進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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157話 勲章受与式

頭の中に老人の声が聴こえたという現象は社会問題となっている。

すぐに民衆が兵団政権に説明を求めたが、まともな回答を得られなかった。

それでも身分問わずに同じ言葉が聴こえたオカルト現象に誰もが混乱した。

兵団政権は、壁の外の勢力が自分たちを混乱させる卑劣な作戦だと公表!

そして無理やり騒動を抑えた兵団政権は、調査兵団の帰還を待った。

 

 

「たったこれだけしか生き残らなかったのか?」

 

 

調査兵団を歓声をあげて見送ったトロスト区の住民は見慣れた光景を目撃する。

300人近く居た調査兵団は僅か10人しか生還しなかった。

作戦は失敗したのかと誰もが思ったが、それより気になった事がある。

調査兵団を護送するエルティアナ独立愚連隊の兵士の一部が火傷を負っていたのだ。

 

 

「ハンジさん!!一体何があったんだ!?」

 

 

リーブス商会のフレーゲル・リーブスは、ハンジ分隊長を見かけて声をかけた。

だが、返答を得られる事は無かった。

すぐに彼は、何かしらの要因で口止めされていると理解する。

 

 

「フレーゲル、ウォール・マリア奪還作戦は成功した。それだけしか言えん」

 

 

代わりにリヴァイが返答するが、彼の顔はいつになく暗く見える。

 

 

「また詳しい話を聴かせてくれよ?俺らはお前らの支援者なんだからな?」

「ああ、上と掛け合って発言の許可を求める。それまで待っていてくれ…」

 

 

エルヴィン団長が帰って来ないという事は戦死した以外にあり得ない。

リヴァイの発言を受けてリーブス一家は、回答を得られるまで待ち続けた。

一方、真実を知った兵団政権は、慌ててシガンシナ区の防衛任務を命じた。

 

 

「え?」

 

 

調査兵団をトロスト区まで護送したエルティアナ演じるフローラは思わず声を出した。

遠征部隊の主力が半壊し、やむを得ずにクロルバ区に撤退する予定が撤回されたからだ。

 

 

「いいか?民衆はとにかく壁の外に居る脅威を排除して欲しいと願っている」

「お待ちください!我々も部隊が壊滅しております。これ以上の進撃は不可能です!!」

 

 

僅か10人規模になった調査兵団は、ウォール・マリアを奪還した英雄として迎えられた。

そうなる様にフローラが仕込んだのだが、代わりに難題を振られてしまった。

だからといって抗議をしても、何も変わる事は無い。

 

 

『覚えてなさい!!』

 

 

仕方なくフローラは新兵団を再編成し、シガンシナ区の防衛をする事となった。

しかし、誰も補給をしてくれない為、独力で補給線を作る羽目になる。

しかも、大規模な戦闘が発生しないだろうと感じたのか来期の予算を削られてしまった。

既にハンジ団長考案の新兵器の存在もあって予算をケチる事を政権側が学習した様だ。

これにはフローラも激怒し、最終的にシガンシナ区防衛任務を放棄する事となる。

 

 

「もう知るかバーカ!!我々はクロルバ区に帰投する!以上!!」

 

 

同時期にフローラが隠していた事実を知ろうとした調査兵団はその撤退作戦を見る事となる。

兵団政権が監査官や士官を送り込んで来ないのを良い事にフローラは中指を立てて撤退した。

 

 

「あいつらの後を追うぞ。もう、これ以上戦力を失いたくねぇからな」

 

 

ついでに事情を察した調査兵団もエルティアナ扮するフローラの部隊と共に移動を開始した。

本来なら調査兵団は、エルティアナが任務を放棄したと兵団政権に報告しないといけなかった。

 

 

「じゃあ、誰が防衛任務をする気だ?」

 

 

リヴァイ兵長が疑問を投げた通り、完全に見て見ぬふりをするしかなかった。

補給を重視したフローラですら防衛を諦めたのだから調査兵団にできる事はない。

むしろ、その情報を隠蔽しないと今度は調査兵団に任務を割り振られる可能性があった。

 

 

「そうだ、自分に出来ねぇ事は突っ込まない方が良い。世の中には黙認するべき事もある」

 

 

リヴァイも他の兵士から「強いんだから戦い続ければいいじゃないか」と言われる事がある。

確かにリヴァイは強いが、交戦した時間以上に装備を整備しないと戦えなかった。

それにせっかくハンジが【地獄の処刑人】という巨人討伐兵器を作ったのだ。

戦わずに巨人が討伐できるならそれに越した事はない。

 

 

「そうですね…」

 

 

エレン・イェーガーはリヴァイ兵長の話を肯定したが、どこか落ち込んでいた。

同期たちもなんでそこまで落ち込んでいるのか分からない。

 

 

「おい?なんでそこまで落ち込んでいるんだ?」

 

 

なにかとエレンを心配しているジャンは、エレンに質問を繰り出した。

さすがに周りから心配されていると実感するエレンは本音を告げる。

 

 

「もう2度とフローラはオレらの下に戻って来ないと思ってな…」

「ああ、なるほど…」

 

 

既にフローラは別兵団のトップとして活動している。

一等兵であるエレンからすると階級が離れ過ぎて気軽に逢えない存在になってしまった。

まだまだ色々と相談したい事があったのに…ショックを受けていたのだ。

 

 

「手紙でも送ればいいんじゃねえ?そうすれば見てくれるだろ?」

「コニー、良いアイディアだな」

「そうだろ!」

 

 

幸いにも手紙という連絡手段がある。

コニーの発言によって気を取り戻したエレンは兵舎に向かった。

というか、その存在を忘れていた事に恥じていた。

 

 

「エレン、まだフローラに何か言いたかったみたい」

 

 

そんなエレンの背中を見てミカサはどうやったら上手く励ませられるか考える。

何故か自分には相談してくれない事があるのを知っている。

しかし、エレンから無理やり訊き出す事ができない彼女は…。

 

 

「私もフローラ宛に手紙を書く」

 

 

フローラに手紙で質問をする事にした。

特にエレンの悩みがさっぱり分からないのでそれを知りたかった。

父親の記憶を受け継いだのは分かるが、なんであそこまで悲観的になるのか分からない。

アルミンも巨人化能力者を喰らっているのにピンピンしているのが更に疑問を加速させた。

 

 

『きっとエレンは私に言えない事がたくさんあるはず…』

 

 

エレンは何かを抱え込んでしまう事が多い。

巨人の力を継承すると13年しか生きられない事も彼は黙っていた。

真相を知った時、慌ててエレンに訊くとヒストリアから聴かされたと白状をした。

それほどエレンはミカサに問い詰められるまで黙っている事があるのだ。

 

 

『きっとフローラならエレンの力になってくれる』

 

 

フローラとは不思議なもので異性からは女性と認識されない事がある。

エレンも自分には遠慮をするが、フローラだと本音を告げる事が多い。

何かと抱え込んでしまうエレンの真意を知るべくミカサも行動を開始した。

 

 

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シガンシナ区で再会した後、エレンはフローラと2人っきりになった事がある。

これは幸いとすぐにエレンは動いた。

 

 

『フローラ、オレは知っちまったんだ…』

 

 

エレン・イェーガーはフローラに自分の悩みの一部を打ち明けた。

父親の記憶から【外の世界】について理解してしまったと…。

あれほど壁の外に憧れていたのに失望する様な状況であったと告げた。

 

 

『なあ、どうすればいい…』

 

 

未だに誰も伝えていないが、外の世界は敵だらけだという事!

父親の記憶を追体験したせいで自分が自分でいられなくなってしまった事!

なにより、未だに自分のせいで多くの人が死んだ事に苦しんでいると本音を告げた。

するとフローラはエレンの疑問を簡潔ではあるが答えてくれた。

 

 

『えぇ、ベルトルトから外の世界については聴いたわ』

『じゃあ!!』

『生き急ぎ過ぎよ。まずはウォール・マリアに居る巨人を1匹残らず駆逐するべきだわ』

 

 

フローラは語る。

確かに外の世界は敵だらけであるが、まず巨人を掃討するのが先だという事。

そして巨人は外の世界にとっても脅威であるのですぐには攻めてこない事。

 

 

『それにお父様の遺志を受け継げるなんて素敵な事じゃないの』

 

 

本来であれば、他者の気持ちを本当に理解する事はできない。

しかし、巨人化能力者は先代の遺志をきっちり受け継ぐことができると彼女は断言した。

 

 

『全然素敵じゃねぇよ。お陰様で自分が自分でいられなくなっちまった』

『わたくしなんて知るはずがないお父様の約束に縛られているのよ!?』

『…それは災難だな』

『えぇ、他にも変な契約をしていると思うのに知る機会がないのは歯痒いわ!』

 

 

フローラからすれば、父の仕事を一切知らずに商売敵と喧嘩する事が多かった。

だから一部とはいえ父親の記憶を受け継いでいるエレンが羨ましかったと告げた。

エレンとしては調子が狂うが、それもフローラの戦略の1つだとは気付く事は無かった。

 

 

『それにちょっと言って良い?』

『なんだ?』

 

 

憂鬱なエレンの気分を晴らしたフローラは本題に触れた。

 

 

『エレンが希望だから【力】を託された。それは事実であり、誰も否定できない事よ』

『そんなワケないだろ……オレは調子に乗っていた凡人だ』

『そうかしら?エレンの様に踏み出す一歩ができる人なんてそう居ないと思うけど…』

 

 

別にグリシャは、友人だったキース・シャーディスに【力】の事を話して道を託しても良かった。

むしろ、残酷な道だと理解しているのに無理難題を息子に託すなどあり得ないと力説した。

 

 

『あなたはミカサを守る為に人(さら)いを殺害するという勇気をグリシャに見せた』

『だから【力】を託したって言うのか?』

 

 

エレンはミカサの両親が殺されたと知って近くに居る空き家に向かった。

以前から不審者がいると知っていたから、そこに攫われた彼女が居ると確信していた。

包丁を持ち出して糞野郎を襲撃し、足掻いた結果、ミカサと自分は生き残る事ができた。

後から憲兵団を引き連れた父親に叱責された内容は良く覚えている。

 

 

『私はお前が自分の命を軽々に投げ打った事を咎めているんだ!!』

 

 

あの時のグリシャは、息子の事を本気で心配して叱責する父親であった。

だが、そんな価値感がある彼があっさりとエレンに【力】を託す訳が無い。

 

 

『もう分かるでしょ?エレンの命は、あなただけの物じゃないの』

『オレと親父と今まで力を託してきたみんなの物って言いたいのか?』

『あら、違う?今となっては調査兵団の切り札まで価値が上がったじゃない』

 

 

なんで自分が現時点で生きているのか、それは誰にも分からない。

ただ言える事は、エレンはこの不条理の世界を打破する切り札なのは間違いなかった。

 

 

『確かに過去は変えられないけど捏造する事はできる』

『ただの開き直りだろ?それかライナーみたいに現実逃避に過ぎねぇ…』

『でも、未来は分からない。これからわたくしたちが作るんですもの』

 

 

フローラは中央第一憲兵団の所業を知ってもなお、彼らの活動を否定しなかった。

彼らのやった事は決して赦されない事であるが、そのおかげで壁社会は平和を保たれた。

現に中央憲兵が悪意を持って細工をすれば、いとも簡単に内戦を発生させる事ができてしまった。

だからフローラは、無期懲役となった中央憲兵を徴兵し、兵力として組み込んだ。

何かを変える為なら、相応の犠牲と覚悟を決めている彼らが適任だと思ったからだ。

 

 

『何かを知っているかと、何も知らないでは大きく違うの』

『じゃあ、オレはどうしろって言うんだ!?』

 

 

エレンは自分に不相応な力を持ってしまったと実感し、自暴自棄になっていた。

自分を凡人と評したのも、こんな力なんか欲しくなかったという意志表示でもあるのだ。

もしもフローラが継いでいれば、ここまで苦しむ事は無かったとエレンは思っている。

同じく悪魔に魂を売ってでも、何かを変えようとした同志だからこそ彼は本音をぶつけた!

そんな感情をぶつけられたフローラは泣きそうになっているエレンの両肩を優しく掴む。

 

 

『良い?外の世界を知っているという有利性(アドバンテージ)を活かしてそのまま仲間たちと共に前を進みなさい。わたくしは別の道を探して未来を変えてみせるわ。だからあなたは自分の信じた道を進みなさい』

『オレにできると思うか?』

『だから、あなたにできない事をわたくしがやるの。それで絶望の未来だったら仕方ないわ』

 

 

フローラとエレンは同じ頭進撃ではあるが、微妙に性質が違う。

エレンの場合は、他者が踏み止まるラインに悩んだ結果、一線を越える事ができる。

一方、フローラはそのラインを容易に踏み越えられるどころか、反復横跳びができる。

その差が今、ここになって出ていた。

 

 

『悩んだら、わたくし宛に手紙を送ってね。できるだけ早く返答をするから』

『今すぐ手紙を書いて良いか?』

『なんで目の前に相談相手が居るのに手紙を書く訳?意味が分からないわ…』

『あっ……確かにそうだな』

『しっかりしてよ、これからたくさんの後輩を率いる先輩がこんな調子だと失望されちゃうわよ』

 

 

思わずエレンが本音を告げるとフローラは困惑したように返答をした。

確かにこうやって相談できているのに手紙を書くなんて可笑しい。

そう思ったエレンは、久しぶりに心から笑う事ができた。

 

 

『じゃあ、またな』

 

 

今まで抱えていたモヤモヤが少しだけ無くなったエレンはあっさりフローラと別れた。

 

 

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しかし、トロスト区に戻ってきたら急に彼女と逢いたくてしょうがない。

 

 

『クソ、カッコいい事を言っておきながら、オレは何をしたいんだ…』

 

 

未だにグリシャの記憶がエレンを蝕んでいる。

同じ巨人化能力者のアルミンには異常は見えないし、ベルトルトたちも同じ症状は見られない。

なんで自分だけここまで悩んでいるのか分からないこそ苛立ちがあった。

 

 

「エレン」

「…どうしたミカサ?」

 

 

だとしても、ミカサの前で格好悪い事はできなかった。

思春期特有の羞恥心というよりは、家族に自分の弱さを見せたくないプライドが大きい。

自分の名前を呼ばれて少しだけ表情を引き締めてからエレンは質問を繰り出した。

 

 

「ヒストリア女王がトロスト区にお越しになったみたい」

「わざわざ最前線のトロスト区にか?」

「うん、混乱が収まったから報告会をしたいって」

「…そうか」

 

 

本当はウォール・マリアに凱旋した後に作戦結果を報告する予定だった。

しかし、謎の声が壁社会全体に響いた現象により延期となっていたのだ。

ようやく今までの作戦結果を報告できると理解したエレンは俯く。

 

 

『一体どんな面してみんなと向き合えばいいんだ…』

 

 

エレンにとって兵団のお偉いさんと接点がほとんどない。

兵士としてまだ一人前だと実感が湧かないのに英雄と呼ばれるのに慣れなかった。

 

 

「はい」

「なんだこれ?」

 

 

そんなエレンにミカサはプレゼントを与えた。

ところが、渡された物を見てエレンは全く意味が分からなかった。

 

 

「お偉いさんと逢うなら身なりを整えろってミーナが言ってたの」

「ははは、あいつらしいな」

 

 

時にはフローラですら振り回すミーナは、乙女としての心構えを重視している。

特に乙女として無頓着なフローラの行為については、何度も叱責をしていた。

そんな光景を見た事があるエレンだったが、他人事ではない。

 

 

「だからエレンも化粧をする」

「え?」

 

 

当然の事ながら、これから女王陛下と面会するのにいつも通りでは大問題だ。

ミーナのアドバイスを聴いたミカサは、エレンを立派な兵士に仕上げるつもりだ。

 

 

「ヒストリアと面会するのにそのままじゃまずいでしょ?」

「どうせお付きの人が事前に化粧してくれるだろ?今やる必要はない」

「ダメ!ちゃんと日頃から肌を手入れ(ケア)しないと後で絶対に後悔する」

「…なあ、オレの顔ってそんなに汚いのか?」

「いいからやる!」

 

 

当然の事ながら、今、化粧する意味が分からないエレンは抗議するが、押し切られてしまった。

 

 

『なんでこんな事に……』

 

 

少しだけイケメンになったエレンは、お肌手入れ(スキンケア)の重要性を理解できなかった。

ミカサが化粧してくれたのに別の人がわざわざ別の化粧をしたので尚更である。

しかし、後にそれは間違いだったと気付く。

後年、肌トラブルに本気で悩む事になるエレンは、首を傾げながら指定された席に座った。

 

 

『やっぱり、巨人と戦っている方がマシだな…』

 

 

目の前には、各兵団の旗がかけられており、その手前には兵団政権のお偉いさんが座っている。

少しだけ横に視線を逸らせば、同じく兵団政権のお偉いさんが着席していた。

特別兵法会議もそうだったが、こういった会合の経験がないエレンは、とにかく落ち着かない。

例えるなら、めちゃくちゃ大きい訓練所にポツンと放置されるような感覚である。

 

 

『まあ、これも立派な兵士の仕事って事で我慢するしかねぇか』

 

 

自分の左にはミカサが、右にはアルミンが座っている。

2人共、兵団政権の上層部の注目を集めているせいか緊張しているように見える。

同期も同じように緊張していると知ったエレンは安堵して前を見る。

 

 

『よくあいつ、王政府と単独で交渉できたな…』

 

 

目の前に居るお偉いさんたちが味方であると分かっているのに緊張する。

なのにフローラは、敵対している王政府と対等以上の交渉を行なってきた。

自分の前に席に居るのは、調査兵団の団長に就任したハンジ・ゾエが座っている。

残念ながら顔は見えないが、あのハンジさんですら緊張している素振りを見れば…。

どれだけフローラが特異な存在か、エレンは身をもって理解する事となった。

 

 

『というか、一回だけやったけどあれは例外だし…』

 

 

以前、ハンジがエレンとジャンの同性愛に対して兵団政権に相談する事となった。

エレンとジャンがくだらない意地を張った結果、女王すら巻き込んだあの事件である。

その時は本気で恥ずかしくて気付かなかったが、こういう謁見はエレンは苦手だと気付く。

 

 

「ヒストリア女王陛下のおーなーりー!!」

 

 

色々エレンは考えていたが、時はすぐにやって来た。

予定時刻から5分前を時計の針が示した頃、憲兵から女王陛下が入室する事を知らせる。

左にある扉が開いて大人びたヒストリアとザックレー総統、2名の武装した憲兵が入室してきた。

エレンはヒストリアと一瞬だけ目が合ったが、エレンは慌てて視線を目の前の机に向けた。

 

 

『やべぇ…』

 

 

いくら王族と接点がなかったエレンでも、ここまで風格があるヒストリアを直視できなかった。

そうしないと、周りに居る憲兵団や駐屯兵団のお偉いさんに睨まれる感覚がしたからだ。

少しでも落ち着く為に机の上を見るとこれから報告する内容が記された書類が置いてある。

おそらく、ザックレー総統主導の下、会合が開催するが、エレンの出番はないだろう。

 

 

『緊張してきた…』

 

 

頼もしい先輩方の大半は全滅し、ハンジ団長とリヴァイ兵長以外に先輩は居なかった。

だからこういう時にどう振舞ったら良いか分からないエレンは喉が渇いてしょうがない。

右に置かれていたコップを手に取って少しだけ水を飲んで再び前を見る事となった。

 

 

「諸君、本日はお忙しい中、緊急召集に応えてくれて感謝する」

 

 

いつになく顔が険しいザックレー総統の演説と共に報告会が開催された。

 

 

「今回は女王陛下の御前で今一度、我々の状況を整理し、この会議の場で意志の共有を図りたい」

 

 

発言すら貫禄があるザックレー総統にエレンは緊張してしまう。

さきほどトイレに行ったはずなのにもう1回、行きたいと思うほどだった。

 

 

「調査兵団団長、ハンジ・ゾエ。この状況をどう見る?」

「我々、調査兵団はエルヴィン・スミスを含む多数の英雄を失う事と引き換えにー」

 

 

そして指名されたハンジ団長が淡々と報告するのをエレンは聴いていた。

作戦の結果、犠牲者の数、得た物、失った物、それらを簡潔にまとめて報告する技能。

変人だと思っていた上官がしっかりと分かりやすく発言していた。

それをすぐに身に付けられるとはエレンどころかアルミンすら思っていない。

 

 

「敵が巨人という化け物あればどんなに良かった事でしょう」

 

 

今まで壁の外は禁忌という事で誰も巨人以外を脅威だとは思ってなかった。

 

 

「しかし、我々が相手にしていた敵の正体は人であり、文明であり、言うなれば世界です」

 

 

巨人によって壁の外に暮らす人類は全滅したかと思われたが実際は違った。

海という未知なる領域の先には、遥かに高度な文明を築き上げた人類が暮らしていた。

 

 

「女王陛下のお手元に置かれている手記の1つによると、エルディア国の中でも巨人になれるのが【ユミルの民】であり、そのユミルの民はかつて世界を支配していた過去があり、再び世界を支配すると敵対勢力は警戒をしております」

 

 

巨人の脅威から逃れる為に人類は3重の壁を築き上げたものではなかった。

むしろ、外の世界からユミルの民を隔絶する為に初代レイス王が築き上げた鳥籠であったのだ。

そして壁の中は平和になったものの海を隔てた外の世界はそれを望んでいなかった。

 

 

「だから世界は、我々【ユミルの民】をこの世から根絶する事を望んでいると記されてました」

 

 

手記以外にもエレンの記憶には、クルーガーと名乗る男からの情報もあった。

彼曰く、外の世界に居る勢力は、楽園の中にある豊富な資源を奪いに来るそうだ。

全ての巨人を操作する始祖の巨人を入手する事には意見が分かれている。

だが、壁の中で平和に暮らしているユミルの民はいずれ殲滅される未来が来る。

 

 

「なにより、この楽園を築いた王は、自分たちが滅びる未来を受け入れました」

 

 

第145代フリッツ王は、様々な問題を未来に投げて滅びの未来を受け入れた。

そんな未来など誰も納得できないが、彼にはそれをゴリ押しできる力があった。

 

 

「王は、【壁の中に居る超大型巨人】が世界を滅ぼすと通告していたそうですが、束の間の平和を享受する建前であり、実際には来たる日にエルディアが滅亡する事を望んでおりました」

 

 

自分たちではなく子孫がその代償を支払う為に王は楽園を築いたのだ。

ユミルの民の記憶を奪って世界は壁の中にしかないと本気で信じさせる為に…。

ハンジ団長の発言を聴きながらエレンは、父とクルーガーの会話を思い出していた。

 

 

『【不戦の契り】がなんなのか分からない。だが民を守らないのは王として資格はない』

 

 

そんな残酷な未来に抗うクルーガーは、若きグリシャに使命を与えた。

 

 

『臆した王から【始祖の巨人】を取り上げろ。それが俺たちの使命だ』

 

 

始祖の巨人を王から取り上げるのは、楽園に住むユミルの民を守る為ではない。

海に隔てられた先に暮らすユミルの民を救う為に実行される事になったのだ。

寿命が少ないクルーガーはグリシャに自分を喰わせて使命を全うする様に命じた。

 

 

「そしてグリシャは、王から【始祖の巨人】を取り上げて息子のエレンに託されました」

 

 

こうして先人たちの尊い犠牲があってエレンは世界を左右する【力】を手に入れた。

これで平和になるかと思われたが、現実はそうではなかった。

 

 

「ですが、エレンはそれを行使する事はできません」

 

 

あくまでもエレンは【不戦の契り】の影響で【力】を無理やり継いだに過ぎない。

 

 

「始祖の巨人が真価を発揮するには、王家の血を引く者がその力を引き継ぐ必要があります」

 

 

歴代のレイス家が初代レイス王が定めた残酷な未来を疑ったのは、言うまでもない。

あのロッド・レイス卿ですら、娘が始祖の巨人を継ぐまで疑問に思っていたとされる。

 

 

「しかし、王家の者が始祖の巨人を宿しても、初代レイス王の思想に囚われてしまい無理やり自死の未来を選ばされる」

 

 

幼少期のヒストリアは、腹違いの姉であるフリーダの行動に違和感を覚えた事がある

柵の外に出ようとする時だけフリーダは豹変したようにヒストリアを怒鳴りつけたのだ。

まるで犯罪者は牢屋に居るのがお似合いだと言わんばかりに怒り狂った表情だった。

 

 

「おそらくそれが【不戦の契り】なのでしょう」

 

 

エレンに力を隔離させたのは、不戦の契りに人格を支配されない様にしたと考えるのが有力だ。

グリシャがエレンに託したのは、そもそも寿命がなくエレンに託すしかなかったと考えるべきだ。

そう考えていたエレンだが、フローラのおかげで多少は意味があると無理やり理解した。

一方、ザックレー総統は何かを気付いたのか、口を開く。

 

 

「つまり、敵の侵攻を退けるには、始祖の巨人の真価を発揮させて【壁の中に居る超大型巨人】を動かす以外に手段が残されていないという訳か」

「えぇ、既に我々はその超大型巨人の群れで脅威を嫌というほど味わいました」

 

 

あくまでも【不戦の契り】は、王家の血筋だけに影響するならまだ良かった。

実際は、50mの壁が大きく破壊されても、不戦の契りが発動されると発覚してしまった。

 

 

「おそらく壁を大きく破壊する行為も、初代レイス王に禁忌とされていたのでしょう」

「彼と思わしき声が聴こえたのは、その影響か?」

「間違いないかと…あくまで予想となりますが…」

 

 

シガンシナ区における戦闘で異形の巨人に向かって発射された大量の雷槍が壁を大きく破壊した。

その結果、王の望む結果でないという条件を満たして【地鳴らし】が発動した。

…とハンジ・ゾエは個人的見解をザックレー総統に述べた。

 

 

「なるほど、我々を守る壁は、我々の行動を縛る壁でもあったという事だな」

 

 

外の世界には【地鳴らし】という脅威を伝えた王だが、真意は違った。

いずれ自分の意志に歯向かう勢力を予想し、なにかしらの条件を加えていたのだ。

要するに【地鳴らし】は、外の世界ではなく壁社会を破壊する為に発動されるものだったのだ。

 

 

「幸いにもエルティアナ連隊長の策と兵器で超大型巨人の群れは一掃されました」

 

 

シガンシナ区を奪還する為に向かったら壁が全て崩壊して超大型巨人の大群に襲撃された。

最初にそう報告を受けた兵団政権は、調査兵団を本気で疑ったものである。

 

 

「以上の事から王家と関係なしに不戦の契りが発動する事もあると結論付ける事ができます」

 

 

ハンジ・ゾエは、内門に作られた建物の中で必死に対抗できる兵器を捜索していた。

その間に全てが終わった。

調査兵団の残存兵力が自身の心臓を捧げて超大型巨人の大群を焼き尽くした。

未だにその事で悔やむハンジの発言に疲労で寝ていたエレンも同意する。

 

 

『…そうだ、オレに眠っている【始祖の巨人】は王の血筋がなくても発動した』

 

 

エレンは以前、母親の仇である巨人に殴り掛かった時、周りの巨人を操った事がある。

口角を釣り上げて臼状の歯を見せる金髪の巨人はあっさり彼らに殺されてしまった。

だから壁を大きく破壊すると【地鳴らし】が発動する様に別の手段もあるようである。

それは、エレンにとっても兵団政権にとっても希望となるはずであった。

 

 

『あれ?』

 

 

今となってエレンは、あの金髪の巨人に見覚えがある。

いや、母親を喰った仇なのだから見覚えがあるのは当然だが、ここで更に理解した。

父親であるグリシャの前妻であるダイナ・フリッツにそっくりだったと気付いたのだ。

彼女が初めて逢ったグリシャに自己紹介をした内容もすぐに思い出す事ができる。

 

 

『私は、ダイナ・フリッツと申します。王家の…血筋を引くものです』

 

 

そう、あの髪型といい顔といい、母親の仇である15m級の巨人とそっくりだった。

それにエレンはあの巨人を殴った事で【力】を発揮させる事ができた。

そこから求められる事と言えば1つしかない!

 

 

「まさか!!」

 

 

エレンは【始祖の巨人】を行使できた理由を理解して思わず立ち上がってしまった。

 

 

「…あ?あ、あの…」

 

 

立ち上がっていたハンジ団長を筆頭にいきなり立ち上がったエレンを見る。

ここでエレンは『やらかした』と後悔するが後の祭り。

誰もが予想していなかった行動に驚いたもののエレンが何かを言いたいと思った様だ。

 

 

「どうした?エレン・イェーガー一等兵?何か気付いた事があったのか?」

 

 

真っ先にエレンの異変に気付いたザックレー総統が質問をしてきた。

だが、エレンは気付いた事について報告する事ができなかった。

 

 

「エ、エルティアナ連隊長が!!オレにこっそり教えてくれた事を思い出しました!」

「ほう?何かね?」

 

 

ザックレー総統を含む高官の一部は、エルティアナ連隊長の正体がフローラだと知っている。

ヒストリア女王もフローラが告げた事が気になったのかエレンの顔をしっかり見つめて来た。

 

 

『ごめんフローラ!!お前を巻き込む!!』

 

 

ヤケクソになったエレンは、ウォール・マリアで再会したフローラの発言を引用する事となった。

 

 

「現在、外の世界が我々に干渉してこないのは、巨人のせいで手出しができない為です」

「そうだな」

「では、ウォール・マリアの外に居る巨人も討伐すると抑止力が無くなるとボヤいておりました!」

 

 

さすがにそのままでは座れないエレンは、フローラのボヤキを引用した。

彼女は巨人を1匹残らず掃討し、壁の外から来る脅威を排除する為に動いている。

しかし、巨人を排除すると逆効果ではないかとエレンにこっそり告げていたのだ。

 

 

「うむ、確かにハンジ団長の発言を踏まえると壁社会を守る脅威が無くなるな」

 

 

確かに現在、外の世界の勢力が攻めてこないのは巨人が多く居て侵攻できないからだ。

なのに兵団政権は巨人を1匹残らず討伐する命令を下している。

そのまま巨人を全滅させれば、今度は自分たちが困るのは明白である。

 

 

『少年、中々良い事に気付いたな』

 

 

自分たちの行動に矛盾があるとエレンは提言したいとザックレーは感じ取った。

実際は、エレンがヤケクソで発言したと永遠に気付く事は無かった。

 

 

「ほう?やるじゃねぇか」

 

 

エレンを観察していたリヴァイは一人前に提言できる様になったと実感して微笑んだ。

 

 

「あれ?前みたいに右手首を抑えて【進撃の巨人】って呟くかと思ったよ」

 

 

だが、ハンジ・ゾエの余計な一言で周りの雰囲気が一変する事となる。

 

 

「お父さんから継いだ巨人の名前を度々呟いていたのに…」

 

 

意図せずにハンジは、エレンの黒歴史になりかねない過去を掘り下げた。

 

 

「おいハンジ、エレンの提言を無駄にするな」

「え?だってエレンは『そういう時期』だからって言ったじゃないか?」

 

 

すかさずリヴァイがハンジを叱責するが、空気を読めないハンジは更に地雷を踏んで行く。

 

 

「ああ、すみません。彼には『そういう時期』がある様でたまに奇行を見せるんですよ」

「……そうか。それは気の毒だ。まあ、年頃だしな」

 

 

しかも、ハンジはザックレー総統に中二病の話題に関して振る有様だ。

 

 

「閣下は、エレンが発症したこの病が収まると思われますか?」

「ハンジ団長、話を戻そうではないか。せっかく部下が提言したのに水を差すべきではないぞ」

 

 

調査兵団の団長が思春期特有の病を掘り下げようとしたのに誰もがドン引きした。

あまりにも見てられない光景にザックレー総統も察して言葉を濁す。

思春期の若者というのは、できる事が多くなり万能感に溢れる事がある。

特にエレンは、巨人になれるという力があるので病が悪化するのは仕方が無い。

ある意味、エレンとハンジ以外の気持ちが一体になった瞬間であった。

 

 

『王家の血を引く者とオレが接触すれば【力】が発動する可能性がある…かもしれない』

 

 

当事者であるエレンは、その隙に無言で座って考え事をしていた。

もしも、自分の仮説が正しければ、すぐにでも外の世界の脅威を排除する事ができる。

しかし、レイス王がそれを対策していないとは言い切れない。

 

 

『それにこんな事を話したらヒストリアは…』

 

 

兵団政権の幹部たちが次々に発言していく中、エレンはずっと悩み続けた。

もしも、自分の仮説をこの場で宣言すれば、彼女は今度こそ兵団政権の道具に成り下がる。

お飾りの王から自分の欲望の為に使われる道具となってしまうのをエレンは危惧した。

 

 

『いや、記憶違いかもしれねぇ……あまり変な事は言うべきじゃない…』

 

 

もちろん、ダイナとあの巨人が似ているだけの別人かもしれないのは否定できない。

「エルティアナ連隊長に更なる任務を与える」とか聴こえたが、それどころではない。

エレンは、更に秘密を背負う事になり、フローラに秘密を共有してもらうか迷った。

 

 

『あいつも、いろいろやらかすからな…』

 

 

以前、フローラはエレンに眠る力で巨人を操って敵を排除すると言ってたそうだ。

もし、相談すればフローラはそれが可能か、必ず実験してしまうだろう。

少なくともシガンシナ区で回想をしてくれた彼女はすぐに実行できると証明してくれた。

だが、それによって引き起こされる惨劇は未知数で…とてもじゃないが相談できなかった。

 

 

『どうするべきか……』

 

 

さすがにヒストリアに殺人を巻き込みたくないエレンはどうするべきか悩む。

 

 

「100年前に奪ったレイス王が奪った記憶を100年後に民にお返しするだけです」

「ですが、この事を公表すれば壁は大混乱に陥りますぞ」

「そうだ、せめて段階的に公表していくべきです!いきなりの情報公開は難しいかと…」

 

 

今ですら憲兵団のお偉いさんや総統局の役人が大騒ぎしているのだ。

余計な仮説を告げれば、更に大問題となるのは間違いない。

特にヒストリア女王の意見ですら、すぐに反論が出る時点で非常にまずい。

 

 

『とりあえず、また後で考えよう。今の段階じゃ、結論では無理だ…』

 

 

エレンは自分が気付いてしまった【始祖の巨人】を発動する条件を伏せる事にした。

 

 

「公表しましょう。民衆の支持なくして我々は成り立つ事はできないのですから」

 

 

その間にも報告会は進行していき、いつの間にか女王陛下の言葉で締められた。

それに気づかないエレンはずっと隣接する席から視線を浴びていると気付かずに考え込んでいた。

 

 

『自分のできる事をやるか…』

 

 

フローラの提言の通りに動くのであれば、上の命令を待ちながら訓練するべきである。

そう考えたエレンは、ようやくミカサやアルミンが自分を見つめている事に気付いた。

 

 

「コホン」

 

 

慌てて咳払いをしてコップの中に入っていた水を飲み干した。

そしてコップを机の上に置き直してエレンは姿勢を正して女王陛下が退室するのを見送った。

空っぽになったガラス製のコップに反射された光景は、どこか歪んだ景色を映し出した。

 

 

-----

 

 

兵団のお偉いさんが退室して一息つこうとしたが、すぐに無理だと気付いた。

【声問題】による対応で延期されていた勲章の授与式が始まると知ったからだ。

調査兵団はすぐさま勲章授与式の準備を始めた。

 

 

「やぁ、壁の英雄さんたち。久しぶりね」

 

 

ヒッチは偶然にも居合わせたので勲章授与式に参加する事となった。

本来はフローラの伝言をザックレー総統に伝えに来たのだが…。

 

 

「マルロ、胸を張りなよ。そうしないと死んでいった人たちが浮かばれないわよ?」

「そうだな…」

 

 

マルロは未だに自分だけがのうのうと生き残った事に後悔があるようだ。

石頭と評された彼は、避難を呼びかければよかったと思っているのだろう。

そんな真面目過ぎる男に惹かれているからこそヒッチは彼を気遣った。

 

 

「あら、私の言う事を聞くなんて珍しいわね。明日は豪雨でも降るかも…」

「そうかもな」

 

 

ウォール・マリアに陣取っていた異形の巨人討伐に活躍したマルロの様子がおかしい。

そう考えたヒッチは、フローラに頼んで彼を調査兵団から外す事にした。

さすがにフローラ自身は別の兵団の人事に直接は介入できない。

ただしフローラのコネと発言は、未だに彼女の生存を知る者に影響はある。

 

 

「あとさぁ、フロック…だっけ?」

「そうだ…」

「あんたも男らしく胸を張りなさい。せっかく生き残ったんだからさ」

 

 

フロック・フォルスターは気絶した影響でほとんど何も覚えていない。

目覚めた時には、全てが終わっていた。

 

 

「なんで俺が生き残ったのか……未だに理解できないんだ」

「運が良かった。トロスト区で戦闘した同期もそうだったんじゃないの?」

 

 

ヒッチ自身は、トロスト区防衛戦や奪還作戦に参加しなかった。

ただ、同室だったアニ・レオンハートやフローラのおかげで内情は知っていた。

真面目に交戦した者ほど死んで運が良い奴だけが結構生き残ったと。

 

 

「運を味方につけるのも勝者の条件だと納得すれば気が楽になるんじゃない?」

 

 

ヒッチは気を遣って真面目にフロックとやらに提言をする。

 

 

「あの時、誰もが後悔したはずだ。あそこに来るのは間違いだったって…」

 

 

サンドラもゴードンもフロックと共に調査兵団に転属してきた同期である。

そんな彼らの末路はフロックも見ていないが、すぐに断言できた。

 

 

「これから調査兵団に入団する奴らに実情を言っておくべきだと思う」

「そうだな、勲章をもらったところで何も変わらないのは間違いない」

 

 

フロックの意見に同意したマルロもどこか心が壊れた様にヒッチは見えた。

 

 

「あんたたちは本当に馬鹿!これから歴史書に載る英雄がそんな面構えでどうするの?」

「でもよ…」

 

 

ヒッチもフローラにくっついてシガンシナ区に行った事は後悔している。

それでも未だに何かを納得していない野郎共には、言いたい事があった。

 

 

「エルティアナ連隊長は表彰されるどころか、当然の結果として未だに酷使され続けているのよ?それに比べてあんたたちは何?これから最前線に向かわないのに何で悲観的になってるの?」

 

 

でも、勇気を出したおかげでマルロだけでも死神の鎌から逃がす事ができた。

それだけで充分だった。

 

 

「あんたたちは心臓を捧げた兵士たちの分まで未来を見届けないといけないの!分かった?」

 

 

あまりにもうるさいヒッチにフロックは反論する気力も失せた様だ。

だが、マルロは未だに何かを言いたげにしていた。

 

 

「マルロ、あんたの気持ちは良く分かる。でもあんたの夢はそれじゃないでしょ?」

 

 

マルロには腐敗した憲兵団を建て直すという夢があった。

だが、調査兵団と関わっていく内に何かが可笑しいと気付いて彼は行動を起こした。

調査兵団に入団して歪んだ常識ではなく、ありのままの事実を知ろうとしたのだ。

 

 

「ああ、そうだな」

「よし、勲章授与式の後に相談に乗ってあげるからその時まで真面目でいなさい」

 

 

既にヒッチは、マルロが病んでいる事に気付いていた。

フロックもどこか狂っている様だが、気になる男ほどではない。

 

 

「…本当に何で僕が生き残ったんだろ」

 

 

104期調査兵が起こした騒動は、同期であるアルミンの心に強く響いていた。

ミケ副団長の方が先に救えたのに自分が選ばれた要因が未だに理解できなかった。

 

 

「ミケ副団長がアルミンを優先する様に言ったんだ」

「そうよアルミン、あなたは悪くない」

 

 

エレンとミカサは、アルミンに脊髄液を打ってもらう為にリヴァイ兵長を妨害した。

一時は巨人化能力者が4名も捕縛できていたのだから順番を待つべきであった。

それでも一刻も早くアルミンを助けたかった彼らは余計な事をしてしまった。

 

 

「でもミケ副団長の方が、僕よりずっと優秀だったよ」

 

 

獣の巨人の投石攻撃に突貫したミケ副団長は英雄であった。

一方、アルミンはベルトルトに不意打ちを受けて重傷を受けた間抜けだった。

どっちを救うべきかと考えれば前者になるとアルミンは本気で思っている。

 

 

「アルミン」

 

 

エレンも自分が動けば、大切な人を救えたという事が度々あった。

だからこそ自分の命を軽く見てしまうアルミンに問いかけた。

 

 

「何でそんな事が分かるんだよ?」

「え?客観的に考えればすぐに分かる事だと思うけど…」

 

 

でもアルミンは、エレンの言いたい事が分からなかった。

 

 

「オレには分からないな。正しい選択なんて…未来は誰も分からないはずだ」

 

 

誰を救えば、最善の手になるか。

ここではスペックが高いミケ副団長を救えば調査兵団は有利になるかもしれない。

だが、エレンからすればアルミンのおかげで窮地から脱出する事が何度もあった。

 

 

「大体見たのかよ?壁の外をよ!壁の外には何があるのか知っているのか?」

「…海」

 

 

エレンは同じくアルミンが先代の能力者の記憶を引き継いでいるのを知っている。

フローラが捕獲してきた黒髪の女兵士らしいが、詳細は自分にも分からない。

ただし、アルミンが先代の能力者の記憶と体験を継いでいる素振りが見えた。

 

 

「そうだ…海がある。だが見た事ないのもあるはずだ」

「【溶岩】や【砂漠】や【氷原】の事を言ってるの?」

「え?ああ、炎の水や砂の雪原とかオレたちは知らないだろ!?」

「炎の水は、溶岩という単語だよ、それに…」

「だからさ!!それを実際に見てないだろ!?」

 

 

ただでさえ賢かったアルミンにも知り得ない知識が増えていた。

それにこうやって地面に四つん這いになるのも以前の彼ではありえなかった。

だからエレンは断言する!

 

 

「可能性は、いくらでも広がっているんだよ!きっと壁の外には…」

 

 

確かに海の向こうには、相応の敵が存在している。

だが、炎の水の上で船を浮かべて漁猟をしたり民家を建てるなんてあり得ない!

…なんて事をエレンは断言できなかった。

だって何も知らないのだから…。

 

 

「自由が…!!」

 

 

きっと自由な場所が残されている。

そう告げたかったエレンの脳内には、妹が軍狗の群れに喰われる光景が見えた。

いや、エレンには妹は居ないし、そんな光景をグリシャですら見ていない。

父親の記憶と妄想が生み出した結果、8歳の叔母さんの死ぬ瞬間を捏造したのだ。

 

 

『本当に自由があるのか……?』

 

 

グリシャ・イェーガーの記憶をもってしても世界の広さを理解できない。

彼が暮らした場所も四方八方が壁で囲まれており、外の世界も不自由なイメージしかない。

そんな狭い世界から飛び出した結果、グリシャは妹を失ったのだ。

 

 

『いや、あるはずだ…!!』

 

 

最も開発が進んでいる内地のウォール・シーナにも未開の地が存在する。

それよりも遥かに広い世界にはエレンを驚かせる光景が広がっていると信じるしかなかった。

 

 

「おい、ガキ共。時間だ。さっさと並ばないと蹴りを入れるぞ」

 

 

そうこうしている内にリヴァイ兵長からの警告を受けて一同は整列をした。

目の前には頭に王冠を乗せて高貴な女王を演じるヒストリアが居る。

従者から受け取ったエメラルド製の勲章から伸びる紐を両手に持っている。

 

 

『地下室にあったのは希望か、絶望か…オレにも分からない』

 

 

ハンジ団長が跪いて頭を垂らしたのを見て全員が同じ仕草を行なった。

エレンが見えるのは、無駄に豪華な床だけである。

自分が進む道の様に先が見えない状況に彼は再び変な事を考えてしまう。

 

 

『本当にこれで良かったのか?』

 

 

ハンジ団長はヒストリア女王によって首から緑色の勲章がぶら下げられた。

更に女王が首元を触って紐の長さと勲章の位置を調整している。

 

 

『このままで…』

 

 

ヒストリア女王が差し出した右手にハンジ団長が接吻をした。

何の儀式か分からないが、真似をすれば恥を掻く事は無いだろう。

ハンジ団長の次は、次席となるリヴァイ兵長に勲章を授与される。

その次に自分の番だと理解したエレンは余計な事を考えてしまった。

 

 

『フローラは別の道を選ぶって言ってたが、それで合ってるのか?』

 

 

リヴァイ兵長が勲章を受け取るのを横の気配で感じながらエレンはフローラの事を想う。

確かに彼女は選択を迷う事はないが、もたらす結果は良い事だとは限らない。

少なくともフローラのせいで内戦が勃発したどころか王都の住民が全滅するところだった。

だからエレンはフローラに悩みを相談する程度に留めていた。

 

 

『…あいつは独りでは何もできないと言ったから協力者が居るんだろうな…』

 

 

エレンは未だに交流関係が少ないどころか、どんどん知り合いが減っていた。

だが、他者を演じるフローラはすぐに交流関係を拡大して1つの兵団を運用できていた。

それほど誰でも交流関係を築ける彼女の才能にエレンは嫉妬してしまう。

その間にも、リヴァイ兵長は女王陛下の右手に接吻させて今後も忠誠を誓う儀式を全うした。

 

 

『何かを変える事ができるなら、自分の命くらい…いくらでも投げ捨てられるのに』

 

 

「何かを変えるなら何かを犠牲にしないといけない」とアルミンが言っていたそうだ。

ならば、始祖の巨人の力を継承する自分が犠牲になれば何か変わるかもしれない。

エレンは自分の目の前に近づいて来たヒストリア女王を見上げる。

 

 

『オレにはヒストリアを犠牲にする選択肢を選ぶ覚悟は無い…』

 

 

ヒストリアは皆の為に不自由な女王になる事を決意した。

そんな彼女を犠牲にするなどエレンにはできなかった。

 

 

『いっそ、フローラの新兵器に頼るか?』

 

 

フローラがシガンシナ区に投入した【ポリ窒素爆弾】とやらは、すごい威力だったそうだ。

エレンはその威力自体を目撃していないが、目撃者の話を聴くと想像を絶した。

超大型巨人の大群すらこの世から一掃させる爆弾は、超大型巨人の群れに代わる兵器になれる。

 

 

『ダメだ、絶対に誤爆して大惨事になる』

 

 

しかし、エレンは即座にその案を否定した。

もしも、その兵器を悪用すれば、文字通り城壁都市を跡形もなく消し飛ばす事ができる。

さきほどの抑止力の件でザックレー総統がこの兵器に触れなかったのは存在を知らないからだ。

 

 

『どっかの馬鹿が調子に乗って絶大な爆発で大勢の人を殺すかもしれない』

 

 

実際に威力を確認したフローラも量産する新兵器は大幅に威力を下げると決めたそうだ。

それほど人類を滅ぼす諸刃の剣になりかねない兵器にエレンは頼りたくなかった。

だが、こうしている内にも時間は着々と過ぎていく。

既にヒストリア女王がエレンの首元に勲章をぶら下げて右手を差し出している。

 

 

『ああ、もう……頭が痛い』

 

 

悩みを顔に出すつもりはないエレンは何食わぬ顔で女王陛下の右手に唇を当てた。

その時、エレンの全身に一瞬だけだが、電撃の様な衝撃が迸った。

 

 

「……エレン?」

 

 

女王を演じるヒストリアは、目の前に居るエレンの様子が可笑しい事に気付いた。

歯を強く噛み締めて瞼を全開に広げて硬直する彼はまるで石像に見えた。

 

 

「ん?」

 

 

リヴァイもエレンの様子が可笑しい事に気付いた。

慣れない事で緊張しているかと思ったが、そうではない様だ。

 

 

『なんでそんなに絶望してやがる…』

 

 

エレンは、瀕死になった兵士が絶望のままに死んでいく際に見せる様な顔をしていた。

ただ、すぐにエレンはヒストリア女王の手を離してそのまま頭を垂らした。

そうなってしまっては、言及できないのでリヴァイもその事について触れる事は無かった。

 

 

『……嘘だ』

 

 

エレンはヒストリアと接触した事で隠れていた能力が発動してしまったと気付く。

――それを知ったところで手遅れだった。

本日をもってエレン・イェーガーという巨人を一匹残らず駆逐しようとする兵士は死んだ。

代わりに決められた未来に向かって進撃する【自由の奴隷】に転生した。

そして元より定められていた運命の歯車は、人類滅亡に向かって動き出す事となる。

 

 

世界は残酷だ。諸行無常だ。

 

 

生物はいずれ死ぬ。

だが、いつ死ぬかは分からないはずだった。

しかし、エレンは違った。

確定した未来に抗う旅をエレンは孤独にする羽目になったのだ。

 

 

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