進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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168話 マーレ軍上層部の思惑と戦士隊の未来

一昔前の戦争は、武功を立てると名誉と名声を得られて歴史に名を残せるものであった。

辺境の農村出身の若者が戦場で成り上がって士官になり、そして領主の一人娘と結ばれる。

そんな御伽噺(おとぎばなし)は、設定は多少変わるものの至る場所で後世に受け継がれていった。

だが、今は違う。

 

 

『エルディア人は英雄になれない……か』

 

 

祖国の為に戦って生還したエルディア人を出迎えるマーレ人の視線は冷たかった。

戦争が長期化したのはエルディア人が不甲斐ないという考えが主流になっている影響がある。

むしろ、9年前に実施された始祖奪還作戦が失敗しなければ戦争は起こらなかった。

そういった意見が多数を占めているからこそ、民衆は格下の存在を見下している。

 

 

『でも、一歩進めるだけでも意味があるはずだ…』

 

 

見下されたり、馬鹿にされるなどエルディア人には日常茶飯事である。

一糸乱れずにエルディア人部隊は、自分たちが居るべき収容区に向かって行進している。

そんな中、ファルコ・グライスは、こんな苦境に立たされても諦めていなかった。

 

 

『オレたちには仲間が居るんだ!』

 

 

現在、エルディア人戦士候補生だけでも80名以上が在籍している。

それほどまでに死に物狂いで戦場で活躍した外国出身のエルディア人が居たのだ。

マーレ以外の環境がどれだけ劣悪で生存権すらなかったのかを物語っている。

 

 

『着いた…』

 

 

命令でエルディア人戦士隊の行進が停止し、目の前には強大な壁が広がっていた。

ここはエルディア人に残された生存圏の1つである収容区だ。

かつて存在した【ユミルの民保護団体】がここを【人間牧場】と称したが…。

それがどれだけありがたいものなのか、戦地で生き抜いたエルディア人は分かっている。

 

 

「開門!」

 

 

収容区の門衛の発言と共に頑丈で大きな門が動いた。

そしてそこには、あれほど再会を夢見た存在がそこにいる。

 

 

「各自解散!」

 

 

上官からの命令で自由行動になった瞬間、エルディア人戦士たちは家族に向かって走る。

泣きながら抱擁し、再会を喜び合う者、小さな娘を抱き寄せて成長を実感する者。

何千というエルディア人たちは戦地から帰って来た同胞を温かく迎えてくれた。

それだけで地獄から生き抜いた甲斐があるというものだ。

 

 

「お母さん!お父さん!」

「「ガビ!」」

 

 

ガビは両親の姿を見つけてすぐに駆け寄っていた。

一方、ファルコは両親と再会を急ぎたくなかった。

 

 

「コルト、ファルコ無事だったんだね!」

 

 

ただ、今回は運が良いのか悪いのかすぐに発見されてしまった。

 

 

「コルト、何があったんだ!?顔色が悪いぞ!?」

 

 

昨晩の酔いが醒めずに体調不良になっているのを見て両親が心配していた。

当然の事ながらファルコは、両親にその理由を告げるが、違和感がある。

ようやく再会できたのに…何かが変だと…。

何かがおかしいと気付いたが、違和感の原因を特定する事はできなかった。

――その違和感の原因に気付いたのは、意外とすぐの事であった。

家族と再会してから数日が過ぎた頃、戦争に参加した者たちに変化が見られた。

 

 

「また戦争が起きても良いように訓練するんだ!」

「俺は、医療技術を身に着けて少しでも死者を減らすつもりだ!」

 

 

ある者は、更なる戦争を警戒して訓練を励み、またある者は医学の勉強をしていた。

そういったエルディア人は精神をそれほど病まずに頑張って日常を生き抜こうとする。

それは本当に一握りの人材だけだとファルコは知っている。

 

 

「よっ!考え事か?」

「うん、現状について考えていた」

 

 

実の兄のコルトから話しかけられたファルコは本音を述べる。

 

 

「何が不満なんだ?」

「不満って訳じゃないけど平和な日常自体が異常な気がして…」

「ああ、そうだな」

 

 

なんでマーレ軍は、無事だったエルディア人の戦士をすぐに帰国させなかったのが分かった。

戦地という非日常の場所から平和な日常に移るにはそれほど苦痛が伴うという事に…。

 

 

「しゃあないさ、殺し合わなくて済む世界に慣れるしかない」

 

 

コルト・グライスは弟が何が言いたいのか理解しているからこそ本質に踏み込まない。

人殺しは慣れるという事態が異常であり、1回でも受け入れると人として狂う。

数人程度の殺人は大罪とされるのに1000人殺せば英雄という価値観はそれほど可笑しい。

ましてや、家族と再会したのに誰かを殺さないといういけないという強迫観念は大きい。

 

 

「それに俺たちは、エルディア人の未来を背負っているんだ、ここで立ち止まる訳にはいかない」

 

 

コルト・グライスは、親愛なるジーク戦士長から任期を受け継げるという名誉を授かった。

弟のファルコはどうなるかは分からないが、おそらく今回の任期を継げなければ戦士になれない。

それほどまでにエルディア人は追い詰められた。

 

 

「俺たちを保護してくれる祖国マーレが滅びるその日まで戦い続けるしかできないからな…」

 

 

コルトの放った一言は、エルディア人はマーレと運命を共にする事を示す。

頭上を見上げると澄んだ青空が出迎えてくれているが、エルディア人の未来は曇り空である。

ちなみに「曇る」という単語は、天気だけでは無く気分を示す表情にも使われる。

ちょうどその頃、マーレ軍上層部の集会では誰もが表情を曇らせて祖国マーレの今後を憂う。

 

 

「マガト、これはどういう事だ?」

 

 

マーレ軍のトップ、カルヴィ元帥は、エルディア人戦士隊を統括するマガト大佐に質問した。

こうなった原因は、今朝に発行された新聞の記事にある。

 

 

「何故、ヨルムンガンド工廠(こうしょう)の兵器の情報が世間に漏れているのだ?」

「ヨルムンガンド工廠の拠点は世界各国に存在します。情報が漏れるのは当然かと…」

 

 

マーレ軍上層部は、ヨルムンガンド工廠という存在によって戦争が長引いたのは分かっていた。

だから終戦後、すぐに兵器の押収と関係者の捕縛を急いだ。

それなのに結果としては、兵器部門を各国と共同して解体する以外にする事は無かった。

すなわち、マーレが恐れて隠し通そうとした兵器群が各国に散らばるという失態に終わった。

これに対してカルヴィ元帥は、兵器部門の解体を真っ先に支持した大佐に問う。

 

 

「それほどまでにヨルムンガンド工廠(こうしょう)というのは、マーレの日常にも食い込む存在という訳です」

 

 

マガト大佐だけではない。

この場に集結した高級士官の脳裏には結論自体は出ていた。

ヨルムンガンド工廠の実情は、肥大化し過ぎた多国籍企業で潰しようがなかったと…。

金融や通信インフラを握る…かの組織の連結従業員は3億人を超えるという一説すらある。

マーレの主要軍事産業のほぼ全てが加盟していたというのも救いようが無かった。

 

 

「兵器開発ですら、おまけに過ぎません。金融、通信インフラ、運送業、造船、航空産業など…」

「なるほど、兵器の情報漏洩はやむを得ない事態だった。貴官はそう言いたいのか?」

「祖国マーレにある拠点すら兵器の押収しかできておりません。それは事実であります」

 

 

マーレ本土に存在する拠点では、辛うじて輸送待ちだった兵器の押収ができただけだ。

関係者の逮捕に踏み込めば、カルヴィ元帥を含むマーレ軍上層部が一掃されるという異様さだ。

それほどまでにマーレ軍にも兵器を提供していたからこそ、彼らは苦しむ。

 

 

「戦争を長引かせたのは事実でありますが、マーレの勝利に貢献したのも…かの企業となります」

 

 

マーレと中東連合国の戦争は、通常兵器が巨人に通用すると世界に知らしめた戦争ではない。

人間の悪意は、自分たちが住む惑星そのものを破壊できると示した戦争でもあったのだ。

原子爆弾、化学兵器、無人機、自律型AIなどといった通常では考えられなかった兵器群。

人類は、巨人に打ち勝つだけでなく人類の存続を脅かす兵器に怯える羽目になってしまった。

 

 

「元帥殿…いよいよその時が来たのです。人類は巨人の力を越えてしまうという異常事態に…」

 

 

ただでさえ地上では巨人は無敵と言えなかった。

それなのに兵器の発展が速すぎて毎週毎に兵器が更新されるという異常事態が発生した。

超大型無人航空機(ドローン)によってマーレ本土南部の都市を爆撃されたのも記憶に新しい。

高度8千mから水平爆撃*1して来る無人航空機(ドローン)に反撃する術はマーレ軍には無かった。

なのに高度1万mを航行中に何者かによって撃墜されていたと戦後に知って頭を抱えたものだ。

 

 

「そもそも戦争初期から巨人は通常兵器や化学兵器に成す術がありませんでした」

 

 

マガトの発言にカルヴィ元帥は眉をひそめる。

当初の戦争は、巨人を投入したが返り討ちに遭って逆にマーレ本土に攻め込まれた。

そこからいろいろあって化学兵器が投入されて進軍が阻害されて長期戦となる。

 

 

「そしてなにより、戦争初期に占めた海戦においては我々、巨人兵力は介入の余地が無かった」

 

 

マーレは植民地化政策もあり、世界最大の艦船を所有する海軍大国でもあった。

しかし、その大半は旧式化した防護巡洋艦と砲塔装甲艦である。

主力である戦艦21隻も植民地を威圧する目的で建造された事もあり、海戦の想定をしていない。

だが、化学兵器によって陸上での進軍が阻害された事もあり、海戦が繰り広げられる事となる。

 

 

「単純な海上戦力で比較するなら、最新鋭の艦船を有し、次世代の戦略を練った中東連合に対して我々は物量頼みの旧式の艦隊と言えて差は歴然としていたと戦果によって示されております」

 

 

そしてマーレ海軍が擁する3個艦隊の内、2個艦隊は海戦開始から数日で壊滅に追い込まれた。

所詮、植民地を威圧する為に製造された軍艦に対して海戦を想定した軍艦に勝てるはずがない。

この大敗によってマーレは沿岸部の防衛にも力を入れる必要となって更に長期戦に持ち込まれた。

 

 

「…我々、海軍は烏合の衆である。それがこの結果を招いたとでも言いたいのかマガト?」

 

 

マーレ海軍のトップ、アルフレート・カペレ海軍大将はマガトに対して苦言を呈したが…。

 

 

「それは問題の本質ではありますまい」

 

 

マガトは『マーレ海軍は烏合の衆』だと上級将校が集った場で暗に示した。

要するに「それは当然として他にも問題がある」と元帥の前で告げていたのだ。

これを聴いた海軍将校たちは無言で拳を握り締めるが、別管轄の上級将校は咎めもしない。

この戦争では、マーレ海軍は中東連合艦隊に1勝もせずに終戦を迎えたのだから。

 

 

「全ては、巨人の力に胡坐(あぐら)を掻いたツケが回ってきた。それに尽きます」

 

 

かつてティルピッツ提督は、海軍力を増強すれば敵対国を軍拡で疲弊する事ができると称した。

実際、その圧倒的な海軍力は巨人兵力と並んでマーレを超大国と示す象徴であった。

しかし、いつの間にか海軍が陳腐化したどころか実戦で砲撃すらできない艦船が相次いだ。

巨人が無敵の象徴であった以上、艦船は他国を威圧する程度に運用された影響が大きい。

 

 

「我々が巨人の力に過信し、植民地政策を推し進めていく中で諸外国は新兵器の開発に着手した。その成果が今になって突き付けられていると小官は考えております」

 

 

15m級の巨人が即死する化学兵器など誰も考えていなかった。

せいぜい鎧の巨人の装甲に通じる兵器開発をしていたとマーレ軍は想定していたのだ。

それなのにその考えが甘かったと嫌でも分からされた。

 

 

「塹壕に向かって突撃するマーレ軍の歩兵に対して奴らは装甲戦車(パンツァー)無人航空機(ドローン)を運用してきた。それが答えです。もはや我々は頭上からの攻撃に怯える時代を迎えております」

 

 

それでも砲兵を運用して圧倒的な戦力を用いるマーレ陸軍は、それなりの戦果を出した。

まさに戦いは数という人海戦術を用いて膨大な犠牲者の山を築きながら勝利を宣伝した。

その勝利を粉砕する様に中東連合軍が新兵器が運用し、マーレ軍上層部に衝撃を与えた。

 

 

「特に戦場で運用された戦闘教義(ドクトリン)は、世界も注目しております」

 

 

なにより、“電撃戦闘教義(ブリッツクリークドクトリン)*2と“空地統合戦闘教義(エアランド・バトルドクトリン)*3を用いた中東連合軍に翻弄された。

戦争後期では上空1万mを航行する早期警戒管制機によってマーレ軍の動きは全て読まれていた。

しかも、マーレ軍は鹵獲した兵器を用いても1機も撃墜する事ができなかったのが現状だ。

 

 

「つまり、我々は巨人の力に頼る事が…」

「分かっておる」

 

 

地上を巨人が、空を硬式飛行船が支配する時代は終わった。

そう、結論を述べようとしたマガト大佐の発言を遮る様にカルヴィ元帥が返答をする。

 

 

「もはや我々は戦争の主導権を失っている。遅れは取り戻せる差ではない」

 

 

戦術的に勝利しても戦略的に敗北しては意味が無い。

結局、開戦のきっかけであった半島は自治権を譲るという屈辱を誰よりも元帥は味わった。

 

 

「かつては…エルディア帝国を討ち取った英雄の国、マーレが今や…なんたることだ……」

 

 

世界の救世主とされたマーレは、今では張子の虎と世界に知られた現状、やる事は限られる。

ただでさえ終戦の後始末で忙しいのに次の戦略を練られなければならないのだ。

 

 

「羽の生えた巨人は……居なかったか?」

 

 

悪魔たちが描いた肖像画で見た羽の生えた巨人に頼ってしまうほど元帥は追い詰められた。

マーレ軍が運用する硬式飛行船は、せいぜい高度2千mが限界である。

それなのに上空1万m以上を航行できる無人航空機(ドローン)が世界に拡散した以上、頼るのは巨人。

従来ではありえなかった戦闘力を誇る【異形の巨人】を思い浮かべてしまい、思わず口に出した。

 

 

「……まあ、無理だろうな」

 

 

さすがに腐敗しきったマーレ軍上層部も巨人でどうにかできる訳がないと分かっていた。

溜息をついた後に発したカルヴィ元帥の一言は、現状を物語る。

 

 

「やはり、【始祖の巨人奪還】を目指してパラディ島に攻め込むべきでは?」

「だが、諸外国は暢気に無防備なマーレを傍観しているとは思えん」

「1個艦隊しかまともに運用できない現状、パラディ島に派遣するのは難しいかと…」

「鹵獲した兵器を量産するのが先決か」

 

 

上級将校たちはこの危機に対して現状を打破しようと発言を繰り返す。

一見すると真面目に論争をしている様に感じるがマガトは知っている。

 

 

「質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「マガト、何か策があるのか?」

 

 

だからこの場で聴く為にわざと質問をした。

元帥から質問の許可を得たマガトは、本音で質問を繰り出した。

 

 

「いえ、観戦武官出身の士官や将校が見当たりません。彼らも参加させるべきです」

「ああ、彼らは解任した」

 

 

分かっていた事だが、マガトは軍上層部の行動に呆れた。

 

 

「元帥殿、中東連合国に勝利できたのは諸外国の力を借りたからだと小官は強く感じております」

 

 

じゃあ、なんでマーレが中東連合に勝利したかというと2つの要因がある。

まずは自国民すら犠牲にする主戦派の暴走を受けて中東連合軍が内戦を勃発させて分裂した事。

そして他国からマーレに派遣された観戦武官の協力を得たマーレ軍が戦争を行なった事だ。

 

 

「特に観戦武官たちはマーレを勝利に導いた盟友でありませんか」

 

 

特に専門的な知識がある観戦武官たちは、単純にマーレの勝利をもたらした訳ではない。

この場に集った上級将校の配下として働いた事で彼らの名声を高めたのだ。

だから解任するなど自殺行為に等しい。

 

 

『兵站を管轄していたエインフェリア准将相当官を失えば、パラディ島侵攻にも支障が出るぞ…』

 

 

腐敗したマーレ軍上層部の戦略を上手くこなした士官たちを失えば今度こそマーレは負ける。

マガトは暗に告げるが、誰もその重要性を理解していなかった。

 

 

「彼らも仕える国家がある。呼び止めるのは逆に失礼では無いか?」

「もちろん、業務を引き継げるようにと手引書(マニュアル)を作成してもらった。特に問題なかろう」

「他国の士官にこれ以上、マーレの現状を知られる訳にもいかないのでね」

「むしろ、彼らを活用すること自体がマーレの恥だと貴官は考えていない様だな?」

 

 

マガトの発言に対して様々な将校が好き放題に自分の意見を述べる。

未だに自分たちの現状を理解していない事にマガトは呆れを通り越して諦めた。

この場に居る将校を殲滅しない限り、マーレは滅びる道しかないと考えるほどに…。

 

 

『いくら手引書(マニュアル)があっても運用には技能(スキル)判断力(センス)が必要だ。それを理解していない時点で…』

 

 

マーレにも士官学校が存在するが、中東連合の戦略に対抗できる人材は育成していない。

むしろ、優秀な人材を使い捨てて腐敗した人材を産み出す。

マーレの腐敗した象徴も言える巨人の力を過信する士官を輩出し続ける産廃な専門学校である。

 

 

『まあ、いいだろう…』

 

 

一介の大佐の権限では、何を告げても上級将校たちの心を揺さぶる事はできない。

マガトができる事といえば、解任された観戦武官出身の士官を捜索する事くらいか。

そう考えていた時、誰よりもマーレの現状を知っているカルヴィ元帥は口を開く。

 

 

「それに我々には国際社会と世論という味方が居る。それ以上に心強い味方は居ないだろう」

 

 

腐敗しきったマーレ軍上層部がここまで他人事なのはこれが大きい。

 

 

「マーレ海軍の呼びかけで中立国の艦船が中東連合艦隊の動きを阻害したのも事実です」

 

 

マーレ海軍が何もしていないのに中東連合艦隊の動きが阻害されたのは中立国の存在があった。

自国の領土で化学兵器を大規模に散布する行動に危機感を覚えた結果、つまり警戒したのだ。

戦争が拡大すれば、自国の領土でも新兵器を運用するのでは…という危機感が中立国を動かした。

なにより、ヨルムンガンド工廠(こうしょう)が弱体化して圧倒的に兵器と戦術が劣るマーレに勝機が生まれた。

…とはいえ、それを胸を張って発言する海軍大将に誰もが内心で呆れた。

 

 

「つまりだな、これからもマーレは国際社会の主導権を握り続ける。それが勝利に繋がるのだ」

 

 

長引く消耗戦と世界を滅ぼす兵器の登場は、国際社会を揺るがすには充分だった。

いろんな幸運を引き当ててマーレは勝利した以上、カルヴィ元帥は語る。

 

 

「だからこそ我々はエルディア帝国を打倒した英雄だと世界に宣伝する必要がある」

 

 

未だに巨人の力を誇示して運用するマーレは、諸外国から怒りと失望を広めていると気付けない。

国際社会は、人類の暴走で滅びるのを危惧しただけでマーレの行動を寛容している訳ではない。

そんな単純な事実に気付かぬまま彼らは更に滅びの道に進んで行く事になる。

 

 

「ならばやる事は1つしかない!」

 

 

そしてカルヴィ元帥は、世界が滅びるきっかけとなる引き金を引いた。

 

 

「パラディ島から【始祖の巨人】を奪還し、マーレが巨人の力を全て掌握したと世界に宣伝する。そうすれば、再びに祖国マーレは悪魔の巣窟を滅ぼした国家として世界から賞賛を受けるだろう」

 

 

ここまでカルヴィ元帥が巨人の力に縋りつくには理由がある。

手の打ちようが無かった無人航空機(ドローン)に対抗できる異形の巨人の開発に成功したのだ。

高出力のプラズマによる電磁パルスで高度に展開する無人航空機(ドローン)の無力化ができたのだ。

既に超大型巨人の爆発や高出力のレーザーを照射する異形の巨人が誕生した今!

パラディ島に住む悪魔の末裔を根絶やしにして【始祖の巨人】を奪還し、更なる強化をすると!

名声を得ると同時に諸外国が擁する新兵器に異形の巨人で対抗しようと考えたのだ。

 

 

「我々、海軍も全力で支援いたします!」

 

 

当然の事ながらマーレ大陸の北東に位置するパラディ島には海軍の力は必要不可欠である。

汚名返上をしようとカペレ海軍大将がここぞとばかりに声を荒げて元帥の発言を肯定する。

 

 

「それにパラディ島には膨大な化石燃料が眠っており、彼の地を早急に開拓する必要があります」

 

 

マーレ陸軍もパラディ島侵攻を急ぐ理由がある。

それは、装甲戦車(パンツァー)を配備し出した諸外国に対抗しようと増設した装甲師団の影響が大きい。

マーレ陸軍が運用する第二世代の装甲戦車(パンツァー)や機械化歩兵には膨大な化石燃料が必要になる。

しかし、諸外国から禁輸されているせいで燃料が確保できずにむやみに動かせなかった。

 

 

「雇用も生まれます!良い事尽くめではありませんか!」

 

 

戦争によって疲弊したマーレであったが、未だに同格の国家は存在しない。

人口1億2千万以上を擁する超大国はまだ発展できる余地が存在した。

化石燃料さえ確保できれば、諸外国の技術革新に追いつけると誰もが思っていた。

 

 

『これ以上の提言は無意味だな…』

 

 

エルディア人戦士を指揮して戦場で現状を知ったマガト隊長だけは知っていた。

もはやタイバー家の力をもってしても、マーレは滅びの坂道に転がる事しかできない事に…。

皮肉にも英雄国は、かつてのエルディア帝国の末路に似た境遇にいると…。

彼だけは感じていた。

 

 

「とはいえ、マーレ軍だけでは作戦を実行できない。世論と党の力が必要不可欠だ」

 

 

マーレはあくまで選挙で選ばれた政治家が運営する民主国家である。

だからマーレ軍単体でパラディ島に攻め入る事ができない。

 

 

「パラディ島の早期侵略について党の議論に挙げようと思うが…異論がある者は居るか?」

 

 

カルヴィ元帥の発言に誰もが沈黙を貫いた。

沈黙、それすなわち肯定を意味する。

誰もが反論する余地なしと判断し、元帥は発言を続ける。

 

 

「マガト」

「はい」

「獣の巨人の任期が切れる前に実行したいのだが、可能か?」

 

 

今までマーレ軍を支えて来たジーク・イェーガーの任期終了は間近だ。

獣の巨人の能力そのものは、コルト・グライスに継がれるが特殊能力が継げるか不明確だ。

なにしろ、前例がない以上、ジークは“驚異の子”と畏怖されたのだ。

 

 

「我々、戦士隊は祖国の勝利に貢献する事しかできません。命令さえあれば実行可能です」

 

 

マガトは淡々と上官の質問に答える事しかできない。

かつて自分を死地に追い込もうとした軍上層部の顔はいつ見ても不快な気分にさせられる。

それでも見事に返答したマガトは、1つだけ個人的な意見を述べた。

 

 

「パラディ島侵攻作戦の件をマーレの戦士隊に報告してもよろしいでしょうか?」

「構わん、彼らにも作戦の重要性を理解してもらいたいのでな」

 

 

本当はマーレの戦士と後任となる戦士候補生もマガトは連れて来たかった。

しかし、あまりにも腐敗し過ぎた軍上層部を見せるのは疲弊しきった彼らには危険と判断。

下手な失言で処罰を受けるならと、上層部の提案を断ったマガトは腹を括る。

 

 

『このままではマーレは滅びる。ならばやる事は1つだ…』

 

 

マーレに居住する国民は、戦争の新聞は活字しか知らない。

一応、拡大動員で徴兵されたものの戦争には役に立たず、大半が本土防衛に回された。

だからこそ、戦争経験者でさえ前線に居た一部の兵以外は、マーレの現状に楽観的である。

故にテオ・マガトは自分が悪魔になってでも、祖国を変えると決意した。

 

 

『大規模な改築工事をしなければな…』

 

 

いくら頑丈な建物を建設しても、土台が腐っては支える事はできない。

腐敗した箇所を除去して補強しない限り、倒壊するのは目に見えている。

だから、マーレ軍の上層部を一掃するとマガトは考えた。

 

 

『ただ、それを実施するには力が足りん…』

 

 

会議は終わってマガトは頭を下げた後、退室をするが未だに悩み続けていた。

大切な物を捨てられる覚悟が無ければ、何かを変える事はできない。

それを分かっているのだが、実際にそれを実行できる者は少ないと分かっている。

 

 

『協力者を集めなければ……』

 

 

幸いにも戦争のおかげでいろんな人材に出会った。

滅び行くマーレの道を変えてくれる人材もある程度は目星をつけた。

やるべき事は、自分の足を使って前進し、何かを変えようと努力する事である。

 

 

『まさかエルディア人に学ばされるとはな…』

 

 

絶望な窮地になっても決してあきらめなかったエルディア人の戦士候補生を見て来た。

大半の戦士候補生は足掻いたうえで死ぬか、異形の巨人に転生されてしまった。

それでも、最期まで戦い抜いた姿勢を見て来たマガトは彼らの雄姿を忘れる事は無い。

 

 

『彼らの為にもやるべき事はしておくか』

 

 

マーレの戦士の未来に救いが無い事を理解しているからこそマガトは彼らを気に掛ける。

祖国マーレを守ろうとする彼らの努力に報いたのは彼も同じなのだから。

その一方でマガト隊長が退室したのを確認した軍上層部は、密談をしていた。

 

 

「マガトには悪いが、始祖の巨人を掌握すれば戦士隊はお役御免だがな」

 

 

マーレ軍上層部は、既にマーレの戦士隊の廃止を結論付けていた。

知的巨人の脊髄液とエルディア人があれば、異形の巨人は作りたい放題である。

始祖の巨人は、ユミルの民の肉体や記憶すら弄れるので収容区で育成する必要もない。

保護したエルディア人に人間としての最低限の権利を与える必要もなくなると知っていた。

 

 

「せいぜいその日まで戦士隊に希望を見せ続けるといい。それが貴公の役目だからな」

 

 

ユミルの民は、エルディア帝国を建国した初代フリッツ王の子供を産まされた奴隷の末裔である。

巨人を研究していくうえでマーレ軍上層部もユミルの民の扱いについて理解しつつある。

今度こそ人権はおろか、意志さえも奪って更なるマーレの繁栄を支える道具として活用する。

それがマーレ軍上層部の真意であった。

 

 

「それはともかく、パラディ島近海に沈んだとされる超大型無人航空機(ドローン)の回収をしなくてはな」

 

 

そして、パラディ島の近海に沈んだとされる最高機密の無人航空機(ドローン)について気にしている。

“フレースヴェルグ”というコードネームを付けられた無人航空機(ドローン)は最先端の技術が用いられた。

核融合炉やガンマ線レーザー砲、高高度電子パルス拡散弾とポリ窒素爆弾、電子情報収集機。

特にTNT換算で100メガトン級*4の水素爆弾“ツァーリ・ボンバ”を引き上げたかった。

それさえあれば、偉大なる祖国マーレに歯向かう勢力を叩き潰せるのだから。

 

 

「世界が“原子爆弾”を最高威力の兵器と勘違いしている今こそ動かなければならない」

 

 

自律型AI原子力装甲戦車の主砲であったガンマ線レーザー砲は、威力を抑えた試作品に過ぎない。

マーレの戦士候補生のヘルメットに仕込まれたカメラの映像ではっきりわかった。

誤報に思えた機密情報は事実であり、実際にあの無人航空機(ドローン)は何者かによって撃墜されたと…。

唯一真相を知っていたスラバ要塞の司令官が戦死した以上、マーレは血眼に探す事となる。

一生、見つかる事はない偽りの希望を…。

 

 

「はぁ……撃墜して正解だったわ…」

 

 

その会議の一部始終を盗聴していた女は溜息をつく。

1万m以上の深海に沈んだので引揚作業(サルページ)するのは不可能に近いのは知っている。

水素爆弾も起動となる原子爆弾が爆発するまで無力なのは間違いない。

核燃料が漏れて大規模な深海汚染に繋がる未来も見えているが、どうする事もできなかった。

 

 

「パラディ島を守る為に兵器開発させたのがここまで裏目に出るとはね…」

 

 

複数の名前と人格を用いてマーレと中東連合を泥沼な総力戦に導いた女は汗を掻く。

自分のせいでいろんな兵器が生まれたとはいえ…ほぼ全てが想定外だった。

想定外の人生を歩んできたとはいえ、人間の悪意がここまでさせると戦慄した事もあった。

 

 

「さて、タイバー家はどう動くかしらね…」

 

 

原子力関係は、失われた技術(ロストテクノロジー)となったが、いつかは後継者が出てしまうのは間違いない。

基礎理論自体はあるので核融合炉まではいかなくても、核分裂反応を再現するのは目に見える。

だからこそ、全ての鍵を握っているタイバー家の当主の動きを気にしていた。

 

 

「……そう、ありがとう」

 

 

そこに耳打ちしてきた通信兵の報告でタイバー家の動きを知った。

報告してきた通信兵に感謝して彼女は笑う。

 

 

「もう手遅れか……」

 

 

壁外勢力の脅威を積極的に排除する4つ目の兵団の長は、覚悟を決めた。

 

 

「せいぜい最低限の犠牲で収めたいわね」

 

 

“憲兵団”、“駐屯兵団”、“調査兵団”に続く4つ目の新兵団の長は血を流す事を決意した。

 

 

「だって、ライナーの家族や親族を無駄に殺したくないですもの…」

 

 

4年前は、兵団政府隷下エルティアナ独立愚連隊という仮名だった“迫撃兵団”の長!

フローラ・エリクシアは、不俱戴天の仇であるライナーの故郷で血を流す。

 

 

「ふふふふ、英雄が居るなんて羨ましくてしょうがないわね」

 

 

それも凄惨になると分かっているからこそ最低限の犠牲で済ませようとした。

 

 

「あーあ、身体中がびしょ濡れになっちゃった…」

 

 

興奮し過ぎて全身の傷が開いて血塗れになったエルディアの悪魔は自身の血を見て呟く。

ライナーの事を想うと古傷が開いて血塗れになる現状をどうにかしたいと思っている。

 

 

「でもしょうがないわ、ライナーがわたくしの心を奪ったですもの…」

 

 

高慢ちきな塩商人の令嬢だった女悪魔は、未だにライナーに恋する乙女である。

その愛が歪んでいるのは彼女自身が分かっていた。

 

 

「だからその愛情をこの手で表現してあげないとね……!」

 

 

訓練兵時代にライナー・ブラウンに恋した20歳の乙女はどこか狂っている。

かつて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を代弁すれば…。

今度こそ「自分の言葉と行動で愛を示してみせる」といったところか。

 

 

「さて、準備を始めるわよ」

 

 

新兵器と新戦術を携えてフローラは特殊部隊を率いてレベリオ収容区にお邪魔する事となる。

当然の事ながら大惨事になると記者団に向けて会見を開くライナーは知る由もない。

そして同時期に襲撃した調査兵団は、この世界がどれだけ残酷か知らされる事となった。

 

 

*1
高高度爆撃に用いられる事が多い高度を維持しつつ爆撃する戦術。

*2
元ネタは、第二次世界大戦でドイツ国防軍が運用したドクトリン。機械化部隊で迅速に縦深突撃をし、敵軍を翻弄する

*3
元ネタは、ベトナム戦争後のアメリカ軍が生み出したドクトリン。陸軍と航空部隊が常に連携して作戦を実施する

*4
第二次世界大戦中で使われた総爆薬量の50倍とされる破壊力

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