進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
なにかがおかしい。
意識が覚醒しているのに肉体が動かない金縛りとは逆といえばいいか。
肉体が起きているのに意識が中途半端に覚醒している様な感じがした。
「な、なんだ?」
ゆっくりと意識を取り戻したエレンの視界に映ったのは、幻想的な空間だった。
ほんのりと光る結晶が辺り一面に広がっており、異世界の洞窟に来ている様であった。
「んぐ!?」
動こうとすると正座の状態で下半身が鎖で拘束されており、両腕を広げられていた。
何故か上半身は半裸になっており、手首には手枷が填められて鎖が天井に向かって伸びていた。
拘束されていると知ったエレンは何が起こったのか確認する為に辺りを見渡した。
「エレン起きたの?もう少しの辛抱だから我慢しててね」
下から声がしたので見下ろすとそこには質素な白いローブを羽織ったヒストリアが居た。
『ぶ、無事だったのか!…でもなんであんな格好をしているんだ?』
エレンはヒストリアが暴行を受けていないと一目で分かり安心したが、1つ疑問が浮かんだ。
なんで夜着のような恰好をして鎖で拘束された自分を見上げているのかと…。
「エレン、聴いて。私たちは勘違いしていたんだよ」
「ん?」
「私のお父さんは、これまでもこれからも!この壁に残された人類の味方だったんだよ」
突然の話にエレンは困惑するしかなかった。
ヒストリア、お父さん、人類の味方?
寝起きでまだ意識がはっきりしていないエレンは、たったそれだけの情報で頭が痛くなってくる。
「私たちには誤解があったんだよ」
ただ、ヒストリアの一言で何かがおかしいとエレンは気付いた。
「確かに彼らは調査兵団の邪魔をしたし、ニック司祭や商会のおじさんは殺された」
「でもお父さんはそうするしか無かったの。その全ては人類を思ってやるしかなかったの」
ヒストリアが何かを言っており、その後方にはおっさんが居るが彼には見覚えがある。
棺桶から出てきたヒストリアを抱きしめて泣いていた人物だ。
それを見ている時に誰かに何かを嗅がされてゆっくりと意識が沈んだのを思い出した。
『オレは、何回攫われたんだ?一体どれだけの時間が経った?何でヒストリアはそこに居る!?』
どんどん知りたい事が思い浮かんだエレンだったが、幸いにも答えてくれる人物がいる。
「ヒストリア、ここからは私が説明しよう。一緒に来なさい」
「私も?」
「ここじゃ大声で叫ばないといけないからね」
ヒストリアは父親から差し伸ばされた手を掴んでゆっくりと階段を登っていった。
その間、エレンは今、見ている景色になにか見覚えがある気がした。
夢が作り上げた架空の記憶か、それとも前世か、分からないが既視感があった。
「どうした?もしかしてこの景色に見覚えがあるか?ここに来るのは初めてなのにか?」
「んぐ!?」
Yシャツにベストを羽織ったおっさんの見透かしたような発言を聴いてエレンは警戒する。
一体、こいつは自分の何を知っているのかと。
「…ねぇお父さん。エレンに話すんじゃないの」
「そのつもりだが、今の反応を見て1つ試したい事があるんだ」
父親がエレンの傍までやってきたのに説明しないのを感じてヒストリアは質問した。
だが、何か今のエレンの反応で何かが分かったらしい。
「ヒストリア、彼の背中に触れてみなさい」
「え?」
「王家の血筋に触れられれば、エレンはこの場所が何か思い出すかもしれないんだ」
そしたらエレンに触れろと言われたのでヒストリアはエレンの背に左手を置いた。
「むぐっ!!?」
するとエレンが発作のように激しく痙攣してガタガタと鎖を揺らした。
ヒストリアからすれば、女の子に初めて触ってもらった男の子が驚いた感じに…見えなかった。
明らかに正常な反応ではなく危険を感じて思わず手を放して後退りしてしまうほどだ。
「エレン、見たことが無い巨人や黒髪の女の子を思い出したら首を縦に振ってくれ」
父親の質問に対してエレンは確かに首を振った。
そしてヒストリアにもはっきりそれが誰を意味しているのか分かる。
牧場に居た自分に優しく接してくれた黒髪のお姉ちゃんを示していると理解した。
「そうか、ようやく君は思い出したか。君の父親が犯した罪を」
「お父さん、どういう事?それに黒髪の親切なお姉さんを思い出したんだけど…」
ヒストリアは今まで母親に愛されず1人で牧場で暮らしていた。
そう思っていたのに馬に乗せてくれたり読み書きを教えてくれた女の人が居た。
あれだけ一緒に居るのが楽しかったのに今まで忘れていたのはおかしいと感じた。
なので、事情を知っている父親にヒストリアは質問した。
「長い黒髪で優しい女の人だったかい?」
「うん、孤独だった私に優しくしてくれた人!今どこにいるの!?」
「まあ待て、ゆっくりと話す。まずその子はフリーダ・レイス。君の腹違いのお姉さんだ」
「フリーダお姉さん?」
フリーダ、フリーダ、と考えると確かにそう名乗っていた感じがする。
「どうやら時折、牧場に訪れて一緒に遊んでくれたり読み書きを教えてくれたみたいだね」
「何で分かるの!?」
「あの子はそういう事をする優しい子だったんだ」
ロッド・レイスにとって自慢の娘だった。
あの子が過酷な運命を受け入れたのは、ショックだったがそれでも幸せだった。
…あの日までは。
「ねぇお父さん!フリーダお姉さんはどこに居るの!?私、お礼を言いたいの!!」
今まで孤独だと思ったのにそんな事は無かった。
フローラやユミルが言った通り、私を愛してくれた人が居たんだ!
すぐにでも再会してゆっくりと話したいヒストリアは父に居場所を尋ねる。
…だが、父の表情は暗くどう見ても良い返答が得られそうになかった。
「なあ、エレン?私の自慢の娘を知らないか?」
「お父さん何を言ってるの?エレンもそんな事を…知らない…よ…ね?」
急にエレンに話題を振ったが彼にそんな事が分かるはずがない。
そう思ったヒストリアが彼の方に向くと…顔が歪んでおり何かを知っていそうだった。
「どうしたの?」
「王家の血筋であるヒストリアとエレンが持つ力が共鳴して消された記憶を思い出したんだよ」
「消された記憶?」
「まず、家族の話をしよう。私には5人の子供と妻、そしてヒストリアとその母親が居た」
「うん…」
「しかし、妻も子供も殺されてしまったのだ。ここに居るエレンの父親によってな!」
「…え?」
ロッド・レイスは今でもあの日の事を鮮明に思い出す事ができる。
ウォール・マリアが巨人に突破されたあの日、一族全員がこの地下に集まっていた。
巨人に対してどう対処するのか、住民にどんな処置をするのかと決めていたのだ。
ところが、グリシャによってフリーダは喰われて家族全員を虐殺されて自分一人だけ逃げ延びた。
あれほど衝撃的だった事は無いし、そのせいで更に多くの人が死んだのは忘れない。
「彼の父、グリシャはな。巨人の力を持つ者だった。彼はフリーダの持つ力を狙ったんだ」
「力?」
「フリーダは全ての巨人の頂点に立つ存在、いわば無敵の力を持つ巨人だったのだ」
フリーダ・レイスが宿す力は、壁外からやってきた巨人化能力者とは格が違う。
まさに巨人の王様、巨人を導いたり始祖の血を継ぐ自分たちに多大な影響を及ぼすほどだった。
しかし、彼女は優し過ぎたせいなのかもしれない。
「ただ、それを使いこなすには経験が足りなかった。…いや優し過ぎたせいなのかもしれない」
フリーダには殺人に躊躇いがあった。
グリシャは明確に力を奪う為に積極的に彼女に襲い掛かった。
その差なのか…あっさりフリーダの巨人は、グリシャの巨人に殴り倒されて…。
「フリーダはその真価を発揮する事ができずに巨人化したグリシャに喰われて力を奪われた」
「喰われた?」
「そう、巨人の力を継承するには、巨人化して力を持った相手を喰う必要がある」
「だからお姉さんを狙ったの!?」
「それは間違いない。現に我々には虫ケラのようにプチプチと潰していったからな」
ロッド・レイス卿が説明しているのを横で聴いているエレンも光景がすぐに思い浮かぶ。
「14歳のディルクと12歳のエーデルを叩き潰し!」
確かに黒髪の男の子と金髪の女の子を叩き潰した。
「10歳のフロリアンを抱えた妻を踏み潰し!」
ショックで動けなくなった末女を母親が抱えて走った母親らしき人物を踏み潰した。
「最後は私に見せつける様に長男のウルクリンを握り潰したのだ」
「……嘘でしょ?嘘だって言ってよ!!じゃあ、エレンが巨人化できるのは…」
「おそらくエレンは巨人化させられて実の父親を喰ったんだ。その意図は分からんがな…」
ヒストリアは残酷な事実を聴かされてエレンに否定して欲しかった。
しかし、エレンは確かに父さんに注射器を刺されて何かを注入された。
身体が熱くなって意識が朦朧し、世界が小さく見えて父さんも小さくなった。
そしてそして…あれだけ探していた父さんはとっくの昔に自分に喰われていた。
それを思い出したエレンは、ガタガタと震えて父親の記憶で自分の罪を知った。
「オイオイオイ!いつまでそうやってるんだ!?扉の前まで兵士が迫ってるぞ」
「ん?なんでまだここに残っている?撤退したのではないのか?」
「俺は護衛だぞ、早く済ませてくれないと撤退できないんだが?」
「そのつもりだが、その前に対人制圧部隊が撤退する必要があると言ったはずだが?」
「だから!武装した兵士の集団がすぐそこまで迫っているって言ってるだろ!?」
ケニー・アッカーマンはまだ暢気に会話している親子の姿を見て呆れた。
事を済ませたいならさっさとやれと言いたいぐらいだ!
忠告を聴いてロッドは何故まだ彼がここに居るのか疑問に思ったが…質問に答える事にした。
「エレンを守る為にやってきた駐屯兵団の部隊だろ?君は事情を聴かずに交戦したようだが…」
「…おい待て!?エレンを守る為に殴り込みに来た部隊とは一言も言ってねぇぞ!?」
ケニーは「兵士の集団が地下道に侵入してきた」と報告しただけだ。
王政府の部隊かもしれないし、クーデタを成功させて兵団が派遣した部隊かもしれない。
ただ、エレンを守りに来たと分かっていながらここまでのんびりしているのは妙だ!
そう気付いたケニーは彼の意図を白状させようと試みた!
「そりゃあそうだろう。儀式の間に繋がる地下空間を守る為に私が唆した」
「なっ!?あんたが派遣したのか!?」
「厳密に言うと違うな、フローラがエレンを守る為に用意した部隊を利用した。それだけだ」
ロッド・レイス辺境伯は、一連の騒動に裏で糸を引いていた。
調査兵団が駐屯兵団第一師団精鋭部隊と交戦したのも、玉座の間で反乱が起こったのも!
なによりフローラの名を利用して彼女の遺志と兵士の命を踏み躙らせた張本人だった。
「おかしいと思わなかったのか?エレンが喰われるのにフローラがここを守らせるわけないだろ」
「まさか!!」
「そうさ、奴らはここまでやって来ない。何があっても入り口を守れと厳命してある」
フローラ・エリクシアが全てを知っていたのなら矛盾が発生する。
ヒストリアに力を宿したエレンを喰わせるアシストをするわけがない。
そう、フローラはレイス卿から嘘を交えた事実を知らされていたのだ。
「お前!!フローラちゃんを利用して駐屯兵団の精鋭部隊と調査兵団を殺し合わせたのか!?」
「…なあ、ケニー。あんなピンポイントのタイミングで双方が遭遇すると思ったか?」
「なんでそんな事をさせたんだ?」
「私の想いは変わらないさ。全てヒストリアを守る為にやったのさ。何か問題でも?」
いくらフローラと親しくてもあそこまで兵士たちが暴走する訳が無い。
誰かが焚きつけて憎悪を煽り、双方の意志と情報を把握していなければあり得なかった。
だが、彼は知っていた。
「昔話をしようか。大事な話だからヒストリアも聴いてくれ」
さすがに何も知らないままだと可哀そうだと思ったロッド卿は自分の意志を告げる事にした。
「我々のご先祖様はな、エルディアという蛮族の王に仕えるユミルという女の奴隷だったんだ」
「彼女は巨人化できるという突然変異に目覚めた存在でな。始祖ユミルと称された」
「始祖ユミルはその力を持って世界を制し、褒美として国王の子を産む事を許された」
「その3人の娘が、我々のご先祖さまというわけだ」
それほどの力を持った始祖ユミルが何故、奴隷だったのかはロッド卿も知らない。
だが、奴隷だったのは事実でそれから1000年以上が経過してもそれは、まだ継続している。
「ケニーもエレンも!それどころか大半の民衆が王家の血を!いや始祖の血を継ぐ者なのだ!」
「ところが、所詮奴隷の子。どれだけ頑張ろうとも貴族や王の血族は我々を蔑んだ」
「ユミルの血を継いでいない王家や貴族は、あくまでも我々を奴隷として扱った!」
「そしてその子孫が、王政府を支配する四大幹部や貴族なのだよ」
始祖ユミルによってエルディア人は、大きく2つに分けられた。
奴隷の血が流れていないエルディア人と始祖ユミルの血が流れるエルディア人だ。
「つまり、奴隷の血が流れない従来の王家は、偽者の王を立てて好き放題している貴族たちだ」
「フリッツ王の血筋である我々は、彼らに仕える為に生まれてきた奴隷というわけだ」
「だが、私はそれを変える為に行動を起こした…ケニー、なんでか分かるか?」
いきなりロッド卿に質問されたケニーは、返答に困った。
昔話をされたと思ったら急に話を振って来るのだから反応しきれなかった。
せいぜい、苦労なさった事で…とでも返せば良いのか考えている間にロッド卿は口を開く。
「王政の議会はな!!奴隷の教育を受けていないヒストリアを排除しようとしたのだよ!」
「は?」
「私は、家族が殺された後、グリシャの狙いがヒストリアだと思って急いで保護しに行った!!」
なんとか惨劇から生き延びたロッド・レイスは、グリシャの次の狙いがヒストリアだと気付いた。
王家の血筋を明確に消そうとした以上、彼女に飛び火するのは明確だったからだ。
ところが、王政府はヒストリアを保護しようとするどころか排除しようとした。
「ケニーお前なら覚えているよな?王政の命令で私の妾とその子を始末しようとした日を…」
「ああ、家族を殺されて気が狂ったお前が売女とその子に爵位継承させるのを阻止しろと…」
ケニーを含む中央第一憲兵団は、議会からヒストリアとその母を抹殺しろと命じられた。
何故ならその母親は、あわよくば領主の伴侶になれると取り入った使用人の振りをした売女。
ただでさえ王政府や領民にとって白い目で見られているのに王位継承をさせるつもりはなかった。
だから売女を排除し、その子も抹殺して糞みたいな血筋を断絶する気であったのだ。
「実際は違う!」
「ああん?」
「真の王家の血筋とは聞こえがいいが、実体は奴隷の教育を受けた奴隷を代表する一族なのだよ」
レイス家は約13年に一度、力を得た人物を家族に喰わせるのだ。
しかし、いきなりそれを告げても納得できる訳がないし、秘密を漏らす可能性がある。
なのでレイス家は、十数年かけて継承者を教育してそれが異常ではないと認識させる。
「我々は、きちんと王政府に尽くす奴隷として長年に渡り教育されたが、ヒストリアは違う!」
「何も知らないからこそ王政府は、この子を恐れて刺客を放って抹殺しようとしたのだ」
レイス卿は、力を奪われたと王政府に報告しなかった。
求心力が低下し、今度こそ巨人を継承させる為の
辺境伯の地位に就かされて辺境に追いやられた彼は、領地運営や社交以外に実権など存在しない。
せめてヒストリアに偽名を与えて表向きには死んだ事にするしか方法がなかった。
「なんとかこの子を庇う事はできたが、ウォール教が監視する以上、どうする事もできなかった」
「私は、この子を愛するが故に無視をし続けるしかできなかったのだ!あの日までは…」
ウォール教の布教という名目で監視されたクリスタが訓練兵団に入団したとロッドの耳に届いた。
だから彼女が調査兵団に入団したと聴いてもどうする事ができなかった。
ところが、ある日に出会った女によってその束縛される日々に希望が見えてきた。
「ある日、カラネス壁外で巨人討伐ショーを開いたアホが居た」
「そりゃあ、フローラだろ?アウリール大臣に煽れてやらかした結果だ」
フローラはアウリール大臣に煽られて壁外に居た巨人を14体討伐してみせた。
そしたら見物人からおひねりをもらったので王政に納税するなどして好感度を稼いだ。
それを横から見ていたロッドは彼女に興味を持った。
世渡り上手いこの子なら何かが変わるのではないかと…。
「でだ!?なんでフローラが出て来るんだ?早く結論言えよ!兵士が乗り込んでくるぞ!?」
「フローラと共謀してウォール教のトップ、ローデリヒ枢機卿を始末しようとしたのだよ」
「それは聴いたぜ!全く…なんで…」
ここでケニーは、ようやく違和感に気付けた。
殺意を向けて敵対した自分たちですらフローラは許したどころか協力してくれている。
なのに接点がないだけで彼女がローデリヒ枢機卿を暗殺をしようとするわけがない。
「そこのガキンチョを守る為にフローラを唆したのか!?」
「それだけじゃないさ、フローラに情報を流したり教育してやったのだよ」
ヒストリアを守りたいというロッド・レイスの覚悟を見たフローラは手を汚すのを決意した。
彼女は、交渉できる人物なら敵対しても、仲良くできるのであれば彼女はそれに向けて努力する。
逆に言えば、交渉できない敵ならば、巨人を討伐する様に殺人を辞さない負の面があった。
なので彼女はつい最近までそれを達成するために仲間となる人物を集めていたのだ。
「いくら情報を握っているとはいえフローラが王政に交渉できるのに疑問に思わなかったのか?」
「あんたが全部、あの子に仕組んだのか!?」
「いつの間にか大総統と大臣を脅迫できるまで成長したのは想定外だったがな」
ロッド・レイスはフローラに世渡りの方法や上流貴族の作法、王政の暗部を教えた。
するとどんどん成長してしまい、王政の刺客を退けたばかりか、逆に脅迫するまで成長した。
これにはロッドもびっくりしたが、これならレイス家の未来を変えられると期待した。
「ある日、フローラからクリスタがヒストリアと名乗ったと書類から報告を受けた。ウォール教の司祭からヒストリアという名の人物について問われたともな」
運命の日は急速に近づいてきた。
ロッド・レイスはすぐさまヒストリアを監視するウォール教を排除しようと試みようとしたのだ。
「私は焦った。ヒストリアの命が風前の灯火と知ったからな。だから計画を実行しようとした…」
ところが、主導していたフローラがユトピア区防衛戦から戻って来なくなった。
そのせいで計画が頓挫したどころか、王政がそれを利用し始めた。
「なのにフローラが戦死したと知って私は絶望した。私では兵士を動かす事ができないからな」
ロッド卿がフローラを頼ったのは、彼女が各兵団や総統局の長と交流があるだけではない。
あくまでも王政には自分は赤の他人を貫いたせいで兵団を動かす権限などを有していなかった。
どうするべきか悩んだ時に王政府の行動に注目した。
「そして王政府と兵団はフローラの事を隠蔽し、全てなかった事にしようとしたが、私にとってはそれは好都合だった。何故ならフローラと仲良くなった兵士ほどその対処に疑問に思ったからな」
これは幸いと隠蔽したのは良いが、知る人ぞ知る存在になっていたフローラを隠し通せなかった。
それどころかユトピア区の壁外で調査兵団の撤退を支援する為、戦場に残った情報が出回った。
そのせいで都合が悪いから隠蔽したのではないかと前線の兵士たちに疑惑を持たれた。
「なあケニー、フローラはすごいぞ。彼女の名前を出すだけで誰もが信じてくれる魔法の名前だ」
フローラ・エリクシアという女は問題児であったが、それでも彼女を慕う者は多い。
真摯に問題や課題を受け止めて一緒に悩んで解決策を導く女だったのだ。
だから同期も彼女に頼ったし、誰もが彼女に協力してくれた。
「お前が装備している兵器だってそうだろ?彼女の自信作だから信頼して装備しているだろう?」
図星を刺されたケニーは苦い顔をしてロッド卿を見た。
彼女の装備からは、とにかく立体機動装置が抱える問題を解決しようとする工夫がいくつかあった。
これが量産された兵器に転用されれば、生存率が上がると彼自身が分かるほどに。
「てめぇ…何が言いたい?」
「だからフローラの名を利用して彼女を慕う者たちを私は動かしたのだ」
まるで彼女に魅了された人々は自分の現状や立場を顧みずに行動するほどに仲良くなり過ぎた。
レイス家や保護される予定のエレンを守る為に指揮系統を無視するほどに…。
だからロッド・レイスは彼女の名前を使って調査兵団を苦しめた。
『彼女には悪いと思っているが、そのまま放置するわけにはいかなかったのだよ』
まずロッド卿は、フローラと仲が良いと知らされたニック主任司祭を利用した。
こっそり彼には、事情を知らない調査兵団に刺客が向けられている。
娘とエレンが抹殺される前に調査兵団に異常を知らせて欲しいと伝えた。
フローラと親交があったニックは思うところがあったのか、素直にその願いを受け入れた。
そしてカラネス区に到着する頃合いを待ってロッド卿は、中央憲兵に彼を通報した。
『ニックには悪いと思っている。だが、こうしないと調査兵団を釣れなかったのだ』
ウォール教の司祭が城塞都市に赴いて布教活動する行為自体は誰も気にしない。
だが、裏事情を知るロッド卿が通報すれば、話は別だ。
焦った王政府が中央憲兵を派遣して彼を抹殺したが、それはフェイクだった。
王政府の関心を調査兵団に逸らしたロッド卿は、次にリーブス会長にお願いをした。
『もし王政府に追い詰められた調査兵団が補給に困っていたらここを教えて欲しい』
『正気か!?反乱でも起こす気なのか?』
『いや、私は娘を守りたいだけだ。ここは私の顔が利くから上手く調査兵団を庇えるはずだ』
そもそも王政府に隠して建設した補給拠点は、王政の思惑で動かない兵士の為の拠点であった。
ヒストリアを擁護するロッド卿を守る兵士の装備を確保したいという名目があったのだ。
もちろん、フローラはこっそり上司のハンジ分隊長やエルヴィン団長に伝えようとした。
ところが、勝手に物資を持っていかれるのを危惧したロッド卿の提言で彼女は報告を諦めた。
その事情を知るリーブス会長に今こそ調査兵団に伝えて彼女の意志を尊重して欲しいと唆す。
『けど良いのか?元はといえばお前さんの為の拠点だったはずだ』
『ヒストリアは調査兵だ。ならば娘の為に使えるようにしたいと思ってな』
『ああ、分かった。他の補給拠点は教えなくて良いんだな?』
『私の管轄外の場所はリスクが大きい。それは伏せておいてくれ』
まんまと調査兵団はリーブス会長に教えられたランベルツ旧市街地にある補給拠点に向かった。
しかし、エルミハ区でヒストリアを確保したロッドにとって彼らは用済みだった。
なので駐屯兵団第一師団精鋭部隊に彼らの居場所を通報し、彼らと接触するようにした。
更に中央憲兵に報告して双方を交戦するように細工して欲しいと告げた。
そんな裏事情があり、工作員はあっさりと彼らの集団に紛れて暗躍する事ができたのだ。
『まさかあそこまで内戦になるとは思わなかったが、これで調査兵団の命運は尽きた』
補給拠点の場所をフローラ経由で知ったと報告を受けた精鋭部隊は調査兵団と交戦した。
双方ともフローラの名で動いて勝手に殺し合ったのだから想像以上に彼女は影響力がある。
そう感じたロッド・レイスは、彼女の名前を最大限に利用した。
まずは、フローラを監視するはずが、いつのまにか仲良くなった中央憲兵の部隊に接触した。
『調査兵団がエルヴィン団長を奪還しようとする動きがあると報告を受けた』
『王都の警備は万全ですよ!?いくら隠密行動をしたところで救出できるわけがない』
『フローラが持っていた通行許可証と所持品を悪用してミットラスに潜伏しているのだよ』
『何故、我々に報告されるのですか?上に話を通せば良いではないですか』
『奴らは調査兵団を過小評価している。貴公たちならその危機感が分かると思ってな』
実際、王政府は調査兵団を見下しており、彼らの能力を過小評価した。
文面で失敗続きと報告を受けているので当然ではあるのだが、そこに隙があった。
万が一にエルヴィン団長が救出されれば、更に民衆は彼の博打に付き合わされる。
そう考えた中央憲兵は玉座の間の警護を申し出た。
『そんな訳ないだろ…なんでフローラの名を出すだけここまで騙されるんだ』
実際はランベルツ旧市街地に実働できる全ての調査兵が居たのをロッドは知っていた。
なので調査兵団が王都ミットラスにいる団長を救出できないのは分かっていた。
なのに彼らを唆したのは理由があった。
『ザックレー総統に王政府を渡すわけにはいかないのだよ』
フローラは、王政府のやりとりをこっそりザックレー総統に情報を流していた。
それは味方である彼に頼ると同時に情報を共有したいという建前があった。
実際は、そのやりとりすらロッド・レイス卿に情報が流れる様になっていた。
そのせいでフローラは報告する度に書く書類が80枚を超えるほどに酷使された。
『ヒストリアを奴らの操り人形にさせてたまるか!!』
フローラのやり取りからザックレー総統は、フリッツ王が偽者だと気付いたようだ。
三重スパイと化したフローラが残した文面からは彼の動きが良く分かった。
元より忠誠心が皆無で虎視眈々と反乱を起こす準備をする事自体はロッドも賛成した。
だが、代わりにヒストリアを祭り上げて王の首をすげ替えると知って彼は決意した。
『ならば、エルヴィンともども消えてもらおう』
ザックレー総統率いる反乱勢力にフローラの息がかかった中央憲兵の刺客を差し向けたのだ。
反乱を起こすならば、同じ志があるエルヴィンを救うのは明白だ。
実際、エルヴィン団長が無罪になりそうな光景を目の当たりにした憲兵たちは激高した!
まんまと彼らは、ロッド卿の思惑通りフローラから提供された装備で反乱を鎮圧しようと試みた。
その結果がどうなったのか、それは…。
「お父さん、どうしたの?」
「…フローラの事を考えていた」
可愛い娘が心配そうに声をかけてきたおかげでさっきからずっと黙り込んでいたのに気付いた。
物思いに耽り過ぎたかと思いつつも、これで良かったんだと納得するしかない。
「エレンに事実を教えてあげなさい。あそこまで知ったら最後まで聴かせた方がいいだろう」
「分かった」
ヒストリアは父親から捻じ曲げられた真実をエレンに教えてあげた。
エレンを守ろうとして調査兵団と駐屯兵団第一師団精鋭部隊が殺し合った事。
フローラの意志を踏み躙ったのは、エレンを救おうとする気持ちのせいだった事。
調査兵団が駐屯兵団の兵士をたくさん殺して指名手配になっている事。
エレンの父親のせいでウォール・マリアの領土を奪還できなくなった事。
父親は限られた手段で必死に自分を助けようとした事。
「エレン、ごめんね。でもこうするしか道が無かったの」
そして力を返してもらう為に自分がこれからエレンを捕食すると伝えた。
そうすれば、巨人を操作できるし、憎しみの記憶も消せるからと念押しをした。
『嘘は言っていない。だが、フローラを騙したせいでこうなったともいえる』
フローラのおかげで王政府も反乱勢力も致命的なダメージを負った。
双方とも殺し合う事で民衆からの求心力を急速に失い、建て直すには困難が伴う。
そしてどちらが生き残るとしても、必ずレイス家に向けて兵力を差し向けるであろう。
だが、ロッド卿に利用されたフローラのおかげでレイス家の為に戦う兵力は3千を超える。
兵団司令部の不信感によって皮肉にも民衆や兵士がロッド・レイス卿を支持したのだ。
内戦を煽る王政府も武力で政権を握ろうとする反乱勢力も民衆が支持するわけがない。
よって内政に携わっていない名君に人々は自分たちの未来を託そうとする。
全ての元凶が、一人娘を助けたい一心で大惨事を招かせたロッド・レイス辺境伯と知らずに…。
「ヒストリア、準備はできたかい?」
「うん……大丈夫」
注射器には特製の脊髄液を注入した。
もう、二度とフリーダの悲劇を繰り返さない様に。
これを投与すれば、娘は13年しか生きられなくなるが、それでもやるしかない。
誰にも彼女の邪魔をさせる権利などないのだ。
「オイオイオイお前、大事な娘を殺す気か?」
「まだ逃げていなかったのか?」
ここでケニーがでしゃばってきたのを見てロッドは彼が敵だと認識した。
だからこそ彼にも真実を告げるべきだと思った。
「俺様に投与してみないかい?目に入れても痛くない可愛い娘の寿命を13年にしたくないだろ?」
「エレンに眠る力はレイス王家ではないと真の力が発揮できないのだがそれでいいのか?」
「だがよ、俺様もめっちゃ偉大な始祖さまの血筋を継ぐ者だぞ?なんで無理なんだ?」
ここで自分の夢が叶わないと理解したケニーだったが、そう簡単には退く事ができない。
興味本位で尋ねるフリをしてその真意を知ろうとした。
「我々レイス家、いや、フリッツ王家はエレンに眠る力を最大限に発揮できるように生み出された存在なのだ。さっきも言ったが、我々は奴隷を代表する一族なのだよ」
始祖ユミルは絶大な力を持った奴隷だったが、王が刺客に投擲された槍を庇って命を落とした。
奴隷は最後まで主に忠実でなければならないという事実を証明してくれる出来事であった。
つまり反旗を翻さない様にユミルの血が流れるエルディア人を品種改良したのがレイス家である。
「それに貴公はアッカーマンの出であろう?」
「そうだが?」
「そもそも君は巨人にはなれないのだ」
「ほう?頭を空っぽにして人喰いになれるなら良いと思ったんだが?」
「
アッカーマン家とは王家の武家だとケニーは祖父から教わった。
大多数の単一民族を一部の独立した一族が支配しているとも。
王家が受け継ぐ巨人の力で記憶を操作し、自分たちの一族はその影響を受けなかったと知った。
だからロッドのおっさんが嘘を言っているとも思えない。
「いわば、君たちは始祖の力を受け付けずに行動できるようになった人の形をした巨人なのだよ」
「なんでそんな事をした?そのせいで俺らの一族は酷い目に遭ったんだが?」
「我々が反乱を起こした時に一切影響を受けずに鎮圧する役目を君たちに付与されたからだ」
奴隷を見下す貴族や王の一族は、フリッツ王家を自分たちの繁栄の為の道具として認識していた。
それと同時に反乱を恐れており、彼らは自分好みで動くように品種改良を行なった。
その結果、忠実な血族といざとなったらその血族と交戦できる血族を生み出した。
レイス家の先祖をこっそり監視する役目を負った武家がアッカーマン一族となる。
「おいエレンさんよ!!黙って聴いていて納得できるか?なあ、寝ぼけてるんじゃねぇぞ!!」
「ケニー!?何をするつもりだ!?」
「うっせえ保身野郎!どっちが先に巨人になるか!そしてどっちが勝つか勝負してやろうぜぇ!」
全てが馬鹿らしくなったケニーはエレンの口枷のロープを切って額に切り込みを入れた。
これでエレンは巨人化できるし、一発逆転できるチャンスが生まれた。
「おい、ロッドのおっちゃんよ!1つ言い忘れていたぜ!」
「何をだ?」
「実は調査兵団の連中がやって来てな!!警備しに来た駐屯兵を100人以上殺していたぜ!」
「なんだと!?」
「早いもん勝ちってわけだ。エレンが勝つか、ヒストリアが喰うか、調査兵団が追い付くかだ!」
ここに来てケニーは煽りまくる!
自分の夢が叶わない以上、せめてこの顛末がどうなるのか見守るしかやる事が無かった。
エレンが巨人化してこの場全員を殺して勝利するか。
先にヒストリアが巨人となりエレンを喰って記憶操作で世界を平和にするのか。
それとも調査兵団が追い付いて自分と交戦するのが早いのか。
なんなら駐屯兵がここに訪れて約束が違うと襲撃してくるかもしれない。
「オイオイ…なにしているんだ?ヨーイドン!で巨人化しなきゃダメだろうが…」
だが、ケニーにとって想定外だったのはエレン・イェーガーの心が折れていた事だ。
自分を助けるために多くの人が犠牲になったと以前から彼は自覚していた。
だが、ミカサやアルミンたちが自分の為に殺人をしていると聴いて衝撃を受けた。
そのせいで放心状態に陥っており、とても戦える状況では無かった。
「急ぐんだヒストリア!早くしないとまたしても殺し合いが起きるぞ!?」
「でも…これで私は巨人になるんだよね!?」
「安心しろ、本能が勝手にエレンを喰ってくれるさ。そうすれば元の身体に戻れる」
「本当に?」
ケニーに騙されて時間稼ぎをされたと自覚したロッドは、娘にエレンを喰えと命じた。
エレンを食べる事を覚悟したヒストリアもいざ、注射器の針を刺そうとすると躊躇ってしまう。
その気持ちが良く分かるロッドは、先人たちの例を出して無事に継承の儀式が終わったと告げた。
「記憶を操作できる力を持ったフリーダは優しいお姉さんだっただろう?」
父親の言葉を聴いてヒストリアは優しいフリーダお姉さんの事を思い出した。
一緒に勉強に付き合ってくれて寂しそうだったら何か遊んでくれた。
自分の記憶を操作したのも追い詰められた父親の現状を聴いていれば良く分かる。
「エレンを喰えば、きっとフリーダの記憶が憎しみの記憶を消す手段を教えてくれるはずだ」
「記憶も継承するの!?」
「そうさ、エレンが罪悪感で動けないのも父親の見た景色を記憶で思い出しているからだ」
ヒストリアがエレンを見ると彼は自分を喰えと素直に頭を下げていた。
ならば、やる事は1つしかない。
この注射器に入っている液体を自分の腕に注入し、巨人となり!
エレンを喰って力を継承して全ての人類が抱える憎しみを消す事!
そうすれば、どう足掻いても死刑にしかならない同期を救う事ができる。
「チッ!つまんねぇな」
ヒストリアが注射器の針を近づけていく光景を見たケニーは悪態を吐く。
頼みの綱の調査兵団も存在しないはずの対人立体機動部隊を警戒しているのか。
未だにやってくる気配が無かった。
『カラネス区で見た時は骨のある奴だと思ったんだがな…』
巨人化したエレンがカラネス区に侵入した巨人を討伐する光景をケニーは目撃していた。
そしてあのフローラと互角の死に急ぎ野郎と聴いて興味が湧いたのだが…。
情けない声で泣いている男を見て彼は失望し、地べたに座り込んで事の顛末を見届ける事にした。