進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
「これであらかた片付いたか」
「はい、間違いありません、ただまだ数体残っているようです」
「ミケ分隊長の嗅覚で感知できたら楽なんですけど…」
「さすがにこの市街地じゃ感知しきれんだろう…特に今はな」
アーベル・オッペンハイマーは、ニファの提案を一蹴した。
今回の作戦は、巨人を殲滅するよりも遥かに難易度が高い。
状況を把握する為にトロスト区の街並みを望遠鏡で眺めていた。
「クソ、10m以上はあるな…」
「さすがにデカすぎますね」
「と言っても4m級じゃ壁上で眺めていても見つからんしな…」
巨人を1体発見したが【目的】のものではなく諦めて彼は、懐に仕舞いゴーグルを付け直した。
「やっほーい!みんな元気?」
「「ハンジ分隊長!」」
気が抜けた声の主の呼びかけによって2人は振り返った。
「遅いじゃないですか!」
「いやー作戦の説明に時間が掛かってね!」
「…その子は誰なんですか?」
上官であるハンジ分隊長の傍らに見かけない兵士が居る。
しかも紋章から訓練兵であることが分かる。
2人は何故、この重要な作戦に場違いな訓練兵が居るのか疑問に思った。
「よくぞ訊いてくれました!この子は、フローラ・エリクシア!今回の作戦に参加するよ!」
「「はあっ!?」」
「待ってください!巨人捕獲作戦に参加させる気ですか!?」
「ケイジ、さっき説明したのにまた聞くの?」
「いやいや、本当に参加させる気とは思わないでしょうが!!」
同僚であるケイジ・ランドルフの慌て具合から本気で訓練兵を加えるようである。
余談であるが【巨人捕獲作戦】は過去にも何度も実施されたが、5回だけ成功しただけである。
その成功例も壁外であった為、新手の巨人によって護送部隊が壊滅して結果的に失敗に終わった。
今回は、奇遇にも壁内に居るという事で、回収も容易く捕獲作戦の難易度は大幅に下がっている。
とはいえ、巨人を討伐するより遥かに難易度が高い作戦である。
「おいそのガキ、この女に付き合ってると早死にするぞ」
「そうだぞ、せめてオレの実力に追いつくまでぇはぁ!?」
「オルオ、調子に乗ってるから舌を噛むのよ」
「うふはぁい!へはぁら!」
捕獲作戦の指揮を執る第4分隊の精鋭以外は、調査兵団でも最精鋭の人員が勢揃いしていた。
それを見たフローラは、話が違うと内心で憤っていた。
てっきり体験入隊かと思ったら実戦投入されるのを10分前に聴いたのだ。
さすがに抗議したが、華麗に無視されてここに来てしまったのだ。
「腕は確かなのか?」
「駐屯兵団第一師団精鋭部隊のお墨付きって言えば分かるでしょ?」
「なるほど、それはヤバいな」
そう口にしながらもリヴァイ兵長は、既にフローラのやばさに気付いていた。
それは巨人を討伐する技量でも桁違いなスタミナでもない。
困惑している彼女には恐怖と言う感情が一切見られなかった。
すなわち、訓練兵の皮を被った得体のしれない化け物とだと見抜いていた。
「ハンジ、そいつはお前が連れてきたんだから最後まで面倒見るんだろうな?」
「もちろんだよ!もし困った事があったら遠慮しないで私に聞いてね」
「今がその時では?」
「なんか言ったかい?グンタ君」
「いえ、なにも…」
かつて、鬼の形相で叱ってきた教育係だった上官の圧力で縮こまるグンタ。
寵臣のニファ以外は、ハンジこそが調査兵団の中で一番怖い人物だと理解している。
そして普段は調査兵団の頭脳としてエルヴィンをサポートしているからこそ無理がよく通るのだ。
「おい始めるならささっとやれ、グズグズしていると待たせている駐屯兵団に悪いからな」
「よーし、捕獲作戦開始だ!みんな絶対に死ぬんじゃないぞ!」
こうして、フローラに巨人捕獲作戦の全容を説明される前に作戦が開始した。
「フローラ、君は我々と一緒に行動してくれ!」
「はい、分かりました」
副官であるモブリットの指揮の元、第4部隊と共に市街地へ駆けていく。
新兵ということで気を遣っているのか立体機動の動きは抑え気味であった。
「分隊長!新兵を置いてどこに行く気ですか!?」
「その子ならついてこれるよ!さあ、一緒に可愛い子を捕まえに行こう!」
一方、知るかバカと言わんばかりに班員たちを引き離して突っ込んでいくハンジ。
もちろん、全員が自身が選抜した精鋭中の精鋭だからこそ無茶な行動をしていた。
「ハンジさん!14時方向に10m級巨人です!」
「うーん、さすがにデカすぎるか!残念だけど討伐するよ!」
ゴーグルがよく似合うアーベルの警告を聞き流した彼女は目の前の巨人は要らないと判断した。
襲い掛かってくる巨人の拳を間一髪回避して急旋回して綺麗なV字型の軌道を描いてうなじを斬り落とした。
「あははは!惜しかったね!」
「分隊長!いい加減にしてください!」
気ままに自由奔放で動き回る女隊長を宥めるイケメンの副官。
戦場ではなかったら微笑ましい光景かもしれない。
だが、フローラはハンジ分隊長の動きだけを事細かく見て分析していた。
一見ぶざけたようで、相手の攻撃速度を計算した上で死角に周るように移動した。
それも最低限の動きと重心の傾きだけで綺麗なV字を描いて見せたのだ。
「立体機動って中々奥深いですわね」
フローラの場合は立体起動中にどう動けばどう動くのかは理解していた。
ただ、その通りやれば正解というわけではない。
自分の技量は、訓練と実戦で極限まで高めたものの、技術に関しては教科書の延長上でしかない。
だからこそ、新たな技術が必要である。
「さて、次の巨人を探しに行くよ!」
「まだ続けるつもりか…」
「ケイジさん、この機会を逃せば巨人を捕獲する機会ないですし、もう少し続けませんか?」
「まったく…ニファは優し過ぎる…」
リヴァイ兵長の回転斬りと、地面にアンカーを射出するという発想、最短ルートでうなじを斬る動作。
同期たちや精鋭班では絶対に身に付かない【巨人を狩る為の立体機動】がここにはあった。
彼女は、この中で自分が使いこなせる技術を学び、極限まで肉体に負担をかけない立体機動。
すなわち、フローラ専用の立体機動戦術を造り上げようとした。
「あーっ!あんな所に4m級の巨人が!!この子を捕まえるぞ!!」
「分隊長!【捕獲銃】はどうされたのですか!?」
「あっ、フローラに渡したまんまだった…!」
「なにやってんですか!!」
「そんなワケでフローラ、よろしく!」
「えぇっ!?」
フローラは、捕獲銃と呼ばれている特殊兵器を取り出した。
撃ち方や射程範囲、効果などは、無駄に熱く語ってくれたおかげで理解している。
「無茶です分隊長!」
「いいから黙って見てろ!」
「はい」
まずは、班編成から外れて4m級の巨人を飛び回ってみた。
巨人は動きに振り回されて混乱していた。
その隙を見逃さずあらかじめ拾っておいた小石を両目に向けて投げつけた。
異物が入って膝をついて両目を両手で抑える巨人を確認し捕獲銃のトリガーを引いた。
「臆さず成功させたな」
「ハンジ分隊長ですら初回は外したのに…」
「分隊長?急に静かに…どうかされましたか!?」
勢いよく射出された捕獲用の網は、巨人の身体を包み込んでそのまま壁に激突させた。
当然、反動で吹っ飛ばされたフローラは屋台のテントにめり込んでいた。
しかし捕獲班は、そんな事より俯いて黙り込んだハンジだけを心配そうに見つめていた。
「やったぜええ!4m級ゲットだぜ!」
「分隊長、興奮し過ぎです!」
手の差し伸べたモブリットを無視して、鼻息を荒くしながら飛び跳ねまくる人間の奇行種。
呆れながらも巨人の捕獲を喜ぶ第4分隊の班員たち。
そして新兵を守ると誓っていながら、その存在を完全に忘れてしまったモブリット。
「そういえばフローラは?」
「「「「あっ…」」」」
急に現世に戻ってきたかのように冷静になったハンジの一言で第4分隊は彼女を探し始めた。
「おい大丈夫か!?」
「大丈夫に見えますか!?」
「あはははは!面白おかしくトッピングされちゃったね!」
屋台にあったあらゆる果物の果汁まみれになったフローラを見て腹を抱えて笑うハンジ。
誰も救出しなかったので自力で脱出して落下した結果、酷い目にあったフローラ。
客観的に判断できる者が入れば、この異様な空気に気付いただろう。
誰もが目の前の惨状に気付いていながらもあえて無視をしている事がある。
「分隊長!目標を達成できたので速やかに巨人を殲滅しましょう!」
ここは、死体から漏れ出したあらゆる体液が地面を汚しており、大量の羽虫とウジ虫の縄張りになっていた。
トロスト区では判明しているだけで800人以上の犠牲者が出ておりその死体が点在していた。
それだけなら良かったのだが、疫病を運ぶ鼠を筆頭に普段見慣れない【死の使者】が出現していたのだ。
死の都から病魔の都に変貌しつつあるこのトロスト区で調査兵団ができる事は限られている。
「いや!まだだ!もう1体の巨人を捕獲するぞ!」
「何を仰っているんですか!これ以上居るとこちらが病魔に蝕まれますよ!」
「たった1体では、ここに居る犠牲者たちに顔向けができない!!」
「我々は、この悲劇を二度と起こさないように巨人の生態と本質を解明し、人類の勝利へ近づける!」
「これ以上、この恐怖を!悲劇を!繰り返してはならない!そうだろモブリット?」
「仰る通りです」
絶望の表情のまま硬直した死体の穴と言う穴から体液が噴き出して地面を染め上げており、
甘くも鋭い死臭が毒ガスの様に口元を覆うように巻いた布を貫通して鼻と喉を刺激して脳に死を囁いている。
羽ばたくカラスと羽虫が嘲笑うかのように生存者に更なる新鮮な死体を要求していた。
そんな地獄の中でハンジは一層に巨人を憎んだ。
だからこそ理性を狂わして常軌を逸してでも、巨人を理解しようとした。
「分隊長!7m級がこちらに向かって来ています!」
「えっ?それってもしかして仲間を助けに来たって事!?」
「よーし!あの子も捕まえるぞ!」
しかし、彼らは大切な事を思い出した。
「おいなんで誰も捕獲銃をもってないんだ!?」
「だってハンジさんが新兵を引き連れて来たせいで準備が…」
「ケンジ!私のせいにする気!?」
「本当に誰も持っていないのか!?」
一斉にフローラに視線を映す第4分隊。
彼女は、なんとなく木箱から持ち出した1個の捕獲銃を差し出した。
「よし、お前に捕獲を託す」
「最後のチャンスだからな!結果はどうあれこれで終わりにするぞ」
最後のチャンス。
確かに巨人の“声”がこの1体しかいないのを聴いてフローラは実感していた。
だからこそ試したいことがあった。
「まず両腕を斬り落とせ!」
「アイサー!」
ケイジとアーベルは、息の合ったコンビネーションで両腕を斬り落とした。
そしてニファとモブリットが両脚を狙って動き出す前にフローラは動いた。
トロスト門の前でリヴァイ兵長が披露した回転斬り。
それを物にして見せる。
「おい!まだ…」
男の制止する声が聴こえた。
でもフローラからすればどうでもいいことであった。
刃渡り以上のいる存在に斬撃を繰り出せるあの技を!くり出して見たかった!
もし、失敗しても優秀なハンジ率いる第4分隊が助けてくれるだろう。
「喰らいなさい!!」
巨人の足元に飛び出して両方のアンカーを右太腿に射出してワイヤーを高速で巻き取る。
動きを巨人の注視しながらガスを噴出させて勢いを付けてアンカーを外して回転斬りをした。
右太腿を斬り落とすどころか左太腿をも両断する威力であったが、乱用できる技ではなかった。
自他共に認める空間把握能力と平衡感覚の良さのおかげでなんとか生還できたほどである。
「ほお!リヴァイと同じ回転斬りを独学でやったのか」
「って!なんで新兵が戦ってるんですか!?」
「そういうお年頃なんだろうね」
「なーにを呑気に言ってるんですか!?」
フローラは屋根の上から四肢を捥がれた7m級巨人に捕獲銃を向けてトリガーを引いた。
同じく反動で勢いよく吹っ飛ばされたが他の建物にアンカーを刺して華麗に回避行動を取った。
「うおおおお!7m級の巨人捕獲成功!やっほおおおおお!!」
「おい信煙弾を上げろ!これ以上付き合ってられん!」
「了解!」
ハンジが7m級の巨人が捕獲できている間に部下たちは撤収の準備をした。
すかさずアーベルが黄色の煙弾を打ち上げて捕獲作戦を強制的に終了した。
「しまったああああ!!」
「分隊長!?」
「ハンジさん何かあったんですか!?」
ハンジの一言で衝撃が奔った一同。
「あの子たちに名前を付けるの忘れてたああああ!」
「そんなの後でいいでしょうが!」
「全然良くないよ!そうだな…」
「分隊長!せめて捕獲した巨人をどうにかしないと…」
「よし決めたぞ!」
「聞いてくださいよ!」
ハンジの動きに振り回される第4分隊を見て、このやりとりが続いていくのかと戦慄するフローラ。
今回みたいな無茶ぶりは、ずっーと続いていくと考えると何か考えないといけない。
例えば、リヴァイ兵長から直接指導してもらう事で巨人愛好家の彼女から逃げるとか。
「4m級をソニー、7m級をビーンとする」
「はいそれにしましょう!」
「良い名前ですね!」
「さすがハンジさん」
さっさと終わらせたい隊員たちは、もはやお世辞を通り越して馬鹿にしているようであった。
「おい終わったか?」
「兵長!2体の巨人を捕獲しました!」
「チッ!さっさとこいつを運ぶぞ!」
「丁重に扱ってくれよ!被検体とはいえ、これから意志疎通を図るんだから」
「イルゼの様にか?冗談は、ほどほどにしておけ!」
イルゼという単語を聞いて困惑するフローラ。
話の流れから過去に巨人と意志疎通ができたようである。
そんな事、教本にも書いてないし聞いたこともない
「すみません、イルゼとは?」
「あーそうだったね!イルゼ・ラングナーっていうのは死んだ調査兵団の兵士だよ」
「その子が最後に書き記した手帳から巨人と意志疎通を成功させたって書いてあったんだ」
「ユミル様、ユミルの民、よくぞって発言していたそうだ」
「モブリット、最後まで私に説明させてくれないかな?」
「今は時間がありませんので簡潔にご説明させて頂きました」
ユミルという単語を聞いてそばかすの彼女を思い浮かんだ。
クリスタと一緒に行動しているが、その口の悪さから敵を作り易い。
本当は優しい女であり、クリスタと一緒に居るのも暴走しないように見張ってるからだ。
誰かに褒めてもらえるように犠牲になろうとするクリスタを全力で守っている聖女。
「そのイルゼって方、そばかすがある女の兵士ではありませんでしたか?」
「うん?そうだけど何で分かったの?」
「もしかしたら顔に特徴があると思いましてー」
「顔かー、考えたこともなかったな…」
「お前らいい加減にしろ!」
リヴァイ兵長の叱責を受けて慌てて巨人の護送作業に移る一同。
討伐が完了したようで、護送中で調査兵団の兵士を多く見かけた。
時刻を確認すると午前10時、昼の休憩後に死体回収の任務があるかもしれない。
恐怖に怯える兵士の視線を無視して最後まで巨人の護送をやりきった。
「いやー助かったよ!これで巨人学は更なる進歩を遂げるだろう!感謝しきれないよ!」
「本当に済まなかった…今度はこんな事がないように気を付けるから…」
「なーに悲観的になってるの!モブリット!」
「今回は、調査兵団始まって以来、死者が出なかった初めての作戦だったんだよ!」
今は大分環境が良くなったとはいえ、壁外探索の度に調査兵団は3割ほどの損害を出すのだ。
過去4年で所属してた兵士の9割を損失し、既に大隊未満の組織となっていた。
あまりにも死者が出過ぎた為に、兵団で唯一兵士に個室が割り振られている兵団である。
それが本日、史上初めて死者なしで対巨人作戦において目標を達成できたのだ。
「今日は、めでたい日だ!いまから記念にパーティでも開くぞ!」
「分隊長、午後12時40分から全兵団を動員して遺体回収と清掃作業があります」
「ああもう!」
フローラが懐中時計で時刻を確認すると11時50分であった。
今からでは、兵舎に帰還して予備の戦闘服に着替えるだけで終わってしまう。
羽が生えた昼飯がさよならバイバイしてしまう絵図を思い浮かべながら俯いていた。
「次も機会があったらいいね!」
「分隊長、せめて正式配属してからにしましょうよ」
「そうですよ!」
「むしろ、新兵がここまで動けたのが奇跡ですよ」
ハンジが同僚たちと会話している隙にこっそり逃げ出したフローラ。
「リヴァイ、あの子を見てどう思った?」
「ああ、お前と同じ悪魔だな…いや、悪魔として向こうの方が格上かもしれねえ」
「やはりそうか」
訓練兵の背後を見守るようにしているエルヴィン団長とリヴァイ兵士長。
「キース元団長の再来だと思ったが、とんだ化け物が居たもんだ」
「彼女は104期生、元団長の教え子だ。戦闘技術以外にも何か受け継いでいるのかもしれない」
「で?彼女はどう扱うんだ?」
「もちろん、彼女の選択に従うだけだ」
「昨日、あれほどハンジを叱責させたのに自由にやらせた訳がこれか」
「そうだ、彼女を見極めたかった」
エルヴィン・スミスの脳裏には、かつて上官であったキース・シャーディスの顔を思い浮かべた。
彼をよく知っているエルヴィンだからこそ、彼と同じようなフローラを気にした。
「彼女はトップになるべき人材ではない、精々分隊の部隊長までなら本領発揮するだろう」
「その点は、キースと同じだな」
「ただ、彼と違うのは全てを犠牲にしてでも目的を達成できるという事か」
「悪魔だからこそ理解できるってか?」
「ああ、よくも悪くも彼女は調査兵団を変える存在になるだろう!それが良い事か別にして」
2人は底知れぬ新兵を継続して見守ることを決意した。
巨人より質が悪い悪魔がどんな【影響】を与えるか。
彼らの危惧は正しかった。
もっとも、彼らがその影響に気付いた時には手遅れになるとはこの時、想像だにしてなかったが。