進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
調査兵団の兵士やクロルバ区から徴兵された駐屯兵は変な光景を見た。
赤い体毛の馬の後方から紐が伸びており、それを視線で追うと人間と繋がっている。
ただし、何故か両足首に紐が結ばれており、ズルズルと地面に引き摺られていた。
遥か昔に禁止された刑罰を目撃した兵士たちは本気でその行為に困惑した。
「あれが巨人化能力者か?」
「さすが兵長!やっぱり最強だ!」
「調査兵団万歳!!万歳!!」
とりあえず、あれが獣の巨人の能力者だと思って歓声を送っていた。
実際、その通りなのだが、リヴァイの気持ちは重い。
獣の糞野郎によって囮になった兵士たちが犠牲になったのだから。
一方で違う見方をする集団も存在した。
フローラによって完全に掌握された中央第一憲兵団出身の兵士は驚いた。
「五体不満足じゃない…?意外とあっさり降伏したからああなったのか?」
「丸焦げのハムの切れ端になっていない…だと?」
「嘘だ、あれほど拷問するのを楽しみにされていたのに…」
「完全に我々に対する見せしめだろ?さすが飴と鞭が上手い女だ…」
獣の巨人の能力者が意外と人道的な処置を取られたのにびっくりした。
死刑囚や芸術作品で中央憲兵もドン引きする非人道的な人体実験していた女らしくなかった。
なので本当に異変が無いのか本気で観察していた。
「あの馬の背中に何かが結び付けられているな…アレか?」
「ああ、おそらく毛布を引っぺがせば…」
「とりあえずあの女の逆鱗に触れたのは間違いないみたいだな…」
すぐに彼らは、フローラの愛馬の背中に紐で縛られた毛布が人体を隠していると気付いた。
囮になった負傷兵ではあんな感じに隠す必要はないので…一部の兵士は無言で合掌をする。
「フ……エルティアナ連隊長に敬礼!」
最も心優しいが、最も冷酷でもある女将校に忠誠を誓う狗たちは、彼女に向かって敬礼をした。
その張本人は、外套のフードを深く被って付近を警戒していた2名の斥候と合流して歩いていた。
リヴァイは3人の後方を歩いており、黒色の外套の背中にある一角獣の紋章が良く見えた。
兵士たちの歓声を受けて時折、手を振って彼らに応えた。
「おい、
「リヴァイ兵士長、何か問題でも?」
「さっきの
あえてリヴァイは、フローラをエルティアナと呼んであの事に付いて尋ねた。
彼女を演じるフローラも何が言いたいのか理解しつつも、この場では説明する気はない。
「抽象的過ぎて分からないな、貴公は何か目撃したのか?」
「とぼけんな、さっきの戦闘で身体から青黒い炎が出てたのは何だ?あれも兵器の一種か?」
リヴァイは変異種の群れを討伐する際にこの馬鹿女が信煙弾を放ったのを目撃した。
するといきなり肉体から青黒い炎らしき光を発生させたと思ったら、あっさりと巨人を掃討した。
…それだけならまだ良かったが、巨人の胴体を縦にぶった斬るなど明らかに動きがおかしかった。
「一時的なドーピングというべきかな、それ以上はここでは公言できん」
「何故だ?」
「すぐに人体に影響が出るという事は、何を意味するか貴公には分かるだろ?」
人体に影響を即座に与える物など限られている。
フローラからドーピングの一種という返答を聴いたリヴァイはあっさりと答えを導き出した。
「猛毒か……だが、暢気に会話できるなら解毒剤があるんだろ?」
「いや、ない。さっきの実戦で初めて使用し、その後遺症が出るかどうか私の肉体で実験中さ」
ここでリヴァイは、こいつが本当に大馬鹿者だと分かった。
「この作戦が終わって凱旋が終わったら…てめぇの隠し事を徹底的に問い詰めてやる」
「質問リストを作って私宛に送ってくれたまえ。そうしないと応えきれる自信がない」
リヴァイの予想だと、あれはただの猛毒に見えなかった。
おそらく巨人化の原理かユミルの民とやらの特性を無理やり引き出したものだろう。
そうでなければ、自分ですら真似できない立体機動がこいつに出来る訳がないと考えた。
「それより貴公は急いだ方が良いのではないか?」
「しばらく見ねぇうちに偉くなったもんだな」
「実際、この姿は偉い……じゃなくて、その注射器の出番があるようだ」
「チッ」
フローラが連れて来た工兵と持ってきた爆薬によって内門の瓦礫は爆発で吹っ飛んだ。
なので近くある柵に繋いであった馬に乗ったリヴァイは急いで内門を通過した。
「さて、我々はガスと装備の補充をしようではないか」
傍に居た兵士に装備の補充を告げたフローラは、保管庫に向かって歩き出した。
「何故ですか?」
「変異種3体がまだウォール・マリア内にうろついているからだ」
変異種5体を討伐したリヴァイたちだったが、まだ3体の変異種が残っていた。
ただし、距離があるのと一度、撤退して休息を取るのを優先したのだ。
「では、兵をシガンシナ区の市街地に戻してもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ。ただし砲兵部隊はまだ壁上で待機させろ」
「休息は?」
「当然、取らせろ。だが、数名の見張りを壁に立たせてウォール・マリア内の動向に警戒させろ」
「ハッ!」
直属の部下の提案を承認したエルティアナを演じるフローラは最低限の戦力を残した。
すぐに転属してきた調査兵の集団はリヴァイ兵士長を追う様にシガンシナ区内部に待機した。
「エルヴィン団長!団長!!」
「どうした?」
ハンジ分隊長が自分の名を呼んでいたのでエルヴィンは振り向いた。
そこには、涙ぐんでいるハンジの姿があった。
「リヴァイはどこに居るんだ?」
「ウォール・マリアに向かって出撃したぞ」
「アルミンが重傷を負った!速やかに注射器が欲しい!」
「ならば呼び戻そう」
想定より被害は少なく済んだものの調査兵の犠牲者は少なくない。
幸いにも、内門の状態からリヴァイが帰還しているのは分かっている。
エルヴィンは左手で黄色の信煙弾を上空に向かってぶっ放した。
「チッ!!」
それを見たリヴァイは、なけなしのガスを使用して立体機動で移動する。
5年まで何度も歩いた道を立体機動で通過し、エルヴィンの元に辿り着いた。
「今戻った」
「獣の巨人は?」
「人間形態でおねんねさせてエルティアナ連隊長の馬で引き摺っているところだ」
エルヴィンが安全地帯で待機しているのを見てようやくリヴァイは安心した。
最近、奴の様子が可笑しかったので死に急いでいないか心配していたのだ。
「お前のところの状況は?」
「こちらの死者は28名、アルミン・アルレルトが腹部を撃たれて意識不明だ」
「そうか」
さすがに超大型巨人の大爆発で二桁の死者が出たと感じたリヴァイはこれ以上質問しなかった。
代わりにこっちがもたらした戦果を報告する事にした。
「こっちは巨人化能力者を2名を捕獲したが、ここに来るまで時間がかかる」
「それなんだが、既に鎧と超大型の継承者を捕らえてある」
合計4名の巨人化能力者を捕縛したのは大成果となる。
上手く1本の注射器を使い回せれば最大4人の味方に能力を継承できるのだから。
そうすれば、複数の巨人化能力者が誕生するのでエレンの双肩の荷が軽くなるだろう。
注射器を使い回す行為を医療関係者が目撃すれば卒倒する事になるが、今回はやむを得ない。
「なら、話は早い。さっさとアルミンの所に案内しろ」
「いや、リヴァイが来てくれて助かったよ!もうここに連れて来るから待ってて」
さっそくリヴァイは、部下にしていたアルミンの元に急ごうとした。
だが、ハンジ分隊長は彼にこの場で待機を命じた。
「緊急だろう?俺たちも向かった方が早く合流できるはずだ」
「いや、さっきの信煙弾でこっちに向かって来るから動かないで!」
「承知した」
どうやら重傷者を運ぶ部隊がここに来るらしい。
なのでリヴァイは屋根の上から景色を見下ろして該当する部隊を待つ事にした。
「ところでどいつを喰わせる予定だ?」
「真っ先に巨人に喰わせるのは、ライナーだ。奴から手紙を預かった以上、用済みだからね」
ハンジは、巨人化したアルミンに喰わせる相手をライナーに指定した。
本当は、自分の部下を殺しまくったベルトルトを喰わせるつもりだったが、諦めた。
「やけに非情じゃないか、せめてもう少し悩んでやったらどうだ」
巨人の正体が人間と発覚した日からハンジは巨人を捕獲する事は無くなった。
巨人にも人権があると考えたのか、情が生まれたのかは分からない。
ただ、ハンジは他者の命を軽く扱う事は考えられない。
何か理由があると推測したリヴァイは、ハンジの心境の変化を確認した。
「奴がそうしてくれって言ったんだ」
ライナーは敵である自分にヒストリアの手紙を託してくれたのだ。
「これから天罰を受ける自分に代わって必ず渡して欲しい」と……。
ベルトルトには罪の意識で苦しんでもらうと考えたハンジは、すぐに彼を楽にしようとした。
「後悔がないなら結構だが…おい、エルヴィン!」
「どうした?」
「人払いを頼む。間違って兵士が喰われたりしたらあいつの腹が壊れちまう」
「そうだな」
建前としては、巨人になったアルミンが周りに居る兵士を喰わない様に人払いを求めた。
本音は、人間が巨人に喰われる瞬間など見て欲しくないというリヴァイなりの気遣いだった。
エルヴィンとしても、何度目撃しても慣れない光景なので彼の意見を肯定した。
「それと済まねぇな……必ず獣の巨人を殺すと約束したのにまだ達成していない」
「そうだな、奴には情報を引き出したい。まだ死なれると困るな…」
「どうすればいい?」
リヴァイ兵士長は、獣の巨人を殺すつもりだったが、状況が変わった。
だから約束を誓った彼にどうするか訊いた。
「我々、調査兵団は責任もって獣の巨人を処理する。君の任は解かれた…とでもいいか」
「別にかまわねぇが…本当に良いのか?」
「もちろんだ」
こうしてリヴァイは、獣の巨人の後始末を調査兵団に託した。
なので彼は注射を打つ役割を果たしたら、やる事がなくなってしまう。
班長の役割は、オルオに任せてしまったのでただの一介の兵士になる。
「ところで班長の役割を部下に譲っちまってな。注射を打ったらお役御免になりそうだ」
「いや、君にはまだやってもらう事がある」
「何をだ?」
信頼できる相手ならその人物の指示に従う方が楽だと思っているリヴァイは…。
自分の夢を達成して燃え尽きそうな団長に仕事を振ろうと思って質問をした。
「皆と一緒に壁の外を探索し、様々な情報を持ち帰って欲しい」
「そんなんでいいのか?」
「ああ、もはや巨人は脅威ではない。ならば調査兵団のやる事は1つだ」
既にフローラやハンジ・ゾエが居るのでエルヴィンは特に何も考えていない。
「初心に戻って調査兵の役割を果たせ」とリヴァイに命じるしかなかった。
この命令は、後にリヴァイの行動に多大な影響を与える事となった。
「俺はこの作戦で団長を引退する」
「事務仕事と掃除は引き続きやってもらうぞ」
「分かってるさ」
ようやく本音を言えるようになったエルヴィンにリヴァイは異論を唱えなかった。
「ええっ!?」
団長の発言を聴いてから手を振ったり屋根の上をピョンピョン跳ねているハンジを除いて。
「ちょっと待ってよ!エルヴィンが団長を退いたら後任はどうするの!?」
「そうだな、現時点ではハンジにお願いしよう」
「うっそだ!ミケ副団長の事だから、まだ生きているはずだよ!?」
自分が使命されるのが分かっているハンジは、近くに居た部下に目配せして捜索を命じた。
さすがに表向きで否定ができないのでこんな回りくどいやり方をするしかなかった。
「兵長!!兵長!!」
ハンジが何か告げようとした時、エレンの叫び声が聞こえた。
そこには、104期兵たちが重症になったアルミンを運んでいる姿があった。
先導するオルオの顔は暗く…上官だった兵長に何て告げようか迷っている素振りすら見える。
「エルヴィン、後は頼む」
「ああ…」
アルミンの姿を確認したリヴァイは屋根から降りて彼らの元に向かって走る。
「早く注射を打ってください!!痙攣が激しくなっているんです!」
「分かってる!お前ら、巨人化するからこの場から離れろ!急げ!!」
エレンの悲痛な叫びを聞いたリヴァイは更に足を速めた。
彼らの後ろには、ハンネス班が2人の巨人を運んでいた。
なのですぐにでも注射を打つ準備をしようとした。
「兵長!」
「ん?」
急に別方向から呼び止められたリヴァイは何事かと振り向いた。
「ミケ副団長が重傷を負いました!早く注射を打ってください」
なんと、獣の巨人に向かって特攻し、投石が命中したミケ副団長は生きていた。
しかし、彼の様子から長くはもたないのは明白だった。
ディルク分隊長の話を聞いたリヴァイは…。
「分かった、先にミケ副団長に注射を打つ」
アルミン・アルレルト一等兵よりミケ・ザガリアス副団長を優先した。
「え?」
エレンは聴き間違いかと思った。
ようやく希望が見えたのにそれがどこかに転がって手の届かない所に落ちた感じがした。
「待ってください!アルミンが先です!!」
突然、移動する方向を変えたリヴァイに向かってエレンは叫ぶ!
だが、注射器の容器を持った彼は、振り返らずに別の方角に向かって走り出した。
「兵長!!」
「うおっ!?」
そしたら双剣を構えたミカサがリヴァイの目の前に出現した。
さすがに自分の班だった班員から刃を向けられると思っていなかったリヴァイは驚愕する。
「お前、自分が何をしているのか…分かっているのか!?」
「えぇ…分かってます!アルミンを救う為、注射器を奪う!」
大切な同期が死にかけているせいで気が動転したミカサは早まった。
冷静に考えれば、重傷者分の能力者は確保したので注射を打つタイミングが変わるだけである。
だが、彼女視点では、兵長がアルミンを見捨てたと勘違いしてしまったのだ。
「落ち着け!能力者は揃ってる!!打つタイミングが変わるだけだ!」
「もう待ってられない!」
リヴァイの説得に耳を貸さないミカサは、注射器を奪取しようと行動を開始した!
…が、ハンジ分隊長が横から飛び出してきてミカサに抱き着いて無理やり転倒させた。
「落ちつけミカサ!早まるな!!2人共、助かるんだって!!」
「もうアルミンが限界なんです!!」
目の前で撃たれたアルミンを見て衝撃を受けたのかミカサは正気を失っていた。
自分の身体にしがみ付くハンジを振り払おうとしているとペトラも抑えにかかった。
「すぐさま武器を捨てて投降をしなさい!!貴女の行為は重罪と言う事をまだ理解できないの!?兵長だって考えがあるから優先順位を変えただけ!少しそこで頭を冷やしなさい!!」
可愛い後輩がこれ以上の罪を犯さない様に必死にペトラはミカサを取り押さえた。
それでも暴れるミカサだが、どんどん取り押さえる兵士が増えてしまい、無理やり抑え込まれた。
ミカサを安心させる為にもリヴァイは、ミケ副団長の元を急いだ。
「なっ!?」
今度はエレンが、リヴァイの持っている注射器の箱を奪おうとした。
ぐいぐいと箱を奪おうとするその姿は、素人過ぎて逆にリヴァイは驚いてしまった。
なんでここまでこいつらは、注射の順番に拘るのかと…。
「お前ら!!いい加減にしろ!!」
さすがにこんな蛮行をされてリヴァイの堪忍袋の緒が切れた。
必死に自分の箱を奪おうとするエレンを思いっきり裏拳で殴り倒した。
特別兵法会議で蹴り飛ばした時と違って本気の暴行は、エレンの歯を4個も折った。
「うわあああああああああ!!」
それでもエレンは無様に鼻水を垂らしながら立ち上がって注射器を奪おうと試みた!
「死に急ぎ野郎!!何やってんだ!?」
「おい!!こんな事やっている暇じゃないだろ!?」
ジャンとコニーによってエレンは取り押さえられたが、それでも抵抗していた。
あまりの暴れっぷりに彼らは2人だけでは取り押さえきれなかった。
「フロック!ゴードン!!手を貸せ!」
「おう!!」
「そうだな!!」
騒動を受けて何事かと近寄って来たフロックとゴードンにジャンは声をかけた。
すぐにエレンが錯乱していると分かった2人は、暴走する同期を抑えに行く。
「申し訳ございません兵長!俺の管理不足です!!すぐさま彼らを引き離します!」
彼らの上司であるオルオ・ボザドは兵長に謝罪した後、兵士たちに指示を出す。
「ええ?何事!?」
ここで部隊を率いて来たフローラ・エリクシアは、明らかに異常な光景を目撃して困惑した。
なんで緊急を争う時に同期たちが調査兵団と揉め合っているのかと…。
「エルティアナ連隊長、獣の巨人の継承者はどうしますか?」
「他の捕虜の傍に転がしておきなさい」
「ハッ!」
部下からの質問を受けたフローラは、指示を下してどう対処するか考えた。
ところが、部下が発した「エルティアナ」という人名でエレンとミカサが反応した。
「エルティアナ連隊長!!アルミンに注射を打たせてください!!」
「アルミンが先なんです!!お願いします!!」
調査兵団のエルヴィン団長とほぼ互角の彼女ならこの状況を打開できると期待したのだ。
しかし、彼らはエルティアナらしき人物の顔を見て目を丸くした。
「……え?フローラ!?」
「……嘘!?」
場と時間を選べば、感動的な再会になるはずだったのにとんだ再会になったものだ。
しかも、死んでいたはずのフローラが出現したせいで別の兵士の頭がおかしくなった。
「え?あ?うん!?ええ!?」
ハンジ・ゾエ分隊長は死んでいたと思っていた部下と再会して正気を失った。
かつて率いていた第四分隊の構成員は文字通り全滅していたのだ。
だが、寵臣だった彼女を目撃したハンジは、思考が混乱した果てに頭が再起動した。
その結果、ミカサを放置してフローラに抱き着こうと走り出した。
「チッ!」
さすがにこれ以上の混乱を招きたくなかったフローラは左手を立てた。
すぐさま、彼女の配下である駐屯兵や元中央憲兵たちが刃や銃口を突き付ける。
「え?ええ!?」
寵臣から銃口や刃を自分に向かって突き付けられるのを想定していないハンジは立ち止まる。
すぐに理由を訊こうとする前にフローラは先手を打った。
「貴公たちは何をしているのだ!!速やかに関係者以外は撤兵し、ミケ・ザガリアスとアルミンに注射を摂取し、巨人化させてそれぞれの巨人に能力者を喰わせよ。以上だ!!」
数時間前までエルティアナとして調査兵団に接してきたフローラは、未だに彼女の口調で命じた。
誰から見てもアホらしい事で注射を打てず重傷者を死なせようとする現状に激怒した。
「そしてユミル!!貴公はそこで何をしている!!」
そして何より騒動に紛れてユミルがライナーたちを助けに来たのもフローラの逆鱗に触れた。
こっそりと兵士に化けていたユミルは、黒い外套を纏う女将校にバレた瞬間、急いで駆け出した。
「クソ!!やっぱりバレたか!!」
巨人を継承して数か月は戦力にならないせいでユミルもこの戦場に駆り出されていた。
あくまでも、ライナーやベルトルトがジークを説得させて作戦に参加させたに過ぎない。
だが、戦士隊が全滅した以上、彼女以外に彼らを助ける事ができなかった。
「改めて目標、目つきの悪い茶髪の女!ここで仕留めろ!!」
「「ハッ!!」」
そもそもここに来たのは、能力者たちに介入しようとしたユミルを抹殺する為である。
事前にフローラの指示で動いていた部隊は命令を受けてユミルを仕留めようと試みる。
リヴァイも動こうとしたが、ガス欠のせいで無力化された。
オルオとペトラも本当は動きたかったが、気が動転した部下を取り押さえるので精一杯だった。
「おおいいいいいい!!やっぱ、乗るんじゃなかった!!」
自動小銃や銃器の発砲が鳴り響き!ユミルは必死に弾丸を
フローラも見逃した恩を踏み躙った馬鹿女を始末しようと後を追おうとした。
「フローラ…」
しかし、瀕死のミケ副団長の呟きを聞き逃さなかったフローラは立ち止まる。
指を噛んで巨人化したユミルの対処よりも、彼の頼みを優先した。
「もう二度とやるかああああああああ!!こんなことおお!!」
巨人化による爆風で追手や伏兵を牽制したユミルはさっさと仕事をこなした。
ライナーとジークを掴んだ彼女は、迷わずに近くにある壁を目指して走り出す。
敵性スパイの可能性を完全に考えていなかった調査兵は呆然として見守っている有様だ。
「ま、待ってくれ…まだベルトルトが…」
意識が失いそうなライナーは、最後の力を振り絞って相棒の救出を求めた。
『知るかバーカ!何もできない奴が指示すんな!!』
しかし、それどころではない彼女は、臭い連中を口に含んでさっさと鋭利な爪で50mの壁を登る!
あっという間に壁を登り終えた彼女は、追手が追い付く前に壁を降りた。
「追え!!逃がすな!!」
ここでようやく事態を吞み込めた調査兵団が動き出すが、対応が遅すぎた。
まんまと騒動の隙を突いて巨人化能力者を奪還したユミルは逃走する事に成功したのだ。
「対人立体機動部隊は何をやっている!?」
「お前らに市街地の砲撃や狙撃が禁じられたせいで動けなかったんだ!」
「このアホ!!機転を利かせて動けよ!!」
「うるせぇよ!!ぼーっとしてた奴らに文句を言われる筋はねぇぞ!!」
指揮系統がエルヴィン団長とフローラの二分にされているのが、またしても裏目に出た。
調査兵団とフローラの配下は連携が取れておらず、みすみすと巨人化能力者を取り逃がしたのだ。
「そもそも俺らは仕事をこなした。巨人の対応は貴様らの仕事だろ!?」
「犠牲や失敗を確認するまで動かない無能の連中が!!偉そうな口を利くな!!」
「ふざけんな!!だから調査兵は嫌いなんだよ!!」
対人立体機動部隊からすれば、鎧の巨人と超大型巨人を討伐した事で任務が終了していた。
その為、シガンシナ区市街地の砲撃や狙撃が改めて禁じられて動けなかったのだ。
というか、フローラによる討伐隊が動いていた事すら知らされていなかった。
「お役所仕事の無能が!!現場の苦悩を知れ!!」
「我々が居ないと何もできなかった連中が!!図に乗るな!!」
あまりにも馬鹿みたいな理由で取り逃がしたのを受けて双方の勢力が揉め始めていた。
さすがに殺し合いまで発展させたくない双方の上層部は事態の鎮静化を図った。
その頃、フローラは自分の匂いを嗅ぎ続けた男を看取ろうとしていた。
「ミケ・ザガリアス副団長、気を強く保ってください」
仰向けに寝かされているミケ副団長の傍にフローラは伸ばされた右手を優しく両手で握る。
想像した通り、ひんやりとしており、死体が生者の熱を奪おうとするのかと錯覚するほどだ。
「ふ、ふ…ローラ。こ、香水は……あ、あるか?」
「いつもの香水ならありますわよ」
辛うじて口を動かして何かを言いたいミケ副団長を見てフローラは香水が入った筒を取り出した。
これは、ミケ副団長が大好きだったリラックスハーブが使用された香水である。
以前は身に着けていたが、副団長の鼻を誤魔化す為にあえて香水を使用しなかったのだ。
その香りを嗅ぎたいと気付いたフローラは、筒の蓋を外して副団長の鼻付近に筒を持って行った。
「いい……か、おり……だ」
最期に嗅ぎたかった香りを嗅げてミケは満足したのか、急速に力が抜けていった。
「ミケ!!」
「退け!!」
エルヴィン・スミス団長とリヴァイ兵士長は、瀕死になっているミケ副団長の元に訪れた。
「ミケ、もう少しの辛抱だ!すぐに元通りになる!!」
「なんてざまをしてやがる!!すぐに注射を打つ!待ってろ!!」
急いで駆けつけて来た2人は、ミケ副団長の症状から死が近いと判断した。
だから注射器を取り出したリヴァイは、彼に向かって針を刺そうとする。
「あ、ア……に…打って…く」
「なんだって?」
かつて敵対していた男が何かを発言したのを聴いて思わずリヴァイは聞き返した。
「アルミンに……打って……れ…俺は……い…い…」
「馬鹿言うな!お前が死んだら調査兵団は大打撃だ」
いきなり変な事を言い出したのを聴いたミケを放置して注射を打とうとした。
「……なんだよ?」
そしたら力一杯睨めつけてきたのを見てリヴァイは呆れた。
お前の方が重傷だろう……と言いたかったが、彼の意志を尊重する事態が発生した。
「や、休ま……せて……く…れ……き、きつ……んだ…」
「この大馬鹿野郎が……先にアルミンに打って来る。それまで死ぬなよ?」
「……あ、ああ…」
「休ませてくれ」という懇願を聴いたリヴァイの顔は凄まじく歪んだ。
いろんな気持ちがぐちゃまぜになったのだろうが、すぐに彼は決断する。
ミケが助からない事を承知にアルミンの安置されている場所に向かって走り出した。
「エルヴィン……どうだ?俺の瀕死の…真似は?」
リヴァイが去った後、死にかけていた演技をしていたミケ・ザガリアスは笑った。
「最低点を下そう。何をやっているんだ?今打つか、後で打つかの違いだろうに…」
「俺は……フローラに助けられなかったら……無様……死んでいた…男だ…」
「だから死んでもいいだと?生き残れるならそれにしがみ付くべきだと思うがな…」
獣の巨人のせいでミケ・ザガリアスは巨人に喰われて死ぬ運命だった。
それを偶然通りかかったフローラの奮闘のおかげで助かったに過ぎない。
「それに……俺は死ぬ気で獣の巨人に向かって…一矢報いたんだ……悔いはない…」
「団長命令だ、最後まで生き延びろ!生きて生きて!生き続けるんだ!!」
フローラが普段愛用していた香水はミケの死に行く身体を休ませるようであった。
さきほどまでは、震えていたのに麻酔が効いた様に微動だもしなくなった。
身体の機能が大幅に低下し、痙攣が始まった。
「フローラ、もう一回、香水を……嗅がせてくれ…」
「副団長、まだあなた宛てに香水を用意してあります」
「いらない……俺はリラックスハーブの香水が……大好き…だからだ…」
香水を死に行く兵士の鼻に塗ったフローラは優しく副団長の頭を撫でた。
多くの兵士がその場から離れる中、彼女は最後にできる限りの事をした。
「ちょっと…疲れた……休ませ……れ……」
「分かりました」
眠そうにしていたので瞼を閉じてあげるとそのまま彼は動かなくなってしまった。
聴覚に優れるフローラは、呼吸が止まったのを確認し、急いで彼の容態を確認した。
「……エルヴィン団長、ミケ副団長がお亡くなりになりましたわ」
「そうか…」
エルヴィンもフローラも人の死を看取るのは初めてではない。
巨人との戦闘で死んでいった者たちを何度も見て来た彼らだが……。
ここまで死を安らかに迎えた者は居ないと断言できるほど静かな旅立ちを見届けた。
「さて、ここは危険です。団長は後方に下がってくださいませ。わたくしは彼を運びます」
「いや、俺に背負わせてくれ。最後くらい部下に恩返しをしたいんだ…」
「承知いたしました」
自分の代わりに部隊を率いて突撃した兵士の雄姿をエルヴィンは忘れない。
作戦の詳細を伝えずに突撃を命じたフローラも彼の雄姿を忘れる事は無い。
「団長、足元にお気を付けください。すぐに後を追ったら副団長が悲しまれますわよ」
「ああ、気を付けるよ」
フローラによって副団長を背負わされたエルヴィンは、ゆっくりと前に進んで行く。
近くに居た部下に手伝ってもらいながら、リラックスハーブが生える空地へと連れて行った。
「さて、アルミンはどうなるかしらね…」
不本意にもミケ副団長の旅立ちを見送ったフローラは、アルミンが居る場所を見た。
それと同時に爆発が発生し、金髪の巨人がこの世に誕生した。
「ベルトルトもここまでか」
ユミルが巨人化能力者を回収した関係でベルトルトしか喰わす事ができない。
いや、まだ喰わせる存在は残っている。
「ミーナ!」
「はい姉さま!!」
「ミケ副団長が亡くなったと兵長に伝えて来てくれない?」
「分かった!」
ずっとフローラの傍に居たミーナはようやく指示を受けて動き出した。
一見すると役立たずの様に見えて重要な命令は全てミーナを通してやっていた。
表向きは、エルティアナの副官だったが、今でも彼女はフローラの副官なのだ。
だから、重要な命令を迅速に届ける時は、フローラは親友に頼っている。
「まあ、兵長もすぐに察したとは思うけどね…」
兵長の負の感情を“声”として聴いたフローラは、分かっている。
ミケ副団長が長くないと分かっておりながらアルミンの元に向かったと…。
なので報告しなくても、ここには来ないが、情報伝達をする為にミーナを走らせた。
そしてフローラは準備をしないといけない事が残っている。
「一応、やってみましょうか…」
傍に寄って来たライリーを見てフローラは……相棒の背中に乗っている物体を見た。
その頃、104期調査兵たちは、巨人化したアルミンを見て泣いていた。
「おい、いいのかよ?」
「んな事!分かってんだよコニー…!」
これから同期のベルトルトを喰わせてアルミンを元に戻すのだ。
たったそれだけの話なのに彼らは泣いていた。
アルミンを撃って瀕死に追い込んだ元凶の未来を予測して泣いていたのだ。
「おい、エレンとミカサ、お前らは絶対に目を離すなよ?」
妨害されて時間を無駄にした事に激怒しているリヴァイは、屋根の上に2人を座らせた。
「これがお前らが求めていた結末だ。もし少しでも目を逸らして見ろ。巨人の餌にしてやる」
あれだけ「アルミンを救いたい」と言ったのならその現実を受け入れるべきである。
これからベルトルトが巨人に喰われる様子を鮮明に記憶に残す事こそが
「お前らとアルミンが約束した事は俺は知らん。だがな、やった事には責任を持てる人間になれ」
実際に巨人に能力者を喰わせるのは初めてなので上手く行くかどうかは分からない。
ただ、どんな結末になっても、後悔せずに前を進めとリヴァイは暗に告げた。
リヴァイ自身が決断に失敗した事などいくらでもあったが、彼はそれでも前に進んだのだ。
「……お早いお目覚めだな」
暴行で無理やり気絶させられたベルトルトは不運にも目覚めてしまった。
四肢を失った事で巨人化できないせいで彼はただの巨人の餌となっていた。
「うぁああ!?」
金髪の巨人は、屋根を破壊してベルトルトを捕食しようと試みる。
「うわあああああああああ!!」
まだ成人していない青年の絶叫は、共に過ごした同期たちの涙腺をどんどん刺激していく。
いくら敵であっても、彼と仲良くやってきた思い出が彼らの脳裏から離れられなかった。
もしも、アルミンを彼が撃ってなかったら助けに行きたいほど……悲痛な叫びが耳から離れない。
「うわあああああああああ!!?」
ついに巨人に胴体を捕まれたベルトルトは、泣き叫んだ際に視線の先に同期が居る事に気付いた。
「た、助けてくれぇええええ!!」
ここで無意識にベルトルトは同期に助けを求めてしまった。
すぐに泣きながら自分を見つめる同期達の姿を見て現実を知る。
「あっ…」
ここで自分は死ぬのだと理解した。
「アニ!!ライナー!!」
ここに居ない戦士たちの名を叫ぶ!!
その間にも巨人は口を近づけて哀れな罪人を捕食しようとしている。
結果はもう決まっていた。
『違う…』
最期になると自覚したベルトルトだったが、最後に懐かしい記憶を思い出した。
『結果は誰にも分からないわ!でも…もし、ベルトルトが巨人に喰われそうになったら…』
自分の成長に役立った同期の女の言葉が…。
『わたくしの名を呼んで!その場に居たら絶対にベルトルトを助けるから!』
自分を故郷に帰る手伝いをしてくれると言ってくれたフローラの言葉を思い出した!
「フローラ助けてくれ!!」
この場に居るはずのない女の名前を呼んだ。
「遅いわよベルトルト…」
巨人化したアルミンの両手首を切り落としたフローラは、ベルトルトの服を掴んで脱出した。
ミケ副団長に昔の香水を服用した事で彼女は元の香りを漂わせている。
そのおかげでベルトルトは、自分を助けてくれた存在を理解した。
「フ、フローラ!?」
「はーい、ベルトルト!約束通りに助けてやったわ!!」
確かに敵同士だし、戦場では殺し合う仲だったが、それでもフローラは約束を守った。
約束を反故にしても問題自体は無かったが、彼女は決して約束を破らなかった。
「ダメよ、アルミン!!ベルトルトなんか食べたらお腹壊しちゃうわよ!」
屋根の上にベルトルトを置いたフローラは代わりに瀕死になっている女を掴んだ。
四足歩行の巨人になっていた黒髪の女であれば、代わりになると考えたのだ。
「え?」
ベルトルトは、フローラが掴んでいる女が同じ戦士のピークだと目撃してしまった。
しかし、四肢が無く仰向けになっている彼はどうする事も出来なかった。
「これをあげるわ!」
限界まで金髪の巨人に寄ったフローラは、脳死状態の女を彼の口の中に置いて離脱した。
すぐさま、フローラを噛もうとして代わりに女戦士が噛まれた。
そのまま何度も咀嚼して飲み込むと金髪の巨人は蒸気を噴き出して民家に倒れ込んだ。
「まあ、最期として苦痛を受けなくない分、幸せかもね」
フローラに脳を撃ち抜かれたピーク・フィンガーは自分が死んだ事に気付いていないだろう。
でも、この残酷な世界で苦痛なく逝ける事は幸せであるとフローラは思っている。
巨人に異変を感じた同期たちが立体機動で迫る中で、彼女はベルトルトに触れようとした。
「おい待てよ」
「どうかされましたか?」
「そいつは、エレンが獲得した戦利品だ。返してもらおう」
そこにリヴァイ兵士長が駆けつけて大罪人を引き渡せと抗議してきた。
しかし、フローラも負けじと反撃をする。
「あら、わたくしにはその戦利品を廃棄した様に見えましたが…」
「何が言いたい?」
「あなた方が廃棄した物を拾ったので所有権は我々に存在するとお伝えしたいのですのよ」
本来であれば、法を犯すか譲渡しない限り、所有権は喪失しない。
だが、巨人を人間に戻そうとする為にせっかくの戦利品を捨てたのだ。
そしてその目的自体は達成できたのでベルトルトは、その役割がなくなってしまった。
では、ベルトルトはどこの管理になるかと言えば、彼を救ったフローラの物となる。
「それに……兵士長、巨人の襲来です。規模は1体だけですが、警戒してください」
「…どこだ?」
更にフローラは話を告げようとしたら巨人のうめき声が聞こえた。
その方向には、確かに巨人の姿が確認できたのでリヴァイに危険性を伝えた。
「兵士長から見て右上、50mの壁の上に居ますわ」
「……チッ、またあのタイプか」
せっかく人類が巨人の侵入を防ぐ為に50mの壁を築いたというのに変異種は無視するらしい。
その壁上に6m級の巨人が歩いていており、ストヘス区を強襲したタイプと同じに見える。
「どうやらウォール・マリアの外に元から居た変異種のようですわね」
「なんでそんな事が分かる?」
「わたくしには、巨人の発する音を感知する能力があるからです」
フローラが獣の巨人が生み出した変異種ではないと発言した。
なんの根拠があって発言したのか気になったリヴァイが質問すると…。
頭が痛くなってくる返答が出て来た。
『そういえば、こいつ……巨大樹の森で巨人の数を感知してやがったな…』
本来なら「馬鹿らしい」と一蹴するが、その発言で納得ができてしまった。
巨大樹の森で女型の巨人が金切り声を出した時、巨人の大群が襲撃してきた。
その際にフローラは、エルヴィンに巨人の数を瞬時に伝えていたのだ。
そのせいで彼女の発言に説得力が出てしまった。
「やむを得ん!討伐するぞ!!」
「わたくしも向かいます。ベルトルトはそこで待っててね!」
「ええっ!?フローラ!?僕を置いて行かないで!?」
リヴァイの行動に同調したフローラは、ベルトルトを廃墟の屋根に置いていった。
さすがにこのまま放置されるのが嫌だったベルトルトは泣き叫ぶが、事態は好転しなかった。
フローラに影響を受けた彼は、再会した彼女の行動でまたしても情けない姿を見せる事となった。
〈ぐおおおおおおおおおお!!〉
大急ぎで討伐に向かうと壁の上に佇んでいた異形の巨人に異常な行動が見られた。
わざわざ咆哮して居場所を知らせる時点で通常の巨人では無い。
兵士たちに恐怖を煽る異形の巨人を討伐しようと狩人2名は立体機動で移動する!
「ん?」
「あれ?」
ところが、その顎型の異形の巨人は、何かを発見したのか四足歩行で走り出した。
どこに向かうのか注視したところ、アルミンの巨人体付近の壁から飛び降りた。
「動けないアルミン狙いか!?」
遠回りをする羽目になったリヴァイとフローラは急いで現場に急行した。
そしたらエレンが巨人化して迫って来た異形の巨人を硬質化を纏った拳で殴り倒した。
鎧の巨人より硬質化の皮膚が薄い変異種は、ひとたまりもなく壁に激突した。
「出る幕は無いか」
「念の為に接近しましょう」
壁の瓦礫に挟まった変異種に雷槍がたくさん突き刺さった。
紐が抜かれて信管が作動し、身動きが取れない巨人が大爆発する未来が見えた。
それを見たリヴァイは勝ちを確信したが、フローラはとりあえず接近する事にした。
その間に大爆発を起こして壁の一部が崩壊して膨大な煙と土煙が発生した。
「フローラ、さっきの巨人が発する音がまだ聴こえるか?」
「いえ、聴こえません」
巨人が発する音が聴こえると宣言した女に質問すると討伐できたようだ。
とりあえずフローラの実績から発言を信用したリヴァイは別の事を考えた。
「これは壁の修理をしないといけねぇな…」
さすがにこのまま壁の穴を放置するのは、潔癖症の彼には耐え切れない。
どうせ暇になったのだから手の空いている調査兵で修復作業をしようと考えていた。
「あれ?」
しかし、ここでフローラは、いきなり巨人が大量に出現したのを感じ取った。
その巨人の群れはシガンシナ区の壁を囲むように佇んでいる。
「……明らかに数が変。何体居るのよ…!?」
シガンシナ区を100体以上の巨人が囲んでおり、更に一列の巨人が左右に佇んでいた。
その長さは、巨人の“うめき声”で居場所を感知するフローラですら分からなかった。
ただ、1つ分かるのは、50mの壁に沿って一列に巨人が居るという事だ。
「まさか…」
壁が大きく崩れた瞬間、大量の巨人の“うめき声”が聞こえて来た。
それから導き出される答えは1つしかない。
「総員戦闘配置!!目標!!破壊されたウォール・マリアの中に居る巨人!!」
突然のフローラの号令に調査兵どころか、彼女の配下ですら首を傾げた。
さきほど彼女の発言を信用したリヴァイですら彼女の言動に戸惑いを見せる。
『何を言ってんだ?』…と誰もが思ったその時、世界が変わった。
《余は、パラディ島に最後の楽園を築いた145代目フリッツ王にして初代レイス王である》
突然、脳内に直接、老人の声が鳴り響いた。
何事かと誰もが思ったその時、視界は大きく変化した。
いつの間にか、先が見えない砂丘に立たされており、砂以外では無数の人間しか見えない。
そして早朝の空は、無数の星が彩る夜空になっており、何が起こったのかさっぱり分からない。
《パラディ島に居る全てのユミルの民に告ぐ。君たちは大罪を犯した》
この初代レイス王の演説を聴いているのは、調査兵団の兵士だけではない。
王都で執務をするヒストリア・レイス女王を筆頭にパラディ島に居るユミルの民が対象だった。
「おいおい…マジか!?」
当然、ユミルの民の血筋で巨人化できる者全てが対象者となる。
顎の巨人になって逃走していたユミルや口の中に入っているジークやライナーも対象だった。
廃墟の屋根に取り残されたベルトルトに至っては、泣き叫んでいた。
《自分たちの先祖が犯した大罪を再び、繰り返そうとし、壁を破壊した君らには心底に失望した。大人しく暮らしていれば、もう少し楽園を保てたというのに自ら、首を絞めたのだ》
145代目フリッツ王は、史上稀に見る身勝手な王であり、自分以外を見下した存在だった。
文献を読んで先祖が大虐殺をしたと知って嘆かれたあまり、
良心の呵責から内戦を引き起こして帝国を分裂させた彼は、もはや狂人の域に達していた。
《余は今まで虐げられたマーレを…世界を救った英雄王であるが、不届き者共はそれを認めない。それどころか、嘆かわしい事に王家の者がエルディア帝国復権派などと組織を作る始末だ》
彼は平和の為に内戦を引き起こし、過去の虐殺の贖罪の為に平和の願いを抗う者を全て滅ぼした。
自分の帝国が滅亡するのを望んでいるのに本人は従来通りの暮らしをしようとする二面性。
独善的という単語では到底表せない身勝手過ぎる“王”は、自分の子孫に滅びの未来を押し付けた。
《余は、侵略者の歴史を反省しないユミルの民を監獄に封印した平和を愛する稀代の名君である。英雄ヘーロスと救世主タイバー公に名声と名誉を譲り、世界を巨人から救った影の立役者だ》
“王”は、自分の起こした内戦と売国行為を偉業として讃えるナルシスト野郎だった。
平和を語りながら反抗する者を根絶やしにする矛盾を記憶操作で捻じ曲げて正義とした!
自分の考えと行動は、絶対に正しい。
エルディア帝国を築いた初代フリッツ王の偉業に匹敵する名君だと本気で思っていた。
だから自分の血を継ぐ子孫に多大な代償を支払わせる事に何の疑問も抱かなかった。
《だが、シガンシナ区の壁を破壊し、断罪の時から逃れようとする罪人には鉄槌を下す》
身勝手な“王”は、自分の意見に逆らう老人や兵士、果ては労働者までもを巨人に変えてしまった。
だが、裕福に暮らしたい彼は、残された国民を奴隷にする為に記憶を操作した。
自分が余生を過ごすパラディ島を楽園にする為に記憶を喪失した彼らを移住させたのだ。
ここであえて大陸に極少数のユミルの民を残したのには理由がある。
《ユミルの民の監獄であるパラディ島から大罪人共を逃がしてはならぬ!》
ユミルの民を大陸にも残したのは、主の血を残す事を使命にする始祖に虐殺を納得させる為だ。
少数民族と化したユミルの民が1人でも生き残っている限り、始祖は“王”の命令に従順する。
始祖ユミルですら手玉を取った“王”は作り上げた“楽園”の中で充実した余生を全うする事となる。
《“不戦の契り”から逃れようとする者に幾千万の巨人が襲い掛かるであろう。そしてそんな大罪を見逃した貴族共も同罪とし、シガンシナ区の礎となった巨人共によって滅ぼされるべきである》
“不戦の契り”で壁を構成する超大型巨人を使役できなくした初代レイス王は更なる対策を打った!
自分の思考を永遠に【始祖の巨人の力】に結びつけただけではなく壁自体にも細工したのだ。
もしも、50mの壁が大きく破壊されたらそれは自身の思考に反する。
つまり、それをトリガーにしてパラディ島に住む人間全てを滅ぼそうと考えたのだ。
《カール・フリッツの名において命ずる!パラディ島に住む悪魔の末裔を巨人で滅ぼせ》
外の世界に対する抑止力として作った超大型巨人の大群は、ユミルの民を滅ぼす為にある。
わざわざ外に嘘を公言したのは、“王”が余生を平和に過ごす為の方便に過ぎない。
《始祖ユミルよ!シガンシナ区の壁の硬質化を解き!【地鳴らし】を実行せよ!!》
シガンシナ区の壁だけを崩壊させたのは、少しでも絶望を長引かせて大罪を認識させる為である。
《パラディ島に住まう全てのユミルの民に告げる!
初代レイス王は、言いたい事だけ言うと【力】を解除し、豪華な布団に寝転んで寝息を立てた。
あくまで彼にとっては、このトリガーは保険でしかなかった。
しかし、初代フリッツ王の次に偉いと自負する“王”が作ったトリガーは、たった今引かれた。
【座標】の力によってユミルの血を継ぐエルディア人の意識は元の世界に戻る。
今まで積み重ね来た大罪に比例する断罪の時を現実世界で迎えられる様にする為に…。
「な、なんだったんだ今のは…?」
さすがに異様な体験過ぎて何が起こったか、誰にも理解できなかった。
ただ、1つだけ見て分かる事が発生した。
初代レイス王の条件を満たした為、ウォール・マリアより突出した壁の硬質化が全て解かれた。
つまり、シガンシナ区を構成していた全ての壁が崩壊する事になったのだ。
「うぎゃああ!?」
突然、崩壊した壁の瓦礫に巻き込まれて1名の調査兵は即死したが、彼はまだ運が良かった。
大きな煙と爆音と共に次々と音を立てて【人類を巨人から守っている壁】が崩壊した。
それによって発生した大量の瓦礫は、シガンシナ区市街地を中心に地震と暴風を発生させた。
そこからは文字通りに礎となっていた超大型巨人の大群が出現した。
「は?」
エルヴィン・スミスは、悪夢を見ているのかと思った。
さっきまで50mの壁だった部分にびっしりと超大型の巨人が一列になってこっちを向いていた。
シガンシナ区の壁が全て崩壊するどころか。壁にびっしり超大型巨人が居るとは思わなかった。
あまりにもあり得ない光景に悪夢でも見ているのかと考えても仕方が無かった。
「え?」
壁の中に居た超大型巨人は、全身に光を浴びた事で一斉に瞼を開いて肉体の活動を開始した。
壁の支柱を固定していた足元の硬質化も解かれたおかげで彼らは思う存分に動く事ができる。
「「「「「グオオオオオオオオオオオ!!!」」」」」
産声を出した60m級の超大型巨人…総勢88体は一斉に動き出した!
パラディ島に住む全ての人類を滅ぼすまで彼らは止まる事は無い。
だが、滅ぼされる予定であるユミルの民に更なる試練が待ち構えていた。
「ひい…」
大半の兵士が揺れに耐えられずに転倒していた中で1人の女兵士が壁に向かって逃げ出した。
104期調査兵であるサンドラがシガンシナ区から脱出しようと走り出したその瞬間!
ジーク・イェーガーの置き土産が50mの壁を乗り越えて彼女の目の前に落下してきた。
「きゃあああああ!?」
衝撃で後方にぶっ飛ばされたサンドラは民家に背中を叩きつけられた。
そのまま顔面を地面に激突させた拍子に鼻血を出した。
「ううっ…」
それでも、彼女は必死に激痛に耐えて動こうとすると…目の前の巨人を見て固まってしまった。
褐色の肌をした6m級の顎型の異形の巨人が彼女を逃がさないとばかりに立ち塞がったのだ!
カラネス区に侵入した個体と同じ様に両手から鋭利な硬質化の爪を伸ばして異形の巨人は笑う!
「あ、ああっ……!」
哀れな子羊は、その恐怖に負けて失禁した。
「へ、変異種の強襲だ!?信煙弾を撃ち…ぶぎゃああああ!?」
内門の壁上に居た兵士は、変異種が市街地に侵入したのを確認して信煙弾を撃ち上げようとした。
ところが、振り抜かれた尻尾に激突して哀れな兵士は壁からぶっ飛ばされた。
「蜥蜴型の変異種だ!!」
「総員、後退しろ!!後退!!」
壁上に小型の迫撃砲を設置し、待機していた砲兵部隊を喰おうと蜥蜴型の異形の巨人が出現した。
ご丁寧にも先日にトロスト区を襲撃した蜥蜴型と同じタイプの様だ。
頭と胴体を放電させて一番近くに居る兵士に襲い掛かる!
そして兵士が無残に捕食される光景をマルロとヒッチは目撃する事となった。
「何が起こっている!?」
「ちょ、超大型巨人の大群が動き出しました!!指示をください!!」
「こんなの勝てる訳ないだろ!?ウォール・マリアに向かって全力で逃げろ!!」
シガンシナ区の市街地で待機していた調査兵団の本隊はパニックに陥っていた。
さきほどシガンシナ区にある壁の全てが崩壊した衝撃で大半の兵士が地面に転倒した。
何事かと立ち上がった時には、想像だにしない事態を受けて指揮系統が完全に崩壊したのだ。
むしろ、まだ士気が残っており、兵士として機能している事自体が奇跡であった。
「エルティアナ連隊長に新型兵器を撃ち込ませろ!!あれなら勝てる!!」
「そうだ、早くウォール・マリアに逃げ込むんだ!!」
「急げ!早くしろ!!」
こんな絶望的な状況に置かれても、調査兵たちは希望を失っていなかった。
獣の巨人と変異種の大群をまとめて大爆発でぶっ飛ばした経緯があるおかげだ。
あの大爆発なら、目の前の超大型巨人の大群に勝てると判断したのだ。
絶叫しながら調査兵団に転属してきた兵士たちは内門に急いだ!
「ぎゃあああ!?」
「止まれえええ!!」
そんな哀れな羊たちを嘲笑うかのように地面から【巨大な何か】が飛び出してきた!
シガンシナ区の廃墟と化した建物を崩壊させながらその褐色の肌を地上に見せつけた!
「今度は、なんだよおおおお!?」
「変異種だああああああ!!」
「もう、なんだよ!!またかよおおおおおおおお!!」
ウォール・ローゼ内に出現して駐屯兵団第一師団精鋭部隊を苦しめたモグラ型の異形の巨人が!
狂乱状態の兵士たちの大声に反応して50mの壁の下から潜り込んで市街地に出現したのだ!
フローラとリヴァイが討伐し損なった3体の異形の巨人がこのタイミングで兵士たちに牙を剥く!
「信煙弾、撃て!!」
変異種が交戦できるほど近づいてきた場合は、黒色の信煙弾を発射する事!
事前にフローラに命じられていた兵士たちは、次々と上空に向かって黒色の信煙弾を放つ!
合計3つの黒煙が【緊急討伐対象】が出現した事を示す!
しかし、フローラ以外はまだ気付いていない!
『ウォール・マリアの中にも巨人の大群が潜んでいるの!?』
フローラは、50mの壁として機能しているウォール・マリアにも巨人の大群が居ると知る。
それも500体どころではない数が居ると大きく開いた穴から“うめき声”の大合唱で知らせた。
この現実は、フローラに最悪の事態を思い浮かべさせる事となった。
「は、早くしないと…ウォール・マリアからも巨人の大群が飛び出してきちゃう…」
こうして、兵団政権が実施したウォール・マリア奪還作戦は、大詰めを迎える。
運命の女神は、超大型巨人の大爆発と獣の巨人の投石攻撃を乗り越えた兵士たちに試練を与えた。
【地鳴らし】を行なう超大型巨人の大群と異形の巨人の群れを同時に交戦する事となった。
そして50mの壁が大きく破壊された場合は、ウォール・マリアに居る巨人の大群も動く事になる。
ウォール・マリアを取り返しに来た彼らは、発動した【地鳴らし】に対処する羽目になったのだ。