進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
調査兵団は、壁外調査という禁忌を犯す行為で戦死した大量の屍と失敗続きの歴史しかない。
だからあの日の壁外調査も団長の無謀な提案に付き合った結果、先遣隊が全滅した。
本隊は真っ先にシガンシナ区に撤退し、キース・シャーディスは部隊の殿を務めた。
『妙だな…やけに巨人が少ない。先遣隊の方に向かったのか…?』
グリシャ・イェーガーと名乗る人物と出会った時の帰路はやけに巨人の遭遇が少なかった。
偶然なのか必然だったのか今となっては分からないが、1つだけ言える事がある。
ウォール・マリアから突出しているシガンシナ区の壁門の目前…つまり壁の外に彼は居た。
「オイあんた!!ここで何をしている!?どうやって壁を越えて来た!?」
真っ先にキースが考えたのは、目の前の男の無謀さだった。
くたびれた白いYシャツに黒のズボンしか履いていないなんて自殺志願者にしか見えなかった。
フル武装した兵士ですら一瞬の油断で命を落とす環境の中で彼の格好は異常だった。
「あ、あなた方は…壁の外で何を…まさか戦っているのか?」
なにより黒髪の男は、調査兵どころか兵士の姿を見るのは初めてのようであった。
「見れば分かるだろ?我々は調査兵団だ!」
「ちょうさへいだん?」
「まさかあんた、何も知らないのか!?」
「す、すまん…記憶が混濁して何でここに居るのかも分からないんだ…」
現に調査兵団という単語すら知らなかった。
税金と物資と人命を昔から壁外に投げ捨てる兵団を知らない人が居るとは思わなかった。
しかし、このまま放置をする訳にはいかないキースは彼を馬に乗せてあげる事にした。
「とにかく乗れ。話は壁の中でしよう」
なんでグリシャを助けたのかキースにも分からない。
戦友をまたしても失った影響でそのまま彼を死なせたくなかったかもしれない。
ただし、一部の駐屯兵を除いてグリシャの存在を打ち明けるつもりはなかった。
「おいハンネス!!」
「…ほえ?やっと帰って来たのか?」
「ちょっと手を貸せ!」
「んー、酒代を払ってくれるならいいぞ」
「分かったから早くやれ!」
キースは、壁の上で広大な景色を肴に酒を飲んでいたハンネスと接触をした。
同期であり腐れ縁だった彼らは、性格も思考も全然違ったが、それでも仲が良かった。
だから立体機動して50mの壁を登って来たキースは彼に協力を要請!
2人がかりでこっそりとグリシャを壁内に招いた。
「あんたも思い切った事をするぅ!巨人の恐怖に負けた調査兵を死んだ事にするなんてな!」
「馬鹿!声がデカい」
「あんたもでかいじゃねぇか」
てっきりハンネスは、不審人物も調査兵だと思っていた。
意気揚々と壁外に出撃したのは良いが、巨人の恐怖に負けて心が壊れた。
しかも、この日の為に借金をしたせいでノコノコと帰れないのでこうして死んだ事にした。
そう考えていたが、キースの反応から違うと分かった。
「壁の外に居た?」
キースから事実を聴かされた時、ハンネスは意味が分からなかった。
壁外に行くなど自殺志願者か、壁外の生態を調べる生物学者しか居ない。
とにかく最初から壁の外に居る人間なんて居るわけがない。
歴史では、巨人に追い込まれた人類は築いた壁の中以外では存在しないのが常識だった。
「で?なんで牢屋にぶち込むんだ?お仲間だろ?」
「馬鹿、人類憲章を知らないのか!?」
王政の議会が定める法律の上に君臨するのが人類憲章である
第10条からなる憲章の全ては、人類を最優先する為の条文が書かれている。
それは大貴族や王ですら抗えない効力を発揮している。
「壁を見張る兵士なら人類憲章第3条くらい言えるようになっておけよ」
問題になって来るのは、壁外に関する事を示した人類憲章第3条である。
「何人たりとも王政の議会の承認なしに壁外で活動する事を禁ずる」という内容だ。
忘れがちだが、調査兵団は王政の議会の承認を得て活動をしている。
逆に言えば、許可が無ければ調査兵ですら死罪となる重大な違反を犯す事になるのだ。
つまり、壁の外に居たこの男は真っ先に憲兵に通報しないといけない大罪人である。
だからこそ、キースはあえてハンネスだけに彼の存在を知らせた。
「無許可で巨人の領域に足を踏み入れるのに罪ってもんがあったとは…」
「全くおまえという奴は…だが、私もこの法が適応されるのは初めてだと思う」
「そりゃあ、そうだぁ。壁の外をうろつく馬鹿野郎がお前ら以外に居る訳ねぇよぉ」
「勤務中に酒を飲む馬鹿を牢屋にぶち込む法律は無いか?」
「ないからこうしてぇ飲んでいられるって訳さぁ!」
憲兵に通報すれば、この男は連行されてそのまま逢う事は無いだろう。
だが、なにかしらの運命に導かれてきたような気がしてならない。
そう考えているキースは、いろんな意味で腐敗しているハンネスに彼の処遇を託した。
「まあ、あいつも哀れな酒の被害者だ。自分の家どころか出生も記憶もぶっ飛んだ挙句、気付けば壁の外なんて恐ろしいもんだぁ。全く酒って奴はこれだから困るぅ」
「彼は、借金まみれの自殺志願者か、戸籍を偽る算段の為に嘘をついているかもしれんぞ?」
どうやらハンネスは、憲兵に通報するつもりは無いようだ。
もし通報すれば、自分たちも事情聴取を受けないといけないが、彼はかなり酔っ払っている。
さすがに
「知るかよ…被害者が居る訳でもねぇんだ。失踪者届けが受理されたらこいつを差し出せばいい」
「失踪者なんて城塞都市以外は日常じゃないか」
「ああ、こいつぅに罪を問う前に人攫いを撲滅してくれた方が人類の為ってなぁ!」
ウォール・マリアが巨人に陥落するまで地方都市の戸籍管理はいい加減であった。
王都や貴族直轄地以外の戸籍は、安全や軍事的な観点から城塞都市は兵団が管理している。
それ以外は村々に駐在する第六師団の駐屯兵や村長が提出した資料で判断していた。
そのせいで戸籍に割と抜け落ちがあり、過疎地の若い女や子供を狙う人攫いが多く存在していた。
数少ない巨人の功績は、人減らしの為に徹底的に戸籍を管理させて人攫いを撲滅した事であろう。
「って事で上への報告は無しだぁ、いいなぁ?」
「…あぁ」
ハンネスの話は間違っていないかもしれない。
自分の姿を見てすぐに兵士と気付けなかった男が嘘をついているとキースは思えなかった。
ハンネスのゴリ押しで今回の件を握り潰してグリシャを駐屯兵団の勤め所から開放した。
「それでどうするんだ?出生記録に無い名前を名乗ってどうやって生きていくつもりだ?」
それで終わるのは問題ないが、キースはグリシャと名乗った男が気になってしょうがない。
これからどうやって生きていくのか疑問に思ったのだ。
「……実は、名前以外も覚えている事があるんだ。私は医者だった」
「ほう?」
「病院を紹介してくれ。できる仕事があるはずだ」
だったら先に言えよ…と言いたかったが、それだと逆に憲兵に紹介しないといけない。
ほんの一握りの大学卒業者であれば、すぐに身元を特定できるのだから。
嘘をついている様には見えないが、だからといって普通の人間でもない気がした。
その時点でキースは憲兵に通報するべきだったかもしれない。
「そして…私に教えてくれないか?この世界のことを」
世界を知りたがっているのは、キースも同じだった。
違うのは、キースは壁の外を…グリシャは壁の中の世界を知りたいという点だ。
探求心と好奇心が見え隠れするグリシャを見てキースは行きつけの酒場に連れ込んだ。
ガヤガヤと騒がしく酒盛をして盛り上がる民衆の中であれば、暴言でも無視される。
キースは、自分の知識を思い出す様にグリシャに様々な常識や歴史を教えた。
「本当なのか?」
「ああ、そうだ。壁外不干渉に基づいて人々はこうやって生活しているんだ」
酒のせいで記憶が飛んだのか定かではないが、本当にグリシャは何も知らなかった。
まるで王政に禁じられた小説に登場する異世界からやって来た異世界人の様である。
冒険活劇の主人公と違って、しきりに人々の暮らしに興味を持つ凡人ではあったが…。
「…そうか、貧富の差はあれどこの壁の中は平和なんだな…」
一通り聞いたグリシャは「平和」という単語を口にした。
キースからすれば、文化も文明も停滞しているという意味を持つ単語である。
「少なくとも、巨人に怯えて生きている訳ではない。……よかった」
巨人に追い詰められた人類は、三重の壁に囲まれた世界に引き籠った。
最初は、巨人の脅威に怯えていたが、いつの日か制限された世界で人生を謳歌していた。
少なくとも、今は
それを知ったグリシャは、安堵したように一息ついた。
「あんたも『よかった』と思うのか?」
「え?」
キースにとって平和とは無縁だった。
いや、平和が一番なのだが、そのまま何も知らずに死んで良いのだろうか。
壁の外には広大な世界が広がっており、様々な現象や壁内ではありえない事が起こっている。
牧場の柵に囲まれた家畜のように暮らす人類に対してキースは疑問に思っている。
「この狭い壁の世界で、飯と酒にありつけて満足するなど牧場に居る家畜と何が違うというのだ。井戸の中で一生を過ごす蛙なら幸せかもしれない。だが、私は違う。人間だ」
特別な人間に見えたグリシャに向かってキースは本音を告げた。
「本当にそれでいいのか?壁の外も我々のご先祖さまが暮らしていたというのに放棄するなど…。捕食者面している巨人が居るからって手放していいのか?私は違うと思っている」
「あなた方が壁の外に行く理由はそれか?それが調査兵団なのか?」
それと同時にグリシャや民衆の気持ちこそが正常だとキースも分かっている。
いわば、調査兵団というのは、常識に異議を唱えて行動する異常者の集団である。
身も蓋もない言い方をすると【探検ごっこ】に全力をかける集団自殺志願者であった。
「ああ、王政の方針である壁外不干渉に異議を唱える民衆の不満を解消する為の組織と言えるな。いまとなっては、平和ボケした人類に巨人の恐怖を思い起こす為の生贄と言ったところだ」
壁外干渉を禁じる王政が調査兵団の存続を許す理由など分かり切った事だ。
壁の外を目指して犠牲になる調査兵団を見せびらかして自分たちの正当性を示しているのだ。
今日も森を抜けて南部を目指そうとした結果、巨人の群れと遭遇し、先遣隊が全滅した。
ボロボロになった本隊を指差して嗤う民衆の目には、一種の娯楽を楽しんでいる素振りであった。
「…なっ?どうだ、他の兵団の兵士と違って馬鹿みたいだろ」
だからキースも目の前の男がそう考えると思って自分の想いを吐き捨てた。
「そんな事ないだろ。あなた方はこの壁の誰より賢くて勇気があるじゃないか」
「え?」
調査兵団に志願すれば、周りから馬鹿にされるのが常識だった。
だが、記憶喪失をした男の視点から見るとどうも違うらしい。
「調査兵団の存在は、獣には無い人間の想像力や自由である意志を示す証拠じゃないか」
「ええ?」
「人類の誇りそのものじゃないか。なんでそこまで卑屈になるのか私には分からない」
少なくとも、人類の誇りと言われたのは、生まれて初めての体験だった。
調査兵団に所属する兵士ですら、異端者と理解しているので誇りと思う事は無かった。
あの冒険活劇の主人公は、停滞した世界の常識を打破したが、目の前の男も同じであった。
道理で王政が冒険活劇の小説を禁書にする訳だとキースは考えてしまう。
「誇り?…我々がか?」
「あぁ…」
異世界人に故に常識を覆して希望を見せる存在。
さきほどまで異常者に見えた男がとっても頼もしく見えた。
だからキースは彼を気に入ったのだ。
「ちょっとキースさん?また調査兵団の勧誘かい?」
「いや、違う」
しかし、酒場の看板娘のカルラが話しかけて来た瞬間、キースの思考が乱れた。
以前からその気が強い看板娘に惚れているキースは、彼女と会話する事すら照れてしまった。
巨人相手なら躊躇わない勇者でも好きな子の前だとタジタジとなり奥手になる男に過ぎなかった。
「お客さんも人の口車に乗せられちゃダメだよ?夢は大切だけど現実も見ないとね」
カルラは、知り合いと同席している頼りに無さそうな黒髪の男に話しかけた。
後に自分をたっぷりと愛してくれてエレンを授けてくれる伴侶になるとは知らずに…。
「ち、違うぞ!カルラ、私は…」
「誤解ですよ。そもそも私には務まる訳がありません。もっと特別な選ばれし者ではないと…」
「あらそー。そうですかー」
カルラとグリシャの馴れ初めは、彼女に『何言ってんだこいつ』という感情を抱かせて終わった。
せいぜい頑張りな…と発言しながら注文をする客に向かって歩いて行くだけであった。
しかし、キースにとってグリシャの発言は、多大な影響を受ける事となった。
『特別?選ばれし者!?そんな事を言われたのは初めてだ…』
この日からキースは自分が特別な存在だと考えるようになった。
確かに他者と違うと自覚する彼は、壁の中に居場所が無いと考えていた。
どうしてなのかと考えてきたが、ようやく理解した。
自分は、何かを変える為にこの世に誕生した存在などだと!
そう考えたキースは、真っ先にやるべき事をした!
「……ここには来たくなかったが」
グリシャと別れてキースが向かったのは、兵団司令部が存在する堅牢な建物だった。
勤め所の門衛から馬鹿にされる視線は以前は辛かったが、今は違った。
堂々と足を踏み入れて彼が向かった先は、城塞都市の戸籍を管理する部署であった。
「エルティアナ班長!お願いがあります」
そこに居たのは、真面目故に面倒くさい手続きがある戸籍の管理を任された女憲兵だった。
キースは何かと彼女と面識があるのでなんとかしてグリシャの戸籍を作ろうとしたのだ。
嘘を交えられて報告を受けたエルティアナは…キースの態度に不審に思った。
「なるほど、確かに医者不足に悩まされているな」
「では!」
「ならば医者という証拠を示せ。資格がある以上、私に示せるはずだ」
すぐにキースが嘘をついているのに気付いて証拠を見せろとエルティアナは突き返した。
それを言われたらどうしようもないが、退き下がれない彼は無様に足掻く羽目になった。
結局、珍しく彼が反抗してきたのを見たエルティアナはグリシャという人物に興味を示す。
「なるほど、本当に記憶喪失なら素性を問うのは難しいな」
実際に彼女は、グリシャと面会し、質疑で記憶喪失としか思えない反応を目撃した。
だからすぐに素性を問うのは難しいと判断、キースに管理を任せる事にした。
しかし、いつ死んでもおかしくない調査兵に保護観察させるのは無理だと分かっていた。
だから、戸籍をでっちあげてひとまず彼が信用できる人物か見極める事にした。
「ありがとうございます」
「恩義とはいえこれが最後だ、次回は無いと思え」
キースには借りがあったエルティアナは黙認し、悪事に手を貸した。
彼女としても問題を抱えたくなかったが、キースの想いには応えてあげたかった。
御返しにと、グリシャに戸籍を与えて堂々と暮らせるようにした。
「グリシャ・イェーガー、君はこの街生まれでつい最近まで出稼ぎをしていた労働者だ。しかし、勤め先で虐めにあって精神的なストレスで記憶障害を起こした…という事にした」
「……ありがとうございます」
エルティアナにとってグリシャはどう映ったのかは本人に聞いていないので分からない。
こうやって戸籍を捏造した以上、信用できる人物だと判断したようだ。
「だが、医者という証拠が無ければ、君は医者として認定できない。それを忘れるなよ?」
「えぇ…分かっています」
「いや、記憶障害を起こした奴の医療行為など私は怖くて信頼できないのが実情だ。つまりだな、君は国家資格に合格して正真正銘の医者として活躍できるか示して欲しい」
「え?」
「医者になるには国家資格が要るが、医者になる為の試験に国家資格は要らないからな」
地味に世間体が納得する答えを彼女は考慮して動いていた。
医者になる為の資格は国家資格で入手できるが、それには戸籍と受験料が必要である。
最前線の街、シガンシナ区は他から見ればかなり危険であり、中々医者がここに駐在しない。
なので彼女は、記憶喪失の男を支援してシガンシナ区の医者として活躍してもらおうと考えた。
「ちょうど先日、高名な医者のポックル爺さんが老衰で亡くなって放棄された診察所があるんだ。そこで医学を学び直して国家資格の受験をして欲しい。そこで働くなら受験料も負担しよう」
さすがに記憶喪失したなら再受験も認められるし、初受験でも合格できるなら問題はない。
問題があるとすれば、そもそもこいつは医者と呼べる知識と技量があるかどうかだ。
エルティアナは、どうせ失敗すると思いつつも、キースを揶揄うネタとしてグリシャを支援した。
少なくともキースは彼女の様子からそう考えていた。
「キース、時折ここに訪れて彼の様子を見守って欲しい」
「エルティアナ班長、ありがとうございます」
「ついでにバイト先も紹介してやろう。働かざる者、食うべからずってな」
こうしてグリシャ・イェーガーは貧乏ながらも受験勉強に励む事になった。
エルティアナやハンネスはどうせ失敗すると笑っていたが、キースはそう思わなかった。
自分の正体を見抜いた男が、そこで挫折するほどヤワじゃないと思っていた。
それが実証されたのは、半年後の事であった。
グリシャが突然、受験をすると言い出してエルティアナは笑いながら送り出した。
「嘘だろう!?本当に合格するなんて思わなかった…」
「マジかよ」
結果は合格であった。
もしもグリシャが受かったらハンネスを含めた3人分を奢ると提案したエルティアナも驚愕した。
グリシャ自身も驚いていたが、キースは鼻が高くてニヤニヤと笑いつつ晩餐を楽しんだものだ。
そして、グリシャはシガンシナ区で無名の医者として活動する事となった。
一応、診療所には患者が訪れたものの経営はそこまで上手くいっていなかった。
状況が一変したのは、更に半年後のことになる。
「本日をもってシガンシナ区を封鎖!兵士と派遣された医者以外の通行を禁じる!」
憲兵団の分隊長に出世したエルティアナはシガンシナ区の内扉を封鎖した!
原因は、シガンシナ区の正門付近で発生した伝染病が急速に広まった為だ。
きっかけは、コウモリを集団で踊り食いしたとか豚を生で喰ったとかよく分からない。
少なくとも、集団が肉を食べる祭りをした結果、病院に収容されたという事実だった。
当初は、食中毒かと思われたが、治療を行なった医者が次々に感染し、被害が拡大!
27年前に流行った“黒死病”に匹敵する伝染病と発覚した時には手遅れだった。
「憲兵団の支部長と兵団司令部の高官が王都に報告に向かいたいと開門を命じていますが!?」
「だったら追随する家族は要らんだろ!?高官だけお通ししろ!!」
「いえ、昇降機が故障したので開門をしろと…」
「はぁ!?何か考えているんだ!?ウォール・マリアに伝染病を広げる気か!?」
真っ先に憲兵の大半が家族を連れて逃亡し、次に兵団司令部の高官が逃走を開始した。
更に責任が問われるので留まっていた兵団のトップまで逃走した結果、街は混乱に陥った。
さすがに激怒したエルティアナは、崩壊した指揮系統を掌握し、事実上のトップに成り上がった。
わざわざ調査兵団が愛用する緑色のフード付き外套を羽織って目立つ様に活動していた。
彼女は必死に感染拡大を防ごうとしたが、無意味な結果に終わる事となった。
「消毒用アルコールが枯渇しました!ご指示を!」
「民間からワインを徴用しろ!!少なくとも消毒の代用にはなる!」
「角灯の油と
「民家を破壊してでも燃料を確保しろ!責任は私が取る!」
すぐさまエルティアナは調査兵団に協力を要請!
限られた物資と資源を元にシガンシナ区に民衆を留まらせる事しかできなかった。
「王政が過剰な医療物資の納入指示に苦言を呈しています!」
「なら今すぐ伝染病の患者を全員解放するからお前らが治療しろとでも言っておけ!!」
「反論したら…」
「だったら殴り倒して拉致しろ!!このままでは我々も全滅する瀬戸際なんだぞ!!」
他人事に述べる総統局員や役人に野次を飛ばして脅迫してでも物資を持って来させた!
「エルティアナ!!」
一報を聞いたキースがシガンシナ区に辿り着いた時には、悲惨な光景が広がっていた。
壁の隅には病死した遺体が積み重なっており、消毒も兼ねて放火されていた。
その近くにある仮設テントには、見捨てられた老人や重症患者が放棄されている。
門が封鎖されたので壁を登ろうとする民衆に銃口を突き付ける兵士まで存在した。
「良く来たなキース班長、見ての通り地獄の釜の蓋が開いた状態だ」
「どうすればいい!?」
「君らには、持参した物資を指示に沿って配布して欲しい」
キースの脳裏にはカルラの存在があった。
エルティアナから何も聴かされなかったのでまだ大丈夫だと安心した自分が憎い。
未だに団長にもなれず馬鹿にされるどころか、己の無力さに苛立ちすらあった。
察しが良い彼女に仕事を与えられてもキースは、悪化する現状に嘆いた。
「ちょっといいか?」
「ん?」
そんな中、1人の医者が崩壊した街の実権を握る女憲兵に意見を述べた。
「昔に読んだ文献で似た様な伝染病の記述を見た事がある」
「治療方法は?」
「あるが、この街では揃わない物ばかりだ」
「そうか、ならばここで全部言え。藁にも縋る想いで君を信じる事しかできないのだからな」
グリシャ・イェーガーの発言を聴いたエルティアナは、彼に全てを賭けた。
あり得ない方針に異議を唱えて反乱を企てた駐屯兵をその場で射殺してでも、彼女は進み続けた。
兵士を酷使して無理やり集めた材料でグリシャが作った抗体など誰も期待していなかったのだ。
抗体作成の指示を出したエルティアナですら民衆の希望と気休めの為に作らせたに過ぎなかった。
「患者の体調が回復しました!効果はあるようです!」
ところが、摂取させた抗体が功を奏した様で患者の体調が回復したのだ。
今まで苦痛を和らげたり、延命処置しかできなかった医療現場に希望が見えた。
死者が400人を超えた頃、感染拡大が鈍化した事もあり、いっきに抗体を投入した。
「カルラ!!大丈夫だ!!抗体がある!!今なら助かるぞ」
偶然、カルラが倒れているのを発見したキースは彼女を抱えて病院に向かった。
特別な存在であるグリシャなら彼女を救えると賭ける事しかできなかった。
「グリシャ!!カルラも例の伝染病だ!!何とかならないか!?」
「奥のベッドに運んでくれ」
見渡せばハンネスの家内もベッドに寝込んでいた。
ハンネスがこの場に居ないのは、兵士としての義務を果たしているからだろう。
なのでキースもカルラをグリシャに託したら見回り任務を再開するしかなかった。
「私の…両親の方が…危篤なんです…どうか、そっちを優先して…」
カルラは遠のく意識の中で両親を助けて欲しいと懇願した。
「大丈夫、みんな助かるよ!」
グリシャ・イェーガーの発言はさぞ頼もしくてしょうがなかっただろう。
それに気づかなかったキースは、新たに発覚した目的地に向かって走り出した。
そして治療を続けていく内にグリシャは伝染病の治療薬を見出す事ができた。
「キース!対処法が分かったぞ!!すぐにこの薬を手配してくれ!」
「分かった!」
グリシャが独自に分析して投与した治療薬が効力を発揮したと判明した。
キースにできる事は、選ばれし存在に指示されて上官に報告する任務だけだった。
「ありがとうございます!イェーガー先生!」
カルラの嬉しそうな発言を聴いてキースは振り返った。
そこには、両親が助かったと知った彼女がグリシャに身を寄せる姿だった。
隣には、家内が助かって喜ぶあまりに泣いているハンネスの姿もあった。
ここでキースは、自分ではなくグリシャだけが特別な人間ではないかと思い始めた。
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あれからの事はほとんど覚えていない。
シガンシナ区で収まった伝染病を過小評価した王政に激怒したエルティアナが部隊を率いて進軍!
指定した治療薬を寄こさないトロスト区の正門前で上空に向かって銃撃を繰り返したくらいか。
明らかに反逆行為だが、調査の結果、その悲惨な状況が民衆に発覚して王政が袋叩きにあった。
その結果、民衆の味方となった調査兵団は壁外調査を何度かできる好機と物資を得る事ができた。
そして先代の団長が戦死し、キースが団長に就任した直後に事件が発生した!
「おめでとうイェーガー先生!」
いつの間にかグリシャとカルラが親交を深めて結婚してしまったのだ。
ずっと前から好きだった子が自分が連れて来た男と結ばれた。
その事実を知ってキースは当初の夢を諦めるしかなかった。
「あーあ、態度だけで口に出さなかったから先生に寝取られちまったなぁ」
「なんでキースは、相手の事を想って行動できるのに自分の事だと受動的なんだ…」
「もう一回、お前がキースに告白すればいいんじゃねぇ?それで解決だ」
「馬鹿言え、もう私は身を引いた。あれだけ配慮した私の気持ちは…」
グリシャ・イェーガーを除いた結婚式の三次会でキースは知り合いに問い詰められた。
表向きには2人の結婚を祝ったが、キースの気持ちを考えて三次会を開いたハンネス・ルドマン。
キースに告白したもののカルラの存在を受け入れて身を引いたエルティアナ・ヴェルダンディ。
散々キースの思考と想いを聴かされた2人は失恋をし、夢を1つ失った彼を心配していたのだ。
同情でさえ痛々しい2人の圧力に負けたキースは出された料理を平らげて今後の方針を語った。
「私は、もう決めた!必ず成果を出して見せる!だからお前らは見守ってくれ!」
そう、もうキースには特別な人間という願望に縋るしかなかった。
カルラと結婚するのは不可能になったが、それでも偉業を聴いて振り向いて欲しかった。
キースの覚悟を聴いてハンネスとエルティアナは陰で応援する事しかできなかった。
「団長!拠点構築は諦めましょう!」
「ここまで南下できただけで奇跡です!」
「…クソ!もっと力があれば…!」
ある日の壁外調査で偉業を達成できるはずであった。
あと少しで森を抜けられて前人未踏の地に辿り着けるはずだった。
しかし、部下たちが休息を求めたので拠点を作った一瞬の隙で巨人に襲撃された。
結局、少なくない兵士の犠牲を払ってシガンシナ区に撤退する事となった。
「団長、戦わずに我々の活動範囲を広げる策があります。是非、次の壁外調査で…」
「ダメだ、まずお前の分隊で検証して団長になったら取り入れろ」
なにより自分より特別な人間が部下に存在したのも痛かった。
見るからに優秀なエルヴィン・スミスは、民衆や部下からも次期団長候補とされた。
「まだ突撃するしか能がないキース団長なのかよ…」
「早くエルヴィン分隊長に代わってくれないかな」
特に自分が特別な人間じゃないと民衆に否定されて反論できなかったのが辛かった。
項垂れる負傷兵を率いてキースはシガンシナ区を進んでいる時、1人の女が声をかけてきた。
「キースさん!」
「カ、カルラか!?」
そこには、今なお美しいカルラが男の子を抱いていた。
目つきはカルラにそっくりだが、黒髪以外にもどこかグリシャの面影がある。
「この子は?」
「エレンです。やはり便りは届いていなかったのですね」
「あぁ……忙しくてな。……すまない返答を出せずに」
カルラに振り向いて欲しいという願望はまだあった。
なのに彼女からの便りすら読めていなかった事をキースは恥じる。
「夫も心配しておりました」
「あぁ…」
グリシャ・イェーガーは名医として貴族が暮らすエルミハ区にも呼ばれる存在になっていた。
やはり特別な存在は違うな…と感じてしまうほど、彼の心に深い闇が包み込む。
「…キースさん、このまま死ぬまで続けるおつもりですか?」
カルラ・イェーガーの一言でキースは今まで積み重なった物が込み上げた。
なんとしても堪えようとしたが、自分を心配してくれた主婦に暴言を吐いてしまった。
「何故、凡人は何もせずに死ぬ事に疑問を持たないのか分かるか?」
「まず想像力が乏しいからだ!その結果、死ぬまで自分の価値を見出せぬ愚か者だ!」
「自分の可能性や価値を見出す事できないから凡人と言うのだ!」
「偉業とは、並大抵の範疇に収まらず枠組みから飛び出す者の事を示す!」
「偉業をもたらす人物の思考など凡人には理解できないし、理解しようとしないだろう!」
「手当たり次第に愛想を振り撒いて酒を注ぐ者しか取り柄の無い者には決して理解が!!」
今でもキース・シャーディスは自分を心配したカルラに暴言を吐いたのを後悔している。
当時はそれどころではなく最後の遠征で馬鹿にしてくる王政や民衆を成果で黙らせたかった。
シガンシナ区の内門を通る度に目撃するエルティアナにも見せつけてやりたかった。
「人類の力を!!」
自分の意見に賛同したブラウンが先陣を切って巨人に向かって突撃する!
「思い知れェ!!」
うなじに向かって回転斬りをして見事に巨人を討伐してみせた。
やはり、捕食しか考えていない巨人に人類は負けるはずもない!
そう考えていたが、死角から飛び出した巨人にブラウンが喰われた瞬間、キースは壊れた。
それからの事はほとんど覚えていない。
自分の命令に従った兵士は全員戦死し、生き残ったのはエルヴィンの指示に従った者だけ。
唯一生き残ってしまったキースは、遺品を回収してノコノコとシガンシナ区に帰還した。
「うわ…100人居たはずなのに20人も居ないぞ…」
「やっぱり巨人に挑むのは無謀なんだな」
好き放題言う民衆に無様な姿を晒したキースは動く屍のように道路を歩いていた。
「ブラウン!ブラウン!!」
キースは分かっていた。
部下の命を預かった以上、遺族にしっかりと向き合わなくてはならない事を…。
「あの…息子が見当たらないんですが、息子は!どこに居るんでしょうか!?」
「ブラウンの母親だ、
ブラウンの母親が泣きついてきてキースは部下にブラウンの遺品を持って来させた。
いや、遺品すら回収できなかったので千切れた腕を包んだ風呂敷を手渡した。
「なっ!?」
「…それだけしか取り返せませんでした」
開封して驚く母親に残酷な事実を告げる事しかできなかった。
「う、うっ…うぁああああああああああああああ!!!」
彼女の絶叫は、キース団長だけではなく生き残った調査兵全員が苦しむ事となった。
「うぅ…でも!でも息子は役に立ったのですよね!?」
それでも、ブラウンの母親を含めてこう思ったはずだ。
犠牲にはなったが、それでも人類が反撃する為に何かを達成したと!
そうでなければ今まで訓練してきたブラウンや他の戦死者が無駄になってしまうと!
「何か直接的な手柄を立てなくても息子の死は!!人類の反撃の糧にはなったのですよね!!?」
「も、もちろん…」
当然、無駄になったとは口が裂けても言えないキースは嘘をつくつもりだった。
だが、彼は自分が特別な存在ではないと分かってしまった。
もし、今まで通り嘘を言えば、勘違いした馬鹿がまたしてもみんなを悲しませる事になる!
「……いや、今回の調査で…我々は!今回も…!!」
自分の築き上げた人生が音を立てて崩壊したキースは断言をする!
「何の成果も!!得られませんでした!!」
今回の壁外調査の成果を!
「私が無能なばっかりに…いたずらに兵士を死なせてしまい!奴らの正体を突き止めるどころか、今回の壁外調査も無駄に終わりました!!またしても我々の作戦は大失敗に終わりました!!」
キース団長の放った魂の叫びは、偶然に居合わせたエレンやミカサも聴いていた。
大半の民衆は、調査兵団の犠牲を見て壁内で暮らす平和に感謝する事となる。
エレンは更に調査兵団に志願したいと決意を決めたが、それはごく少数であろう。
「エルヴィン…団長をやってくれるか?」
「キース団長、まだ我々は…」
「いいんだ、自分は特別な人間じゃなかったんだ。後任に託さないと更に犠牲者が出る…」
「キースさん…」
「私は、王都に報告に戻る。君は戦力を再編してトロスト区に待機してくれ。最後の命令だ」
「承知しました」
確かに特別な人間は居た。
それがキース・シャーディスという兵士でなかっただけだ。
その事実に気付くまで大勢の仲間と部下を殺した愚か者だった。
「キース、お前は特別の人間だったよ…」
「お世辞はいい。普通に馬鹿にしてくれる方が助かる」
「あれだけ巨人に突撃して五体満足で帰還するなんて貴公くらいのものだ」
「ふふふ、確かにな…」
表向きは敵対しているエルティアナに悪口を言われてキースは喜んだ。
「そんな無能な君には訓練兵団の教官を勧める。せいぜい君のしぶとさを伝授したまえ」
「誉め言葉として受け取っておくぞ」
何気ない会話だったが、これがキースの人生を変える事になった。
そして何故、シガンシナ区に待機しなかったのか後悔する羽目になる。
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「シガンシナ区が陥落した!?確かなのか!?」
「あぁ!!ウォール・マリアに巨人が侵入しているって話だ!」
トロスト区を通過し、エルミハ区に向かう道中でキースは凶報を聴いた。
慌ててキースはトロスト区に帰還するが、その頃には真夜中になっていた。
『ああ、私は凡人だな…』
押し寄せる避難民に翻弄されたキースは自嘲する。
そして何故、そんな勘違いをしたのかその原因も理解した。
「キース!!」
自分を呼び掛けて来たグリシャ・イェーガーを見て思い出した。
自分を【特別な人間】と勘違いさせたのはこいつだったな…と。
「エレンとカルラを知らないか!?」
「自分も今、来たところだ!!一緒に探すぞ!!」
キースは真っ先にカルラに暴言を吐いた事を謝罪したかった。
「カルラ…どこだ?あの時の無礼を謝罪したいんだ…お願いだ…生きていてくれ」
あの時、思い上がった馬鹿が調子に乗って自分を心配した主婦を馬鹿にした事を…。
だが、その願いは叶わない事を知る。
「父さん…母さんが……巨人に喰われた」
10歳になったエレンからカルラが巨人に喰われたと知った。
その瞬間、キースは地面に座り込んで愕然とした。
かつて愛した人と喧嘩別れで終わってしまった事と後悔が積み重なった。
もしも、カルラの意見に賛同しておけばこんな結末を迎えずに済んだのにと思考が…。
「エレン…母さんの仇はお前が討つんだ。お前にはできる」
泣いていたキースは、幻聴で頭がおかしくなったかと思った。
自分と同じ様にエレンを特別な人間と洗脳しようするグリシャが信じられなかった。
「行くぞ」
「え?…うん」
ただの少年でしかないエレンの手を引っ張るグリシャの姿を見てキースは…。
「待てグリシャ!どこに行く気だ!?」
またしても誤った道を進めさせようとする元凶を呼び止めた。
「森だ。ついてこないでくれ」
「森って、この深夜にか!?」
「そうだ」
グリシャから真っ暗な森の中に行くと聴いてキースは確信した。
「何もエレンに託す事はないだろ!?お前が真っ先に仇を討つべきだ、私も協力するぞ!?」
キースは自分では達成できない偉業もグリシャならできるかもと思っている。
あれだけ慕われて特別な存在なら間違いなく目的が達成できると盲信すらしていた。
「お前は私と違って特別な人間だからな。なあ、エレンにその道に引き摺り込むのはやめてくれ」
カルラの忘れ形見となったエレンに自分と同じ想いをさせたくなかった。
カルラを愛していたキースは、赤の他人であるはずのエレンを巻き込みたくなかった。
巨人と向き合い続けたからこそ、彼は提言をした。
「私も違ったが、その子も違うんじゃないか?選ばれし子じゃないかもしれないぞ」
キースの放った一言を聞いてグリシャの顔が歪んだ。
だからこそキースは追撃をした!
「どうするんだ?お前の期待通りの人間では無かったら?また呪いをかけるのか?」
グリシャがこの時、どう思ったのかキースにも分からない。
だが、彼の反応からして図星を指したのは間違いない様だ。
「この子はあんたと違う!私の子だ。…だから関わらないでくれ」
結局、キースはエレンとグリシャを見送る事となった。
親子の関係に赤の他人が口を出せる訳が無かったのだ。
傍観者として見守る事しかできないのか、そう考えていた時であった。
「雷?」
山奥で閃光と共に爆音が聴こえて来た。
彼らが遭難する可能性を考えて追跡していたキースだけが異変に気付けたのだ。
他の連中は、トロスト区の壁を見張るか、砲撃をするかの二択しかなかったのだから。
「なっ……」
そこに居たのは、湯気を出して寝込んでいるエレンの姿だった。
幸いにも月明かりですぐにエレンは発見できたが、代わりにグリシャの姿は無かった。
何かが起こったのは、間違いないが、少なくともキースが詳細を知る事はできなかった。
彼にできる事といえば、眠るエレンを抱き寄せて避難所に向かう事だけだった。
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「そして私は、エレンを避難所の寝床に戻した。それが私の知る全てだ」
キース・シャーディスは、応接室で自分が知っている過去を全て白状した。
「…それだけ…ですか?」
「ああ、それだけだ。他には何も…」
あの場所で何が起こったか知っているエレンは、教官が何かを知っていると期待した。
父親の記憶にも、ウォール・マリア陥落の日に再会していたのは分かっていたからだ。
しかし、父親が壁の外から来た以外の情報は訊き出せそうになかった。
「キース…」
最初に口を開いたのはエルティアナ元監査副長にして愚連隊長だ。
「なんで貴公に告白したという私の黒歴史まで掘り返した?」
「いや、先手を打たれる前に話した方が気が楽でな……」
エルティアナからすれば、エレンの過去どころか自分の失態まで掘り返された。
その元凶に怒りを向けるのは、当然である。
そのせいで鬼教官に見えたシャーディス教官はいつになく申し訳なさそうな顔だった。
「おおおおお!!マジで!?キース元団長と先輩って恋仲だったの!?」
そのせいで空気が読めないハンジ・ゾエが勝手に盛り上がっていた。
「私が昔、勝手に告白して失恋しただけだ。キースには関係ない」
「そんなワケないじゃん!!ねぇねぇキスくらいしたぁ!?」
机から乗り出して大はしゃぎするハンジにエルティアナはついに激怒した!
「これでは、話が進まないな。エルヴィン、こいつを摘まみ出してくれないか?」
「同感だ、ここで騒がれても状況は好転しねぇしな」
「そうだな、ハンジには悪いが退席してもらおう」
エルティアナの提案にリヴァイ兵長が賛同し、エルヴィン団長は頷いた。
すなわち、これから何が起こるか予想しないハンジを部屋から排除する事となった。
「じゃあ!」
「ハンジ元分隊長!」
「え?ええ?」
ハンジ・ゾエの隣の席に居たディルク副長とマレーネ班長は立ち上がってハンジの肩を掴む。
「我々と!」
「一緒に来てもらいましょう!」
「ええええええええええええ!?」
クラース班長とハロルド班長も立ち上がって4人がかりでハンジを部屋の外に連行した。
「待って!待て!!貴重なキース元団長の…「だから黙れって」いやぁ!放してくれぇ!!」
強制連行に抵抗するハンジを見送ったハンネスは開けた扉を閉めて着席をする。
こうしてようやく部外者を排除できたキースは久しぶりに笑顔を周囲に見せた。
「相変わらずだな…僅かな異変を察してハンジを追い出す口実を作るとは…」
「キース、お前が始めた物語だろ?私のせいにするな」
まだまだ話したい事があったキースは、ハンジに妨害されるのを見越していた。
なのでわざとエルティアナが話そうとした件を暴露した。
そうすれば、普段やらない事を目撃した彼女は、ハンジの排斥をすると踏んだのだ。
水が汚物を流す様にハンジが排除されたのを見てキースは久しぶりに笑う事ができた。
「エレン・イェーガー」
「はい、シャーディス教官!!」
「傍観者に勤めていた私は、お前に1つ細工した事がある。今こそ白状したいが良いか?」
「問題ありません!」
キース・シャーディスは、立派になったエレンを見て犯罪を白状する事にした。
鬼教官というイメージしかないエレンは、教官の豹変ぶりに驚いたが覚悟して話を聴く事にした。