進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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11章 世界が死を望むとしても、出来る範囲を尽くして最後に絶望する時代
127話 ようこそ始まりの城塞都市シガンシナ区へ


50mの壁の上は強風が吹き荒れやすい環境だ。

現に巨人がシガンシナ区に襲撃するまで駐屯兵の死者は壁上からの落下事故で占められていた。

しかし、この場から見下ろす光景は絶景であり、数少ない兵士の娯楽でもあった。

街を眺めれば、平和な日常が映って自分たちの任務に誇りが持てる。

外を眺めれば、どこまでも広がる大地と少しずつ変わる空が兵士たちに季節を感じさせる。

ウォール教に聖域とされている事はあると誰もがそんな感情を抱かせる場所だった。

 

 

「ラララ~ラ♪ララララ~ラ♪」

 

 

そんな場所で歌いながら踊っている黒髪の女駐屯兵が居る。

 

 

「姉さまったら♪お姉さま♪ねねね、姉さま「ちょっと良い?」お姉さまァ!?」

 

 

ラナイ・マクロンは上官のエルティアナに呼び止められて自作した歌を中断した!

 

 

「はい姉さま!何か御用ですか?」

「歌うのは別に良いのだけど、ちょっとタイミングが可笑しくない?」

「そんな事ありません!」

 

 

エルティアナの質問に堂々と胸を張ってラナイは返答するが、周りの視線には気付いていない。

これから壁外に向かう為に多くの兵士が壁上に居るのに彼女は歌を歌っていたのだ。

 

 

「まあ、兵士たちの緊張を解いたのは良い事か…」

 

 

共に地獄を生き抜いた兵士にエルティアナですら手を焼いていた。

とりあえず、これから壁の外に向かう兵士たちの緊張が紛れたのは感謝している。

 

 

「姉さま!あそこで馬に追われている兵士が居ます」

「ん?」

 

 

ラナイの指を差した場所をエルティアナが見ると赤い体毛の馬に追われている女憲兵が居た。

 

 

「なにをやっているんだ…」

「助けにいきますか?」

「ああ、頼む」

「了解です!」

 

 

ラナイは立体機動で壁を降りて行き馬と合流をした。

そして巧みに馬を誘導して立体機動で騎乗し、落ち着かせた。

緑の外套のフードを深く被る女憲兵は相当疲れていたのか。

呼吸を整える為にゆっくりと歩いていた。

 

 

「もう、手間をかけさせないでよ」

 

 

ラナイの問いかけに申し訳なく女憲兵は頭を下げた。

一方その頃、104期調査兵たちは、壁上から景色を見下ろしていた。

特にエレンは、自身の両肩に掛かる重圧によって緊張してトイレに行きたくなった。

 

 

「どうしたイェーガー一等兵?トイレに行きたいのか?」

「エルティアナ独立愚連隊長…も、申し訳ありません」

 

 

その感情を見抜いたのかエルティアナが話しかけて来たが、更にエレンは緊張した。

同時にエルヴィン団長より遥かに格上だった女将校に心配される自分が情けなかった。

 

 

「安心しろ、皆も同じだ。個々の実力で何とかできる問題ではない」

「ですが…」

「だから人は群れるのだ。一緒に悩んで相談し、協力し合う事で団結して物事に取り組むのだよ」

 

 

シガンシナ区出身の憲兵であるエルティアナは、よっぽどエレンに気を遣っているのか。

直属の部下であるファルケンハインが彼女らしくないと考えてしまうほど優しく見えた。

 

 

「さあ、トイレに行ってこい。溜まった物を全て出して前に進もうではないか」

「ありがとうございます」

 

 

暗に「自分も作戦に協力する」と伝えてくれた彼女に感謝してエレンはトイレに向かった。

 

 

「おい、まゆげ?トイレに行かなくて良いのか?」

「むしろ、エルティアナ連隊長は問題ないのですか?」

「ククク、お互い愚痴を言える関係で今後も居れる事を祈ってるよ」

 

 

それを見届けたエルティアナは、傍に居たエルヴィン団長を昔のあだ名で煽った。

彼も負けじと反撃をし、周囲には仲が悪く見せていた。

実際は、それぞれの性格を熟知しているので軽口を叩いているに過ぎない。

緊張する時こそ普段通りの行動が難しいので他者に頼って素の自分に居させてもらうのだ。

 

 

「連隊長殿は、この作戦が成功すると思いますか?」

「成功する、しないの問題ではないのだ。必ず達成する為ならどんな手も使うつもりだ」

「……頼ってもよろしいのでしょうか?」

「指揮官たる者、迷う姿など見せてはならない。ましてや自分の力に迷う未成年にはな…」

 

 

珍しく本音を吐いたエルヴィンを笑った女将校は、作戦を成功させると断言した。

それを聴いて今まで一人で抱えて来た重荷が取れた様にエルヴィンは笑った。

エルティアナは、ファルケンハインに人払いの合図を出して少しだけ人が居なくなるのを待った。

そして一瞬だけ周りに居た兵士が居なくなったのを確認して小声で顔馴染みの男に話しかけた。

 

 

「それこそ大人の甲斐性と余裕を見せつけねばならん。帝王学を知っている君なら分かるはずだ」

「確かに…」

「限られた資金と物資で如何に配下と兵を騙して部隊運用するのが重要なのだよ」

 

 

分かっている事をわざわざ告げたのは、再認識してもらう事だ。

いつもやっている壁外調査と同じようにやればいい。

普段通りに行動すれば作戦は必ず達成できると彼女は精神が不安定な男に告げた。

 

 

「ウォール・マリアを陥落させた大罪人とまだ捕まっていない詐欺師、仲良くしようではないか」

「免罪の可能性はないのでしょうか?」

「馬鹿言え、悪魔同士が庇い合う必要がどこにある?いざとなったら貴様を差し出すさ」

「首を洗って待ってます」

 

 

もうじき日が暮れる。

そうすれば、兵士を率いてシガンシナ区に向かう事になる。

お互いに兵士を死なせ続けた大罪人だからこそあえて罪人という認識を改めなかった。

 

 

「それに……君たちが帰還するのを待ち望んでいる者たちも居る。せいぜい生き残る事だな」

 

 

親指を後方に突き立てたエルティアナは、他人事のように呟いた。

それを見てエルヴィンは笑った。

 

 

「エレン!!ハンジさん!!みんなー!!頑張れ!!必ず戻ってこいよ!!」

 

 

リーブス商会の会長のご子息、フレーゲル・リーブスが声援を送っていた。

他にも調査兵団に期待する民衆たちが集まって手を振っていた。

 

 

「君は作戦を成功させて凱旋をする際の陣形と言葉だけを考えればいいのだ」

「承知しました」

 

 

エレンの実家の地下室で隠された物を確認したいエルヴィンに新たな目標が加わった。

自分たちが作戦を成功させて凱旋する姿を民衆に見せつけるという光景だ。

 

 

「では、やるべき事は分かるな?」

「速やかにトロスト区市街地に向けて兵を整列させます」

「主役は君たちだ、私は遠慮させてもらうよ」

 

 

民衆の言葉に応えるべきだと遠回しに伝えたエルティアナは、どこかへと去って行った。

すぐさまエルヴィンは部下たちに命じて兵士を街の方角に向けて立たせた。

 

 

「マジかよ、あんなに嫌われていたのに応援されてるぞ…」

「ああ、ここまで歓迎されるっていつの以来だ?」

「さあな、……そもそもそんな時があったのか?」

 

 

調査兵団に所属していた兵士の中で熟練兵はほとんど喪失していた。

もはや第三分隊出身の兵士の大半が占めており、僅かに第一分隊の兵を残すのみとなっている。

そのベテラン兵ですらここまで民衆に応援された例を知らなかった。

思わずディルク副長は、クラース班長と雑談してしまうほどに衝撃的な光景だった。

 

 

「私が知る限りでは、ここまで応援されるのは初めてだと思う」

「「ん?」」

 

 

いきなり団長が会話に割り込んできたので2人は彼の顔を見た。

 

 

「「うわっ…」」

 

 

満面の笑みを浮かべているエルヴィンはめっちゃ気持ち悪かった。

違和感があり過ぎて団長と親しいはずの2人は本気でドン引きした。

それはともかく肉の調達に携わったリーブス商会の関係者たちには感謝している。

こうして兵士の士気向上に繋がっているのは否定できる訳がないのだから。

 

 

「「「うぉおおおおおおおお!!」」」

 

 

調査兵団の次世代を担う104期調査兵たちが雄叫びをすると!

 

 

「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」

 

 

民衆も声援で返してくれた。

それをしっかりと確認したエルヴィン団長は深呼吸をする!

 

 

うおおおおおぉぉぉー!!!

 

 

左腕を挙げ、誰に負けない様に腹に力を込めて大声で咆哮を出した!

自分の魂を震えさせて他者に自分がこの場に居る証拠を示すように!

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

民衆たちも大声で団長の咆哮を声援で返した。

 

 

「チッ……これじゃあ大声で巨人を呼び寄せちまうぞ…」

 

 

舌打ちをしたリヴァイだったが、エルヴィンの嬉しそうな顔を見て満足したのか。

言葉とは裏腹に笑いながら民衆に向かって手を振っていた。

 

 

「諸君!!心臓を捧げよ!!」

「「「「ハッ!!」」」」

 

 

エルヴィン団長の号令で兵士たちが一斉に敬礼をした。

それを見たラナイ・マクロンは珍しそうに彼らを見て笑っていた。

 

 

「見て見てお姉さま、やっぱり敬礼って良いものですね」

「ところで、ラナイは敬礼の意味って覚えているか?」

「え?」

 

 

ところが、共感を得ようとしたらエルティアナに質問されてしまって硬直してしまった。

 

 

「えーっと…」

「ほら、意味を忘れているから我々の部隊は敬礼させなかったのだよ」

「ごめんなさい…」

「…訓練兵団では入団して真っ先に教えられる事だ。訓練兵未満なんて恥ずかしいぞ私は…」

 

 

最近、更に馬鹿になった様な気がする寵臣にエルティアナは敬礼の意味を教えた。

 

 

「あの敬礼は、『公に心臓を捧げる』という決意を示すのだ。よく覚えておきなさい」

 

 

クロルバ区から徴兵された駐屯兵たちに聴かせるように彼女は意味を告げた。

ここでようやく彼らは自分たちに敬礼をしろと命じられなかった意味を理解した。

 

 

「諸君らも胸を張って敬礼できる様にせよ。以上だ」

 

 

先遣隊として一足先に昇降機に向かうエルティアナは呆然とする兵士に背中を見せて歩いて行く。

その後ろ姿は、とっても頼もしく見えた。

 

 

-----

 

 

調査兵団の戦力とエルティアナとその配下が指揮する3個分隊が壁の外に降り立った。

兵士たちは分隊規模で横隊に配備されており、上官の号令を固唾を吞んで見守っている。

その視線の先には、エルヴィン団長とミケ副団長、そしてエルティアナ連隊長が待機していた。

 

 

「では、最後に確認しようではないか」

 

 

夕日に照らされて赤く染まっているエルティアナは、最後に確認をしていた。

 

 

「まずここは、人類の領域ではない。だから人類憲章ですら意味をなさない…つまりだな」

 

 

最初にここでは法律も人類憲章も意味をなさないと彼女は告げる。

 

 

「これから遭遇する人間に対しては積極的に殺人し、脅威を少しでも排除する必要がある」

 

 

殺人の許可を出すという意味合いは大きい。

もしかしたらグリシャの様に人類の味方が壁の外に暮らしているかもしれない。

だが、彼ですら人類の脅威であったので彼女は、調査兵団に部外者の殺人を許可した。

 

 

「ミケ・ザガリアス、君には悪いが、人間の匂いを感知したら速やかに私に報告しろ」

「承知しました」

 

 

調査兵団の副団長に就任した彼は、嗅覚で巨人の数と居場所を特定できる特技がある。

その特技を存分に活かす為に兵団上層部は手を打っていた。

 

 

「これだけは確認しておきたい。香水で鼻が曲がらないか?」

「問題ありません!」

「……そうか、その言葉を聴いたらフローラは成仏するほど嬉しいだろうな」

 

 

兵士と馬にはそれぞれ香水を付与しており、味方だと感知できる様に特訓してある。

逆に言えば、香水の匂いがしない者を感知した場合、排除しなければならない。

だが、香水が強すぎないかとエルティアナは再度確認したが問題なさそうで安心した。

 

 

「エルティアナ連隊長は、嗅いだ事がない香水だが…やはりフローラが?」

「そうさ、あの馬鹿が私用に作って提供してくれたものだ」

 

 

何故、兵士に香水を付与したかと言えば、先の内戦の影響が大きかった。

内戦のきっかけは、中央憲兵が調査兵と駐屯兵に化けてお互いの陣営に攻撃を加えた事だ。

そのせいで同士討ちが起こった事件を教訓とし、味方と識別できるようにしたのだ。

なにせウォール・マリアの領土には兵士の服装がいくらでも転がっているのだ。

兵服を奪って暗闇の中で部隊に潜入されればミケの嗅覚以外で感知する術がない。

 

 

「…続きを言って良いか?」

「問題ありません」

「それと香水を使用するタイミングだが、点呼を終えた休憩ごとに服用する事とする」

「「了解!」」

 

 

それと闇討ちで奪還作戦に従事する兵士から兵服を奪われる可能性がある。

なので事前に休憩するポイントを決めておき、兵士たちには香水を複合させる。

そうすれば、調査兵から兵服を奪っても、一瞬でミケは部外者を見抜く事ができるからだ。

 

 

「あとは、調査兵団と私の部隊の指揮は、それぞれの所属する部隊長のみとする」

 

 

それと指揮系統の確認をした。

調査兵団では巨人との戦闘で団長が代わるほど指揮系統の変動が激しい。

第57回壁外調査では、班長とは別に班長心得の役職に就く者が34名居たほどである。

ここでは、調査兵団とエルティアナが連れて来た3個分隊は、独立した指揮系統となっている。

 

 

「例外は、私の指示でミケ副団長の元に就いた対人立体機動部隊のみだ」

 

 

唯一の例外は、兵士に紛れた部外者を感知したミケの指示で動く対人立体機動部隊だ。

調査兵団に志願した兵や104期兵に殺人をしろと命じるのは無理がある。

そこで汚れ役として対人を想定する兵士をエルティアナは連れて来たのだ。

 

 

「残りの作戦については追って話す。質疑はあるか?」

 

 

エルティアナは簡潔に確認をとって最後に質疑応答の時間を取った。

 

 

「もしも、夜間移動中に作戦が続行できなくなった兵士が発生した場合は?」

「切り捨てろ、エルヴィン以上のお荷物が居るとは信じたくないものだがな…」

 

 

ミケ副団長の質問に対してエルティアナは冷酷な返答をした。

さきほどの殺人の許可は、調査兵にも及んでいたのだ。

作戦に支障が出るくらいの兵士は、敵性の工作員と何も変わりがないという事である。

それに敬礼をしておいて命惜しさに逃げる奴も死罪以外に選択肢はない。

 

 

「しかし、夜間移動では道から逸れる部隊が発生する可能性がありますが…」

「それを発見し、誘導するのもミケの仕事だろう?いらん心配をするな」

 

 

エルヴィンは、悪魔と自嘲しながらも最後まで兵の事を心配していた。

それに対して『作戦を成功させる事だけを考えろ』と暗に告げた女将校に黙らされた。

実際には風向きで匂いが嗅ぎにくい事態は発生するだろうが…あえて言わなかった。

 

 

「では、エルヴィン・スミス、号令を出したまえ。君以外に適任はいないだろう?」

 

 

あくまでも、作戦を成功させてトロスト区に凱旋するエルヴィンを演じろと彼女は告げていた。

念を押された彼は、決められた場所に向かって馬を進めて待機した。

後方を確認するとハンジ分隊長と他、分隊長と班長が頭を縦に振った。

それを確認したエルヴィンは、腹を括った!

 

 

ウォール・マリア最終奪還作戦――!!開始!!

 

 

喉を潰すつもりで号令を下した彼は、馬の脇を優しく蹴って進軍の指示を下した!

 

 

 

進めええええぇぇーー!!!

 

 

 

進軍を指示した団長は、真っ先に前へと進み!

ミケ副団長が指揮する部隊が縦隊となって団長の後に続いた!

更に各部隊も縦隊となって進軍を開始した!

広大な平原を過ぎて山脈に辿り着いた頃には、明かり無しでは一寸の先も見えなくなっていた。

 

 

「妙だ、巨人の匂いがほとんどしないぞ」

 

 

本来だったら巨人の包囲を避ける為、夜間の間に山脈を越えるつもりだった。

しかし、ミケの嗅覚のおかげで思ったより巨人が居ない事が判明した。

 

 

「それは街道の方か、それとも山脈の方か?」

「どっちもだ、少なくとも街道方面には巨人が居ない」

「なるほど……そうか」

 

 

嗅覚も万能ではなく障害物が多い山脈だと感知し辛かった。

ここで作戦を変えるべきではないが、少なくとも暗闇で不安がる兵士に朗報を告げられる。

ミケはそう伝えたかったが、エルティアナは別の考えがあった様だ。

 

 

「では、そのまま全ての部隊を街道跡に向かわせるとするか」

 

 

エルティアナは、あっさりと作戦を変更し、全ての部隊を街道に向かわせる事にした。

これには、調査兵団の上層部も驚愕し、彼女の考えを改めさせようと提言する。

 

 

「お待ちください。感知できない範囲に巨人の群れが存在する可能性があります」

 

 

独特な香水を纏っている女将校にミケは自身の能力の欠点を簡潔に告げた。

 

 

「だからこそだ、奴らは我々の想像を上回る。だから我々も常識を覆す必要がある」

 

 

しかし、エルティアナは街道に巨人が居ないと事実を知った以上、意見を撤回させなかった。

理由は2つある。

 

 

「いや、街道跡に向かうべきだ。夜明けになる前にシガンシナ区に向かう必要があるからな」

 

 

まず、彼女は訓練していない兵士たちが集団で夜間の登山をするのは危険だと判断した。

いくら光る結晶で足元を照らせるとはいえ、急な斜面で足元を取られて負傷する可能性がある。

特に調査兵団の所有する馬は、原始林が生い茂っている山脈を登山させるのに向いていなかった。

馬は兵士より貴重であり、もしも大怪我をしたら捨てるしかないほど繊細であった。

 

 

「それともう1つ、見送った民衆の中に敵性スパイが居るという可能性から到着時刻を早めたい」

 

 

今回のウォール・マリア最終奪還作戦は、実施する日数が予め定められている。

もしも、指定日を越えても調査兵団が帰還しなければ、作戦が失敗したと認識させる為である。

なので事前にある程度の作戦内容と、それを実施する時刻を兵団政権に伝えていた。

問題なのは、その情報が外部に持ち出された可能性だ。

 

 

「特に民衆の口止めは信用できないからな」

 

 

兵士なら緘口令を敷けば、ある程度であるが、情報が洩れる事はない。

だが、民衆が調査兵団の動きを知っていれば、他者に情報を漏らしてしまうだろう。

こっそりと立体機動で壁を登って来た巨人化能力者がその情報を入手しても可笑しくない。

 

 

「それに…情報が漏洩しているならば、逆に利用する事もできるという事だ」

 

 

だからあえて到着時刻を前倒しにして敵の想定より早く辿り着く必要があると彼女は告げた。

これに対してエルヴィンは少しだけ迷ったが、すぐに決断をした。

 

 

「了解した、街道に全部隊を進軍させよう」

 

 

既に面倒な事を彼女に押し付けていたエルヴィンは、気が楽になっていた。

もちろん、気を引き締めないといけないが、責任が分散している安心感は大きい。

悪魔として口先だけで他者を誘導してきた男は、ようやく他者に頼る事ができたのだ。

 

 

「シガンシナ区の到着時刻は……馬で走らせれば4時間は短縮できるだろう」

 

 

地図を確認したエルティアナは、到着時刻を計算して報告をした。

 

 

「よし、そうとなれば、各班に知らさなければな!」

 

 

ミケ副団長も団長の決断に賛同し、迅速に動いた。

その結果、兵士たちは想像以上に早くシガンシナ区に辿り着ける事を知った。

 

 

「オイオイ、マジかよ。まだ巨人と一戦を交えてねぇのによ…」

 

 

ユトピア区防衛戦後に壁の外に飛び出したコニーは信じられなかった。

あれほど巨人に追われてフローラを見捨てて逃亡したくらい魔境だった場所が!

たかが夜間に移動するだけで巨人と遭遇しない事実に驚愕していた。

 

 

「確かに変だね。かなり昔では、壁の外に死刑囚を放り出して巨人に喰わせる刑法があったのに」

 

 

アルミンも、夜間では巨人の動きが鈍るだけで全く動かないという事は無いと知っている。

現に刑法の記録を記した書物によると壁外に居た死刑囚が夜間に巨人に喰われたと記述があった。

だからウォール・ローゼに巨人が湧いた際に夜間でも調査兵は巨人の動きを警戒していたのだ。

 

 

「つまり、巨人もおねんねしてるって事じゃないか?まあ俺は嬉しいが…」

 

 

一番ビビっていたジャンは、震えを誤魔化す為に強がっていた。

 

 

「でもよ、満月じゃないのも関係してるんじゃねぇか?」

 

 

コニーからすると新月の今だからこそ巨人は動いていないと思っていた。

実際、月は日光に照らされていると分析されているのでその影響があるという話を聴いていた。

 

 

「そうかもしれない」

 

 

ミカサも頷いてコニーの意見に賛同した。

 

 

「これからは夜間に移動すれば危険が少ないって事ですか!よかった…」

 

 

ユトピア区防衛における激戦を思い浮かべていたサシャは馬の上で安堵していた。

 

 

「そうか、意外だな……まあ、入り口が限られているから当然かもな」

 

 

エレン・イェーガーだけは、こっそりとある事実を聴かされていた。

クロルバ区に拠点を置くエルティアナ率いる部隊が巨人を掃討していた事に…。

その際に多くの血が流れたと知っているからこそ彼は事実を告げなかった。

皆から内緒にする前提で話してくれたエルティアナの約束を守る為に…。

 

 

「エレンの言う通りだ。むしろ、なんでこんなに巨人が侵入してるんだろうな」

 

 

後輩の意見を肯定したオルオは、巨人の数が可笑しい事に気付いた。

シガンシナ区の二カ所に穴が開いただけでここまで巨人が侵入するのかと…。

誰かによって巨人の大群が誘導されていない限り、あり得ないと感じてしまった。

 

 

「獣の巨人によって誘導されたかもね」

 

 

オルオの疑問に対してペトラは獣の巨人の仕業だと断定した。

証拠としては伝聞しかないが、話を聴く限り、奴の声で巨人が反応した事は間違いない。

それにフローラ・エリクシアによってそいつが巨人化能力者である事が判明している。

 

 

「とにかくオレが穴を塞がないと何も変わりません」

 

 

今回のウォール・マリア奪還作戦の成功の鍵を握るのはエレン・イェーガーだ。

地下室の鍵を首からぶら下げている彼は、他にも様々な鍵を抱えていた。

人類の反撃というきっかけの鍵を握る彼の瞳には迷いは無かった。

 

 

「お前ら、赤色の瓶に入っていた香水を塗ったか?」

「「「「塗りました!」」」」

 

 

予定時刻前にリヴァイは部下に香水を塗ったか確認しに来た。

迷わずに一同が即答すると彼は頷いた。

 

 

「予定より2分早いが進軍するぞ。てめぇら、俺について来い!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

リヴァイの放った命令に従った調査兵団特別作戦班は移動を開始した。

先行するエルヴィンが率いる先遣隊の後に続いて馬を走らせた。

その道中に5m級の巨人が寝っ転がっているのをエレンたちは目撃した。

が、それだけでそのまま無視をしてシガンシナ区の裏門が見える丘までやって来た。

 

 

「スンスン」

 

 

ここでミケ副団長は、この場ではありえない匂いを感知した。

 

 

「おかしい、人間の匂いがするぞ…」

 

 

巨人が侵入してくる場所にほど近いのに人間の匂いがした。

しかも、香水を一切身に着けていない人々がシガンシナ区の裏門を囲む様に展開していた。

 

 

「ほう?やはり人為的に巨人を少なくしていたか」

 

 

エルティアナは、嗅覚が優れる男の話を聴いて笑った。

彼女自身、調査兵団がトロスト区で訓練している間に巨人の群れを掃討していた。

しかし、シガンシナ区裏門付近までは実施できていないのに巨人と遭遇しないのに疑問があった。

ようやく答えが判明した彼女は、一瞬だけ笑ってカーフェン分隊長の顔を見る。

 

 

「カーフェン分隊長、ミケ副団長の指示に従って不審者を1人残らず始末しろ」

「承知しましたが、その後はどうしますか?」

「それはミケ副団長の指示で動け。以上だ」

「承知しました」

 

 

夜間のうちに巨人になる可能性がある人間を事前に発見できたのは幸運であった。

すぐさまエルティアナによって殲滅命令が下されてミケ副団長率いる部隊が動き出した。

 

 

「エルヴィン、これで退路を断たれる可能性が減ったな」

「では、しばらくこの場で兵を待機させてもよろしいでしょうか?」

 

 

事前に脅威を排除出来て嬉しさを隠さないエルティアナは、エルヴィン団長に話しかけた。

すると、彼は掃討作戦が終わるまで兵を待機させたいと提言した。

 

 

「別に構わんさ、シガンシナ区は我々の元から逃げたりしないからな」

 

 

エルヴィンの提案を受け入れたエルティアナの視線は、裏門に向けられていた。

あそこは、彼女が管轄していた場所であり、巨人と死闘を繰り広げた場所でもある。

なにより、鎧の巨人が落とし扉をぶち破った瞬間を今でも鮮明な記憶で振り返る事ができる。

 

 

「ああ、懐かしいよ。()()()()()()()()()()はあそこで終わってしまったのだからな」

 

 

エルティアナ・ヴェルダンディという女憲兵の人生はあそこで終わったと言っても過言ではない。

そして今の自分は、エルティアナという名前を継いだ悪魔でしかない。

そう自覚している彼女は、ようやくたどり着いた景色を目撃して泣いていた。

 

 

「悪魔でも泣く事はあるのだな…」

 

 

珍しい光景を目撃したエルヴィンは思わず本音を告げた。

 

 

「人を惑わすには、人を誰よりも理解していないといけないからな」

「違いない」

 

 

彼女の返答を聴いてもう1人の悪魔は頷いた。

時には自分すら欺く彼は、同類になってしまった女将校の意見を否定できる訳が無かった。

 

 

「私は4個班に付近の哨戒任務を命じて来る。その間まで貴公は待機せよ」

「それが終わったら私は後退してもよろしいのでしょうか?」

「馬鹿言え!ミケ副団長の朗報を聴くまで一緒に待機するに決まっているであろう!?」

 

 

ミケ副団長という存在が欠けた以上、巨人の脅威は高まっている。

なので4個班に哨戒任務を命じにエルティアナが後退しようとするとエルヴィンの煽りを受けた。

反論して去って行く女将校の後ろ姿を乗馬していた彼は、笑って見送った。

 

 

「ふぅ……やはり後任に譲るべきか」

 

 

エルヴィン・スミスは、先代団長の様に団長職を移譲しようと決意した。

やはり、参謀として調査兵団を支えるべきだという感情が強くなったからだ。

それに長年の夢を叶えてしまうと、抜け殻になってしまうと自覚しているのが大きい。

 

 

「ミケ、ハンジ……そしてリヴァイ…俺はどうやらここまでの人間の様だ」

 

 

あと少しで夢が叶うのにそれを叶えたくないという矛盾。

一見すると可笑しな話だが、エルヴィンはその矛盾にずっと苦しんでいた。

いわば呪いとなって彼を蝕んでおり、夢と現実、責任と私情に挟まれて追い詰められていた。

 

 

「フローラ・エリクシアが本当に羨ましい…」

 

 

今まで頭痛の種であった問題児であったが、自分の意志で最後まで進めた彼女に嫉妬していた。

エレンが自由を求めている様に彼もまた、心の奥底で自由を求めていたのだ。

だからどんな結果で終わろうとも、彼はこの作戦で団長職を降りる事にした。

 

 

「だが、次世代の為にも後任を作るのは俺の仕事でもあるな」

 

 

それでもエルヴィンは、アルミンという104期兵を立派な参謀に育てあげようと決意した。

もしも、夢が叶ってトロスト区に凱旋したら彼は、次の目的をリヴァイに告げるつもりだ。

 

 

「……キース団長の教え子だ。きっと調査兵団の団長に担ってくれるさ」

 

 

ようやく次の目的を見出した彼は、シガンシナ区の門を見つめた。

かつて何度も通った場所は、今でも自分を出迎えてくれるようであった。

 

 

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