進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
記者会見を終えたライナー・ブラウンは身支度を整えてレベリオ収容区に向かう。
しかし、その足取りは生まれ故郷に近づくほど重くなっていった。
「ああ」
ようやく収容区の入り口に辿り着くと既に開門しており、奥には母親の姿があった。
事前に連絡があったとはいえ、ここまで露骨だとライナーもうんざりする。
『なるほど、母さんは昔と変わってないか…』
どんな時も追い詰められた際にチラついたのは母親の顔だ。
その母が自分に配慮して一人で佇んで門の前で待っていたのだ。
嬉しい反面、悲しくもある。
「ライナー」
「母さん」
母が呪いなのか希望だったのか。それとも自分の根本的な精神の支えだったのか。
ライナーには分からないが、少なくとも肉親と再会できたのは事実だ。
「疲れた事でしょう?ゆっくりと休んで良いのよ」
「そうさせてもらうよ」
昔より皺が増えて母が老けたと思う一方で、自分も老けたと実感する。
「成長とは老化である」と明言した偉人は誰だったか。
「ガビもあなたをずっと楽しみに待ってたのよ。活躍話も聴きたいって」
「そうだな、色々遭ったもんな」
かつては、【家族全員と過ごしたい】という下心を隠してライナーは戦士となった。
今では、【決して叶わぬ夢】と知りながらも、自分の使命を果たそうとする存在になった。
自分の経験談で誰かが救われるならと…ライナーは時折、同僚や仲間たちに昔話をする。
『クッ……』
未だでも鮮明に思い出される訓練兵時代の記憶が憎たらしい。
本来であれば、戦士候補生になるまでの辛い過去の方を覚えているものだが…。
戦士と兵士の狭間で揺れていたせいか、むしろ兵士時代の方が良く覚えている。
それが本当に憎たらしいとライナーは思ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、こうやって再会できるのは夢みたいだな…と思ってさ」
誰もが死にたくなかったはずだ。
それなのに自分だけが生き残ってしまった。
特にパラディ島に置いて来た同僚の顔は、いかなる時も忘れさせてはくれなかった。
『パラディ島に残って戦うべきだったと今でも思う…』
パラディ島勢力にピークが巨人に喰わされたと報告を受けたので生存は絶望的だ。
未だに死にかけた自分が夢を見ているのかと母親との会話中でもライナーは感じる。
「ライナー、あなた疲れてるのよ。久々の自宅でゆっくりしていきなさい」
「……そうだな」
運命を変えたあの日、エレンに「おいライナー、お前疲れているんだよ」と声をかけられた。
本当にあの時は、慣れない任務と寝不足で疲れていた。
2日間戦い抜いたと発言したフローラに次ぐのでは…とベルトルトと会話してたのを思い出す。
『呪いか、コレは…』
ちょうど、こんな時間帯にエレンは自分に気遣って軽いノリで声をかけてくれた。
どうして
「ああ、呪いなんだろうな…」
任期を果たして死ぬまで引き摺る呪いだと分かっていた。
始祖奪還作戦に挑んだ同僚はパラディ島から戻って来ずに残りの戦士も酷い目に遭った。
【死は救い】とまで考えてしまうライナーは母の背中を見ながら自宅に向かって歩く。
戦士候補生時代の自分をいつも出迎えてくれた自宅は、今でもしっかりと出迎えてくれた。
「……ん?」
ここで記憶が飛んだとライナーは理解した。
いや、今までの経緯は理解しているが、まるで早送りにされたようだ。
親戚一同が集まって生還パーティを開催しており、ライナーは主役の1人
「油断した敵から
今、狭い食卓の主役になっているのは、ガビ・ブラウンである。
ブラウン家一族の中でもっとも優秀な戦士候補生と評される彼女の活躍話は飽きない。
母以外は腕章を外してリラックスしている親戚一同は彼女の武勇伝を楽しんでいた。
「ああ、記録映像で見たぞ!お前はエルディア人の救世主だ!」
「ええ、きっとマーレもガビは戦士に相応しいと認めてくれるでしょう」
ガビの活躍話を聞いて彼女の頭を撫でる叔父と叔母を見ていてライナーは思う。
『全く非の打ち所がない…まさにマーレの戦士になるのに相応しいほどにな…』
一時は、
何が恐ろしいかというと挫折という経験を得ずに戦士候補生の頂点に君臨している事だ。
「ライナー、ガビが戦士になるのは間違いないと思うけど…あなたから見てどう?」
いきなり母親から自分の意見を求められたライナーは率直に意見を述べる。
「今回の戦果を踏まえても、ガビが【鎧の巨人】の継承権を得られるのは決定的だと思う」
そう、誰の目から見ても、ガビがライナーの後を継ぐのはほぼ確定している。
現役の戦士から暗に後継者と認められたと知ったガビは恥ずかしさのあまり頬を赤くするが…。
私情を見せないように淡々と主観を告げたライナーには、どうしても言えない事実がある。
「そうかい、一族から2人も戦士を授かるなんて…マーレに認められた事に誇りに思うよ」
ライナーの母親であるカリナ・ブラウンは確かに一族から戦士が誕生するのに誇りに思っている。
しかし、その原動力は別にある。
「あとは、あの島に住む悪魔共さえ全滅してくれれば、エルディア人は平和になれるのにね」
これも本音の一部でしかない。
穏やかな母親の中には、息子にすら分からない…どす黒い何かが
悲しそうに俯く母親を見てライナーは、昔よりも症状が悪化していると気付いた。
『…母さん』
声をかけようとしたライナーだったが、先にガビが不安がるおばさんに気を遣って口を開く。
「大丈夫だよ…島の悪魔からも外敵からも…私たち戦士隊が守るから心配しないで」
ガビ・ブラウンは先人の自分と同じ轍を踏もうとしている。
自分の時と違うのは、もはやマーレ以外にエルディア人の生存を許されていないという点だ。
必死に努力しているのにむしろエルディア人の扱いは、マーレすら悪化の一途をたどっている。
『違うんだガビ…もう、俺たちの努力だけじゃどうしようもない時代なんだよ…』
悪意が極端まで悪化させた結果が中東連合における最前線であったとライナーは考えている。
異形の巨人を仕留める為に自国民すら化学兵器で殺戮した狂った思考すらまだまともだった。
本当に身を滅ぼす悪意の塊と言える思考がすぐ傍にあるからこそ彼は黙っている事しかできない。
「島の奴らのせいで世界はずっとエルディア人を警戒しているからな…」
「あの悪魔共さえ居なければ…エルディア人を恐れられる事などなかったのに」
一昔前までマーレの収容区に居たエルディア人の階級は大雑把に分別されていた。
今では、細かく階級が分かれており、同じエルディア人内で差別を促している有様だ。
そういった現実から責任転嫁する為か、全員がパラディ島に住む同族を憎むという異常さ。
これは、実際に楽園に行くまで違和感に気付けなかった。
『昔の俺もそうだった……』
ただひたすらに母の為に…自分の為に戦士となったライナーは壁の中で現実を知ってしまった。
親戚や教官から教えられた悪魔の一族の心象からかけ離れた現実は彼を本気で苦しませた。
「でも、ライナーは凶悪で残虐な悪魔の島に5年間も活動したんだよね…良く生き残ったね」
ガビの発言を聴いて狭い食卓の空気が重くなった。
なにせ、9年前に4名の戦士を送り込んで更に4年前に2名の戦士を追加で派遣したのに…。
結果は惨敗に終わったのだから。
「……ねえ、ライナー。異形の巨人を50体も投入したのに勝てなかったって本当なの?」
「ああ、事実だ。鎧と獣、超大型に車力も参戦したのにあのザマだ。本当にすまない…」
最前線で異形の巨人の強さと恐ろしさを実際に見て来たからこそガビも島の悪魔を恐れている。
マーレの戦士という役割そのものを奪いかねない異形の巨人ですら悪魔に勝てなかったのだ。
中東連合との戦争なんか屁でもない本当に地獄の数々だったのかと考えてしまった。
「ライナー、あなたは悪くないわ。悪いのは卑怯な手を使った悪魔たちよ!」
母親の励ましの言葉すらライナーの心に深く突き刺さる。
自分のせいであそこまで悪化したのだとずっと考えているからこそ他責がきつかった。
「ジーク戦士長ですら治療に半年もかかる拷問をされたって聴いたぞ」
「よく瀕死で済んだな…」
瀕死だったライナー・ブラウンは、肉体が自己再生すれば元に戻るのでマシだった。
“脅威の子”と畏怖されたジーク・イェーガーは、悪魔に拷問された結果、肉体に細工された。
尿路結石が無限に再生する様に仕向けられた彼は永遠に激痛で苦しむ羽目になる。
投薬すると問題があったのか1日5回以上行われた麻酔なしの手術を半年も継続し、闘病したのだ。
その間、マーレ軍の戦況がかなり酷かったのは言うまでもないだろう。
「ライナー、パラディ島侵攻作戦で絶対に無理をするなよ?」
「護るべき物がたくさんあるのよ、決して無茶な行動をしないと約束して」
「……ああ、約束する」
それを知った収容区のエルディア人たちは、大失態を犯したライナーを責めなかった。
むしろ、祖国マーレに危機に真っ先に対応し、その活躍っぷりに英雄と賞賛した。
こうやってガビの両親から善意で自分の身を心配されるのも彼を余計に苦しめる。
「ライナー、悪魔相手には辛かったでしょ?私でよければ相談に乗るよ?」
一方、ガビには分かっていた。
尊敬する従兄が悪魔たちの行動に戦慄したうえで自分を無理して偽って来たと!
「残虐非道だった」と発言するのに話の内容は、軍隊の入隊式に芋を喰った女の話だった。
ムシャムシャと蒸かし芋を喰った挙句、教官に食べかけの芋を分けようとして罰則を喰らう話。
これのどこが残虐非道だったのかと誰もが首を傾げたし、カビも最初はそうだった。
『きっと隠語に置き換えたんだ!今もライナーは残虐な行為をさせられて悩んでいるはず!』
【芋】を【人間の様に振舞う悪魔の頭】に置き換えれば全ての合点がいく。
教官が同胞殺しと食人を咎めたが、その女は悪びれるどころか積極的に食人を宣伝していたのだ。
「譲り合う精神がない」とライナーが発言したのは、その気になれば同族喰いをする野蛮な奴ら。
すなわち、そのままでは発言できない内容をライナーは気を遣って言い換えていると考えた。
『私が支えてあげないと!』
15m級の巨人が即死する化学兵器が使用されたり、
勇敢にも塹壕に向かって突撃した結果、無駄死で終わって戦場の日常を彩る悲惨な光景すら!
世界を滅ぼせる悪魔たちが住むパラディ島で味わって来た地獄の日々には絶対に敵わないはずだ!
だからこそライナーはあそこまで活躍できると理解したからこそ…ガビは彼を支えようとする。
「……そうだな、お前がしっかりと俺の後任になれる立場になったら…相談させてくれ」
「わかった」
ライナーは未だにガビに関する悪夢を見る。
何故だか分からないが、このままだと彼女が死ぬ。
しかも自分の能力を継ぐ事もできずにあっさりと誰かに殺される末路が見えるのだ。
それを発言できなかった彼は、ただ従妹に期待する程度の発言しかできなかった。
「そうだよ!」
ここぞとばかりにライナーの母は、マーレに縋りつく亡霊の様に過去と同じ発言を繰り返す。
「島に居るのは悪魔だ。世界を地獄にして作った大量の屍の上に楽園を作った悪魔だよ!」
過去に起こった事実を物理的に無かった事にする事などできやしない。
大虐殺など決して許される事は無く
パラディ島に居住できなかったエルディア人は過去の所業を背負って償いの日々を過ごしてきた。
「でも私たちは違う!大陸に住むエルディア人は、生涯を捧げて祖国マーレと周辺諸国に及ぼした凄惨な歴史を償う善良なエルディア人なのだから…」
彼女の発言は、大陸に住むエルディア人の総意と言っても過言ではない。
「多くの人間を虐殺した挙句、負の歴史を
だが、ライナーは知っている。
「それを果たされて初めて大陸のエルディア人は、人類の味方だと認めてもらえるんだから…」
この発言は、母親であるカリナの建前に過ぎないと…。
「私たちを置き去りにした島の悪魔共に制裁しなくてはならない。…そうでなければ変わらない。未だに巨人が築き上げた歴史を誇る悪魔共が居る限り、私たちには未来は無いの…」
これが彼女の本音だった。
要するに大陸に置き去りにして自分たちを苦しめ続けるパラディ島の住民に復讐したいのだ。
もしも、それが達成できたとしても、エルディア人に未来は無いのはライナーは理解している。
ところが、その異常さに大陸のエルディア人は誰も気付けないのだ。
それは何故か。
『復讐をしたいからだ…』
ご先祖様のせいで大陸に住むエルディア人は自分たちの生存権も人権も制限されている。
その苦境さえも乗り越えようとしても、どうしても精神的な苛立ちの捌け口が必要だ。
だから、パラディ島に去って行った同族を憎悪し、その憎しみが積み重なったのだ。
積年の恨みは、もはやマーレすらどうしようもできない問題であった。
「ライナーもそう思うでしょ?」
「ああ…」
ガビもまた自分と同様に復讐の道具として認識されて酷使されて苦しむ羽目になる。
周囲の期待に応えようとして無茶して心身共にボロボロとなるだろう。
『その前に…俺がなんとかしなければ……』
ライナーの個人的な意見としては、自分の後継者がガビになって欲しくないと考えている。
もちろん、訓練兵時代の記憶を継承されるのが嫌というのもあるが、それ以上に…。
周囲の期待に応え続けるという行為がいつの間にか目的にすり替わらないか心配していたのだ。
それが唯一自分が持っていた存在意義であり、そしてそれが自分を苦しめている元凶でもある。
「おっと、せっかくの御馳走が台無しになっちまう!」
「そうね。生還記念パーティなんだから英雄たちには楽しんでもらわなくちゃ!」
ガビの両親が話題を変えてくれてライナーはようやく一息をつける。
そしてすぐに記憶が飛んだのを実感した。
「……ん?またか!?」
さきほどまで母親とガビの両親や親族が集まってパーティをしていたはずである。
いつの間にか、本部にある戦士候補生の訓練施設に来ていた。
また記憶が飛んだのかとライナーは思ったが、ここまでに来る記憶も残っている。
「ま、まさか…任期終了が近いからか?」
レベリオ収容区の門衛に書簡を見せてガビと共に本部に来たのをすぐに思い出せる。
なのにこうして記憶障害っぽい何かというか強迫観念に襲われるのは今までなかったはずだ。
そう考えると思い付くのは、戦士の任期しかない。
『……まあ、俺の嘘がガビにバレて衝撃を受けていたのかも知れない…』
ここに来る道中でガビから「ライナー変だよ、なにか嘘をついている」と言われた。
詳しく聴くと自分の母が「島から帰って来たら別人みたいになった」と従妹に言ったようだ。
その時は、「12歳の少年がおっさんになって帰ってくればびっくりするだろう」と返答した。
『いや、親離れをした事に気付かれたか。それともガビまで怪しまれる失態を犯したせいか…?』
価値感や信念が異なる者同士が団結する事はまずない。
パラディ島では巨人という強大な脅威に晒されていたからこそ何とか団結できている状態だった。
つまり、外の世界の異常さを楽園で知ったライナーは、既に
だからこそ、ガビは「いつか本当の事を話してね」と告げたのだ。
『どうすればよかったんだ。時代や環境の影響で選択肢など限られたというのに…』
振り返ってみれば、サイコロを何度も振っても出目が
だから誰かの期待に応えて喜ばれる事が多かった壁社会では本当に現実かと思ったほどだ。
「どうした?未だに砲撃の衝撃で頭がやられているのか?」
後ろめたい事を考えていても、何かしらご時世というものは動いているものだ。
さきほどから挙動不審に見えるライナーに向かって同僚のポルコが挑発してきた。
「次世代の戦士の事を考えるのに理由は必要なのか?」
「
「そりゃあ、そうだ。俺らの意志を継ぐ奴らを見てるんだ。高みから見下ろさないとダメだろ?」
「はあ?意味が分からん。自分がマーレ人にでもなったつもりかよ」
ライナーを挑発するつもりだったポルコ・ガリア―ドは意味不明な返答に困惑した。
つい、うっかりと彼は失言をするが、それをフォローする様にライナーは発言を続ける。
「マーレ人の誰よりも祖国マーレに忠誠を誓っていると示さなければ俺たちは戦士にはなれない。ならば、俺だって偉大なる祖国が再び英雄国として復活する方法を考えても可笑しくないだろ?」
「…何が言いたい?」
「俺たちしか見つけられない些細な異常を発見する為にこうして突き放しているって訳だ」
「けっ、相変わらず口だけは達者な奴だ」
ここで、ポルコは戦士候補生はガビやファルコだけじゃない事を思い出した。
中東連合との戦争で活躍したエルディア人も候補生として活動していたのだ。
当然の事ながら、幼少期から育成された候補生と外部出身の候補生には差がある。
「どうせアニキの真似事だろ?お前如きがアニキみたいになれるワケがねぇのによくやるな」
調子が狂って挑発する気が失せたポルコは、最後にライナーに辛辣な言葉を投げかけるが…。
「その通りだガリア―ド。お前の言っている事は全て正しい」
「……あ?」
あっさりと悪口が肯定されてしまい、却ってポルコは気分が悪くなった。
実の兄の発言や思考を模擬して自分が兄になったように振舞うおっさんはきつい。
ただ、それだけであった。
「お前ら、私語は謹んでおけ」
ジーク戦士長の発言を受けてライナーとポルコは黙って地上を見下ろす。
そこには、祖国マーレに尽くそうとする若き戦士の卵が見える。
『俺たちの時より訓練が厳しいな…終戦直後なら当然か』
戦争における戦闘は、全体的から見ると一瞬でしかない。
それが適応されるのは、皮肉にもエルディア人もマーレ人も同じである。
行軍が行動の大半を占めており、敵兵よりも迅速に移動する事を重視している。
『競争じゃないんだがな……』
ただし、一部の兵士がいくら迅速に動けても大半の部隊が遅れては意味が無い。
旧時代の運用と馬鹿にされる戦列歩兵どころか太古の戦術から一切変わっていない…はずだった。
しかし、視界に映るのは荷物を背負って銃器を構えて全力で走る戦士候補生たちの姿である。
『行軍の効率を確認しているのか?』
中東連合の戦争中期では、装甲戦車や無人航空機といった新兵器が投入された。
その一方で巨人と徴兵したエルディア人を主力にするマーレ軍はすぐに戦術を変えられなかった。
そのせいでマーレ軍は「突撃と無駄に行進する事しかできない無能」と他国に評価された。
その評価がよっぽど悔しかったのだろうか。
『ははは、まさかな…』
ライナーには行軍に碌な思い出はない。
自分よりも体力があって優秀な成績を修めたマルセルは地面から出現した巨人に喰われて死んだ。
それほどまでにこのご時世は、あっさりと戦死するのだ。
いくらここで効率が良くなる行軍を模索する為に訓練をさせても無意味に近い。
そう考えても、ライナーは戦闘を走る2名の戦士候補生から視線が外れる事は無かった。
「ファルコがガビを抜いたか…」
ファルコ・グライスがガビの全力走行に追いつくのは珍しい。
12歳のお年頃は、女子の方が成長が速いせいでむしろ男子が身体能力で後れを取る事がある。
特に歴代の戦士候補生の中でも最優秀と評された彼女には負け続きだった。
ただ、ファルコも負けず嫌いだったのか、それとも本気で戦士になろうとしたのか。
初めて彼がガビに勝利して周囲の候補生どころか教官たちも騒いでいた。
「もしかしたら、これからファルコがガビを越えるかもな…」
「今更、ファルコがどんな成績を残そうと戦士の後継者はガビには変わりませんよ」
高みの見物をしていたポルコは思わず本音を漏らすと…すかさずコルトが口を開いた。
しかし、ポルコは大番狂わせがあるのを過去の事例で知っている。
「それはどうだろうな?選考基準なんて曖昧だぞ」
『特に当時は作文力でマーレの忠誠を示し続けたライナーとかな』…と言葉にはしなかった。
ただし、ポルコの言いたい事を理解しているライナーは彼の顔を一瞬だけ見て再び視線を逸らす。
「確かにガビは
コルト・グライスの叔父は、エルディア復権派という悪の組織の幹部であった。
そのせいで叔父夫婦が【楽園送り】にされても、周囲からの視線は軽蔑そのものを示していた。
そんな逆境でも努力を続けたコルトは、見事にジーク戦士長の巨人を継ぐ事が決まった。
優秀な彼が時折、露見させる致命的な弱点は、弟のファルコをかなり気にかけている事だ。
「コルト、名誉を軽んじる気か?」
「名誉を貶めていると感じられてしまう軽率な発言でした。申し訳ございません」
ジーク戦士長の指摘にコルトは自身の失言に気付いて急いで謝罪をした。
名誉マーレ人になる事は、生存権すら危ういエルディア人にとって希望そのものである。
ましてや、パラディ島を除くとマーレ以外のエルディア人は皆殺しにされたとなれば尚更だ。
エルディア人に寛容だったヒィズル国すら他国に威圧されて全員を処刑したのだから救いが無い。
「まあ、それが兄貴という奴だ。祖国への忠誠に次いで家族を想う事は大事だと思うぞ」
「戦士長…」
ただし、ジークは兄として複雑な感情があるのは理解できる。
長男として守ってやりたいというコルトの気持ちはよく分かる。
「行くぞ」
「どちらへ?」
「キャッチボールだ。会話でも表現されるが、実際に身体を動かして交流するのは悪くないぞ?」
「なるほど、確かに相手の
ジーク・イェーガーは、どこか思考が煮詰まっているコルトにキャッチボールの誘いをした。
誰かに合わせて行動するというのは、戦士としての訓練を修了した者にも難しいものだ。
だからこそ、獣を継ぐ者同士の交流も兼ねて2人はその場を後にした。
「……マルセルの記憶を思い出したか?」
「いや、アニキは弟を本気で可愛がるものだな…と思ってな」
いきなり無言になったポルコに声をかけたライナーだったが、彼としては別の想いがある。
「護りたいものが人であれ、家族や祖国マーレ…とにかく何かあれば長男は強くなるものだ」
「……一人っ子が偉そうな口を利くな」
「すまない…」
兄弟愛というものは、一人っ子のライナーは経験していない。
ただし、夜明け前に長男としての本音を漏らしたマルセルを見た彼はある程度理解している。
誰かを守ろうとする長男は、その人物に危険が及ばない様に積極的に危険な事をすると…。
『弟もそれを望んでないのは、お前を見て分かるぞ』
兄の気遣いは時に弟を邪魔する事がある。
それと同様に恋する男女もお互いを想っているからこそ擦れ違う事がある。
「おっ、戻って来たな」
エルディア人が居住する収容区の門衛であるビックスは、幼き戦士候補生4人組の姿を確認した。
傍に居たウージの顔を見ると自分と同じ考えをしているのが分かる。
「チビ共、景気が良さそうじゃねぇか。ファルコが何か偉業を達成したか?」
「ファルコが遂にガビに勝ったんだよ!」
ファルコ周りで盛り上がっているのを見てビックスが質問するとウドがその答えを報告した。
「へぇ、ガビの成績を上回ったのか。明日は空から飴玉でも降ってきそうだな」
ノッポで身長が高いビックスと違って横に広いウージは天変地異でも起きるのかと冗談を告げる。
「すげぇな、次の【鎧】は坊主で決定だ。いやーめでぇてぇな」
もちろん、一部の成績だけガビを上回ったといつも戦士候補生を見て来た2人は理解している。
それ故にあり得ないと分かりつつも、ビックスもファルコが鎧を継承すると軽口を叩く。
「行軍訓練の一部科目でガビを上回っただけです。これ以上は恥ずかしくて…」
話の中心であるが、過剰に褒められても困るファルコは縮こまって話題が去るのを待っている。
彼の本心とは裏腹にファルコがガビに勝った快挙で盛り上がる一行に不機嫌になった人物が居る。
「【鎧】を継ぐのは私に決まってます!」
「いてぇ!?」
ファルコに軽く頭突きをしてガビは冗談でも【鎧】を誰かに継がせないと断言した。
「今更、あんたが私と競える訳がないじゃない。成績優秀な美少女の私が選ばれるに決まってる。それに実戦でも戦果をいくつも出したんだから諸外国にも優秀な戦士だと私は認知されてるの!」
「成績優秀はともかく諸外国に存在を認知されるのはさ、まずい事なんじゃねぇかな?」
自分がどれだけ鎧の巨人に相応しいか皆に告げるガビだったが、ビックスは素朴な疑問を告げる。
「おじさん!私の抑止力が世界を平和にできるって信じてないの!?」
「信じてたらお前が恐ろしくて会話してねぇよ!」
「ガハハハ、違いねぇ!」
「ムキー!このガビ様の偉業と活躍を見届けるまでさ!おじさんたちはここを辞めないでよ!」
なんやかんやで4人組とは長い付き合いの門衛2人は、若き希望には期待している。
マーレの存続には、マーレの戦士と戦士候補生の存在が不可欠なのは知っているからだ。
『見届けるか……戦士になれば強大な力と引き換えに短命になるから…か』
ガビと門衛たちの会話を聞いていてファルコはガビの未来を考えていた。
「ちょっとファルコ?その目は何!?あんたは私が【鎧】を告げないと本気で思ってるワケ!?」
「でも、正式に発表された訳じゃない。確定するまでオレは諦めないよ」
「はぁ!?」
ふと、ガビがファルコの顔を見ると自分が継承するのが気に喰わなさそうに見えた。
難癖になるとは分かっているが、それでも彼から認めてもらおうと意見を求めたら予想外だった。
まだ、鎧の巨人を継ごうと努力するファルコに本気でガビは驚愕する。
「それこそ男ってもんだ!格好良いぜぇ!」
ファルコの本心に気付いているビックスは、ウージの呆れた視線を無視して挑発する。
門衛たちにギャフンと言わせたいガビは、諦めが悪いファルコに事実を告げる事にした。
「あんたの家は、既に兄貴が【獣】を継ぐんだから名誉マーレ人になれるじゃない」
「それは昔の話だよ……一親等しか成れないから俺は名誉マーレ人になれないよ」
「うっ!確かに…」
中東連合との戦争前までは、名誉マーレ人は二親等も含んでいたので兄弟でも成れた。
しかし、異形の巨人を恐れた世界各国が密かに居住するエルディア人に
当然、世界中のエルディア人がマーレに押し寄せてしまい、保護政策そのものが変わった。
その結果、名誉マーレ人と婚約している伴侶も対象外になるという状況に追い込まれたのだ。
「なるほど、確かに戦士を目指すのは可笑しくない!でも戦士になって何をしたい訳?」
一応、【鎧】の継承を諦めていないファルコの理由はガビも理解した。
ただし、彼が戦士になって何をしたいかの
それに気づいたガビは両手を腰に当ててファルコに向かって戦士になりたい理由を問う。
理屈に基づかない返答ならば、そこから難癖をつけて諦めさせようという魂胆であった。
「お前の為に目指しているんだよ!」
ここでファルコは今まで胸の中で抱えて来た本音を述べた。
あまりの恥ずかしさに鼓動が高まり、まるで告白したかのような気分になった。
実際、この場に居た者は、一部を除いて告白であると認識していた。
「おー!遂に言いやがったぁ!やっちまったなぁ!?」
「勢いで告白できるのは若者の特権だ、有効活用するのは悪くないだろう」
興奮した影響か、近くに居た戦士候補生を煽るビックスと違ってウージは冷静である。
マーレの戦士候補生が婚姻した例はないが、不可能はないと思っている。
故にもしも2人が結ばれたらマーレにどのような影響を与えるか気になった。
「あらぁ…」
「マジかよあいつ…」
普段は表情を変えないゾフィアは大胆な告白でニヤニヤしているが…。
冷静沈着な見た目と違って激情家な彼はファルコの想いを察してムズ痒い気分になった。
さて、ファルコから大胆な告白をされたガビはというと…。
「はああぁ!?私の為に私の邪魔をして私の為ってどういう事!?」
ファルコが自分に恋をしているなど微塵にも気付かずに彼からの宣戦布告として受け取った。
これには、少年少女の恋愛を傍観していた門衛たちも苦笑い。
あっという間にゾフィアは無表情になり、逆にウドは恥ずかしさで両手で顔を覆ってしまった。
「クッ……」
勇気を振り絞ってガビが好きだと告白したファルコは更に恥ずかしさで顔を赤くする。
それを見せない様に収容区の奥に向かって走り出してしまい、更にガビを困惑させた。
「あーあ、やっぱり伝わらなかったか」
「あいつも戦士候補生だ。いつかはやり遂げるだろうよ…」
鈍感なガビに分からせてやる行動が必要だと考えるウージだが…。
ビックスは彼らの恋愛は進展しないだろうと半ば諦めかけていた。
「つーか!?どこに行く気!?」
とりあえず宣戦布告した張本人が逃走したので余計にガビは悔しがる。
なんか勝ち逃げされた感が大きくて鬱憤をどこかにぶつけたくてしょうがない。
「思春期の階段を登る少年だ、察してやれ」
「はぁ!?」
「あいつも色々抱えているって訳さ。ほっとけば元通りになるから放置しようぜぇ」
「恋愛?なにそれ美味しいの」という表現を無自覚に実行する少女に門衛たちは笑う。
どこかに飛び出したファルコは、誰にも引き留められる事がないまま無我夢中に走り続ける。
「ハァハァハァハァ…」
いつの間にか病院前に辿り着いたファルコは呼吸を整える為に少し歩き出した。
「あっ…」
そこでファルコは偶然にも前に逢った人物と再会を果たす。
これが運命の分かれ道とも知らずに…。
「ああ、疲れた……」
同時刻、戦士候補生より一足早く帰還したライナーは専用の執務室の椅子に座っている。
気分転換にとボルトアクション式のライフル銃の整備をし終えたところだった。
「ゲヴェーア798は手入れが容易くて助かる…」
ゲヴェーア798は、798年に制式小銃としてマーレ軍の歩兵に配備されてから改良が続けられた。
今では整備兵や専門家でもない戦士がこうやって小銃の整備ができるほど完成されている。
まるで巨人の運用
「巨人運用もこいつも、枯れた技術ってワケか」
応用は出来るが根本的な改良は不可能だという事だけは、この銃と鎧の巨人は共通している。
この場にベルトルトが居たら何か言うかもしれないが、あり得ない事を考えても仕方が無い。
『いつか、こいつの様に俺たちも別の兵器に変わるのだろうか…』
マーレ軍の主力銃として世界に名を馳せた名銃だったが、その時代も終わりを迎えていた。
中東連合軍が使用していた自動小銃にマーレ軍上層部も衝撃だった様だ。
ゲヴェーア798に採用されている7.92x57mm口径弾を使用できる自動小銃を開発を命じたのだ。
その結末まではライナーは知らないが、分かっている事はある。
転用も転売もできない兵器は、一部を残して破棄される未来しか無い事に…。
『お役御免になったらどうなるだろうな…』
巨人は
獣の巨人が投石で撃墜してやると豪語しながらナパーム弾の爆撃で逃げ回ったのは記憶に新しい。
それどころか、硬式飛行船を含めた有人機が無人機に駆逐される勢いになっている。
安価で使い捨てか、高価だが高性能で再利用できるかの違いはある。
そのどちらであったとしても、討伐される瞬間まで巨人は空を眺めている事しかできない。
『特に替えが利かない巨人は…』
地上の支配者という立場すらも、
そしてなにより、マーレ陸軍も装甲師団を創設して自国生産した新型を運用しているのも問題だ。
今は、化石燃料や希少資源を含めた資源問題ですぐに巨人に代わる事はないだろう。
だが、人類は既に鎧の巨人を倒せる技術をいくつも持っているというのが一番の問題である。
『マーレは、世界は…どうなっちまうんだろう…』
さきほどまで夢中でライフル銃を整備していたおかげで気分転換にはなった。
しかし、再びライナーは絶望な未来と残り少ない自分の在り方に苦心し始めた。
『ああ、そうだ。あの頃、俺は…母とマーレ人になる為に戦士になろうとしたんだ…』
大半の人間というのは、本気で追い込まれると現実逃避をする事がある。
人間と違って巨人になれるのと一部の成分を分泌するエルディア人も変わらない。
『あの時は、こんな絶望な未来になるとは思わなかったな…』
整備していたライフル銃を専用の置き場に立てかけたライナーは再び椅子に座る。
現実逃避しても何も変わらないが、辛い現実を打開できる答えがあるかもしれない。
『あれは雨が降る日だったか…』
まず思い浮かべたのは、戦士になろうと奮闘する幼少期の自分の姿である。
苦い過去があるからこそ…平和というこの時間を利用して必死に振り返る。
かつて英雄を夢見てそれを実際に叶えたはずのマーレの戦士は、回想する。
未熟者が頑張って一人前の戦士と兵士に成長していく…長い長い回想の開幕であった。