進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ヒストリアが女王に即位して10日が経過した。
それで何か影響が出たかと問われればそうではないと誰もが答える。
相変わらず調査兵団は貧乏だし、憲兵団は腐敗してるし、駐屯兵団はやる気が無い。
唯一、西のクロルバ区では、連日続く砲撃訓練があるのか、怒涛の爆音祭りになっていた。
だからといって東のカラネス区に何かが起こる訳もなく調査兵団は依然として平和だった。
「暇だな…」
腹筋や腕立て伏せに飽きたコニーは、ボーっと空を眺めていた。
意外と雲の動きが速いのに驚きながらも、最終的に雲の形から何かを連想する遊びをしていた。
「平和が一番ですよー」
「あれだけ嫌だった清掃活動が一番楽しくなるとはな…」
サシャとジャンも椅子にくつろいで平和を満喫していた。
許可が無ければカラネス区の外に出れないし、だからといってやる事も無い。
堕落した104期調査兵たちは、ただひたすらに平和な世界を満喫していた。
生き残る為とはいえ人殺しをした時に比べれば、暇がどれだけありがたいか身が染みる。
「エレン、どうしたの?」
ミカサはエレンの様子がおかしい事に気付いた。
「やけに平和過ぎないか?」
「それが一番でしょ。私たち兵士が積極的に活動するなんて碌な事が無い」
「いや、そうだけどさ…」
エレンは、同期たちの現状がかつてのシガンシナ区で堕落していた駐屯兵のように見えて来た。
昼間から酒を飲んで騒ぐ駐屯兵団にそれを看過している憲兵団に呆れる民衆の姿が思い浮かぶ。
現状に満足し、目的も無く日常を過ごす光景にエレンは嫌気が差した。
「これからウォール・マリア奪還作戦をやるのにこれでいいのか?」
5年前と違うのは、これから大規模な作戦を実行するという点だ。
しかし、壁外で活動するどころか、まともに集団訓練すらしない調査兵団に疑問があった。
エレンが思い浮かべた疑問にジャンとサシャは現状を告げる。
「金もねぇ人材もいねぇ物資もねぇ人望もねぇ…これじゃ何もできねぇよ」
「私たちができるのは、清掃活動や挨拶くらいのものですよ」
自分たちはこれくらいしかできないと…。
それを見て不甲斐ない自分たちが情けなくてエレンは拳を握り締める事しかできなかった。
「あれ?あそこにいるのエルヴィン団長じゃない?」
ミカサの指摘にエレンが顔を向けると、確かにエルヴィン団長が走っていた。
人手不足なので団長自ら行動する機会を見かけるが、いつもと違って嬉しそうな顔であった。
「なあ、団長の後をつけてみないか?なんか面白い事がありそうだぞ」
なのでエレンは同期たちに呼びかけてエルヴィン団長を追跡する事を提案した。
好奇心旺盛の同期たちは同調してこっそりと団長の後を追い始めた。
「止まった」
「一体何が始まるんだ?」
追跡した結果、カラネス区の裏門でエルヴィン団長は止まった。
そこには、調査兵団の先輩が勢揃いしており、何かを出迎えようとしているようだった。
何が起こるか楽しみな104期兵たちはワクワクしながら動向を見守る事にした。
「駐屯兵団?」
10分くらい経っただろうか。
門から騎兵隊と荷馬車の集団が到着した。
兵服を見る限り、駐屯兵団の兵士ではあるが何か様子がおかしい。
エルヴィン団長が嬉しそうに何かを言っており、隊列の前に居た隊長らしき男と握手している。
「あっ!!ハンネスさん!」
エレンは気付いてしまった。
エルヴィン団長と握手している人物がハンネスさんである事に!!
母親を巨人に喰われて父親が長年行方不明であったエレンにとって…。
ハンネスさんは、訓練兵団に入団するまで世話してくれた育て親みたいな存在だった。
「どうする?行く?」
「当然だ、オレに内緒で何をやっているか!訊いてやる!」
ミカサの問いに対して即答したエレンは駆け出した。
何か理由があるから自分たちに情報を伏せられたのでは…と彼女は言いたかった。
が無意味となったので彼の後を追った。
サシャとジャンも顔を見合わせたが、暇だったのでエレンたちと行動を共にした。
「ハンネスさん!!」
「ん?」
部隊を率いて来たハンネス・ルドマンは、聴き慣れた声がして振り向いた。
そこには、エレンとミカサがおり、相変わらず元気そうで安心した。
「なあ、エルヴィン団長。話と違わないか?」
「ああ、予想外だ…」
エルヴィン・スミスとしては、打ち合わせをしてから彼らに逢わせる予定だった。
しかし、待機命令は出したが、何をさせるか指定していないのが裏目に出てしまった。
だからといって誤魔化す事もできないので現状を受け入れる事にした。
「よぉ!エレン!久しぶりだな!!」
「ハンネスさんはどうしてカラネス区に来たんですか?」
エレンの疑問に対してハンネスは団長の顔を見た。
団長が頭を縦に振ったのを確認し、発言の許可が取れたので彼は口を開く。
「俺たちは調査兵団に編入する部隊だ!つまり、お前たちと一緒にシガンシナ区に行く連中だ」
駐屯兵団第一師団に所属していたハンネスとその部隊は…。
人手不足になった調査兵団に加入しようとする志願兵となる。
「あれ?エレンが居る!?」
「マジだ!おーいエレン!!」
そしてその集団の中には、104期調査兵と同期の駐屯兵も居る。
「フロック!ゴードン!サンドラまで!」
気軽な性格でみんなを励ましたり話の進行役を務めていたフロック・フォルスター。
鬼教官でも積極的に話しかける義理堅い性格のゴードン・クリンゲンベルク。
聞屋の娘で意外と活発的な姿から可愛いと密かに男子に人気があったサンドラ・ホルム。
数か月前までは何度も顔を見合わせた仲なのにこうして逢えるとなんだか感慨深い。
隔離生活を覚悟していたエレンは、同期たちと再び逢えると思わずに素直に驚いてしまった。
「なんだよ?俺たちを死人みたいに呼ぶなよ?」
「しょうがないさ、同期の大半は死んじまった事だし…」
「フローラもミーナも死んじゃったからね…無理もないよ」
フロック、ゴードン、サンドラもエレンが元気そうで安心した。
あの調査兵団に所属して同期の頭が可笑しくなっていないか心配していたのだ。
「あれ?サムエルやダズは?」
「あいつらが調査兵団に志願するわけないだろ?」
「え?じゃあ、お前らは志願したのか?」
「当然だ、エレンが覚醒したと聴いて黙って好機を見逃す俺たちじゃないぜ!」
フロックたちは、調査兵団の募兵に応募してやってきた志願兵となる。
エレンの疑問に即答したフロックの姿はとっても頼もしく思えた!
「まあ、ウォール・マリア奪還作戦で箔をつけて憲兵になろうという魂胆が本音だけどね」
「おいサンドラ、バラすな!!だからお前はモテるのに彼氏ができないんだぞ!?」
「はぁ!?童貞のあんたに説教されるほど私は劣ってないわ!」
「サンドラ、フロックそこまでにしろ!見ろ!みんなに笑われているじゃないか!」
すかさず種明かしをしたサンドラのせいで顔を真っ赤にしたフロックが抗議する!
地味に乙女心に致命傷を負った彼女は、フロックをおちょくってゴードンがそれを咎める。
あまりにもそのやり取りが面白かったのか先輩方は笑っているだけで咎めていない。
そのせいでサンドラまで顔を真っ赤にしてフロックの両肩を掴んで激しく揺すっていた。
「お似合いのカップルだな」
「そーなのかー」
場の空気に敏感なエルヴィン団長も思わずボケを披露し、ハンジ・ゾエも同調した。
先日まで内戦状態だったとは思えないほどの空気にミカサは首を傾げる。
「って事は…」
ここでハンジは1つ、訊いてみる事にした!
「ウォール・マリア奪還作戦を成功させて憲兵になりたい人!手を挙げて!」
そしたら8割以上の兵士が挙手してしまい、ハンジは笑い転げた。
道理で誰もサンドラやフロックの発言を咎めない訳だ。
大半の兵士がそもそも憲兵になりたいので調査兵団に志願していたのだ。
「…って事は、オレも憲兵になれる訳か」
ジャン・キルシュタインは【骨の燃えカス】の影響で真っ先に調査兵団に志願した。
そのせいで人殺しする羽目になるわ、巨人に喰われそうなるわと散々な目に遭った。
しかし、ウォール・マリア奪還をする偉業を達成できれば、憲兵になれると知った。
手放したと思っていた希望はまだ足元に残っていたのだ。
「そうですね」
サシャ・ブラウスもジャンの意見を肯定する。
駐屯兵団で活躍したり偉業を達成すれば憲兵団に転属できるという権利が付与される。
ましてや、人類の領土を取り戻したとなれば、城塞都市の責任者まで出世してもおかしくない。
それほどの偉業になると誰もが分かっていた。
「お前らさ、壁の外は本当に過酷なんだぞ!?分かってるのか!?」
エレン・イェーガーだけは彼らの考えが理解できなかった。
自分を守る為に散っていった先輩や班長たちの末路が今でも脳裏に思い浮かぶ。
なによりその安直な考えが、屍の山を築いてきた調査兵団を馬鹿にしてると思ったのだ。
「エレン、その気持ちはよく分かる。だが、彼らは我々に協力してくれる事を喜ぶべきだ」
「お言葉ですが、エルヴィン団長!壁の外を楽観視している彼らを放置する事はできません」
「ああ、そうだな」
エルヴィン・スミスがエレンを遠ざけたのはこうなる事を予測したからだ。
つまり、こうやって無駄に巨人の脅威や壁の外の危険性を煽るせいで…。
せっかく志願してきた兵士たちに不安にさせるのを避けようとしたのだ。
ハンネスも団長の心境を察したのか、先手を打った。
「よし、お前ら!長旅で疲れただろう?ここで解散して休んでくれ!」
ハンネスの発言を聞いた兵士たちは指定された場所に物資や馬を置きに向かう。
そして大半の兵士が散開した頃、エルヴィン団長はエレンに小言を告げる。
「さっきの話だが…君だって、同じく作戦を楽観視してるじゃないか」
「え?」
「まさかと思うが、この状態で奪還作戦をやると考えていたか?」
壁外の環境が過酷なのは誰もが分かっている。
そうでなければ、必ずと言っても過言でないほど調査兵団は大量の死傷者を出し続けた。
訓練された兵ですらこの有様なのだから募兵で集った素人が辿る末路など分かり切った事だ。
「リヴァイから聴いていると思うが、調査兵団の極意を教えよう」
なのでエルヴィンは、エレンに再度、教育を施す事にした。
「1つ、上官の指示を従う事、2つ、装備の点検は必ず毎日やる、3つ、休息を必ず取れだ」
「リヴァイ兵長に耳に
「特に重要なのは、休息だ。休める暇があったら休まないといざという時に身体が動かないんだ」
上官の指示を守ったり、装備の点検をするのは当たり前のことだ。
問題なのは、休息を取るというのは、エルヴィンでも中々達成できないものである。
数日前まで疲労で寝落ちしていた彼だからこそ休息の重要性を告げていた。
「だから君もこの機会だからこそ英気を養って作戦に活かせるようにせよ、以上だ」
意味深な発言とみせかけて普通に忠告したエルヴィンは、どこかへ去って行った。
そして代わる様にエレンの元にハンネスがやってきた。
「はははは、成長したかと思ったら中身はそんな変わってないな」
「ハンネスさん!」
子宝に恵まれなかったハンネスにとってこの5年間、エレンを実の子の様に接してきた。
知らない内に子が親を抜くとはいうが、まだその段階じゃないと分かって少しだけ安心したのだ。
「誰もがお前の事を希望やら最大戦力とか表現するが、俺にはまだ背伸びする子供にしか見えん」
「ハンネスさん!!」
同期が見ている所でハンネスが子ども扱いするのでエレンは抗議したが、彼は笑って答える。
「なあエレン、お前って幸せ者だぞ?こうやって一緒に居てくれる同期や先輩が居るからな」
ハンネスにもこうやって親しく接する同期や同僚が居た。
「でもよ、このご時世だ。明日には二度と逢えなくなったり、死んじまう奴も居るだろうよ」
今日も無事に過ごせたから明日もきっと同じ様に過ごせると若き頃のハンネスも思っていた。
だが、飲み仲間のフーゴも駐屯所のアードラやポンゼルもみんな死んでしまった。
たった1日で何もかもが変わり、妻以外の全てを彼は失ったのだ。
「だからこそ!この時間を大切にしろよ、青春は今でしか楽しめないからな」
エレンの肩を叩いてハンネスは去って行った。
その後ろ姿はなんだか寂しそうな感じがする。
そしてエレンが同期たちを見回すと誰もが自分の方を見ていた。
別に指を差して笑っているわけではなさそうだが、何か言いたそうだった。
「青春か…」
兵士になったとはいえまだ15歳であり、青年と呼べる年齢では無かった。
青二才どころか、ただの少年兵が何かをやろうと思っても上手くはいかないだろう。
少しだけ自分の在り方を悩むエレンを見てミカサは声をかける。
「エレン、あれを見て」
「うん?」
何があるのかとエレンはミカサの指を差す方向を見た。
そこには…。
「で!で!?新兵器はどうなった!?」
「“例の槍”は試作品が完成しまして試験しましたが…」
「結果を教えてくれ!!早くぅ!早くううううううううぅ!!」
「射出機能に問題ががが!!で!作り直しををを!?」
「急いでくれよ!!あれが無ければ、私たちは安心して壁の外に行けないんだから!!」
そこには何かを報告しに来た憲兵の両肩を掴んで揺らしているハンジ・ゾエの姿が!
かなり興奮しているのか、結論を聞き終える前に新兵器の納品を急かしていた。
「お前、いい加減しろ!」
「ほげええええええ!?」
傍に居た駐屯兵がハンジの顔をぶん殴って見事に報告を妨害するアホを殴り倒した。
だが、すぐに飛び起きたハンジはこの程度で挫けない!
鼻血を垂らしながら今度は殴り倒してきた駐屯兵に話を訊く事にした。
「例のクレーンはどうなった!?」
「まだ資材を集めている段階だ!鉄鉱石を融解すらしていない!」
「まだなの!?あれさえあればもう誰も犠牲にしなくて済むんだよ!!」
「開拓地や職人に急かして泣かせているお前が言うか!?」
駐屯兵や憲兵と口論しているハンジを見てエレンはこう思った。
『ハンジさんみたいに迷惑をかける奴にはなりたくないな…』
さきほどの自分の言動もハンジと似ているところがあるかもしれない。
むしろ、自分の痴態をみんなが笑って誤魔化したのかと考えたらかなり恥ずかしくなってきた。
「クソ!お前らじゃ話にならん!先輩を呼んで来い!私が…「「いい加減しろ!」」ぎゃあ!?」
エルティアナに派遣された兵士たちがあまりにもハンジの態度に苛立ったのか。
書類を挟んだ綴じ具付き板で殴打を始めた。
「帰るか」
「うん」
馬鹿らしくなったエレンはミカサと一緒に兵舎に戻る事にした。
「てめぇ!なにミカサとイチャイチャしてやがる!?」
「はあ!?てめぇこそ!なに勘違いしてやがる!?」
突っかかって来たジャンの挑発に乗ったエレンは彼の胸ぐらを掴んだ。
それを見たコニーはエレンを、サシャはジャンの肩を掴む。
「せめて兵舎でやれ。みんなに見られているぞ!」
「そうですよ、痴態を見せるのはハンジさんだけで充分ですよ」
エレンとジャンが喧嘩するだけで人事査定に影響が出るのだ。
兵士は集団で行動する以上、連帯責任となっており訓練兵団時代はそれで酷い目に遭った。
だからこそ彼らは、喧嘩しようとする2人を仲裁した。
『いつもオレに喧嘩を吹っ掛けてきやがって…!』
同期に諭されてしぶしぶ従ったエレンだが、それでもジャンが許せなかった。
何かと理由をつけて喧嘩を売って来るせいでいつも騒動の渦中にいたのだ。
そう、訓練兵団時代からずっと変わらない日常だった。
「だってさ!もうすぐ巨人を討伐するのに人間が死ななくて済むんだよ!?」
「うるせぇよ!少しは自重しろ!!」
ハンジ元分隊長が大騒ぎして兵士たちに叱責されているが、以前はここまで酷くなかった。
こうなる前に副長のモブリットが咎めるか、第四分隊の隊員がハンジの暴走を抑えていた。
当たり前だった日常は失われても、急には人は変われないということなのだろう。
「そうか…」
エレンは少しだけハンジ・ゾエの人間関係を考えてハンネスさんの言いたい事が分かった。
自分のせいで殺人を経験したジャンが訓練兵時代と変わらずに接してくれるありがたさを…。
『この日常も明日には無くなっているかもしれないのか…』
そしてその日常は、いつか終わりを迎えるので大事にしろと言いたかったと理解した。
絶対死なないと確信していたフローラですら死ぬという現実は、明日の誰かかもしれない。
「で?当初通りに射出機ではダメだったの?」
「あらぬ方向に飛んでいくと判明して自力で撃つ形にしたそうだ」
「うーん、やっぱり接近して撃たないとダメなのか」
いつの間にかハンジ元分隊長は兵士たちと何かを話していた。
新兵器関係の話題だろうが、さっきまで駄々捏ねる子供みたいな行動をしていたとは思えない。
まるでさっきまでの行動は誰かを欺く茶番劇のように真剣に向き合って何かを企んでいた。
『やっぱ、甘えていたのか?いや、それともわざとか?』
部下が全滅して辛いはずなのにハンジは前へと進んでいた。
それを見たエレンは考えを改めて同期が失った自分が前へと進めるか疑問に思う。
未だに同期が実際に死んだ光景を見た事がないせいでまだ実感が湧かなかった。
『ジャン、ミカサ、コニー、サシャ…お前らも死ぬのか?』
この日、初めて同期が死ぬ未来を恐れたエレンはどうするべきか迷った。
ここでウジウジしているなら今まで犠牲になった人たちの努力が報われない。
だが、このままでは同期が戦死するという未来は避けられそうもない。
『そうだ、まずお礼を言わないとな…』
何が一番後悔するかといえば、お礼を言えずに死に別れる事だ。
既にそれを体験しているエレンは、忘れない内にジャンにお礼を言う事にした。
「ジャン」
「なんだよ?」
「いつもありがとうな」
エレンの感謝の言葉を聞いたジャン・キルシュタインは背筋が凍り付いて鳥肌が立った。
急に目の前のクソ野郎がライナーみたいに気持ち悪くなった感じがしたのだ。
それを見たエレンは笑って調子に乗り出した。
「昔からオレに積極的に絡むからさ、お前、そんなにオレの事が好きなのか」
「きめぇ!?てめぇ、どっか頭でも打ったか!?」
「どうだかなー。お前も本心を言った方が良いぞ?」
最初は豹変した言動に困惑したジャンだったが、相手が自分の反応を見て笑っていると気付いた。
すると、ふつふつとこいつに仕返しをしたい気持ちで一杯になった。
相手が戸惑う反応をして楽しんでいるのなら真逆の対応をすればいいとジャンは考えて実行した。
「ついにオレの気持ちに気付いちまったか…」
「…えっ!?」
「昔からオレはお前の事が好きだったんだ…」
「おえっ!?」
男が男に告白している異様な感じがしてエレンが思わず吐きそうになった。
そしてジャンを睨もうとすると彼が笑っている事に気付いた。
意趣返しされたのは明白であり、このまま退き下がると負けだと判断した。
「なんだよジャン、ようやくオレの気持ちに気付いてくれたか」
「ケッ、いつも死に急ぐお前の姿を見るとこっちは心配でしょうがねぇんだ」
「ああ、いろいろあったがこうやってお前と一緒に居られて幸せだ」
「素直になり過ぎてきめぇんだよ。お前はもっと本音を自重しろ」
反吐が出る様な台詞を吐き続いてエレンとジャンは心が死にかけていた。
しかし、相手がギブアップするまでやり続けるしかなく無駄に白熱した
なお、本心でないと分かっているミカサとサシャはそのやり取りを見て笑っていた。
「いやだ、オレは今度こそ本能に生きる!」
「ならオレは自分の本心に従う」
エレンとジャンはそれぞれ降伏しろよ…と思っている。
普段なら見かねたライナーが介入したり、心境を察したフローラに有耶無耶にされるはずだった。
しかし、面白そうなので誰も止めずに俯瞰しているせいで構えた拳が降ろせない状態となった。
「ジャン、今度、2人っきりで一緒に訓練しないか?たくさん大事な事を話したいんだ」
「てめぇの匂いなんて嗅ぎ慣れたつもりだったんだが…しゃあねぇ!やってやるか!」
ついに相手にとって致命傷な発言をするしかなくなった。
それでもエレンとジャンは誰かが止めてくれるのを願って同期たちを見る。
『なんで笑ってるんだミカサ!?早く止めてくれー!!』
『コニー!?なんで「え?お前らマジなのか?」みたいな顔をしてるんだ!?』
負の感情を声にできれば、まだマシだったかもしれない。
だが、2人共負けず嫌いなので引くに引けず、どんどん墓穴を掘っている状態だった。
穴があったら入りたいとは言うが、穴に突き落としてくれという願望は誰も叶えてくれなかった。
「ジャン」
「エレン」
やけになった2人は自爆する覚悟で相手に向き合った。
この発言をすれば、相手は必ず降伏すると分かっている。
しかし、これだけは死んでも言いたくなかった。
それでも強情なこいつに一泡吹かせたい気持ちで致命的な一言を告げる!!
「「結婚してくれ」」
この日、世界は変わった。
本心ではない告白をしたのにお互いに考えていた台詞を同じタイミングで発言してしまった。
しかも、お互いの声質が被っておらず、はっきり宣言できてしまった。
人類史上初の同性愛カップルの誕生である。
『お前!!何考えているんだ!?』
『なんで同じ事を考えるんだよ!?』
ここで相手が降伏すると思ったエレンとジャンは唖然とした。
すぐさま心の中でお互いに同じ事を考えて相手を罵倒している有様だ。
やっぱ、肉体的はともかく精神的には相性良いわ、こいつら。何度でも擦るネタにしてやろう。
それはともかくアホな事をやったと自覚した2人は硬直し、黙り込んでしまった。
「え?マジで!?エレンとジャンが結婚するの!?」
そしたら人類の奇行種こと、ハンジ・ゾエがさきほどの告白を聴いて反応を示した。
割と冗談が通じないハンジは、本当に2人が同性愛をカミングアウトしたと勘違いしたのだ。
「ねぇねぇ!!前政権では同性愛カップルは死刑だったけど兵団政権ではどうなの!?」
総統局の高官であったエルティアナ配下の兵士たちは、急にハンジに質問されて困った。
【同性愛】は『生物が持つ本能に反する』という事で重度の精神病に指定されていた。
しかも性病とか邪教を広める観念から旧政権では同性愛カップルは死罪判定であった。
しかし、旧政権の弾圧が無くなった今、その悪法もいずれ改正されるだろう。
「え?さすがに死罪にはならんと思うが…」
「うちにも似た様な思考を持つ奴が居るしな…」
彼らが同性愛に対してある程度の理解があるのは、上官の1人がその精神病だったからだ。
ラナイ・マクロン監査支部長が同性の上官に愛されたくて積極的にアピールしていたのだ。
幸いにもエルティアナ監査副長は、
なので実際に同性愛結婚が成り立ってしまった件は初めてであり、どう対応するべきか迷った。
「じゃあ、エレンとジャンが結婚しても問題ないって事か!!」
空気が読めないハンジ・ゾエは街中で響くほどの声量で宣言してしまった。
これには、エレンやジャンは焦って発言の撤回を試みる!
「待ってくださいハンジさん!!これは嘘です!」
「この頭進撃野郎が勝手にしでかした事です!!オレは発言を撤回します!!」
「てめぇ!なんでオレに責任を押し付けた!?」
「お前があんな事を言うからこうなっただろうが!!」
「ジャンだって同じ発現をしたから同罪だろ!?」
またしても論争してしまった2人を見てハンジは照れ隠しだと判断した。
「分かってる。分かってるさ!!」
「「全然分かってませんよね!?」」
またしても発言が被ってしまったせいで疑いの余地が無くなってしまった。
私だけが分かるよ…とうんうんと頷くハンジには2人の抗議の声は届いてなかった。
「なにやってんだこいつら…」
部下と今後の予定を相談していたハンネスは、どうしてこうなったのか理解できない。
しかも、民衆や兵士たちにも注目されたせいで余計にエレンとジャンは羞恥で死にたくなった。
「お、お前ら…いつのまに…?」
フロック・フォルスターは、同期がいつの間にか狂っていたと知った。
思わず後退りして両手を前に突き出して俺に近づくな…と意志表示をする。
傍に居たゴードンに至っては…。
「おいフロック、失礼だぞ。あいつらは恥を忍んでカミングアウトしたんだ」
本気でエレンとジャンが愛し合っていると錯覚してフロックの態度が失礼だと指摘する。
勘違いなのに本気で信じてしまったゴードンだったが、更に手遅れの人物が居る。
異性から告白された事が無いとフロックに弄られたサンドラは、交際を意識したのが裏目に出た。
「まさか、エレンとジャンが二人きりであんな事やこんな事を…!!きゃああああ!!?」
結婚=男女が激しく愛し合うという価値観があったサンドラの脳は破壊されて新たな扉を開いた。
思春期の男子同士が裸の付き合いでイチャイチャする光景を妄想した彼女はもう止まらない!
「エレンとジャンがベッドの上で合同訓練か…へへへ!」
「おい…どうした?」
「なんか様子が変だぞ、大丈夫か?」
フロックとゴードンは、同期の同性愛カミングアウトより勝手に盛り上がる女にドン引きした。
いきなり顔を赤らめて股を閉じてモジモジしたと思ったら、急に喘ぐ同期を見れば当然といえる。
しかし、サンドラは自分の痴態を恥ずかしがるよりもっとやるべき使命を見つけた!
「フロック、ゴードン…私、目覚めちゃった…」
「「はっ…!?」」
「エレンとジャンが裸の付き合いをしてるってみんなに伝えて来ないと!これが私の使命なの!」
史上初の腐女子になった聞屋の娘さんは、このビックニュースを世間に知らせる為に走り出した!
「おい!!誰かサンドラを止めろ!!話をさせてくれ!!」
サンドラが黒歴史を広めると知ったエレンは慌てて後を追いながら皆に協力を求めた!
だが、彼はもう1つの存在を忘れていた。
「婚姻届けを持ってこなきゃ!!」
「ハンジ元分隊長も止めろ!!」
ハンジ・ゾエは兵団司令部に向かって全速力で走り出した。
城塞都市では、戸籍は駐屯兵団で管理している為、そこに向かうのは必然だった。
ジャンは絶叫し、ハンジの追跡を始めたがすぐに距離の差を広げられた。
そして何が起こったか、分からなかったコニーは…。
「ミカサは止めに行かなくていいのか?」
「別に死ぬわけじゃないし、誰か止めてくれるでしょ」
エレンが一番大切だと断言するミカサに質問したが、即答でスルーすると宣言された。
「いや、エレンもジャンも嫌がっている様に見えたんだが?」
「あそこまでしないと反省しないからこれでいいの」
エレンを救出しに行ったら死にたがっていた彼の現状を知ってミカサは衝撃を受けた。
だから同期に「いつも通りに接して欲しい」と頭を下げてお願いをしていた。
そのおかげでエレンに笑顔が戻って彼女は満足していたのだ。
別の意味でエレンが死にたくなっていると気付かないミカサは放置する事にした。
「もぐもぐ、やっぱり食べている時が幸せですね」
大人しくしていれば男子にモテモテの美少女になれるサシャは蒸かした芋を食べていた。
誰もがこうやって割り切れれば物事の問題の2割は無くなるのだが、当事者はそうもいかない。
エレンとジャンは貴重な休日を弁解と謝罪で潰す事になったのだ。
しかし、ハンジは納得できずにわざわざ王都に出向いて同性愛について熱く語った。
「エレンとジャンは友情を越えて心と身体が結ばれたんです!これは間違いありません」
バンバンと机を叩いてエレンとジャンの関係を力説するハンジ・ゾエ。
とんでもない事を言っているがそれが事実と信じるせいで羞恥心などなかった。
そのせいでザックレー総統やヒストリア女王、調査兵団と敵対する保守派の憲兵団も…。
『何言ってんだこいつ』という感想しか出て来ず、ある意味で思考が統一された。
「変革の時だからこそ、同性愛について真剣に議論するべきだと提言致します!」
最後の締めの言葉を告げたハンジは、自分の行動が蛮行だと思っていない。
後ろで死んだ目であらぬ方向を見ているエレンとジャンの姿など見えやしない。
思春期特有のプライドのせいで兵団政権の高官まで糞みたいな騒動に巻き込まれる羽目になった。
さすがにザックレー総統も別の意味で公開処刑された2人に同情し、意見を述べる。
「なるほど、君の言いたい事は分かった。だが、それは本当に2人が愛していると言えるのかね?話を聴く限り、君は勘違いしたまま拡大解釈をした話題を我々に持ち込んだように見える」
まずは、エレンとジャンが同性愛を肯定しないのでそれは事実ではないと告げた。
「この公聴会を開く前に私は彼らから事情聴取をしたが、そんな事はありえないと言っておった。さしずめ口喧嘩していたら白熱してしまい、嫌がらせで発言したと考えるのが妥当であろう」
そしてその根拠を自ら告げる事で彼らの名誉を守る事にした。
「それに同性愛に限らないが、愛情というのは、本人と愛する相手しか成り立たないものであり、部外者がとやかく騒ぎ立てるものではない。ましてや本人たちが認めないならそれは成立しない。君は、少年たちの失言を利用して自分が求めた結論を他者に強要している様にしか思えん」
ザックレー総統の発言を聞いてエレンとジャンの瞳に少しずつ光が戻り始めた。
ヒストリア女王に至っては、二度と顔を見れないと思った同期がこんな形で再会するなんて…。
予想だにしていなかったが、彼らの名誉を守る為に発言をする事を決意した。
「私からも1点、発言をしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます女王陛下」
「では……確かに同性愛を否定するなどあってはありませんが、それは本人たちの問題であり、今、我々が同性愛に関して議論するのは間違っております。まずは、同性愛好について分析して、根拠や信頼性の高い情報を得てから討論しなければ我々はまたしても過ちを犯すことになります」
ヒストリア自身も最近まで同性愛というのは、異常だと考えていた常識人だ。
しかし、ユミルが居なくなってようやく【愛】というのに気付いた彼女は後悔した。
故にまだ人類には、同性愛という概念を持ち込むのは早いと判断!
否定はしないが、慎重に同性愛という精神病を分析し、結論が出てから議論するべきと提言した。
『私だってユミルに逢いたいし、一緒にイチャイチャしたい!でもそれができないの!』
もしも糞野郎からユミルを奪還したとしても、ヒストリアは彼女と表向きに交流するのは避ける。
多数派である民衆の支持でこの場に居ると自覚する彼女は、意図しない行動ができない。
なので、密会という形でしかできないほど民衆は異端を見る目は厳しい。
「待ってください!!このままでは前政権と変わらないですよ!?」
「静粛に!我々は意見を封殺はしておらん、結論が早過ぎると述べているのだ」
ハンジは意見を述べるが、女王陛下の言葉を遮ったとし、総統から警告を受けた。
「同性愛よりも優先するべき議論がある。本来であれば、女王陛下のお言葉を私情で遮ったとして厳罰を下さなければならないが、ウォール・マリア奪還作戦に支障が出るので黙認させてもらう。ただし、再度に繰り返すなら兵法会議を実施する。良いな?」
「……はい」
こうして同性愛に関しては、議論は保留となり、意気消沈になったハンジはカラネス区に帰還した。
エレンとジャンは肉体言語以外で暴走しない事を心に誓い、一連の騒動は幕を閉じた。
「…と思っていたら間違いよ!」
同性愛に関する討論を事実上、封殺されたにも関わらずサンドラ・ホルムはめげなかった!
エレン×ジャン、ライナー×ベルトルト、リヴァイ兵長×エルヴィン団長といった妄想をしていた彼女は、訓練兵団で目撃した男の友情を歪めて空想の小説に書き記す事にした。
今回、失敗したのは、実在した人物同士を利用したカップリングのせいだと彼女は判断した。
なので、まずは空想の男たちが愛し合う小説でみんなの理解を得ようとしたのだ。
「きっと私みたいに性癖に目覚める人が居るはず!その人に届ける為にも私は止まらない!」
フローラ曰く「努力する方向が間違ったまま突き進むじゃじゃ馬」と評された乙女は…。
前代未聞となる男同士の恋愛を描いた小説を執筆し、出版社に持ち込んだ。
「こういう時代だからこそ新たな文学が必要なの!!」
持ち込んだ出版社が30を超えた頃、同じく同性愛に目覚めた女社長とサンドラは意気投合!
同性愛に関しては、他者に強要や危害を与えなければ黙認するという法律を悪用!
人類史上初の男性同士の恋愛を描いた小説として世間に性癖を知らしめる事になった!
本のタイトルは、『真冬の朝の男部屋』と読者に違和感を抱かせるものであった。
当然、出版物の検問を担当していた兵士から報告があり、兵団政権にも知れ渡る事となった。
「これは禁書に指定し、ただちに廃刊するべきだ!」
「文学ではない!文化を破壊する異端者による破壊工作となります!」
保守派を筆頭に貴族や有識者が批判したが、兵団政権は発刊中止をしなかった。
あくまでも公聴会で告げた通り、同性愛に対して分析をしようとしたのだ。
そしてウォール・マリア奪還作戦の当日に発刊された本は一部の女性読者に受けた。
「斬新な恋愛」
「もっと読みたい」
「この発想はなかった」
女性の権利が制限されるこの時代で革新的な小説となり、後世の歴史家から賞賛された。
もちろん、論争を引き起こし恋愛文学に多大な影響を与えたのは言うまでもない。
それでも、彼女たちの勇気ある行動が女性の嗜好を増やすという偉業を達成したのだ。
こうして少なからず得られた印税は戦死したサンドラの遺族に支払われる事となった。