進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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150話 回想9-15 受け継がれる意志

誰にでも背伸びしたい時期はある。

人類最強と揶揄されるリヴァイですらそうだった。

 

 

「いいかリヴァイ?人生つうのは選択の連続だ!とにかく選び続けなければならねぇ!」

 

 

幼少期のリヴァイは、ケニー・アッカーマンと名乗る男から色んな事を教わった。

ぶっきらぼうの彼がやたらと「選択」について語っていたのが印象的だった。

 

 

「力さえあれば生きていける!少なくとも理不尽な暴力で奪われる事はねぇ!」

 

 

ケニーから地下街で生き抜く術を教わるリヴァイは、何度も彼に尋ねた事がある。

 

 

「なあ、なんで俺にここまでしてくれるんだ?」

 

 

「力こそ全て」と語るなら自分を助ける義理など無かったはずである。

少なくとも父の顔を知らないリヴァイにとって唯一の肉親に向ける感情で彼に尋ねた。

 

 

「俺様が子持ちに見えるか?おめぇの母ちゃんの忘れ形見を無様に死なせたくなかっただけだ」

 

 

母親の顔どころか名前すら思い出せない。

ただ、現実を生き抜く術をケニーから教わるリヴァイからすればどうでもよかった。

 

 

「力がこそが全てだ!だがな、人間は徒党を組まないと生きていけねぇんだよ」

「そうか?」

 

 

選択が重要だと告げるケニーは、更にリヴァイに大切な事を教えてくれた。

 

 

「ちっぽけな頭で考えてみろ。好き放題に暴れたら敵だらけになっちまうだろ?」

「戦えばいい」

「じゃあ、お前は自分の生き残りを賭けて人類を皆殺しにするのか?」

「しねぇよ。めんどうくせぇし…」

 

 

華やかな王都の繁栄とは裏腹に地下街の環境は年々劣化し続けている。

そんな過酷な環境で生き残りたいなら隣人から強奪すればいい。

だが、そうすれば必ず被害者たちが徒党を組んで襲って来る。

だから弱肉強食である地下街にも暗黙のルールというのが存在している。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だぞ?仲良くできるなら越した事はねぇよ」

 

 

ケニーがどんな人生を送って来たのかリヴァイは知らない。

ただ、それを話した時の後ろ姿は、いつもより小さく見えた。

まるで自身の経験談の様に語るケニーにリヴァイは反論した。

 

 

「優しくしても裏切る奴が居るじゃねぇか」

 

 

この薄汚い地下街の環境では隣人に裏切られて破滅した者は多い。

それを嫌というほど見て来たからこそリヴァイは反論したのだ。

 

 

「馬鹿だなお前、良心と道徳心は絶対に間違ってねぇんだ。裏切られたならそいつがクソだ」

「むしろ、裏切りしか見てないんだが?」

「そん時はそん時だ。妄想で敵を作ったところで腹は膨れねぇから馬鹿らしい事を考えるな」

 

 

それと同時にケニーは、リヴァイに良心と道徳心について学ばせた。

彼はいつも「力さえあれば充分だ」と発言する癖に妙な所で人間臭かった。

ただ、それについてリヴァイは感謝している。

おかげさまで他者と考えや思考を共有し、充実した人生を送れるようになったからだ。

 

 

「マナーつうもんはな、余計な敵を作らないと同時に自分の技量の高さを表現できるってもんだ。マジでコスパが良い!だから最低限のマナーくらい覚えておくと後で役立つってもんよ!」

 

 

色々大雑把なケニーであったが、リヴァイにテーブルマナーや人心掌握術なども教えてくれた。

一匹狼に見える彼曰く「友人に教わった」らしいが、いまいち信用できなかった。

やたらと口が悪く喧嘩もする危険な男に熱く語り合える友人が居るのかと…。

 

 

「だから人の好意を無下に扱うな、むしろ誰よりも相手に感謝される大人になれ…いいな?」

 

 

珍しく本気で忠告してきたケニーの顔をリヴァイは忘れる事はできなかった。

ああ、そうだ。

いつだってケニーは、「自分から選択して行動しないと何も変わらない」と発言していた。

だからそれを実践し続けてきた。

自分を慕っていた仲間が死んでもなお、彼は誰かの死を無駄にしない為にやり続けた。

 

 

「ハァハァ!!」

 

 

リヴァイは全速力で荒れ地を走る!!

獣の巨人の投石を受けて打撃を受けた部隊の事を考えてしまった隙が致命的だった。

そのせいでせっかく獣の巨人の能力者を拿捕できたのにむざむざと逃してしまった。

四足歩行の巨人に咥えられてそのまま遥か前方に行ってしまった。

 

 

『クソが!!』

 

 

今まで自分で決断し、選択し続けた結果、リヴァイは得た物以上に多くの物を失った。

自分の決断については後悔していないが、それでも被害者の事を考えていた。

注射器で巨人にして能力者を喰わせれば、致命傷を負った兵士でも誰か1人を助ける事ができる。

だから誰かが動く事を少しでも期待した結果、能力者を奪還されるという間抜けな結果になった。

 

 

『クソ…』

 

 

人間の全速力など巨人が走る速度に追いつける訳が無い。

あっという間に巨人の後ろ姿が豆粒より小さく見える。

それでもリヴァイは藁にも縋る様に全力で走り続けた。

 

 

「ハァハァハァハァ……」

 

 

その努力は報われた。

フローラ・エリクシアによって奇襲を受けた四足歩行の巨人はあっさりと瞬殺された。

過呼吸になったリヴァイが現場に駆けつけた時には、全てが終わっていた。

 

 

「リヴァイ兵士長、さきほど四足歩行の巨人を討伐し、獣の巨人の能力者を確保いたしましたわ」

 

 

フローラの発言を聴いて呼吸を整える為に少し歩きながら周りを俯瞰した。

彼女が指で示して説明してくれたおかげで何が起こったのかとりあえず理解した。

ただ、四足歩行の巨人の正体である黒髪の女が四肢欠損し、痙攣している状況は理解できない。

「何をやったんだ?」と訊きたかったが、自分の尻拭いをしてくれた彼女に問い詰めたくない。

 

 

「よう、糞野郎。また逢ったな。さっきと違って腰抜けになったな?オイ?」

 

 

とりあえず、さきほど暴れ回っていた獣の巨人の能力者に怒りをぶつけた。

あまり人に怒りをぶつけたくなかったが、それでもこうやって罵倒しないと気が済まなかった。

そいつが何か叫んでいたが、リヴァイからすればどうでもよかった。

適当に蹴っ飛ばして痛みで黙らせて目の前の惨状について考える。

 

 

『本気でうるさいな…』

 

 

ただ、目の前の男が出す悲鳴が凄惨過ぎて少しだけ同情しつつあった。

フローラがここで何をやらかしたのか分からないが、もう1人の女の状況を見れば大体察する。

それはともかく気絶させて少しだけ苦痛を和らげるべきかと考えてしまう。

 

 

「オイ、てめぇ…何をする気だ?」

 

 

…などと考えていたら、フローラが地べたで寝転がっている糞野郎に拳銃を向けた。

さすがにここで始末する気はないリヴァイは彼女を牽制する。

もしかしたらこいつを使って重傷を負った兵士を生き延びらせる事ができるからだ。

 

 

「ご安心ください。激痛で黙らせるだけですわー」

 

 

それに対してフローラは笑って返答し、躊躇いも無く糞野郎の股間に向かって発砲した。

するとリヴァイ目線から見ても、目を背けたくなるほどの惨状が獣の巨人の能力者を襲う。

殺してあげた方がマシだと思うほどには、哀れな被害者は口から泡を噴いて激しく痙攣した。

 

 

「…何をした?」

 

 

本来ならば、作戦を無視して独断で行動した彼女を咎めるべきだとは分かっていた。

しかし、自分が犯した失態の尻拭いをしてくれた以上、情報を引き出す以外にする事は無かった。

 

 

「リヴァイ兵士長は、尿管結石(にょうかんけっせき)という病名はご存じでしょうか?」

「いや、知らん」

「分かりやすくお伝えしますと~」

 

 

とりあえず彼女の説明で銃弾の正体は分かったが、どうしてそうなったのかさっぱり分からない。

要するに専用の銃弾で能力者を苦しめていると説明してくれたが、それでも分からない点がある。

どうして【自身が体験した症状】を他者に広めようとする専用の銃弾をフローラが作ったのか。

 

 

「……一体、あいつに何があった?」

「ヒヒン?」

 

 

能力者が激痛で顔を歪めるのを見たフローラは両手を合わせて頬擦りしている。

あまりの異常さに自分を見ている赤い体毛の馬にリヴァイは思わず質問してしまった。

ライリーと名付けられた馬もフローラの行動が理解できないのか首を傾げた。

 

 

「……後で問い詰めるか」

 

 

リヴァイにとってフローラは調査兵団の歴史上、最悪の問題児としか思っていなかった。

しかし、実際はそれすら過小評価であり、王政や各兵団に及ぼす影響力が大きすぎた。

彼女が生死不明になっただけで調査兵団を支援していた9個の商会の支援が打ち切られた。

それどころか、調査兵団と駐屯兵団が擁する3個師団が殺し合う惨状に繋がった。

 

 

『こいつには色々聴きてぇ事がある』

 

 

たかが調査兵団の新兵にしては、抱えている山が大き過ぎた。

兵団政権の高官たちも口を揃えた様にフローラという存在を無かった事にしている。

そのせいで更にフローラが他者に化け続けるという悪循環で隠蔽され続けていた。

 

 

『どうやって訊き出してやろうか』

 

 

中央第一憲兵団どころかケニーともフローラは知り合い以上の関係を築いていると判明した。

それについて訊き出してもいいが、どうやって問い詰めるか考えなければならない。

下手に質問すれば、本題以外を誤魔化される可能性があると恐れたのだ。

 

 

「リヴァイ兵士長、報告致しますわ」

「どうした?」

 

 

フローラに質問する内容を考えていたリヴァイは、その元凶から報告を受ける事となった。

いつになく真剣な表情から碌でもない事が発生したと理解した。

 

 

「獣の巨人を取り返そうとする変異種が5体、こちらに向かって来ております」

「そうか、ならやる事は1つだ」

 

 

フローラから報告を受けたリヴァイは鞘から抜剣し、双剣を構えた。

 

 

『お前なら発言しなくても気付けるはずだ』

 

 

フローラと向き合ったリヴァイは無言で頷いただけで作戦は命じなかった。

操作装置を逆手持ちをして彼女が指差した方向に視線を向けると5体の巨人が見えた。

さきほどの大爆発の影響か、肉体から蒸気を噴き出してこちらに突っ込んでくる。

 

 

『奴らを殲滅し、2名の捕虜を回収して2人共、五体満足でシガンシナ区に帰投する…か』

 

 

退路から巨人の群れが出現した以上、討伐するしかシガンシナ区に戻る手段は無い。

速やかに2人は変異種を掃討する事を決意し、能力者を捕食されないように全力で前進した。

 

 

「……チッ」

 

 

やたらと変異種が手強いのはリヴァイは嫌ほど分かっている。

幸いにも同じく変異種との交戦経験が豊富な女が居て安心するくらいにはきつい。

もしも、交戦する必要が無いなら真っ先に退却を選ぶほどには避けたい戦闘だった。

 

 

「汚ぇな…」

 

 

フローラが投入した新兵器で焼かれて表皮がただれて筋肉質が見える四足歩行の巨人は醜い。

妙な粘液を垂らしながら蒸気を噴き出しつつ、口を開けて突っ込んできた。

弱点部位が損傷しているようなので普通にうなじを削げば討伐できるはずだった。

 

 

「いっ!?」

 

 

さっそくアンカーが刺さりそうな箇所に狙いをつけたリヴァイは衝撃的な光景を目撃する。

なんと巨人の首が伸びて蛇のように捕食をしようとしたのだ。

 

 

「クソッタレ!!」

 

 

巨体の左肩にアンカーを撃ち込んで宙に舞ったリヴァイは速やかに変異種を討伐しようと試みる。

しかし、巨人が首を引っ込めた瞬間、慌ててアンカーを外して地面に着地する羽目になった。

20mほど伸びた巨人の頭が急激に引っ張られたせいか鞭の様に自身の肉体を殴打したのだ。

もし、そのまま討伐すればどうなるかすぐに分かった。

 

 

『あいつらがここに居なくてよかった…』

 

 

一歩間違えれば、【高速で飛んできた槌】で自分の全身が殴打される状況だったのだ。

自分ですら間一髪で攻撃を回避できた以上、他の連中だったら即死しかねない。

リヴァイは、こいつをここで討伐できる機会に恵まれて信じてない神に感謝したほどだ。

 

 

「ん?」

 

 

すぐさま再度攻撃に移行したリヴァイは、違和感を覚えてサイドステップで巨人の側面に周った。

その嫌な予感は的中し、巨人は口から灼熱の火炎を吐いてきた。

 

 

『なるほど、強化型か』

 

 

本来ならば、首を伸ばして高所から真っ白な火炎を吐いて地上に居る人間を焼くのだろう。

ただし、キノコ雲を作る爆弾で表皮を焼かれた影響でうまく頭の自重を支えられない様だ。

そのせいか、首を伸ばさずに軽く横払いで火炎を吐いたが、すぐに動きが鈍くなった。

 

 

『だからどうした』

 

 

以前だったらこの行動に驚いたリヴァイだが、そもそも巨人が人為的に生み出されたもの。

なにより、敵の方が科学技術が上だと分かっているのですぐに強化された巨人だと分かった。

 

 

『まず1体』

 

 

それが分かったところでリヴァイがやる事は変わらなかった。

隙ができた瞬間に変異種のうなじを削いだ。

あっさりと首が伸びる巨人を討伐したリヴァイは…。

 

 

「クソ…」

 

 

さすがに変異種4体を同時に交戦する事を避けたくて距離を取った。

 

 

『ん?援護はどうした!?』

 

 

ここでリヴァイは、フローラの援護が無い事に気付いて何事かと彼女を見る。

 

 

「オイ何をしてやがる!?応戦しろ!!」

 

 

さすがにこいつらを自分だけでは倒せないリヴァイは、フローラに参戦する様に命じた。

何故か信煙弾が装備された専用銃を構えたまま動かずに何かを躊躇っているようだった。

 

 

『さては、また新兵器か!?』

 

 

黒色のヘルメットと一体化した透明なバイザーが下ろされているせいで彼女の表情が見えない。

だが、リヴァイは知っている。

【頭進撃娘】というあだ名がある女が立ち止まる時は、絶対にヤバい事しか起きないと!

すぐにフローラに向かって走ったリヴァイは……少しだけだが彼女の呟いた声が聴こえた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()ですが、仕方ありませんわね…」

 

 

そしてフローラが信煙弾を上空に向かって発砲すると青紫色の煙が周りを包み込んだ。

ここでリヴァイは見た事無い信煙弾を見て何かの合図かと思った。

 

 

『また、何か仕組んだな!?』

 

 

巨人化する際の爆発の原理で作られた新兵器といいフローラは、隠し事が多すぎた。

そのせいで『ウォール・マリアに待機する部隊が何かしでかすのでは?』と考察する。

しかし、その考えが外れたとすぐに答えを示される事となった。

 

 

「なんだありゃ?」

 

 

フローラの全身から青黒い炎の様な物が出現するという異様な光景が見えた。

後に知った事であるが、フローラはこれを【決戦の狼煙】と名付けていた。

文字通りの意味で考えるならば、決戦時に撃ち上げる信煙弾と勘違いするだろう。

現にリヴァイもなにかしらの連絡手段だと思って警戒した。

 

 

「ああ、凄い。全てを破壊したくなっちゃうわ…」

 

 

この時のフローラは、どんな状況だったのかは後にリヴァイも身をもって知る事となる。

ただし、この時は彼女はこれ以降に戦闘で発言する事はなかった。

 

 

「待て!?お前、何をした!?」

 

 

さすがに人体から青黒い炎が噴き出す事態などリヴァイも想定外だった。

だが、それを彼女に問う前に変異種の群れが追い付いてしまい強制的に中断する事になった。

 

 

「はぁ!?」

 

 

この日、初めて()()()()()()()使()()()()()()()()()()()光景をリヴァイは目撃する事となった。

一番近くに迫っていた鎧型の変異種がフローラに一閃されて上半身が地面に転がるのが見えた。

確かに鎧の巨人を憎む女なら鎧の装甲すら貫通して表皮は切断できると無理やり結論付けられる。

ただし、人力で振るう刃で15m級の巨人の胴体を切断するなどあり得なかった。

 

 

『この件も詰問しねぇといけねぇな!!』

 

 

全身から青黒い炎を噴き出して紫色の炎を纏う双剣を振るうフローラの姿はまるで…。

地獄に落ちた女悪魔が現世に繋がる門から脱走し、共に煉獄を味わう仲間を探す行為に見えた。

 

 

『それにあいつはこの世で生きている存在。間違っても怨念なんかじゃないはずだ』

 

 

実際、フローラは訓練兵団を卒業した以降の記録は抹消されており、存在そのものを消された。

ユトピア区で発生した激戦で戦死した【名も無き英雄】の1人として葬られた存在だった。

それが、ユトピア区で散った2千名以上の兵士の怨念を纏って復活したように見えてしまう。

基本的に自分の目撃した光景を信じるリヴァイですら、彼女がこの世のものか疑ってしまった。

 

 

「好き勝手暴れやがって!」

 

 

すぐにリヴァイは援護しようとしたが、彼から見てもフローラの動きは速かった。

弱点部位を潰さなければ硬質化の皮膚で刃が弾かれるはずなのに貫通して切断してしまう。

回転斬りを行なっただけで変異種を2体同時に首を刎ねてしまい、胴体が地面に転がった。

しかも、傷痕から燃え広がって無事だった頭を燃やしていくおまけ付きだ。

 

 

「……援護する必要はねぇな」

 

 

この光景を見てリヴァイは、少しだけ離れていた変異種を相手にする事にした。

さきほど倒れた鎧型の変異種のうなじに刃が通じない以上、討伐する事はできない。

そして2体の首を刎ねたので実質的に脅威なのは、異様に顎が強化された変異種しかいなかった。

 

 

「オルオが認めた事はある。あれは人類最強の女に違いねぇ」

 

 

以前、自分の真似をするオルオがあっさりとフローラを認めた事にリヴァイは驚いた。

あくまでも【人類最強の女】と妥協していたが、オルオがあそこまで認めるのは珍しい。

調査兵団で超新星だった彼が認めた女は、その腕で伊達ではないと証明した。

首を失った変異種の1体がフローラによって縦に真っ二つにされて地面に転がった。

もう1体も時間の問題であろう。

 

 

「……気付くべきだった」

 

 

初めてフローラを目にしたリヴァイは、彼女を悪魔と見抜いた。

エルヴィン・スミスとは違うが、人の仮面を被った悪魔に見えたのだ。

しかし、シガンシナ区でエルヴィンの内面を見たせいか、余計にフローラが化け物に見える。

人の世の流儀に乗っ取って活動する女兵士を演じる悪魔は、未だに全貌を掴ませてくれない。

 

 

「くだらねぇな…」

 

 

思わずケニーが口癖にしていた台詞を吐いてしまう。

生きる術以外を知ろうとする自分に対して良く彼は発言していた。

実際、目の前に迫ってきている変異種以外の事を考える必要はない。

だからケニーの教え通りにリヴァイは、敵である変異種だけを見据える。

 

 

「…金槌みてぇな面しやがって」

 

 

鎧型の亜種なのか、頭がやけに金槌にそっくりな巨人だった。

さっきの首が伸びる変異種が紐に括り付けられた槌であるならば、こいつは金槌である。

 

 

『効かねぇか…』

 

 

さっそくアンカーを撃ち込んだものの、表皮によって弾かれてしまった。

立体機動ができない以上、膝裏や肘裏を狙ってアンカーを撃つしかない。

ただし、四つん這いで地面を這う様に進む巨人相手にこの対処はかなりきつかった。

 

 

「なら…」

 

 

幸いにも変異種には弱点部位というのが存在している。

そこに関しては、異様に柔らかいので刃もアンカーも通じた。

なにより弱点はここだと示す様に双肩にある白いの部位を晒しているのでやる事は決まっていた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

さすがにさっきまで全速力で走って来たせいでリヴァイは疲れ切っていた。

それでも一瞬で双肩の弱点部位を削いだ彼は、すぐにうなじを削ごうとした。

 

 

「やっぱ、厄介だ…」

 

 

普通の巨人ならアンカーを肉体に刺した程度では、滅多に反撃してこない。

しかし、アンカーを撃ち込まれたと認識した変異種はなにかしらの反撃をしてくる。

今回は地面に転がるというカウンター攻撃をしてきた。

 

 

「まあ、これで終わりだろう」

 

 

特定の条件を満たした人間が獣の巨人の咆哮で巨人になる事は判明している。

裏を返せば、誰かにこの能力を移譲すれば、悪用される事は無い。

変異種が転がるのを見越してあっさりとアンカーを外したリヴァイは双剣を構える。

 

 

「そう……もう二度とあんな悲劇は起こらねぇはずだ…」

 

 

何度も横に転がる変異種の限界を待っているリヴァイは、とある光景を思い浮かべた。

ユトピア区の正門から伸びる50mの壁で出会った105期訓練兵の顔が鮮明に思い出せる。

エルティアナ女史に徴用されて意図せずに実戦投入された彼の不安そうな顔が…。

未だに思い出せてしまい、何をやり取りしたのかも一言一句覚えている。

 

 

『オイお前!』

『な、なんでしょうか!?』

 

 

以前、104期調査兵たちからトロスト区における戦闘の悲惨さをリヴァイは聴いた事がある。

訓練兵団を卒業して兵士になった彼らの大半が実力と経験不足で命を落としたのだ。

それより遥かに劣る105期訓練兵など巨人と戦闘をさせる気は無かった。

 

 

『死ぬなよ!必ず生き残れ!』

『はい!!』

 

 

巨人の数を報告するのと装備の整備するしかできない彼を激励した。

役割分担が重要だと思っているリヴァイは、次世代の兵団を担う若者が生き残るのを願った。

それが獣の巨人が放った咆哮で訓練兵が巨人化し、すぐにリヴァイによって討伐された。

 

 

『……これで終わると良いが』

 

 

もっとも、巨人化するには専用の注射器で人体に液体を流す必要がある。

その液体を獣の巨人が自ら製造しているとは考えづらい。

未だに地面を転がる変異種を見ながら、次の脅威についてリヴァイは思考を巡らせる。

 

 

『チッ、またやっちまった』

 

 

全ての戦闘が終わってエレンの実家の地下室で真相を知る事となった。

エレンの父親であるグリシャが遺した3冊の手記によって【世界が敵】だと知った。

だが、この戦闘時には知る事はできない代わりにやる事は明白であった。

変異種を討伐するという目的からズレたと実感したリヴァイは舌打ちする。

 

 

「……いつまで転がってんだてめぇは!!いい加減にしろ!!」

 

 

目の前の変異種を討伐したいのに4分以上も横に転がり続けていた。

巨人の生息地と化したウォール・マリアの領域にリヴァイは長居したくなかった。

だからこそ、あえて大声を出して変異種の行動を中断させる事にした。

 

 

「いっ!?」

 

 

巨人とは人体をでかくした構造になっているのが常識である。

その常識に囚われたリヴァイは、横に転がり続ければいずれ動かなくなると思っていた。

だが、巨人というのは、常識が通用しない事がある。

大声で反応した変異種はすぐに声がした方に向かって飛び跳ねた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

さすがに転がり続けた巨人が飛び掛かって来るとは思わなかったリヴァイは反応に遅れた。

攻撃は回避できたもののその際にガスを思いっきりに噴出させてしまった。

これ以上、回避行動すると立体機動できなくなると分かっているが、追跡を回避しきれなかった。

そんな窮地に陥った彼ではあるが、意外と打開する手段があったりするものだ。

 

 

「ライリー!!」

 

 

ちょうどフローラの暴れ具合で怯えたライリーが自分の傍までやってきた。

すぐに“彼女”に呼び掛けたリヴァイは、すぐに鞍に手をかけて足を(あぶみ)に乗せた。

意外と対等に張り合える相手以外では手加減するライリーは、あっさりとしゃがんでくれた。

そのおかげで楽に騎乗できたリヴァイは手綱を握った瞬間、ライリーは全力で駆け出した。

 

 

「すまねぇ!ちょっと協力してもらうぞ」

 

 

巨人に挑む時は、班員と協力するのが基本である。

何度も討伐に失敗し、巨人に喰われた兵士を見たリヴァイは、いつからか単独行動が多くなった。

少なくとも足手纏いになる連中のお世話になるくらいならその前に巨人を討伐してしまっていた。

ここでようやく初心に戻ったリヴァイは、ライリーに呼び掛けてから舌鼓を鳴らして合図を送る。

 

 

「よし、良い子だ」

 

 

すぐにリヴァイの指示に従ったライリーは、彼の命令に応じて駆け抜けていく。

本来の主であるフローラが見たら嫉妬するほどには、一心同体で戦場を駆け巡った。

 

 

「やはり弱点部位を削ぐべきか」

 

 

従来の巨人だったら、すぐに討伐するリヴァイだが、変異種相手はかなり慎重となる。

恐怖の感情が欠如したフローラと違って闇雲に突っ込む事がせず、様子を伺った。

その結果、さっき削いだ弱点部位の傷が完治しており、表皮に硬質化が機能していると分かった。

 

 

「あの馬鹿は……ダメか」

 

 

強大な力を手に入れる代わりに代償というものは必要である。

上半身だけになった鎧型の変異種にやたらと斬りつけているフローラの思考が正常には見えない。

すぐに彼女に見切りをつけたリヴァイは、単独でハンマー型の変異種を討伐しようとした。

いや、ライリーの力を借りて変異種を討伐する事にした。

 

 

「耐えろ!すぐにやる」

 

 

顎の下が肥大化しているのは伊達ではないようだ。

何度も地面に打ち付ける度にライリーを通じてリヴァイにも振動が伝わって来る。

このままではライリーが転倒してしまうが、それでもすぐに対処はできなかった。

フローラの馬ならこの程度は耐えると信じて飛び掛かるタイミングを伺うしかできない。

 

 

『今!』

 

 

いくらスタミナと肉体再生力が無限とはいえ何度も地面に頭をぶつけていれば“脳震盪(のうしんとう)”になる。

さきほどまで地面を転がり続けて更に10回以上も顎を地面に打ち付けた変異種の動きが鈍くなった。

その隙に馬上で立体機動に移ったリヴァイは双肩の弱点部位を削いでそのまま横に飛び出す。

それで終わるはずもなく部位を削いだ実感すらないまま、そのまま攻撃に移る。

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

ただの急旋回ではなく急加速して前転しつつ小回りに旋回し、Uターンをした。

常人なら即死レベルの衝撃が人体に加わり、視野は一瞬で真っ赤に染まる。

うなじを削いだと同時に激痛でリヴァイが声を漏らすほどには危険過ぎる立体機動であった。

彼ですら巨人の肉体が機能している間、立体機動をして段階的に衝撃を抑えないといけなかった。

 

 

「く、くぁ……ハァハァ……」

 

 

部位を削ぎに行き、変異種を討伐するまでに7秒もかからなかったが、その10倍以上も宙に舞った。

本当は更に時間をかけて人体に掛かる加速度を緩和したかったが、巨体がもたなかった。

その影響で着地したリヴァイであったが、その衝撃で地面に転がるほどには激痛が残った。

 

 

「ぐ…」

 

 

すぐに立とうとするリヴァイだったが、近くにライリーが居るのを見て足掻くのをやめた。

“彼女”が動き出したら異常事態だと一瞬で見抜いた彼は、大人しく身体を休めた。

 

 

『……ああ、こいつはこの光景を見ているのか』

 

 

過去一番に肉体を酷使したリヴァイが意識が朦朧としながらもライリーの行動について理解した。

おそらくフローラは、このような無様な姿になると想定して調教したのだろう…と。

むしろ、コレが日常であるからこそ馬に見張りをさせたのかもしれない。

 

 

「……いてぇな」

 

 

ようやく声が出せる頃に何かの物音が聴こえた。

ライリーが過剰に反応していない時点でフローラが何かやっているのは明白だった。

 

 

「無視か?」

「はい、無視しましたわ」

 

 

フローラを挑発すると分かり切っていた返答を得られた。

すぐにリヴァイは立ち上がって声がした方を見る。

 

 

「お前は…正気か?」

「お言葉ですが、正気じゃないと分かっているのにその質問をする意味が分かりません」

「ならいい」

 

 

軽口を叩ける反応なら気が狂っていないと判断し、呼吸を整えた。

どうやらフローラは退却の準備をしていたようでライリーの後方に紐が見えた。

その先には、哀れにも痙攣する獣の能力者の両足首が縛られていた。

 

 

「リヴァイ兵士長、まだ変異種が3体残っていますが、一度シガンシナ区に退却致しますわ」

「ああ、そうしよう」

 

 

頭が激痛に襲われて苦しんでいる時にフローラから追加の変異種について報告を受けた。

彼女がライリーに騎乗して討伐に向かわないところを見るとかなり距離があるようである。

だからといってリヴァイも交戦する気は無いので大人しく彼女の意見に従った。

 

 

「それと騎乗されますか?それとも徒歩でシガンシナ区に帰投されますか?オススメは…」

「徒歩」

「かしこまりました」

 

 

馬の揺れに耐えきれる自信が無いリヴァイは徒歩で帰る事にした。

幸いにもフローラとかいう休息すればいくらでも戦える化け物が傍に居る。

一度、休息をとってから変異種を討伐する事を決意した彼は、そのまま歩き出した。

 

 

「ちっ、紅茶が欲しい」

 

 

一仕事した後の紅茶は別格であるが、今回は口直しに飲みたかった。

血の味がいつもより濃いせいで潔癖症の彼には耐え切れなかった。

紅茶でうがいをするという行為はさすがに避けたいが、それでも紅茶を口に含みたかった。

そして歯磨きをして口の中を清潔にする為に4個の工程をこなすつもりだった。

 

 

「お湯を沸かせれば淹茶できるタイプがあります」

「用が終わったらすぐに手配を頼む」

「承知しましたわ」

 

 

変異種3体をすぐに討伐しなかった事に後に後悔する事となるのだが…。

この時のリヴァイは、フローラに見張りと自分の体調観察を完全に任せていた。

「負傷兵はすぐに回収に向かわせました」と発言を聴いた事もあり、歩くだけを意識した。

 

 

『五体満足で終わったが…』

 

 

爆発で本来の実力が発揮できない変異種の2体を討伐しただけでここまで満身創痍になった。

本来、一切負傷していない50体の変異種を相手にする事を考えるだけにも憂鬱になる。

今回は勝てたが、次回は勝てるか分からないほどに実力差があり過ぎたのだ。

 

 

『こいつらは二度と相手にしたくねぇ……』

 

 

フローラが城壁都市を1発で破壊する規模の兵器を作った理由がようやく理解できた。

こんなのをまともに相手にするだけで無駄だと…。

 

 

「礼を言う。お前のおかげで九死に一生を得た」

 

 

だからこそリヴァイは、フローラに感謝したが、彼女の顔は勝者面ではなかった。

 

 

「これから更に我々は犠牲者を出し続けますわ。これでもまだ足りません」

 

 

調査兵団とフローラが創設した部隊は目的も目標も一切違った。

これから調査兵団は、ハンジが考案した全自動の巨人討伐機を見守るだけの任務をこなす。

だが、壁外の脅威を排除する為に創設させられたフローラは更に戦い続ける事になる。

 

 

「わたくしたちは、無知の民衆によってシガンシナ区に駐留させられるのは確定しておりますわ。補給も一切受けられないのに守備隊として留まらなくてはいけません」

 

 

資材も命も失わなくて済む兵器が存在するのにフローラは巨人と交戦し続けなければならない。

ウォール・マリア内に居る巨人を全て掃討しても、彼女たちの戦いは終わらない。

もしかしたら、巨人化能力者の故郷へ侵攻を命じられるかも知れない。

少なくとも、今まで調査兵団が築いた屍の山を越えるほどの大惨事になると分かっている。

 

 

「だからしっかりと作戦も部隊構成もしましたのでその点は安心してくださいませ」

 

 

素人の自分ですら色々頭に思い浮かぶのだから当事者なら当然、理解している事である。

声をかけてリヴァイ兵士長の反応を見ているフローラなら尚更、分かっている。

だからあえて声を出さずに軽く頷いて歩き続けた。

 

 

「兵士長、迎えの部隊を召集しますわ」

「頼む」

 

 

今まで人類を守り続けて来たウォール・マリアが視界に広がる時にフローラは合図を出した。

リヴァイの同意によって上空に撃ち出された黄色の信煙弾が作戦の成功を知らせる。

すぐさま、すぐに動ける3名の兵士が駆けつけて来た。

 

 

「エルティアナ連隊長、ご無事でしたか?」

「無事に見えると思うか?」

「失言しました。取り消させてください!」

 

 

黒色の外套を羽織り、右腕に白色の腕章を付けている憲兵団の紋章を付けた者たち。

さきほど調査兵団の特攻作戦を鼻で笑っていた連中だが、リヴァイは責める事はできなかった。

 

 

『そうだ、奴らの方が正しい』

 

 

投石してくる獣の巨人に向かって特攻するつもりだったエルヴィンすら本意ではなかった。

それっぽい事を言う詐欺師に鼓舞された調査兵団は、第三者から見れば狂気の集団であったのだ。

当時はそうする事しかできなかったが、別の手段があるならエルヴィンは迷わず選択しただろう。

むしろ、あそこまで彼らが馬鹿にしてくれたおかげで新兵たちは命を落さずに済んだ。

 

 

「兵士長、やはり衛生兵を呼びますか?」

「ミケ班の手当てを優先しろ。俺はまだ横になる気はねぇ」

 

 

特攻作戦を行なったのは、ミケ副団長と再編する前の第三分隊所属の兵だけだった。

送り出す時のミケは「本来死ぬはずだったのが遅れただけだ」と語っていた。

リヴァイもエルヴィンも反論はしたが、彼は発言を撤回せずに部隊を率いて行ってしまった。

 

 

『俺にできる事を全力でする…か。いい言葉だな』

 

 

巨人に包囲されて無様に死ぬはずだったミケは、偶然フローラが通りかかったおかげで助かった。

だから彼女の言葉とこれから撃ち込む兵器を信じて彼は迷いなく出撃した。

いや、彼らは本気で作戦が成功すると信じたうえで決断し、自分の意志で死地へと向かった。

 

 

『そうだ、あれはあいつらの選択だ。だから俺はそれを尊重する事しかできん…』

 

 

一体、それで何人死んだのかリヴァイは知りたかったが、知りたくも無かった。

もしも、生死不明とすれば、あり得ないがフローラみたいに帰って来る希望が出て来る。

遺族に向き合い続けたリヴァイは、時には嘘も必要だと感じる時があった。

 

 

『嘘も方便、事実を告げるには勇気がいるか…』

 

 

フローラ及び護衛兵2名の後ろを追随しながらリヴァイは考えていた。

エルヴィン団長の覚悟やキース元団長が遺族に事実を告げた際も立派な決断だった。

今までリヴァイは、エレンや部下に決断を促してきたが、自分については促されなかった。

戦闘については最善手を打てるのに他の事となると失敗続きだった。

 

 

『他者に未来を託すのも悪くない…のか?』

 

 

50体の変異種が出現したのを目撃した時、リヴァイは自分の死を覚悟した。

文字通り、決死の覚悟でエルヴィンとエレンを守るつもりだった。

自分が捧げた心臓が無意味でない事を証明してくれるのを考えていた。

しかし、ここで誰かに決断してもらうのも悪くないと感じた。

 

 

『まずは飼い主に確認するか…』

 

 

只今、リヴァイの任務は獣の巨人を必ず仕留めるというものだ。

それが終わったら、別の命令をされてコキ使われるのは目に見えている。

そこでエルヴィンから勅令でこれからの目標について命じて欲しくなった。

 

 

『あいつばかりに恥ずかしい想いをさせるのは不公平だしな…』

 

 

エルヴィンが先に内面を打ち明けたなら、今度は自分がやらないと不公平だろう。

ケニーと再会するのを夢見ていた少年は、恩人の死をもって成長していたのだ。

自分を守る為の力が他者を守る力に代わって今度は、恩人の為に行使する。

誰かの決断を信じて本気で物事を取り組んでみたくなったのが本音である。

もちろん、班長を移行させたオルオのサポートは忘れない。

 

 

「部隊編成はいかがなさいますか?」

「残念ながら内門に居る砲兵には警戒態勢を…」

 

 

フローラが直属の部下と会話するのを聴きながらリヴァイは次の目的を模索していた。

ここで違和感に気付いた。

 

 

『妙だ……なんであいつは疲弊していない?』

 

 

何事も無かったように会話しているが、フローラも疲弊しきっているはずである。

それなのに他人事の様に歩きながら作戦を練っている彼女の行動はおかしかった。

 

 

「いますぐ歓迎をやめさせなさい。これでは奇襲してくださいという意志表示に見えるぞ」

「申し訳ございません、我々だけでは調査兵団の暴走を止められずこうなりました…」

 

 

しかも、エルティアナ連隊長を演じているほどに余裕があった。

何か種があると思ったリヴァイは、歓迎の列が見える時に小言でフローラに話しかけた。

 

 

「おい、()()()()()()

「リヴァイ兵士長、何か問題でも?」

「さっきの()()はなんだ?」

 

 

エルティアナ女史を演じるフローラにリヴァイはさきほどの行為について訊ねた。

 

 

「抽象的過ぎて分からないな、貴公は何か目撃したのか?」

「とぼけんな、さっきの戦闘で身体から青黒い炎が出てたのは何だ?あれも兵器の一種か?」

 

 

ここで発言したのは、話がはぐらかされると分かりつつも、後で言及する意味合いがある。

先手を打っておけば、再度に同じ質問されると理解できるはずである。

しかも、この場だと機密情報を絶対に話せないのでフローラも嫌でも意図に気付ける。

すなわち、次回の時にしっかりと話を聴きたいのでリヴァイはこの場で質問したのだ。

 

 

「一時的なドーピングというべきかな、それ以上はここでは公言できん」

「何故だ?」

「すぐに人体に影響が出るという事は、何を意味するか貴公には分かるだろ?」

 

 

小声であったが、意外と情報が聴けたのでリヴァイ自身も驚いた。

当然の事を言っているようでフローラはとんでもないヒントを言っていた。

 

 

「猛毒か……だが、暢気に会話できるなら解毒剤があるんだろ?」

「いや、ない。さっきの実戦で初めて使用し、その後遺症が出るかどうか私の肉体で実験中さ」

 

 

さきほどの発言といい、まともに実験していない薬物を投与していたのだ。

薬物関連に関して専門外のリヴァイだったが、その異常さは気付けた。

 

 

「この作戦が終わって凱旋が終わったら…てめぇの隠し事を徹底的に問い詰めてやる」

「質問リストを作って私宛に送ってくれたまえ。そうしないと応えきれる自信がない」

 

 

もはや、フローラの口から事実を語らせるしか情報を知る術はない。

ここでリヴァイは、絶対に調査兵団の生き残りを全員引き連れて事実を語らせると決意した。

その後に発生した出来事でリヴァイはその薬品の効果と効力について知った。

だから無駄に回想話をしてでも、その薬品についてリヴァイは訊き出したかった。

 

 

-----

 

 

調査兵団は10名を遺して戦死し、在籍している調査兵はこのプレハブ小屋にしかいない。

お替りの紅茶を飲み干したリヴァイは、椅子の上にティーカップを乗せてフローラを見る。

 

 

「お前の口から【決戦の狼煙】の対処についての返答が得られていない」

「その事について報告すればよろしいのでしょうか?」

「それ以外に何がある?」

 

 

フローラはいろんな事をやっていたが、特に問題なのはこういう化学関係の兵器である。

作るのは難しいが、悪用自体は簡単であるのでリヴァイはその処遇について問う。

 

 

「効力を弱めた物は、部隊長格に配布しておりますので廃棄はしておりません」

「薬に頼るのか?」

 

 

薬物乱用がもたらすのは、破滅の未来だけである。

毒と薬は表裏一体であり、使用頻度と分量が定められたのが薬である。

いくら治療薬でも摂取を続ければそれは毒となり、人体に甚大な被害を与えるのは明白だ。

それなのに未だに違法薬物を生産し、指揮官に配布しているフローラにリヴァイは本気で呆れた。

 

 

「切れる手段(カード)は多く確保しておきたいのですよ」

「俺らが報告すれば、お前らは終わりだと理解しているのか?」

 

 

更にリヴァイが問いたいのは、フローラのやらかしによる責任の取り方だ。

ここで明確に答えを聴いておかないとまたしても悲劇は繰り返される。

だからリヴァイは、調査兵団の生き残りを率いてここまでやってきたのだ。

 

 

「えぇ、それを承知に手帳の記録に基づいてあなた方に報告させて頂きましたわ」

 

 

脅迫にも見えるリヴァイの質問に対して平然とフローラは返答をする。

 

 

「元々、中央第一憲兵団の出身者を率いる立場ですので裁かれても文句は言えませんわ」

 

 

逆にフローラは、断罪については受け入れている。

いくらでも事実を隠せるのに彼らの聴きたい情報を全て吐き出したのはその為である。

 

 

『そうした方が喜ぶ兵が多いのですが、これは黙っておきましょう…』

 

 

むしろ、ここで全員が捕まって牢獄に収監された方が楽までもある。

なにせ兵団政権の高官たちは、ここでフローラの部隊が全滅するのを祈っている現状だ。

厄介払いで壁外で追放されている身分から収監されるという安全が保障される身に出世する。

それを願っている中央憲兵は少なくなかった。

 

 

「判断は、調査兵団に任せますわ。ただし、1つだけ言わせてくださいまし」

 

 

フローラの悪行を調査兵団が暴露するのは問題ないと思っている。

しかし、フローラは1つだけ言いたい事があった。

 

 

「我々が収監されている間、シガンシナ区は調査兵団が守り通してくださいませ」

 

 

これがフローラの本音だった。

兵站を確保する特殊部隊を創設した彼女ですら補給に困っているのだ。

なのに兵団政権は、一個連隊でここを守れと命じて来る有様だ。

物資も資材も嗜好品も薬品も一切、届かないどころか武器すら配給してくれなかった。

そのせいでフローラは自費で2個小隊を運用し、シガンシナ区を守っていたが疲れた。

 

 

「ご存じかもしれませんが、わたくしたちは明後日の20時をもって撤兵致します」

 

 

逆に考えるんだ。

本当にシガンシナ区の内門を守っているか確認に来ないなら放置すればいいと…。

どうせ兵団政権は、提出された記録を見て難癖をつけるのが仕事になっている。

だったら、防衛任務をやっているフリをして巨人を掃討する方が楽だった。

 

 

「この事についても兵団政権に報告してくださいませ。()()()()()()と思われます」

 

 

つまり、フローラは自分の代わりの任務を調査兵団がやって…と暗に告げていた。

旧政権の狗だった部隊を煙たがられているので断罪理由を探しているはずである。

現政権にとって格好のネタにして調査兵団に牙を剥く諸刃の剣である情報を告げた。

 

 

「……あら、そんなに首を振らなくてもよろしいのに」

 

 

残念ながら調査兵団は、フローラの悪事を暴露できなかった。

王政府と各兵団の高官が協力して歴史の闇に葬った女は伊達ではない。

シガンシナ区防衛任務を押し付けられたエレンたちは全力で首と手を振った。

それを見て口とは裏腹に嬉しそうにフローラは本音を告げた。

 

 

「……とこんなお時間になってしまいましたわ」

 

 

ふと窓を見ると太陽が地平線の彼方に沈もうとしていた。

さすがにこのまま夜に紛れて調査兵団がトロスト区に帰投するとはフローラは思えなかった。

 

 

「どうです?よろしかったら我々と共に撤退しませんか?」

 

 

これは悪事に加担しろと同時に少しでも戦力を増やそうとする試みだった。

もちろん、却下されてもフローラはその事について追及はしないつもりだ。

 

 

「…まだ訊き足りない事がある。明日も話を聴かせてもらうぞ」

「さすがに皆様方もお疲れだと思いますので…明日は10時に行ないませんか?」

「いいだろう」

 

 

調査兵団のまとめ役兼リーダー格のリヴァイの言葉で一旦、回想話は幕を閉じた。

 

 

「ちょっといい?」

 

 

それに水を差したのは、口数が少ないミカサであった。

意外な人物からの質問に誰もが珍しそうに彼女を見た。

 

 

「フローラ、1つだけ聞かせてくれない?」

 

 

ずっとフローラの長い回想話を聴いていたが、ミカサは納得できない事があった。

このまま明日に持ち越すと忘れそうだったのでここで質問する事にしたのだ。

 

 

「別にいいわよ。何か矛盾があったのなら釈明するから…」

 

 

さすがにミカサからの質問を断れないフローラは耳を傾けてどんな話が出るか待つ。

調査兵団の面々もどんな質問が出て来るのか固唾を吞んで見守った。

 

 

「ユトピア区に撤退する時、フローラは巨人の群れに飛び込んだでしょ?」

「そうね、自分が歩んだ人生の集大成と言ってもいい手帳をエレンに託して行ったわ」

 

 

ミカサが疑問に思ったのは、ユトピア区に向かって撤退する時であった。

アニが入った結晶体を荷馬車で運んでいたが、巨人の群れに追いつかれそうだった。

どうしようかと思った時、フローラが大切にしていた手帳を寝ているエレンに託した。

 

 

「だからあの時、巨人の群れに特攻して最期まで戦い続けると思っていた」

「えぇ…わたくしも思っていたわ」

 

 

ただでさえ緑色の外套のフードを被っている上に夕日からの逆行で表情が見えなかった。

そのせいでミカサは、フローラが死ぬまで巨人と戦い続けると思っていた。

フローラもそう思っていたのは、今の会話でも明らかである。

 

 

「あれほど憎んでいた鎧の巨人の討伐を諦めてまでやった。そうでしょ?」

「鎧の巨人の討伐よりも同期を1人でもユトピア区に帰還させる方が大事だったもの…」

 

 

フローラはユトピア区の正門に撤退する時にとんでもない事を自覚した。

あれだけに憎んでいた鎧の巨人の正体であるライナー・ブラウンに恋をしていた…と。

夢と現実、憧れと現状、恋愛と失恋、真相と虚偽、苦労と無益…。

あらゆるものが一斉にフローラを苦しめて悩み抜いた結果、同期が一番大切だったと気付いた。

 

 

「だからわたくしは、殿(しんがり)を務めて皆様がユトピア区に帰還できるように全力で交戦しましたわ」

 

 

実際、ミカサやアルミン、コニーやジャン、つい最近まで帰って来ると信じていたサシャ。

意識を失っていて目覚めた時にフローラが託してくれた手帳に気付いたエレンですら…。

フローラは最期まで巨人と戦い抜いたと内心では思っていた。

 

 

「でも、私にはそれよりも大切な物があるように見える」

 

 

だが、ミカサはそれで納得できなかった。

この事について告げるとフローラは両瞼を大きく開いて驚愕していた。

そしてすぐに笑うとミカサに向かって口を開いた。

 

 

「さすがミカサ、やっぱり貴女には見抜かれちゃったわね…」

 

 

実際、フローラは鎧の巨人討伐や104期南方訓練兵団より大切なものがあった。

金髪の巨人に喰われそうになった時、その事を思い出したから足掻いて生き残ったのだ。

 

 

「これはミカサだけの約束だったけど、ここでお話しますわね」

 

 

フローラは語る。

なんで全てを現世に捨てて自由になろうと思った自分が生き残ろうと思ったのか。

 

 

「きっかけは、エレンが特別兵法会議で議論されて身柄は調査兵団が管轄する日の夜だったの」

 

 

フローラはミカサと約束していたのを思い出したのだ。

 

 

-----

 

 

エレンが旧調査兵団の本部で寝泊りしていると知らずにミカサは兵舎の前で帰りを待っていた。

偶然、居合わせたフローラにミカサはエレンの居場所を訊こうと必死だった。

 

 

「フローラ、エレンの居場所を知らない?」

「…知ってるわ」

 

 

ここで嘘をついたらミカサが暴走すると思ってフローラは真面目に返答をした。

 

 

「お願い教えて!!」

「守秘義務で言えないわ!」

 

 

当時、エレンの父親が安否不明だったせいでミカサの家族はエレンしか居なかった。

赤色のマフラーをプレゼントしてくれた家族の居場所を訊こうとミカサは声を荒げる。

当然の事ながらフローラは、居場所を報告できないので正論を発言するしかなかった。

 

 

「友人でしょ!?」

「だからこそよ!!」

「なんで!!なんで!!」

 

 

そんなフローラの両肩を掴んで揺らすミカサの目尻は湿っていた。

ここまでミカサが感情を爆発させる事は珍しい。

だからこそ、フローラは彼女の暴走を抑える為に芝居を打った。

 

 

「なんで!!」

「エレンは巨人の力のコントロールする訓練をしてるわ」

「だから!?」

「ミカサを…傷つけないように…頑張ってるの」

 

 

トロスト区奪還作戦の時、巨人化したエレンはミカサを誤って攻撃した。

彼としては巨人の本能に基づいた無意識で意図した攻撃では無かった。

だが、右目に近い頬が負傷して永遠に残る傷となった。

その事実は、ミカサも否定できずに黙る事しかできなかった。

 

 

「だからコントロールできるまで待ってあげなきゃ…誰かを負傷させたらそれこそ迷惑よ?」

「ごめん」

 

 

その事で何とか話題を逸らそうとした結果、ミカサは大粒の涙を流し始めてしまった。

これにはフローラも自分の行動を恥じてなんとか彼女を元気づける言葉を考えた。

 

 

「でもエレンの居場所を知ってるんでしょ?」

「ええ、だから貴女の手紙や差し入れをわたくしが責任持って届けるわ」

「どういうこと?」

「エレンとミカサを繋げる連絡手段になるってこと!」

 

 

そこでフローラは、ミカサとエレンを繋げる連絡役になる事にした。

これだけなら口でいくらでも言えるが、フローラは自信満々に言える根拠がある。

ライナーとベルトルトがアニと不仲になった際に関係を修復した実績があったのだ。

そのおかげでミカサは、指で涙を拭いてフローラを信じる事ができた。

 

 

『……まあ、難しいでしょうけど』

 

 

ただし、ミカサが託してくれた文章や言葉がエレンに伝わるとは限らない。

なにせ当時のエレンは、いつ巨人化してもおかしくない人類の脅威みたいなものだった。

連絡役になると約束しておきながら、検問でそれができないのをミカサには黙っていた。

 

 

「分かった…」

「大丈夫、絶対にエレンを守って見せる」

「本当?」

「もちろん!!」

 

 

その代わりにフローラはエレンを守るとミカサに約束した。

彼が従事する作戦の参加を例外的に認められたフローラはできるはずであった。

フローラの発言からエレンの傍に彼女が居るとミカサは分かっていた。

だから念押しにエレンを守るようにフローラに約束させた。

 

 

「じゃあ、約束して」

「約束?」

「私の代わりにエレンを守って!」

 

 

この当時は、未だにミカサは訓練兵であり、調査兵団に一切関与できなかった。

訓練兵なのに調査兵団に酷使されるフローラの方がおかしいのだが、それはどうでもよかった。

だから自分が不在の間、エレンを守るようにフローラに約束させたのだ。

そして次にフローラが放った一言が彼女の優先順位を大きく変える事となった。

 

 

「約束するわ!【死んでもエレンを守ってみせる】!」

 

 

これが、フローラの最優先事項となった。

そう、これを思い出したからフローラは足掻いたのだ。

自分が死んでもエレンを絶対に守ってみせる…と約束してそれを今でも実施しているのだ。

 

 

-----

 

 

2人だけの約束ではあったが、ここでフローラは約束内容を明らかにした。

大泣きしていた事を暴露されたミカサは顔を真っ赤にしたが、ジャンは気に入らなかった。

 

 

「てめぇ!!ミカサをどれだけ心配させれば気が済むんだ!!」

「うるせぇよ!!オレにどうしろって言うんだ!?」

 

 

またしてもミカサが大好きな2人が口喧嘩をし始めて同期たちは…。

生暖かい目で見守ったせいで逆に彼らは気まずくなった。

なによりリヴァイですら空気を読んでいるのにハンジは面白そうにメモをしていた。

 

 

「「あのハンジさん、なんでメモしているんですか?」」

 

 

ここで嫌な予感がしたエレンとジャンは、ハンジ元分隊長に質問をした。

 

 

「ミカサを巡るエレンとジャンの攻防を面白かしく話してやるんだよ」

「「ぎゃああああああ!!」」

「こうしちゃいられない!!いざ出陣!!いやー青春っていいね!!」

「「うわあああああああああああああ!?」」

 

 

三角関係を無駄に盛った話で疲弊した兵士を笑わせようと思ったのだろう。

ハンジはメモを握り締めて凄い勢いでプレハブ小屋から退室した。

慌てたエレンとジャンは、ハンジの後を全速力で追いかけて行った。

 

 

「マルロ、とりあえずアレに気を付けろ」

「分かりました」

 

 

それを見たリヴァイは、ヒッチと恋仲になったマルロにアドバイスをした。

さすがに2人の時間を邪魔するのであればリヴァイは動くつもりだ。

他の調査兵たちも次々と椅子から立ち上がって退室をした。

 

 

「……あーあ、また明日もやらないといけないの」

 

 

全員を見送って唯一プレハブ小屋に残ったフローラは思わず愚痴を呟いた。

めちゃくちゃ長く語っていたが、感覚的には3週間以上語っている様な気がする。

両手を交差して真上に伸ばしてストレッチをしたフローラは、机の前にやってきた。

 

 

「……本当に律儀な方々ですわね。わたくしが不在の内に引き出しを探ればいいのに…」

 

 

机の引き出しに仕組んだ細工からフローラは中を漁られなかったと理解した。

リヴァイ兵士長の休憩が顕著であったが、あえてフローラは探れる機会を与えていた。

彼らが知りたい秘密が眠っている可能性があるというのに…と彼女は笑った。

 

 

「まあ、嘘はついておりませんから…それでもいいですけどね」

 

 

フローラは今まで調査兵団に隠し通した秘密を暴露した。

それが全部ではないと分かっているからこそ明日も回想話をするのだ。

しかし、フローラは意図的に言及を避けた秘密がある。

 

 

「……でも、調査兵団なら、もう少し探求心があってもいいのに」

 

 

フローラが引き出しを開けると、そこには豪華な箱があった。

調査兵団の兵士たちが座っていた椅子を見て忘れ物はないと確認し、机の上に置く。

そして蓋を開けると…そこには注射器と液体が入った瓶がある。

箱は違うもののケニーから託された注射器一式と同様の物となる。

それらと再度に向き合ったフローラは、少しだけ心の中で本音を呟いた。

 

 

『人間が巨人になるのであれば、逆も可能だと思うのにね…』

 

 

事実を知りたい調査兵団には、今まで自分が隠していた秘密を暴露した。

だが、一点だけフローラは意図的に隠していた事がある。

それは、未だに巨人を使って実験を行なっているという事だ。

 

 

『巨人の正体は人間だと判明したけど、果たしてそれはどうかしら?』

 

 

始祖の血を継ぐ者に脊髄液を注入すれば、巨人になれてしまう。

例外としては、アッカーマン一族だけは巨人にはなれない。

エルティアナに化けていた身として兵団政権と秘密を共有した結果、得られた知識である。

だが、それについてフローラは疑っていた。

強化剤を作った際にユミルの民と貴族に流れる血は一点だけ大きく違うのを知っていたのだ。

 

 

『もしかしたら…わたくしたちが巨人になれる種族なのかもしれないのにね…』

 

 

リヴァイ兵士長が危惧した【決戦の狼煙】というドーピングは、ユミルの民しか効果が無い。

そこでフローラは、【自分たちこそが巨人になれる異常な血筋ではないか】と考えた。

現に偉大なるご先祖様である始祖ユミルは、巨人化できたとヒストリアが語ってくれた。

逆に言えば、始祖の血なくて巨人にはなれないのだ。

というか、【ユミルの民】というのは、始祖ユミルの血を継ぐ者たちの総称である。

 

 

『いつ、巨人になってもおかしくない時限爆弾だと考える事はしなかったのかしら?』

 

 

特定の条件を満たしたユミルの民は、獣の巨人の咆哮で巨人化すると判明している。

だが、脊髄液を注射をしたアルミンが巨人化したという事実は、その一部の仮説を否定した。

すなわち、巨人になるだけなら獣の巨人の存在は要らないのだ。

そこでフローラは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と危惧していた。

 

 

『本来ならアッカーマン一族の血を採取したかったけど……さすがにできなかった』

 

 

ただ、巨人になれないと判明しているアッカーマンの血を調べれば良かったはずである。

問題なのは、リヴァイ兵士長とミカサから血を秘密裏に採取するのは無理があった。

この世界では検死による採血ですら滅多に行われる事は無い。

そのせいでフローラは、アッカーマン一族の血についての研究は断念した。

同じく残念がる学者共を無言で睨んで黙らせるほどには、やりたくなかった。

 

 

『まあ、ハンジさんが猛烈に反対するから知らせなかったのだけど…』

 

 

だから巨人を捕獲して脊髄液を抽出しようと色々と実験していたのだ。

しかし、元は人間だったと知ったハンジ・ゾエは、その()()()()を認めてくれないだろう。

巨人を討伐するのは、ハンジなりに葛藤して得た結論であるのは間違いない。

客観的に見て非人道的行為などと口にし、絶対に止めると確信したからフローラは黙っていた。

 

 

『黙ってて正解だったわ』

 

 

死刑囚を使って薬物実験をしていたのを知ったハンジ・ゾエは苦い顔をしていた。

ただし、7歳の女の子ばかりに手を出した挙句、連続殺人をしたなど凶悪な死刑囚が対象だった。

なので辛うじて罵倒されるのは避けられたが、それでもクロルバ区に来た時に何かあるはずだ。

 

 

『ハンジさんの研究は無駄にはしません』

 

 

以前、トロスト区に閉じ込めた巨人の2体を捕獲する作戦にフローラは従事した。

その作戦で捕獲された2体の巨人は、【巨人研究所】という場所に送られた。

必死に巨人の秘密について研究していたハンジ・ゾエは確かに輝いていた。

 

 

『絶対に…』

 

 

それを見て影響したフローラは、ハンジが諦めてしまった野望を継いでいる。

調査兵団の資金が枯渇した際に様々な建物をフローラは買収した。

巨人研究所もその1つであり、現在では中央憲兵出身者でも両手で数える者しか従事していない。

 

 

「そう、わたくしは……」

 

 

ここで眠気が出て来たフローラは、蓋を閉めた箱を引き出しに仕舞って椅子に座った。

そしてそのまま疲労からか睡魔に呑まれてミーナに起こされるまで夢を見続けた。

 

 

「先人の積み重ねを無駄に…したくないの…むにゃむにゃ…」

 

 

注射器を手に入れるきっかけは、組織作りから始まった。

あまりにも印象的だったのかフローラは過去の出来事を夢として見る事となった。

 

 

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