進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
人々から名君と讃えられる人物でも何かしら欠点がある。
レイス家は5人の子宝に恵まれたが、ロッド・レイス卿は一夜の過ちを犯した。
余り余って使用人との間にもう1人隠し子を作ってしまった。
それ以外は、領地の主として評判は悪くなかったとされる。
「それで生まれたのがヒストリアか」
「ああ、だがそれだけで終わりじゃないんだ」
リヴァイ兵士長の話を更にハンジは深掘りをする。
「特に長女のフリーダは飾らない性格で領民から『領地の自慢』と語るほどだ」
「だが、ウォール・マリアが破壊された日の夜、悲劇は起きた」
「世間の混乱に乗じた盗賊の襲撃により礼拝堂が襲撃され焼かれた挙句、全壊したそうだ」
ウォール・マリアに巨人が侵入した日の晩は、大きく壁の情勢が変わった。
ウォール・マリアから避難してきた住民もそうだが、誰もが混乱していた。
悲しいかな、非常時には火事場泥棒をする者が後を絶たない。
村一番で豪華な建物だったからであろう。
レイス一家が礼拝堂で祈りを捧げていたところ、領主以外は盗賊に惨殺されてしまったのだ。
「…という話だけどこれを聴いてどう思う?」
「礼拝堂を襲ったところで大した物品はねぇと思うが…」
「その通りだよ、わざわざ強盗がここまで暴れるのはおかしいし、そもそも狙うわけがない」
計画性がない奴らが建物を全壊させるほど暴れるものなのか。
しかも石造りで頑丈な建物を完膚なきまで破壊して逃走を図るものだろうか。
どう見てもレイス家の血を根絶やしにするのがメインに見える。
「そしてその数日後、レイス卿は牧場に押し込まれたヒストリアと接触を図った」
「なるほど、血縁関係か。その血にタネか仕掛けがあるかもしれねぇな」
それを裏付ける様に今まで放置していたヒストリアをレイス卿が接触していた。
ところが、憲兵団らしき刺客によって彼女は母を失ったばかりか、偽名を与えられて追放された。
そして領主は自らの資産ですぐにその礼拝堂を建て直したのも気になる。
「まあ、真の王家の血筋なら何かあるだろうな」
ヒストリア・レイスが真の王家の血筋だった。
その事実は、調査兵団に衝撃を与えたと同時に最後の希望でもある。
王都に居るフリッツ王が偽者であるならば、彼女が真の王位継承者と言える。
これを突けばきっと王政も無傷では居られないだろう。
リヴァイはそう思って最近の頭痛の種である馬鹿女の事を考えていた。
「……なんでフローラは教えてくれなかったんだろう」
そんな重要な情報を部下が握っていたのにも疑問が残る。
調査兵団に入団して半年も経たない部下がどうしてそんな重要な情報を持っているのか。
なんでそれを話してくれなかったのか。
というか、王政府にフローラが何をしていたのか不明だった。
ハンジは改めて部下の行動とその真意を訊きたくてしょうがない。
「で?どうするんだ?このまま後悔しながら生きていくのか?」
「いや、フローラのおかげで私たちはエレンの居場所を突き止める事ができた」
「ほう?どうやって知った?もうあいつの手がかりは掴めんぞ?」
「実は補給拠点にあった封筒をいくつか盗ん…借りていてね。それを読んだんだ!」
ハンジは補給拠点でフローラが遺した手紙の内容に衝撃を受けた。
なので他に情報が眠っていないか封筒の山を探していたのだ。
やはりというべきか、ロッド・レイス卿宛の封筒も存在していた。
さすがにあの場は読む暇がなかったが、落ち着いた頃合いに開封して読んだ結果…。
「そしたらその礼拝堂の地下に巨大な空間が広がっていると判明したんだよ」
「は?今なんて言った?」
ハンジの発言を聴いて馬で並走するリヴァイは思わず聞き返してしまった。
いきなり突拍子がない話を聴いて自分の耳が聞き間違えたのかと勘違いしたのだ。
「いやね、フローラはヒストリアに気を遣っててさ。自分もできる事はするからレイス卿に彼女をしっかりと認知してあげるべきと書かれていたんだけど…どうも爵位継承の儀式がその地下空間で行なわれるらしいんだよね」
「はあ?」
「いや、これもびっくりしたんだけど、エレンの父親がレイス卿の家族を手にかけた事に謝罪する文章もあってね。あの子はレイス卿にかなり気を遣っていたみたいなんだ…」
「はあああ!?じゃあ礼拝堂を襲撃したのはエレンの親父さんなのか!?」
「そうみたいだね。しかも深読みすればヒストリアに王位継承をさせろと提言している内容だ」
フローラが隠していたレイス家関係の情報を整理すれば以下の通りになる。
・ヒストリア・レイスは真の王家の一員である
・愛情に飢えていて自棄になりやすいヒストリアをレイス卿は認知するべき
・いざという時はフローラも協力する
・爵位継承の儀式は礼拝堂の地下で行なわれる
・エレンの父、グリシャ・イェーガーがレイス家の当主以外を殺害した
・エレンを庇う為にフローラはその所業を謝罪していた
つまり、普通にフローラはレイス家の闇を知っていた事になる。
それを抱えたまま、何食わぬ顔でユトピア区防衛戦に臨んでいたのだ。
「なんでそんな事まで知っているんだ…オイ、アルミン!!」
「僕だって何も聞いてないよ!?」
横で話を聴いていたジャンはフローラと仲が良いアルミンに訊ねるが…。
彼も全く理解できてないどころか、未だに情報の整理ができていなかった。
ミカサもコニー、サシャも負傷していたばっかりの同期の闇を知って動揺している。
「そしてあの子、とんでもない事をしようとしていたんだ」
「既にツッコミどころ満載なんだが、まだあるのか?」
「王の側近を脅迫してヒストリアを敵視するウォール教のトップ、ローデリヒ枢機卿を謀殺しようとしていたんだ。ウォール教はヒストリアを監視してみたいでね、あの子は…」
「待て待てハンジ、情報が多すぎる。口頭で説明されても追い付かんぞ…」
次から次へと出て来る真実にリヴァイの頭はパンクした。
フリッツ王の側近を脅迫して同じく側近であるローデリヒ枢機卿を謀殺しようとした。
などと聴かされてもピンとくるわけがなかった。
現に内容をしっかり読んだハンジ以外は誰一人話の内容がしっかり理解できていない。
「ニック司祭が私たちに情報を漏らしたのは、ローデリヒ枢機卿の謀殺計画が白紙化したからだ!その計画に関与していたニックは、上司である私に機密情報を渡そうと危険を承知でやってきた!でもあの子は、律儀に情報を秘匿していたせいでその真意が私に伝わる事はなかった!!だから…せめて2人を守れと言ったんだ!」
フローラは調査兵団を狙う王政府に対抗する手段を構築する際に事実を知ってしまった。
しかし、いきなり王政府を改革しても逆に治安や情勢が悪化するのは目に見えていた。
なにより仲良くなった中央憲兵たちが自分の為に戦ってくれると言ってくれた。
なので唯一接点が無いローデリヒ枢機卿の謀殺し、王政府を牽制!
ユトピア区に襲来する脅威を排除したら計画を実行してゆっくりと王政を変えていく予定だった。
だったのだ…。
「つまりなんだ?あの馬鹿女が全てを投げ出したせいでこうなったと…?」
「ああ、そうだよ……おそらくまだ協力者がいるはずだ…」
「他に誰か居るか?」
「詳細は伏せられていたけどおそらく中央憲兵にも協力者が居たんだろうね」
フローラに協力してくれるはずだった中央憲兵は現在、王都で散弾を乱射している。
エレンを守ると約束した駐屯兵団第一師団精鋭部隊は調査兵団と交戦した。
フローラと商売仲間だった9つの商会は、約束を果たさない調査兵団を見て支援を打ち切った。
彼女と共闘した事がある駐屯兵は、功績を踏み躙る兵団上層部に不信感を抱き苛立ちを募らせた。
――全てフローラ・エリクシアが自分に課せられた責務を放棄して逃げ出した事で発生したのだ。
「なるほど、事情は分かった。俺たちはその礼拝堂に向かっているんだな?」
「そうさ、きっとそこにエレンが居るはずだ…」
他に手掛かりを探す時間は無いハンジは、礼拝堂に向かっていた。
点と点が繋がっていくのは理解できるが、それでも信じられない事がある。
どうしてフローラはそこまで民衆や兵士を惹き付ける事ができたか…という事だ。
誰かが突出すれば妬む者や排除する者は必ず現れるはずなのに…。
「レイス卿に問うしかないね!」
もはや彼女と機密を共有していたロッド・レイス辺境伯くらいしか問う相手が居ない。
ハンジは必ず自分に黙って居なくなった部下の真相を暴こうとしていた。
「ちょっといい?」
「どうしたんだヒッチ?」
しかし、それを横で聞いていたヒッチ・ドリスは別の疑問を抱いた。
「どうしてみんなフローラの事を知らないの?あんなに仲が良さそうだったじゃない?」
「それはあの子が教えてくれなかったから…!」
「私やマルロには、悩み事の相談とか乗ってくれたけどあんたたちはそれをやったの?」
「ん?」
「さっきから聴いているとフローラは秘密を相談できない環境に居た様に感じるんだけど…」
ヒッチ・ドリスはフローラの秘密がどんどん発掘される中で妙な点に気付いた。
親しいはずの同期や先輩、上司ではなく赤の他人と秘密を共有していた事だ。
普通なら逆のはずであり、そもそもフローラは相談する気がないように見えたのだ。
「…何が言いたい?」
「もしかしたらフローラが悩んでいるのに誰も相談に乗ってないんじゃないかって思ったのよ…」
「ん?」
「あの一匹狼のアニですらフローラと相談し合って秘密を共有していたのに…」
ヒッチ・ドリスは、フローラやミーナと仲良くなった際にアニが隠していた秘密を1つ知った。
第57回壁外調査が実施される前日、アニはヒッチに翌日の区内巡回を病欠にして欲しいと頼んだ。
それを聴いたヒッチはその交換条件としてマルレーン商会の一人娘の捜索依頼を押し付けた。
結局、その捜索依頼は失敗したのだが、何故か捜索依頼が撤回されて疑問に思った物だ。
ところが、ドーナツをみんなで一緒に食べた際にその時の状況を教えてくれた。
『実はさ、マルレーン商会の娘さんが違法薬物を製造していたの。だから必死に捜索してんだ』
『道理でわたくしにも捜索依頼を振ってきたわけね、ストラットマン会長に言ってやってよ』
『何を?』
『わたくしはあなたの願いを叶える魔法使いでも代わりの薬物を作る悪人でもありませんってね』
『あははは、今度逢ったら伝えておくよ。香水でブームを作った悪い子さんが仕事をくれるって』
『はぁー、アニの件で口煩い会長に揺さぶりをかけてやろうかしら』
『待ちなって、この情報は私たちだけの秘密って言ったでしょ』
第57回壁外調査の前日で発生した出来事をアニはフローラに愚痴っていた。
フローラも捜索依頼と仕事の斡旋を要求してうんざりしていると告げていた。
内容がいまいち理解できないミーナ・カロライナは、2人の合間に入って身体に触れていた。
『ねえ、私に対して何か言う事が無いの!?私だけハブるのはやめてよ!置いて行かないでよ!』
『こうやって秘密を明かしたんだから怒らないでよ』
『相変わらず甘え上手だね、どっかの糞野郎と隣の口煩い女も見習ってほしいな』
『アニ!!もう許さないわ!もう一回、ドーナツを買ってどんどん食わせて太らせてやるわ!』
『ラッキー、結構高くて中々買えないんだよね』
『ああ!?わたくしを嵌めたわね!?』
ヒッチはその会話を聴いていて1つ疑問に思った事がある。
『ねえそんな話を漏らして大丈夫なの?』
『大丈夫だよ、フローラの聴力を舐めるなって。誰も居ないって言ったから話したんだ』
『そうだよ、フローラはとっても地獄耳なんだよ!』
『ミーナ、もうちょっとわたくしに気を遣いなさい』
秘密をあっさり話すアニとフローラに困惑したが、だんだんどうでもよくなった。
化粧品も買ってくれたし、ミーナにお洒落の話で盛り上がったヒッチは…。
他の同期にも同じように秘密を共有したり盛り上がっていたと思ったのだ。
「私はね、フローラやアニ、ミーナと少しだけ秘密を共有した事があるのよ。なのにさ、なんなのあんたたちは!?どいつもこいつも教えてくれなかったフローラが悪いって!」
しかし、話を横で聞いていたヒッチはフローラが秘密を告げなかった原因が分かる気がした。
「誰かフローラの悩みを聴こうと思った事はあるの?頼りっぱなしで誰かフォローをしたの!?」
「いや、していない…」
ヒッチの問いに対してジャンは即答をした。
彼はトロスト区で立体機動装置が故障した際にフローラに囮になってもらった。
なので夕食は彼女に提供する約束をしていたが、ほとんど守ることは無かった。
忙しいのか、中々逢えなかったのでいつか恩返しをしようと思っていた。
そうやって先延ばしをした結果、彼女に恩返しをする機会は無くなってしまった。
「いや…いつもあいつを頼ってそれっきりだ…」
「だって、フローラが鎧の巨人討伐を諦めるわけがないって思ったし…」
「いつもフローラは少し休めば復活してたんです…それに期待し過ぎたかもしれません」
コニーやアルミン、サシャも同意見だった。
あのウトガルド城で立て籠もった時ですらフローラの復活を賭けていた。
先輩たちが巨人に喰われてもなお、彼女が居る限りどうにかなると…。
『そういえば、ベルトルトの奴が言ってたな…』
コニーは、あの時に発言したベルトルトの言葉を一言一句思い出せる。
『もう少しフローラの事を心配しない?なんでみんな、そんな薄情なの?』
その時にユミルと自分が返答した言葉も思い出す事ができた。
『何言ってんだベルトルさん。フローラだからだよ』
『ああ、どんなに怪我をしてもすぐに復帰するからなこいつ』
コニーはフローラがどんなに死にかけても翌日に復帰できると知っていた。
だから疲労でぐったりと寝ている姿を目撃しても、そこまで心配していなかった。
実際、すぐに彼女は復帰して先輩たちの死体から装備を物色するほどには回復していた。
だから…実際にフローラがどんな感情で戦っていたのか理解する事は無かった。
「つまり、俺たちはフローラを追い込んだ共犯者って事だ。そしてそれは俺に責任がある」
リヴァイはすぐに皆の心境を察して自分にヘイトを集中させた。
彼ですらフローラの事を考慮せずに結構無茶な事をさせてしまった。
厄介な事に適応できてしまったが故に誰も彼女の限界を知る事ができなかった。
誰もがフローラならできると押し付けた結果、彼女は処理できずに散ってしまったのだ。
「着いたぞ、ここが礼拝堂だ」
誰もがフローラの事を気遣わなかったのを後悔したが、時間は待ってくれない。
目的地である礼拝堂に辿り着いた一行は、腹を括るしかなかった。
「もう、俺たちは大罪人だ。だがな、エレンは違う。奴だけでも助けるべきだ」
駐屯兵を手にかけた以上、誰もが絞殺刑に処されてもおかしくない。
だが、エレンは違う。
「ここからが正念場だ、言っておくが手を汚したくない奴はこの場から去れ。責めはしない」
だからこそリヴァイは問う!
ここから先は自らの意思で殺人をしないと生きていけないと…。
そしてその恐怖に負けた者を責めるのではなく評価するべきだと!
「フン、どうやら俺たちは大馬鹿者らしいな、せいぜい最後まで抗ってやれ」
誰一人ここから逃げる事はしなかった。
フローラが遺してくれた物を継いだ彼らはもはや止まる事はできなかった。
「ところでお前らはどうする?俺たちと同罪にされるんだが?」
「ここまで来ちまった以上、逃げられるわけないだろう」
「憲兵視点の証人が必要でしょ?」
「忠告はしたぞ」
リヴァイの質問に対してマルロとヒッチは怖気づかなかった。
既に巨人との戦闘を何度も切り抜けた彼らもまた成長していたのだ。
その返答を聴いて少しだけリヴァイは口角を釣り上げた。
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レイス家の領地にある礼拝堂の近くには広大な地下空間が広がっていた。
そこは、光源を発する結晶体によって構築されており、まるで日光を浴びている感覚である。
そんなクリスタルの洞窟のような場所でケニー率いる対人立体機動部隊が待機していた。
「本当に来るでしょうか?」
「来ない方がおかしいでしょ」
グランツの問いに対して副官のカーフェンが表情を変えずに返答をした。
「奴らはフローラが残した情報を探り当ててここを特定するはずだよ」
「何故、そう思うんです?」
「さあね、でもあのフローラの同期や先輩ならするかと思ってね」
火薬を舐めて産地を当てたり、独自に対人立体機動装置を作っていたり…。
フローラの行動は全く読めなかったが、カーフェンはこれだけは言えた。
絶対に誰かがフローラの意思を継いでここにやって来るのだと。
「さて、我々はもうじき用済みになるだろう。王が力を取り戻した時、我々の記憶は改竄されて、ただの駒として扱われて死んでいく事になるだろう」
もうじき継承の儀式が始まる。
もしも、王が力を取り戻したら再び、能力を使用して全人類の記憶を改竄するだろう。
駐屯兵団同士で発生する内戦も未だに王政に抗う調査兵団も、自分たちですら対象であろう。
「でもそれって本当にちゃんと生きていると言えるのか?我々はまたしても無知のまま壁外勢力に壁を破られてやりたい放題にされるのか?本当にそれでいいのか?」
中央憲兵の中でケニー率いる対人立体機動部隊は王政に忠誠を誓っていない。
「私たちが憲兵を選んだのも中央憲兵を志願し、おっかないケニーの元についたのもそんな無意味な世界と人生に意味を見出す為!そうでしょみんな!」
この場にいる兵士たちはカーフェンの演説に頷いた。
ケニーから歴史の真相を聴かされてこのまましてやられるほど馬鹿ではなかった。
「ならば、最後まで信じてみよう。この世界を盤上ごとひっくり返すっていうケニーの夢を!」
彼らもまた王政府に不信感を抱いて改革を夢見る馬鹿たちであった。
残酷な世界に抗おうとする調査兵団や腐り切った上層部に革命を起こした反乱軍と同じだ。
決定的に違うのは、1人の男の夢に賭けて人生を捧げようとする事だけだ。
「総員構え!アッカーマン隊長の合図まで決して誰もここを通すな!」
「「「「おおおおおおお!!」」」」
中央第一憲兵団対人立体機動部隊の心は1つになった!
全てはケニーの夢の為、彼らは最後までここを死守するつもりだ。
「やれ!」
「はい!」
木製のドアが蹴っ飛ばされる音と同時に何かが階段から転がってきた。
カーフェンが自作した反射鏡で確認するとガスボンベを取り付けた樽であった。
どうやら栓を開けているようでシューとガスが漏れる音がこっちまで聴こえてくる。
『一体、何のつもり!?』
当初の予定では、調査兵団を内部に侵攻させて柱の影から集中射撃する手筈であった。
…が、相手は可燃物を持ち込んでここを破壊するつもりである。
だが、その程度ではせいぜい階段付近を破壊する事しかできない。
カーフェンは敵の意図が読めないまま、それを見守る事しかできなかった。
「サシャ!」
「う、撃ちました!!」
兵長の指示を受けてその樽に目掛けてサシャは火矢を放った!
紅蓮の弓矢は標的を見事に貫いて火薬と香水が入った樽に引火した!
着火した樽はガスによって大爆発を起こして大量の煙を噴出させた!
「くっ!煙幕か!」
対人立体機動の強みは散弾で敵を牽制できるだけではない。
接近してきた兵士にトリガーを引くだけで致命傷を与えられるのだ。
しかし、煙幕で姿を隠されたらすぐさま撃てなくなるし、誤射の可能性もある。
「いくぞ!!」
煙の中をリヴァイ、ミカサ、ペトラ、オルオが突き進んでいく!
リヴァイ班の中でも白兵戦を得意とする彼らが道を開く必要があった!
「奴らを近づけさせるな!!」
「撃て!!」
しかし、視界を完全に煙で覆われながら立体起動するのは不可能に近い。
すぐに敵の居場所を感知した兵士たちはミカサに照準を合わせた!
「な、なんだ!?」
しかし、空中に向かって大量の煙が飛んでいく!
空中にも弾幕を張る為に残りの104期兵が信煙弾を続けざまに発砲していた!
フローラが残してくれた補給拠点の物資を全て駆使して彼らは最後まで戦うつもりだ!
「懐かしいなジャン、これ前にもやったよな!!」
「ああ、やったな!」
トロスト区でガスがほとんど尽きて巨人が群がる兵団本部に飛び込む時と同じである。
信煙弾を撃ちまくって煙で視界を遮って新兵たちがガラスを突き破って飛び込んだものだ。
あの時と違ってただひたすらに信煙弾を撃ちまくるだけでいいので楽といえば楽だった。
「32、35、42……敵数47!手前の柱の天井辺りに固まっている!作戦続行!!」
リヴァイは真っ先に敵兵に向かって進撃した!
仲良くしていた駐屯兵を殺すほどの彼は既に決めていた事がある!
「すべての敵を!!ここで叩く!!」
もう二度と大切な物を失わないように敵を殲滅する事だ。
「クソ、どこだ!?「退きなさい!」ぐぶっ!?」
対人立体機動装置の弱点の1つは、銃口とアンカー射出機が同じ方向を向いているという事だ。
なので立体起動中はどうしても1発しか撃てない上に背中が隙だらけになる!
ミカサを見失って動揺する兵士を背後から襲撃したペトラはうなじを切り裂いた!
皮肉にもペトラの同僚だったグンタと同じ死にざまを演出する事になった。
「よくも…ぎゃああ!?」
「ペトラ油断するな!!」
すぐに異変に気付いた兵士が発砲しようとするがそれよりオルオは速かった。
落下しながら顔面を刃で叩き割ってそのまま立体機動に移る!
ミカサもリヴァイも同様に暴れまくって対人立体機動部隊の構成員を少しずつ減らしていった。
『なにより弱点は…!』
散弾を2発撃った兵士を目撃したハンジは刃を構えて突撃した!
カートリッジから銃身を補充する隙を狙えば無抵抗に殺す事ができる!
対人戦闘で立体起動しながら銃身を交換する想定をしていないせいで隙だらけだった。
敵兵の胸部に刃を突き刺して実戦してみせたハンジは更に敵を狙う!
…はずだった。
「分隊長危ない!!」
異変に気付いたモブリットは上官を守る為に前に飛び出した。
その様子をハンジはじっくりと目撃する事になった。
30発以上の弾丸に貫かれて肉塊になった彼はそのまま地面へと落下した。
「モ、モブリット!?」
そもそもその弱点は巨大樹の森でフローラと戦闘をした際に判明していた。
なので対人立体機動部隊はアッカーマン隊長とフローラと共に対策を練っていた。
その結果、誕生したのが銃身ではなくマガジンを変える自動小銃型である。
マガジンなら少し訓練すれば装填できるし、連射で敵を牽制する事ができた!
「巨人捕獲網!閃光弾!撃て!!」
対人立体機動部隊もただでやられるほど素人ではない。
エースバレルの連射で味方を援護しつつフローラから提供された物資で抵抗していた。
死角から10m級の巨人を捕獲する為に作られた網や手投げ式閃光弾が次々と飛んでくる!
「砲兵!!撃ち方始め!!」
そして遥か後方に展開した砲兵部隊が砲弾を発射する!!
鎧の巨人の装甲を想定したクラスター砲弾は爆発で弾ける度に結晶体が飛び出していく!
四方八方で飛んでくる高速の破片は煙で身を隠す調査兵には効果抜群であった。
その破片を避けるために調査兵たちは接近できなくなった。
『……チッ』
しかし、副官であるカーフェンは味方の動きを見て舌打ちをした。
自動小銃型の装備は立体起動しながら銃撃すると高確率で弾詰まりが発生してしまう。
クロルバ区の壁外でフローラと共に巨人を掃討をし終えてから気付いた欠陥である。
今の集中射撃でエースバレルを装備した班員が事実上無力化したのに気付いたのだ。
少しでも身軽にする為に青色のマガジンを装填していないのがその証拠だ。
「おい、なんでここまで突破されているんだ!!」
「アッカーマン隊長!!」
しかし、その騒動で強力な助っ人が登場した。
リヴァイも警戒していたからこそ彼の声を聴いてその場を見た。
「ケニー、お前…それは…!!」
「ははん?やっぱり気付いたか!!」
リヴァイは目を丸くしてケニーの装備している装置について指摘した。
何故かって?
フローラ・エリクシアが自信作だと報告していた短剣型立体機動装置であったからだ!
「なんでお前がそれを持っているんだ!?」
煉瓦の壁が斬れたと喜ぶフローラの話が正しければ、あの刃はヤークトメッサーで間違いない。
青色のガスボンベを装填した鞘は、ヤークトシャイダーという名で極限まで軽量化されたものだ。
そして腰に巻いている立体機動装置は彼女の無茶な立体機動に耐えられる様に設計されている。
――フローラの専用装備を身に着けているケニーを見てリヴァイはその理由を問う!
「フローラと
「はああ!?」
あれだけ探し求めた男が問題ばかり起こす女と友達だったなど先日まで思っていなかった。
しかし、フローラの隠した闇を明らかにしていく上でそれが現実だと思い知らされる。
「そもそもユトピア区で3つ首のデカ物を倒す為に共闘したじゃねぇか!もう忘れたか!?」
地鳴らしに唯一対抗できる変異種を討伐する為にケニーはこっそりとリヴァイと共闘した。
その際に実力を知ったからこそエルミハ区で襲撃した時も彼と部下の戦闘を極力避けたのだ。
当初は良かったが、結果として部下が死にまくっているので結局失敗だったという事になるが。
『ふざけんな!!何の冗談だこれは!?』
100人以上の憲兵の首を切り裂いた“切り裂きケニー”が短剣型立体機動装置を装備している。
ただでさえ厄介なのにフローラのせいで彼の特性を最大限に活かせる装備になっていた。
これほど絶望したのは、王都の地下で付き合いがあった仲間が死んだ以来か。
それでもリヴァイはこいつだけは自分が殺さないといけないと自負して向き合うしかなかった。
「急げ!!」
「早くしろ!!」
「「うん?」」
いざ戦闘になろうとした時、さきほど突入してきた入り口が騒々しい。
事情を知らない調査兵団第三分隊がここに来るわけがない。
だからといってケニーの反応から王政府の刺客にも見えなかった。
「「駐屯兵?」」
何者かが迫ってきたのを知ったリヴァイ班と対人立体機動部隊は一時停戦した。
その正体が何にせよ…自分たちに脅威になるのは間違いないと確信し、距離を取った。
そして入り口から飛び出してきたのは、ライフル銃を構えた駐屯兵団の部隊である。
「おい、まさかクーデタが成功したのかよ!?」
ケニーはその集団を見て王政府がひっくり返ったのかと錯覚した。
しかし、それにしては明らかに兵士の動き方がおかしかった。
「エレン・イェーガーを守るんだ!!」
明らかにエレンを守る為に派遣された部隊であった。
しかし、調査兵団は協力を要請していないし、ケニーたちも呼んではいなかった。
明らかに場違いの部隊が何故か礼拝堂の地下空間に到来する異常に誰もが言葉を失った。
「隊長!あそこにリヴァイ兵長が居ます!!」
「やはりここに居たか!!」
「調査兵団が居たぞ!!居たぞ!!」
だが、明らかに調査兵団に敵意がある時点で完全に敵であった。
「オイオイ、お前ら。後を付けられたな?俺の教えをしっかり吸収したと思ったのによ~?」
なのでケニーは、リヴァイのミスで駐屯兵団に追跡されたと考えた。
次の一言を聞くまでは…。
「フローラの遺志を継いで俺たちがエレンを守るんだ!!」
「早急に目の前の敵を殲滅し、金髪の少女とエレン・イェーガーを保護せよ!!」
――この部隊は、フローラ・エリクシアの指示によって動いた部隊である。
彼女は、王政府に対抗できる手段をいくつか用意したが…。
王政府とレイス家が対立し、武力衝突する可能性も考えた。
『まあ、レイス卿に事情を説明しているし、兵力を動員してもいいわよね』
そこで調査兵団第三分隊の分隊長だった兄上が指揮する駐屯兵団の部隊に協力を要請。
ユトピア区に駐在する事を良い事に片っ端からレイス家を守る兵力を用意した。
よってここに集ったのは、オルブト区を守護する駐屯兵団第二師団。
そしてユトピア区を防衛していた駐屯兵団第三師団で構成される部隊であった。
『もしもわたくしの死後に大事件が発生したら礼拝堂の地下の警備をお願いします』
フローラは志願してくれた駐屯兵に事情を説明したが1つミスを犯した。
誰がエレン・イェーガーとレイス家を狙っているか、説明しきれていなかったのだ。
これは、ユトピア区防衛戦が発生するまで数日間しか猶予がなかったせいである。
そのせいで彼らは調査兵団が敵と判断した。
「フローラを無駄死にさせた調査兵団にエレンを渡すな!!」
「レイス家を!!エレンを守るんだ!!」
フローラの名を出して調査兵団に敵意を見せる兵士たちの光景に心当たりがあった。
ランベルツ旧市街に展開した駐屯兵団第一師団精鋭部隊である。
その場に居た調査兵団や伝聞で話を聴いていた対人立体機動部隊もようやく気付いた。
どいつもこいつもフローラと特に仲が良かった連中が暴走しているのだと…。
そして彼らをここに派遣したのは、この場所を知っているフローラだと理解してしまった。
「あのぉ!!馬鹿ァ!!どんだけ兵士を口説き落せば気が済むんだァ!!?」
全てを理解したジャン・キルシュタインの絶叫を聴いてコニー・スプリンガーは思い出した。
エレンを奪取した鎧の巨人の肩に居たベルトルトの発言を!
『軍人である以上、君達もいつか分かるさ。誰かがやらなきゃいけないんだ!』
『誰かが…自分の手を!血で!人の血で手を汚さなければならないんだ!』
あの時は、人類を裏切ったベルトルトの外道を責めた!
誰かに偽って殺人するなど言語道断だと!
しかし、今の状況になってコニーはベルトルトの心境を理解してしまった。
『なんで…』
相手は調査兵団に殺意を剥き出しにする駐屯兵団の部隊。
説得するのは不可能に近いし、既に調査兵が駐屯兵を殺めている。
座学は壊滅的だが、頭の回転が速いコニーは自分が何をするべきか瞬時に理解した。
『味方を殺さないといけないんだよ!!』
ここで彼らを放置すれば挟撃されて同期や先輩が全滅する。
だからといって下手に攻撃して取り逃がせば、罪状が更に増えてしまう。
奇跡的にエレンを奪還したとしても自分たちが縛り首になるなら意味が無い。
それを防ぐには、駐屯兵団の部隊を皆殺しにするしか道が無かった!!
「オイオイ指揮系統はどうなってるんだよ!!?なんであいつの命で動いているんだ!?」
エレンの犠牲を前提としている対人立体機動部隊も他人事では無かった。
奴らにエレンを奪取されれば、取り返しのつかない事態になるのは明白だったし…。
そもそもフローラの提案に駐屯兵団の部隊が賛同した異常さにケニーは混乱した!
こうなった原因は、フローラの存在を抹消した兵団司令部の命令にある。
フローラのやばさを知っている彼らは情報を隠蔽したが末端までその意図が伝わらなかった。
巨人相手に彼女と共闘した兵士ほどその命令に衝撃を受けて不信感を抱いたのだ。
そしていつからか、調査兵団が死者の言葉を捻じ曲げて悠々と過ごす状況に苛立ちを募らせた。
致命的だったのが、調査兵団が虐殺事件を起こしたという記事だ。
これのせいで疑惑が確信に変わり、彼らは大義名分を得てしまったのだ。
このまま調査兵団を野晴らしにすれば更に犠牲者が出ると…!
そう考えた兵士たちは上官の命令を無視して彼女が残したお願いを受け入れた。
本来なら【王政府の刺客からヒストリアとレイス卿を守って欲しい】というお願いだったのに…。
混乱の最中で【調査兵団からエレンを守る】という命令に置き換わってしまったのだ。
「な、なんで…こうなったんだ…」
副長のモブリットの死で調査兵団第四分隊で唯一の生存者になったハンジに悲しむ暇はない。
入り口から100人以上が湧き出してくる駐屯兵を殺さなければならないのだ。
ああ、なんて世界は残酷なんだろうか。
フローラがヒストリアを守る為に派遣した駐屯兵団を調査兵団が皆殺しをする羽目になったのだ。