進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
“英雄”とは、他者からの評価である。
自分から名乗った場合は、決して英雄ではない。
そして英雄になれる人物は決まっており、他は引き立て役でしかない。
夢が悪夢に変わり、悪夢が現実へと変貌するこのご時世。
パラディ島からマーレに帰国して2週間後、ライナーは直属の上官に話しかけられた。
「ライナー」
「マガト隊長…」
「お前は英雄になるな。英雄を支える戦士となれ」
かつて英雄を夢見た少年は、現実を知って大人になった。
彼が祖国マーレに尽く事で、エルディア人の評価を上げたかったのをテオ・マガトは知っていた。
確かにライナーは誰かを見返したいという私情があるのは行動で分かっていた。
それでも、歯を食いしばって同僚からの罵倒に耐え続けた根性を評価した。
「鎧の巨人の後釜の事を考えるな、まずは時間を稼ぐぞ」
ここまで耐え抜いてきたが、既に限界が近い。
徴兵されているエルディア人は、ただの巨人の
革新派の士官がマーレの将来を嘆いて何度も提言を続けたのに無視をし続けた結果がこれだ。
開戦から僅か3日目にして国境付近に展開していたマーレ軍は北部に向けて撤退を繰り返した。
このままいけば、1週間後には中東連合軍にマーレ南部の主要都市を占領される見込みとなる。
「はい、迷いはありません」
ライナー・ブラウンは、当初は断罪されて【力】を戦士候補生に移譲されるはずだった。
しかし、開戦をしておきながら敗戦を重ねたマーレ軍の打電により断罪は保留にされた。
この報を知って【エルディア人の未来を背負った】と自覚したライナーは覚悟を決めた。
決めたはずだった。
「なんで言う事を聞かないんだ!?」
「鎧の巨人!!なにをしている!!さっさと無垢の巨人を誘導しろ!!」
当初のマーレ軍は、密入国してきたエルディア人を楽園送りの代わりに戦場に出す予定だった。
ところが、ジーク・イェーガーが闘病生活を送っているせいで巨人を制御できなかった。
マーレに戻って来たライナーの任務は、制御できない巨人の討伐が当初の戦闘の大半を占めた。
顎の巨人を継承したばかりのポルコと共に無垢の巨人を討伐する任務に思うところがある。
『何をやっているんだ俺たちは……』
ジークの能力に完全に頼りっぱなしだったのを示すマーレ軍の醜態に連合軍も呆れていた。
制御できない無垢の巨人に翻弄されるマーレ軍を撃破し、マーレ南部の都市を占領した。
中東連合軍がマーレの領土を占領したという報は当然の事ながら他国に知られる事となる。
「まさか属州と属国如きにここまで追い詰められるとは…」
ジークが居なければ、無垢の巨人は制御できない現実をマーレ軍上層部は突きつけられた。
それでもマーレ軍は巨人兵器を未だに運用しようとしていた。
「やむをえん!異形の巨人を投入せよ!」
「異形の巨人は、あのエルディア帝国ですら制御できなかった巨人です!!ご再考を!!」
「どうせ制御できないのであれば、変わらん!!速やかに命令を遂行せよ!!」
自国の都市を占領されて業を煮やしたマーレ軍の首脳陣は、異形の巨人の投入を決定。
あの残虐なエルディア帝国すら封印した化け物を戦線に投入した。
度重なる無垢の巨人との戦闘で自信をつけた中東連合軍はその異様な巨人に衝撃を受ける。
「嘘だろう…」
マーレ政府巨人化学研究学会が生み出した狂気の産物は、中東連合軍を翻弄した。
まず、特徴である褐色の表皮は基本的に硬質化しており、生半可の兵器が通じなかった。
さすがに大半の巨人は、鎧の巨人の装甲より硬さも厚さも劣っているので撃破はできるはずだった。
だが、一番の問題だったのは、うなじを損傷した程度では、死なないという事実だった。
「うなじを損傷しているのに何故死なないんだ!?」
「うわああああ!!雷だ!!巨人がなんで雷を纏っているんだよ!?」
パラディ島勢力が【弱点部位】と名付けた特定部位を破壊しないと異形の巨人は討伐できない。
その事実を知らなかった中東連合軍は次々と異形の巨人の餌となり、腹の中に消えていった。
本来ありえなかった能力を付与した事もあり、当然の事ながらマーレ軍でも討伐できやしない。
ライナー・ブラウン及びポルコ・ガリア―ドの任務は、役目を終えた異形の巨人の討伐となった。
「ははは、素晴らしい。良い眺めではないか!」
「我らマーレに盾突くからこうなるのだ」
「いいぞ、もっと投入しよう!もっともっと!多くの異形の巨人を投入するとしよう!」
そして異形の巨人を戦線投入していく内にマーレ軍の上層部はどんどん狂い始めた。
異形の巨人が多国籍軍の兵士を捕食する写真を見て彼らは、どこか他人事に感じられた。
自分たちの行ないのせいでこうなったのではなく、そもそも中東諸国が悪いと思ったのだろう。
かつてエルディア帝国を打倒した救世主が率いた国家は、先人の轍を踏み始めた。
「エルディア人戦士候補生を異形の巨人にして戦線に投入せよ」
なんと、多額の資金を投入して育成していた【戦士候補生】を巨人化させる事にしたのだ。
根拠としては、巨人は生前の記憶や身体能力が強く肉体や行動に影響している。
すなわち、マーレに忠誠を誓う戦士候補生であれば、強大な戦力になると信じられた。
「お待ちください!現行の戦士の任期が迫っております!後任を巨人にさせるなど…」
「テオ・マガト大佐、これは決定事項だ。批判したいなら軍法会議に出席されてはどうだ?」
目先の勝利に囚われたマーレ軍上層部は完全に腐り切っていた。
マーレの戦士候補生を全員、異形の巨人にすれば今後の戦士の活動に影響が出る。
誰の目から見ても明らかな愚行に最前線の現状を知っている兵士ほど驚愕した。
特にマガト隊長は何度も抗議したが、マーレ軍上層部は必死で抗議する彼を鼻で笑った。
「マーレの戦士を率いる貴公が、この決定に抗議するのは分かる。だが、頭を使って考えてみろ。異形の巨人は複数の知的巨人の脊髄液を特定の条件で組み合わせれば、いくらでも誕生するのだ」
「ああ、その通りだ。これからのマーレの戦士は、戦場に出る事はない。」
この頃になると、次世代のマーレの戦士たちの扱いに関して大幅に運用を変更する事となる。
これからの戦士を担うのは異形の巨人であり、能力者はそれらを産み出す脊髄液の産出資源だ。
ライナーやポルコの後任は、脊髄液を提供するだけの資源に成り果てる事になる。
つまり、マガトが現在育成している戦士候補生は、本日をもって【マーレの戦士】になれない。
「マガト大佐、頭を冷やしたまえ。どっちが合理的かすぐに理解できるはずだ」
戦士を目指して奮闘している戦士候補生を暗に嘲笑う軍上層部にマガトは拳を握り締める。
祖国マーレは、既にエルディア人の戦士たちに失望している。
もはや、元帥の一存ですら計画を変えられないほど、エルディア人の未来は残酷となった。
「それほど教え子が大事なら共に戦うべきではないか?」
「なるほど、確かに良い案だ。マガト大佐、是非、エルディア人戦士の有効性を示したまえ」
「貴公ならば、戦士の扱い方に長けているからな。良い結果を期待している」
陸軍も海軍も政府高官もマガト隊長の抗議を嘲笑し、あわよくば戦死する様に仕向けられた。
マーレ軍の将官全員と政府から抗議を却下されたマガトは左遷させられる事となる。
『ああ、そうか。やっぱり変わらんか』
開戦から3週間後、腐り切った上層部の命令で最前線に送られる事となったマガトは決意した。
何かを発言しようとしていたライナー・ブラウンに別れを告げて塹壕に突っ込む事にしたのだ。
これで最後になると感じたのか、ライナーは思わず上官に本音を告げてしまう。
「マガト隊長、俺が仕えるべき英雄は戦場にいるのでしょうか?」
「それはお前の頭で考えろ。少なくとも私ではない」
未だにどこか幼い感情を残していたライナーに思わずマガトは笑ってしまう。
憔悴しきった彼もどこか人間としての心を残していると安堵したのだ。
2週間後には戦士候補生が全員、異形の巨人にされる事は黙ってマガトは前線に向かった。
「なっ……」
ようやく戦場に辿り着いたマーレの戦士隊一行は、信じられない光景を目にした。
通常の巨人とは比べられない異形の巨人が何もない市街地で次々と
それどころか、従軍したエルディア人たちも次々と体調を崩して死んでいった。
「何が起こっている!?」
テオ・マガトは糞みたいな兵站計画と稚拙な列車運行により、前線に送り込まれるのが遅れた。
そのおかげで彼と彼に従うマーレの戦士たちは被害を受けずに済んだ。
しかし、前線に召集されたエルディア人はただでは済まなかった。
「とりあえず進軍しろ!!」
「明らかに可笑しいです!一度撤退をするべきかと!」
「……中東連合軍のスパイを発見した。すぐさま処刑せよ」
「少将殿!?」
中東連合軍は、強力な化学兵器を駆使して異形の巨人の群れに対抗していたのだ。
そして当時は、何が起こったか分からないまま進軍してしまったせいで余計に被害が出た。
治療をしようとし、二次被害が発生するどころか調査の為に本国に送ったら余計に被害が出た。
これがマーレ軍ならともかく中東連合軍も同様だったのだから救いようが無かった。
巨人も人間も平等に死を招く無色無臭の化学兵器に誰もが恐怖した。
「なんだこれは!?どうすればいいのだ!?」
既に巨人の時代は終わりを迎えた。
これからの時代は、人類の英知で作られた兵器群が巨人兵器を圧倒すると予感させる。
常備軍に組み込んでいたエルディア人は、化学兵器で壊滅的な打撃を受けて全滅した。
よってマーレ人で構成された正規軍が化学兵器を駆使する中東連合軍の相手をするべきだった。
ところが、マーレ軍はエルディア人を更に徴用するだけに抑えて戦争を継続した。
「マーレ人も徴兵するべきです。このままでは奴らが駆使する化学兵器で我が国も汚染されます」
「何を言う!?エルディア人が不甲斐ないからこんな事になったのだ!!」
巨人に戦術や戦力を全振りしたマーレ軍は、本気で困惑していた。
なんで圧倒的な軍事力で進軍しないのかとマガト隊長を含む前線に居た高級士官を召集した。
この期にと、士官たちはマーレ軍上層部に徴兵の必要性を断言するが、またしても否定された。
それどころか、マーレが放つ威光の土台となっていたエルディア人を馬鹿にするばかり…。
『これはもうダメだな……』
前線で得た経験をもとに次々と提言する高級士官たちの意見をマーレ軍上層部は否定した。
中東連合軍によって化学兵器を自国内に使用された加盟国の脱退を知った影響もあるのだろう。
それを裏付ける様に2カ国が中東連合を脱退した事でマーレ軍は調子に乗っていた。
『マーレ軍上層部は、自分たちの置かれた立場を理解できないらしいな…』
このまま戦場を中東連合の領土で抑えれば、奴らは勝手に自滅すると上層部は高を括った。
そんなマーレ軍上層部に見切りをつけたテオ・マガトは、他の勢力と接触する。
「報告申し上げます!越境した中東連合軍が我が国の都市にサリン多発テロを実行しました!」
そしてマガト隊長や前線で現実を知っていた将校たちが恐れていた事が起こった。
自滅するのを危惧した中東連合軍がマーレ南部の主要都市11カ所で大量のサリンを散布したのだ。
当時のマーレ陸軍は、拡大動員したエルディア人を全員、最前線に送っていた。
その為、本土を防衛していたのは、兵士としての技量すら怪しいマーレ人出身の兵だけである。
「先日、国境を防衛していた4個師団を撃破した部隊の仕業だと予測されます!」
そして未だにマーレ人は戦争に他人事だったせいで奇襲してきた敵軍の攻撃で総崩れになった。
新聞やラジオでは「マーレ軍の快進撃」「圧勝」と何度も何十回も嘘を宣伝した結果がこれだ。
その結果、民間人の死者5万8千人、重軽傷者68万人の化学兵器テロを起こされてしまった。
この目に見える惨状にさすがに超大国の国民を自負するマーレ人の民意も黙っていない。
「カルヴィ元帥!我が国は圧勝していたのではないのですか!?」
「何故、敵軍が国内に侵入したと知って対策を打たなかったのでしょうか!?」
「前線でも化学兵器が猛威を振るっていると聴きます。対策はいかがでしょうか?」
マーレ軍上層部に対応を訊くべく詰めかけて来た記者たちはまだマシだった。
首都では、20万人を超える前代未聞の抗議デモが発生。
いっきにマーレ軍上層部は、自分たちの置かれた現状を身をもって知った。
「国家総動員令*1を発動する!!人類の敵をこの世から駆逐するまで解除しないと断言する!」
遂にマーレ軍も危機的状況を受けてマーレ人の動員する事を決意した。
人口1億2千万を誇る超大国は、僅か2週間で前時代の戦争ではありえなかった兵士を確保した。
前線に居るテオ・マガトは、マーレ軍が1000万を超える兵力を確保したと知って仰天する。
『部分動員を飛ばして総動員だと!?何を考えている!?』
【動員】とは、大きく2種類に分けられる。
退役した軍人や予備役を召集する【部分動員令】で戦力を補充する。
そして兵役の経験がない成人男性を徴兵して前線に送る【総動員令】である。
マーレの戦士隊を率いているマガトが提案したのは、部分動員であった。
『このままでは自滅するぞ!?早くやめさせろ!!』
鉄道の発達により、従来の戦争と違って迅速に兵力や物資を前線に送る事ができる。
しかし、それは中東連合も同じことであった。
つまり、過剰過ぎる兵力が何を引き起こすのかはマーレ軍上層部以外は明らかだった。
「塹壕に向かって突撃せよ!!この勝利がマーレの栄光に繋がるのだ!!」
「お待ちください!!1個小隊に1丁のライフル銃しか支給されておりません」
「敵軍の物資を鹵獲しろ!!それまで志願兵が持参した武装でやりくりしろ」
「砲兵の援護無しに塹壕に突撃など正気ではありません!すぐに作戦の中止を…!」
「この敗北主義者が!!」
一番の問題は、確保した兵力に対して物資と武器が圧倒的に不足した。
酷い時には50人の兵士にライフル銃1丁しか支給されずに砲兵の援護無しに塹壕に挑んだ。
もちろん、マーレ軍上層部もその現実を理解していた。
だから大軍によるゴリ押しで物資を確保しようと…馬鹿みたいだが、本気でもくろんでいた。
騎士が戦場の主役だった中世時代はともかく現在では無理と考える将校は居なかった。
「報告致します!先行していた2個師団が化学兵器で全滅しました!!」
しかも、当時の中東連合軍は自軍を犠牲にして巨人を一撃で仕留める化学兵器を主力にしていた。
たった300人の犠牲で4万人以上のマーレ兵が死傷するという割に合わない戦争。
もし、陣地に辿り着いても化学兵器で汚染されており、除染しないと使えないというおまけ付き。
なにより、兵站能力が無さ過ぎてせっかくの大軍を活用できずに多くの餓死者まで出る始末。
「なんなんだこの戦争は……」
幸いにも
重傷を負ったエルディア人正規兵が枯渇したら利用するはずが白紙となったのだ。
化学兵器の脅威にマーレ軍上層部は、計画の見直しを強制されたのだ。
「制御できない異形の巨人では化学兵器相手には無力か!」
「戦士候補生を即座に巨人にさせるのは割に合わないかと……」
せっかく異形の巨人にしても、強力な化学兵器で瞬殺されたら割に合わないからだ。
だから辛うじて戦士候補生にマーレへの忠誠を揺るす事態が発生しなかった。
そして3人の戦士を駆使して戦場で戦い続けるマガト隊長は、この戦争の異様さに気付く。
『まるで
開戦から1年後、ついに中東連合軍は分裂し、内戦を開始した。
漁夫の利を狙うマーレ軍は、戦争を継続する中東連合の正規軍を攻撃を続けた。
しかし、早期に終戦するという希望とは裏腹に前線が1年近くほとんど動く事は無かった。
『少なくとも、各国に働きかけている勢力が居るな…!』
マーレ軍と反中東連合軍が化学兵器に汚染された土地を恐れて進軍が鈍化したのが大きい。
その隙に戦争を継続する正規軍は、世界中から寄付された最先端の兵器で応戦し始めたのだ。
あまりにも都合が良すぎる展開にマガトは、この戦争の裏に黒幕が居ると確信した。
『だが、やる事は変わらない……』
中東連合にマーレが宣戦布告してから2年が過ぎた頃、マガトは部下たちに視線を向ける。
そこにいるのは、この戦場で活躍して成り上がろうとするエルディア人部隊であった。
「エルディア人諸君!!昨今、貴公たちが置かれている状態は最悪と言っていい!!」
そんなエルディア人の戦士たちを前にしてテオ・マガトは語る!
「各国がエルディア人の殲滅政策を掲げて民族浄化を行なっているのを耳にした事があるだろう。いや、この場に集まってくれた者の中には当事者が居るのは疑いようがない!」
“脅威の子”ジーク・イェーガーが獣の巨人を継承してからエルディア人弾圧は激しくなった。
彼の脊髄液を摂取したエルディア人を敵国首都に忍ばせて咆哮すれば巨人になって暴れ回る。
そんな時限爆弾に成りえる血族を他国は人間だとは認めなかった。
「古来より続いたエルディア人の消えない罪はここで断罪されようとしている!」
そしてジーク・イェーガーが再起不能と知って中東連合はマーレとの戦争を望んだ。
ジークさえ居なければ、巨人の群れを統制できない事を知っていたからだ。
その目論見は的中し、開戦から暫く巨人兵器を扱えなかったマーレ軍は大打撃を受けた。
「君たちは将来、歴史だけにその存在を残す事だろう!」
そこで少数民族によるゲリラや群島で抵抗する民族に試験投入した異形の巨人を正式採用した。
全盛期のエルディア帝国が封印した異形の巨人は、今までの巨人の認識を変えた。
永遠に土壌を汚染する化学兵器か、前代未聞の火力以外に討伐方法はないと誤解させた。
これにより、各国が異形の巨人を恐れてエルディア人狩りを積極的に実施した。
もはやエルディア人は絶滅以外の道は残されていない。
「だが、我々マーレだけは、エルディア人を見捨てはしない!!」
パラディ島に行けずに大陸に残されたエルディア人の希望はマーレだけであった。
エルディア帝国が滅んだ後もマーレが巨人兵器を活用したという歴史のせいで弾圧が続いている。
よってマッチポンプのはずであったが、それでもエルディア人はマーレに移民を望んだ。
自分たちが少しでも生き残る可能性をかけて世界中からエルディア人が集った。
「君たちの選択肢は限られる。そのまま死ぬか、足掻いて家族だけでも生かすかだ。」
当然の事ながら、自国内の収容区に住むエルディア人を好意的なマーレ人は少ない。
ましてや、他国からやって来たエルディア人など病原菌より質が悪い扱いとなった。
マーレ国内のエルディア人社会にも変化が起きて余所者の彼らに居場所はない。
「死だけは平等だ。そしてこの戦場で奮闘し、活躍した者は成り上がれる!!」
唯一、彼らが生き延びる術は、中東連合の戦争に志願し、前線で戦う事だ。
マーレの尖兵として戦う時だけは、人権はある程度保障される。
ここで彼らを背後から撃てば、次は自分たちが死ぬ事をマーレ人も良く分かっている。
「武功を立てて名声を得られれば、相応の報酬と生存権を保障しよう!」
本来、マーレが所有している6体の知的巨人の能力は、マーレ戦士候補生しか継ぐ事はできない。
寿命が13年になる代わりに【名誉マーレ人】として初めて自分と家族の人権が保障されるのだ。
それを渇望するエルディア人は多いが、それは狭き門である。
マーレ出身の5歳から7歳までの健康的な男女のみに応募資格が得られるのだ。
よって、8歳になったり、選抜試験で落選すれば、マーレ人の人権を得る事はできない。
ましてや、他国から逃げて来たエルディア人が人権を得られる機会など永遠に無い。
「【マーレの戦士候補生】として成り上がる事も可能だ!!」
本来であれば、外国人はマーレの軍事力の中核である戦士候補生になれなかった。
しかし、この戦争で活躍すれば、戦士候補生になり家族に福祉や医療を受けさせる事も可能だ。
もちろん、英才教育されてきた本来の戦士候補生と競争をしないといけない。
「君らの存在価値を見出すのは、私でもマーレ軍でもない。君ら自身だ!!」
しかし、従来の戦士候補生は手塩をかけて育成する少年兵に近いのが現状だ。
武功の数で上回る活躍ができる志願兵の方が有利だった。
現に100人以上の外国出身のエルディア人がマーレの戦士候補生に成り上がっていた。
「君たちが勝ち取るのだ!勝利も名誉も!生存権も!そして自分たちが生き残る未来もだ!!」
幼少期に戦士候補生に選ばれても、すぐに大半はただのエルディア人戦士に降格される。
ただし、同期のマーレの戦士候補生を支援する為に志願兵と違って死傷率は低い傾向がある。
同時に再びマーレの戦士候補生に返り咲く事ができないのが彼らの限界を示している。
それに比べれば、死に物狂いで成り上がろうとする志願兵の士気は高い。
「あえて言おう!この場に志願した戦士の9割9分は志半ばで戦死する!絶対にな!!」
もちろん、マーレの戦士候補生を武功による評価の承認制にしたのは理由がある。
そもそも、マーレは幼少期から育て上げて来た戦士候補生以外に【力】を継承させる気はない。
「だが、無駄ではない。少しでも息があれば、友人や戦友の役に立つ事ができる!」
中東連合で武功を立てて戦士候補生になった者は全員、異形の巨人にするつもりだったのだ。
「先人たちの悪行が今なお、諸君らを苦しめているならば、逆もしかりという訳だ!」
化学兵器や塹壕戦が主流となる戦場では、五体満足では居られない。
なんなら、戦士候補生になる条件を満たす頃には虫の息になっている事が多い。
「ここでの活躍がマーレ本土に暮らすエルディア人収容所の未来を変える事となる!」
そこで瀕死になったエルディア人戦士にマーレ兵が囁くのだ。
「このままでは死ぬが、巨人になれば生き残る事ができる」と耳元で悪魔の囁きをする。
これは間違ってはいない。
何故なら巨人になってから継承者を捕食すれば、13年の寿命と引き換えに人間形態に戻れる。
巨人になっても、死ななければ人間に戻れる可能性は限りなく低いが無いとは否定できない。
つまり、戦士候補生になっている自覚から能力を移譲される可能性があると思わせる事ができた。
「死を恐れるな!恐れればマーレは負ける。マーレが負ければエルディア人の未来は消える!」
演説をしているテオ・マガトは内心で自嘲する。
活躍しようが、死のうが、武功の代償に瀕死になろうが、彼らが辿る道は1つしかない。
忠誠心が高いエルディア人候補生を異形の巨人に仕立てあげようとする演説が苦痛だった。
「いや、違う!!エルディア人の存在意義に意味を与えるのは君たちだ!!」
開戦から2年が経過しても、戦争は終わる気がしない。
外部から識者や観戦武官にマーレ軍を指揮してもらうまでマーレは落ちぶれてしまった。
それでも、エルディア人の存在意義はこのままでは変わらない。
「ここで死んでも、遺志や夢を継ぐエルディア人に未来を託す事ができる!!」
1000万の大戦力となったマーレ軍は、その肥大さと鈍足さ故に大損害を被った。
戦場の現状を無視した書記官による意見で会議をするマーレ軍上層部には頼れない。
外部から委任された将校と決死の覚悟で挑むエルディア人以外に戦争を終わらす事ができない。
何百人、何千人。いや、何万人のエルディア人と関わって来たからこそマガトは演説をする。
「それこそ!この場に居るエルディア人が唯一できる!この残酷な世界から抗う術なのだ!!」
この場に居るエルディア人に嘘をついてでも、マーレの勝利を選んだ。
ああ、エルディア人は自分たちが利用されていると気付きながらも戦い続ける。
「この世に誕生した命を!!ここで存在意義を示して見せろ!!」
マーレの軍旗を背負ってエルディア人は地獄の中を戦い抜く。
それが仕向けられたとしても、生き残る為なのに死ぬとしても戦い抜く!
そうしなければ、エルディア人は今度こそ絶滅する以外に道は無かった。
「エルディア人戦士1個大隊に伝達!!総攻撃を開始せよ!!」
「「「「ハッ!!」」」」」
「進軍開始!!交戦を許可する!!」
マガト隊長の攻撃号令と同時にエルディア人戦士1個大隊800名が死に向かって行進をする。
他国の観戦武官出身のエインフェリア少佐相当官が調達した武器と物資を持って進んで行く。
巨人を殺す化学兵器から専用装備をしていない人間を殺す化学兵器が主流になった戦場で!
彼らは戦争に勝利するか、最期の時まで戦い抜く事となる。
「ハァ……」
頼もしい彼らの背中を見送ったテオ・マガトは未だにエルディア人を死地に送る事に慣れない。
いや、死地に送ること自体はいいのだが、いちいち演説しないといけないのがきつかった。
「マガト隊長、お疲れ様です」
「あと何度、同じ事を演説すればいいのだろうな……」
精神的に憔悴しきっているライナー・ブラウンが同情するマガトの顔はかなり歪んでいる。
それは悲しみというよりは、過酷な環境で心身ともに疲弊しきっていた。
同じ演説がエルディア人に通用するという事は、2度も聴く機会がないと同意義なのだから。
「ポルコ、ジーク。そしてライナー!お前らはまだ仕事が残っているからな。死ぬなよ」
マーレの誇る戦士は3名にまで減らされてしまった。
そしてこの戦争でさらに減る事が予想される。
それでも、マガトは彼らに「最期を迎えるまで生き残る希望】を忘れるなと釘を刺す。
「もちろんです」
真っ先に返答をしたライナー・ブラウンの発言は根拠がないのに頼もしく感じられた。
マガトは笑って地獄な様な戦場で戦い続ける事となる。
だが、彼らは知らない。
塹壕を突破する為に開発された
1週間毎に遭遇する兵器が更新されるという恐ろしい時代に居る事にまだ気付けなかった。
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854年。
長かった中東連合との戦争も終わりを迎えつつある。
しかし、スラバ要塞に残党を追い込んだだけでは戦争は終わらない。
三重の壁で囲まれた丘の頂点にそびえ立つ施設を全て破壊しないといけないのだ。
「この戦闘が全てが決まる」
戦士隊を率いているテオ・マガトは、この戦闘で全てを終わらせる気であった。
というのも、このスラバ要塞にある通信タワーとデータセンターを潰さないと大惨事になる。
「いや、これで終わらせないといけない」
スラバ要塞に忍び込んだスパイからとんでもない情報が寄せられた。
スラバ要塞内に超巨大
しかも、従来の爆弾とは比べられないほどの威力を誇る大陸破壊弾頭を積んでいると情報だった。
マーレ軍の情報部は、その兵器を【原子爆弾】*2と推測した。
「人類が人類を滅ぼす前に……」
ヨルムンガンド
【原子力】という生物では絶対に扱えないエネルギーを軍事利用しようとしていたのだ。
かなり扱いが難しい兵器であり、実際、発電所という名の研究施設は
高出力の放射線によって近づく事すら困難であり、未だに事故の原因は解明されていない。
「落としどころを付けなければならん」
ところが、表向きは失敗したと見せかけており、こっそりとスラバ要塞に持ち込んだとされる。
そして高度3万m以上に上昇できる新型の超大型
当初のマーレ軍や反中東連合軍は、あくまでも眉唾物として本気にしていなかった。
「ジーク、ポルコ、準備はいいか?」
「もちろんです」
「問題ないです」
ジーク・イェーガーを最前線で出さないといけないほど動かないといけない事態が発生した。
スラバ要塞から発信したの超大型
中東連合艦隊のレーダー装備と地上に偽装されて設置された基地局がそれを可能にしてしまった。
撃ち落そうにもあっという間に上空3万m以上に上昇したせいで撃墜は不可能である。
「ライナー、お前は合図があるまで待機せよ」
「承知しました」
更にスラバ要塞の上空1万mに展開している早期警戒管制機も一枚噛んでいるという噂である。
戦場の情報を随時に送信している早期警戒管制機型の
既にマーレの戦士と戦士候補生がこの戦場に展開しているのはお見通しのはずである。
だからこそマガトは、合図を出すまでライナーを待機させた。
『クソ……何が残党軍だ!明らかに兵力も物資も、兵器も質も全て上回っている…』
テオ・マガトは、多大な損害を払って進軍した連合部隊に感謝した。
それと同時に未だにスラバ要塞が擁する3枚の壁のどれも突破できていない現実に絶望した。
『やはり異形の巨人の力を頼るしかないのか……!』
スラバ要塞は、かつて丘の上に建てられたスラバ城塞都市を改良したものであったはずだった。
しかし、今のスラバ要塞は、丘にある通信タワーを頂点として平地まで広がる巨大要塞である。
平地の塹壕を突破し、一枚の壁を突破したとしても、敵軍に高所を取られているという状態だ。
だからマーレ軍は、最新鋭の異形の巨人を投入して要塞を丸ごと消し飛ばす気だった。
『あの悪魔どもに……』
ただし、中東連合艦隊を巻き添えにしなければマーレの勝利はあり得ない。
離反した軍艦を1分足らずで撃沈する目的で作られたイージスシステム*3は脅威でしかない。
ただでさえ軍艦の性能が上なのに多機能レーダーまで載せており、制空権まで握れるのだ。
黎明期に建造された装甲艦が主力であったマーレ海軍に勝ち目があるはずもない。
『頼らないといけないとは…』
よって、マーレはスラバ要塞の破壊と中東連合艦隊の全滅をもって戦争の勝利とした。
そして、パラディ島で投入された異形の巨人の発展型がもうすぐ戦場に出現しようとしている。
まるで
「……始まったか」
聴き慣れた咆哮、そして発光したかと思えば、地鳴りと爆発音が鳴り響く。
塹壕に籠っていても、振動で何があったか伝えられるので嫌でも現実を思い出させる。
マーレ視点では、中東半島の自治権を巡る紛争。
中東諸国視点では、マーレによる巨人の支配から人類を解放する戦争。
そんな建前も無くなってしまった世界大戦に再び、人類は思い出させられる事となる。
「世界が終わる前触れが……」
無垢の巨人200体と異形の巨人24体が人類に対して牙を剥く。
辛うじてジークのおかげで無理やり動かす事ができるマーレ軍の主力。
しかし、彼の任期が長くない以上、この会戦で勝利できなければ事実上、マーレは敗北する。
だからマーレ軍は、この戦闘に全てを賭けた。
だが、マガトもマーレ軍も中東連合軍残党も、誰1人気づかない。
「速やかにスラバ要塞に繋ぎなさい!!」
「……拒絶されました」
「繋がるまで繰り返しなさい!」
中東連合とマーレの戦争を泥沼化させた元凶こそが本気で焦っていた事に…。
多くの犠牲者を出せば、人類は反省するかと思ったらそんな事は無かった。
それどころか、更に人を殺す兵器を作り出す悪循環に陥っていた。
「30メガトン級の水素爆弾の使用を阻止しなければならないのよ!!」
やっと核兵器の存在を隠蔽できたと思った黒幕は泣きを見ている。
いつのまにか、核融合炉*4と水素爆弾*5を作っていたヨルムンガンド
だから度が越えた研究者たちを1人残らず殲滅して情報を隠蔽したのだ。
ところが、その際に一部の核兵器が既に持ち出されている事を知った。
しかも、TNT換算100メガトン級の水素爆弾*6をパラディ島に投下するという報を知る。
「貴女が放射線と核分裂の研究を進めた結果じゃないですか」
「カーフェン、わたくしは水素爆弾も核融合炉を搭載した超大型
情報インフラとヨルムンガンド
すぐさま暗号文を解読し、パラディ島を消し飛ばす超大型
幸いにも計画が丸見えだったので上空1万mまで降下した隙を突いて撃墜したのだ。
下手すれば星の自転を狂わせて人類を滅亡させる兵器は永遠に深海に眠る事となる。
「原子爆弾の存在はバレてます。いっそ核戦争で盤上ごと世界をひっくり返しませんか?」
「ケニー・アッカーマンの夢がそんなくだらない物じゃないのは貴女が一番理解しているはずよ」
同じく搭載したTNT換算20キロトン級原子爆弾8個と共にマーレ大陸北東の深海に眠る。
…はずだったのだが、試験用に水素爆弾が製造されているまでは見落としてしまった。
それに気づいて慌てて黒幕が情報を整理した結果、衝撃的な事実が発覚した。
スラバ軍港に偽装して持ち込んだ後、行方不明になっていたのだ。
ただ、超大型
情報が漏洩しているのを受けて中東連合の残党が隠蔽した以外に思いつかなかった。
「じゃあ、どうするんですか?」
「“撃つな”と命じるしかないの!」
黒幕は、人類があまりにも愚かだと知った。
元より壁社会の中で闇を知った気になった商人の令嬢だった化け物は、現実を知った。
『さすがにここまでやらないだろう』という線引きを彼らは余裕で飛び越えていく。
自分の掌で踊っていると思ったらガソリンを撒いて着火しまくるなんて予想できる訳がない。
「でも、ここで阻止できたとしても、いつかは使われるのでは?」
「えぇ……だから愚かな戦争を終わらせて新兵器に関する条約を作るのよ」
ヨルムンガンド
その為にいくつか手を打っているが、その為にはマーレの戦士たちの活躍が必要不可欠だ。
「報告申し上げます!!スラバ要塞近郊に巨人の大軍が出現したとの事です」
「へぇ、思ったより早かったわね。鎧の巨人は?」
「……戦場にいます。どうやら戦士隊を庇っているようです」
「なるほど、さすがにバレたか。まあ。あの進軍では発見されちゃうわね」
本来、機密であるはずのスラバ要塞の戦況や管理情報は手に取る様に分かる。
これは通信機器に不正侵入して情報を抜き取っているのではない。
むしろ、暗号化して送信しているのを合法的に受け取っていた。
だからこそマーレ陸軍3個師団と反中東連合軍しかスラバ要塞に派遣しなかったのだ。
「では、すぐにスラバ要塞は地図から消えますね」
「スラバ要塞だけで済むといいのだけど……」
戦争を泥沼化させた黒幕にできる事は限られている。
未だに【力】と【妄言】と【夢】に囚われている
もう1つは、機密情報の塊であるスラバ要塞の存在そのものをこの世から抹消する事だ。
「まーた、なにか仕組みましたか?」
「少なくとも水素爆弾を起爆して存在が発覚するくらいなら彼らには消えてもらいましょう」
元対人立体機動部隊の副長から唆された黒幕は笑う。
どの道、双方とも全滅するという事は分かっていた。
ただ、かつてあれほど殺したかった鎧の巨人はここで死ぬとは思えなかった。
「まあ、あくまでも最終手段ではあるけど…」
聴こえてくる無線連絡に黒幕は耳を傾けながらスラバ要塞近郊の地図を机の上に広げる。
あれだけ広く感じたスラバ要塞近郊が世界から見れば小さい様な気がしてしまう。
それほどまでに人の死ですら数値以外に地図で表現のしようがなかった。
「まだ人間に隣人を優しくできる気持ちがあるならば、希望はあるでしょうね」
パラディ島からヘイトを背けようとした結果、エルディア人大虐殺を招いてしまった。
もはや、パラディ島以外に住むエルディア人はマーレ以外に生存者は居ないと確信できる。
皮肉にもエルディア人を奴隷として扱うマーレがエルディア人の人権保護団体に見える。
「あははは、くだらない。そうだったら、わたくしはこんなに血塗れになってないの」
最低でも10桁の人間を殺そうと思った女悪魔は苦笑いをする。
自分のせいで人類は、星をも破壊する力を手にしてしまったのだから。
もうじき、戦争が終わる。
いや、終わらせる。
その為なら彼女は、この場に居る部下全員の命さえ捧げようと考えるほどには狂っていた。
そして戦場では多くの悲劇と惨状が兵士たちの眼前で繰り広げられる事となる。
それすらも、後に引き起こされる【地鳴らし】のきっかけに過ぎないと知らずに……。