進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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173話 回想0-3 兵士になろうとした少年

あれほどの混乱の中で無事に3人が揃ったのは奇跡と言っても過言ではない。

誰もが家族を失ったり、住む家を追われて先の未来に絶望している。

その元凶であるライナーとベルトルトはアニが目覚めるのを待っていた。

 

 

「ねえ、これからどうする?」

「決まってるだろ?兵士になる以外に選択肢はねぇよ」

 

 

先行きが見えなくて不安そうなベルトルトの問いに対してライナーは返答をする。

 

 

「それに俺たちは帰る場所がないんだ。やるしかない」

 

 

ウォール・マリアの領土が巨人の住処になった以上、撤退はできない。

それにこのまま港に戻っても、マーレに粛清されるだけの未来しか無い。

だから前に進むしかなかった。

 

 

「ん……あれ、ここ…は?」

「ウォール・ローゼの中にある避難所だ」

 

 

疲労困憊で眠り続けていたアニが目覚めた。

寝ぼけている彼女の問いに対して真っ先にライナーは状況を報告した。

 

 

「アニ、ベルトルト」

 

 

そして目の前の同僚の名前をライナーは呼ぶ。

 

 

「マルセル、ごめんな……」

 

 

志半ばで殉職したマルセルの名も呼ぶ。

 

 

「俺、本当の戦士になるから」

 

 

生き残った2人を抱き寄せた彼は一人前の戦士になると誓う。

そう誓ったはずなのにどんどん道から遠ざかる事となる。

そんな戦士組のすぐ近くでエレンとアルミン、ミカサが座り込んでいた。

幸せな日常を失った実感をようやく噛み締めている様に…。

 

 

「ふふふふ……」

 

 

更に後方では、外套のフードを深く被った少女が道中で拾った短剣を眺めていた。

刃に反射して映る顔は、まるで人外の様に瞳孔を最大限に広げている。

 

 

「殺して差し上げますわ…この手で絶対に……」

 

 

誰もが絶望や悲しみに暮れている中、彼女だけは復讐以外に何も考えていなかった。

自分の名前と趣味の香水作り、後は多少な仕草以外は全て忘れ去った。

代わりに残ったのは、鎧の巨人をこの手で殺すという想いだけ…。

短剣の刃を見てブツブツ呟くのが少女ではなかったらすぐに避難所から追放されていただろう。

ただ、各城塞都市に設置された避難所は、いつまでも避難してきた住民を受け入れない。

 

 

「兵士適任者は駐屯兵団に所属してもらう。それ以外は開拓地に向かい、義務を果たせ!!」

 

 

兵士たちの命令によって彼らはまたしても無理やり移動させられた。

幼い少年や少女は開拓地に配属されて戦えそうな者は全員、駐屯兵団に所属する事となる。

何故、巨人と戦える成人男性どころか老人までも徴兵したのか。

しかも、まともに訓練をさせずに竹槍や持参してきた武器で戦う様に指示されたのか。

1年後に実行される【ウォール・マリア奪還作戦】で判明した。

 

 

「おい、ここは冬を迎える時には耕地になっているはずだが?」

 

 

王政から派遣された中央第一憲兵団所属の班長が、開拓地担当の憲兵に問いかける。

ただでさえ予定が遅れているのに冬になっても穀物が収穫できていない現状。

 

 

「も、申し訳ございません。先の奪還作戦で労働者が駆り出された後なので…」

「そんな事は分かっておる。だが、なんとかして予定の生産量を守るのが貴様らの役目だ」

 

 

いつもは偉そうにしている憲兵も目の前にいる偉そうな憲兵には頭を下げるしかない。

同じ階級であっても、中央第一憲兵団に所属している憲兵は3階級上の権限を有している。

200人規模を束ねる中隊長クラスの階級を激怒させれば、一般憲兵は銃殺刑に処される事もある。

 

 

「このままでは我々は飢える一方だぞ…」

「今冬中に対策を実施いたします。どうか、寛大な処置を…」

「どんな手を使っても構わん。もし遅れを拡大させれば貴公らが巨人の餌になると思え」

 

 

シルガイリス班長の横暴な発言に呆れていたのは、現地の憲兵だけではない。

 

 

「…巨人も見た事がねぇ憲兵隊め。よくもまあ、あそこまで胸を反らせるものだ」

「これ以上、老いぼれと子供たちを酷使しても何も変わらないはずなのに…」

 

 

開拓地に派遣された年寄りたちは現場を知らない憲兵団に愚痴を言いながら収穫作業をしていた。

もちろん、彼らに聴こえない程度の声量で話しているが…。

 

 

「お前たち、今年に訓練兵団を受けるんだろ?あんな兵士になるんじゃないよ…」

 

 

老婆の発言にその場で作業していたエレンやミカサも耳を傾けて頷いた。

唯一、アルミンだけは憲兵隊の動向を凝視しており、エレンはその異常さに気付いた。

 

 

「どうしたアルミン?」

「なにが奪還作戦だ。口減らしに父さんと母さんを殺した癖に…今に見てろ」

 

 

自分の両親がウォール・マリア奪還作戦で戦死したと聴かされたアルミンは憲兵の背中を睨む。

春の訪れと共に祖父も戦死したと知らされる彼は、非条理な現実を拳を震わせた。

 

 

『どいつもこいつも他責思考で口ばかり、本当に人類存続の危機だとは認識していないな…』

 

 

なお、この中で最も現実を知っていたシルガイリス班長は危機感を覚える。

このままでは食料が不足し、内戦の危機がある事を数値と現場確認で嫌でも分かっていた。

憲兵団でも別格である中央第一憲兵は、自分の両手を血で汚してでも壁社会の平穏を願っている。

 

 

『特に無能の憲兵共が……』

 

 

普通の憲兵は無能であっても、そこまで社会的な制裁を喰らう事はない。

だが、中央第一憲兵団は無能だったら粛清される為、実力主義による実績を持つ者が多い。

実際の生産量と書類に記された生産量の大きな差を見て現場を確認した結果がこれだ。

 

 

『お前たちの自己保身のせいで更に人が死ぬのだぞ…』

 

 

寝たきりの老人など排泄物しか生産しない社会のお荷物である。

要介護な老人を【王政が用意した介護施設で管理する】という名目で生産性の無い老人を集めた。

そして子供たちに少しでも食料を渡す為に中央憲兵は集めた老人を50mの壁上から突き落とした。

両親に寄生するニートも、重犯罪で収監されていた犯罪者も、戦闘で半身不随になった兵士も…。

穀潰しを皆殺しにしてようやく次世代を担う子供たちにパンと豆のスープを提供できたのだ。

 

 

「ところで貴様らの両手は一切汚れていないようだが?」

「えっ?」

「は?」

 

 

中央憲兵から自分の両手が奇麗だと指摘されて開拓地を担当する憲兵たちは困惑した。

 

 

「どんな手を使えと言ったはずだ。収穫が間に合わないなら貴様らも参加せんか!!」

「は、はい!!今すぐに!!」

「承知しましたああああ!!」

 

 

深窓の令嬢でもあそこまで綺麗な両手は無いと中央憲兵の身として断言できる。

「労働者が居ないから」と言い訳しながら傷1つない両手を見せられては黙ってはいられない。

中央憲兵の叱責を受けて内心では『なんで自分たちが…』と思いながら憲兵も収穫作業に加わる。

こうして中央憲兵が現地の監督者を怒鳴り散らして収穫の遅れに関して無理やり改善を行なった。

 

 

「俺の村は、ウォール・マリアの南東の山奥にあった…」

 

 

エレンたちが居る開拓地では収穫が遅れているが、別の開拓地では収穫がなんとか終わっていた。

開墾作業の休憩中に偶然に出会った少年たちに1人のおっさんが生まれ故郷の話を始めた。

何故、そんな話をするのか。

おっさんの話を聴くライナーたちはおろか当の本人すらよく分かってない。

 

 

「川沿えの栄えた町と違って…壁が壊されても連絡は来なかった。むしろ巨人が先に来たからな。あれは、明け方の事だった。やけに家畜が騒がしくてよ。地響きと揺れがどんどん大きくなった。まるで巨人の足音だと思って急いで窓を開けたら…」

 

 

ただ、子供たち3人を見て何かが吹っ切れたおっさんは、自身の故郷の話をした。

 

 

「その後の事は覚えてないが、俺だけ馬に乗って必死に逃げたんだ。…ちょうどお前たちくらいの年齢になる子供たち3人を残してな。妻の面影がある子供たちを必死こいて育てあげたのによ…」

 

 

この時代の戸籍管理は、城壁都市や主要都市以外いい加減だったせいで被害者が多く出た。

皮肉にも巨人が襲来したおかげで人(さら)いが撲滅したほどには、村と村が別世界の地域もあった。

巨人侵入の報を知らされなかった山奥の村出身のおっさんもその被害者の1人である。

 

 

「俺は逃げるしかできなかったんだ。逃げ続けた人生の末路が俺だ。なんで生きているんだろ…」

 

 

目の前の少年たちのせいで自分の子供たちが死んだと知らないおっさんは内心を暴露した。

そんな事を無理やり聞かされたライナーたちは1つだけ思った事がある。

自分たちが教わった常識がここでは通用しない…と感じ取った。

むしろ、適応しないと絶対に生き残れないほど過酷な環境になっていた。

 

 

「なんでだ…」

 

 

初対面だったおっさんに呼ばれて話を聴いていたライナーは翌日、死体を発見した。

 

 

「なんで死んだんだ…」

 

 

自分の過去を思い出して自嘲しているように見えたおっさんが首吊り自殺を行なっていた。

その遺体の第一発見者になったライナーは、何故か死体から目が反らせない。

 

 

「あの村の唯一の生き残りじゃなかったか?」

「あの村って?」

「地図にも載っていない小さな集落のはずだ」

 

 

共に居たベルトルトの通報で駆けつけて来た仕事仲間たちは他人事の様に会話していた。

戦時中ならともかく昨晩まで生きていた隣人が死んだのにどこか他人事に見える。

 

 

「どうでもいい。早く降ろしてやるぞ。冬であっても疫病があるからな…」

 

 

マーレ軍の命令で人を殺めた事はマーレの戦士になってからいくらでもある。

だが、自分が関与せずに人が死んだ末路を長々と眺めたのは今回が初めてだった。

 

 

「なあ、ベルトルト」

「え?」

「死ぬと何も残らないんだな…」

「え?あ?うん、そうだね……」

 

 

曖昧な事をライナーから言われたベルトルトは、曖昧な返答をする羽目になった。

ただ、この時からライナー・ブラウンに迷いが生じていた。

今まで疑う事が無かった自分たちの行動で多くの人命が失われた。

その大半は、書類の文面で数字と記される事も無く扱われる。

 

 

『逃げたらダメだ……俺のせいで死んでいった犠牲が無駄になる』

 

 

マルセル・ガリア―ドを筆頭に多くの人が自分のせいで死んだ。

もうすぐ14歳になり、思春期を迎える少年にとってこの自殺事件は衝撃的だった。

死んでも世界が何事もなく回っていくと現実は、彼に退路が無いと改めて知らしめた。

すなわち、マーレに戻るには自身に課せられた責務と目的を達成しないといけない。

 

 

『俺が始めた物語だ。だからなんとしても達成しなければ、無意味に終わる…』

 

 

ここで諦めたら全てが無駄になる。

マーレから託された目的を達成する以外に自身の存在価値はない。

そんな強迫観念にライナーは押し潰されそうになっていた。

故に誰よりも目的達成の為に尽力するのだが、彼は1つ致命的なミスを犯した。

 

 

「アニ!今回はどうだった?」

 

 

追い詰められた母親の狂信的な教育のせいか、ライナーは女性に対して深層意識で恐れていた。

ピーク・フィンガー、アニ・レオンハートといい、同世代の女性が自分より格上だったのもある。

自分の意志すら上書きしてくる格上の女性に対して彼はとにかく恐れた。

 

 

「そうか、やはりあのフリッツ王は偽者だったか…」

「あの爺さんだけじゃなくて家ごと別物だった。何も権限がない木偶人形だけどね」

 

 

春になって開墾作業を行うライナーは、アニの諜報が優れ過ぎて逆に恐れていた。

自分は力作業で周りに示す事しかできないのに彼女は並行して任務を遂行できる技量がある。

 

 

「おそらく【ユミルの民】じゃない。100年前にフリッツに媚びた多種系のエルディア人の一族が壁社会を仕切ってる。だから王家や貴族を拉致しても【力】は所有していない…」

「【始祖の巨人】の力が及ばないからか…。秘密と忠誠を守ると引き換えに権限を与えているな」

 

 

だからか、ライナーは話の主導権をとにかく自分が握ろうと躍起になっていた。

彼女に結論を言わせれば、リーダーである自分が何もできない無能だとバレてしまうから…。

 

 

「じゃあ、貴族の家に取り入れば本物の壁の王に通じているんじゃない?」

「…どうやって?」

 

 

だったら真相を知る貴族に取り入れば良いと発言するベルトルトにアニは苛立ちを隠せない。

 

 

「使用人とやってもらう?それとも私がその家の男に擦り寄って嫁にしてもらうとか?」

 

 

一見するとアニなりの冗談に聴こえるが、実際は違う。

 

 

「そんなのダメだよ!」

「そう、あんたの言う様に無理だね」

 

 

ベルトルトはその意味のまま受け取って反論するが、彼女は違った。

 

 

「あいつらは、【ユミルの民】じゃないから権力の中枢に居られるんだよ。家系に【穢れた血】を交えさせるヘマなんかする訳が無い。現に壁が破壊されてから奴らは新たな使用人は雇ってない。おそらく私たちみたいな侵入者を警戒しているはずさ」

 

 

当時のライナーは理解できなかったが、これは彼女なりに共感して欲しかったのかもしれない。

ここまで情報を得たのだから相応に褒めるなり、なにかしら任務を減らしてもいいはずだ。

口数が少ない彼女がここまで報告するのは、何かしらの共感を野郎共に求めていた。

 

 

「そもそも私には男をたぶらかせるような魅力は無いし…」

「そんな事は無いよ!」

「ん?…それはどうも」

 

 

なのに言葉通りに受け取ったベルトルトは意味不明な返答をする。

彼がアニに恋していると分かっているライナーは瞬時に理解したが、アニは理解できない。

なんでここまで自分が苦労しているのに意味不明な返答しかしないのかと…。

 

 

「そうなると付け入る隙は、あそこしかないな」

 

 

そしてライナーはとにかく目的を達成する為に問題解決を図ろうとしていた。

 

 

「兵士になって中央憲兵に接近するんだ」

 

 

少数の貴族が大半のユミルの民を支配できても、やはり兵士だけは確保しないといけない。

自分の護衛する近衛兵だけでは数が足りないのは、人手不足なら尚更である。

兵士になれば憲兵に近づく機会も増えて堂々と貴族が隠す情報も得られる機会があるはずだ。

マルセルに代わって目的を達成するべく仕事を増やすライナーを見てアニは行動を起こす。

 

 

「…私に言われたくないんだろうけど、ここまで調べるのに2年もかかってる」

 

 

拗ねたように地面を蹴るアニは、自身の成果を褒めて欲しかったし、気を遣って欲しかった。

わざわざ調べ上げる時間を晒してまで彼女は酷使される現状を打破したかった。

ここまでやったのだから何かしら甘えてもいいはずだと彼女なりの行動であった。

 

 

「その間、俺らは木を引っこ抜いた。王都を行き来できるのは女型(おまえ)だけだからな」

 

 

アニの発言を【お前らは何もしていない】と皮肉で返したと勘違いしたライナーは本音を述べる。

彼女の発言は事実であるが、それは根拠があり、役割分担していると言い聞かせようとしたのだ。

 

 

「もう10年しか私たちに残されていない。なのにその10年を兵士ごっこで費やせと言うの?」

 

 

次から次へとやる事が増えて来る状況に遂にアニはその事実を指摘した。

今度は「兵士の業務をこなしながら諜報活動をやれ」と暗に言われれば抗議もしたくなる。

難民の子供を演じて開墾作業をこなし、夜間に巨人化して内地に向かう生活も破綻寸前だった。

 

 

「壁を破壊して2年が経つが、壁の王は動かなかった。タイバー家の情報通りに【不戦の契り】に縛られていると考えていいだろう。ここまでやられて反撃しないなら間違いないはずだ」

 

 

一方、アニの心境を知るはずもないライナーだったが、焦りが生じていた。

自分の発言に異議を唱えて彼女なりの行動をしようとしていると察してしまった。

なのでわざと話を捻じ曲げて「自分の根拠は客観的に見て正しい」という発言を繰り出す。

 

 

「だったらちんたらしてないで、さっさとケリをつければいい!」

 

 

どんどん自分が求める返答から外れるばかりか、話が通じない野郎共にアニは苛立ちが勝った。

これ以上、自分が酷使されるのを避けたい彼女は、ライナーの話に乗って早急な解決を求めた。

普段なら感情を見せない彼女が両手を挙げる素振りをして発言するのは、かなり珍しい光景だ。

 

 

「ウォール・ローゼとウォール・シーナも全て破壊しろって事だろ?」

 

 

確かにライナーもアニも焦っていたが、全然お互いを理解しようとせずに擦れ違いを続けた。

問題が長期化しているのを受けてアニが感情的になったと思ったライナーは本音を告げた。

「更に犠牲者を増やして壁の王を捜索する」という発言にベルトルトもアニも思わず固まる。

 

 

「でもよ、ここまでされたら【始祖の巨人】は姿を見せるかもしれねぇが、いくら牙を抜かれたと言っても、一度【始祖】が叫べば、全てがひっくり返るんだぞ?」

 

 

ライナーは自分なりの考えを同僚たちに周知する。

確かに短絡的に行動を起こせば、問題が早期に解決する事はある。

ただし、その代償が大きいのは、巨人の力を実際に行使するからこそヤバさが理解できる。

 

 

「そうなれば、俺たちは戦士の任期を全うする事も無く世界と共に死ぬ」

 

 

人類は、野生動物に劣る身体能力を補う為に炎を活用して知力と知識の継承で存続してきた。

だが、巨人の群れをぶつけられれば、最新兵器を用いても死ぬしか未来は無い。

知的巨人を継承していても、無垢の巨人に群がれれば超大型巨人以外は即死しかねない。

その超大型巨人が【始祖】の命令で幾千万の軍勢として暴れ回れば、人類は普通に滅びる。

 

 

「人類の運命は俺たちの手にかかってるんだ…」

 

 

確かに壁の王は、人類の手によって滅ぶのを望んでいたのかもしれない。

だが、パラディ島に退避したフリッツ王が【地鳴らし】という抑止力を作った矛盾がある。

彼ならユミルの民全員を即死させる事も可能だったのにそれをしなかった。

“王”が自らの意志で死ななかったという事実から継承者も破滅を拒むとライナーは危惧した。

 

 

「だったら、時間をかけても進むしか道はねぇはずだ。俺にもよく分かってきた…」

 

 

最下位(ドベ)だった少年は、過酷な開拓地の環境に適応して屈強な肉体を手に入れた。

それと共に周りを見る余裕ができて他者の想いを汲み取れる男に成長しようとしている。

アニの乙女心を分かっていないライナーは、自分たちのやるべき事をようやくここで理解した。

 

 

「それが俺たちがここに居る意味だってな!」

 

 

テコの原理で伐採して残った切り株を持ち上げたライナーは思った。

 

 

『人類を救う為にここに来た!ああそうだ、俺は絶対にそれを達成する為に今、ここに居る!』

 

 

もはや、自分たちの活動はただのマーレの命令で動いている訳ではない。

未だにパラディ島の悪魔を恐れている人類を救う為に兵士になろうとしている。

あまりにも犠牲者が多過ぎる上に責任がある立場故にライナーは目的と目標をすり替えた。

そしてアニの心境を理解する事は無かった。

 

 

「問おう!貴様らは何しにここに来た!!」

「人類を救う為です」

 

 

訓練兵団の入団当日。

スキンヘッドと厳つい顔で鬼教官に見えるキース・シャーディスが入団希望者の集団に怒鳴る。

誰もが怒鳴り声で委縮する中でライナー・ブラウンは真っ先に目的を即答した。

 

 

「なるほど、ならば死ぬ為に兵士となるがいい。お前の希望通りになァ!!」

 

 

ここでライナーが発言した【人類】という単語は、パラディ島の住民を示していない。

だが、その覚悟は本物だと見抜けたのでキースも特に追及はしなかった。

 

 

『そうだ、俺は兵士にならなければならない…!』

 

 

無事に【通過儀礼】を顔パスで突破したライナーは未だに拳を胸に構えていた。

 

 

「鎧の巨人を倒すためですわ!」

「ほう…せいぜい頑張るといい…ただし!貴様の死体が目視でも分かる様に目印を付けておけ!」

 

 

ただ、いきなり自分の巨人の名が聴こえて少しだけライナーは動揺した。

 

 

『まあ、俺もパラディ島の悪魔たちにとって敵だからな…名前が出て来ても仕方がない』

 

 

自分がウォール・マリアの内門を体当たりで破壊したせいで壁内人類の活動領域は後退した。

その事にすぐに気付いたライナーは、すぐに平常心を心がけて直立不動で立ち続けた。

誰かが自分の名前を呼んだか分からなかったが、少なくとも女性であると分かっていた。

それがまさか彼女と親友となり、ずっと騙し続ける羽目になるとは思わなかったが…。

 

 

「半分、どうぞ…」

「は、半分…?」

 

 

それ以上に蒸かした芋を調理場から盗んだ挙句に教官の目の前で咀嚼(そしゃく)する。

誰から見ても異常にしか見えない女が教官に半分に割った芋を分けるとは想像だにしなかった。

 

 

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「すごいね、未だに走り続けてるよ」

「兵士になれる素質はあるな」

 

 

教官から本日の飯を抜きにされて走らされた女が日が暮れる時間帯でも走り続けている。

その異様な光景を見てベルトルトも驚きの声が隠せずにライナーもそう思った。

 

 

『ライバルは多いか…』

 

 

訓練兵団に無事に入団できたが、憲兵になれるのは成績上位10人まで。

またしても選抜試験はあるが、既に戦士候補生となり、戦士になれたライナーに驚きはない。

むしろ、憲兵という行政側になれる特権を僅か3年の訓練期間を得て取得できるという異質さ。

戦士になっても人間として扱われなかったライナーは、ここが本当に別世界だと実感できた。

 

 

「おい、あのシガンシナ区出身の奴が居るってよ!」

「マジかよ!!どいつだ!?」

 

 

すると、あのシガンシナ区出身者が居ると知って同期たちが大騒ぎしていた。

ふと、声がした方に視線を映すと黒髪の少年の周りに人だかりができている。

 

 

「どうやらシガンシナ区出身の奴も居るようだな」

「…そうだね」

 

 

シガンシナ区といえば、自分たちが暴れたせいで大惨事になった城壁都市である。

あまりにも悲惨過ぎて生き残りの大半が開拓地の暮らしを選択するほどにやばかった場所だ。

噂では聞いた事があっても、生存者の証言を直接聞いた事が無い同期たちは興味本位に見えた。

 

 

「超大型巨人ってどれくらい大きんだ!?50mの壁を踏み越えるくらいなのか!?」

「壁を跨いで歩いたって私も聴いた事がある」

 

 

噂話というのは、いわば伝言ゲームだ。

ただし、情報であっても伝達する間に脚色されたり、聴き手の解釈に置き換えられる。

真実と嘘が混ざり合い、マーレ軍もびっくりするほどの巨人の強さが盛られていた。

 

 

「どんな顔をしてたの!?」

「皮膚が無くて口がでかかったな」

 

 

超大型巨人の特徴を訊かれたエレンと名乗る少年は、実体験に基づいて情報を語る。

自分の事で話題になっているベルトルトは、あえて少年の方を見て興味がある様に見せていた。

誰もが壁社会に混乱と損害をもたらした巨人について夢中になっていた為だ。

 

 

「ウォール・マリアを破った鎧の巨人は!?」

「そう呼ばれているのは知っているが、オレには普通の巨人に見えたな」

 

 

ついでに鎧の巨人について触れられていると知ったライナーは…。

 

 

「鎧の巨人は他の巨人と似てるらしいな。厄介だな…」

「ああ、そうだな。顔が厳ついらしいから気を付けた方がいいかもな」

 

 

食卓で向かい合った訓練兵と鎧の巨人について触れて話題から取り残されないようにした。

 

 

「…ん?」

 

 

それよりも、アニが黒髪の少女と雑談しているのが気になった。

あの1匹狼が誰かと話す事など任務以外にほとんど見られなかった行動だったからだ。

 

 

「あっ……」

 

 

誰かの質問でエレンの気分が悪くなったようだ。

あの地獄の中で生還した者は誰もが精神が病んでいる。

 

 

「みんな、質問はよそう。思い出したくない事だってある事だし…」

 

 

そばかすが印象的な少年の言葉に同調した訓練兵たちはこの場でエレンに質問する事は無かった。

 

 

「違うぞ」

「え?」

 

 

誰もがそう思ったが、エレンは違った。

 

 

「巨人なんてな。実際、対した事がねぇよ」

 

 

どうやら少年は、トラウマを乗り越えて兵士になろうとしている様だ。

未だに祖国マーレと母親の事が夢で出て来るライナーからすると羨ましいと思うほどだ。

 

 

「オレたちが立体機動装置を使いこなせれば、あんなの敵じゃない!」

 

 

【立体機動装置】というのは、マーレの戦士からしても未知数の兵器である。

残念ながらライナーや気を失っていたアニは実働しているのを見たことが無い。

 

 

『立体機動装置か…』

 

 

本来、巨人に白兵戦を仕掛けるのは不利過ぎて向いていない。

だからパラディ島の外では野砲や巨人を罠に誘導する戦術が発展した。

ところが、ガスとワイヤーを使って三次元に移動する兵器があると知った。

 

 

『ベルトルトの情報だと兵士なら誰もが使いこなしたそうだが…』

 

 

唯一、ベルトルトは馬上から兵士が空を飛び回っているのを目撃していた。

彼曰く、「兵士が空を飛んで巨人に挑むなんて信じられない…」が全てを物語っている。

 

 

「ようやく兵士として訓練できる訳だ。さっきは思わず感極まっただけだ!」

「そ、そう。なら良いんだけど…」

 

 

誰もがエレンの強がりと感じながらも彼の向上心を見習いたいと思った。

後にマルコ・ボットと名乗る少年は、エレンに気を遣って言葉を選んでいた素振りがあった。

 

 

「そんで調査兵団に入って…この世から巨人を駆逐してやる!」

 

 

エレン・イェーガーという少年は、とにかく巨人を討伐したくて仕方が無いらしい。

巨人を相手にするときは、マーレの戦士ですら同僚と手を組むのが常識である。

だからこそ自力で巨人を討伐すると断言する少年にライナーは価値観の違いを実感させられた。

 

 

「オイオイ、正気か?今、調査兵団に入るって言ったか?」

「……え?ああ、そうだが」

 

 

どうやらエレンを異常だと思ったのは、自分だけではないらしい。

異論を唱えた少年の方を見ると偉そうに足を組んでエレンを見下しているような感じがした。

 

 

「確か、お前は憲兵団に入って楽したいって言ったな」

「当然だろう。オレは正直者でな。あんな死人だらけの兵団に行きたいなんて嘘でも言えねぇよ」

 

 

ジャン・キルシュタインは、腐敗したマーレ軍の象徴である海軍将校そのものの態度に見えた。

巨人では軍艦に手を出せない事を良い事に自分たちが正義だと陸軍を馬鹿にする態度そのものだ。

 

 

「オレが自殺志願者とでも言いたいのか?」

「ああ、すまねぇな。正直なのはオレの悪い癖だ。気を悪くするつもりはねぇんだ」

 

 

中東連合との戦争で大失態を繰り返すまで自分の非を認めなかった海軍将校とはジャンは違った。

相手の気分を悪くしたと感じたらすぐに自分の非を詫びて他者に寄りそうとする努力がある。

もっとも、口が悪すぎて他者と仲良くなりにくい奴だとはライナーは思っていたが…。

 

 

「クソ、晩飯が終わりだ」

「早く口の中に突っ込んじまえ。残したら開拓地の皆様に恨まれるぞ」

「へいへい」

 

 

晩御飯の終わりを知らせる鐘が鳴って訓練兵たちは食器を片付ける為に動き出した。

 

 

『いろんな意見が言える環境…か』

 

 

ライナー・ブラウンは、ここが本当に楽園だと感じていた。

誰もが他者の想いを完全には否定せずに肯定してくれるという優しい世界がそこにあった。

できたら当たり前が存在せずに嘘に聴こえる自慢話でも誰もが驚いて褒めてくれるという異常さ。

ずっと人間として扱われなかったライナーは、未だに自分の居た世界が異常だと気付けない。

 

 

『いや、これは悪魔たちが俺を惑わす罠だ。きっとそうに違いない…』

 

 

自分の生まれた場所が常識になるというのは、よくあることである。

夫に捨てられて精神を病んだ母親が名誉マーレ人に縋ったようにライナーも現実逃避を行なった。

人類を救うという責務をパラディ島の悪魔たちを守るという目的に変わらないようにと…。

夢と目的と責務がごちゃ混ぜになっていたが、当時のライナーにはそれほどまでに余裕が無かった。

 

 

「まずは貴様らの素質を見る。これが達成できなければ兵士になる素質は無い!」

 

 

訓練兵団の兵舎で夢や理想を語り合って寝てすぐに翌日を迎えたとライナーは実感している。

あれほどぐっすりと眠れたのは本当に久しぶりだったのでこの日の出来事はよく覚えている。

 

 

「両側の腰にロープを繋いで姿勢をぶら下がるだけだ!」

 

 

キース・シャーディス教官曰く、姿勢を保てなければ兵士になれる素質はないらしい。

 

 

「全身のベルトで身体の姿勢を保て!それすらできない奴は囮にすらならん」

 

 

今思うと、教官の発言は過去の実績から基づいた経験談であったのだろう。

高低差を利用して巨人を誘導しなければすぐに巨人に捕食される。

後にトロスト区で嫌と見る光景を知っている今なら断言できる。

 

 

『シャーディス教官は本当に俺たちの事を想って言ってたんだな…』

 

 

鬼教官こそが未だに妄想による万能感に溢れている訓練兵に警告していた事に…。

それはともかく、マーレの戦士たちは見事に姿勢を保つ試練を突破した。

 

 

『か、簡単すぎる…』

 

 

真っ先にマーレへの忠誠心を調べる為に圧迫面接を受け続けていた過去がある。

だから兵士になる際に祖国への忠誠心に関して問われなかったのは驚いたものだ。

なにより、たった1つの試験を突破した事で訓練兵として正式に認められたと知って耳を疑った。

 

 

『本当にこれで訓練兵として認められたのか!?』

 

 

何か罠があると思ったライナーだったが、杞憂だとすぐに知った。

 

 

「今期は合格者が多いですね」

「この2年間で独学で鍛えた者が多いだろうな」

 

 

教官たちの雑談で本当に兵士になる為の試練を突破したと知った。

 

 

「何をしている!エレン・イェーガー!!上体を起こせ!!」

 

 

なにより兵士になれない者も居た事を知った。

昨晩、巨人をこの世から駆逐すると断言した少年が姿勢を保てずに頭を地面に向けていた。

他にもできなかった者も多かったが、あそこまで姿勢が崩れた奴は居なかった。

 

 

「ふむ、ここで合格できなかった者も明日に挽回の機会を与えてやる。せいぜい練習するといい」

 

 

なにより試練を突破できなかった者にも機会を与える事がライナーからみると信じられなかった。

数ある試練を乗り越えて戦士候補生になったと思ったら同僚を蹴落とす試練が始まった。

しかも、自分の意志で同期を蹴り落とすという試験を経験した彼は未だに信じられない。

 

 

『試練で失格になった奴にも機会を与えるのか!?』

 

 

できたら当たり前。

できなかったら永遠に名誉を挽回する機会などエルディア人にはない。

できても、向上心が無くて胡坐を掻けば、そのまま戦士になる資格を剥奪される。

他者を踏み台にしてでも、祖国に忠誠を示して尽力する姿勢を保たなければ話にならない。

比較的にエルディア人に寛大であるマーレですらそうだったのだから余計に彼は混乱した。

 

 

「おい、あいつは…」

「ああ、昨晩に巨人を皆殺しにするって言って奴だ」

「姿勢制御訓練で死にかけるなんてよっぽどだな」

 

 

姿勢制御の試験後、失格者たちは訓練所に残って姿勢制御の向上に勤しんでいた。

ところが、エレン・イェーガーは姿勢制御に失敗して頭を打ってさっきまで気絶していた。

悪評は、すぐ広がるもので昨晩では人気者だったエレンが今では蔑まれる存在に成り下がった。

 

 

「気にしても仕方ないよ。明日の試験なら上手くいくはずさ」

 

 

それでもアルミンと名乗った少年がエレンを励ましていた。

マーレの戦士になる為に誰もが他者に気を遣う事がなかったからこそ異常な光景に見えてしまう。

これは、この世界の習慣だとライナーは自分なりの解釈で納得するしかなかった。

 

 

「姿勢制御のコツを教えてくれ!!」

 

 

兵舎の寝室に戻ったエレンは真っ先に姿勢制御のコツについて同期たちに訊ねた。

 

 

「コツだって?んーわりぃけど俺は天才でな。言葉では表現できん」

「そこをなんとか!」

「“感じろ”としか言えん。まあ、素質もあるんじゃねぇかな」

 

 

坊主頭のコニー・スプリンガーは彼なりに上達方法を伝授した。

すごく適当な返答だったが、それでもエレンの事を想って言ったと分かる。

 

 

「オレは逆に教えて欲しい。あそこまで無様な姿を晒して正気でいられるコツをよ」

「お、お前ら。人が頭を下げて頼んでいるのに…」

「恥を晒して分かっただろ?あそこまで姿勢が制御できないのはお前の素質だ」

 

 

一方、ジャン・キルシュタインはエレンを馬鹿にしていた。

ただし、ライナー視点から見てもエレンの下手くそさは異常だったので否定はできない。

 

 

「まぁまぁ、コニーやジャン以外にも上手いって言われた人が居るし、彼らにも聞きに行こうよ」

 

 

マルコ・ボットはお人好しで誰かに騙される事もあった。

偉大なる王に仕えたくて憲兵を目指す純粋さに誰もが呆れた時もあった。

それでも誰かに寄り添って改善策を出す姿に頼る者が多かった。

 

 

「名前は確か、ライナーとベルトルト!あそこのロフトベッドで雑談している人たちだよ」

「ん?呼んだか?」

 

 

自分とベルトルトの名を呼ばれてライナーはベッド上からエレンたちを見下ろす。

さきほどまで涙目になっていたエレンが自分の顔を見て笑っていた。

 

 

「無能でどうしようもないオレに姿勢制御のコツを教えてくれないか!?」

 

 

エレンからそう言われたライナーは他者に頼られた事が無いと気付いた。

頼られる時は全て命令であった為、自分の技能に対して教えを乞われる機会がなかったのだ。

戦士候補生を目指していた時は、同期が敵だったので機会があっても教えはしなかったが…。

 

 

「頼む!2人も上手いって聞いたぞ!」

 

 

ただし、始めて自分を頼られたライナーは腕を組んで必死に助言を考えていた。

落ちこぼれだった自分の姿がエレンに投影された影響だったかもしれない。

 

 

「すまんが、ぶら下がる事にコツが居るとは思えん。期待するような助言はできそうにない」

 

 

人生で初めての助言は、失敗に終わったとライナーは覚えている。

実際、ぶら下がって姿勢を保つ事にコツなど要らないと思っている。

あえて言うなら力を入れ過ぎせずに前を見るべきというべきか。

 

 

「そうか…」

 

 

ただし、あれだけ地獄を見たはずのエレンが兵士になろうとする事に驚きが隠せない。

 

 

「2人はシガンシナ区出身なんでしょ?」

「うん、そうだけど…」

 

 

実際に地獄を見て来たベルトルトもそう思っていたのか。

アルミンの返答やエレンの態度から嘘じゃないと確認した彼は…。

 

 

「じゃあ、巨人の恐ろしさも知っているはずだよね?なのに…どうして兵士を目指すの?」

 

 

外の世界では、マーレの戦士にならないと、祖国に忠誠を誓っても雑に扱われて死ぬ。

しかし、壁内社会では貧しくなるとはいえ、戦わずに平和に暮らす選択肢がある。

兵士にならなくても、誰かに貢献しながら生きていく人生があるじゃないか。

そこまでして兵士になる理由を知りたくてベルトルトは彼らに質問を繰り出した。

 

 

「僕は、直接巨人の脅威を目の当たりにした訳じゃないんだけどね。開拓地に残らなかったのは、あんなめちゃくちゃな奪還作戦を強行した王政にあると考えたら、じっとしてられなかった。」

「つまり、このままじゃいけないと思って兵士に志願したの?」

 

 

マーレの戦士に志願するのは、誰もが人間として扱われたい。

もしくは、家族を楽させたいという意見が大半を占めている。

 

 

「うん、僕じゃ何ができるか分からないけど、この状況を黙って見てる事なんてできないよ」

 

 

何かを変えたくて兵士に志願したいというアルミンの発言を聴いたベルトルトは…。

 

 

「そっか…」

 

 

エルディア人の未来を変えようとしている自分たちと重なったのか。

それ以上の理由を訊く事はなかった。

 

 

「オレも似たようなもんだな」

 

 

エレンも巨人をこの世から駆逐した世界で何かをしたいようだ。

その理由は分からなくても、ベルトルトやライナーからしても思うところはある。

 

 

「聴いてもいいかな?2人はどこ出身なの?」

 

 

逆にアルミンから質問されたライナーは反応に困った。

なにせ「ウォール・マリアの外からやって来た」など口が裂けても言えない。

だからといって下手な嘘をつくとそこから異端者とバレる可能性がある。

どこに不発弾が眠っているか分からないライナーは即答する事ができなかった。

それにベルトルトは気付いたのか、一瞬だけ同僚の顔を見た後、口を開く。

 

 

「僕とライナーは、ウォール・マリア南東の山奥にあった村出身なんだ」

 

 

未だに首を吊ったおっさんの話が印象に残っていたようだ。

 

 

「川沿えの栄えた町と違って…壁が壊されても連絡は来なかった。むしろ巨人が先に来たからね」

 

 

まさかおっさんと同じ発言を同期たちに話すと思わなかったライナーはベルトルトを見る。

 

 

「あれは明け方の事だった。やけに家畜が騒がしくてね。地響きと揺れがどんどん大きくなった。まるで巨人の足音だと思って急いで窓を開けたら…」

 

 

固唾を吞んで話を聴いているエレンとアルミン、そしてこっそり聞き耳を立てている一部の同期。

誰もが一言一句聞き逃さないような仕草をしていた。

一方で話のオチを知っているライナーは、名も知らぬおっさんの話をする同僚に衝撃を受けた。

 

 

『お前、そこまで真似する必要はないだろ!?』

 

 

未だに話題を出すのでベルトルトにとってもかなり印象的なのは知っていた。

 

 

「その後は、よく覚えてないけど僕たちは馬に乗って内地まで逃げたと思う…」

「ベルトルトもライナーも良く生き残ったね…」

「2年間も開拓地で勤めてここに来たって訳か」

 

 

ベルトルトの発言を聴いて同期たちは自分たちに同情してくれた。

それが自分たちに過去話をして自殺したおっさんの話だとは知らずに…。

 

 

「全く…なんだってお前はそんな話をするんだよ…」

「ご、ごめん。つい…」

 

 

ベルトルトのおかげで何とか身バレの危機は去った。

一方で未だにおっさんの死を引き摺っている事にライナーは暗に指摘する。

「いい加減に切り替えらねえのか」という意図を感じ取ったベルトルトは謝罪した。

 

 

「えーっと、僕が言いたかったのは、君たちは彼らと違うだろ?」

「「え?」」

 

 

珍しく他者に意見するベルトルトを見てライナーは黙って聴く事しかできない。

それほどまでに自分の意志で誰かに意見するのが珍しかったのだ。

 

 

「ここに居る訓練兵の大半は、巨人の恐怖も知らずに兵士になろうとしている。そのほとんどは、『12歳を迎えて生産者の道を選ぶ奴は腰抜けだ』と言われて訓練兵になった人が多いと思うんだ」

 

 

割と自論をベルトルトが考えていたのは驚きだった。

 

 

「でも、世間的な体裁を守る為に訓練兵団に入団したからか、安全な勤務地が約束される憲兵団を目指してる人が多い。それが駄目でも駐屯兵を選んで異動の機会で憲兵になろうとしているのが、大半だと僕は思ってる」

 

 

そして、その自論が割と本音だと分かるからこそライナーは口を挟めなかった。

 

 

「そんな臆病なところは僕も同じだよ」

「「え?」」

 

 

ここで急に本来のベルトルトに戻るのだからライナーも思わず彼の顔を見る。

 

 

「身体を動かすのが得意だから特権狙いで憲兵団に志願しているんだ」

「そうなの?」

「うん、もしダメだったら全部放棄しちゃうかも…って思ってしまうんだ」

 

 

憲兵団に入団するのは、真の王について調べる為。

そんな言い訳を誤魔化す発言にしては、ベルトルトらしくない。

 

 

「僕には自分の意志がない」

 

 

『だから【超大型巨人】を継承できたんだろう!?』という気持ちをライナーは必死に堪える。

 

 

「美しいよ。自分の命だって大事なものがあって…」

 

 

つまり、祖国マーレの命令は自分の命より大事じゃないのか?

そもそも美しいって何だよ?憧れているのかよ!?

次から次へと思い浮かぶ疑問のせいでライナーはベルトルトを凝視する。

 

 

『お前、もしかして俺への皮肉か?』

 

 

マーレの命令の事を示していないなら必然的に自分の事になる。

そう考えてライナーが発言しようとしたが、エレンに先手を取られた。

 

 

「そりゃあ、そんな目に遭った事だし、自分の命が大切なのも立派な事だろ?」

 

 

エレンの発言に一理あるとライナーは無言で頷く。

アルミンも気持ちが同じなようで頷きはしなかったが、顔がそう語っていた。

 

 

「オレなんか壁を破壊される前から調査兵団に入団したいって言ってさ。異常者扱いだったんだ。まあ、頭がおかしいのはこっちだけどさ」

「ん?」

 

 

ここでライナーは違和感を覚えた。

 

 

「巨人と遭遇しても、その考えは変わらなかったって事か!?」

 

 

巨人と遭遇して生還した人物は巨人を恐れて精神を病む。

実際、退役した兵士や生産者を選んだ人物の目を見れば誰もが同じだった。

それほどまでに巨人は恐ろしいというのは、壁内でも世界でも共通していた。

そんな巨人と遭遇しても心が折れなかったエレンに興味をもった。

 

 

「まあ、今となっては兵士になれるかわからねぇけどな…」

 

 

エレンは何気なく話したが、どんな時でも自分の意志を曲げない奴は少ない。

 

 

「恐怖もたっぷり味わったが、それ以上に殺さねぇといけないと思ったよ。奴らを…1匹残らず」

 

 

今思えば、ライナーの夢は現実という壁で玉砕していた。

世界中で自慢の息子として評価されて両親と一緒に暮らす夢なんか不可能だと知った。

ありとあらゆる現実は、マーレの戦士になった今でさえも、夢を諦めさせる存在だ。

それでも、ライナーは変わらない意志が残っている事に気付いた。

 

 

「俺にもあるぜ。絶対に曲げないものが…」

 

 

パラディ島で潜入作戦を実施しているライナーは…。

 

 

「帰れなくなった故郷に帰る。俺の中にあるのはこれだけだ」

 

 

レベリオ収容区に帰る。

それだけの為にどんな手を使ってでも、帰るつもりだ。

 

 

「絶対に…なんとしてでもだ」

「あぁ…」

 

 

事情を知らなくても、ライナーの顔を見ればどれだけそれが悲願なのか分かる。

さきほどまで頼りになりそうだった金髪の青年の険しい表情を見てエレンも事情を察する。

 

 

「さっきの質問の答えだが、ベルトの調整から見直してみろ」

「え?」

「いくらなんでも転倒するのはおかしいってベルトの調整不足もあるかもな」

 

 

適当な事を言ったつもりで実際はある意味的を得ていた。

そんな助言をしたライナーは幼少期の自分にして欲しかった声掛けをする。

 

 

「明日はうまくいくさ。お前ならやれるはずだ」

 

 

どんなに努力しても他者との差が開いた時代。

必死にマーレの戦士になって母親に報告するまで彼は必死に努力した。

誰も必死に努力する自分を褒めてくれなかった。

非力な自分の過去をエレンに重ねたライナーは、純粋に彼を応援した。

 

 

「エレン・イェーガーだっけ?頑張れよ」

「ライナー・ブラウンだったよな?お前の期待に応えられるようにするよ」

「俺じゃなくて頭でっかちの教官の期待に応えろよ」

「それもそうだな!」

 

 

ライナー・ブラウンはどこかエレン・イェーガーに自分の過去を重ねていた。

なんでそんな事をしていたのかは当時は分からなかった。

今となっても、似た者同士だったやら、同情したなど複数の要因があるとしか分からない。

ただ、再試験を実施される当日、ライナーはエレンの動向を見守っていた。

 

 

「いいか、立体機動を操る事は兵士の最低条件だ。それができなければ開拓地に行ってもらう」

 

 

シャーディス教官は心なしか、エレンの成功を諦めている様にライナーは見えた。

 

 

『教官は分かってない。エレンの顔を見ろ。死んでもやり遂げる面をしてるぜ』

 

 

実は姿勢制御が失敗するように仕組んでいたから教官が期待していないとはライナーは知らない。

ただ、教官が他の訓練兵を見る様な客観的な視点でエレンを見ていないとだけは分かった。

心の中で応援しているライナーは、エレンの姿勢制御が成功する事を祈る事しかできない。

 

 

「はい」

「始めろ」

 

 

その結果は…。

 

 

「おお!」

 

 

エレンは姿勢制御に成功した。

少しだけ揺れているが、確かに姿勢を保ってみせたのだ。

エレンの雄姿を目撃していたアルミン、ミカサ。

そしてライナーは確かにエレンが試験を突破できると確信した。

 

 

「ああ!?」

 

 

それは一瞬だけだった。

すぐにエレンはひっくり返って後頭部を地面に打ちつけた。

 

 

「ま、まだ…!」

「降ろせ」

「まだ、オレは!」

「早く降ろせ」

 

 

 

エレンはまだやる気だったが、非情にもシャーディス教官はエレンを降ろす様に指示する。

後のトーマス・ワグナーと自己紹介する金髪で優しそうな同期が指示された通りに行動する。

無情にもロープが降ろされる最中のエレンの絶望はライナーにも嫌というほど分かってしまう。

 

 

『エレン、お前は確かに頑張った』

 

 

絶望したままその場で座り込んで膝づいているエレンは過去の自分を彷彿させる。

教官が去ったら一目散に声掛けをしようとしていたライナーであったが…。

 

 

「ワグナー」

「ハッ!」

「イェーガーとベルトの装備を交換しろ」

「ハッ!!」

 

 

教官がエレンを地面に降ろした訓練兵にベルトを交換する様に指示した。

すなわち、エレンは交換したベルトで再度試験を受ける事を許された。

 

 

「ん?」

 

 

ここでライナーには違和感があったものの、その疑問は永遠に解決する事はない。

教官がエレンの母親を想って失敗させようとしたが、心変わりをしたなどと気付く訳が無い。

 

 

「で、できた!?…でも何で急に!?」

「装備の欠陥だ。貴様の使用したベルトの金具が壊れていたのだ」

 

 

ベルトを交換したらエレンが姿勢の維持ができた事に誰もが驚いた。

当の本人も驚いていたが、シャーディス教官は淡々と事実を述べた。

 

 

「正常なら腰まで浮いた状態で反転しても頭を打つ訳がないからな」

「え?では…適性判断は!?」

「問題はない。修練に励め」

 

 

エレンが試験の合否をシャーディス教官に訊いた結果、合格と返答を受けた。

これにより、姿勢制御試験という名の兵士適正試験にエレンは合格したのだ。

 

 

「なんとかなったようだな」

 

 

無事に兵士になれる資格をエレンが得たと知ってライナーは安堵する。

自分がマーレの戦士に選ばれた時くらいには嬉しかった。

それほどまでにエレンに非力だった頃の自分の姿を重ねていた。

 

 

「ライナー、ありがとう」

「ん?」

「エレンが言ってた。ベルトがおかしいんじゃないかって」

「ただの偶然だ。俺は何もしてない。あいつの努力が見せた結果だ」

 

 

近くに居た黒髪の少女に感謝されたライナーは本音を述べる。

あいつが成功して欲しいとは思ったが、実際に努力したのはエレンである。

 

 

「目で『どーだ!』って言っているみたいだね」

 

 

姿勢制御中のエレンの視線を見たアルミンは、彼の代弁をしてみた。

 

 

「いや、違う」

 

 

ところが、後にミカサという名を知る少女は、即座にアルミンの意見を一蹴した。

 

 

「これで私と離れずに済んだと思って安心してる…」

 

 

アニ並に口数が少ない女訓練兵の発言にライナーやベルトルトはおろかアルミンまで振り返った。

 

 

「絶対そう」

 

 

ミカサ・アッカーマンはエレンに関して並外れた感情を持ち合わせている様だ。

後の話だと人攫いによって両親を殺されたが、間一髪でエレンに救われたと知った。

当時は事情は知らなかったもののミカサがエレンに向ける感情は未知数だった。

 

 

『うわ…こわっ…離れておくか』

 

 

とりあえず、歪な母親の愛以外に異性の愛を知らないライナーはミカサと距離を取った。

野次馬たちも空気を読んで距離を取ったので必然的にエレンを見ているのはミカサのみになる。

 

 

「なにやってんだこいつら…」

 

 

エレンが失格になると感じて高みの見物をする予定だったジャンは異様な光景を見た。

彼が姿勢制御の試験に合格したらしいが、誰もがエレンに近づいていなかった。

 

 

「というか、ミカサと近くないかあいつ!?」

「別に同居していたらしいし、そんなもんじゃねぇ?」

「なんだと!?」

 

 

むしろ、エレンを自分が恋するミカサに差し出しているように見えてご機嫌斜めになる。

おまけに傍に居たコニーが放った衝撃的な発言に思わず髪型がモヒカンになりそうなくらいだ。

 

 

「テメェ!当たり前の事で評価されてチヤホヤされてるんじゃねぇよ!」

「はあ!?オレだって大変だったんだぞ!?」

 

 

エレンとジャンの腐れ縁はここから良く見かける様になった。

そんなじゃれ合いがいつからか104期南方訓練兵団の名物になったのはいつだったか。

回想をしているライナー・ブラウンは、今でもそのきっかけが思い出せない。

 

 

「よかったですわ。同志が兵士になる事ができて」

「ん?」

 

 

ただ、その時に1人の少女が放った言葉が耳から離れられない。

彼女自身の発言は、特に問題はないものだ。

問題なのは、発言主が鎧の巨人を討伐すると断言していた女訓練兵だった。

 

 

「あれ?」

「どうしたの?」

 

 

思わずライナーが振り返ると栗色の髪で長身の女訓練兵の後ろ姿が見えた。

何故かエレンに逢わずに去って行くの様子を見て首を傾げるライナーにベルトルトが反応する。

 

 

「いや、なんでもない」

「ああ、あの子って良い香りがするよね」

「そうだな」

 

 

これが、後に自分を不俱戴天の仇と評する復讐鬼の姿を始めて見た瞬間だった。

ただ、当時はベルトルトの発言に頷く程度の関係でしかなかった。

あの日までは…。

 

 

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