進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
兵団政権から「壁外に出撃する部隊を組織しろ」と命じられたフローラは素直に頭を縦に振った。
エルティアナ女史に化けているので、表向きには拒否できなかったが、内心では激怒した。
壁外に出る兵士など調査兵くらいしかおらず、他には巨人を憎む負傷兵くらいだ。
これでどうやって壁外に挑む組織を作ればいいのかと…考えるだけで頭が痛くなった。
「怒ればいいんじゃないの?」
「それができたら苦悩しないのよ。民衆のせいでやるしかないんだから…」
理不尽な指令書を読んだミーナは、親友に抗議する事を促したがフローラは頭を横に振った。
兵団政権を民衆は支持しているが、それはウォール・マリアを奪還すると約束したから。
もし約束を反故すると、今度は民衆が武力革命で兵団政権の高官たちを殺しにかかる。
それほど武力革命で政権を変える事ができると前例を作ったのは、まずかった。
だからエルティアナとして活動するフローラは、無理難題を受け入れるしかできなかった。
「じゃあ、どうするの?」
「中央第一憲兵団を懲罰部隊として表向きに組織するわ」
「罪人だから無理やり徴兵するの?」
「いえ、まともに組織として機能しているのは、彼らくらいしか居ないから協力を仰ぐのよ」
調査兵団は、過疎化した村の自警団くらいに構成員を大きく減らしており余力がない。
駐屯兵団は、各師団同士が殺し合ったせいで、下手に弄ると内戦が起こる。
憲兵団?腐りきって役に立つわけがない。
だからフローラは、王の為に忠誠を誓って団結している中央憲兵に白羽の矢を立てた。
「この部隊を中核としてクロルバ区の駐屯兵団第三師団を吸収しましょう」
人類を守護する役割を持つ駐屯兵団は、南部と北部の2つに指揮系統が別れていた。
…だったのだが、ウォール・マリア陥落を受けて駐屯兵団の師団が大きく変革した。
まず、トロスト区を中心とする南部を守護する“駐屯兵団第一師団”が設立された。
更にトロスト区以外のウォール・ローゼから突出する城塞都市に独自の師団が設立された。
それが、“駐屯兵団第三師団”であり、各城塞都市及びその近郊を守護する任務に就いている。
「なるほど!彼らを巨人に戦わせるのね!」
ここまでの話を聴いたミーナは、親友のやりたい事を理解した。
彼らは巨人の脅威とは無縁だったが、それ故に街に巨人が襲来するのを恐れている。
そんな恐怖に怯えるクロルバ区の兵士を徴兵して巨人に戦わせると思ったのだ。
「そんな事しないわよ。防衛の
駐屯兵団という組織は、防衛戦略を採用しており、巨人の侵攻に備える防衛隊である。
そして調査兵団は、壁外を調査する事を主任務としているので巨人との交戦はむしろ避けていた。
だから、兵団政権が【壁外勢力に対して積極的に打って出る組織】の創設を要請していたのだ。
しかし、それを短期間で作れないと判断したフローラは開き直った。
「中央憲兵と巨人を恨む負傷兵、あとは志願兵で巨人と交戦させるわ」
「それだと戦力不足にならない?」
「だから彼らには後方から支援砲撃で援護してもらうのよ」
フローラは、兵団の高官たちと交流する為にある程度、戦略や戦術、帝王学を勉強した。
その一環のおかげでフローラがエルティアナに化けていても、誰も気づかなかった。
任務を難なくこなして自信満々に返答をする女が赤の他人とは思うまい。
それはともかくフローラは、基礎的な戦術しか知らないミーナに分かりやすく説明した。
「防衛の任務をする兵士に新たな戦術を教えるのは苦労するの。だから、従来通りに砲兵だったら砲兵として活躍させて、兵站を管理している兵士は、補給隊を運用する任務を遂行してもらうわ。つまり、従来通りの任務をしてもらう事になるわね」
机の上で黒鉛をコロコロと転がすフローラは、ミーナに簡潔に説明した。
「それに砲兵たちには新しい仕事をしてもらうわ」
「何の仕事?」
「携行した部品を組み立てて迫撃砲を作って砲撃してもらうの」
ユトピア区防衛戦では、緊急事態とはいえ王都以外で運用されなかった迫撃砲の使用許可が出た。
荷馬車で輸送したりロバや牛で大砲を牽引するのではなく兵士がその場で組み立てるという手法。
これにフローラは着目した。
「時代は砲撃よ!もう白兵戦で巨人を討伐するのは止めましょう!」
立体機動装置と対人立体機動装置には共通の弱点がある。
ガスを使用する関係でガス切れが発生して動けなくなる事!
なにより、操作が違う新型装備を開発したら、それに兵士が慣れるまで時間が掛ってしまう。
ならば、強力な砲撃で巨人をまとめてぶっ飛ばすのが楽だと思ったのだ。
「だから砲兵には、専用の装備を持たせるわ。巨人と交戦するのを想定しない装備をね!」
砲撃だけをする仕事なら大量の刃やガスボンベの予備品など必要ないので兵站にも優しい。
むしろ、刃を収める為に全長が長くなっている鞘のせいで迫撃砲の設置に手間がかかる。
そこでフローラは、砲兵用に従来の鞘を改良しようと考えた。
鞘の全長を短くしたり、回転できる様にしたり、工具箱に変えてもいいかもしれない。
「でも調査兵団の歴史を見る限り、結局、巨人と白兵戦をすると思うんだけど…」
画期的なアイディアを思いついた者は、先人たちの考えや犠牲を馬鹿にしがちである。
実際は、思いついてもあえてやらなかったか、やってダメだったから取りやめた例が多い。
鎧を
第57回壁外調査に向けての教育で調査兵団の歴史を知っているミーナからダメ出しを受けた。
「とにかく作って試験運用よ!常識に縛られては巨人に勝てないから!!」
巨人化能力者が軽く負傷するだけで15m級の巨人に変身できるのは、あり得ない。
質量も体積も、動く為の膨大なエネルギーもどこから来るのかさっぱり分からない。
だが、現実として存在するならば、それを想定しないと生き残れないのだ!
「まずは、クロルバ区の砲兵の能力をテストするわ!当分は賑やかになりそうね!」
そうと決まれば、さっそくフローラは兵団政権に提出する書類を書き始めた。
理性と肉体のブレーキが完全に壊れている彼女は、絶対に停止する事はない。
僅か5分で8枚の書類を仕上げたのを見たミーナは溜息をついて親友に向き合った。
「じゃあ、私はフローラのスケジュールを管理するね。これ以上酷使されるのは見たくないから」
とりあえず、親友が頑張っているのを見たミーナは、フローラの私生活を管理する事にした。
睡眠時間の大半を移動の際の乗馬中で済ませていたのが発覚した以上、介入して見張るしかない。
それが心的外傷後ストレス障害に苦しむミーナが未だに兵士でいる理由であった。
-----
クロルバ区から動員された兵士たちは、異様な体験をした。
いきなり異世界に転移したかと思ったら老人の声が聴こえたのだ。
ぱらでぃとう、じならしなど聴き慣れない単語が聴こえたと思ったら元の世界に戻って来た。
「おい!?今、異世界に居なかったか!?」
「お前も聞こえたのか!?」
巨人に警戒して50mの壁上に待機していた兵士たちは、一斉に耳栓を外した。
そして、さきほどの体験や聴こえて来た話の内容を語り合った。
誰もが異様な体験をしており、さきほどの出来事が事実だと理解した。
すぐさま、エルティアナ連隊長に異常を知らせようと伝令を選定しようとしたその時!
「え?」
突然、広大なウォール・マリアから突出しているシガンシナ区を覆う壁が爆発した。
何事かと思った兵士たちの視線が追い付く前に爆発がいっきに連鎖し、大爆発が発生した。
「ぎゃああああああ!?」
爆風に吹っ飛ばされた砲兵がそのまま壁内に向かって転落したが、それどころではない。
いっきにシガンシナ区の壁が崩壊し、誰もが床にアンカーを刺してしゃがみ込んだ。
吹き荒れる砂埃と壁の粉塵がウォール・マリアの壁上に居た兵士を苦しめる。
「ゲホゲホ!!」
「いぇて…」
「コホコホ…ひ、被害を…報告しろ」
誰もが近くにあった弾薬庫が爆発したのかと思った。
確認しに行きたいが、さきほどの爆発の衝撃で誰もが立ち直れていない。
第二砲兵隊の隊長が気合で立ち上がって何事かと壁を見た。
「なっ!」
そこには、50mの壁に埋まっていた超大型巨人が一列に並んでいた。
すぐさま、部隊に砲撃準備を命じようとした時!
「「「「「グオオオオオオオオオオオ!!!」」」」」
一斉に超大型巨人が咆哮し、誰もが両耳を手で抑えた。
何が起こったか全く理解できないが、とりあえずやるべき事は理解した。
「総員!!砲撃準備!!急げ!!」
「砲兵隊長!!変異種が登ってきます!!警戒してください!!」
「ん!?」
自分の担当する班員たちに指示を出すと部下から衝撃的な報告を受けた。
すぐに自分と部下の隙間から変異種が現れてそのままシガンシナ区に侵入した。
さきほどウォール・マリアの内側で発生した変異種の生き残りだと即座に判断!
「へ、変異種の強襲だ!?信煙弾を撃ち…ぶぎゃああああ!?」
砲兵隊長が黒色の信煙弾を撃ち上げようとしたが突然、背後から何かが激突した!
いつの間にかもう1体の変異種が登って来ており、尻尾で彼をぶっ飛ばしたのだ!
その衝撃で胸部と腰が290°に捻じ曲がってしまった彼はそのまま絶命した。
「
「総員、後退しろ!!後退!!」
巨人と交戦する術がない砲兵たちは一斉に後退を始めた。
目の前の砲兵隊長に話していた部下は、未だに現実味が帯びていなかった。
たった10分足らずで状況が変わった事にまだ気付いていなかった。
「うぎゃああああ!!」
放電を始めた変異種は、逃げ遅れた兵士に噛みついた!
雷に匹敵する電流が流れた兵士はあっという間に絶命する。
「撃て!!」
すぐさま、閃光弾をぶっ放して巨人の視覚を一時的に喪失させる。
それと同時に中央憲兵出身の兵士が黒色の信煙弾を上空に撃ち上げた!
「すぐに調査兵団に援軍を要請する!!それまで時間を稼げ!!」
彼はそう言い残すと、シガンシナ区の市街地に向かって立体機動をする。
何を命令されたか理解できなかった砲兵たちだが、ようやく意味を理解した。
「ふざけんな!短剣と豆鉄砲でどう戦えって言うんだ!?」
クロルバ区出身の砲兵隊員の武装は、左の鞘に取り付けられた刃渡り10cmの短剣。
そして護身用として散弾が詰められた安全装置付きの拳銃しか所持していなかった。
一応、操作装置は従来品を改良したので調査兵から刃を調達すれば使用できる。
「とにかく時間を稼げ!!」
本来なら対人立体機動部隊によって即座に片付けられたが状況が許さない。
主力部隊の大半が出現した超大型巨人の大群の対応に追われてしまったのだ。
だから砲兵たちは、体を張って援軍までの時間を稼ぐしかなかった。
「撃て撃て!!これ以上、進ませるな!!」
信煙弾や閃光弾、音響弾までぶっ放したが、そろそろ巨人は慣れてしまう。
その証拠に異形の巨人は、ゆっくりと獲物が居る場所に向かって前進を始めた。
「シガンシナ区に逃げましょうよ!!ごはっ!?」
「あいつらに踏まれたいならそうしろ!!」
狂乱状態になった兵士が第一砲兵隊の隊長に泣きついたが逆に殴り倒された。
すぐに鞘から刃を装填して双剣を構えた砲兵隊長は、動揺する部下たちに命じる!
「第二砲兵隊は盾を構えろ!!第一砲兵隊は拳銃を構え!!巨人の襲来に備えよ!!」
「「「ハッ!!」」」
壁の外に逃げようが、シガンシナ区に逃げようが地獄でしかない。
爆風や砲撃の振動に耐えられるように重装をしている彼らは、立ち向かうしかなかった。
「まずこいつを倒せ!!」
放電をしながら壁上を歩く変異種に向かって再度、閃光弾が撃ち込まれた。
今回、閃光弾を撃ち込んだのは、援軍要請で駆けつけた調査兵である。
すぐさま奴を討伐して味方の退路を確保しようとしたのだ。
「今だ後退しろ!!」
今度は工兵が指示をして砲兵隊を後退させた。
所持していた火炎瓶を片手にどの部位に放り込むか考えていた。
「ぎゃあああああ!?」
「この!!うわああぎゃああっ!?」
しかし、勇敢に突撃した調査兵の末路は感電死、残った兵士も叩きつけられて無力化された。
「にゃろおおお!!」
呆気なく味方を殺されて激高した工兵は火炎瓶を投擲しようと立ち向かった!
「ぐああ!?」
…が伸びて来た舌に腹部が激突し、そのままぶっ飛ばされた。
「馬鹿!!」
それを後方に居た砲兵が全身で受け止めて彼の落下死を防いだ。
しかし、火炎瓶が割れて可燃物が床に巻かれてしまった。
さきほど感電死した兵士が壁に当たった際に放電したおかげで工兵は感電しなかった。
だが、再び放電してきたので今度、直撃すれば感電どころか、誘爆が起こりかねない。
「……俺が行く!」
その惨状を目撃した正義感溢れるマルロ・フロイデンベルクは動いた。
巨人の討伐経験がある彼は、投石攻撃に比べたら全然、奴が怖くなかったのだ。
「待ってよ!!勝てる訳ない!!援軍を待ちましょう!!」
壁に向かって立体起動するマルロを呼び止めたヒッチだったが、無駄に終わった。
『そんな性格だからここまで監視に来た』と自覚しているからこそ彼女も動いた。
「やってみないと分からないだろうが!!」
「馬鹿!!死ぬ気!?」
ストヘス区憲兵支部所属だった新兵たちは、異形の巨人と交戦する羽目になった。
「蜥蜴野郎!!」
マルロの叫び声を聞いた異形の巨人は音がした方を見た。
飛んで火に入る夏の虫ならぬ、飛んで口に入る格好の餌を発見した。
すぐに捕食しようと壁に吸盤状の掌を付けて歩き出した!
「喰らえッ!!」
マルロは至って品行方正で謹厳実直に生きてきた男である。
だから胸ポケットには、チップとして渡す鋼貨が何枚か入っていた。
それを巨人の目玉に向かって投擲した!
〈ふぎゃああ!?〉
いくら全身を硬質化した薄い皮膚で覆われているとはいえ、眼球は無防備だった。
左目に刺激を受けた結果、咄嗟に左手で押さえてしまった。
そのせいでバランスを大きく崩して地面に向かって落下した。
「よし!!」
さすがに50mの高さから地面に激突すれば頑丈な巨人といえど、ただでは済まない。
そう考えたマルロは自分の考えが甘かった事を知る。
「……ヒッチ、お前は逃げた方がいいぞ」
巨体を1回転させた変異種は、尻尾を壁に叩きつけてそれをバネにして宙に飛び出した。
すぐに両手を壁に接着させて両方の足にもある吸盤で壁に接着して体勢を復帰したのだ。
それを目撃したマルロは、横にやってきたヒッチに警告した。
「どこに逃げたって同じでしょうが!!」
「それもそうだな…」
只今、シガンシナ区は絶望的な状況になっている。
50mの壁の支柱だった超大型巨人たちは穴から脱出して60mの巨体を活かして暴れ回っている。
それに比べれば、蜥蜴みたいな巨人1体を相手するなんて屁でもない。
「ヒッチ、一緒に戦ってくれるか!」
「口で動く暇があったら雷槍を構えて!」
「そうだな!」
標高2千mの要塞を攻略する為に作られた異形の巨人は難所でも復帰できる能力がある。
5mの尻尾で絶妙なバランスを取りながら50mの壁をよじ登った巨人は彼らと向き合う。
さきほどの仕返しにと放電の出力を上昇させていたら次の餌を発見した様子である。
「よけろ!!」
「くっ!!」
10m/sで伸ばしてくる電撃を纏った舌を回避した彼らは雷槍を撃ち込もうと走り出す!
「壁に逃げろ!!」
蜥蜴みたいな巨人が両手を強く叩きつけたのを目撃したマルロはヒッチに指示を出した。
「壁」の単語に反応したヒッチが壁の外に向かって飛び降りて彼も続く。
変異種は逆立ちをし、肘を曲げて上空に飛んで身体を傾けて尻尾で前方を薙ぎ払う!
「うわあああ!?」
調査兵の援護をしようとした工兵や砲兵隊員たちは予想外の攻撃で滑って転倒した。
そのせいで自分たちの眼前より少し上で尻尾が回るのを目撃する羽目となった。
「ダメだこいつは勝てねぇ!!」
着地した尻尾の感触で巨人は平衡感覚を確認し、突き出した右手を壁上に吸着した。
最初に出した右腕に交差する様に左手を出して体勢を整えた変異種は砲兵とは真逆の方向を見た。
そこには、食べる予定だった餌が居なかったのでもう一度、振り返る。
「早く後退しろ!!」
砲兵隊長に呼びかけられた兵士たちは、予想外の攻撃で腰を抜かしていた。
鞘を胴体と合わせるように縦にしていた兵士たちは仰向けのまま、動こうとしない。
すぐに捕食する対象を切り替えた異形の巨人は捕食しようとすると右脚から振動が響いた。
「この!!」
戦死した砲兵の鞘という名の工具箱からハンマーを取り出したヒッチが右脚を殴打したのだ。
両腕と両脚は絶縁体なので放電はしない代わりに硬質化も他の部位より甘かった。
あっさりと右脚から血が噴き出すが、痛覚がない巨人にその程度で勝てる訳が無い。
「来た!!」
胴体を壁上に着地させて尻尾を振り回そうとした異形の巨人は…。
「喰らえ!!」
ハンジ分隊長と互角の立体機動をこなすマレーネ班長によってワイン瓶が右目に投擲された。
大きく破損した瓶の破片と中身であるアルコールが巨人の目を侵食する。
〈ぶぎゃああああ!?〉
さきほどの鋼貨とは比べられないほどのダメージを受けた異形の巨人は両手を抑えた。
両肘を壁上に着地させて必死に異物感を取り除こうとする。
「ほら!もう1発!!」
次に女班長は、巨人が両手で抑える部位に向かって火炎瓶を投げつけた!
勢いよく投げつけた火炎瓶が割れてアルコールに引火し、濡れた皮膚は大炎上!
いっきに燃え盛る火炎に驚愕したのか、あっさりと異形の巨人は放電を解除した。
これで弱点部位である腹部が狙えるようになった。
「今だ!?」
ここで雷槍を撃ち込もうとするマレーネだったが、声を出したせいで左手で下半身を掴まれた。
顔面が燃え盛る中、横に寝そべった異形の巨人は、更に女班長の右腕を掴む。
「は、放せぇ!!あぐっうううう!!」
抵抗しようとしたものの驚異的な力で引っ張られたマレーネは悲鳴をあげた。
急いでマルロが彼女を助けようとしたが、遅かった。
「あああああああ!!」
トロスト区に帰還したら飲もうとしたワインを消費した彼女は最後に夢を見た。
死んでいったゲルガーと飲み比べしてあいつが勝利する光景を…。
「あああああっ!?うぎゃっあああっ!?」
両脚と右腕を異形の巨人に捥がれたマレーネは壁上に転がる。
一方、食べる部位が少ないせいなのか、巨人は捥いだ部位を壁の外にポイ捨てをした。
その一瞬の隙が致命傷となった。
「…マレーネ班長」
一瞬の隙を見逃さなかったマルロは、弱点部位がある腹部に雷槍を撃ち込んだ。
「すみません」
マルロは上官に謝りながら思いっきり紐を引き抜いて雷槍の信管を作動させた。
そしてその結末を見届けることなく壁から降りた。
「い、いいんだ…これで……」
調査兵団で一番の酒豪であるマレーネ班長はまだ生きているのが奇跡だと思っている。
獣の巨人の投石という名の岩の散弾攻撃で生き延びたのは、確かに奇跡だった。
そしてフローラや砲兵たちの援護のおかげで生き延びた事を誰よりも自負していた。
だから彼らを守る事ができるなら命も惜しくなかった。
「ゲルガー……今…そっちに…」
最期に勝ち誇ったリーゼント頭のゲルガーを思い浮かべたマレーネは笑った。
直後、大爆発が発生して彼女は絶命し、異形の巨人に大ダメージを与えた。
更に女班長の置き土産である1本の雷槍が誘爆をして巨人の背中の一部をぶっ飛ばす!
そのまま大量の蒸気を噴き出して壁上に倒れ込む褐色の巨体を砲兵たちは見届けた。
「や、やったのか?」
誰かが一言呟いた。
「やったぞ!!」
「勝ったんだ!!」
「よくやった!!」
ようやく巨人を倒したと実感したクロルバ区出身の砲兵たちは歓声を上げた。
戦死した砲兵たちやマレーネ班長が居る以上、不謹慎のはずだったが、それでも彼らは喜んだ。
超大型巨人の大群が出現してから初めて掴んだ勝利なのだから。
そしてウォール・マリアに張り付く変異種が居なくなったので調査兵が退避できるのだ。
尊い犠牲をもって彼らは確かに勝利したのだ。
「違う!!まだ生きているぞ!!」
だが、伊達に歳を重ねてない砲兵隊長によって祝福モードは立ち消えた。
そしたら死んだフリをしていたと言わんばかりに異形の巨人が四足歩行で走り出した。
さすがにダメージが大きいのか放電をしなかったが、それでも脅威である。
「ん?」
誰かが異様な光景を目撃した。
そこに餌がある限り、俺は進み続けると言わんばかりに走る異形の巨人だったが…。
巨体のバランスを司っていた尻尾が突然、粉砕された影響で前のめりに転倒した。
「命中!」
「次弾装填!急げ!!」
フローラの命令で対人立体機動部隊出身の狙撃班が、ようやくここで動き出したのだ。
20mm口径弾を採用するRF-11イェーガー狙撃銃による偏差狙撃が巨人の動きを止めた。
隙を見逃さないのは、巨人だけではない事をヒッチ・ドリス二等兵は示す!
『消えて!』
蜥蜴みたいな巨人の脇腹にアンカーを刺したヒッチは、残った手で雷槍も撃ち込んだ。
作戦前にフローラから変異種の危険性を散々に教えられた彼女は油断してなかった。
『私の前から…』
紐を引き抜いたヒッチは残ったアンカーを壁に刺して巨体に刺したアンカーを外した。
振り子のように立体起動する彼女に気付かなかった巨人は、雷槍が刺さった事も気付いていない。
逃げ惑う人間を捕食しようと胴体を起こそうとしたら脇腹が爆発して巨体を吹っ飛ばされた。
自分の肉体に何が起こったか分からないまま、異形の巨人はシガンシナ区に向けて落下した。
「まだだ!!」
ヒッチとバディアクションをしていたマルロは、落下する巨人のうなじに雷槍を撃ち込む。
すぐに紐を引き抜いて信管が作動させて壁に向かってアンカーを撃ち出した。
「うっ!?」
しかし、アンカーは壁に刺さらず、マルロはそのまま落下した。
両方の射出機からワイヤーが伸びきっているので…このままではアンカーが打てない。
アンカーを打ち直すには一度、ワイヤーを巻く必要があるが…マルロは瞬時に理解した。
『クソ…』
地面に激突するまで3秒も無い事に…。
うなじが爆発して四散した異形の巨人は最後に彼を道連れにしようとしたのかもしれない。
最悪の末路を理解して瞼を閉じた彼は、せめて苦痛なく即死できる事を祈った。
「あれ?」
だが、5秒経っても落下せずにワイヤーも上に伸びきっている事を疑問に思った。
何事かと上を見るマルロの額に生暖かい血が垂れた。
「ヒッチ!?」
壁にアンカーを打ったヒッチは、躊躇なく飛び降りてマルロのワイヤーを両手で掴んでいた。
しかし、彼女の腕力で青年1人分の重量を持ち上げられる訳が無かった。
死神が強く引っ張っているのか、アンカーが肉に喰い込んで彼女は両手から血を流した。
「この…」
それでもマルロを死なせたくないヒッチは、奥歯を噛み締めてワイヤーを掴み続けた。
しかし、2人分の兵士を支える事を想定していないアンカーに異変が起き始める。
メンテナンスがされていない事もあり、脆くなった壁からアンカーが外れそうになっていた。
「ヒッチ!!放せ!!お前まで死ぬぞ!?」
異形の巨人に刺したままだったアンカーは、さっきの爆発で使い物にならない。
それを理解しているマルロは、彼女にワイヤーを放すように命じた。
「あっ……」
ここでマルロは気付いてしまった。
彼女が流しているのは血だけではない事に……。
「ヒッチ…」
他者の心境を察する事が苦手のマルロですら気付いてしまった。
ヒッチが泣いているのは、肉に喰い込んだアンカーの痛みだけでは無い事に…。
「クソ!!」
だからマルロは最後まで足掻く事にした。
操作装置にある護拳に似せたレバーを強く引いてヒッチが掴むワイヤーを巻き取った。
少しでも生き残る可能性を模索する為に彼も足掻き始めたのだ。
「うっ…」
しかし、彼にとって不運なのは、ガス配分について気を遣う経験が無かった事だ。
トロスト区防衛戦で発生した104期南方訓練兵団の卒業生の悲劇が再来してしまった。
ガス欠のせいでアンカーを打つ事もワイヤーも巻き取る事も不可能になった。
「まだだ!!」
今度は壁に向かってマルロは動いた。
なんとか壁のでっぱりを掴んで、彼女が支える負担を少しでも軽減しようとした。
「クソ!!」
残念ながら巨人が掴んで登れない様に滑らかな表面になっていたせいで掴めなかった。
勢いで両手から血を噴き出したマルロはまだ諦めない。
激痛で声が出せないヒッチも、最後は意地になってワイヤーを掴み続けた。
僅か1分の意地であったが、その尋常じゃない努力が功を奏した。
「おい無事か!?」
さきほど巨人の舌でぶっ飛ばされた工兵が壁から降りて来たのだ。
「助けに来たぞ!」
更にさきほど異形の巨人の尻尾を撃ち抜いた狙撃班も辿り着いた。
ヒッチのプライドが鋼鉄より頭でっかちのマルロの命を救う事になった。
「ロープを引き上げろ!急げ!早くしろ!!」
フローラが厳選した工兵の仕事は早かった。
あっという間に複数のロープをワイヤーとマルロの胴体に結び付けた彼は号令を下す。
号令を受けた砲兵たちは必死にロープを引き上げようと踏ん張る。
すると、あれほど持ち上げるのに苦労したマルロは50mの壁を楽々と上昇していく。
「もう大丈夫だ、手を放しても大丈夫だよ」
泣いていたヒッチに優しく声をかけた工兵は、ワイヤーを専用の器具で切断した。
ようやく両手が解放された彼女は今なお、泣き続ける。
「お前らも手を貸せ!」
「「ハッ!」」
工兵の指示で狙撃兵たちもヒッチを引き上げる為に手を貸した。
そして彼女が壁上に引き上げられた時、マルロも泣いていた。
「ヒッチ!!」
青ざめたヒッチを優しく抱きしめて彼は防壁と化した盾の中に引き寄せた。
「すまないヒッチ…」
泣きじゃくっているヒッチの頭を優しく撫でたマルロは皆の無事を祈るしかない。
砲兵が81mm口径の迫撃砲で砲撃を繰り返す中、彼は彼女の言葉を聴く為に耳栓をしなかった。
「おい、さっさと耳栓とヘルメットをしろ!死にたいのか?」
そんな馬鹿正直な野郎に狙撃兵がヘルメットで小突く。
それを受けてマルロは振り返った。
「あんたは……地下に居た…」
「そうさ、地下空間で迎撃してお前を撃ち殺そうとしたおっさんさ」
礼拝堂地下で殺し合いをしていた2人は、皮肉にも50mの壁上で再会した。
それだけの会話を交わした狙撃兵は、ヘルメットの中に2人分の耳栓を入れて彼に渡す。
「じゃあな、オカッパ野郎。せいぜい生き残った幸運を噛み締めて長く生きろよ」
ムカつくオカッパ野郎にヘルメットを渡した狙撃兵は、自身の任務を再開した。
20mm口径弾を発射する度に身体を痛めつつも、最後の1発まで超大型巨人を撃ち抜いていく。
「ああ、そうだな」
マルロは自身に耳栓を付けてからヘルメットをヒッチに被せた。
そして今なお、泣き続ける彼女の両耳に優しく耳栓を入れた。
これがマルロにとって初めて他者の心境を察して優しく行動する事ができた瞬間であった。
「みんなも早く……来て欲しい…」
たった1戦で心が折れかけたマルロは、同期や先輩の帰りを待っていた。
生き残れた喜びを誰かと共有しないと精神が爆発しそうになっていたのだ。
だが、彼は知らない。
50mの壁から見下ろす景色が地獄絵図になっている事に…。
そして4年後にその光景を再現をする事になるとは思いもしなかった。