進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
エルヴィン・スミスという男は、不思議に思い続けている事がある。
そのきっかけは、同級生と共に教師である父親から歴史を学んでいる時であった。
「先生、壁の外に人類が居ないなんてどうやって調べたんですか?」
50mの壁に人類が追い込まれるまでの経緯は至って簡潔だった。
突如として人類を襲った巨人のせいで、ほとんどの歴史が残されていない。
人類の大半は巨人に捕食されてしまい、住処を追われたが、争いの時代と決別できた。
巨人の脅威に対して生き残った人類が団結する事で平和になり、理想の世界を手に入れた。
ならば、どうやって壁の外に残された人類が全滅したと確認できたのだろうか。
それが気になったエルヴィンは、黒板の前に立っていた父に質問した。
「…エルヴィン君、君は何故、生物が死ぬという事象に疑問に思った事があるか?」
「……いえ、ないです」
「そうだ、人類の科学が発展しても分からない事はあるんだ、それが一番の理由だ」
「答えになっていません」
「つまりだな、調査兵団の犠牲を見る限り、壁外の人類は全滅したと考えるしかないのだよ」
論点をすり替えられた挙句、仮説で返答されたエルヴィンは挙げた右腕を降ろした。
様々な思惑が頭の中に廻ったが、父の回答に納得するせざるを得なかった。
だが、その日の晩に実家に帰宅した父は、息子の質問に返答をした。
「エルヴィン、王政の配布する歴史書には多くの矛盾が存在するんだ」
「矛盾?」
「そもそもの謎は、文献が残ってなくても口頭で歴史を伝承できるはずなのに一切なかった」
「それの何がおかしいの?」
「可笑しいだろ?壁で生まれた子であっても、親から歴史を教えられるのにそれが一切無いんだ」
父は語った。
動物と違って人間は口や文字で歴史や経験を伝承できるのにそれが無いのは可笑しいと!
吟遊詩人が唄や楽曲を披露するのに伝承が1つも無いのはあり得ないと…次々と違和感を伝えた。
その姿は、まるで自分の疑問を息子に伝える様であった。
「むしろ、エルヴィンは正しい。考古学者であれば誰もが疑問に思っている」
「じゃあ、なんで壁の外について調べないの?」
「本末転倒になるが、巨人が居るからだ。だから考古学者は壁内の歴史を紡ぐしかできなかった」
この世界は、虚偽に満ち溢れている。
だが、誰もがそれから目を背ける。
必ず自分の元に訪れる死から目を背ける様に学者も歴史の矛盾については詳しく調査しなかった。
「むしろ、ご先祖が口を噤んで次世代に歴史を残さなかったのは不可能に近いと思う」
「でも、実際にそれを達成しているよね?」
エルヴィンは父の返答を疑問に思った。
だったらどうやって壁の外の歴史を今まで秘密にできたのか。
巨人に脅迫されて生き残らせる代わりに過去の歴史を隠蔽されたという考えすら浮かんだ。
だが、父から突拍子もない話を聞かされる事になった。
「これはあくまで私の仮説なんだけどな」
「うん」
「壁に逃げ込んだ当時の人類は、王によって記憶を操作を改竄されたと考察した」
「うん?」
てっきり、巨人に弾圧されたから人類は歴史を噤んでいると思ったエルヴィンは困惑した。
そんな息子の心境を察したように父は話を続ける。
「どの教本や文献を読んでも、人類は賢明な王の指導で平和に過ごしているというオチしかない」
「それがどうしたの?」
「どの文献も、王を讃えるだけでその根拠がほとんどない、だから私は王に対して疑問に思った」
「何が?」
「この壁の中に人類を招き入れた王こそが歴史を忘却させた元凶では無いかと私は考察したんだ」
それは今までエルヴィンにとって常識が音を立てて崩れ落ちるほど衝撃的だった。
だが、歴史の教本が壁の外について一切触れていないのに納得できる。
ただ、1つだけエルヴィンは新たな疑問が湧いた。
『なんで教室で言わなかったんだ?』
好奇心旺盛の自分以外にも、歴史が気になっている同期が居た。
それどころか、考古学者や歴史の教師にそれを教えなかった父の意図に彼は気付けなかった。
だから、致命的なミスを犯す事になった。
「可哀そうに……まだお若いのにね」
近所のおばさんが父の墓前に佇むエルヴィンを見て同情していた。
だが、エルヴィンはこの結末に納得できないほど愚かでは無かった。
『父さん、僕は愚かだったよ…』
エルヴィンは父にこっそり仮説を教えられた意図に見抜けず、子供たちに話をバラしてしまった。
すると憲兵に事情聴取をされてしまい、それを話してしまった事が運の尽き。
その日から父親は行方不明になって遠く離れた街で事故に遭って死んだと通告が来た。
『僕が父さんを殺したと同然だよ…』
自分の密告で父が王政に殺された事を9歳のエルヴィンは気付いてしまった。
その出来事は、彼の人生に多大な影響を与えた。
成長するにつれて父親の仮説がどんどん事実ではないかと思い始めた。
『父さん、僕はその仮説を証明してみせるよ』
いつからか父の仮説を証明するのが使命だと感じたエルヴィンは調査兵団に入団した。
王政府から唯一、壁の外に触れる事が許可された組織であれば、何かが得られると思った。
しかし、人類の中で異端者だらけの調査兵の中でも自分は更に異端だと気付く事になった。
『そうか、私だけだったのか…自分の為に戦っていたなんて…』
調査兵団に居た兵士は誰もが人類の為に心臓どころか全てを捧げていた。
そんな中、エルヴィンだけは自分の夢の為に戦い続けた事に気付いた。
だからこそ、好きな女に成果を見せたいと考えていたキース団長を見て安心した。
ああ、彼も誰かの為とはいえ、自分の為に戦っているのだと…。
『だが、俺は自分が生きている限り、夢に向かって進むよ』
既に部下を持つ身になったエルヴィンは、誰よりも輝いていた。
キース団長に言わせれば、特別な人間といったところか。
いつからか、人類の為に心臓を捧げよ…と、仲間を騙し、部下を騙して…自分すら騙した。
一流の詐欺師になったと自覚しているエルヴィンだが、夢が手に届くと知って私情を優先した。
『父さん、俺は仮説を証明してみせるよ』
だが、エルヴィンは三重に築かれた50mの壁について深く疑問に思わなかった。
仮説を証明すれば、壁の建設方法が理解できると考えただけでそれ以上、踏み込まなかった。
何故、
皮肉にも、その理由をエルヴィンに教えたのは、民衆の記憶を改竄した初代レイス王であった。
「くっ…」
答えは単純だ。
50mの壁は、巨人から人類を守っている盾である。
しかし、ウォール教が必死に壁に干渉するのを避けた意図をようやくエルヴィンは理解する。
文字通り、広大な50mの壁は、巨人から人類を守る為のものであったのだ。
それは、
「なにが…」
異世界に飛ばされて脳内に誰かの声が響いたと思ったら元の世界に帰還した。
それだけでも異常事態なのにシガンシナ区の壁はウォール・マリアを除いて全て崩壊した。
そして60m級の超大型巨人の大群が咆哮を出して地面から抜け出して一斉に動き出した。
「…あった!?」
シガンシナ区の中央部に待機していた調査兵団の本隊は不意打ちを喰らった形となった。
慌ててエルヴィンが指示を出そうとした瞬間、地面から
その衝撃で吹っ飛んだエルヴィンは瓦礫に頭を打って今まで気絶していた。
ようやく気を取り戻して立ち上がって状況を確認して…戦況が絶望的と知る。
「父さん、壁って巨人から文字通り人類を守っていたんだね…」
超大型巨人の大群に包囲されており、僅かに動く巨人に対抗できずほとんどの兵が命を落とした。
「フロック!!しっかりしなさい!!」
懐かしい声が聴こえたエルヴィンが振り向くとそこにはフローラが居る。
同期が気絶しているのを目撃した彼女は、必死にフロックを起こそうとしていた。
「くっ、この兵士をウォール・マリアに運びなさい」
「え?調査兵は囮にするのでは?」
起こすのを諦めたフローラの指示を受けてカーフェン分隊長は困惑した。
超大型巨人の大群を惹き付ける為にあえて調査兵を囮にしたのだ。
なのに、たかが気絶している調査兵団の新兵如きを救出するなど変に感じられた。
「こいつには密旨を命じていてね。ここで死なれると困るのよ」
「なるほど、分かりました」
もちろん、フローラは指揮系統が違うフロック・フォルスター二等兵に何も命じていない。
彼女がこんな指示を下した理由は単純だった。
『これ以上、同期を死なせたくないの……』
鎧の巨人の打ち破った瓦礫が飛来して両親が潰された時、ショックでフローラは記憶を失った。
故に今まで5年半の人生の内、3年間を過ごした104期南方訓練兵出身者には特別な感情があった。
それは、敵であっても適応された。
『そう、サンドラもゴードンも救えなかった以上、フロックだけでも生き残って欲しいだけよ…』
フローラ・エリクシアという女は、交渉できない敵に対しては冷酷だった。
ジーク・イェーガーには治療が開始できるまで半年以上かかる
ピーク・フィンガーに至っては、即座に脳を撃ち抜き四肢を切断し、尿道と肛門を焼き尽くした。
しかし、同じ殺意を向ける相手でも104期兵出身者には
その本質は、
恐怖という感情が欠如した彼女は、フローラという表皮を作ってくれた同期を確かに愛していた。
「どうしたの?さっさと運びなさい」
「はい…」
フローラは笑って気絶したフロックを安全な場所に移動させる事を部下たちに命じた。
その笑みの意図を知っているカーフェンとその配下は急いで気絶した調査兵を運んだ。
「エルティアナ連隊長!!ご命令を!!」
「まずお前のヘルメットを貸せ!!」
「うわっ!?」
そこにクロルバ区から派遣された駐屯兵がやって来て指揮官に命令を求めた。
それを受けてフローラは兵士からヘルメットを強奪して更なる命令を下した。
「速やかにウォール・マリアに居る変異種を討伐しろ!!少しでも砲兵を活用する!」
「しかし、砲兵部隊の大半は、巨人と戦闘を行なえる装備がありません!」
「何の為の狙撃部隊だ!!さっさと奴らに
「は、はい!!」
表向きは退路を作る為であるが、実際はフロックを避難させる為にフローラは厳命する!
ウォール・マリアにうろつく蜥蜴みたいな変異種をさっさと討伐しろと…。
何も事情を知らない兵士は、すぐに味方にその命令を伝達しまくった。
『ああ、そうか。ようやくフローラがどんな悪魔か分かった…ここで理解したくなかったが…』
その様子を目撃したエルヴィンは、ようやくフローラがどんな悪魔か理解した。
何かに酔っ払おうとする人々に応じて態度や対応を変えて人を深淵の森に迷わせる女悪魔だった。
如何せん、フローラは一貫して他者の為に本気で考えて行動してくれるせいで誰もが惑わされる。
しかし、エルヴィンは悪魔の欠点も見抜いた。
『悪魔にも情は残されていたと知れたのは収穫か…』
誰もが望んだり求めていた答えをくれる悪魔は、どこかしら同期を気にしていた。
それが唯一、フローラを演じている女悪魔に残された欠点であり、最後に残された理性だった。
どんな事が起ころうとも前進するフローラは、その理性だけには逆らえず、立ち止まってしまう。
『キース元団長、俺はフローラに比べれば
他者を扇動する詐欺師と自称していたエルヴィンですら、まんまとフローラに惑わされた。
シガンシナ区でお世話になったエルティアナ女史を演じる彼女に私情をぶちまけてしまった。
そのおかげで、心がすっきりして2カ月間、抑圧から開放されて人生を楽しめたのも事実だった。
だからエルヴィンは、今更彼女の行動を叱責する事はできなかった。
『そしてこの悪魔には、こんな戦況になっても打開できる策があるんだろうな…』
誰もがフローラに頼るのは、ブレーキが効かない故に自信満々で行動できる眩しさである。
きっと彼女ならなんとかしてくれるだろうという憶測や期待を叶えてくれるからこそ頼るのだ。
『さきほどの女兵士は調査兵を囮と言っていたな…』
対人立体機動部隊の副長であったカーフェンとエルヴィンは面識がない。
しかし、彼女の発言からフローラのしたい事を瞬時に理解した。
『なるほど、獣の巨人に対する反撃と同じ様に調査兵団を囮にする気か……』
獣の巨人の投石攻撃を見てエルヴィンは、玉砕覚悟で突っ込んでリヴァイに討伐させようとした。
それに対してフローラは、囮役の部隊に生き残る術を残して突っ込ませて全てを焼き払った。
エルヴィンは、ポリ窒素爆弾が炸裂して変異種が一度に20体以上消し炭になったのを見て悟った。
『ああ、確かに彼女の力を借りれば、なんとかなると期待してしまうな』…と。
『すまない、みんな…もう一度、囮になってくれ』
フローラの作戦の意図に気付いたエルヴィンの動きは速かった。
すぐに生き残った調査兵に超大型巨人の討伐を優先させた。
「ウォール・マリアが破壊されればそこからも超大型巨人の大群が出現する」と騙りながら…。
『ああ、残念だ……シガンシナ区をまとめて吹っ飛ばすことになるとは…』
エルヴィンの目的は、エレンの実家の地下室で真相の答え合わせをする事だった。
しかし、地中を掘り進む変異種に超大型巨人のせいで地下室が崩落しているのは間違いない。
だから彼もフローラの行動を見習い、開き直って調査兵を騙して囮にし続けた。
「……クソ、もっと壁について把握するべきだったか」
フローラに続いてリヴァイも超大型巨人を討伐したのを見てエルヴィンは後悔した。
もう少し、ウォール教と壁との関係性を調べておくべきだったと…。
「どうするべきか…」
しかし、フローラが自ら動いたという事は何か進展があったという事だ。
エルヴィンは残された調査兵たちを利用してどうするべきか考えた。
『何を?』
その何を見つけるのが難しかった。
だからさきほどの脳内に響いた単語を必死に思い出してヒントを得ようとした。
『先祖の大罪、断罪の時、壁を破壊…何かあるはずだ』
偉そうに言って来たのは、記憶を奪った初代レイス王に間違いないだろう。
だが、1つだけ疑問が残った。
『何故、あの巨人化能力者を追わない?何かあるのか?』
さきほど壁の外に逃亡した巨人化能力者を超大型巨人が追っていない事だ。
壁の外に出ようとする者を超大型巨人の大群が滅ぼすなら追わないと理に合わない。
「まさか!」
その原因が分かったエルヴィンは、近くに居た兵士に伝えようとする!
「がっ!?……ぐっ!」
その時、背後から伸びて来た硬質化の爪がエルヴィンの脇腹を貫いた。
それを行なったのは、地鳴らし発動とは一切、関係ないはずの異形の巨人の仕業だった。
ウォール・マリアの内側で誕生した巨人は何故か、エルヴィンの口を塞ぐように爪で刺してきた。
「エルヴィン団長!?」
「貴様!?よくもやりやがったな!!」
激痛と共に意識が遠のくエルヴィンはその場に倒れようとしていた。
クラース班長が硬質化の爪を爆破したおかげで無事に彼は拘束から解放される事となった。
「いい加減くたばれ!!死にぞこない野郎が!!」
誰かの声が聴こえた。
それは、自分を恨んで死んでいった者たちによる罵倒に聴こえた。
なんとかして発言しようにも激痛でエルヴィンは気を失った。
「団長!?」
さきほどの騒動で駆けつけて来たハンネスはエルヴィン団長を介抱した。
しかし、明らかに致命傷であり、巨人化しない限り、すぐに死ぬと見抜く事しかできなかった。
「エルヴィン団長!!エレンの実家の地下室を見るんだろ!?ここでまだくたばるな!!」
応急処置をした後、団長の装備を全て外したハンネスは近くに居る兵士に呼び掛ける。
「ディルク分隊長!!フィル!!エルヴィン団長が負傷した!!手を貸してくれ!!」
「了解!!」
「分かりました!!」
調査兵団のディルク分隊長と自分の副官たちに団長を運んでもらう事にした。
すぐに彼らは承諾して安全地帯となったウォール・マリアまで重傷者を運ぶ光景を…。
ハンネスは複雑な表情で見守っており、安全地帯に着いた瞬間、気付け薬を取りに行った。
「……あぁ」
微睡の中でエルヴィンの意識は浮かんだり、沈んだりしていた。
起きようとしたが、眠くて二度寝するような感覚。
死は安息とはよく言ったものだ…と他人事に思える感じであった。
「団長!!」
「…う、うっ……うん?」
気付け薬の代用としてワインを飲まされたエルヴィンは目を覚ました。
そこには、心配そうに見つめるハンネスとディルク分隊長たちの姿があった。
「意識を保ってください!!希望はすぐそこにある!!」
「いや、いい……」
エルヴィンは激痛で息をするのもきつかった。
だが、これだけは言いたいので最後の力を振り絞って発言をする。
「い、いいか……あいつらは……壁の外に…ハァハァ…向かう人間を……追うんだ…」
「団長!もういいです!!我々が…」
ディルク分隊長は、エルヴィン団長の発言を止めようとしたがハンネスは彼を腕で遮った。
「壁の外に向かう人間がどうしたって?」
伊達に歳を重ねていないハンネスは、死を望む兵士の遺言をしっかり聴こうとしたのだ。
「巨人は…ハァハァ…壁の外に……人間を……必ず……殺す……」
「分かりました。俺に任せておけ!」
僅かな単語でハンネスは理解した。
目の前で暴れる超大型巨人の大群はウォール・マリアから離れる人間を襲うと…。
「どうする気だ?」
「どうするって?」
ディルク分隊長も気付いたが、一応、ハンネスに確認を取った。
「作戦通り、あいつらをまとめてぶっ飛ばしてやろうじゃないか!!」
シガンシナ区の壁の修復工事をしようとしたハンネスの夢は崩れ去った。
それどころか、その礎だった巨人共がウォール・マリアまで破壊しようとしている。
そんな状況をハンネスは黙って見逃すほどの臆病者では無かった。
死にかけている団長に対して背中に担いだ百雷を見せつける様にハンネスは笑ってみせた。
「俺も協力する」
「班長、私を無視して行くなんて水臭いですよ」
「お前ら……ありがとう」
ハンネスの勇気ある決断にディルクと副長のフィルも乗った。
それどころかエレン護衛部隊とマルロ以外で生き残った調査兵たちも同調した。
彼らは超大型巨人の大群を討伐するのに命を惜しくない死に急ぎ野郎と化していた。
「本気でやるのかよ…」
「マジか…」
その光景を目撃したフローラの部下たちは本気で調査兵団にドン引きした。
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こうなったきっかけは、ウォール・マリアに居た異形の巨人が討伐された事に由来する。
退路が確保できた中央憲兵出身の兵士は、気絶したフロックと共に壁上に待機していた。
もちろん、超大型巨人をぶっ飛ばす為の準備をしていたが、ここで問題が発生した。
「誰が囮役になって超大型巨人を惹き付けるんだ?」
「私に訊かれても困るよ……連隊長が戻ってくるまで臨戦状態で待機して…」
新型兵器で超大型巨人の大群を跡形もなく消し飛ばすには囮が必要だった。
しかし、誰が囮に行くのか決めておらず、決定打が欠けたままミーナたちは命令を待っていた。
「ん?なんだ囮役って?」
「超大型巨人の大群を惹き付ける役割の事よ。壁の外に向かって走る騎兵が居ないのよ」
ここでいきなり話題に入って来たと感じたミーナだったが、話を進めた。
駐屯兵は自分たちの指示を待てと命令したので関係者だと思ったからだ。
「囮になって馬を走らせたら奴らに勝てるのか?」
「理論上はね、ただ爆発の規模から考えるとかなり壁の外に向かわないといけないの」
「俺が行くと言ったら作戦は開始されるのか」
「え?正気?」
ここでミーナはびっくりした。
本作戦では、副官に命じられた彼女は部下が死に急ぎになった事に本気で困惑した。
だから親友みたいにアホな事を言い出した兵士を咎める為に声をかけてきた人物に振り向いた。
「アホじゃないの。連隊長が戻ってくるまで指示を待ちなさい」
「それができたら苦労しないんだよ嬢ちゃん…えっ?」
打開策があると期待したハンネスは振り向いて来た女将校を見て驚いた。
「あんたは、あの時の恩人か…」
「……うん、ここで逢いたくなかったけど」
ハンネスは以前、エレンの母を喰った金髪で口角を釣り上げた巨人を討伐しようとした。
しかし、結果は失敗して巨人に掴まれて捕食される未来しかなかった。
自分の奮闘が絶望に変わって見上げるエレンとミカサに逃げて欲しいと願うしかなかった。
そんな彼の窮地を救ってくれた恩人がミーナであった。
「嬢ちゃん、あの時に救ってくれた恩をここで返すぜ」
「……狂ってるよ。なんで死ぬのが怖くないの?」
カルラ・イーターと名付けた巨人をハンネスは恩人と共に討伐する事で恩を返そうとした。
しかし、エレンの奮闘によって自分が活躍する前に討伐されてしまい、恩を返せなくなった。
だから「ここで恩人に恩を返す」と告げるハンネスを見てミーナは怯えた。
「おう、俺はあの時に死んでいたはずだからな!ここで行かなきゃ誰が行く!?」
「フローラみたいな事を言うのね」
「なんてこった、俺はフローラみたいに死に急ぎ野郎になっちゃったって事か」
自信満々に「死地に向かう」と断言するハンネスの言葉にミーナは親友と似ていると返答した。
そしたらハンネスは頭を掻きながら少しだけ嬉しそうに笑った。
その考えが一切理解できなかったミーナは、親友と違って正気のはずの彼から距離を取り始めた。
「ところで嬢ちゃんたちの作戦を教えてくれないか?」
「囮がウォール・マリアから離れた場所に行ったら“
「びゃくなんとかって…なんだ?」
「ウォール・マリアの内側で出現した変異種の群れを焼き尽くした強力な爆弾よ」
ハンネス・ルドマン自体はシガンシナ区での戦闘に夢中で新兵器の存在を知らなかった。
だが、あれほど苦戦した変異種の群れを焼き尽くせるならどんな爆弾か分かった。
「つまり、あの超大型巨人の群れをまとめて焼き尽くせるってワケか?」
「だから、ウォール・マリアに直撃しない様に囮で巨人を誘導する必要があるの」
そして恩人から囮の重要性を再認識したハンネスは1つだけ気になった事がある。
「それって雷槍と同じ仕組みなのか?」
「信管を作動させて爆発させるタイプだから同じね。……それがどうかしたの?」
百雷はコードネームであり【個人携行型無反動砲式超長距離ポリ窒素炸裂弾頭】が正式名だ。
ただ、勘違いして欲しくないのは超長距離にしたのは、それほど爆発の威力が大きすぎるからだ。
つまり、後に開発される原子爆弾に匹敵する大爆発から身を守れるなら時限式にしても良かった。
「じゃあ、雷槍の様に信管を作動させれば時間差で大爆発するって事だよな?」
「当然でしょ?輸送する衝撃で爆発する危険物を兵器化するなんてありえないよ」
「でもフローラならやりそうだが?」
「実際、痛い目に遭ってから考えを見直したから反論はできないけど…」
実際、フローラがニトログリセリン*1を好奇心で遊んでたら爆発して彼女は本気で懲りた。
なので彼女が開発した兵器には、必ず安全装置が存在しており兵士の身を護る工夫もある。
なんでそんなもんで遊んだんだと中央憲兵や兵器開発者は呆れたが、彼女は痛みで学習するのだ。
「じゃあ、俺が起爆する。それなら爆発するタイミングを計らなくて済むだろ?」
「正気じゃない。一旦、顔を洗ってから出直してきてよ」
「俺は、いや…俺らは本気だぞ」
ハンネスの言葉を無言で肯定した調査兵たちを見てミーナは驚愕した。
獣の巨人に向かっていく調査兵団を嘲笑っていた中央憲兵出身の兵士も本気なのかと目を見張る。
「これが百雷です。信管の発動方法は、この紐を引っ張ってください。以上」
「よし、俺の背中に結びつけてくれ」
「承知しました」
フローラが不在の今、副長であるミーナが指揮するべき案件だった。
しかし、あくまで彼女はフローラの命令を忠実に伝える手下でしかない。
実際は、カーフェン分隊長やウォール・ローゼに待機している参謀の方が権限も階級も上である。
フローラならこうすると理解しているカーフェンはあっさりとハンネスの要求を容認した。
「正気じゃない…」
ミーナは呆然として百雷を背負ったハンネスとそれに続く調査兵の一団を見送る事になった。
そしてハンネスはどこから包囲網を抜けようとした時、瀕死になったエルヴィン団長と遭遇!
一旦、団長をウォール・マリアの壁上に運んでやるべき事をしっかり理解したのだ。
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フローラとリヴァイが作った超大型巨人による包囲の突破口に向かってハンネスは馬を駆ける。
後に続くのは、調査兵団に所属する兵士だけのはずだったが、物事には例外というものがある。
1名だけ対人立体機動部隊出身の狙撃兵も死に急ぎ野郎の集団に混じっていた。
「なんでお前まで付いて来ているんだよ!?臆病者は遠くから豆鉄砲でも撃ってろよ!?」
「うるせぇ!!てめぇに死なれると勝ち逃げされて気分が悪いんだよ!!」
何度も喧嘩してきた調査兵と狙撃兵が相変わらず口論をしていた。
非現実的な状況でも暢気に喧嘩をしてられる彼らの存在は特攻する調査兵の気分を和らげていた。
そうとは知らずに死ぬと分かっていながらも、彼らはお互いの悪口を言いまくっていた。
「よし、冥途の土産に覚えておけ。エドモント・ヴュルテンベルクだ!分かったか童貞野郎!」
「第二狙撃班所属マリウス・シーラッハだ。所属部隊も言えない臆病者風情が調子に乗るな!」
これがお互いの名を現世で最後に叫んだ瞬間であった。
そして二人は黙り込んでハンネス班長を援護する為に馬を走らせる。
「巨人の包囲網を突破します!!動きに警戒を!!」
誰が発言したか分からないが理解する事は1つだけ。
ただひたすらにウォール・マリアに向かって馬を駆けるだけだ。
「ああ、来いよ!!」
ハンネスが包囲網を抜けた瞬間、市街地で暴れ回っていた超大型巨人の動きが止まった。
一斉にハンネスが居る場所を見て優先順位を確認している様であった。
そして数秒後には、ハンネスを殺そうと超大型巨人の大群が走り出した。
「俺と一緒に最期まで遊ぼうじゃないか!!」
赤色の信煙弾を撃ち上げたハンネスは必死に少しでも壁の外に向かおうと馬を走らせる。
殿となった狙撃兵とその相方は馬から降りて迫って来る巨人に向き合った。
「童貞野郎?逃げるなら今の内だぞ?」
「臆病者風情が!指図するな!」
RF-11 イェーガー狙撃銃を構えた狙撃兵の後ろに調査兵が彼を支えるように両手で構えた。
先頭にいる超大型巨人に向かってマリウスは20mm口径弾をぶっ放した。
鎧の巨人の装甲すら撃ち抜く徹甲弾ですら60mの巨体には威力不足過ぎた。
だが、彼らは諦めない。
「次弾を寄こせ!」
「渡した!!」
「ん?」
排莢したマリウス狙撃兵は、エドモンドから
アホみたいに長い銃身に雷槍が取り付けられていたの確認した狙撃兵は引きつった笑いをした。
「はよ撃て!!」
「うるせぇ臆病者!!お前こそ早く引っ張れ!!」
すぐに軽口を叩いて相棒の反応を確認したエドモンドが紐を引っ張って雷槍の信管を作動!
即座にマリウスは超大型巨人の右膝に向かって狙撃した!
開発に携わったフローラも想定していなかった合成銃弾は呆気なく巨人の足元に落下した。
だが、それを踏み越えようとした瞬間、爆発で足を滑らせて先頭に居た超大型巨人は転倒した。
「次だ!!」
「分かってるよ馬鹿が!!」
次々と前方に倒れた巨人に引っ掛かって超大型巨人はドミノ倒しのように転倒していった。
だが、少しだけ時間が稼げただけで奴らは這いずってでも前進を開始した。
その速度は、馬の全速力を凌駕している。
雷槍の信管を作動させるのに精一杯だった調査兵は最後に相棒を罵倒した。
「撃て!!童貞野郎おおお!!」
「うぇあああああああああ!!」
目の前に高熱の蒸気が迫って来たにも関わらず彼らは最期まで抗った。
今度は自分たちを巻き添えにし、別の超大型巨人を爆発によって転倒させた。
それに気づかない後続の巨人たちは転倒し、更なる足止めとして機能する。
勇気ある2名の兵士のおかげで少しだけであるが、時間を稼ぐ事に成功した。
「……よくやった!俺もすぐに後を追う!!」
「我々も戦います!!」
「「うおおおおお!!」」
「馬鹿が!!すぐに死ぬなよ!!」
ディルク分隊長は3名の騎兵と共に迫って来る肉の壁に対峙する。
そして雷槍を構えた兵士たちは高速で迫って来る超大型巨人に飛び掛かった!
「「「「「兵士よ進めえ!!兵士よ怒れえ!!兵士よ戦え!!」」」」
誰もがミケ副団長が獣の巨人に特攻する時の号令を叫んでいた!
残酷な世界に抗う為に!愛する家族を守る為に!そしてなにより彼らは…。
「「「「兵士よ道を作れ!!」」」」
少しでもハンネスが道を進めるように彼らは抗った。
別の場所からやってきた超大型巨人に向かって特攻隊は、雷槍の雨を降らした。
大爆発と共に2体の超大型巨人が討伐されたが、まだ49体の超大型巨人が残っている。
それでも彼らは双剣で必死に死ぬまで超大型巨人に挑み始めた。
「馬鹿が…すぐに死にやがって…」
勇敢に挑んだ3名の勇者は呆気なく蒸気を浴び続けて蒸し焼きになって死んだ。
唯一、生き残ったディルクはベテランの意地で超大型巨人を追加で1体討伐した。
だが、ここまでだった。
「…いや、まだ希望はあるさ」
ディルクは目の前に飛んでくる物を目撃して笑いながら地面に向かって落ちていく。
立体機動装置が高熱で持たずに爆散し、彼は希望を夢見て地上に咲く赤色の花となった。
それと同時に超大型巨人の背後に大爆発が発生し、衝撃で前に向かって転倒した。
「撃て!!」
第一砲兵隊長の号令によって7門ある81mm口径の迫撃砲から一斉にブドウ弾が放たれた。
フローラ曰く、花火に利用できる大爆発という評価の無数の砲弾が超大型巨人の大群に命中した。
「何をしているの!?囮に向かう巨人への砲撃許可は出してない!!すぐにやめなさい!!」
クロルバ区から連れて来た砲兵部隊が命令を無視して独断で砲撃したのにミーナは驚いた。
すぐに部下と共に砲撃を中止する様に命じたが、彼らは決して砲撃をやめなかった。
「エルティアナ連隊長なら必ずここで砲撃しろと命令します!!」
「してないからやめろって言ってんの!!こっちに来たらどうするのよ!?」
せっかく囮に気を取られているのにこっちに向かって来ては本末転倒である。
必死に第一砲兵隊の隊長に砲撃を中止する様に命じたが、彼は聞き入れなかった。
「目標!!勇敢に巨人と戦う調査兵団!!彼らの遺志を引き継げ!!」
「はぁ!?」
明らかに正気じゃなくなった駐屯兵たちを見てミーナは混乱した。
なんで独断で砲撃しているのかとか、勝手に遺志を継いでいるのかという問題ではない。
調査兵団の心意気に感化されて上位組織の命令を完全に無視している状態だった。
「副長、諦めて砲撃の準備をしましょうよ…」
「ここまでやったらやり続けるしかありません……ご決断を」
同じく調査兵団を見下していた中央憲兵出身者たちもミーナに命令を求めた。
明らかに指揮系統が崩壊しているので元に戻そうとした彼女は激怒した。
「第3班以外は勝手にしなさい!ただし、私の許可なくウォール・マリアから出たら死罪よ!!」
「「「了解!!」」」
もはや自分の手に負えなくなったミーナは第3班以外の兵士を好きにさせた。
そして彼女の命令を待っていた第3班に向き合った。
「合図とともに連隊長!及びリヴァイ兵長の救出に向かう!!良いよね!?」
「「「ハッ!!」」」
衛生兵と工兵で構成された戦闘支援兵科の班だけは、ミーナは戦わないようにさせた。
シガンシナ区から帰って来ない親友を助ける為に独自に編成した班だけは死守するつもりだ。
「報告!!四足歩行の巨人がこちらに向かってきます!!」
そう思ったら、部下からとんでもない報告を受けてミーナは慌てて単眼鏡で状況を確認した。
部下が指差した方角には、確かに四足歩行の巨人がこっちに向かって来ていた。
「……ってアルミンじゃない!?総員、四足歩行の巨人は撃たないで!!撃ったら死刑よ!!」
「り、了解!!」
しかし、一瞬でその巨人の正体がアルミンと気付いたミーナは砲兵に撃たない様に命じた。
さすがに自分たちを処刑できる権限をもつ女将校の最優先命令には独自に動く砲兵部隊も従った。
『オルオ班長!!ペトラ副長!!どうして…』
一方、巨人化したアルミンは泣きながらウォール・マリアに向かって走っていた。
せっかく助けたのに2人は死地に向かってしまったからだ。
どんなに懇願しても彼らは折れなかったのでこうやって独りで逃亡する事となった。
『僕に!!僕にもっと力があったら!!』
班長命令に背けなかったアルミンは泣いた。
せっかく結婚式を挙げた新婚夫婦を見捨てて逃げる事に…。
「アルミン、ありがとう…」
ただ、ペトラとオルオは、アルミンの決断に感謝していた。
2人は既に重傷を負っており、ペトラに至ってはもうじき死ぬほどの火傷を負っていた。
超大型巨人と連戦しなければ絶対に生き残れたはずの新婚夫婦には迷いはない。
「ペトラ行けるか?」
「オルオこそ瀕死の私に置いていかれないでよ!!」
アルミンが拾った馬に乗った2名の騎兵は、ハンネスと同じく壁の外に向かって馬を走らせる。
そしてシガンシナ区の壁であった場所を越えると超大型巨人の動きに変化が出た。
「やはり来たか」
「うん、来たね」
初代レイス王は、歴史を反省しないユミルの民をパラディ島に押し込んだ。
そして再び、楽園の外に向かおうとする愚か者共をまとめて始末するつもりだった。
だが、自分の生きている間に【地鳴らし】が発動するのだけはなんとしても防ごうとした。
もし、発動しても、巨人化した自分だけは対象外になる様に始祖ユミルに命じていた。
『まさか巨人化能力者は、超大型巨人の攻撃対象外なのか!?』
唯一、エルヴィン・スミスだけがその事実を一瞬で見抜いた。
それを考えたせいで異形の巨人に致命傷を負わされたが、無意識に新婚夫婦も見抜けたのだ。
「新婚夫婦のお披露目会にしては、大がかり過ぎないか!?」
「じゃあ、オルオだけでも逃げたら?まだ生き残れるはずよ」
「馬鹿言え!!伴侶を見捨てて逃げる新郎がどこにいる!!」
トラップである地鳴らしが発動して動いている超大型巨人の使命は、島に居る住民の殲滅である。
そして、優先順位は最も壁から遠くに離れた人物となるが、これには欠点がある。
それだと散開したユミルの民が地鳴らしから逃げきれる可能性が出て来てしまうのだ。
なので先頭の人物を殺せる巨人以外は、より多くの人間に向かって襲い掛かろうとする習性がある。
「来るぞ!!」
「分かってる!!」
なので先頭に居る生存者がハンネスになった瞬間、超大型巨人の大群は踵を返した。
つまり、新婚夫婦に向かって一斉に襲い出したのだ。
「ペトラ」
「オルオ」
44体の超大型巨人がこっちに向かって来ているのに2人は向き合っていた。
馬だけでも逃げられるように地面に降りたが、おそらく助からないだろう。
それでも、2人は抱き合って迫って来る巨人の大群を無視した。
既にガス切れだったのでお互いがバラバラで死ぬより一緒に死ぬ事を選んだ。
「「愛している…」」
愛の告白をした二人は口づけをした瞬間、超大型巨人の下敷きになった。
そして夫婦はお互いに身体が交ざり合って体温と香りを交換し合って絶命した。
「……ハァハァ!!人気者は辛いな!!」
超大型巨人の振動で使い物にならなくなった馬を捨ててハンネスは走り続ける。
ノコノコと超大型巨人が迫って来たので雷槍をぶち込んで転倒させた。
よって、新婚夫婦に気を取られた超大型巨人の大群は彼の逃亡する距離を稼ぐ事となった。
「……くっ、やっぱりおっさんにはきついぜ」
運良く森林を発見したハンネスは立体機動で森を駆け抜ける。
しかし、あっという間に超大型巨人の大群が追い付いて来た。
「よお、お前ら!!おっさん1人にご苦労なこった」
すぐに超大型巨人に向かって立体起動したハンネスは最後の力を振り絞る。
家内を救ってくれた恩人の奥さんの仇を取ろうと必死に訓練した甲斐があった。
あっという間に60mの巨人の頭上に出た彼は、素敵な光景を最後に見られた。
「ああ、今日も壁は良いものだな」
遠くに見えるウォール・マリアは依然として巨人を防ぐ為に機能していた。
壁工事団を自称していたハンネスは、最期にそれを見れて満足し、信管に繋がった紐を抜いた。
「ああ、エレン。すまねぇな…お前が大人になった所をご両親に伝えたかったぜ…」
信管が作動した事で軽く爆発が起こって百雷内の容器に触媒が放たれた。
これは、無理やりポリ窒素を形成させている化合物を強制的に奪い取る化学反応を起こす。
つまり、安定した窒素に戻ろうとする絶大なエネルギーを兵器化したのがこの兵器の特徴だ。
「クソ、やっぱ死にたくねぇな…」
エレンの事を心配したハンネスだが、最期は酒を持って来なかった事を後悔した。
最後に飲んだ酒を思い出そうとした時には、彼の意識は喪失した。
ハンネスを握り潰そうとした超大型巨人の大群も地べたを這いずる超大型巨人も…。
ウォール・マリアから離れた場所で生息していた動植物も関係なかった。
「むきゃあ!!」
その頃、フローラは頭が混乱しつつも、川からリヴァイ兵士長を引き上げた。
そして気を失った兵士長を抱き寄せたまま、異形の巨人が掘った大穴の中に飛び込んだ。
「総員、飛び降りて!!」
同時刻、ミーナの命令を受けてウォール・マリアに居た兵士全員が一斉に壁から飛び降りた。
巨人化したアルミンも含めてウォール・マリアの内側に飛び込んだのを確認したミーナは…。
親友は必ず生きていると確信し、焼け野原になっていた壁の内側に向かって飛び降りた。
その瞬間、閃光と共にウォール・マリアの外に居た動植物が吞み込まれて大爆発が発生した。
「むきゅううううう!!」
既に五感を失ったフローラは特殊能力だけで判断するしかなかった。
負の感情を“声”として聴く能力だけを頼って彼女は九死に一生を得た。
こうしてシガンシナ区の壁から出現した超大型巨人の大群は一匹残らず駆逐する事に成功した。
既に付近の巨人は掃討されたのでウォール・マリア奪還作戦は成功したと言える。
だが、その代償は大きかった。
調査兵団の生存者は僅か11名、フローラが連れて来た兵士も32名が戦死する大惨事となった。
そして作戦の指揮をしていた片割れであるエルヴィン団長はすぐにこの世を去る事となる。
しかし、忘れてはならない。
これは4年後に発生する大惨事の序章に過ぎないという事に…。
地鳴らしは再び発生するという未来は決して逃れられはしないのだ。
この世界は残酷なのだから。