進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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171話 回想0-2 何も知らなかった少年

【始祖奪還作戦】の計画を聴いたのは、フランドール王国軍残党を殲滅(せんめつ)してから2週間後だった。

本部に緊急召集された6名のマーレの戦士及び戦士候補生は、衝撃的な作戦を聴いた。

マーレの戦士隊の指揮官であるテオ・マガト少佐は語る。

遂にパラディ島に介入する日が来たと…。

 

 

『ん?』

 

 

マガト隊長が語る計画を聴いていたライナーは、実行する作戦が曖昧過ぎて困惑した。

もちろん、行軍や潜入作戦などの訓練は修了しているし、作戦自体に疑問を抱いた事はない。

だが、結果だけを決めて考案されたとしか思えない作戦に忠誠心が高い彼でも首を傾げた。

おそらく目の前で説明している隊長ですらそう思っているのでは…と思うほどだ。

 

 

「よって始祖奪還作戦は、鎧・(アギト)・女型・超大型で決行する」

 

 

マーレを救う為には、パラディ島に潜入して【始祖の巨人】の力を入手する必要がある。

建前としては、未だに脅威であるパラディ島勢力を排除するというものだ。

実際は、パラディ島に眠る膨大な資源を入手したいが、無垢の巨人が障害となっている。

だから、戦士の誰かが力を継承して巨人とパラディ島の悪魔を排除するというものだ。

 

 

『俺らが【力】を所有していいのか…?』

 

 

マーレの戦士になったライナーは、タイバー家が秘匿した情報を触れる機会があった。

全ての巨人を操れる始祖の巨人は、王家が継承する事で力を発揮できる。

パラディ島脅威論は、その力を得た王が乱心すればいつでも世界を滅ぼせるというものだ。

現状は、第145代フリッツ王によって王家は【不戦の契り】に縛られて無力化されている。

 

 

『俺たちじゃ行使できないし、なによりカール・フリッツ王の遺志を背く事になる』

 

 

パラディ島に引き籠ったフリッツ王は、世界が自分たちを断罪する事を望んでいた。

しかし、子孫がマーレに指示されて始祖の巨人の力を行使して暴れ回る事は望んでいないはずだ。

 

 

『祖国マーレの作戦は絶対だが、本当に干渉していいのか?』

 

 

マーレが望む成果を出すには、文字通り、始祖の巨人を継いだ王家の人間を奪還する必要がある。

つまり、マーレが望む力を行使したいなら戦士隊は王家の一族も確保しないといけない。

マーレ軍上層部も理解しているはずなのだが、少なくとも作戦の説明では一切触れられなかった。

 

 

「マルセル、ベルトルト、アニ、ライナー。任せたぞ」

 

 

ただ、これはチャンスだと当時のライナーは思っていた。

 

 

『ここで活躍すれば、父さんからも!世界からも認められるんだ!』

 

 

エルディア人の扱いを変えるには、何か行動を起こす必要があった。

ただし、そんな機会などないし、あったとしてもマーレの手柄になってしまう。

それでも何かを変えられるはずだと…信じていた。

 

 

「納得がいかねぇよ」

 

 

マガト隊長が作戦会議を終えて退室した後、ポルコ・ガリア―ドがライナーに絡む。

どうやら自分を差し置いてライナーが戦士になった事もそうだが…。

なによりパラディ島潜入作戦にも参加するのが気に喰わないらしい。

 

 

「おかしいだろ!?なんでお前が選ばれるんだ!?どんな手を使った!?」

 

 

戦士候補生の中で落ちこぼれだと思った奴に先を越された怒りを爆発したポルコは止まらない。

 

 

「偉大なるマーレ軍がお前じゃなくて俺を選んだ。それだけだろ?」

 

 

ホントは「お前がドベだから」と言いたかったライナーだったが、ぐっと我慢した。

その代わりにマーレの選択をお前が批判する権利があるのかと問う。

 

 

「てめぇ!!」

 

 

暗に戦士失格だと告げられたポルコは激高し、ライナーに殴り掛かろうとしたが…。

 

 

「ポルコ、よせ。マーレ軍が選択した結果だ。それにこんな挑発に乗るんじゃない」

「……くっ!」

 

 

実の兄のマルセルに止められたポルコは少しだけ落ち着きを取り戻す。

ここで殴り掛かればライナーの思うつぼだと思ったのだろう。

一連の騒動を盗聴されているとは知らずにポルコはその場を去って行った。

 

 

「ライナー、すまない…」

 

 

ここでマルセルの謝罪を聴いたライナーは違和感を覚える。

この騒動で誤っているとは思えなかったのだ。

当時はその違和感の原因を特定する事はできなかったが…。

パラディ島に潜入した翌日の明朝、知る事となる。

 

 

「ライナー、進発式が執り行われるよ。急いで準備しないと…」

「そうだな、伝えてくれてありがとうな…」

 

 

気を遣ったベルトルトの発言を聴いたライナーは覚悟を決める。

目的を達成する為なら自分の命を捧げてでも、祖国に成果を示すと…。

ここからの記憶は曖昧だ。

だが、戦勝記念も兼ねた事もあり、お祭り騒ぎだったという事だけは覚えている。

母親が感激の涙を流しているのを見てもらい泣きになった事。

そして自分の実父を見つけたのもその時だった。

 

 

『あっ…』

 

 

レベリオ収容区は、居住を許されたエルディア人が大半を占める。

しかし、一部の専門職やマーレ軍関係者が居住している場所もある。

そこを馬車が通った際、ライナーは確かに父親の姿を見た。

 

 

『挨拶しておかないと…』

 

 

自分の母の願いを叶えようとしたライナーはマーレ軍の兵舎に向かう。

マーレの戦士になれなければ到底来れない場所に辿り着く。

 

 

「父さん…」

 

 

久しぶりに見た父親の背中は未だに大きく見える。

最後に逢った時より遥かに背が伸びたはずなのに未だに父に届く気がしなかった。

 

 

「そうなんでしょ?」

 

 

マーレ軍の炊事班長である父は、マーレ軍の兵士を土台から支えていると言っても過言ではない。

 

 

「母さんは僕が生まれる前、厨房で働いていた。そこで母さん、カリナ・ブラウンと出会った」

 

 

本来なら結ばれる関係では無かったが、マーレ軍属のエルディア人は居る。

主にエルディア人の一般戦士の食事を担当していた母は、この厨房で父と出会った。

 

 

「もしかしたら…って声をかけたんだ…」

 

 

自分の声かけで後ろを振り向いた父親は驚愕していた。

まるで自分を汚点に見る様に…。

 

 

『違う……僕は名誉マーレ人だ…』

 

 

本来ならば気軽にマーレ人に対して話しかけてはならない。

だが、名誉マーレ人としての地位を手に入れたライナーはここでそれを生かす。

 

 

「見てよ…僕と母さんは、名誉マーレ人になったんだ」

 

 

ライナーの夢、いや母の夢は家族全員で暮らす事。

だが、マーレ人である父とは断崖絶壁以上の差が存在した。

しかし、マーレの戦士になれば話は別となる。

 

 

「申告すれば塀の外を自由に出歩く事だってできる」

 

 

当時のライナーは参政権以外にもエルディア人との交際が禁じられているとは知らなかった。

だから口に出した事は本当に悪い事だとは思わなかった。

 

 

「父さんや母さんと一緒に暮らす事だって…」

 

 

成人し、様々な戦場を乗り越えた今だからこそ分かる。

父親目線だと『自分に復讐しにきた』としか思えなかったはずだ。

 

 

「ふざけるな!!」

 

 

父親から告げられた罵声により、少年期のライナーは現実を知る。

 

 

「あの女に言われて来たんだろ!?クソッタレ!!どんだけ執念深いんだよ!!」

 

 

母は父と一緒に暮らしたかったし、自分もそうだったが、父は違った。

 

 

「俺に復讐しに来たんだろ!?そうだろ!?よりによってガキを戦士にするなんて!!」

 

 

名誉マーレ人になったところでエルディア人の罪は消える事はない。

呪われた血筋は、決して存在しなかった事にはできないのだ。

人語を喋る人喰いの畜生が人間と同等の権利を得たところで何も変わりはしない。

 

 

「お前の出自が詳しく調べられたら俺の一家はお終いだ!!」

 

 

なにより父には別の家族が居た。

ライナーからすれば、彼は血が繋がった家族なのだが、父には関係なかった。

本命の家族と自分の破滅を察した彼は、反論させる隙も与えずに早口でまくし立てる。

 

 

「俺を縛り首にしてぇんだろ!?俺は逃げきってやるからな!!エルディアの悪魔共から!!」

 

 

罵詈雑言を浴びせられた【何も知らなかったライナー】は現実を知る。

名誉マーレ人になっても人間にはなれない事。

なにより家族全員と暮らすという幼い頃から思い浮かべた夢が無理だと自覚させられた。

 

 

「大丈夫かい?気が緩んではしてないかい?」

 

 

次に思い浮かぶのは、パラディ島に向かって出立する為に軍港に来ている時だった。

 

 

「だ、大丈夫。むしろ緊張している」

 

 

母親から心配されたライナーは無難な返答をする。

とてもじゃないが、父親の事は話せなかった。

 

 

「出発の時間が迫ってるから…でも大丈夫だよ。絶対に任務を果たすから…」

 

 

幸いな事に「任務」と口に出しておけば怪しまれる事は無い。

 

 

「お前なら絶対に任務を果たせるよ。父さんもきっと成功を祈ってくれていると思うから…」

 

 

当時では気付かなかったが、既にこの時、母は現実を知っていたかもしれない。

名誉マーレ人という地位に誰よりも必死にしがみ付く母は既に壊れていたと分かる。

何故なら彼女こそが父…いや、夫に逢いたいのに必死に我慢しているのだから…。

 

 

「…うん」

 

 

もちろん、当時はそんな事に気付ける訳が無かった。

それどころか父親と再会した事を母に黙ってそのまま出発しようとした。

 

 

「我がエルディア人の選ばれし戦士たちよ!!島の悪魔からみんなを救ってくれ!!」

 

 

軍港まで送り出してくれたエルディア人の声援を聴いてライナーは思った。

 

 

『そうだ、父さんなんか居なくても…俺は【鎧の巨人】を託された戦士だ…』

 

 

ある意味、これは自分なりの父への復讐だったかもしれない。

身元を調べられて大罪を特定される日々に怯える父に対しての意趣返し。

 

 

『島の悪魔から皆を救って――世界の英雄になるんだ!』

 

 

もしかしたら大活躍で自分の名が知られれば父が振り向いてくれると思っていた。

それは否定はできないが、少なくとも英雄に縋る事しかできなかった。

何も知らなかったライナーは、周囲の期待に応えること以外に選択肢が無かったのだ。

 

 

『世界一の自慢の息子になるんだ!!』

 

 

母に褒められたいから戦士になった。

家族全員で一緒に暮らしたいから戦士になった。

ただ、なんで自分が戦士になれたのかよく分からなかった。

【鎧】の選抜基準は、マーレの盾となれる存在だと聞いた事はある。

 

 

-----

 

 

「ああ、そうか。そういう事か……」

 

 

中東連合との戦争で【英雄】と評された今だからこそ分かる。

 

 

「歴代の戦士たちでもできなかった偉業を達成すれば世界が変わると思ってたんだな」

 

 

始祖奪還作戦が成功すれば、何もかもが変わる。

そう、成功する前提で挑んでいたからこそ失敗した際に危険性(リスク)を考慮してなかった。

 

 

「エルディア人の大罪を消せる訳がないのに…」

 

 

なにより成功したところで自分たちの未来に希望がなかったと分かる。

むしろ始祖奪還作戦が成功すれば、最低限の人権を保障する必要もなくなる。

すなわち、エルディア人は家畜と同類扱いされる未来が待っていたという訳だ。

 

 

「だから俺は少しでも誰かの役に立つ為に整備をする。それが務めだ…」

 

 

あらかたマーレ軍の正式銃の整備は終わった。

だから次は、中東連合軍から鹵獲したカラシニコフ式自動小銃に手を付けた。

 

 

「償いでもある」

 

 

人類の悪意はエルディア人を越える訳が無い…ライナーはそう信じたかった。

だからこそ銃の整備を続ける。

整備を怠って誰かが死ぬなど許したくない。

そんな一心で銃の整備を続ける。

 

 

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パラディ島に上陸する際に出迎えてくれた壁は巨人除けに過ぎない。

ここから先は、楽園送りされた元同胞か、島の悪魔しか地に足を付けられない場所。

 

 

「ここが楽園の境界線」

 

 

マガト隊長が巨大な防波堤をそう評したのは間違っていないだろう。

 

 

「日没後、北に向かって進軍しろ。後は作戦通りに動け」

 

 

事前に説明していたせいか、上陸後してからの隊長の説明は簡潔だった。

いつ、巨人と遭遇してもおかしくない危険地帯という事もあるが…。

むしろ、ここで巨人に遭遇していれば何かが変わったのかもしれない。

 

 

「マーレ軍は、望月の日にこの場所で停泊する。始祖奪還はそれに合わせるように…」

 

 

大事なのは、マーレ軍の軍船が停泊するのが、満月の夜だけという事。

それ以外に島から脱出する手段は無いに等しい。

 

 

「了解です!!」

 

 

だからこそライナーは即答した。

それ以外に自分が持ち合わせる物などない。

誰よりも高い忠誠心を評価されたのなら…それを示す以外に彼はできなかった。

 

 

「任務を果たし、始祖と共に…全員、帰って来い」

 

 

今でも去り際のマガト隊長の台詞が思い出せる。

あの歯切れの悪い発言は、彼も何かしら察していたのだろう。

 

 

「やるしかない」

 

 

ただ、ここに来ること自体は想定していた。

思ったより早く来たとしか考えるしかない。

 

 

「みんな、俺についてきてくれ」

 

 

機転が利いて誰よりも頼りにされるマルセルが班長になるのは当然の流れだった。

夜の帳が下りて巨人の脅威は去ったが、目の前が真っ暗で進むのも億劫になる。

いくら月光で照らされているとはいえ、馬上から地面が見えないほど暗かった。

まるで自分たちの未来を見ているようで気味が悪いのにマルセルは進んで行く。

 

 

「クソ、雲が出て来た…」

 

 

ただ、曇り空になり、持参していた照明器具ですら道を照らせなくなった。

ただの道なら気にしなくても良いが、ここは巨人の楽園である。

 

 

「このまま進むのは危険かもしれない。ここで焚火をして様子を伺おう」

 

 

先頭で馬を歩かせるマルセルの意見に誰も反論はしなかった。

一歩先が巨人の口という事もあり得るからこそ一旦、林に馬を繋いだ。

 

 

「あまり夜道を進んでいないけど大丈夫かな…」

 

 

焚火の四方を囲む様に布陣した一角に居たベルトルトが弱音を吐く。

 

 

「雲が出て来たからしょうがない」

 

 

それに対してライナーはその原因について触れるが…。

実の所、ベルトルトが気にしていたのはそれではなかった。

 

 

「巨人に遭遇しなくてよかった…」

 

 

ただし、巨人関連なのでマルセルの発言に反応したベルトルトは口を開く。

 

 

「このまま壁を破壊しても、壁の王は【始祖の巨人】を行使しないよね…?」

 

 

おそらくここでベルトルトが言いたかったのは、壁の王による【地鳴らし】の反撃。

…ではなく、第145代フリッツ王の契りに反して巨人の力を行使する事による恐れ。

エルディア人の犯した大罪を嘆いて後世まで影響を与える“王”がそれを許すかという問い。

 

 

「今更何を言っているんだベルトルト、マーレの研究結果を信じろよ」

 

 

そうとも気付かずに何も知らないライナーはベルトルトの意見を封殺した。

ある意味、マーレ軍の意志に近い存在に居た少年は作戦の否定を許せなかった。

 

 

「そうだ…後戻りはできない」

 

 

だからこそ浮かない顔をして自分の意見を肯定するマルセルにライナーは疑問に思った。

 

 

『なんで不満気なんだ?』

 

 

まるで何かに同情するかのような雰囲気を醸し出しているのを見てライナーは…。

 

 

「…なんだよ?まさか島の悪魔共を殺すのを躊躇っているのか?」

 

 

幼少期のライナーから見た母親は神そのものであった。

そんな女神から歪んだ愛情と受けながら洗脳教育を続けられた彼は疑問しかない。

なんで先人の犯した大罪と歴史で自分たちが苦しんでいるのに島の悪魔に同情するのかと…。

 

 

「連中が俺たちとマーレ、いや世界に何をやったのか忘れたのか?」

 

 

エルディア人の大罪と呪いは消えないと父と再会したライナーは深く認識している。

 

 

「かつて世界を蹂躙して地獄を作った悪魔の末裔なんだぞ?今だって世界を脅かしているんだろ?そんな危険な状況の中で俺たちは世界を代表して悪魔を裁く為に選抜された戦士なんだから――」

 

 

言っている事は、母親の発言と大して変わっていない。

違う点といえば、母に代わってエルディアの悪魔共に鉄槌を下せる立場に居るという事。

マーレの戦士という役職を存分に表現しようとしたライナーに…。

 

 

「…ライナー、すまない…」

 

 

マルセルは謝った。

 

 

「は?」

 

 

話の流れが読めなかったライナーは思わずマルセルに注目した。

 

 

「本当は、お前は戦士になれないはずだったのに…俺がお前を持ち上げたり弟の印象を操作した。ポルコがお前にやたらと攻撃的になっていたのも軍からの評価を下げる為に俺が仕込んだんだ…」

 

 

ここで何故か、マルセル・ガリア―ドは、ライナーが戦士になれた理由を暴露した。

戦士候補生の中で最下位(ドベ)だったのにマルセルの行動でライナーが評価されてたのだと…。

自力で勝ち取った【マーレの戦士】の席が意図的に用意されたのだとライナーは知った。

 

 

「はあ?」

 

 

ここまでならライナーも理解はできた。

あそこまで攻撃的な性格のポルコに【鎧】を継ぐ素質が無いとすぐに分かったからだ。

問題なのは、次にマルセルが放った一言だった。

 

 

「俺は、弟を…守りたかった。…ライナー、すまない…」

 

 

マーレの戦士になれば、名誉マーレ人として生きていける権利と獲得できる。

だからこそエルディア人の誰もが戦士に志願する。

ライナーも家族の為に戦士に志願したからこそマルセルの発言が理解できなかった。

 

 

『何言ってんだ!?戦士になれるのは、名誉の事なんだぞ…!?』

 

 

絶大な力と引き換えに寿命が13年に固定されようが、それほど人権に勝るものはない。

家族愛や兄弟愛について知らなかったライナーは、思わず立ち上がってしまう。

 

 

「なんで…謝るんだよ…?」

 

 

ライナーの頭の中では自分はマーレに選ばれた【鎧】の継承者と自認している。

なにより時差ボケにより時間間隔が分からなくなったうえで突然の真相解明である。

 

 

『俺は―【鎧の巨人】を祖国マーレに託された選ばれし戦士…!』

 

 

心の中では自分は戦士になれないと思っていた落ちこぼれのライナーは…。

夜明けと共に日光を浴びた地面から出現した黒髪の巨人に気付くのが遅れた。

 

 

『のはず…』

 

 

自分の背後から出現した巨人に対してライナーは何もできなかった。

そのまま落ちこぼれらしく巨人に掴まれて喰われるはず…だった。

 

 

「うお!?」

 

 

ところが、咄嗟に動いたマルセルに右手で突き飛ばされてライナーは難を逃れる。

だが、尻餅をついた彼は、代わりに巨人に掴まれたマルセルを見てしまった。

 

 

「うわああああああ!?」

 

 

それを見たベルトルトはすぐに走り出したが、それには意味がある。

超大型巨人の継承者である彼は、ここで巨人化すると味方を吹っ飛ばす危険性があった。

だから、ここではベルトルトを安全地帯に逃してからアニかライナーが巨人化するべきだった。

 

 

「あっ…」

 

 

しかし、状況が把握できないライナーは、マルセルが巨人に頭を噛まれて絶命する姿を見る。

そして慌てて後ろを振り返ると逃げるベルトルトの姿が見えた。

 

 

「ま、まて…」

 

 

助けを求めて右手を伸ばすライナーはベルトルトが自分を見捨てて逃げ去る様に見えてしまった。

だからライナーは立ち上がってベルトルトの方に向かって全速力で走り出した。

 

 

「マルセル!?」

 

 

先に逃走したはずのベルトルトは、班長の末路に意識が向いた隙にライナーが追い越した。

その時は、逃走するのに必死で気付かなかったが、彼は必死に何かを叫んだはずである。

それがなんだったのかは当事者から教えてもらっていないので真相は謎のままだ。

ただ言えるのは、ライナーが逃走した事で現場に1人残されたアニも涙目で逃げる羽目になった。

なにより、この時点でマガト隊長の去り際の約束を果たせなくなった。

 

 

『島の悪魔を成敗し』

 

 

パラディ島の悪魔をやっつけて自慢の息子になって両親から褒められたかったライナーは…。

 

 

『皆を救う英雄になるんだ』

 

 

傍に居た同僚1人救えずに全力で巨人から逃げる事しかできなかった。

世界の英雄になるどころか、敵前逃亡する糞野郎にしかなれなかった。

 

 

「ハァハァハァハァ…」

 

 

馬も同僚も見捨てて全力で逃げたライナーは息が切れても歩き続けた。

視界に目印になりそうな1本の木を発見してようやく意識が現実に返ったくらいである。

 

 

「ハァハァ…べ、ベルトルト…?ア、アニ?」

 

 

ここで自分は独りだと気付く。

 

 

「マルセル…」

 

 

そしてマルセルは…。

 

 

『喰われた…俺を庇って…!俺のせいで…!!』

 

 

ようやくマルセルが死んだと実感したライナーは両手で頭を抱えてうつ伏せになった。

自分のミスがなければ、同僚は死ななかったと理解できてしまう。

 

 

『み、みんなも死んじまった……どうする!?どうする!?』

 

 

なにより他に仲間が見えない以上、死んだと考えるしかなかった。

ここには無垢の巨人が山ほど居る。

逃げた先に巨人が居てそのままバクリと考える方が気が楽まであった。

 

 

『覚えてない。何も…どうやってここに来たのかも……』

 

 

諸外国から恐れられる鎧の巨人もここでは足が遅い頑丈な餌でしかない。

とにかく自分の死や末路しか思いつかなかったライナーはそこでうずくまるしかなかった。

 

 

「うわああああああああああ!!?」

 

 

突然、脇腹から強い衝撃を受けたライナーは情けない悲鳴をあげてそのまま転がる。

さきほどまで巨人を意識していた影響で次は自分の番としか思えなかった。

 

 

「……やるじゃん。あんた…に長距離走で負けるの…今回が初めてだよ…」

 

 

さきほどの衝撃は、アニ・レオンハートの蹴りで起こされたものであった。

アニの背後には、顔を真っ青にして地面に膝づくベルトルトの姿も見えた。

 

 

「あんた、なにを…したか、分かってる?…あそこで抑えておけば…【顎】を失わずに…済んだ。でも、あんたまで逃げたせいで私も頭が真っ白になった。…マルセルは帰らない。クソ野郎が…」

 

 

ここでアニは、その場に残ってマルセルを喰った無垢の巨人を確保しようとした。

だが、野郎2人が逃げたせいで彼女も逃げる羽目になった。

いくら他者との関係を断つ彼女でもここで孤立すると死ぬと直感で分かってしまう。

いや、分かるからこそ間違っていても、ライナーを追う事しかできなかった。

 

 

「で、でも…巨人は壁付近に居るって…まさか地面から巨人が湧くなんて…」

「巨人の行動は仕組み通りに動くとは限らない。そう教わったじゃないか…」

 

 

ライナーの反論に対してベルトルトは根拠を告げる。

確かにそう教わっていたが、あそこまで巨人が常識離れしているとは思わなかった。

 

 

「もういい…こいつを見捨てて…撤退するよ」

「…え?」

 

 

だが、アニが自分を残して立ち去ろうとするのを見てライナーは正気を取り戻した。

 

 

「な、なんで?まだ来たばかりだぞ…?」

「始祖奪還作戦が失敗したからに決まってる。マルセルを喰った奴を確保してここから撤退する。それが私たちができる最低限の被害で済ませる方法だよ」

 

 

アニの判断は間違っていない。

マーレから託された能力が【楽園送りされた大罪人】に継承されては末代まで恥だ。

しかも、能力を悪用される危険がある以上、身柄を早急に確保する必要がある。

彼女の意見に賛同したのか、ベルトルトも後を追う様に歩き出した。

 

 

「ま、待てよ…」

 

 

ライナーの呼びかけに2人は応えない。

 

 

「ダメだ、帰れない。このまま作戦を続行する」

 

 

ただし、敵前逃亡した敗北者が一人前に意見するのを聞き逃すほど2人はアホではない。

 

 

「確かにあんたは帰れない。このままノコノコ戻っても失態で【鎧】が剥奪されるから」

 

 

アニとしては、さきほどの失態を全てライナーに押し付けて撤退するつもりだった。

自分では適正な判断を下したとベルトルトと口裏を合わせる予定である。

 

 

「俺だけ剥奪される保証はないだろ?3人とも逃げた責任を俺だけが問われるのか?」

 

 

ここぞとばかりに舌先三寸でそれっぽい理屈を言い出すライナーにアニは否定できない。

なにせあのマーレが、始祖奪還作戦が失敗するなど予想すらしていなかったはずだ。

 

 

「失態を看過した自分たちがマーレ軍に粛清されないという根拠はあるのか?あれほど期待された俺たちが祖国の土地を踏めると思うか?マルセルを見捨てたのはお前らも同じだろ!?」

 

 

行軍用の馬どころか荷物を載せた駄馬すら失った以上、装備は背嚢(はいのう)の中にしかない。

子供の足だけでは、エルディアの悪魔が籠る壁に辿り着くまでに食料が尽きる。

暢気に食料を探そうとすれば、マルセルの二の舞になりかねない危険しかない。

 

 

「そもそも満月の夜になるまで帰りの船がないんだぞ!?それまで野宿でもする気か!?」

 

 

なにより、パラディ島に軍船が寄るのは満月の夜のみ。

なので撤退するのは満月の日まで不可能という事実がアニとベルトルトに突きつける。

 

 

「くっ…」

「それに【顎】の回収も得策じゃない。マルセルを喰って記憶を継承したそいつに【顎の巨人】を使われたら俺らの巨人じゃ絶対に追いつけない!走力が違うのはお前らも分かっている事だろ!!それともなにか!?巨人の力を浪費した挙句に他の巨人に喰われる気か!?」

 

 

それっぽい理屈で2人の動揺を誘ったライナーは親父譲りのまくし立てで彼女たちを追い込む。

焚火をしていた場所も現在の居場所も全く把握できていない。

マルセルを喰った巨人の居場所すら全く分からないのだ。

 

 

「マーレは結果だけを重視する!!ノコノコ戻ったところで俺たちはお終いなんだよ!!」

 

 

先々代の能力継承者が大した事が無い失態で能力を先代継承者に剥奪された。

その記憶を継承しているライナーだからこそ作戦続行以外に道が無いのは分かっていた。

 

 

「この失態をしでかしても、なお生きて帰りたいならマーレを納得させる成果が必要なんだよ…【始祖】を奪還する以外にもう帰ることはできない。そうだろ!?」

 

 

全ての巨人を統べる【始祖】を奪取してマーレに献上すれば、少なくとも成果は示せる。

【始祖】奪還時に【顎】が戦死したと報告しても納得はできるはずである。

少なくともマガト隊長も()()()()()()()とは内心では思っていないだろう。

 

 

「なんで今更落ち着くの。その冷静さの一握りでもあったらマルセルは死なずに済んだのに…」

 

 

アニは自分が正論を告げるのを聴いて反論する気力もなくなったようだ。

ベルトルトはいつも通り空気だが、少なくとも撤退する気はなくなった。

 

 

「自分の身を守る為に私たちを脅すなんて良い御身分のこと、調子に乗り過ぎだよ」

 

 

呼吸が整ったのもあってアニも落ち着いたようだ。

周囲を警戒して巨人が居ない事を確認!

 

 

「元はといえば、あんたのせいだろうが!!全部!!」

 

 

ご自慢の蹴りを全力でライナーに浴びせる。

 

 

「落ちこぼれのあんたさえ居なかったらマルセルは死なずに済んだ!違う!?」

「アニ!?」

 

 

倒れ込むライナーに向かって何度も蹴り出すアニをベルトルトは止めようとする。

だが、彼女との接し方が分からない奥手の彼は、オロオロとその場をうろつく事しかできない。

昼行燈(ひるあんどん)らしくアニの役に立っていないのも彼女が激昂した原因でもあるだろう。

 

 

「なにが名誉マーレ人だ!!なにが忠誠だ!!マーレもエルディアも全部クソッタレだ!!」

 

 

アニ・レオンハートという女は他の誰よりも秘密が多く、不要な関係を断つ女である。

その本質は、自分も他者も虫ケラの命のように価値が無いと思っていた孤独な女の子であった。

 

 

「全員が嘘つきで!!自分の事しか考えない癖に調子に乗りやがって!!」

 

 

しかし、自分が成り上がる便利な道具だと思っていた義父の考えに転機が訪れた。

 

 

「私もそうだ!!生きて帰らなくちゃいけないんだよ!!」

 

 

いざ、養子の娘が失われる可能性を自覚した時、彼はアニに泣いて懇願した。

今まで道具として扱ってきた事を謝罪して全てを捨てていいから自分の元に戻ってきて欲しい。

「だから約束してくれ…必ず帰って来るって…!」という約束は今までの彼女の価値感を変えた。

 

 

「お前さっき死ぬはずだったんだろ!?だったら死ねよ!!罪を被って死ね!!」

 

 

後に鎧の巨人に復讐を誓う栗色髪の女兵士が右手の人差し指を立てて「秘密よ」と教えてくれた。

だが、当時は命惜しさに自分に八つ当たりしているとライナーは考えていた。

それどころか、少しだけ母の面影を感じてしまい、苦手意識を持ってしまった。

 

 

「私には生きて帰る目的があるんだよ!!」

 

 

この苦手意識をライナーは引き摺る事となり、いつからか最終的な責任を押し付ける事となる。

後に致命的な出来事に繋がる事となるが、それを後悔するまで時間が掛かる事となった。

 

 

「分かったかクソ野郎!!」

 

 

感情を剥き出しにして全てを出し切って疲れ果てたアニは、もはや立つ気力すらなかった。

そんな無防備になった彼女の隙をライナーは見逃さなかった。

 

 

「うっ!?」

「…ライナーは死んだ。今死んだ。だからマルセルが必要なら…俺がマルセルになる」

 

 

背後からアニを押し倒したライナーは彼女の首を両腕で圧迫させて無理やり説得させた。

マルセルが居なくて始祖奪還作戦が続行不可能なら自分がなると…。

 

 

「もう、やめてくれ…争いはもうダメだよ…」

 

 

止めに入るはずのベルトルトは泣いていた。

もはや、常識外の事態に誰もが狂っていた。

何をすれば良いのか分からない暗闇の中で必死に手足を動かして足掻いている現状。

 

 

「帰ろう…みんなで、故郷に…」

 

 

ライナーは3人で故郷に帰ろうと告げた。

それは守られる約束のはずだった。

 

 

-----

 

 

「だが、現実は俺しかマーレに帰れなかった」

 

 

パラディ島に潜入した4名の戦士の内、マーレに帰還できたのは、ライナーのみ。

アニ・レオンハートは硬質化による結晶で全身を覆ってそのまま壁の中に…。

ベルトルトはシガンシナ区決戦で敗北し、おそらく生存していないだろう。

同じくシガンシナ区に出向いたピーク・フィンガーが巨人に喰われたのだから。

 

 

『というか、ジーク戦士長…負け過ぎじゃないか…?』

 

 

外の世界では“脅威の子”と畏怖されたジーク戦士長はパラディ島では負け続きだった。

最初は、立体起動をする兵士を観察していたらフローラに瞬殺されたそうだ。

 

 

『なにがどうなれば全裸になるんだ?』

 

 

フローラに瞬殺された結果、全裸で立体機動装置を持ってマーレ軍の特殊部隊に泣きついた。

そんな報告を聴いても、ベルトルトもライナーは納得する事はできなかった。

いつも負傷している印象の女にそこまでやられるのかと思ったものだ。

 

 

『俺にも負けてるし…』

 

 

ライナーがアニとの約束を守る為にジーク戦士長と決闘する時もそうだった。

巨人だと勝ち目が無かったので立体機動を駆使する兵士になると…あっさりジークは負けた。

その結果、壁内人類活動領域の最北端であるユトピア区でアニの身柄を巡る決戦が発生した。

その際にも、戦士長はフローラに瞬殺されて車力の巨人が居なかったら戦死するところだった。

 

 

『いくらなんでも負け過ぎじゃないか?』

 

 

多数の無垢の巨人と50体の異形の巨人を確保したシガンシナ区決戦では更に酷かった。

ライナー自身は現場に居合わせなかったが、大半の巨人が新兵器で一網打尽にされたそうだ。

後に中東連合軍が化学兵器や装甲戦車(パンツァー)無人航空機(ドローン)という新兵器を投入したと考えると尚更だ。

 

 

『絶対、シガンシナ区に投入した異形の巨人の大群で初期の中東連合に圧勝できたとは思うが…』

 

 

1体の異形の巨人を倒す為に大量のサリン弾やVXガス弾を使用していたので未だに違和感はある。

おかげさまで戦線が化学汚染で停滞した事で出現した無人機に有人機が空から駆逐された。

それどころか、核分裂を用いた原子爆弾とかいう新兵器まで戦場に出現する有様だ。

明らかに中東連合加盟国どころか中立国まで狂っていたあの戦争は思い出したくない。

 

 

『なんか足掻く度に悪化している気がするな……』

 

 

とにかく大半の異形の巨人が熱球と衝撃波で瞬殺されて転げ回った獣の巨人は…。

リヴァイ兵長とフローラのせいで半年間、集中治療室行きになった。

麻酔無しで何度も手術するのを半年繰り返す地獄を知ってライナーは思った。

 

 

『俺って運が良かったんだな…』

 

 

最終的に6名の戦士を投入した【始祖奪還作戦】は、マーレの予想を大きく下回った。

最終的に瀕死になったが、適切な治療ですぐに肉体が再生したライナー・ブラウン。

顎の巨人を継承したマルセルを喰った「ユミル」と名乗る楽園送りされた女。

無限に再生する尿管結石を拷問で仕込まれたジーク・イェーガーしか戻って来なかった。

多額の資金や脊髄液、特殊部隊の兵士すら全滅したのだから開いた口が塞がらなかった事だろう。

特にジーク戦士長が戦力外になった事は戦争に大きく影響を与える事となる。

 

 

『当時の俺が未来を知ったらどんな顔をするんだろうな…』

 

 

過去の出来事を振り返って現実に何か生かせないかと回想するライナーは思い出す。

そんな絶望と言える未来を知らない少年期のライナーは必死に足掻いた事に…。

 

 

-----

 

 

「クソ、壁はまだか!?」

 

 

女型の巨人の能力で周囲に居た無垢の巨人を呼び寄せた。

本来であれば、女型と顎が交代して巨人の大群を釣る手筈だった。

しかし、マルセルが喰われた以上、アニしかその役目ができない。

 

 

「ライナー…もうアニの体力が…」

「分かってる!!でもまだ俺らが巨人になる訳にはいかねぇんだ」

 

 

始祖を奪還するには、当然の事ながら50mの壁の先にある場所に行かないといけない。

ただし、エルディアの悪魔も馬鹿ではないはずなので守りが完璧だと分かっている。

だからこそ超大型巨人で最初に正門をぶち抜いて鎧の巨人が裏門を破壊する。

これにより、巨人の大群が壁社会に雪崩れ込むのでその隙に潜入するというものだ。

 

 

『まだか!?まだか!!』

 

 

女型の巨人の首にかけられたロープにしがみ付く2人は必死に前だけを見つめる。

 

 

「壁だ!!壁が見えた!!」

「アニ、交代だ!!」

 

 

ついにベルトルトが壁を発見し、ライナーも目視で確認できた。

すぐにライナーが鎧の巨人となり、疲弊しきったアニと尖兵のベルトルトを両手に乗せた。

 

 

『ベルトルト…!お前が頼りだ!!』

 

 

後ろからは予想以上の巨人の大群が見える。

1分でも行動が遅れれば、巨人に踊り食いされると危機感があるほどに恐ろしかった。

なにより、門以外に超大型巨人が埋まっているという事実も恐ろしい。

 

 

『祈る事しかできない…』

 

 

どうか、超大型巨人の蹴りで壊せる程度の門戸だとライナーは願う事しかできない。

そして運命の歯車は、複雑に別の歯車と噛み合って回り出す。

845年、マーレの戦士にとって…壁社会の住民にとって運命の日は始まった。

 

 

『やった…!』

 

 

50mの壁を見下ろす60m級の超大型巨人は確かにウォール・マリアの門戸を蹴破った。

これにより率いて来た無垢の巨人の大群を侵入させる入り口となる。

 

 

『うお!?』

 

 

だが、無垢の巨人は知的の巨人を比較的に狙う性質がある。

一説によると人間形態に戻る為に脊髄液を欲しているというがここではあまり関係ない。

超大型巨人の動向に気を取られて背後に居た群れの存在をライナーは気付けなかった。

 

 

『これ以上、喰わせてたまるかよ!!』

 

 

鎧の巨人は両腕を薙ぎ払って噛みつこうとする巨人の群れを追い払った。

しかし、その行動は必然的にベルトルトに向かう時間を奪う事となった。

 

 

『まずい!!ベルトルト!!』

 

 

超大型巨人を解除してうなじから出現したベルトルトのすぐ後ろに15m級の巨人の姿があった。

後にベルトルトが言うには、口角を釣り上げて鋭利な歯を見せる金髪の巨人だったそうだ。

 

 

『ん?』

 

 

何故か、その巨人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()ライナーにも見えたが、それを気にしている暇は無い。

 

 

『うおおおおおおおお!!!』

 

 

鎧の巨人はすぐに地上に居たベルトルトを掴むと門の凹凸を掴んで壁の上を登った。

 

 

『ベルトルト、アニを頼む!!』

 

 

そして50mの壁上にベルトルトと疲弊したアニを降ろすとそのまま内門に向かって走り出した。

内扉、裏門、後門、様々な呼び名があると知るが、ライナーはそれ以外に狙う気はない。

自分を庇って無念にも戦死したマルセルの代わりになると断言した彼は必死だった。

 

 

『俺は戦士になりたかった…』

 

 

阿鼻叫喚の光景を見て今まで自分が思い浮かべたエルディアの悪魔像と違うと分かってしまった。

それでも人殺しの道を選んだのはライナーである。

 

 

『俺はただ母の願いを叶えて父と3人で暮らせると思ったから…』

 

 

一般家庭なら当たり前の光景をライナーや母は欲していた。

事情を知られれば憤怒する者も居ると思うが、本当にそれが欲しかった。

 

 

『でも、そんなことを望む父はどこにもいなかった』

 

 

そんな当たり前の光景どころか、父は別の家庭を支えている大黒柱だと少年は知った。

 

 

『母は叶わぬ夢だと知りながらずっと見続けていた…』

 

 

あれほどエルディア人の大罪と消えないと断言した母が非情な現実を知らない訳が無い。

むしろ、父の言う通り、母親は自分を使って夫に復讐したかったのかもしれない。

 

 

『俺は選ばれる戦士ではなくて今日死ぬはずだった…』

 

 

自身の夢が潰えたどころか、自分のせいで同僚が死んだ事をライナーはずっと引き摺っている。

もしも、自分が代わりに死ぬ事で世界線を変えられるなら喜んで死ねるほどに病んでいた。

未だにマルセルが自分に放った言葉が呪いの様に心身を蝕む。

 

 

「…ライナー、すまない…」

 

 

このたった一言が無かったら、もう少し精神的な余裕ができたはずだった。

 

 

『なんで謝った!?なんで俺なんかを助けた!?』

 

 

マーレの戦士になったライナーは何も知らなかったし、何も分からなかった。

家族愛も兄弟愛も他の同僚なら当たり前に持っている物を知らなかった。

マーレ軍に選ばれたという信頼も信用も揺らいだ地位に入るライナーは更に狂った。

ライナーにできるのは、マルセルのように周囲の期待に応えるだけ。

 

 

『嫌だ』

 

 

目の前に門戸を降ろして閉門しようとする光景が見えた。

あそこをぶち抜けば、当初の目的は達成される。

だが、それを達成すれば、この城塞都市の悲劇が更に繰り返される。

あれほど島の悪魔に同情するのかと問いかけた男が悩む羽目になったのは皮肉でしかない。

 

 

『まだ終わりたくない…』

 

 

ライナー・ブラウンは、選択をした。

何も知らずに死にたくなかった彼は壁社会の住民にとって悲劇を起こす事となる。

 

 

『まだ何も分かっていないんだ』

 

 

壁の中の兵器は旧時代の大砲だった為、鎧の巨人を撃破する事はできなかった。

そのまま砲兵部隊をぶっ飛ばしながら走る鎧の巨人は門戸に体当たりをした。

爆音と凄まじい衝撃と共に門戸の破片が内扉の先にある住宅街に向かって飛んでいった。

 

 

-----

 

 

「退け!!」

「ああ!?」

 

 

1人の少女が青年と激突した地面に転がった。

視線を上げるといつもと同じくシガンシナ区に繋がる門が見えた。

幸いにも負傷しなかった少女が立ち上がると母親の姿を見つけた。

 

 

「ああ、無事でよかったわ!」

「これが無事に見えまして!?お母さまはどれだけ鈍感なのよ!?」

 

 

リラックスハーブを用いた香水を微かに漂わせる母親の一言に少女は激怒する。

 

 

「勇敢な兵士だと謳っていらした方々は何をしていますの!?」

 

 

シガンシナ区の商人でも裕福であった商家の令嬢は、特権階級であるはずの兵士に怒りを向ける。

 

 

「怪我はないか?早く避難しよう!」

「ええい、お父様も鈍感過ぎませんこと!?」

 

 

ついでに父親と再会するが、さっきの流れを知りながら絶妙な発言に少女は更に怒る。

明らかに非常事態なのにどこか平和ボケをしている両親に苛立ちを隠せない。

塩商人の跡取りがこんなお嬢様では嫁の貰い手どころか養子すら来ないだろう。

 

 

「いててて!引っ張り過ぎですわ!!」

 

 

母親に右腕を引っ張られて走らされる令嬢は文句しか言わなかった。

 

 

「え?」

 

 

ところが、衝撃と共に両親が止まったと思うといきなり父親に少女は突き飛ばされる事となる。

仰向けに転んだと同時に地鳴りと言わんばかりの音と地面が大きく揺れる振動を感じた。

 

 

「ごほごほ、何が……」

 

 

視界が揺らぐ中、なんとか立ち上がろうとするとそこには大岩が転がっていた。

その下からは生暖かい粘液が流れており、令嬢は一瞬何が起こったか理解できなかった。

 

 

「お、お父様?お母さま?」

 

 

さきほどの衝撃で軽い脳震盪(のうしんとう)を起こした彼女はようやく何が起きたか理解した。

 

 

「おい立てるか!?船まで走るんだ!」

 

 

すぐ近くに居た駐屯兵が駆けつけて来て返り血を浴びた少女の腕を引っ張る。

さっきと同じ様に右腕を引っ張られたが、もはや彼女に痛みは感じられなかった。

そして少し走ると後ろから異音がして振り返ると膨大な土煙が見えた。

 

 

「あ…」

 

 

元より恐怖の感情が欠如したお嬢様は、内門をぶち抜いた頑丈な巨人をしっかりと見てしまった。

その瞬間、自分の名前や一部の趣味以外を忘却するほどに強い衝撃を受けた。

死んだ両親の悲しみどころか顔すら忘れるほどに衝撃を受けた少女はここで壊れた。

 

 

「わたくしはー」

 

 

まるで過去を切り捨てる事で生き残れるように仕向けられた様な状況。

壊れた人形に向かって同じ事を喋りかける精神障害者に成り果てていた。

偶然にも避難船に乗船してもなお、彼女は抜け殻のように同じ発言を繰り返す。

 

 

「わたくしはー」

「駆逐してやる!この世から一匹残らず!!」

 

 

ところが、1人の少年が発した一言で少女の人生は大きく変わる。

後に仲良くなるエレン・イェーガーが巨人に復讐を誓う宣言を聴いて彼女は顔を上げた。

 

 

「わたくしは、あの巨人を殺しますわ。絶対に…」

 

 

こうして鎧の巨人を討伐する為に全てを捧げようとする女悪魔が誕生した。

彼女の名前は、フローラ・エリクシア。

食欲、睡眠欲に次ぐ欲望として鎧の巨人の討伐をしたいと断言するほどまでに壊れた女。

あまりにも鎧の巨人とその正体であるライナー・ブラウンを憎み過ぎて反転してしまうほど…。

外の世界を残酷な世界に作り変えてしまうほどの実力者になる存在である。

 

 

「この世から駆逐してさしあげますわ」

 

 

後にマーレ軍やライナーを苦しめる化学兵器と装甲戦車(パンツァー)無人航空機(ドローン)、原子爆弾といった兵器群。

それらは、どんな手を使っても鎧の巨人をぶち殺したい彼女の探求心と興味本位で生まれた。

 

 

「どんな手を使ってでも…」

 

 

皮肉にも、ライナー・ブラウンは間接的ではあるが、世界を変える事に成功した。

自分の失態で生み出された女悪魔によって世界は取り返しのつかない事態まで追い込まれる。

パラディ島から飛び出した商人の令嬢は、【死の商人】として世界に絶望を与え続けたのだ。

 

 

 

-----

 

 

「な、何故だ…」

 

 

兵団司令部と憲兵団の高官は、真っ先に家族を連れて逃走を図った。

よって憲兵団支部長代行を自称する女憲兵がシガンシナ区防衛の責任者となった。

 

 

「なんで巨人がここに真っ先に駆け付けて来るのだ…!?」

 

 

鎧の巨人がぶち抜いた内門の責任者であったエルティアナ元憲兵団分隊長は信じられなかった。

ウォール・マリア内に侵入した鎧の巨人の消息が不明になった事もあるが…。

壁上に待機させて音を鳴らす民間人や兵士を無視している巨人の群れに驚愕していた。

 

 

「何故だ、巨人は()()を狙っているのではないのか!?」

 

 

巨人は大きく2種類に分けられる。

近くの人間を捕食する通常種とより遠くの獲物を狙う奇行種である。

だが、エルティアナの眼前にはあり得ない光景が広がっていた。

 

 

「なんでもいい!巨人を壁上に注目させろ!!」

「どうすればいいですか!?」

「刃同士を叩け!!それか奇声をあげろ!!とにかく音を鳴らせ!!」

 

 

必死に部下が呼びかけて兵士たちが工作をするが、功を奏さない。

まるで何()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

1体、また1体とあっさりと内門に空いた穴を潜って人類の領域を侵攻している。

 

 

『まさかキースは……いや、あいつが口で嘘をつけるほど器用ではない』

 

 

一瞬だけ初恋であったキース・シャーディス元調査兵団長を疑うが、すぐに否定する。

兵士としては強いだけで恋愛関係では不器用で小心な男に嘘をつけないと勝手に納得をする。

そんな不器用な男の力になりたくて告白して失恋した女憲兵は、自嘲する。

 

 

『キース、今度はお前が見守る番だな…』

 

 

いつも門を出入りする度にキースに軽口を叩いた女憲兵は立場が逆転したと自覚する。

本日、調査兵団を引退して教官になる彼は見守る立場となる。

そして自分は――

 

 

「エルティアナ分隊長!?」

 

 

部下からの制止の声を拒んで彼女は壁から降りて急降下する。

 

 

「これ以上、巨人の侵入を許すな!!」

 

 

暢気に門に空いた穴から出て来た巨人は、女憲兵にうなじを削がれて倒れ込む。

それと同時に急上昇したエルディアナは、本隊が来るまで足止めをする気だった。

 

 

「私の意志に賛同する者は、内門付近に集った巨人を掃討せよ!!」

 

 

こうして845年、マーレの戦士が連れて来た巨人の大群とシガンシナ区守備隊は交戦を開始する。

人類が惨敗し、ウォール・マリアが陥落する未来は決して変わらない。

それでも無駄に真面目なエルティアナは巨人の群れと対峙しても最後まで怯まなかった。

 

 

「人類の存続の為に心臓を捧げよ!!」

 

 

もはや生存者が居なさ過ぎて語られる事が無い絶望的な防衛戦が幕を開ける。

それは歴代の調査兵団でも味わった事が無い絶対に敗北する戦闘でもあった。

 

 

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