進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
トロスト区に設置された巨大な槌が次々と巨人を屠っていく。
今までだったら砲撃がうなじに命中するか、白兵戦を挑まなければ倒せなかった存在がだ。
巨人が討伐される度に誰かが傷つく事も無く大切な何かが失われる事は無い。
誰もが待ち望んでいた兵器は、確かに巨人を恐れる民衆に希望を与えている。
かつて無敵や恐怖の象徴とされた巨人は、今となってはただの人喰い生物になり果てた。
なので東のカラネス区と北のユトピア区にも設置されて更に巨人討伐を加速させていた。
「それに比べてクロルバ区の連中は何をやっているんだ?」
「なんで未だに旧時代の作戦で死者を出してやがる?」
「知らんのか、エルティアナ連隊長が無能だからだよ」
何もしなくても巨人が討伐されるのに未だに西のクロルバ区の守備隊に犠牲者が出ていた。
あれほど巨人討伐を急かした民衆は、あっさりと手のひら返して彼らの犠牲を馬鹿にする。
そんな辛辣な発言がクロルバ区に居住する住民からも口から出て来る有様だった。
『今後の利権を確保したい商会の仕業に決まってるだろう!!』
『俺らだって無理してクィンタ区に向かいたくねェんだよ!!』
駐屯兵団第三師団に所属していた兵士たちは心の中で民衆に向かって反論をする。
彼らが口を出して抗議しないのは、緘口令が敷かれているからだ。
『それに上手く行けば玉の輿に乗れるかもしれないのにそれも分からないの?』
『勝手にやってろ、俺らは既に新時代を作っているんだから』
そして兵士たちは商会のご子息や令嬢たちと交際できる可能性に夢中になっていた。
というのも、フローラが仕組んだ策で特権階級の若者と兵士たちを交流させていたのだ。
あわよくば、金持ちのボンボンや深窓の令嬢と結婚する気満々の若者たちはそれどころではない。
これからの安泰や家族の事を想って貴族や商人に下手に出て機嫌を取っていた。
「エルティアナ連隊長!」
「急で済まないな」
一方、未だに死者が出る作戦の指揮を執っているフローラはクィンタ区に訪れていた。
「エルティアナ連隊長に敬礼!」
クィンタ区を守護する中隊長の命令によって守備兵たちが敬礼をする。
それに対してうんざりしているフローラは無言で手を振って敬礼をやめさせた。
赤の他人に化けているせいか別人の名を呼ばれて敬礼されるのが未だに慣れていない。
「今回はどういった要件で参られたのでしょうか?」
「例の捕囚と面会を希望したい」
「承知しました。すぐに面会の準備に取り掛かります!」
もはや慣れたやりとりであるが、フローラは定期的にベルトルト・フーバーに逢いに行っていた。
原因としては、定期的に確認しないと自分の部下が彼を始末しそうだったからだ。
看守長が放つ負の感情からベルトルトがまだ生存していていると分かり、フローラは安堵する。
『ああ、めんどいわ…』
元はといえば、フローラがベルトルトを生かすと判断したのが起因となっている。
『でも、今日で終わり』
そして遂にフローラも自分の一存でベルトルトを匿うのが難しくなった。
あくまでも、このままではという条件付きであるが…。
ベルトルトの処刑を阻止するには当の本人の協力が必要不可欠である。
彼の反応次第では殺すつもりでフローラは事情を知る部下と共に兵団司令部の地下牢に向かう。
「おはようベルトルト、今日は絶好の外出日和よ」
地下牢に辿り着くと赤色のパジャマを羽織ったベルトルトがベッドの上で座っていた。
ポンポンが付いた赤色のナイトキャップが間抜けさを際立てているが、これはあえてやっている。
囚人服を着させると監視する兵士がベルトルトを敵と判断するのでパジャマを着させていた。
「君がそんな冗談を言うなんて変わったね」
「嘘は言っていないわ」
看守から地下牢の鍵を受け取ったフローラはわざとらしくベルトルトに返答する。
いつでもベルトルトを殺せるようにフル武装をした彼女は牢の扉を開いて入室した。
「ところでいつになく物騒な格好をしているけど何かあったの?」
「そうね、ベルトルトの反応次第で煌めく刃を見せる事になるわ」
いつ死刑が執行されても可笑しくない状況で精神を保っているのはさすがと言うべきか。
覚悟を決めたベルトルトほど厄介なものはない。
さっそくフローラは本題に入る事にした。
「ねえベルトルト、あなたが置かれている状況って理解してる?」
「君によって生かされているだけだろう?」
「そうそう、でもね。わたくしの一存であなたを生かすのが難しくなってきたの」
シガンシナ区における戦闘で調査兵を28名も殺したベルトルトを警戒している者は多い。
巨人に喰われそうになったベルトルトをフローラが救ったのは過去の約束があったからだ。
自分の名を呼んで助けを求めたら必ず巨人から救い出すという口約束はきっちり守られた。
「だからね、ベルトルトを生かす価値をあなたの口から告げて欲しいの」
しかし、ベルトルトを生かし続けるのはリスクがあり過ぎた。
だからフローラは、この面会でベルトルトの処遇を決めるつもりだ。
「僕を生かす価値?」
「既にわたくしたちは巨人の脊髄液を含んだ注射器を持っているのよ」
「だから僕を殺して能力を奪えば良いと思っているのか」
既に巨人化したアルミンが能力者を喰わせた事で能力が継承するのは判明している。
それと前任者の記憶の一部も引き継げるという利点は大きい。
エレンやアルミンは既に【海】というのを記憶で見たと兵団政権に報告していた。
その為、フローラ直属の部下からもさっさと能力を継承するべきだと意見が出ていた。
「ええ、ちょうどここに注射器があるわ」
「……わざわざ見せる事は無いんじゃないかな?」
現在のベルトルトは、いわばいつ大爆発しても可笑しくない不発弾である。
だったら、さっさと巨人に喰わせて味方に能力を継承させた方が良い。
誰もがそう思っているからこそフローラも彼らの意見を無視できなかった。
その度にフローラは「寿命が13年になる」と発言して提案者の意見を封殺してきた。
しかし、ついに志願者まで出てしまった以上、フローラは対応を急ぐ事となった。
「だから、あなたしかできない事をわたくしたちに示して欲しいのよ」
「大体、君なら分かっているんじゃないか?」
「…まあね」
以前のベルトルトだったら昼行灯やらライナーの腰巾着と馬鹿にされていたが今は違う。
その気になれば、ミカサの身体能力に匹敵する全身爆弾人間として活躍できる。
そんな爆発物を生かす価値がないのはフローラが一番理解していた。
「この壁社会に潜伏して自分が住んでいた世界と違った事ってあったの?」
「いろいろあるさ。特に僕は……この世界の文字を覚えるのに必死だったよ」
「この世界の文字?まるで自分が住んでいた世界の文字と違うって言っているみたいね」
そして能力と記憶の一部を継承できるのにベルトルトを生かす価値も分かっていた。
しかし、当の本人の口から発言してくれないと説得力が無かったせいで黙るしかなかった。
質問でベルトルトの返答内容を誘導しているフローラは何食わぬ顔で更なる質問を重ねた。
「そうだよ、僕たちの住む世界と君たちの世界の文字は違うんだ」
「言葉なら方言とかあるから納得できるけど文字が違うってあり得るの?」
住む地域によって他者に通じにくい方言があるのは壁社会で認識されている。
例えば、104期調査兵のサシャ・ブラウスは独特な方言を使う事がある。
同期たちはその度に「サシャの発言が気持ち悪い」と発言しているのが印象的だった。
その影響で同じ言語のはずなのに地方によって通じない方言があるのはフローラも知っている。
「そうだよ。僕たちの世界では、たくさんの文字が使われているんだ」
「つまり、ベルトルトが生まれ育った場所の文字は別にあるって事ね」
だが、文字が地域ごとに違うというのは、誰もが信じられない事であった。
壁の中に人類が逃れた当初はともかく王政の管理下で通じない文字は撲滅されたはずだった。
「異世界の文字はどれだけ種類があるの?」
フローラは新政権から壁外勢力に対抗する兵団を指揮する羽目になった。
ただ、今は少しでも早くウォール・マリア内に居る巨人を掃討する任務を行なっている。
「最低でも100個くらいはあるんじゃないかな」
これは、フローラ配下の商会がいち早く新天地の利権を確保しようと動いているのが大きい。
未だに公式記録では、人類は壁外勢力と接触していないが、それは嘘の報告のせいだ。
実際は、こうしてベルトルトを匿っていたりするのだからフローラも相当な悪党である。
「ベルトルトの故郷で使用されている文字をわたくしたちに教えてくれないかしら?」
ここからがフローラの本題である。
現在、壁外勢力が放った巨人のおかげで皮肉にも敵勢力の侵攻を防げている。
だが、ウォール・マリアに入植が始まれば必然的に壁の外に居る巨人も掃討しなければならない。
もし、それを実行すれば、壁外勢力の介入を許すと同意義になってしまう。
そこでフローラは、敵勢力の情報を分析したかったが、壁となるのが異文化の文字である。
いちいち文字を解読しないといけないのだが、それを実施するには時間が足りなかった。
「それを僕がやるメリットは?文字を教え終わったら結局殺されるだけでしょ?」
「へえ、500人以上を短期間で文字を教える事ができるの。じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
冗談を言うフローラだが、実際はそれ以上の人数に文字を覚えさせたいのが本音だ。
【情報は鮮度】という価値がある彼女はとにかく文字を覚えさせることを重視していた。
特に記憶という伝達手段に対して期待していないのも大きい。
「…断ったら殺されるだけか。数十人程度なら文字を教えるよ」
そんな事情などベルトルトは見抜けなかったが本能では分かっている。
ここでフローラの提案を断ったら、すぐさま煌めく刃で自分の首が刎ねられるという事に…。
「ああ、良かった。交渉が成立して本当に良かったわ」
ベルトルトが文字を教えてくれると知ってフローラは胸を撫で下ろす。
彼女としても、共に夢を誓い合った親友を本気でぶっ殺すなんてゴメンであった。
「じゃあ、行きましょうか」
「どこへ?」
刃を鞘に納めてベルトルトの右手を手に取ったフローラは笑う。
「風呂に決まってるでしょ?こんな体臭で教えてもらいたくないわ」
地下牢に監禁されていたベルトルトの体臭は異様に臭かった。
死臭や排泄物の匂いを嗅ぎ慣れたフローラですら鼻を摘まむほどに…。
「仕方ないじゃないか。タオルすらくれないんだから…」
「勝手に自殺されても困るからね、そういった管理は徹底させてもらったわ」
未だにベルトルトが約束を破らずに地下牢に居る事自体が奇跡であった。
それほどに誰からも超大型巨人の能力者は脱走すると思われていたのだ。
「ちゃんと約束を守ってくれているよね?」
「えぇ、硬質化で閉じ籠ったアニ・レオンハートとの面会もさせるつもりよ」
ベルトルトがフローラを裏切らなかったのがアニ・レオンハートの存在が大きい。
事前に地下牢で大人しくすればアニに対する処遇を良くすると彼女は約束していた。
もちろん、信じられる話ではないが、フローラの言葉を信じる事にした。
それほど訓練兵団の3年間というのは大きかったのだ。
「アニは今、どうしてる?」
「配属先で同室になった新兵に見守られながら眠っているわよ」
アニの結晶体を対応するのは同室であったヒッチ・ドリスである。
珍しく彼女自身が立候補したのでフローラは予算を与えて彼女に管理させている。
それ以上の事はフローラですら知らないが、少なくとも悪くない環境とは言える。
「それは信用していいの?」
「アニと一緒にドーナツを食べる仲なのよ?逆に疑う方が難しいわ」
ヒッチはアニの正体を知って動揺したものの彼女の傍に居ると決意した。
それは、フローラですら捻じ曲げる事ができないほどの覚悟であった。
「せいぜいアニと面会しても恥ずかしくない様に日頃から身嗜みを整えておきなさい」
ウォール・マリア奪還作戦から約1ヶ月が経過した頃、ベルトルトは地下牢から開放された。
この出来事は、一部の兵士しか知らされず兵団政権に至っては存在すら知らされなかった。
「次に逢えるとは限らないからね」
ベルトルトを風呂場に誘導するフローラの瞳は濁っていた。
一番損する中間管理職に成り上がった彼女に自由は無い。
「同期にはお優しいのですね」
「まるで部下には優しくない悪女みたいに言うじゃない」
中央第一憲兵団出身者の中でもフローラに忠誠を誓っている部下が軽口を叩く。
「
「……まあね」
一度、殺人を経験してしまうと精神が病むか慣れてしまう。
フローラは殺人程度で精神を病む事はないが、後悔する事はある。
時折、自分が自分でいられないフローラは他者の反応で常識を知ろうとする。
「それにベルトルト・フーバーでなくても文字を教わる事が…」
「そうですよ!別に…あっ」
未だにベルトルトが信用できない“
フローラの瞳孔が広がったのを見てすぐに自分たちが失言した事に気付いた。
「え?どういう事?」
まるで自分が居なくても文字を覚える事ができる様な発言をベルトルトは聞き逃さなかった。
さすがに隠し通す事ができなかったフローラは後で部下を叱責すると決めて白状をする。
「実はね…」
この日をもってフローラとベルトルトは、ウォール・ローゼに戻って来る事は無かった。
それでも調査兵団や兵団政権と定期的に文通を続ける事となる。
そして、風に揺れた紅葉が地に落ちる季節にフローラはクロルバ区に戻って来た。
『ああ、久々に戻って来たわ……』
久々にクロルバ区の兵舎に戻って来たフローラは、寝室に籠って椅子に座る。
油断すればいつでも睡魔を招いてくれる座り心地が良い椅子も今となっては違和感しかない。
ようやく常人が日常と呼ぶ世界に戻って来たフローラは、それが非常時に思えてしょうがない。
『なのにこいつらは…』
いつ死んでも可笑しくない戦場に居たからこそフローラは思う。
あの時に死んでおけば、ここまで苦しまなくて良かったのだと思ってしまう。
『ここで会合を開かないで!!』
只今、フローラの配下である19の商会のトップが勢揃いして睨み合っている。
別に同じ組織で仲間割れなどいくらでも見たフローラは、それ自体は気にしていない。
ただ、わざわざ自分の寝室に机と椅子を持ち込んでいる連中に怒っているだけだ。
「さて、今からウォール・マリアの利権について協議していこう」
よっぽど彼らは新時代が到来する前に自分たちの利権を確保したかったのか。
わざわざフローラが帰って来るのを待ってから会合を開催した。
『…もう、勝手にやってなさい』
兵団政権もフローラの配下である商会も大して変わりはない。
自分たちの利権を確保するべく隣人や知り合いを蹴落とそうとしていた。
しかし、兵団政権と致命的な差があるのも事実だ。
「クラマー商会のクィンタ区利権に関してエルティアナ連隊長はどう思われますか?」
組織の長であるフローラに面倒な話題がいちいち振られて答える必要があるのが問題だった。
ザックレー総統にも同様な問題はあるが、さすがに寄生しようとする者は居なかった。
しかも、兵団とは一切関係ない話題が出てくるのだから苦痛でしょうがない。
『ヒストリアみたいに気品溢れるトップとして振舞う事だけを考えるのも悪くないかも…』
民衆の支持基盤となっているヒストリア女王が政治から隔離されているのが本気で羨ましい。
限られた情報と目の前に居る人物たちから発言内容を考えるフローラはそう思っていた。
「クィンタ区の利権とクィンタ地区の利権を一緒くたにされては、私としても反応に困るのだが?むしろ、クィンタ区の復興及び補強に関して複数の商会が絡んでいる時点で独占とは言い難いな。私から見ると独占というよりは、
ただし、ヒストリアには彼女しか抱えられない問題があり、それを対処しなければならない。
同じ様にフローラも自分のやるべき事を理解しているからこそ口を開く。
限られた情報で自分の意志で判断をし、発言したフローラは彼らの反応を待つ。
『さっさと最前線に戻りたいわ』
最前線の兵士は上層部の適当さを恨むが、上層部も相応の問題を抱えているのだ。
少なくとも兵士と一兵団の長と事実上の財政大臣を兼任するフローラにやる気はない。
なんでこんな面倒な事をやらないといけないのかというのが本音だ。
『早く終わってくれないかしら…』
兵団政権や民衆は気付いていないが、既にウォール・マリアの利権は決まりつつある。
特に拠点となるクィンタ区に利権を確保したクラマー商会。
拠点であったストヘス区が半壊し、フローラに泣きついて輸送や補給に携わるマルレーン商会。
兵士たちが使用する物資や嗜好品を提供し、義勇兵まで寄こしたイノセンシオ商会。
壁社会で西端に追い込まれた三大商会こそが新時代の利権を確保しようと躍起になっていた。
当然の事ながら、巨人掃討や壁外勢力に対応したいフローラからすれば邪魔でしかない。
「寡占状態に関しては私も問題にしたいのだが、なにしろ壁の外で活動できる者が限られててな」
庇っている勢力と敵対する勢力のご機嫌を取るのは本気で難しい。
とりあえず双方の活動に理解を示しているアピールをして反応を見るしかできない。
『いっそ、脅して強制終了させてやろうかしら?』
だって、これから寝ようとした時に厄介事に巻き込まれたのだからしょうがない。
あまりにもやる気が無いフローラの発言を受けて一部の席から異論が唱えられた。
「閣下、クラマー商会はウォール・ローゼで関税をかけています!これでは…」
「ストラットマン殿、あなた方だって法外な輸送業を行なわれているのでは?」
「法外とは聞き捨てなりませんな、我々はリスクを承知して輸送を…」
エリオット・グーンベルク・ストラットマンとヨルグ・エティション・クラマー。
マルレーン商会とクラマー商会のトップが正面衝突しているのをフローラは見て…。
『次の遠征作戦についてどうしようかしら…』
舌戦が繰り広げられる中、他人事の様に次回の遠征作戦を練っていた。
負の感情を“声”として聴けるせいで各勢力の諸事情は理解したのもある。
『…はぁ』
フローラはかつての婚約者が次期当主となっているリーブス商会とは縁を切った。
しかし、こうして自分の配下である各商会が歪んでいるのを見てフローラは思う。
『フレーゲルを関与させなくて良かったわ。憎まないで済むというのは大きいわね』
もしも、自分の生存を知らせて利権を噛ませたら彼もまた変わっていただろう。
確かに新時代に向けて変わらないといけないが、別に無理して変わる必要はない。
最後に会ったフレーゲルは肥満体でニキビだらけのダメ男だったが、瞳は綺麗だった。
その瞳がずっと綺麗なままでいる事を望んでいるフローラは気晴らしに窓を見る。
『子供たちが外で遊んで親御さんたちがそれを見守る世界か……』
果たして次世代の子は【血】を見ずに生きる事ができるのだろうか。
既に両手も足元も血塗れなフローラは次世代の子供たちの事を想う。
『次世代に負の遺産を託さなければ争いの無い世界があるのかしら』
兵団政権も調査兵団も配下の商会も自分ですらも、やっている事が正しいとは限らない。
フローラの私室から見える広場で遊ぶ幼児たちが大人になる頃がどうなってるか断言できない。
兵団政権を打倒した各兵団の高官の様に次世代を担う若者も兵団政権を打倒するかもしれない。
もしかしたら、巨人を掃討したせいで内戦やら外部から侵攻を招いて滅亡するかもしれない。
『できるのではなく……できたと断言できるようにはなりたいわね…』
少なくともフローラは、次世代の若者に自分が抱えている負の遺産を渡すつもりはない。
いっそ、儀仗兵に化けているベルトルトに指示してこの場に居る汚点を抹消してまで!
若者が手を血で染めない様に尽力するつもりだ。
『もう、手遅れだけど』
ただ、
筆も絵の具もキャンバスも構図も決まっているのに何1つも描けなかった。
やれる事とすれば、奇行種を掃討して一刻も早く入植できる様にする事。
そして度重なる過酷な作戦で少しでも犠牲者を減らす為に尽力するしかなかった。
『調査兵団に期待しましょう』
自分の限界を知ったフローラは、調査兵団にその未来を託そうと考えていた。
それほど彼女は壁外勢力と壁社会の住民が仲良くできる未来が見えなかった。
そうして悩んでいる内にも時間は刻々と過ぎて行ってしまう。
季節は移り変わり、いつの間にか雪解け水が見えなくなって花が咲き誇り春が訪れた。
そんな時期にフローラはミーナから報告を受ける事となった。
「もうじきウォール・マリア陥落から6年が経つって部下から報告を受けましたよ」
「ああ、もうそんな時期か」
ラナイ・マクロンを演じるミーナ・カロライナの報告を受けたフローラは溜息をつく。
未だに問題は山積みだし、好き放題に暴れる商会の制御も上手くできていない。
増えたのは問題ばかりで反比例される様に削減された予算が全てを物語っていた。
「で?調査兵団の動向は?」
「超大型巨人がシガンシナ区を襲撃した6年目の日に壁外調査を実施するそうですよ」
ミーナから渡された壁外調査に関する作戦書を読んだフローラは更に溜息をつく。
「なんか我々にご指名を受けたんだが、何で奴らが我々に指示できるんだ?」
「兵団政権が調査兵団を守る様に命じたからです」
既に壁の外に興味がある兵団政権は調査兵団の肩を持つ事が多い。
一方、ちゃんとした成果を示せない兵団の扱いは日に日に悪化している有様だった。
せめて英雄たちの盾と成れる様な計らいらしいが、調査兵団にとっても迷惑であった。
「お前たち、30分間、退室してくれないか?」
「「ハッ!」」
無駄にお偉いさんになったせいで護衛が鬱陶しいフローラは彼らを命令で追っ払う。
そして、自分の正体を知る者たちだけが残ったのを確認して冷徹な女将校の仮面を外した。
「さて、この中で調査兵団の『長距離索敵陣形』をこなせる者は手を挙げなさい」
フローラの何気ない質問で挙手をした者は居なかった。
調査兵団との合同作戦をやるのは良いが、それについての訓練を一切やってなかった。
しかし、今から共同訓練を実施したところで本番に間に合いそうもない。
「正直ですわねー。まあ、わたくしもやれる自信がありません」
長距離索敵陣形は、エルヴィン団長が考案した【本隊が生き残るのに長けた陣形】である。
従来の調査兵団は、目の前に居る巨人に積極的に戦いを挑むのが主流だった。
しかし、索敵班と本隊が密集する関係上、身動きが取れなくなって各個撃破される事が多かった。
戦闘で陣形が乱れると再編成までに時間が掛かり、その間に巨人に包囲されてお陀仏という訳だ。
そこでエルヴィン団長は、逆転の発想で最低限の戦闘と犠牲で部隊を進める陣形を開発した。
ただし、巨人や壁外勢力の殲滅を掲げるフローラ指揮下の部隊と相性が悪すぎた。
「2個班で充分ね」
よってフローラはウォール・マリアの外を探索する作戦に兵士をほとんど投入しない事にした。
「どうせ1個班は砲兵でしょ?」
「そうよ、せいぜい火力支援くらいしかできないもの。しょうがないわ」
既に巨人の大半は、ハンジ団長が考案した巨人討伐機で討伐してしまった。
その影響でフローラが率いる新兵団の戦略や戦術にも大きな影響を及ぼした。
「そもそも巨人と交戦できる部隊なんか解体したって公式発表してるんじゃん…」
「ミーナ、もしかして怒ってる?」
「そんなワケないけど……でも判断が早過ぎじゃない?」
「仕方ないでしょ。巨人と白兵戦を挑む必要が無くなったんだから…」
巨人の数が少なくなったせいで当初フローラが予定していた兵士の育成計画が頓挫してしまった。
しかも、兵団政権が予算を削って来るせいで部隊を維持するだけで大赤字になってしまった。
そこで白兵戦を挑む兵士の育成を諦めたフローラは火力支援に力を入れた。
これにより、高火力で巨人をぶっ飛ばすスタイルとなって今に至るまで継続している。
よってすぐに調査兵団に援軍に出せるのは、短時間で高火力を叩き込める砲兵部隊となった。
「残りはなんだと思う?」
「補給部隊?」
「いいえ、総統局の広報部の連中よ」
調査兵団の雄姿を記録するのは誰か。
調査兵団の兵士か、専用の書記か、それとも団長か?
フローラは分からないが、少なくとも調査兵団に所属する者が実行するのは間違いない。
だが、それらを世間に発表するのは、更に上の組織である総統局である。
「広報部の連中?役に立つの?」
「彼らが戦場で役に立つ事自体が大問題なのよ」
総統局は5個の部署に分かれており、それぞれ専門の業務を遂行している。
これにより各兵団の暴走を抑える役割があったのだが、1年前まで形骸化していた。
しかし、政権交代の時期に発生した内戦の影響で総統局の権限が強化された。
これにより、各兵団の上に総統局が君臨し、その上に兵団政権が立つという組織図となった。
そして広報部は、兵団政権の運営内容や兵団の情報を民衆に提供する組織となる。
「大丈夫?尻尾を巻いて逃げたりしない?兵士ですら逃走するのに非戦闘員にはきついでしょ?」
「一応、大丈夫だと思いたい」
「やっぱ、要らなくない?代わりに補給班を連れて行った方が良いんじゃない?」
当然の事ながら総統局の広報部に所属する局員は戦闘要員ではない。
未だに総統局の組織図について理解しきれていないミーナですら分かっている事を親友に告げた。
フローラも彼らの逃走を否定できないが、彼らを連れて行かないといけない理由があった。
「だって、彼らに記録してもらわないとわたくしたちに予算が降りないですもの…」
それは兵団政権関係者が納得できる書類を彼らに作って欲しくてわざわざ召集したのだ。
本物のエルティアナ女史にフローラは謝ったものの自分の行動に後悔はしていない。
かつて自分で不足分の予算を埋めようとして酷い目に遭ったのが影響している。
-----
かつて自分が所属していた長と対等に喋っている事にフローラには違和感があった。
それでも、内心を打ち明けて少しでも気が楽になっているエルヴィン団長の姿を見れば…。
今まで迷惑をかけて頭を悩ましてきた女兵士は彼の楽しそうな姿に満足している。
『馬が侵入できる進入路にここまでする必要があるのでしょうか?』
『夜間に馬を走らせるのだぞ?道を大幅に確保せずに大部隊をどう移動させる気だ?』
『さすがエルティアナ連隊長、ここまでお見通しでしたか』
『お世辞は良い。作戦の成功率を上げるなら何でもしたいだけだ』
エルティアナ連隊長に化けるフローラは何度も調査兵団の高官と打ち合わせをしてきた。
特にエルヴィン団長とウォール・マリア奪還作戦の予定について念入りの打ち合わせを行なった。
『行きの食事は良いとして凱旋した後は如何しましょう?』
『……いいか、それはウォール・マリア奪還作戦が成功してから考えるべきだ』
どうやってシガンシナ区まで進軍するかの話題から兵士たちの食事まで決めたほどである。
『ここまで調査兵団を支援したのだから、しっかりやり遂げないと困るぞ』
フローラがエルティアナの発言を演じていた様に調査兵団に対して過保護とも言える処置を行なった。
ただでさえ新兵団設立関連でグダグダになっている時に調査兵団が寄生してきたのだ。
当時、膨大だった予算などすぐに尽きてしまい、兵団が運用できない事態にまで追い詰められた。
そのせいでフローラは自分が持っていた資産を投入しまくったせいで大赤字となった。
『2度とやらないわよ!!こんな事!!』
この時にフローラが資産を四散させた事で配下であった各商会の台頭を招く事となる。
さすがに商会が兵団の作戦に口を出すと碌な事にならないのは分かり切っていた。
慌てて巨人討伐手当でフローラは赤字の補填をし、商会が兵団を上回らない力関係に尽力した。
それでも補給3個中隊が顎で使われたりと新兵団が商会の狗になりつつあった。
『というか、鬱陶しいわ!!』
調査兵団視点では、頼れる新兵団は実情としては、いつ崩壊しても可笑しくない。
赤字塗れで【商会の狗】と化していた哀れな兵団でもあったのだ。
それでも調査兵時代に王政府や各兵団を攪乱したフローラはただで落ちぶれる女では無かった。
『これ以上、わたくしの邪魔をするなら対処してあげる!!』
各商会が独自の私兵部隊を組織し始めたと聴いてフローラは覚悟を決めた。
巨人や壁外勢力に集中したいフローラは、肥大化する商会勢力を叩き潰す事に決めた。
だからといって表向きは味方である商会をフローラは正面から叩き潰す事ができなかった。
そこで逆転の発想をした。
『逆に考えるのよ。どっちも潰しちゃえば良いって事に…』
悩んだ末にフローラは商会の勢力を見直してある事に気付いた。
ウォール・マリアに入植が始まる商機に携われる商会に明暗が分かれていたのを着目したのだ。
兵団政権は旧政権の肩を持つ存在に対して相応の処罰を行なっている。
王政府寄りであった商会は兵団政権に睨まれて弱体化する様に仕向けられて悉く没落していった。
そのせいで彼らはウォール・マリアの利権にも一切、触れる事ができなかった。
『では、支援しましょう』
好機が無い商会から言葉巧みで融資を集めて兵団政権用の賄賂をフローラは確保した。
それを自分の配下である商会に間接的に提供して兵団政権に賄賂を送れるように仕組んだ。
これにより、商会はさらに勢力を広げる為に兵団政権の高官に賄賂や贈呈を開始する事となる。
『民草に勝るものなし』
それらをまとめて新聞社に不正や癒着問題を告発するとどうなるか。
『あはははは、面白いくらいに想像通りに転がったわ!』
当然の事ながら不正を許さない各新聞社は、民衆に不正を知らせまわった。
これにより、未だに苦しい生活を送っている開拓地の人々を中心に不満が爆発!
王都ミットラスに向かって行進する5万人を超える民衆の抗議デモが発生した。
『なんでここまで扇動されるの…もしかして自分たちの行動に疑問に思ってないのかしら?』
民衆が考えもせずに王都に向かって移動できる訳がないのでこれもフローラが支援した。
補給経路などを構築していたおかげで、移動距離を算出できていたのは大きかった。
どこに物資を置けば、効率良く徒歩で兵士が移動できるのか。
そういった兵站計画を悪用したフローラは、兵団政権を窮地に追い込んだ。
『正義感に燃える民衆は操りやすいって事もあるかも…』
本来であれば、ウォール・マリアに向かう兵士が利用する補給路を民衆が逆方向に進んで行く。
当初の予定とは全く逆の結果を招いたがフローラは後悔していない。
王政府残党を取り締まる女将校は、兵団政権の不正を招いて共倒れする様に仕組む事に成功した。
『鬱陶しい方々が共倒れしたのは心地いいわ…』
兵団政権は王政府の暗部を暴露し、民衆に優しい政策を出して武力革命の正当性を宣言していた。
その影響で兵団政権の中で不正や腐敗していた幕僚が繋がっていた商会ごと一掃された。
更にフローラのせいで肥大化した西部の商会勢力も打撃を受けて活動の縮小を余儀なくされた。
『まあ、結果としてこの騒動に参加した商会に勝者は居ないんですけど…』
兵団政権に睨まれて弱体化した王政派の商会も資金繰りに支障が出て多くが破滅した。
確かに前と違って王政派の商会も商売がしやすかったもののその恩恵を受け取る前に破産した。
後味が悪いのでフローラは救済処置をして破滅した商会同士を合併させて復活させた。
さすがに全員は救えなかったもののそれでも9割以上の関係者は再び職に就く事ができた。
『わたくしと接点がないリーブス商会の独り勝ちというのも皮肉な結果ね…』
この騒動で大きな影響を受けるどころか独り勝ちしたのがリーブス商会である。
以前から調査兵団を前面に支援すると民衆に告げており、不正も行なっていなかった。
しかも、ウォール・ローゼの最南端を拠点とするのもあって多くの予算を得る事ができた。
フローラ派や王政府派が共倒れする中で唯一無傷の商会に融資が殺到するのは目に見えていた。
リーブス商会は、南部地域の入居計画に多大な影響を与える存在となる。
これには、リーブス商会と縁を切っていたフローラも何とも言えない気持ちになった。
『うーん、民衆の思考誘導の研究でもしておいた方が良いかも…』
割とフローラは民衆に合理的に判断しており、彼らに対する好感度は低い。
政権や兵団を運用するには民衆の支持が必要だが、意外と彼らはすぐに敵対する。
愚民と知識人は少し細工すれば、割とあっさりと手のひら返しをする。
『今後の為にも…』
同期たちの相談に乗ったり、皆を勇気づけてきた女悪魔は人心掌握が得意である。
故にいずれ民衆によって兵団政権や自分たちが打倒させる未来を思い浮かべてしまう。
兵士を恋愛脳にし、商会が独自の武装勢力を持つ事を阻止したフローラは心理学の研究を始めた。
もっとも、またしても最前線に投入されるので部下たちに意志を託す事しかできなかったが…。
------
商会も政権も遥かの格下の存在である民衆を無視する事はできない。
それについて考えているフローラは少しだけ黙ってしまった。
目の前の親友が黙り込んで良くない事を考えているとミーナは思ったのだろう。
「今度は総統局を変革するつもりなの?」
「まさか!わたくしがそんな事をする様に見える」
「むしろ、また変な失敗をして対策をするのが目に見えるけど?」
今度は総統局を変革するつもりなのかとミーナに質問されてフローラは否定をする。
しかし、無駄に実績があるせいでいまいちフローラは親友が信用されなかった。
「大丈夫、わたくしも参加しますから壁外調査は失敗させませんわ」
「余計に心配なんだけど…」
「なんで!?」
フローラのお目付け役と化したミーナはフローラが参加すると知って余計に心配になった。
巨人に居場所や数を把握できるフローラは確かに調査兵団から重宝されるだろう。
実際、奇行種の殲滅が冬の到来前に終わったのはフローラの存在が大きかった。
「だって、ずっとフローラ頼みをして索敵班が仕事をしなくなっちゃうじゃない…」
ミケ・ザガリアス分隊長が居れば、巨人の襲来を予知できると誰かが言う事がある。
実際はそれは不可能であり、フローラ自身も部下を何人も死なせるほど被害は防げないのだ。
フローラが居るおかげで油断して調査兵団が大打撃を受けるのをミーナは警戒していた。
「大丈夫よ、索敵班でも一番前を走る事にするから」
「うわ……余計な道を走ってそう」
フローラ・エリクシアという女は失敗という経験を積んで成長をする。
そのせいで索敵班の班長の命令を無視する未来をミーナは思い浮かべた。
さすがに調査兵団の班長程度では他所の連隊長に指図するのが難しいという問題もある。
「最近、わたくしに辛辣過ぎない?訓練兵時代に輝いていた純粋なミーナはどこに行ったの?」
「私もフローラを支えられるように成長しただけだよ」
「カーフェンが居るんだからそこまで冷徹にならなくて良いと思うけど?」
フローラとしては、ミーナは純粋で汚れ無き存在になって欲しかった。
だが、ミーナはフローラに口出しして暴走を止める為にどこか厳しく律する人になってしまった。
常人の基準を他者で測っているフローラとしては割と死活問題で少しだけ抗議する。
「だって厳しく叱らないとフローラは暴走を止めないじゃない」
「ああ、こうなったのもわたくしのせいなのね…」
トロスト区で自身を覗き込む巨人に喰われそうになってからミーナはどこか壊れた。
必死にフローラは親友の精神を昔の様に純粋で活気がある感じにしたかった。
だが、一匹狼であったアニ・レオンハートを癒した少女はもう2度と戻っては来ない。
「そうだと思うよ。昔と違ってミーナはフローラの為に強くなったと僕も思う」
そして他人事の様に
空気を読む為に異性どころか同性にも中々声をかけられなかった青年は…。
フローラと行動を共にした事でどこか精神的に図太い存在になってしまった。
「ベルトルト、あなたにあげた煎餅は2枚だけよ?なんで3枚目も食べてるの?」
「ダイエットしているミーナから1枚もらったんだよ。別にそれなら良いでしょ?」
「……いえ、そうだけど……一応聴くけどあなたは壁外調査に参加するの?」
「同胞たちを殺しまくった僕が調査兵団の一団に入れる訳ないだろ?」
「それもそうだけど……」
精神的に成長してシガンシナ区で調査兵を殺しまくったベルトルトはどこか変わった。
行動に迷いがないフローラを見習ってベルトルトはどこか薄情な雰囲気を漂わせている。
……というよりは、フローラに対して遠慮する気持ちがどこにもなくなってしまった。
「ミーナはどうするの?」
「私は行くよ。計画通りに進んでいるから確認しないといけないから」
「ありがとう、ミーナ」
それでも自分の事情を知っている同期にフローラは心から信頼している。
「私もついて行って良い?」
「ヒストリア女王陛下、さすがに壁外環境にお連れする事ができません」
「言葉が堅苦しい!もっと軽口を叩いてよ」
だが、ヒストリア女王が定期的にクィンタ区にやって来るのは厄介だった。
お飾り女王は率先してウォール・マリアが安全だとアピールをしている。
それ自体は良かったものの…ついでに同期に逢いに来るのには本気でフローラが困った。
「やっぱりヒストリアは、髪を整えて威厳のある女王より髪を降ろした姿の方が似合ってるよ」
「そういうミーナもお下げをした方が可愛いと思うのに…」
「別人に化けているからね。中々できないのよ」
立場上、調査兵団が謁見する機会はないが、フローラは報告の度に王都に寄っている。
そのついでにヒストリア女王のストレス発散や孤児院の手伝いをやらされていた。
嫌になったフローラは、適当な建前で逃亡した結果、女王自らやって来るという災厄を招く。
如何せん、民衆や中央第一憲兵団出身の兵士から受けが大きいので拒絶する事もできなかった。
「ねえ、ダズ……近衛兵の立場を活用して女王陛下を談話室にお連れして頂戴」
「それができたら苦労しねぇよ…」
同期の中で一番老け顔と呼ばれたダズはヒストリア女王の近衛兵となった。
きっかけはヒストリア女王に絡まれて苛立つフローラの八つ当たり染みた推薦で任命された。
ダズ本人は否定したものの【生前のフローラのせいで】自身の戦歴から問題無いと判断された。
よって最年少の16歳で近衛兵に出世した彼だが、周囲から批判の声があがった。
『どう見ても16歳の顔ではない』という抗議があり、現在では別の異名がある。
トロスト区壁外に集まって来た巨人掃討作戦に従事し、フローラに頼った結果…。
【巨人戦闘のエキスパート】と評された精鋭兵とされてしまった。
「お前のせいでどんどん話が酷い事になっているんだが…」
「でも、ダズが自力で巨人を5体も討伐したのは事実でしょ?」
実際、トロスト区に所在する104期訓練兵の中でダズの成績は悪くなかった。
あと少しで20位を目指せる立体機動術があるので腐敗した憲兵よりは確かに強い。
「とにかく!わたくしは調査兵団と打ち合わせする為にシガンシナ区跡地に向かうわ」
「お?逃げるのか?」
「さすがに人類の命運の方を選ぶわよ。ミーナも来て」
「はぁい、姉さまー!」
「……今はフローラで良いのよ?」
「本番で間違えそうだからこう言わせて!」
こうしてフローラ及びミーナと一部のクィンタ区の守備兵はシガンシナ区に向かう事となる。
そして4か月ぶりとなるハンジ・ゾエの顔を見たフローラは周れ右で逃亡したくなった。
「おやぁ!?エルティアナ連隊長!!久しぶりだね!!」
「ハンジ団長、握手はともかく全力で抱擁するのはやめてくれないか?」
久しぶりに数少ない生き残った部下を見たハンジの顔は歪み切っていた。
恐怖を感じないフローラも、恐怖らしい感情を得る事ができたほどにはきつかった。
「今日はね!シガンシナ区跡地から海とやらに向かって進撃するんだよ」
「ええ、そのような計画になっておりますわね」
今まで調査兵団は、壁の外は大地が広がり続けていると錯覚していた。
だから周辺の地理を記録してシガンシナ区に撤退するのを繰り返していた。
「グリシャ・イェーガーが単独で海からシガンシナ区周辺に来たって事は!」
「5時間も馬を走らせれば、海に到達できるという事か」
「いやー!先輩は受け入れが速くて助かるよ!!」
ところが、グリシャ・イェーガーのおかげで海は意外と近いと発覚している。
能力を継いだばかりのグリシャでもシガンシナ区周辺まで来れた事実があるからだ。
「それに巨人の数が少なくなっているのも大きいな」
エルティアナを演じるフローラは、シガンシナ区跡地をずっと防衛していた時期がある。
いつ巨人の群れが襲撃してもいいように警戒していたが…。
意外と巨人がシガンシナ区の南からやって来る事は無かった。
むしろ、ウォール・マリアの内側で巨人の群れと遭遇する事が多かった。
『まあ、巨人化させる余力がなくなったって事でしょうけど…』
巨人の正体はユミルの血が流れるエルディア人だと誰もが知っている。
なによりフローラは、何故巨人が少なくなっているか知っている。
それをハンジ団長に報告したいのだが、それより気になった事がある。
『エレンの様子が可笑しいのが気になる…』
黒髪と身長が少し伸びたエレンを見てフローラは首を傾げる。
先代の能力者の記憶を継いだせいで精神が混乱しているのは分かる。
だが、なんであそこまで憂鬱になっているのか分からない。
『一体、何があったの?』
負の感情を“声”として聴く能力をもつフローラはそこに至った経緯までは分からない。
ただし、自分の夢が父親の記憶で塗りつぶされてネタバレしたのが大きかったのか。
父親が見せてくれた記憶を何度も否定している様に葛藤していた。
『まあ、すぐに介入するほどではないわね』
それを知っても、フローラはエレンに寄り添う事はしなかった。
エレンの性格上、多くの人に弱っている姿を見せるのを嫌がっている。
故にまず【海】とやらを見てもらって反応を見る事にした。
『まずは同期に顔を見せましょう』
とにかく情報が欲しいフローラは同期に逢いに行った。
そうすれば、どうしてあそこまでエレンが悩んでいるか分かる気がしたからだ。
だが、フローラは知らない。
エレンは過去の記憶ではなく未来の記憶に苦しんでいる事に…。