進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
トロスト区に存在する調査兵団支部の建物に重要人物たちが集合していた。
数か月前までは日常であった光景だが、暫くこの場に勢揃いする事は無かった。
特に今回は、ウォール・マリア奪還作戦を話し合う為に彼らは話し合いをしていた。
「グリシャは壁の外からやってきた。これは間違いないだろう」
エルヴィン・スミス団長が今まで得た情報を確認していた。
キース元団長によってエレンの父は、壁の外からやって来たのが確定した。
「そして10歳のエレンに見せようとしていたのは、ただの物では無い事は確かだ」
では、彼が実家の地下室に隠したのは何だろうか。
ベッドの下には薄い本があるかもしれないが、地下室には壁の外の秘密が隠されているだろうか。
それとも【初代レイス王が人類の記憶から消した脅威か記憶】が隠されているのか。
「何かを知っているグリシャ氏がエレンに言いたくても言えなかった事、つまり初代レイス王が我々の記憶から抹消してしまった【世界の記憶】だといいのだがな」
エルヴィンとしては、父親の仮説が正しい事を実証したかった。
すなわち壁の外にも人類が存続しており、都合が悪い記憶を人類は改竄されたのではないか。
今回の王政府を打倒した事により、記憶が改竄されていたので残る仮説は、壁の外に人類が居るかどうかだが、結論付けるのはまだ早い。
なにせ未だにウォール・マリアの外にも大量の巨人が居ると想定されるからだ。
「とにかくシガンシナ区に向かって実際に確認するまでは、結論付けるのは早いだろう」
そう、エルヴィンはこの目で何があるのか確認するつもりだ。
「予定通りにウォール・マリア奪還作戦を実行する。地下室に何があるか確認すればいい」
全てを証明する為に!
「調査兵らしくな」
調査兵団の団長ではなく一介の調査兵という気持ちを彼は述べた。
それを聴いた調査兵団の高官たちは、笑って応えた。
「その通りだ」
「ああ、成し遂げてやろう」
「先人たちの犠牲を無駄にする訳にもいかないし!やるしかない!」
ディルク副長やクラース班長、マレーネ班長は団長の意見に賛同した。
残った班長格も納得して頷いた。
「では、各班を任せたぞ!これにて会合は解散とする」
「「「「ハッ!」」」」
エルヴィン・スミスによって解散指示が出て班長たちはその場から退室した。
リヴァイも彼らの後に付いていくフリをしてドアの鍵をかけて振り返った。
そこには、エルヴィン団長と怪我から復帰したミケ分隊長、そしてエルティアナ連隊長が居る。
――エルヴィン・スミスの本性に気付いている者だけが部屋に残った形となった。
「何だ?リヴァイ?」
「もう一回訊きてェ事がある。ウォール・マリア奪還後の予定を教えてくれ」
「まずは、驚異の排除だな。我々を巨人に喰わせたい勢力が居る以上、それは避けられない」
またしても50mの壁を変異種が飛び越えて来たという報を受けたエルヴィンは語る。
巨人の脅威の裏で暗躍している勢力を掃討しないといけない…と!
だが、リヴァイにはそれすら建前に見えた。
「もっとも、その理由が分からないからこそ確認する必要がある」
「そうか、じゃあ俺たちが確認してくる。お前は果報を寝て待て」
リヴァイの発言を聴いてエルヴィンは左手で自身の右肩を触った。
ベルトルトの戦闘で右腕を失った彼は、壁外に行くには荷が重過ぎると自覚していた。
「もう分かってるだろ?それじゃあ、巨人の格好の餌だ。現場の指揮はミケとハンジに託せ」
リヴァイには、エルヴィンが死に場所を求めている感じがしてならない。
いや、地下室の秘密を知ろうとしているのは、誰よりも大きいだろう。
下手すれば、当事者であるエレン以上に地下室に何があるか知りたがっていた。
では、その次は?
前と違って明確な案を出せないせいでリヴァイは彼の心境を疑っていた。
「ミケ、いきなりで悪いが指揮を任せても良いか?」
「もちろん、問題ない」
「助かる」
調査兵団第一分隊のミケ・ザガリアス分隊長は、調査兵団のNo.2だ。
負傷したエルヴィンに代わって部隊の指揮を移譲されたと知らされても誰もが納得するだろう。
リヴァイは、今なお他者どころか、自分を偽り続ける化け物に休息を勧めていた。
「そういう訳だ、俺たちがここに戻って報告するまでワクワクする少年らしく待ってろ」
「ダメだ」
だが、エルヴィンはリヴァイの勧めを蹴った!
「餌で構わない。私を囮に使ってくれ。指揮系統の序列も私からミケ、ミケが駄目ならハンジだ!それでもダメだったらその次…「待て待て落ち着け」…だ」
エルヴィンは何としても地下室に行こうという建前を作ろうとした。
その必死さを見たリヴァイは、心身共に疲弊している男を諫める為に発言をした。
「なあ、あまりにも必死過ぎねぇか?まだ人生は長いんだ、そんなに生き急ぐ事はないだろ?」
「全て私の発案で作戦の手を尽くした以上、私がやらなければ作戦の成功率は下がるだろう」
「だろうな、だから俺たちが全滅したら、今度はてめぇが再度に部隊を編成して行けば良い」
調査兵団の歴史では、壁外に出撃した部隊が巨人によって全滅する事は珍しくない。
その度に志を継いだ負傷兵や遺族が建て直してきた。
だから、リヴァイは断言する!
「調査兵団の未来の為にも、お前はここに残れ」と…。
「同感だ、今回は俺に任せてもらおうか」
暫く前線から遠ざかっていたミケ分隊長もエルヴィンの異常な執着心に気付いた。
明らかに動機である父親の仮説すら利用している素振りを見て彼は団長に釘を刺した。
「……エルティアナ独立愚連隊長、貴公はどう思われる?」
さすがに副団長を兼任するミケの発言に分が悪いエルヴィンは、エルティアナに助けを求めた。
なお、彼女は話を振られる事を想定してなかったのか、一瞬だけエルヴィンを見た。
一瞬だけ彼の顔を見た彼女は口を開く。
「確かに負傷兵を壁の外に出すのは無理がある。ましてや我々はお荷物を増やす訳にはいかない」
エルティアナの返答もリヴァイやミケの意見を同調するものだった。
「だが、私にはエルヴィンの意志を妨げる事はできないと思っている。何故だか分かるか?」
それでも、調査兵団という組織を見続けた彼女は、彼の行動を阻止できないと告げる。
「調査兵団というのは、異常者の集まりだ。王から記憶を操作されて、あれだけの犠牲を払っても壁の外にある何かを確認しようとする人類の異端者だ。その欲望を抑圧する事は誰にもできない」
調査兵団の異常さを!
「人の欲望…いや、【好奇心】は、時折に理性や本能すら上回る事がある」
子孫繁栄の為に少しでも生き残ろうとするのは生物の本能だ。
だが、人間は何かを知ろうと尽力して道具と言語と記録を作って繁栄している生物の異端である。
「死すら脅しにならない同じ志を持つ兵士を貴公らは否定できるのか?」
死体をいくら築いても、今なお、調査兵団は壁の外に向かおうとしている。
好奇心によって死ぬ事を辞さない連中がエルヴィンの意志を否定できないと暗に告げていた。
「私にはこう聴こえるぞ?」
そして顔馴染みである2人の兵士に自分たちの行なおうとしている事の異常さを伝える。
「『未知の場所に向かって羽ばたこうとする鳥の双翼を無理やり捥いで鳥籠に閉じ込めて死ぬまで窮屈な余生を送れ』としか私には聴こえないが、貴公らには違うと断言できるのか?」
調査兵団の兵士が同じ志を持つ調査兵の夢を否定するという矛盾はあってはならない。
エルティアナはそう告げて何度も頷いているエルヴィンの顔を見る。
「まあ、キースと違って私はこいつを信用できない。自分すら偽る奴に何を信用しろというのだ」
それと同時に目の前の男に対して同族嫌悪の感情を抱いている彼女は、2人の発言を肯定した。
「ふっ、相変わらず手厳しいな。てっきり私の意見に賛同してくれると思ったぞ」
「私に無言であの規模の請求書を送ってそれを言うか?」
「ああ、すまない…」
なによりエルティアナは、エルヴィンの裏切りを容認していなかった。
「なんかあったのか?」
いきなり話が別の方向に飛躍したと気付いたリヴァイはすかさず質問をした。
「こいつ、私名義で大量の肉と結婚式のケーキを作る職人と材料の手配をしていたのだ」
実は、調査兵団は別の意味で運用停止の危機に瀕していた。
そのきっかけは、調査兵団の上層部が前祝いとして焼肉を兵士に振舞う事にした!
ところが、想像以上に兵士が多くなったせいで3ヶ月分の食費を使用しても足りないと発覚した。
それにオルオとペトラのカップル成立を受けて結婚式まで前倒しでやる事となった。
『しまった、これではウォール・マリア奪還作戦が実行できない…!』
そのせいで多大な借金を抱えた調査兵団は、ウォール・マリア奪還作戦が実行できなくなった。
戦死して借金を踏み倒される事を断固して拒絶する債権者に返済するまで動ける訳が無かった。
まさに欲に目をくらんで本末転倒に陥った人間の性の様である。
『仕方ない、エルティアナ女史の好意に甘えるか』
そこでエルヴィンは、緊急時に資金を調達できる様にとエルティアナが残した小切手を使用した。
確かに緊急ではあったが、たかが一晩の食費に2個連隊が半年運用できる金額の請求が発生した。
さすがに食費で自分宛に請求された彼女は、根に持っており、たった今、復讐を果たしたのだ!
「で?この借りはいつ返す気だ?」
「ウォール・マリア奪還という偉業を達成する事で返そう」
つまり、偉業でチャラにして欲しいとエルヴィンは顔馴染みに告げた。
本来だったら殴打されてもおかしくない状況だったがエルティアナは特に行動を起こさなかった。
『なんだこいつら…』
リヴァイは、エルヴィンとエルティアナの関係は良く分かっていない。
だが、エレンとジャンの様な関係に近い存在というのは、分かる。
さきほどまでエルヴィンに異様な感じがしたが、今は女将校に睨まれて冷や汗を掻いていた。
「とにかくこいつに死なれると腹の虫が治まらん、生き地獄でもいいから生かしてやるさ」
ただ、エルティアナがエルヴィンを死なせないと知って少しだけリヴァイは安堵する。
この女なら彼に馬鹿な真似をさせないと分かるからだ。
「で?本来だったら君にはお留守番してもらいたいのだが、さすがに無理か?」
「この世の事実が明らかになる瞬間にその場に立ち会いたいのです。お願いできますか?」
エルティアナの警告に対して臆さずにエルヴィンは作戦に参加すると告げた。
「……全く人類の勝利より私欲を優先するか、ああ、勝手にしろ」
「では……」
「この場では、貴公の肩を持つというだけだ。もし間違えた判断をしたなら鉄拳制裁をしてやる」
「お願いします」
溜息をついたエルティアナは、エルヴィンの懇願を受け入れた。
「諸君、聞いての通り、キースと違って特別な人間だから壁の外に行きたいと自供したこいつは、もう誰にも止められん。暴走したら私が鉄拳制裁をするという事で同行を許可してくれないか」
「しょうがねぇな、このアホの面倒をみてやってくれ」
エルヴィンの頑なの態度にイライラしていたリヴァイは、エルティアナの言葉を信じる事にした。
どう足掻いても、エルヴィンの暴走を止められないなら監視してくれた方が助かる。
そう判断した。
「俺も構わない」
ミケ分隊長もエルヴィンの意志を捻じ曲げる事に白旗を上げた。
「そうか、では腹ごしらえといかないか!」
自分以上に死に急いでいる女に意見を同意してもらってエルヴィンは嬉しかったのか。
この場に居るみんなに本音を告げる事ができた。
「エルヴィン…お前の判断を信じよう。さっそく腹を満たそうじゃねぇか」
さっきと違って純粋な気持ちで承認したリヴァイは我先にと部屋から退室した。
そしてミケも少しだけ足を引きずりながらも彼の後に続いた。
残されたのは、現世という地獄を生き抜いている悪魔だけだ。
「ありがとうございました
「分隊長時代から変わらんな貴公は…」
「今度こそ達成してみせます」
「昔と違って私も挑戦者になったからな、貴公の行く先を見届けさせてもらうぞ」
「お願いします」
5年前の役職でお互いを呼び合った2人は笑っていた。
賽は投げられて後は行動に移すのみ。
昔からキース元団長の嫉妬から庇ってくれた女将校に感謝を告げた。
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食堂に集まった調査兵団の兵士たちは信じられない様に目の前の料理を見ていた。
「肉だ…肉がこんなにある」
駐屯兵団から編入した志願兵は、食卓に並べている焼肉の山に感動していた。
調査兵団は、貧乏故に肉を喰う機会がなかったが、駐屯兵団も同じであった。
「今日は特別な夜だが、くれぐれも民間人に悟られるなよ」
会計役でもあったハロルド班長は、騒ぎ立てようとする兵士たちに釘を刺していた。
「オルオとペトラの結婚式をやっておいてそれはないだろ!」
「早く肉を喰わせろ!」
「というか、なんでケーキがこんなに小さいんだ!不平等だ!」
だが、結婚式を終えた二次会でそれはないとブーイングの嵐が発生した!
現に一緒にケーキを直刀したペトラとオルオは申し訳なさそうに縮こまっていた。
自分たちには豪華なケーキが用意されたのに他の兵士は違ったからだ。
結婚式に参加した新婚夫婦以外の全員には一口サイズのケーキしか用意されなかった。
これではブーイングが発生しても仕方が無かった。
「文句があるなら喰うな」
ケーキを楽しく食べようとしていたリヴァイが放った警告も騒喧な環境で掻き消された。
「エルティアナ愚連隊長!なんで団長である私のケーキも一口サイズなんだ?」
「やかましいわ!黙って喰えないなら帰れ!」
なお、エルヴィン団長もケーキのサイズが不満だった!
なのでケーキを手配したエルティアナに文句を言った。
「お前のせいで私の配下の分まで用意しないといけなくなったんだが、どう責任取ってくれる?」
むしろ、エルティアナが一番の被害者であり、予算を越えた肉とケーキ代を負担していた。
それでも頑張って手配したのに顔馴染みに文句を言われて思わず手が出そうだった。
エルヴィンのせいで無関係のはずの自分の配下まで同じ物を手配する羽目になったからだ。
おかげさまで予算がほとんど残っておらず、どう活動して良いか悲観に暮れていたほどだ。
「とにかく今晩は、ウォール・マリア奪還作戦の前祝いだ!乾杯!!」
黒髪の女班長の言葉と共に兵士たちは肉に喰らい付いた!
ハム、ソーセージ、ステーキ、ハンバーグ、生姜焼きなど本来食べられないはずの肉料理。
憲兵団の士官ですらここまで豪華な料理を喰えないと思えるほどの量が兵士たちを出迎えた。
三大欲求で一番強いとされる食欲には、人は簡単に狂わされた!
「おい芋女!お前、何をしているのか分かっているのか!?」
「お願いだ…サシャ、俺はお前を殺したくないんだ…」
ジャンは、同期であるサシャの両腕を掴んでいた。
コニーは、サシャを羽交い絞めをして身動きを取れない様にしている。
「豚の丸焼きを全部喰おうする奴が居るか!!」
ジャンの眼前には豚の丸焼きを鷲掴みして
茶髪の美少女の涎には、一定の需要が見込まれるかもしれないが当事者にとっては緊急事態だ!
滅多にお目に掛かれない香辛料がふんだんに使用された肉を104期兵は奪還しようと試みていた!
「確かにここまで豪華な肉料理は憲兵団の食卓でも出なかったな」
104期憲兵団から調査兵団に転属願いを出したマルロ二等兵もハムを咀嚼しながら呟いた。
「あっ」
豚の丸焼きを再度奪還しようとするサシャの拳がマルロの鼻に直撃した。
そのせいで哀れな被害者は鼻血を噴き出す事となった。
「おいおい、負傷者が出てるぞ。エルティアナ元監査副長にバレたらまずくないか?」
元とはいえ憲兵団のNO.3と総統局の監査部のNo.2を兼任していたエルティアナの動きは怖い。
ましてや彼女が損をする形で開催したこの宴で負傷者が出れば黙っていないだろう。
「……大丈夫みたいだ、エルヴィン団長と口論しているみたいで気付いていないよ」
「えぇ、これ以上騒ぎ立てる様であれば、こっそり誘導しましょう」
ハンジ・ゾエとハロルド班長もエルティアナの動向に気を遣っていた。
なにせ旅団長格であるエルヴィン団長以外をその場で処刑できる権限を有していた女将校なのだ。
現場トップとして現役兵士どころか、訓練兵団の教官ですら震えさせるのは伊達ではない。
どうか、気付かずに穏便に済む事を祈っていた
「コニー、早くサシャを落として」
「やってるが、こいつ意識が無くても動いでるんだ」
屈強な腹筋でサシャの殴打を耐えたミカサは、コニーにサシャを無力化させろと告げる。
しかし、サシャは意識が無いまま動いており、コニーにはお手上げだった。
「あの教官たちをビビらせたエルティアナさんにバレる前に肉を喰わせて沈静化させろ」
マルコに指揮官に向いていると言われたジャンは、サシャの食欲を逆手に取った。
彼女に肉を喰わせれば沈静化すると発想をし、同期たちに告げた。
「急げ!」
急いで同期たちは、ハムやソーセージをサシャの口に放り込む!
すると、しっかりと味わう様に咀嚼するのを優先したのか彼女の動きが鈍くなった。
「マルロ、早く鼻血を止めろ。あの女将校にバレると宴が強制終了されるぞ」
「わ、分かった」
同じ憲兵団に所属しているからこそ彼女の怖さを知っているマルロは、ハンカチを鼻に詰めた。
「気付いていないよな?」
エレンはゆっくりとエルティアナ女史を見るとエルヴィン団長に説教をしている姿が見えた。
安堵した彼は、肉を喰いつつも、サシャの口に肉を時折、投入するのを忘れなかった。
『……私が気付かないと思ったか』
エルティアナも負傷者が出たのは気付いていたが、できるだけ気付かないフリをしていた。
なので必死に隠蔽しようと取り繕うエルヴィンの話に乗って彼を説教していたのだ。
彼女曰く「目の前でやらかさなければ無視をする」という訳である。
もしも、彼女が本当に真面目だったら腐敗した憲兵団を真っ先に粛清するはずだから。
「ようやくサシャが落ち着いた。全く…本当、疲れたぜ」
辛口ソースが付いた豚肉のハムを飲み込んだジャンは愚痴を吐いた。
「こんなクズでも肉を分け与えようとした時があったのにな」
意識が飛んだのにゆっくりと肉を掴んで咀嚼しているサシャを見てコニーも呟いた。
「え?いつの事だよ?」
一口サイズのケーキをゆっくりと味わったエレンは、コニーの発言が信じられなかった。
あれほど食欲で生きている女が肉を分け与えようとするなんて思いつかなかった。
「固定砲整備の時だよ、超大型巨人が襲撃してきたあの日だ」
「ああ、そうだったな」
コニーの発言を聴いてエレンは思い出した。
「上官の食糧庫からお肉をたくさん盗ってきました」
固定砲整備4班のメンバーの元にサシャが窃盗した肉を持ってやってきた。
その時の衝撃は忘れられない。
むしろ、その後の出来事のせいで完全にエレンは忘れていた。
「大丈夫ですよ。土地を奪還すればお肉がたくさん食べれるようになりますから」
サシャが肉を持ってきた理由は食べる為であるが、それだけでない。
『ああ、そうだった。あの時もウォール・マリア奪還作戦の前祝いだったな…』
エレン・イェーガー、トーマス・ワグナー、コニー・スプリンガー。
ミーナ・カロライナ、サムエル・リンケ=ジャクソン、フローラ・エリクシア。
そしてサシャ・ブラウスは、あの日に【肉の誓い】を行なったのだ。
「オレも食うぞ!」
「私も食べるわよ!」
「今更、返しても意味が無いしな」
「ここに居る7人の誓いって事か!良いんじゃねーの!俺も乗ったぜ!」
直後に出現した超大型巨人のせいで肉は喰えなかったが、彼らは確かに誓ったのだ。
巨人からウォール・マリアを奪還して肉を喰ってみせると!
既に1名は夢を諦めてしまい、夢を抱いたまま3名の兵士は遠い世界に行ってしまった。
だが、あれから半年も経たない内に今度こそウォール・マリアを奪還しようとしている!
「懐かしいな、あれから半年も経ってないのか」
「ああ、いろいろ遭ったが、何とかここまで辿り着いたぜ」
エレンとコニーは、眠りながら肉を咀嚼するサシャを見て笑った。
今度こそ彼女の夢、否!自分たちが掲げた目標を達成できるのだから。
――ウォール・マリアを奪還しても彼女の夢が叶わないと知るのはすぐ先の事である。
そしてそれが、彼女の精神に多大な影響を与える事となるのを、後にコニーは知る事となる。
「それにスピード出世したもんな」
「これもエレンのおかげだぜ!今後もよろしく頼むなァ!」
「任せておけ!」
なにより104期調査兵は、編入してきた兵士たちの先輩として振舞う事を許された。
自分たちの頑張りが評価された事を誇りに思っている2人はお互いに鼓舞をし、笑っていた。
「むみゃあ!?肉は!?」
丁度、サシャは目覚めて大慌ててで食卓を見た!
「えぇ!?なんでこんなに減ってるんですか!?」
「いや、お前。あれほど寝ながら肉を喰ったじゃないか」
この世の絶望と言わんばかりに嘆くサシャにマルロがツッコミを入れた。
「まだちゃんと味わってないですよ!?」
三大欲求の1つ、睡眠をしていたサシャは納得できない。
確かにお腹が少し膨れているかもしれないが、今度は起きたまま肉を噛みつき始めた。
「あれ…?」
しかし、鼻血をハンカチで止めているマルロの顔を見てサシャは違和感を覚えた。
「そういえば、ヒッチはどうしたんですか?」
マルロと一緒に行動を共にしたヒッチが居ない事にようやくサシャが気付いたのだ。
そんな事を今、指摘されると思ってなかったマルロは首を傾げた。
「ヒッチ?なんであいつの名が出て来るんだ?」
「いえ、仲が良さそうだったので調査兵に志願をした時に止められなかったんですか?」
サシャから見るとヒッチは、マルロの事を気にしている様であった。
コニーとジャンもサシャの言いたい事を察して笑いながらマルロに詰め寄った。
アルミンに至っては、気持ち悪いほど顔を変形してまでどんな話が飛び出すのか期待した。
そんな同期たちをミカサは冷めた視線を送った。
「ん?ヒッチには『お前に向いていない』とか『弱いくせに粋がるな』とか散々になじられたよ」
104期調査兵たちの意図に気付かないマルロは、自分の思った事を素直に告げた。
「あげく『体制転覆の貢献者だからこのまま憲兵に居れば甘い汁が吸える』とか言うばかりでな。少しはあいつの事を見直していたんだが、『お前に見損なったよ』と言ってやったさ」
自分の見えない場所で深刻な事態が起こっているのはマルロやヒッチは良く分かった。
文献や情報だけではなく実際に目撃しないと真相が解き明かせないと知ったはずだった。
なのに再び腐敗した憲兵に在籍しようとするどころか引き留めて来るヒッチに彼は失望した。
「ん?」
そう告げると何故か、104期調査兵たちは信じられない顔をしてマルロを見ていた。
「マジかよお前…」
ジャン・キルシュタインは、マルロの行動が信じられなかった。
自分を心配してくれる女の子の意図に気付けずにフってきた事に…。
「マルロって想像以上に馬鹿だね」
「え?」
アルミン・アルレルトは、昔読んだ禁書に出て来た鈍感系主人公を思い出して失望した。
好意がある女の子の想いに気付かずに踏み躙る主人公が嫌いだったのだ。
それを体現する目の前の男に向かって本気で暴言を吐くほどに…。
「ああ、そうか。俺より馬鹿な奴が居たとは世界は広いな」
馬鹿だと自覚しているコニー・スプリンガーですらマルロは馬鹿だと思った。
「こいつは今すぐ去勢した方が良いですね」
肉を食べて正気に戻ったサシャ・ブラウスは、いつになく頭が冴えていた。
そのせいでヒッチが告白してもマルロに絶対に届かないと見抜いて去勢を勧めた。
「なんでだよ?マルロは間違ってないぞ?危険を承知でここに来たんだからさ!」
一方、乙女心に鈍感なエレン・イェーガーは、マルロの意見を肯定した!
ヒッチの気持ちもわかるし、それでもマルロが決意してここに来た事を評価していた。
そのせいで、今度はマルロに代わってエレンが冷めた視線を送られる事となる。
ミカサに至っては、本気で呆れたのかエレンに哀れみの視線を送っているほどだ。
「だよな!エレン、お前なら分かってくれると思っていた!」
「ああ!オレたちの方が正しいよな!」
なお、2人は自分の意見が正しいと本気で思っていた。
『さて…これを食べ終わったら【肉の誓い】について見直してみるか!』
とにかくコニーのおかげで【肉の誓い】を思い出したエレンは、やりたい事がある。
今日と同じ様にウォール・マリア奪還を目指して前祝いをしようとした日の事を振り返る事だ!
「まあ、こいつは巨人の力が無ければ死んでいた無能だからな。マルロより間抜けさ」
「ん?」
後でフローラの手帳から【肉の誓い】の項目を読もうとしていたエレンに水を掛けた奴が居る。
偉そうに椅子に腰掛けているジャン・キルシュタインだ。
「……何が言いたい?」
「お前の親父さんが巨人の力を託してなかったら死んでいた無能って言ったんだが?」
マルロの行動にイライラしていたジャンは、エレンを煽ってストレスを発散していたのだ。
「お前には、オレが特別な人間に見えるのか?」
「普通の人間は、巨人になれねぇよ!なに威張り腐っているんだ死に急ぎ野郎!」
ジャンの指摘は、当然であり、実際にエレンは巨人に捕食されて死にかけていた。
もしも、負傷してなかったら巨人化できずに死んでいたのはエレンも否定できなかった。
「それが最近分かったんだけど、オレは結構、普通なんだよなー」
エレン・イェーガーも王政府やレイス家の陰謀に巻き込まれて価値観が変化した。
自分は誰かに守ってくれないと死んでしまう常人だと気付いたのだ。
だから未だに特別扱いしてくるジャンの発言を否定した!
「そんなオレから見ると、ジャンは臆病すぎてガタガタ震える馬に見えるぞ」
「ああん?」
あれだけエレンを救う為に殺人までしたジャンは、分かりやすいエレンの挑発に乗った。
「そんなに怖いなら馬面らしく牧場で震えてろ。ちょうどヒストリアが助っ人を募集中だしな」
骨の燃えカスに誓った事を馬鹿にされたと勘違いしたジャンは、エレンの胸ぐらを掴んだ!
対するエレンも負けじと彼の胸ぐらを掴んだ!
「調子に乗ってるんじゃねぇぞヒロイン野郎!また拉致されたいのか!?」
「馬面の癖に人間を演じようとする勘違い野郎が!お前こそ調子に乗るんじゃねぇ!」
またしても喧嘩している2人を見て誰も止めなかった。
それどころか、食後の余興として応援している有様だった。
初めに仕掛けたのは、ジャンであった!
「ミカサに助けられる事しかできない野郎が!!」
エレンの胸に軽く一発殴打した!
「お前こそ憲兵になるって夢はどうしたこの野郎!!」
エレンも負けじとジャンの胸に殴打した!
「ぐっ…死に急いでミカサを泣かすんじゃねぇぞ!!このクソ野郎ぉ!!」
今度は仕返しに強めにジャンは殴り掛かった!
「き、肝に――銘じて…おくさァ!!」
歯を噛み締めて激痛に耐えたエレンも反撃をする!
「お前こそ…母ちゃんを大切にしろよ!!ジャンボォオオ!!」
さっきの倍の威力となるパンチをジャンに繰り出した!
「そ、そ…それは!忘れろォオオオ!!」
「グホッ!!」
ジャン坊と呼ばれたくないジャンは、更に力を込めてエレンを殴打した!
それから「この野郎」「あの野郎」と叫びながら軽めのジャブを繰り返していた。
その様子を目撃していたアルミンは、傍観しているミカサに疑問に思って声をかけた。
「止めなくて良いの?」
「うん、これが一番いいと思う」
ミカサ・アッカーマンとしては、エレンといつも通り接してくれるジャンに感謝している。
だから殺し合いにならない限りは止める気はなかった。
それどころか、周りに居た調査兵たちも血気盛んな兵士の喧嘩に大盛り上がりをしていた!
『な、何で…誰も止めてくれないんだ…!?ジャン、お前のせいだぞ!?』
『ま、まずい……このままだと肉がでてきちまう…死に急ぎ野郎、さっさと負けろよ』
一番それに困惑したのは、喧嘩をしているエレンとジャンである。
こういった喧嘩は、頼れる兄貴分であるライナーが本領を発揮したが、あいつは居ない。
むしろ、今となってはサンドバックになりやがれという気持ちが大きい。
そんな事は置いておいて誰も喧嘩を仲裁する人物は名乗り出なかった。
笑っている観衆に『喧嘩を止めて欲しい』と彼らは願ったが、誰にも伝わってなかった。
『あいつら、何をやってる!?』
なので力づくでリヴァイが止めようとしたが……手遅れになったのに気付いた。
『『ん?』』
いきなり周りが静かになったのに気付いた2人は違和感を覚えた。
それどころか、誰もが同じ方向に視線を送っていた。
何事かと視線を動かすと……自分たちの犯した愚業に後悔した!
「どうした?続けろ」
周囲の人々の視線を浴びるのは、緑色の外套を羽織っている女将校である。
負傷の痕を隠す為に顔面には包帯を、それ以外は外套のフードで隠していた。
表情が周りから見えにくい彼女は笑っており、2人の喧嘩の続行を促していた。
「え、えーっと…」
「いえ…その…」
笑みを崩さないエルティアナは、右手を腰に当てて2人の顔を眺めていた。
…それだけなら良かったが、彼女はフル武装しており、左手には操作装置が握られていた。
「「何故、抜剣されているのでしょうか…?」」
またしてもエレンとジャンの気持ちは1つになった。
操作装置の先に超硬質スチール製の半刃刀身が装備されていたのだ。
幸いにも刃は地面に向けられているが、その矛先は向かう場所は分かっていた。
「聴きたいか?それとも続けるか?できれば痛みを知る前に為すべき事を示すべきだと思うが?」
質問に質問を返されたエレンとジャンは、その場で土下座した。
「「申し訳ございませんでした!!」」
彼らに残された選択肢は、食費を全額負担した彼女に謝罪をして赦しを請う事しかできなかった。
「……ふむ、せっかくの結婚式の
騒動を引き起こした首謀者の土下座を俯瞰したエルティアナは満足したのか、刃を鞘に納めた。
「諸君、今の騒動は見逃してやる。だが、予定時刻に1人でも遅刻したら相応の罰があると思え」
自分の立場故にここだと邪魔になると思ったのか、エルティアナは出口に向かって歩き出した。
静かになった食堂で軍靴の音だけが規則的に鳴り響き、彼女の冷酷さと性格が分かる様であった。
そして出口の扉を開けようとする前に静観する集団に向かって振り向いた。
「言い忘れたが、料理はしっかり平らげてくれよ?開拓地の人々や職人の成果の集大成だからな」
ついでにエルティアナは、調査兵団に料理を残すのを禁じた。
「もし、1品でも残したら食材の素晴らしさを体験してもらう為に巨人の餌になってもらおう」
何でも言うが、彼女が一番激怒したのは、相談も無しに食費の負担をさせた事である。
たかが新兵同士の喧嘩でムキになるほど繊細ではなかった。
なので「せっかくの御馳走を残すな」と告げて彼女は扉を開けて食堂から去って行った。
「はぁー……やはりダメだったか」
食堂から出て司令部に向かって歩く道中、エルティアナはため息をついた。
そして食堂が見える場所で待機していた人物に声をかけた。
「君の同期が待っているぞ?行かなくて良いのか?」
エルティアナと同じく外套のフードを深く被っている女憲兵は首を横に振った。
「傍観者に徹する事はないだろ?きっと同期たちは君の事を変わらずに受け入れるはずさ」
「…そうだったな、傍観者としての任務に徹する条件で我々の部隊に志願したのを忘れていたよ」
女憲兵の決意を思い出した女将校は、フードを深く被って表情を悟らせない彼女に謝罪をする。
彼女の想いを踏み躙る事を命令していたと気付いたからだ。
「これから私は食事をとる予定だが、良かったら君もどうだ?」
それと同時に気持ちを我慢しているのに気付いたエルティアナは彼女を食事に誘った。
よっぽど声を出したくないのか無言で首を縦に振った女憲兵は、上官の後に続いて歩いていく。
その女憲兵が身に着けているのは、フローラ・エリクシアが愛用した短剣型立体機動装置だった。
「さあ、明日は忙しくなるぞ。君も準備しておけよ。大切な人を死なせない為にもな」
光る結晶体や蝋燭の光を浴びる度にその装備は、少しだけ鈍く光を反射した。
まるで女憲兵が同期たちに自身の存在を知られたくないように…。