進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ユトピア区防衛戦から1週間が経過した頃だろうか。
王政府と各兵団が被害情報を把握し、情報を求める民衆に発表を行なった。
「つまり、邪魔者になったわたくしは歴史から抹消されたという訳ね」
クロルバ区の有力紙や機関誌を読んだフローラは溜息をついた。
やる事といえばリハビリと鎮痛剤の服用、そして必死に自分がやった行いを紙に書いていた。
「まあ、それはいいんだけど…」
壁外で行方不明になった兵士は死んだとみなされても可笑しくは無い。
むしろ、調査兵団の本隊に切り捨てられた部隊が生還したのは第57回壁外調査が初であった。
だから、フローラはこの対応自体には納得していた。
『まさか調査兵団の支援を打ち切るとは思わなかったわ』
想定外なのは、自分が望んで巨人の群れを相手にしたと周りから思われなかった事だ。
新聞の記事によると9つの商会が調査兵団の支援を全て打ち切ったと書いてある。
王政の仕業にしては稚拙すぎるので…おそらく商会が自主的に打ち切ったとしか考えられない。
『これじゃあ、調査兵団が活動できないじゃないの…』
第57回壁外調査の失敗は、調査兵団の支援母体の失墜に繋がった。
故にただでさえ追い詰められていたのに更に苦しい生活を強いられる事となった。
『しかも、死人に口なしと言わんばかりにわたくしを最大限に利用しているし…』
フローラの扱いに困った王政府と各兵団と総統局は彼女の存在を無かった事にした。
確かに彼女の巨人討伐数や所業が民衆にバレれば大問題になる事は間違いなかった。
だが、彼女と前線で共闘した現場の兵士を中心に兵団司令部や上の命令に反発していた。
「都合の良い時だけ利用して死んだり負傷したら切り捨てるのか!!」
「くたばれ恩知らず!!」
これにより、戦時に真っ先に駆け付ける実働部隊と安全地帯に居る高官の関係に亀裂が生じた。
それだけならいいのだが、キッツ隊長や駐屯兵団第二師団長も反発しており、雲行きが怪しい。
『あれ?これはまずくない?』
実戦経験が豊富だったり、精鋭部隊を有する部隊が次々と反発して兵団が機能不全に陥っていた。
既にハンドリック師団長は、フローラの遺志を継いでレイス卿を守る為に兵力を掻き集めている。
フローラの配下になっていた中央第一憲兵団も動きがあやしい。
そしてなによりフローラを見殺しにしたと勘違いされた調査兵団は逆境に立たされた。
『遺書を書いて渡しておきましょう』
ここでフローラが生存をアピールしていたならば、悲劇は防げたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
「フローラ、もう少し休んだら?」
「休むと身体が鈍ってしょうがないのよ」
たった数日間、寝ていただけで固形食が喰えるまで時間が掛ってしまった。
ミーナに休めと言われてもフローラは休みたくないと答えるしかない。
「ライリーも待ってるでしょ?そろそろ乗馬して感覚を取り戻さなくちゃ…」
「ダーメ、今は休んで、ライリーなら私が相手をしておくから」
ミーナ・カロライナの仕事は、フローラを人間らしい生活に戻す事だ。
そうする事で親友の感情が意図せずに爆発しないようにしたのだ。
「フローラが可笑しくなったのは規則正しい生活を送らなかったせいだと分かってるの?」
「分かっているわ…」
フローラの精神と肉体が可笑しくなったのは、ベッドの上でちゃんと寝ていないから。
ミーナから正論を告げられたフローラは、何も反論ができなかった。
「今日も一緒に寝てあげるからちゃんと休んでよ?」
「そうね、今日はこのくらいにしておきましょう」
ミーナはフローラを監視する為に1つのベッドで同衾している。
フローラからすれば、心配してくれているのでありがたくもあったが…。
少しだけ親友に対して不信感があった。
『むしろ、わたくしと一緒に寝る為にやっているのでは?』
まるで親友が自分に欲情しているような気がしてならないのだ。
ちゃんと寝ているか確認するなら自分の股間や腋の匂いなど嗅がなくていい。
自分の胸を揉んで感度を確認する必要もないし、キスをされる必要性などなかった。
『まあ、考えすぎでしょう…』
親友はこうすれば嫌がるとミーナは理解しているはず…というよりは確信犯であった。
『こうやって余計な事を考えてしまうのも悪い癖かもね…』
今まで自分を騙した事に対する罰だと考えたフローラはそれ以上、余計な事を考えなかった。
気を紛らわせる為に懐中時計を見ているとミーナに質問される事となった。
「それにしても新聞が好きね?」
「情報は鮮度があるからね。できるだけ早く知っておきたいのよ」
この世で発行されている新聞は全て検問で合格した物である。
つまり、そこに書かれている内容が事実だとは限らなかった。
更に支援者や商人の圧力で彼らの都合が良い事が書かれている事もある。
それでもフローラは必死に情報収集に励んでいた。
「おい、頭進撃娘!エルティアナ監査副長がお呼びだ」
「承知しましたわ」
だが、数少ない情報をまとめる時間すらないようだ。
またしても、呼び出しを喰らったフローラは親友を伴って病室に訪れた。
「ん?」
場の空気から尋問ではないが、碌でもない命令が下されるような感じがした。
「監査副長、今度は何を話せばいいのでしょうか?」
「いや、今回は違う。まずは机の上に置いてある書類を見て欲しい」
エルティアナ監査副長の指示に従ったフローラは書類を拝見した。
「え?」
そこには、エルティアナが王都に召集された事を示す書類だった。
おそらくユトピア区に大損害を与えた責任を問わされたのだろう。
そう考えてフローラは書類を読んでいたが、それは違うと気付かされた。
「ザックレー総統からね……なんで?」
「おそらく私の負傷が大した事では無いと思われたのだろうな」
フローラは思わず声を漏らすとエルティアナ監査副長から返答が来た。
彼女の顔を見るが、相変わらず顔を包帯で隠すのも納得できる傷と膿が見える。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
まだらに生えた赤髪に4割も欠損した鼻、膿と治療痕による大きな弛み、未だに癒えぬ傷痕。
フローラはエルティアナの3倍も傷痕や治療痕があるが、顔面だけは死守した。
そのせいか、彼女の未来は自分の未来に見えてしょうがなかった。
「負の感情を“声”として聴ける能力があるんだろ?私が思っている事を当ててみろ」
「『私に化けて王都に召集されろこの頭進撃娘が…』という“声”が聴こえました」
「やはり、お前は化け物だな…」
負の感情とは、絶望、憤怒、恐怖、嫉妬、憂鬱、悲しみ、不安、恥ずかしい妄想などを示す。
そういった感情を抱いたらフローラは感知する事ができるが、聴こえなくするのは無理だった。
つまり、24時間365日、大勢が発する負の感情を“声”としてずっと聴いている事になる。
それを他者に悟らせない
「監査副長、いくらなんでもバレるのでは?」
「そう思っていたんだがな…」
「え?」
さすがに入れ替わるというのは不可能だとフローラは思った。
声も身長も違うし、技能も知識も違うせいで入れ替わってもすぐにバレると思った。
しかし、彼女の反応から違う様子でどうしてそう考えたのか疑問が湧いた。
「ねえフローラ?」
「どうしたの?」
「監査副長の声ってアニとそっくりって話したよね?」
ミーナから質問されたフローラは必死に記憶を探った。
確かにユトピア区に居た頃にアニの性格や声にそっくりだと彼女は話してくれた。
「確か、性格や声がそっくりって返したわよね?それがどうかしたの?」
「実は、フローラも声がそっくりなの…」
「は?」
フローラはお嬢様言葉を駆使する為、アニの様な強気な発言をするのは珍しかった。
ただ、たまに本音が漏れる時があり、その声はアニとそっくりだったのだ。
「待ってよ。わたくしはアニより声は低くないわ」
更にフローラは、アニより声が高いと自覚しているので、そんな事はあり得ないと思った。
「それは骨導音を聴いているからだろうな…」
「骨導音?」
するとエルティアナは、声の認識の差について理由を述べた。
「音というのは振動だ、それが大気に伝わって我々の耳に届く事で認識できるのだ」
「はい、教本で読みました」
「だが、自分が声を発する時、喉の振動がそのまま骨に伝わって直接に聴覚に認識させるのだよ。だから貴公が自分の声を発する時に聴こえる音は、他者とは違って聴こえるという訳だ」
自分が発する声は、空気が振動する気導音と骨が振動する骨導音が混ざり合って聴こえる。
それは声を出すと、喉の振動が自分の骨に伝わり直接、聴覚に伝える事ができる。
一方、他者は空気が振動する気導音しか聞こえないのでこういった差がであるのだ。
「つまり、他人からするとエルティアナ監査副長と声がそっくりって事?」
「そういうことだ」
ここでようやくフローラは上官の言いたい事は理解できた。
本来であれば声がそっくりでも、顔を見れば一瞬で正体がバレてしまう。
しかし、彼女は5年前の負傷で顔は包帯で隠し、髪は外套のフードで隠していた。
「畏れ多くながらも、さすがに監査副長と憲兵団の旅団長を兼ねる経験も知識も…」
「やれ」
「はい」
反論しようとしたが、たった一言告げられただけでフローラは強制的に成り替わる羽目になった。
「貴公が色々搔き回してくれたせいで私では、監査も把握もできないのは理解しているよな?」
「存じておりますわ」
もちろん、成り代わりをしなくてもいいはずだった。
ただ、寝たきりだと発覚すれば、彼女は当然、王政府や総統局から除名される。
それだけならいいのだが、そうなるとザックレー総統に味方が居なくなる。
「そして貴公が放置した問題を片付けないと何が起こるか分かるよな?」
「王政府派閥とレイス辺境伯を守る為に派遣した部隊が戦闘になりますわね…」
フローラは、自分が居なくなって調子に乗る王政府を牽制するために策を講じた。
それは想像以上に効果があり、駐屯兵団が有する2個師団が明らかに異様な動きをしていた。
これが何を意味するのかはフローラ自身が分かっていた。
「それだけで終わると思うか?」
「おそらく一番先に調査兵団が潰されるでしょうね……」
当初の予定ではフローラが王政の策で死んだ場合、政敵が王政の議会で糾弾するはずだった。
しかし、撤退する調査兵団の部隊の
そうなると、王政を牛耳る最高幹部に政敵が口を出せずに放置するしかなかった。
「ああ、お前が無駄に築き上げた組織や交流関係が調査兵団に牙を剥くだろうな…」
おそらく調査兵団の拠点があるカラネス区では、駐屯兵から白い目で調査兵が見られている。
フローラは門衛や最前線で共闘した駐屯兵と仲が良かった。
そうなると、なんでその場でフローラと共闘しなかったのかと問われているかもしれない。
わざとらしくエルティアナが漏らした独り言は、フローラの胸部を鋭く刺した。
「そこでだ、貴公は私に成り代わって混乱を収めろ。できんとは言わせん」
「せめて最低限の教育と知識を伝授させて頂きますと助かりますわ」
巨人との戦闘では、戦死者の遺体がちゃんと残る事は珍しい。
トロスト区での戦死者の例では、集めた遺体を荼毘に付して残った灰は地中に埋められた。
ところがユトピア区防衛戦では、そもそも遺体の大半すら回収できていなかった。
だから生死が不明の兵士は、全て行方不明者と扱われて葬式すらされていない。
「そうだな、貴公の存在を消したい上層部を見る限り、それが良いかもしれない」
その影響で行方不明者の家族は、弔慰金どころか何の情報も渡されなかった。
生き残った同僚もまともに保証を受けられず、王政府政権に不満を抱くのは目に見えている。
そんな時に思いっきりヘイトを集める調査兵団に怒りをぶつけるのは必然と言えた。
「お願い致します」
「さっそく貴公に色々教えてやろう」
だからフローラがエルティアナの代わりに自分が作った歪みを正す事となった。
死んだと周りから認識されているので暗躍するにも向いている。
召集期限のギリギリまでフローラは様々な知識を伝授されて勉学に勤しんだ。
「そうそう、私に代わってザックレ総統の夢の手伝いもしてくれよ」
「もちろんですわ!」
ザックレー総統を気にしていたエルティアナは、フローラに全て託した。
自分に代わって上官の夢が実現する為に手伝って欲しいと…。
もちろん、フローラは快諾したが、2人は知らない。
ザックレー総統の夢がとんでもない事に…。
それはともかくフローラは王都に出発するまで2日しかなかった。
「たった2日間で覚えきれるものなの?」
「覚えきれないから大量の宿題を抱えて王都に向かうのよ…」
さすがにこれは無理だと理解しているミーナは的確なツッコミを入れた。
それに対してフローラは、覚えきれる訳が無いと断言した。
「どうせならミーナも覚えてよ」
「これは?」
「参謀候補生や中隊長になる為に必要な知識が詰まった教本よ」
フローラに無理をさせないと考えたミーナの前に1000ページ越えの本が4冊置かれた。
「え?」
「士官になるのは、更に3冊の本の内容をすべて記録していないといけないわ」
明らかに覚えきれる量ではない本を見てミーナは目を丸くするが、更に本が追加された。
「これは憲兵団関連の本、総統局の監査部に関する本、各兵団の兵站記録、開拓地の管理計画」
エルティアナ女史は、憲兵団の師団長、副師団長に次ぐ旅団長である。
憲兵になるには訓練兵団を10位内で卒業すればなれるが、班長より上は専門知識が居る。
だから駐屯兵団の転属組や専門教育を受講して合格した憲兵が上に成り上がれるのだ。
しかも、総統局のお偉いさんでもあるので各兵団の知識も必要だ。
「こんなにあるの?」
「まだ一部よ」
最終的に90冊以上の本がミーナの眼前に並んだ。
大量の本による重量で悲鳴を出す様に机が変な音を立てている。
ここまで物理的に破綻するのが目に見えるのも珍しい。
「帰って良い?」
地獄の3年間と感じた訓練兵団の教育がどれだけ生易しかったのか理解できる。
だからこそミーナは踵を返して寝室に帰ろうとした。
「いいわよ」
それをフローラは否定しなかった。
馬の上で寝たのは、商人として色々勉強していたのもあったからだ。
需要と供給、予測と実績などはリアルタイムで変化するせいで記録すら役に立たない時がある。
偽情報以外は全て重要であり、それを取捨選択する大変さを知っている以上、咎めなかった。
「そう思った?」
「えぇ、そう思ったわ」
このまま尻尾を巻いて帰れば、またしても親友が破滅してしまう。
そう考えたミーナは、少しでも補佐できる様に頑張るつもりだ。
「一緒に覚えましょう」
「それならカバーし合えるもんね!」
どちらかが正しい知識を知っていれば、理論上は問題ない。
フローラの闇を知ってもなお、それを受け入れたミーナは親友を支えようとした。
「ありがとう」
「親友として当然よ!」
フローラが座る席に椅子を横付けしたミーナは、最も厚みが薄い冊子を手に取って開いた。
「……なんで数理統計学と社会統計学の履修が必須な記録表を読んだの?」
フローラのツッコミを聴く前に無言で冊子を閉じたミーナは横顔を机にくっつけた。
代わりにフローラは冊子を開き「ああ、商会と開拓地の領域横断的情報を記した表ね」と呟いた。
『領域横断的情報』という全く知らない単語を聴いたミーナは羽ペンを机の上に置いた。
「ねえ、フローラ?」
「どうしたの?」
「まさかだと思うけど、訓練兵団を卒業した後にこういう事を勉強していたの?」
「当然でしょ?商会と交渉するなら知っておかないといけない基本知識だし、まだマシな方よ」
毎日、壁外に出撃して巨人の掃討をしながら、こういった専門知識をフローラは得ていたのだ。
しかも、王政を牽制しつつ同期や先輩との交流をこなしながら投資と商売に手を出していた。
「過去の記録をまとめるだけだから簡単ね。あら、こんな所にも資金を投入して商会の―」
パラパラと冊子を捲ってフローラは、傍にあった羊皮紙に羽ペンで数列を書き始めた。
もはや、ミーナからすれば悪魔を召喚する儀式に必要な紋章を描いているように見える。
ぎっしりと式が書かれて意味不明な文字まで出てきたので理解不能に陥った。
「で?何か分かったの?先に言っておくけど私にも分かる様に説明して…」
「開拓地に投入する資金をケチったせいで去年のデータより生産量が低下したって」
難しい単語どころか上半期などの一般的な単語も省いてフローラは簡潔に説明した。
それを聴いてなんとなく理解したミーナだったが、やる気は全て失われた。
「とりあえずわたくしの傍に居たいなら士官に関する知識は覚えた方がいいわよ」
「命令するだけじゃダメなの?」
「何も知らずに命令したら兵士が混乱するでしょ?だから最低限の知識は覚えておいて」
士官に必要な知識ですら2日間で覚えきれるわけがない。
非情な現実に不貞腐れたミーナの頭を優しく撫でたフローラは必死に最低限の事は覚えた。
そして王都に出発する際にライリーではなく別の馬に騎乗した。
「える……姉さま!!」
「どうしたのラナイ?何か忘れ物でもしたの?」
「ライリーが浮気しているって勘違いしているけど良いの?」
「逆に私が乗っていたら顔馴染みにバレるでしょ?」
未だに偽名が慣れないミーナは、フローラを「姉さま」と呼ぶ事にした。
それより、フローラの専用馬であるライリーが驚いていると親友に報告した。
それに対して納得できる返答があったが、馬からすれば理解できるはずもない。
「あだ!!」
クロルバ区から西に向かってヤルケル区に到着した際に休憩をした。
その際にライリーは「自分に乗れ」とフローラの腕を噛みついたが、彼女はそれを無視した。
そのせいで“彼女”は、唯一自分に優しくしてくれるミーナには温厚な対応を行なった。
「それをわたくしにやりなさいよ」
もちろん、フローラが抗議をしたのは言うまでもない。
エルティアナ女史に化けたフローラとラナイ女史に化けたミーナを護衛するのは3名の駐屯兵。
数少ないエルティアナの素顔を知る精鋭兵であり、これから必死に味方から誤魔化す役割がある。
2時間の休憩を挟んでヤルケル区から出発した一行は、王都ミットラスに到着する事となった。
「さて、お前たちは先に総統局本部と議事堂に向かってくれ」
「「「ハッ!!」」」
エルティアナの口調を使いこなすフローラは、先に伝令を向かわせた。
そして唯一残ったミーナを率いて繁華街から遠く離れた古びた民家に到着した。
「ここがどうかしたの?」
「活動するには資金が必要でしょ?」
フローラは王政から私財や資金の差し押さえを想定していた。
だからわざわざ各都市に少量ではあるが、財産や物資を隠していたのだ。
王都にも設置した理由は、エレンが証人尋問されるのを想定していたからだ。
それ自体は女型の巨人がストヘス区で大暴れしたせいでキャンセルになったが…。
「行くわよ」
「井戸なんだけど…」
ライリーと自分が乗って来た馬の距離を離してフローラは井戸に入った。
井戸底には、貯め水が他所に流れるパイプが設置されている。
他には周りの石壁に偽装された引き戸が設置されていた。
「こうして…と。よし、開いたわ」
迷わずフローラは凹みを握って右方向に引っ張ると入り口が開いた。
ちなみに左に引くと二度と開かなくなるトラップが仕掛けられている。
他にもトラップがあるので解除しているとミーナから疑問の声が聴こえた。
「なんでこんな地下空間があるの…」
王都ミットラスの地下には、広大な空間が広がっている。
それがいつ頃作られたのかは王政府が記録を消したので確認しようが無い。
ただ言える事は、幼少期のリヴァイが過ごした地下空間は最も巨大ではあるが、全てではない。
フローラが補給拠点にした地下空間の様に無数の空間が存在していた。
「どうやってここに物資を蓄えたの?」
「地下に張り巡らされた下水道工事のついでに設置したわ」
広大な面積を誇る王都の公共工事は、大量の物資が投入されても、誰も疑わない。
ましてや、地盤陥落の危険性がある工事は、王政ですら容易に手を出せない。
だからフローラは堂々と刃やガスボンベ、油や短剣、保存食を設置する事ができた。
「……うーん、やっぱり湿気でダメになったか。先に来て正解だったわね」
しかし、さすがに湿気で保存食にカビが生えて刃が錆始めていた。
仕方なくフローラは短剣と資金を回収し、奥にあった書物に火を放って証拠を隠滅した。
ついでにミーナには、今後に必要になりそうな印鑑と許可証をいくつか渡した。
「なんで焼いたの?」
「焼いたら誰も読む事ができなくなるからよ」
「秘密にしているのに焼く必要はあるのかと訊きたかったんだけど…」
「もうここは用済みになったけど、念の為に情報は消しておかないとまずいのよ」
対策にトラップを仕掛けたとはいえ油断できない。
浮浪者が水を飲もうとしてここに到達されたらかなり困る。
だから持ち出すつもりがない情報と物資は隠蔽する事した。
「さて、これで入り口は封鎖完了、階段を登って地上に出るわよ」
「なんでそっちから入らなかったの?」
「二度と使えない出口専用だからよ」
最近、親友からの質問が多くてフローラは本気で困った。
確かに良い事ではあるが、それをいちいち対応していると行動に支障が出てしまう。
出口付近にあったタオルで靴を拭いたフローラはさっさと地上に出た。
ミーナも出た事を確認し、扉を閉めると近くにあった土砂の山がゆっくりと崩れ始めた。
「これで誰も入れなくなったわ」
「いいのそれで?」
「逆にどうしろって言うのよ…」
今頃、伝令が総統局の本部に到着した頃合いだとフローラは判断。
ミーナの質問を上手く躱しながら総統局の本部に到着した。
頑丈な花崗岩によって覆われた豪華な建物は未だに何も変わっていない。
「お待ちしておりましたエルティアナ監査副長殿。つきましては…」
「お世辞は結構、現状を簡潔に報告しろ」
「ザックレー総統が執務室でお待ちです」
「そうか、結構」
見張りから簡潔に報告を受けたフローラは堂々と本部に足を踏み入れた。
ミーナは慌てて親友の背中を追って入室すると豪華なカーペットがお出迎えした。
「監査副長殿、御怪我はよろしいので?」
「だったら召集するなと閣下に提言しておけ」
「は、はい…」
傍に寄って来た総務部員を蹴散らしたフローラは迷う事も無く目的地に到着した。
実際にここに来るのは初めてだが、閣下の“声”を頼りにここまで来れた。
『はあ…勘違いとはいえ、ここまで怒りっぽい人だったのかしらね…』
一方、総統局の末端たちは、監査副長が怒っていると勘違いしている。
負傷して療養中だったのに無理やり召集されたら激怒するのも無理も無いと思ったのか。
ラナイを演じるミーナに任せて総統局の局員たちはどこかに去って行った。
「ラナイ、貴公には重要な使命を与える。私が退室するまで何人たりとも入室させるな」
「は、はい!!姉さま!!」
やっぱり強い口調になるとアニにそっくりなフローラの指示でミーナは待機した。
親友に見張りを任せたフローラは、ザックレー総統の執務室の扉をノックする。
「閣下、召集命令を受けて参りましたエルティアナです!入室の許可を願います」
「よろしい、入室を許可する」
「ハッ!失礼致します!」
入室許可を得たフローラが入室すると大きな窓を背にして総統が立っていた。
『よくもまあ、暗殺しやすい場所に執務室を置いたわね…』
真っ先にフローラが思ったのは、執務室の欠陥だった。
せっかく建物を強固にしているのに正面の門から見える大きな窓のせいで台無しである。
光を取り入れる意図があるとはいえ、これでは砲撃を喰らったらひとたまりも無いだろう。
「どうした?座りたまえ」
「失礼致します」
幸いにも負の感情を“声”として聴ける能力のおかげですぐに状況を理解した。
総統の勧めもあって着席をしたフローラは至高を巡らせる。
『うわ……やっぱり王政が動き出したのね…』
ザックレー総統と会話する前から王政府が動いたと分かった。
しかも、予想した通り、駐屯兵団が機能不全に陥って悩んでいるようである。
「エルティアナ、君も知っていると思うが、最近、中央憲兵の動向が可笑しいのだよ」
「元から奴らは得体が知れない存在でした。いつもの事では?」
その中央第一憲兵団の大半を掌握した時もあるフローラは、特に疑問は無い。
むしろ、エルティアナが発する言葉選びに苦労している状態だった。
「それが複数の商会が有する荷駄車と共に大量の物資を運んでいる様なのだ」
「あくまで私見ですが、統制が崩れた駐屯兵団に対し、何らかの作戦を実施するのでは?」
おそらくヒストリアの父親であるレイス辺境伯を守る為に行動しているのだろう。
駐屯兵団第一師団と第二師団の一部の部隊と中央憲兵はグルになっている。
それに円滑に動けるように前もってフローラは複数の商会に協力要請をしていた。
だからこの動きは想定内であった。
「ところが、ある日を境に彼らの動向が途切れた」
「なるほど、それは一大事でありますな。ただちに対処するべきだと存じ上げます」
これに対してフローラは首を傾げた。
明らかに自分が計画した作戦より他者にバレバレな動きをしていたのだ。
『もう少し訊き出してみましょう』とフローラは更なる情報を聴く事にした。
「それと同時にエレン・イェーガーの所在が行方不明となっておる」
「奴らがエレンを狙う為に部隊を動かしたのだと考えると筋が通ります」
これはフローラの想定内である。
真っ先にエレンを確保したい王政の動きくらいは予測していた。
そして調査兵団も王政に不信感を抱いているのでこの行動も理解できた。
「そして本日、ニック主任司祭がカラネス区にある調査兵団の兵舎で殺された」
「え?」
ニック司祭はフローラの数少ないウォール教徒の知り合いであった。
何かと食事を誘って雑談していた彼女は意味が分からなかった。
「調査兵団の兵舎に?」
「ああ、憲兵団が捜査していたのだが、中央憲兵の横やりが入ったと報告を受けた」
ようやくフローラは事態の重さに気付いた。
『さては、中央第一憲兵団が調査兵団を逆恨みしたわね!?』
フローラは中央第一憲兵団と仲良くなったが、かなり歪の関係となっている。
彼らはフローラの味方ではあるが、調査兵団やザックレー総統の味方では無かったのだ。
それどころか、敵対関係は継続しており、お互いの印象はかなり悪い状態だ。
そこに調査兵団の失策でフローラが戦死したとなれば、彼らの怒りは計り知れない。
『やば…』
よって調査兵団は各組織から袋叩きにされている現状に中央憲兵が敵に回ったという事。
すなわち、自分を無駄死にさせたと勘違いした彼らは復讐を果たそうとしていたと推測できる。
「やけに稚拙な作戦過ぎます。逆に裏があるのでは?」
「私もそう思ってな。独自に情報を整理したら面白い物に気付いた」
ただし、これでは民衆は騙せても総統局や智将までは隠し通せない。
既に王政の暗部に関与する部隊が居ない以上、逆に王政をひっくり返す作戦にも思える。
幸いにも総統が何か掴んだ様なのでフローラは、掴んだ情報を聴き逃さない様に耳を傾けた。
「フローラの私室にあった私物が全て憲兵によって回収されていたのだよ。殺人事件の当日にな」
「え?」
思いっきりズッコケそうになったフローラは必死に堪えた。
これはエルティアナ監査副長が私物を回収したからこうなっただけだ。
ザックレー総統はフローラが秘密を握ると推測したが、当の本人は全く無関係だった。
『暗号文でも出す?でもそれだと王政にも気付かれるわね…じゃあ、遺言書を渡すべきかしら…』
いっきに殺人事件の雲行きが怪しくなったフローラは中央憲兵に連絡を取ろうとした。
だが、活動場所が限られており、自分も監視対象なので、おいそれた事はできない。
「一応、エルヴィン団長と調査兵団全員に緊急召集をかけたが……おそらく上手くいくまい」
「えぇ、おそらく団長以外の兵士は身を隠すでしょうね」
ここまで露骨に介入されたら調査兵団は黙って王都に出頭する訳が無い。
ピクシス司令やザックレー総統にツテがある団長以外は姿を見せないとフローラは判断した。
「そこで君に訊きたいのだが、フローラから何か知らされているかね?」
ザックレー総統に質問に「知りませんわよ」とエルティアナに化けるフローラは返答したい。
ただ、ここで正体をバラすとレイス辺境伯の作戦に支障が出る。
自分が居なくなっても、ちゃんと行動を移せたレイス卿の覚悟をしっかりと受け取った彼女は…。
時が来るまで自分の正体を伏せる事にした。
「確かに彼女の兵器開発等に携わりましたが、閣下の求める答え次第で返答が変わります」
フローラが持つ特殊能力は、人の心を読めるものではない。
あくまで悲観的になった時に漏れる本音という結果のみ知る事ができる。
だからザックレー総統の求めたい返答が分からない彼女は、質問を明確にする必要があった。
「君には王政に関する情報が暗号として届いていたか?」
「えぇ、届いてますよ」
「では、話が早い。フローラからレイス辺境伯の行動内容を知らされたか?」
違和感に気付いたザックレーは、直属の部下に秘密が多いレイス辺境伯について尋ねて来た。
ここにきて究極の二択を選ばされる事となったフローラは本気で困った。
『どっちにしても…わたくしが損するじゃない…」
もし、頭を横に振れば状況を把握できないまま、レイス卿や王政相手に行動する事となる。
逆に頭を縦に振れば、負傷した状態で積極的に情報収集しなければならない。
しかも、明らかに遠回りになるので答えが出る頃には全てが終わっている。
少しだけ悩んだフローラは…。
「王政とレイス辺境伯は対立していると報告は受けましたが、詳細までは…」
「他には?」
「…その人柄で領民から支持されているとしか報告を受けていませんが…」
「やはりそうか」
ザックレー総統と同じ情報を知らせるという妥協をする羽目になった。
「エルティアナ、ここだけの話だが、レイス家こそが真の王家だと私は思っている」
「確かにお飾りの王は玉座に居座ってますが、根拠がありませんよ」
さすがに平民ながら長年、総統の座に座っているザックレーは格が違う。
独自に情報をまとめてレイス家が真の王家だと気付いたと知ってフローラは驚いた。
「ああ、フローラのおかげで気付いた」
「え?」
「あいつは、レイス卿の事だけきちんと報告していたから偽造だと見抜けたのだ」
「ええ?」
レイス卿の意向もあって、総統に真の王家がレイス家だとフローラは伝えていない。
なのに自分がきちんと報告していたという彼の言葉を聴いて混乱した。
「他の貴族や商会だと奴は情報を隠したのにレイス家の動向だけ真面目に報告していたのだよ」
「閣下、意味が分かりませんが…」
「分からんか?貴公と私が同じ情報を共有するのは、絶対にあり得ないのだ!」
フローラは各勢力と複雑な関係にあった。
そのせいで無意識にフローラは、人によって隠す情報を変えていた。
だから機密情報を接点がない人物同士と共有させなかった事にフローラ自身が気付いてなかった。
『え?…って事は、今のわたくしの返答が決め手だったの!?』
フローラは思わぬ墓穴を掘った。
迂闊な行動のせいでザックレー総統に真の王家を特定されてしまったのだ。
「閣下、お待ちください。情報が同じなのは正常の事です」
「わざわざ暗号文にした内容を共有する訳がないだろう。つまりそういう事だ」
こうして、あっさりとレイス家が真の王家だと特定されてしまった。
そのせいでフローラはザックレー総統の革命の手伝いをさせられる事が確定した。
「閣下の考えは理解できました。では、何故フローラの私室について…」
「ここだけの話、フローラが生きていて革命を起こすと思っている」
確かに王政府の最高幹部を脅したうえで枢機卿の誅殺計画は立てた。
だが、フローラ自身は王政府を打倒する気など毛頭なかった。
上層部を一掃すると再度に関係構築するのが面倒だったからだ。
「ならば私もやるべきではないかね?せっかく同志がやるのだから…」
「えぇ…」
この調子だと既に部隊の配備はできているようだ。
問題なのは、革命を起こすきっかけがない事である。
大義名分が無い以上、ザックレー総統やエルヴィン団長は王政を打倒できない。
「そこで君には―」
エルティアナが呼び出しを喰らったのは、大義名分を探す為であった。
ユトピア区防衛戦の前線責任者であれば、王政の幹部と交流する機会が多い。
そこで大義名分を探して欲しいと総統に告げられてしまった。
「まあ、無理なんですけどね…」
そもそも革命をする気は無かったフローラは勅令を無視した。
予想通り、エルヴィン団長のみ出頭し、調査兵団の構成員全員には賞金がかけられた。
トロスト区やカラネス区に捜査の手が及ぶが、入院している調査兵以外は発見できていない。
そして数日が過ぎた頃、とんでもない情報が飛び込んできた。
「え?リーブス会長とその手下が水死体で発見された?」
「はい、遺体の損傷は激しいものの部下の歯型と服装で特定されました」
一報を受けてフローラは、なんで中央憲兵がこんな事をしているのか分からなかった。
明らかに殺し方が稚拙すぎて別の作戦の陽動かと思ったほどだ。
「とにかくエルヴィン団長に事情聴取は…無駄か。総員、宮廷で臨戦状態で待機せよ」
「ハッ!」
王政の指示に見せかけてレイス卿の策略かと考えたがその一線も薄かった。
一応、味方ではあるが前まで監視してきた憲兵を信用するというのは難しい。
『デレトフ会長の仕業かしら?』
大臣と大総統は逆に動くとすぐに分かるので全ての商会を束ねる長がやったのだろう。
少なくとも敵対商会に手を出す理由も、表向きには中央憲兵が従う理由もある。
『よっぽど知り合いはエルヴィン団長を仕留めたいようね…』
前述の通り、王政と中央憲兵は調査兵団を滅ぼそうとしているのは一致している。
だからフローラと仲が良い会長を殺して更に味方を増やそうとしたのだろう。
フローラからすれば余計なお世話どころか、手紙が全く届いていないのに唖然とするが…。
『とりあえず、エルヴィン団長の策に賭けるしかないわね…』
査問委員会の聴衆として出席したフローラはエルヴィン団長の“声”を聴いた。
それによるとピクシス司令が王政を裏切るという手筈になっていた。
そこでフローラは、ピクシス司令とザックレー総統が面会する機会を作る事にした。
これにより総統が求めた【大義名分】とやらが得る事ができるからだ。
『上手くいったようね』
彼らが発する負の感情から王政府の最高幹部たちの行動を試すようだ。
もし、それが失敗したら自首して処刑される事となる。
もちろん、エルティアナに化けたフローラも例外では無い事を示す様に総統から釘を刺された。
「それでいいな?」
「問題ありません」
今頃、フローラが死んで嬉しがっている最高幹部たちは調子に乗っているだろう。
だから起死回生の一手を打とうとするエルヴィン団長と共犯者になったピクシス司令。
そしてその考えに乗ったザックレー総統の賭けは、十中八九成功できると断言できる。
『でも、何かが可笑しいのよね…』
フローラは生前に託したという建前で遺書を知り合いに配布しまくった。
もし、それを受け取って内容を確認していれば、こっちに返答が来るはずだった。
だが、未だに1通も届かないばかりか、駐屯兵団の各師団の動きが更に可笑しくなっていた。
『まさか、わたくしの敵討ちをしたくて皆様が動いているなんてワケありませんよね?』
ここでフローラが正体を明かしていれば、内戦を避けられる最後の機会であった。
だが、ザックレー総統の副官として総統局の本部で行動を縛られた彼女は失態を犯した。
『そんなわけないか。だって全会一致でわたくしの存在を消したんですもの』
訓練兵団や調査兵団で活動していた時、フローラは皆からぞんざいな対応をされた。
性別フローラやら頭進撃娘とか、調査兵団の歴史上一番の問題児と呼ばれた。
それが調査兵団はおろか、各兵団と総統局、中央憲兵、王政にも共通認識されていた。
そして自分の存在をあっさりと消されたせいでフローラは生存を示すのをやめた。
『わたくしが居ない世界を望んだのは、わたくし自身。だからこれでいいのよ』
王政や各兵団、総統局がフローラの存在を抹消したのなら再び現世に出て来る必要はない。
『さて、次の会議に行かなきゃ……わたくしは…いえ、私はエルティアナだからな!』
そう考えたフローラは、エルティアナ監査副長として活動を続けてしまったのだ。
ボロが出ない様にこの頃から入れ替わった彼女の精神のように思考を固定した。
これによって調査兵団は駐屯兵団と殺し合う未来になってしまった。
「え?」
偶然、手に取った新聞に調査兵団による虐殺事件が発生したと書いてあった。
しかも駐屯兵団第一師団精鋭部隊が調査兵団とランベルツ旧市街で交戦したというのだ。
こうならない様に先手を打っていたが、あくまで拠点にしか送っていない。
既に動き出した部隊には手紙が届かず、最悪の事態を招いてしまった。
『しかも、ここの拠点は調査兵団に教えていない!!なのに何で知ってる!?』
調査兵団とエレンを守る為に活動していたフローラは、矛盾を抱えていた。
先に接触して真相を教えてくれたレイス辺境伯に口止めをされたのだ。
そのせいで真っ先に守りたい存在には、一切情報を知らせていなかった。
なのに補給拠点に辿り着いている事にフローラは疑問に思った。
「あっ…」
ニック司祭に続いてリーブス会長らしき水死体という点と点同士が繋がった。
「もしかしてニック司祭、早まって行動した?」
ニック司祭が調査兵団に危険を知らせてリーブス会長と接触。
そこから補給拠点を訊き出して向かったら自身の協力者に動きがバレてしまった。
そして調査兵団を嵌める為にフローラに協力してくれる部隊をぶつけたと理解した。
『そういえば、キッツ隊長は調査兵団の動向に不信感があった。でもまさか…』
キッツ隊長から駐屯兵団の精鋭部隊にお誘いされるほど彼から高評価された。
逆説的に言えば貴重な調査兵団の主力を早急に引き抜きたいという事でもあった。
『これって自分のせいか!?』
自分が行なった行為が全て裏目に出て内戦が発生してしまった。
それをようやくフローラは理解してしまった。
すぐ傍には親友の感情を察して黙り込んでいるミーナも居た。
『そんな…』
自分のせいで味方と味方同士が殺し合った現実にフローラは…。
「まあ、起こってしまったのならしょうがないか」
「え?」
あっさりと開き直って次の行動をする事にした。
さすがに気持ちの切り替えが早過ぎてミーナは思わず質問をする。
「反応おかしくない?気でも狂った?」
「ラナイ、何を言っているんだ。悲劇を繰り返さない方が重要だ。そうだろう?」
もうじき玉座の間でエルヴィン団長の裁判が始まる。
そして分かり切った結末を変える為に若き女参謀が玉座の間に向かっている。
ここで嘆いている暇が無いとエルティアナは、副官に指示を出す。
「兵を掻き集めておけ。私はザックレー総統と合流する」
「え?あ?うん、姉さま、分かりました」
さっそくラナイに化けるミーナと別れたフローラはザックレー総統と合流した。
「来ると思うか?」
「来なくても行く予定では?」
「全くエルティアナは相変わらず鋭いな…」
ザックレー総統は目の前の部下がフローラだと気付かなかった。
あまりにも堂々と発言しているので身長が伸びた事も気にしなかった。
「閣下、王政の判断は黒です!!」
「なるほど、堂々と入室できるな」
ピクシス司令付き女参謀のアンカ・ラインベルガーによって賭けが勝利したと判明した。
ザックレーがエルティアナに目配せすると彼女は指で兵士たちに指示を下した。
「ラナイ」
「はい」
「貴公はその場で待機せよ。指示があるまで動くな」
「了解です」
エルティアナに化けるフローラは、ミーナと数名の兵士に待機指示を出した。
『何人か潜伏しているな…』
玉座の間の内部と開かれた扉のすぐ傍にある壁から何やら“声”が聴こえた。
伏兵だとすぐに分かったので挟撃する為にあえて彼女を残したのだ。
残念ながらフローラは部隊の定位置から動けないので隠し扉を触れる事ができなかった。
それが大失態に繋がるとすぐに知る事となる。
「私も加勢しよう」
開きっぱなしの扉から玉座の間にザックレー総統とその配下が進軍した。
ウォール・シーナの門の対応でもめている兵士や士官、そして幹部たちは驚愕した。
「彼らの返事は意外じゃったかの?」
「いいや?ちっとも」
答えが分かり切っていたピクシス司令の問いにザックレーもこの展開は予想した。
呆然とする聴衆や王政を司る4名の最高幹部たちは武装した兵士の一団に驚いたままだった。
しかし、フローラも別の意味で驚いた。
『え?アイリス?グリューン?玉座のすぐ傍のカーテンに身を隠して何をしている?』
いざ、知り合いと再会しようとしたら、別の知り合いが見つかった。
自分の為に協力してくれると言ってくれた中央憲兵たちがカーテンに潜んでいたのだ。
彼らにはフローラも協力して短剣型立体機動装置や対人立体機動装置を提供していた。
『なんでそんなにエルヴィン団長を憎んでる!?そこまで私を想っていたのか!?』
案の定、中央憲兵が失望した王政に仕えた理由は、エルヴィン団長の抹殺の為であった。
だが、フローラは自分を過小評価していたせいで何でそうなっているのか分からない。
王政の幹部とピクシス司令やザックレー総統の会話が繰り広げている中でフローラは焦った。
『え?これって…』
負の感情を“声”として聴いたせいでフローラは行動に移れなかった。
『レイス卿、これは一体どういう意図で仕組んだ?そんなに総統が嫌いだったか?』
どうやらレイス辺境伯が差し向けたようで、これは彼なりの作戦だと考えてしまった。
だから悲劇が起こるのを防げなかった。
「正気か貴様ら!?我々に盾突いてただで済むと思うなよ!?」
「まだご理解しておらぬようですな。これは脅しではない。クーデタじゃ!」
アウリール大臣の怒声に眉1つ動かさずにピクシス司令は返答をした。
そして致命的な引き金を引く事となる人物が到着した。
「玉座の間以外の中央憲兵の制圧を完了いたしました」
同じくピクシス司令の副官にして参謀であるグスタフが現状報告した。
そのせいでエルヴィン団長を憎む中央憲兵が動き出した。
「そうか、それが貴様らの答えだな…!」
アルフォンス・ゲラルド大総統は、敵の敵は味方言わんばかりに号令を下す事にした。
壇上にある玉座に追い詰められた故に彼の言葉には正当性が出てしまった。
「反逆者共を抹殺しろ!!」
「しまった!」
ここでフローラは後悔したがもう遅い。
ブリッツメッサーを構えてグリューンとアイリスが赤いカーテンから飛び出してきた。
すぐにフローラが信煙弾を込めた専用銃を出した時には、後方から部隊が展開していた。
「閣下!!」
「うおっ!?」
咄嗟に総統に足払いしたフローラは床に伏せて信煙弾を発射した。
それと同時に8つの銃口から散弾が放たれて後方に居た兵士たちに命中した。
鎧の巨人の装甲を破壊する為に作られた散弾は、あっさりと人体を粉砕し、肉片をばら撒く。
思いっきり返り血を浴びたフローラは、すぐに正体を明かさなかった事を後悔した。
「最悪……」
フローラを慕う中央憲兵がフローラを無駄死にさせたとエルヴィン団長を憎んだ。
だが、ザックレー総統とピクシス司令の一手で彼が助かろうとしている。
あれだけフローラに世話になったのに簡単に見捨てた彼が助かるのに納得できる訳がない。
『フローラを死なせたこいつらを許すな!!』
『エルヴィン!!お前だけは!!お前だけは許さない!!』
短剣型立体装置を身に着けた男女は、煙幕が発生したのを確認した。
「死ねクズ共が!!」
「恩知らず!!死んでフローラに償え!!」
「ぐぎゃああああ!!」
そして煙から逃れて玉座に向かって逃げて来た負傷兵を次々と襲い出した。
同じく鎧の巨人の装甲を切り裂く為に作られた刃は名も知らぬ駐屯兵の首を裂く。
その悲鳴を聞いたフローラは黒色の煙に紛れて短剣を握り締めた。
『そう、それが答えなのね…』
その場にフローラが居ると気付かずに知り合いが大量に殺人してしまった。
これでは正体を明かしたところで収拾がつかないのは目に見えている。
『じゃあ、殺しましょう』
彼らとは短い付き合いだったが、一緒に楽しめた時間はきっと忘れない。
だからフローラは自分を慕ってくれた6名の中央憲兵を殺す事にした。
フローラは大切な物を捨てられたが、それは人でなしである証拠でもあったのだ。
記憶が全て戻った女悪魔は、敵対すれば戦友や親友であっても殺せるほど覚醒してしまったのだ。