進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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112話 世界一悪い子

物心ついた頃には自分が異常だと気付いた。

気付けば牧場の手伝いをしているのに母親が本を読んでいるだけで何もしなかった。

それどころか、夜になると馬車に乗ってどっかに出かけるのを見送るのが日課だった。

 

 

『何かあるのかな?』

 

 

とりあえず母親が残した本に興味を持ったヒストリアは、母の真似をした。

最初は文字だらけでうんざりしてページを捲る動作を真似した。

そして挿絵を見ていつからか絵の内容が何なのか考える事になった。

 

 

『あれ?』

 

 

ところがいつの日か、本に書かれている文字の意味を理解する事ができた。

何故か分からないが、きっと母親の真似をしていたからだろう。

何も知らないが故に疑問を持たなかった彼女は仕事の合間に本をたくさん読んだ。

 

 

『なにこれ』

 

 

どの本にも親は子供に興味を持ち愛してくれると書かれていた。

 

 

「愛って何?」

 

 

ヒストリアは5歳にして【愛】という哲学を考えたが答えが出る訳が無かった。

祖父や祖母に聴いても返答はないし、そもそも母は自分の姿を見て避けるので近寄れなかった。

父という存在が居ないせいなのかと思っていたが、それならもっと母が愛をくれると考えた。

そして本の内容が正しいのであれば、自分は親に愛されていないと分かった。

 

 

「何してるの?」

「うわ!家畜人間だ!」

「オラ!さっさと向こうに行け!」

 

 

牧場の柵の外には自分と同じくらいの年齢の少年たちが歩いているのに気付いた。

彼らに興味をもったヒストリアだったが、石を投げられて逃げるしかなかった。

それを面白がったのか、別の日に話しかけても石を投げられて逃げる日々。

いつの日か、石を投げる生き物だと認識して彼女は柵に近づく事は無くなった。

 

 

『これって孤独なのかな』

 

 

孤独という単語を理解しつつあったヒストリアは刺激を求めるようになった。

家畜と仲良くしてもある程度の意思疎通しかできなかった。

同じ言葉で話す人間と仲良くなりたいと彼女は考えた。

 

 

「お母さん!」

 

 

まずは本を読んでいる母がどんな反応をするのか気になった。

ヒストリアは本を読んでいる母親に甘える様に飛び込んだ。

 

 

「あっ!?」

 

 

しかし、よっぽど母親はヒストリアを嫌っていたのだろう。

抱き着いてきた娘を掴んで放り投げてそのままどこかへと去っていた。

明らかに育児放棄をされており常人ならショックを受けるが、むしろ彼女は喜んだ。

生まれて初めて母親と交流した事が新鮮で嬉しかったのだ。

 

 

「こいつを殺す勇気さえあれば…」

 

 

母が発した言葉の意味など気付く事は無かった。

そして母親は牧場から去っていき再びヒストリアは孤独になった。

それから色々と交流を図ったが、関係は悪化するばかり。

祖父や祖母は相変わらず仕事以外で会話をせず、柵の外の子供は笑って投石してきたのだ。

少しずつヒストリアは、自分が世界で一番嫌われていると自覚した。

だから家畜の世話という名目で動物と触れ合う時間だけが彼女の孤独を癒してくれた。

 

 

「初めましてヒストリア、私の名前はロッド・レイス。…君の父親だ」

 

 

ウォール・マリアの壁が巨人に突破されて数日後、ヒストリアは父に出会った。

母親がいつも乗る馬車より更に豪華な馬車でやってきた彼は異質だった。

祖父や祖母は逃げる様に去って数年ぶりに再会した母親は酷く怯えていたのだ。

 

 

「ヒストリア、このご時世で君を放置できなくなった。これから私と一緒に暮らすぞ」

 

 

だが、これはチャンスだと思った。

本で読んだ父親という存在に出会って何かが変わると思った。

しかも母も同行するらしいので家族が全員揃う事を意味していた。

柵の先にある新天地はどんな所なのか彼女は楽しみにして一目散に馬車に向かった。

 

 

「きゃああああ!!?」

 

 

あの時の事は忘れない。

燕尾服に黒色のシルクハットを被った大勢の集団に囲まれた事を。

今思えば、これが中央第一憲兵団と裏事情を知る役人たちだったのだろう。

退路を断つ様に自分たちを取り囲んであっさりと母親を拘束された。

 

 

「困りますな、レイス卿。このような真似はご容赦頂きたい。まさかこの女が例の売女ですか?」

 

 

王政の命で後始末にしに来たケニーはロッド卿に女の素性を確認した。

もちろん、赤の他人という線もあったが、彼に警告する意味合いが大きかった。

 

 

「…お母さん!」

「違う!違います!私はこの子の母親ではありません!!私とは何の関係もありません!!」

 

 

命惜しさに実の娘と無関係と告げる糞女を見てケニーは彼女を軽蔑した。

 

 

『なるほど、とんだビッチだ。そりゃあ始末しろと言われるわな…』

 

 

元から生かす気はなかったが、甥っ子を一人前に育てあげた彼からすれば、とんだアバズレ女だ。

こんな奴がロッド卿の伴侶になるくらいなら娘ともども始末した方が世界は平和になる。

ただでさえ巨人のせいで人類の領土が3割以上も失ったのだ。

余計な火種を作るくらいならたった2人の母娘の命など惜しくなかった。

 

 

「ほう?それは本当ですかレイス卿?この女もその子もあなたとは関係が無いと?」

 

 

暗に見捨てろと告げるケニーの言葉を聴いてロッド卿は厳しい決断をした。

このままこの女を生かしたところで何かをやらかすのは明白だ。

大切な娘を守る為にここに来たのに見捨てるしかできない現実に打ちのめされたのだ。

 

 

「あぁ…仕方がない…。この2人は私と何の関係も無い」

「やはりそうでしたか!いや安心しましたよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

口では喜んでいるが瞳が笑っていないケニーは、糞女を座らせて短剣を取り出した。

 

 

「な、なにを…」

 

 

未だに自分が自らの死刑執行の書類に署名をしたと気付けない女は異常な事態に怯えていた。

だから『こいつは嫌いなんだ』とケニーは罪を認識させる為に残酷な事実を告げた。

 

 

「お前は存在しなかった。屋敷に勤めた事も無い。誰も君を肉体以外に愛さないだろうよ」

「そんな!旦那様!!話が違うではありませんか!?」

 

 

さきほどは無関係だったと言ってたのに殺されると分かった彼女は最期まで足掻いた。

命惜しさに娘を売ったのに今度は関係ないはずの領主の足を引っ張る事しかできなかった。

 

 

「お、お母さん…」

「…お前さえ!お前さえ産まなけれ…」

 

 

ヒストリアは心配して母親に話しかけるが、彼女は疫病神を見る様に娘を罵った。

それを横で聴いていたケニーは彼女の頸動脈を短剣で掻っ捌いて物理的に黙らせた。

母が残した最後の言葉は自分を否定する罵倒であり、ヒストリアは黙って血塗れの刃を見ていた。

次は自分の番なのかと他人事のように見つめる事しかできなかった。

 

 

「待て」

 

 

そこで待ったをかけたのはロッド・レイスである。

やはり、娘を目の前で殺されるのは我慢ならなかったのだ。

 

 

「おやおやレイス卿、母親に見捨てられた女の子に同情しましたか?」

「そうだ、この子はネグレストを受けており、誰にも愛されないまま殺されるのは不憫だ」

「では、あなたが愛するとでも言うのですか?この穢れた血を我々から匿うとでも?」

 

 

ケニーの質問に返答をするロッド・レイスは娘の顔を見た。

未だに何が起こっているか分からず、何の為に生きていたのかも分かっていない顔をしていた。

 

 

「ここよりずっと遠くの地で慎ましく生きるのであれば、見逃してやってはどうだ?」

「いけませんな、この子が秘密を洩らさない保証はありません」

「お前たちはこの牧場を前から監視していたはずだ。この子が抜け出した光景を目撃したか?」

 

 

ロッドは、この子が牧場の柵から外に飛び出したという報告は受けていない。

それを逆手に取って何もできなかった少女なら生かしても問題ないと嘆願した。

 

 

「そんな報告は受けておりませんな。確かにこの子に罪を問うとなると…」

「どうする?」

「まあ、あまりにも可哀そうだよな…」

 

 

王政の命で派遣された憲兵や役人は、人類を思って手を汚してきた者たちだ。

彼らにも家族がおり、愛されて育ち、故郷や家族を守る為に活動してきたのだ。

故に不憫な少女を見て誰もが同情し、ロッド卿の提案に乗るべきではないかと思考が乱れ始めた。

 

 

「君の名は、クリスタ・レンズだ」

「クリスタ・レンズ?」

「それが君の名だ。君はこの光景を見なかった、開拓地に逃れた遺児として暮らしてもらう」

 

 

ウォール・マリアが陥落した影響で避難民がウォール・ローゼに押し寄せていた。

中には犯罪者が身元を偽っているが、この混乱の最中ではそれを証明するのは難しい。

例え存在しなかった少女が開拓地に居たとしても遺児と認識されるだろう。

 

 

「レイス卿、1つだけ提案させてください。ウォール教の者を監視に付けてもよろしいですな?」

「ああ、しっかり見守ってあげてくれ」

 

 

それと同時にロッド・レイスは娘と再会するのが絶望的になった。

下手に接触しようとすれば、今度こそ娘が始末されると嫌でも実感した。

赤の他人に娘の命を握られている屈辱を噛み締めて彼は娘を放任する事となったのだ。

 

 

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「今までの事を許してくれ…お前を守る為にはああするしかなかったんだ」

 

 

5年ぶりに娘と再会したロッド・レイスは泣きながら娘を抱き寄せた。

今度こそどこかに行かないようにと優しく、そして彼女の頭を撫でながら…。

 

 

「どうして私に逢いに来たの?だってあの時、私を見捨てたでしょ…」

「違う!!私はずっと逢いたかったんだ!!」

「え?」

「いつだってお前のことを思っていた。こうやって抱きしめることをずっと夢見ていたんだ」

 

 

ヒストリアは何故か父親に再会して困惑した。

今まで放置した癖に今更、再会されてもどう反応するべきか困ったのだ。

しかし、父親の反応を見て自分は愛されたと分かった。

 

 

「私はフローラのおかげでどんな手を使っても娘と逢うつもりになったのだ!」

「フローラ?」

 

 

今までのロッド・レイスだったらいつも通り、王政府の連中の操り人形であった。

だが、様々な勢力に問題児と称されたフローラのおかげで彼はようやく動く決心を決めた。

娘の為ならどんな犠牲を払おうとも、絶対に今度こそ娘を離さないと!

 

 

「なんでフローラの名前が出てくるの?」

「私はあの子と交流していてな!ヒストリアが無茶な行動をするって報告してきたんだ!」

「そうなの…」

 

 

本来だったら友達と父親が交流していたなどと信じられなかった。

だけど、それを信じる証拠をヒストリアは目撃していた。

 

 

「第58回壁外調査で王政に始末されかけたと聴いて私は…私は!何としても保護しようとした」

 

 

カラネス区の壁外に屯する巨人討伐作戦にヒストリアも参加していた。

あくまで兵器や装備を載せた馬車に乗って兵士に装備を届ける仕事だった。

だが、その手綱は意図的に切断されており、何者かが暗殺を謀っていた。

その件でユミルに相談されたフローラは本気で困った。

 

 

『王政府がクリスタの命を狙っているわね……でもなんで?』

 

 

この時には、内務大臣と大総統を脅迫していたフローラは、黙って聞く事しかできなかった。

彼女はトロスト区防衛戦で砲撃された衝撃で負の感情を“声”として聴ける能力を身に着けた。

だが、あくまで結果しか分からず、そこに至った経緯は不明のせいで対処しようがなかったのだ。

しかし、クリスタが本名を名乗った事でようやく彼女は真相を理解した。

 

 

『…全くレイス卿も困ったものね。手が出せないからってわたくしに頼る事はないでしょうに…』

 

 

アウリール大臣と文通するついでにレイス卿をその件で突っつくと過剰反応を示した。

すぐにでもヒストリアを保護して欲しいと言われても調査兵団の新兵では限界がある。

そこでそもそも監視と干渉してくるウォール教に一泡吹かせてやろうとフローラは考えた。

 

 

『というか、これ以上書類送るの面倒くさいし、手遅れになる前に手を打ちましょう』

 

 

ライナーが不俱戴天の仇であると知ったフローラにとって親子のいざこざに興味はなかった。

しかし、このまま放置すれば調査兵団や自分にも飛び火するのは明白だった。

 

 

『後腐れが残らないように徹底的に排除しないとね…』

 

 

この頃になると王政府の議会でふんぞり返る四大幹部の内、3人を始末するのは容易かった。

何故なら彼らの伴侶や家族がフローラの息がかかっており、事実上、操り人形だった。

しかも、彼らが自殺に追い込まれるほどの秘密を握ってしまった影響で更に彼女は強気に出た。

自分を殺そうとすれば、それがトリガーになって政敵に秘密を暴露される様に仕向けたのだ。

 

 

『でも、始末したらそれはそれで面倒くさいわね…』

 

 

ただ、始末すると後任と関係を構築するのが面倒だし、なによりあくまで最終手段であった。

鎧の巨人と決着をつけたいのに先に王政が崩壊して補給が乱れては意味が無いのだ。

 

 

『共犯者として協力しないと…分かっているわよね?』

 

 

それでフローラは、唯一自分と交流していないローデリヒ枢機卿を始末する事にした。

その代わりに秘密を抹消し、二度と家族には介入しないと約束したのが良かったのだろう。

家族に殺されかけて疑心暗鬼になった彼らは、絶対に約束を守ると知っている彼女に従った。

動向を見守っていたレイス卿には、一歩踏み出せるようにヒストリアの危機を煽った。

 

 

『私は奴隷だ。ヒストリアを助けたくてもどうする事もできない』

『そうですか、ならばここで死んでくださいませ』

『なっ!?』

『ここまで来たのにウジウジ嘆く男ならここで死んでわたくしに任せてくれれば結構ですわ』

 

 

なのに未だにヒストリアを助けようとしないロッド・レイス辺境伯を見てフローラは脅迫した。

返答次第では、本気で彼を殺そうとしており、自分が代わりに守ると豪語した。

同期のメンタルケア要員でもあったフローラは人の闇や秘密を探るのに長けていた。

なのでどう煽れば、人が前向きに行動するか理解しているが故に汚れ役を担った。

不意打ちで刃を首元に突きつけられたロッドは悪魔となった女に問う。

 

 

『本当にヒストリアを助けられるのか?』

『娘を助けたいならば、まず父親のあなたがそれを信じないでどうするんですか?』

『私に何ができるというのだ!?』

『わたくしを返り討ちにして意志を踏み躙る覚悟くらいなきゃ娘が救えるわけないでしょうが!』

 

 

鎧の巨人と決戦が迫っていると自覚するフローラは、ロッド卿の意識を変えた。

王政府とレイス家の問題をいつまでも抱える気がなかったので決断を迫ったのだ。

全ては鎧の巨人を討伐して復讐を果たす為に彼女は自分の手が汚れるのを厭わなかった。

 

 

「…という訳だ。全てはヒストリアを守りたかっただけなんだ」

 

 

ロッド・レイスはフローラとの思い出と約束、そしてこの騒動の真相を教えた。

ヒストリア目線からすれば、同期がそんな壮大な事をできる訳がないと思う…はずだった。

 

 

「信じるよ…。だってフローラは大臣や大総統と交渉してたもん」

 

 

そもそも第58回壁外調査にヒストリアが参加したのは少女の父親を救う為だった。

破傷風の特効薬となる薬草が壁外に叢生(そうせい)していると判明したが、そう簡単に壁外に行けない。

唯一の手段は、王政府が提案した第58回壁外調査という名の巨人討伐作戦に参加するしかない。

しかし、調査兵団の団長ですら王政に意見できないので本来なら薬草を採取できなかった。

 

 

『待ってください!!』

 

 

ところが調査兵団のエルヴィン団長と交渉が拗れた時、チャンスができた。

彼を馬鹿にしに来た大総統と大臣が居たので彼らに交渉すれば薬草が採れるかもしれない。

なので発言をしたのだが、自分が殺されかけたのを思い出したヒストリアは固まってしまった。

 

 

『フローラなんとかして!!』

 

 

目線でフローラにお願いすると彼女は、面白おかしい発言をしながら王政の高官と交渉し!

なんと!薬草を採取する任務の許可をもらって正々堂々と壁外に出撃できる事になった。

その後、いろんなトラブルに遭ったが無事に薬草を持ち帰って破傷風に苦しむ兵士に投与できた。

今では、引退して家族と過ごせるまで回復したのは、フローラの交渉力の賜物である。

なのであっさりとヒストリアは、父親の話を信じる事ができた。

 

 

「ありがとう。あと1つ言っておきたい事がある」

「まだ何かあるの?」

 

 

娘の反応を見てロッドは、つくづくフローラを失った代償が大きく感じた。

ここからは彼女の意志に反する為、黙っていた事があるが…。

それでも彼女ならきっと許してくれるだろうと更に踏み込んだ話を娘に告げる。

 

 

「なんでヒストリアが命を狙われたか分かるかい?」

「…分かんない」

「お前こそ王家の血を引く者だからだ』

「こんなちっぽけで何もできなかった…私…が…?」

 

 

ヒストリアは真の王家の一員だった。

すぐには信じられないが、それでもきっとそうだと感じる。

自分の為に泣きながら必死に真相を教えてくれたから…。

 

 

「そうだよヒストリア、私たちレイス家こそが本当の王家なんだ」

「でもなんで私にそれを言うの?」

「お前こそが人類を救うことのできる唯一の希望なんだよ」

 

 

ようやく秘密を教える事ができるロッド・レイスはフローラに教えた事実を娘にも伝えた。

エレンが巨人になれるのは、レイス家が本来持っていた力の影響だという事。

エレンの父親がそれを奪って息子に力を譲渡していた事。

そしてフローラはそれを知って自分に謝罪していたと告げた。

 

 

「ここからが残酷な事実だが、よく聞いてくれ」

 

 

いざ、秘密を喋ると止まらなくなった父親はフローラに内緒にしていた事も話した。

レイス家が力を取り戻すには、巨人になって能力者を捕食するしかない事。

巨人が人だけを喰うのは、力を継承する儀式だから。

エレンを守る為に活動していたフローラと意見がぶつかるからその事を彼女には黙っていた事。

巨人の力を継承したレイス家の人間は、任期である13年が過ぎる前に次世代に力を渡す事。

 

 

「エレンが持っている力はね。レイス家の人間が持って初めて本当の力を発揮できるんだ」

「例えば?」

「それはね…」

 

 

ロッド・レイスは娘に質問された事は全て答えた。

道中で調査兵団と駐屯兵団が交戦したと知らされたが包み隠さず真相を教えた。

フローラが壁内に戻って来なかったせいで自分が無理やり行動を起こした結果だと…。

そして全て娘を愛するが故にこうするしかなかったと告げた。

そのまま馬車に乗り込んで礼拝堂に向かう道中でヒストリアは、覚悟を決めた。

 

 

「私、エレンを食べてみんなを守る」

「……そうか、私の知らない所でここまで立派に成長したのだな」

 

 

エレンには申し訳なかったが、ヒストリアは力を返してもらう事にした。

それを横で聴いた父親は少しの間、驚いた顔をしたが、すぐに笑ってみせた。

目尻から涙が零れたが決して悲しいからではない。

子供の成長を再び見る事ができて嬉しかったのだ。

 

 

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こうしてヒストリアは、儀式の間で注射器を持って巨人になろうとしている。

エレンも額が負傷しているので巨人になって抵抗できるはずだが、何故か動かない。

 

 

「な、なんで巨人化しないの?」

 

 

エレンはいつだって反抗したり足掻いて来た。

なのにあっさりと自分に喰われる事を受け入れているのを目撃して彼女は戸惑った。

 

 

「私が巨人になれば…食べられるんだよ。…そのままだと」

 

 

巨人化する為に祭壇から降りて彼の顔と向き合ったおかげで表情が良く見えた。

エレンは泣いていた。

 

 

「…いらなかったんだよ」

「…え?」

「オレもオレの親父もこんな力なんて…」

 

 

エレンは父親の記憶からレイス家から力を奪った状況を認識した。

父親はこんな力など望んでいなかったし、自分も望んでいなかった。

なのに何かを変えようとして自分に未来を託して父親は喰われた。

 

 

「親父が5年前にここでこんな事を…しなければ、みんな死ななかった…」

「エレン…」

「トーマスも…ナックも…ミリウスも…ナック、トム、フランツ、ハンナも死ななくて済んだ…」

 

 

父親の記憶によって自分がどんな力を宿しているかエレンは理解していた。

そのせいで何でレイス家がその力をすぐに行使しないか分かった。

記憶は消せても記録は消せないのだ。

だから彼らはウォール・マリアの壁が巨人に突破されてもすぐに動く事ができなかった。

記憶を消しても膨大な難民と記録を隠し通すのが不可能だったからだ。

 

 

「オレと親父が巨人の力をあるべき所から盗んだせいで…みんな死んだんだ…」

 

 

それでも5年間も放置するなんてありえなかった。

しかも、自分に宿っている力はレイス家にしか制御できないせいでどうする事もできない。

もし、親父が余計な事をしなければ、きっとみんな無事に兵団に就職し、生きていたはずだ。

 

 

「それだけじゃない。オレを助けようとして多くの人が命を落としたんだ…」

 

 

トロスト区防衛戦では、自分の為に多くの兵士や同期が犠牲になった。

第57回壁外調査では自分のせいで女型の巨人が暴れて調査兵団の兵士が多く死んだ。

ストヘス区では女型の巨人と対決したせいでストヘス区が半壊した。

鎧の巨人に拉致された時は、各兵団がウォール・マリアに飛び出して半数以上が帰還しなかった。

そして今度は、自分を救おうと調査兵団と駐屯兵団第一師団精鋭部隊が交戦した。

 

 

「このままじゃミカサも!アルミンも!ジャンもコニーもサシャも先輩方も犠牲になっちまう!」

 

 

調査兵が混乱の最中で駐屯兵をたくさん殺したとさっき聴いた結果…。

自分のせいで人類同士が殺し合うまでになったと知ってエレンは完全に心が折れてしまったのだ。

彼にできるのは、ヒストリアに喰われて力を行使してもらい人類の希望になってもらう事だけだ。

 

 

「オレは…全部いらなかったんだ。訓練の日々も、壁の外への夢も…人生もいらなかったんだ」

 

 

人は希望を失うと急速に精神的に追い詰められて悲観的になる。

下手すれば、自分のせいで母親が死んだのではないかとまで考えたエレンは…。

 

 

「なぁ、せめて…お前の手で終わらせてくれ。ヒストリア、オレを喰って人類を救ってくれ…」

 

 

人類の希望をヒストリアに託した。

 

 

「ヒストリア、彼の意志を継ぐんだ。これ以上、人々が憎しみの連鎖に囚われる前に…」

 

 

ロッド・レイスは娘が迷っているのを目撃して優しく提言をした。

先人の意志を無駄にするならそれこそ先人を馬鹿にする事だと…。

フローラの遺志を捻じ曲げてまで自分が動いたからこそ娘にも動いて欲しいと告げた。

 

 

「ごめんエレン、私はお父さんと同じように希望の為に手を汚すよ」

 

 

エレンの意志を継いだヒストリアは左腕に注射器の針を刺した。

するとチクっとした痛みと共に自分が柵に触って木の棘が刺さったのを思い出した。

あの時は、フリーダお姉さんに打ち明けたら…。

 

 

「柵を越えようとしたの?」

「うん、だってそっちに行った方が一緒に遊びやすくなるでしょ?」

「…ダメでしょ?柵の外に出ちゃ…!」

「…えっ?」

「柵の外に出るなって言ったでしょ!!」

 

 

いきなり豹変して柵に出るなと自分を叱責した。

そしてすぐに記憶を操作して自分が外に出ようとした意志を無くした。

 

 

『なんであそこまで外に出ちゃいけないの?』

 

 

父親の話で納得していたのだが、2人に遊ぶくらいなら問題なかったはずだ。

それに誰かに操られたように豹変した感じがして…力のせいではないかと思った。

そのせいでヒストリアは、父親に聴いてみたい事が1つできた。

 

 

「…どうした?やっぱり得体のしれない物を注入するのは怖いか?」

「ねぇ父さん。どうしてフリーダお姉さんは戦わなかったの?」

「エレンの父親、グリシャの事か?」

「違う!!どうして100年以上、レイス家は巨人の脅威を排除しなかったの!?」

 

 

そもそも巨人を操作できるならさっさとやれば良かったのだ。

そうすれば、巨人に人が喰われる事も無いし、記憶を操作する必要もない。

わざわざ壁という名の柵に閉じ籠って家畜の様に過ごす必要性など無いはずだ!

そう思った彼女は、父親に質問をした。

 

 

「なんで時々、人が豹変したように怒ったり悩んだりしたの?それが力の代償なの!?」

「いや、力と共に初代レイス王の意志を引き継ぐんだ」

「意志?」

「そうだ、この壁の世界を作ったレイス王は人類が巨人に支配される世界を望んでいるのだ」

 

 

それでは意味が無い。

だってそれじゃあ、エレンを喰ったところで何も変わらない。

いくら記憶を操作して隣人への憎しみを抑えても再び悲劇は繰り返す。

 

 

「初代王は、それこそ真の平和だと信じている。真相を知るには、力を継承するしかないんだ」

「お父さんはおかしいとは思わなかったの?」

「私も若い頃は疑問に思っていた。なんでそうなるのか継承者しか分からなかったからな」

 

 

ロッド・レイスも壁の外を巨人に支配される現状を疑問に思って父親に何度も質問した事がある。

だが、答えは返って来ることはなく役目は自分たちに託される事になった。

同じ疑問を思っていた弟のウーリは、継承を買って出る代わりに「祈って欲しい」と頼んだ。

力に纏わり着く初代レイス王の怨念に打ち勝って本当の希望になれるようにと…。

 

 

「私は、巨人の力を継いだ弟や娘の目を見て確信したよ。この世界を造りこの世の理を司る唯一の存在になってしまったと…。この壁に囲まれた世界を維持する神になってしまったと…」

 

 

結局、弟も娘も現状を変えようとせずにそのままの常識を維持した。

その気になれば、始祖の血が流れるエルディア人や巨人を思うがままに操れたのに…。

そのせいでロッドは現状に満足するしかないと考えて先人たちのように奴隷になったのだ。

 

 

「全ての禍いには、全て意味がある。人類が存続するか否かは“神”次第だ……だがな!」

 

 

今までだったらヒストリアに神の力を継がせて先人たちの轍を踏ませたかもしれない。

 

 

「ヒストリアには、“神”にではなく“希望”になって欲しいんだ」

「希望?」

「ああ、誰かに祈りを捧げられる存在ではなく誰かを助けられる希望になって欲しい」

 

 

変革の時代はすぐそこまで迫っている。

巨人の脅威と恐怖でなんとか一枚岩になっていた人類は、隣人が信じられなくてしまった。

トロスト区とストヘス区の兵士がカラネス区の守備隊に戦争を決意するまで世界が変わった。

内戦の火種は、人間が巨人になった事実を知る兵士たちを中心に急速に広がっていた。

 

 

「私にとってヒストリアは希望なのだ。だから力を継いで皆の憎しみを癒してやってくれ」

 

 

さすがに人類が殺し合うのは、神も望んでいないはずだ。

もし、望んでいるならとっくに人類が滅びるように仕向けているはずだからだ。

せめて人類に希望を残そうとロッドは娘を急かせた。

 

 

「もう、君は誰にも縛られない自由の身となるのだ!!さあ、私に希望を見せてくれ」

 

 

ロッド・レイスは、最後の王としてヒストリアの代わりに手を汚すと決意した。

フローラがエレンや調査兵団を守る為に手を汚したように彼は最後まで責任を取るつもりだ。

 

 

『私は希望!!だからやらなくちゃいけないんだ!!』

 

 

ヒストリアは父親の意志を継いで液体を…。

 

 

『クリスタ、お前の人生に口を出す権利などないと思ってる…だからこれは願望なんだけどさ』

『お前…胸張って生きろよ』

 

 

ウトガルド城で朝日を浴びたユミルの言葉を思い出した。

なんでこのタイミングで思い出したのか分からない。

でも1つ分かった事がある!!

 

 

「ヒストリア!?」

 

 

体内に注入せずに注射器を地面に投げ捨てて中身を割った。

予期せぬ蛮行にロッド・レイスは驚愕するが、それだけで終わらなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

振り向いたヒストリアは父の左足を脚で引っ掛けて首元を掴んで背負い投げをした!

そして仰向けで倒れている父親に向かって宣言した!

 

 

「何が“希望”だ!!都合の良い逃げ道を作って都合良く人を扇動しておいて!!」

 

 

そもそもヒストリアは人類を救うつもりなどなかった。

孤独だったから父親と一緒に居たかっただけで誰かを救う希望になりたくなかった。

 

 

「もう!これ以上!私を殺してたまるか!!そんなに希望が欲しいならお前がやれよ!!」

 

 

というか、そこまで分かっているなら父親がやれば良かった。

それなら納得できるし、遺志を踏み躙られたフローラも少なくとも受け入れたはずだ。

あくまでも彼女は、ロッド卿に娘を認知しろとは言ったが、利用しろとは一言も言っていない。

ユミルの残した言葉でヒストリアは、やるべき事を理解した。

 

 

「おお!!いいぞお前ら!!すぐそばまで兵士が迫ってるぞ!!早くやれやれ!!」

 

 

さきほどまで、しかめっ面で見つめていたケニーは、その光景に歓喜し、更に煽っていく。

 

 

「何やってんだお前!?」

 

 

一番びっくりしたのはエレンだ。

なんでいきなり自分と父親の意志を無視してヒストリアが暴走したのか分からない。

 

 

「お前に喰われなきゃオレはもっと人類を殺すんだぞ!?分かってんのか!?」

 

 

エレン・イェーガーは自分が生き残るほど、多くの人を殺すと自覚していた。

 

 

「お前は選ばれた血統でオレは違う!どうしようもない凡人だ!早くオレを喰ってくれ!!」

「うるせぇよ馬鹿!泣き虫!ヘタレ!!フローラ以上の死に急ぎ野郎!!」

 

 

嘆くエレンを何度も叩いたヒストリアは下半身に巻き付かれた鎖を動かしていく。

 

 

「なっ!?」

「もう良い子ごっこなんてゴメンだ!!どいつもこいつも好き放題言いやがって!!」

 

 

ヒストリアは誰かの為に良い子になろうとした。

そのおかげで誰もが感謝したが、良い子だったのに大切な人は次々と自分の元から居なくなった。

あれだけ自分に求婚したユミルは、ライナーとかいう糞野郎の方に行ってしまった。

口や態度とは違って自分の事を真剣に考えたフローラは勝手にユトピア区の壁外で無駄死にした。

ミーナに至っては、わざわざ自分に死を知らせる様に専用装備を付けたまま巨人に齧られていた!

 

 

「人類を救う希望になれって!?誰がそんな面倒な事をやるもんか!!」

 

 

人間というのは、どんな人物でも付け上がって勝手に暴走する馬鹿共だ!

フローラの意志やらエレンを守るとか言って自分に酔って好き放題するクズどもだ!!

なんでそいつらの希望にならないといけない!?

 

 

「むしろ人類なんか大っ嫌いだ!!巨人か内戦で勝手に滅びたらいいんだ!!」

 

 

良い子のせいで大事な物を失うなら悪い子になって意地でも守ってやる!!

もし、過去に戻れるならユミルもフローラもミーナもぶん殴って監禁してやる!!

もう二度と自分から離れない様にどんな手を使っても!!自分に依存させてやる!!

 

 

「つまり私は人類の敵!!分かる!?最低最悪の超悪い子!!」

 

 

良い子で奪わられる立場になるくらいなら奪う側になってやる!

そんな怒りの感情がヒストリアを支配し、エレンを逃がそうとした!

 

 

「オレが生きていると!これからもたくさんの人が死ぬって言っただろうが!!」

「知るかバーカ!!逃がしてやるから勝手にどっかで野垂れ死ね!!」

「それでこそ人間の性って奴だ!!ヒストリアも良い女になったもんだなァ!!」

 

 

世界一悪い子になったヒストリア・レイスは必死にエレンを逃がそうと試みた。

それを拍手喝采で迎えたケニーは、迫って来た兵士が調査兵と気付いた。

フローラの遺産であるヤークトメッサーを構えて調査兵団を歓迎してやろうと…。

 

 

「って!?お前何やってんだ!?」

 

 

彼が犯した失態は、地面を這っていたロッド・レイスの行動を良く見ていなかった事だ。

ヒストリアが割った液体に近づいた彼は何かを呟きながらそれに接触した。

舌を出して液体を舐めて飲み込んだ瞬間、彼の意識が途切れたと同時に発光した!

それは全てを終わらせようとする先人たちの執念を示すかのようであった。

 

 

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