進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
「おえぇっ!!」
唾液と共に
アルミン・アルレルトは、本日殺人をした結果、肉体に異常をきたしていた。
いや、精神的に追い込まれたのを自覚した頭脳が防衛反応を起こした。
「あぁ、…うっ、うぇっ!?」
いくら吐いても熱い何かが喉を登って来る。
吐く度にグリグリと腹の真ん中と側面が抉れる痛みがするのに収まる気配が無い。
殺人に手を染めたアルミンはひたすらに吐き続けていた。
彼の気持ちを一番に理解しているミカサはそれを見守る事しかできなかった。
「おい、どうした?何か悪いもんでも喰ったのか?」
「へ、兵長、す…すみません」
たまたま付近を哨戒していたリヴァイ兵長に発見されたアルミンは素直に謝った。
自分のせいで班に迷惑をかけていると自覚していたのだ。
「もし、お前の手が奇麗なままだったらジャンはこの世に居なかっただろう」
「でも、あの兵士は少し躊躇ってました。それに比べて僕は…」
「受け入れろ。これが現実だ!そして俺はお前に感謝している」
「え?」
リヴァイは殺人をした新兵に気を遣っていた。
オルオとペトラは仕方がないと腹を括ったが、優しいアルミンが殺人をするとは思わなかった。
この世界で割り切れない奴は多く誰もがタイミングを逃して自滅して死ぬからこそ!
仲間を救う為とはいえ即断即決で敵兵を撃ち抜いたのは彼も思うところがある。
「アルミンのおかげで班員が死ななくて済んだ。ありがとうな」
「兵長…」
「お前は
「…はい、分かりました」
自分が汚れ仕事を全て受けるつもりだったリヴァイは彼なりにアルミンを励ました。
その効果の実感は不明ではあるが、少なくともアルミンはこれ以上吐く事は無かった。
「すみません…」
「ジャン、お前もだ。あの時はああするしかなかった。終わった話を掘り返すんじゃねぇ」
ジャン・キルシュタインはクローゼットに隠れて無様に震えている事しかできなかった。
それどころか、悪夢なら覚めてくれと半ば他人事になっていた。
そのせいで駐屯兵に発見されて撃たれそうになっても何も行動できなかったのを後悔している。
「自分が間違ってました!次こそは必ず撃ってみせます」
「お前がぬるかったせいであの時はアルミンに助けられたな」
「はい、そうです。だから…」
「ただし、それはあの時、あの場において最善の手であって次は正しいとは限らんぞ」
「え?」
ジャンは上官の顔を見る。
いつになく優しく見えた。
「それが全て正しいだなんて俺は言っていない。そんな事は分かる訳ないからな」
リヴァイだってやむを得ず駐屯兵を殺害したが、本当は殺したくなかった。
もし、殺さずに和解できるならそちらを真っ先に選んでいた。
「お前は本当に間違っていたのか?もしも…はねぇが、今後は生かす方が良いかもしれんぞ」
殺人に怯えたり躊躇ったりするのは常人なら当然の事。
だからリヴァイはアルミンの判断力の速さを評価している。
それと同時にジャンに純粋さや優しさも捨てるべきではないと諭した。
「後悔しねぇように道を選べよ。失敗続きした先輩からのしょっぱいアドバイスだ」
「兵長…」
今まで大切な物を失い続けた兵長は、もはや部下しか守れる物が残っていない。
こいつらを守れるなら人殺しをすると誓ったが、さすがに二桁の人数を殺害したのは堪えた。
どっかの
「リヴァイ!準備が整ったよ」
「待ってろ、すぐに行く」
「時間がかかるかもしれないから小便した方が良いと思うよー!」
「うるせぇ!てめぇこそクソしてすっきりしやがれ」
一見するとハンジが兵長を挑発しているが彼には分かる。
顔を引きつりながらも必死に笑顔で居ようとするハンジの姿が。
知り合いと殺し合いになった以上、能天気そうなあいつですら壊れかけていた。
「憲兵は?」
「しっかりと拘束してるさ!」
「なら結構だ」
「やっちゃうか!」
だが、新兵にできない事をやる必要がある!
それが上官の務めであり、そして彼らに手本を見せなければならない。
否、これは悪い手本だから2人だけでこなすつもりだ!
密室でハンジとリヴァイは捕らえた2人の中央憲兵の拷問を開始した!
「ちょっと待て!目的を言え!!」
「うるさいな!こっちは人間の拷問をやるのは初めてなんだよ!」
「拷問ならせめて何か聞け!!」
なお、ハンジたちは情報を聞き出す為ではなく拷問する為に拷問をしていた。
何を言っているのか分からないが実際に拷問されたサネスも分からなかった。
何も尋問しないせいで2人の両手の爪が剝がされても拷問以外には進展は無かった。
「何がやりたいんだお前らは!?」
「そうだ、この拷問好きの変態野郎共が!」
「これがニックの分」
「「ん!?」」
ハンジ・ゾエは今まで彼らの餌食になった被害者の気持ちを分からせてやろうとしていた。
リヴァイは乗り気ではなかったが、ニックの件に関してはハンジに任せている。
あくまでアシスタントとして剥がした爪を掻き集めてゴミ箱に捨てた。
「おっと!このままじゃ破傷風になっちゃうね!リヴァイ、例の物をくれ!」
「勝手に使え!」
「オイ!!投げるなって!!」
リヴァイから投擲された筒を受け取ったハンジは、椅子に縛られた捕虜に近づいて笑ってみせた!
「これ、なんだと思う?」
「「知る訳ねぇだろう!!」」
「おぉ!息ぴったりだね!」
まるでコントのように繰り広げられる状況は、さきほどまで殺し合いをしていたとは思えない。
もちろん、殺意を抑える為にあえてハンジはリヴァイを巻き込んでボケていた。
そうでもしないとすぐにでもこいつらを殺したくなってしまうから!!
「これはフローラの香水さ!」
「フローラ?」
それに大人しく彼らが白状するとは思っていない。
既に駐屯兵団の兵士を多く手にかけた以上、調査兵団には正義は無い。
なので「フローラ」の名を出して彼らから何か引き出せるか期待した。
「これはフローラが作った補給拠点にあった香水だよ!見覚えはないかい?」
「…知らん」
「あっそ」
「ぎゃあああああああああ!!」
「おう、良い悲鳴をあげるじゃねぇか!ようやく拷問らしくなってきたな」
最初の質問は、フローラの香水を知ってるかというアホみたいな内容だった。
そのせいで普通に困惑したサネスの両手にハンジは香水をかけてやった。
効果は抜群の様でサネスは悲鳴を出して椅子の上でのたうち回っていた。
「で?フローラの事に関して何か知ってる?」
「な、なんであいつの事を訊くんだ!?」
「だって何も知らないからね!それくらい教えてくれてもいいじゃん」
どうせ王政府の機密を引き出せないのだ。
せめてフローラの情報でもないかと訊く事しかできなかった。
王政府に忠誠を誓っているラルフもフローラの事くらいなら話す事にした。
必死に我慢してきた彼だって痛いのは嫌なのだから。
「そうだな、あいつは不思議な奴だった」
「そうそう、なのにみんなあの子の事を詳しく知らないんだよ」
「兵器を横領するどころか横流しても罰する事ができないとかどんな手を使ったんだか…」
「今なんて言った?」
ところがラルフの口から爆弾発言が飛び出した!
フローラは物資を横領して補給拠点を作ったが、横流しの件は初耳だった!
「ん?なんだ気付いてなかったのか?」
「可哀そうに…あいつに何も知らされてないんだな」
サネスもラルフもてっきりフローラに聴かされていると思っていたので驚いた。
なので出来る範囲で復讐する事にした。
「なんで精鋭部隊が対人立体機動装置を付けてたと思う?フローラが提供してたんだよ」
「そんな馬鹿な…!」
「調査兵団の兵器も渡していたって言ったんだが、本当にあいつから聴かされてないのか?」
フローラ・エリクシアという女は兵器を横領するどころか別の部隊に横流しをしていた。
ケニー率いる対人立体機動部隊や精鋭部隊が巨人捕獲銃を所持していたのもその影響である。
心当たりがあるリヴァイは黙って彼らの話を聴いていた。
「知らない!!私は何も聴かされてないぞ!?」
「その様子じゃトロスト区でフローラが殺人を行なっていたのも知らなさそうだな」
「えぇ…!?」
「ん!?」
少しずつフローラが隠してきた闇が見えてきたが、出てくる情報はとんでもない話ばっかりだ。
「なんだよ、ヒストリアが真の王家の一員と知らされて行動していたんじゃないのか?」
「はあ!?」
それどころか、フローラはヒストリアが真の王家の血族だと知っていた。
むしろ、中央憲兵たちは調査兵団がその情報を知らされている前提で行動をしていた。
フローラが組織によって隠す情報を選別したせいで互いが勘違いしたまま話が進んでしまった。
「ヒストリアが真の王家?」
「…おい、まさか知らなかったのかよ!?」
かくしてあっさりと王政府が隠蔽していた情報をハンジとリヴァイは手に入れる事ができた。
フローラが組織によって残す情報を選択したせいだが、あまりにも話が食い違ってしまった。
「馬鹿野郎、なんで喋った!?」
「お前だってフローラが情報を漏らしたとか言ってたじゃないか!」
中央憲兵はレイス領に近いこの場所で調査兵団が潜伏していたのは情報が漏れたと考えていた。
ところが、フローラは律儀に調査兵団に情報を隠蔽していたせいで逆に暴露する事になった。
「おい…あいつ、どれだけ知ってたんだ…」
鎧の巨人を討伐する事しか考えていない馬鹿女と思っていたら大間違いだった。
彼女一人で王政府をひっくり返す情報をいくらでも持っていたと分かった。
そもそもフローラが王政府の高官を脅迫していた事実を今までリヴァイは失念していた。
何故、今まで気づかなかったのだろうか。
フローラが居る限り、王政府を牽制できるほどの情報と手段を有していた事に…。
「ハハハ、これは傑作だ!!フローラの直属の上司のハンジさんよ!!何も知らないんだな!!」
「うるさい!!黙れ!!」
以前にサネスはハンジがフローラの上官だと知っているのでここぞとばかりに煽った!
ラルフに至っては、どんな事をバラして調査兵団を動揺させるか考えているほどだ。
「いいぜ!この機会に教えてやる!!」
サネスたちが語ったフローラの罪状は以下の通りだ。
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殺人、毒殺、窃盗、上官侮辱罪、脅迫、恐喝、フリッツ王を殴打、不正薬物所持、住居侵入
建造物等損、放火、ガス漏出、不法投棄、偽造、賭博、賄賂、横領、器物損壊、不正買収
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「待て待て!!」
「なんだよ人類最強さんよ!まだほんの一部だぞ?全体の3割も言ってないつもりなんだが?」
「なんでそんなにやらかして処罰されないんだ!?」
とんでもない情報を教えられたリヴァイは思わずツッコミを入れた。
さすがにここまでやらかせば、常識的に考えれば問題児と言われずに憲兵に連行されるはずだ!
そう言いたかったのだが、中央憲兵の顔を見て事実だと思い知らされた。
「処罰したら連累して3つの兵団の長と総統、貴族や商人、大臣まで裁く羽目になるからだ」
「お笑いだよな!1人の兵士を裁いたら王政府の高官たちが全滅するなんて!」
殺人や強盗ならともかく兵団が所有する大量の兵器の横領などは個人ではできる範囲ではない。
それを調べようと捜査のメスを入れると王政府に跳ね返ってくる有様だった。
もし、フローラを裁くなら彼女と共謀したり支援した者たちも処罰されるべきなのだが…。
あまりにも数が多すぎて見て見ぬふりをするしかないほどえげつなくて隠蔽するしかなかった。
フローラの犯罪に加担した勢力とその中心人物は以下の通りとなる。
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3つの兵団の長、総統局、王政府の四大幹部、そして裏で糸を引くレイス辺境伯
王都を守護する中央第一憲兵団に対人立体機動部隊、現政権の大臣と敵対する貴族派閥
20を超える商会に役人、医療関係者に兵站部、兵器開発のトップ、各城塞都市の責任者
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下手に「ここ掘れワンワン」とフローラの情報を掘り起こすと自爆するのは自分たちである。
それを知ってしまった様々な勢力は悩んだ挙句、1つの結論を導き出した!
王政府と総統局と3つの兵団の長は、彼女が安否不明になったのを良い事に情報を隠蔽した。
全会一致で可決したというのだからフローラがどんだけ根深い問題だったのか分かる。
事情を知らない前線部隊は兵団司令部と関係に亀裂ができたのだが、それはまたの話となる。
「分かったか?フローラとかいう超大型爆弾のせいで王政府は何もできなかったんだよ」
「100年以上の歴史で中央憲兵が排除できなかったのはあの女くらいのものさ。いやマジで…」
サネスもラルフもフローラのせいで散々な目に遭ったのである意味、調査兵団には同情している。
各組織に共通認識される女は相応のヤバさを抱えていたという事だ。
「殺人って…何をやったんだ?」
「知らねぇよ!俺らは上の報告書を読んだだけだ」
「トロスト区しか起こしてないから…治安改善でもやってたんじゃないのか?」
エレンの同期たちは殺人で気が病んでいるのにとっくの昔にそれをフローラは経験していた。
彼女は問題児と称されるが、どうしても殺人しか道が無ければ容赦なく殺害する冷酷な女だった。
二桁の殺人と三桁の巨人を討伐したと王政府の高官を脅迫する女は伊達では無かったのだ。
なのに同期や知り合いには何食わぬ顔で挨拶してくる上にそれを悟らせなかった。
だからこそ中央憲兵にすら信用されたのだ。
いや、裏切って調査兵団に情報提供したのではと疑ったが…。
「チッ!」
これすらフローラからすれば鎧の巨人を討伐する為にやったに過ぎない。
それをどの勢力も理解しているからこそ彼女は…。
「馬鹿馬鹿しい!!そんな話があってたまるか!!」
「そうだな、こいつらには少し頭を冷やしてもらうか」
あまりにも規模がデカい話を聴いて馬鹿らしくなってハンジは話を打ち切った。
リヴァイも殺人をしたならどこかに報告が行くはずだと考えて狂言と判断した。
「どちらにしろ!お前らは情報を漏らした!ざまぁみろ!!ばーーか!!」
苦し紛れに中央憲兵を罵倒したハンジだが、未だに
彼らを椅子に拘束したまま去ろうとするところにかなり動揺しているのが見て取れた。
「そこでクソするだけの余生を過ごして今後の生きざまでも考えてな!!」
「…なあ、こういうのは順番がある」
「なーにぃが順番だってぇ!?」
サネスの一言を聞いてわざわざハンジは彼に絡みに行った。
次はどんな狂言を吐くのかと思って顔を見たら彼は泣いていた。
「こういう役には、順番がある。どうりでいくら頑張っても無くならないわけだ」
「そうだな、役を降りても…誰かが代わりに演じ始める…ようやく分かったよ」
彼らは壁内領土に住む人類の安泰を守る為にどんな事もした。
下手に利口な教師を殺害して生徒に歴史を疑わせるのを防いだ。
王を脅かすような銃を作ってやがった技巧科の連中も!
空を飛ぼうとした馬鹿夫婦もレイス家を脅かす田舎の牧場に居た売女も消した!
偉大なる先人たちから受け継がれた意思と忠誠によって彼らは今日まで頑張ってきた。
だが、いくら頑張っても雑草の様に生えて来る火種にはうんざりしたものだ。
「人の欲望と醜さは留まる事を知らずにどんどん肥大化しているんだ」
「ちょっとした細工で内戦が簡単に発生してしまうほどに限界だったんだ」
サネスとラルフは、実際に内戦を目にして人の罪深さを知ってしまった。
汚れ仕事をしてきたのは良いが、そのおかげで平和を享受しているのを民衆が自覚してなかった。
100年以上貯め込んできた膿は更に肥大化をしており、どこかで泡のように弾けようとしている。
これでは、いずれ人類は複数に別れて殺し合いが始まるだろう。
「せいぜい頑張れよハンジ…俺らの次はお前らの番だ」
「フローラですら免れられなかったんだ…先に地獄で待ってるぜ…」
2人の捨て台詞を聴いたハンジは兵長と共に退室して傍にあった椅子を蹴っ飛ばした。
壁に激突した椅子はそのまま地面へと落下した。
「レイス家の領土に行くわけだが行く宛はあるのか?」
「…ちょうどここはレイス家の本宅の近くだ。遠回りで山を越えても半日もあれば辿り着ける」
「そうか、ならさっさと出発時刻を決めてくれ。部下に伝えなければならんからな」
いつになく苛立っているハンジを見たリヴァイは、いつも通りにハンジと接した。
モブリットですら何もできないのだからこうするしかなかったのだ。
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史上初の内戦が勃発した日の翌日、憲兵団とその傘下の駐屯兵が調査兵団の捜索を行なっていた。
手付かずの山脈に潜伏していると推測した兵団は兵士を散開させて手当たり次第に捜索していた。
「ねえ、本隊から離れすぎてない?」
「しょうがねぇだろ。離れないと捜索する意味がないだろ」
ストヘス区憲兵団支部に所属するヒッチとマルロは、早朝から調査兵の捜索任務をこなしていた。
運が良い事に彼らは腐敗していたせいで出撃が遅れたおかげで内戦に巻き込まれる事は無かった。
内戦は既に鎮圧されたものの犠牲者が数百人単位でおり、火災のせいで身元の特定が遅れていた。
その話を聴いて彼らは改めて大事件が起こっているんだと自覚する羽目になった。
「はぁーなんであんたとこんな事を…」
ヒッチ・ドリス二等兵は、口ではそう言いながらマルロと一緒に居れて安心している。
「…さては、私と2人っきりになりたかったんでしょ?正直に話してみなよ?」
「ヒッチ、悪いが俺もお前が相手で残念だ」
「……あらそう、そりゃよかったわ」
ヒッチなりにマルロに甘えたが馬鹿真面目な彼はサボり癖の女に向かって本音を告げる。
期待していなかったとはいえ自分の顔と身体に自信がある彼女はちょっぴり傷ついた。
だからこそ攻略しがいあるとも言える。
「なあ、本当に調査兵団は駐屯兵団と戦闘を行なったのか?」
「実際に犠牲者が出てるんだからそうなんでしょうよ」
「壁の外にしか興味が無い連中だぞ?ヒッチはやると思うか?」
「さあね、フローラをとっ捕まえたら聞き出してみればいいんじゃない」
彼らは第58回壁外調査と薬草採取作戦で調査兵団に世話になった。
だからこそ、発覚している情報を聴いてピンと来ないのだ。
交戦するメリットが無いのにわざわざ駐屯兵団の精鋭部隊と戦闘をするのかと…。
結論は、フローラから聞き出す事にして彼らは険しい獣道を進んでいた。
「静かに…水音がする」
ヒッチが水音に気付いてゆっくりと歩いて行くと桶に水を汲んでいる兵士の背後が見えた。
「動くな、憲兵団だ。両腕を挙げてゆっくりとこっちを見ろ」
マルロの指示にアルミンは黙って両手を挙げて従った。
「ああ、変な真似はするなよ。こっちも撃ちたくないんだ」
「静かにしててよね」
ライフル銃を構えるマルロとヒッチだが経験不足の彼らは頭上を警戒していなかった。
気付いた時には、あっという間に体術で地面に押し付けられて捕縛された。
「よくやったアルミン」
「はい、無血で済んで良かったです…」
憲兵団の兵士の捕縛を考えたのはアルミンである。
憲兵の兵服が1つあるだけで無用な戦闘を回避できるかもしれない。
そして憲兵団に潜り込んでエレンたちが運ばれた場所を探り出すべきだと提言!
自分が囮になると宣言して頑張って作戦を開始したのだ。
作戦は功を奏して2人の憲兵を無傷で捕虜にする事に成功して彼は久しぶりに笑う事ができた。
「よし、所属組織と名を名乗れ。言っておくが嘘を言う奴には容赦はしねぇぞ」
「ストヘス区憲兵支部所属マルロ・フロイデンベルク二等兵」
「同じく憲兵支部のヒッチドリス二等兵です」
「共に104期兵か、相変わらず新兵に仕事を押し付けている風習は続いているらしいな」
所持品から2人の新兵が嘘をついていないとリヴァイは判断。
没収した2つの装備は良いとして問題なのはこいつらをどう処理するべきか。
このまま生かしておけば憲兵の装備が奪われたと発覚してしまう。
だからといって死体2つを抱えながら潜伏するのは肉体的にも精神的にも辛い。
どうするべきか悩んだ。
『やだやだぁ!!まだ死にたくない!!』
ヒッチ・ドリスはまだ素敵な殿方と出会って愛し合えていない。
愛し合いながら豪遊しつつも、子供と遊ぶ夢を諦めきれていない。
「あんたたちのせいでしょうが」
「ん?」
「ストヘス区で2千人ほどの人民が死んだのを知ってますか?」
「おい…?」
ヒッチは調査兵団に言いたい事がたくさんあった。
とにかく無抵抗でいようとするマルロは、同僚の行動が信じられない。
「あんたたち、巨人化能力者を数多く輩出した104期南方訓練兵団出身者だってね」
「ああ、そうだ」
ヒッチに呼びかけられたジャンは素直にそれを認めた。
自分だって何で同期に巨人化能力者があんなにいたのか全く分からない。
「アニ・レオンハートやフローラ・エリクシア、ミーナ・カロライナって知ってる?」
「もちろん知ってるがどうした?」
「私はね、あの子たちと仲良くなってドーナツを食べる約束をしてるの」
またしてもフローラの名が出て来て調査兵団の士気はただ下がりした。
いくら交友関係が広いとはいえ部署も担当地区も違う憲兵団の新兵まで友人だったのだ。
一体どうすれば、そんなに友人を作れるのか訊いてみたくなるほどだ。
「でもアニはあの日から帰って来ないの!!巨人に踏まれて死んだんでしょ!!」
「いや違う、ストヘス区に潜伏していた女型の巨人の正体はアニ・レオンハートだ」
「……え?」
「ついでにユトピア区で激戦が起こったのは捕縛されたアニを巡って奪い合いをしていたからだ。まあ、末端の新兵が知って良い事じゃないが」
アニ・レオンハートについて尋ねられた兵長は無情にも残酷な事実を告げた。
「俺たちは巨人に奪取されたアニを奪還しようと壁外に飛び出した…。フローラとミーナとやらもそれっきり帰ってきていない。残念な事にな」
「なんで…」
「ミーナについては知らないがフローラは、ここにいる同期を救う為に殿になって戦場に残った」
「そう…なの」
ヒッチとマルロが最後にフローラを見たのはユトピア区の壁に戻ってきた時だ。
それからの記憶がほとんどなく気付いていたらいつの間にか終わっていた。
壁外に飛び出した兵士の大半が負傷して帰って来るのを見届けるしかできなかった。
「なんで調査兵団はこんなに隠し事だらけなんだ!何でみんなに伝えようとしない」
「オカッパ、良い事を言うな、俺もフローラにその事で説教したいくらいだ」
「1つ聞いていいか?調査兵団はリーブス会長を殺して内戦を引き起こしたのか!?」
「会長は中央憲兵に殺されてたが…勝てなければそれが事実になるだろうな」
マルロ・フロイデンベルクという男は真面目である。
いや、真面目過ぎて憲兵団に入ったら不正を正そうとする志は変わっていない。
最近は、周りから少しずつ変えていこうと努力しているが、今回の件で分かった事がある。
「俺にも協力させてください!この不条理を正さなければずっと同じ事を繰り返します!」
「ん?」
「俺は憲兵団を腐らせたのは、中央憲兵のせいだと気付いたんです!」
「そうか、中々勘が良い青二才だな」
「俺に中央憲兵を探る任務をやらせてください!変装よりずっと成功率が高いはずです!」
「なんだお前は…」
急に自分たちに協力すると発言した新兵を見てリヴァイは一瞬、耳が狂ったかと思った。
今まで調査兵団に相対して手を貸そうとする馬鹿野郎が居なかったせいで冗談に聴こえていた。
『あいつ、マジだ…』
だが、ジャン・キルシュタインはマルロを見て懐かしい顔を思い出した。
理想主義で真面目なあいつなら事情を知ったら調査兵団に手を貸しただろう。
こんな熱血漢ではないが、きっとこいつは裏切ることは無いと判断した。
「兵長」
「どうした?」
「俺に対応を任せてください」
「任せる」
このままでは何も変わらない。
骨の燃えカスになった同期の悲劇を繰り返さない為にもジャンは兵長に提言をする。
さきほどとは違って瞳に迷いがないジャンの顔を見て彼に任せる事にした。
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ジャンは短剣の柄を握り締めて捕虜2人を前に歩かせた。
まるで同期から遠ざける感じではあったが、間違ってはいない。
「…なあ、遠ざかる必要があるのか?」
「答えはすぐ分かるさ」
マルロは何故自分たちが調査兵団の部隊から遠ざけられているのか理解できなかった。
「言ったはずだ、俺は調査兵団に協力すると!」
「すまねぇな、それは絶対に信じられん」
「何故だ?」
「駐屯兵団の精鋭部隊と手違いで交戦しちまってな!オレは人間不信になっちまったんだ」
「なっ!?」
ジャン・キルシュタインは人類が殺し合う戦場を見て狂ってしまった。
だから上官が逃そうとした捕虜2人を殺す事にした。
「お前らには悪いが、ここで死んでくれ」
「は、話が違うぞ!!」
「そうさ、話の拗れ合いで殺し合いになっちまったんだ!でも目撃者が居なきゃセーフだよな」
もし、殺人を犯したとしてそれが他者に見られてなければ死体を隠蔽すれば行方不明となる。
ならば、目撃者を殺せば認知されない事件となり闇へと葬り去る事ができるという事。
馬面で人相が悪い彼は三下らしく舌ベロを出して見せつける様に短剣を振りかざした!
「信じてくれ!!俺たちは本当に協力したいんだ!」
「は?オレらは信用されなかったのにお前らを信用しろなんて都合が良い話が通るか!」
「フローラに何度も助けられたんだ!その恩返しをしたい!」
「ああ、フローラか!!いつもあいつは…!!」
自分も世話になった問題児の名を聴いて自嘲気味にジャンは嗤った。
誰もがフローラの名を語るが誰一人彼女の正体を見抜けた奴はいなかった!
「オカッパといい!真面目過ぎるといい!!全然共感できねぇなっ!?」
「ヒッチ逃げろ!!」
いざ、殺そうとしたら足が絡まってジャンは転倒し、短剣を手放してしまった。
それをマルロが拾うが、すぐさまジャンが彼の顎に銃口を突き付けた。
「残念だったな、引き金を引く方が速いぜ」
「な、なんで人間が殺し合う必要があるんだ!?」
「それはこっちの台詞だァ!!おかげさまで同期は殺人しちまったんだよぉ!!」
「信じてくれ!!俺は殺し合いをするつもりはない!!」
「なら短剣をオレに渡せよ!信用して欲しいなら当然だよな!」
マルロは殺し合う必要が無いと説くがジャンには信じられなかった。
話し合いの機会はいくらでもあったあの場所は殺人か逃走以外に選択肢がなかった。
調査兵団が原因で内戦が発生したと理解しているならば、尚更信用できない。
せめて武器を渡さないと信用する価値など無いとジャンは冷酷に告げた。
「オレ達は全てを失ったんだ、ならお前も相応の対価を支払わないと割に合わねぇよな」
「じゃあ、なんであんたはそんな劣勢な調査兵団に未だに残っているんだよ」
「ああ?」
「フローラと同じ新兵ならすぐさま投降すれば査問委員会で罰せられる程度で済んだはずだ!」
だが、マルロからすれば何故彼が調査兵団に所属しているのか理解できない。
リヴァイ兵長やハンジ分隊長など調査兵団の高官なら分かるが新兵なら逃げる事も出来た。
何故、それをしないのか彼は理解していた。
「あんたはどんな苦境でも命を懸けて戦う事を決意したんだろ!?俺も同じだ!」
「…お前に何が分かる!」
「分かるさ!!だから俺はあんたを信じる!!」
マルロはジャンとの口論で自分が先に行動しなくてはいけないと判断した!
だから短剣を放して無抵抗になった。
それを目撃したジャンは短剣を拾おうとすると横から来たヒッチに棒で殴られた!
「やめろヒッチ!!」
「なんで!?」
「わざわざ大声でこんな茶番するわけないだろ!!」
ヒッチに抱き着いて攻撃を中断したマルロは彼女を説得した。
そもそも、殺すなら自分たちの背から銃弾を放てばいい。
確実に1人殺せるのにやらなかった時点で自分たちが信用できるかテストしたと考えた。
「…なんであんたはそんなに馬鹿なんだ?俺たちがその気なら殺されていたぞ」
「お前が死んじまった同期に似ていただけさ。それだけだ…」
「…どんな奴だった?」
「憲兵団に入って王に仕えたいとか抜かす馬鹿真面目で正直なオカッパ野郎だったよ」
「そうか…」
最初からジャンはマルロたちを殺すつもりはなかった。
だが、彼らが味方だと調査兵団に説得する材料が無かった。
なので身体を張って彼らが味方だと物陰で身を隠している調査兵たちに伝えていた。
「フローラやアニから聴いたんだけどさ、死に急ぎ野郎ってあんたなの?」
「いや、そういう奴らが多すぎて誰だか分かんねぇぜ…」
「私から見れば、あんたも同類に見えるけどね」
「クソ、半端もんのオレもあいつらの仲間入りかよ。ついてねぇぜ…」
マルロに差し出された手をジャンは握り締めて立ち上がった。
ようやく対話で戦闘が避ける事ができた。
いや、悪意を持つ者がいる限り、きっと惨劇は止まらないだろう。
「今度はお前が正しかったな」
「兵長、オレの下手な芝居に付き合ってくれてありがとうございます」
この日、調査兵団はたった2人の憲兵を仲間にした。
風が吹けば消えそうな希望だが、確実に一歩、未来に向かって前進したのだ。