進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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172話 845年 シガンシナ区防衛戦

今なお、キース・シャーディスの発言が女憲兵の耳に残っている。

「お世辞はいい。普通に馬鹿にしてくれる方が助かる」

こんな事を言われたら皮肉くらいしか返しようが無かった。

 

 

「あれだけ巨人に突撃して五体満足で帰還するなんて貴公くらいのものだ」

「ふふふ、確かにな…」

 

 

彼は強かった。

それは内門の責任者として彼の雄姿をずっと見て来たエルティアナは知っている。

だが、心まではそこまで強くなかった。

巨人相手には臆さない彼もカルラという看板娘にはタジタジになる男だった。

 

 

「だからって俺らに愚痴を言いに来ることはないだろ?」

「いつも飲酒を見逃してやってるんだ。私の小言くらい耐えろ」

 

 

たまたま運良く石橋の門兵になったハンネスは、顔馴染みの女憲兵に呆れていた。

おかげで酒で顔を赤く染めたはずのフーゴや班員たちは顔を真っ青にしている。

抜き打ちで監査に来たのかと同僚には焦りが見えるが、ハンネスには分かる。

彼女が護衛を1人すら同行させない時点で愚痴を言いに来ただけなのは見抜けた。

 

 

「これでいざという時に仕事できるのか?」

「じゃあ、私が仕事を振ってやろうか?貴公らがやってない仕事がいくらでもあるぞ?」

「勘弁してくれよ」

 

 

さきほどエレンに飲酒を突っ込まれたハンネスは女憲兵に似た様な質問を告げてみた。

さすがに向こうの方が格上過ぎてあっさりと論破されてしまい、何も言えなくなったが。

 

 

「そういえば、エレンは調査兵団に入りたいようだが…どう思う?」

「カルラは反対するだろうな。まあ、10歳くらいの少年は背伸びしたい時期もある」

「いや、マジで壁から出るつもりで調査兵団に志願したいみたいなんだ」

「へぇ…」

 

 

ここでハンネスは、エルディアナにエレンの情報を告げた。

命の恩人であるイェーガー先生のご子息を調査兵にしたくないのが本音だ。

ましてや知り合いが限界を迎えて調査兵団から抜けたとなれば尚更である。

 

 

「ホント、頭おかしいよなぁ」

「ああ、全くだ!」

「調査兵に志願するなんて変わってるぜぇ!」

 

 

ハンネスの飲み仲間は笑い飛ばしていたが、イェーガー先生の出身を知ってる2人は笑えない。

壁の向こうに居たとされる医者のご子息が壁の外に目指したいというのだ。

 

 

()()()()って奴ですかね?」

「知らん。ただ、キースのお世話になりそうだから手紙でも送ってやるさ」

「でもよぉ、イェーガー先生やカルラさんにも伝えた方が良いじゃないのか?」

「少年が両親を騙せるほど利口に見えない。どうせまたバレるさ……」

 

 

そろそろ仕事をしなければならないエルディアナは腐敗した勤め所から立ち去ろうとする。

ただし、ここで聴いた話の中でキースに対しては前もってエレンの情報を伝える事にした。

少年の性格からして両親を騙せるわけないとハンネスの提言を封殺した彼女は空を眺める。

黄金色に染まる空が黄昏が近い事を知らせていた。

 

 

『キース、我々は年老いたと実感するよ。なあ、お前ならこの子をどうする?私は疲れた…』

 

 

エレンという少年には、エルティアナも振り回されており、前の殺人事件も対応が面倒だった。

なんとか【正当防衛】で無罪放免とし、情報統制するまでは良かった。

 

 

『目元はカルラの血を引いていると分かるのに…中身はグリシャそっくりなこの子に…』

 

 

何度も地面に頭を垂らして懇願するグリシャのお願いを彼女は拒否する事はできなかったのだ。

そのせいで孤児になった少女を守る為にイェーガー家の養子にする手続きをする羽目になった。

かつてシガンシナ区の住民の戸籍を管理していた過去があったからこそできた芸当だった。

だからこそ、訓練兵団に行ったエレンが問題を起こすと思ったエルティアナが…。

 

 

「エルティアナ分隊長!!」

「どうした?」

 

 

思案していると、普段は正門の見張りをしている兵士が慌ただしい表情で自分の名前を呼ぶ。

何事かと質問すると予想通りの返答が来た。

 

 

「報告いたします!正門に向かって巨人の大群が押し寄せております」

「どうせ、調査兵団を追ってきたのだろう?内門の砲兵を増援に向かわせろ」

 

 

調査兵団が壊滅と共にシガンシナ区に帰投すると巨人も後を追って正門に迫って来る事がある。

この習性は、本隊から逸れた班員たちにとって致命的であるが、門衛からすれば大した事はない。

門に設置されている大砲から榴弾をぶち込み続ければ、すぐに脅威が収まるはずだった。

 

 

「いえ、すごい数だそうですよ…地平線の彼方を覆うほどの規模の巨人の群れが見えるそうです」

「ん?」

 

 

本来、人間が地平線を視認できる距離は5kmぐらいが限界とされている。

壁上から覗けば、もう少し見える範囲が変わるが、専用の単眼鏡を持って来ないと視認は難しい。

巨人ならばその体格から更に遠くからも見えると思われる。

ただ、この時点で嫌な予感がしたエルティアナは、ハンネス班を見る。

 

 

「どうしたんで?」

「お前たちが兵士として機能できるか試してやろう」

「マジかよ…」

 

 

ハンネスが思い浮かべた嫌な予感は見事に的中した。

 

 

「内門の兵器保管施設から野砲を調達し、内門の広場に設置するだけの簡単なお仕事だ」

 

 

と言っても、エルディアナは厳しいが鬼ではない。

見事に千鳥足だったり、意味不明な暴言を吐かない限り、看過するつもりだった。

 

 

「正門が陥落するはずがないのにやる必要性は?」

「飲酒をしていても仕事ができるか試すだけだ。なんなら総統局に通報でもするか?」

「真面目にやらせて頂きますぅ!!」

 

 

そういえば、総統局の監査部に所属していた女だったと思い出したハンネスの動きは速かった。

 

 

「よし、やるぞ!!」

 

 

ハンネスの飲み仲間であるフーゴも慌てて内門に向かおうとした。

その時、地面が大きく揺れた。

 

 

「くっ!?」

 

 

爆音と振動から正門付近にある弾薬庫が爆発したのかと思うほどだ。

必死に体勢を立て直したエルティアナが正門の方向を見ると大量の煙が見えた。

黒煙でなく巨人が発する様な蒸気に見える煙は、壁の向こうから発生しているようだ。

 

 

「巨人だ…巨人が壁の上から顔を出してやがる…」

「何言ってんだ!?あの壁は50mあるんだぞ!?」

 

 

さきまで飲んだくれていた駐屯兵の発言がエルティアナの脳裏に「最悪の事態」と刻み込む。

 

 

「何をしている!!さっさと使命を果たせ!!」

「「「「ハッ!!」」」」

 

 

次の瞬間、更なる振動と爆音と共に正門の門が超大型巨人によって蹴破られた。

その際に発生したいくつかの破片が住宅地に飛んでいったが、それは些細な問題に過ぎない。

報告で受けた大量の巨人とやらが、シガンシナ区に侵入するという問題に比べれば…。

 

 

「分隊長!!どうすれば!?」

「ファルケンハイン!シガンシナ区に巨人の群れが侵入したとトロスト区に伝達しろ!!」

「ハッ!」

 

 

部下を真っ先にトロスト区に送ったところで援軍が来るのは最低でも2日は掛かるだろう。

なにせ内地の連中はシガンシナ区の駐屯兵以上に腐敗している。

総統局の監査部に所属している女憲兵は嫌でも現実を知っていた。

それでも部下に早馬を飛ばす事で少しでも援軍が速く来る可能性に賭けた。

 

 

「チッ!」

 

 

人類の領土を守る様に環状に建造された50mの壁であるが、4ヶ所が突出している。

これは、あえて城塞都市を突出する事で巨人に注視させて意図的に誘導する為に存在する。

だから、シガンシナ区などの城塞都市は巨人の襲来に晒される危険がある。

 

 

「今か…」

 

 

西のクィンタ区、東のネドレイ区よりも南に位置するシガンシナ区は特に巨人に狙われやすい。

人喰いの巨人は壁に籠る人類を目指して北上する本能からこの場所がもっとも危険なのだ。

 

 

『あの時はたった1体の巨人に5000人が死んだ。今回は予想もつかない…』

 

 

かつて774年に巨人を崇拝する集団によってマンモンと名付けられる巨人の侵入を許した。

その結果、100を超える家屋が崩壊し、5000人以上の犠牲者を出したとされる。

いくら巨人に挑む装備と戦術があるとはいえ、エルティアナはこれより犠牲が出ると予想した。

 

 

「ん!?」

 

 

そして更に厄介な事が発生した。

 

 

『あの馬鹿共!!また逃げる気か!!』

 

 

50mの壁より長身の超大型巨人が門戸を蹴破った際、彼らの動きは速かった。

兵団司令部の高官と憲兵団が共謀して家族を連れて逃走を図った。

当然、シガンシナ区の内門の責任者であるエルティアナの逆鱗に触れた。

さっそく集団で移動する責任者たちの前に立ち塞がった。

 

 

「旅団長殿!グリス中隊長!ここで何をなされていらっしゃるのですか?」

 

 

城壁都市の責任者である駐屯兵団の司令官とエルティアの2個上の上官に問う。

それに対して彼らはとんでもない言い訳をした。

 

 

「エルティアナ分隊長!我々は内地に巨人が侵入したと報告を実施する!」

「既に早馬を飛ばしました。速報はすぐにトロスト区に伝達されるはずです!」

「クィンタ区やネドレイ区にも速報を送る手筈になっている」

「さきほど【内地】と仰いましたよね!?ならば別の者を送らせます」

 

 

要するに彼らは家族を連れて逃げたいのだ。

本来なら責務を放棄してここでエルティアナが銃殺命令を下すのだが…。

 

 

『数が多すぎる…』

 

 

なにせ大半の憲兵とその一族、駐屯兵団の高官と手下どもがいるのだ。

隠し持っているフリントロック式の拳銃では1人しか射殺できない。

念の為に持ってきたマスケット銃を含めても2人が限度だ。

それにハンネスを含めた末端4名しか指揮してなかったのも問題だった。

 

 

「エルティアナ、貴公にシガンシナ区の防衛を任せる。責務を全うせよ」

「私だけでは指揮官が足りません。せめて数名の配下を頂けませんか?」

 

 

「民間人を指揮するはずの駐屯兵団の連隊長を寄こせ」と彼女は暗に告げる。

1000人規模の徴用した民間人を指揮するはずの連隊長たちは誰もが目を逸らす。

 

 

「残念ながら一刻を争う事態だ。そこを退きたまえ」

「そうだ、ここで無駄に雑談している訳にはいかないのだよ」

 

 

2階級上の憲兵団の中隊長に無理やり意見を封殺されて逃走を許す羽目になった。

さきほどまで酔っていたハンネスたちは自分たち以上に腐敗している上官を見て唖然とする。

握り拳を震えさせるエルティアナは無言で道を譲って怯えている兵士たちを見る。

 

 

「あいつらの対応は後回しだ。まずは我々がすべき事をしよう」

 

 

僅かな発言であったが、彼らからすれば死刑宣告に聴こえた。

少しでも余裕があれば追手を送り込んで逃亡した将校を皆殺しにする気だと感じたのだ。

 

 

「エルティアナ分隊長!俺は一旦勤め所に戻ります」

「それは今、必要か?」

「はい、やる事が残っております」

「…そうか、ならば素早く済ませろ」

 

 

ところが、殺気立つエルティアナに対してハンネスは「命令を背く」と告げる。

飲み仲間たちは驚愕するが、彼の目を見た彼女は反抗を黙認した。

大急ぎで走り出したハンネスを見送る女憲兵は呟く。

 

 

「……やはり上手くいかないな」

 

 

全てにおいて上手く行かない事は積み重なるものだ。

予想通り、巨人の侵入にパニックになった民衆によって内門付近は混雑していた。

なんとしても生き残ろうとするのは人だけではなく生物の性である。

助けを求める民衆の声を無視したエルティアナは門衛長を呼びつける。

 

 

「成人男性はこの場に残せ。歯向かう者は射殺しても構わん」

「…は?」

 

 

いきなり上官からとんでもない命令を下された門衛長は驚きを隠せない。

 

 

「いいか、巨人は人間に反応する。壁上に男共を立たせて囮にするのだ」

「お待ちください!民間人の救出が最優先のはずです!!」

 

 

本来であれば、駐屯兵団は巨人の侵攻を足止めして民間人を救出するべきである。

だが、エルティアナはむしろ民間人を囮にする気満々であった。

現に自力で逃げきれない民間人の処遇は口に出していない。

 

 

「ここが陥落すれば、ウォール・マリア全域の住民が行き場を無くすのだ」

「ですが…」

「英雄都市に住む以上、非常時には責務を果たしてもらわないと困る」

 

 

巨人の侵入を許したシガンシナ区から出る方法は3つある。

まずは、内門を通ってウォール・マリアに脱出する手段を用いる事。

立体機動で50mの壁を越えてそのまま敵前逃亡する方法。

そして水門を通って船で逃げる方法だ。

 

 

「いいからやれ!!ここを死守するのが最優先だ!!」

「しかし…」

「私が責任を取る!さっさと民間人を選別せよ!!」

「は、はい!!」

 

 

陸路で脱出する手段に関しては、エルティアナによって制限された。

既に多くの住民は脱出していたが、それでも1万以上の住民が取り残されている。

それを見捨てる覚悟を決めたエルティアナは上空に向かって拳銃を発砲した。

 

 

「聞け!!これから私が指揮を執る!!まずは女子供と男性を分けろ!!」

 

 

突然の発砲に驚愕する避難民や兵士たちを尻目に女憲兵は告げる。

 

 

「お前たちは選ばれし英雄のはずだ!ならば自分たちの責務を思い出せ!英雄都市に住まう以上、これができないとは言わせない!!文句があるなら言ってみろ!!私が直々に裁く!!」

 

 

さきほどの責務を放棄した上官や司令官に失望したエルティアナは狂った。

 

 

「私は憲兵団の支部長代行に就任したエルティアナだ!迅速に命令を遂行せよ!」

 

 

命の選別という非常事態以外にはあり得ない手段を用いた。

この場では、彼女が物事の基準となる。

 

 

「門はまだ閉めるな!!砲兵は野砲の設置を!!急いで迎撃準備を整えるぞ!!」

 

 

ここでエルティアナは致命的なミスを犯した。

いきなり門戸を降ろすと兵士たちから反抗されると思って閉門しなかった。

これが後の大失態に繋がった。

 

 

「いいか!このままでは巨人が内地に向かう!それを少しでも鈍化させるのが貴公らの仕事だ!」

 

 

徴用した成人男性は壁上に立たせた。

もちろん、戦力にはならないが巨人の気を惹く囮になる。

奇行種はともかく通常種の巨人は、目の前の人間を捕食しようとする。

ならば、その人間を高台に待機させれば、巨人はそれを狙って足止めされると踏んだ。

 

 

「まだ逃げる事は許さん!!英雄都市の住民として使命を果たせ!!」

 

 

既に上官や駐屯兵団のお偉いさんは内地に逃亡していた。

よってシガンシナ区防衛の責任は全てエルティアナに押し付けられた。

残されたのは、無理やり徴用された民間人と平和で腐敗した駐屯兵のみ。

 

 

「くっ!ここまで腐敗しきっていたか!!」

 

 

3分で立体機動装置と鞘を身に着けたエルティアナは驚愕な光景を目にする。

巨人が襲来したというのに未だに誰も巨人に対抗できる兵器を身に着けていなかったのだ。

 

 

「何をしている!!さっさと装備を身に付けろ!!それとも囮になりたいのか!!」

 

 

約70年前にシガンシナ区に襲来した巨人の時と違って戦う術と技術はある。

ところが、未だに兵士たちは立体機動装置を身に着けようとしなかった。

昼間から酒を飲んでいたフーゴですら身に着けているというのに大半の兵はそれすらしなかった。

 

 

『確かに久しぶりの装備はきついものがある…』

 

 

ただし、エルティアナですら前に突出した鞘による重心の変化に苦しんでいる。

長年の平和ボケで慢心していたのは彼女も同じであった。

だから装備を身に着けない異常事態に関しては咎めはしていない。

誰もが避難する住民の誘導をしていたのは分かり切っていたのだから。

 

 

『内門さえ守りきれば、後は…』

 

 

いわば、シガンシナ区というのは、誘導された巨人を閉じ込める囮である。

ここでどれだけの人間が死のうとも、最終的に内門さえ無事なら問題はない。

 

 

「総員、巨人の襲来に備えよ」

 

 

避難する住民の数がまばらとなり、惨劇の数々が目に見える頃、迎撃の準備は整った。

 

 

「分かっていると思うが、正門付近は手遅れだ。救援は不可能と思え」

 

 

まずは正門付近に居た住民が侵入してきた巨人の犠牲になった。

次に避難誘導をしたり、囮になろうとした兵士が喰われた。

立体機動装置や馬が存在せずに巨人から逃げられる訳が無かった。

だから壁上から街中を眺める女憲兵は、知り合いの死を感じながら報告を受けている。

 

 

「河川輸送船が続々と出発しました」

「水門は開いているだろうな?」

「現在、確認中です」

 

 

河川輸送船の数と船着き場は限られる。

馬車と違って大勢の人々を乗せられるが、逃げ遅れた住民の大半を救える存在ではない。

私情を殺して押し寄せる民衆を留める駐屯兵も死ぬのは確定している。

一体、どんな気持ちで民衆と自分の本性を説得させたのか。

エルティアナも答えが知りたくなるほどに船が無事に出発できたのは奇跡であった。

 

 

「支部長代行!!閉門するべきです!!」

「まだ逃げ遅れた住民が居ます!!閉めるべきではありません!!」

 

 

なにより、門を閉めるかどうかで駐屯兵たちの意見が割れていた。

普段なら即座に閉門を命じるはずのエルティアナだが、彼女も迷いが生じていた。

兵士の家族を見捨てるという発言になる以上、彼女も迂闊に口に出す事ができない。

だからといっていつまでも迷っている訳にはいかなかった。

 

 

「やむを得ん!すぐに閉門を…」

「エルティアナ分隊長!!水門を閉じたまま守備兵が逃走しました!!」

「はああ!?」

 

 

ところが、予想だにしてなかった事態が発生した。

河川輸送船が通るはずの水門が閉鎖されたままだったのだ。

 

 

「なんで開門しなかった!!」

「そ、それが入り口が施錠されていたせいで我々では解除できませんでした!!」

 

 

いくら民間人を見捨てる覚悟をしたとはいえ避難船までは彼女は見捨てられなかった。

必死に私情を殺して船を見送った兵士の意志を無駄にする事ができなかった。

 

 

「バリストン分隊!工兵隊を率いて水門を開門せよ!!急げ!!」

「既に分隊は壊滅しております!!」

「ベリヤ、ハルバード、オリンビア!私と来い!!速やかに水門を開きに行くぞ!!」

 

 

仕方なくエルティアナは自ら直属の配下を指揮して水門に向かわないといけなくなった。

シガンシナ区の物流を担う水門の設備に関して詳細を知る者は少ない。

それほどまでに生命線であるので限られた人物しか操作できなかったのが大問題だった。

 

 

「私も行きます!」

「お前は?」

「ラナイ・マクロンです!!駐屯兵団に所属して2年目の「じゃあ、お前も来い!!」はい!」

 

 

ついでに若き女駐屯兵を加えたエルティアナ隊は速やかに水門に向かった。

 

 

「お待ちください!閉門の許可を…!」

 

 

ところが、閉門するか揉めている駐屯兵たちは責任者の不在に動揺を隠せない。

慌てて兵士が呼び止めるが、既にエルティアナ隊は立体機動で街に向かった。

これにより、砲撃をする班以外は指揮系統が乱れて閉門に関して討論する羽目となる。

 

 

「まともに応戦するな!!本当に邪魔な巨人だけ討伐する!!」

 

 

久しぶりに立体機動で移動するエルティアナは後続の兵に指示を出す。

既に数体の巨人の姿が見えるが、全て交戦を避けて水門の開閉施設に向かった。

 

 

「降下しろ!!急げ!!」

 

 

その道中、巨人の姿が建物の隙間から見えたエルティアナは命令を下すが…。

 

 

「あああ!?」

 

 

風音で命令が聴こえなかったオリンビアは巨人の胴体と激突した。

彼女の悲鳴が後方から聴こえたが、エルティアナは無視するしかできない。

それどころか巨人の追跡を撒くように立体機動を続ける。

 

 

「進め!!」

 

 

工兵隊を引き連れていたならば巨人と交戦したが、今は手勢しか居ない。

女憲兵は部下を見捨てて急いで水門を開門する事を急いだ。

 

 

「どいつもこいつも!!」

 

 

そして施設が見えた瞬間、目の前から巨人が飛び掛かって来た。

 

 

「好き放題!!」

 

 

立体機動で巨体を回避できずに激突したベリヤは巨人もろとも住宅に突っ込んだ。

大きな振動と音と共に住宅が崩れ去って飛び掛かった巨人はうつ伏せに倒れ込む。

 

 

「しやがって!!」

 

 

その隙だらけの巨人のうなじを削いだエルティアナは速やかに地上に着地する。

避難船が閉門に気付いて停止する前に急いで施設に向かった。

 

 

「クソ!!確かにあいつらじゃ操作できないな!!」

 

 

暢気に開門できなかったと告げた伝令の意味が分かった。

鋼鉄製の扉が何カ所も施錠されており、野砲の砲撃でもどうしようもない状況だった。

 

 

「開いた!!」

 

 

内門の責任者であるエルティアナは、水門に関しては管轄外であった。

だが、数少ない働き者の憲兵という事で水門施設のドアを解錠できる鍵を所持していた。

迅速にドアを開けた彼女は階段を登って2階にある操作装置に向かった。

 

 

「これだ!!」

 

 

巨人の攻撃や洪水にも耐える様に設計された水門は、大量の輓馬(ばんば)で牽引しても動く事は無い。

30個を超える重りを動かすレバーを操作して自重による降下で水門の動きを操作するのだ。

 

 

「ハルバード」

「はい…」

 

 

13個のレバーを操作すると、それで重りと繋がっている鎖と大量の滑車が鳴り響く。

建物にまで伝わる振動で水門が動いていると実感しながらエルティアナはハルバードに命じる。

 

 

「避難船が全て脱出したら水門を閉門してシガンシナ区から脱出せよ」

「……承知しました」

 

 

微かに開けられた覗き窓からは、水門と河川輸送船の姿を見る事ができる。

万が一にと操作を教えていたエルティアナは必然的にハルバードに水門の管理を託した。

「閉門したら逃走しろ」という命令は、彼女なりの思いやりである。

 

 

「これは必要か?」

「頂きます」

 

 

自決用のフリントロック式の拳銃を受け取ったハルバードは笑ってみせた。

無残に生きたまま喰らわれるくらいなら頭を打ち抜いて即死できる方がマシだ。

 

 

「ラナイと言ったか?」

「そうです」

「貴公は戦えるか?」

「もちろんです!」

 

 

エルティアナは部下を見捨てて持ち場に戻る事を後悔している。

それでも自分を奮い立たせる為にあえて女駐屯兵に質問を投げかける。

ラナイの即答で幾ばくか救われた気がしたエルティアナは部下に背を向ける。

 

 

「ハルバード、後は頼んだぞ!」

「はい!!」

 

 

今生の別れを実感した憲兵たちは袂を分かれた。

2人共、死地に残るのは確定していたが、ハルバードは無事に使命を達成し、戦死した。

だが、それはこれ以上苦しまなくて済むという救済でもあったのだ。

皮肉にも無事に水門を潜り抜けて生還を果たしたエレン・イェーガーは苦しむ事となる。

 

 

「エルティアナ分隊長!!ご無事でしたか!!」

「この付近の生存者は?」

「おそらく我々だけかと!」

「ならば、内門に戻るぞ!!お前らも来い!!」

「ハッ!」

 

 

水門の施設から脱出すると生存した部隊と遭遇し、エルティアナはすぐに部隊をまとめあげた。

予備の馬に騎乗したエルティアナは、ラナイが騎乗したのを確認して馬を走らせる。

急いで内門に戻ろうとしていたが、その内門では大問題が発生していた。

 

 

「撃て!!撃て!!」

 

 

既に内門付近まで巨人の群れが迫っていたのだ。

酔いがとっくに醒めたフーゴの号令によって大砲から榴弾が飛び出す!

しかし、20発撃ってようやく巨人を1体討伐するのが精一杯だった。

 

 

「何をやってるんだ!!相手は動いてないんだぞ!?」

「しかし!この砲の精度ではまともに当たりませんよ!!」

 

 

王政府が巨人を掃討しない様に技術を抑制していたのがまずかった。

前装式の大砲では、火力支援するのが限度で足止めにはブドウ弾を使うしかない。

それなのに榴弾で巨人をすぐに仕留めろという命令は無理があったのだ。

 

 

「そんな事はどうでもいい!!とにかく次弾の装填を急げ!!」

 

 

ただし、やるべき事を理解している砲兵部隊はまだ良かった。

フーゴの怒声を受けて装填手が慌てて砲弾を詰めて観測手が巨人との距離を計算している。

それができない者は、精神的に疲弊して隣人を罵倒する様に叫んでいる有様だった。

 

 

「これ以上は無理だ!!閉門しろ!!」

「何言ってんだ!!まだ取り残されている住民と兵士が居るんだぞ!?」

 

 

エルティアナという内門の管理をする責任者が不在の現状!

防衛をしている駐屯兵たちの意見が大きく割れて論争を繰り広げていた。

 

 

「ここが陥落すれば、次の壁まで巨人に支配されるんだぞ!!」

「お前は、目の前の人間を見殺しにするのか!!」

「お前こそ、僅かな生存者の為に人類全てを危険に晒すのか!!」

「命令も無しに独断で閉門したら見捨てられたと勘違いした脱走兵が出るぞ!!」

 

 

しかし、巨人という脅威が迫っているのを受けて独断で門を閉める者が現れた。

 

 

「おい!エルティアナ分隊長の命令はまだだぞ!!」

「知るか!!」

 

 

エレンを船着き場に届けたハンネスは、独断で門戸を降ろす一派に抗議をしていた。

 

 

「巨人が来るぞ!!」

「閉門を急げ!!」

 

 

ただし、人喰いの化け物が迫って来ると言うのもあり、閉門に意見が傾く事となった。

 

 

「よせ!!」

 

 

ハンネスの制止を顧みずに兵士たちは閉門をする為にハンドルを操作した。

これにより門戸が勝手に降ろされる事となる。

 

 

「お、おい!門が閉まるぞ!!」

「まさか!俺たちを見捨てる気か!?」

 

 

それにより、後方の音で振り返った砲兵部隊に動揺が発生し、何名かが逃げる事となる。

 

 

「馬鹿野郎!!持ち場を離れるな!!」

 

 

フーゴの叫びで2名の兵士が戻ってきたが、もはや前線部隊の士気は崩壊していた。

 

 

「なんだあれ!?」

 

 

最悪の事態というのは、いつも連続して発生するものだ。

大声で反応したかのように出現した巨人は、今まで見た巨人と一線を画していた。

全身が頑丈な鎧で覆われた様な巨人が降りていく門戸を見つめていた。

そして身構えたかと思ったら、内門に向かう様に全力で疾走した。

 

 

「う、撃て!!」

 

 

さきほどまでは目の前の人間に夢中だった巨人が標的だった。

今回は明らかに自分たちを意識していると感じたフーゴは砲撃を命じる。

 

 

「効かない!?」

 

 

榴弾が運良く命中したのに全力で駆け抜けて来る巨人には通用しなかった。

これにより、巨人の動きを阻止するのは不可能だと誰もが思う。

 

 

「なんだあれは…」

 

 

砲撃が効かない巨人の後方でエルティアナは馬を走らせていた。

明らかに門を意識している巨人の走りを受けて急いで門に急行していた。

 

 

「よせ!!やめろ!!」

 

 

ただ、調査兵団の馬と違って巨人が発生させる振動で馬が怯えてしまい、上手く進めない。

エルティアナは無意味だと分かっていても手を伸ばすが…現実は非情だった。

 

 

「退避!!巨人が突っ込んでくる…うわああああ!?」

「ぎゃああああ!?」

 

 

内門の前で展開していた野砲や砲兵ごとぶっ飛ばした巨人は…。

降りて来る門戸を体当たりで破壊し、そのままウォール・マリアに侵入した。

史上初めてウォール・マリアに侵入した巨人は、鎧の巨人と名付けられる事となる。

 

 

「扉が…」

 

 

しかし、巨人が空けた穴を見て呆然とする兵士たち。

 

 

「ウォール・マリアが突破された…」

 

 

避難船から内門を眺めていた民衆たちは…。

 

 

「終わりだ……また人類は…巨人に喰い尽くされる…」

「やだ、まだ死にたくない…!」

 

 

再び巨人が人間を喰らう未来が見えて絶望した。

中には刃を地面に落としてその場で座り込む兵士すら居た。

 

 

「進め!!」

 

 

だが、自分が守る門を破壊されたエルティアナは諦めていない。

両手で抜剣し、門を破壊した巨人が居る場所に向かって馬を走らせる。

 

 

「エルティアナ分隊長!!」

 

 

負傷兵を手当てしようと近づいた駐屯兵が門を管理するエルティアナの姿を発見する。

だが、彼女は彼を無視して馬を走らせる以外に考えていなかった。

 

 

「後ろから巨人が!!」

 

 

彼の叫び声を聞いて振り返ると巨人を1体、発見した。

 

 

「くっ!?散開!!後方から巨人!!」

「…え?うおっ!?」

 

 

急いで手綱を引っ張って馬の動きを操作した彼女は、班員に散開を命じる。

ここで反応に遅れた騎兵は、警告してきた駐屯兵を避けようとして落馬する。

 

 

「これ以上、ウォール・マリアの地は踏ませやしない!!」

 

 

真っ先に後方の巨人を仕留める事にしたエルティアナは馬上から立体機動に移る。

近くにあった樹木にアンカーを刺して空中に舞い上がる。

すぐにアンカーを外して別の方向に射出する間に方向転換を行なった。

 

 

「私が生きている限り、通しは…!!」

 

 

巨人が手を伸ばしてきたのを見て構えた双剣を力一杯に振り下ろす。

辛うじて掴み攻撃を受け流した彼女は、そのままガスを噴出して巨人の背中にまわる。

 

 

「しない!!ぐっ!?」

 

 

無理な立体機動で内臓を痛めている彼女はそれでも巨人のうなじにアンカーを射出!

ワイヤーを巻き取る勢いで加速し、そのままうなじを削ぐ!

その勢いで削いだ肉の質量にしなやかに曲がる刃が耐え切れず2本とも折れた。

 

 

「…まだ」

 

 

視界が一瞬だけ真っ暗になりつつも何とか立体機動で地面には着地した。

ところが、激痛が全身を駆け巡ってそのままエルティアナは地面に伏せた。

 

 

「分隊長!!」

 

 

慌てた部下たちが内門の責任者を救出する為に駆け寄る。

1分ほど失神していた彼女は、意識を覚醒すると視界が安定してないのも関わらず罵倒をする。

 

 

「なにを…してる。巨人……追え!!」

 

 

必死にタンカーに乗せようとする駐屯兵を追い払って彼女は自力で立ち上がる。

さきほど内門を突破した巨人を掃討しようとしていたのだ。

 

 

「巨人はどこだ…」

 

 

開けられた門の穴からは大量の蒸気が発生していて前が見えなかった。

それは50mの壁上に展開していた駐屯兵も同じであり、何があったのか分からない。

ただ1つ言えるのは、視界を遮るほどの白い蒸気によって巨人の居場所が掴めなかった。

 

 

「いいから!!追え!!追え!!」

「は、はい!!巨人を追うぞ!!俺についてこい!!」

 

 

それでもエルティアナは追撃の命令を下す。

慌てて騎兵たちが高熱の蒸気に向かって進んで行く!

 

 

「エルティアナ分隊長!!」

 

 

必死に前に進もうとする女憲兵の肩に腕を回してラナイは共に進んで行く。

先ほどまで門を死守しようとしていたフーゴの死体を乗り越えて門を潜ると…。

 

 

「い、いない…なんで!?」

 

 

蒸気の中に巨人は居なかった。

そこで見えたのは、先駆けて進んでいた騎兵部隊のみである。

まるで巨人が討伐されてその場から消えた様に消息を絶った。

 

 

「何故……」

 

 

鎧の巨人の正体について全く知らないエルティアナと配下はこの原因を理解する事はできない。

シガンシナ区の内門を突破した巨人が行方不明という事実だけを知って呆然とするしかなかった。

 

 

「とにかく壁上に…」

 

 

討伐するべき巨人を失った時のエルティアナは、部下からの手助けに応じる事しかできなかった。

それから30分が経過した頃、彼女は現実が信じれなかった。

 

 

「な、何故だ…なんで巨人がここに真っ先に駆け付けて来るのだ…!?」

 

 

いくら奇行種が居たとしても、広大な壁の中で穴をすぐに見つけるのは不可能なはずだった。

そうでなければ、調査兵団が潜り抜ける度にシガンシナ区の正門に巨人が集中するはずである。

 

 

「何故だ、巨人は()()を狙っているのではないのか!?」

 

 

壁上に待機させた民間人や兵士を無視して次々に巨人が内門の穴に殺到していた。

奇行種にしては、やけに賢過ぎて実は人間の事を理解しているのでは…と思うほどだ。

 

 

「なんでもいい!巨人を壁上に注目させろ!!」

「どうすればいいですか!?」

「刃同士を叩け!!それか奇声をあげろ!!とにかく音を鳴らせ!!」

 

 

部下たちが何度も巨人に気付かせる為に工作をするが、全然通じなかった。

エルティアナの脳裏には、一瞬だけ調査兵団の団長だった男の顔を思い浮かべる。

…が、不器用な男が嘘をつくはずはないと一蹴する。

 

 

『キース、今度はお前が見守る番だな…』

 

 

この日は、色々と立場が逆転した。

地上から壁上の兵士を見る巨人は、今では人間を見下ろして捕食する行為を繰り返す。

だから今までの常識が足元から崩れ去っても仕方が無い。

見送る立場から見送られる立場に変わりつつあるエルティアナは自嘲する。

 

 

「ああ、そうだ。もう見送る事などできやしないさ…」

 

 

またしても壁上の人間を無視して巨人が内門に空いた穴を潜っていく。

それを見た時、エルティアナの身体は勝手に動いていた。

部下から制止の声が聴こえた気がするが、本人にとってはどうでもいい。

 

 

「これ以上、巨人の侵入を許すな!!」

 

 

シガンシナ区の内門を管理する立場としてこれ以上の巨人の侵入が許せなかった。

あっさりとウォール・マリアに侵入した巨人のうなじを削いだ彼女は宣言する。

 

 

「私の意志に賛同する者は、内門付近に集った巨人を掃討せよ!!」

 

 

ここから撤退したところで王政府から大罪を問われて死刑になるしか道が無い。

ならば、最期まで戦い抜くか、期待していない援軍の到着を待つ必要がある。

 

 

「人類の存続の為に心臓を捧げよ!!」

 

 

後に獣の巨人の投石で破壊される街並みを背にしたエルティアナは吼える!

死の恐怖や激痛すら上回る怒りによって突き動かされる彼女は前へと進む。

 

 

「かかれ!!」

「うおおおおおおお!!」

 

 

次は3体の巨人で構成された小規模の群れが内門付近まで辿り着いた。

この時代は、壁上に大砲をほとんど設置できない以上、白兵戦を仕掛けるしかない。

前もって待機していた兵士たちが立体機動を駆使して巨人に近づいていく。

 

 

「ぐぎゃああああ!?」

 

 

だが、世界は残酷だ。

ウォール・マリアの陥落を受けて訓練を続けたトロスト区の駐屯兵ですら勝ち目が無かったのだ。

それどころか巨人に対する戦術を決めてなかった兵士たちは各個撃破されるのみである。

うなじを削げば巨人を討伐できても、それができる者はシガンシナ区にほとんど居なかった。

ただ、それだけである。

 

 

「死ねよおおお!!」

 

 

ある者はガス切れを果たして槍を構えて突撃したが、踏み潰された。

 

 

「くそがあああああ!!」

 

 

ある者は弾薬と着火装置を構えて突っ込んだが、蹴っ飛ばされて壁の染みになった。

 

 

「やった!!……あああ!?」

 

 

運良く誰かを犠牲にしてうなじを削いだ兵士も達成感に気を取られて地面に激突し、頭が割れた。

何をしても、現状が悪化する現状にエルティアナは笑う事しかできない。

 

 

「ああ、キースが折れるはずだ…」

 

 

両腕を伸ばして来る巨人の右眼球をマスケット銃で狙撃する彼女は理解した。

眼球の異常で動きが怯んだ隙に襲い掛かった兵士たちが返り討ちされるのを見て…。

 

 

「何をやっても現状が悪化する残酷な世界を知ったならなあああ!!」

 

 

キース・シャーディスが調査兵団の団長を辞任した理由を身をもって知った。

7体目の巨人のうなじを削いでも、失った者が生きて帰ってくるわけでない。

更に迫って来る巨人を見つけて休む暇も無く彼女は戦い続ける。

 

 

「坊主!大丈夫だ!!おじさんが絶対に安全な場所まで届けるからな!!」

 

 

ハンネスはシガンシナ区に残って救出活動をするのが、贖罪(しょくざい)だと信じていた。

ところが、生存者が居ないと思っていた場所で頬が痩せこけた黒髪の少年を発見した。

すぐに自分の背中に腕を組ませてしがみ付かせたハンネスは必死に馬を走らせる。

 

 

「こう見えても逃げ足だけは速いんだ。安心してしがみ付いていてくれ!!」

 

 

ここが死地だと思っていたハンネスだったが、少年まで巻き込む事はできなかった。

必死に内門に向かって走らせると僅かに残った生存者たちが自分を呼び止めようとする。

 

 

「まって!私も助けて!!」

「兵士さん、子供が!」

「いや!!死にたくない!!助けて!!助けて!!いやああああ!!」

 

 

そんな声を聴きながらも、ハンネスは馬を走らせる事しかできない。

それと同時にこんな地獄を生き延びていた少年を本気で心配していた。

 

 

「ははは、気にする事はねぇよ。お前さんが一番大事さ」

 

 

何もかもを投げ出して逃げたくなる気持ちを抑えてハンネスは背後に居る少年に話しかける。

 

 

「うちは子供ができなかったんだがよぉ。お前さんみたいな少年に振り回されたもんだ」

 

 

さきほど叫んだ女性の金切り声を必死に誤魔化そうとする兵士は少年を勇気づけようとする。

 

 

「きっと大丈夫さ。ご両親も友達も避難してるって!あとはお前さんが生き残れば問題ない」

 

 

背後に乗せている少年が、この元凶を引き起こした超大型巨人そのものだと気付く事は無かった。

人間を捕食しない巨人など存在しないという価値観が大きかったのかもしれない。

だから巨人化をしていた時の名残である顔に残された巨人痕も異常だとは思わなかった。

 

 

「坊主、激しく揺れるぞ!!しっかりおっさんにしがみついてな!!」

 

 

ついに組織抵抗を行なっている場所にハンネスと少年は辿り着いた。

すなわち、巨人との戦闘が発生しており、巻き添えに遭う可能性が高い場所と言えた。

この時にベルトルト・フーバーが思っていた事は同期だけに吐き出される事となる。

 

 

「いつ死んでもおかしくないと分かった時、頭が真っ白になったんだ」

 

 

たった一言だったが、どれだけ地獄だったのか訓練兵団の同期たちは理解する事となる。

 

 

「ハンネス!!」

 

 

なんとか戦闘の隙間を潜り抜けていたのだが、運悪く巨人に発見されてしまった。

それと同時にエルティアナ元分隊長も見つけた事でハンネスはそのまま馬を走らせる。

 

 

「支部長代行!!少年を届けたら必ずここに戻ってきます!!」

「ああ、地獄で待ってる!!」

 

 

ここで彼女を見捨てた事をハンネスは本気で後悔する事となる。

それでも少年を無事にトロスト区まで届けた瞬間、脱力するほどには力尽きた。

 

 

「もう無理です!!後退しましょう!!」

「どこに逃げる場所がある!?我々に退路などない!!」

「ですが…」

「生還したところで死刑だ!ならばここで戦い抜くしか道が無い!無いんだ!!」

 

 

未だに生き残った部下からの提言をエルティアナは聞き入れない。

どうせ逃げた所で死罪になるのだから、死ぬまで戦うしかなかった。

 

 

「いつになったら避難できるんだ!?」

「もう少し待機しろ!!」

「無理だ!!俺は逃げさせてもらう!!」

「なっ!!何をする!?」

 

 

遂に安全地帯であった50mの壁の上でも致命的な事件が発生した。

巨人を惹き付ける為に待機させた民衆が反乱を起こしたのだ。

 

 

「「うわああああ!!?」」

 

 

立体機動装置を奪おうとする民衆に飛び掛かられた兵士はそのまま地面へと落下して行く。

どちらも生き残ろうと奮闘していたのに僅かに見せた隙のせいで仲良く地面に激突した。

これを受けて壁上に展開していた僅かな兵士は、民衆を見捨てて地上に降りた。

 

 

「ここまでコキつかって見捨てるのか!?」

「ふざけるな!!」

「開けろ!!今すぐに…!!」

 

 

壁上と地上に繋がる施設のドアを施錠されて激怒した民衆が暴れ回る。

この騒動が地上まで聴こえてしまったエルティアナは、完全に敗北したと悟った。

 

 

「あはははは、そうだよ。みんな死ぬんだ。何を当たり前の事で騒いでいるんだ…」

 

 

既に士気は完全に崩壊しており、エルティアナが行動するせいで無駄に犠牲者が出ている状態。

裏を返せば、シガンシナ区で組織的抵抗ができているのは、責任者の彼女が生存しているからだ。

何かに縋りたい兵士や地上に居た民衆は、暗闇の道を照らす彼女について行く事しかできない。

 

 

「ん!?」

 

 

最期まで戦い抜いて名誉の戦死をするはずだった彼女は、またしても異常な巨人を発見した。

誰かに導かれるように動く巨人にもはや疑問を抱く事は無かったが、その巨人は異常だった。

 

 

「褐色の肌?」

 

 

巨人の姿は、大小さまざまで肌の色も多少は違うが、それでも可笑しいと思える点があった。

エルティアナが目撃した巨人は、全身が日焼けしたように真っ暗な肌をしていた。

それを引き立てる血管の様な存在が張り巡らされているのを見てすぐに異常だと分かった。

巨人の手が届かない壁にぶら下がっていた事もあり、一瞬だけ思考と動きが止めてしまった。

これが致命的なミスとなり、後に生還するきっかけとなる。

 

 

「なっ!?」

 

 

巨人が何かを投げつける事などほとんどない。

記録上に残るのは、50mの壁の向こうから調査兵団の班長の頭だけを巨人が投げつけて来た。

それがきっかけで狂った未亡人が巨人を信仰するカルト教団に身を任せた。

――王政府が管理する正式記録には、それ以外に記されてはいなかった。

 

 

「持ち上げた!?」

 

 

後に獣の巨人が投石してくると調査兵が予想してなかったのもそれほど前例がなかったのだ。

だからこそエルティアナは家屋の残骸を持ち上げた巨人を見て驚愕した。

 

 

「えっ!?」

 

 

気付いたら彼女は立体機動で回避行動を取っていたが、遅かった。

瓦礫の破片が壁で反射してそのまま一部が彼女の顔面に激突した。

 

 

「分隊長!?」

「支部長代行!?」

 

 

見事に跳弾した瓦礫の破片を受けた彼女はそのままピクリとも動かなくなった。

元より嵐で氾濫した川で防波堤が決壊し、大量の土砂と水が流れ込んでいる状況だった。

それでも必死に土嚢(どのう)で被害を抑えようとしたが、兵士もろとも濁流で全てを流した。

彼らの心境を例えるなら、自分たちの行動が全て無駄に終わったと知ったというべきか。

 

 

「もうだめだ…」

 

 

今まで必死に被害を押さえようとして無駄に終わったという無力感は絶望と同然だ。

内門の責任者が戦死したと感じた兵士たちは、一瞬だけ無力感に蝕まれた。

 

 

「逃げろ!!」

「トロスト区まで撤退!急げ!!」

 

 

すぐに現実に戻って来た兵士たちは遂にシガンシナ区を捨てて逃走を図る。

しかし、限界まで戦い抜いた兵士たちが逃げ切れる訳も無く次々と巨人に捕食されていく。

兵士や逃げ遅れた民衆の悲鳴がシガンシナ区中に轟く阿鼻叫喚の状況下は地獄も生易しい。

これにより、シガンシナ区防衛戦は完全に人類の敗北となった。

 

 

「生きてますか?」

 

 

シガンシナ区が巨人の手で陥落しても世界は何も変わない。

太陽が地平線より下に潜ってから暫く時間が経過した。

悲鳴はとっくの前から途絶えており、巨人の動きが鈍くなる時間。

深夜1時を時計の針が示す頃、月光に頼って動いている女駐屯兵が居る。

 

 

「あっ!?」

 

 

僅かに残った兵士と共に指揮官を助けに来た女兵士が居た。

 

 

「生きてる…」

 

 

唯一、無傷で済んだラナイ・マクロンは息があったエルティアナを救出していた。

深夜1時まで壁上に繋がる施設でガタガタと震えていた彼女たちは生還を果たしたのだ。

 

 

「あったっかい…本当に温かい…」

 

 

恐怖で失禁し、顔が真っ青で全身が冷えていたラナイは憲兵が流す生暖かい血に触れて泣いた。

久しぶりの温もりで生還していると実感した彼女は、動けない負傷兵の頭を撫でる。

 

 

「姉さま、退きましょう…いつか、シガンシナ区の外に巨人を追い出す為に…」

 

 

この5年後、クリスタと名乗る少女を庇ってユトピア区壁外で戦死するラナイは約束をした。

役立たずだった自分に生きる希望を与えてくれた存在について行く事に…。

 

 

「生きていれば、絶対に再起の道はあるんだから…」

 

 

まともな精神をしている者から死んでいくこの世の中は不条理だ。

強者と臆病者、そして運が良かった者しか生き残れない時代。

それでも必死に足掻いて生き延びようとした者は決して居なくなる事は無かった。

 

 

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