進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ここ最近の調査兵団の任務は、来るウォール・マリア奪還作戦の布石を打つ作業である。
荷駄隊に掲載した保存食や補給物資を点在する廃村や廃街に設置して橋頭堡にする。
ただそれだけなのだが、巨人が覇者のように闊歩する危険地帯。
巨人の領域への派兵には毎回、3割以上の損害を被るのだ。
「エルヴィン、今なんて言った?」
「退却だと言ったんだ」
「今、部下の死を看取ったところだぞ。俺の部下は犬死にか?」
リヴァイは、調査兵団団長のエルヴィンの命令が信じられなかった。
ここで退却したら、文字通り何の成果も得ておらず、部下数名が巨人に殺されただけである。
先ほど死んだ部下に意志を継ぎ巨人を殲滅すると約束したばかりであった彼には譲れないものがあった。
「巨人が街を目指して一斉に北上を始めた!」
「まさか…」
「ああ、察しの通り、5年前と同じように壁が破壊されたかもしれない」
5年前、つまりシガンシナ区陥落の事件。
これがきっかけで、人類は1割の人口と約3割の領土を失った。
今度はトロスト区で同様の事件が繰り返されようとしている。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「ペトラ!右翼に展開したオルオとエルドを呼び戻せ!退却の準備をするぞ」
「はい分かりました」
共に死を看取った彼女の後ろ姿を見送るとリヴァイは亡き部下の前にスナップブレードを構えた。
「済まねぇなアンダーソン、お前との約束は少しだけ先延ばしになっちまった」
「だが、お前の残した勇気と意志は俺の力となり必ず巨人を殲滅してみせる」
「だからよぉ、ゆっくり休んでいけ」
リヴァイは、決して後ろを振り向かずに本体と合流する為に馬に跨り駆けていった。
ところが調査兵団は再編成に手古摺りトロスト区の門を目視で確認できる頃には夕方になっていた。
「うわ…想像以上に酷いことになってるね」
「ほう?さすがにこの状況だと人間性が残るか」
「もう、酷いね!私をなんだと思ってるんだい!?」
「人類の奇行種」
「うわあああひどいー!聞いたかモブリット!?」
「分隊長!前を見てください!!」
第4分隊長ハンジ・ゾエは、建前上ではあるがリヴァイの評価に傷つき副官のモブリットから満足を得る返答をもらった。
そうでもしないと心が折れる所だった。
巨人と何度も対峙している自分ですら恐怖で怯えることがあるのだ。
それを民間人が味わったとなると何かに酔わないとやっていけなかった。
「リヴァイ、あの門を見て何を思った?」
「ああん?超大型巨人に破られて穴を空けられて必死に防戦してるしか見えんが」
「それだ、いくらなんでも戦力が手薄過ぎないと思わないか?」
「…何が言いたい?」
エルヴィンの意見を踏まえてリヴァイが門を眺めてみると戦力が過剰に少ないのが分かった。
門を最優先で守るはずが何故か複数にまとまって分散しており、まるで誘い込んでいるようである。
それほど、応戦している兵力が少ないのだ。
「もしかしたら、これは内通者によって起こされたかもしれない」
「チッ!厄介だな!」
「リヴァイは、第3分隊を率いて門の右翼側から侵入してくれ」
「ハンジ、君は第4分隊を率いて左翼から侵入し、情報取集を頼む」
「おいおい、死ぬ気か」
「だったらこんな指示はしないさ」
エルヴィンは、本隊を率いて正面の門に群がっている巨人を掃討する指揮を執るつもりだった。
ただし、門上に展開している部隊は味方と限らない可能性があるのも承知の上だ。
それを横目で見ていたリヴァイは最悪の事態を想定して、スナップブレードを構えた。
「よしお前ら!俺に黙って付いてこい!」
「「「「ハッ!」」」」
リヴァイが第3分隊を引き連れていったのを確認したハンジも左側に馬を走らせた。
「よし、団長から聞いた通り、私たちは左へ行くぞ!モブリットはその指揮を頼む!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待って…分隊長!先走り過ぎです!せめて1個班だけでも護衛を…」
モブリットに面倒事を全振りしてハンジは門前にいる巨人の群れを回避してアンカーを壁に突き刺した。
「いーやーっほいいいいい!」
滅多に【壁】を登る機会が無いが、こうして壁を登っていくのは楽しい物があった。
少なくとも巨人を観察しているだけで一日を終わらせるよりは。
「なんだこれ…」
ハンジは驚愕した。
トロスト区は想像以上に地獄であった。
壁下を眺めれば、民間人や兵士の肉片が散らばっており巨人が堂々と闊歩していた。
ただ、何故か壁の隅に30体以上巨人を集めているにも関わらず砲撃をする気配がなかった。
「おい、あんた調査兵団か!?」
「見れば分かるでしょ!…一体何をやってるんだ!何であそこに砲撃をしないんだ!」
「巨人化できる人間兵器が大岩を担いで穴を塞ぎに来るんだ!」
「そのせいで、戦力の大半がその囮として使われて身動きが取れないのよ」
「砲撃したショックで巨人を街に目を向けるのを防ぐためでもある」
ハンジは、駐屯兵団の兵士たちの会話が理解できなかった。
巨人化?人間兵器?そんなものあるわけないじゃないか。
だって、人類の英知で造り上げられた調査兵団にそんな情報など一切入って来なかったのだから。
「はぁ?人間兵器!?しかも巨人化できるの?」
「ああそうだ!あそこに岩を担いでいる巨人が居るだろう!あいつがそうだ!」
「うっそ!?」
「とにかく岩を担いだ巨人だけは討伐しないでくれって調査兵団に伝えてくれ!」
慌てて望遠鏡で覗くと大岩を担いでいる巨人の周りで兵士たちが護衛していた。
その中に顔馴染みのリコ・ブレツェンスカの姿もあった。
駐屯兵団第一師団の精鋭部隊が巨人を護衛するかのように展開しているのを見て事実だと思った。
「なるほど、良く分かった」
「リヴァイ?!あんた、右翼に展開したんじゃ…」
「そのつもりだったんだが、どうも違和感があってな!ここに来てみたら当たりってとこか」
「ところで、あの巨人、誰がなったんだい!?」
「ピクシス司令の演説では、エレン・イェーガーって言ってたな」
エレン・イェーガー。
ハンジの記憶では、そんな人物名など知らなかった。
とにかく王政府が調査兵団に内緒で何かを隠しているのは間違いないだろう。
少なくとも何も知らずに屍の山を築いてきた調査兵団の尊厳を踏みにじる行為だ。
「おお!岩を転がし始めたぞ!」
「早いな!これならすぐに穴を塞げるぞ!」
「えええ!?あの巨人、知能があるの!?」
「我々だって知らされてないさ!ただ、あの巨人が岩で穴を塞げば万事解決なんだよ!」
巨人に多少の知能があるのは、交戦した経験から分かっていた。
ただ、あそこまで露骨な行動を取るのは想像を超えていた。
「分隊長!やっと追いつきましたよ!今度は…」
「モブリット!巨人化する人間って信じるかい?」
「何を仰るんですか!そんな人間居るわけがないでしょう!」
「居るんだよ!あの大岩を転がしている巨人だよ!」
「ハァ…!?」
副官のモブリットが疑問に思うのはしょうがないとハンジは思った。
自分ですらまだ心の整理が付いていないのだ。
「事情は理解した、つまり少数なら巨人を狩ってもいいのだろう」
「えぇ、そうですが」
「俺1人で充分だ!ハンジは、第3分隊の指揮を頼む」
「ちょっ、嘘でしょ!?」
リヴァイは、駐屯兵団の足手まといになりかねない第3分隊をハンジに押し付け壁内へと降りて行った。
慌てたハンジを横目であんたが私にやった事と同様の事ですよ!
と言わんばかりの視線を送ったが効果がない事は、彼が一番理解していた。
「モブリット!」
「今度はどうされたのですか!?」
「見て見て!あの巨人の群れの飛び回っている兵士を!」
上官が子供の様に目を輝かせているのを見て、モブリットは望遠鏡で現場を覗いてみた。
そこには巨人の群れの中心で飛び回っている栗色の髪の女兵士が居た。
巨人にアンカーを撃ちこんで空中を駆けまわる技量の兵士などそういない。
リヴァイ兵長、ミケ分隊長、オルオ、エルドくらいのものだろう。
「確かに凄い技量ですね!さすが駐屯兵団第一師団の精鋭!」
「その子、訓練兵だよ」
「うっそ!?」
慌てて望遠鏡で覗くと、確かに背中の紋章が駐屯兵団の薔薇ではなかった。
さきほど見た時と比べて巨人を2体討伐しており只者ではない事は一目でわかる。
「モブリット!」
「はい!」
「私、あの子が欲しい!」
「ええええ!?」
「あんな人材を駐屯兵団や憲兵団で腐らせるのは勿体ないよ!ぜひ私の部下になってもらう」
兵団選択は、訓練兵の意志によって行われるもので決して圧力で決めさせるものでない。
そもそも訓練兵は王が預かっている。
つまりフリッツ王が一時的に所有している戦力であり、ザックレー総統ですら兵団を任命する権限はないのだ。
なのにハンジ分隊長は、無理やり調査兵団に連れてきて第四分隊に拉致する気満々である。
もちろん、そんな外道な事を阻止する為に論争したが、モブリットの完敗で終わった。
「おいお前ら、いつまでやっている気だ」
「くっ分隊長!お願いですから勝手な行動を取らないでくださいね!」
「ああ分かってる分かってる!」
その場にいた者たちは、絶対に分かってないだろうと内心で感じていた。
当事者であるハンジですら他人事でそう思ったくらいだ。
「報告!精鋭班の救出が終了しました!なお巨人を駆逐するまで後1日は掛かるかと…」
「本当に穴は大丈夫なのだろうか」
グンタ・シュルツの報告により、精鋭班の救出が終わった事が判明し駐屯兵団の兵士たちは安堵した。
これでようやく、壁内巨人の討伐に取り掛かれるのだ。
一方、エルド・ジンは金髪の頭を掻きながら不安を述べた。
「その心配は不要です。駐屯兵団の工兵部が封鎖作業を行なっております」
「駐屯兵団には多大な負担をかけてしまった。本当に申し訳ない」
「いえいえ、調査兵団の皆さんのおかげで工兵部隊が安全に作業ができております」
「我々だけではとても…」
ハンジは、エルヴィン団長とリコ班長の会話よりあの女訓練兵が気になっていた。
ちょうど都合よく、ゲンタに続いて壁上に登って来てくれた。
第一印象は、疲労でボロボロになっているが少なくとも勇敢な兵士に見える。
「ご苦労だったリヴァイ」
「労いの言葉ならそこのガキにかけてやれ」
「…彼女は?」
「穴を塞いだエレン・イェーガーと同じ第104期の訓練兵です」
「…そうか、恐怖に耐えながらよく頑張ってくれた。皆に代わって礼を言う」
ここでフローラは、なんとなく壁上に登ってきてしまったのが間違いだと気付いた。
人類最強のリヴァイ兵長の扱い具合から目の前にいる整った金髪の男。
彼こそが、調査兵団の団長エルヴィン・スミスだと気付いた。
思わず姿勢を正し、敬礼をしたが団長はそんな堅苦しい事は嫌いのようであった。
「エルヴィンは見てなかったと思うけど、卒業したての訓練兵とは思えなかったよ」
「分隊長!?まさかここでやるつもりですか!?」
「いやいや、さすがにお疲れの所に畳みかけるほど私は鬼じゃないよ」
それよりゴーグルを付けた女性隊員がこちらを舐め回すような視線をしており身の危険を感じていた。
そして、優しそうな男性が副官であり色々苦労している事をなんとなく察することができた。
「とにかく君は疲れているだろう…兵舎に帰還して同期たちに顔をみせてあげなさい」
「ハッ!」
とにかく逃走できる大義名分を得たフローラは慌てて逃げ出すようにその場を後にした。
それと今まで肝心な事を忘れていたのもある。
結局、お肉が食べられなかったのだ。
彼女は、食堂に一直線に向かっていった。
「あっーーーーーー!!」
「分隊長!?」
「どうした奇行種?」
「あの子の名前を訊くの忘れてたあああああ!」
「エルヴィン、こいつを殴って良いか」
「構わん、やれ」
「ええっ!?」
まさかの団長による殴打許可に微笑むリヴァイと対称的な反応を示したハンジ。
さすがに第三者視点からでも、ハンジ分隊長の乱心には目に余っていたようだ。
リヴァイが軽く殴ると、彼女はまるで鶏の首を絞めたような悲鳴をあげた。
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夜の帳が下りてトロスト区内にいる巨人の活動が鈍くなる頃。
いつもなら訓練兵で席が埋まるほどで騒がしくなる食堂が静寂な空気である。
「ううっ…」
芋女こと、サシャ・ブラウスは食事に手を付けられなかった。
トロストの門の上で隠したお肉が結局食べられなかったのもあるが、今回はそれどころではない。
いつもなら食欲旺盛で、油断している同期たちのパンまで齧る彼女も地獄で心が折れたのだ。
「ごめんなさいごめんなさい…」
【固定砲整備4班】がウォール・マリアを奪還してお肉をたくさん食べる誓い。
今考えれば、なんて身の程知らずで無知で無謀なことだったのだろう。
兵団本部の建物で巨人のうなじを斬り損なった時、死を覚悟した。
誰もあの失敗を責めて来なかったが、逆に彼女の心にヒビが入った。
「すまねぇ…やっぱオレは憲兵に…」
コニー・スプリンガーは、トロスト門で誓った事を無かった事にして憲兵になる事にした。
超大型巨人が空けた穴から巨人が侵入してきた時、彼は足を動かすことはできなかった。
ところが、訓練兵だけで巨人を討伐できてしまい、自分でもできると突っ込んでいった。
「誰も責めんだろう…母ちゃんだって…」
結果、5体も巨人が討伐出来て英雄気取りだったが何のことは無い。
全部フローラがやったことであった。
巨人討伐も、囮になって逃げ道を切り開いたのも、兵団本部に突入できたのも全てそうだった。
故郷であるラガコ村の皆に自慢する為、憲兵になる。
それが亡き同期たちにできる…いや、ただ巨人から逃げたいだけであった。
そうでなければ、顔を机に埋めて震えたりなどしないのは彼自身が自覚していた。
「生きているのが信じられねえ…」
ジャン・キルシュタインは、最も長く感じられた1日を生き延びたのが信じられなかった。
一番、怖かったのが立体起動装置の一部である操作装置が故障した時だ。
突然、トリガーを弄ってもファンが動かずに立体機動が行えなくなった。
原因は、操作装置のメンテナンス作業中に異物を入れてしまった自分のミスである。
「あいつ、結局帰って来なかったな…」
あの時、ミカサの抱擁に嫉妬した彼は、近くに居たフローラに喧嘩を売った。
そしてなんだかんだで結局、直接謝る事はできなかった。
そもそも食堂に居る同期たちは、フローラに助けられている。
彼女が指揮した兵団本部に突入する作戦に参加しなかった者は誰1人ここには居なかった。
本部に立て籠った補給班の連中は縮こまってテーブルに伏せている。
「あんな強い奴でも、あっさり死ぬのか…」
ジャンは、憲兵になり内地で優雅に暮らす予定だった。
そう、巨人と縁がない生活をしたかった。
でもトロスト区に巨人が侵入してきた時、どこにも安全な場所は無いと悟ってしまった。
あれだけ強かった彼女がここに居ないという事は、既に戦死したのだろう。
だったら目の前のパンと温かいスープを食べていいのではないか。
「ダメだ…震えが止まらねえ…」
せっかく食堂の隅にあるテーブルで1人で晩飯を食べようとしたが震えていた。
過呼吸で息が苦しくなり、地面が揺れている気がして精神的に不安定になってきた。
「ああああああああっ!!めしいいいいい!」
突然、扉を勢い開けて奇声をあげて突入してきた女が居た。
何事かと、落ち込んでいた訓練兵たちは声の主を見た。
「ねえ!晩御飯!まだ残ってる!?」
「ゴメンね、既に残飯回収班が持って行った後だよ!」
「そんなあああ!!わたくし頑張ったのに!こんなのってないわよ~!!」
声の主はフローラであった。
サシャに次ぐ食欲旺盛で煩い奴である。
彼女は、食堂に来るのに遅れてしまい慌てて突入したが、結果は無残であった。
「あいつ生きてたのか…」
「見ろよ、あの泣きそうな顔を…」
昼ご飯すら食えなかったフローラ。
だが彼女には賭けがあった。
すぐに同期たちの顔を見てお目当ての男を探す。
その姿を見つけた瞬間、走り出してジャンの席の向かい側の椅子に勢いよく座った。
そして、ジャンのパンとスープに手を伸ばした。
「おい、なんのつもりだ!?」
「はぁ!?『今晩の食事を全部持っていけ』って言ったのジャンじゃないの!!」
「待ってくれ…俺、昼飯を食べてないんだ…!」
「奇遇ね!わたくしもそうよ!そういう事でもらうわよ!」
無慈悲に奪おうとして彼女が掴んだパンの反対側を掴み阻止をしたジャン。
「…ジャン、貴方は約束を守る男だと思っていたけど、失望したわ」
「失望してくれてもいい、今日だけは見逃してくれ」
「フローラ?」
「どうしたのミーナ?クリスタも…?」
そこにはパンを差し出しているミーナとクリスタが居た。
それどころか同期たちがパンの欠片を差し出している。
あのサシャですら食べかけのパンの半分を差し出していた。
「これでジャンを許してくれない?」
「気持ちはありがたいけど、わたくしは正当な理由でジャンから晩御飯を取り上げるのよ」
「分かってる…でも、みんな貴女に助けられたから…!」
「心配したの…みんな、心配したの!!」
ミーナとクリスタが泣き出してしまい、オロオロとするフローラ。
とりあえずハンカチで涙を拭こうとしている彼女の後ろ姿をジャンが見つめていた。
「フローラ済まない…」
「何よ、急に改まって…晩御飯を提出する覚悟でもできたの?」
「俺は本当に最低野郎だ」
「そうね」
「こんな最低な野郎を!助けてくれてありがとうな!」
頭を両手で搔きながら恥ずかしそうに謝るジャン。
それを見たフローラの怒りは徐々に収まってきた。
「分割して晩御飯を渡すからさ…今回はこれで勘弁してくれ」
パンを半分に割って右手で取立人に手渡すジャン。
彼女は無言で右手でパンを受け取りそのまま美味しそうに頬張った。
その様子を見て、フローラってこんな美人だったのかとまじまじと見つめていた。
視線に気づいたフローラはジャンに対して口角を上げて優しく微笑んだ。
釣られてジャンも同じように微笑んだ。
「ほげっ!!」
「汚くてパンがまずくなったじゃない!この嘘つき野郎!!」
唐突にもらった“平手打ち”!
予想外の“罵倒”!
当然の暴力がジャンを襲った!
その後、どうでもよくなったのか追撃することはしなかった。
それから同期たちから少しずつパンを分けてもらってご機嫌になったフローラ。
その勢いのまま彼女は、即席で作った鎮魂歌を歌い始めた。
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教官のキース・シャーディスは食堂の前で立ち竦んでいた。
教え子たちが意図せず地獄を見たのだ。
傍観者に徹するのが彼のスタンスであるが、さすがに無視できずにここまで来てしまった。
深呼吸をして覚悟を決めてゆっくり扉を開いて中の様子を覗いてみるとそこには…。
「「「「心臓を~♪捧げよう~♪みん~なの為に♪」」」」
「「「「心臓を~♪捧げよう~♪亡き~友の為に♪」」」」
そこには円陣になり男女が肩を組んで大声で鎮魂歌を歌っている104期生が居た。
フローラの作った鎮魂歌をミーナとクリスタが歌い始めて、そのまま全員を巻き込んだのだ。
発狂しそうな気持ちを大声で掻き消すように亡き同期たちの事を思って歌っていたのだ。
それを目撃した彼は、ここに来た自分の選択が間違っている事を深く反省した。
既に104期生は、様々な試練を乗り越えて兵士として認めて送り出していたのだ。
自分の役割は、後輩になる人材の教育と、彼らの活躍を見守る事を思い出して帰路に着いた。
フローラは、意図せずに絶望の淵に立たされた同期たちの心を立ち直らせたのだ。
一方、そうとも知らず、彼女は引き離されたエレンの事を心配していた。