進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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174話 回想0-4 自分の命を狙う復讐鬼と出会った少年

兵士になる為には立体機動ができなければならない。

それを知ったライナー・ブラウンは、その未知なる技術に興味を持った。

 

 

『“立体機動”ってなんだ…?』

 

 

開拓地に居た2年間で必死に文字の読み書きを覚えたので単語は理解できる。

だが、人間は基本的に三次元で動き回るようにできていない。

ベルトルト曰く、兵士が空中で飛び回っていたとの事だが、未だに想像ができなかった。

 

 

『兵士が曲芸の動きをして巨人と戦うのか…?』

 

 

円形劇場(サーカス)でよく見かける道化師(クラウン)のような動きで巨人と戦うというのか。

いまいち理解に苦しんだが、悪魔の島なのだからと深く考えないように心掛けた。

 

 

「これが立体機動か」

 

 

実際に兵士が立体機動する姿を見たのは、訓練兵団に入団して10日後の事であった。

教官たちによって広場に召集された訓練兵たちは、実際に立体機動を行なう兵士を目撃した。

 

 

「これが立体機動である。兵士全員がこれを駆使できなければ話にならん」

 

 

立体機動とは、専用の装置を駆使して文字通り立体で機動する動きである。

教官の発言を聴きながらワイヤーでターザンごっこしている兵士の姿を見たライナーは…。

 

 

『バカなのかこいつらは…』

 

 

最初は、教官や現役兵士の考えが理解できなかった。

ふと横を見るとアニもそう思っていたのか。

周りの同期の反応に合わせているだけで注視はしていなさそうだった。

 

 

『ただ、面白い事を考えるもんだ』

 

 

この技能を身に着ければ、超大型巨人の抜け殻からの脱出は楽になりそうに見えた。

実際にベルトルトは、近くに居た教官に声をかけて何かを訊き出していた。

自発的に動く事が無い奴だからこそ、彼がどれだけ衝撃を受けていたか分かる。

 

 

『それよりも…兵士になる…為か』

 

 

マーレの戦士になる為にどんな努力も惜しまずに全力で活動してきた。

その努力ですら最下位(ドベ)という結果を覆す事はできなかった。

それでも手にした戦士の座すらも自分で勝ち取ったものではないとライナーは知った。

立体機動を直に見て案内に流されるように座学室に戻る彼は誓った。

 

 

『今度こそ自力で勝ち取って兵士になってやる』

 

 

開拓地に居た人々は優しかった。

何度もミスをする自分を励ましたどころか、豆のスープを良く分けてくれた。

そのおかげでパラディ島に来た面影がないほどに肉体が成長していた。

 

 

『絶対に』

 

 

自力でマーレの戦士になれなかった少年は、今度こそ独力で兵士になろうと誓った。

 

 

「――かくして人類は未だに巨人の生態を解明できていない」

 

 

ホルツ教官が説明する巨人学は、マーレで習った巨人学と同じである。

 

 

「巨人には、人間の様な知能は存在しない。ただし人間だけを狙う捕食本能はある」

 

 

無垢の巨人は、人間だけを捕食する本能がある。

マーレだと更に踏み込んで「脊髄液を摂取する為に人間を捕食する」と説明を受ける。

これは、無垢の巨人が知的巨人継承者の脊髄液を摂取したいという本能で行なわれる。

 

 

『【九つの巨人】継承者が巨人に狙われやすいのもこれが原因だ…』

 

 

自力で巨人化できたのは、始祖ユミルだけである。

そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

故に無垢の巨人は、無意識に人間に戻るべく人間から脊髄液を摂取しようとしているのだ。

 

 

『…なんで脊髄液を摂取しないといけないんだろうな』

 

 

彼女の子孫である【ユミルの民】は、巨人になるのにも人間に戻る時にも制限が発生している。

ユミルの民が巨人になるには、巨人の脊髄液を摂取しないといけない。

知的巨人の能力を継承するには、必ず先代継承者を捕食して腹に納めなければならない。

なぜその条件が必要なのかは、マーレ政府巨人化学研究学会でも解明できていなかった。

 

 

『他にも【力】の継承する方法があるのか…?』

 

 

ただし、始祖ユミルが産み落とした3人の娘は、当初は巨人の力を継承していなかったそうだ。

始祖ユミルの遺体を骨まで粉砕して捕食した結果、巨人化の能力を継承したとされる。

この行動が【巨人が人間を捕食する本能に繋がっている】とまでは学会も分析はできている。

しかし、正式な能力継承方法に関しては不明の為、未だに継承方法は何も変わっていない。

 

 

『まあ、悪魔の一族だからの一言で片付くもんだがな…』

 

 

ここまで色々考えてきたライナーだったが、ここでの巨人学は、大した事は学べなかった。

【調査兵団】の最新情報という事だけを手帳に記して手に持っていた筆記用具を置いた。

 

 

『考えても無駄か…』

 

 

ここでユミルの民の歴史や巨人の秘密など答えが出てこない問題に悩んでも仕方が無い。

気分転換に【自分が重要だと思う情報】を記した手帳を見る。

 

 

『憲兵団、立体機動だけの事を考えれば充分だろう』

 

 

王政に近づくには憲兵団になる必要がある。

憲兵になるには、訓練兵団で成績上位10位以上の成績を出さなければならない。

そして訓練兵団を卒業するには、立体機動ができなければ話にならない。

これさえ覚えておけば問題無いだろう。

 

 

「教官、巨人は不死身なのでしょうか!?」

 

 

一方、教官の説明から巨人は不滅の存在と知らされた訓練兵たちに動揺が走る。

その代弁をするかのようにマルコが挙手をして教官に質問を繰り出した。

 

 

「いや、巨人は不死身ではない。明確な弱点がある」

 

 

マルコの質問に返答したホルツ教官は、黒板に人間の後頭部を記す。

そしてうなじ部分に円を描いて訓練兵たちに向き合った。

 

 

「巨人を討伐する方法は1つしかない。ここを狙う!!」

 

 

無垢の巨人の弱点は、後頭部より下、うなじにかけての部分。

これはマーレどころか世界中でも知っている事だ。

 

 

「巨人はここを大きく損傷すると傷が再生する事も無く絶命する」

 

 

だから教官の言っている事は、マーレの戦士たちも理解できる。

 

 

「その為、まず諸君らは、この立体機動装置を駆使する必要がある」

 

 

ただし、巨人の弱点が分かったとしても攻撃できるかといえば難しい。

例えるなら5階建てのビルの屋上に攻撃を仕掛けるのは無謀に等しい。

だからこそ1000年以上も巨人は無敵の存在としてマーレを含め諸外国から恐れられていたのだ。

 

 

「現在、最も巨人に有効手段は、機動力を生かした格闘術である!」

 

 

教官の発言の内容は理解できるが、どうしてそうなったのか全く理解できない。

言語は通じるのに話が通じない人物と会話しているようである。

 

 

「ここで装置の解説をしよう」

 

 

もちろん、心でそう思っても言葉に出す事はない。

マーレの戦士たちは首を傾げながらも教官が見せつける装置について眺めていた。

 

 

「まずは、操作装置だ」

 

 

いわば、西欧湾刀(サーベル)から刃を抜いたような物体が操作装置のようだ。

ぱっと見ると護剣側に引き金(トリガー)が2つ付いていた。

他にもスイッチが複数あるのが見えた。

 

 

「これは文字通り、立体機動装置を操作する装置だ」

 

 

詳しい説明はなかったが、基本的にこれの操作を覚えればいいだろう。

そう思ったライナーは、支給された手帳にメモを記していく。

 

 

「腰の両側にある射出機からアンカーを射出し、立体機動装置から排出された鉄線をガスの圧力で巻き取るのだ。これにより我々は三次元の動きが可能となる」

 

 

だが、兵士に支給する装備にしては、やけに複雑で金がかかっているように見える。

本来、一般兵に支給される兵器は単純な訓練で運用できるものか、1個班で運用できる物が多い。

わざわざ末端の兵士にガスボンベ2本と精密で高価な装置を支給するのは異常だった。

 

 

「そしてこの付け替え式の刃が武器だ。硬い肉の塊を切る為にしなる様になっている」

 

 

実際に教官が操作装置に刃を挿入して訓練兵に刃がしなやかに曲がるのを見せつけた。

 

 

「ここで諸君らは、何故刃を硬くしないのかと疑問に思った事だろう」

 

 

そして訓練兵の思惑を見抜いたかのように教官は話を続ける。

 

 

「これには複数の理由がある。一番の理由は硬い物同士が激突すると刃が欠けてしまうのだ」

 

 

例えるならば、一番硬い鉱物であるダイヤモンドが分かりやすい。

ダイヤは硬いので表面が傷つかない思う人は多いが、実は一定方向からの衝撃に弱い。

硬度が高い=物体が砕けないという事では無いのだ。

 

 

『巨人の表皮は、巨体を支える為に強靭になってるからな…』

 

 

後にサシャが巨人のうなじに斧を振り下ろしても中々傷つかないほどに表皮が硬い。

これは生半可な表皮だと巨人の筋肉や脂肪の自重に耐え切れないからだ。

前もって【2乗3乗の法則】を習っていたライナーは教官が言いたい事をすぐに理解した。

 

 

「まあ、分かりやすく言うと硬い刃だとすぐに欠けてしまい使い物にならなくなるのだ」

 

 

硬い物同士を全力で激突させれば欠けてしまう。

冷静に考えれば分かる事だが、実際に座学か経験で知っていないと想像しにくい部分がある。

 

 

「それと巨人の肉を切断するには大きく振り抜く必要があるのだが、立体機動中に人力でするのは不可能に近い。だからこそ刃をしなやかにして曲がりやすくして肉を削ぎやすくしているのだよ」

 

 

要するに手の爪を全て引っぺがすと物が掴めなくなるのと同じく理屈となる。

つまり、外部から押し当てる刃では、肉の塊の中で外力が分散してしまい上手く肉が切れない。

それを防ぐには、まな板の様に分散した力を止めるか、ハサミみたいに挟撃で切断する必要がある。

座学や理屈を知っているとすぐに理解できるものだが、世の中はそう簡単に上手くいかない。

ここまで教官に説明されたが、訓練兵たちの大半は全く理屈を理解していなかった。

ただし、マーレの英才教育でベルトルトを筆頭にマーレの戦士たちは、その原理を理解した。

 

 

「ホルツ教官、つまり紙で指を切ってしまうのと同じ理屈で作られた刃なんでしょうか」

「大体その通りだ」

 

 

そこまで鋭くも硬くもないはずの紙で指を切る理屈を巨人用に転用した刃だと分かった。

ベルトルトの発言でようやく訓練兵たちも理解したのか。

手帳にメモしたり、何度も頷いたり、それでも分からないコニーは机に頭を伏せていた。

 

 

「さて、話を戻すが、この2本の刃を用いて急所となる部分の肉を削ぐと巨人は即死に至らせる。これが長年に渡って築き上げてきた人類の屍の山の歴史から導き出された答えである」

 

 

ホルツ教官の発言にライナーやアニ、ベルトルトは本気で困惑した。

 

 

『巨人に白兵戦を仕掛けるなんて正気か!?』

 

 

特に世界中から恐れられている鎧の巨人を継承したライナーは本気で困惑している。

巨人を討伐するなら集中砲撃か、罠と誘導路を用いた戦術、それか地雷か。

巨人を倒せる手段はいくらでもあるのにわざわざ死人が出る様な戦術に違和感しかない。

 

 

『いや、もしかしたら王政が技術抑制をしている可能性もある…』

 

 

ここまで考えてパラディ島では文明レベルがかなり低い事をライナーは思い出した。

未だに骨董品レベルの大砲が最先端であり、精度も威力も低かった。

シガンシナ区にあった内門をぶち抜く頃から実感していた事だ。

 

 

『それに立体機動が上手いほど憲兵になれるって事は、精鋭を壁から遠ざけているな』

 

 

巨人を討伐する為には立体機動を駆使しなければならない。

なのに立体機動が上手いほど前線から遠ざけられる現状から王政の狙いが分かって来た。

 

 

『なるほど、壁の外で生還する人材を無くす為に憲兵取り立て制度を導入したな!』

 

 

壁の王は引き籠るとは言ったが、それに従ったユミルの民の末裔が納得するとは限らない。

もしかしたら壁の外に出て真相を知ろうとする者も現れるかもしれない。

そういった人材を前線から遠ざける為に憲兵制度を取り入れたと考えれば疑問が解消される。

憲兵は、真っ先に忠誠心を調べられる役職であるのにやけに入団が楽という問題が…。

 

 

『なら話は早い』

 

 

既にウォール・マリア陥落から王政の高官を筆頭に貴族たちは新規の使用人を雇っていない。

しかし、王政の業務に携わる憲兵は、毎年輩出される訓練兵団の人材から取り立てている。

赤の他人が王政に触れられる唯一の手段である事に変わりはない。

 

 

『立体機動を覚えて兵士として一流になってやる』

 

 

だからライナーは立体機動を重視し、憲兵になる為に模範的な兵士になろうと決意した。

そうすれば、マーレの戦士と違って独力で選抜された席に座る事ができると思ったからだ。

もう二度と誰かを犠牲にせずに自力で自分の夢を勝ち取る為にもライナーは頑張るつもりだった。

 

 

-----

 

 

訓練兵団に入団して半年間は地獄だった。

まず、それぞれ握る操作装置を上手く操作できるように両手の矯正が行われた。

 

 

「いいか、操作できればいいというものではない!左折も右折も同じ技量でできるようにしろ!」

 

 

操作装置の模型を握って訓練していたこの時代が一番辛い時期だと思っている。

命綱を付けずに崖を素手で登った時期もこの頃だ。

教官から罵倒されながら模型の引き金を引くライナーであったが…。

 

 

「上達したな。培った技術を忘れるなよ」

「ハッ!精進します!」

 

 

頑張って好成績を出せば、教官は評価してくれた。

結果を出しても“当たり前”として一蹴される戦士候補生時代からすれば信じられなかった。

 

 

『マジかよ…』

 

 

できたら当たり前、マーレに尽くすのも当たり前。

それができなければ、エルディア人に生きる価値すらない。

それがライナーが過ごした世界では常識だった。

パラディ島はおろか、自分の過ごした世界も異常だとは一切気付く事は無かった。

 

 

「俺は家族を守る為に兵士になるんだ!」

 

 

王政では無く民間人でもなく自分の家族を守る為に兵士に志願した者を誰も咎めない。

 

 

「俺は憲兵になって安全に出世してやるんだ!憲兵なら巨人と戦う必要はないからな!」

 

 

本末転倒な事を呟く訓練兵すら同期どころか教官すら咎めない。

死亡フラグを立てている訓練兵は後にトロスト区で民間人を庇って戦死する事となる。

そういった訓練兵が本音を呟ける環境にライナーは未だに慣れなかった。

 

 

『ここでは常識なのか』

 

 

必死に兵士になろうとするライナーにとって彼らの存在は異常であった。

マーレの戦士候補生を目指していた時なら絶対にあり得ない光景だからだ。

 

 

『それとも俺が異常なのか……?』

 

 

別にここでは兵士にならなくても開拓地で生きていける。

多少は馬鹿にされるかもしれないが、彼らの活躍があってこそ壁社会は運用できている。

マーレの戦士にならなければ、人権すら得られない外の世界とは違う。

周りとの価値観と常識の相違が、同じユミルの民であるはずのライナーの精神を乱した。

 

 

「ライナー、お前ホントに真面目だな」

「兵士になる為にここに来たからな」

 

 

この時代のジャン・キルシュタインは変にムカつく奴だった。

 

 

「適度に気を抜けよ。そうしないとオレが注目されず、女の子にモテねぇからな」

「お前な……」

 

 

女の子にモテたいジャンは、教官に褒められているライナーが気に喰わないらしい。

挑発自体は、マーレの戦士になる為に努力していた時代に何度もあった。

ただし、女の子にモテたいからといって自分に小言を言って来るのは初めてだった。

 

 

「兵士になる為にここに来たんだろ?」

「馬鹿だなお前、兵士になって巨人と戦って死んじまったら意味ねぇだろ」

 

 

とにかくジャンには夢があった。

憲兵になってある程度出世したら可愛いお嫁さんをゲットして自慢の子供も授かる。

そして稼いだ大金で王都のセントラル一等地に住んで昼間から酒を(たしな)む生活をする。

所謂(いわゆる)、上級階級となって平和な生活を送ろうと考えていた野心家であった。

 

 

「このご時世でそんな生活ができると思ってるのか?」

「いいや、誰が何て言おうともオレはやってやるさ!なにせ他の奴とは違って優秀だからよ」

 

 

ただ、ライナーにとっては不思議な感覚であった。

マーレの戦士になれば人権が付与される代わりに短い寿命と役目が終わるまで酷使される。

そんな未来しか無い彼にとってジャンの夢はかなり異形に見えた。

 

 

「だから休め。そしてオレに憲兵の席を譲れ」

「お前が努力して席を奪い取れば良い事だろ?」

「ホント真面目だな。だからお前を警戒しているんだよ」

 

 

ジャンにとってライナーとは憲兵になれる席の1つに座ろうとする同期だった。

しかし、実力で排除する事も無くだからといって嫌がらせも大してしない。

ちょっと鼻にかけた発言で気分を害する以外は何もしてこなかった。

 

 

「それに巨人に挑んだ先人たちの末路を聞かされた以上、オレは現実をしっかり見ている」

 

 

ジャンもまた立体機動で巨人に白兵戦を挑むのは馬鹿げていると思っている。

ただ、立体機動が上手くなければ憲兵になれない以上、努力しているだけの男だ。

手が抜けるところは手を抜く……良くも悪くも要領が良い男だった。

 

 

「またお前らか、仲良いな」

「なんだコニー?お前も憲兵の席を狙ってるのか?」

「俺は天才だからよ。憲兵になれるに決まってんだろ」

 

 

コニー・スプリンガーは小柄で坊主頭、ジャンとは別の意味で裏表のない性格と評価できる。

 

 

「足し算すら間違えるお前が憲兵になれるかよ」

「はあ?俺が馬鹿だと言いたいのか!?」

「違うか?」

「天才だって言ってるだろう!!」

 

 

残念ながら座学が壊滅的で算数すら怪しいところがあった。

悪く言えば、「天才」と自称する馬鹿である。

ただし、ライナーと同じくらいにコニーを警戒しているジャンは挑発する。

 

 

「じゃあ、なんで間違えたんだ?」

「算数の成績まで良かったら俺に誰も勝てなくなっちまうと思ってな」

「足し算すらできない奴が憲兵になれる訳ねぇだろ」

「立体機動が上手い奴が憲兵になるんだろ?だからテストで手を抜いてやった」

 

 

だが、頭の回転は早い。

そして、これがコニーの本音であり、実際にそう思っているのも確かである。

 

 

「ベルトルト、そう思うよな!?」

「え?ああ、うん。そうだね……」

 

 

ついでにベルトルトは空気扱いであり、意見を同調させる際に引っ張られる存在となっていた。

それ以外は、なんかライナーぐらいしか大して絡まないノッポ野郎というのが同期の評価だった。

実際、ベルトルトは真面目だったが、それ以上の事はできなかった。

優等生だが会話に絡めない時期が続いて異性の会話はほとんどなかった。

アイツが接触するまでは…。

 

 

「とにかく憲兵になりたい奴は多い。この際、切磋琢磨して頑張っていこうじゃねぇか!」

「せっさたくまってなんだ?」

 

 

マルセルだったらとにかく場を丸く収めるはずだ。

そう思って決め台詞を吐いたライナーは、コニーの発言で一瞬だけ気が緩んだ。

こうして操作装置の扱いになれた104期南方訓練兵団は、次の段階へと進んで行く。

 

 

「いいか、巨人は待ってくれない!!3分以内に着替えろ!!」

 

 

兵士たる者、フル装備に着替えるのは3分。

それぞれの大腿に鞘をぶら下げて腰には立体機動装置を身に着けるのは当然。

膝丈のブーツを履いてジャケットを羽織って直立不動で待機する。

男女共に共通していた規則であるが、これが中々大変である。

 

 

「うお!?」

 

 

何がきついかというと固定ベルトという存在である。

胸部や両肩、そして腰と脚に張り巡らされているベルト。

これを短時間で身に着けるのが、かなり難しい。

 

 

「エレン!?」

「……クソ、バランスを崩した」

 

 

さきほど右足の土踏まずにベルトを履こうとしたエレンが体勢が傾いてズッコケた。

アルミンが慌てて声をかけるが、教官からの視線を受けて無言で着替えている。

 

 

『無駄に資源と物資を使ってるな……』

 

 

外の世界が常識であるライナーにとって壁内の兵士の装備が異常だと分かっている。

なにしろ身体能力や肉体の成長が伸び盛りの思春期を迎える男女に合わせて調整してるのだ。

ここまで一人当たりの兵士育成に資源を使う軍隊などないと思えた。

 

 

「そこ!!3分以内に着替えたからといって気が緩んでないか!?」

「め、滅相もございません!」

「ほお、やる気があるなら3回着替えてみろ」

「は、はい!!」

 

 

3分が経過した事を知らせる鈴の音が聴こえる前に着替え終えた訓練兵は油断してしまった。

気が緩んで直立不動しなかったせいで無駄に着替えさせられる事となった。

 

 

『くっ、これはきついな……』

 

 

固定ベルトには鞘や立体機動装置を取り付ける治具が存在する。

だから適当に身に着ける訳にもいかず、だからといってのんびり身に着ける事もできない。

さすがに女性に対しては教官たちも強くは指摘していないが、それでもここでは男女平等だった。

 

 

「何度も言ってるが、巨人はお前たちを待たずに喰う!喰われたくなかったら必死に着替えろ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

後から分かった話だが、3分でフル装備で着替えるのは実際には不可能である。

さきほど3分以内に着替えた訓練兵もベルトがしっかりとは身に着けていなかった。

だから教官は、無理難題を達成させた訓練兵に着替えさせたのだ。

では、何故こんな事をしたかといえば、教官が放った一言が全てを表している。

 

 

『巨人は待ってくれない…か』

 

 

祖国マーレでもマーレの戦士を目指す者たちを騙して無理難題をさせた事がある。

だが、マーレと違ってここに居る教官たちは本気で訓練兵を想っての行動だった。

戦士候補生になる為に他者を踏み台にさせるように仕組む祖国のやり方とは大違いだった。

実際、巨人のせいでマルセルを死なせたライナーは、教官の話が事実だと知っている。

 

 

『寿命も待ってはくれないんだがな…』

 

 

確かにここは居心地が良い。

誰もが対等の存在として扱ってくれて誰かから存在そのものを馬鹿にする事はない。

たまに調査兵団を馬鹿にする者も居たが、それは根拠があり、人権自体は馬鹿にしていない。

ただ、目的を達成してレベリオ収容区に帰りたいライナーにとってここは悪夢に見えた。

 

 

『早く立体機動の訓練をしたいぜ…』

 

 

ぬるま湯に浸かっていつまでも浴槽から出れない現象。

現実のはずなのにまるで夢みたいな生活を送っているせいで未だに夢の中に居ると錯覚する。

ライナーにこの現象自体を言語化するのは難しかったが、代わりに表現できる一文がある。

 

 

「ああ、確かにパラディ島は“楽園”だな」

 

 

始祖奪還作戦を始める前まであれだけパラディ島を滅ぼしたいと思っていたのに…。

今ではその悪魔の尖兵になる為に必死に訓練をする日々を繰り返している。

何かが間違っているはずなのにそれを否定できる根拠が無い。

あるかもしれないが、ここで逃げればマルセルはおろか、祖国に残った皆の想いまで踏み躙る。

そんな矛盾を抱えながらライナーは必死に固定ベルトと装備を装着する訓練を繰り返した。

 

 

-----

 

 

訓練兵団に入団して半年後、ようやく立体機動装置を操作する事ができた。

そう、操作できただけで立体機動はしなかった。

 

 

「操作装置は繊細だ、指先1つでお前たちの運命は決まる!」

 

 

教官の発言通り、操作装置の精密な操作が命に関わって来る。

操作装置を握り締めたライナーは、本当に戦闘中に操作できるものかと思ったほどだ。

 

 

『本当にできるものなのか…』

 

 

親指に触れているハンマースイッチを上下に動かしてアンカー射出機の角度調整をする

人差し指に触れるトリガーは、アンカーを射出させる

中指に触れるトリガーは、ガスを噴出させる

護拳に見えるレバーを引くとワイヤーを巻き取り、レバーを離すと止まる

上下に並んでいる補助スイッチの一番上が装填する刀身の固定と解除を司る

下の補助スイッチは、射出するアンカーの開閉を司る

 

 

『やって見ないとは分からないとはいえ、ここまで分かり切った事も珍しいな』

 

 

手帳に名前と動作を箇条書きに記しても実戦で扱えるか不安しかない。

もちろん、今回は腰にあるアンカー射出機から指定された的にアンカーを射出する訓練である。

だから人差し指のトリガーと親指のハンマースイッチを弄るだけで良い。

 

 

「サシャ、上手い」

「ミカサだって上手いじゃないですか!」

 

 

こういった並行思考で作業する時は女性の方が得意と聴く。

実際、女訓練兵が上手く操作して的に向かってアンカーを射出する事が多かった。

後のトロスト区防衛戦や奪還作戦でも野郎よりも上手く動けた者は多かった。

 

 

「あだ!?」

 

 

一方でアンカーを射出する方向を間違えて地面で反射したアンカーに激突する訓練兵も居た。

 

 

「またお前か!!」

「まだできますわ!!」

「そういう問題ではない!!」

 

 

背後で女訓練兵と教官が揉めているようであったが、ライナーには関係なかった。

 

 

『これができなきゃ憲兵にはなれねぇ!!』

 

 

立体機動の初歩ができなければ、移動すらできない。

的を見ながら慎重に親指でハンマースイッチを弄って射出機の角度を調整する。

なにが酷いってアンカー射出機自体は見れない為、勘でアンカーを射出するという点だ。

一応、訓練自体はあったが、感覚と経験がものを言うせいで上手くできない同期は多かった。

 

 

「おお!」

「すげぇな」

 

 

ライナー・ブラウンは、1発で的の中央にアンカーを射出する事ができた。

これには同期たちも驚きの声をあげてライナーの偉業を讃える。

 

 

「ふん、これくらい楽勝だ」

「マジかよ、俺もできたんだけどな」

 

 

一方、同期たちの注目がライナーに移ったせいでジャンとコニーはそこまで注目を浴びなかった。

 

 

「お前ら!!オレだって達成したぞ」

「こっちも見ろよ!!」

 

 

これには2人もご立腹。

声を出して抗議をするものの二番煎じとなってしまい、ライナーほど評価はされなかった。

 

 

「クリスタ、もっとハンマースイッチを上にあげろ」

「でも…」

「はははは!相手は動かない的だぜ。存分にアンカーを打ち込んでやれよ」

 

 

クリスタやユミルと自称するソバカス女もこの頃から視線に入る様になった。

ただ、この時点でのライナーは余裕が無く女神クリスタについて気にする事は無かった。

ライナーだけではない。

 

 

「なかなかきついね…」

 

 

ベルトルトも…。

 

 

「慣れって大事…」

 

 

アニも憲兵になる為に必死にアンカーの射出について訓練した。

一方、ライナーは既に感覚で射出できるようになった為か、特に野郎共から頼られる事となる。

 

 

「ライナー!コツってあるのか?」

「一応ある。実は親指の位置と爪の向きがよ…」

 

 

マルセルであったら悩んでいた同期に手を差し伸べただろう。

戦士候補生になるまでやって欲しかったからこそライナーは兄貴分を演じて同期にコツを教える。

その様子をアニがどのような心境で眺めていたのか知ろうとはせずに…。

 

 

「まずは立体機動術の基本、移動からだ!」

 

 

立体機動で訓練できるようになったのは、入団してから8か月が経った頃だった。

キース・シャーディス教官の指示の元、訓練兵たちは一斉に緑色の煙に向かって走行する。

マーレの戦士たちも彼らに負けないように走り出した。

 

 

「走れ!走れ!!お前たちがどれだけ走っても巨人には敵わん!!だが躊躇う奴は失格だ!!」

 

 

兵士の装備というのは、かなり重量がある。

しかも腰から鞘が前に突出している事もあり、重心が変化しているせいで走るのも一苦労である。

それでもこれさえできなければ、立体機動など不可能である。

渓流を塞き止めて作られた立体機動専用の訓練で用いられる谷で彼らは訓練に励んだ。

 

 

「立体機動装置を用いて目的地まで移動しろ!」

 

 

馬で谷を駆け回るシャーディス教官の命令で同期たちは次々と立体機動に移っていく。

本来ならば露出した崖は、アンカーと人体の重量を支えるほど頑丈ではない。

しかし、必死に泥や土砂を取り除いた事もあり、高速で立体機動できる数少ない場所になった。

自分の技量とアンカー、そして勘を頼りに104期訓練兵たちは空中を舞いながら移動していく。

 

 

「遅い!何をちんたらしている!!」

 

 

「巨人より怖いんじゃないか」と噂された鬼教官からの罵声に訓練兵たちは立体機動を速める。

一歩間違えれば、崖に激突して骨折。

運が悪ければ即死しかねない場所でも彼らは自分の夢の為に戦っている。

 

 

「はぁはぁ…ここまで来て開拓地行きなんてゴメンだ!」

「絶対に訓練を修了してやる!」

 

 

脱落者もちらほら出始めているが、それでも大半の訓練兵は目的地に辿り着いた。

そして今回、この渓谷の目的地に真っ先に辿り着いたのは…。

 

 

「ライナー・ブラウン!移動は貴様が1位だ!これで立派な囮になれるぞ!」

 

 

教官なりの称賛で息を切らしていたライナーは何とか姿勢を持ち直した。

 

 

『まだこれが最終試験じゃない…気を引き締めねぇと…』

 

 

今回の訓練は、今までの訓練の集大成を見せる場でもある。

もしかしたら最終試験にも影響するかもしれないとライナーはむりやり自分を鼓舞した。

 

 

「次は巨人を模した目標を相手に戦闘の実戦を行なう!」

 

 

目的地では、複数の訓練用巨人模型が訓練兵たちを出迎えてくれた。

シャーディス教官曰くここで躓くようであれば開拓地送りという事だ。

 

 

「巨人のうなじを狙うだけではない。確実に攻撃を当てろ!」

 

 

相手は動かないただの案山子である。

だが、それさえも攻撃できないのであれば実戦に投入できる訳が無い。

なにしろ、相手は動き回る巨人なのだから。

 

 

「削ぐ角度を狙え!旋回移動を駆使しろ!サムエル、まずはお前からだ!」

「はい!」

 

 

さすがに失敗する事も見越して医務室の連中が待機している。

鬼教官ですら的確な指示を出すほどには危険な実戦訓練である。

 

 

「次、フロック!」

「了解しました!!」

 

 

次々と攻撃訓練を行なっていく同期たち。

彼らは確かにようやく自分が巨人を討伐する兵士だと自覚しつつあるように見えた。

 

 

「ダズ!貴様、そんなに巨人に喰われたいのか!?」

「そんな事はありません!」

 

 

中々攻撃に移れない訓練兵も居たが、大半の訓練兵は模型のうなじに攻撃を加える事に成功した。

 

 

「攻撃訓練に合格した者は次の試験に進め!それができない者は攻撃訓練を続けろ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

今回、訓練を修了できなかった者も追試があるという事で訓練に励む。

相変わらず失敗しても、次に活かせる好機を与える訓練兵団にライナーは驚きを隠せない。

マーレでは生存権に関わるという事で受験戦争以上に戦士候補生選抜試験は地獄絵図だ。

審査員やマーレ兵の一存で志願者に非が無くても失格にされる選抜試験に比べれば天国である。

 

 

「先に行かれちまった…」

「僕には才能がないのかな…」

 

 

ダズ・ウィズリーやアルミン・アルレルトといった知り合いも今回は失敗した。

それでも104期訓練兵団を卒業する兵士になるのだから教官や訓練兵の努力は凄まじい。

 

 

「複数の攻撃部位を見極めて迅速に判断するのが重要である。まさかうなじだけ攻撃すればいい。そんな事だけを考えていた者は、家畜を屠殺(とさつ)するのに向いている。今すぐここを出ていけ」

 

 

今までは決められた手順を守って行動すれば良かった。

それが出来なかった者も次回は達成できるかもしれないから好機は残された。

しかし、ここからは訓練兵の素質が問われる。

 

 

「決められた手順は常に正しいとは限らん!自分の判断で巨人の部位を攻撃しろ!」

 

 

常に変わるのは雲の動きだけでない。

敵部隊や車両、大砲や飛行船など戦況は常に変わっていく。

パラディ島の軍事組織の仮想敵は巨人のみであるが、巨人だって個々によって動きが違う。

シャーディス教官の発言は、兵士の素質を見抜く訓練だと暗に示していた。

 

 

『やってやる!』

 

 

巨人という立場で他国の軍勢に暴れ回ったライナーにとってこれは好都合だった。

巨人だったらどんな動きをするのか、どうすれば動きを封じられるのか。

効率良く巨人の背後に周るにはどうすればいいのか、すぐに判断できた。

 

 

「ブラウン、貴様はよっぽど死にたいらしいな!」

「絶対に生き残って故郷に帰ってみせます!!」

 

 

この訓練での成績上位者は、やはりマーレの戦士が占めていた。

元より軍人として英才教育を受けたのだから差が出るのは当然と言えよう。

一方でジャンやコニー、ミカサも成績は悪くはなかった。

ただ、巨人の動きを理解できるマーレの戦士が有利な状況だったのが大きい。

 

 

「これで今回の訓練は終了だ!希望する者は引き続き、自主訓練を続けろ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

訓練を取り仕切るシャーディス教官の締めの一言に訓練兵たちは敬礼をする。

今回の経験は自分の為になり決して無駄にはならなかったと誰もが思った事だろう。

ただ、しばらく自由時間となった事で気が緩む者も現れた。

 

 

「これ以上訓練する奴の気がしれないね」

「なんだと!?」

 

 

試験が終わって訓練兵たちが自発的に訓練を行なっている頃、アニの発言を聴き逃さなかった。

すぐさまライナーは彼女の元に駆け付けて向き合う。

 

 

「憲兵になる為には、立体機動が必要不可欠なのは分かっているよな?」

「もちろん」

「だったら嘘でもそんな事を言うな。真面目に頑張っている奴だって居るんだ」

「だから?」

 

 

兵士になろうと尽力していたライナーにとってアニの態度が気に喰わない。

2人の発言を受けてウロウロしているベルトルトを無視してライナーは彼女を叱責する。

 

 

「憲兵になるんだろ?」

「そうだけど」

「だったら兵士の責務を果たせるように真剣に取り組め」

「…分かったよ」

 

 

この頃からライナーは戦士と兵士の立場に分裂する事となった。

アニが夜間に内地で偵察任務をしているのは把握している。

しかし、戦士時代の成績と実力差から彼はアニの実力を過大評価していた。

 

 

「じゃあ、あんたも真面目に取り組むんだね」

「当然だ、兵士になる為ならなんでもする」

「…あっそ」

 

 

元からアニとの関係は上手く行ってなかったが、この頃から顔を合わせる度に喧嘩していた。

今思えば、真面目に偵察任務を遂行しているのに叱責されるアニは理不尽だと思っただろう。

だからマーレの戦士の絆が完全に崩壊する致命的な事件が発生する事となった。

 

 

「アニ、僕も頑張るから一緒に頑張ろう!」

「勝手に1人でやってて」

 

 

口喧嘩が終わったと思ったらすぐにベルトルトはアニにフォローを入れた。

彼女目線からすれば、余計な真似どころか猛火にガソリンを注ぎ込む行為とは知らずに…。

母親が神存在だったライナーと母親の愛を知らないベルトルトに女心など分かるはずもない。

それを気付かせてくれる存在と初めて接触したのは、この日の夕方であった。

 

 

「一斉に動くのもいいよね」

「全くだ」

 

 

夜間に班に分かれて訓練を行うという事で訓練兵たちは編成を組んで立体機動をしていた。

ライナーの傍に居るのは、当然のようにベルトルト・フーバーである。

マルセルの後を継いだ後任者の提言を断り切れず、立体機動を行なっていた。

だが、それが良い経験になったのは、彼の発言から明らかである。

 

 

「1人では無力でも同志がいれば必ず夢を達成できるはずだ」

「うん、みんなでここまでやってきたんだ。きっと僕たちの夢は叶うよ」

 

 

 

【始祖の巨人】を奪還してマーレに帰る。

単純でありながらも、最も過酷な任務を遂行する2人は特別な絆が生まれようとしていた。

 

 

「ん?あいつだけ動きがおかしいな」

 

 

森林を立体機動で駆けまわる別の班をライナーが発見した時、女訓練兵の動きに違和感があった。

 

 

「どうしたの?」

「なんか嫌な予感がする」

「え?あ?ちょ!…ま、待ってよ~!」

 

 

慌てて立体機動が可笑しい女訓練兵にライナーは迷わず駆け寄っていく。

当の本人は異常に気付いていないのか。

近くにあった訓練用巨人模型に向かって双方のアンカーを射出した。

 

 

「え?」

 

 

そしてワイヤーを巻き取ろうと操作しようとした結果、勝手にアンカーが外れた。

予想外の事態に彼女は驚愕したのか、アンカーを戻さずにそのまま地面に向かって落下を始めた。

このままでは地面に激突して最低でも大怪我は免れない。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

そんな彼女の窮地を救ったのは、現場に急行したライナーだった。

ガスを噴出し近づいた彼は左腕で彼女を抱き寄せるとそのまま滑空移動をする。

 

 

「掴まれ!引っ張り上げる!」

 

 

こうして夕日に染まる空を眺めながら何もできなかった女訓練兵を見事に救う事ができた。

夕日の光を反射する彼女の顔は驚きが半分と安堵の表情に別れている気がした。

ライナーの励ましに彼女は微かに笑って前を見る。

 

 

「今、行く」

 

 

すぐにベルトルトも駆けつけて彼女を支えて近くにあった大木の枝に着地する事に成功する。

その時にいつまでも嗅ぎたくなるような香水と微かな異性の体臭は決して忘れる事は無い。

 

 

「無茶させやがって……焦って姿勢を崩したんだな」

 

 

さすがに装備と兵士の自重に耐えるように設計された立体機動装置も2人分は想定していない。

装備が悲鳴をあげたと実感したライナーは冷や汗が乾くのを実感しつつ所感を述べる。

 

 

「さっき見た時、補助スイッチに手が当たっているのが見えた。多分それが原因だろうよ」

 

 

一目見たところ、アンカーや操作装置には異常はなかった。

おそらく操作の際に第二補助スイッチに触れてアンカーが意図せずに開いたと分析をする。

ライナーの冷静な分析に女訓練兵も理解したのか軽く操作装置を見た後、再び笑ってくれた。

 

 

「でも無事でよかったよ、戻ろうか」

 

 

ベルトルトも誰かの命を救うという経験は初めてであった。

確かにこれは本音だし、間違った事は言っていない。

ただし、自分たちと敵対する兵士を助けた事実は、彼らの精神が兵士に染まっているのを示す。

決して無視できない事実と縁が残る事となり、実際こうやって思い出すライナーに深く刻まれた。

――これが自分の命を狙う復讐鬼との邂逅(かいこう)となり、そこから彼女と仲良くなっていく事となる。

 

 

「助けちゃったね…」

「俺たちの行動に間違ってはいないはずだ」

 

 

トロスト区に戻ったライナーとベルトルトはさきほどの事件について話し合っていた。

パラディ島の悪魔の尖兵となる兵士を助けた事実は彼らに動揺を誘っていたのだ。

しかし、兵士を目指す以上、同期を大切にする事も重要だ。

 

 

「きっとこれからも俺らは誰かを頼るし、助けられる事もあるかもしれない」

「うん、そうだね。僕たちだけが憲兵を目指しているわけじゃない。みんなが目指しているんだ」

 

 

 

マーレの戦士を目指している時だったら2人は絶対に彼女を助けなかった。

それほどまでに【マーレの戦士】という称号は、自分の命よりも重いのだ。

だからこそ同期が仲良く訓練するという経験は、マーレの戦士になってからしかない。

厳しい訓練と試験を突破し、マーレの尖兵になった彼らの友情は決して強固とは言えなかった。

むしろ、パラディ島に潜入してから2人は本音で語り合える関係になったまである。

 

 

「ん?」

 

 

ライナーとベルトルトが話し合っていると会話の種が自らやって来た。

 

 

「はぁはぁ…」

 

 

改めて息を切らしてやって来た女訓練兵を見るとユミルを上回る長身であった。

104期女訓練兵の中でも最も身長が高い少女は自分たちを見ている。

 

 

「ああ、君か……もしかして、わざわざ今日のお礼を言いに来てくれたのかい?」

「えぇ、仰る通りですわ」

 

 

その事に気付いたベルトルトの指摘に彼女は無理やり笑顔を作って答えてくれた。

 

 

「仲間を助けるのは、兵士として当然の事だ。そんな事でいちいち気を遣わなくていい」

 

 

さきほど導き出した結論からライナーは本音で彼女に対して気にするなと励ましの声をかける。

 

 

「でも、さきほどお礼を言えなかったの。ここでお礼を言ってもよろしいかしら?」

「いいぞ」

 

 

他者の気持ちを察する事ができるマルセルだったらきっとこう言うだろう。

そういった意図もあり、ライナーは慣れない兄貴分を演じて腰に両手を当てた。

 

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

 

お礼を言った少女は、誰よりも生き生きと瞳を輝かせているように見えた。

 

 

「わたくしの名は、フローラ・エリクシア。自分の夢の為に尽力する()()()()()ですわ」

「……そうか」

 

 

【候補生】という単語から自分の過去を思い出したライナーは一瞬だけ眉を(しか)める。

 

 

「……あの何か?」

「いや、なんでもない。訓練兵以外の単語が慣れずにちょっと違和感があっただけだ」

 

 

戦士候補生時代のライナーはいわば黒歴史に近い。

今が充実した思春期とするならば、候補生時代は最下位(ドベ)の成績で虐められるガキに過ぎない。

一瞬だけ変わった表情を指摘しようとする女にライナーは見事に話を逸らす事に成功した。

 

 

「ライナー、ベルトルト。居るか?」

「なんだ、お前らまで…俺らに何か用か?」

 

 

ついでにエレン、そしてアルミンまでやって来た。

ふと、フローラの顔を見ると恥ずかしそうに頬を掻いていた。

おそらく自分たちの後を追っていると知って彼らも付いて来たのだろう。

 

 

「2人共。立体機動装置の扱いが上手いんだろう。頼む。オレに教えてくれ」

 

 

この時点でのエレンの立体機動の成績は良いとは言えなかった。

平均よりは上なのだが、それでは巨人を1匹残らず駆逐する夢を達成するにはほど遠い。

 

 

「僕にも教えて欲しい。座学での知識は役に立ったんだけど身体が上手く動かなかったんだ」

 

 

座学でトップのアルミンも頭を下げてお願いをしてきた。

これにはライナーも一瞬だけ判断に迷ったが、彼らのお願いを聞き入れる事にした。

 

 

「前も言ったが上手く助言はできないかもしれないが、俺でよければ相談に乗るぞ」

「おお!ライナー!!やっぱ、お前すごいよ!」

 

 

自分なりに結論を出した結果、エレンに喜ばれた。

過剰にも感じるほどの持ち上げに思わずライナーはエレンに質問をしてしまった。

 

 

「俺がすごい?」

「ああ、ライナーみたいに頼れる兄貴分っていなくてさ!」

「気にするな。兵士になりたい気持ちは、みんな同じだからな」

 

 

マーレの戦士である事にライナーは誇りに思っていたはずだった。

なのにパラディ島における訓練兵団の生活が充実していたせいでその事を忘れる事が多々あった。

それほどまでに【失われた何かを取り戻そう】と当時の自分は必死だった。

それがなんだったのか、中東連合との戦争を終えた今だからこそ分かる。

 

 

『俺は、みんなからチヤホヤ褒められる英雄になりたかったんだな…』

 

 

度重なる戦闘で生き残り、功績を出した現在、ライナーは【マーレの英雄】と評される。

だが、大勢の名も知らないエルディア人や一部のマーレ人、肉親の母親に褒められるより…。

 

 

「ライナー、わたくしにもご教授いただけませんか?自分の立体機動が不安で仕方ないの…」

「ああ、いいぞ」

 

 

誰かの為に役に立つと実感できる行動が心からできる英雄になりたかった。

誰かに自分が必要とされている状況こそが当時のライナーにとって原動力となった。

 

 

「どうだ、少しは役に立ったか?」

「うん、ありがとうライナー!」

「ああ、おかげで特訓が少なく済みそうだ」

「ここで得た助言を活かしますわ」

 

 

今回の助言は役に立ったと3人の反応から分かったライナーは心の中で胸を撫で下ろした。

前回の助言が上手くいかなかったら尚更緊張していたのは、今でも覚えている。

 

 

「ところでフローラもシガンシナ区出身だよね」

「そうですわ」

「なんで兵士になろうと思ったの?」

 

 

その直後にベルトルトがした質問と返答は特に覚えている。

 

 

「わたくしの両親を殺した鎧の巨人を討伐する為ですわ!」

 

 

その時の彼女の顔は異常に見えた。

一瞬だけだが、黄緑色の瞳が変化したのだ。

瞳孔が最大まで開いた彼女の笑顔は、どこか冷血さが見える。

まるで女訓練兵の皮を被った悪魔が本性を現したように殺意が見え隠れしていたのだ。

だからこそ、一瞬の変化を見逃せなかったライナーはこの事を覚えている。

 

 

「そうか、お前もあそこに居たのか」

「避難船で『駆逐してやる!この世から一匹残らず!!』って聞いてわたくしも復讐を誓ったの」

「ま、マジかよ…」

 

 

どうやらエレンとフローラは同じ避難船に居たらしい。

自分の決意ではあるが、誰かに聞かれたのは恥ずかしいのかエレンは頬を掻いている。

ただ、ライナーにとっては他人事ではない。

自分の命を狙う復讐鬼を自らの手で助けたと同意義なのだから。

 

 

「だから君は訓練兵を目指したんだね……ご両親の仇を討つ為に…」

 

 

アルミンの放った何気ない一言がフローラの夢を物語っている。

 

 

「そうなんだ……」

 

 

ベルトルトも思うところがあったのか思わず顔を背けた。

全ての元凶である超大型巨人の継承者であるから現実を突きつけられた形となる。

いくら命令で命を奪えても、軍人ではない多くの民間人の命を奪った事実は彼にも影響があった。

そうでなければ、ウォール・マリア南東の山奥の村に触れないはずだから。

 

 

「お前は故郷を取り戻したいのか?」

「もちろん」

「なら俺も同じだ。目標の為にも今は訓練を乗り越えないとな」

 

 

だから何も考えずにライナーはおっさんの話を自分の話に置き換えてしまった。

自分の素性を他者に偽るつもりが、この時点で自分すら偽るようになってしまったのだ。

 

 

「……いつか、叶う日が来るのかな」

「さぁな……だが、何もしなければ永遠にそのままだ。兵士にならきゃ何も始まられぇしな」

 

 

話の流れから本音を言っただけに過ぎない。

今思えば、本気でエレンとフローラの夢を応援している自分は何様だったのか。

答えは出る事はないが、そうなった理由に関しては、大体分かってる。

 

 

『俺は自分が犯した大罪を少しでも忘れたかったんだ…』

 

 

自分もアニもベルトルトもいざ、多くのユミルの民を間接的に虐殺した事実を引き摺っていた。

その中で同僚を犠牲にしてまで始祖奪還作戦を遂行している自分こそが誰かに縋りたかった。

誰かと想いを共有して励ましてもらいたかったのかもしれない。

 

 

「そうだな」

「絶対に僕も兵士になる」

「仰る通り、わたくしたちは兵士になって必ず夢を達成させましょう」

 

 

兵士になるという目的に一時的にも上書きしてでも同期と共に一緒に過ごしたかったのは事実だ。

何も知らないシガンシナ区出身の被害者を騙してまでライナーは現実逃避する道を選んだ。

 

 

「また相談してもいいか?」

「もちろんだ」

「ありがとうライナー!」

 

 

助言をもらって夢を分かち合ったエレンとアルミンはその場から去って行った。

そして残ったのは…。

 

 

「ねぇ、わたくしにも何か役に立たせる事はないかしら?あなたたちの夢の手伝いをしたいの…」

 

 

鎧の巨人を討伐すると誓うフローラの姿があった。

 

 

「うーん、今のところは何か手伝ってもらう事はないんだけど…」

 

 

ここで珍しくベルトルトが自分の意志で発言したのは相棒に気を遣ったのだろう。

 

 

「こう見えても計算と弾道学、砲撃実技が得意なの」

 

 

アルミンは座学ではトップであったが、計算に関してフローラが勝っていた。

むしろ、立体機動で巨人を討伐するより砲手として活躍できる素質が彼女にあったのだ。

実際、超大型巨人がトロスト区を襲撃した日、フローラがエレンの班に編入されていたのは…。

壁上固定砲の整備に自信がなかったエレンが彼女と担当の上官に頭を下げて編入させたのだ。

 

 

「なら砲手を目指せばいいんじゃないか?憲兵にならないなら得意分野を磨くべきだと思うが…」

 

 

この時はそれを理解している訳では無かったが、砲手の道をライナーは進めた。

 

 

「みんなもそう仰るんですが、鎧の巨人に砲撃が通用しないので砲手になる気はありませんわ」

「それもそうか」

 

 

鎧の巨人であるライナーは、自身の能力が外の世界の野砲や迫撃砲でも耐えられると知っている。

それより遥かに劣っている大砲では鎧の巨人に勝てないと告げられて思わず納得してしまう。

だが、次に放ったフローラの一言で思わず彼女の顔を見るほど衝撃的だった。

 

 

「それにこの手で鎧の巨人を殺す感覚が味わえませんもの…」

 

 

フローラ・エリクシアという女は自分の手で鎧の巨人を殺す事に拘っていた。

その為なら自分を犠牲にする事を躊躇わないほどの女は、パラディ島の悪魔そのものに見える。

それほどまでに彼女は救いようがないほどの精神が歪んでいた。

 

 

「でも、目的の為に君が傷ついたら死んでいったご両親も浮かばれないと思うよ」

 

 

さすがにまずいと思ったのか、再び彼らしくない発言をベルトルトがする。

 

 

「大丈夫ですわ」

「え?」

「わたくしは両親の顔どころか、ほとんどの記憶を失っていますので…」

 

 

ところが、彼女は自分が記憶喪失だと断言する。

 

 

「無垢なわたくしを化け物にした鎧の巨人に責任を取らせるまで決して止まる事はありませんわ。どんな手を使ってでも、この手で殺せるなら自分の心臓を捧げてみせますわ」

 

 

鈴を転がすようにお上品に笑うフローラであるが、瞳は一切笑っていなかった。

その瞳は、まるで自分が鎧の巨人の正体だと見抜いているように濁っている。

少なくとも当時のライナーはそう感じるほどに目の前の訓練兵が恐ろしく感じたのだ。

そんな彼女と親友になるとは皮肉なものである。

 

 

『フローラ、お前ならどうするんだろうな…』

 

 

久しぶりに懐かしい顔を思い出したマーレの戦士は笑う。

それは、まるで自分の死を受け入れた死刑囚のようであった。

 

 

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