女の名前が商会から出て来るのか分からない。
「なんて返答をしたんだ?」
「行方不明と返答しました」
「別に問題は無いな」
ユトピア区防衛戦で発生した行方不明者の大半は、未だに消息不明となっている。
ただ、希望が無いという事でもない。
ユトピア区の帰還を諦めてカラネス区やクロルバ区まで退避した兵士が存在しているのだ。
前線で指揮していたエルティアナ総隊長が生還してクロルバ区で療養中と聴いた事がある。
なのであくまで調査兵団では、遺体を確認するまで行方不明と表現していた。
「いえ、フローラが居ないと告げた瞬間、どの商会も支援を打ち切ると発言してきたんですよ」
「使者にしては、やけに権限をもってるなー!なんでだろう?」
兵士が1人、行方不明になっていると告げたら全ての商会から支援を打ち切られました。
…なんて事などまずあり得ない。
なので明らかにフローラが商会に何かやっていたのは明白だ。
「兵舎に向かうぞ」
「フローラの部屋に行くんですね」
「ああ、あの子は独自の活動をやってたみたいでね、私物を調査してみようと思ってさ」
「お供します」
「さすがモブリット、私一人で調べるの大変だと思ったからありがたい!」
そうと決まれば出発と、ハンジとモブリットは調査兵団の兵舎へと向かい出した。
気のせいか、道中で自分達に向ける視線が可笑しい気がする。
こちらの事をじっと見つめているのに振り向くと目を逸らすのだ。
「なんだ?」
「妙ですね、カラネス区でこのような視線を送られる理由が分かりません」
カラネス区に襲撃してきた巨人を討伐したという事でここは調査兵団を英雄視しているはずだ。
まるで指名手配犯らしき人物を見つけた様な反応をされる視線に違和感を覚えた。
「まあいい、それは後で考えよう」
ハンジ一行は、ひとまず兵舎に向かった。
…そこで待ち受けていたのは予想外の事態だった。
「はあ!?フローラの私物が全て回収されたのか!?」
「はい、そうです」
「守衛!!なんで止めなかったんだ!?」
「憲兵から指令書を出されたら従う他ありませんよ」
希望を捨てきれない調査兵団は、フローラの私室を放置していた。
なのでハンジは、その私室の調査をしようとすると私物が既に回収された後であった。
すぐに守衛に問い詰めると憲兵の仕業だと判明した!
「クソ!!先手を打たれたか!!」
「すぐに憲兵の勤め所に行きましょう!」
「いや、カラネス区の裏扉に行くぞ!カラネス区の外に運び出したか確認する!!」
調査兵団が憲兵に問い詰めてもはぐらかされるのは目に見えている。
だったらまず私物がカラネス区の外に出されたか確認する為にハンジは裏門へと向かった。
「おいそこの駐屯兵たち!ちょっといいか!?」
「朝っぱらから騒々しいな!何事だ!?」
「ここに憲兵団の荷駄車が通らなかったか!?」
「いつも通ってるだろ!いちいち気にしてられるか!」
門衛の2名に質問したが、望んだ答えが返って来なかった。
それよりもこいつらの反応が気になったまである。
フローラと仲が良い彼らが自分たちに敵意がある理由が分からない。
「フローラの私物が憲兵に回収されたんだ!!頼む、情報を提供してくれ」
「いいじゃねぇかよ、あいつの存在を抹消したお前らに預けるよりはな!」
「フローラの存在を消しておいてよくそんな口が利けたな」
ここでハンジはさきほどから何故、自分たちが嫌われているのか理解した。
フローラに関する緘口令を敷かれたのは良いが、あまりにも理不尽過ぎる命令過ぎたのだ。
よって彼女と親交があった者たちから不信感と敵意を向けられていたと理解した。
『クソ、思ったより問題が大きいな!!』
そもそもフローラの存在を隠蔽したのは、彼女の抱えている機密情報が多すぎたせいである。
なので、憲兵団に私物を回収された事を抗議しても、逆に調査兵団が責められる事になる。
むしろ、それが最善の対処だと返答されるのがオチだ。
「君たち、何かあったのかね?」
「司祭様、お見苦しい所をお見せしました…申し訳ございません」
なんて発言しようかハンジたちが迷っていると騒動に駆け付けた司祭が門衛に話しかけてきた。
ウォール教の影響力が低下しているカラネス区に司祭が来るのは珍しくはない。
だが、何度も門前払いされる内に布教を諦めたのか最近、司祭が来る事はなかったのだ。
何かあるのかとハンジは考えた。
「なるほど、調査兵団か。またしても壁上で何かしようと企んだな?」
「ははは、御冗談を!もしやるなら報告致しますよ」
「か弱き人類を守護する壁の偉大さをまだ理解できんか?一度、説法を聴かせてやろう」
「はいはい、分かりましたよって!」
ウォール教の司祭に腕を引っ張られてハンジは裏門から離れていく。
そして人目が無い路地の行き止まりに連れて来られた。
「で?司祭様!巨人に通用するありがたい説法でも教えてくれるのかな~?」
「調査兵団の第四分隊、ハンジ・ゾエは君か?」
「ん?そうだけどあんたは?」
「ウォール教の南部支部の主任司祭のニック・ボーデヴィヒだ」
説法をされると思ったハンジは自分に用があるとは思っていなかった。
思わず質問を返してしまうが、何か嫌な予感がした。
「ニック、私は忙しいんだ。話は手短にしてくれると助かる」
「単刀直入で言おう。エレンとヒストリアを奪取しようと王政府が動き出したのだ」
「おっと!これ以上はまずい。一度、調査兵団の兵舎にお越し頂こう」
名前を伏せているはずのヒストリアの名が出た瞬間、ハンジは彼を信用するしかなかった。
重要な案件を抱えていると分かったので安全である兵舎に案内する事にしたのだ。
「道中ではありがたい説法でも聴かせてくれよ」
「分かった。そうしよう」
なにより監視されている可能性を踏まえてお説教される振りをした。
そのまま兵舎の貴賓室に案内して扉を閉めた瞬間、ハンジは彼に本題を告げる。
「さっきの話なんだが、詳しく聴かせてくれないかな?」
「フローラという兵士を知っているか?」
「私の部下だから良く知ってるよ」
質問したのに別の質問を返されたハンジは首を傾げたが、仕方なく返答をした。
何が言いたいのかさっぱり分からないが相手の機嫌を伺うしかなかった。
「では、フローラが王政府の内務大臣と大総統を脅迫しているのは知っているという事だな」
「え?」
ところが、ニック司祭からの話を聴いて耳を疑った。
内務大臣と大総統といえば、フリッツ王の側近であり、それぞれ行政と総統局を管轄する存在。
所謂この王国で王に次ぐ権力の持ち主であった。
その存在を「フローラが脅迫していた」という話を聴いても、実感が湧かなかった。
「どういう事だい?あの子がそんな事をするはずが…」
「やっぱり、あいつは話してなかったか。…だから信用される訳だな」
「なあ、マジで言ってるのか?新兵が内務大臣と大総統を脅迫できる訳がないじゃないか」
「【中央商会連盟】の会長、メテオール・二コラ・デレトフ侯爵が絡んでいるとすればどうだ?」
「なっ!?」
大総統と内務大臣に匹敵する高官は、商会のトップとウォール教の大司教しかいない。
商会トップである【中央商会連盟】の会長は、いわば王政府の財政を司る存在だ。
どの組織も資金がなければ動けない以上、彼の影響力は計り知れない。
「フローラは入手した勲章を換金して様々な場所に投資していたのだ」
「まあ、確かにやけに金を持っていると思ったが…」
調査兵団の中で一番金持ちじゃないかと思うほどフローラは大金をもっていた。
恥ずかしながら誰もなんでそんなに持っているのか疑問に思った事すらなかった。
そりゃあ、王政府の財政トップがスポンサーならいくらでも金を出せる訳だ。
「当然、王政府はフローラを排除しようとしたのだが、彼女はとんでもない組織と交流を持った」
「へぇー。中々面白い話じゃないか。一体、どこと交流したのか教えてくれないかい?」
「上級の貴婦人で構成された王国婦人会と中央第一憲兵団だ」
「ん?」
中央第一憲兵団は、“王都の憲兵”と例えられる王政府直属の憲兵団である。
憲兵団の中でも王室に近い存在の影響なのか、同じ憲兵団から見ても謎が多い組織でもあった。
――貴婦人はともかく所詮、王政の下位組織と交流したところで何も変わらない様に感じる。
「どういう事だ?」
「つまり、王政府は彼女を排除するどころか、むしろ首根っこを掴まれた形になったのだよ」
「なあ、モブリット。この話、信じられるか?」
「私も信じられませんが…少なくとも商会とフローラの関係については納得できます」
新兵が王政府の組織と貴婦人たちと仲良くなったせいで王政府を困らせています。
…などと他言すれば、檻がある病院に入院させられるのは間違いないだろう。
「うん、話はよく分かった。でもなんでそれがエレンとヒストリアの奪取に繋がるんだ?」
「王政府の行動を妨害していたフローラが政敵の手に掛からずに戦死したからだ」
「ニック、君は疲れているんだ。丁度、サウナという娯楽施設があるからそこに向かうといいよ」
陰謀論者と相手をしている感じがしたハンジは彼に休息を勧めた。
元々、ウォール教自体が胡散臭いと考えていたのもあり、本気にしていなかった。
もし、この話題に付け込まれれば布教活動のような事をさせられると見抜いたのだ。
「横暴な王政幹部に対してフローラは政敵の勢力を支援していたのだ」
「もういいって」
「そうか、そうだな。全く私は何をやっているのだろう。こんな義理をする必要はないのにな」
ニック主任司祭も自分の行動を恥じたのか、それ以上の発言をしなかった。
しかし、その話が事実だとすれば、複数の商会が行なった行動が裏付けられる。
「ところでニックはフローラとどんな関係なんだい?」
「友人、いや外食する仲といえばいいかな」
「もう暫くここに留まってくれないかな?もっと君の話を聴きたくなったし…」
それにフローラの友人なら横暴な態度をとるわけにはいかない。
ハンジは、例外処置としてニック司祭を兵舎で匿う事にした。
ここならカラネス区で一番安全な場所だと理解していたからだ。
――ニックがどれだけの覚悟でここに来たのか、後にハンジは思い知らされる事になる。
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「分隊長、大丈夫ですか?」
「いやーまいったまいった。フローラには友達が多いね」
兵舎にニックを置いてきたハンジは散歩がてらに正門の壁上に来ていた。
ここから見える景色は絶好であり、気分転換には最適であった。
そんな複雑な感情を抱いているのを察したモブリットは一声かけて様子を見る事にした。
「分隊長、やはり彼に護衛を付けた方がよろしいかと…」
「何言っているんだい!あそこは兵団が管轄しているんだよ!憲兵団といえど手は出せんさ」
そもそも、何で彼が自分に機密情報を伝えて来たのか理解できない。
エルヴィン団長に伝えた方が対策がしやすいはずだ。
なので友人の上官と知って話してくれたのだとハンジは思っていた。
だが、モブリットは彼の話を聴いて危機感があった。
「どうもフローラは自分が王政府に消されるのを想定して手を打っていたようです」
「もう、モブリットまでそんな事を言うのかい?」
「しかし、フローラは自分が巨人で戦死するのは想定してなかった」
「…何が言いたい?」
話半分で聴いていたハンジであったが、巨人で戦死を想定していないという単語が引っ掛かった。
「つまりフローラは自分を消した派閥に敵対派閥をぶつける気だったという可能性があるんです」
「それがどうした?」
「ところが調査兵団の落ち度で戦死したとなれば、敵対派閥は王政府の有力派閥に手が出せない」
「それで?」
「邪魔者がいなくなったので王政府の刺客が動きだしたのだと言いたかったのではないのかと…」
フローラが王政府の内情を引っ掻き回していた事実をハンジは認めたくなかった。
それはリヴァイ兵長が実は女装が趣味だったレベルになるほど信じられない事であったのだ。
悩める分隊長の心境など知らぬと言わんばかりに運命は、過酷な惨状へと招いていく。
「ハンジ分隊長!!どこにいらっしゃいますか!?」
「あれは…第一分隊のダイムラーですね。分隊長に用があるとは珍しい」
「おーい!!私はここだよ!!こっちまでおいでよ!!」
壁上に繋がる階段から調査兵団第一分隊所属の隊員がハンジ分隊長を探していた。
なので軽い気持ちでハンジは、兵士を呼んだ。
「ハンジ分隊長!!報告します!!」
「うん、続けて」
「兵舎で殺人事件が発生しました!!」
「はぁ!!?」
兵士ダイムラーから告げられた事実はモブリットとハンジを震撼させた。
一番安全な場所で殺人事件が起こるなど現実味がなかったのだ。
「誰がやられた!?」
「分隊長が連れてきたニック主任司祭です!!今、憲兵が…分隊長!?」
ニックが殺されたと知ってハンジとモブリットは立体機動で50mの壁を降りた!
すぐさま入り口に待機させていた馬に騎乗して兵舎に向けて馬を走らせる!!
「クソ!!もう動いていたのか!!」
「団長に直接知らさなかったのは…!!」
「ああ、既に追手が来ていたという事だ!!」
何故、自分に直接言ったのか。
既にエレンとヒストリアを狙って刺客が動いていたのだ。
それを本気にしなかった結果、こんな末路を招いてしまった。
「だが、あそこにいるのは限られた者だけだ!必ず尻尾を掴んでやる!!」
多くの屍の上に立つ調査兵団は、死人の遺志を無駄にはしない。
ニックの死を活用して必ず刺客を引き摺り出してやるとハンジは誓った!!
「どけぇ!!調査兵団のお通りだよ!!」
兵舎前に集まっていた駐屯兵たちを大声で蹴散らしてハンジたちは兵舎に雪崩れ込んだ。
そしてニックを匿った部屋に辿り着くと開いたドアの先にニックが血塗れで倒れていた。
「ニック!!」
「おい!止まれ!!」
「現場を荒らす気か調査兵!!」
ハンジは殺人現場に乗り込もうとしたが、部屋の傍に居た憲兵たちに妨害された。
部外者が現場に入る事は無粋なのは分かっている。
だが、これは自分の落ち度である以上、彼の死体の状態だけでも確認したい!
「入れてくれ!彼は私の友達なんだ!」
「ダメだ。これはオレたちの仕事だ。分かるか調査兵?役割分担って奴だ!」
「鑑識!調査兵が部屋に乗り込む前にドアを閉めておけ!」
「ハッ!」
ハンジの願いは空しく仰向けに倒れたニックの死体は閉じられたドアによって姿を隠された。
「なあ、友達が殺されて動揺するのは分かる。だがお前、トーシロじゃねぇだろ?」
「調査を終えたら報告書を回覧させる。それまでカカシらしく廊下で突っ立てろ」
「ここは調査兵団の兵舎だぞ!?我々調査兵も捜査に協力する義務がある」
「ならば事情聴取まで待ってろ」
一見すると刺し傷による大量出血でニックが死んだ様に見える。
しかし、ハンジは遺体の違和感を見逃さなかった。
「彼の指を見たか?爪が剝がされていた!何度も顔を殴られた痕もあった!」
「そうだな。で?それがどうした?」
「明らかにただの殺人じゃない!!死因と凶器はどこだ!?」
年老いた黒髪の憲兵は呆れたように肩を竦めた後、ハンジの兵服を掴む。
左胸ポケットに付いているワッペンの上に所属組織が書いてあった。
それを読み上げようとすると何者かによって兵服を握る手を掴まれた。
「第四分隊長ハンジ・ゾエ、私は第四分隊副長、モブリット・バーナーです」
ハンジを庇うように憲兵の前に出たモブリットは所属組織と名前を告げた。
それを傍に居た茶髪の憲兵が手帳にメモをする。
そして書き終えたのを確認した黒髪の憲兵は調査兵団に告げる。
「組織がちっぽけだと大層な階級も虚しく響くもんだな」
「ハハハ、違いない」
「おい調査兵!お前らの仕事は何だ?巨人に喰われる事だろう?」
「は?」
「壁外で隊員を減らしていない間は、次に人数を減らす作戦を考えるのがお前らだろう?」
捜査の邪魔をされて相当ムカついたのか調査兵団を侮辱するように彼は煽る。
相棒らしき茶髪の憲兵は思わず「フッ」と笑ってしまい、必死に笑みを堪えている状態であった。
「いいか?これは巨人が人を殺したんじゃない!人が人を殺したんだ!分かるか?」
「お前らが現場捜査から犯人を導き出せた経験が何回あるんだ?言ってみろ!」
「ベテランのオレらに偉そうな口訊くならさぞかし素晴らしい実績があるんだろうな?なあ?」
「……ねぇのか?ならこれ以上、邪魔するな!探偵ごっこは妄想だけで済ませておけ!」
ジェル・サネスが調査兵たちを脅すと彼らは無言のまま動かなくなった。
相棒と目線を合わせて『さすがに言い過ぎたか』…と少しだけ反省したくらいに静かになった。
「中央第一憲兵団…?」
もちろん、ハンジたちが呆けていたのは、憲兵に脅迫されたからではない。
「何故、王都の憲兵がこんな最東端のカラネス区に?」
「妙に年を食ってると思ったら…中央憲兵だったのか」
モブリットの発言に同調する様にハンジは呟いた。
既にニック司祭から話は聞いていたとはいえこいつらとフローラが仲良くしていたとは思えない。
むしろ、同期や調査兵団を見下す奴らとフローラが仲良くやれる訳がない。
「は、初めまして!いやー中央憲兵をお初にお目にかかりましてびっくりしちゃいました」
「あ?」
「すみません、大変恐縮なんですが握手してもらっていいですか?」
「これ以上邪魔するなら公務執行妨害で豚箱にぶち込んでやるぞ?いいのか?」
ハンジはこの期に黒髪の男と握手を試みるが、憲兵にライフルの銃口を突き付けられてしまった。
黒髪の憲兵の両拳の皮が捲れており、どんな状態か確認しようとしたが身動きが取れない。
それでもこいつらがニックを殺害した犯人と確信しているハンジは諦めきれない。
一触即発の空気が流れてその様子を見ていた野次馬たちは指を咥えて見守るしかできなかった。
「ん?第四分隊?」
「あのフローラが居た第四分隊!?」
ところが、憲兵たちは第四分隊と聴いてフローラを思い出した。
「あんたも大変だったな…」
「あいつの上司ならまあ、今の無礼を見逃してもやってもいいか」
さっきと打って変わって憐みの目線でサネスはハンジの右肩に優しく手を乗せた。
傍に居たラルフに至っては、うんうんと頷きながらさきほどのメモに何かを追記している。
「サネス、一回くらい部屋に入れてやったらどうだ?あいつも苦労人だし、良いだろう?」
「馬鹿野郎!そんな事したらオレの首が飛ぶわ!!」
「フローラが居なかったら死んでたって言ってただろう?別に良くねぇか?」
「お前こそフローラの生還に賭けて大損してたじゃねぇか!その手には乗らんぞ!?」
さきほどまで敵意剥き出しだった憲兵たちはフローラの話題で盛り上がっていた。
蚊帳の外に置かれたハンジとモブリットは困惑するしかなかった。
「あいつのせいで何回、書類を書く羽目になったと思ってる!?あん時は泣きたかったぞ」
「その度にお偉いさん全員のサインをもらいにいったもんな。同情してやるよ」
「同情するなら金をくれ」
「前言撤回、そうやってフローラに何度も大金をせびったお前に失望するぜ」
もはや目の前にいる調査兵など目に見えていないようだ。
口とは裏腹に懐かしむよう表情を浮かべて雑談をしている有様だった。
「ん?まだ居たのか?フローラみたいに現場を荒らす気か?」
「良し、決めた!フローラを連れて来たら入れてやるよ!いねぇなら帰れ帰れ!」
「ラルフてめぇ!もっと悪化するじゃねぇか!」
「だって火薬を舐めただけで何度も産地を当てたんだぞ?あの子ならきっと…」
シシシと手を振って中央憲兵は棒立ちするハンジたちを追っ払う。
そして彼女がやらかした事を思い出してそのまま話が盛り上がっていた。
「…戻るか」
「はい」
何か仕掛けようと思ったハンジも気が抜けてその場を去るしかなかった。
「分隊長…奴らは本当に…」
「あぁ…中央第一憲兵団ジェル・サネス。奴の拳の皮が捲れていた」
「ニックは彼らに拷問を受けた後に殺されたという事ですか」
ハンジとモブリットは、殺人現場を捜査する中央憲兵こそ加害者だと認識した。
おそらく自分達に情報を漏らしたニック司祭に拷問をして情報を引き出そうとしたのだろう。
「多分、ニックは口を閉ざしたんだろう」
「もしかしたらこれも罠かもしれませんね」
しかし、自分たちをあっさり返したところを見ると情報漏洩はしなかったようだ。
それか、あえて泳がせてエレンの居場所まで案内させる気かも知れない。
「それにしても…良くあいつらと仲良くできたな」
そんな得体のしれない連中とフローラがつるんでいたのも事実であった。
これには、いろんな辛い経験を積んだハンジでも素直に驚く点である。
「分隊長、思い出しました」
「何が?」
「フローラと中央第一憲兵団はクロルバ区で共同作戦をやっていたんですよ」
「えっ?そうだっけ!?」
「アニ・レオンハートの情報収集の為にアルミン・アルレルトを召集した時にあったんです」
「そう…いえば、何かあったな」
実は、女型の巨人に関して事情聴取をする為にアルミンを召集した際に分かっていたのだ。
フローラと中央第一憲兵団が共同作戦をやっている事に…。
当時、調査兵団の団長代行として活動するディルク副長は、フローラから報告を受けていたのだ。
「中央憲兵と共にクロルバ区で巨人を討伐する」と…。
その場に集まった調査兵たちはあり得ないと抗議するが、ディルクは証拠として書類を提出した。
「思い出した!『中央憲兵の備品を破壊したり口にしない事を誓う』と記された念書があったね」
「…何で今まで気づかなかったんだろう」
書類が回されてそれを確認した誰もが溜息を吐くほど呆れていたのを思い出す。
あの時、自分達だけではなく王政府からもフローラは問題児だと認識した事件だったのだ。
誰一人、中央憲兵に絡んでいる事にツッコミを入れなかったのは変な話であるが。
「じゃあ、さっきラルフが話していた火薬の件も事実か」
「間違いないかと…」
この日、ハンジ・ゾエは思い知らされた。
フローラが問題児であるとあらゆる勢力が共通認識していたことを…。
思いっきりヒントがあったのに手遅れになるまで見逃していたことを…。
「なあ、モブリット」
「はい、なんでしょうか」
「もしかして私たち、死なせちゃいけない人材を失っちゃったのかな…」
さきほどの横暴だった中央憲兵すらフローラに任せればどうにかなりそうな雰囲気があった。
それはあくまで想像なのでその件についてはどうでもいい。
問題なのは、王政府がフローラを利用して自分たちを嵌めたという事実だ。
「民衆や兵士からの嫌われ具合といい、あいつらフローラを利用してる気がしてならないんだ」
思えば、誰もがフローラを馬鹿にしたり呆れたりしたが、何かと彼女を頼っていた。
そんな彼女を無かった事にした兵団に不信感を持つのは当然の事である。
ハンジ・ゾエは、フローラのせいで自分達が袋小路に追い詰められたのかと考えてしまう。
「…どうされたのですか?」
「何か見逃している気がするんだよな」
今日の出来事は全てフローラを利用した中央憲兵の仕業と考えれば納得できる。
…わけがない。
フローラの私室とニックが匿った場所は同じ兵舎にあるのだ。
同時に事件を起こすものだろうか。
「中央憲兵には複数の特殊部隊があると噂で聞いた事があります。別動隊の仕業かもしれません」
「そうかもね。あーやだやだ、ホント参っちゃうよ」
さきほどの会話からサネスたちがクロルバ区壁外で巨人と戦闘した様には見えなかった。
ならフローラと共同作戦を行なった部隊は別動隊なのだろう。
…そしてそいつらが自分たちを襲撃してくると考えると頭が可笑しくなってくる。
せめてその存在を認識していたフローラから話を聴ければよかったが、もう居ない。
彼女が無言で残した置き土産は、いつ爆発しても可笑しくない時限爆弾だったのだ。