進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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142話 回想9-1 死ねなかった女と死にたかった女

フローラ・エリクシア一等兵は、不俱戴天の仇である鎧の巨人を討伐する為に何でもしてきた。

だが、その巨人の正体は、自分が無自覚に愛したライナー・ブラウンその人であった。

記憶を失った以降の自分を作り上げた104期訓練兵団の中で最も好きだった彼を…。

殺せなくなったという矛盾を抱えた彼女は、急速に生きる意味を失ってしまった。

 

 

「あははは…」

 

 

最期まで戦い抜こうとしたフローラは、金髪の巨人と目が合った。

まるでライナーにそっくりな巨人を見て動きを止めたのが致命的だった。

右手で胴体を掴まれてしまい、口元へと持っていかれた。

 

 

「ふふふ…」

 

 

自分の死をもって偉大なるご先祖様が紡いできたエリクシア家は断絶する。

それでも…フローラは笑い続けた。

 

 

「くそぉやろぉ!!」

 

 

 

唯一動けた左手でジャケットの左ポケットから鋼貨を取り出して巨人の眼球に向かって投擲した!

わざわざ自分から獲物に顔を近づけた巨人は、左眼球に異物が激突して思わず両手で顔を抑えた。

すぐにフローラは飛び掛かって金髪の巨人の首を刎ねた!

 

 

『まだ五体満足!!まだ戦える!!』

 

 

恐ろしい事にフローラはまだ戦えてしまった。

身体に限界が来て疲労により思考も低下しているのに彼女は怯まない。

右腕が捻じ曲がって使えないなら左腕を使えば良い。

恐怖の感情が欠如していた悪魔は、左手で握った刃を地面に叩きつけて衝撃を殺した。

あっさりと最後の刃も折れて前転した彼女は、すぐに立ち上がる。

 

 

「……そう」

 

 

まだ21体の巨人が残っていたが、さっきと打って変わってフローラは戦うのをやめた。

そして全速力で自分を助けに走って来た赤い体毛の馬の鞍を掴んであっさりと騎乗した。

 

 

「ぶふっ…」

 

 

あまりにも立体機動で肉体と内臓に酷使し過ぎたせいでフローラは吐血する。

それでも、相棒が助けてくれたおかげで巨人から逃げられるようだ。

 

 

『め、目の前が真っ暗…』

 

 

視覚、聴覚、嗅覚、触覚の感覚が無くなってしまった。

あるのは、生暖かい血の味が口の中で広がっているのみ。

 

 

ら……ら、ま…。せ……た(ライリー、後は任せた)

 

 

フローラの相棒である汗血馬のライリーは、調査兵団の馬と対極的な存在だった。

自分が認めた主人ですら容易に乗らせなかった為、フローラは何度も乗りこなす訓練をした。

そのおかげで瀕死状態でも乗れた彼女は、相棒に感謝しつつそのまま瞼を閉じて寝てしまった。

 

 

「あ…ああ……」

 

 

馬の視野は広く350°に渡って見えるので自称主人の女が寝たのに気付いていた。

しかし、いつもと違った様子を見てライリーは異常事態と判断!

すぐに巨人の大群を圧倒的な走りで巻いて知り合いが待機する民家に辿り着いた。

 

 

「フローラ!?」

 

 

その民家の屋根には短剣型立体機動装置を身に着けたミーナ・カロライナが待機していた。

近くで戦死していた兵士から装備を回収した彼女は、自分の窮地を救ってくれた馬を発見した。

すると、ぐったりしている親友を見つけて慌てて民家から降りて駆け寄った。

 

 

「フローラ!!生きてる!?」

 

 

ミーナの声掛けに反応しなかったが、息をしているので生きているようだ。

すぐにでも、手当てをしなければならない。

 

 

『親友だけでも…』

 

 

またしてもミーナは死ぬはずだった。

四足歩行の巨人が自分に飛び掛かってきたのを見て思わず彼女は自分から落馬した。

地面に激突する代わりに巨人の攻撃を回避した彼女は痛みで動けなかった。

巨人が地面に激突した衝撃でミーナの馬は転倒し、二度と起き上がる事はできなかった。

 

 

『早く立ちなさい!!』

『巨人の群れが来ました!!指示を!!』

『…立ちはだかる巨人だけを討伐しなさい!!』

 

 

同じく短剣型立体機動装置を身に着けているラナイの罵倒すらもミーナにとっては優しく感じた。

女将校とその配下である騎兵3名は無謀にも巨人の群れと戦闘し、巨人を6体討伐して全滅した。

その隙に痛みに堪えながら復帰したミーナは、泣きながら足を引きずりつつ馬に乗ろうとした。

 

 

『あっ…』

 

 

しかし、巨人は美味しそうな女の子を見逃すつもりはなかったようだ。

他の巨人たちが4名の兵士を捕食している中で1体の巨人がミーナに向けて手を伸ばした。

 

 

『え……ライリー!?』

 

 

そんな彼女の窮地を救ったのはフローラの相棒であったライリーである。

ユトピア区壁内に出現した巨人を討伐しようとする主人面した女に壁の外に放置されてしまった。

そのせいでウォール・ローゼの外側で走り回るしかなかった“彼女”は知り合いを見つけた。

こいつを乗せれば、あいつに逢えると考えて全速力で駆けつけてきたのだ。

なのに無駄にでかい物体が邪魔するので思いっきり後ろ蹴りを喰らわせて転倒させたのだ。

 

 

『ありがとうライリー…」

 

 

ミーナが短剣型立体機動装置を入手した日、フローラの馬と仲良くなった。

その縁で助けられたと自覚した彼女は、“彼女”に感謝して民家の前に降ろしてもらった。

そして30分も経たない内にライリーはフローラを連れて戻って来たというのが事の顛末である。

 

 

「ごめんね…」

 

 

さすがにこのままでは降ろせないのでまずはミーナも騎乗した。

そして鞘や装置を取り外してライリーが踏まない様に遠くに放り投げた。

 

 

「……これからどうしよう」

 

 

ミーナはこのままでは巨人に発見されて捕食される未来しか無いと分かっている。

調査兵団に入団して新人教育を受けた際に巨人は人間を感知する本能らしきものがある。

だから巨人の領域に留まっていては、いずれ巨人に追いつかれてしまうと習った。

 

 

「ん?」

 

 

そしたら見覚えのある馬が近くにやって来たのに気付いた。

 

 

「あれ?」

 

 

どうやら兵士を乗せてきた馬がここにやって来たようだが、ミーナは違和感を覚える。

体毛がかなり汚れており、今まで見て来た馬と比較すると少し衰弱している様だった。

それだけなら気にしなかったが、この馬に彼女は見覚えがあった。

 

 

「まさか…シャレット!?」

 

 

さきほどまでミーナは新人教育を施してくれたディータ・ネス班長の発言を思い出していた。

ネス班長は頭にバンダナをしていたが、相棒にそれを噛まれてハゲを新兵に披露してしまった。

その相棒がシャレットという雌馬である。

あまりにも衝撃的だったので新人教育担当の彼とその馬は今でも思い出す事ができた。

 

 

「ライリー!!私についてきて!!」

 

 

残念ながら自分ではフローラを手当できないと悟ったミーナはすぐに行動を開始した。

さきほど拾った鞘と立体機動装置は、ライリーに付属する収容治具に取り付けた。

そしてシャレットに騎乗したミーナはライリーに追随する様に命令を出した。

 

 

「良い子よ!その調子!」

 

 

元よりフローラは寝不足から騎乗したまま昼寝する事が多かった。

その為、ライリーは指示された場所まで走るか、前方の騎兵に追随する事に慣れている。

そのおかげでミーナの指示に素直に従ってスムーズにウォール・ローゼに向かう事ができた。

 

 

「私だって頑張れるんだから!!」

 

 

今までミーナは碌な活躍ができなかった。

誰かに頼るしかできずに誰かに助けられる事しかできなかった。

でも、自分しか動ける人が居ない以上、親友を助ける為にも必死に馬を走らせた。

 

 

「……だから」

 

 

ミーナは落馬して助けを求めている兵士や地面に転がっていた重傷者を見捨てた。

トロスト区で親友が同期の大半を見捨てた様に彼女も生き残る為に大切な物を捨てた。

 

 

「待って!乗せてくれ!!いやだあああ!!」

 

 

後方から兵士の悲鳴が聞こえてすぐに途切れた。

もう、ここは人が住む領域ではない。

速やかにウォール・ローゼに逃げ込まないと命を落とす場所であった。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

ほとんど弱みを見せなかった親友だが、さすがに同期や民衆を見捨てた時は動揺していた。

アルミンにその事を問い詰められて思わず泣き出してしまうほどショックを受けていた。

今こうして自分と親友を生かす為に味方を見捨てたミーナは痛いほど気持ちが良く分かる。

 

 

「でも、こうするしかないの…」

 

 

精神的に追い詰められたミーナは思わず独り言を呟いてしまう。

それでも本音を吐き出さないとずっと体内に残り続ける気がしたのだ。

 

 

「速やかに帰投せよ!!生き残るだけを考えろ!!」

 

 

聴き慣れた声がしたのでそこに振り向くとエルティアナ率いる部隊が巨人の群れと交戦していた。

どうやらフローラを喰い損ねた巨人たちが大勢の兵士が居た場所を狙ったのだろう。

一応、味方が多い方が生き残れると思ったミーナは、彼女の部隊に合流した。

 

 

「エルティアナ隊長!!結晶のせいで進軍できません!!」

「ならば走ってでも逃げろ!!壁はすぐそこだ!!」

 

 

しかし、すぐにそれは大きな間違いだと気付いた。

ユトピア区に出現した化け物によって硬質化で発生した破片が辺り一面、転がっていたのだ。

そのせいで兵士たちは退却ができずに追い付かれた巨人に次々喰われる事になった。

 

 

「ああ、懐かしいよ!!この感覚はな!!」

 

 

エルヴィン団長仕込みの立体機動でエルティアナは次々と巨人を討伐していく。

シガンシナ区防衛戦から生き抜いた歴戦の猛者は伊達では無かった。

 

 

「監査副長に続け!!」

「英雄をここで死なせるな!!」

 

 

さすがにお偉いさんを見捨てて撤退できないようで護衛兵たちも必死に巨人と交戦していた。

 

 

「愚か者共が…」

 

 

ただ、その行為はエルティアナ女史からすれば不本意、いわば余計なお世話であった。

シガンシナ区防衛戦で生き抜いた彼女は、誰よりも壁外の環境を知っている。

調査兵団が巨人と極力に戦闘を避ける様に交戦すること自体が最終手段であったのだ。

 

 

「ん?」

 

 

6体目の巨人を討伐したエルティアナは顔馴染みの兵士を発見した。

 

 

「お前たち、ここで何をしている…」

 

 

何故かフローラとそのお守り役が戦場で待機しているのに本気で困惑した。

死にかけているフローラを見れば、どうしてそうなったのかは理解できる。

ただし、巨人の大群と交戦している際に待機している意味が分からなかった。

 

 

「えーっと!!援軍に来ました!」

「だったら戦え!!それか部下に同行してさっさと退却しろ!!」

「は、はい!!」

 

 

さすがに友軍を囮にしたいとは言えないミーナは嘘を付いたが、すぐに女隊長に見抜かれた。

複数の兵団の上に立つ存在である上級将校からの叱責にミーナはたまらず震える。

 

 

「ついでにフローラに武装させろ!少しでも手が欲しい」

「待ってください!もうフローラは戦えません!!」

「援軍に来た輩が何を言うか!お前たち!フローラを馬から引き摺り下ろしてでも武装させろ!」

「「ハッ!!」」

 

 

 

後ろから迫って来た巨人の掴み攻撃をステップで回避した女将校は立体機動しながら命令を下す。

すぐさま護衛兵たちがフローラを馬から降ろして武装させた。

ミーナは無理だと反論したが、直前に放った失言のせいで命令を取り消せなかった。

 

 

「……休めると思ったのに」

 

 

しかし、死にかけている女兵士に武装させる意味が分からないと誰もが思っていた。

だが、瀕死のはずであったフローラは、あっさりと瞼を開いて自力で立ってみせた。

 

 

「……負傷兵ですけど?」

「やかましい!!わざとらしく親指を立てていた貴様に文句を言われる筋合いはないわ!!」

 

 

負傷兵作戦でゆっくり休もうとしたフローラは、エルティアナ隊長に抗議した。

だが、エルティアナからすれば、わざとらしく遊んでいるのを見て無理やり徴兵した。

文句を言う女に見せつける様に7体目の巨人を討伐した彼女は参戦する様に暗に告げた。

 

 

「きついのに……」

「永遠に寝かせてやってもいいんだぞ!!お前のせいで私がどれだけ苦労したと…」

 

 

総統局の監査部に所属する監査副長は、フローラの度重なる行動に頭を悩ましていた。

下手すると王政に携わる幹部全員を処罰しないといけないほど根深い問題。

すなわち、「お前のせいで仕事が激増したんだよ!!ボケが!!」という恨みは大きい。

それこそボケを披露する余裕を見せられた以上、その罰としてフローラを酷使するつもりだ。

 

 

「分かってます」

「だったら戦え!!」

 

 

度重なる立体機動でフローラの肉体はボロボロであったが、それでも一般兵より活躍できた。

108回も医務室送りになった女の頑丈さとタフさは未だ健在だった。

 

 

「ライリー!!」

 

 

自分の名を呼ばれたライリーは「え?マジでその状態で戦うの!?」と言わんばかりに見つめた。

しかし、こういう時に従わないと本気で怖いのでしぶしぶフローラの命令に従った。

 

 

「フローラ!?本気で戦うの!?」

 

 

一番想定外だったのがミーナで逃げるつもりが、戦場に留まる羽目になってしまった。

地面に転がる結晶で騎兵の動きが阻害される中で頭進撃たちは、動きなど鈍らなかった。

 

 

「ふん、せいぜい利用させてもらうさ」

 

 

戦死した兵士からガスボンベと刃を回収したエルティアナ監査副長にも迷いはない。

昔から「生き残ってしまった」と自覚する彼女は、既にここを死地にすると決めていた。

 

 

「ごほっ…」

 

 

5年前のシガンシナ区防衛戦と4年前のウォール・マリア奪還作戦のせいで肉体はボロボロだ。

自分の余命は長くないと考えていたエルティアナは、政敵よりも巨人と戦う事を選んだ。

 

 

「私の為にな!!」

 

 

内臓が損傷を受けた事を知らせる吐血と激痛すら彼女にとって死地へと導く刺激でしかない。

その間にフローラが巨人を2体討伐し、部下たちも2体の巨人を討伐した。

それを見て負けじと四足歩行の巨人に向かってアンカーを射出し立体機動を行なった。

 

 

「もう!!」

 

 

ミーナも頑張って巨人にアンカーを刺して巨体の後方に回った。

そして勢いで宙に飛び出した彼女は、刺したアンカーを外して代わりのアンカーを射出!

双剣を構えて巨人のうなじに向かって突撃した!!

 

 

「ああ!!」

 

 

ブリッツメッサーは見事に巨人のうなじを削いで彼女は初めて巨人を討伐した。

それでも油断せずに崩れ落ちる巨体に巻き込まれない様に立体起動し、着地した。

 

 

「……やっぱ、おかしいよ」

 

 

ようやく巨人を討伐したと実感したミーナは、更にフローラが巨人を1体討伐したのを見届けた。

どれほどフローラが酷使されたか知らないが、明らかに間を空けずに連戦してるのに戦えていた。

さきほどの心配はなんだったのかと思ってしまうほど親友のタフネスに驚いた。

 

 

「フヒヒンィ!!」

「…うん、そうだね。油断しちゃいけないよね」

 

 

一瞬だけ気が抜けたミーナに喝を入れる様にライリーがうるさく(いなな)いた。

そのおかげで彼女は再び臨戦状態に戻れたのでフローラの相棒の警告に感謝した。

 

 

「私だって戦える!!」

 

 

すぐさまライリーに騎乗したミーナは、こっちに向かって来る巨人に向かって突撃した。

短剣型立体機動装置を入手した際にフローラからライリーの指示の出し方を教わった。

そのおかげでミーナはライリーを操作する方法が分かっている。

舌鼓を2回打って交戦の意味を示して左側を2回叩いて左側から攻めると指示を出した。

 

 

『慣れれば分かりやすいけど…』

 

 

各兵団の兵士たちが騎乗する馬とは調教方法が違うせいでミーナも当初は混乱した。

しかし、他の馬と違ってすぐにライリーは反応してくれるので連携攻撃がしやすかった。

 

 

「行くよ!!」

 

 

あっさりと巨人の死角に回り込んだミーナはガスを噴出し鞍上から飛び出した。

そしてアンカーを突き刺して白兵戦に優れる装置であっという間に巨体に迫った。

 

 

「はああああっ!!」

 

 

巨体の動きに合わせて何度も姿勢と重心を傾けたミーナは再び巨人のうなじを削いだ。

 

 

「いっ!!」

 

 

そしたら腹部と胸部が強く引き締められて呼吸ができなくなった。

たかが15秒の立体機動でミーナの肉体は限界を迎えた。

 

 

「ハァハァ……」

 

 

無事に着地できたもののこれ以上、ミーナは戦えなくなった。

心配して駆け寄ってくれたライリーに騎乗してそのまま戦況を傍観する事しかできない。

 

 

「わ、私に……力があれば」

 

 

馬を自分の足の様に扱う者が居る様に立体機動で自由に宙を舞う存在も居る。

リヴァイ兵長を筆頭に歴戦の猛者たちは鳥が空を飛ぶように舞う事ができる。

またしても自分の非力さに悔やむミーナは胸がいろんな意味で締め付けられた。

 

 

「……おい、生きているか?」

「死んでます」

「そうか、『ここにフローラは眠る』と墓を作ってやろう」

「いたぁ!!?」

 

 

結果として9名の騎兵の犠牲を払って巨人の群れは討伐された。

さすがにもう戦えないフローラは地べたに転がって寝ようとする。

もちろん、そんな愚業を看過しない監査副長に蹴られたフローラは口で抗議した。

 

 

「寝るならベッドか墓で眠れ」

「第三の選択肢は?」

「馬鹿な事を言ってないでさっさと騎乗しろ!馬鹿もんが!!」

 

 

一見すると双方とも漫才をしている様に見えるが実際は違う。

エルティアナは腰と腕を痛めて騎乗できなくなっていた。

フローラに至っては二度と立てないかと思うほど深刻なダメージを負っていた。

だが、弱音を吐くと兵士たちが絶望するのであえて漫才をやる羽目になっていたのだ。

 

 

「では、わたくしを放置してくださいませ」

「いつから貴公は、私に指示できるほど偉くなったのだ?」

「さあ?」

「貴公に訊いた私が馬鹿だったか」

 

 

とりあえずこの馬鹿女にここで死なれても困るエルティアナは部下に回収を命じようとした。

ちょうど、1名の兵士が命令を受ける為か、近寄って来たので彼に伝える事にした。

 

 

「隊長!!きょ…!?」

 

 

駆け寄って来た兵士が砕け散って臓物の破片と血がエルティアナの顔面を濡らす。

顔面に包帯を巻いていた彼女は、異音がした方を見て世界は残酷だと気付かされる。

 

 

「ここで変異種か、それも2体、鎧と……獣か…あれは?」

 

 

ご丁寧にも鎧の巨人と獣の巨人にそっくりな褐色な巨体が見える。

全身毛だらけで両腕が長い巨人は、腕を硬質化させてそれをこっちに投げてきたようだ。

人としての意識は無い為、命中率は低いが、もし直撃を喰らえば先ほどの二の舞になるだろう。

そして鎧の巨人と似た変異種がこっちに向かって全速力で走って来ていた。

 

 

「総員、こいつらを討伐し、ユトピア区に帰投するぞ!!」

 

 

鎧の巨人に似た変異種を放置すると正門が突撃でぶち抜かれる可能性があった。

5年前に鎧の巨人の突撃で自分が管轄していた門をぶち抜かれた女将校は巨人共の討伐を命じた。

そして少しでも結晶の投擲から身を守る為、あえて鎧型の変異種の前に躍り出た。

 

 

「クソ!!」

「硬い!!どう……ぎゃあああ!?」

 

 

既に兵士が先行して鎧型の巨人にアンカーを射出したが、表皮の装甲によって阻まれた。

それどころか、目の前に居た兵士をぶっ飛ばしてそのまま走り込んできた。

 

 

「え?」

 

 

ここでエルティアナは巨人の動きに混乱した。

何故かその巨人は、一番遠くに居るはずのフローラを真っ先に狙っていたのだ。

巨人は、目の前にいる人間を捕食するタイプと大勢の人間を狙うタイプが存在する。

しかし、新手の巨人は何故かフローラを殺すのを優先しているようだった。

 

 

「何だ!?」

 

 

フローラを引っ張っていた兵士たちは鎧型の巨人が近づいた事に驚いた!

 

 

『……何か変!?なんで急に…?』

 

 

フローラは巨人の“呻き声”を聞いて通常種から奇行種に変わったと理解した。

 

 

「させるか!!」

 

 

エルティアナは巨人の膝裏にブリッツメッサーを刺して移動を阻害した。

元より走っていた変異種はバランスを崩して転倒し、なんとかフローラは死なずに済んだ。

 

 

「フローラ!!お前、なんかやっただろ!?」

「何もしてませんわ」

 

 

エルティアナは、()()()()()()()()()()()()()()()()()に心当たりがあった。

それは、5年前にシガンシナ区の内門を破られた際、巨人が次々と殺到した時である。

彼女はあえて50mの壁に民間人や兵士を待機させて巨人の気を惹こうとした。

 

 

『何かあるのか?』

 

 

ところが、巨人は逃げ遅れた民間人が大勢いるのにウォール・ローゼ目指して内門を抜けた。

常識が通用せず誰もがその事態に大混乱したものだ。

通常種でも奇行種でもない巨人の動きは、鎧の巨人に誘導されたと考えるしかなかった。

 

 

『能力者とは関係無しに巨人を誘導する方法が…あるのか?』

 

 

その考察は、調査兵団やフローラの報告で否定される事となった。

鎧の巨人や超大型巨人の能力者が普通に巨人に襲われたと報告を受けて余計に彼女は混乱した。

巨人の王様らしく振舞う獣の巨人がヒントかもしれないが、それでも不可解な点があった。

 

 

『こいつら……その辺の巨人と違うのか?』

 

 

両膝裏と両肘裏にブリッツメッサーを突き刺したエルティアナは1つ疑問が湧いた。

獣の巨人っぽい変異種にアンカーを刺した兵士があっさりと地面に叩きつけられたのが見えた。

それが1回なら分かるが、連続して兵士が宙に舞った瞬間、叩きつけられるなどあり得ない。

明らかに兵士の立体機動を理解したり認識していなければ、できないはずの行動であった。

 

 

『まさかな…』

 

 

異様に長い両腕を硬質化させて作り出した結晶は、かなり剥がれ易いようだ。

巨人がフローラに向かって腕を振る度にその結晶が彼女に向かって飛んでいく。

なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その答えを導く事ができない。

 

 

「ヒヒーン!!」

「ダメ!!」

 

 

すぐさまライリーは相棒を助けに行こうとするが、ミーナは手綱を引っ張って制止させた。

地面に鋭い結晶が転がっている以上、ライリーが負傷する危険が大きすぎたのだ。

馬は足を負傷すれば安楽死の未来しか残っていない故にミーナは必死に停止命令を下していた。

 

 

「ははは、そっか……」

 

 

自分を引き摺って移動させようとした兵士が高速で飛んできた結晶で頭が砕け散った。

その際の流血がフローラに降り掛かった際に彼女は失われた記憶を思い出す事となった。

 

 

「元からか…」

 

 

フローラは恐怖の感情は欠如していたが、1つだけ恐れていた事があった。

鎧の巨人が破壊した内門の破片で両親を失った際に彼女は記憶喪失をした際に悪魔に転生した。

つまり、記憶と共に恐怖の感情が戻ればフローラは今までの様に戦えないと理解していた。

だからこそ自分の記憶が戻る事を嫌がっていた。

 

 

『ああ、そうね』

 

 

だが、目の前で人間の上半身が砕け散るのを目撃した彼女は、過去の自分の所業を知る。

両親から溺愛された故に高慢ちきに育った令嬢は元から恐怖の感情など無いサイコパスであった。

それを知れただけでフローラは過去のしがらみから開放された。

 

 

「ふふふ…」

 

 

転倒した鎧の巨人っぽい変異種がこっちを見ている。

そして獣の巨人っぽい変異種が自分を殺す為に全力疾走で駆け抜けて来た。

どうやら世界は本気で自分を殺そうとしていると実感し、フローラは笑う。

兵士たちが足止めしようとしているが、長くはもたないと見て分かった。

 

 

『やるわ』

 

 

フローラは呼吸するにも辛く感じる激痛のせいでほとんど身体が動かない。

逆に言えば、痛みさえ無ければ感覚が無い左腕以外は動く事ができるという事だ。

痛みとは、肉体が頭脳に危険と異常を知らせるものであるならば、やる事は1つだ。

 

 

『死んでも…』

 

 

鎧の巨人討伐より大事な使命を思い出したフローラはジャケットの右袖口に左手を突っ込んだ。

右腕には負担にならない程度に1本の紐で粉末が入った袋を縛り付けていた。

それを無理やり引き千切って粉末を自分の鼻の近くに持ってきた。

 

 

『やるべき事に…』

 

 

粉末を嗅いだフローラは、サウナ調査兵団を率いてサウナに行った時の事を思い出した。

何故かライナーやベルトルト、エルヴィン団長まで巻き込んでサウナに行った時だ。

 

 

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『やっぱり傷だらけの人じゃサウナはきついかも…いえ、皆と一緒に居られて楽しかったけど…』

 

 

なんかエレンがサウナにハマったのは置いておいてフローラはサウナと相性が悪かった。

『ととのう』を味わうサウナ自体よりも香料を焚くプランが気になったまである。

 

 

『香りで凶暴化するの?』

 

 

なんと世の中には匂いを嗅ぐだけで凶暴化する香料があるとスタッフから聴いた。

香水や化粧水、サプリメントを扱うフローラからすればかなり気になる情報だ。

 

 

『老齢になった巨大樹の根元に生えるキノコね…』

 

 

天を貫かんばかりの巨大樹の中でも老齢の根元に生えているキノコがそれらしい。

触れるだけで皮膚が炎症する“カエンダケ”という猛毒キノコがこの世に存在する。

ならば、胞子を嗅ぐだけで精神が乱れるキノコもあるかもしれない。

そう思ったフローラは該当するキノコを採取し、粉末状にして所持していた。

 

 

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『店員さん、香りじゃなくて胞子ですわよ…』

 

 

巨人と戦うには装備や気力だけでは足りない場合がある。

この日、人類史上で初めてドーピングして巨人と交戦する事になったフローラは笑った。

痛みとは、生きていないと味わえないものと同時に人体が脳に知らせる信号でもある。

むしろ、激痛すら感じない場合は、神経が死んでいるか、麻酔などの毒物で麻痺している。

 

 

『あははは…』

 

 

即席で作った毒物で体性感覚系を麻痺させたフローラは()()()()()()立ち上がった。

痛覚は無くなったが、触覚などの運動が司る感覚まで無くなってしまった。

だから経験と勘だけで肉体を動かした彼女は、鎧の巨人に似た変異種の上に乗った。

 

 

「まだ動けるのか!?」

 

 

死体よりも重傷に見える女が動き出したのを見て周囲に居た兵士は、その異常さに慄く。

左目と右目の視線がバラバラになっており、明らかに彼女が正気に見えなかったのだ。

 

 

『真っ暗…』

 

 

さきほどまで寒気があったのにそれすら無く視覚も真っ暗になった。

脳に血液が回っていないのか、それともさきほど摂取した毒の影響かは分からない。

ただ、フローラは巨人が発する“うめき声”と自分の意識しか確認する事ができない。

 

 

『だからどうしたっていうの』

 

 

今までの経験、さきほどの視覚で巨人の距離を導き出せる。

自分の意識しか認識できなくなったフローラは顔が引き攣ったまま、変異種の上に待機した。

 

 

「何をしている!!」

 

 

無駄に長い両腕で殴打されようとするのにフローラは動く素振りがない。

それを見たエルティアナは警告した。

だが、フローラはその声すら聞こえなかった。

 

 

『ああ、素敵……』

 

 

フローラにとって幸運だったのは、訓練兵団時代に使用した立体機動装置を身に着けていた事だ。

装置に振り回された女は、いつからかどう動けばそうなるのか痛みを持って学習していた。

つまり、医務室送りのお供であると同時に3年間の彼女が培った経験が存分に活かせてしまった。

 

 

「は?」

 

 

エルティアナは、これが現実だとは思えずにうっかり声を漏らしてしまった。

巨人の装甲が硬すぎて刃が役に立たないので毛むくじゃらの巨人の攻撃を利用したと理解できる。

現に硬質化した両腕を思いっきり頭に叩きつけられた鎧型の変異種は頭の装甲が大きく凹んだ。

 

 

「お前…」

 

 

問題なのは、その毛むくじゃらの巨人を文字通りに回転斬りで縦に一刀両断してしまったのだ。

いくら火炎瓶である程度に毛と表皮を焼いて脆くなっていたとはいえ異常だった。

縦に割れた巨人の半身があっさりと皮が剥けるように地面に落下した。

 

 

「薬物にも手を出していたのか!?」

 

 

フローラが中央憲兵たちと良からぬ事を企んでいるのをエルティアナは知っていた。

だが、ドーピングによる肉体の強化など王政ですら想定してない異常な行為であった。

嗜好用の麻薬ですらここまでの劇物ではないと断言できるほどにはあり得ない光景だった。

 

 

「チッ!」

 

 

更に問題だったのは、劇物に脳を汚染されたフローラは特殊能力ですら感じなくなってしまった。

そのせいで勘で攻撃せざるを得ずに今度は誤ってエルティアナを襲撃した。

剣戟で刃を滑らせるなどして必死に彼女は防戦をするが、明らかにフローラの方が勝っていた。

 

 

「監査副長!?」

「フローラ!?何をやってるの!?」

 

 

今度は味方を襲い出したフローラに兵士やミーナが驚愕して必死に彼女を止めようと動き出した。

 

 

「第3班!!毛だらけの巨人に火炎瓶をありったけ投擲しろ!!」

 

 

とにかく変異種の数を減らしたいエルティアナは部下に巨人の討伐を指示した。

そして上官侮辱罪を容易に飛び越えた馬鹿女の頭を叩き割ってやろうと刃を振り回す。

 

 

「悪く思うなよ!!」

 

 

双方とも限界なのもあってそこまで激しい剣戟は発生しなかった。

それでもここでフローラを生かすと問題になりそうだと考えたエルティアナに迷いはない。

彼女の首に目掛けて刃を突き出すが、逆に矛先を刃で逸らされて反動で右手首を捻られた。

 

 

「クソ……」

 

 

ドーピング効果なのか、明らかに人の動きをしないフローラにエルティアナは翻弄をされる。

一歩間違えれば自分の腕を切断するような攻撃を平然と行うせいで防戦すら成り立たなくなった。

 

 

「隊長!!鎧の巨人らしき変異種が立ち上がります!!」

「んな事!!分かってる!!」

 

 

無理やり巨人のパワーでブリッツメッサーをへし折った鎧型の変異種は立ち上がった。

部下から警告を受けて「はいそうですか」とエルティアナは退き下がる事ができない。

下手に後退すればフローラに胴体を切り捨てられる危険性があった為だ。

 

 

「こいつ!!後で覚えてろ!!」

 

 

皮肉にも生きる理由ができたエルティアナは、暴走するフローラをなんとかしようとした。

その苦労はすぐに報われる事となった。

目的であるフローラを殴り殺そうと言わんばかりに変異種が右拳を振り下ろしたからだ。

 

 

「クッ!」

 

 

凄まじい衝撃で後退りしたエルティアナは横目で獣っぽい変異種が討伐できた事を確認した。

あとは無駄に硬い変異種と薬物で限界を超えたフローラをぶちのめすだけだ。

 

 

「おいおい……」

 

 

そしたらフローラは「鎧の装甲など知るか」とばかりに鎧型の変異種の両腕を切り落とした。

あっさりと切断された両腕が地面に落下し、近くに居た馬を転倒させるほどの衝撃が奔る。

どうやら自分の時は手加減されていたと知って冷や汗を掻いたエルティアナは双剣を構え直す。

 

 

「むにゃ!?」

 

 

ここでフローラはドーピング効果補正が切れたようで地面に倒れ込んだ。

さすがにああなれば、動かれる事は無いと思うが、別の問題が発生した。

今度は、両腕を失った変異種がフローラを右足で踏み潰そうとしたのだ。

 

 

「このアホ!!」

 

 

エルティアナは軸足の膝裏を切り裂いて変異種を無理やり転倒させた。

 

 

「うっ!?」

 

 

しかし、ここでエルティアナは致命的なミスを犯した。

変異種もとい異形の巨人は自身にアンカーが刺さるとカウンター攻撃をしてくるのだ。

巨体を回転させて潰そうとする巨人から逃げようとしてアンカーを外し忘れた。

 

 

「ぐぼっ!?」

 

 

近くにあった結晶の破片が彼女の腰と背中を強打し、脊髄に致命傷を与えた。

怒り狂った兵士たちが火炎瓶を投擲し、弱点部位である踵を炭へと変えていく。

 

 

「トドメ!!」

 

 

ここでミーナはブリッツメッサーで変異種のうなじを削いだ。

弱点部位とうなじを損傷した変異種は、あっさりと黒ずんで皮膚の破片が靄となって飛散する。

 

 

「小隊長!!エルティアナ隊長が負傷しました!!ご指示を!」

「とにかくユトピア区に帰投する!!」

 

 

ここで指揮系統が小隊長に移譲されたが、彼は上官の命令に従う事しかできなかった。

 

 

「報告します!!ユトピア区の正門に巨人が集って近寄れません!!」

「どうやら先に退避した兵士を追って集まった巨人の群れだと推測されます」

 

 

ところが、ユトピア区の門付近に巨人が集っていた。

部下からの報告で原因が大体理解した小隊長は、別の決断を強いられた。

 

 

「今からクロルバ区方面に退避する!!」

 

 

ユトピア区付近の壁に近寄れないなら、とにかく巨人が少ない場所に向かって移動するしかない。

人類活動領域の最北端であるユトピア区の西にはクロルバ区が、東にはカラネス区が存在する。

ただ、北東に向けて結晶の破片が転がっているのでカラネス区方面に向かうのは危険と判断!

小隊長は、壁側に沿って南西し、クロルバ区もしくはその付近の壁に目指す事にした。

 

 

「フローラ!!」

 

 

戦死した兵士より全身が真っ白になっているのを目撃したミーナは泣きながら親友を抱きしめた。

そんな彼女の心境を察する様にライリーはゆっくりとミーナの傍に訪れた。

この時点からクロルバ区に辿り着くまで一切の記録が残されていない。

決死の逃亡劇で誰もが記録している暇が無かったのだ。

 

 

「あれ?……生きてる?」

 

 

フローラが目覚めたのは、ユトピア区防衛戦から4日後の晩。

城塞都市クロルバ区の中央にある大きな病院のベッドの上であった。

 

 

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