進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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152話 回想9-9 協力者

憲兵団、駐屯兵団、調査兵団に続く新たな兵団をフローラ・エリクシアは創設した。

これで新兵団が活躍する日々が到来する…と思った矢先に思わぬ所で躓いた。

 

 

「方針を決めてなかった…すぐに決めないと…」

 

 

新たな兵団に方針が無い事にフローラは気付いたので慌てて作る羽目になったのだ。

それを聴いたミーナ曰く「それって今すぐ必要なの?」という意見が出た。

しかし、むしろこれが無いと活動に支障が出るとフローラは知っている。

さっそく重要性が理解できていないミーナにその重要さを説明した。

 

 

「例えば、訓練兵団に入団した訓練兵の代表者が壇上に立って宣誓するじゃない?」

「ぼくたちーわたしたちはーなんとかに誓いますって奴?」

「そうそう!それそれ!」

 

 

身体能力の適正試験に合格し、訓練兵団に入団する際に簡単な筆記試験が行われる。

その際に試験の結果が最優秀だった者が訓練兵の総代、つまり代表者として宣誓をするのだ。

おそらく兵士になれるかは別として筆記試験で宣誓を行なえる人物か選別しているのだろう。

104期南方訓練兵団に入団した時に宣誓をしたのは、アルミン・アルレルトであった。

 

 

「僕は栄誉ある訓練兵団に入団できる名誉と責務を自覚し、常に人類憲章を遵守して徳操を養い、心身を鍛え、専心兵士として必要な知識及び技能の修得に励むことをフリッツ王に誓います」

 

 

あくまでも、これは決められた文章を104期南方訓練兵団の総代が読み上げるものだ。

だから訓練兵の中では、大した事ないと考えてしまう者も居る。

ただし、宣誓というのはかなり重要なものである。

建築物で例えると支柱、人間で例えると理性と表現できるだろう。

 

 

「つまりね、兵団がこれを絶対に守るという方針がないと絶対に暴走してしまうのよ」

 

 

建物なら自重に耐え切れず倒壊し、理性が無ければやりたい放題になってしまう。

例を出すと、ユトピア区で決戦する直前のフローラは自分の死んだ後を考えていた。

別にそれ自体は良かったが、問題なのはそこではない。

エレンの生存を最優先に考えていた彼女は、それ以外を疎かにしてしまったのだ。

 

 

『そう、方針がないと暴走しかねないのよ…特に武力を行使できるという特権がある組織は…』

 

 

もしもの時に備えて王都の地盤を大規模に崩壊させて住民2万人以上を犠牲にする計画を立てた。

しかも王政の生存者を出さない為に猛毒を散布して救助隊や周辺の住民まで殺すつもりだった。

最悪の事態に備えていたとはいえ、ここまでフローラが暴走した要因は…。

エレンを守る際にこれだけは守らないといけない方針が無かった為だ。

 

 

「例をあげると、兵士が私情で家族を守る為に10万人を見捨ててはいけないって事よ」

 

 

あくまで兵士は、民衆によって支えられている存在であり、本来の業務以外はやってはいけない。

兵団というのは、人類を守る為に政権の手足となって命令通りに動かなければならないのだ。

ただし、これは各兵団の役割と業務によって微妙に変化する為、兵団ごとに方針が必要になる。

憲兵団ならば、王に忠誠を誓い、社会の秩序と平和を保つ事で人類の存続に貢献するという方針。

本来であれば、もう少し長いのであるが、この様に各兵団にはそれぞれ方針があるのだ。

 

 

『まあ、守れるとは限らないけど…』

 

 

実際には、それを守れるとは限らない。

数少ない同期を助ける為にフローラは大半の同期とトロスト区の住民を見捨てた。

巨人の侵攻が思った以上に早かった影響で補給が完全に断たれた為だ。

そのせいで真面目に任務をこなした同期ほど死地に向かう事となった。

 

 

『でも…方針があるか無いかで大違いのはず…』

 

 

方針を分かりやすく言えば、組織のトップが「これを守れよ」という約束事である。

つまり、エルティアナ連隊長に扮するフローラが制定し、実施すればいい。

勝手に話が進んで困惑するミーナを尻目にさくっと方針を作り上げた。

 

 

「できた!参謀のグスタフさんに確認してもらいましょう」

 

 

残念ながら素人のフローラでは、客観的に自分が作った方針を見れない。

組織運営や部隊運用に詳しいピクシス司令の副官に判断してもらうしかない。

話が勝手に進んで傍観するしかできなかったミーナを置いてフローラは走る。

 

 

「グスタフ参謀兼監査役!これでどうでしょうか!?」

 

 

本物のエルティアナ憲兵旅団長が入院している病院にグスタフ監査役が見舞いに来ていた。

すぐにでも新兵団の方針を定めたいフローラは彼らに案を提出した。

これですぐ方針が定まるとは思っていないが、それでもさっさと決めたかった。

 

 

「詳細に定め過ぎだ。これでは、作戦に支障が出るぞ?」

「はい、すぐに修正を…」

 

 

フローラが指揮する兵団は、壁の外の脅威を排除し、壁社会の平和を守る為に存在する。

その事に意識し過ぎたせいで方針が堅苦しいとグスタフ参謀から指摘を受けた。

 

 

「フローラ、ついでに組織図と文章化に関する書類を見せろ。私が採点してやる」

「もちろんですわ」

 

 

ついでに総統局の監査部の事実上トップの女将校から書類の提出を求められた。

いくらエルティアナ女史の活動内容を知っていても、それを再現するのは難しい。

自分の影武者を演じる女兵士の案にエルティアナは容赦しなかった…。

 

 

「内部監査の項目はどうした!?」

「現在、作成中で…」

「ここで書け!!お前がどんな事を考えているかはっきり見てやる!」

「ひいいいいいいいい!!」

 

 

エルティアナに化けるフローラは、本物のエルティアナに指摘されまくった。

フローラとしては、兵団の方針を作って終わりにするつもりだった。

既に兵団の目標が、兵団政権によって示されているのでそれを達成できる様にした。

それがエルティアナの逆鱗に触れてフローラは必死に組織図を設計し直す羽目になった。

 

 

『ああ、巨人と殺し合っている方が100倍マシだわ…』

 

 

本来なら数十年かけて培う技能と知識、そして経験を短期間でフローラは覚えさせられた。

商人の血が流れる彼女は、人材、物資、資金の3つを活用し、リスク管理をこなして運用できる。

現に調査兵団の新兵でありながら、王政の財政を司る商会の大半を掌握できる実力があった。

そんなフローラですら、女将校は容赦せずにボロクソに叱責し、計画を何度も作成させた。

たった3時間であったが、その間に過ごした時間はフローラにとって地獄を越えた何かであった。

 

 

「あれ?」

 

 

方針はどうなったかと訊こうとしたミーナは執務室でフローラが泣いているのを目撃した。

よっぽどの事が無ければ泣かない親友があそこまでボロボロになっているのは珍しい。

そのせいか、どうやって声をかけるか迷ってしまった。

 

 

「……ミーナ、黙って見るなんて人が悪いわね…」

「何があったの?」

「一から組織づくりの勉強をさせられたわ…」

 

 

ミーナからすれば、親友に何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 

 

『え?なんでそれで泣くの?』

 

 

あれほど方針について熱く語っていたのに戻って来たらフローラが泣いているのだ。

トロスト区で民間人を見捨てた事をアルミンに問い詰められた以上に泣く理由が分からない。

さっそくその件についてミーナは質問した。

 

 

「なんで泣いてるの?」

「泣ける時に泣いておかないと後で困るからよ…。特にこれから先は泣けないから…」

 

 

執務室の机の傍には、ゴミ箱から溢れるほどに紙屑や鼻水を含んだ布切れが入っていた。

ここでフローラが何をやっていたか分からないミーナは質問したが、フローラは答える気はない。

 

 

『……もうたくさんよ』

 

 

100年以上続いた組織は、相応の歴史を誇っており、しっかりと運用できる様になっている。

見真似で素人が作った内部統制文書や組織運用マニュアルが通じる訳が無かった。

本物の監査副長によって全て破棄されて総統局の監査に通じる文章作成術を叩き込まれた。

あれだけ前向きのフローラですら心が折れそうになるほどに…。

 

 

『……対策を考えなくては』

 

 

久しぶりに涙を親友に見せたフローラは、更に組織運用について踏み込む事となった。

翌日、フローラはまたしても新兵団の高官たちを召集した。

泣いた理由を語らなかったといい、何か重大な発表があるのかとミーナは身構える。

 

 

「諸君、さっそくであるが君たちは本当に連隊の構成員なのか?」

 

 

ところが、エルティアナに化けるフローラが発した言葉は予想外であった。

あまりにも意味不明な発言に班長や士官たちはお互いの顔を見る。

 

 

「ああ、すまない。従来の憲兵団や駐屯兵団と見分けがつかなかったんだ」

 

 

困惑する兵士たちに冗談を言うフローラだが、ミーナは分かっている。

おそらくこれこそフローラが泣かされた問題だと…。

 

 

「そこでだ、従来の兵団と識別できるようにしようではないか!」

 

 

兵団政権の指令に従ってフローラが作った兵団は、別の兵団から引き抜いた兵士で構成される。

さすがに畑から兵士が生えて来ないので従来の兵団から引き抜く事しかできなかったのだ。

だが、これには重大な欠点を抱えていた。

 

 

「指揮系統の明確化と一発で他の兵団の兵士と見分けられる手段とやらをな!」

 

 

フローラが作った新兵団の欠点、それは…。

中央第一憲兵団と駐屯兵団をそのまま編入した為、指揮系統も兵服もそのままという点だ。

しかも、クロルバ区を管轄する憲兵団そのものは新兵団とは無関係というややこしさだ。

そのせいで兵士の顔を真っ先に全員覚えたフローラですら後ろ姿だと識別がしにくい。

だから他の兵団と識別する為に早急で紋章を考えないといけなくなった。

 

 

『まあ、やらないけど』

 

 

そもそも紋章を作ったところですぐに反映する事はできない。

革製のジャケットの胸ポケットにある紋章はワッペンなので取り外し可能だ。

しかし、ジャケットの両肩から腕の境目にある紋章は刺繡だ。

だから一から作り直さないといけないが、すぐに連隊規模の用意など出来る訳が無い。

 

 

『そんなところにコストをかけたくないわ…』

 

 

兵団を作って紋章を選定すれば、すぐに兵服に反映される世界なら良かった。

だが、現実はそんな事などあり得ないのでフローラは識別をしやすい方法を考えた。

 

 

『戦闘に支障が無く着脱可能なもの……腕章か鉢巻きくらいね』

 

 

肩章にすると作るのが大変になるので布切れで表現できる方法を選択した。

さっそくフローラは、新兵団の高官たちを召集し、選択をさせた。

 

 

「腕章と鉢巻き、どっちが良いと思う?」

 

 

そう語っておきながら、完全な出来レースをフローラは仕掛けた。

まず、腕章と鉢巻きは、白色の包帯で作った。

 

 

「腕章の方が良いな」

「鉢巻きだとすぐに取れそう…」

 

 

高官たちは、すぐに腕章の方が良いという意見が相次いだ。

わざわざ頭に付けるという発想も装備する実感も湧かなかった。

その影響からかフローラに思考を誘導されていると気付かずに腕章を選んでいく。

 

 

「多数決の結果、腕章に決定したが…色はどうするべきか決めようではないか」

 

 

なので腕章に決定したフローラは、今度は色の選定をする事にした。

既に白、黄色、黒、緑の布切れを用意して部下たちに選択させた。

ちなみに茶色のジャケットだと黄色は見えにくいし、緑は外套と色が被る。

そして黒は白よりも目立ちにくいので必然と白色に選択される様に仕向けた。

 

 

『腕章を作るのもタダじゃないし、当分の間は、包帯で代用するわ』

 

 

腕章は留め具を縫い付ける必要があるのですぐには作れない。

というか、人数分の布を急遽調達する事すら無理だった。

そこでフローラは、包帯を利用して腕章を作る事にした。

エルティアナ女史に化ける彼女は顔面を毎日、包帯で巻けるほど在庫に余裕がある。

だから当分の間は、包帯で作った腕章で兵士を識別する事にした。

 

 

「では、腕章を右腕か、左腕につけるか。どっちに装備しようか考えようではないか」

 

 

ここで問題になってくるのは、腕章をどっちの腕に付けるかだ。

右利きの兵士が多いが、重量のバランスを保つ為、両腕を駆使するので動きに大差は無い。

むしろ、人の癖というのが問題であり、これは判断が別れたし、フローラもゴリ押しができない。

20分ほど議論させたが、結論が出なかったのを受けてフローラは強制的に決める事にした。

 

 

「なるほど、貴公らの言い分は分かった。だが、実際に運用しないと分からない問題だらけだ」

 

 

どの意見も参考になるが、実際に運用しないと問題点は発見できない。

だが、公平さを考えるときちんと誰もが納得する決め方をしないといけない。

 

 

鋼貨弾き(コイントス)で決めるとしよう。表が右腕で裏が左腕とする」

 

 

鋼貨の表裏で判断すれば平等だと判断したフローラは簡潔にルールを伝えた。

そして指で弾いて鋼貨の行く末を見つめる。

数字の刻印が打ち込まれている“表”を上に示した。

この世界の通貨は、巨人のうなじを削ぐ刃を精製する際に生まれる副産物である。

だから重心が偏るので確率が平等ではないが、それでも議論で得られない結論を示した。

 

 

「では、右腕に腕章を装備するとしよう。問題があれば報告をしてくれ」

 

 

ここでようやくフローラが作った兵団は、白色の腕章で他の兵団と識別できるようになった。

2つの薔薇(ローズ)一角獣(ユニコーン)の紋章が混同された部隊は、白色を象徴(シンボル)として発展する事となる。

さて、紋章の作成を後回しにしたフローラであったが、更なる問題が発生した。

 

 

「クロルバ区の施策を示して欲しいだと?」

「はい、クロルバ区の区長からの報告となります」

 

 

壁から突出する城壁都市は、兵団司令部の他に住民を管理する役人が務める庁舎が存在する。

以前から存在したものの業務自体は単純で兵団司令部の方針を受けて動く組織であった。

なので5年前のウォール・マリア陥落まで城壁都市の住民の管理は兵団司令部が行なっていた。

 

 

「それは区長が決めるべき事だろ?兵団がクロルバ区の運営に口を出す必要はない」

「本件に関する書類を預かっております」

「……ああ、確認しておく」

 

 

ところが、ウォール・ローゼにウォール・マリアの住民が殺到し、住民登録が必要となった。

部隊の再編制を強いられた兵団は余裕が無かったので庁舎に権限の大半が移行したのだ。

だからフローラは、未だにその業務を負担させる意図が分からずに本気で困惑した。

しかし、部下の使命を果たす為にもしぶしぶ書類を受け取った。

 

 

『兵団が口を出す時代は終わったのに……まだここはその風潮が残っているのね…』

 

 

過剰になった労働人口を減らす為に王政府は、城壁都市や王都以外の戸籍も徹底させた。

そのおかげで王都の地下街も一部であるが、行政に管理される事となり、環境が改善する。

なにより蔓延(はびこ)っていた人(さら)いを撲滅する事となったのは、巨人がもたらした数少ない利点だ。

ここで問題なのは、既に兵団が管轄していない業務に口を出せと言う区長の意図が分からない。

 

 

「チッ…!」

 

 

書類をパラパラとめくって内容を確認したフローラは、これをゴミ箱にぶち込みたくなった。

どうやらクロルバ区を防衛していた駐屯兵団上層部と天下りで腐敗した役所が癒着(ゆちゃく)していた様だ。

その上層部はフローラが意図せずに一掃したので彼らは焦ってとんでもない指示を願い出た。

 

 

「本来ならば、クロルバ区の施策に口を出す訳にはいかないのだがな…」

 

 

新たな兵団を創設するなら相応の資金と資材、兵器が動く。

そこに目を付けた役人たちが懐を肥やす為に横領する建前を欲しがっていたのだ。

さすがにこれを許すと、巨人との戦闘で自分たちが全滅しかねないので…。

 

 

『ぶっ潰してやるわ!!』

 

 

フローラも兵器や物資の横領自体はしていたが、実際に戦場で運用された後の物資を活用した。

もしくは、旧式化による更新や管理できずに放棄する物資を買い取って表向きには処分していた。

調査兵団がフローラの横領に気付かなかったのは、廃棄物処分業者の活動まで調べていない為だ。

しかし、彼らの横領だと【本来、兵団に届くべき物資が消失する】という異常事態が発生する。

後顧の憂いを断つにも、自分が化けた女将校の特権を最大限に活かすフローラは迅速に行動した。

 

 

「憲兵団だ!!法に基づいて庁舎の強制捜査を実施する!!」

 

 

憲兵団の旅団長であったエルティアナに化けるフローラは、クロルバ区の憲兵団を動かした。

さすがに憲兵団のNo.3だった女が法と証拠という建前を持ってきたら憲兵団も動かざるを得ない。

 

 

「本日をもって一時的に新兵団が庁舎の運営をする!詳細については後日の報告を待て!」

 

 

元より強制捜査が大好きな中央憲兵出身者によって指揮された憲兵団の動きは速かった。

速やかに腐敗した役人が一掃されて裏で操っていた商会の高官たちも逮捕される事となった。

これで平和になったと思いきや、フローラのやる事が更にできてしまった。

 

 

『やらなきゃ良かった…』

 

 

腐敗した役人を一掃したものの今度はその残った役人たちを監査しなければならなくなった。

壁の外に居る巨人や巨人化能力者という脅威を排除したいのに未だにそれすらできなかった。

むしろ、モグラ叩きの様に次々と問題が発生し、その度に対処している有様だ。

 

 

『おかしいわ……こんなはずじゃなかったのに……』

 

 

訓練兵時代に思い描いた妄想では、兵士を大勢率いて巨人の群れと戦う自分の姿があった。

現実は、書類の山と顔も知らない兵団の高官を牽制したり、役人に振り回されていた。

現状を知らずに兵団を責める民衆と他人事で命令する兵団政権の板挟みというおまけ付きだ。

 

 

『ああ、もう!鬱陶しい!!そんなにわたくしの邪魔をしたい訳!?』

 

 

【本当の敵は人間では無いか】と錯覚するほどには、活動の邪魔でしかない。

というか、無駄に地位が高いせいで迅速に動けないのもフローラを苦しめた。

 

 

『護衛が鬱陶しい…』

 

 

連隊長として1000名の部下を率いて戦場を駆け巡るなど滅多にない。

それどころか、部下からの報告書を目に通すだけで1日が終わってしまう。

気分転換に外出しようにも、外出する度に護衛が5名も追随して来る。

無駄に高官であるので城壁都市から出る度に報告書以外にも書類を出さないといけない。

兵士なら命令通りに動けばいいのにフローラは何をするにも誰かに報告しないといけない。

 

 

『真面目にやってたら死ぬわコレ…』

 

 

そりゃあ、腐敗するわ…と思わんばかりにやらなくて良い事までしないといけなかった。

しかも、組織が壊滅して再編成している調査兵団に寄生されている状況下である。

そして今まで通り、商会を通じて経済活動や投資、兵器開発もこなす必要があった。

自分が率いる兵士の訓練どころじゃなくなったフローラは書類と睨めっこする日々が続いた。

 

 

「ダメだよフローラ!!もっと休まないと!!」

「……これだけでも済ませておきたいの」

「例外を認めたら、フローラはどんどんやっちゃうでしょ?今日はこれで終わりよ!」

 

 

更にミーナによって自分の行動が管理されているので1日で終わらせる仕事も制限される。

ザックレー総統から新兵団の創設を命じられてから5日間、フローラは頭を悩まし続けた。

 

 

「それにそんなに大変なら外部から優秀な人を集めればいいじゃないの?」

「もちろん、やっているわよ」

「じゃあ、どうしてこんな惨状なの?」

「今までの常識を覆して壁の外に行こうとする組織に来る人材なんて居ないのよ」

 

 

ミーナから「優秀な人材を募集すれば良い」と言われたが、それができたら苦労しない。

これから壁の外に突っ込んで犠牲者を出し続ける兵団に誰が志願するというのだ。

ウォール・マリアを奪還するという建前を告げる調査兵団の方がまだマシという惨状だ。

 

 

「ふふふ、そう!兵士だと集まらないの」

「まーた、なんか悪い事を企んでいそうな事してる…」

 

 

そもそも、仕事の急増以外の事をフローラは既に想定していた。

兵士の業務以外なら民間人でもできるよね理論で色々と募集をしていたのだ。

特に優秀なご子息や令嬢が通うアインリッヒ大学の卒業生たちを狙っていた。

 

 

「失礼ね!文官も兵団に加えて面倒な業務を兵団内で運用できるようにするのよ」

 

 

現時点で各兵団に所属する者は、必ず訓練兵団を卒業し、立体機動術を身に着けている。

これは、どの兵士もいざとなれば巨人と交戦しないといけないという建前があるからだ。

しかし、実際に身に着けた立体機動術が役に立つかというとそんな訳がない。

もし、そうであれば、エレンや自分の同期たちがトロスト区であんな死に方をしない。

 

 

「…できそう?」

「高額のお給料でビンタしているけど中々、頭を縦に振ってくれないわ…」

 

 

フローラが欲している駐屯兵団第一師団に所属する優秀な工兵たちもお金で解決できなかった。

やむを得ず、彼らの家族や故郷に高額な金額を突き付けて志願してもらう様に促す作戦に出た。

巨人と交戦する覚悟がある兵士ですら…この惨状なのだから民間人など期待できる訳がない。

 

 

「それでも、少しずつ優秀な人材が集まっているのが救いね」

 

 

それでもやる事が多すぎて自分では対処できなくなったフローラは、色んな手を打った。

その1つが、実戦経験が少ない兵士を教育する負傷兵の募集である。

女型の巨人に両腕を喰い千切られた元リヴァイ班のエルド・ジンなどの負傷兵。

五体満足ではないからこそ後方送りや強制的に退役をさせられた存在を放置する余裕は無い。

やる気がありそうな人物に送った甲斐があり、何名か募兵できたのは大きかった。

 

 

「うーん、よくわかんない…」

 

 

ここまでフローラから説明を受けたミーナは、覚える事が多すぎて頭がパンクした。

常人の限界基準を教えてくれるミーナに感謝するフローラは分かりやすく説明をする。

 

 

「つまり、わたくしたちは兵士と民間人が役割分担する兵団を作ったのよ」

 

 

そもそも巨人と戦う兵士など一握りならば、残りは別に兵士でなくてもいいよね理論が通じる。

調査兵団の場合は、全員が壁の外に突っ込む事を想定しているので巨人と戦えない者は論外だ。

フローラの場合は、兵士の訓練が現実に追い付かない為、むしろ巨人と戦う兵士を制限した。

 

 

「つまり、難しい事は兵士じゃなくて外部から来た人に任せて行動をしてもらおうと思った訳よ!要するにミーナができる仕事以外を民間人や負傷兵に担当してもらおうって考えたの!」

 

 

本来であれば、訓練兵団を卒業した新兵は先代たちが築いた道を進んで専門の兵科に就く。

裏を返せば、時代に応じて兵団を変革しようにも従来の体制を変えるほどの動きができなかった。

しかし、新たな兵団にはそのしがらみが無いのを利用してフローラは民間人を徴用する事にした。

 

 

『もう、頭を悩まし続ける書類との睨めっこは終わりよ!!』

 

 

フローラは、元より商人としての素質があり、リーブス会長のおかげでその才能が開花した。

特にヒストリアの父親であるロッド・レイス辺境伯が施した教育は、かなり影響がある。

エルティアナから組織論や兵団行政学などを叩き込まれても耐えられたのは彼の存在が大きい。

 

 

 

『ロッド・レイス卿には感謝しております。こうして動けるのは彼のおかげですから…』

 

 

調査兵団からしてみれば、ロッド・レイス卿は王政を操って暗躍した物事の元凶にしか思えない。

しかし、フローラからすれば、無知な自分に王政の規則や法律を教育してくれた恩人であった。

クリスタ関連に頭を悩ましたものの彼のおかげで今の自分があるとフローラは自覚している。

一度だけレイス卿を本気で殺すつもりで提言したのも、彼に恩義があったからこそだ。

 

 

『だからミーナには、ミーナにできる事しかやらせないわ…』

 

 

調査兵団に所属してからすぐに勉強し続けた自分と違って親友のミーナには時間が無い。

自分ですら数十年かけて覚えていく事柄に苦戦しているのに他者に強要などできやしない。

客観的から見た常人の線引きをミーナに依存しているフローラは彼女のやるべき仕事を制限した。

 

 

『親友というのは恐ろしいわね。全く距離感が掴めず、客観的に評価できないのだから…』

 

 

自分が【頭が逝かれた異常者】と自覚するフローラは、常人の思考ができない。

【恐怖】という感情が欠如した悪魔は、自分の異常さを理解した上で人として振舞っているのだ。

 

 

『でも、()()()()()()()()()()()()()()()と違って貴女はそのまま純粋で居て欲しい…』

 

 

人の理性や意見を他者を通じて見る事しか理解できないフローラは、答えを親友に求めている。

「分からない」とか「できない」と発言するミーナのおかげで物事が判断している状況だった。

 

 

『時代が変わる以上、常識ですら覆っていく事でしょう。でも、わたくしは守りたい物がある…』

 

 

親友の反応を見て他者にどうやって分かりやすく内容を共有するか考える事ができるのだ。

女将校を演じる悪魔は、役立たずに見える女兵士に依存しなければいけないほど追い詰められた。

自分の傍に居てくれる数少ない親友の顔を見て黙り込んでしまったフローラは…。

 

 

「どうしたの?」

「……これからの事を考えていたわ」

 

 

その親友に心配されて本音を告げる事しかできなかった。

もうじきヒストリアが正式に王位を継いで壁社会を統制する女王になる。

エレンを擁する調査兵団は、ウォール・マリア奪還に向けて動きを活発にするだろう。

そんな新時代がすぐ傍まで迫っているにも関わらず、フローラは未だに立ち止まっていた。

それを恥じたフローラは、改めて決意する。

 

 

「さて、散歩という名の兵団活動の確認でもしますか」

 

 

今、自分ができる事をする…と。

自分の活動計画をミーナに放り投げたフローラは彼女の手帳を確認し、次の行動に出た。

一方、親友の感情を見抜けないミーナは、フローラの行動に追随する事しかできない。

 

 

「待って。待ってよ…!」

 

 

フローラは必死にミーナと歩幅を狭めて思考や目的を共用しようと試みている。

自分で悩んだ挙句、勝手に行動すれば甚大な被害をもたらすと理解しているからだ。

しかし、ミーナ視点だと親友がどんどん先に行ってしまうという強迫観念がある。

 

 

「準備ができたら言って頂戴、これからエルティアナと演じるから今の内に準備してね」

「もう…フローラはせっかちなんだから…」

 

 

ベッドで同衾し、悩みを打ち明ける関係であっても、未だに心が1つになれなかった。

如何せん、数少ない自分の傍に残った親友同士だからこそ距離感が掴めなかったのだ。

このズレが致命傷になって後にフローラは本気で自分の迂闊さに後悔する事となる。

人としての道を示すべき親友が自分の暗部に汚染されたと気付いた時、手遅れだと知る。

 

 

「準備できたよ。いつでもラナイと演じてみせるから!」

「その意気よ。ちゃんとフォローをするから胸を張って歩きましょう」

 

 

事情を知らない他者に正体がバレない様にフローラとミーナは別人格を演じる。

そのせいで負の感情を“声”として聴ける能力があるフローラは見抜けなかった。

ミーナが別の人物を演じていく内にいつのまにか演技が本心に変わってしまった事に…。

 

 

「……ねぇ?なんか誰かが見てない?」

 

 

当時は本気で新兵団の運用で頭が一杯だったフローラは、ミーナの指摘で違和感を覚えた。

王政府の高官と文面で戦争していた過去の自分からすれば、とんでもない失態である。

 

 

「うーん、敵意はないようだが…」

 

 

誰かが自分たちの動きを監視している様であるが、敵意はなかった。

むしろ、声をかけるタイミングが掴めずに物陰で様子を伺っている様である。

憲兵団のNo.3であった女将校に堂々と声をかけるのは難しいのは分かる。

 

 

「動きが妙だな…」

 

 

だったら手紙や書類を提出して謁見の許可や交渉の機会を得るべきである。

それをしないのであれば、緊急事態か、もしくは更に直訴する事態があるか。

少なくとも、事情を知らない護衛が傍に居ては話にならない。

すぐにフローラは手を打った。

 

 

「これから私は知り合いと会談をする。お前たちは先に兵団司令部に帰投したまえ」

「え?」

 

 

予めミーナが演じるラナイが立てた計画に基づいて護衛をする兵士たちは本気で困惑した。

さすがに兵団のトップを放置して帰投する訳にもいかず食い下がろうとする。

 

 

「聴こえなかったか?数名の配下で充分だと言ったのだ。二度は言わんぞ?」

 

 

クロルバ区を警備していた駐屯兵とフローラが事実上掌握していた中央憲兵では差が出る。

暗に【お前たちの出番はない】と告げる上官に護衛兵たちは抗議する事となった。

 

 

「お待ちください!本日の計画では謁見や会談の予定などなかったはずです」

「ああ、君たちを利用して予定通りの計画を実施していると見せたのだ」

 

 

必死に抗議するもののエルティアナ連隊長は、これこそ計画通りと告げる。

 

 

 

「この後の会談はきちんと記録に残して貴公らに報告する。それでいいな?」

「それは…」

「では、君たちにも出席してもらおう。そこまで言うなら相応の覚悟があるのだろう?」

 

 

それでも退かない護衛兵にフローラは禁じ手を使った。

本来であれば、自分たちが出なくていい会談に出席させてやる…と告げたのだ。

すなわち護衛兵たちからすれば、自分の手に負えない案件を負わせられると同意義になる。

 

 

「分かりました。午後2時の会議までに…」

「分かってるさ」

 

 

しぶしぶ駐屯兵出身の護衛兵たちは帰途についた。

ようやく熱心な護衛兵から開放されたフローラは笑う。

 

 

「……会談の予定など初耳ですが?」

 

 

 

ミーナに同行している中央憲兵出身の将兵はフローラに存在しない会談について質問をした。

 

 

「当然だ、あいつらを追っ払う為の建前に過ぎないのだから」

「え?」

 

 

当然の様に会談は存在しないとフローラは告げた。

 

 

「ヒッチ・ドリス二等兵、いつまで潜伏しているつもりだ?」

 

 

 

そして柱に隠れているヒッチに対して質問をした。

 

 

 

「な、なんで……」

「貴公とは顔を合わせた事があってな」

 

 

憲兵団に配属されたばかりのヒッチは、憲兵団のお偉いさんだった女将校を尾行していた。

いや、頼み事をしようとしたが、門前払いをされたせいでこうする事しかできなかった。

 

 

「ここだと君も大変であろう?すぐそこの喫茶店で話そうではないか」

 

 

どうすればいいか思ってそのまま尾行を続けたヒッチは…。

エルティアナ女史の指示に従う以外に動く事は出来なかった。

その10分後、ヒッチは衝撃的な事実を知る。

 

 

「なんで生きてるの!?」

「酷い言われようね…」

 

 

中央憲兵の息がかかっている喫茶店にフローラはヒッチを案内した。

すぐに事情を察した店主によって臨時休業となり、秘密の会談が行われた。

そこでヒッチは、フローラとミーナが生きていると知って衝撃を受けた。

その衝撃で思わず口が滑った台詞にフローラの心は少しだけ傷ついた。

 

 

「あそこまで自分が生きた痕跡を抹消されたら対策するのは必然でしょ?」

 

 

とりあえず正論っぽい事を述べたフローラはさっそくヒッチの真意について訊ねる事にした。

 

 

「それより、私服でここまでやって来るという事は、緊急事態なんでしょ?」

 

 

ヒッチの性格上、ストヘス区からわざわざ西端のクロルバ区にやって来る事はあり得ない。

兵団の命令でなければ、ストヘス区に異常事態が発生したか、自分の用があるかの二択となる。

 

 

「マルロが調査兵団に入るって言って私じゃ止められず…」

「なるほど、事情は分かったわ」

 

 

ヒッチの言いたい事を察したフローラは思わず自分の頭を掻いた。

兵力が激減した調査兵団は、周囲に呼び掛けて募兵をしたが、すぐに兵を集められなかった。

 

 

「確かに調査兵団に志願するのは心配よね…」

 

 

そこでフローラが必死に支援して調査兵団の兵力を確保した。

フローラ陣営で人材不足だったのは、募兵していた人員を調査兵団に取られたというのが大きい。

しかし、そうでもしないと内戦の元凶とされた調査兵団に人が集まらなかったのだ。

 

 

「でも、わたくしたちは調査兵団の活動を止める事はできないわ」

 

 

そもそも壁の外を探索する調査兵団と壁の脅威と戦う連隊は相性が悪い。

壁の外を探索している暇があるなら巨人と戦えと発言する識者は多かった。

兵団政権も同じ考えを持った者が多かったからフローラは、わざわざ格下の部隊を創設したのだ。

あくまでも調査兵団より格下にする事で彼らの存在意義を優先させたという訳だ。

 

 

「でも、マルロが暴走しない様に監視する事はできるわよ」

 

 

ウォール・マリア奪還に向けて調査兵団は活動をしている。

しかし、彼らだけで本当にそれが達成できるのかと疑う者は多い。

ハンジ・ゾエ曰く「調査兵団は負け続き」と言うほどその歴史は悲惨の一言で示される。

 

 

「調査兵団の動きを監視する為に我々も同行するつもりだからね」

 

 

そこで調査兵団の活躍を記録、行動を監視する為にフローラは同行する予定だ。

建前としては、管理及び監視であるが、実際は調査兵団を自分たちより格上と示すつもりだ。

 

 

「貴女もどう?待っているだけでは何も始まりませんわよ?」

 

 

本来であれば、待つ事しかできないが、ヒッチは巨人と交戦経験がある兵士である。

少しでも壁の外に出た事がある兵士を求めていたフローラは親友の友人を勧誘した。

 

 

「でも…」

「あの頭でっかちの事だから誰かの為に特攻するかもね?」

 

 

迷いがあるヒッチにフローラは挑発をする。

いつも真面目なマルロは、日常生活ですら頭でっかちであった。

調査兵団が追い詰められた時、彼は進んで囮になる事を望むだろうと暗に告げて見せた。

 

 

「……非力な私にどうしろって言うの?」

「非力なら非力なりの戦い方があるのよ」

 

 

意外と行動力がある事を知っているフローラは、ヒッチが餌に喰い付いたのを実感する。

 

 

「貴女にしかできない事でマルロを救えるかもしれない」

「私がそんな事をできる女だと思う?」

「えぇ、得意分野ならできると思っているわ」

 

 

アニの友人になろうと努力したヒッチを何としても勧誘しようと試みた。

既にフローラは、憲兵団の新兵に縋るほどに人員不足に苦しめられていたのだ。

 

 

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