進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
この世界には、3つの軍事組織がある。
壁の防衛及び強化の業務を遂行し、いざとなれば戦闘要員になる駐屯兵団。
犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑んで情報収集及び巨人研究をする調査兵団。
フリッツ王の元に民を統制し、壁の秩序を維持する憲兵団。
『ふむ、やはり妙だな』
その3つの兵団の軍事力を統括、統べるのが総統局という機関だ。
そして総統局のトップであるダリス・ザックレー総統は、監査部のNo.2だった女を召集した。
だが、彼女と再会して思った事がある。
「そういう訳で君には新たな兵団を設立してもらう事になった」
「……はっ?今なんと仰られました?」
更なる兵団の創設を告げるとエルティアナ監査副長は、驚いた素振りをして聞き返してきた。
しかし、明らかに分かっているのに驚いたフリをする真似をする彼女に違和感がある。
ここまでわざとらしく驚くほどの素振りなど彼女は見せなかったはずだ。
「我々は、民衆の要望により壁外勢力に対抗しなければならない」
「間違いありません」
「だから壁外勢力に対抗する兵団を新たに設立する事となった」
各兵団の上に立つ総統局には、5つの部署が存在する。
監査部、法務部、総務部、経理部、広報部には、それぞれ部長を頂点とし副長が補佐をしている。
各部長をまとめるのは、副総統と総統、そして貴族にしか就けない大総統という役職である。
エルティアナは、監査部の部長に次ぐ階級にして憲兵団の旅団長という役職に就いている。
いや、就いていた。
「閣下、お言葉ですが我々には、そのような余力など無いではありませんか」
「その通りだ」
各兵団を監査する監査部は、王政やその配下である中央第一憲兵団と癒着している。
監査部の部長が王政の息が掛かった狗である以上、エルティアナが実働部隊でトップだった。
だから壁社会の状況を誰よりも理解している故に彼女の発言に説得力があった。
「私も提言はしたのだが、貴族派閥を納得させるのはこれしか方法が無かったのだ」
「…つまり私は、その貴族派閥の隠れ蓑になれと?」
「そうだ、君くらいしか彼らを利用できないからな」
ただし、エルティアナはここまで頭が回る方では無かった。
むしろ、後手で回ったのを対処し、後始末するのが彼女の仕事であった。
「よろしいのですか?この私が兵団政権を打倒できる力を持っても?」
「むしろ、君以外にそんな力を持たれても困る」
物分かりが良すぎて目の前の女が別人では無いかとザックレーは疑う。
声も仕草も同じのはずなのにどこかが可笑しい気がする。
この後、軽口を叩いて様子を見てみたが、特に変わった様子が無い。
「分かりました。その大任を引き受けましょう」
「頼む」
「その代わりに要求を3つさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
絶対に何か裏があるな…と思ったらエルティアナ本人から条件が出された。
ここで否定しても、彼女には4個目の兵団を創設してもらわないと困る。
「後で問題になるより良いだろう、可能な限りだが承認しよう」
あくまで『可能な限り』と牽制しつつも、ザックレーは要求を受け入れる事にした。
「兵団を設立するに当たって必要な人材を駐屯兵団から引き抜かせてもらいます」
最初の要求は、駐屯兵団から必要な人材を引き抜くというものだ。
さすがに兵団の組織に詳しい彼女でも、1から組織を創設するのは骨が折れる。
そこでザックレーは最適な人材を選出した。
「駐屯兵団第一師団所属、グスタフ・ハッセルバッハはどうかね?彼なら兵站関連の心得がある」
「なるほど、彼なら遠征関連には必要な人材ですね。心遣い感謝いたします」
兵団の活動は、基本的に壁内世界で完結する。
つまり、寝泊りする場所も食事も決められた場所でしか行わない。
だが、これから壁外に侵攻する兵団の創設には、兵站関連の専門家が必要だ。
ピクシス司令の副官にして参謀のグスタフを彼女の配下にする事にした。
「では、2つ目のお願いですが、中央第一憲兵団の指揮権を私めに委譲して頂きたいのです」
次に要求してきたのは、王政の狗であった中央第一憲兵団の指揮系統の移譲である。
現在、生き残った中央憲兵は例外なく刑務所で服役をしている。
彼らを要求する理由は2つだとザックレーは考えた。
『なるほど、我々に不満を持つ貴族や商人の目を誤魔化す気か』
エルティアナ女史は、監査副長を近日中に公式で辞任し、新設する兵団の長となる。
各兵団を監査する上級将校から各兵団と同格の長に左遷させられたのは明白である。
これより兵団政権に不満が持つ存在が左遷させられた彼女に接触を図るのは、間違いない。
しかも、旧政権派の中央憲兵が彼女の配下に居るならば、更に都合が良いと考えるだろう。
「まともに運用できる組織がそれしか残っておりませんので…」
ただ、エルティアナが放った一言が本音であろう。
組織を創設したところで実働できるレベルまで部隊を育成するのは難しい。
他所の兵団の兵士を無理やり徴用しても、壁外で活動する者など限られるのだから。
故に中央第一憲兵団という完成した組織を取り込む事で大幅に育成を簡略化させるつもりだろう。
「悩ましい問題だな、我々は彼らに怯えて暮らす毎日を送らねばならん」
「巨人と人間、どちらが恐ろしいか賢明なる閣下ならご存じのはずです」
やる気がある調査兵団の新兵ですら1ヶ月以上かけて育成し、壁外任務を遂行するのだ。
長年における王政の教育や習慣のせいで壁の外に行こうと思う者は少ない。
実際、調査兵団の死傷者の数を見れば誰もが尻込むだろう。
「当然、人間だ。だから判断に困るのだ」
「ならば尚更、
【
壁外任務で旧政権の狗の数を減らしてもらおうと考えている兵団政権。
悪行が暴かれて無期懲役になったが、汚名返上できる機会を与えられる中央憲兵。
そして中央憲兵を利用して再び表舞台に立とうとする貴族共だ。
「君は彼らを制御できるのか?
しかし、いくら何でもエルティアナですら中央憲兵たちを指揮できる訳がない。
いや、
「私は3つの兵団の長と交流があるのですよ?民間人ならともかく彼らなら指揮できます」
もしかしたら王政の高官を脅していたフローラがエルティアナの配下に居ると思った。
しかし、彼女の返答からすると違うようだ。
当てが外れたザックレーは、兵団政権の高官を集めて囚人の徴兵について協議するつもりだ。
「……そうか、ならば君に任せよう」
「ありがとうございます」
自分の一存では中央第一憲兵団を徴用するのは難しいが、無理やりでも採決するしかない。
もはや、兵団の中で組織がまともに残っているのは、中央第一憲兵団しかないのだから。
苦渋の決断をし、返答をした総統の発言にエルティアナは感謝の言葉を述べた。
「最後に閣下、一体いつから―」
ただ、ザックレーはこの要求が終わったら訊きたい事があった。
「私がエルティアナではないと気付かれましたか?」
だが、先に
これには、長年に渡って狡賢い狐や虎視眈々と席を狙う狸を相手にしてきたザックレーも驚いた。
しかし、せっかく訊いて来たのだから答えるべきだと考えて口を開いた。
「まずは、身長だな。私より少しだけ背が高かったはずだが、いつそこまで伸びたのだ?」
いくら外套と包帯でエルティアナと振舞っていても身長だけは誤魔化せなかった。
ダリス・ザックレーの身長は165cm、エルティアナ・ヴェルダンディは172cmほどだった。
目の前に立つ女は、明らかに身長が180cm以上はある。
何度も違和感があったが、頭の位置が違うという事実に彼であっても、中々辿り着かなかった。
それほど巧妙に偽装するなどまず不可能に近いからこそ誰もが本物だと思ってしまう。
「ふふふ、さすがに無理がありましたか」
「それに瞳の色も黄緑ではなく青色が混じった翠眼であった」
人類の技術力では、瞳の色を変える技術も道具も存在しない。
「外套のフードも脱いでもよろしいでしょうか?」
「構わん」
顔面に巻かれた包帯のせいでエルティアナの素顔を知っている者は少ない。
それと同時に緑色の外套のフードの下に隠された傷痕を知る者も少なかった。
「……ふむ」
エルティアナに変装していた女がフードを外すと赤髪ではなく栗色の髪が披露された。
「合点がいったよ。確かにフローラなら中央第一憲兵団を指揮できるな」
「さすが閣下、髪と瞳の色だけで見抜くとはさすがですわ」
栗色の髪に黄緑色の瞳、そして高身長から導き出せる女など1人しか居ない。
自分に情報を送ってくれたフローラ・エリクシアを忘れる事などできなかった。
「本物はどうした?」
「クロルバ区の病院で療養中ですが、脊髄を損傷して右腕と下半身が動きませんわ」
つまり、本物の彼女の代わりにフローラがエルティアナを演じていたという訳だ。
あまりにも堂々と振舞っていたせいで誰も気づかなかった。
何度も顔を合わせたザックレーですら違和感に気付いても、今さっきまで別人と確信がなかった。
「玉座の間に出現した刺客は、君の配下か?」
「厳密にお伝えしますと、レイス卿に
フローラが中央第一憲兵団の者と仲良くしていたのはザックレーも知っていた。
だが、本気で自分を慕っていた知り合いをぶっ殺すとは思わなかった。
「道理で刺客の兵器を全て把握していたのだな?」
「えぇ、王政の刺客と巨人の両方を対応できる様にわたくしが仕組んでおきましたから」
王政の権力の象徴であった玉座の間で新兵器のお披露目会が開催された。
床に伏せたザックレーも少ししか見てなかったが、明らかにエルティアナの動きが可笑し過ぎた。
まるで敵の動きを把握している様にあっさりと刺客を皆殺しにしたのは記憶に新しい。
「ハンドリック師団長があっさりと引き下がったのも君の仕業か?」
「はい、正義感溢れる彼は暴走しがちなので少しだけ提言をさせて頂きましたわ」
兵団政権の頂点に君臨するザックレー総統は、想像以上にフローラが暗躍していたと知った。
上級貴族の御婦人からはフローラらしき人物の名が出て来るどころか、誰もが存在を知っていた。
しかも、それを知ったのはフローラに関する情報を抹消した後であった。
「どれだけの秘密を隠し通したのか私に報告してくれないか?」
「…そうですね、もうレイス卿に顔を立てる必要もありませんので報告致します」
フローラは語る。
最初にロッド・レイス辺境伯がカラネス区の巨人討伐ショーの後に接触してきた事を…。
その際に色々と制約を課された代わりに王政府の暗部を教えてもらった事。
偽者の王を操る王政の上級貴族たちを裏で操っているとされたレイス家の実情は悲惨だった。
実際は、王政の奴隷として【力】を継いでいた事、レイス卿が王政に見切りをつけた事を話した。
「他にもあるだろう?玉座の間で披露した兵器群の事とか」
だが、それはあくまでレイス辺境伯本人の問題であった。
フローラの何が問題かというと王政を揺るがす新兵器や秘密兵器をどの勢力にも隠し通した事だ。
対人立体機動装置を筆頭に連射できる銃器、毒ガスなどの明らかに巨人に必要ない兵器群。
おそらくフローラ当人ですら把握しきれていないのではとザックレーは予想してしまう。
「大半の商会や開拓地の人々は、自分たちが兵器を開発していた自覚などありません」
「だろうな、もしも違和感があったら誰かが通報するからな」
「それこそエルティアナ監査副長にバレて大目玉を喰らったでしょうね」
フローラは、意味不明な部品を作らせる仕事を商会に紹介した。
単体では機能せず、完成品が一切不明な道具には誰もが不審に思った。
「ですが、あくまで達成できる目的と見返りがあるというのは大きいものです」
だが、森を切り開いて大地を開拓する計画が無謀だったのを踏まえれば、誰もが納得した。
結果の数値に拘ってあり得ない成果を求めるよりは、生産者から見てもありがたいものだ。
特に目的を達成させる為に化粧道具やお酒を前貸しにして士気を向上させたのも大きい。
そしてこっそりと賭博できる様に花札やサイコロなども提供し、民衆の射幸心を煽った。
「待て!?賭博まで仕切っていたのか!?」
「合法ではありませんでしたので…あくまで破産しない程度の【遊び】に抑えました」
老若男女の命は平等と言えない。
例えばウォール・マリアから逃れて来た避難民を選別し、若い男女と子供以外を徴用した。
養えないという理由でウォール・マリアを奪還する建前で人類の2割を無駄死にさせたのだ。
だから老齢でも現役な兵士や商人、上流階級以外は、碌な扱いを受ける事ができなかった。
「何故、そんな事を?」
「人生が詰んでいる壮年や病人に好機を与えるには賭博くらいしかありませんから…」
訓練兵団に入団できる応募資格は、健康で12歳以上、18歳未満の男女と定められている。
それ以降だと肉体の成長が収まってしまう為、18歳になった男女は訓練兵になれない。
貧しくて読み書きや計算を教える寺子屋に通えなかった者は、18歳を迎えると詰んでしまう。
そうなると、他者から搾取されるだけの人生を歩む事しかできずに逆転の好機すらないのだ。
「成果は?」
「こちらの大損ですが、おかげで開発していた兵器を誤魔化せました」
人生が詰んでいて強盗するなど他者から奪う事しか生きられない者たちがこの世に居る。
力が無ければ、幼少期のリヴァイの苦境のように飢えで苦しんで死ぬ未来しか残されていない。
しかし、正当防衛ならともかく奪う為に力を行使すれば報いを受ける可能性が高いのも事実だ。
「まあ、儲け過ぎると敵が多くなるので散財する必要はありましたけどね」
そういう人間にフローラは賭博を利用して彼らにも救いを受けられる機会を与えた。
もちろん、大半の賭博師は損したが、あくまで前貸した酒や玩具、化粧道具が奪われるだけだ。
提供した物資が戻って来ないのを織り込み済みの商会は当然の様にフローラに代金を請求した。
よって一連の賭博では、元凶であるフローラぐらいしか大損をしていなかった。
『強盗しなくても飯が喰えるのはありがたい…』
『王政や憲兵団の定めたノルマと比べれば楽なもんだ』
『とりあえず、次回の契約を更新する為に遅れている奴の手伝いをしなければ…』
後が無い者たちは、フローラから提供された物資を使って食料や燃料を買った。
あくまで提供された物資は、指定された目標を達成すれば返却が求められなかったからだ。
それどころか、利子すら無いので朝から晩まで働いて余興で賭博をして富を築く者も存在する。
その代償として班ごとに連帯責任が課せられた為、誰もが目的を達成しようと尽力する。
だからその生活が破綻しない様に彼らは、何を作らされているのか疑問に持つ事は無かった。
「最近、賭博が流行っていると風の噂で聞くが…元締めは君なのか?」
「まさか、さすがにわたくしでも面識が無い債務者まで管理しきれませんよ」
これにより、開拓地やスラム街でもフローラが考案した賭博が流行る事となった。
あくまで【遊び】という建前だし、取り締まる憲兵や役人はノルマ以外に考えていない。
マルロの様に真面目な憲兵でも、物々交換を取り締まるのは骨が折れるどころか利点すらない。
むしろ、そのおかげで生産効率が上がっているのだから逆効果になるのは明白だった。
『わたくしだけ大赤字じゃない!!というか、死後も勝手に資産運用しないでよ!!』
ただ、フローラは予想していなかった事態に直面した。
まずは、賭博産業が想像以上に肥大化してしまった事。
なによりフローラが死んだと知った多くの商会は、彼女が残した資金を勝手に使い出した。
つまり、フローラの遺産が枯渇するまで従来通りに契約が続行し続ける事になった。
それを知らず、複数の口座を確認したフローラは、投資用の貯金が勝手に溶けていて泣いた。
「まあ、元締め全員と知り合いなので物理的に潰す事も可能ですけどね」
「……したのか?」
「えぇ、王都の地下街で調子に乗る23人をこの手で始末してきましたわ」
なお、大体の元締めと顔馴染みのフローラは、一定以上の規模と過激な賭博は禁止している。
先日、後が無い債務者を使った人身売買で儲けようとした元締め一派をフローラは皆殺しにした。
あくまでも、賭博は元手が無い者に好機を与えるのであって破産を目的にしたものではない。
だから破産が必ず確定する賭博で女性を強制的に風俗送りにした元締めに対して容赦しなかった。
フローラが殺人に手を染めていると知っているザックレーですらこの情報に気付けなかった。
それほど巧妙に隠されているからこそフローラは厄介なのだ。
『まだなんか隠しているな
フローラ・エリクシアという女は、結果しか見えないが、裏ではとんでもない事をしている。
賭博事業ですら建前でその裏でやっていた兵器開発すらおまけに過ぎないとザックレーは見抜く。
「
ザックレー総統の質問に対してフローラは一瞬だけ目を逸らした。
つまり、殺される方がマシな処遇をやっていたという証明となった。
「さすがに人体実験は庇いきれないぞ……」
「強姦と殺人を兼任した者しかやってませんわ」
「『やった』のが問題なのだよ」
王政府や各兵団上層部、商会や貴族が珍しく全会一致でフローラの情報を闇に葬ったのは…。
彼女の情報を掘り起こすほどヤバい物が発掘されるので埋め立てて隠蔽するしかなかったのだ。
「話が変わりますが、カラネス区の特殊部隊が毒を散布する手筈だった事をご存じですよね?」
「ああ、君やカラネス区の部隊が提出した書類を見た時、呆然としたよ」
「人体実験で試して効果があったのでカラネス区の駐屯兵団に毒を提供したのですよ」
そもそも、何でカラネス区に大量殺人ができる毒が保管されていたか。
それは、人体実験で効果を確認したフローラが知り合いに毒を提供していたからだ。
さすがに彼女も玉座の間における戦闘で後悔し、慌てて各地から毒や危険な兵器を全て回収した。
「……呆れてものが言えない」
どうせ彼女の事だから鎧の巨人を絶対にぶっ殺す為にやったのは疑いようがない。
ただ、過剰な兵器群は所持していた者たちを誘惑し、結果として大惨事となった。
「そもそも回収できたのか?」
「旅団長クラスと直属の配下にしか教えておりませんので回収はできましたわ」
下手すれば、食卓に出される料理に毒が混入する可能性があったのだ。
巨人の脅威のおかげで毒殺という手段自体を誰も思いつかなかった。
ただ、商売敵に毒殺されかけた際にその手段を学習したフローラはとんでもない爆弾を撒いた。
巨人に通用しなかったおかげで歴史の闇に埋もれた【毒殺という手段】を人類に思い出せたのだ。
「それすら副産物であって本命は別にあるな?」
「はい」
それすら本命ではなく別の意図があってフローラは他者に毒を渡しているから困る。
なんで【鎧の巨人を討伐を目的とする女】がここまでやらかせるのか理解できない。
60年以上生きて来たザックレーですら、これほど暴れ回った女は見たことが無かった。
「身体能力を強化する薬物を開発する際に発生した副産物で数々の毒を産み出しました」
フローラは、既存する兵器群の強化に限界があると実感した、
だから肉体そのものを強化しようと強化剤を産み出そうとしたが、上手く行かなかった。
そのせいで彼女は、未だにドーピングをキノコに頼ってしまいユトピア区の壁外でやらかした。
そういった薬物や製品を試作する上で作られた毒を見極めて必要とする者に提供したのだ。
「ああ、分かった。確かに君なら中央第一憲兵団を指揮できるな」
ここまでやらかしておいてフローラを信じる者は多い。
むしろ、裏事情を知っても賛同する者は多い。
特に玉座の間で奇襲してきた中央憲兵たちは、絶対にこの事を知っていない訳が無い。
彼らが装備していた新兵器は、フローラが主導した計画で数少ない成功例であるのは明白だった。
「それと君の研究に興味がある。私も仲間に入れてくれないか?」
「…え!?」
フローラの暗躍は、誰もが頭を悩ます問題だったが、ザックレーとしてはどうでも良かった。
それより自分が歩んだ人生の集大成を芸術として披露する事が大切であった。
『意味が分からないわ……』
まだまだヤベェ事を隠しているフローラは、ザックレー総統の発言に困惑した。
中央憲兵が押収した空飛ぶ物体を複製し、1000mの上空から自動的に爆弾や毒を撒く兵器とか!
大砲の改良が禁止されたので大量のクラスター爆弾を飛ばす
前者も後者も風に影響されるせいで完成させたもののユトピア区防衛戦には投入しなかった。
その事について問われると思ったフローラは、総統の考えが理解できなかった。
「そうそう、君と約束していた事を思い出したのだが、ちゃんと君は覚えているかね?」
「…『芸術作品が完成したら真っ先に自分に見せて感想を聴きたい』って事ですよね?」
「そうだとも!ついに私の芸術作品が完成したのだが、まだ誰にも見せてないのだよ!」
「はぁ…?自分が死んだにも関わらず約束を守っていらっしゃったのですか?」
更にヤバい物を解体しているのをフローラは黙る事にして総統の意見に賛同するフリをする。
さすがに【アレ】は、兵団政権が文字通りに崩れ落ちるので急いで解体していたのだ。
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ザックレー総統に正体がバレたフローラは、その時点の彼に黙っていた事がある。
そのまま墓まで持って行くつもりだったが、調査兵団の方々が「全部を白状しろ」と命じた。
わざわざウォール・マリアまでやって来た集団の行動を無視できないフローラは彼らを見る。
『まだバレていないようね』
ハンジ元分隊長やリヴァイ兵士長、104期兵の表情から【アレ】がバレていないと分かった。
「では、わたくしが一番まずいと思っていた計画を述べますわ」
新兵器とか毒とか人体実験が大した事では無いほどのヤバい事をフローラは隠していた。
だが、ここで自分の隠した秘密を知りたがっている集団に白状する事にした。
「あくまで最終手段でしたが、わたくしは、王都の住民を皆殺しにする“
「「「「え?」」」」」
当時、思い出したくない過去の記憶が戻りつつあったフローラは精神が不安定であった。
そして乗馬中に就寝をしていた影響か、寝不足のせいで彼女はいつも悲観的な感情を抱いていた。
『できる限りの事はしましたけど、本当にこれで大丈夫かしら?』
鎧の巨人を討伐したら自決しかねない精神状態だったフローラは、自分の死んだ後を考えていた。
駐屯兵団第一師団精鋭部隊はエレンの味方だし、中央憲兵も駐屯兵団第二師団も味方である。
それでも自分の亡き後にエレンやヒストリア、レイス卿を守る勢力が負けると想定してしまった。
『そうね、【この世には絶対は無い】なら手を打っておくべきね』
以前、エルティアナを演じたフローラがミーナと共に王都に寄った際に補給拠点に向かった。
玉座の間での戦闘で使用した短剣や隠していた資金を回収する為にと回想話を調査兵団にした。
だが、それはあくまで結果であり、その経緯は更に複雑である。
「わたくしが公共工事を利用して王政に内緒で補給拠点を作った事はご説明しましたわよね?」
王政を出し抜いて補給拠点が作れたのは、工事のついでに大量の物資を移動させたからだ。
わざわざ専門の業者が梱包を解いて物資を確認する訳がないのであっさりと移動できたのだ。
ここで問題なのは、公共工事にフローラが資金力と人脈で口を出せたという点だ。
「それに王都の補給拠点は井戸の底にあったとも伝えました」
そして王都にある井戸の底にフローラがこっそり作った補給拠点の入り口があった。
そう、王都の地下には巨大な地下空間がいくつも広がっているのに地下に拠点が作れたのだ。
地下空間と上下水道を熟知していなければ成立しない拠点を作れたという事実が問題だった。
「つまり、わたくしは王都に存在する上下水道を含む地下のインフラを握っていたのですわ」
田舎の街の規模なら多数の井戸で住民は生活できるが、2万人以上暮らす王都では水が不足する。
だから網の様に上下水道が整備されており、一応だが地下街にも飲料水が出るようになっている。
ここまでヒントが出されたリヴァイとハンジは気付いてしまった。
「まさかお前…!王都の地盤を崩落させる気だったのか!?」
「さすがリヴァイ兵士長、お察しがよろしいようで…」
地下街の出身故に何が起こるか察したリヴァイ兵士長に感心したフローラは語る。
広大な街が広がる王都の地下には、巨大な地下空間が存在する。
その地盤を支えている大きな柱をいくつか起爆すると同時に地下水を一斉に流す。
そうすれば、あっさりと地盤沈下し、王都は地下に呑まれるという大惨事を引き起こす。
「優雅を極める人間は、建物や財産の高さを競うものですわ。例え薄氷の上だとしても…」
フローラとしては、自分の邪魔をしなければ王政幹部を脅すくらいで危害は加えなかった。
だが、自分が死んだ後に王政があっさりとレイス卿を守る兵力を撃退する可能性がある。
そうなっても、指示する事しか能が無い最高幹部たちは王都に留まっているのは間違いない。
それに目を付けたフローラは、王都の住民ごと王政府に消えてもらう選択肢も残した。
「だからわたくしは、王都に居住する2万人を犠牲にして王都を地に沈める計画を立てました」
既にいくつか作った補給拠点は、大量の水を蓄えた場所か、下水処理施設の付近にあった。
フローラが用済みの補給拠点を土砂で埋めたのは、そこに水が流れない様にしたからだ。
裏を返せば、無理やり作った拠点に水が流れるとあっという間に水流が地下街に到達するのだ。
「でも、地盤沈下だけでは生き残ってしまう方々が居るので水流に毒を散布する事にしました」
王都の地盤が一斉に沈下したとしても、王都の住民を
近隣から救助隊が派遣されて偶然にも生き残った王政の高官が救出される可能性があった。
だから彼女は、残った地盤の崩落などの二次被害を引き起こす流水に猛毒を混ぜる計画を立てた。
負傷者を救助する際に発生する二次被害どころか猛毒による三次被害も引きこそうとしたのだ。
「王都の外縁部が一斉に崩落し、退路を無くしてから大規模な地盤沈下をさせるつもりでした」
王都には、フローラが仲良くした取引相手や50人を超えるご婦人が居住していた。
ただ、エレンとヒストリア、レイス卿を守る為にフローラはあっさりと2万人を殺す事を決めた。
当然、地下街に住んでいる貧困層の住民も巻き添えにしてでだ。
「何度も言いますが、これはあくまで王政に対して打つ手が無くなったら発動する予定でしたの」
もちろん、ウォール・マリア奪還作戦が終わった現在は発動しない様に“
もしも、地下に水が流れても問題が無いように補強工事はしたし、地下街には住民は居ない。
孤児はヒストリアが管轄する牧場で保護されたし、住民も日光が当たる場所で暮らしている。
柱や排水管の強度を計算し、それを破壊する為に仕組んだ20t近い爆薬も全て撤去してある。
「大量虐殺する為に意図的に仕組んだ計画はこれだけですわ。何かご質問はありますか?」
フローラは質疑する時間を取ったが、誰も喰いついて来なかったので内心では舌打ちをした。
ここで質問してしまうと他の事をはぐらかされるのを誰もが察していたのだ。
だって、死罪になりかねない不利な事を打ち明けるという事は何かしらの対策があるのは明白だ。
エレンを含む調査兵団の面々は、無言でフローラが隠している秘密を全て白状をする事を促した。
「では、ザックレー総統とのやり取りを改めて報告しますわ」
そろそろ午後3時を過ぎそうだったが、フローラは回想話を再開した。
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王都の住民を皆殺しにする計画を黙っていたフローラは総統に振り回される事となった。
総統局の本部にある総統の執務室でさっそく総統からお誘いを受けたのだ。
「さっそく行こうではないか!」
「え?ええ?」
フローラに真っ先に見せると約束したザックレーは彼女の腕を引っ張った。
困惑しつつもフローラは総統に誘導されて芸術作品を拝見する事となる。
「どうだね?」
「鮮度が重要な芸術品ですか。これは新しい発見ですわね」
「ふむ、真っ先にそれが思い浮かぶとは…なるほど、そういう意見もあるのか」
芸術を語れる友人と再会したザックレーは、フローラに
それに対してフローラは本気でドン引きしたが、友人の為にも芸術作品を認知するしかない。
苦し紛れの評価にザックレーは他者の意見を聴いて更なる改良が必要だと感じた。
「君も私の作品作りを手伝ってくれるよな?」
「エルティアナ監査副長から総統閣下の夢を見届けて欲しいと命令を受けています」
「おお!!では!!」
「えぇ!芸術作品の作成の手伝いをさせて頂きますわ!」
あっさりとフローラは、芸術作品を受け入れて様々な情報を総統に提供した。
これにより、ザックレー総統は自分の夢を追い続ける事ができた。
頭の中で浮かんだ事を実現できずに内心で嘆く彼に強力な助っ人ができてしまったのだ。
『……エルティアナ監査副長は、コレに納得されるのかしら?』
芸術作品の作成の手伝いをしていたフローラが思い浮かべた疑問は、的中する事となる。
とある機会にザックレー総統と共にクロルバ区の病院で療養するエルティアナを連れ出した。
そして意気揚々とザックレー総統は、直属の部下だった女将校に芸術作品を披露した結果!
「こ、こんな事の為に……?早く彼らを楽にしてあげるべきと存じ上げます…」
「ふむ、どうやら芸術は理解できなかったようだな」
「仕方ありませんわ。常人は常識に囚われて新たな発見を拒むものですから」
本物のエルティアナは、生きた芸術作品の破棄を暗にお願いしたが…。
フローラとザックレーは、彼女の反応にがっかりしただけで責めはしなかった。
他者に評価されないと既に自覚したので二人だけで芸術作品を作りまくる事になった。
「はぁ?まだやっていたのか?」
ザックレー総統の友人であるピクシス司令に情報が届いた時には手遅れだった。
大臣を使った芸術は、まだマシの扱いでとんでもギミックを仕組んだ芸術作品が多々生まれた。
それらの無駄技術を応用したのが、異形の巨人の大群を焼き尽くした【
「芸術作品については、8時間以上も語れる自信があるので省略致します」
口から火を吐いたり、掌が股間から飛び出して回転するギミックを語るには時間が足りない。
ザックレー総統の考案や構想からフローラが四力学の文献を漁って計算して材料を調達!
アドリブでいろんな要素を付け加えていく総統に振り回されながら彼女は芸術作りを手伝った。
そして完成した芸術作品の数々をフローラと総統は誇りに思っている。
「詳しい話を聴きたいのであれば、ザックレー総統に尋ねてくださいませ。まあ、一応ですがー」
真相を知りたい調査兵団に回想話をしているフローラは、この辺を思い切ってカットした。
この辺りは、ザックレー総統と2人で共有した思い出なのだから…。
せめて総統の自信作を簡潔に口頭で調査兵団に説明しようとしたが…。
「結構だ、次のページを捲れ」
「いえ、総統の作品で最も爆薬を使用した…」
「いいから次のページを捲れ」
「…はい、分かりました」
意味が分からない104期兵やハンジを差し置いて実物を見て来たリヴァイは追及しなかった。
それどころか、作品の詳細など知りたくないリヴァイは、フローラに次の話題の報告を求めた。
そんな彼の様子を見て碌でもない物だと理解した調査兵たちは次の話題を聴く事となった。
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こうしてエルティアナを演じるフローラは仕事が山積みになった。
総統局と憲兵団の引継ぎ関係に新たな兵団の創設に必要な書類の準備!
知り合いの商会や貴族との交渉や新型防具の開発に関する処理もする必要がある。
それに政敵などの妨害も必死に対応し、やるべき事はたくさんあるのにミーナに眠らされる。
そしてライリーのお世話まであるのでフローラの自由時間は無いに等しかった。
『これだけはトイレで仕上げたくないわ!!』
さすがに公式に使用する書類は、女子トイレで仕上げたくなかった。
ミーナの監視が厳しいので個室で無理できるのはトイレだけだったが、そこに幸せはない。
無理やり休憩させられる前にフローラは必死に書類を仕上げていた。
「ん?」
作業している位置から見えるドアからノック音が3回聴こえて来た。
面会の話はミーナから聴いていないのできっと緊急であろう。
それか、政敵による刺客と思ったので仕留めようと思ったが、その疑問はすぐに解消された。
負の感情を“声”として聴ける能力でドアの向こう側にエルヴィン団長が居ると分かったからだ。
『あああああ!!?今度は何事!?』
どうせ碌な情報が入って来ないだろうな…とフローラは思ったが面会するしかない。
調査兵団の指名手配は撤回されたが、まだ彼らを恨む勢力が山ほど居るのだ。
そのきっかけを作ってしまった以上、エルティアナを演じたフローラはドアを開けた。
「なんだ貴公か。わざわざ独り身の乙女の部屋を訪ねてくるとは思わなかったぞ」
「クロルバ区に転属する前にお世話になったお礼と挨拶をしたいと駆けつけさせて頂いた」
「相変わらず聞こえがいい事ばかり話すじゃないか」
「ただでさえ手が汚れているのでな、言葉だけでも綺麗ごとにしないとやっていけないんだ」
そこに居たのは、いつも配下には疲れを見せず、ずっと孤独に悩み続けた男の姿では無かった。
憑き物が落ちて真人間になりましたと言わんばかりに自白する嘘臭い詐欺師そのものだった。
「私の手も綺麗だとは言い難いが?」
「だからここに来た」
エルティアナの発言を聴いたエルヴィンは、【綺麗な手じゃない】という意味を理解していた。
上級将校になるのは、多少の汚れ仕事をしないと成り上がれないのは誰にも予想はつく。
ただ、物理的に大腸の中に手を突っ込んだり殺人をしていたとは夢にも思っていなかっただろう。
「ありがたい説教ならいくらでも聴かせてやるぞ?」
「それで状況が好転するならいくらでも受けてみせるさ」
「勝手にしろ、だが、仕事の邪魔をしたら叩き出してやるからな」
こういう認識のすれ違いが、喧騒の原因になったりするだろうな。
そう思ったフローラは、溜息をついてエルヴィン団長を私室に招き入れた。
雑談するフリをして「腹を探るつもりはない」と告げたが、逆に彼の様子が可笑しくなった。
「そこまで言うなら紅茶を出そうか?」
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
そこで魔法瓶に保管してある温かな紅茶で気を病んだ団長を落ち着かせようと考えた。
さすがに上級将校の私物という事もあり、魔法瓶の価格はあり得ないほど高い。
温度を保つ原理は理解できるが、これを作るのは職人なので庶民に出回るのはまだ先となる。
『というか、温かい紅茶をすぐに用意できる時点で可笑しいと気付かないの?』
以前のエルヴィン団長だったらこの時点で可笑しいと気付くだろう。
事前にエルティアナの予定を確認した上で面会をしたはずである。
なのに客が来る予定が無いのにあっさりと他者に紅茶を出せる環境を疑うはずであった。
『君も人が悪いじゃないか、俺が漁る事を見越して罠を仕掛けるとはな…』
…と思ったら別の意味で変な疑いをしていた。
執務室の奥にある寝室で魔法瓶からカップに紅茶を淹れようとしただけでこの有様だ。
『そんなワケないでしょ!!』
魔法瓶からカップに紅茶を注いだフローラはエルヴィン団長が居る執務室に向かった。
そして時計台を見て時刻を確認した。
『やっぱり何もしてなくて正解だったか。時計台に何か細工が仕掛けてあるとは予想外だ…』
『そんな非効率な細工なんてするわけないわよ…』
以前はエルヴィン団長を振り回したフローラは逆の立場になってしまった。
しかも、今度は彼が立場的に下なので彼女としても対応に慣れなかった。
「君のサインを見て前より上手くなったなと見惚れていてな」
「100年以上残る書類に稚拙なサインは書けないからな。これでもかなり練習した」
「ああ、憧れるよ、その向上心の高さは本当に見習いたいものだ」
お世辞に見えて他人事の様に話すエルヴィン団長にフローラは腹が立った。
『だってエルティアナ監査副長のサインを練習したんですもの!!』
サインというものは、執筆者の癖や性格が表現されてしまう。
フローラの場合は、手紙、メモ、公式に提出する書類で書き方を分けていた。
だが、エルティアナ女史は分けていないので彼女の癖や描き方を真似する羽目になった。
そして努力の結晶が、エルティアナより字が上手いという皮肉の結果になってしまった。
それを褒めた事で暗に知り合いのサインを貶す事になったとは、策士の彼ですら気付かなかった。
「君も練習すればいいさ。いくらでも白紙で練習するが良い」
「そうだな、自分の死刑執行の承認書にサインできるようにしないとな」
怒りを抑えたフローラだが、エルヴィン団長の様子が可笑しいと気付いた。
『全然冗談じゃないわね?何があったの?』
あまりにも悲観的過ぎて彼は冗談を言ってなかったのだ。
鬱状態から抜け出して正常な思考を取り戻したフローラは、ここで返すべき答えは決まっていた。
「悲観的だな、君はもう少し向上心があると思ったのだが…」
「偉大なる存在を見たら自分がちっぽけな気がしてな。お知恵を授かりたいものだ」
…と思ったら、ミーナの様にエルヴィン団長が上目遣いで甘えて来た。
最近、16歳になったミーナなら「可愛い」と言えるが、いい歳したおっさんがやると気持ち悪い。
子猫の様に甘える親友は、荒れたアニですら癒したが、おっさんの甘えほど気持ち悪いものはない。
『皮肉で返してあげましょう』
そんな彼の目の前に白紙の羊皮紙と羽ペンと特製のインクを置いてやった。
すなわち、【今後もお前がみんなを導くんだよ!!】というフローラの皮肉である。
『口に出さずに文面でやり取りをしろって事か…監視されている様には見えないがな…』
ところが、エルヴィン団長にフローラが仕組んだ皮肉が通じなかった。
インクがにじみにくい羊皮紙は、文字を書いた場所を削る事で再利用する事ができる。
だから『これで伝えたい気持ちや相談内容を書けばいいんだ』と
『え?やめてよ!ただでさえ問題が山積みなのに!?』
なお、フローラからしてみれば、そんな意図などない。
『自分の意志で白紙から戦略や目標を描いて前に進め』という意図で置いただけである。
ただし、撤回できる状況でないのでフローラは黙って見守る事しかできない。
「これでいいですか?」
傍から見ればエルヴィン団長がサインの練習をしている様にしか見えないだろう。
エルティアナの私室が誰かに見張られていると思った団長の行動は正しい。
実際にはそんな事は無いので2人の意見と考えのすれ違いが相次いでコントと化した。
『なーにこれ?』
エルヴィン団長が書いた内容を見てフローラは本気で困惑した。
いつも困惑している気がするが、本気で団長の考えが読めなかった。
負の感情を“声”として聴けても、こうなった理由が分からない。
「自嘲する君に採点をしてやろう」
「ありがとうございます」
「結果は0点だ、誰かに見られて更に恥をかく前に練習をしておけ」
本気で呆れたフローラは、エルヴィン団長をさっさと部屋の外に叩き出そうとした。
「理由を述べてもらってもいいでしょうか、愚直な私には何が悪いのか理解できませんので…」
ところが、エルヴィン団長の一言を聴いてフローラは思った事がある。
『嫌味なの!?絶対に怒らせる為にやってないわよね!?』
エルヴィン団長の要求は、いろんな交渉をしてきたフローラから見ても、かなり内容が酷かった。
『僕と契約して君は全財産を差し出して専用の奴隷になってよ』という契約の方がマシだった。
あまりにも酷い内容過ぎてフローラとしての自我が一瞬出てしまったほどだ。
『これを承認できるわけがない』
精神までエルティアナを演じる事になったフローラは、書かれた内容を好意的に要約した。
・立体機動装置や兵器を横流しで調査兵団に渡して欲しい
・調査兵団の募兵を支援して欲しい。
・ウォール・マリア出身の兵士が居たら斡旋して欲しい
・馬医者と衛生兵を数多く派遣して欲しい
・というか何もかも欲しい
簡潔に箇条書きにするとこんな内容だった。
しかし、実際の文面はあまりにも酷過ぎたので途中の一文だけ抜粋する。
つきましては、監査副長の座を降りられる前に経理部から大型の小切手を6枚ほど横領して頂き、資産に変換して500人分の立体機動装置及び補給品と共に調査兵団に提供をして頂きたいのです。
大型の小切手は、1個連隊、つまり1000人規模の部隊を1か月運用する資金の暗号である。
総統局でも高官であったエルティアナの持つ権限は、手順を守らせる為に存在する。
なのでその権限を悪用して手順を破るどころか、責任は彼女が受けて欲しいという内容だった。
『分かってて書いているから腹が立つわ!!』
小切手は、有価証券における貨幣証券に分類される。
これを分かりやすく説明すると以下の通りになる。
現在、人類が運用する通貨は、鋼貨という刻印を打った金属製のコインである。
巨人のうなじを削ぐ刃を精製する際に生まれてしまう金属片を再利用したものだ。
だから、鋼貨を大量に持ち運ぼうとすると馬車が何台も必要になってしまう。
そこで現金の代わりに口座から引き出す証明書を作っておき、後日に引き出すという形を取った。
『嫌がらせじゃないのが分かるからこそ、余計にぶっ飛ばしたくなる!!というかやりたい!!』
もしも、本物のエルティアナだったら鼻で一蹴し、罵倒を浴びせて終わるだろう。
だが、商人の令嬢の記憶を思い出したフローラはそれで怒りが済まなかった。
『しかも、親指を立てるな!!』
更にフローラを苛立たせたのは、団長が親指を立てて笑っていた事である。
商人としての常識を踏み躙られたので本気で殴り倒してやろうかとフローラは思った。
『いえ……いや、やめておきましょう』
間接的な出来事も含めるとはいえエルティアナに化けてから117人を殺害したフローラは思った。
『ここで殺した方が今後に楽になるのでは?』という考えを即座に否定した。
いっそ、ここで正体をバラしたら、彼はどんな顔をするのか気になったまである。
そういった感情や私情を抑えてフローラはエルヴィン団長の顔と向き合った。
「嫌味か貴様?」
「まさか?私はエルティアナ監査副長を信用しています」
それが本音なのは、フローラも分かっている。
エルヴィン団長とエルティアナの関係がどんなものなのかは本人たちのみ知る。
だからフローラが取る手段も限られてしまった。
「やだな、三十路越えの貴様に一から教育を施すのは…」
「それは手取り足取りご教授して頂くという事でよろしいのでしょうか?」
「馬鹿言うな、こんな短時間でどうしろと言うのだ」
否定しつつも、交渉の余地ありと見せる必要がある。
少なくともユトピア区では2人はこんな感じの交流をしていたのをフローラは目撃していた。
それを真似しただけだが、あっさりとエルヴィン団長は引っ掛かった。
『交渉の余地ありか……これでなんとかなりそうだな』
『そうしないと大暴れするんでしょ!?なんでそれが通じると思ったの!?』
お互いの思考が交差するどころか正面衝突による交通事故を起こしていた。
ただし、この時点におけるエルヴィン団長の精神状態はかなり不安定だった。
リヴァイ兵士長もその異常さに気付いており、何度も口で牽制したほどだ。
だからフローラも妥協し、羽ペンを手に取って羊皮紙の空きスペースに文字を書いた。
忙しいので箇条書きにしたが、これでエルヴィン団長は引き下がるはずだ。
・エルヴィン、君は疲れすぎていないか?
特に最後の一文が最も重要だ。
フローラもミーナに何度も叱られて休息の必要性は嫌というほど理解した。
それが大切だからこそ、わざわざフローラは疲労困憊状態のエルヴィン団長に休息を勧めた。
「ああ、そうですか。貴重なお時間を頂きまして申し訳ない」
エルヴィン団長が放った謝辞の発言に…。
『ホントそうよ!!』
更にやる事ができてしまったフローラは色んな意味で泣きそうであった。
ただでさえ忙しいのに調査兵団のお世話をする羽目になったのだ。
「……だからといっていっきに紅茶を飲み干すのは」
「美味しかった、またご馳走になっても…」
しかも、わざらしく紅茶を啜ってお世辞を言いやがった。
この意図が理解できるフローラは牽制するために口を開く。
「冗談は顔だけにしろ、次やったら斬り捨ててやる」
もう一度お世話になっても良いかと述べるエルヴィン団長にフローラは本音を告げた。
さすがに彼もこれ以上に煽ると本気でぶっ殺されると思ったのか。
そそくさと逃亡する事となった。
「そうそう、君宛にフローラから伝言を預かってる」
「フローラが…?」
「なんでも私がエルヴィンと再会した際に伝えて欲しいとか言われてな」
それを見たフローラはエルヴィン団長に意地悪をした。
たった今、考えた伝言を彼に伝える事にしたのだ。
「『実の娘を求めて彷徨う亡霊の道を照らす光源は、足元に眠る』だとさ、何か分かるか?」
「いや、全く…分からないな」
これは2つの意味がある。
この後、エルヴィン団長も気付いたが、レイス領の地下空間にある光源となる結晶を示している。
ただ、フローラは彼にも気付かれなかった意図も含んでいる。
『実の娘がウォール・マリアだとさすがに気付かなかったわね』
偉大なるご先祖である初代フリッツ王は、巨人化できる始祖ユミルに種付けをして子孫を残した。
その子孫の末裔が自分たちとなるのだが、始祖ユミルには3人の娘がいた。
娘たちの名前は3つの壁の名前として後世に残る事となったが、それを知る者は少ない。
『ふふふ、意地悪過ぎたかしら?』
つまり、ウォール・マリアを求めるエルヴィン団長の道を照らすのは、王を支える民衆と示した。
民衆の支持が無ければ、活動できないからしっかりとそれもやっておけよ…という意味だ。
実の娘というのは、マリアを示すが、前まで真の王家について探っていたからこそ比喩したのだ。
『玉座に座っていた王は王家の血が流れていない偽者だった。じゃあ、先祖の血を継いだ娘は?』
要するにイライラしていたフローラは言葉遊びでストレスを発散したのだ。
ところが、これで夜間でも行軍できると知ったエルヴィンに笑みが戻った。
そのまま退室した団長を見送ったフローラは愚痴を吐く。
「全く…私にどうしろと言うのだ」
調査兵団を支援するのは簡単だ。
だが、さきほどのエルヴィン団長は、一時期に自分が患っていた病そのものに見える。
夢と現実の狭間で苦しみ、誰かに夢を託す事も出来ずに憔悴しきってしまう姿が見えた。
『誰かと相談するのが最善…なのかしら?』
フローラの場合は、記憶が戻ると恐怖という感情が戻るのを恐れたという矛盾を抱えていた。
実際に記憶が戻ると、最初から恐怖の感情が欠如していたと分かったので精神病は完治した。
それどころか、目的の為の手段如きで王都の住民を皆殺しするのは、さすがにまずいと思った。
『まあ、相談相手くらいにはなりましょうか』
フローラは、ミーナ・カロライナのおかげで少しだけ秘密を打ち明ける事ができた。
それと同時に何かがすっきりしたので団長の相談相手くらいなら…と彼と交流する事を検討した。
実際、エルヴィン団長が困った時は、愚痴を言いながらも彼と一緒に対応を考えた。
ウォール・マリア奪還作戦の責任者が事実上、エルティアナになっていたのもその一環である。
「コンコンコン!」
そう考えながら自分の分の紅茶を飲み干したらドアからハンジ分隊長の声が聴こえた。
さすがにエルヴィン団長の策とは思えなかったが、嫌な予感がした。
しかし、放置するとミーナが捕まる可能性があったので仕方なくドアを開けた。
「やあ、エルティアナ!!お願いしたいこ…」
負の感情を“声”として聴く能力で碌なお願いじゃないと気付いた。
顔見せだけで終わらせる事にしたフローラはそのままドアを閉じて施錠した。
「コンコンコンコンコン!!スコーン!!バコーン!!ズッコンバッーコン!!」
「うるさい黙れ」
「だって入れてくれないんだもん!!」
ちなみにこの時点でエルティアナとハンジ・ゾエの関係をフローラは知らなかった。
だが、こんな雑な扱いをしてハンジが疑問に思わなかったのでその時点で…。
そもそも、何度も要求があったのは事実なのでまたしてもその件だと思った。
この忙しい時に更に問題を抱えたくなかったフローラは無視をしようとした。
「可愛い後輩のお願いを聴いてくれてもいいじゃないかぁ!!」
「それは自称するものではないだろう!?」
「面倒だからこの状態で話して良いか!?」
「勝手にしろ」
いくら防音室とはいえドアの向こう側で大声で叫べば、ドア越しに振動は伝わる。
そう考えたハンジは、とんでもない発言をする事となった。
「実はさ!巨人にぶっ放す高火力の飛び道具を考えてさ!!いつも「こっち来い!!」うわ!?」
せっかくエルヴィンですら気を遣って秘密裏に交渉していたのにやらかしやがった。
これのせいで政敵から呼び出しを喰らう事が確定したフローラはドアを開けた。
そして暢気に自分の言いたい事を言うハンジを無理やり部屋に入れた。
「今度、減らず口を叩いたら貴様の口を物理的に黙らせてやる」
「いや、いくら私が可愛いからって嫉妬しちゃ困るよ」
左耳を引っ張った時は悲鳴をあげたハンジだが、いざ会話すると喧嘩を売り始めた。
構って欲しいのか両手で遊びながら自分を見上げるハンジを見てフローラは激怒した。
『もう我慢しなくていいわよね!?』
フローラは近くに飾ってあった儀仗用の長剣を手に取って見せつける様に抜剣した。
さすがに本気でぶっ殺されると思ったハンジは言い訳をする事となる。
「ちょっと待って!ちょっと待って!!先輩さん!!ラッスンゴッスンぷっちんプルプル!!」
「馬鹿にしてるのか?」
「OK!分かった!私がはしゃぎ過ぎたのは悪いと思ってる!でも人類の為なんだ!」
余談であるが、こうやって武器を見せつける時はフローラは本気ではない。
マジでぶっ殺すなら、巨人を討伐する様にさっさと相手を仕留めた。
だからこうやって相手に猶予を与える時点でかなり手加減をしている。
「これが設計図だ!!もしこれが実現すれば!?」
巨人と人類の
ハンジの首元に刃を突き付けた彼女は警告する。
「言ったよなハンジ?私は黙れと命じたよな?」
「で、でもさ」
「だから黙れ」
自分ならまだしも、親友のミーナに絡まれると大惨事になりかねない。
しかも、自分が気に入らない事がある度に大騒ぎされても困る。
恐怖による支配は長続きしないが、人が痛みを知るにはいい機会になる。
実際に剣を突き付ける事でハンジに自制を促したフローラは今度こそ話を聴こうとした。
「いいか、私には連隊長未満の将兵なら問答無用に処刑できる権限があるのだ。それを忘れるな」
ただでさえ憲兵団の旅団長なのに総統局でも権力がある監査部の副リーダーである。
その気になれば、エルティアナ女史に化けるフローラは、エルヴィン団長ですら処刑できた。
それをしないのは、明確な建前が無ければ、逆効果になりかねないからだ。
王政ですらエルヴィン団長に罪状を与えないと処刑できない時点でコケ脅しに過ぎない。
『さて、どんな設計図かしら』
フローラは砲撃技能と弾道学と数学は104期訓練兵団で首席であった。
その経験と知識を活かして四力学を計算して実際に対人立体機動装置を設計した事もある。
それほど数値を比較したり、計算するのが大好きなフローラは、設計にもある程度の知識がある。
だからハンジが持ってきた設計図を奪い取って興味深く俯瞰した。
「なるほど、中々興味深いな」
今でこそ言えるが、フローラはユトピア区防衛戦で化学兵器を投入する予定だった。
偉大なる先人は、巨人を倒す為に毒を投入したが、一切歯が立たなかった故か廃止となった。
しかし、巨人の弱点はうなじであり、そこの機能を停止すれば勝てると判明した。
『巨人化能力者なら毒ガスが通じるのでは?』
そして巨人化能力者に至っては、巨大な肉塊の中で呼吸していた。
つまり、外気から空気を取り入れていると同意義である。
ここでフローラは考えた。
『鎧の巨人に毒ガスをぶち込んでやるわ!!』
装甲が硬くて刃や砲弾が通用しない鎧の巨人は能力者が変身する巨人だと判明した。
立体機動装置から対人立体機動装置に目を向けたフローラは、次に着目したのは毒だった。
『アインリッヒ大学の教授のお知恵を借りましょう』
ちょうど中央憲兵と知り合いになりつつあったフローラは、暴走気味になっていた。
香水や化粧品を改良していく内に毒性がある物も発見されたのが大きかった。
開き直って大量殺人ができる化学兵器をこっそりと化学を専門とする教授と共に研究した。
「これはタブーになりますね。明らかに危険過ぎる……」
化学を専門とする教授たちとフローラが好奇心で作った毒は、とんでもない物だった。
マッドサイエンティストと自称する彼らですらコレを生み出したのを後悔したほどだ。
「それじゃあ、“タブン”*1と命名しましょう!」
「いくら大気中に拡散するとはいえ危険過ぎないか?」
「発射装置を作って鎧の巨人に直接ぶち込めばいいのですわ!」
寝不足と精神が不安定なのも重なってフローラは猛毒万能主義にシフトしていた。
王政に内緒でカラネス区に毒を持ち込んだのもその一環である。
「要するに遠隔操作で遠くで破裂させればいいのですのよ」
既に化学兵器を搭載して5km先に撃ち込む手段を確立しており、試作品すらあった。
しかし、予想外の問題が発生したせいで化学兵器の試験投入すら中止する事となる。
『さすがにまずいわね』
理由は単純でフローラが軍規を守らないのを知ったエルティアナがミーナを監視に付けたのだ。
さすがにミーナを連れて化学兵器の試験運用ができなかったので実験できなかっただけである。
その影響でフローラの支援と後ろ盾を受けられない教授たちも実験をする事は無かった。
こうして王政も革命勢力も予想外だった化学兵器による大惨事は避けられる事となった。
「これなら多少の訓練をすれば使いこなせるかもしれないな」
話を戻すとフローラは、そういった化学兵器を搭載した射出機にそっくりな兵器に感心を持った。
既に砲撃などの支援火力にシフトしたフローラはその兵器について研究したくなった。
確かに爆弾を射出するだけなら誤爆さえ避ければ有効打になるだろう。
むしろ、あそこまで猛毒に拘っていたのかフローラ自身も今となっては疑問である。
「まあ、貴公らに実戦配備どころか開発も許可されないだろうがな」
今更になって自分の迂闊さを理解したフローラは自嘲する。
どうやってこの兵器を試作し、試験運用してデータを収集して量産に繋げるか。
フローラは短剣型立体機動装置を量産に漕ぎ着けるまで苦労したからこそ分かる。
『ただでさえ短剣型立体機動装置を実用化するのに苦戦したというのに…』
現時点で内戦を起こしたとして恨まれている調査兵団の味方は少ない。
だから精神が不安定になったエルヴィン団長が縋る様にエルティアナに頼ったのだ。
これを調査兵団の主導で生産どころか研究すらできないと察して本音が漏れてしまった。
「そもそも調査兵団は装備や兵器に制限が設けられているからな」
さきほど団長に意地悪な暗号を送ったように調査兵団がやるべき事は1つだ。
自分たちの存在意義を理解できない民衆を説得して味方につける事である。
フローラみたいに味方を作り過ぎて味方同士が殺し合うのもどうかと思うが、大事である。
『それに代替えできる兵器など既にあるし…』
そもそも、調査兵団に代わって壁外勢力と交戦する兵団をフローラがこれから作るのだ。
対人立体機動部隊が運用する兵器で事足りる為、貴重なリソースを裂く事は無いだろう。
ただでさえ化学兵器を化学反応で中和したり、毒を回収する費用で多額の金が飛んでいるのだ。
ところが、当のハンジは納得していないようだ。
「なんだ?文句があるなら言ってみろ。ただし、大騒ぎしたらまた黙らせるからな」
「違うんだ…」
「ん?」
「今までの兵器を身に着けたまま戦える兵器なんだよ」
ハンジが持ってきた設計図を見れば、どんな兵器かフローラは予想できる。
アンカーの射出機と王政が隠していた爆薬や信管技術が存分に使われた兵器を構想した事がある。
あくまで試作であるが、作った事もある。
ただし、フローラの個人的な意見としては、生産する価値はないと思っている。
だが、ハンジは違った。
「でもさ!でもさ!私の話を聞かずに一蹴してみんな去って行ったんだ!」
モブリットを含む部下が全滅したハンジには頼れる味方は少ない。
エルヴィン団長もそうだが、ある程度偉くなると泣くどころか悩む姿すら見せられないのだ。
それなのにハンジは、自分の抱えた気持ちを吐き出す様にエルティアナを見つめた。
「だから私にはもう、何度も兵器を認めてくれた先輩にしか頼る事ができないんだよ!」
フローラも予想外だったが、ハンジの考案に対して好反応を示したのは自分しか居なかった。
そのせいでハンジは、なんとしてもこの兵器の開発を先輩にお願いしようとしたのだ。
資金も人材もコネも何もかも足りない以上、訓練兵団時代の先輩に懇願するしかなかった。
「お願いだ!!これだけは実用化させてくれ!!」
短剣型立体機動装置の開発に真摯に向き合ったエルティアナの事を考えていたフローラは…。
自分の両脚に違和感を覚えて下を見るとハンジがしがみ付いていた。
「ああ、鬱陶しい!!脚にしがみつくな!!」
「今度こそ、これでお願いはしない!!だから先輩も手伝ってくれ!」
無様に泣きついてエルティアナ女史に扮するフローラの両脚にしがみ付いた。
いつもと様子が違う直属の上官にビビったフローラは、とにかく拘束から逃げようとした。
「エルヴィンといい貴様といい!何故エレンに頼らん!?」
「ああ、そうさ!エレンには頑張ってもらったさ!!だから次は私が頑張る番なんだよ!!」
ぶっちゃけブーメラン発言になるのはフローラも自覚している。
だが、調査兵団の上層部がエレンに気持ちを打ち明けていない現状が気になった。
『それを言うだけで大分違うでしょ!?』
エレン・イェーガーはこの不利な状況を打開できる存在である。
硬質化の実験に成功したという報はフローラの耳にも届いていた。
ただ、一介の兵士として扱われるという矛盾のせいで彼の本領が発揮できていない。
もしも、エルヴィンやハンジが本音を告げるだけでも、エレンはもっと頑張れるはずだ。
少なくとも自分に相談する前にエレンや生き残った兵士に相談しろとフローラは助言を告げた。
「もう、エレンだけには背負わせやしない!!私は絶対にエレンの同期を死なせたりしない!」
フローラの判断ミスで調査兵団は大打撃を受けてハンジの部下は全滅した。
そのせいか、【誰かを失う】という状況を誰よりも恐れているようである。
特に調査兵として別れを多々経験したベテランには見えないほど顔を歪めて泣いていた。
あれだけエレンに気持ち悪いほどに接してきた分隊長の裏の顔は、情熱的であった。
「先輩!!今度こそ!!これ以上迷惑かけません!!協力してくれぇ!!」
調査兵団に入団したフローラは色んな意味でエルヴィン団長の頭を悩ました。
たかが新兵が所属する組織の長どころか王政の組織全体に影響を与えるせいで彼は本気で悩んだ。
ところが、今となっては今度はフローラが彼らの行動に頭を痛める事となった。
これが罰と言わんばかりにフローラにも順番が回ってきたのは自覚できた。
「分かったからささっと脚から離れろ!」
「……え?兵器開発を手伝ってくれるの!?」
「ああ、分かった。私が可能な限り協力してやる。だから放せ!」
もしも逆の立場だったらフローラはどうするのだろうか。
少なくとも、そのまま引き下がらずに何かしらの対応をするだろう。
だからこそ使命感による暴走を防ぐ為にもハンジのお願いを聴く事にした。
一方、ハンジはその話を聴いて頭を上げて先輩の顔を見た。
「で、次はこの兵器も実用化したいんだけど!!…ぎゃああああああああ!!」
予想通りに別の設計図を取り出したのを見たフローラは先手を打った。
ハンジの右手首を掴んで捻り、腕を自分の脇に挟んで肘と肩を極めて圧迫した。
『ふざけないでよ!!20個も並行する事なんてできるわけないでしょ!!』
ハンジは泣き落としが上手く行ったと勘違いして20個のお願いをしようとしたのだ。
その感情を聴いたフローラは無言で関節技をかけてハンジを苦しめた。
『まあ、面白そうだから見るけどね』
商人の血が流れているせいか、フローラは情報と商機になりそうな話題に敏感である。
もしかしたら自分が試作したり、放置した兵器を流用できるかもしれないと考えた。
だからストレスを発散したら、しっかりとハンジの話を聴くつもりである。
『それに……相手側が暴走してくれた方が都合が良いし…』
自分の肉体に対して愛着すらない有様にフローラはミーナに体調を含めた管理をされた。
時折、自分が暴走すると自覚するフローラは親友の行動に感謝し、受け入れている。
『ミーナもそう簡単に拒絶できませんし…』
もしも、自分が暴走したらミーナが叱責をして無理やり取り消してしまう事だろう。
だが、相手側が暴走したとなれば、ミーナもある程度は考慮してくれるはずだ。
『少なくとも、エルティアナ監査副長にご相談もできるからね』
なんとなくハンジとエルティアナの関係を掴めたが、それだけである。
フローラは自分が暴走したせいで酷い目に遭ったので他者の方針を導いてもらう形にした。
すなわち、兵団政権と調査兵団の意向を尊重し、フローラは自分の行動を自重する事にした。
『そうしないと、またしても変な事態になりますからね…』
相次ぐ非常事態を引き起こしたフローラは、自分の行動の迂闊さの危険性を再認識した。
やるべき事は決まっているが、今度は他者の意見を聴いて兵器を開発するつもりだ。
そうすれば、少なくとも自分の迂闊さが要因となって大惨事を引き起こす事は無いと思った。
『皆さま、わたくしの手綱をしっかりと握ってくださいまし』
フローラはエレンと違って【人として自制しないといけないライン】で反復横跳びができる。
それを防ぐ為にも、先輩や上層部や親友に自分をコントロールしてもらおうと考えたのだ。
そうでもしないとフローラはあっという間に悪魔になって多くの人間を殺してしまうのだから。