進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ロッド・レイスは、悪魔の女に1つ質問した事がある。
「どうしてお前は躊躇わないんだ?」
「祈ったところで何も変わらないからです」
手を血で汚した女は自分の行動を一切疑わなかった。
いくらトロスト区の猟奇殺人鬼を始末したとはいえ…彼女の瞳には迷いが見えない。
凡人であったロッドからすれば彼女は眩しく…そして化け物に見えた。
「この残酷な世界で現状を変えるには、覚悟を決めて動くしかありません」
「だが、少し休んだらどうだ?寝不足で正常な判断力が落ちているように見えるぞ」
フローラ・エリクシアという女は寝不足から乗馬しながら寝る特技を身に着けた。
そこまで自分の時間を削ってまで赤の他人に尽くすべきではないとロッドは提言した。
「何かを捨てなければ、何かを得る事ができません。目的を達成できるなら命も惜しくはない…」
「それは自己満足だろ?残された者たちはどうする?」
「自己満足だからこそ足掻くのですのよ。何人たりともわたくしの生き方を否定させはしません」
この世は等価交換の法則に基づいている。
何かを得たいなら相応の対価を支払わないといけない。
例外なのは、完全に法則を無視している巨人という存在だけだ。
だから常識に囚われたままでは絶対に人類に勝ち目がなかった。
「だからレイス卿、あなたも足掻くのです。せいぜい足掻いてから後悔しましょう」
手を差し伸べてきたフローラは、とっても心強く見えた。
だから彼は、大事な娘の為に……。
-----
フローラがどんな最期を遂げたのか分からないが彼女は絶対に後悔していなかっただろう。
娘に裏切られてロッドはようやくフローラの言っている事を理解した。
娘に代わってエレンを喰らい!
そして最後の王として娘を守ってやると…地面に染み込んだ脊髄液を舐めた。
「父さん、ウーリ…フリーダ…待ってて…今、僕が…」
意識が消える瞬間、彼が最後に思い浮かべたのは…。
「ヒストリアを守ってあげるから…」
血塗れの刃を見て呆然としていた幼きヒストリアの顔であった。
「ロッド・レイス…あの野郎…巨人になりやがったな!?」
明らかにウーリとは違う巨人化を目撃してケニーは、逃走を図った。
既に部下は地上に脱出しているはずなので長居する理由はなかった。
「そうだ!レイス家が巨人になったならオレがこのまま喰われれば良い!!」
自分の罪を認識しているエレンは、巨人化したロッドに喰われる事を望んでいた。
「もういい…ヒストリア!!逃げろ!!お前まで喰われるぞ!!」
「嫌だ!!」
「だから何で!?」
エレンはずっとヒストリアの行動原理が分からない。
腹違いの姉や家族の仇の息子をここまで助けようと彼女の考えは全く理解できなかった。
「私は人類の敵だけど、エレンの味方!それだけ!!」
悪い子になったヒストリアだが泣いている人を見捨てるほど薄情になったわけでない。
「自分なんか要らないって言う子にそんな事ないよと伝えたい!」
自分を否定して泣いている人を見つけたら、そんな事はないと伝えたい。
ユミルやみんながやってくれた事を誰かにも教えたい。
世界は思ったより酷くないよって誰かに寄り添える人間になろうとした。
「それが誰だって!どこにいたって私が必ず助けに行く!」
エレンの足枷の鍵を外したヒストリアは更に鍵を外そうとした。
「エレン!!」
ミカサがエレンの姿を見つけた瞬間、現場に急行した。
下手すれば不意打ちに遭う可能性よりもエレンを優先したのだ。
「兵長!?その傷は!?」
「それより自分のしんぱっ!?」
「ここで舌噛むな!!この忙しい時に!!」
その援護に向かったオルオは、エレンの心境を察して発言…舌噛んだ!
横でそれを見ていたペトラは、呆れながらも周囲を警戒し、敵兵が居ない事を確認した。
「兵長!敵は巨人化している人物以外居ません!もぬけの殻です」
ペトラは負傷して喋れないリヴァイ兵長に報告したが…。
その巨人化している奴がとんでもない化け物だと分かった。
明らかに背骨が30m以上あり、片っ端から柱を薙ぎ倒している有様だ。
「オイ、半裸野郎!!こっちは大変だったのに暢気に緊縛プレイしやがって!」
「お前ら、本当に駐屯兵を殺したのか!?」
「そんな事、今言う事じゃないだろう!?」
返り血を浴びたのか、誰もがジャケットやズボンが血塗れだった。
巨人相手なら討伐すれば血痕は消えるので残っているという事は…そういう事だろう。
真相を知ろうとジャンに質問したが、彼にはぐらかされたエレンは…。
自分のせいで同期や先輩が人殺しをしたと知って歯を噛み締めた。
「クソ!!退路が断たれた!!」
柱が破壊されて天井が崩落し、儀式の間の入り口が瓦礫で塞がった。
コニーは必死に別の道を模索するが、どこにも出口は無かった。
「何でこっちを襲ってこないんですか!?いえ、襲って来ない方が都合良いですけど…」
「明らかに超大型巨人よりでかい!こっちに気付いてないだけかも」
サシャは未だに巨人がこっちに襲ってこないのに疑問に思った。
ミカサは、未だに巨人化しているのを見てサイズが超大型巨人よりでかいと気付いた。
なので巨人がこっちに気付いていないのかもと口に出したが、実際は良く分からない。
「んな事どうでもいいんだよ!?どうやって逃げるんだ!?」
コニーはどうやって逃げるか聞いたが、誰もが分かっていた。
これは、人間風情が足掻いたところでどうにかなる環境では無いという事に…。
「全部の鍵が外れました!!」
「壁に沿って退避しなさい!!」
ヒストリアの報告を聴いてペトラは指示を出す。
ミカサとジャンがエレンを引っ張って動かした瞬間、さっきまで居た場所に瓦礫が落下した。
この世の終わりかと思えるほどの崩落によって全員が生き埋めになるのは時間の問題だった。
『ど…どうする!?巨人化…しても生き埋めになる未来しか見えねぇ…』
エレンは巨人化してみんなを守ろうとしたが、瓦礫に負ける未来しか思いつかなかった。
だが、みんなは自分に何かできると期待してこっちに顔を向けている。
その重荷を背負っているからこそエレンは…重圧に潰されそうだった。
「ねぇ!この鞄の中にエレンを強化できる物が入っていると思うの!」
ここでヒストリアは父が持ってきた鞄をエレンの元に置いた。
「これは…?」
「お父さんは、この鞄にあった薬品で巨人になる薬を調合していたみたいなんです」
「…つまり、巨人は薬品で強化できるって事?」
ヒストリアの説明を受けてハンジは、その重要性に気付いた。
人間が立体機動装置を付けないと立体機動できないように…。
巨人も何かしらの薬品を摂取しないと能力に目覚めないのかと考えたのだ。
「何がある?」
「ごめんなさい…これしか残ってません」
「いや、充分だ!」
ロッド・レイスが巨人化する際に鞄に入っていた薬品のほとんどが紛失した。
自分のミスで薬品が1個しか残らなかった事をヒストリアは謝罪したが、ハンジはこう考えた!
まだ1個残っているじゃないかと…。
「エレン、この『ヨロイブラウン』と書かれた薬品を摂取してくれ」
「ハンジさん、オレはどうしようもない男なんです!!人類の希望なんかじゃありません!」
「違うってば!もしかしたらこれが硬質化の能力を付与する薬品かもしれないんだ!」
エレンはずっと皆の足を引っ張って来た。
もしも、フローラだったらうまくやっただろうが、凡人の自分には荷が重すぎる。
そう告げたかったが、皆の期待を背負った以上、エレンが取るべき手段は1つだけだった。
「何だ?悲劇の英雄気取りか?お前1人で何とかできた事があったのかよ?」
エレンを敵視したライバルだからこそジャンは本質を告げる。
みんなと共闘して初めてエレンは本領を発揮できるクソ野郎だと。
「お前が弱気になってどうする?いつだって諦めなかった天才の俺様みたいにドンと胸を張れ!」
コニーもエレン1人で背負わせるつもりはなかった。
なんなら自分が一番エレンに貢献していると思っている。
「泣き虫小僧!」
「オルオさん、舌は大丈夫なんですか?」
「負傷した兵長の代わりに言ってやる。お前が選べ」
「え?」
右瞼から唇まで裂かれた兵長に代わってオルオはエレンに選択を促す。
「このまま一緒に仲良くお陀仏か、1人でも多く逃がす努力をするか。好きに選べ」
これで良いんですよね?とオルオが兵長に視線を送ると彼は首を縦に振った。
みんながエレンの為に戦った以上、一蓮托生であり、この先を見届けるつもりだ。
『ごめんなさい…』
エレンは覚悟した。
『最後にもう一度だけ…みんな許してくれ。自分を信じる事を…』
エレンはヒストリアから薬品を受け取って広場に向かって走り出した。
フローラ曰く、巨人化すると爆風で吹っ飛ぶので巨人化するなら開けた場所でやれと言っていた。
あいつなら最後まで足掻くはずだと考えたエレンは、自分も最後まで足掻くつもりだった。
薬品の入った瓶を噛み割って苦みを感じる前にエレンは巨人化した!
『オレは!!みんなを守る!!』
何かが目覚めた気がしたエレンは必死に体内からそれを放出した!
すると巨人の体表から結晶の柱が噴出し、落下する瓦礫を支え始めた!
「もしかして…硬質化ができたのか!?」
「全員、エレンの影に隠れろ!急げ!」
「えっ?リヴァイ、普通に喋れたんだね!?」
エレンが硬質化ができた事より顔面が重傷なリヴァイが喋れた事にハンジは驚いた。
それはともかく全員が巨人になったエレンの真下に潜んだ。
「エレン!その調子だよ!!」
「いやもっとだ!!最低でも500本の柱を作ってもらうぞ!!」
アルミンはエレンを応援するが、ハンジは更に無理難題のリクエストを要求する。
死んだはずのモブリットが「分隊長、いくらなんでも酷使し過ぎです」と発言した気がした。
いや、彼だったら言ってるな…とハンジは部下たちの犠牲を思い出して感傷に浸った。
そもそも天井が崩れたのは巨人が柱を破壊しまくって自重に耐え切れなくなったからだ。
裏を返せば、土砂を支え切れるならこれ以上、崩れる事はない。
生き埋めになるかと思われた運命は、エレンの選択によって大きく変化した。
「あぁ、マジで死ぬかと思った……エレンを救った甲斐があったぜ」
「全くだ、あいつの為にどれだけ人を殺したと思ってる」
「コニー、お前は誇らないのか?」
「殺人を誇るのはお前くらいだぞ」
「ふざけんな!!この「はいはい、もう良いでしょ」…クソ、後で「黙れ」…はい」
崩落が止まったのを見てジャンとコニーは軽口を叩くつもりが罵倒合戦になりそうだった。
なのでミカサは、すかさず二言告げてジャンを黙らせてエレンをじっくり見た。
まるで結晶でコーティングされたようにエレンの巨人は綺麗に光っていた。
「どうやらここにある結晶は、巨人の力で作られたようだね」
「だが、エレンの結晶は光らない。なんか違いがあるのか?」
「うーん、時間があったらゆっくり調べたいね」
ハンジとリヴァイもエレンの力を目の当たりにしてようやく心から笑う事ができた。
まあ、リヴァイは傷と手当のせいで物理的に笑うフリすらできなかったが…。
「よし、お前ら!崩落が止まったらやる事は1つだ!出口を探すぞ!」
「さっきから兵長の真似して何のつもり?」
「兵長の負担を和らげるために指揮を執っている事以外に何がある?」
「まず、エレンに感謝しなさいよ」
オルオもペトラも死んでいった仲間の為にもエレンを最期まで守るつもりだ。
2人は無言で頷いて立体機動で硬質化で生み出された柱を登って出口を探しに行った。
「エレン!!聴こえるか!?崩落は止まったよ!」
「もう大丈夫!出て来て」
アルミンとミカサは結晶となった巨人のうなじに飛び乗って呼びかけた。
このままエレンが脱出できなかったら本末転倒になるからだ。
「エレン!!」
「エレン!!聴こえるか!」
『……ああ、聴こえる』
ミカサとアルミンの叫び声を聴いてエレンは意識を取り戻した。
誰かの記憶のおかげなのか、ここから脱出する術は理解できる。
うなじの肌に着いた鱗を剥がすような感覚で力を入れると…。
結晶が崩れて巨体のうなじからエレンの上半身が飛び出してきた。
「手伝うか?」
「ジャンは、エレンを両肩を掴んで強く引っ張って!」
「了解!」
本音を言うと、ジャンは半裸の野郎に触れたくなかった。
だが、ミカサに見栄を張りたいので我慢して…エレンがめっちゃ臭くて鼻が曲がりそうだった。
『風呂が入れねぇからってここまで臭くなるなよこいつ…』
さっきは命懸けだったから気にならなかったが、今になって匂いが気になりだした。
訓練兵団時代に汗臭い野郎共の雑魚寝を耐えたジャンですら顔を顰めるほどエレンは臭い。
思春期の男子が1週間も風呂に入れなかった上に蒸された密室で更に体臭が悪化した状態だった。
それでも我慢して引っ張るとエレンはあっさりと足まで巨人の体内から抜けた。
「エレン、この野郎!」
「なんだよ!?」
「フローラの香水を喰らえ!!」
「うわ!?何をするんだ!?やめろジャン!!」
体臭を誤魔化すのではなく香りを愉しむ用途で作られた香水をジャンはエレンにぶっかけた。
前者は匂いがきついが、後者は香りが調整されているのでエレンの体臭は少しだけマシになった。
ついでさっきまでエレンは悲観的だったのに香水に気を取られたおかげで気分転換にもなった。
「ミカサ!オレってそんなに臭かったのか」
「うん、臭かった」
「即答!?」
幼馴染であり一緒に暮らした仲であるミカサからしてもエレンは臭かった。
殺人して返り血など浴びたので自分はかなり臭いと自覚はしていた。
だが、それ以上にエレンが臭過ぎて本音を漏らしてしまうほどだった。
ミカサまで同調されてエレンがショックを受けている間にオルオとペトラは出口を発見した。
「兵長!出口を発見しました!…何やってんだお前ら?」
そんな茶番劇をする余裕はもう無い。
まだ、この惨状を作り出した巨人が地上に居るのだから…。
「こりゃあ、とんでもない大穴になったな、観光名所でもするか?」
「兵長…」
「どうした?」
一同が穴から抜け出して地上に出るとそこは、辺り一面が陥没して内部の結晶の柱が見えていた。
大規模に地面が陥没してるのを見てリヴァイは冗談を言ったが…。
エレンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「まさか傷の事を言ってんのか?こうやって生きているなら問題ねぇよ」
「いえ、オレのせいでみんなが殺し合いをしてしまった事を…」
「充分だ」
「え?」
殺人させた事を謝罪したかったエレンだったが、リヴァイはそれを軽くあしらった。
「敵も味方も大勢死んだが、それ以上に目的を達成したじゃないか」
「ええ?」
「見ろ、お前が硬質化した巨体は残ってる。つまり壁の穴を塞げるってワケだ」
失った物より得た物を見ろと言わんばかりにリヴァイはエレンの結晶体に指差した。
そこには、エレンの巨人が残っており、本体から分離しても残り続けていた。
つまり、初めて硬質化が成功したと共にウォール・マリアを奪還する準備が整ったと暗に告げた。
「いいか、これで終わりじゃねぇ。反省なら全てが終わってからにしろ」
「ですが…」
「なんだ?お仕置きに汚ェてめぇのケツを何度も蹴って欲しいのか?」
「いいえ、そんな事ありません!」
特別兵法会議で嫌というほど兵長の蹴りを喰らったエレンは必死に首を振った。
だが、彼はそれと同時に父親の記憶のせいで憂いが残っている。
『これで家の地下室を調べられる…でも親父の正体は…』
父が残した地下室への鍵は、希望ではなく絶望に繋がるのではないのか。
そんな気がしたのだ。
「みんな無事か!?」
悩んだ末にエレンが秘密を暴露しようとするとマルロに声をかけられた。
「一体何が起こったんだ!?あの巨人は何だ!?」
「話は後だ、人数分の兵服と馬、それと装備一式を用意してくれ」
「……ああ、分かった」
本当はゆっくり説明したかったが、今はそれどころではない。
調査兵団が指名手配されている以上、変装する必要があったのだ。
リヴァイ兵長から指示を受けたマルロは、慌てて兵服と馬の調達に向かった。
「調査兵団だ、なんでここに居るんだ?」
「まさか、地下で巨人と戦っていたのか…?」
マルロに率いられた駐屯兵たちは調査兵団に銃口を向けなかった。
「発見次第に処刑せよ」と命じられているにも関わらず…彼らは交戦する気力がなかった。
さきほどの大崩落から巨人が這い出たのを目撃してしまった影響が大きいのだろう。
巨人によって人類が団結しているという事実を改めて知らしめる出来事となった。
「巨人さまさまだな、あれのおかげでどうやら長生きできそうだ」
遠くで蒸気を噴き出す巨人を指差してオルオはエレンに皮肉を言う。
ハハハ…と苦笑いしながらエレンは、すぐに自分の事も含んでいると分かって開き直った。
ここで逃げ出せば、今度こそみんなが無駄死になるって分かったから。
「なんであいつはオレを食べなかったんだ…」
「どうやら奇行種のようだな」
「奇行種?」
「まさかお前、最近習った事を忘れてないだろうな?」
「いえ、滅相も無い!オレはちゃんと覚えています!」
「じゃあ、奇行種とは何だ?言ってみろ!」
エレンが独り言を喋ったら話しかけられたと勘違いしたリヴァイが返答をした。
奇行種と言った意味が分からず質問したのが運の尽き。
兵長から奇行種とは何かと訊かれてエレンは必死に頭脳を働かせる。
『対巨人戦闘マニュアルには…確か!』
旧調査兵団本部に軟禁されていた時代にエレンはフローラから本をもらった。
第55回壁外調査まで得られた巨人のデータが載っているマニュアル本である。
暇潰しに本を読んでいたので内容は今でも思い出させる。
「目の前の人間ではなく!より多くの人間の集団を狙う為に動く巨人の事です!」
「なら、俺たちの向かう先は分かるよな?」
更に質問されたエレンは必死に思い出す。
そもそも三重の壁は巨人から人類を守る為に作られた。
だが、その壁は広大であり兵士全員を配備しても巨人から守り切れるわけがない。
その為、壁から突出した城塞都市を築き上げて巨人の注意を惹くと共に防衛しやすくしたのだ。
「城塞都市に向かってるんですか?」
「あぁ、おそらくオルブド区に向かっているだろう。ユトピア区は壊滅したからな」
先日発生したユトピア区防衛戦のせいでユトピア区の居住区の大半が崩壊した。
そのせいで未だに住民のほとんどが帰宅できずに難民となった。
ならば、そこから南に位置し、避難民の一部が暮らしているオルブド区に向かうと推測できる。
「えーっと…」
「そうだった…お前はこの場所を知らなかったな。すまない」
「いえ!?オレが悪いんです!」
ここまで発言してリヴァイは、エレンがこの場所がどこか理解していないのに気付いた。
さすがに無理難題を言ってた事に気付いてすぐに彼はエレンに謝罪した。
『といっても俺も地理を理解しているわけじゃねぇんだがな…』
まず、ウォール・シーナの南に位置する城塞都市エルミハ区でエレンとヒストリアは攫われた。
北上すると王都が存在し、更に北上すると城塞都市オルブド区があり、エレンはそこを通った。
しかし、妨害された挙句に指名手配された調査兵団はエレンを追跡できなかった。
そこで東にあるストヘス区に近い国道3号線にあるランベルツ旧市街で物資の補給をした。
そして、フローラの残した手紙からウォール・ローゼにある礼拝堂にエレンが居ると推測。
立体機動で50mの壁を乗り越えて北西にある山を越えて馬を徴用し、レイス領に向かった。
…という認識だったが、間違っていないかと問われればそうではない気がする。
『だからここはウォール・ローゼなんだが、いまいちピンとこねぇな…』
ウォール・ローゼの南部から東部で活動してきたリヴァイは、北部の地理に慣れていない。
偉そうに言っておきながら巨人の狙いがオルブド区の住民とは限らなかった。
もしかしたらカラネス区の可能性も考えてしまった彼はすぐさま行動をする!
「おい、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「あの化け物はオルブド区に向かっているよな?」
「ああ、間違いない」
「そうか、ありがとう」
近くに居た駐屯兵に質問してようやくオルブド区に危機が迫っているとリヴァイは確認した。
「でもあの巨人は異常だよ!明らかに超大型巨人の倍以上はある」
ハンジ・ゾエは、陥没した地面の先で蒸気を噴き出す巨人を見て呟く。
蒸気のせいで姿が見えにくいが、少なくとも100mはありそうな全長をしていた。
「それに胴体が長すぎて短い手足で支えられてないみたいだ。這って動いている」
ロッド・レイス巨人体はその質量のせいで身体を支え切れず地面を這って移動していた。
そのせいで巨人のサイズから考えられないほど鈍足である。
成人男性が本気を出して走れば余裕で追い付けそうだと思い込んでしまうほどだ。
「ならあいつを討伐して指名手配犯から英雄になろうじゃねぇか」
リヴァイはこの巨人を討伐して調査兵団の名誉回復を図ろうとしていた。
うんうんと頷いたハンジは、隻眼になってしまったリヴァイに素朴な質問をする。
「なんで右目を失って唇が裂けてるのにそんなに喋れるの?」
純粋なハンジの疑問に兵長を除く全員が凍り付いた。
「そうだエレン!あそこで何があったか教えてくれ!」
「そうよ、もしかしたらあの巨人を止められるヒントがあるかもしれない!」
オルオとペトラは兵長に気を遣って強制的に話題を変えた。
-----
人類活動領域の最北端であるユトピア区から南に下ると内地に繋がるオルブド区がある。
つい最近まで司令部が設置されており、防衛拠点だった事もあり、兵器が至る所に存在する。
壁上を見ると200門を越える壁上固定砲があり、物々しい雰囲気が漂わせている。
その壁の内側には、仮設テントがびっしりと設置しており戦禍の痕が残っていた。
「正気か!?」
「えぇ、オルブド区に住む住民全員はここに留まってもらいます」
「ふざけるな!住民を見殺しにする気か!?」
調査兵団の団長エルヴィンの話を聴いてオルブド区駐屯兵団団長カルステンが反発した。
兵舎で仮眠をしていたら叩き起こされた挙句、いつの間にか街に危機が迫っていると知らされた。
困惑している内に2千を超える兵士がオルブド区に辿り着いて防衛をする準備をしていた。
もはや誰かに指示されるがままに自分の権限を行使するしかできなかった彼は…。
すぐさま、住民の避難を開始しようとしたその時、エルヴィンに待ったをかけられたのだ。
「もうじき巨人がこの街に到着するのだぞ!?」
指名手配された調査兵団の団長の胸ぐらを掴んでカルステンは抵抗する。
それを見てハンジは理由を述べる。
「あの巨人は奇行種です」
「それがどうした!?」
「目的の巨人はより多くの人間が密集する所を狙います」
奇行種は大勢の人間が居る場所を狙って動くのが定説である。
しかし、あそこまで大きいと50mの壁ですら体当たりに耐え切れないであろう。
「避難する住民の大群に釣られてウォール・シーナを破壊するでしょう」
そして問題なのは、壁を破った奇行種は、避難している住民より大勢が暮らしている街。
すなわち王都を目指して進んでしまう。
「もし、王都を襲撃されたら人類は破滅的な被害を被る事になります」
近寄るだけで新鮮な草木が発火するほどの高温の化け物が王都を襲撃したら…。
最低でも2万を超える住民が犠牲になるのは明白だった。
「では、この街の住民は囮という事か!?」
「えぇ、幸いにも奴を阻止する為の兵力と装備、兵器があります」
壁から突出している城塞都市の役割は巨人の興味を惹いて狙わせるというものだ。
安全なはずの城塞都市に居住するには困難が伴うが、様々な特権が付与されるのもその影響だ。
「あの巨人は必ずオルブド区の壁外で仕留めるしかありません」
「や、やるしかないのか…」
「ですが、民の命を守る事こそ我々の兵士の存在意義である事を忘れてはいけません」
つまり、このオルブド区の壁外で超々大型巨人を迎えて総攻撃を仕掛けるしかない。
だからといって住民を捨て駒にするのはあってはならない。
既にオルブド区の住民には【抜き打ちの緊急避難訓練】という名目で裏門に集結させつつある。
「緊急避難訓練という名目で状況次第では、オルブド区から脱出しやすい体勢を整えます」
エルヴィンは、いざとなったら住民をこの街を脱出させるつもりだ。
門戸を叩かれて強制的に移動させられた住民は反抗したり、不満を口にするのは理解できる。
下手すれば、集団で兵士に暴行を働くかもしれない。
「我々は奴を討伐するまで残ります。どうか覚悟を決めてください」
「……ああ、分かった。住民に被害が出そうだったら逃がすが、それでいいか?」
「構いません、民間人が1人でも犠牲者が出てしまったら意味がありませんから」
カルステン団長は口では納得していると告げたが、内心では調査兵団を疑っていた。
自分たちに課せられた罪を有耶無耶にする為にあの巨人をここまで誘導したのではないかと…。
「目標は、想像を絶するほどに巨大ですが、それ故にノロマで的がでかい。設置してある300門の壁上固定砲が一斉砲撃しても全弾命中すると思うほどに大変有効なはずですが…」
動きが鈍くて的がでかいなら巨人と交戦経験が無い駐屯兵団第二師団の砲手にも勝機はある。
エルティアナ総指揮官殿が悲観的だったおかげでこの街には大量の大砲が設置されていた。
正門付近の壁が突破されても榴弾やブドウ弾の雨が巨人の頭に降り注ぎ討伐できるかもしれない。
それでも勝てない場合は…と考えてエルヴィンは、エレン・イェーガーの顔を見た。
「もし、それでも倒せない場合は、調査兵団が有する最大の兵力を駆使するしかありません」
調査兵団が有する最大の兵力とは何か?
それはトロスト区におけるピクシス司令の演説で判明している。
巨人化能力者にして唯一壁内に暮らす人類を守ろうとするエレン・イェーガーである。
目撃していなくても伝聞で知っている駐屯兵たちはエレンを見て拳を胸に当てて敬礼した。
「あっ…」
エレンもすかさず敬礼し、必ずこの街の住民を守ると誓った。
すぐに調査兵団は、装備を整えて50mの壁に向かって進撃した。
全ては、あの巨人を討伐する為に…。
-----
「一時はどうなるかと思ったぜ…」
指名手配されて二度と街に入れないかと思っていたジャンは溜息を吐いた。
というか、まだ調査兵団は指名手配されており、駐屯兵団の兵服で誤魔化している有様だった。
「まだ油断するなよ、ここで勝利しなきゃ今度こそ俺らは大罪人にされちまうぜ」
「じゃあ、巨人に暴れてもらった方がオレらにとって都合良くないか?」
「ジャン、不謹慎ですよ。もし誰かに訊かれたら問答無用で死刑にされますからね」
コニーは未だに自分が大罪人にされているのは、納得している。
あれだけ駐屯兵を殺せば、どう足掻いても有罪判決になるからだ。
なのでコニーの反応を聴いたジャンは、逆に巨人に暴れてもらう方が良いのではと本音を漏らす。
それを聴いてビビったサシャは、きょろきょろと周りを見ながらジャンを必死に咎めていた。
「にしても何て蒸気だ…マジで何も見えねぇぞ…」
前方には積乱雲かと思わせるほどの大量の蒸気が迫っていた。
あまりにも高熱なのか近くにある草木が燃えているが…すぐに蒸気に隠れて見えなくなった。
この場に居る兵士たちが震えているのは武者震いでは無い事は明白だった。
「エレン、あれを見て」
「ん?……あぁ、少女と少年たちがいるな」
ミカサが指差した方向を見たエレンは、幼き自分たちにそっくりな3人を発見した。
金髪の少年に黒髪の少女、リーダーらしき黒髪の少年が指差して自分たちに何か言っていた。
多くの人が不満を言いながら避難する中、前がつっかえている彼らは暇潰しをしているのだろう。
「ねぇエレン」
「どうした?」
「あの時は、壁に兵士は居なかったでしょ?」
「そうだな…」
5年前のあの日は、誰も壁の上に兵士も壁上固定砲も存在していなかった。
代わりに超大型巨人が壁内を覗くように頭だけ出して見下ろしていたのを思い出す。
「今回は私たちが居る。そうでしょ?」
「ああ、今度こそ守ってやらないとな」
今は違う。
兵士たちが壁上を走っており、壁上固定砲が巨人のうなじを狙おうと砲口を蒸気に向けている。
だからエレンは…。
「どうしたアルミン、震えているぞ?」
「いや、僕たちがそんな重大な責任を背負っていると考えると震えが止まらなくてね」
「アルミンなら大丈夫でしょ。きっと勝てると思う」
「何言ってんだよ、僕はなんとか訓練兵団を卒業した凡人だよ?」
ガタガタと震えるアルミンが気になった。
ミカサが理由を尋ねるとどうやらトロスト区の出来事がトラウマになっているようだ。
自分を残して班員全員が全滅したと勘違いした時の絶望を思い出したようである。
「オレも凡人だから安心しろアルミン」
「何言ってんだよ!?エレンは巨人化できる特別な人間じゃないか」
「そうだ、巨人化できるせいでいろんな期待を背負わされて悲鳴をあげる凡人さ」
アルミンのツッコミを受けて自分は巨人化できるだけの凡人だとエレンは告げる。
「オレの為に死んでいった同期や兵士の理由を考えてオレは特別のせいだと考えていた」
「エレン…」
「でもさ、色々悩んで吹っ切れたんだ。やっぱり兵士になってもただのガキのままだとな」
まだ少年の精神が残る15歳の兵士に対して世界は残酷過ぎた。
未だに親の加護が無ければ生きていけないはずの少年が人類の希望を担おうとしている。
「トロスト区で戦ったみんなは覚悟を決めていたのにオレはまだだったなんて笑えるよな…」
その重圧と自分の無力さに苦しんだエレンは、自分は未だに覚悟を決めていないと考えた。
こんなにガタガタと震えてアルミン以上に情けない姿をしているのだと…だから…!
「ふん!」
「「エレン!?」」
アルミンとミカサは、エレンが全力で自分の頬を2回殴打したのを見て驚愕した。
まだ巨人化するタイミングではないし、そもそも話の流れからして彼の様子がおかしかった。
緊張で気が狂ったのかと駆けつけた2人をエレンは突き出した右手を広げて制止させた。
「傷を作ったの?」
「まだ早いよ…」
「いや、メソメソと泣くどうしようもねぇクソガキをぶん殴っただけだ。死んでいたらいいな…」
この場に居る兵士たちは全力で巨人から街を!住民を守ろうとしている!
だからこそ未だに自分は凡人で何もできないと呟くクソガキをエレンは殴打した。
鼻血を垂らして彼なりにけじめをつけたと悟った2人は何とも言えない気持ちになった。
「エレン、そんなに震えない。きっと勝てる!絶対に!」
「そう言うミカサも震えてるじゃないか」
ミカサのツッコミを聴いていたエレンは異変に気付いた。
なんでミカサまでガタガタと震えているのかと…。
「……なあ、これって大地が揺れてないか?」
「たった1体の巨人に?あり得ないよ!だってあの巨人は地面を這っているんだよ?」
壁上固定砲や木箱が揺れているのを見て床が完全に揺れているのは間違いない。
もしかしたら巨人が地面を揺らしているのかと思ったのだ。
それに対してアルミンは、這って移動する巨人がそんな事はできないと反論した。
「おい、なんだこの振動は?巨人は1体だけじゃないのか?」
「いや、明らかに変だ。巨人が押し寄せてもこんな振動は起きないぞ!?」
兵士たちも異常に気付いて何が起こっているのかと確認し合っていた。
巨大な積乱雲のような蒸気のせいで中で何が起こっているのか分からない。
だが、間違いなくあそこで異常が発生しているのは理解した。
「……何の音だ?」
「何か聴こえる…」
何かが弾ける音や風を切る音が聴こえる。
明らかに巨人が発する音ではない。
その正体を掴もうと揺れる床に困惑しながら兵士たちは視覚と聴覚に頼った。
「おいおい!!まさか巨人の大群が押し寄せてるんじゃないだろうな!?」
どんどん揺れが大きくなり、この世とは思えない咆哮が聴こえてくる。
壁上固定砲を操作する砲兵たちは固唾を吞んでその正体を見極めようとした。
「うぎゃああ!?」
「うっわがああ!?」
「なんだ!?」
上空から『何か』が飛んできて壁上固定砲4門と兵士7名を巻き込んで壁の内側に落下した。
「まさか投石か!?」
ユトピア区防衛戦で旧市街地に向かって獣の巨人が投石してきたのは記憶に新しい。
なので投石かと考えたが、何故か衝突現場では蒸気が噴き出していた
「は?」
「え?」
投石が直撃した現場で蒸気が噴き出す訳がない。
だからといって巨人が出現したわけでもない。
何が起こったか分からない兵士たちだったが…。
「ほ、報告致します!!」
巨人の前方に展開し、避難誘導をしていた何名かの駐屯兵が立体機動で壁上に登って来た。
そして彼らは、困惑する兵士たちに向けて衝撃的な情報を知らせた。
「巨人が地面を喰らいながら高熱の体液や土砂を噴き出してこちらに接近しております!!」
この場に居る兵士が最初に思ったのは「何言ってんだこいつ」の一言だ。
巨人が地面を喰う訳がないし、背中から体液や土砂を噴き出す訳がない。
「おい…あれ…」
そしたらまたしても、蒸気の中から『何か』が飛び出してきた。
真っ赤な液体に包まれている物体が50mより遥か上をゆっくりと通過していく。
まるで人々に見せつけるかのように移動する赤い彗星が兵士たちの頭上を通過した。
「ん?」
その物体は粘液らしきものを撒き散らしており、真下に居た兵士の右頬と右肩に降り掛かった。
「…うぎゃあああ゙あ゙ぁぁあああ!!?」
すると皮膚がドロドロと地面に垂れたのを実感した兵士は絶叫し、誰かに助けを求めた!
必死に右手を伸ばすが、あっという間に骨になり、それすらボロボロと垂れていく。
頬から脳が侵食されたのか両目は凄い勢いで動いており、何度も床に転がって呻いていく。
「ああああぁぁぁぁ…」
それを目撃した周囲の兵士たちは後退りをしながら被害者の容態を観察したが…。
蒸気を噴き出しながら右半身が消失した兵士はそのまま動かなくなった。
「いっ!?」
さきほどの赤い彗星は、オルブド区の南にある商店街に着弾し、衝撃と共に火を放つ。
そして壁外にある蒸気からさきほどの赤い何かが大量に飛来して目の前の大地に落下していく。
激突と共に赤い粘液を辺り一面に撒き散らしていたが、煙と蒸気で惨状を隠していたのだ。
地鳴りの様な音と振動がどんどん強まっており、とんでもない化け物が迫って来るのを実感する。
「エルヴィン…」
「どうした?」
「ありゃあ、変異種だ。弱点部位を潰さねぇと…うなじを狙っても倒せんぞ」
「ほう?あの積乱雲から良く見えたな」
「いや、巨人化している時に褐色の肌が見えた。それだけだ…」
隻眼になったリヴァイの報告を受けて諦め気味にエルヴィンは笑った。
とんだ貧乏クジを引いたものだ。
「総員!砲撃準備急げ!!」
「そんな…まだあんなに遠いのに…」
地平線の彼方から積乱雲らしきものが見えるというだけなのに…。
巨人は新たな遠距離攻撃の手段を獲得した様だ。
灼熱の体液と肉片、そして土砂を撒き散らす異形の巨人がオルブド区に進撃していたのだ。