進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ウォール・マリアの壁上から見る景色は絶景だ。
どこまでも広がる地平線に青い空、白い雲…そして地面には荒れ地が広がっていた。
生存者どころか辺り一面、死の世界が広がっていると言っても過言では無いだろう。
「で?こいつはどうしますか?」
只今、ミーナ・カロライナは難題にぶち当たっていた。
超大型巨人になれるベルトルト・フーバーの処遇をどうするかという問題が発生していた。
ぶっちゃけフローラ以外がベルトルトを殺すのを賛同しているが…。
ミーナとしてもそれに賛成したかった。
「ねえ、ベルトルト?生きたい?それとも死にたい?」
「生きたいに決まってるじゃないか」
捕虜になったベルトルトは、フローラの温情で生かされているだけだ。
そして彼女の後ろ盾が無くなった以上、生かしておく理由が無い。
それでもミーナが彼に質問したのは、次の質問に答えてもらう為である。
「じゃあ、大人しくフローラの捕虜として居てくれる?」
「それをするメリットは?」
「捕虜に対する人権と生存権の保証、なによりフローラに庇ってもらえるのが大きいでしょ?」
フローラとベルトルトは、ある日を境に殺し合う仲になったが、元々は仲が良かった。
なのでベルトルトから見ても、ミーナが嘘を言っているとは思えなかった。
だが、誇り高き戦士である彼は、決して頷く事は無い。
「もし承諾しなかったら、フローラが作った料理を喰わせ…「分かった。投降する」…へえ」
フローラの料理を喰わされると知ったベルトルトは、あっさりと投降した。
木の根っこや道端で拾った雑草や木の実などをフローラは平気で調理するのだ。
それを喰わせられるくらいなら祖国を裏切った方がマシだった。
いや、マジで…。
「お早い投降じゃないの」
「あえてメシマズやっているから余計に質が悪い」
「まあね」
フローラは遥かに難しいはずの香水や爆薬の調合ができるので分量を間違えないタイプである。
問題なのは、あえてメシマズの料理を作る時があり、そういう時に限って…。
「ラナイ副長!準備ができました」
「分かった、すぐに行く」
部下から部隊の準備が整ったと聴いたミーナは返事をして再びベルトルトに向き合った。
「ベルトルト、あなたも来て」
「なんで?」
「私の目の届かないところじゃ消されかねないから」
そもそもシガンシナ区に巨人が入り込んだのはベルトルトが外門を蹴破ったせいである。
よって人類の敵であり、超大型巨人を恨まない人間は居ない。
比較的にベルトルトと仲が良かったミーナですら恨んでいる状態だ。
このまま放置すると味方に殺されかねないと彼女は判断したし、親友もそれを望んでいるはずだ。
「分かった。行こうじゃないか」
さきほどまで調査兵団を殺しまくったベルトルトも素直に頷く事しかできなかった。
少なくとも、変なプライドで死ぬよりは無様に生き残る事を選択したのだ。
ただ、これは彼にとって気まずい空気に呑まれるのは時間の問題だったと言える。
「あっ…」
道中でミカサやジャン、コニーからすごく睨まれてしまった。
申し訳なさそうに俯きながらトボトボと歩く彼はまるで奴隷のようである。
それから20分ほど無言で歩き続けると空気が読めないと定評がある兵士が動き出した。
「イエーイ!!ベルトルトだっけ?私はハンジよろしくね!!」
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、ハンジは場の空気を変えようとした。
しかし、あまりにも詰め寄り過ぎてベルトルトはビビッてしまい、衛生兵の後ろに隠れた。
「……さっきまで俺たちが居た街とは思えねぇな」
ジャン・キルシュタインは、見渡す限り瓦礫の山になった場所を見て思わず呟いてしまった。
もはや、街など再建できないのではないかと思えるほどの瓦礫群が散らばっていた。
こんな惨状で兵長やフローラが生き残っているとは思えない。
あまりにも散乱した鋭利な破片を踏みたくない一行は、ゆっくりと避けながら進んでいる。
そのせいで歩くだけで困難を伴っており、無駄に時間を浪費している有様だ。
「おい!アルミン、何か見えるか?」
〈僕から見ても、瓦礫の山しか見えないよ〉
なので四足歩行の巨人になったアルミンとそれに乗った工兵が先行していた。
アルミン曰く「ずっと巨人にいるのは安心できる」というその姿は頼もしくもある。
「エレンの家は分かるか?」
〈辛うじて見覚えがある山や崖があるからなんとか分かる状況だよ〉
掠れて消えかかっている記憶に残っているトレードマークからアルミンは位置を算出していた。
幼少期のエレンが好んで昼寝をしていた大木が残っていたのは大きい。
薄れていた記憶を必死に思い出しながら瓦礫を退かして道を作りながら進んでいた。
〈もうじきエレンの実家に着きます。大丈夫そうですか?〉
「まだ、生きてやるさ…」
巨人化したアルミンのうなじに丁寧に拘束されたエルヴィンは、意地でも生きるつもりだ。
衛生兵のおかげで少しだけ痛みが感じなくなった事もあり、少しだけ気が楽のようだった。
「オルオさん…ペトラさん、ハンネスさん…みんな、死んじまった…」
エレン・イェーガーは巨人化の疲労で寝ている間に知り合いがみんな死んだと知った。
もう少し自分に力があれば、生き残れたかもしれない。
ようやく太陽が真上に登りつつある状況下で彼は未だに泣き続けている。
「エレン、脱水症状になるから水分補給して」
「…分かった」
そんなエレンを心配してミカサは自身が所持しているヤギ皮製の水筒を手渡した。
表面から薄っすら漏れ出している水分による気化熱で冷えた水筒はエレンの喉を潤す。
「…って!おいいいいいい!!」
すると急にジャンが叫び出したので一同は憤っている彼を見た。
「てめぇ!!ミカサの水筒で間接キスするんじゃねぇええ!!」
「はああぁ!?」
大好きな女の子が口付けた水筒をエレンが飲んでいるのを見てジャンは嫉妬した。
しかし、さきほどまで嗚咽していたエレンからすれば、意味が分からない。
「ミカサとの間接キスを見せつけるなんて俺への嫌がらせか!!」
「何言ってんだてめぇ!!」
ただ、自分に向かって指を指すジャンが気に入らないエレンも罵倒を開始した。
さきほどまで鼻と目を赤くしていた彼は更に顔を真っ赤にして怒る姿はどこか滑稽に映る。
怒りは悲しみや死の恐怖を凌駕するという事もあり、当人のミカサもあえて罵倒合戦を放置した。
「ぎゃあぎゃあ」騒ぐ若き兵士たちを見てクロルバ区から派遣された兵士たちもこれには困惑。
『若いっていいものだな…』
そんな次世代の調査兵団を担う若者たちの活気を見てエルヴィンは目を細めた。
自分の時代が終わるのを身をもって体感している彼は、どこか第三者視点で物事を見つめている。
『意外に雲って動くのが速いな……こうしてみると、いろんな発見ができる』
空に浮かぶ雲も二度と逢えないと感じれば、この世は意外とせわしなく動いていると実感する。
激動の時代で生き抜いてきた彼にとって、死にかけてからようやく休憩する事ができた。
巨人化したアルミンのうなじから見る景色は空が大半だったが、それでも暇は潰せた。
兵士の姿が見えなくても、声だけでどんな状況なのかは理解できる。
『怒ったり、笑ったり、泣いたり、喜んだり…その瞬間がとっても大事なんだな』
余命間近のエルヴィンは、どこか哲学を思い浮かべてしょうがない。
諸行無常の世の中で何かを残す意味があるのかと考えてしまう時もあった。
だが、こうやって彼らの日常を残せたなら頑張った甲斐があったというものだ。
〈みんな!!生存者を見つけたよ〉
ここでアルミンが生存者を発見したという報告を受けて探索隊は動き出した。
丁度、エレンの実家にほど近い瓦礫の山の手前に生存者たちが座り込んでいた。
「兵長!!」
真っ先に駆け付けたエレンは、フローラの傍で寄り掛かる兵長の姿を見た。
どうやら気を失っているようだが、身体が微かに動いてるので生きているのは分かる。
さきほどジャンと喧嘩して涙が止まっていた彼は、再び頬を濡らし始めた。
「連隊長、死んでますか?」
ここでカーフェンは、あえてフローラを煽った。
「死人がどうやって返答するというの?」
「なんだ、まだ生きていたんですか?」
「じゃあ、貴女が死ぬ時はもっと煽ってやるわ…」
するとフローラは瞼を開いて部下の煽りに抗議した。
冗談を言える余裕があるのでさほど問題無いとカーフェンは判断した。
「フローラ!!大丈夫!?」
「目が見えないの……真っ暗でとっても冷たいの…」
心配しているミーナの質問に対する返答でフローラは失明したようだ。
そう判断したカーフェンだが、ある事に気付いた。
「連隊長、いつから瞳を紫色に染めたんですか?」
「何言ってるの?そんなワケないでしょうが…」
何故かフローラの瞳が紫色になっているのに気付いた。
当の本人は気付いていなかったのか反論するが、その間に変色が薄れていった。
「…盲目障害の手続きをご自身でやるおつもりはありますか?」
「負傷兵に向かって指を差して笑いながらする発言かしら?」
フローラは未だに自分が負傷兵として扱われないのにご立腹だ。
事情を知らない衛生兵や工兵の対応を見習えと言いたいくらいだった。
「おいお前ら……俺を無視するんじゃねぇよ…」
ついでにさきほどから無視されて意外と繊細な心が傷ついたリヴァイも声明を出した。
〈無茶ですよ!?まだ寝ていなきゃ!?〉
「うるせぇ巨人野郎、これ以上寝てたらお前ら、俺の存在を忘れちまうだろうが…」
巨人化しているアルミンの心配を一蹴してリヴァイは肩や首を動かして無事なのを示した。
これには、内心無駄に終わると思った捜索活動をしていた兵士たちは誰もが思った。
実際に死ぬところを目撃しない限り、彼らはどんな状況でも生存しているのだろうな…と。
「むしろ、わたくしは寝かせて欲しいですわ……もう疲れましたの」
一方、フローラは火傷の痛みと疲労とドーピングによる後遺症に苦しんでいた。
どんどん瞼が重くなって意識が飛びかけている彼女はあっさりと俯いた。
「フローラ!!寝ちゃダメ!!」
親友が死ぬと思ったミーナが駆けつけたが、もう遅かった。
「ぐーーーごーー!!ぐーーごーー!!」
瞼を閉じたフローラは、疲労に比例する様に大きくいびきをかいて昼寝を始めた。
一応、ウォール・マリアの外という事もあり、巨人の襲来がある場所で堂々と寝る姿は…。
「まあ、こいつは放置しても大丈夫だろう」
ジャンの一言によって誰もが頷いた。
自分だけがあの激戦区で生き残ったと知った衝撃で失語症になったフロックですら同調している。
「相変わらず可笑しくない?いくらフローラが無事だからってその対応は無いと思うんだけど…」
真っ先にその対応にツッコミを入れたのはベルトルトである。
いくら精神が成熟して覚醒していたとはいえ、非常識にはツッコミを入れる理性が残っていた。
「ベルトルトの言う通りよ!!速やかに連隊長と兵長に応急処置をして回収しなさい!!」
「「「ハッ!!」」」
ミーナも当然の様に負傷兵に応急処置をして回収する事を部下に命じた。
包帯に隠れた素顔が意外と顔が整っている事に驚いた衛生兵たちも素直に命令に従った。
「エルヴィンこの野郎、俺が見てない内になんてザマだ」
「はははは……油断しちまった」
「馬鹿が……お前を生かす為にどんだけ犠牲になったと思ってるんだ…」
リヴァイは、人語を喋る四足歩行の巨人にエルヴィンが縛り付けられているのを見て呆れた。
心臓を捧げた調査兵の苦労が報われずにむざむざと死のうとする重傷者と自分の無力さに嘆いた。
「このまま進むとエレンの実家に着きます」
「そうか、俺も行くぞ……クソ」
ミカサの発言を受けて立ち上がろうとしたリヴァイだったが、火傷で満足に歩けないと知った。
「兵長、手を貸します」
「ああ、頼む」
コニーやジャン、エレンやフロックに手伝ってもらって彼は即席で作られた担架に寝そべった。
みっともない姿であるが、恥よりも部下に感謝した負傷兵はひたすらに恥を忍んだ。
「いやーこうやってみるとリヴァイも人間に見えるね」
「じゃあ、てめぇもこうなるように仕向けてやるから覚悟しろ」
「こわっ!?」
だが、ハンジの煽りだけは我慢できなかったリヴァイは復讐を誓う!
余計な事を言っちまったと自覚するハンジは、できるだけ彼から離れる事にした。
そして負傷兵たちを回収した一行は、エレンの実家に向かって歩き出した。
「……あの瓦礫に見覚えがある。ここがオレの実家だ」
30分ほど歩いていくとエレンは見覚えがある景色が見えた。
周囲の民家が消え去っているが、実家を潰した外門の破片は未だ健在だった。
「あっ…」
両親を幼少期に失ったミカサは、実家となった跡地に辿り着いて呆然とした。
二度と帰って来れないと思っていた場所に辿り着いたせいか2人は動かなくなった。
『……声をかけづらい』
そのまま3分以上動かなくなったのでサシャは誰かに空気を変えて欲しいと周囲を見渡した。
しかし、誰もが2人の気持ちを理解しているせいか遠慮しているようだ。
『この野郎…』
ここで動いたのは、またしてもジャンであった。
マルコに言われた通りに指揮官に向いている彼は、何かしら自分から行動を起こす。
それが良い展開に転がっていく事が多いのが、彼の隠された才能と言えよう。
「おい、コニー!!ここで何か一発芸をやれ!!」
「ええっ!?」
エレンの母親が巨人に喰われたのをジャンは知っていた。
ミカサにとっても母親として呼べる存在だったのも、ムカつく野郎のおかげで知っている!
それどころか、一歩間違えればトロスト区に居る自分の母が巨人に喰われているところであった!
だからこそ、呆然とする彼らを勇気づけたくてムード―メーカーのコニーに話題を振った。
『んな事を言われても…』
巨人になってしまった母以外を全て失ったコニーは考えた。
そして昔からやろうと思っていたギャグを披露する事となった。
「エ、エレンの
「サシャ、コニーを軽く殴れ」
「はい」
「いてぇ!?なんでだよ!?ちゃんとやったじゃねぇか!!」
コニーの放った渾身のギャグを聞いたジャンはサシャに殴ると命じる。
あっさりとそれを引き受けたサシャはコニーの坊主頭を軽くしばいた。
ちゃんとギャグを披露したのに暴行を受けたコニーは涙目に抗議をするが誰も聞き入れなかった。
「ラナイ副長!!地下室の入り口と思わしき跳ね上げ式扉を発見しました」
「どうやら瓦礫によって爆風や雨水から守られたようです」
一方、真面目に仕事をしていた工兵たちの話を聞いたミーナは頷いた。
「工兵たちは調査兵団と共に地下の探索をお願い」
「「ハッ!」」
相変わらず親友が選抜した工兵の仕事は速い。
テキパキと瓦礫を退かし始めて地下への入り口を確保しようと動き始めた。
ミカサすら持ち上がらない瓦礫が次々と動く光景から調査兵団は傍観を決め込んだ。
下手に邪魔して地下室の入り口が崩壊するくらいならプロに任せようと思ったからだ。
「というわけで私はフローラと一緒にお留守番するね」
部下の活躍を見て鼻が高いミーナの宣言を聞いてミカサは頷いた。
エレンは未だに考え事をしているようだが、もうじき彼も動く事になる。
首からネックレスのようにぶら下げている鍵が役に立つ事になるのだから。
『…エレン、帰ったら…ずっと秘密にしていた地下室を…見せてやろう』
シガンシナ区に巨人が侵入してきた日、父親からそれを聞かされたエレンは喜んだものだ。
父親が自分の信念を認めてくれたのもあったが、以前から地下室が気になっていたのだ。
母に聴いても、『お父さんの大事な仕事道具があるから』と言って詳しく教えてくれなかった。
だからようやく答え合わせをする事となる。
ずっと仮説を証明したかったエルヴィン団長と共に…。
「エレン、俺の願望に…付き合わせて申し訳ない」
「団長、そんな事ありません!!俺も答えを知りたかったですし…」
瀕死になったエルヴィンだが、適切な治療を受けたおかげで発言できるまで回復した。
いや、無駄になると分かりつつも、麻酔で痛みを誤魔化しているだけだ。
そんな彼から声をかけられたエレンは、申し訳なさそうに返答するしかなかった。
「ハッチが開きました!!」
「先行し、安全を確保しなさい!!」
「「ハッ!」」
ミーナの指示によって工兵たちが地下室へと侵入していく。
すぐ後に地下から物音がして兵士の掛け声とともに何かが倒れる音が響いた。
「なあ…」
「どうしたんですかコニー、お腹が空いたんですか?」
むしゃむしゃと野戦糧食を食べるサシャは、自分の食べている物が気になったのかと勘違いした。
だからコニーの視線から阻害する様に糧食を隠したが、コニーの発言は予想と違った。
「兵士ってさ。何かと戦う為に存在するって思ってたんだ。だけど、こうやって活躍しているのを見ると別に戦わなくても兵士としての職務って真っ当できるんだな…と思っただけだ」
昔からみんなから頭の悪さを馬鹿にされたコニーは、憲兵になって見返してやろうと考えていた。
それが成り行きで調査兵となって駐屯兵を殺しまくる羽目になってしまった。
巨人か兵士か遺族か、とにかくずっと何かと戦わないといけないのかと脅迫観念に囚われていた。
しかし、工兵たちが活躍するのを見て別に戦わなくて済むと分かって安心したと告げた。
「まあ、俺は馬鹿なだけでみんななら何かできるだろ?そうだろ!?なあ!!」
チビ坊主頭らしくない発言を受けて誰もが、兵士として自分は何ができるかと考えてしまう。
巨人化できる特徴があるエレンですら、どう発言するべきか迷うほどの難題である。
それほど組織における自分の役割を理解している兵士は少ないのだ。
「何を言っているんだい?私たちは調査兵団だよ。未知なる世界を目指して探索するのが任務さ」
コニーの言いたい事を瞬時に理解したハンジは笑ってみせた。
またしても率いて来た部下を全滅させたのに新兵を勇気づけようと必死に笑い続けていた。
〈でも、工兵に地下室を探索する仕事を奪われていますよね?〉
先代の記憶を継いだ影響か、少し毒舌が増えたアルミンがハンジにツッコミを入れた。
「ああ、そうだった。巨人の生態を調べるのも調査兵団の仕事だったね!!」
〈ゲッ…〉
ここでハンジは、巨人化能力者が増えた事を思い出して涎を垂らし始めた。
好奇心と探求心が理性から溢れ出したせいか、両手で頬擦りしながらクネクネと腰を振り出した。
それを見たアルミンは、あっさりと巨人化を解いて全速力でハンジから逃げ出した。
「おーい!!まだ早くないかい!?もっとその巨人の匂いをかがせてくれよぉ!!」
「うわああああああ!!助けてええええ!!」
もしも、超大型巨人を継承していれば、アルミンの扱いはまだマシであっただろう。
だって巨人化する度に大爆発するのであれば、巨人化実験などさせられずに済むのだから。
だが、エレンと比較しても、あっさりと巨人化できるうえに継続時間が長いアルミンは…。
これからエレン以上に酷使されるのを瞬時に理解して逃げ回っていた。
「ベルトルト、調査兵団か私たちか、どっちに身柄を確保されたい?」
「もちろん、フローラの組織でお願いします」
どの道、尋問されるとはいえ、味方を殺しまくった挙句、狂気の科学者が待ち受ける調査兵団か。
殺し合った仲とはいえ、約束をしっかりと守ってくれたフローラが率いる特殊部隊か。
とっくにベルトルトの答えは決まっていた。
「報告申し上げます!!地下室は無事です!!すぐにでもお越しください!!」
ここで工兵からの報告を受けてエレンは唾をのみ込んで角灯を片手に階段を降り始めた。
更にエレンの護衛部隊と衛生兵に付き添われたエルヴィン団長が階段を降って行く。
「待てよ…俺も行く」
自分が見てない場所で死なれては困ると言わんばかりにリヴァイも階段を降りていく。
目を丸くした衛生兵も慌ててフラフラしながら歩く兵長の後に続いた。
それを見送ったベルトルトは、心地良い香りを漂わせるミーナに対して疑問を投げかける。
「ミーナは行かないの?」
「調査兵団の覚悟を嗤った私には、そこに行く資格がないよ…それに」
「それに?」
ミーナ・カロライナが調査兵団に入団した理由は、親友と一緒に居たかったというものだ。
故に調査兵団の目的も動機も作戦もどうでもよかった。
それどころか、親友を死地に導こうとしている兵団には怒りすらあった。
本日も調査兵団が兵士を無駄死にさせようと知って率いた配下と一緒に彼らを嗤ったものだ。
「ここには、大罪人しか居ないからね。ここでしか本音を話せない事だってあるもの…」
ここに居るのは、イビキを搔くフローラとミーナとその配下、そしてベルトルトしか居ない。
目的の為なら大義などをとっくに投げ捨てた者たちには、地下にある事実はどうでもよかった。
それよりも、ここでしか話せない事があるミーナは、ベルトルトに秘密を打ち明けた。
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グリシャ・イェーガーが隠し続けた地下室は未だ健在であった。
工兵が設置したと見られる照明器具が、5年前から何も変わらぬ景色を明るくしている。
「ふぅ…」
意識が朦朧としているエルヴィンが椅子に座ると少しだけ軋む音がした。
さすがに湿気で脆くなっているようだが、それでも彼を休ませる任務を続行している。
特に問題ないと判断したリヴァイは、地上から持ってきた樽を置いてエルヴィンの横に座った。
「リヴァイも捜索しないのか?」
「馬鹿言え。その間にテメェが死んだら…どう責任取ってくれるつもりだ?」
「まるで亭主想いの主婦だな。いい奥さんになるぞ」
「やかましい!幼児の様にワクワクしやがって……てめぇらしくねぇぞ…」
エルヴィンとリヴァイの関係はかなり特殊であり、文字で表現などできやしない。
それほど彼らには、特別な絆があるが故に中々正直になれないのだ。
『……リヴァイ兵長、本当に団長の事を想っているんだな…』
104期調査兵たちが片っ端から物を散らかしているのにリヴァイ兵長は叱る素振りを見せない。
それどころか、積極的に搔き回して「団長が死ぬ前に秘密を暴け」と言わんばかりの態度だ。
さきほどから物が散らかっているのを見てドキドキしていたエレンは、少しだけ考えを変えた。
『おそらくエルヴィン団長に生き残って欲しいと一番思っているのかもしれない…』
リヴァイ兵士長といえば口は悪くも目つきも鋭くて怖いというのが誰もが抱く感想だ。
彼曰く「チビだからって舐められない様にした」という顔つきは今では悲しげの乙女の様である。
『やべっ!』
しかし、エレンの視線に気づいたリヴァイが再びいつもの顔に戻ってしまった。
「サボるな!」と叱られる前にエレンは近くにあった机を調べ始めた。
あれほど地下に興味があったのに実際、到達すると意外とどうでもよくなった感がすごい。
「うーん、お医者さんらしい地下室でしたね」
サシャの発言が全てを物語っていた。
あまりにも普通過ぎて拍子抜けという事である。
「まさか薬品の並び方に法則性が?」
「いや、エレンの鍵がヒントだろう。どこかに鍵穴があるはずだ」
工兵や衛生兵も一緒に違和感が無いか探しているが、特に問題なさそうだ。
コニーは木箱をひっくり返して落下した物を漁るが、やはり何も可笑しい所は無い。
「そりゃあ、そうだろ。中央第一憲兵団の目を背く物が置かれているワケねぇだろ」
そう言いつつも、リヴァイからしても何が隠されているのか分からない。
上には、中央憲兵出身者が居るので呼んでくるのもありかも知れない。
すぐにそれを実行しようとした矢先、ミカサが声をあげた。
「机に鍵穴があります!」
「ほう?」
急いでエレンは首からぶら下げていた鍵を取り出してミカサの傍に寄った。
さすがにこの状況ではジャンも空気を読んだのか罵倒する事は無い。
その鍵穴は、机にある引き出しを封印しているようだ。
心臓が破裂するかと言わんばかりに昂っているエレンは、鍵穴に鍵を差した。
「……開いた」
鍵穴に差し込んだ鍵は、見事に合っており、回転させると施錠が解除された。
一度だけ後方を振り向いたエレンは、皆の顔を見て頷いて引き出しの取っ手を引っ張った。
「空っぽ!?」
そこには何もなかった。
「いや、引き出しの高さの割りには底が浅いな、ちょっと貸してみろ」
だが、違和感を覚えた工兵が引き出しの底を叩いて音を聞いた。
すぐに何かに気付いたのか、両手で底にある隙間を掴むと……。
「やはり二重底でしたか…」
「そこには何がある?」
工兵が目撃したのを確認したいリヴァイは彼に何があったか質問した。
エルヴィンも魂を燃やす感覚で身を乗り上げて内容を聞こうと耳を傾ける。
「本が3冊あります」
「机に置け。エルヴィン団長に良く見えるようにな」
「「ハッ!」」
報告を受けたリヴァイが命令し、速やかにエレンと工兵が机の上に本を3冊並べた。
本自体には問題が見られないが、明らかに可笑しな点があった。
「本を引き出しの二重底に隠すって事は、これが目当ての物だね」
さきほどと違って冷静になったハンジは、1冊の本を慎重に持ち上げて匂いを嗅ぐ。
何かヒントが残されていないかと思った所の行動だったが、今回は当たりだった。
「この匂いは、ハッカ油に木炭か……なるほど、防湿防虫用に加工しているね」
「本自体は、ここで作られたようです。証拠に王政の検印が捺されてます」
「3冊も日誌用に作られたみたいだな」
どうやらお目当ての品に間違いない。
1つだけ疑問があるとすれば、この本は壁内で作られた物だという事くらいか。
少なくとも壁外から持ち込んだ物ではないのは確かだ。
ハンジと2名の工兵は己の知識と経験で本の正体を暴こうとしていた。
「すまねぇが、ここからは調査兵以外は地上に待機してくれねぇか?」
申し訳なさそうにリヴァイが工兵や衛生兵に地上へ出るように願い出た。
部外者が居るせいで素の自分を中々出せないエルヴィンに気を遣ったのだ。
「了解!ご命令があるまで地上に待機します」
「ただし、移動する際には報告に来ますからね」
物分かりが良い精鋭だったようであっさりと部外者が地下室から退室した。
そして残されたのは、ここに来ることを団長に知らされていた調査兵のみである。
「すまない……」
自分の夢の為に悪魔となり詐欺師となった男は、最期に答え合わせをする事となった。
果たして父の仮説は……自分の考えは、果たして当たっていたのだろうか。
「エレン、これは君が開くべきだ。……よろしく頼む」
「はい、分かりました」
机に置かれた本の中で団長に近かった本をエレンは掴んで団長に見せるように開いた。
「肖像画…にしてはやけに上手いな……まるで現実世界を切り取ったようだ」
そこには、豪華な椅子に腰掛ける金髪の女性とその膝に座る金髪の少年が描かれていた。
そんな彼女たちを見守る様に佇む黒髪の男はどこか少年の顔に似ている気がする。
しかし、エルヴィンはそれよりも肖像画の精巧さに驚いた。
現実世界である三次元空間を二次元に落とし込んだ様な肖像画は人間が描けるものではなかった。
「取り外しますか?」
「頼む」
この肖像画の四方は、切り込みが入ったページに挟まれていた。
そのおかげであっさりと外す事ができたエレンは…。
「団長、裏に何か書いてあります」
「すまないが、動けない私に代わって内容を読んでくれないか?」
「もちろんです」
肖像画の裏に文字が描かれているのに気付いた。
エルヴィンはその知らせを聞いて少しだけ笑ってみせた。
「『これは絵ではない。これは被写体の光の反射を特殊な紙に焼きつけた物である』」
エレンはこれが父の文字であると気付きながら発言を続けた。
あれほど父が隠してきた物を知ろうとしたのにいざとなって知るのが怖くなってきた。
だが、死に行くエルヴィン団長の為に彼は口を閉ざす事は無かった。
『写真という。私は人類が優雅に暮らす壁の外から来た。人類は滅んでなどない』…以上です」
『しゃしん』という単語も理屈も全く誰も理解できなかった。
ただ1つだけ分かるのは、自分たちよりも遥かに高度な文明が存在しているという事だ。
すぐにエレンは、しゃしんとやらを団長に手渡して次のページを捲った。
「……どうやらお前の親父さんの日記のようだな。それも過去を振り返るタイプの…」
リヴァイは記録を残すタイプではないが、兵士が託した遺言を忘れない様にメモをする事がある。
フローラほどではないが、手帳に残した記録を時折振り返って自分のやるべき事を確認していた。
故にこれは、エレンの父親が残したメッセージだと気付いた。
「読みますか?」
「当の本人が我々をここに導いたんだ。読んでも良いだろう…」
ここに来てお迎えがやって来たと自覚しているエルヴィンは気力で必死に生きようとした。
度重なる麻酔が猛毒に変わっており、幻聴すら聞こえてくる。
それでも答え合わせをする為に必死に意識を保とうと尽力し続けた。
実は腹違いの兄が居るという衝撃的な事実を知らされたエレンは語る。
自分の父親の半生を記された本の内容を…。
外の世界で迫害される民族だった父は、幼少期に抱いた好奇心に負けた結果、実の妹を失った。
大罪人の末裔である以上、上位民族に何をされても許しを請い壁の中で暮らすしかないと…。
妹が殺されたと知りつつも黙認した両親に失望した彼は、理不尽な世界に抗う事を決意したと…。
「なるほど、外の世界も肥溜めより臭くて息苦しいって事か」
グリシャ・イェーガーの手記らしき物からは彼が特別な人間の様に思えなかった。
むしろ、巨人を駆逐しようとするエレンの様に復讐を誓っただけの人間でしかなかった。
リヴァイが呟いた一言は、外の世界こそ理不尽な場所であるという事実を知らせていた。
「楽園か……これは我々に対する皮肉か?」
既に麻酔によって下半身どころか両腕の感覚が無いエルヴィンは笑った。
道理で初代レイス王が自分たちの先祖の記憶を改竄するわけだ。
壁の中こそが楽園であり、壁の外には【楽園送り】された同胞の末路が彷徨っているだけ。
こんな事実など当時の先祖が納得できる訳がない。
「1冊目はこれで終わりです」
最初に手に取った本は、グリシャ・イェーガーが楽園送りされるまでを記した記録であった。
次にエレンが手に取った本には、エルディア復権派の野望と消え去った希望が記されていた。
奇しくも、父親の野望が粉砕された事で生まれて来たエレンが潰えた記録を語る現状。
誰もが、黙って聞く以外に対応しようがなかった。
「2冊目を読みます」
異母兄と違って伸び伸びと愛されて育てられたと知ったエレンは語る。
壁の外の勢力が自分たちの領域に介入してきたのは、外の世界が更に過酷になったせいなのだと。
既に巨人が脅威である時代は、終わりを迎えて今度は空が脅威になりつつあると…。
なにより、自分たちが何気なく消費する資源こそが外の世界にとって垂涎の的である事に…。
「フローラが言っていた氷爆石やポリ窒素もその1つに過ぎないのか…」
エルヴィンは、自分が死にたくない一心でフローラの作戦に賛同するしかなかった。
その際に聞かされた兵器の理屈や理論は理解しきれなかったが、1つだけ思った事がある。
自分たちが何気に使っている資源は…実はあり得ないほど凄い物ではないのかと…。
自分たちが過ごしてきた環境こそが世界から見て非常識だと知らされた彼は笑うしかない。
「確かに兵士がガスを消費して動き回るなど……変な話だったな」
王政府の介入を受けて歪に進化してしまった兵器群は、確かに異常のはずだった。
だが、それが良く見かける光景であり、民衆の中で常識であったなら話は別である。
誰もが常識だと思っているのを覆して民衆に話を広げるのは難しい。
ましてや、巨人の脅威しか語られない壁の外に高度な人間の文明があると言って誰が信じるのか。
瞼が重くなりつつある彼は、睡魔を誤魔化す為にも笑い続けていた。
「エルヴィン、答え合わせは済んだか?」
「ああ、まだ知りたい事はたくさんあったが……良い気分だ」
2冊目の本は、壁外世界についての情報が記されていた。
エルディア復権派、マーレ、空の脅威、7つの巨人の継承、そして進撃の巨人。
父親から受け継いだ仮説の答え合わせをしに来たのに謎が更に増えてしまった。
だが、もう考えなくていい。
死は安息だ。
いつかは到来する甘い眠りは、恐怖でもあるが、全てを抱擁して癒してくれる存在でもある。
父の仮説がここで証明されたと知ったエルヴィンは、今までのツケを払う様に死に向かっていた。
「ハンジ…」
「なんだい?」
「14代調査兵団の団長を任命して良いか?」
「相変わらず頭でっかちだね。残された謎も解明して欲しいと言っても良いんだよ?」
「そうだな、いつか俺に答えを教えてくれ……」
微睡の中に囚われつつあるエルヴィンは、最期の力を振り絞ってハンジに団長職を移譲させた。
しかし、ハンジから煽られてしまい、彼は最後まで笑う事しかできなかった。
「なあ、エルヴィン…」
「リヴァイ、お前は自由だ……もう何も縛られる事は無い…」
瞼を閉じたエルヴィンは、リヴァイの顔を見る事は出来ない。
いっきに頭が重くなって身体中が悲鳴をあげている。
もうじき死を迎えようとしている彼には後悔は無い。
「何か勘違いしていないか?」
「ん?」
「俺の力は人類にとって必要だと…てめぇが言ったじゃないか。調査兵団で戦えっていうのもな」
だが、殺し合いすらした2人の仲は死をもってしても絆を裂く事はできない。
リヴァイはエルヴィンの考えに賛同して調査兵として最期まで戦い続ける。
その契約を破棄しようとした愚かな詐欺師は、もっと彼に逃げ道を作っておくべきだと後悔した。
「いいや、俺は……言った…は、はずだ、最後の…命令を…」
「アホが……俺に命じておきながらてめぇは勝手に逝くのか。
「そう…さ、俺は……詐欺師さ……悪い…奴……さ」
3冊目の本の内容を知る事も無くエルヴィンは頭を垂れて動かなくなった。
「詐欺師、てめぇに言いたい事が…「もう死んだよ」……そうか」
最後にお礼を言いたかったリヴァイだったが、ハンジの一言を聞いて溜息をついた。
長く苦しめる事になってしまったが、彼は後悔していない。
次に会った時は、土産話を山ほど抱えて説教するつもりなのだから…。
「エルヴィン、今度は逢った時は、耳にタコができるほど話してあげるからね…お休み」
異形の巨人によって傷付けられた内臓の傷が致命傷となって彼は死んだ。
志半ばで夢を諦めて死んでいく調査兵が多い中で彼は確かに夢を叶えて死ぬ事ができた。
ある意味、過酷な運命と権力闘争に巻き込まれずに死ねたのは彼にとって救いとなっただろう。
前団長の死を看取ったハンジは、最期まで戦い抜いた調査兵に向けて無言で敬礼をした。
「……あれ?リヴァイはやらないの?」
「それをするのは、全てが終わってからと決めてるんだ」
「ふーん、ロマンがないね」
「巨人が居なくて呆れるほどのおめでたい世界になったらやると決めてるんだ。だから騒ぐな…」
「へぇー」
誰もが胸部にある心臓に向けて右拳を置いて敬礼を捧げる中、リヴァイだけはやらなかった。
それを見たハンジは軽口を叩くが、意外な一面性を持っていると知って驚いた。
「なるほど、リヴァイが敬礼をする姿を見るまで生き残る理由ができたよ」
「……おい、エレン!3冊目の本も読み聞かせろ!」
「は、はい!!」
ハンジ・ゾエがニヤニヤとしているのを見て蹴り飛ばしたかったが火傷で足が動かなかった。
なのでリヴァイはエレンを急かして3冊目の本の内容を音読する様に命じた。
まさかの飛び火に驚いたエレンは3冊目の本を取った。
その本のラベルに書かれていたのは、巨人と知りうる歴史の全てであった。
余命が8年も無いと自覚していたエレンは、調査兵団の生き残りに内容を聞かせた。
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必死に地上で警戒している兵士たちは、驚くべき光景を見た。
「渡り鳥?この季節に…!?」
多くの鳥たちが必死に羽ばたきながら50mの壁を越えて南へと向かっていく。
暢気に昼寝をしている親友を背後から抱き締めてミーナは、鳥の群れを見て呟いた。
まるであれは…。
「ここで戦死した調査兵が鳥に生まれ変わったみたいですね。ちなみにカラスは…」
「縁起でもない事を言わないで!!」
空気を読みながらもあえて煽ろうとしたカーフェンを牽制したミーナは心配そうに鳥を見つめた。
転生したら鳥になるのも良いかもしれないと思ったが、やはり死ぬのは怖い。
そしてなにより、あの鳥の大群が生きて壁に戻って来れるか疑問になってしまったのもある。
「生きているのが一番に決まってる。そうでしょ?」
ミーナの問いに対して駐屯兵や中央憲兵出身の兵士たちは無言で頷いた。
『空を飛びたい』と思った事はあるが、鳥になる為に死んで転生しようなどとは考えなかった。
それはそうだろう。
地獄を生き抜いて平穏になったこの瞬間こそ、生の実感が湧いて嬉し涙すら流れてくるのだから。
明日を生きる権利を勝ち取った彼らは、目の前の鳥の大群の様にしぶとく生きようと考えた。
「私たちは今日を生きる権利を勝ち取った。死者の為にもそれは行使するべき権利よ」
死者は過去に囚われた存在である以上、彼らの遺志に引っ張られる様では明日は生きられない。
だから人は…どんな生物であっても身近な死を乗り越えて前に進めるのだ。
それを乗り越えられない者は、どんな生物であっても明日を生き抜く資格などない。
「だから明日を生き抜く権利を得る為にも、引き続き見張りを続けなさい!!」
「「「「ハッ!!」」」」
ミーナの発言を受けて兵士たちは気を引き締めて巨人の襲来に警戒した。
既にシガンシナ区の壁が無くなっている以上、ここは壁の外と同然であるからだ。
だが、彼らは知らなかった。
この世界では、早く死ぬほど苦しまなくて済む事に…。
それを4年後に身をもってミーナたちは…調査兵団の生き残りたちは嫌というほど知る事となる。
この世界は取返しが付かないほどに残酷なのだから。