進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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102話 虎穴に入らずんば虎子を得ず

同期とはいいものだ。

3年間、過酷な訓練をしながら切磋琢磨し、思い出を共用できて本音を語り合える存在。

兵団に所属すれば、権力闘争や上下関係が発生するので損得抜きの関係無しに協力し合える…。

そんな存在は、年を取るほどありがたい存在だと実感するのだ。

 

 

「何だ?また悪巧みか?」

「いや、久しぶりに2人で行動して懐かしい気分に浸っていた」

 

 

王都ミットラスで馬車に乗るエルヴィン団長は、政敵であるはずの憲兵団の師団長に本音を話す。

隣に座るナイル・ドークとは主席を競い合ったライバルであり共に同じ夢を志していた。

遺恨を残す形で袂別したとはいえ、こうやって久しぶりに2人っきりで会話すると少し安心した。

自分とは違ってまだ帰って来れる位置にいるのだと…。

 

 

「ところでマリーは元気か?今度3人目が生まれるらしいな」

「何だ?まだ未練があるのか?」

「調査兵団に未練と探求心は付き物さ」

「死神と巨人も追加して良いか?」

「ああ、身近な付き合いのせいで忘れてたよ」

 

 

憲兵団のトップ、ナイル・ドーク師団長はかつてエルヴィンと共に調査兵団を志した仲であった。

しかし、行きつけのマリーという女性に一目惚れして同期を裏切る事になってしまった。

だが、彼は後悔していない。

 

 

「俺は家族を作った事を誇りに思っている」

「……お前を尊敬しているよ。誰もがそう思ってるだろうな、俺達の出来ない事をやったんだ」

 

 

調査兵団を志した同期たちはエルヴィン・スミスを残して死んだか、重傷を負って引退した。

禁忌に触れたくて探求心を抑えられず探検ごっこをした奴らは破滅を冒険する羽目になったのだ。

「冒険の対義語は母親」と偉人が言っていたが、まさしくその通りだ。

同期よりも愛する女を選択したドークは、今なお愛し続けるという偉業を継続している。

単身赴任で内地で執務をこなしても最低でも1週間に2回は帰宅する様にしていた。

…が、この話題をわざわざ振って来るという事は、エルヴィンが何か企んでいると分かる。

 

 

「だが、組織に従って地位を守り続けるのが家族を守る事に繋がる訳ではない」

「…何が言いたい?」

 

 

「今、この小さな世界が変わろうとしている。希望か絶望か、選ぶのは誰だろうな?」

「エルヴィン、お前は何をやるつもりだ?また大惨事を引き起こす気か?」

 

 

まるで自分に何かを選択させようとする発言にドークは顔を顰めた。

以前、調査兵団の独断により女型の巨人能力者の捕縛作戦が実行された事がある。

その結果がストヘス区を半壊させて多くの罪なき民衆が死んでいった。

しかし、その時ですらここまでこいつが腹を括った感じでは無かった。

 

 

「毎度お馴染みの博打だ。俺はこれくらいしか能が無い」

「同期のよしみとして警告してやる。お前ら、いつか軍法裁判で断罪されるぞ?」

「もう手遅れさ、この王都ミットラスに俺が召集された時点で碌な目に遭わんさ」

「じゃあ、何で俺を同行させた?」

「お前はお前の仕事しろ…ただ忠告したかっただけだ」

 

 

そもそもエルヴィン団長とエレン・イェーガーは王政府から召集を受けていた。

ところがカラネス区やウォール・ローゼに巨人が襲来し、大混乱により一時保留となっていた。

まるで調査兵団が時間稼ぎをしている様に彼らに都合が良い展開になっているのも策の1つか?

もし、この王都召集を利用するならば、彼はどんな博打を打つのだろうか。

ドークはこの得体のしれない生物が何をするのか策略を見抜こうとするが…無理であった。

 

 

「……どうした急に?」

「カラネス区の調査兵団の兵舎でニック主任司祭が殺されたのは知ってたか?」

「……いや知らん」

「わざわざ中央第一憲兵団が捜査をしてるのだからよっぽどの事だと思ってな」

 

 

ナイル・ドーク師団長は憲兵団のトップであるが、中央第一憲兵団とは接点がない。

同じ憲兵団といえど指令書で動く自分たちと違ってあいつらは王政府の勅令で動く。

しかも憲兵団で出世するには、一度駐屯兵団に出向する必要があるが、奴らは一切異動がない。

つまり、憲兵団トップの自分ですら中央憲兵に指令や指示を飛ばす事ができないのだ。

それどころか、こっちを監視して時折に露骨に干渉してくるというおまけ付きだ。

 

 

「あいつらは俺たちとは指揮系統が違う。我々ですら何を考えているのか分からん連中だ」

「ああ、カラネス区の憲兵団を追っ払って独断で殺人事件を捜査する越権行為を見れば分かるさ」

「だが奴らを取り締まるなど不可能だ。何をやってもお咎めなしだ」

 

 

憲兵団が腐敗しているのは、中央第一憲兵団が暗躍しているせいだと分かっている。

表向きは、3つの兵団をまとめているのは総統局となっているが、実際はあいつらの方が上だ。

だが、その歪な構造を理解していても彼は抗議する事は無かった。

 

 

「そんな分かりきった事を聴きたかったのか?俺を絞っても何も出ないぞ」

「どう思う?」

「……はあ?」

「彼らにエレンを委ねる事でこの壁の危機が救われると思うか?お前はどう思う?」

「それは上が考える事だ。お前が忠告した通りに与えられた仕事を遂行するまでだ」

 

 

家族を守る為には上に従って忠実に公務を遂行するしかできないのは理解していたのだ。

なにより憲兵団を変革しようとすれば奴らに消されるのは目に見えているのもある。

ナイル・ドークという男は、家族を守る為に同期や民衆を切り捨てる覚悟があった。

 

 

「そうか、じゃあ最後の質問をしてもいいか?」

「ああ、こんなくだらない問答を終わらせられるなら何でも答えてやるよ」

「フローラの私室から私物を持ち出す様に指示したのはお前か?」

「ん?今、なんて言った?」

 

 

相変わらず心境に揺さぶりかけて来る同期の話を聴いていてドークはうんざりしていた。

その心境を見抜いたのかエルヴィンが最後の質問をしたので彼は仕方なく答えてやろうと思った。

ところが、最後の質問は思ってもいなかった事を訊いて来たので思わず聞き返してしまった。

 

 

「フローラの私物を憲兵団が持ち出したんだが、何か知らないか?」

「いや、知らん。そんな指示など出していない。中央憲兵の仕業じゃないのか?」

「中央憲兵が関わっていたなら納得したんだが、()()()()()()が関与していたのが気になってな」

()が憲兵団を指図して動かしたんじゃないのか?少なくとも俺に話は来ていない」

 

 

憲兵団といえど根拠がないと他の兵団が所有する施設を捜査する事はできない。

エルヴィンが王政に召集されたのも、形式上はこうしないと裁けないという理屈がある。

王政府ですら定めた法律と軍紀を守らなければ、正当性を主張できなかったのだ。

 

 

「じゃあ、お前を飛び越えて憲兵団を動かせる奴は誰だ?」

「中央第一憲兵団か、ほぼ同格の総統局でもかなり上の地位くらいしか居ないはずだ」

「ザックレー総統か?」

「いや、副官と副総統なら緊急時に独断で各兵団を徴用する権限を有していたはずだ」

 

 

そもそも王都を守護する中央第一憲兵団が絶大な権力を持つのは反乱を防ぐ為だ。

一昔前まで貴族のご子息が箔を付けさせるために裏口で各兵団に配属される事例があった。

だが、それは貴族による暴走を招く事になる。

例えば、私腹を肥やした大貴族が憲兵団を掌握して王に対して反乱を起こすなどだ。

それを防ぐ為に中央第一憲兵団が設立されたが問題になってくるのは地方まで影響力がない点だ。

あくまで彼らは、大貴族や兵団高官を監視するのであって実働部隊を動かすのは骨が折れる。

なので総統局が3つの兵団の上に統括している形にしたが事実上、形骸化していた。

 

 

「総統局など飾りとしか思っていなかったが…」

「ああ、久しぶりに仕事をしたな」

 

 

そう、形骸化していたのだ。

ユトピア区に向けて巨人の大群が向かっていると知った王政府はよっぽど焦ったのだろう。

中央第一憲兵団すら戦線に投入したのだが、そうなると兵団司令部より彼らの方が偉くなる。

しかし、3つの兵団から構成された1万以上の兵力の指揮をするのは彼らには荷が重すぎた。

そこで兵団を統括するザックレー総統の副官であるエルティアナ女史が総指揮官として活躍した。

あの猜疑心溢れた王政府を転覆できるほどの大兵力を無事に運用できたのは奇跡と言っていい。

 

 

「一応、お前の方が階級が上だろう?だったら代行できたんじゃないか?」

「馬鹿言え!あの貧乏くじなんか誰がやるか!」

 

 

そもそも総統局は、副総統未満は所属している組織と兼任できるという謎のルールが存在する。

そのせいで各兵団が総統局と権力が拮抗するどころか総統局が兵団に肩入れしている有様だった。

なので彼女は、巨人の襲撃に備えつつ同僚と権力闘争しながら前線と司令部の調整をしていた。

つまり、王政府や各兵団、同僚、民衆、巨人勢力の全てにぶん殴られる中間管理職であったのだ。

 

 

「なので全力で俺達はサポートした」

「辞められたらこっちにお株が回って来るから本気で頑張った」

「そりゃあ、お前の方が2階級上だもんな」

 

 

よってドーク師団長を含めた各兵団の長たちは、後釜にされないように全力でサポートしていた。

あの横暴な中央第一憲兵団ですら素直に従っていたというのだからどれほど過酷だったのか。

憲兵団の階級では上であるドークには彼女の苦労は計り知れない。

 

 

「…っと!目的地に着いたようだな」

「ああ、ここまでだな」

「お前の命運がか?」

「最後まで足掻いて見せるさ」

 

 

同期の考えている事はよく分からない。

ただ、今なお調査兵団の長という仮面を被っていられるのは驚く限りだ。

誰よりも現実を知りながら夢を追い求め続ける男は、ある意味で一番狂っている。

馬車を出て自らの死刑執行書にサインすると見抜いていない訳が無いと分かってるからこそ…。

ドークは同期を見送る事ができなかった。

 

 

『総統は味方か否か。少なくともフローラと親交を深めているなら味方と信じたいが…』

 

 

手は打つとはいえ最終的に判断するのは自分ではない。

ザックレー総統を筆頭とする兵団とそれを支援する民衆である。

無駄に外観が豪華な建物に施されている王家の紋章を見たエルヴィンは意地でも笑ってみせた。

 

 

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「エレンって寝ながら巨人化できるのかなー?」

「そんな事したら巨人化の研究を見直さなければなりませんよ」

「よし、やってみるか!」

「分隊長、あなたに人の心はありますか!?」

 

 

調査兵団の第四分隊の隊長、ハンジ・ゾエは焦っていた。

巨人が生成する結晶体に興味がありエレンで実験を重ねていた。

結論を言うと一度も成功していない。

リヴァイ兵長曰く「エレンが硬質化できない事と巨人化の限界を知る事ができた」と言うが…。

 

 

「心外だな!机上の空論になるくらいならあらゆる可能性を試さないと!」

「実験のし過ぎで丸一日寝ている事が何度もあるんですよ?もう限界かと…」

 

 

改めて巨人化とは何かという哲学から巨人学に繋げているのだが、如何せん情報が少な過ぎる。

巨人化は連続でやるほど巨体のサイズや強度、操作に問題があるのは判明している。

そして巨体はうなじから生成されるのは、巨体から飛び出したエレンの肉体を見れば分かる。

しかし、僻地とはいえ巨人化実験する度に蒸気で居場所を知らせているのだ。

これ以上の実験は、巨人化の実験場所を予想した敵に包囲される可能性がある。

 

 

「オイ、クソゴーグル、今何時だと思ってるんだ」

「おっと!人類で最も目つきが悪い男の登場だ!」

「午前2時にギャアギャア騒ぐんじゃねぇ。俺の部下を寝かせねェ気か?」

「でもあんたは起きてるじゃん。むしろすぐにでも出撃できる準備でもしてるんじゃないの?」

 

 

リヴァイ兵士長は、深夜に騒ぎ立てる馬鹿に説教でもかまそうかと元凶に詰め寄った。

さすがにヤバいと感じたのか、ハンジは両手を挙げて驚いたフリをして口を噤んだ。

 

 

「全てが終わったら説教としてこれからどうするつもりだ?」

「団長の指示にもよるけど巨人化実験は引き続きやっていくよ」

「……一度、情報を整理しよう。これじゃ埒が明かねェ…」

 

 

リヴァイは停滞した状況を好転させようと試みた。

しかし、研究馬鹿のせいで同じ事の繰り返しになりそうだったので改めて目的を確認する。

目配せして察したモブリットが手帳と筆記用具を用意したのを確認したリヴァイはハンジに問う。

 

 

「まず俺たちがやりたい事を確認する。目標がズレてたら俺が計画を見直してやる。良いな?」

「構わないよ」

「さっそくだが俺達の目的は何だ?」

「ウォール・マリアに空いた穴を塞いで巨人の侵入を防ぎたい」

「何故だ?」

「ウォール・マリアを奪還したいから。これ以上、人が争うのは見たくないから…」

 

 

壁内人類の歴史は、巨人に敗北する歴史でもある。

つい最近、トロスト区の門に空けられた穴を塞いで初めて巨人に勝利したという偉業を達成した。

それと同じ様にウォール・マリアの先にあるシガンシナ区の2つの門にできた穴を塞ぎたい。

 

 

「シガンシナ区の正門と裏門の穴を塞ぐには途方もない犠牲者と物資が必要じゃねェのか?」

「そこで一部の巨人が使う硬質化で穴を塞げるのではないかと考えたんだ」

「何故、巨人の力を使用する必要がある?」

「エレンが能力で穴を塞げるなら作業時間は1日もないし、物資も最低限で済むから」

 

 

しかし、巨人が通れるほどの穴を塞ぐ資材と食料、建設時間を考えると現実的では無かった。

ところが、巨人には硬質化で結晶を作る能力があると判明した。

しかも、その結晶体は巨人が消滅しても残り続けるというおまけ付きだ。

もし、エレンの生成した結晶で穴が塞げられるなら最低限の物資で進軍する事ができるのだ。

 

 

「それを実現する方法は?」

「巨人化したエレンが結晶体を生成してもらう予定だ」

「未だにそれが達成できていないんだが、どうするつもりだ?」

「引き続き実験を重ねる予定さ」

 

 

エレンが結晶を生み出せるなら計画はすぐ実行されるはずであった。

現実は、結晶体はどう出せるのかは全く分からない。

カラネス区を襲撃してきた変異種を見れば、その辺の巨人でも理論上は結晶を生み出せるはずだ。

その何故が解明できていないのだからこうして悩んでいるのだ。

 

 

「じゃあここから話を変えるとしよう」

 

 

子供の喧嘩じゃないので失敗の追及などリヴァイにはする気はない。

だからといって原因を追究する暇も予算も無い以上、深掘りしても旨味はない。

あらゆる可能性を試すならと…あえて彼は話題を変えた。

 

 

「エレンがユトピア区やストヘス区に転がった結晶を運ぶ案はどうだ?同じく結晶だろう?」

「ダメだ、輸送に時間が掛り過ぎるし、民衆に巨人のエレンを見せるわけにはいかない」

「じゃあ、ユトピア区の壁外に転がった結晶でも集めに行けば良いじゃねぇか」

「エレンはともかく我々にその活動をする余力はないんだ…」

 

 

調査兵団の支援母体から失望された挙句、商会の支援が全て打ち切られた現状に追い込まれた。

既に調査兵団の活動は限界であり、残った資産で無理やり食い繋ぐの精一杯であった。

何度も壁外に兵を派遣するどころか、そもそも壁外に出れる余裕が無かったのである。

なのでこのまま実験を続けても、破滅は目に見えている。

 

 

「そこで相談なんだが…」

「何だい?」

「ヒストリア・レイスを利用しねぇか?」

「リヴァイらしくないね。急にどうした?」

 

 

リヴァイ兵長の放った一言にハンジは素直に驚いた。

彼が赤の他人を名指すとは珍しい。

 

 

「さっきから扉の隙間から覗き見している奴を巻き込んで何が悪い?」

「え?」

「オイ、素直に出てきたら説教もしねぇ。早く出て来い」

 

 

自分がこの部屋に入室した時にしっかり扉を閉めたはずであった。

昔から人の気配と視線に敏感な彼は、ドアの隙間から覗き込んでいる存在に気付いていた。

当初は斥候が覗いているのかと思ったが、こんな素人な凡ミスはしないだろう。

だからといってエレンたちが覗き見るほど自分を下に見ていないと判断。

消去法でヒストリア・レイスだと思い、わざわざ名を呼んだのだ。

 

 

「な、なんで分かったの…」

「他の連中は俺を恐れているか慕っているからな。お前くらいしか絞れなかっただけだ」

 

 

上官たちの会話を盗み聞きしていたヒストリアは素直に扉を開けて何故分かったか質問をした。

返答としては納得できる…わけでもないが否定はできなかった。

 

 

「この子に何をする気?」

「別に大した事はしねぇよ。ちょっと協力してもらうだけだ」

 

 

ヒストリア・レイスはエレンと同じように王政府にマークされていると判明している。

しかし、何故隠し子程度でしかない彼女が狙われているのか調査兵団には理解できない。

だからこそリヴァイは彼女に負担をかけない形で協力してもらおうと考えた。

 

 

「はい、なんなりと…」

「お前、第58回壁外調査の後に薬草集めをしていたか?」

「病気になった兵士さんの特効薬があると聴いて採取しに行きました」

 

第58回壁外調査とは王政府主導で行なった軍事作戦である。

壁外調査と銘打っているが実際は壁付近に居る巨人の掃討作戦であった。

各地から召集された憲兵と調査兵団が合同で作戦を行なったと公式記録には残されている。

 

 

「誰がその作戦を立てた?」

「え?」

「フローラと第三分隊が薬草採取する任務など当初はなかったはずだ」

「フローラが上と交渉していました。詳しくは知りません」

 

 

リヴァイが問題視したのは、その後である。

すなわち本来存在しなかったはずの任務を立案した人物を知りたかったのだ。

 

 

「なるほど、やっぱりあいつが主導か」

「どうしたんだい?」

 

 

ヒストリアの話を聴いて納得したと同時にリヴァイは理解した。

ハンジが揶揄う様に彼の後ろに回って遊んでいるようだがこの際、無視をしている。

 

 

「エレンから預かった手帳がここにある」

「うん、それで?」

「第58回壁外調査に関するページに予め付箋(ふせん)を貼っておいた。今から一緒に確認するとしよう」

 

 

フローラが残していった手帳はエレンに渡り、リヴァイ兵士長の元に託された。

彼はハンジからフローラが中央憲兵と交流していたと聴いて今まで必死に調査していたのだ。

 

 

「ここだ、何て書いてある?」

「『クリスタは病院で出会った少女が心配の様だ。父親の容態が悪くなって心細くなっている少女を勇気づけるのはいいが、ユミルに窘められても無茶をしている。ほってはおけない』」

 

 

意外と達筆なフローラの字は、細かく書いてあっても読みやすかった。

続いて彼女は下行に書かれた文章を読もうとするとその前にリヴァイがページを捲った。

 

 

「次だ、何て書いてあるか読んでくれ」

「『破傷風が悪化して病院で入院している兵士が重体になったようだ。医師からそう告げられると少女以上にクリスタは落胆していた。何か手は無いかと調べると特効薬になる薬草が叢生していると判明したが採取は難しいだろう』」

 

 

ヒストリアは文章を音読していて過去にあった出来事を思い出す。

壁内に戻ってきた負傷した調査兵が重体になって落ち込む少女を見てられなかった事。

なんとかならないのかと医者や同期たちと共に調べた結果、特効薬の薬草があると知った。

 

 

「『壁外に生えているので諦めるだろう…と思ったら、クリスタが意地でも壁外に行って薬草を採ってこようとしていた。無理だとユミルと共に窘めるも彼女の意志は鋼鉄より硬い。やむを得ずエルヴィン団長に相談した』」

 

 

巨人の領域になったウォール・マリアに薬草があると知ってヒストリアは採りに行こうとする。

皆から制止されたが、駄々を捏ねた結果、フローラに連れられてエルヴィン団長に確認を取った。

今思えば、なんて無謀な事をしようとしていたのだろう。

 

 

「『団長は即座に薬草採取の件を却下したが、偶然にも王政府の高官たちと面会できる機会がありダメ押しで相談すると条件付きで壁外任務の許可を得られた。厳しい条件だがやるしかない』」

 

 

団長から薬草の件を一蹴された時、諦めきれず抵抗していたが、偶然にも王政府の高官と遭遇!

その時、何をとち狂ったのか。

彼らを呼び止めてしまったが、すぐに正気に戻ってフローラに『なんとかして』と無言で振った。

あの時は夢中だったせいで言葉が詰まってしまい、話題を投げたのは申し訳ないと思っている。

それでもフローラは必死に交渉してくれて何とか薬草を採取できる様になったのであった。

 

 

「どうした?」

「いえ、私。フローラに頼りっぱなしで無茶ぶりをし過ぎてたな…って思っていたんです」

「気持ちは分かるが、次のページを読んでくれ」

「分かりました」

 

 

この場に居るハンジ分隊長もモブリット副長もリヴァイですらヒストリアを責められない。

一生懸命頑張るというのは、素晴らしい事であると同時に後悔などいくらでもある。

それでも自分が選択した道ならば、前に進むべきだと考えるリヴァイは彼女を否定しなかった。

 

 

「えーっと、『第58回壁外調査に参加して巨人を掃討した後、第三分隊とユミル、クリスタと共に薬草を採取しに再び壁外へと飛び出した。当初の予定と違って憲兵団の新兵とベテランさんたちが作戦に参加してくれたのは想定外だったけど協力して壁外から薬草を持ち帰った』」

 

 

薬草採取する任務を承認する代わりにヒストリアも第58回壁外調査に協力した。

馬を捜査する手綱が切れるというトラブルもあったが、みんなのおかげで生き抜く事が出来た。

ウトガルド城で巨人の脅威を改めて知った今では、よくこんな事をしたなと彼女自身驚いている。

下行には、クスリと笑えるやり取りも書いてあった。

 

 

「『道中でディルク副長から薬草を絶滅させる気か?と問われたが、人類が絶滅するよりマシだと返してやった。これで破傷風で苦しむ人が減るだろう。少女の父親もよくなりますように…。』」

 

 

フローラはいろんな人と知り合いだけではなく初対面の軍人でも仲良くやっていたと思う。

そしてみんなで頑張って薬草を採って壁内に戻った後、薬を届けに行ったのだ。

あの時は、使命感と達成感に満ち溢れており、充実した1日だと思っている。

さすがに無理し過ぎたせいでその日の晩は、ユミルにお仕置きされたのも良い思い出だ。

 

 

「感傷に浸っている所で悪いが、最後のページを音読してくれ」

「…『少女の父親が無事に回復したらしい、これで一件落着だ。今回の一件でクリスタと固い絆で結ばれた気がする。これからも彼女と助け合って頑張って行こう』」

 

 

その下には、自分の夢について軽く書いてあったが恥ずかしいので音読しなかった。

これも音読しないとダメなのかな…とヒストリアは目つきが悪い上官の顔を見た。

 

 

「結構だ、無理を言って済まない」

「いえ、私も覗き見をしていたのが悪いので…」

「今のを読んでいて何か違和感を覚えなかったか?」

 

 

どうやらこれ以上読まなくていいと分かって安心したが、次の一言で固まった。

「何を言っているの?」と口に出してしまいたくなるほどに上官の意図が分からない。

 

 

「何でこの記録を音読させたんだい?」

「わざわざ口に出さないと違和感に気付けないと思ってな」

「じゃあ、私が代わりに答えてあげる」

 

 

まるで圧迫面接じゃないかと思ったハンジは少女の代わりに発言を続けていく。

 

 

「それはすなわち、私たち第四分隊の活躍が書いてないって事さ!」

「違う。意図的に重要な情報を抜いて記録しているって事だ」

「ん?」

 

 

なお、ハンジに任せると話がとんでもない所に飛んでいくのでリヴァイは結論を告げた。

もちろん、そんな事など露知らないハンジは想定外の返答で反応に困った。

 

 

「まず第58回壁外調査の戦果が書かれていない」

「確かにねー。でも作戦終了時じゃ討伐数を把握するのは難しいんじゃないの?」

「なにより、王政府の高官を納得させた理屈や見解が書かれてないのが気になる」

 

 

手帳には、持ち主視点から見た情報が記されていた。

ところが、明らかに何故そうなったかの情報が記されていない。

そこでリヴァイは気付いた。

 

 

「ふーん、よく見てるじゃん!じゃあ、何を言いたいのか聞かせてくれないかい?」

「この時点でフローラは中央憲兵と接触していた疑惑がある」

「「なっ!?」」

 

 

そう、その隠された情報こそが自分たちが窮地に追い込まれた理由である事に…。

そもそも、調査兵団の新兵が王政府の高官と交渉できる時点でおかしいのだ!

エルヴィン団長ですら対処に苦戦する奴らがあっさりとフローラの話を聴くわけがない!

 

 

「ヒストリア!改めて聞いていいか?」

「は、はい!なんでしょうか!?」

「フローラはどうやって薬草を採取する任務を王政府に納得させたんだ?」

「わ、分かりません」

「たかが破傷風の特効薬になるから作戦を承諾するとは考えられん、何かある」

 

 

調査兵団に所属していると忘れがちだが、王政府は()()()()()()()()()()()()()()()()

現に作戦の承認を受けた兵士以外が壁外に居れば憲兵団に通報されて大騒ぎになる。

なのに破傷風の特効薬があるからという理由だけで壁外作戦を承認するのはあり得ない。

 

 

 

「兵長、もしかすると…」

「さすがだモブリット、そうだ。薬草採取任務に同行した憲兵団が中央憲兵だ」

 

 

第58回壁外調査の後に薬草採取作戦があるのは調査兵団の上層部は知っていた。

わざわざ調査兵団の第一分隊と第三分隊の中でも精鋭で構成していたのだから当然である。

ところが、当日になってミケ分隊長率いる第一分隊はお留守番になった。

代わりに配属された憲兵の詳細は不明だが、ミケ曰く「危険な匂い」がしたそうだ。

 

 

「ヒストリア、薬草採取の時に異常はなかったか?」

「私は、私たちは憲兵団の新兵たちと一緒に薬草を摘んでいて何があったか分かりません」

「本当に何もなかったのか?」

 

 

 

なんか難しい内容の会話をしていると思ったらいきなり話題を振られてヒストリアは慌てた。

別に何も異常はなかったのだから中央憲兵とか関与しているとかさっぱり分からない。

しかし、彼女でも変だと思った事があったのを思い出した。

 

 

「実は巨大樹の森に哨戒に出たフローラたちの帰りが遅かったんです」

「それほど遅かったのか?」

「はい、ユミルが何度も毒舌が飛び出すほどに遅かったです」

「帰って来たフローラに異常は無かったか?」

「コロコロ転がる巨人の群れをこっちに連れてきました」

 

 

ようやく核心に近づけると思ったリヴァイは拍子抜けした。

まあ、巨人を討伐し過ぎて帰るのが遅くなるのはよくある事だ。

そう考える人物がリヴァイを除けばフローラくらいしかいないのであるが…。

 

 

「きっと刃かガスが枯渇したのでしょう」

「そうだね、あの子は限界まで戦っちゃうからね。その線が濃厚だよ」

 

 

フローラの戦法や性格を理解しているモブリットは単純に装備の問題で帰還したと考えた。

ハンジもそう考えるほどいつもの事だと考えてしまう。

しかし、ヒストリアが次に放った一言で机から身を乗り出す事になる。

 

 

「フローラと一緒に居た憲兵さんが死んで大変だったみたいです」

「「「ん!?」」」

「…え?なにか失言をしましたか?」

 

 

ところが、死人が出たという報告を聞いて皆が顔を見合わせた。

明らかに空気が変わったのを感じたヒストリアは怯えながら理由を尋ねる。

 

 

「いや、ありがとう助かったよ。もう遅い事だし、続きは明日にしようか」

「こいつの言う通りだ、集合時刻に遅れたらこっちが困る」

「でも…」

「じゃあ説教でもするか?我慢強くなるようにエレンに仕込んだ教育でもしてやるが?」

「いえ、結構です。失礼いたしました」

「部屋まで送っていくよ。もしかしたらまだ盗み聞きしている悪い子が居るかもしれないからね」

「ごめんなさい…」

 

 

珍しくリヴァイとハンジがタッグを組んでヒストリアを寝室に戻らせた。

念の為にモブリットに護送させて部屋に残った2人は向き合う。

 

 

「憲兵団で死人が出たってよ」

「あらー大変」

 

 

第58回壁外調査では投入した憲兵の一部が犠牲になった。

むしろ、憲兵が死人を出す事で調査兵団に責任を問わせる意味合いがある。

なので作戦終了後、わざわざ調査兵団の幹部が召集されて状況説明をさせられた。

そのせいで強く印象に残っているからこそヒストリアが残したヒントは大きい。

 

 

「なるほど、リヴァイの言いたい事とやりたい事が分かった」

「ああ、話が早くて助かる」

 

 

フローラが主導した作戦に憲兵の死者が出たのは問題だが、重要なのはそこではない。

フローラのやらかしが先行したイメージのせいで彼女の本性を見抜けなかった点だ。

 

 

「まさか104期南方訓練兵団の出身者で班員を固めたのもそれを確認する為?」

「偶然だ、単にエレンの緊張を解こうとしただけだ」

 

 

フローラ・エリクシアという女は馬を買う為にカラネス区の壁外で巨人討伐ショーをした。

わざわざ貴族の挑発に乗っかってやらかした事件は、兵団上層部に知れ渡る事になった。

第57回壁外調査に備えて新兵を鍛えている最中、発生した事件に調査兵団は頭を悩ましたものだ。

――そのフローラのやらかしに気を取られて王政府の対応が甘い事に誰も気付けなかったのだ。

 

 

「今後の予定は?」

「翌日から気分転換にとあの馬鹿女が残した手帳の内容で思い出話でもさせるってとこか」

「意外と頭が回るんだね」

「馬鹿言え、俺だってヒストリアの話を聴くまで確信をもてなかった」

 

 

フローラにはピクシス司令によって補給を最優先で受けられる権限が付与されていた。

それだけではない。

あらゆる勢力が彼女なら…と何かしらの優遇処置をしていた。

なんなら彼女が望めば、あっさりと壁外で活動できる作戦に参加する事ができる。

第58回壁外調査に至っては、フローラは指名されていた。

それは何故か。

 

 

「あいつ、壁外で何かやってやがったな…!」

 

 

壁外という王政府の管理から外れた環境でフローラが何かやっていたのだ。

クロルバ区の壁外で中央憲兵と共同作戦をやった時点で気付くべきだった。

壁内ならいくらでも不祥事を隠蔽できるあいつらがわざわざ壁外に誘う時点で可笑しかったのだ。

 

 

「残ったのは同期の肖像画集とこの手帳だけか」

「いや、むしろ俺らに気づかせる為に手帳を残したかもな」

 

 

ただ、リヴァイもハンジも彼女が敵だとは思っていない。

むしろ、自分たちにヒントを残してくれたおかげで助かったまである。

特に彼女の交友関係が無ければ、襲撃される事すら気付かれずに事が済んでいただろう。

 

 

「ん?」

「モブリット・バーナーです」

「入れ」

「失礼します」

 

 

巨人化実験という不確かな目的を目指すよりフローラの情報を漁る方が良い。

そう考えた2人だったが、入室してきたモブリットの顔を見て考えを見直した。

 

 

「…どうした?」

「これを…」

 

 

理由を問うと紙切れを渡してきたので仕方なくリヴァイはそれを受け取る。

どうせ碌な事は書いていないだろうな…と紙を広げて確認するとハンジの顔を見た。

 

 

「エルヴィンからの伝言かい?」

「そうだ、予想より早かったな」

「何があった?」

「今すぐ全員を叩き起こせ。完全に包囲される前にな」

「了解、40秒で支度するよ」

 

 

エルヴィンが記した文章にはそんな暇すら与えてくれないと分からせてくれた。

あまりにも時間が無さ過ぎて現時点における最善の手を打つしかできない。

だが、このリスクを利用しない手はない。

 

 

「モブリット」

「はい」

「俺たちがトロスト区で補給をすると情報を流しておけ。実際に実行するから間違えるなよ?」

「流言でなくてよろしいでしょうか?」

「エレンの実験は限界だ。だったら残ったプランを実行するまでだ」

 

 

調査兵団は事前に二つの目標を立てていた。

エレンの巨人化計画と敵対する壁内勢力の対処である。

そこに第三の選択肢であるフローラが残した手帳の内容を深掘りする案があった。

…あったが、もはや実験どころじゃないので残された選択肢を選ぶしかない。

 

 

「失敗してもすぐに喰われる事がねぇからむしろ気持ちは楽だ」

 

 

王政府はトロスト区の門に空いた穴を塞いだエレンの偉業を無視し、何度も王都に召集をかけた。

巨人になるという未知なる能力を恐れるのは否定できないが、明らかに可笑しな点がある。

彼を心底恐れているなら、以前に捕獲した巨人2体の暗殺された事件の様に殺せばいい。

ニック司祭の様に拷問すらしない所を見るとよっぽど生かしたままにしたいらしい。

そう結論付けたリヴァイは大きなリスクを犯す事にした。

 

 

「エレンとヒストリアを餌にして大物を釣ってやろうじゃねぇか」

「リスクがデカすぎませんか?」

「ああ、でかいな。だから代わりに俺らが何としても守ってやらねぇとな?そうだろう?」

「私にもその寛大な心で守って欲しいなー」

「うるせぇクソゴーグル。蹴り飛ばされたくなかったらさっさと起こしに行って来い」

「ひえーこわいよー。助けてーリヴァイ班」

 

 

人類最強の兵士は、大切な部下を囮にして大物を釣ろうと画策していた。

リスクを犯すなど調査兵団は平然とやってきたからこそ…彼はエルヴィンを信じている。

そうしなければ第57回壁外調査で散っていった兵士たちに顔向けできない。

例えそれが自分たちを破滅に導く事になるとしても…彼はリスクを選択をした。

その代わりにもう二度と誰も失わない様に敵ならば誰にでも刃を振るうと誓ったのだ。

 

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