進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
141話 予期せぬ来客
人類が夢見たウォール・マリア奪還作戦自体は成功に終わった。
しかし、シガンシナ区の壁が全て崩壊し、調査兵団の生存者は僅か10名を残すのみ。
更に衝撃的な真実が発覚したのもあって未だに壁内社会は混乱が続いていた。
「本日でウォール・マリアを奪還してから3週間が経過します」
「ありがとう。どうも、ここだと月日の感覚が掴めなくてね…」
だが、人類が活動する領域から遠ざかり、情報が隔絶された前線部隊は暇を持て余していた。
「巨人掃討作戦でも実施しますか?」
「部隊の維持をするのが精一杯さ。それができたら苦労しない」
ウォール・マリアの玄関口であった内門の上に前線司令部が設置されたのは良い。
少なくともシガンシナ区跡地にある兵団司令部の建物よりマシであるのは間違いない。
そんなプレハブ小屋に中で書類を仕上げているのは、エルティアナ連隊長に扮するフローラだ。
暇潰しに部下の提言を聞いていた彼女は、巨人掃討作戦などやる気は無かった。
「やはり更なる増援を…」
「そんな奴らが居たらとっくに勤務させてるさ」
建物の支柱を立てようと壁に穴を空ければ超大型巨人の大群が出現してしまう。
それ故にかなり適当な作りになったプレハブ小屋は、住む場所が無い乞食から見ても哀愁を誘う。
いや、乞食などここに居ないが兵士がここに宿泊しない時点で問題点だらけなのは分かっている。
「それとも君は足りない分だけ頑張れるのか?」
「連隊長の仰る通りです。我々は兵団政権から見捨てられた以上、どうしようもできません」
それほど物資や資金が尽きているせいで、何もできない前線部隊は平和な日々を過ごしていた。
現に部下と会話してなければ日付を忘れてしまうほどにフローラは堕落しきっている。
「連隊長、報告申し上げます」
「どうした?」
「兵団司令部の応急処置が終わりました」
「ああ、これでようやく拠点を移せるよ…」
そしたら珍しく伝令から吉報が届いたので部下たちと共にフローラは司令部跡地に向かった。
シガンシナ区で内門に近い所に強固な司令部の建物が存在していた。
その建物は、超大型巨人の大群とポリ窒素爆弾で壊滅的に崩壊してしまった。
しかし、50mの壁上で司令部を設置し続けたくないフローラはその建物を修復させたのだ。
「よし、地下は完璧!!」
もちろん、地表は壊滅だし、50mどころか、10mの壁を築くのも今の人類では難しい。
だが、地下を拡張するという事は可能であった。
元より地下2階構造だったのを大幅に拡張し、居住地区を大きく増やした。
「…なワケないか」
と思ったら大間違いである。
異形の巨人が地面を掘り進めたせいで一部の区間が地下水で沈没している有様だ。
下手すれば、その影響で地面が陥没し、生き埋めになりかねない危険地域であった。
それでも地下に拘ったのは、やはり居住空間を確保したいという人としての性だ。
衣食住を確保したくない者が居たとしたら…病院を勧めるほどには精神が可笑しい証拠でもある。
「つまり、従来の地下空間の4割が使えるようになった…それで合っているよな?」
「はい、そうです」
鉱夫や技師など壁の外に連れて来れる訳がない。
よって工兵の頑張りによって元の地下空間の4割を復旧させただけであった。
地下の拡張はするつもりだが、地盤の改善が最優先なので更に計画に遅れが見込まれる。
「よくやった!本日は私の奢りだ。じゃんじゃん肉を食べてもいいぞ」
「エルティアナ連隊長!アルコール解禁の許可もお願いします!」
「任務に支障が出ない程度に楽しめるなら許可しよう!」
「やった!!」
それでも兵士たちの奮闘に感謝したフローラは、私財を投げて調達した干し肉を振舞う事にした。
それを聞いた兵士たちは歓喜し、こっそりと持ち込まれたワインも振舞われて大騒ぎをしていた。
久しぶりのパーティに大騒ぎをする兵士と裏腹にエルティアナに化けるフローラの表情は暗い。
『今日も巨人の“うめき声”は聴こえないわね……そうでなきゃ困るけど』
既に何度も退路と補給路を確保する為にウォール・マリアの内側の巨人を掃討しようと試みた。
結果としては、ハンジ分隊長が考案した巨人処刑装置に頼る事になった。
あまりにもコストに見合った成果が得られず、予算を削減されたのでこうするしかなかった。
兵士勤め所であった地下空間で宴会が盛り上がるのを横で見つつフローラは今後の予定を考えた。
『やはりクロルバ区に部隊を退却させるべきかしら?』
一番問題になっているのは、兵士たちの士気の低下である。
せっかく安全に巨人を討伐できる装置があるのだから引き籠るべきという意見が多数を占めた。
確かに巨人の習性を利用した【地獄の処刑人】は、クロルバ区以外で日中フル稼働をしている。
資源も人命を消費しない兵器に頼ろうとするのは、巨人との戦闘を経験した兵士も同じであった。
故にそれに引っ掛からない奇行種だけを討伐するべきだという意見はもっともであった。
『でも、打って出ないと民衆が黙ってないし…』
フローラが率いる連隊は、壁の外の脅威を積極的に排除する為に創設された。
そのせいで「さっさとウォール・マリアの安全を確保しろ」と民衆に急かされる有様だった。
民衆に後押しされた兵団政権がトロスト区襲撃の1年後に大規模な入植活動を実施すると明言。
「2ヵ月で巨人を全て掃討しろ」と他人事の様に命令する上層部にフローラは怒りを堪えた。
『ここを維持する事に意味があるのが厄介よね…』
戦時では有難がられる兵団の駐屯部隊も平時では金食い虫として民衆から白い目で見られる。
それならまだ良い。
巨人掃討と戦線維持と壁外侵攻を削減した予算で実施しろという難題を上層部が命じて来るのだ。
フローラ自身もここを維持する必要が無いと考えているのに上層部は決して考えを改めなかった。
『辛うじて兵站が機能してるって上層部は理解しているのかしらね…』
ただでさえウォール・ローゼの外に存在する兵站に従事する者が少ないのにこの始末。
予算を減らされては戦線の維持はできない。
戦闘が無くても食事と嗜好品、燃料の一部が消費されるのだ。
必死にフローラは貯金を崩しつつ、圧倒的な人脈で兵站を維持しているだけである。
『わたくしとリヴァイ兵士長が代わりばんこに巨人を討伐する?無理に決まってる…!』
では、人類最強のリヴァイと無駄に経戦能力があるフローラが巨人を討伐すれば良い。
だが、2人は巨人と戦う事はできるが、索敵も補給も自力でやらないといけない。
だって他の連中が足手纏いというなら彼らを城塞都市に置いて自力で現地調達するしかない。
すぐに力尽きるのは目に見える。
なにより、2人でシガンシナ区の駐留を続けるのは不可能であった。
『ポリ窒素爆弾も壁内では威力がデカすぎて使用できない』
では、爆弾で全て吹っ飛ばせば楽になるかと言えばそうでもない。
民衆はウォール・マリアにある資源や物資、領土が欲しいのだ。
できるだけ被害を最低限にしてすぐにでも巨人を掃討しろという無茶な注文であった。
『あほらし』
『誰がやるか』
『帰るか』
『つーか、これ飯じゃないだろ!!』
シガンシナ区に駐留して4日目にしてパンの代わりに酵母が出て来て兵士たちは激怒した。
酵母とは、ウォール・シーナで生産される腐敗を抑える触媒みたいな物である。
よって食べ物ではないので、それが食卓に出て来るという事は補給が断たれたと同意義である。
フローラは暴動を起こした部隊に必死で頭を下げてパンを調達する事を約束して反乱を抑えた。
『いや、わたくしだって出したくなかったわよ』
同期からもらった植物図鑑で判明した喰える雑草は、全て調理に使った。
シガンシナ区に流れていた川から魚も調達したが、それでも兵士の腹を満たせない。
なので兵団政権に支援物資を寄こす様に伝えたら、酵母を食わせろという返答が来た。
どうやら質素倹約を宣伝して民衆の支持を集めたい政権は、大切な物を忘れてしまったらしい。
「次の出し物は、わたくしの歌ですわ!!皆さま、聴いて下さいませ!!」
では、なんで前線部隊の士気が辛うじて保たれているかというと彼女のおかげだ。
ストヘス区出身のマリアンヌ子爵令嬢が必死に兵士たちを鼓舞しているからだ。
11歳の令嬢を見捨てて前線から逃げ出す腰抜けなど…ここには存在しなかった。
「うおおおおおお!!」
「マリアンヌちゃん!!」
「俺たちのマリアンヌちゃんが歌うぞ!!」
だが、フローラが危惧した通り、令嬢に良い所を見せようとして負傷する兵が相次いだ。
士気崩壊を防げた代わりに馬鹿げた事で兵が死ぬ事にフローラは頭を悩ました。
自分自身も負傷して周りに迷惑をかけた以上、特大ブーメランが刺さっているのは自覚している。
しかし、巨人の餌にしかならない少女をここに連れてくるほど追い詰められたのは事実だった。
「あれ?姉さまは応援しないんですか?」
「ラナイ、私がそこまで暇に見えるか?」
「全然見えないけど?」
ラナイ副長を演じるミーナは、フローラに気分転換をする様に促している。
既に限界を迎えている女将校を強制的に休ませるのが親友の仕事であった。
「いっそ上官をぶん殴れば良いじゃない?」
「殴れるサンドバックがあればもうやってるさ」
限られた居住区と兵器、そして無駄に2個小隊を駐留させる事で発生する問題。
旧兵団司令部の建物のおかげで多少はマシになったとはいえフローラは未だに悩んでいた。
「どうやって兵站計画を立てようかな…」
「そればっかりね」
「長期的な計画だからね。仕方ないわ…」
疲労でエルティアナの口調が乱れつつあるフローラは兵站計画の見直しを迫られていた。
兵站というのは、要するに戦う為に活動する準備と言ったところだ。
例えば、駐屯兵団は3万名近く存在するが、実際に戦える者は1万も満たない。
残りの2万は、後方支援要員となり、前線の兵士を支えている存在だ。
『というか、何で私だけ自分で作戦を決めないといけないの!!』
作戦は、戦術目的か戦略目的か、そのどちらも達成できる為に考案される。
兵士は戦う為に存在しているが、作戦がなければただのカカシになってしまうのだ。
それを決めるのは、総統局や駐屯兵団に勤めている参謀たちである。
しかし、何故かフローラが創設された部隊のみ、独自で戦略を練る必要が迫られた。
『調査兵団の遠征記録も大体当てにならないわ!!どうすればいいの!?』
例を挙げれば、2個小隊が活動する為の物資、兵器、資金、拠点は必ず確保しないといけない。
それをするのは、前線の部隊長ではなく後方に居るお偉いさんや参謀のはずだった。
しかし、【遠征】という行為自体が、人類史に残されておらず手探り状態であったのだ。
唯一、壁外調査という名目で任務をしていた調査兵団の記録を参考にするしかない。
すぐにフローラは、その記録が役に立たないと気付いた。
『基本的に巨人は夜間に動かない』
これは、調査兵団が多くの犠牲を払って導き出した法則である。
逆に言えば、夜間で活動する事など調査兵団でもほとんどなかった。
隔絶された環境で遠征計画など存在せず、彼らは半日も満たずに退却するのが多い。
まあ、壁の外で活動すること自体が王政に禁じられていたので当然とも言える。
『クィンタ区の記録で活動計画を立てたけど限界に近いわ…』
そこでフローラが注目したのは、シガンシナ区の北西に位置するクィンタ区である。
超大型巨人と鎧の巨人のせいで巨人の大群がウォール・マリア内に到来した。
その際に戦力の大半を失ったクィンタ区は籠城作戦を実施したが…その末路は言うまでもない。
ただし、そこに残された記録が重要だと判断した彼女はその城塞都市に遠征する事を決意した。
その先人たちの犠牲で導き出された兵站計画で辛うじて部隊が機能しているという状態だった。
「エルティアナ連隊長!!肉のおかわりはありますか!?」
「あってたまるか!!明日の物資到着まで待て!!」
「「「「ええっーー!!」」」」
見事にエルヴィン団長と同じく中間管理職にジョブチェンジしたフローラにできる事は無い。
せいぜい自分の能力で巨人を感知し、シガンシナ区跡地の安全を確保するくらいか。
「ところでどんな書類を書かれていたんですか?」
純粋にフローラが書いていた書類が気になったミーナは親友に質問した。
「クロルバ区に居住申請を出していた貴族や商人に向けての返答を書いていたの」
「え?なんで?」
ミーナは疑問に思ったが、良く考えれば当然の事であった。
巨人の脅威を前にして一致団結してきた民衆が、ここに来て兵団政権を揺さぶっているのだ。
自分たちを不当に搾取した貴族や商人たちに敵意を見せて政権に断罪を求めていた。
既に反乱を企てた連中は、ザックレー総統の芸術になったが、問題なのは兵団に協力的な貴族だ。
「分かりやすく言えば、貴族や商人の階級や精度の廃止を民衆が求める運動が活発したからよ」
せっかく兵団政権に協力してきたのに民衆の感情で兵団政権が勝手に暴走を始めていた。
気に喰わなければ武力革命で政権を転覆できた例は、それほどにまずかった。
元から王政のご機嫌取りをしてきた名君や名立たる商人の勘と動きは速い。
もしも、兵団政権から刺客が派遣されても抵抗できるフローラの連隊に保護を願い出ていた。
「既に民衆と彼らが支持する商会は、ウォール・マリアを狙っているの」
5年前までは、農地しかなかった場所も先人が消えた以上、早い者勝ちの財産でしかない。
既にシガンシナ区の市街地跡地を拠点にして一斉に開拓する計画まで進んでいる状態だ。
そしてそれを指揮するのは、リーブス商会を筆頭に政権革命で成り上がった連中ばかりだ。
だから前線部隊や旧体制派の連中の言葉など聞き入れられる事などなかった。
「分かった?」
「分かんない!」
正直に今の気持ちを述べたミーナの返答を聞いたフローラは、大きな決断をした。
「ふふふ、難しい話だったかしら?」
「そうだよ、色んな事で悩み過ぎていると思うよ」
「じゃあ、シガンシナ区の拠点を捨ててクロルバ区に撤退しましょうか」
兵団政権の命令なんか知るかバーカ!!と言わんばかりにフローラは開き直った。
純粋な疑問や初心を思い出させてくれたミーナに感謝しつつ、彼女は立ち上がった。
良く考えてみれば、兵団政権は自分たちが書いた報告書を読んで物事を判断しているだけである。
「ええぇ!?防衛任務と遠征命令を無視するの!?」
「だって、それを監視する人材すら派遣されてないじゃない。バレなきゃセーフよ」
つまり、フローラを監視する人材が居ないので虚報であっても彼らは信じてしまう。
なので別にどこで報告書を書こうともバレなければ問題無かった。
そうと決まったフローラの動きは速かった。
「はい!!注目!!」
両手を大きく叩いて繰り広げられた喧騒や祭りを一瞬で鎮まらせたフローラは告げる!
「明後日の20時を持って我々は拠点を放置し、クロルバ区に帰投する!」
あっさりと拠点を捨てたエルティアナ連隊長の命令を受けて兵士たちは一瞬、幻聴かと思った。
だから真っ先に衛生兵が挙手をした。
「連隊長!」
「どうした?」
「それはシガンシナ区にある拠点を捨てて防衛を放棄しろという事でしょうか?」
「ああ、当然だ。全員でクロルバ区に帰還しようではないか!」
疲労のあまりに正気を失ったのかと勘違いした衛生兵の質問にフローラは即答する。
ようやくクロルバ区に帰還できると知った兵士たちはあえて黙り込んだ。
「私の作戦に異議、もしくは質問がある者は挙手せよ」
女将校の質問に対して誰もが黙り込んだ。
無言を貫くという事は肯定を意味する。
「無言は肯定と判断する!本時刻を持ってクロルバ区に帰還する準備をしようではないか!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
そしてようやくクロルバ区に帰還できる言質が取れた瞬間、兵士たちは狂喜乱舞しまくった。
久しぶりに肉を喰えたばかりか、全員がクロルバ区に帰還できると知ったからだ。
それはもう、トロスト区でのエレンの活躍に匹敵するほど嬉しがった。
「では、隊長。早速ですが休息を取られたらいかがでしょうか?」
そこに中央憲兵の出身者が敷布団と掛け布団を置いて待機していた。
疲れ切ったフローラは彼の提案を…。
「どうせすぐに私を放り投げる気だろう?」
「チッ!!」
断った。
「大変ねー」
「……それしては無礼な態度を叱責しないな?」
「上官侮辱罪なら私の方が大きいので……」
ミーナが他人事の様に発言したのを聞いてフローラは溜息をついた。
最近、親友が自分に対して母性を見出しているせいで対応に苦戦していたのだ。
「それに女同士なら問題になる事はありません」
「本音はそれよね?」
フローラ・エリクシアという女は、特製の香水のおかげで良い匂いが漂っている。
極限の状態に置かれた兵士たちは女に飢えていたが、女性を抱くことはできない。
なのでフローラを10分ほど寝かせて温もりと香りを布団に付けさせたのだ。
まるで母親が寝ているような感覚に兵士たちは喜んだが、フローラ本体は布団から放り出された。
『わたくしの温もりと香りを存分に楽しみたいなら堂々と抱けば良いじゃない!!』
『結構です』
あんまりの扱いにフローラは抗議したが、兵士たちは揃って彼女本体を拒絶した。
フローラのやばさを知っている兵士は、フローラ本体を女として見てなかった。
あくまでフローラの温もりと香りが欲しいだけで頭が可笑しい女と同衾する気は無かったのだ。
そのせいで彼女は10分ごとに布団をたらい回しにされるという珍事に見舞われる羽目となった。
「連隊長、補給隊が明日に参りますが如何しますか?」
「私が説明しておくよ」
「ハッ!」
補給担当の兵士が上官に疑問を訪ねるが、あっさりと返答を受け入れた。
彼としても、さっさと故郷に帰りたいのか難しい話は上官に投げたようだ。
「帰郷記念に歌いますわ!!聴いてください!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
クロルバ区帰郷復権派が令嬢を持て囃す中でフローラは複雑な感情を抱いてその場を後にした。
「やっぱりお嬢様言葉が被るから苦手なの?」
「違うわよ!私と同じ復讐鬼にどう対応するべきか迷っているの!」
てっきりお嬢様言葉を他者に奪われて嘆いたのかと勘違いした親友の質問にフローラは抗議する。
ストヘス区出身のマリアンヌ嬢は、女型の巨人のせいで家族と使用人、領地と名声を全て失った。
そのせいで彼女は、女型の巨人に強い殺意を持っており、エレンやフローラと同じ瞳をしていた。
「でもフローラも同じだったじゃない」
「だからこそ対応に困るのよ」
本来だったら訓練兵団を経由していない志願者など要らなかった。
だが、マリアンヌ嬢はフローラの生き写しと言わんばかりに巨人に復讐を誓っていた。
絶対に勝率が無かった勝負に勝利するほどの覚悟には、フローラも認めざるを得なかった。
かつてエルヴィン団長を悩ました女兵士は、今度は部下の復讐鬼に悩まされる羽目になったのだ。
「自分と同じ目に遭って欲しくないから?」
「それもあるけど、目的が達成できないのが大きいのよ」
フローラは鎧の巨人をぶち殺す為にどんな事もした。
マリアンヌ嬢も女型の巨人をぶち殺す為にどんな事もするだろう。
だが、女型の巨人の能力者は既に捕らえられており、復讐を果たす機会は無い。
夢が悪夢に代わる時、人は絶望に落ちるが、敵わぬ夢というのも絶望的である。
「じゃあ、どうするの?」
「子爵の令嬢ではなく当主として育て上げる予定よ」
シガンシナ区の裕福な商人の令嬢だったフローラは、後継者には
せっかく女に飢えた兵士たちの心を掴めるほどの才能と美貌があるのに全てを喪失するなんて…。
顔以外傷だらけになった16歳の乙女は、僅か5個下の令嬢の未来を本気で心配していた。
「できるの?」
「今なら間に合うわ……だからわたくしの見える場所に配属させたの」
自分が異常者だと理解しているからフローラはそれを存分に活かして生き抜いてきた。
だが、それは
故にフローラは他者に自分の生きざまを真似して欲しくなかった。
「私も手伝うよ」
「ありがとう」
孤独で生きていたアニ・レオンハートと親友だったミーナの言葉には説得力は無い。
だが、本気で心配して一緒に悩んでくれる存在は、追い詰められた乙女にはありがたいものだ。
素直にミーナの気遣いを感謝したフローラは、シガンシナ区の内門に訪れた。
「異常は?」
「明後日にクロルバ区に帰投できるという異常があります!!」
「よろしい、引き続き任務を遂行せよ」
「ハッ!」
門衛の話を聞いたフローラは傍にあった階段を登り始めた。
ミーナも彼女の後を追って階段を登っていく。
その際に風に乗って流れて来た心地いい香りは、門衛の鼻を癒す事となった。
『さて、どうやって作戦をでっちあげようかしら』
表向きには、シガンシナ区で防衛していると報告する以上、根拠が欲しい。
使用した物資もそうだが、補給隊の動きを誤魔化さないといけない。
トロスト区から南下するとシガンシナ区に到着する関係上、時間調整も必要だった。
フローラは屋上に着くまでにどうやって上層部を誤魔化すか考える事にした。
『トロスト区からクロルバ区に向かうルートは…無理ね』
トロスト区から出撃した補給隊をクロルバ区に向かわせると帰還に時間が掛り過ぎてしまう。
だからといってトロスト区に近い壁で兵士の動きがあれば民衆に気付かれてしまう。
なので補給隊は、あくまでもウォール・マリアの領域を通る必要があった。
『クィンタ区経由で迂回させるのは……難しいわね』
では、トロスト区から出撃させた補給隊とは無関係の別動隊を動かすとどうなるのだろうか。
クロルバ区から西方に補給拠点と化したクィンタ区が存在する。
そのクィンタ区から出撃した補給隊がトロスト区に着いても、人員が違い過ぎてバレてしまう。
『部隊の編成を大きく変える必要があるわね』
現在、最前線で待機するフローラ隊とクロルバ区守備隊に部隊が大きく分かれている。
それを再編成し、巨人を掃討する名目で部隊を動かす必要がある。
そう考えていたら屋上に着いてしまった。
「で?何か良いアイディアは思いついたの?」
「思いつかないからアドリブで生きていくわ」
「いつもそれね」
なのでフローラは補給隊が到着する明日にどうするか考える事にした。
意外とアドリブで物事に対応してきた彼女にとっては、いつもの事である。
そのせいか事情を知るミーナからツッコミを入れられても、特に嫌な思いはしなかった。
「はいドーン!!」
なので思いっきりプレハブ小屋の扉を開けたフローラは…。
「よお、遅かったな」
リヴァイ兵士長を筆頭とする調査兵団の生き残りと堂々と再会した。
『うっ…!!』
フローラは負の感情を“声”として聴く能力があるが、人の心境を読めるわけではない。
なので「ひゃっほいいい!!女の子に撫でてもらうんだ!!」とか!
「帰ったら気になっていた子に告白するんだ!!」などの女がらみの“声”に注意が割かれた。
その結果、意図せずに調査兵団と対峙してしまい、どう返答するべきか本気で彼女は困った。
「あら、ようこそシガンシナ区へ。あなた方も防衛に参加しにきたの?」
「そう思っていたら、真っ先にお前宛に話が届くだろうよ」
アドリブで誤魔化そうとしたフローラだったが、あっさりとリヴァイに見抜かれてしまった。
言い訳は通じないと判断し、隣に居た親友に指示を出した。
「ミーナ、椅子とお茶を10個ずつ手配してくれない?」
「え?あ、うん。分かった」
フローラの指示を受けてミーナは階段へと走っていく。
それを見送らずに扉を閉めて室内に入ったフローラは問う。
「さて、どこから話しましょうか」
「色々問い詰めたい事があるが、何か言う事はあるだろ?」
リヴァイ兵士長に意図が掴めなかったフローラだが、エレンの動きで気付いた。
託したはずの手帳を取り出して自分に渡そうとしているようだ。
つまり、ここでやるべき事は決まっている。
「なるほど、ちゃんとわたくしが残した業務連絡を律儀に守ったのね」
フローラは不俱戴天の仇に恋心を抱いていたと知って大混乱に陥った。
その錯乱した精神状態で手帳に書いた内容は、大した事は書いてなかった。
【業務連絡:先に壁外に向かうので必ず合流してください。手帳はその時に返却をお願いします】
たったこれだけしか書いていなかったが、これは重要な意味がある。
要するに全てを終わって人生を楽しんだ後、自分に逢いに来てねというメッセージだった。
もちろん、文字通りにウォール・ローゼの外に居る自分と合流して欲しいという意味合いもある。
だが、まさかここで叶うとは思っていなかったフローラは改めて兵士たちに向き合った。
「約束を果たしに来た。それで良いよな?」
「ふふふふ、お帰りなさい。わたくしの前世を記した手帳さん」
かつてフローラは訓練兵団時代から使った手帳を人生と評した。
書けるスペースが無くなりつつあるとき、彼女は自分の人生で悩んだ事があった。
もしも、手帳が人生であれば埋まってしまうとどうなるかと…。
そう思っていた手帳をエレンから受け取ったフローラは優しく撫でた。
「他にも手帳があるんだろ?」
「えぇ…あるわ」
「オレたちに見せてくれないか?」
図星だった。
いつの間にか自分の考えている事を見抜けるようになったエレンの成長にフローラは驚く。
あれだけ自分の事だけで精一杯だった少年が青年となり、大人になっていく。
「まあ、あなた方に見せても問題ありませんわ」
フローラはジャケットの内側にあるポケットから手帳を取り出して机の上に置いた。
前世である手帳は革がところどころ擦り減っていたが、新たな手帳も同じ様に擦り減っていた。
それだけで彼女がどんな経験をしたのか物語っていた。
「フローラ!!椅子とお茶を持ってきたわよ!!」
すると空気を読まない様にミーナと愉快な配下たちがプレハブ小屋に雪崩れ込んできた。
「じゃあ、後は頑張ってね!」
「え?」
一瞬で椅子の上にカップを乗せて特製のボトルからお茶を注いで彼らは去って行った。
見事にフローラだけが取り残されてしまい、親友に見捨てられて涙目になった。
一方、リヴァイはカップを手に取って湯気が立つお茶の匂いを嗅いだ。
以前、フローラからプレゼントされたストヘス区産の上質な紅茶だと一発で見抜いた。
「……相変わらず良い趣味をしてやがるな」
ユトピア区でペトラに注がれた紅茶の記憶が新しいリヴァイは…怒る気力も残っていない。
真っ先に椅子に座って足を組んで紅茶を啜り出した。
懐かしい味と共に幸せだった日々を思い出すほどに香りが彼の全てを満たしていく。
それを見た調査兵たちは彼に習ってカップを手に取って椅子に座り出した。
「さて、フローラ!!さっそく殿をしてからの出来事を教えてくれないか?」
既に直属の部下がフローラしか残っていないハンジ・ゾエは愛する部下に質問した。
一見すると楽しそうにしているが、それとは別の感情も見える。
『なんで自分に相談してくれなかったの?』と言わんばかりに拳を震わせていた。
「そうですわね、この手帳に書かれた内容を元にご説明いたしますわ」
フローラは自分の人生が3つに分けられると思っている。
生まれて来てから事故とはいえ、鎧の巨人に両親を殺されたショックで記憶喪失をするまで。
そこからエレンの決意を聞いて復讐を誓ってユトピア区防衛戦が終わるまで。
そして現在、こうやって調査兵団に自分が経験した過去を語るまでに分かれると考えた。
「皆さま、わたくしは手帳に嘘は書いていません。ただし見方によって大きく内容が変わります」
正義の反対は悪ではない。
別の正義である。
それを証明する様にフローラが書いた手帳には、調査兵団が驚愕する内容が書かれていた。
「どうか調査兵団を内戦に追いやったレイス卿を恨まないでくださいませ」
フローラ・エリクシアは語る。
絶望的な状況からどうやって生き延びたのかと…。
駐屯兵団を敵に回して殺し合いが発生した調査兵団とは別の問題が発生していたと…。
そしてなにより、兵団政権はおろか親友すら秘密にしていた事を暴露する事となった。