進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
壁の外で屯している巨人の群れを討伐する為に兵士を派遣するのは簡単だ。
問題なのは、巨人を討伐できる技量がある兵士が少ない事。
なにより壁外の環境では、訓練兵団で学んだ立体機動術が一切、通用しない事である。
「まあ、やるしかないけど…」
総統局の高官だったエルティアナに化けるフローラは、部隊編成についてかなり頑張った。
クロルバ区を守護する駐屯兵団の部隊と中央第一憲兵団を編入し、新たな兵団とした。
だが、あまりにも組織が強大になると、今度は兵団政権に集る政敵に目を付けられてしまう。
現に旧体制の配下である中央憲兵を編入しているせいで抗議の声に対して反論できやしない。
「じゃあ、連隊規模に抑えましょう」
よってフローラが作った組織は、調査兵団より格下の連隊にする事にした。
駐屯兵団は、1000名程度の“連隊”規模が基礎単位であり、そこから2、3個連隊で旅団となる。
調査兵団は中隊規模だが、他の兵団と格を並べる為に表向きには“旅団”となっている。
つまり下手すれば、調査兵団における分隊長は(駐屯兵団で例えると)連隊長格と同等になる。
「それと他の兵団とは独立しているとアピールしないといけないわ!」
更に重要なのは、各兵団とは独立した部隊と民衆に示さなければならない。
これは、各兵団の担当分野が曖昧になり、むりやり共闘させられるのを防ぐ為である。
立場上では各兵団より格下の部隊となるので勝手に徴用されない対策と言えよう。
「よって部隊名は、【兵団政府隷下エルティアナ独立愚連隊】という仮名にしたの!」
「名前が長くない?」
兵団政権直属をアピールする為に加盟を付けたら親友のミーナからツッコミを受けた。
「仕方ないじゃない!こうしないと上がギャアギャアうるさいんだから!」
それを逆手に取ってこのような懲罰部隊したら彼らも文句は言わなかった。
牙と爪を捥がれて首輪で繋がれた狗だと示せば、わざわざ手を出して来る事は無い。
そんな事をやるなら兵団政権でより高い地位に就こうとするのが人の心理である。
「さて、部隊も作った事だし、計画通りに作戦を実行しましょう」
「計画表を見ておく?」
「ありがとう!さっそく確認するわ」
きっちりと自分のお世話と管理をしてくれるミーナはありがたいものだ。
何も言わなくても、計画表を渡してくれた親友に感謝しつつフローラは内容を確認する。
『うーん、やっぱり計画を減らそうかしら……』
実施している計画について改めて確認したフローラは、計画の再編について考えた。
現在、遂行している計画の中で防熱装備に関しては、大体の開発を終えた。
次に砲兵専用の装備を作る予定だったが、そこまで念入りにやる必要はないだろう。
『鞘の再設計に関しては、ギミックを仕込むのと重量のバランスくらいが無難ね』
巨人に白兵戦を挑む兵士と大砲で砲撃する兵士の武装は、ほぼ同じである。
だから砲兵専用の装備を開発しようとしたが、いちいち設計し直すのも面倒だ。
せいぜい鞘を弄ればいいと思うが、聴き取り調査は必要となるのは間違いない。
「というわけで砲兵装備の拾捨選択会議を開催する!」
そこでフローラはすぐに会議を開催した。
兵站関連を専門とする参謀のグスタフに設計に携わる技巧部の連中は、もちろんの事!
負傷で引退していた調査兵や駐屯兵、実際に砲撃業務に携わっている部隊の班長を召集した。
「鞘には、刃の代わりに工具を入れるべきでは?」
「重量調整には分銅よりも土の方がいいでしょ!調達もしやすいですし!」
「一応、短剣や拳銃などの装備をさせるべきでは?」
「そんな事よりも、大砲など壁外で活用できるのか?」
様々な問題と解決策が会議室で発生し、フローラは議長としてそれらをまとめていく。
ミーナには書記になってもらい、彼女は自分の副官である事をアピールする事は欠かさなかった。
これにより、事情を知らない兵からミーナが馬鹿にされる事はなくなった。
『迫撃砲と砲弾についてはまだ試作段階だから試験結果を待つしかないわね…』
戦場で組み立てる弾丸と砲に関しては、いくつかの試験が経過するのを待たなければならない。
以前にフローラも失敗した事だが、部品を製造しているのは専用の技師とは限らない。
資金だけ回収して下請けに作らせたせいで砲塔が暴発した事があった。
だからフローラは資金を更に投入して並行して試作した砲と弾丸の試験を行わせた。
『まあ、上手く行くとは思わないけどね…』
ある程度の意見をまとめたフローラは、会議を終わらせて執務室に戻った。
そしてミーナから渡された書類を確認して必死に計画の改善をする事となった。
「……何か手伝える事はある?」
「時折、独り言を呟くから全部メモして欲しいわ」
「分かった!」
フローラと同期であるミーナ・カロライナは良くも悪くも誰かに頼るタイプだ。
部隊長格として多くの部下の命を託すには器が小さすぎた。
むしろ、フローラは自分の行動に対してきちんとツッコミを入れる親友に依存している。
なんだかんだで同期の存在は、フローラの理性を留めてくれる良心であったのだ。
「フローラ!休憩の時間だよ!」
「待って!あと少し!」
「それを書いたら休んでよ!その分、休憩も増やすからね!」
兵士たる者、整理整頓をし、規則をまもるべし!
それを実行させてくれるミーナは、いつもフローラが癖でやる愚行について指摘する。
「さあ、入浴よ!」
「ダメ!!兵服をしっかり畳まないと行かせないよ!」
「それをやっている暇が…」
「身体を洗うのを手伝うからちゃんと規則を守って!」
「……はい」
最近、親友が姑に見えて来たフローラは別の意味で疲れつつある。
巨人との戦闘の方が、ダメ出しして来ない分、楽と思えるほどだ。
「エルティアナさんに恥をかかさないように仕草もしっかりしないといけないよね!」
「分かってるわよ……」
エルティアナ女史に化けて活動している以上、彼女に恥を晒すわけにはいかない。
そもそも11歳まで礼儀作法を叩き込まれたフローラは、それをできるはずであった。
しかし、【鎧の巨人に復讐するフローラ】という人格に上書きされたせいでこの有様だ。
「寝る時は、しっかり寝ないといけないよ!」
「だからってダブルベッドで寝る事は無いじゃない?」
「別々にしたらフローラがこっそり仕事をしちゃうじゃない」
なにより夫婦でもないのにミーナとダブルベッドで眠る事となった。
相棒のライリーの背の上で眠らせない為とはいえ監視がきつい。
それを告げれば、ミーナは「一日の計画を変えるから詳細に話せ」と告げて来る。
『うーん、自分がお願いしたとはいえ監視がきついわね…』
フローラは、ミーナに人としての倫理観と理性を保たせる様に監視しろと命じた。
ただ、夫婦の様に頬にキスしたり、抱き合って寝るのは可笑しいと思っている。
「フローラが殿方だったら結婚できたのになー」
「そしたらミーナとこうやって仲良くなれなかったかもしれないわ」
なにより同期の大半が死んだり、親友をいろんな意味で失ったミーナはどこか壊れていた。
まるで自分を崇拝する親友の立ち振る舞いにどうやって改善するべきか分からない。
「どうしてそんな事を言うの?」
「女だから色々やらかしても、見逃してもらったからよ」
「異性だったとしても、絶対に仲良くなれたと思うのに…」
もしも、自分が殿方だったら敵は甘く見ずに本気で殺しにかかって来た事だろう。
ロッド・レイス辺境伯も娘と同性だからこそフローラに相談をもちかけたのは明白であった。
ある意味、女だからという武器をヒストリア以上に上手く扱うフローラは事実を述べただけだ。
しかし、ミーナが涙ぐんだので頭を優しく撫でて抱き寄せるしか彼女を癒せなかった。
「そう?もし、そうだとしてもミーナにライバルが多すぎて嫉妬したと思うわ」
「そうかな?」
「そうよ、トーマスもミリウスもナックもミーナは可愛いって言ってたもの…」
104期南方訓練兵団は、ヒストリアやアニ、サシャやミカサなど美少女揃いだった。
そのせいで2つの黒髪のお下げが印象的なミーナは、没個性として埋もれる事となった。
ただ、頑張って難題に立ち向かう姿は、誰から見ても気を惹くほど魅力的だとフローラは思う。
少なくともライナーからパワハラ染みた言動を多々受けたアニの精神を癒したほどには…。
「ホント?」
「うん、暫くしたら『何であの時、ミーナに告白しなかったんだ』と後悔する殿方は多そうよ」
実際、両手を腰に当ててドヤァ顔をするミーナは、フローラも思わず振り向くほど可愛かった。
以前、エルミハ区で私服を買った時、ミニスカに膝丈の靴下を履いた彼女は本気で推せる存在だ。
ミカサやヒストリアを高嶺の花とするならば、親友は何気ない仕草で殿方を魅了するだろう。
『……って親友に劣情を抱いたらいけないわよね』
もしも、フローラが殿方でダブルベッドでミーナと寝るとなった時、正気ではいられないだろう。
乙女と違って経緯や過程、動向を軽視し、結果と支配欲に導かれた男がやる事は決まっている。
甘えたいミーナを押し倒して乙女の尊厳を踏み躙って自分の欲望のまま動くと確信できる。
「フローラ!もう寝る時間だよ!3日後には戴冠式があるんだから早朝に寝坊したらまずいよ」
「そうね、早く寝ましょうか…」
ヒストリア・レイスが兵団政権の管理下に入るのは、既に分かっていた事だ。
それを認められなかったロッド・レイス卿が死んだ以上、誰も止める事はできない。
その内、兵団政権の高官と戦略結婚が発生するのは分かり切っている。
『みんなが生きていたらなんて仰るのかしらね』
ダブルベッドの傍にあるタンスの上には、親友のトーマスが付けていたワッペンが置かれている。
巨人の胃液でボロボロになったが、それでもミーナはずっと寝る以外は肌身離さず所持していた。
枕に頭を乗せる時に一瞬だけ見たが、相変わらず自分たちを見守ってくれている。
『そう、わたくしはー』
フローラは鎧の巨人を必ず仕留めると決意したが、訓練兵団に入団して更に夢ができた。
鎧の巨人を討伐した暁には、ライナーに報告して褒めてもらおうと思った。
今でこそ彼に恋をしてたと知ってるが、当時は本当に彼に褒めてもらいたくてしょうがなかった。
少しだけでも自分に興味を抱いてくれれば、それだけで良かったのだ。
『ライナーに褒めてもらいたかっただけなのに…』
それが叶わないどころか、鎧の巨人を殺せなかったフローラの精神は崩壊しつつあった。
だからアニの結晶を運ぶ荷馬車を追撃する巨人の群れを目撃して好機と思った。
自分が経験した出来事を記録した手帳に伝言を残して死ぬまで巨人と交戦しようと思った。
『でも、できなかった…』
金髪の巨人をライナーと勘違いしてフローラは隙を作ってしまい、巨人に掴まれた。
だが、その時に【大切な約束】を思い出した彼女は必死に足掻いて未だに生きている。
『だからわたくしはー』
鎧の巨人の討伐より重要な事を思い出したフローラは二度と立ち止まらなかった。
親友の温もりと体臭を味わう彼女は、約束を果たす為に戦い抜いた。
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「いいのか?」
「何がだ?」
突然、呼びかけられたフローラは、戴冠式の最中だという事を思い出して女将校の返答を演じた。
質問を繰り出してきたエルヴィン団長は、どこか不満げの顔をしている。
「女王陛下の口から調査兵団の活躍を告げさせなくても?」
「ああ、彼女は調査兵団と接点が無いと勘違いされる方が都合が良い」
未だに調査兵団の横暴を許していない者は多い。
そして女王は、民衆の希望となる存在となるのだから汚点は少ない方が良い。
レイス家に仕えた使用人の娘とは公表しない兵団政権の意向と解釈一致している。
だから『二度とヒストリアを私的に利用するな』とエルヴィン団長に釘を刺した。
「君こそしっかり女王様を守ってくれ。またしても狙撃されたら一大事だからな」
「言われなくても分かってるよスミス、
フローラは、負の感情を“声”として聴ける能力のおかげで窮地に陥った兵士を発見できる。
巨人に喰われそうになった時にフローラが迅速に駆けつけられるのは、これが大きかった。
だが、人の感情というのは変わるものであり、中には更に状況を悪化させる事もある。
『ヒストリアは変わった。わたくしはどうかしら…』
ザックレー総統の前で跪くヒストリアの頭部に王冠が載せられた。
これにより、ヒストリアは正式に王位を継承し、王として皆を支える地盤となるのだ。
観客から喝采と歓声が鳴り響いて後年では記念日になると実感できるほど盛り上がった。
それに対してフローラは自嘲するしかない。
『隙を見て抹殺するぞ』
『売女の末裔如きが…』
負の感情を“声”として聴ける能力は、あくまでフローラの意思で解除できない。
つまり、ヒストリア女王の誕生を認めず、抹殺しようとする連中を嫌でも感じ取った。
これでは、前とは変わらないのではないかと…エルティアナを演じるフローラは苦笑する。
それでも、やるべき事はしないといけないので部下に声をかける。
「あれでは良い的だ、すぐさま女王と総統を建物に後退させろ」
「…え?まだ式典の行事が残っておりますが」
「そうか、君は惨劇の可能性を望むというのか」
上官の正体を知っているファルケンハインは、未だに状況を理解していない。
フローラとしても、性欲や憎悪や悲観的な感情を“声”として聴ける能力の事は教えてなかった。
「少し早いがこれで戴冠式は終了だ、地上に居る兵と役人に伝えろ」
「「「ハッ!」」」
だが、包帯越しでも分かる複雑な感情を察した彼は、部下たちを呼んですぐに行動に移した。
その様子を見て戴冠式を楽しんでいた気分がぶっ飛んだエルヴィンは、何事かと思って口を開く。
「何か見たのか?」
「さあな、ただ嫌な予感がしただけだ」
鎧の巨人を憎むフローラは、その感情を偽って行動に移す事は出来ないが、それは誰も同じだ。
だからこそ、ヒストリア女王を暗殺しようとする刺客を殲滅する事にした。
既に【こういう後始末】が得意な中央憲兵を各地に配置しているのでフローラは歩き出す。
「その割には、歩き出したじゃないか?」
「私はせっかちでな、何事も無い事を祈って前に進む事しかできないさ」
人が空想で創り出した神に祈っても何も変わらないのは、フローラ自身が分かっている。
自分の意志で歩かなければ、何も変わる事は無い。
すなわち、せっかく盛り上がった戴冠式に水を差すどころか血を流そうとする輩に容赦はしない。
妄想より現実を重視するフローラは、秩序を維持する為に手を血で汚し続ける事となった。
そんな彼女を見送ったエルヴィン団長も何かを察したのか、これ以上の質問はして来なかった。
「サネス、ラルフ。遅かったわね」
かつてハンジ分隊長に突っかかってモブリット副長を馬鹿にした中央憲兵たちは恐怖で慄いた。
いや、中央第一憲兵団出身の彼らは、当然の様にフローラに振り回された被害者でもある。
だが、目の前の惨状を引き起こした加害者があの女と同じと思いたくなかった。
「お、お前…」
「
フローラは背後からの奇襲で相手の喉笛を短剣で裂いて隣人の頭を
動揺する最後の生存者には、吹き矢で喉を潰して両手で首元を抑える刺客に短剣で止めを刺した。
ケニー・アッカーマン仕込みの暗殺術を知り合いに披露したフローラは後始末のお願いをする。
中央第一憲兵団なら死体を隠蔽する方法や善良な区民を冤罪にする事など容易なのだから…。
「どうした?まだ6人も残ってるぞ」
「……ああ、分かっている」
フローラがトロスト区で殺人していたのは、記録のおかげで彼らも知っていた。
だが、実際に目の当たりにすると本当に【異形の悪魔】に見えてしょうがなかった。
こうして実力行使で動いていた刺客が残した証拠から憲兵団が有する席がいくつか空いた。
「ふふふ、わたくしの奢りですので召し上がってくださいませ!」
もちろん、飴と鞭の使い分けが上手いフローラは、協力者たちにご馳走を振舞った。
久しぶりにパンや豆のスープ以外を喰えた元囚人たちは泣きながら歓喜をする。
「もちろん、寛大な処遇を与えてくれた女王陛下には感謝しなさい」
なにより彼らは裏切る事は無い。
王の為に忠誠を誓った彼らは再び、ヒストリア女王に忠誠を誓えたのだから。
「フローラも孤児院の経営を手伝ってくれるよね?」
「え?」
当然、フローラもヒストリア女王に正体を暴露したが、逆に状況が悪化した。
「手伝ってくれるよね?」
「え、えぇ……」
かつて女王が生まれ育った牧場は、反乱部隊のせいで建物に被害が出た。
それらを放置したフローラに女王陛下は罰を与えて再建と孤児たちの遊び場を作らせた。
『やっぱ、こうなるのね…』
いろんな人に振り回されて散財ばっかりしているフローラは開き直った。
近くに居たサネスとラルフに目を付けた女悪魔は気分転換に歴史書の1ページを作る事にした。
「助けて!!」
「なんでこんな事に!!」
後日、クロルバ区の壁外で未知なる作戦が実施された。
クロルバ区出身の駐屯兵たちが上から垂れるロープを心配そうに持っている。
その遥か上空で変な物体が宙に浮かんでおり、兵士が持っているロープはそこから垂れていた。
「ついに人類は空を飛んだわ!!あはははは!!」
イライラしていたフローラは、中央憲兵が押収した物体を複製した物で空を飛ぶ事にした。
ちょうど、それを作ったアルレルト夫妻を射殺した彼らを連れて実際に実験をしたのだ。
「助けてくれー!!まだ死にたくない!!」
「お願いだ!!すぐに地上に降ろしてくれ!!」
フローラは、過去に温めた空気を集めて空を飛ぶのを利用した兵器を開発した。
そのきっかけは、彼らが押収した布切れとカゴであるが、その経緯を知れば闇を知れる。
まあ、そんな事はどうでもよかった。
大の男同士が泣きながら抱き合っているのを無視したフローラはこの装置の命名を考えていた。
「熱で温まった空気で飛ぶ球体、【熱気球】と名付けましょう!」
【空を飛んでみたい】という夢は、人類であれば誰もが考えたものである。
夢の中で両腕を大きく振って鳥の様に風の抵抗で滑空する経験も誰もがした事だろう。
それほど人類と空を飛びたいという願望は切り離せなかった。
「やっぱりサウナって万能だと思うのよねー」
だが、サウナの知識で空を飛ぼうと思って実行に移したのはフローラくらいだろう。
只今、中央憲兵出身の2名を連れた彼女は、どこまで熱気球が上昇するのか試験していた。
つまり、落ちる前提で飛ばしているので彼らは泣いていたのだ。
「はぁ……ここからじゃ【海】は見えないけど更に上昇すると見えるのかしらねー」
ウォール・ローゼの外で飛ばしているので熱気球から見えるのは、ウォール・マリアが限界だ。
しかし、更に上昇すればその先を見れると確信したフローラは見渡す景色から高度を計算した。
幸いにもウォール・ローゼの高さは50mであり、三角定規と水平器があれば計算できる。
『面倒だけど…』
気圧差で高度を測れる手段自体は確立していたのだが、そもそも山以外の高度は測らない。
もしかしたら下水道管を通す時に計測するかもしれないが、基本は測る事は無い。
ましてや、山より高い上空で高度を測定しようなどとは実行どころか考えた事もなかっただろう。
故に気圧計がいまいち信用できないフローラは、横風に耐えながら高度を計算する羽目になった。
「ねえ、みんな!!」
そして計算で導き出した答えをフローラは知り合いに伝える事にした。
「わたくしが計算したより高度が高いわ!いつ墜落しても可笑しくないくらいに!」
「「ぎゃああああああああああああ!!」」
「道理で頭が痛いワケよ。意識もボヤけて計算がし辛かったわー」
他人事に述べているが、これは酸欠でフローラの意識が正常ではないからだ。
「もういいだろ!!早く地上に連絡して紐を引っ張ってもらえよ!」
ついにサネスがフローラに泣きついて実験の中止を懇願した。
意外かもしれないが、フローラは気分転換なのに厳密に計算して熱気球を飛ばしたのだ。
だから限界を突破できると分かったなら、実験を終了して欲しいと告げるしかない。
だってサネスもラルフも、どうやって熱気球を降下するのか分からないのだから。
「言ったでしょ?計算したよりも高度が高いって」
「「え?」」
他人事の様に述べるフローラに2人の中央憲兵は嫌な予感がした。
「もう誰もロープは握ってないわ!だから引っ張って降ろすのは不可能ね!」
「「ええええええええええええ!?」」
既にフローラは、自分たちが居る高度は計算より上空に居ると述べた。
つまり、当然の事ながら計算して作ったロープは気球と一緒に宙を舞っている。
地上に居た兵士たちが心配していたのは、気球を降ろす事ができなくなると分かっていたからだ。
ただ、上空に居るはずの上官の指示がなかったので命令通りに待機をしていたのだ。
「…なあ、ここから入れる保険はあるよな?」
それでも用意周到に策をいくつか実行しようとしたフローラに賭けるしかなかった。
両手を合わせて泣きながら解決策を聴こうとするサネスに対してフローラは…。
「え?噴出器の火力を調整するしか降下する方法はございませんわよ?」
そんな都合の良いものなどないとフローラは告げて火力を調整し始めた。
温かい空気のおかげで浮かんでいるなら冷やせば落ちるだろう理論である。
「「うわああああああああああああああああああ!!」」
かつて王政の指示で民間人を抹消してきた2人は、更に頭が可笑しい女に振り回される事となる。
ここでフローラを止めたとしても、死ぬしか未来が無いのは分かってしまった。
何が酷いって、それ以上の出来事に振り回された彼女が気分転換にやった実験がコレなのだ。
「気圧の変化のせいで火力が可笑しいわね。このままだと錐揉みに墜落してしまうわ…」
「「なんでお前は他人事なんだよ!?」」
むしろ、「保険に入って遺族に提供できる様にしておけよ」と言わんばかりに彼女は他人事だ。
火力の調整が上手くできずに墜落して死ぬ未来を浮かべてもフローラは動じなかった。
むしろ、もっとひどい状況などいくらでも経験してきたからだ。
「しゃあないですわね!射撃で気球に穴を空けて無理やり降下させますわ!」
「「やめろおおおおお!!」」
なのでフローラは持ち込んだマスケット銃を上に構えて狙撃しようとした。
マジで他人事の様に述べる彼女の発言を聴いて2人は止めに掛かるが遅かった。
「あら?弾を込めたはずなのに出てこない?気圧のせいかしら?」
気圧自体は計算していたが、マスケット銃に関しては計算していなかった。
そのせいで引き金を引いても、動作不良で射撃できずに終わる事となった。
何度か引き金を引いても弾が出ないと分かったフローラは銃を降ろす事となった。
「ハァハァ……」
「マジでお前という奴は…」
調査兵団に内戦を巻き込むきっかけを作った彼らは、頭進撃娘に振り回されてばかりだ。
ようやく一息がつけるが、むしろ死ぬまでの時間を先延ばしにしたに過ぎない。
本来なら気球に弁を取り付けて暖まった空気を逃がす事で降下する。
…という当たり前の事を計算してなかったフローラは、今になって気付くがもう遅い。
そんな装置など存在しないのでどうしようもなかった。
「これからどうすればいいんだ…」
どうせ死ぬなら女の子と肉体を交えて死にたいとサネスとラルフは思っている。
だが、フローラを抱くのだけは絶対にしたくない彼らは座って泣く事しかできない。
「「ん?」」
しかし、やけにフローラが静かになったと気付いて顔を上げた。
そして視線の先には…。
「「なにやってんだてめぇ!?」」
弓を構えて矢を射出しようとするフローラの姿があった。
こんな時の為にしっかりと気球に穴を空ける手段を用意したのだ。
「矢を放ちますわ!」
「「やめろ馬鹿!!」」
問題なのは、それで死ぬ可能性が高いのだが、緊急時のフローラは大して考えていない。
だから最後にできる事を全力でやるという思考に支配されていた。
「どうせ死ぬなら足掻いて死にましょう!」
「「もうやだこいつ!!」」
計算はするが、結果がどうであれ受け入れるのが頭進撃娘の人生そのものだった。
おかげさまで令嬢時代の記憶が戻っても、精神が図太くなるくらいしか影響を受けなかった。
好き勝手に振舞う令嬢の記憶に頭進撃娘の記憶が上書きされたら、頭進撃娘になっただけである。
「えい!」
「「ぎゃあああああああああ!!」」
こうして矢が放たれた気球は、なんとかと地上に辿り着く事となった。
矢じりが刺さったままだったので空気漏れが穏やかだったのが功を奏したようだ。
駐屯兵が現場に急行すると恐怖で失禁し、全身が青ざめたおっさん2人が地面で横になっている。
「うん、これでは観測や偵察には使えないわね。もっと改良しないと…」
そして必死に今までの経験を手帳に記しているエルティアナ連隊長の姿があった。
独り言を呟いたせいで素のフローラの発言となったが、何も知らない駐屯兵は気付けなかった。
「ご無事ですか連隊長殿!?」
「ああ、ピンピンしている!それより改善案が13個も発見できたのは有意義であった!だからー」
だらしなく気絶しかけている2人を無視してフローラの思考は更なる好奇心に支配される。
これを改良すれば、もしかしたらー
「思いっきり墜落してましたよね!?」
「……はい」
だが、ラナイ女史に化けるミーナに牽制されたせいで同様の実験ができなくなった。
この後、ミーナによるお説教とライリーのお世話が待っていると分かるフローラは…。
「ああ、その時、サネスは発言した。『我々はついに人類が描いた長年の夢を叶える事ができた。次に空中で飛ぶ要塞が生まれる事となるだろう。決して叶わぬ夢などないのだから…』」
とりあえず、シニタクナイ!とかタスケテ!とか叫ぶ記録を後世に残したくないフローラは発言の捏造をした。
人類史に残る歴史は、後世の人々が納得する名言で残さないといけないという義務感に駆られた。
その結果、人類史上初めて滞空した2名の兵士は、捏造された名言と共に歴史に残る事となる。
「さて、今度は本題に入ろうか!」
ちなみにこの気球実験は、あくまでおまけである。
むしろ、ハンジ・ゾエと技巧科の連中が考案した兵器の実戦試験をしに来たのだ。
その為に、さくっとフローラは巨人を13体討伐した。
「……やっぱ、頭おかしいよ」
フローラの事情を知る中央憲兵の大半は、彼女の行動に呆れた。
ただ、彼女と仲が良い2つの部隊は、笑い話として呆気なく済ませて終わった。
「さあ、実験だ!!何事も理論や計算より結果から導き出した方が早いからな!!」
既に小型化した模型と信管作動実験で爆破実験はしていた。
問題なのは、後に“雷槍”と呼ばれる兵器の運用と手段について定まっていなかった。
そこで短剣型立体機動装置の実技試験を実行した経験があるフローラが決める事にした。
「あうち!!」
最初の試作品では、燃料噴出が強すぎてフローラは宙を舞った。
慌ててワイヤーを切り落としたおかげで彼女は爆発の直撃を受けなかった。
一歩間違えれば、汚い花火になりそうだった女はその程度では動じない。
「ぐえ!!」
しかし、6mから落下したフローラは受け身を取って地面に転がるが、めっちゃ痛かった。
大事故が発生したのは明白であり、慌ててミーナを筆頭とする駐屯兵たちが集まり出した。
「いたたた。…次、行こうか!」
そもそも医務室に108回も搬送されたフローラはこの程度の事故で怯まない。
すぐに気を取り直して雷槍の戦術や運用方法の確立を急いだ。
「さすがウォール・マリア奪還作戦で生き残った女…」
「やっぱり平民上がりのお偉いさんは格が違うな…」
蛮勇を勇ましいと勘違いする駐屯兵たちは、本気で彼女の雄姿に感動した。
だが、中身を知っている中央憲兵出身者たちは本気で呆れてものが言えない。
サネスとラルフに至っては、この日、意識が昇天してしまい、戻って来る事は無かった。
「生きてる?」
「マジでか?」
病室に居た彼らが意識をしっかり取り戻した時は、実験から丸一日半が経過していた。
実は天国に来ているんじゃないかと思う2人は…。
「あら、これから熱気球の実験をする時に目覚めるなんて…もっとやりたいのかしら?」
フローラ・エリクシアの姿を見た瞬間、ここが地獄だと勘違いしてしまった。
間違ってはいないかもしれないが、少なくとも彼らは無駄に生き残る事となった。
その分、彼女に振り回されたのは言うまでもないだろう。
そんなフローラにも天敵は存在する。
「ちゃんと遊んであげてね?」
「え?でもわたくしはやるべき仕事が…「やるよね?」アッハイ「やるよね?」。ワカリマシタワ!」
訓練兵団時代から天敵であったヒストリア女王に振り回される事となった。
あくまでお飾りの王とはいえ女王の権力を駆使する彼女にフローラは抗えなかった。
度重なる戦闘で孤児が増加し、女王陛下の元、遊び相手として一日を何度も潰す事となった。
「だから、ミーナもヒストリアに提言してくれない!?」
「むしろ、変な事をやらかす暇が無くなるから良いと思うけど?」
ミーナに相談したら呆気なく梯子を降ろされたフローラは孤児の相手をする羽目になった。
殺人が多すぎて気が病まない様にとミーナなりの優しさだったかもしれないが…。
そもそも両手が血で汚れ続けた女に子供の相手をさせるのはどうかと思う。
「そう思いますわよね?」
「それが貴公の罰になるならいいではないか」
「ええ!!?」
クロルバ区の病院に入院している本物のエルティアナ女史も問題視しなかった。
むしろ、偉大なる女王陛下に贖罪を与えられた機会を受け入れろと言う有様だ。
「ザックレー総統!!分かってくれますよね!!」
「それより液体窒素で新たな作品を思いついたのだ!!手伝ってくれないか!!」
「ええっ!?」
兵団政権のトップであるザックレー総統に泣きついたら余計な仕事が増えた。
しかも、仕事が増える事があっても減る事は無い。
そしてミーナに行動が制限される事が多くなったので必然的にフローラに自由が無くなった。
『いやああああああああ!!またなの!?』
遂にいろんなお手伝いをする夢までフローラは見る事となった。
もはや寝る前にミーナの肉体で遊ぶ事と食事をする事ぐらいしか楽しみが無い。
そう思っていたら食事を楽しみにする事すらできなくなった。
「これは?」
「料理以外に何があるの?」
「いえ、なんで連隊長なのに失敗した料理を喰わされる訳?」
ストヘス区からやってきた本物の令嬢が料理の手伝いをする事となった。
微笑ましい光景に誰もが温かい目で見守っていたが、完成した料理は酷かった。
誰もが目を逸らし、純粋に貢献していると思っている元子爵の令嬢の気持ちも踏み躙れない。
そこで中央憲兵たちは、フローラに料理を押し付けて彼女は料理人を問うべく親友に尋ねた。
「訓練兵時代のフローラは何でも食べたじゃない!」
「さすがに他人が作った失敗料理を喰って処分する事は無かったわ!!」
訓練兵時代にフローラは食べられる物は何でも食べた。
その辺に生えているキノコも食べたせいで何度も死にかけたせいでキノコが嫌いになった。
それはともかく喰えそうな物なら何でも喰ったと印象は強かった。
そのせいで偶然訪れたヒストリア女王の命令で残飯処理ならぬ毒飯処理をする事となった。
「矯正しない限り、二度と調理場に立たせないわよ!!」
さすがにこれは、矯正しないとまずいと思ったフローラは4食を完食した上で叱責した。
そして令嬢だった女の子を別の部署に送ったが、1週間以上も下痢が止まらなくなった。
壁の外で活動する協力者を得たくて募集をかけたのに酷い目にしか遭っていない。
「ライリーがフローラとお散歩したいって」
「やめて……本当に…マジで死んじゃうわ」
最近、ミーナがライリーに騎乗する事になったが、さすがに物足りない態度を取った。
そのせいでフローラは、週に3回はライリーと一緒に何時間もお散歩する事となった。
さすがに下痢で苦しむ親友を見たミーナは、下処理をするつもりで同行する事となる。
『絶対に可笑しいわよね!?』
自業自得とはいえミーナに情けない姿を何度も見せる羽目になった。
しかも、他の馬に浮気するなと言わんばかりにライリーが本気で腕を噛んできた。
おかげさまで相棒の怒りが収まるまで世話をする事となる。
「先輩!!進捗状況はどう!?できた!?できたよね!!」
ついでに新兵器開発の進捗状況を知りたいハンジまでやって来る有様だ。
分隊長という肩書も部下が居なければ、軽いノリで動けるのは厄介である。
わざわざ最東端のカラネス区から最西端のクロルバ区に来る有様だ。
『やっぱり中隊長にしておくべきだったかしら…』
逆にフローラは連隊長という事で動くにも部下や相手方に話を通さなければならない。
椅子で踏ん反り返れるという事は、部下を通じて伝言ゲームをしないといけないと同意義だ。
よって不意打ちの来訪者の対応は、軍規や法律で抑制するしか対処しようがなかった。
それらがハンジ・ゾエに通じないのは分かり切った事である。
「まず落ち着け」
「いたたたた!!」
その為、真っ先に身体を痛みで分からせる必要がある。
ハンジ分隊長の寵臣だった女は、今となっては元上官に関節技をかけるのが風習となった。
「ギブアップ!」
「そんなに元気に言えるならまだやってもいいか」
「なんで!?」
おそらくミーナは裏で頭を抱えて計画を練り直しているとフローラは分かる。
だからその仕返しに追撃をしてから本題に入る事にしている。
「で?完成したの?」
「あくまで試作品を運用した段階だ。まだ量産にはほど遠い」
「いや、もう量産してくれ」
安全に気を遣うフローラに対してハンジは即座に新兵器の量産を願い出た。
試験をした先輩が生きているなら他の兵士でも扱えると思ったからだ。
だが、実際は負傷と事故の経験が豊富なフローラだった為、生き残れたに過ぎない。
だから能天気で兵器の量産を急ぐハンジをフローラは牽制した。
「まだ誤爆の危険性がある。それにまだ信管の信頼ができん。まだ進歩を待て」
「でも、目標に向かって射出できたんだろ?」
フローラは痛みで学習するが、ハンジは逆に結果は過程で直せば良いと思考をしている。
要するに兵器開発では、2人の相性が最悪過ぎて話が一切通じなかった。
「徹底的に欠点を洗い出さなければ、私は試作の量産すら許可しない」
「もう時間がないだろ?自己責任で良いから量産を急いでくれ」
試作段階をしっかりしなければ、兵器として完成しないという価値観。
失敗しても良いから、とにかく試作を量産移行にして実戦で改良するという価値観。
双方とも重要ではあるが、少なくとも民衆の意向を考えれば後者を選ぶべきであった。
「兵士は装備を信頼している。その信頼を裏切る訳にはいかん」
エルティアナを演じるフローラは、それでも雷槍と呼ばれる兵器の量産に対しては渋った。
コストと安全性は比例せず、成果と過程も一致しないのは、いつもの事である。
だが、鎧の巨人に通じる兵器にしては、あまりにも誤爆しかねない危険性に警戒した。
「では、私も試験するから先輩はガワと弾薬は生産して欲しい」
妥協はしないハンジは、すぐにでも量産できる様にとにかく材料を確保して欲しい懇願する。
兵器開発の考えの差が出ているが、だからこそ双方はお互いを信頼できるのだ。
「調査兵団らしい博打じゃないか。起死回生の一手の為に屍の山を築くのはお似合いか」
「そうならない様に先輩と打ち合わせしてるんだけどぉ?少なくとも私は思ってるんだけどなー」
既にフローラは解決策と改善案は用意している。
ハンジも兵器の設計に携わったのでどんな事故になるか予想済みである。
「よろしい、せいぜい先人の二の舞にならない様に気を付けたまえ」
「さすが先輩!話が分かる」
あくまで現実的にしか考えられないフローラは、かつての上官には勝てなかった。
「どうせお前は、納得できない限りここに居座るのが目に見えるからな」
「でも、無理は言ってないでしょ?」
「ああ、貴公らの部隊に志願した兵士が苦労するだけだ。勝手にしろ」
あくまで白兵戦を切り札にしているハンジと火力支援を切り札にするフローラには壁がある。
逆に犠牲を極限まで抑える戦術はハンジで、犠牲を出してでも目的を達成するのがフローラだ。
手段と目的、戦術と戦略が見事に対極に位置する2人は、ある意味で似た者同士だった。
「じゃあ、予算と開発人員と先輩のコネと食料と嗜好品をください!お願いします!」
「せめて2個に絞れ」
「予算と開発人員ならいいの?」
「既に送っているつもりだったが?」
フローラは、自分が創設した組織について活躍するのを抑える羽目になった。
あくまで調査兵団は巨人と戦う為に創設された組織では無いのだ。
もし活躍すると、調査兵団の面目が立たないどころか廃止になるのは目に見えた。
『まだ欲張るというの!?』
だから自分たちが活動する時は、必ず「調査兵団の監修あり」と宣伝していた。
これにより、自分たちの活躍は調査兵団が無くてはあり得ないと民衆に知らせたのだ。
そうしないと、「調査兵団居る?」という声が出てきてしまうからだ。
「いや、調査兵団は立て直しでいろんな物が不足していてね…」
「上に言え、上に!」
「上だと決められた予算しかくれないからね。先輩に頼むのが早いと思って」
ハンジの発言は正しくフローラの行動はかなり不味い事をしていた。
ただし、これは民衆の声を受けて過剰に支援された事に起因している。
すぐに支援を打ち切って壁の外に居る巨人と全面戦争をしろという餌に過ぎない。
「そういうわけで小切手をくれないかな?」
そこで【調査兵団と共闘する関係で身動きが取れない】という建前を作る事となった。
その間に兵器開発を進めて予算がいつ打ち切られても良いように対策していた。
それと同時に予算を分配し、規模が逆転するのが予想される調査兵団に投資をしていた。
「やる代わりに私の命令抜きでここで来るな。文通も1日に2通までだ。いいな?」
「さすが先輩!」
ハンジ・ゾエはまだ分かりやすいからフローラとしても助かっている。
だが、その上に君臨するエルヴィン団長の対処がかなり難しかった。
『やりたい事は理解できるけど何を求めているのかさっぱり分からないわ…』
この頃のエルヴィン団長は独りで悩むのを放棄していた。
前代未聞の出来事の数々に頭がやられたのか、悩み過ぎたのか。
エルティアナの動きに追随する行動を取っていた。
『気軽に逢えないから対処のしようがない…』
フローラは調査兵団を立たせて活躍させる為に様々な手を打った。
だが、調査兵団が連隊に吸収されようとする動きをするせいで悉く失敗した。
『さては、調査兵団を連隊の一部隊にする気!?』
フローラと調査兵団の上層部はエルヴィン団長の迷走に気付いていた。
一時的ではあったが、エルヴィン団長は連隊に調査兵団を吸収させる動きをしていたのだ。
『小切手の使用規約を緩めるしか方法がないわね……』
当の本人は、この時の行動の真意について述べる事も無く戦死する事となった。
だから回想話をするフローラは、エルヴィン団長の真意を知る術はない。
ただし、立場故に縛られていたという経験をして同情し、小切手の条件を緩和した。
「……え?」
後日、請求書を受け取ったフローラは動揺する事となった。
自分名義で大量の肉を買うわ、酒を買うわ、嗜好品を買いまくっていたのが判明した。
フローラの行動に悩まされた団長は、今度は無意識にフローラに仕返しをしていたのだ。
しかも、フローラは金を請求しなかったのに…向こうは金を請求してくる有様だ。
「ええええ…」
これにより、調査兵団の士気が向上する代わりにフローラの貯金が尽きる事となった。
もしもフローラと活動していたら、多くの商会から融資を受ける事ができた。
しかし、エルティアナ名義だと実績が無い為、借金をするしか資金を得られなかった。
多額の借金を抱えて破産寸前まで追い詰められた彼女は最後の手段に出た。
「キッツ隊長の遺した討伐手当を当てにするわ!!」
フローラと駐屯兵団第一師団精鋭部隊のキッツ隊長は気軽に交流するほど仲が良かった。
その際にフローラの活躍に感心した彼は、【討伐手当】について熱く語っていた。
当時は戦果を隠蔽した王政とフローラは意見を一致させていた為、大事になる事は無かった。
ただ、兵団政権は巨人掃討の為に【討伐手当】を採用した。
「という事で突撃!!」
巨人と戦闘をする部隊を育成する暇が無いので迫撃砲の研究に力を入れていた。
その研究が続行できなくなるせいで部隊を率いて巨人と戦闘する事になってしまった。
完全に手段と目的は逆転し、フローラは部下の死を何度も見る事となる。
彼女は、キース・シャーディス教官やエルヴィン団長と同じ気持ちを抱える事となった。
「……もう泣きたい」
巨人は討伐すると痕跡を一切残さずに消えてしまう。
だから民衆や兵団政権の高官を50mの壁上に召集し、戦績を確認してもらう事となった。
カラネス区巨人討伐ショーを開催した女は、今なお巨人討伐ショーを続ける事となる。
自分を信じて散っていた駐屯兵の屍の山を築き上げながら…。
「……やっぱり強化剤は必須ね」
巨人との戦闘で大事なのは、瞬発力と動く勇気である。
しかし、どれだけ訓練しても、正常な思考を持っていると兵士は動けなくなるのだ。
だからフローラは、薬物やアルコールで思考を歪めようとしたが、すぐにミーナに却下された。
「逆に怪我人が増えるでしょ!!」
「確かに治療費の負担は凄いけど…」
キッツ隊長が考案した【討伐手当】のおかげでフローラは辛うじて破産を免れた。
しかし、部下全員の治療費なども自分が負担するせいで結局、赤字になっていた。
兵団政権に請求しているが、まともな返答がないのは分かり切っていた。
だって向こうは、旧政権派の兵士を使い潰したいのだから…。
『どちらにしても、結果は決めないといけないわ!』
借金を返す為に借金を繰り返すフローラは、無駄に金がかかる薬物研究に終止符を打つ事にした。
アインリッヒ大学の薬学を専門とする教授たちに結果と結論を求める事となった。
「平民の血と貴族の血は違う?例のキノコだと前者しか反応しない?本当なのか?」
「閣下が疑うなら他に誰に報告すれば良いのですか?」
ここでフローラは、自分たちの流れる血と貴族系の血が別物だと理解した。
同じ血であるが、とある成分を加えるとユミルの民の血だけ特定の化学反応を示したそうだ。
巨人化できるご先祖の血が混じっているとはいえ、こうも違うとは思わなかった。
「たかが一部の成分が違うだけだろ?そんな事があり得るのか?」
「もう一度、血を提供してもらえれば立証する事も可能ですよ」
「そうか…」
特にフローラがドーピングで使用したキノコは、ユミルの民しか反応を示さなかったと知った。
そう語る教授の話を聴いてフローラは閃いた!
「ならば実験しようではないか」
兵士としての訓練を修了していない子爵家の令嬢を連隊に加えたのは、いろんな理由があった。
可愛いお嬢様に応援される事で兵士の士気を保つ役割など…ただのおまけに過ぎなかった。
彼女の覚悟もあったが、貴重な非ユミルの民の純血が欲しかったのだ。
「本当に血を提供するだけで皆様のお役に立てますの?」
「ああ、そうさ。君にしかできない事だ。頑張って耐えてくれ」
「分かりましたわ!」
あくまでも、マリアンヌ嬢だけの血で全てを賄うには無理がある。
そこでフローラは、更なる【血】を求めてザックレー総統に支援を願い出た。
「いいだろう。その代わりに結果は教えてくれよ?」
「感謝いたします」
巨人化できるユミルという奴隷がフリッツ王の子供を授かり、その子孫が自分たちとなる。
だからユミルの血を継いでないのは、元から居た住民か、貴族くらいしか居ない。
王政の最高幹部たちを筆頭に上級貴族の血ならばと…いくつか調達した。
当然の如く、巨人化できない血筋では肉体の強化に繋がらなかった。
「……本当に良かったのかしら?」
死刑囚での人体実験を得てフローラは、強化剤を作る事に成功した。
ただ、直接摂取させた死刑囚は鎖と枷を破って石壁を破壊した。
あまりにも暴れっぷりにフローラですら、暴れ回る実験体を殺すのに手間取ったほどだ。
「思考が汚染されるドーピング剤なんて…」
結局、ミーナが危惧した薬品となってしまった。
無色無臭のせいでばら撒かれても気付くのが遅れるドーピング剤は脅威だった。
そのせいでフローラは、視覚的に分かりやすくする以外に対策しようがなかった。
それでも、あまりの危険故にフローラは何度も研究成果を破棄しようとした。
「でも、これで生き残れるなら…」
ただし、全身を鎖で巻かれた囚人があそこまで暴れられた印象が記憶から薄まらなかった。
巨人の討伐より苦戦したフローラは、この薬物で兵士の死傷率を下げられると期待してしまう。
「もっと簡単に扱えるなら…」
ポリ窒素に関しては、触媒で制御できるのでそこまで危険視しなかった。
その代わりにこの薬物に関してどうするべきか悩み続けた。
「……これしかないか」
口から直接に薬物を摂取させると死刑囚は殺すまで暴れ続けた。
注射器で分量を調整しても無駄に終わった。
だが、少量を混入した煙を吸わせた囚人は一通り暴れた後に落ち着いた。
これについての原因は究明する事はできなかった。
「誰かやりたい奴は居るか?……まあ、誰もやらないよな」
臨床実験をしたいと志願する学者や教授は居なかった。
その為、ドーピングさせた囚人の経過観察の結果を得てから実用できるか判断する事となった。
「まあ、行けるか」
結果として20日間も生き延びたなら充分だった。
何もできずに死ぬ未来から20日も先延ばしにできるならそれで良いとフローラは考えた。
少なくとも、まだ囚人が死ぬ様子が見えないので極少数を生産し、こっそり所持する事となった。
「信煙弾と組み合わせますわ…。それならすぐに分かりますからね…」
本来は着色した水溶液に溶かして使用する手筈だったが、危険だったので変更となった。
調査兵団が愛用する信煙弾と組み合わせてドーピング専用の弾を作る事となった。
規格は共通しているのでその気になれば量産できたが、フローラはそれを避けた。
むしろ、できれば実戦で投入される事がないのを祈っていた。
「ミーナ、これをあげるわ」
「信煙弾じゃない……これって必要なの?」
まず、親友のミーナに渡した。
自分からの贈呈品ならきっと大事に持ってくれると賭けたのだ。
「これはね…ユミルの民だけに作用するドーピング剤なの」
「ドーピング?まさか、まだやってたの?」
「いいえ、これで終わりよ」
「…え?」
そして研究を打ち切った事と使用用途を伝えたフローラは念を押した。
「もしもの時だけに使いなさい。そうすれば一時的に力を手に入れられるわ」
「その後は?」
「まだ試験中と言いたいけど臨床実験は危険過ぎてできなかったわ」
人体実験の件については共有し、渡した薬品が劇物だと伝えた。
フローラとしても、これに頼りたくないので僅か4個を生産しただけで打ち切りにした。
最初の1個は、アインリッヒ大学の地下深くに封印される事も告げた。
「あとは、補給隊長、そしてわたくし以外は所持していないから安心してね」
【
ただし、この劇物に関してフローラは、直属の部下にすら曖昧な情報しか伝えなかった。
あくまでも保険に過ぎず、開発経緯の事もあり、表舞台に出てくるのを避けたかったのだ。
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だが、これは使用される事となった。
この事に関しては、実際に使用したフローラは客観的に説明はできない。
「リヴァイ兵士長ならご存じですよね?」
「てめぇがわざとらしく使ったからな。嫌でも忘れんぞアレは……」
経験した事は述べられても、第三者から見た状況は説明できない。
だから間近で異変を見届けたリヴァイ兵士長にフローラは説明を投げた。
「二度も服用したわたくしでも、客観的に説明する事ができません」
「つまり、俺に説明しろと?」
「その方がわたくしも解説がしやすくなりますので……」
リヴァイとしても、この薬物の件は、あまり語りたくなかった。
異形の巨人の群れとの戦闘で見せたフローラは本気で彼から見てもヤバかった。
だからこそ、超大型巨人の大群が出現した際にその薬物に頼ったのだ。
「いいだろう。お前の蛮行を皆に伝えようじゃないか」
「お手柔らかにお願いします」
何か小言を言おうと思ったリヴァイだったが口に出すのをやめた。
たまに休憩を挟んでとはいえフローラは喋りっぱなしだった。
だから少しだけ彼女を休める様に今度はリヴァイが回想話を始めた。
「お前ら、今のうちに耳の穴を指で掻っ
リヴァイはフローラに問い詰めたい事はたくさんあったが、特に薬物に関して気になっていた。
さきほどまでフローラが気にしていた劇物に関しては、自分も実際に服用したからだ。
ただ、薬物の効果が切れた直後はともかく肉体への後遺症が一切見られなかった。
「トイレや紅茶の補充をするなら今だぞ?お前らはどうする?」
ただし、これは皆と共有したいのであえてリヴァイは勿体ぶった。
「……なら俺は、話をする前にトイレに寄る。その間に紅茶のお代わりを頼むぞ」
「承知しましたわ」
誰も反応を示さなかったのでリヴァイはあっさりと紅茶の要求をした。
ついでにわざとトイレで用を足す時間を延ばして休憩をする時間を作った。
その意図に察したフローラは立ち上がってプレハブ小屋から出て行った。
すぐ後をリヴァイが追うように退室した。
「……ああ、なんだろ」
残された調査兵団の面々は、慌ててトイレに行くなりストレッチを始めた。
休憩時間で紅茶を飲み干したエレンは思った事がある。
「どうしたのエレン?」
横に座っていたアルミンは、エレンの様子が可笑しい事に気付いて声をかけた。
「いかにオレたちって無力な存在か思い知ったよ」
「……そうだね」
フローラやリヴァイ兵士長は、誰よりも巨人を討伐しまくった。
そんな彼らですら数という暴力には敵わなかった。
それらは巨人だけではなく兵団上層部も含んでいるとエレンは知った。
「だから出世したくないと思ったんだ」
フローラはあっさりと一等兵から憲兵団の旅団長に化けて活動できた。
その裏側では尋常じゃない努力と勉強、なによりそれを行なうセンスが凄かった。
エレンは英雄には憧れるが、班長より上の階級にはなりたくないと思った事を親友に独白した。
「それにみんなとこうして会話する事もできなくなるからな」
エレン・イェーガーはハンジ分隊長に振り回されて酷い目に遭い続けた。
しかし、それはハンジも同じであり、むしろ苦悩の連続で誰かに頼るほど困窮していたと知った。
だからエレンは、あくまで人類の切り札程度の地位で収まって活動をしていきたいと思った。
「でも、そのままじゃいられないよな…」
空になったカップを見てエレンは呟いた。
いくら慎重に飲んでいても紅茶はいつか無くなる様に生きている間は、何かを失い続けてしまう。
『誰かを守る為に自分を犠牲にするなんてやりたくないもんだが……』
目の前で会話をしている同期を失った時、自分は耐えきれるのかと考えてしまう。
むしろ、誰かを失うなら自分が命を投げ捨てても良いと感じてしまった。
そしてエレンが内心で抱いた思考は、後に的中し、率先して実行する事となった。