進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
丁度、目の前に2体の巨人が迫って来たのでフローラはわざわざ突っ込んだ。
ライリーに合図を送って馬上で立体機動に移って巨人の掴み攻撃を回避!
そしてうなじに向かってトリガーを引いて新兵器を射出するつもりだった。
「あっ」
ところが、新兵器の射出と一緒に信管に伸びるワイヤーまで抜けた。
慌ててフローラは地面に向かって急降下したと同時に巨人のうなじが爆発する。
「……こんなの実用化したくない」
ハンジ分隊長が考案した兵器は、巨人に向けて発射すると大爆発を起こすという予定だった。
しかし、誤発射して使用者もろとも爆散しかねないのでフローラはそれを独断で却下した。
その為、刺さった後にワイヤーを引っ張ると信管が作動し、大爆発する様に仕込んだ。
ところが、さっき射出したら兵器の動きに釣られてワイヤーが抜けてしまう欠陥が発覚!
すぐさま【実用化の余地なし】という烙印を捺したくなるほどの重大な欠陥となった。
「まあ、しょうがないけど」
そんな事を考えていたら残っていた巨人がフローラを掴もうとする。
やむを得ずフローラは巨人の首を刎ねて置き土産として新兵器を射出した。
「どこ行くのよ…」
今度は目標から逸れて急上昇したのでフローラは信管に繋がるワイヤーを引っ張る。
空中で爆発し、壁上から見下ろすクロルバ区守備隊に向けての景気づけはできた事だろう。
「ライリー!」
速やかにライリーを呼びつけて騎乗したフローラは速やかに遠征部隊と合流した。
既に付近の巨人は一掃されたので当分は安全となる。
これで部隊編成が乱れる事がなくなったので当分は安心して進軍する事ができる。
『やっぱ、実戦じゃないと判明しない事が多いわね』
設計検証試験用に作られた新兵器は明らかに欠陥だらけであった。
これはフローラの予想だが、立体機動しながら射出するという試験をやっていなかったのだろう。
短剣型立体機動装置の量産まで試験を続けて来たフローラはこういったトラブルを経験している。
だからこそ、この兵器は平原で使用するべきではないと直感で理解した。
「ああ、頭が痛い」
だが、鎧の巨人に対抗する兵器の中でこの新兵器が最も扱くて量産しやすいのも事実だ。
フローラは硬質化した表皮を貫通する兵器をいくつか作ったが…どれも訓練修了に時間が掛かる。
特にコストは度外視できないものであり、新兵器を改良をし続けるしかないという現状だ。
「どうやって改良しよう…」
まず、槍みたいに長い筒状の新兵器を装備したまま乗馬するのはかなり難しい。
特に肘から大きく飛び出している筒が馬の胴体にぶつかりかねない問題がある。
だからといって胴を縮めると射出距離や威力に大きな変動が発生するので弄れない。
「ライリー、どう思う?」
遠征部隊の先頭に躍り出たフローラは、自分の相棒に質問するが返答は無い。
その代わりに新兵器が無くなった影響なのか、動きが速くなった。
「なるほど、運用も重要よね」
ライリーの反応からよっぽど新兵器は邪魔に見える。
そこでフローラは、そもそも新兵器の運用に関してルールを制定する事にした。
あらゆる装備には長所と短所が存在するのだから、利点を活かせる運用をするべきである。
そう考えたフローラは、自慢の聴覚と特殊能力を駆使しながら進軍を続けた。
そして1時間ほど経った頃、フローラはあえて副長のミーナに先頭を任せて後退する。
「さて、進軍を続けている訳だが、もう限界そうだな?」
「むしろなんで怖くないんですか?」
「慣れだな。それ以上もそれ以外もない」
フローラは自分が異常者だと自覚しているから他者の反応で限界を知ろうと試みていた。
軽く反応を確認して地理に詳しい案内人が色んな意味で限界に見えたので休憩を取る事にする。
『…と言っても、中々難しいのだけどね』
休憩地点として選ぶなら真っ先に立体機動ができる森林を選ぶべきである。
しかし、ウォール・マリアの西方は平原が多くて中々該当する森が発見できていない。
「川に沿っているせいで休憩地点が選定できないのだ。何かいい案があるか?」
「む、難しいところです…」
「そうか、次の目印を発見したら報告してくれ」
フローラはクィンタ区に向かう際に街道を利用せずに川に沿って進軍していた。
エレンが避難船で「巨人を1匹残らず駆逐してやる」と誓った様に城壁都市には川が流れている。
本来は遊覧船用途に使われるが、時には木材など重量がある物資を運ぶのにも活用されていた。
「それそろ川から離れるべきか…」
そもそも交通の要衝や水源が近い場所で集落が発展しやすい。
だから内地から下って来る川に沿って進めば、村や道などが発見できる。
それに大きな川を進んで行けば、必ず城壁都市に辿り着けるというのは大きい。
『もう少しだけ案内人さんに我慢してもらいましょう』
フローラは巨人の居場所と数を感知できる為、できるだけ交戦しないルートを選んでいる。
それでも近づいていくと巨人に感知されて追って来るので既に8体ほど討伐していた。
そのおかげで、なんとか遠征部隊の士気を保ているという有様だ。
『問題なのは帰り道だと誰も理解していないのも厄介ね』
遠征を始めてからフローラが危惧しているのは、むしろ遠征の帰りであった。
調査兵団の歴史を見ても、壁外作戦の帰りに巨人の襲来を受けて壊滅する事が多い。
原因は、既に巨人と戦闘を行なって装備や燃料が枯渇気味というのが定説である。
ここ数年間でリヴァイ兵長が居るのに調査兵が死にまくっているのは、これが大きかった。
『そして登り坂になるのも馬にとって辛い所、帰路はどうしましょうか…』
なにより内地から遠のくほど標高が下がるので必然的に帰りの方が移動時間がかかってしまう。
下り坂なら早く走れるが、登り坂だと何度か休憩しないと登りきれないと同じ原理である。
もちろん、フローラは想定しない訳もなく一応は対策を考えている。
「中継地点を早く発見したいものだな」
それは逆転の発想である。
そもそも【目的地に辿り着ける状況では無いなら引き返す】という選択肢を残した。
要するに目的地から中継地点を通過した際に作戦が続行可能か判断しようとしたのだ。
その中継地点になりそうな場所をフローラは必死に模索しているのが現在の動向である。
「む!あれは製材所!!あそこにするぞ!!」
エルティアナ女史の口調でフローラは中継地点を決めた。
そこは、彼女にとってありがたい要素が多くて笑顔が隠せない場所であった。
「え?このままクィンタ区に向かわれないのですか!?」
「あと何時間かかると思っているんだ。休憩できるならやるべきであろう」
事情を聴かせていない案内人を無理やり黙らせてフローラは製材所に駐留する様に指示を下す。
さっそく遠征部隊は、当初の作戦通りに枝で作った柵を設置し、付近の清掃を開始した。
「熱気球を打ち上げろ!!」
「了解!!」
同時に中央第一憲兵団が秘匿した道具である【熱気球】を使って上空からの観測も開始した。
これにより、地理状況と巨人の群れに関する情報が入って来る。
いくらクィンタ区周辺に詳しい人物を連れて来ても5年も放置されれば大きな変化がある。
休憩と状況把握を兼ねて川にほど近い製材所で兵士たちは進軍を停止する事となった。
「特殊補給第二分隊は、遠征部隊が出発したと同時にクロルバ区に帰投せよ!」
「ハッ!!」
そして一番重要なのは、補給関連の特殊部隊は中継地点に物資を設置して帰投する事だ。
つまり、ここは今後の遠征作戦に何度も活用される橋頭保となるのだ。
予備の熱気球や信煙弾、保存食などを設置し、今後の作戦に向けて準備を行なった。
「エルティアナ連隊長!」
「どうした?」
「何故、休憩ではなく工作や肉体労働をしなければならないでしょうか!」
しかし、一部の兵士はこれに納得できない様だ。
特にクロルバ区を守護する駐屯兵団第三師団出身の兵士がエルティアナに抗議した。
それに対してフローラは分かりやすく理由を述べる為に口を開く。
「ずっと騎乗したら身体が鈍るだろ?少しだけ労働してから休むと気が楽になるはずだ」
人間の集中力は15分単位で途切れるらしく最大90分くらいしか長持ちしないそうだ。
そして今まで兵士たちは巨人の襲来に怯えながらここまで進軍してきている。
このまま休息させるとすぐに気力や士気が下がる為、フローラは気分転換を行なわせた。
肉体を別の事で酷使させる事で気分を転換させて有意義な休息を取れるようにしたのだ。
「ですが…!」
「ならば、いつ巨人が襲来するか警戒しながら休む気か?」
「いえ、それは…」
フローラは既にこの付近に巨人が居ない事を能力と聴力で把握している。
だが、兵士たちにそれを説明した所で納得する訳が無い。
だからこそ身体を酷使してもらう代償を払って成果を作る事で気分転換を促した。
「ほら、尖った丸太を
「こんなもので巨人の足止めができるのでしょうか?」
「そうか?少なくとも巨人の脚に刺さって移動に支障が出れば有利になると思うのだがな」
幸いにも製材所なので丸太も加工する道具も揃っている。
こうやって木材を活用する事で少しでも気休めであるが、防衛壁を作る事ができた。
壁に囲まれた生活を送って来た者にとってこれほど心が安らぐ建築物は無いと断言できる。
『あるか無いかで大きく違うし、なにより自分たちが作ったというのが重要なのよ』
何もせずに休憩するより、自分たちが建設した壁の中で休息を取る方が良いはずだ。
そう思ってフローラは、わざと兵士たちの休憩に関して条件を加えていた。
その成果か知らないが、少なくとも兵士たちに笑顔が戻った気がする。
『それより問題なのは…』
しかし、フローラはそれよりも気になっていた事がある。
『こいつらの性欲をどうしようかしら…』
それは、遠征作戦に従事する兵士たちの性欲処理などの下ネタ関連の問題であった。
特にフローラは、負の感情を“声”として聴く能力があるのでかなり気にしていた。
本来であれば、巨人に捕食されそうになった兵士の“声”を聴いて現場に急行するが…。
むしろ、それよりフローラが嫌がる下ネタや嫉妬や恨みなどを聴かされる事が多かった。
『
そしてなにより思春期を迎える訓練兵を筆頭に男性はやたらと性欲が強くなる。
フローラ自身はこっそりライナーに恋していたくらいでほとんど恋愛経験はない。
だが、野郎共の性欲の強さを無視できるほど純粋ではなかった。
『いっそ開き直って雌の羊を持ち込む事も考えたけど……』
いろんな案を考えたが、どれも現実的ではないフローラは動物に目を付ける。
噂によると「雌の羊は女性と同じ様な味わいがある」らしいので!
極限の環境下でも「雌の羊なら殿方の性欲と食欲を満たせるかも!」と考えた。
これなら男も女も幸せになれると本気に信じるほどにフローラは自信満々であった。
問題があるとすれば感染症くらいだが、対策は容易だからそれほど危ない案ではない。
『無理だったわ…』
ところが、女兵士たちの意見を求める為に相談したら断固として名案を拒絶されてしまった。
なんで関係ない女性陣に怒られるのか疑問だったフローラだが、しぶしぶ名案を破棄した。
でも、代案を出してくれないのでフローラ個人の意見としては…。
『じゃあ、どうしろというのよ!?』
残念ながらフローラは女なので野郎共の気持ちを実感として理解する事ができない。
夫が出産に伴う妻の痛みを実感できない様に異性どころか同性すら理解できない事はある。
だから叱責されたり、批判されても、デリケートな話題だからと個人的には納得している。
『というか、あんたたちも他人ごとじゃないのよ!!分かってるの!?』
だが、【三大欲求】と呼ばれるくらい“性欲”というのは、大事に扱わないといけない。
特に殿方から下心を抜いてしまえば、本気で人類が滅亡に追い込まれるほど子孫繁栄には必要だ。
だから厳しく性欲発散を禁止したところで殿方は守り切れる訳が無いとフローラは理解している。
『壁の外は人類の領域では無いの!!なにがあっても自己責任で終わらされるのよ!?』
特に人類憲章も法律も及ばない壁の外は、すぐに精神的に追い詰められやすい環境となっている。
禁欲や恐怖のストレスで追い詰められた連中がやらかす事など1つしかない。
『それにわたくしたちだって必要な物があるでしょ!?殿方と違って死活問題でしょうに!』
仕方なくフローラは代案を求めて女兵士たちと相談していたら…ある事に気付いてしまった。
遠征に向かう彼女たちが生理に関して全く気を遣って無い事に気付いてしまったのだ。
殿方の底知れない性欲と違ってマジで生理は多種多様で対策が人によって変わる。
しかも、精神状態によっても割と結果が左右されるのでこれという完璧な対策ができない。
『わたくしは何度も警告したわ!!それでも「知らなかった」で通すなら無視してやる!!』
男は股間を弄らなくても問題は無いが、女は周期で発生する出血を防ぐ事はできない。
一応、特定の条件を満たせば出血しなくなるが、当然の様に別の問題も発生する。
それよりも、巨人や過酷な環境によるストレスで出血の周期があっさり変わるのが問題だった。
誰よりも極限の状況下で戦い続けた乙女だからこそ、フローラはこれを無視できなかった。
『ああもう!!どいつもこいつも!!』
フローラは下ネタが大っ嫌いだが、それを本気で考えないと遠征作戦が成功しないと考えていた。
なのに周りから大した事が無い話題ばっかり文句を言われて大切な事を全く知ろうとしない。
あらゆる状況でも対処できる様にとフローラは必死に頑張っているのにこの有様だ。
「皆さま!!すごいですわ!!これなら巨人からここを守れますわね!!」
「「「おおおおお!!」」」
本気で対処を考えている自分の言葉より年下の令嬢が放つ根拠ない言葉が重要らしい。
「このロリコン共が!!」と叫びたいフローラは必死に我慢して質問してきた兵士に向き合った。
「とにかく!身体を動かすと気分転換になるのだよ。貴公もいずれ分かる」
「承知しました!お忙しいところ申し訳ございません!!」
「ああ、疑問を持つ事は大切だ。君はきっと大物になれるよ」
最近、フローラはエルティアナ女史と敵対する政敵が恋しくてしょうがない。
彼らは本気でエルティアナを失脚させようとする為に揚げ足取りに勤しんでいる。
つまり、彼らの指摘は難癖であっても、傍から見るとちゃんとした指摘になる。
少なくともリスクを考慮せずに勝手に盛り上がる部下たちよりも必要な人材だと思い始めた。
『誰もが同じ思考をもつほど恐ろしいものはないからね。ああ、早く帰りたいわ…』
壁教を含む宗教というのは、人々に共通の話題を与えて団結させるのに向いている。
人間というのは、自分の価値感と違う人間を拒絶するのでそれは本当に大事だった。
だが、やり過ぎると破滅するまで暴走するのでフローラは同調圧力を嫌っていた。
「これからどうするべきか…」
本来の予定では同様の中継地点を3つほど作る予定だったが、不可能に近い。
数回も同じ事を繰り返してしまうと人は必ず慢心してしまう。
よってフローラは、次回の中継地点からは簡単な休息以外を避ける事にした。
「諸君、盛り上がっている所で悪いが、あと20分で出発だぞ!気を引き締めていけ」
パンパンと両手を叩き、フローラは気を取り直して遠征について考え始めた。
まず、ここに留まった以上、周囲で彷徨う巨人の動きにも変化が見られるはずだ。
丁度良いタイミングで熱気球が降りたのを確認したフローラは現場に急行した。
「良くやった。また勲章を贈呈する予定だからそれより先に死ぬなよ?」
「連隊長!縁起が悪い!!まだ死ぬ気はありませんよ」
「そうですよ!!」
「ハハハハ、こうして軽口を叩かないと堅物だと思われてな…まあなんだ。よくやった」
さっそく上空から地理を確認した斥候たちにフローラは質問をする。
「貴公らの反応からすると巨人が少なかったようだな?」
「はい、クロルバ区方面の地平線に巨人が3体居たくらいでした」
「クィンタ区も微かながら見えましたが…景色がぼやけてて詳細までは…」
「そうか…」
とりあえず、彼らがもらたした成果のおかげでクィンタ区に向かう事は確定した。
それより巨人の少なさにフローラは違和感を覚える。
『いくら北西とはいえ…ここまで巨人が少ないのってあり得るのかしら…』
フローラは壁の外に出る度に巨人を最低でも11体以上討伐してきた。
しかし、いくら城壁都市に近くないとはいえ巨人の少なさに疑惑が生じる。
『もしかしたら城壁都市付近以外では、それほど巨人は居ないのかしら…』
そもそもウォール・マリアに巨人が侵入したのは鎧の巨人のせいである。
あのあん畜生が内門に巨体を突っ込んで破壊したせいで巨人が侵入したのだ。
ただし、フローラは昔から「そんなに侵入するものなの?」と考えていた。
『誰かに誘導されたとか?あの獣みたいな奴とかに…』
わざわざシガンシナ区の外門と内門を通過しないとウォール・マリアに侵入できない。
よって巨人が誰かに誘導されない限り、そこまで侵入しないと当時のフローラは思っていた。
――トロスト区の正門が超大型巨人に蹴破られて多くの巨人が侵入するまでは…。
「他に何か異常があったか?逃げ遅れた民衆の列の痕跡とかもありそうだが…」
とにかく現地で情報収集をしなければ何も始まらない。
些細な異常を見落とさない様にあり得そうな痕跡をあえて斥候に伝えた。
「この近くに馬車が2
「ほう?その近くに街道もしくは砂利道はあったか?」
「いえ、ありません」
何気ない観測手の発言から興味深い話を聴いた。
おそらくクィンタ区から逃れた馬車には間違いないが…。
フローラはその異常さに気付く。
「よし、まずそこに向かうとしよう。案内を頼む」
「え?馬車を調査なされるのですか?」
「忘れたのか?我々はウォール・マリアに向かったとする証拠を集めに遠征を行なっているのだ。兵団政権に提出できる物があるならば、別にクィンタ区に向かう必要がないのだよ」
兵団政権にクィンタ区の住民帳票を提出すると報告しているが、それが残っているか不明だ。
なんなら瓦礫の下敷きになっているのであれば、別の証拠を提出するつもりだった。
特にわざわざ逃走に不利になる場所で馬車が複数走っていたなら…重要な物があるはずだ。
「それに君たちの発見を周りの兵士に誇示できる良い機会ではないか」
そうと決まれば、フローラの行動は速かった。
あっという間に遠征部隊をまとめて馬車が横転している現場に急行する。
そこで見たのは、観測手が報告した通りである。
「確かに馬車が横転しているな」
どうやら、この馬車は憲兵団管轄の様である。
その証拠に馬車に憲兵団の紋章があり、付近には憲兵の白骨死体が転がっていた。
それと転倒した際に脱出できなかったのか、馬の白骨死体もいくつか転がっている。
「いやー白骨死体なら気が楽で済む。生身だと色々と気軽に触れる事ができなくてな」
トロスト区での死体回収は本当に地獄だった。
女の子の死体なら大丈夫だと豪語していた屑野郎が本気で泣くほどには腐敗していた。
いや、腐敗しているだけならまだいい。
「後処理しなくて済むのもいいな」
死体は硬直したら逆にどんどん筋肉が緩くなって色んな汁と排泄物を溢すのだ。
その汁は、匂いと汚れがそう簡単に取れない上に虫の好物となる。
遺体を動かすと肉体に虫が産み付けた卵がずらっと並んでいたのが印象的だった。
ああ、自分たちも自然の一部だとフローラは思ったが、同期は違ったらしい。
怯えや落ち込み具合から価値観の差を感じたフローラは、常人の反応を示す事にした。
その時に比べれば、自分を偽らずに健康に害がない検死は新鮮味がある。
「ふーん、中央第一憲兵団か。…おい!サネス!!ラルフ!!こいつらに見覚えは無いか?」
慣れた手つきで白骨死体を調査した結果、中央憲兵だと発覚した。
そこで暇そうに酒を飲んでいたからとむりやり徴用した2人に身元の確認を行う事となった。
「追加料金を支払えよ」とブツブツ文句を言うサネスに蹴りを入れてフローラは様子を見守る。
「知らん…違う部署の連中だ」
「同じ中央憲兵でも同僚と上司以外は全く謎が多くてよ。済まないがここで特定は無理そうだ」
フローラに呼び出しを喰らった2人が調べた結果、全く分からないという事が判明した。
これによりフローラは更に疑問に思った事がある。
「ならば、彼らは英雄に相応しい。
巨人と戦闘経験がない中央憲兵がわざわざここで無駄死にする訳が無い。
つまり、ここを死守しなければならない理由があったか。
それか、積み荷を目的地に届けないと処刑されるかの二択しかない。
「さて、彼らをここまで英雄になろうとさせた証拠でも探すとしよう」
「「持ち場に戻って良いか?」」
「ダメに決まっているだろ!?身内なんだからお前らも手伝え!」
3名の中央憲兵と御者以外の死体に関しては名前と所属以外不明である。
しかし、皮肉にも巨人のおかげで略奪を免れた積み荷が眠っているはずである。
フローラは内心で盗賊になった様な感覚と戦いながら馬車を調査する事となった。
「……何もありませんでしたね」
「骨折り損のくたびれ儲けって奴か」
「そんな馬鹿な…」
2
名探偵気分になっていたフローラのテンションは大きくただ下がりとなる。
ただ、いつまでも部隊を停止する訳にもいかない。
「最後に馬の死体を調べるか」
「必要か?」
「馬具を再利用できそうなら確保しても問題なかろう」
ちなみに馬車から再利用できそうな部品を全て回収をしていた。
馬の白骨死体を調べようと思ったのも単純な動機だ。
馬の死体に繋がれたハーネスなど利用できるかと思っただけである。
「リサイクル業者は一味違うね」
「そこまで言うならラルフ、お前が調べて来い」
「へいへい、全く人使いが荒いんだから…」
王政府や各兵団に内緒で補給拠点を建設できたのはフローラの努力の賜物だ。
しかし、物資は無から生えて来ないので時にはこうやって死体から回収した。
それを知っているラルフから皮肉を言われたフローラは反撃を行なう。
パシリにされたラルフは愚痴を言いながら白骨死体と化した馬に向かった。
「なんだこれ?」
すると先行したラルフが変な反応を示したのでフローラは首を傾げた。
さすがに馬車を引っ張る馬が変な装備をしている訳が無い。
そんな常識に囚われていたせいで反応に遅れてしまった。
「木箱がありました」
「「え?」」
次に発したラルフの一言でサネスとフローラは本気で困惑した。
何事かと馬の白骨死体を見るとその原因が分かった。
「駄馬じゃねぇか!!」
「駄馬じゃないの!!」
「なんで俺に向かって言うんだよ!?」
てっきり馬車の近くに倒れているのだから
実際は
駄馬と輓馬では装備が大きく違うので本来ならば別の業務を行う事はあり得ない。
そう伝えたかったのだが、それを理解したラルフは「俺に言うな」と抗議をする。
「腐食しない様にわざわざ塗料を塗ってやがるな」
「油性塗料かしらね?まあ、外観より中身の方が大事だからどうでもいいけど…」
「無視するな!!」
そしたら、すぐにフローラとサネスは木箱の方に夢中になった。
いきなり蚊帳の外に置かれたラルフは慌てて2人に詰め寄って抗議をする!
「開封してもいいか?」
「さすがに爆発物を仕込んで輸送しないと思うからいいんじゃない?」
「じゃあ、開けちまうぞ!……ん?」
一応、フローラに確認を取ったサネスは蓋を開けようとした。
するとフローラがすごい勢いで後退りしたので思わず振り向く。
「早く開けなさいよ」
「お前がやるって言ったんだからきちんとやれよ!」
「お前ら!?なんで馬車の裏に隠れたんだよ!?おい!?」
そしたら何があっても良いようにフローラとラルフは馬車から頭だけ出していた。
これでは、まるで大惨事になるから避難したようにしか見えない。
傍から見るとコントにしか見えないが当事者たちは割と本気だった。
「畜生が!!」
とりあえず負傷したら見舞金をたんまりもらうつもりでサネスは箱を開ける。
「…一応、暗躍していた秘密組織のはずよね?独自の
「そんなものあったら、逆に怪しまれるだろ…」
特に何も起きずにフローラは拍子抜けしたが、まだ疑問がある。
こういう重要な箱には対策が施されていないか心配した。
しかし、あっさりとラルフが否定したのでフローラは何も言えない気持ちとなる。
とりあえず入っていた物を確認したいフローラは質問を繰り出した。
「サネス、箱の中には何があった?」
「金貨です。金貨がありました」
そして戦利品は金貨、おそらく王都にある一等地の物件を変えるくらいはありそうだ。
いくら中央第一憲兵団は憲兵団より二階級上の特権があるとはいえお給料は変わらない。
フローラには視た事がある金貨の山でも彼にとっては大金となる。
「この戦利品は、お前たち2人にくれてやる。好きにしろ」
「さっすが~、エルティアナ様は話がわかる!」
「苦労した甲斐があったぜ…!」
すぐに始末されそうな三下とあくどい上官のやり取りであるが、割とフローラの本音が出ている。
新兵の時は勲章が鬱陶しいと思ったが、今となってはかなり重要な物だと理解した。
『兵士として当たり前だと評されたら、終わりですものね…』
組織として活動していく上でやはり誰かに評価されるものはいいものだ。
今は亡きキッツ隊長が遺した【討伐手当】は今になってフローラを支えている。
後にこれを利用しないと本気で破産するほど追い詰められる事となる。
「そうそう、木箱は回収しておきますわ」
それはともかくフローラはラルフから木箱を受け取った。
クィンタ区を示す証拠があれば持ち帰るつもりだった。
「ん?やけに上げ底ね?」
だが、明らかに木箱に対して底が高い。
これでは下に何か隠していると示すようだ。
「……なるほど、金貨ならそっちに目が行くわよね」
コンコンと軽く木箱の底を叩いてみると違和感がある。
さっそく隠し持っていた短剣を使ってフローラは底面を弄り出した。
「やっぱりそうでしたか」
底を無理やり外すと無駄にある空間の中に緩衝材と防腐剤が入っていた。
すぐさまそれらを退かすと以前に見た事がある品々が納められていた。
「おいこれは…」
「まさか…」
フローラが変な事をやり出したのでサネスとラルフが木箱を覗き見ると…。
「えぇ、注射器と…おそらく巨人の脊髄液ね」
そこには、注射器と液体が入った瓶が入っていた。
中央第一憲兵団ですらこの注射器の存在を知っているのはほとんどいない。
しかし、新兵団に編入した際にフローラが教えたので存在自体は2人も知っていた。
「これは大発見では?」
「すぐに兵団政権に報告したら報酬がもらえるかもな」
巨人化できる注射器を発見し、2人は兵団政権に報告しようと考えた。
「いえ、これは報告しないでおきましょう」
だが、これをフローラは報告する気はなかった。
明らかに裏切りな行為に2人は目を丸くしてフローラを見る。
「考えてみなさい。これが2つあったらどうなると思う?」
もしも、注射器が2つあるとフローラが危惧する問題が発生する。
「もし、エレンが用済みだと思われたら次の継承者に使ってしまいますよね?」
貴重品故に兵団政権は、調査兵団に注射器を託す事しかできなかった。
しかし、これが2つ存在すれば、必ず片方は兵団政権に渡ってしまう。
そしてそれが兵団政権の為に使用されるのは火を見るよりも明らかである。
「用済みって…そんな事があり得るのか?」
「さあ、どうでしょうね?ただ、兵団政権も“英雄”の肩書を欲するかもしれませんわ」
壁社会は巨人の脅威で一枚岩になっているだけである。
もしも、巨人がエレンの夢の通りに1匹残らず駆逐すればどうなるか。
巨人に向けるはずだった兵器群が人類に向くのは誰でも分かる。
「とにかく本件は内緒にしておきましょう」
それに調査兵団の優位性が崩れるのもフローラは避けたかった。
間違っても調査兵団を編入する気はない彼女は決断した。
巨人化できる注射器の存在を隠蔽し、こっそりと保管しておくと決めた。
「さあ、他にはなさそうだし、さっさと馬具を取り外すわよ」
「それに関する特別手当は?」
「ラルフを巨大樹から吊り下げる権利を与えましょうか?」
「はいはい分かった。だから睨むのはやめてくれ」
さすがに時間を取り過ぎて待機している兵士たちが困惑の声が漏れ出していた。
それを自慢の聴覚で聴き取ったフローラは冗談を言うラルフを牽制し、作業を開始!
僅か3分で必要な物を回収し、再び遠征部隊を率いて西へと進軍をした。
『注射器があると逆に考えてしまうわね…』
クィンタ区に向けて進軍するフローラの脳内はかなり注射器に関する事で汚染された。
巨人から人間に戻す研究をしたいフローラだったが、逆もしたくてしょうがない。
『ミーナに叱責してもらわないともうダメかもしれない…』
色々と抱え込んでしまうフローラは親友からの叱責を求めていた。
ミーナは良くも悪くも凡人なので常識というラインを引くには最適であった。
「姉さまー!どうかされたんですか?」
何度もラナイ副長を演じるミーナを見てしまい、とうとう指摘されてしまった。
エルティアナを演じているフローラは、所々でボロが出始めたのは明白であった。
「そろそろクィンタ区に着くから準備をしておきなさい」
「分かりました」
ウォール・ローゼからウォール・マリアまで100kmとされる。
既に数時間進軍し続けた甲斐があり、かつて人類を守って来た壁はもう見えていた。
「ウォール・マリアか…」
フローラにとって壁というのは、記憶を失う前と失った後で価値観が大きく違う。
かつての記憶を取り戻した令嬢の記憶によると壁とは区切りらしい。
下劣な下民にも理解できる区切りとして壁が存在すると昔の自分は思っていた。
『良い思い出が無いのよね』
じゃあ、記憶を失った後はどうなのかと問われれば悲観的な見解を述べる事ができる。
教官から不意で突き落とされたり、無駄に壁掃除をさせられたり、忠誠を誓わされたりと…。
何かと自分に対して負の結果をもたらす50mの壁にはイライラさせられたものだ。
『いつか壁が消える日が来るのかしら?』
生まれた時から存在する壁が無くなったらどうなるか。
その時は、自由に壁の外に人類が歩ける世界になっているのか。
むしろ、内戦で人類が滅亡しているのかフローラは予想もつかない。
「…クィンタ区の裏門が!!見えて来たぞ!!」
そうこうしている内にクィンタ区の裏門が見えた。
どうやら門を閉じているようだが、嫌な予感しかしない。
『巨人を閉じ込めているのか、巨人化能力者がいるのか』
クィンタ区の末路についてはほとんど情報が無い。
最後は開門されたとされるが、信憑性に欠けている。
どちらかというとライナーなどの壁外勢力が拠点にしている可能性がある。
『どちらにしても排除するのみ』
手勢とはいえ最新鋭の対人立体機動装置や秘密兵器を所持している。
フローラは先鋒としてクィンタ区に向かって全速力でライリーを走らせる。
わざと黄色の信煙弾を放って敵に自分の位置を知らせる様に…。
「そう、これからが本番よ!!」
あっという間にクィンタ区の壁に辿り着いたフローラは速やかに立体機動に移る。
興奮しているせいか、後方に居る味方部隊が放つ負の感情さえ聴き取れない。
それでもフローラは一番先に城壁都市がどうなっているか確認したかった。
そして50mの壁を登り終えてクィンタ区の全貌を見下ろして気付く。
「嘘…!?」
そこには、フローラが予想していなかった光景が広がっていた。
そしてフローラ及び遠征部隊は、ここで発生した出来事を兵団政権に伏せる事となった。