進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

118 / 179
118話 足掻く者達

845年

ウォール・マリアの陥落によって人類の活動領域は、ウォール・ローゼまで後退した。

巨人に奪われた自由を取り戻すべく、これまで数多くの勇気ある兵士達が戦いを挑んできたが―

5年の歳月が過ぎ去っても、未だに勝利は遠く厳しい。

それどころか内戦をするほど追い詰められた人類は、その存亡を懸けて起死回生の一手を打つ。

 

憲兵団、駐屯兵団、そして調査兵団に続く、新たな兵団の設立である。

 

壁外領域奪還の新たな航路を開拓すべく彼らは巨大な敵に立ち向かう。

これまで人類が奪われてきた全てを取り戻すために…。

 

 

「そういう訳で君には新たな兵団を設立してもらう事になった」

「……はっ?今なんと仰られました?」

 

 

ザックレー総統から緊急召集されたエルティアナは思わず彼の発言を聞き返してしまった。

 

 

「我々は、民衆の要望により壁外勢力に対抗しなければならない」

「間違いありません」

「だから壁外勢力に対抗する兵団を新たに設立する事となった」

 

 

またしても駐屯兵団の反乱かと思ってここに来たらとんでもない爆弾発言を聞く事になった。

 

 

「閣下、お言葉ですが我々には、そのような余力など無いではありませんか」

「その通りだ」

 

 

駐屯兵団の総兵力は、約3万とされるが後方支援要員を差し引けば実働できる兵力は1万程度。

…であったが、今年に入って顔を両手で覆いたくなる犠牲者を出したせいで余力はない。

調査兵団に至っては、6%未満まで団員が激減したのもあり、ただのカラネス区警備隊と化した。

憲兵団?壁外作戦で役に立つわけないだろう。

 

 

「私も提言はしたのだが、貴族派閥を納得させるのはこれしか方法が無かったのだ」

「…つまり私は、その貴族派閥の隠れ蓑になれと?」

「そうだ、君くらいしか彼らを利用できないからな」

 

 

【貴族派閥】という単語を聞いてエルティアナは新たな兵団設立の裏事情を見抜いた。

要するに前政権であった王政府を支えていた狗共を息抜きさせるという事だ。

ユトピア区防衛戦で3つの兵団の指揮をした女将校が同格の兵団の長に命じられれば…。

権力闘争に負けて【栄転】という名の左遷をさせられたと事情を知る者は思い込むだろう。

 

 

「よろしいのですか?この私が兵団政権を打倒できる力を持っても?」

「むしろ、君以外にそんな力を持たれても困る」

 

 

ましてや、兵団政権に一泡吹かせたい彼らなら…エルティアナを利用するに決まってる。

再び華やかな表舞台に這い上がろうとする貴族は、彼女を唆して自分たちの手足にする。

…のを見越してあえて一網打尽する為に彼女は罠を作らなければならない。

地下に潜られて各地でゲリラ活動されるくらいなら美味しい餌と住処を与える必要があった。

 

 

「閣下の申したい事は理解致しました。ですが、それも建前ではありませんか?」

「全く…君は相変わらず悲観的だな」

 

 

民衆が示したアンケート結果から兵団政権は、半年以内にウォール・マリア奪還の目標を掲げた。

それを実現する為に壁外勢力に対抗する兵団を設立をする事を明言!

実際は、兵団勢力と敵対する貴族派閥の隠れ蓑にし、一網打尽にする罠である。

…というのも、ザックレー総統の建前だった。

 

 

「調査兵団の為に我々に死ねと申しているのではありませんか」

 

 

そもそも民衆が新たな兵団の創設を受け入れたのは、現状の兵団の活動に納得していないからだ。

どの兵団も壁外の勢力に対して打って出るという目的を達成できる兵団が存在してなかった。

調査兵団が一番、【人類の矛】と称されたが実際は、巨人の戦闘を極力避ける税金泥棒と考えた。

だから被害が出る前に積極的に脅威を排除する兵団の設立を渇望していたのだ。

 

 

「私が選抜した部下や人材を死なせる為に兵団設立などしたくはありません」

「…ウォール・マリア奪還作戦を指揮した君が言うならそれは正しいだろうな」

 

 

5年前にウォール・マリアが破られて避難してきた住民の大半をエルティアナは死なせた。

表向きは、奪還作戦としながらも、実際は口減らしの為に働き盛りの男衆や若者を死なせたのだ。

巨人1体討伐するのに30人の兵士が犠牲になるという常識を作ってしまったのも彼女だ。

故に壁外に居る未知なる脅威に打って出るという行動がどれほど愚業か誰よりも知っていた。

 

 

「だが、人類の切り札であるエレン・イェーガーの同期を死なせる訳にもいかないだろう」

「結局、巨人に頼るのですか?民衆は人類の勝利を願っているというのに…」

 

 

()()()()()()()()()と自負するエルティアナは苦笑いをして総統に顔を向ける。

彼の目は真剣でまるで自分の正体を見抜くようである。

 

 

「分かりました。その大任を引き受けましょう」

「頼む」

「その代わりに要求を3つさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「後で問題になるより良いだろう、可能な限りだが承認しよう」

 

 

5年前から引き摺っているエルティアナは死に場所を求めていた節がある。

だから彼女は口とは裏腹に承認したが、さすがに要求をした。

 

 

「兵団を設立するに当たって必要な人材を駐屯兵団から引き抜かせてもらいます」

「駐屯兵団第一師団所属、グスタフ・ハッセルバッハはどうかね?彼なら兵站関連の心得がある」

「なるほど、彼なら遠征関連には必要な人材ですね。心遣い感謝いたします」

 

 

グスタフ・ハッセルバッハは、ピクシス司令の副官にして参謀である人物だ。

トロスト区防衛戦でも指揮をしており、その能力はエルティアナも高く評価している。

相方の女参謀(アンカ・ラインベルガー)が事務処理に長けるなら彼は、交渉と計算のプロと言ったところか。

ザックレー総統の人材に対する博識さに彼女は感心しつつも双方を立てるのは忘れなかった。

 

 

「では、2つ目のお願いですが、中央第一憲兵団の指揮権を私めに委譲して頂きたいのです」

「彼らを運用するのか?」

「まともに運用できる組織がそれしか残っておりませんので…」

 

 

さて、新たな兵団を設立した!いざ壁外へ…などと上手くいくわけがない。

例えば104期訓練兵が入団した調査兵団は、1ヵ月かけて戦術や知識、経験を新兵に叩き込んだ。

それでもまだ早い方であり、さらに教育をしなければ壁外の環境で生き残るのは不可能だ。

だからといって兵士を育成する暇もなく唐突な部隊運用などできるわけがない。

そこで比較的被害が軽微で、部隊を無事に運用できていた中央第一憲兵団を編入しようとした。

 

 

「悩ましい問題だな、我々は彼らに怯えて暮らす毎日を送らねばならん」

「巨人と人間、どちらが恐ろしいか賢明なる閣下ならご存じのはずです」

「当然、人間だ。だから判断に困るのだ」

「ならば尚更、()()にとって都合が良いのでは?」

 

 

エルティアナの提案に迷うザックレー総統だったが、彼女は諦めなかった。

負傷兵やウォール・マリア出身者の兵力を掻き集めるだけでは兵団は成り立たないんだ。

なんとしてもある程度、知り合いが居る部隊の編入を求めた。

 

 

「君は彼らを制御できるのか?()()()()()()()()()()()が…だ」

「私は3つの兵団の長と交流があるのですよ?民間人ならともかく彼らなら指揮できます」

「……そうか、ならば君に任せよう」

「ありがとうございます」

 

 

ザックレーが折れたのを確認したエルティアナは最後のお願いを…。

いや、お願いというより質問と言えばいいか。

 

 

「最後に閣下、一体いつから―」

 

 

エルティアナはザックレー総統と会話していて浮かんだ疑問を口にした。

 

 

-----

 

 

時が過ぎるのは早いものだ。

到来する瞬間までは長く感じるのに過ぎてしまえばあっという間だ。

だが、民衆は待ってくれない。

訓練兵団に所属していた時と違って結果ではなく成果を見せなければならない。

エルティアナは必死に必要な書類を仕上げていた。

 

 

「ん?」

 

 

ドアからノック音が3回したが、来客の話など聴いてはいない。

一瞬、刺客と疑ったが、だったら叩き潰して問い詰めればいい。

エルティアナは何食わぬ顔をしながら扉を開くと…調査兵団の団長が立っていた。

 

 

「なんだ貴公か。わざわざ独り身の乙女の部屋を訪ねてくるとは思わなかったぞ」

「クロルバ区に転属する前にお世話になったお礼と挨拶をしたいと駆けつけさせて頂いた」

「相変わらず聞こえがいい事ばかり話すじゃないか」

「ただでさえ手が汚れているのでな、言葉だけでも綺麗ごとにしないとやっていけないんだ」

 

 

どう考えても、碌な事を考えていないと見えるエルヴィンの対処はどうするべきか。

そのまま追い返してもいいが、逆にそれで暴れ回っても困る。

 

 

「私の手も綺麗だとは言い難いが?」

「だからここに来た」

「ありがたい説教ならいくらでも聴かせてやるぞ?」

「それで状況が好転するならいくらでも受けてみせるさ」

「勝手にしろ、だが、仕事の邪魔をしたら叩き出してやるからな」

 

 

エルティアナは溜息をついて彼を執務室に招いた。

そして豪華な宝石が施されたドアノブを回して鍵を閉めて無駄に寝心地が良い椅子に座った。

 

 

「説教をするなら仕事の邪魔になると思うのだが?」

「そう思うなら何故、入室した?」

「君が招いてくれたからだ」

「そこまで言うなら紅茶を出そうか?」

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 

顔を向かい合わせてお互いに腹を探っているようだが、単に軽口を叩いているだけだった。

不仲そうに見せるのは、お互いに立場というものがあり譲れないからだ。

そしてわざわざこの会話をした2人にはそれぞれ意味がある。

 

 

『なるほど、俺を試しているか』

 

 

重要な書類があるにも関わらず、エルティアナは奥にある部屋に向かった。

すなわち、あえて書類を無防備にしており確認してもいいと暗に告げていた。

 

 

『君も人が悪いじゃないか、俺が漁る事を見越して罠を仕掛けるとはな…』

 

 

それに乗っかって書類を漁れば、それ以上の情報が引き出せないというおまけ付きだ。

エルヴィン・スミスは、絶望的な状況を打開できるのを期待してここまでやってきたのだ。

彼女の譲歩が引き出すまで魂胆に乗っかるつもりはなかった。

 

 

「ほう?珍しく物色しなかったじゃないか」

「私がそんなに泥棒に見えたか?」

「余計な事に首を突っ込む貴公がか」

 

 

実際、手を出さないで正解だったようだ。

現にエルティアナは何か仕掛けをしていたようで柱時計を見てからエルヴィンに感想を述べた。

 

 

「君のサインを見て前より上手くなったなと見惚れていてな」

「100年以上残る書類に稚拙なサインは書けないからな。これでもかなり練習した」

「ああ、憧れるよ、その向上心の高さは本当に見習いたいものだ」

 

 

エルヴィン・スミスは、机に置かれた公文書が羊皮紙ではない事に気付いた。

エルティアナのサインを何度も見てきた彼はインクの滲み具合だけで識別できたのだ。

だから目の前にある書類が重要なものだと理解している。

つまり、自分もその書類の内容に噛ませてくれないかと彼女にお願いをしていたのだ。

 

 

「君も練習すればいいさ。いくらでも白紙で練習するが良い」

「そうだな、自分の死刑執行の承認書にサインできるようにしないとな」

「悲観的だな、君はもう少し向上心があると思ったのだが…」

「偉大なる存在を見たら自分がちっぽけな気がしてな。お知恵を授かりたいものだ」

 

 

エルティアナが羊皮紙と羽ペンと特製のインクをくれたのを見て彼は思った。

 

 

『口に出さずに文面でやり取りをしろって事か…監視されている様には見えないがな…』

 

 

羊皮紙の利点の1つにインクが染み込みにくいので表面を削れば再利用できるのがある。

その特性により公文書が改竄される欠点もあるが、ここでは証拠を隠滅できるという事だ。

思う存分、言いたい事を書けという気遣いに感謝しつつも、エルヴィンは無茶なお願いをした。

 

 

「自嘲する君に採点をしてやろう」

「ありがとうございます」

「結果は0点だ、誰かに見られて更に恥をかく前に練習をしておけ」

「理由を述べてもらってもいいでしょうか、愚直な私には何が悪いのか理解できませんので…」

 

 

交渉は決裂したものの後がないエルヴィンは、なんとしても彼女に譲歩を引き出したかった。

暗にエルティアナが全面的に支援してくれるなら退き下がると告げて解答を待つしかなかった。

 

 

『これを承認できるわけがない』

 

 

エルティアナは、目の前に居る男が自分の想像以上に欲張りだと感じていた。

エルヴィン・スミスの要求は以下のとおりである。

 

 

・立体機動装置や兵器を横流しで調査兵団に渡して欲しい

・調査兵団の募兵を支援して欲しい。

・ウォール・マリア出身の兵士が居たら斡旋して欲しい

・馬医者と衛生兵を数多く派遣して欲しい

・というか何もかも欲しい

 

 

もはや交渉をする気すらない文章にエルティアナは唖然とした。

よっぽど追い詰められたのかとエルヴィンを見れば親指を立てて笑っていた。

そのせいで本気で彼を殴り倒してやろうかと思ったほどだ。

 

 

「嫌味か貴様?」

「まさか?私はエルティアナ監査副長を信用しています」

 

 

当然、エルヴィンも危うい橋を渡っていると分かっているが博打するしかなかった。

敵対しなければ、お優しい姐さんならきっと協力してくれると踏んでこうするしかなかったのだ。

そのせいで自分でキャラ崩壊しているのに恥じながらも、必死に彼女を見て笑っていた。

 

 

「やだな、三十路越えの貴様に一から教育を施すのは…」

「それは手取り足取りご教授して頂くという事でよろしいのでしょうか?」

「馬鹿言うな、こんな短時間でどうしろと言うのだ」

 

 

さすがにこんなエルヴィンを見るのは想定していなかったエルティアナは、愚痴を言う。

そして同情するのはこれが最後といわんばかりに空白に文字を書いた。

 

 

・カラネス区にほど近い場所にフローラが密かに残した補給拠点がある

・募兵の協力はするが、見張りなら猟師を徴兵するなど戦力を確保をする手段を増やせ

・カラネス区内だったら駐屯兵団第三師団に所属する医師に懇願しろ 壁外任務は知らん

・資金が欲しいなら不要になった本部や物資は売り払え、ツテで商人に買わせる

・エレンを有効活用しろ、何の為の最大戦力だ

・エルヴィン、君は疲れすぎていないか?

 

 

「ああ、そうですか。貴重なお時間を頂きまして申し訳ない」

 

 

エルヴィン・スミスからすれば、恥を晒した代わりにかなりの収穫を得られた。

フローラが隠していた補給拠点が1つあるだけでも大きく違う。

表向きには存在しない兵器や物資なので安心して兵站科の連中を誤魔化せる。

それどころか、旧調査兵団の本部だった古城も買い取ってくれるという温情もある。

そうでなかったら、わざわざ本部を売り払えなどと明記しないだろう。

 

 

「……だからといっていっきに紅茶を飲み干すのは」

「美味しかった、またご馳走になっても…」

「冗談は顔だけにしろ、次やったら斬り捨ててやる」

 

 

さすがにこれ以上要求すると彼女を怒らすと自覚したエルヴィンはそそくさと帰る事にした。

 

 

「そうそう、君宛にフローラから伝言を預かってる」

「フローラが…?」

「なんでも私がエルヴィンと再会した際に伝えて欲しいとか言われてな」

 

 

ところがフローラの伝言があると聴かされてエルヴィンは立ち止まった。

 

 

「『実の娘を求めて彷徨う亡霊の道を照らす光源は、足元に眠る』だとさ、何か分かるか?」

「いや、全く…分からないな」

「一応、伝えたからな」

「ああ、ありがとう」

 

 

エルティアナに礼を言って執務室から出たエルヴィンはフローラの伝言について考えていた。

 

 

『なるほど、礼拝堂の地下に眠る結晶を使え…か』

 

 

実の娘とはヒストリア・レイス

彷徨う亡霊は、おそらくロッド・レイスか調査兵団

道とは、亡霊と称された人物たちが進むべき道

照らす光源は、文字通り光っている物体もしくは希望

足元に眠るとは、地下に存在するということだ

そしてエルティアナと再会する機会など緊急時以外あり得ない

 

そこから導き出せる答えは、レイス辺境伯に眠る光る結晶体を使えという事だ。

巨人は夜間ではほとんど動かない特性なので夜間に進軍しろとでもいうのだろう。

エレンを喰わせるという目的は見抜けなかったフローラだが、エルヴィンにヒントを与えた。

 

 

『次はフローラの名でも出して反応を見てみよう』

 

 

 

良く考えれば、誰もがフローラの名を利用していろんな事を引き起こしたのだ。

エルヴィンも彼女の名を使って何かを企てようと考えながら帰路に着いた。

 

 

「全く…私にどうしろと言うのだ」

 

 

一方、ようやく乞食から解放されたエルティアナは愚痴を溢した。

最初に見た時より追い込まれた彼の様子から先は長くないと感じていた。

あれは、フローラ・エリクシアにも見えた症状だった。

少しだけ手助けすると意思表示をすると元に戻ったが、どうなるか分からない。

またしても知り合いを失うと考えた彼女は、自分の分の紅茶を飲み干した。

 

 

「コンコンコン!」

 

 

今度はドアから「コンコンコン」と叫ぶ声が聴こえた。

その声の正体には気付いているが、さすがにエルヴィンが策を講じたとは考えにくい。

そう考えたエルティアナは一呼吸置いた後、内開きのドアと向き合った。

ドアノブを捻ってゆっくりと開くとそこには【人類の奇行種】ハンジ・ゾエの姿が!

 

 

「やあ、エルティアナ!!お願いしたいこ…」

 

 

バタン!!とドアを叩きつけたエルティアナは施錠をして席に戻ろうとする!

 

 

「コンコンコンコンコン!!スコーン!!バコーン!!ズッコンバッーコン!!」

「うるさい黙れ」

「だって入れてくれないんだもん!!」

 

 

エルティアナとハンジ・ゾエは、一つ上の先輩と後輩の関係である。

だから彼女はなんとしても、人類の奇行種と交渉したくはなかった。

ドア越しで会話する光景は、傍から見れば滑稽に映るだろう。

 

 

「可愛い後輩のお願いを聴いてくれてもいいじゃないかぁ!!」

「それは自称するものではないだろう!?」

「面倒だからこの状態で話して良いか!?」

「勝手にしろ」

 

 

昔からハンジ・ゾエは先輩に様々なお願いをしてきた。

巨人捕獲網を作る為に資金や材料提供を!

捕えた巨人を試験する為の薬品や小道具を!

今度も碌な事じゃない事をお願いしに来たと勘付いたエルティアナに隙は無かった。

 

 

「実はさ!巨人にぶっ放す高火力の飛び道具を考えてさ!!いつも「こっち来い!!」うわ!?」

 

 

だが、せっかくエルヴィンと一緒に気を遣って秘密裏に交渉していたのを台無しにされたくない。

その気持ちで一杯になった彼女は、暢気に騒ぎまくる馬鹿を無理やり執務室に連れ込んだ。

 

 

「痛い!!痛い!!耳が千切れる!!」

「やかましい!!」

 

 

左耳を掴まれて悲鳴を出すハンジに対してエルティアナは辛辣な言葉をなげかける。

ただでさえ、知り合いの兵士が牧場に立て籠もって農夫を殺害した事件で苛立っているのだ。

それなのに大量に案件を投げられて火薬庫になっていた彼女は、馬鹿のせいで爆発した!

 

 

「今度、減らず口を叩いたら貴様の口を物理的に黙らせてやる」

「いや、いくら私が可愛いからって嫉妬しちゃ困るよ」

 

 

しかし、ハンジは空気を読まずに地雷を踏み抜くった。

なので…。

 

 

「待て待て!!ちょっと待って!!」

 

 

激高したエルティアナは無言で抜剣し、ハンジに向けて構えた。

儀仗用の長剣であったが、約70年前まで巨人を斬る為に製造された名残で切れ味は鋭い。

なので本気でぶっ殺されると思ったハンジは大慌てで命乞いをした。

 

 

「ちょっと待って!ちょっと待って!!先輩さん!!ラッスンゴッスンぷっちんプルプル!!」

「馬鹿にしてるのか?」

「OK!分かった!私がはしゃぎ過ぎたのは悪いと思ってる!でも人類の為なんだ!」

 

 

ゆっくりと近づいてくる処刑人に対してハンジは必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「これが設計図だ!!もしこれが実現すれば!?」

 

 

だが、首元に剣を突き付けられて無理やり黙らされた。

 

 

「言ったよなハンジ?私は黙れと命じたよな?」

「で、でもさ」

「だから黙れ」

 

 

命を狙ってきた対人立体機動部隊を相手にした時ですらここまで緊張しなかった。

割とノリが良かった先輩の意外な一面にハンジは驚くばかりだ。

とはいえ、ここまで怒るとは思っておらず、暫くの間、黙る事しかできなかった。

 

 

「いいか、私には連隊長未満の将兵なら問答無用に処刑できる権限があるのだ。それを忘れるな」

 

 

さすがにそれだけで処刑する理由にはならないのでエルティアナは警告をし、刃を鞘に納めた。

そして自信満々にハンジが持ってきた設計図を奪い取って軽く俯瞰した。

 

 

「なるほど、中々興味深いな」

 

 

元々、砲兵畑であったエルティアナは、ある程度、兵器に関しては詳しい。

だからこそユトピア区防衛戦では、超大型巨人を狙う砲以外は配備させなかった。

早く動く通常の巨人に対して命中精度が低い砲で狙うのは、無理だと経験と知識で判断したのだ。

 

 

「これなら多少の訓練をすれば使いこなせるかもしれないな」

 

 

鹵獲した対人立体機動部隊の新型装備を見て彼女は素直に感心していたくらいだ。

しかし、素人がこの装備を使いこなすには最低でも5年は必要だと感じた。

だが、ハンジが示した新兵器は、誤爆する危険性を除けば有効打になるのは間違いない。

使用方法もシンプルで使用者の判断が間違えなければ爆死する事も無いだろう。

 

 

「まあ、貴公らに実戦配備どころか開発も許可されないだろうがな」

 

 

あくまでも実現できればの話だ。

【ぼくのかんがえたさいきょうのぶき】など考える事は誰もできる。

それを実現するのは、どうするのか。

設計は?材料は?強度問題に安全性、加工機と職人はどれだけ必要か、量産試作に試験運用。

使用時の問題とその解決策、民衆はその兵器の開発に納得するか、戦果は?使用した感想は?

フローラとかいう馬鹿のおかげでエルティアナはそういった兵器開発の経験を持っていた。

 

 

『ただでさえ短剣型立体機動装置を実用化するのに苦戦したというのに…』

 

 

試作された立体機動装置と武器があっても、実用化するのは大量の資金がかかる。

小規模で試験的に投入されるならともかく大量生産は現実的では無かった。

フローラが兵団上層部や総統局まで巻き込んでようやく配備が始まるほどだったのだ。

何もできない調査兵団が実用化に持っていくのは不可能であった。

 

 

「そもそも調査兵団は装備や兵器に制限が設けられているからな」

 

 

エルヴィン・スミスが恥を晒してまでエルティアナと交渉したのは、これが大きい。

未だに調査兵団に不信感があるのに高火力の飛び道具など持たせてくれない。

それどころか、税金の無駄遣いと称される兵団に多額の資金を投入などできやしない。

まず、民衆に対して説得する事から始めるべきだと考えてしまうほどだ。

 

 

『それに代替えできる兵器など既にあるし…』

 

 

もし、今まで通りに双剣で巨人に挑むしかなかったなら実用化を考えた。

しかし、既に鎧の巨人の装甲をぶち抜けると評される対人立体機動装置と兵器があるのだ。

わざわざ限られた人類のリソースを割いてまで作る必要はない気がしてならない。

 

 

「なんだ?文句があるなら言ってみろ。ただし、大騒ぎしたらまた黙らせるからな」

「違うんだ…」

「ん?」

「今までの兵器を身に着けたまま戦える兵器なんだよ」

 

 

ハンジ・ゾエは、もう暴走する自分を咎める部下も意見を肯定してくれる部下も居なかった。

これ以上、大切な人を失わない様にと、必死に考えて設計したのだ。

幸いにも隠蔽されていた技術や資料を見る事は許可されたのは大きかった。

今まで不可能だった事が知識と資料のおかげで可能になったのだから。

 

 

「でもさ!でもさ!」

 

 

ただ、それを実現するには資金とそれを開発を許可してくれる兵団高官が必要だった。

エルヴィンがエルティアナと交渉してると知らずにハンジは、ずっと誰かに相談していた。

 

 

「私の話を聞かずに一蹴してみんな去って行ったんだ!」

 

 

ハンジ・ゾエの願いは誰にも届く事は無かった。

ザックレー総統ですら首を振ってその兵器の実用化を否定したのだ。

 

 

「だから私にはもう、何度も兵器を認めてくれた先輩にしか頼る事ができないんだよ!」

 

 

唯一、エルティアナだけがこの兵器を評価してくれた。

今まで作って来た兵器だって彼女が肯定したものを実用化した。

巨人捕獲網や女型の巨人を拘束した【対特定目標拘束兵器】だってそうだった。

総統局でも実働部隊のトップであるエルティアナの発言は王政府にも無視できなかった。

だから本来、反乱に使用されると危惧されて実用化できない兵器まで作れたのだ。

 

 

「お願いだ!!これだけは実用化させてくれ!!」

「ああ、鬱陶しい!!脚にしがみつくな!!」

「今度こそ、これでお願いはしない!!だから先輩も手伝ってくれ!」

 

 

マッドサイエンティストと称されるハンジだが、昔は巨人を恨む兵士の1人だった。

戦闘以外で巨人に接しようと考えるまで必死に生き抜いてきたベテラン兵だった。

失った者を忘れずに大切な誰かを失わない為に巨人について調べていたに過ぎない。

ようやく巨人に対する有効打になりそうな兵器を思いついたハンジはもう退き下がらない。

 

 

「エルヴィンといい貴様といい!何故エレンに頼らん!?」

「ああ、そうさ!エレンには頑張ってもらったさ!!だから次は私が頑張る番なんだよ!!」

 

 

ハンジ・ゾエは今までエレンの巨人化に真剣に付き合ってきた。

体調のコンディションや天気、料理まで気を遣って試行錯誤して硬質化ができるようにした。

ところが、いつまで経っても硬質化できずにエレン以上にハンジが焦っていた。

だから何度も!何度も!巨人化させた結果、薬品が無いと巨人が強化できないと知った。

 

 

「もう、エレンだけには背負わせやしない!!私は絶対にエレンの同期を死なせたりしない!」

 

 

可愛い後輩どころか同僚、エルヴィンにすら見せない顔をハンジは親愛なる先輩に見せていた。

 

 

「先輩!!今度こそ!!これ以上迷惑かけません!!協力してくれぇ!!」

 

 

大泣きしながら先輩の膝丈ブーツにしがみ付いてみっともなく懇願していた。

それを見て蹴り飛ばすほどエルティアナは鬼では無かった。

 

 

「分かったからささっと脚から離れろ!」

「……え?兵器開発を手伝ってくれるの!?」

「ああ、分かった。私が可能な限り協力してやる。だから放せ!」

 

 

ようやく希望が見えたハンジは差し伸ばされた手を取って立ち上がった。

そして頼れる先輩に向き合った。

 

 

「で、次はこの兵器も実用化したいんだけど!!…ぎゃああああああああ!!」

 

 

それだけで終わったなら良かった。

余計な一言を放ったせいでエルティアナは無言でハンジの右手首を掴んで捻った。

そのままハンジの腕を自分の脇に挟んで肘と肩を極めて圧迫した。

 

 

「ギブ!ギブアップ!!」

「もう許さん」

「逃げ…れないいいいいいいいいい!!?」

 

 

脇固めされたのでハンジは前転して逃げようとしたが、アームロックの連携に繋がった。

つまり、下手に動いたせいで更にエルティアナが有利になってしまったのだ。

 

 

「何か言う事は?」

「実験する!場所は!!どこでぇ!?やれぇ!?ばぁ!いいっぃ!?」

「トロスト区の壁外でやればいいだろう」

 

 

気を逸らそうとハンジは足掻く!

 

 

「分かったので放してくださいお願いします」

「うるさい黙れ」

 

 

なお、ハンジの願いは先輩に届かなかった。

この後、4分間に渡って関節技を仕掛けられたハンジは脱臼する羽目になった。

それでも久しぶりに先輩に甘えられて満足したのか。

カラネス区に戻ってもハンジ・ゾエはニヤニヤしていたら偶然にもエレンと遭遇した。

 

 

「ふふふ!」

「やべ…」

 

 

またしても変な実験をさせられるかと思ったエレンが全力で逃走したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。