進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
161話 とある発掘現場にて
あの終わる気配が無かった戦争が終わった。
それを知ったのは、発掘仲間のおやっさんが新聞を持ってきた事であった。
前からうるさいと思っていたが、その日はやけに騒がしくて誰もが眉をしかめたものだ。
だが、「マーレ軍の勝利」という発言を聴いて誰もが歓喜した。
「ああ、あのクソッタレの戦争が終わった」だの嬉しがる発言が聴こえて来た。
「失った物は帰って来ねぇのによ。よく騒げるなぁ」
アブドゥル・ラフマーン・モハマンドはかつて中東連合に所属していた高級士官である。
とある事がきっかけで弟と決別し、発掘現場の作業スタッフとして活動している。
祖国を捨てた事自体は後悔していないが、弟と喧嘩別れで終わった事だけは後悔している。
いつか再会した時は、自分の非を謝罪したいと思っている。
しかし、新聞の見出しを見る限り、弟が生き残っている可能性は限りなく低い。
「そんな事言うなよ。これ以上、戦争で失わないって事が重要なのさ」
「お前、またコーヒーをおかわりしたのか?何杯目だ?」
「4杯目さ、いやー無料って素晴らしいねぇ」
モハマンドが内心で思い浮かべた事を代弁したのは、お調子者のチェスター・バージェスである。
彼とは軽口を叩き合う悪友であり、同じ班として発掘作業を行なっている仲間だ。
チェスターの故郷は紅茶が名産だが、彼の口はコーヒー以外を受け入れる事はなかったらしい。
それはともかく無駄にガバ飲みしてトイレに籠る日課にモハマンドも呆れてしまう。
「“腹ペコ令嬢”に追放されても知らんぞ」
「マジかよ、その前にコーヒー豆を確保しねぇと」
「マジで言ってるのか、冗談で言っているのか分からん」
こんな適当な人間であるが、モハマンドは彼に感謝している。
故郷が友軍によって化学兵器が散布されたと知って弟は祖国に復讐を誓った。
一方、人類の為にと戦い続けたモハマンドと接触し、密入国の手助けをしたのが…。
コーヒーを啜るのが趣味と自称するチェスターであった。
「マジさ」
「だろうな」
発掘作業は交代制で行なわれており、第14班に所属する2人は休憩をしている。
かつて古代エルディア人が暮らしていた遺跡痕を発掘する彼らの気は重い。
「……なあ、こんな荒れ地で発掘作業をする必要があるのか?」
「御賃金がたくさんもらえなかったらこんな所にこねぇよ!あとコーヒーも!」
「とりあえず、コーヒーから離れろよ…コーヒーって中毒があると思うだろうが…」
かつてここは、広葉樹が広がる森だったらしい。
しかし、エルディア帝国が建国されて大規模な伐採が行われた結果、地理が変化した。
地盤を強固にしていた広葉樹が消滅した結果、裕福な土壌が流出し、岩盤だけが残った。
そういう話を地理学者から話を受けたが、それよりも砂漠で活動するのが辛かった。
「お前ら、スポットクーラーを独占しておきながら良く大口を叩けるな」
「「おやっさん!」」
班長であるおやっさんの名前は2人も知らない。
ただ、定期的にある血液検査でエルディア人ではないという事は証明している。
噂だとマーレ軍から脱走した士官という話だが、荒っぽい性格を見るとそれはないだろう。
「よぉ、お前ら!向こうで大物が発見されたって知っているか?」
「いや、知らん」
「なら、見て来い!今なら無料で見られるからな、がはははは!」
豪快な笑い方をするおやっさんを見てモハマンドとチェスターは顔を見合わせる。
「堂々とサボれる口実が増えたな!」
「お前な……」
大物が発掘されて騒動になっているなら、作業を中断してもいいだろう。
そう思ったチェスターはおやっさんが指差した方向に歩き出した。
モハマンドも少しでけ興味が出て彼の背中を追いかけた。
「ほら見ろ!他の連中もサボり出してるぞ。やっぱ、みんなも考える事は同じなんだな」
「マジかよ…」
灰色のテント群から作業者が飛び出して遥か先に集まっている野次馬に合流していく。
その近くでは多くの発電機が唸りを出して稼働しており、電気をバッテリーに充電している。
「モハマンド、オレは思ったんだけどさ」
「なんだ?」
「戦争って科学技術を発展させるのは最適だよ」
「そうだな」
マーレと中東連合の戦争は様々な悲劇が起こった。
史上初の国家総動員をした世界大戦であったせいで手探りで戦争したのが大きい。
従来の兵器では大軍を殲滅するには威力が足りず、様々な兵器や画期的な発明品が戦場に出た。
「特に通信技術とバッテリー関連は3年前じゃ考えられないぜ」
「リチウムイオン電池*1だったか?」
「いや、全固体電池*2だ。中東連合の連中が運用していた兵器に多く使われていただろ?」
「いや、知らん」
「オイオイオイ、当事者なら知っておけよ!?」
中東連合の加盟したカディスタン軍の中佐であったモハマンドは、最近の技術についていけない。
僅か4年足らずで通信技術とバッテリー、そして化学兵器が異様に発達した。
おかげさまで前線に居た時は、1週間毎に今までの兵器が通じなくなる異常事態に見舞われた。
「俺らだってなんでここまで技術が進歩したのかわかんねぇよ」
開戦前の中東諸国はいずれ来るマーレとの戦争で兵器開発を急いだ。
鎧の巨人の装甲を貫通する兵器を開発すれば、マーレとの戦争に勝利すると信じていた。
その結果、戦争は泥沼化していつの間にか外国から兵器を輸入する事となった。
「だが、これだけは言えるぞ」
「お?中東連合の中佐がこの場で本音を漏らしていいのか?」
「最前線で死んだ兵士の代弁をしたいだけだ。あと元中佐を付けやがれ」
「へいへい、元中佐殿。どんな事を言いたいんだい?」
いつからかマーレと中東連合の共倒れを諸外国が狙っているとモハマンドは気付いた。
諸外国が
だが、化学兵器や新兵器を自分たちを使って実戦試験をしていると知って不信感を抱いた。
「俺たちはな、表向きは平和を望んでいる奴らのせいでずっと戦わされたんだ」
「それは災難だな。やっぱ、ここに連れて来て良かった!そう考えると喉が渇くなー」
「……コーヒーを奢れって?」
「ああ、さすがにこれ以上のコーヒーを頂戴すると監督者に怒られそうだからな」
自軍の都市に新型兵器を散布して住民もろともマーレ軍を殲滅した上層部を信じられなくなった。
故郷の家族や知り合いを友軍に殺された弟は復讐を誓ったが、モハマンドは疲れてしまった。
既に中東連合が起こした戦争は、お互いどちらかが全滅するまで終わる気配がなかったのだ。
だからマーレに義勇軍として参加する弟と喧嘩して祖国から逃げ出した。
「チェスター、オレはあの地獄から助けてくれたお前を感謝している」
「やめろよ。ムズ痒くてしょうがねぇ!ああ、痒いな…!ケツも痒いい!」
ポリポリと頭を掻いたチェスターもまた、戦争で酷い目に遭ってトラウマを抱えた兵士だった。
それだけではない。
この発掘現場に居る作業者の4割は、そういった訳アリの人物が占めている。
住民票が無くても簡単な面接と血液検査と写真撮影をすれば雇ってくれるここは天国だった。
「おっ、ここらしいな」
そんな雑談をしていると、チェスターが人盛りが起きている場所を発見した。
どうやら出土した物を主要幹部たちが鑑賞しているようだ。
「さて、お宝ちゃんはどれかな」
背伸びして目の前で何が怒っているのかチェスターは真っ先に確認する。
「おっ、腹ペコ令嬢が居るじゃん」
日傘を差してサングラスをかけているが高身長の令嬢はかなり目立つ。
さすがに岩だらけの砂漠でワンピースは着ていないがそれでも貴重な女なのは間違いない。
「今日もボーナスがもらえるといいな」
「どうせコーヒー豆集めに浪費するんだろ」
「ああ、好きに使ってやるさ」
まだエルディア帝国と呼ばれない頃のエルディア人の集落跡地を発掘を主導しているのが彼女だ。
エルディア帝国は分かるが、それ以前の蛮族時代の歴史を調査する理由は誰にも分からない。
いや、唯一の支援者であるローラ嬢は、世界各地にあるエルディア人の痕跡を調査している。
噂では、ユミルの民を保護する団体に1枚嚙んでいるとされるが、モハマンドは違うと感じた。
「腹ペコ令嬢って何か可笑しくないか?」
「どうした?」
「エルディア人の歴史というより巨人の起源に関する研究をしているように見えるんだ」
ローラ嬢の正体はマーレ人とされるが、詳細な情報は誰も知らない。
ただし、先の大戦に何かしら関与しているのは間違いない。
どこかの戦場で見た事ある女性に未だにモハマンドは慣れていない。
「ローラ嬢、いかがでしょうか?」
「中々の出土品じゃない。ここまで綺麗に残っているのは珍しいわ」
「では…!」
「えぇ、高価な値がつくわ……じゃなかった歴史的に価値がある物よ」
発掘現場監督の説明を受けていたローラ嬢は出土品を見て笑った。
傍から見ればゴミにしか見えないが、彼女にとっては重要だったのだろう。
「よし、発掘メンバー全員にボーナスを与えるわ!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
怖いほどに気前が良いお嬢様の発言に観客たちは大騒ぎをする。
たかが石板1個でマーレ兵の平均月収分のボーナスが出るのだからちょろいものだ。
誰もが歓喜し、喜びを分かち合っている中、モハマンドはローラ嬢を眺めていた。
「あら、モハマンド。何か用?」
「何故、巨人の起源を探っていらっしゃるか気になりましてね」
3つの巨人から9つの巨人に分岐する絵が描かれた石板を見て喜ぶローラは知り合いに気付いた。
すぐさま質問をすると予想通りの返答を聴いて頷いた。
「むしろ、なんで皆様はユミルの民以外に巨人化しないと信じてるか理解できませんわ」
「……つまり、始祖ユミル以外にも巨人化する民族が居ると?」
エルディア人の祖先はマーレ大陸と隣接する半島からやって来た蛮族である。
当時の記録はほとんど残っていないが、近隣の村を襲撃し、多くの奴隷を確保したとされる。
その中で巨人化できる力をもった女に目を付けた王は、マーレをその力を持ってして滅ぼした。
そして自分の子を彼女に産ませて巨人化できる血族を増やしまくった。
「その仮説も立てたけどね、今は別の仮説を実証する為に調査をしているの」
「別の仮説?」
始祖ユミルの血が流れるエルディア人は周辺民族の女を攫って孕まして繁殖を続けた。
今なお、世界中で語り継がれる【八大災厄】の1つでもある。
「なんで巨人化能力者って9名より増えないと思う?」
しかし、自分の意志で巨人化できる能力者はたった9名しか居なかった。
残りの巨人は意思疎通が取れずに同じエルディア人を襲う有様だった。
知性の巨人は9名という制限は、エルディア帝国の拡張に限界が来ると同意義だ。
それどころか、【力】を駆使できる一族は9つしか作れないという意味でもある。
故に全ての巨人で頂点である【始祖の巨人】はフリッツ王家のみに受け継がれた。
「わたくしは、それについて仮説を立てたけど実証できる証拠が無いの」
どうやらローラ嬢は、巨人化能力が9つしかない理由を見つけたらしい。
かつてユミルの民を殲滅しようと理想に燃えていたモハマンドも興味が出た。
「よろしかったら仮説を聴かせてくれないか?死ぬ前に真実を知っておきたい」
超大国のマーレがパラディ島に介入した理由は、単純である。
蒸気機関による工業革命で巨人が無敵の存在では無くなったからである。
マーレに存在する巨人化学学会は、能力者を増やそうとしたが悉く失敗した。
そのせいで【始祖の巨人】を奪取しないと国が滅びると考えて実行された。
まあ、これもあくまで時間稼ぎに過ぎなかったが…。
「ヒントは、始祖ユミルの死体を3人の娘が分けて食べたという事よ」
「つまり?」
「えぇ、だからーッ!?」
幸いにも自分以外にローラ嬢の話が気になったのか50人ほどの作業者も集まって来た。
無視できないと感じたのかローラは自分の仮説を告げようとしたが…。
耳障りで聞き慣れてしまったサイレンが鳴り響いて発言を中断した。
「速やかに作業員は訓練通りに地下壕に避難しなさい」
近くに設置されたスピーカーから巨人襲来のサイレンが鳴ったのを受けてローラ嬢は指示を出す。
慌てた作業者は道具を放り出して2列に並んで避難場所へと向かっていった。
一介の作業者にジョブチェンジしたモハマンドも地下壕に避難しようとしたその時!
面白い光景が見えた。
「ローラ、巨人が3体、やって来たってさ」
「ヘンリー、分かっていたなら早く言って頂戴」
「はい、いつもの」
「ああ、面倒だわ…」
黒髪のノッポ野郎が対巨人ライフル銃をローラ嬢に渡したがその異様さに驚いた。
『折り畳めるのかよ!?なんだこの銃は!?』
なんと銃身と機関部が蝶番で固定されており、2人は慣れた手つきで銃身を固定した。
しかも、マーレ軍や中東連合が使用する対巨人ライフル銃と違って異様に全身が短かった。
こんな兵器を作る輩など限られる。
『噂のヨルムンガンド
中東連合の戦争後期では、主にヨルムンガンド
戦争に参加していない国家群が資金を出し合って創設した巨大な兵器製造組織は……。
人類はこの星を破壊する事ができると証明したほどあり得ない兵器の数々を提供した。
『マーレ軍が使用している対巨人ライフル銃とは別物だな』
マーレ軍が採用している対巨人ライフル銃の全長は2000mmほどで14.5mm弾を使用する。
弾丸発射時の反動を利用し、排莢する仕組みを採用しているが、撃ち方次第では作動しない。
ただし、ボルトアクション式なので手動で排莢できる事もあり、さほど問題では無かった。
史上初めて巨人を討伐した実績を作ったライフル銃は、中東連合も量産した名銃である。
『箱弾倉で給弾しているのか』
今までの対巨人ライフル銃は1発撃つ事に排莢して給弾する必要があった。
しかし、弾倉の形状から何発も連続で撃てるとムハンマドは判断した。
「あら、あなたは避難してなくても良いの?」
「元軍人の性でな、見たことが無い銃に夢中になっていた」
「……そう、避難するには手遅れだし、そのまま待機して頂戴」
民間車や避難民が次々と発掘現場に到来し、避難を急いでいた。
そして地面が定期的に揺れるのを身をもって感じて巨人の群れが近いと分かった。
「巨人だ!!」
「カミール共和国軍は何をやっている!!」
「どうせ逃げ出したんだろうよ!!」
ローラ嬢配下の護衛たちも大騒ぎしながら彼女と同じ対巨人ライフル銃を構えていた。
ただし、彼らは銃に付属している銃座で固定して巨人の侵攻に備えている。
一方、ローラ嬢とヘンリーは普通のライフル銃を構えるノリでやっていた。
『正気か?』
戦争初期に武器の調達に携わった事があるムハンマドは2人の無謀さに驚いた。
まるで素人の様に構える2人は、対巨人ライフル銃の反動を知らない様に見える。
注意しようとしたが、2人共真剣な眼差しをしていたので提言を諦めた。
「撃て!!」
真っ先に撃ったのは護衛部隊であった。
どうやらセミオート式で連発できるようだが、巨人には1発も当たっていない。
「ローラ、僕が撃っていい?」
「最初はわたくしに譲りなさい」
たった一言告げたローラは目の前に迫って来た巨人の首を撃ち抜いた。
うなじを損傷したのか巨人はあっさりと地面にこけて動かなくなった。
「ほう?」
50km/h以上で走って来る巨人に偏差狙撃をして見事に1発で討伐してみせた。
これは。中東連合の兵士でも中々ない戦果である。
かつての部下の面影を見た元中佐は素直に感心した。
「ああ、久々過ぎて失敗したわ…」
当然の事ながら反動が凄まじかったのか、少し息があがっていた。
レディファーストをこなしたのを見て今度は黒髪の男が動く。
「じゃあ僕が全部やるよ」
今度はヘンリーが倒れた巨人の後方に居た別の巨人を撃ち抜いた。
またしても1発で巨人のうなじを貫いた様で倒れた巨人から大量の蒸気が噴出した。
「……最後のお相手は異形の巨人だけどいけそう?」
「ローラも手伝って!」
「素直で大変よろしいわ」
最後に視界に見えたのは、褐色の肌をした巨人、つまり異形の巨人である。
マーレ軍の切り札である異形の巨人は、うなじ以外に弱点部位を潰さないと討伐できない。
明らかにレベルが違う巨人を見た護衛が銃を捨ててあっさりと逃げ出すほどであった。
それでも雇い主を見捨てて逃走するのはどうかと思うが、ローラは特に気にしていない。
外部の人間を雇った時点で裏切られる事も想定していた。
それより重要な事があったのもある。
「ムハンマド、この石板に覆い被さる様に地面に伏せてなさい」
「わ、分かった」
さすがに貴重な石板を破壊されたくないローラは石板を知り合いに託した。
そして彼女は、囮になる為に電撃を全身に纏う異形の巨人に向かって突撃した。
それを目撃したムハンマドは指示通りに石板に覆い被さって伏せた。
「せっかく良い所なのに邪魔しないでよ!!」
“マーレの戦士候補生の成れ果て”である全長30m級のムカデ型異形の巨人にローラは悪態をつく。
マーレの外で運用された異形の巨人はスラバ要塞攻略戦で全て爆発で消滅したと知っていた。
まさか、まだ残っているとは思わず、自分の不運さを心の中で嘆いた。
「役立たずの護衛はどうするの?」
「ほっときなさい」
息が合ったバディアクションで両目を撃ち抜いた2人は散開して再度攻撃に備える。
一方、いきなり両目に強烈な刺激を受けた異形の巨人は顎を地面に激突させた。
その衝撃で
地面に激突した際に発生した衝撃に耐えたローラはヘンリーに檄を飛ばす。
「ムカデ型は額と最後尾の尻が弱点よ。記憶力が良いあなたなら覚えているわよね?」
「もちろんだよ」
「囮役は…」
「僕より君の方が美味しいと思うよ。実際、
「うるさい!!」
冗談を言うヘンリーは、ローラが罵倒してきた時に巨人の額を撃ち抜いた。
もちろん、彼女も遥か前方に見えた巨人の尻にあった弱点部位を撃ち抜いた。
「あー疲れた」
「やっぱり暗号文を変えたい……」
ついに弱点がうなじだけになった異形の巨人は暴れようとしたが無駄だった。
あっさりと2人にうなじを狙撃されてそのまま地面に伏せたまま全身から蒸気を噴き出す。
皮膚や毛髪が細かな粒になって風に乗って飛散するのを見守るローラは愚痴を言う。
「
「2人で必死に考えた暗号じゃないか」
「赤の他人が聴くと
「別に良いんじゃないの」
「下ネタは未だに慣れないの!」
相方が下ネタを発言する様になってからどれくらい経ったのか覚えていない。
ただ1つ言える事は、彼なりに自分に気を遣って発言しているという事だ。
「それより石板!!石板!!まだメモしてない石板の方が重要なの!!」
「やれやれ、君にとっては僕よりも石板の方が重要なのか」
「はいですわ」
「はいじゃないんだけど?」
そして石板の事を思い出したローラは、対巨人ライフル銃を地面に置いて走り出した。
相変わらず自分のやりたい事をやる彼女の後ろ姿はヘンリーから見ると眩しかった。
ヤレヤレとため息をついて立ち上がった彼は、相棒の銃を回収してのんびり歩いて行った。
「ろ、ローラ嬢!ご無事でぇぇぇええ!?」
「地面に這い蹲って警戒でもしてなさい!この役立たずが!!」
さきほど逃げ出した護衛隊長が護衛対象に話しかけるが、彼女にビンタされて転倒した。
大金で雇った輩よりも、発掘作業者を信用している彼女は、ムハンマドの居る方に走る。
そして石板が無事だったのを見て嬉しがった。
「よし、よくやったわ!特別手当を出してあげる」
相棒を巨人に殺されるよりも石板が壊される事の方が彼女にとって打撃となる。
しっかりと指示通りに守ってくれた知り合いに泣きながら感謝した。
「よしよし、他の出土品も壊れていないようね!」
机の上に置いてあったコップが割れるなど被害はあったが誤差に過ぎない。
さっそく慣れた手つきで石板を梱包し、緩衝材が詰められた箱に仕舞った。
「情報を整理する為に撤退するわよ!!ほら急ぎなさい!!」
巨人が全て討伐されたと知って地下壕から出て来た考古学者たちにローラは指示を出す。
今回は正規軍の協力がなくても、巨人の群れを掃討できたが、安全地帯ではなくなった。
第2級警報が発令が解除されるまで彼女は発掘作業を中断するようだ。
「ローラ嬢、やはりあなたは軍人なのでは?」
戦争の最前線に居た元中佐は、目の前の女性が場慣れしていると気付いた。
相方ですら動揺している素振りがあるのに彼女だけはいつも通りに振舞っている。
“腹ペコ令嬢”は、巨人すら平らげてしまうという噂が事実なのを目撃したモハマンドは質問した。
「え?ああ、昔の話よ」
「なんで退役したんだ?貴女ならもっと【上】に行けたはずでは?」
「上層部が腐り切っていてね。自分も臭くなる前に逃げ出しただけよ」
中東連合出身の元将校の話を軽く流したローラは気晴らしに栗色の髪を手で払う。
風に乗って彼女が付けていた心地良い香水がモハマンドの鼻を少しだけ刺激した。
「やはりマーレ軍の出身でしたか……」
「それを知ってどうするの?味方の仇を討つ為にここで殺し合いでもする?」
「もう戦いは疲れた、仲良くできるならそれが一番だ……」
元はといえば、全てエルディア人が悪かった。
エルディア人さえ居なければ、あんなくだらない戦争は起きなかった。
何が正義で何が悪か、途中で分からなくなり、プロバガンダに利用されて血を流し続けた。
振り上げた拳が降ろせなくなった結果、人類が滅びるところだったのだ。
モハマンドの本音は、戦争に疲れた中東連合の住民の気持ちを代弁していた。
「ヘンリー、モールス信号で巨人を討伐した報は送った?」
「多分、送ってないと思うよ。だって通信士が不在なんだもの」
「はあ?通信士3名雇ったはずよね?まだ避難しているの?」
しかし、未だに巨人が討伐されたと誰も報告していない事が判明。
さすがに通信士が通信をしていない事に驚いたローラはヘンリーに質問を繰り出した。
お給料分を働いていない通信士はまだ地下壕に居るのかと…。
「全員、有給を取って休んでいるよ」
「え?そんなワケないでしょ!じゃあ、なんで巨人の数が分かったの!?」
「避難してきた人たちが教えてくれたよ」
「アホ!!先に言いなさい!!道理で定期的にサイレンが鳴り響いてるわけよ!!」
慌てたローラは、仮設で設置された通信室に向かいヘッドホンを付けた。
そして電鍵を打ち始めて周囲の通信施設に電信を送り始めた。
「無線で良いんじゃないか?」
そこにさきほどまでガタガタ震えていたチェスターが疑問を述べる。
聴き取りにくい通信より無線で報告した方が伝わりやすいと思ったからだ。
「これほどうるさい環境で不特定多数に情報を送るなら電鍵による電信が手っ取り早いんだよ」
マーレ軍も中東連合も世界中の軍隊がモールス符号を採用している。
陸軍でも海軍でも飛行船の通信兵も誰もが手軽に情報を伝達する手段として広まっている。
もちろん、敵に傍聴される可能性があるが、今回は巨人討伐の報を知らせるので問題はない。
通信兵が部下に居たモハマンドは軍人だったとは思えない素人の質問に返答をした。
「相変わらず二進法を使って文章を送る連中は理解できないぜ……」
短音と長音を組み合わせて電信を送るのだが、未だにチェスターは理解できていない。
砲兵畑出身の彼は計算と砲撃ができても、通信だけは赤点で苦労した記憶が思い出された。
「おっ、サイレンが止まったな」
どうやらローラが送った電信のおかげで周囲の施設に討伐が知れ渡った様である。
それより、モハマンドは新型の銃が気になったので質問してみる事にした。
「ヘンリーさん、その銃ってセミオート式かい?」
「そうだよ。あっ、もしかして興味があったりする?」
「ああ、こう見えても軍人でな。ちょっと興味本位で知りたかっただけだ」
本当に興味本位で質問したのだが、ヘンリーは別の意味で受け取った。
銃オタクの彼は、相手がこの銃の素晴らしさを知りたいと勘違いした。
「これはね!フリーフローティングバレルと大型のマズルブレーキを採用し、大幅に反動を抑える事で連発して巨人を討伐しやすくするというコンセプトで作られた対巨人用の狙撃銃なんだ。12.7mmの口径弾を採用しているから従来の狙撃銃と比べて威力は多少落ちるけど…そうそう!ボックスマガジンを採用して5発の弾を連発して撃つ事ができるんだけど騒音が大きいんだよね。その原因は…「ヘンリー、銃を語るのは良いけど相手のペースを考えなさい」えー!?」
自分の言いたい事を全て告げようとするヘンリーにローラは待ったをかけた。
このままでは太陽が地平線より下に降りても話が続きそうなのを察して止めに入った。
ヘンリーはまだ語りたくてウズウズしていたが、彼女に睨まれたので大人しくした。
「ごめんなさいね、この人ったら銃が好きでいくらでも語ってしまうのよ」
ローラもここまでヘンリーが銃オタクだったとは知らなかった。
たかが1つの銃に3時間も語られるとは思っておらず当時は驚いたものである。
「話の続きは後でわたくしが聴いてあげるわよ。それより荷物をトラックに乗せてくださいませ」
「でも…!」
「早くやれ」
「はい」
銃オタクは、日傘を差した女性に叱責されてしぶしぶとその場を去った。
だが、持っていた銃をローラに手渡したところを見ると説明自体は諦めていない様だ。
「ほえ、あの気の弱そうな奴は銃オタクかい?」
「えぇ、先の大戦で使用された銃を集めるくらいには…」
モハマンドの質問にローラは素直に認めて対巨人ライフル銃を彼に見せつけた。
「やはり、ヨルムンガンド
銃床の真ん中に【八の字に身体をくねらせて自分の尻尾に向けて舌を出す大蛇】の刻印があった。
中東連合の兵士であれば必ず見かけた刻印であり、兵器を鹵獲したマーレ軍も把握している。
当然、マーレはこの企業を物理的に潰そうとしたが、規模がデカすぎて無理だった。
『こいつらのせいで中東連合に加盟した国家が全て崩壊した…クソ!!』
当初は、マーレと中東連合の戦争に参加しなかった国家群が生み出した多国籍企業である。
彼らの思惑は、中東連合を非合法で支援しつつ、新兵器を戦場でテストするという目的があった。
だが、高度の通信技術と電池の開発をした事により、連合国すら制御できない企業に成長した。
マーレが中東連合に勝利した頃には、62カ国にある16万2千以上の企業で構成されている。
『クソが……』
マーレは本気でヨルムンガンド
いつの間にかマーレの主要軍事産業が全て参加していたと発覚したのだ。
それどころか、世界中に存在する金融機関の7割以上が参加していた。
『オレたちはこいつらの掌で踊らされたんだ……』
そのせいでマーレはおろか、企業を立ち上げた連合国すら潰せない状態となった。
ある経済学者が唱えた説によると、このグループの連結従業員は3億人を超えるという…。
世界人口が28億人ほどなのを考えるとどれだけヤバいか分かる。
「ローラ嬢は、ヨルムンガンド
「むしろ、関与しない方が難しいと思わない?」
「そうですか……」
分かっていた事ではあるが、実際に口で知らされたモハマンドは頭を垂らした。
もうどこに逃げても奴の息がかかった者から逃れられない。
せいぜい悪魔の末裔が住むパラディ島くらいしか思いつかなかった。
「でも、世界は団結して化学兵器の禁止条約を施行しようとしているの」
「まだ救いがあると?」
「人は痛みで学習できる。あなただってそうでしょ?」
「そうだな……」
世界は自分たちの行ないに恐怖した。
その気になれば、星を1つ破壊する力を持ったと知って各国が動き始めた。
ローラ嬢の発言を聴いて立ち直ったモハマンドは撤退の手伝いを始める。
お調子者のチェスターも空気を読んで彼と仲良く物資を運んだ。
「横で聴いてたけどすごく腹黒いね」
「あら、ヘンリー。人聞きが悪い事を言うのね」
小声で話しかけて来たヘンリーにローラは笑う。
「君のせいでこうなったじゃないか」
「わたくしは手を貸しただけよ、やったのは彼ら自身の意志なの」
彼女こそが世界をめちゃくちゃにした元凶だった。
「必要な物を回収したら帰るわよ」
風が吹き荒れてローラとヘンリーの近くに落ちていた新聞が空に舞う。
新聞の号外を示す一面には、とんでもない事が書かれていた。
-----
【号外】スラバ要塞が丸ごと消滅!ヨルムンガンド工廠が開発したと噂される原子爆弾の仕業か!
マーレ軍のトップであるカルヴィ元帥は、国防省の報道室で記者団の質問に対して「スラバ要塞に籠った残党軍が自軍と中東連合艦隊を巻き添えにして大爆発で消滅した」と公式発表を行なった。
以前から要塞を攻略していたマーレ軍及び友軍が爆発に巻き込まれて消滅したという噂話に対して事実だと認めて次の様に発表した。
スラバ要塞の攻略に動員された反中東連合軍2万3千名とマーレ陸軍3個師団、及び作戦に従事した異形の巨人24体が爆発に巻き込まれて消滅したが、同作戦に参加した戦士隊及び一部の砲兵部隊は鎧の巨人の奮闘により生還を果たし、体調観察を終えてレベリオ収容区に帰投したと報告をした。
また、カルヴィ元帥は、記者団に対して勝利宣言を告げた。
「我々は、長くて辛い戦争を続けてきたが、非人道的な作戦を多々実施した中東連合に勝利した。英雄たちは10日に渡る体調観察を終えて故郷に戻り、勝利の味を噛み締めるであろう」と述べた。
一方で世界中で話題になっている大爆発に関しては、ヨルムンガンド工廠が関与しているとされる原子爆弾は実在しないとし、要塞内にあった弾薬庫と灼熱の火炎を放出する異形の巨人が…
-----
「そう、帰りましょう。もうすぐ終わるからね」
空中に舞っていた新聞の一面を右手で握り締めたローラは笑う。
用が済んだ以上、発掘部隊を解散できるのが嬉しくてしょうがないのだ。
そんな彼女の背中をヘンリーは必死に追い続けた。