進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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121話 過去と現在

ヒストリア女王が即位してから一ヶ月が経過した。

各兵団は何も変わらなかったが、民衆の生活が大きく変化した。

燃料を使わない光源が発見されて全ての家庭に提供されたのだ。

ロッド・レイス領の地下で採れた光る鉱石は民衆の心まで明るく照らすようだった。

 

 

「でもやるべき事は変わらない」

 

 

ウォール・ローゼ北東部にある農場でアルミン・アルレルトが呟いた。

民衆の生活が向上したところで兵士がやるべき事は変わらなかった。

 

 

「というか、なんでこんな事をしてるんだ?」

 

 

コニー・スプリンガーは、現在行なっている活動に対して疑問だ。

お飾りの女王自ら農地に足を運んでいる事か、自分たちの仕事を言っているのか。

アルミンは判断できなかったが、誰もがこう思うだろう。

 

 

「何か…思っていた女王と違うな」

 

 

ジャン・キルシュタインは、指示に従わない子供たちを追っかける女王を見てそう呟いた。

王様というのは、貫禄がある存在で自分たちは下級の存在だと思わせる雰囲気があった。

だが、あの女王はどうだ?

牛の糞で遊ぶわ、子供たちと追いかけっこをするわ、新兵をコキ使うわ、王らしくなかった。

 

 

「仕方ないでしょ。王になる勉強なんてしなかったんだから」

 

 

ミカサ・アッカーマンはヒストリアが教育を受けていないせいでこうなったと話す。

だが、実際はお飾りの女王が政治に参加できないので体のいい活動だと理解している。

人類を統治しているのは、兵団である以上、彼女ができる事など少ない。

でもサシャ・ブラウスは、それも一種の才能だと思っている。

 

 

「それでもみんなから愛されるなんて凄い事ですよ」

 

 

ヒストリアが王都の地下街に居る困窮者や孤児を救うと聴いて誰もが驚いたものだ。

兵団政権や保守派の貴族はそれを否定したが、お飾りの女王は譲らなかった。

話は平行線になろうとしたが、ザックレー総統の根回しにより無理やり採決させられた。

そして財源は、王室の公費や没収した議員の資産で運営に回したり貧困層の支援に当てた。

その行動は今までの王と違って型破りである事を民衆に示した。

 

 

「その結果、内戦をしようとした兵士より女王様は民衆に慕われたってか」

 

 

ジャンからすれば、ヒストリアは女王より孤児院の院長の方が似合っていた。

健気で優しいところは前と変わっておらず着々と民衆の心を鷲掴みしている。

彼女を警護する憲兵の仕事は、孤児の相手と求婚するアホを追い返すのが主任務になるくらいだ。

 

 

「そうだね。僕らにはできない事を達成するなんて凄い事だよ」

 

 

サシャの意見に同意したアルミンは、子供を叱る女王を眺めながら笑っていた。

 

 

「ヒストリアが巷で何て言われてるか知ってるかい?【牛飼いの女神さま】だってさ」

 

 

親しみを込めて人々は、ヒストリア女王を【牛飼いの女神さま】と呼んだ。

奇しくも第57回壁外調査でヒストリアが率いた馬に救われたジャンは彼女を女神と評している。

自称「悪い子」と自称する彼女は誰もを女神に見えるほど健気な姿は健在らしい。

現にやんちゃな子供にすら懐かれた女王は、民衆の希望に見える。

 

 

「俺らには眩し過ぎるな」

「ああ、全くだ。あいつと結婚する野郎なんて世界を救った英雄くらいしか務まらんだろう」

 

 

人殺しを何度も経験した104期調査兵にとってヒストリアの威光は眩し過ぎた。

保守派の貴族ですら彼女の気迫に圧されて計画を看過したので当然と言えよう。

だからコニーとジャンは彼女と同期だった事に誇りに思う。

 

 

「そういえば、兵長の後押しがあったそうだな?」

「うん、兵長は地下街の出身者だからね」

「兵長ですらヒストリアには敵わないのか…なんか偉業を見ているようだぜ」

「きっと兵長も女王様にメロメロになってるかもね」

「ああ、ヒストリアが一段と可愛く見える。もう俺はダメかもしれん…」

 

 

ジャンの一言にアルミンは肯定した結果、微妙に話が食い違うが大した問題ではない。

もしかしたらこの孤児院から英雄と呼ばれる存在が誕生するかもしれない。

出てくるとしても最低でも10年は掛かりそうだが、少なくとも人は救える。

夕日に照らされるヒストリアに告白したくなったジャンは気晴らしにエレンを煽る事にした。

 

 

「これじゃトロスト区を塞いだ奴の事なんて誰も覚えてねぇよなあ?オイ?」

「そうだな、巨人野郎に救われるより女神様に愛された方が良い」

「なんだ、お前もヒストリア狙いか?」

「まさか、オレはあいつが前と違って自分に生きる姿が羨ましいだけさ」

 

 

エレン・イェーガーという男は、昔から自分の気持ちを押し殺すクリスタ・レンズが苦手だった。

だが、今では憧憬(しょうけい)の眼差しで見るほどに彼女を尊敬した。

未だに自分の進む道が良く分からないエレンにとってお手本と言える存在は羨ましくもある。

だからジャンの言葉に対して皮肉で返した。

 

 

「チッ、つまらん奴だ」

 

 

すなわち、ヒストリアに恋など一切していないというエレンの言葉にジャンは舌打ちをした。

それを見て安心したのはミカサ・アッカーマンだ。

またしてもエレンが道に迷うと考えてしまっていたのでその一言に救われた形となった。

決してさきほどまでエレンとヒストリアが楽しそうに会話していたのを嫉妬している訳ではない。

 

 

「あーまたサボってる!?」

「やべ、見つかった」

 

 

当然、ヒストリアに発見されて104期兵は大慌てで物資を運んだ。

エレンも肥料が入った袋を抱えて歩いているとヒストリアが傍に寄って来た。

 

 

「硬質化の実験は上手くいっているだってね」

「ああ、さっきも言った通り、まだ作戦には準備がいる」

 

 

ヒストリアがこの牧場に同期を呼んだのは再び酷使すると告げる為だ。

すなわち、絶対に死ぬなという意図がある。

フロックやゴードン、サンドラも含めて調査兵団の構成員全員に厳命したかった。

それが叶わないと分かっているからこそ、こうして作業をしてもらっていた。

 

 

「ねえ、ライナーやベルトルトともう一度逢う事になったら…どうするの?」

「当然、殺すさ。もう、奴らは人間と思わずに対処するしかない」

「これだけは言わせて…ユミルの情報を持ち帰るまで殺さないで」

「大丈夫だ、お前を話題にすればライナーは勝手に白状すると思うぞ」

 

 

エレンもヒストリアも分かっていた。

同期を殺さない限り、壁内の平和は守れないと…。

彼らが先手を打ったせいでユトピア区が大惨事になった以上、今度はこっちの番だと…。

どんな犠牲を払っても、手を血で汚してでもやり抜かないといけないと覚悟している。

珍しくエレンはライナーの名を使ってその場の空気を変えたが…。

 

 

「うん、私の代わりによろしくね。絶対にあの糞野郎を許さないで」

「ははは、分かってる。でもあいつはむしろ嬉しがりそうだけどな」

「じゃあ、去勢でもしておいて」

「ああ、必ずユミルの情報を持ち帰ってみせる」

 

 

エレンを巨人になって捕食しろと父から勧められたヒストリアは気付いている。

既にユミルは故人であり、誰かに能力が継がれていると…。

だからユミル本人ではなく情報を持ち帰れと命じた。

エレンも彼女の様子から魂胆を気付いており、必ず命令をやり遂げる所存である。

 

 

「女王陛下!!」

 

 

しかし、同期たちと会話するのも難しくなるかもしれない。

右腕に白色の腕章をした憲兵が駆けつけてきたのだ。

 

 

「…どうやら行かないといけないようだな」

「いえ、あなたも残って。きっと関係あるはずだから」

 

 

エレンはこの場に居られないと思って立ち去ろうとしたが女王陛下に止められた。

女王の命令となれば従う事しかできないので立ち止まる事となった。

 

 

「彼も聴かせてもいいよね?」

「はっ、もちろんでございます!」

「じゃあ、報告をお願い」

 

 

ヒストリア女王の命令を受けた憲兵はエレンたちに報告をする。

 

 

「ついに新兵器が完成しました」

「そう、それで他には?」

「エルティアナ愚連隊長がエレン・イェーガーを召集しております」

 

 

憲兵は更に語る。

4日後のトロスト区正門にて特殊作戦を実施する。

その為、エレン・イェーガー及び調査兵団の戦力は前日までトロスト区にて待機。

作戦の詳細は、作戦決行日の前日の午後11時に改めて報告するとの事。

そして「エレン・イェーガーは硬質化できるように力を温存せよ」と報告をした。

 

 

「これで()()()()は、民衆に功績を認められる事になるでしょう」

 

 

ヒストリアは意味深な発言をするが、憲兵もエレンも何を意味するか分かっていた。

なので女王に敬礼した後、憲兵は去ってエレンは肥料袋を持って移動した。

 

 

『調査兵団も中央第一憲兵団もこれで名誉回復するといいんだけど…』

 

 

ヒストリア・レイスは、目の前の憲兵が中央第一憲兵団出身と知っている。

戦力不足になったせいで兵団政権は、中央憲兵すら徴用し、新たな戦力とした。

幸いにも中央憲兵にも顔が利く総統局のエルティアナ監査副長によって反乱は起こっていない。

 

 

『どうなるのかな…』

 

 

憲兵団、駐屯兵団、調査兵団に続いて創設されたのは兵団ではなく【連隊】であった。

表向きは【旅団】となっている調査兵団の下位組織の地位ではあるが、実際は違う。

クロルバ区を拠点とする駐屯兵団第三師団の部隊と中央憲兵と負傷兵によって構成されている。

いわば、犯罪者と退役者と負傷兵と現役兵が混ざり合った前代未聞の部隊となった。

もはや階級すら成り立っていない彼らは、共用の腕章で正規兵と区別するしかなかった。

 

 

『エルティアナ愚連隊長』

 

 

新たなに創設された部隊の仮名は、【兵団政府隷下エルティアナ独立愚連隊】

以前に所属していた地位ではなく白色の腕章と肩章の紐で階級が判別される部隊。

人類を脅かす脅威に先手を打ち、壁外の勢力に立ち向かう存在だった。

ヒストリアは、エルティアナの事を思い、両手を組んで祈りを捧げた。

 

 

-----

 

 

個々の利益を優先し、人類を脅かした罪。

人類憲章第6条『個々の利益を優先し人類の存続を脅かすべからず』を違反した事実。

その大義名分を得て民衆から支持された兵団政権は、旧体制に容赦ない粛清を行なった。

大臣11名を含んだ王政の議員の大半とその関係者は爵位を剥奪されて収容所に連行された。

王政の議会を構成していた四大組織の内、貴族院、ウォール教、中央商会連盟を廃止。

総統局と各兵団の長による軍事政権が人類の命運を握る事となった。

 

しかし、物事には例外が存在する。

残された貴族階級には、兵団に協力的な者と反する者の間で税率の格差を広げて団結を阻害した。

更に民衆を搾取する商会にもメスが入り、兵団政権の貢献度でも税率が変わる事となった。

利権よりもウォール・マリア奪還を望む民衆に圧された旧体制派は、兵団政権に従う事となる。

 

 

「せいぜい奴らに良い夢を見せてやろう」

「我々がこのままで終わると思うなよ…!」

 

 

表向きに従った貴族階級は、中央憲兵を擁する独立愚連隊に密かに支援を開始。

実際はザックレー総統の思惑により反逆の疑いがある人物が確信となる証拠を残す事となった。

これにより、旧体制の反乱に対処しやすくなり、無駄に散財させる事で弱体化にも繋がった。

こうして、歪んだ力の拮抗で壁内に平和が戻ったが、予期せぬ副産物を得る事となった。

 

中央第一憲兵団によって抹消された技術革新の芽が秘密裏に保持されている事が判明したのだ。

技術開発が再来する事を見越して保存されていたと思われる技術群は、兵器開発の余地に繋がる。

と思われたが、既に王政の真の支配者を脅迫しまくったフローラのせいで逆に改良し辛くなった。

鎧の巨人の装甲程度なら余裕でぶち抜ける兵器群が大量に存在した為だ。

 

 

「撃て!!」

 

 

そしてその兵器群は、元中央第一憲兵団対人立体機動部隊が擁している。

しかし、対人装備の訓練を受けていない正規兵では短期間で扱う事ができなかった。

そのせいで兵器開発は、一般兵が携帯できる支援火器と大砲に絞られる事となる。

砲兵畑のエルティアナは、特に大砲開発に力を入れており、隠蔽されていた迫撃砲の改良の着手。

連日に渡り、拠点であるクロルバ区で砲撃の音と振動が続く事となった。

 

 

-----

 

 

エレン・イェーガーは、時折に自分が自分ではない気がしてならない。

父親の記憶を継承したせいで元の記憶が上書きされて人外になった気分がするのだ。

第一視点と第三視点を同時に見えている感覚は、とっても気持ち悪かった。

 

 

「クソ…」

 

 

未だに精神的に立ち直れていないエレンは筒状の蓋を開いて中身の液体を掌に載せた。

フローラ・エリクシアの自信作である【万能薬(エリクサー)】という香水は、懐かしい気分にさせてくれる。

母親に抱き着いた時に嗅いだ匂いがこうだったと思えるほどの心地い良い香りだった。

 

 

「ふぅー…」

 

 

掌を合わせれば消毒にもなる香水の香りはさほど強くない。

首に塗りたくっても体臭がマシなレベルになれるくらいしか効力がない。

だからこそ、安心して塗る事ができるし、あいつと一緒に戦っている気分にもなれる。

手帳を託してくれた戦友が道を紡いでくれた以上、エレンは進むしかない。

 

 

「でも少しだけ過去に振り返ってもいいよな?」

 

 

フローラの遺品は、補給拠点にあった香水とエレンに託した手帳。

そして【南方訓練兵団104期卒業生217名の似顔絵集】しか残らなかった。

以前、ミーナからフローラを除く訓練兵団の卒業生の似顔絵集があると聴かされた。

なので同期たちは興味本位で回収したのが功を奏して唯一フローラの私室から回収できたものだ。

 

 

「みんな居る…」

 

 

皆からも聴かされたが、フローラは自分だけ記録に残したくなかったようだ。

訓練兵団を卒業してから半年が経過しようとしているのに同期の顔はすぐに思い出せる。

その代わりに似顔絵集に存在しないフローラの顔の記憶が少しずつ失われようとしている。

パラパラと似顔絵集を捲って同期の顔を見ていくエレンの顔は歪んでいた。

 

 

「お前らの為にも戦うからな」

 

 

普通に生きていれば、似顔絵集に記された彼らが居る場所には行けないだろう。

だが、エレンは知ってしまった。

巨人化能力者の寿命が13年だとあの地下空間でケニーに聴かされたのだ。

厳密に言うとヒストリアの親父に告げたものだったが、彼はしっかり聴いてしまった。

 

 

『秘密を守ってくれたヒストリアの為にも…』

 

 

あの場で生還したヒストリアは、巨人化能力者の寿命を誰にも告げなかった。

エレンの寿命は長くても8年しかないと同期に秘密にしてくれた悪い子だった。

だからこそ硬質化を成功させないといけないと焦っていた。

 

 

『ハンジさんの為にも…』

 

 

ハンジ・ゾエは巨人化能力者に寿命があるとは知らない。

しかし、寿命があると知られれば自分に気を遣って巨人化実験を中止するかもしれない。

あれほどマッドサイエンティストに見えても情熱的な人だとフローラの手帳に記されていた。

 

 

「みんなの為にも…」

 

 

第57回壁外調査では、エレンを守る為に調査兵が多く死んだ。

ライナーたちに拉致された時も兵団の兵士が多く死んだ。

そして自分を守る為に人類を守るはずの兵士同士で殺し合いまで発生してしまった。

そんな屍の上に君臨すると自覚するエレンは拳を握り締めて前に進もうと改めて誓った。

 

 

「彼らの為にも…」

 

 

窓の外を見れば、さきほど硬質化して作った大きな棒に兵士たちが何か細工している。

ハンジ元分隊長によると、これで人を死なせずに効率良く巨人を討伐できるというものだ。

エレンにも意味が分からなかったが、重大な期待を背負っているので疑問は述べなかった。

もしも、自分が不安になれば多くの人に影響を与えると思うから。

 

 

『それにしても…』

 

 

エレン・イェーガーは、エルティアナ元監査副長を目撃して…懐かしい気分になった。

なんでそうなったのか分からない。

親父の記憶にも居る存在なのでそのせいだと思ったが、違和感があった。

だからこうして考えていたら、頭がおかしくなりそうだったので気分転換をしたのだ。

 

 

「あっ…」

 

 

ようやくエレンは思い出した。

昼間から飲んだくれるハンネスとその一派の兵士に嫌気が差して通報した相手だった。

他の憲兵は、子供の通報を嘲り笑い飛ばしたが、唯一彼女だけは真面目に対応してくれたのだ。

父の記憶からも、彼女は感謝されており、カルラ・イェーガーの結婚式にも出席した姿があった。

 

 

「ん?」

 

 

そこで違和感を覚えたエレンはフローラに習って買ってきた手帳に記憶を記した。

 

 

「なんかおかしい」

 

 

あれだけ大騒ぎしたのだからエルティアナ女史は自分の事を覚えているはずである。

わざわざ、親父や駐屯兵に質疑をした以上、自分の名と存在を忘れる訳がない。

だから自分の存在を知っているはずなのに何も指摘が無いのはおかしいと気付いた。

 

 

「それだけじゃない…」

 

 

どうもグリシャ・イェーガーをシガンシナ区の移住を許可したのは彼女らしかった。

現に親父の記憶によると正体不明の調査兵の男によって知らされていた。

だからグリシャ・イェーガーがどこから来たのか知っているはずだった。

 

 

「なんで黙ってるんだ!?」

 

 

なによりグリシャ・イェーガーの所業を知らされるほどの総統局の高官だった。

その際にエレンとの関係や情報を暴露してもおかしくはないはずだ。

居ても立っても居られないエレンは、似顔絵集と手帳を鞄に仕舞い込んで首からぶら下げた。

そして自分を知るはずの高官を探しに向かった。

 

 

「あっ…」

 

 

トロスト区の全貌が見える兵団司令部の屋上に出るとエルティアナ女史が居る。

心地良いそよ風は、夜間訓練を終えた時みたいだとエレンは感じている。

ああ、こうやって高官と話をするときはどうすればいいのだろうと後悔すら消してくれた。

幸いにも彼女もエレンの存在に気付いたのか、ベンチから立ち上がって話しかけて来た。

 

 

「どうした英雄?明日は早いぞ?」

「エルティアナ愚連隊長、お話してもよろしいでしょうか?」

「短くていいのなら了承しよう」

「ありがとうございます」

 

 

総統局の監査部の監査副長という立場故に彼女は、多くの兵士から恐れられている。

現場で動く役職でトップであるので恐怖の権現でもあり、歩き方1つすら厳しさが伝わって来る。

それでも、アポも無しに休憩中に話しかけてくれた彼女に感謝しつつエレンは疑問を告げる。

 

 

「エルティアナ愚連隊長、シガンシナ区でオレと逢いませんでしたか?」

「ああ、忘れるわけがないだろうグリシャのせがれ、今でもあの時の事を思い出せるよ」

「……なんでオレに教えてくれなかったんですか?」

「逆に総統局の高官が調査兵団の一兵卒に気軽に話しかけるとでも思ったか?」

 

 

疑問に対して納得ができる回答をもらったが、エレンはへこたれなかった。

 

 

「オレは、父親がレイス家の家族を殺した事を知りました。ですが…」

「君の言いたい事は分かる。だが、話す環境を考えろ。機密情報を漏らす気か?」

「申し訳ありません…」

「そうだな、1つ面白い事を教えてあげよう」

 

 

エルティアナは不憫に思ったのか落ち込むエレンに衝撃的な情報を教えた。

 

 

「グリシャ・イェーガーの戸籍はな、ある時を境に存在しなかったと言ったら驚くか?」

「いえ、それを予想してました」

「…そうか、昔みたいにがむしゃらで行動する貴公ではなくなったという訳か」

 

 

兵団司令部の屋上には、シガンシナ区出身の2人しか居ない。

衝撃的な会話は、そよ風で打ち消されて他者に届く事は無い。

そして深夜なのでそこに2人が居ると気付かれる事も無かった。

 

 

「知ってて黙認したという事ですか?」

「ああ、そうさ。医師と証明したのも私だ…全く今になってこうなるとは思わなかったがな…」

 

 

シガンシナ区に駐在する憲兵だったエルティアナは、グリシャ・イェーガーと深く関わりがある。

むしろ、彼女の行動無しでは、この場に居るエレンが存在しなかったと言っても過言ではない。

 

 

「何故、親父にそこまで尽したんですか?」

「グリシャが他者を救おうとしたのは本物だった。それに知識自体はあったんだ」

 

 

シガンシナ区で流行った伝染病の対応でグリシャ・イェーガーは名医と評された。

それ以前は、医者という資格も実績も無しで負傷者や病人を治療していた。

つまり、エルティアナは無免の医者らしき男をシガンシナ区に潜伏させたという事になる。

その意図を聴く為にエレンは質問をしたらエルティアナも思うところがあったのか白状をした。

 

 

「そして貴公の父親になる男に支援してくれと頭を下げた奴が…いや、奴らが居た」

「奴ら?」

「貴公も知っている2人さ」

 

 

エレンは理解した。

その2人がグリシャ・イェーガーを知る人物だと!

 

 

「一体誰が…?」

「そろそろ時間だ少年、部屋に戻って休息を取れ。寝坊したら容赦はしない」

 

 

しかし、エルティアナは、それ以上の情報を話さなかった。

休憩が終わったのか、屋上に繋がる階段に向けて歩み出した。

それでもエレンは諦めきれない!

 

 

「最後に1つだけ!その2人はまだ生きているんですか?」

「ああ、ピンピンしているよ。2人共、貴公の成長を喜んでいる人物だ」

 

 

ヒントを残してくれた以上、追及はできなかった。

手を振って階段を下っていくエルティアナをエレンは見送る事しかできない。

 

 

「オレの成長を喜んでいる人物?」

 

 

エレンの成長を喜ぶ人物は限られる。

そして消去法により該当する人物を絞る事ができる。

 

 

「まず調査兵団ではない」

 

 

もしも、エレンの事を知っているならその調査兵は話しかけてくれるはずだ。

なのでハンジ・ゾエを含む調査兵は除外対象となる。

 

 

「同期でもない」

 

 

当然の事ながら同期がエレンの父親を推す事なんてありえない。

 

 

「ハンネスさん?」

 

 

エレンの成長を喜ぶ人物などハンネス以外に居なかった。

両親が居ない自分とミカサを支えてくれた彼はシガンシナ区出身だ。

だから彼以外に居なかった。

 

 

「…また今度、話しに行くか」

 

 

そろそろ寝ないとアニ・レオンハートとそっくりの声の女将校に叱責される。

そう考えたエレンは、男部屋に向かって歩き出した。

 

 

-----

 

 

エルティアナはエレンと屋上で別れた後、部下と合流するべく廊下を歩いていた。

 

 

「ゲッ!?」

 

 

するとハンネスと遭遇したのは良いが、彼の反応を見て彼女は笑った。

 

 

「顔馴染みに対する反応ではないな?」

「ははは、申し訳ありません。昔の事を思い出してしまって…」

「そうだな、私もさっきまでそう思っていた」

 

 

シガンシナ区の時ですら階級差があったのに5年後は更に広がっていた。

中隊長格に出世したハンネスは冷や汗を掻きながら彼女の言葉を待つ。

 

 

「エレンに父親の過去について尋ねられてな、君に特定できる情報を与えた」

「そ、そうですか…」

 

 

ハンネスは、エレンの父親に恩義があると同時に最古参の知り合いであった。

なによりグリシャ・イェーガーが壁の外からやって来たと知る人物でもある。

エルティアナから指摘されてハンネスは俯いて膝を両手に当てた。

 

 

「そろそろ真相を話してやってはどうだ?」

「この俺だけじゃ話せませんよ。この壁に連れてきたアイツが居ないと…」

 

 

ハンネスの脳裏には、調査兵であった男の顔を思い浮かべた。

壁外作戦で壊走して撤退している時にグリシャと遭遇し、壁に招き入れた男を…。

エルティアナも彼の言いたい事が分かるからこそ追及はしなかった。

 

 

「おそらく例の実験が終わった後、エレンは貴公に逢いに行くだろう」

「そうですね、あいつの事だ。絶対に話すまでせがんでくるでしょうよ」

「だから南方訓練兵団の駐屯所に面会の許可をもらってくるつもりだ」

 

 

エルティアナは既に先手を打とうとしていた。

その仕事っぷりにハンネスは昔の事を思い出していた。

 

 

「相変わらず仕事が早い。調査兵団の高官も連れて行くおつもりで?」

「彼にとって頼もしい後輩が居る方が話が進むだろう?だが許可は我々だけで取る」

「はははは、調査兵団の団長程度だとお払い箱になりますからな」

 

 

おそらく部下に手配させて早馬で南方訓練兵団に面会を願い出るつもりだろう。

つい最近まで監査副長だった高官の命であっては、訓練兵団も一瞬で降伏するに違いない。

彼らの驚く顔を予想したハンネスは笑ってエルティアナにお辞儀をして逃げる様に去って行った。

というか逃げた。

 

 

「……チッ、逃げられたか」

 

 

なお、自分の顔を見て驚いたハンネスをエルティアナは許していなかった。

いくら顔面を包帯で巻いているとはいえ乙女心に失礼だと思わないのか。

小言でも告げてやろうとしたが、エレンとミカサを救った逃げ足は健在のようだ。

遠ざかっていくハンネスの姿を見て舌打ちをした彼女は、後ろを振り返らずに前へと歩んでいく。

 

 

「そうさ、新時代を担う若者の足音はすぐ傍まで迫っている。ああ、私は嬉しいよハンネス」

 

 

シガンシナ区の裏門の管理者であったエルティアナは自嘲する。

()()()()()や知り合いを死なせたのにノコノコと生き残っている自分を自虐していた。

 

 

「もしも、私がフローラだったらこの現状を変えられたか…?まあ、ないな」

 

 

エルティアナとフローラが初めて遭遇した時の事を今でも思い出せる。

あの問題児にエルティアナは何度も頭を悩ませたものだ。

もしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうか。

そう考えたエルティアナだったが、馬鹿らしくなって止めた。

 

 

「歴史に『もしも』はなく、断定できるのは、過去のみ。私ができるのは過ちを阻止するだけか」

 

 

フローラ・エリクシアが残した物を継いだエルティアナは前進するしかない。

過去となったフローラの意志と約束を継ぐ事しか彼女はやれる事はないのだから。

彼女の右腕の腕章は白いはずなのに暗闇で真っ黒に染まっている様だった。

 

 

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