進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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175話 回想0-5 恋を知って成長する少年

訓練兵団の生活で印象に残っている事は少ない。

戦士候補生時代と違ってそれほど苦戦しなかったのが大きいのだろう。

だから印象に残っているのは、何かしらいつもと違うものばかりだった。

 

 

『この暗さでやるのか…?』

 

 

特に訓練兵団に入団してから1年が経過した頃に実施された訓練はかなり異質だった。

3年間も続いた訓練兵団の生活の中で夜間に訓練する事は限られた。

明かりを灯す燃料もタダではないし、事故が発生する確率が高く教官からも不評だ。

それでも夜間訓練を実施するという事は、普段では図られない意図がある。

 

 

「これより夜間特殊訓練を開始する!この訓練は普段とは異なり、個人の技量ではなく班員同士の連携能力や作戦遂行能力を評価する!」

 

 

整列する訓練兵団の前で発言するシャーディス教官曰く、この訓練は班員の連携を見るようだ。

別にそれ自体は良いとライナーは思っている。

 

 

『“バディアクション”…?』

 

 

ただ、壁に囲まれた世界では独特の名付け方があり、それが出る度に疑問に思う事がある。

普通に“連携攻撃”とか“協力体制(チームワーク)”とかにすればいいのにと…。

 

 

「準備が完了した班から指定の場所に移動せよ!以上だ!」

 

 

同じ発音でも意味が違うと異世界に来たと実感するが、そうではない。

文字と常識が違うだけで、感性は大陸に残されたユミルの民と同じである。

だからこそ余計に文字と独特な単語の組み合わせによる相違(ギャップ)にライナーは苦しむ事となった。

 

 

「今回もベルトルトと一緒か」

「うん、クジ引きの運が良かったね」

「全くだ、慣れた奴じゃないと動きにくいしな…」

 

 

シャーディス教官の演説が終わり次第、指定された場所に向かうと班員が待機していた。

偶然にもベルトルトと同じ班になった事でひとまず大きな失敗をする事は無いだろう。

当時はそう思っていた。

 

 

「ライナー・ブラウンだったか?今回共闘させてもらうデント・アクアだ。よろしく頼む」

「キニスン・カイザーリングだ。俺の邪魔をしないように気を遣ってくれ」

 

 

風の噂で貴族の御曹司と聴くデントと口も態度も悪いキニスンも班員となった。

双方とも接点がない同期ではあるが、成績自体は悪くないので足を引っ張る事はないだろう。

なにより女に不慣れだったライナーからすれば班員全員が男なので共闘しやすいと思っていた。

 

 

「ちょっと待ちたまえ。その言い方はないだろう?」

「ああ?なんだこいつ?」

 

 

とりあえず癖の強い奴らが班員になったのは間違いない。

多分、大丈夫だろうと無理やり納得させて同僚としてやるべき事をする。

 

 

「俺はライナー・ブラウン、こいつはベルトルト・フーバー。こちらこそよろしく頼む」

 

 

軽く自己紹介済ませて周りを見回すと篝火(かがりび)が多く設置されており、付近には駐屯兵の姿も見える。

やはり、この1年で学んできた立体機動術の集大成を示す絶好の機会にしか見えなかった。

 

 

『…妙だな?なんで1年目でやるんだ?』

 

 

ここまで大掛かりな訓練ならば、訓練兵団の卒業間際にやるべきである。

少なくとも、ようやく立体機動ができるようになった訓練兵に課すべき訓練ではなかった。

 

 

『考えるだけ無駄か…』

 

 

今回の訓練は、訓練用巨人模型の弱点部位を1個班で攻撃を仕掛けるというものだ。

どのような点数配分をされているかは分からない。

ただし、負傷したら動きが阻害されそうな箇所にも弱点部位が指定されていた。

 

 

『なるほど、足止めも任務のうちか…』

 

 

単純にうなじ部を削ぐだけでは、高得点にならないのは明白であった。

だからこそ、ライナーはやるべき事をすぐに理解した。

 

 

「何見てるんだよ?」

「ご、ごめん!」

 

 

それより自分の意志が弱いベルトルトに自己主張が強いキニスンの相手は難しそうである。

戦士候補生に選抜されるまで癖の強い連中と競い合ってきたとはいえ苦手は克服できないものだ。

 

 

「キニスン、攻撃の打ち合わせをしないか?」

「ああ、そうだな」

 

 

ベルトルトを庇う様に打ち合わせを提案し、キニスンの興味を自分に逸らした。

幸いにも()()()()()()()()()()()()()()()()ので自己主張が強い奴でも相手をする事ができた。

マルセルならこうするだろうという行動が何故かこの時は手に取る様に分かった。

 

 

「さて、僕を無視しないでくれないかな」

「ああ、打ち合わせをしようじゃないか」

 

 

自己愛者(ナルシスト)の相手も自分に劣等感があったからこそ相手が望んでいる事は分かる。

こうやってライナーは上手く打ち合わせをした。

…はずだった。

 

 

「おかしい…」

 

 

確かに連携をできるように打ち合わせをしたはずだった。

 

 

「あっ!?てめぇ!?そいつは俺の獲物だぞ!?なにしやがる!?」

「協調性がない君に何故、僕が合わせないといけないんだ」

 

 

キニスンが膝裏の部位を削ごうとしたら先にデントに削がれるなど全然連携が取れていない。

 

 

「難しいな…」

 

 

祖国マーレの命令は絶対であり、自分の役目を全うする以外に行動しない戦士とは違う。

班員たちは独自の意志があり、打ち合わせをしてもすぐに自分なりの考えで実行してしまう。

目的さえ達成できれば、予定を変更して攻撃をする訓練兵の行動にライナーは悩む。

 

 

『なんでだ…?』

 

 

こうなった原因は、兵士と戦士の違いにライナーが見抜けなかったのが大きい。

訓練兵団の入団当日に入団希望者の“個”を否定したが、癖や思考まで捨てさせなかった。

それがマーレの戦士候補生と訓練兵との一番の違いだと気付くまで混乱する羽目になった。

 

 

「そこまで!!次は拠点の設営をせよ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

残念ながら班員同士の連携が上手くいかないまま次の訓練に移る羽目になった。

一応、他の班よりは弱点部位には攻撃できたとは自負している。

それでも手を組んだ事がない連中と任務を共にするのに不安が残っている。

ただ、自分より下の存在が居るとマシに考えてしまうのは良くある事だ。

 

 

「…あいつらよりマシか」

 

 

ライナーもまたその1人だった。

拠点の設営の段階になったにも関わらず、訓練用巨人模型に挑み続けている班が存在する。

自分が助けたフローラや老け顔のダズ、訓練兵団入団当日に蒸した芋を喰ってみせたサシャ。

自称で天才と名乗る坊主頭のコニーや憲兵として王に仕えるのを夢見る馬鹿正直なマルコ。

問題児だらけの班の惨状を見る限り、点数は多く稼いだと自負できる自分の班がマシだと思えた。

 

 

『クソ、慢心しちゃいけねぇって分かってるのに…』

 

 

格下の相手を見て安心してしまう癖が出始めたライナーは頭を振って前を見据える。

底辺を馬鹿にするのではなく頂点を目指し続けなければ意味がない。

 

 

「ガスボンベを地面に置いちゃダメだよ」

「そう思ったならお前が設置し直しておけよ!!」

「えぇ!?」

 

 

軍人たる者、個性など不要である。

だが、ベルトルトの発言に正当性があるが、キニスンは不本意にボンベを転がしたのではない。

柱を設置しているデントの手伝いをする為に仮置きしたのは明白だった。

このように正当性がある発言でも時と場によっては、常識が間違っている時があると知った。

 

 

「ベルトルトも悪気があって言った訳じゃない。教官に見られていないか気にしてるだけだ」

「なるほど、確かに卒業試験にこういった事で減点される可能性が高いな…」

 

 

野外での拠点設営など意味があるのか疑問だ。

実際、訓練兵団を卒業した後に拠点設営などしたことが無い。

平時では指定された場所に置かれた物資で充分であり、非常時では拠点を設営する暇など無い。

本当に必要だったトロスト区防衛戦では補給役が任務を放棄したせいで物資が支給されなかった。

 

 

「ああ、もしもの時に備えて指定された通りにやるのが重要だと思うぞ」

 

 

ただ、当時は拠点の設営が役に立つとライナーは本気で思っていた。

歴代のマーレの戦士たちは、短期決戦で終わる侵略戦争ぐらいしか経験していない。

 

 

『もちろん、今後に活かす為だが…』

 

 

だからこそ防衛戦や兵站などの考えが新鮮だったのかもしれない。

とにかく手順書(マニュアル)通りにしないと減点になると分かっていたので班員と協力して物資を設置した。

 

 

「まだか……?」

 

 

全ての班が拠点を設営するのを待っていたのか、すぐに次の訓練に移る事は無かった。

さすがに30分くらい待たさせると自分たちも含めて多くの班が休憩を取っていた。

 

 

「設営した拠点にある物資を用いて巨人に一斉に攻撃を行なえ!どうするかは貴様ら次第だ!」

 

 

気が緩んだ訓練兵を叱責するかのような教官からの指示で慌ててライナー班は補給拠点に向かう。

さきほど消費したガスボンベを置いて新規のガスボンベを鞘に付け直した。

 

 

「……準備はできたか?」

「大丈夫」

「いつでも行ける」

「問題ない」

 

 

ライナーの発言に誰もが問題ないと返答した。

さきほどの経験も生かして誰がどの部位を攻撃するかまで決めて臨んだ。

だから誰もが致命的なミスを犯すとは思っていなかった。

 

 

「いくぞ!」

 

 

訓練用巨人模型に一斉に飛び掛かる班員たち。

事前に打ち合わせをしているのでどこを攻撃するか分かっているはず…だった。

 

 

「あぶねぇ!?」

 

 

しかし、視界が著しく制限されている夜間で立体機動するのは不可能に近い。

気付いたらデントの双剣が目の前に迫って来たのでライナーは急降下する羽目になった。

それどころか、ワイヤー同士が接触してしまい、地上に降りて攻撃の機会を伺う有様だ。

 

 

『夜間に一斉攻撃するなんて無理だろ!?』

 

 

いくら照明があったとしても、昼間と夜間では危険性が段違いである。

周りを見渡しても、著しく動きが鈍っており、一斉攻撃ができていないように見えた。

 

 

「中間成績を発表する!ライナー班が1位、ミカサ班が2位、フローラ班が3位だ」

「……え?」

 

 

シャーディス教官が拡声器で中間報告を告げた瞬間、ライナーは一瞬だけ動きが止まった。

さきほどまで最下位に見えたフローラ班が3位に浮上していると知って困惑したのだ。

あれほどグダグダにやっていた班がここまで追い付いてきた事にライナーは焦る。

 

 

「とにかく!役割分担をこなすべきだ!」

「待ちたまえ。このままだと僕がうなじを削げないじゃないか」

「なら、俺にも削がせろよ!」

 

 

物事が上手くいかない時は、更に事態が悪化するものだ。

班に入る点数より自分の点数が重要なデント・アクアは異議を申し立ててきた。

さすがにここまで露骨だとキニスンも黙っておらず、再び作戦会議をする羽目になる。

ベルトルトは聞き耳を立ててウロウロする事しかできないので更にライナーに負担がかかった。

 

 

「…結局、4回しか一斉攻撃できなかったね」

「仕方ねぇよ。そもそも夜間でここまでやれたのは奇跡だ」

 

 

訓練が終わるまで気を抜いてはいけないとは分かっていた。

しかし、結果発表するまで待機命令が出ており、周りが雑談している。

咎める教官は居ないどころか、訓練の応援に来た駐屯兵が訓練兵を褒めている有様だ。

そんな空気を浴び続けてしまえば、誰だって気が緩んでしまう。

ベルトルトの本音に対してライナーも小声で感想で語る事しかやる事が無かった。

 

 

「今回の訓練の最優秀班を発表する!!最優秀班は……フローラ、貴公らの班だ」

 

 

どうやらいつの間にかフローラが率いた班に逆転されていたようだ。

1位の順位を競ったミカサ班ですら驚いているのだからよっぽど上手くやったのだろう。

中間成績では最下位と発表していた班が巻き返しで逆転するのは奇跡に近かった。

 

 

『連携か……』

 

 

1位にはなれなかったもののライナー班は2位、ミカサ班は3位なので戦士隊は成績上位を占めた。

だから今後の成績にも影響がでないと誰もが思っていた。

教官が次に発言した内容を聴くまでは…。

 

 

「今回、優勝をしたフローラ班には焼肉を報酬に与える。ここで驕らずに日々精進するように!」

「「「「…は?」」」」

 

 

この瞬間は、誰もが気持ちが1つになったといえる。

まさかこの訓練で1位になれば焼肉が喰えるなど思ってなかったのだ。

優勝したフローラ班ですら驚愕して聞き返している様子を見ると唐突だったのだろう。

 

 

「よっしゃああ!!」

「やった!!」

 

 

真っ先に喜んだのはコニーとサシャだった。

 

 

「まさか焼肉が出て来るなんて…」

「なあ、夢じゃないよな?」

 

 

マルコやダズも驚きながらも現実を受け入れようとしていた。

 

 

「…何やってんだあいつ?」

 

 

一方、フローラだけは複数の教官と深刻な顔をして会話をしていた。

会話内容は聴き取れなかったが、自分の班以外の訓練兵を見ているので…。

 

 

『あいつ、俺らにも肉を喰わせようと交渉してるのか…?』

 

 

あくまで予想したものだが、自分が思った事は間違いではなかっただろう。

特例だったらしくて交渉に失敗し、1人だけしょげた感じで食堂に向かっていた。

既におこぼれを狙う訓練兵たちも立ち去っており、いつの間にか周りが静まっていると感じた。

 

 

「ん?」

 

 

ここで教官以外では自分しかこの場に残っていない事にライナーは気付いた。

慌てて自分も食堂に向かおうとした時、背後から教官同士の会話が聴こえた。

 

 

「今回の訓練兵は粒ぞろいですね。そろそろ成績上位も決まってくるのではないでしょうか?」

「確かに見どころがある兵士は多い。だが、兵士としての能力は個人の技術だけでは測れん」

 

 

やはり、成績上位を決める訓練だったのは間違いなかったようだ。

 

 

「巨人との戦いは、常に複数人で行うものだ。他の兵士との連携がより重要になる場合もある」

 

 

シャーディス教官の発言にライナーも納得する。

外の世界でも巨人と戦闘するには連携と部隊運用が重要と教育される。

 

 

「それが実現できる素質を持った者がいるかを見極めるのが、今回の訓練の目的だった」

 

 

これを聴いたライナーはそのまま食堂に向かって歩いていく。

後方ではまだ話は続いていたが、その内容を今となって知る由はない。

 

 

-----

 

 

「ホント、こいつら美味しそうに喰うな…」

 

 

コニーやサシャが狂った顔をして肉を喰う姿は同期たちをドン引きさせた。

中には次回の訓練では優勝してやると考えた奴も多いだろう。

 

 

「「「「おおおおおお!!」」」」

 

 

それよりフローラが焼肉3切れを同期に譲る提案をした事の方が重要だったかもしれない。

男なら腕相撲、女はジャンケン、残った肉はくじ引きで誰が肉を喰うか決めていた。

そのせいで野郎共は腕相撲で盛り上がっており、女子の大半もその光景を眺めていた。

 

 

「よお」

「あら、腕相撲大会に参加しないの?」

 

 

そんな中、騒動の渦中から離れた席に座っているフローラにライナーは声をかけた。

騒動を眺めていた彼女は、自分が来るのを想定していたのか驚いた反応ではなかった。

 

 

「それより、お前に訊きたい事があってな…」

「なんで優勝したのか聴きたいの?」

「もちろんだ」

 

 

この時にライナーが思っていた事は1つだ。

さきほどの訓練でフローラがどんな作戦を実施したのか気になっていた。

 

 

「なあ、フローラ?どうやってあそこまで点数を稼げたんだ?」

 

 

自分でも何をしたいのか分からなかった。

確かに焼肉を喰えなかったのは残念だが、自分の任務には支障はなかったはずだ。

ただ、この時にライナーに芽生えた感情がある。

 

 

「え?…号令担当を攻撃する度に変えてスムーズに攻撃していた事ぐらいしか分からないわ」

「それだけか?」

「ええ、連携を見る訓練みたいだったから個人の成績より班の成績が重視されたみたいね」

 

 

フローラに点数を稼げた要因やコツを聴いて尚更、自覚した。

 

 

『次は負けねぇ…!』

 

 

戦士候補生時代のライナーは、誰かに嫉妬すると感情が芽生える余裕すらなかった。

だが、あっさりとフローラに追い抜かれたと知ったライナーは彼女に嫉妬した。

訓練兵時代では、一度失敗しても再び成り上がれる猶予があるのが一因でもあるが…。

 

 

「ライナーも食べる?」

「いや、俺は…」

「…嫉妬してる?それともプライドが許さない?」

「どっちもだ」

 

 

最近分かった事だが、フローラは自分の感情を見抜いている節がある。

女なのに男の気持ちが理解できる。

むしろ、女なのに同期からはそこまで女として認識されないのが可笑しいと言うべきか。

 

 

「今回の勝負はわたくしが勝ったけどこれで憲兵になれるワケじゃないわ」

「…何が言いたい?」

「さっきもトップのライナー班を越えようと努力してたのよ。次回も負けないわ…」

 

 

そう発言したフローラの顔は、さっきと打って変わってライナーを見つめる。

その表情はどこか悔しそうであり、必死こいて自分についてこようとする負けず嫌いに見えた。

まるで戦士候補生時代の自分がしていた感じがして余計にそう思えたかもしれない。

 

 

「誰かと切磋琢磨しないとそこで満足しちゃうからね。当分はあなたを越える事を目指すわ」

「ああ、今回は負けを譲ってやる」

 

 

自分の命を狙っている復讐鬼だからこそ他の女と違って線引きで距離を取ろうと考えなかった。

楽園生活で自分が何者か忘れそうな度に「鎧の巨人」の名を口にして使命を思い出させる女。

そして『こいつだけには負けたくない』とライナーに思わせた存在、それがフローラだった。

 

 

『立派な兵士になる為にはこいつに負けるわけにはいかねぇな…』

 

 

そう思った矢先、焼肉が残っている皿に何者かの手が伸びて来た。

異変に気付いたフローラが無言でフォークを突き刺そうとしたが、手首を掴まれて失敗した。

 

 

「おっと!」

 

 

彼女の手首を掴んだ女は咄嗟に声を漏らしたが、余裕の感じがしたと記憶している。

 

 

「人が楽しく雑談していたのに…何の真似?」

「横で話を聴いていたんだが、焼肉は要らないんだよな?」

「一切れを味わって満足したからね。でも、窃盗させるほどわたくしは甘くないわよ」

 

 

同期の女性陣で最も背が高いフローラの肉を盗もうとしたのは、2番目に背が高い女だった。

 

 

『ユミルか…』

 

 

訓練兵団に入団して1年が経過しようとしているが、ライナーは未だに“ユミル”の名が慣れない。

エルディア人がその名を口に出すだけで処刑されるほどの全ての元凶にして汚物未満の存在。

その名がまかり通っている時点で自分の住んでいた世界と違うと知らしめる象徴であった。

 

 

 

「良いじゃねぇか。お前らは背が高いんだから。肉の一切れくらいくれよ」

「貴女だって背が高いじゃない。誰かに譲ったらどう?」

「最初からその気だ」

「クリスタ以外だったら差し上げてもいいわよ?」

 

 

ユミルが自分にちょっかい出してきた原因を知っているのか、フローラは先に牽制した。

それに対してユミルは、不機嫌になり舌打ちした後にフローラの耳元に何かを(ささや)く。

 

 

「……勝手にしなさい」

「ありがとよ」

 

 

口と態度が悪い事に定評あるユミルにフローラは何か弱みを握られているのか。

何かを(ささや)かれた途端にフローラは不機嫌になる代わりに焼肉を譲った。

誰かが見たら大騒ぎする光景であるが、同期の大半は焼肉を賭けた腕相撲に夢中だ。

そのまま何事も無くユミルは食堂の外へ出る事に成功し、残されたフローラは溜息をつく。

 

 

「なんかあったのか?」

「まーたクリスタが虐められたって」

 

 

パラディ島で生活するまでのライナーは【落ちこぼれ】と馬鹿にされる事が多かった。

だからこそ誰かに女の子が虐められているという事実を看過できなかった。

 

 

「誰にだ?」

 

 

さっそくその元凶を訊き出そうとするが、フローラは何故か首を振った。

 

 

「殿方が介入する問題じゃないの」

「でも放置してたらまずいじゃないのか?」

「ユミルが居るから当分は平気よ。それに尻尾を出すほど相手は間抜けじゃないわ」

 

 

どうやらフローラは何かを知っているがあえて放置しているようだ。

しかし、これを無視できるほどライナーは無関心で居られなかった。

 

 

「だがよ…」

「ねえ、ちょっと良い?」

 

 

すぐに何者かと探りを入れようとすると横から女の呼びかけが聴こえて来た。

 

 

「相変わらずユミルに優しいじゃない」

「…借りを返しているだけよ」

「このまま誰かに搾取される人生って楽しいの?」

「メルダ、わたくしだって対抗策があるのよ。だから今は泳がせているだけ」

 

 

声の正体はメルダ・プリントという美女で男にモテモテの存在である。

所謂(いわゆる)、高嶺の花というべき存在であり、ある意味フローラと対極に位置する存在だった。

 

 

「これを看過するほどあたしは優しくないの」

「それならいざという時は頼らせてもらうわ」

「ふふ、楽しみね」

 

 

ユミルに対応した時と違ってフローラの発言にはメルダに対する苛立ちが感じられる。

女性に対して不慣れな自分ですらそう感じたのだから…よっぽど露骨だったのだろう。

それを分かっているのか、メルダもおちょくるように発言してその場を去ろうとする。

 

 

『ん?』

 

 

何故か自分にウィンクしたメルダは、同期が盛り上がる場所に向かって去って行った。

彼女を慕う【親衛隊】も躾けられた犬の様に後を追う。

当然の事ながらライナーにとって初めての経験なので混乱してしまったが…。

 

 

「良い?綺麗な花には(とげ)があるものなの」

「何が言いたい?」

「クリスタの虐めは根が深いってこと。生半可に手を出そうとすれば逆に貶められるわよ」

 

 

小声で告げたフローラの忠告で1つだけ理解した。

虐めの主犯は女であり、それも教官に優等生と見せかけていい子ぶっている存在。

そしてそれを信じる者が多いとなれば、下手に介入すれば痛い目に遭うと気付いた。

 

 

「なるほど、それは厄介だ」

「殿方が容易に手を出して良い問題じゃないの。ひとまずユミルに任せておきなさい」

「口が悪くてみんなから嫌われているあいつに?」

 

 

誰からも嫌われているユミルはそこまで虐められる事はない。

 

 

「むしろ、ユミルならどんな奴でも平常心で居られると思わない?」

「それもそうだな」

 

 

むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()節まである。

それを理解したライナーはどうする事もできなかった。

 

 

「フローラ」

「どうしたの?」

「皿を返したいの」

 

 

下から声がしたと思って振り向くと金髪の少女の姿が見えた。

誰かの視線を気にしながら小言で皿の返却を告げた少女はどこか可愛く見える。

 

 

「あら、お皿を放置してしまったわ。回収してくれてありがとう」

「どう、いたしまして…」

 

 

フローラの感謝の言葉に何か感じたのかクリスタは俯いたままだ。

見てられないライナーは口を開こうとするが、フローラに視線で牽制された。

 

 

「唇は拭いておきなさい」

「うん…」

 

 

どうも、フローラはクリスタに対して辛辣の態度を取っているように見えてしまう。

誰とでも仲良くなれる彼女であるが、何故かクリスタに対して距離を取っている感じがした。

 

 

「あの子に何かあるのか?」

「献身的過ぎて誰かに搾取される子なんて見てられないわ」

「利用されているのか?」

「格下が居ると見下してしまうものよ。特に率先して下手に出る子なんてね」

 

 

どうやらクリスタの虐め問題から自分を遠ざけたいフローラは何かを言いたいようだ。

だが、それを看過するほどライナーは間抜けではなかった。

マルセルだったら絶対に見逃さない問題だからこそ引き下がるわけにはいかなかった。

 

 

「じゃあ、助ければいいじゃないか?」

「彼女がそれを望んでいるの。だからユミルが見張ってるのよ。無茶しないようにね」

 

 

虐められる原因がクリスタの態度と行動にあるとライナーは理解した。

それでも、過去の自分の姿を重ねてしまうからこそ他人事に思えない。

あんなに健気な子を利用する輩から守ってあげたかった。

 

 

「何かできる事は無いか?」

 

 

ライナーの申し出に一瞬だけ顔を顰めたフローラだったが、小言で耳打ちをしてくれた。

その情報を元にライナーはクリスタを助けようと決意した。

――これが生まれて初めて女の子を守ってあげたいと思った出来事である。

 

 

-----

 

 

この世界において兵士に求められるのは、巨人と交戦できる能力と覚悟である。

試験の結果が悪くて落ち込んでいるクリスタもこれで兵士になれないという事はない。

ましてや、このご時世では巨人がいつ襲撃してきても可笑しくない環境だった。

例え複数の筆記試験で赤点どころか名前を間違えて0点を取る奴でも戦えればそれでいい。

 

 

「いやー、名前を間違えて0点になっちまった」

「私も間違えて0点を取っちゃいましたよ。逆にすごくないですかー?」

「だよな、やっぱ逆に天才じゃねぇかと思って来たぞ」

 

 

コニー・スプリンガーとサシャ・ブラウスがそれで題材(ネタ)にするほど本人たちは気にしてない様だ。

マーレの戦士になるべく誰かを出し抜けるほど勝ち抜く必要があったライナーからすれば…。

 

 

「お前らな……自慢する事じゃないだろ?この結果で喜んでいたらお前たちの家族が悲しむぞ?」

 

 

今までずっとライナーは、母親の前では自分を優等生だと演じて騙し続けた。

そうでもしなければ、唯一の家族すら失うと幼少期から自覚していたからだ。

だから赤点どころか0点を取っても盛り上がっている2人の行動が全く理解できなかった。

 

 

「立派な兵士になれば問題ないだろ?」

「そうですよ、巨人と戦える兵士になれば筆記試験の成績が悪くても評価されますって」

「さすがに0点を取ったら、家族に報告が行くだろ?それくらい考えないのか?」

 

 

まるで開き直っているかのように発言する2人にライナーは本音を告げる。

するとさきほどまで自分の成績で同期に笑いを提供していた彼らは真顔になった。

思いつかなかったと言わんばかりの表情に溜息をついてしまう。

 

 

「はぁ……想像すらしてなかったのか」

「さっきの話、マジか?」

「どうだろうな、今後も同じ失態をしでかせば、さすがに親族に連絡が行くんじゃねぇか?」

 

 

もちろん、試験の結果が訓練兵の家族に知らされるとは限らない。

ただし、単純な計算や筆記すらできない兵士が配属される場所など限られるだろう。

 

 

「…って事は、今回はセーフですか?」

「さすがに巨人と戦える人材をすぐに切り捨てる真似はしねぇとは思うが…」

「さすがだぜライナー。お前はやっぱり色々考えているんだな」

 

 

それでも挽回の機会があるのは、この壁社会の良い所である。

「このままじゃ兵士になれない」と嘆くクリスタに「それは違う」と言ってあげたい。

 

 

「エレン、試験はどうだった?」

「いや、まあ…平均くらいだと思う」

「見せて」

「なんでだよ!?」

 

 

そもそもこのご時世だと親族が生きているだけで幸運かもしれない。

自分の行動のせいで誰かしら家族や親戚を失っている者は少なくない。

孤児同士がお互いを支えようとする光景も珍しくないだろう。

ミカサもエレン以外の家族を失っているからこそ彼に(すが)っているかもしれない。

 

 

「エレンさんよ!平均とか他の奴らを馬鹿にしてるだろう。ちょっと見せてみろよ」

 

 

自分の質問に対して歯切れが悪い返答をするエレンにミカサが結果を知りたがっていた。

そこにエレンに勝ったと自覚したのか、ドヤァ顔のジャンがエレンの元へと近づいていく。

 

 

「てめぇ!ふざけんな!!あの言い方なら75点はないだろ!?」

「はあ!?寺子屋で習った計算と読み書きレベルだぞ!?逆にオレを馬鹿にしてるだろ!?」

 

 

そしたら、エレンが自分の点数を上回っているのに切れたジャンが彼に罵倒する。

当然の事ながらエレンも黙って傍観せずに馬面野郎と口論している。

なんでジャンがエレンにあそこまで絡むのか以前のライナーだったら疑問のままだっただろう。

 

 

『ミカサの前でカッコいい姿を見せたかったんだな…』

 

 

しかし、フローラによってジャンはミカサが好きで自分のカッコいい姿を見せたがっている。

男は好きな女の子の前で同性より自分が勝っていると主張(アピール)するものだと…教えてくれた。

だからジャンは、こうやってミカサと仲が良いエレンに闘争心や悪戯心が湧いて来るのだろう。

クリスタの健気さを見習えばいいのにと…あいつらが喧嘩する度に毎回思う。

 

 

『…俺もそうか?』

 

 

だが、フローラに自分も「同じ」だと言われて未だにライナーは納得できていない。

さっきからアニをチラチラと見るベルトルトと同類だと言われても実感が湧かなかった。

確かにクリスタの事は気に掛けているが、あそこまで変な奴になっていないと自覚している。

 

 

『それより、復習をしないといけねぇな…』

 

 

マーレの戦士からすれば、壁内社会で通じる文字さえ覚えれば、筆記試験で無双が可能だった。

おそらく今回の筆記試験では成績上位でも上から数えれば早い場所に戦士が占めているだろう。

ただ、マーレ軍の中でも最精鋭と言えるマーレの戦士たちでも1科目だけ苦戦した科目がある。

それは、弾道学である。

 

 

『というか、これだけ可笑しいだろ!?』

 

 

他が小学生低学年レベルの問題なのに弾道学だけ格が違った。

高等教育で学ぶ数学と物理、流体力学に熱力学が応用されているとか馬鹿げた学問だった。

つまり、他の科目と比較して明らかに桁違いに難解な科目であったのだ。

 

 

『なるほど、確かにこれを解ける海軍の奴らが陸軍を馬鹿にする事はあるな』

 

 

大砲より巨人の方が遥かに強いので祖国マーレが誇る陸軍の士官学校では弾道学は習わない。

一方で海軍は大砲を扱う関係で必須科目となっており、弾道学の成績で評価が決まると言われる。

陸軍の上級将校を「低学歴」だと馬鹿にした海軍将校の偉そうな態度に腹が立ったものだが…。

こうして難解な科目を受講して回答できる彼らの優秀さにライナーは納得する他なかった。

 

 

「おい、フローラ。なんで算数と弾道学が満点で他が壊滅的なんだよ…」

「…えっ?方式を理解していれば計算するだけで正解を導き出せるからよ」

 

 

ところで口を開けば「鎧の巨人」としか言わないフローラは弾道学と算数が満点だった。

記憶消失のせいで一般常識すら危うい彼女であるが、意外にも計算は得意であった。

弾道学の講義で教官が黒板に問題を書いた瞬間、暗算で即答して正解したほどである。

 

 

「他も同じように努力すればアルミンやマルコにも座学で勝てただろ?」

「それより鎧の巨人をぶち殺す訓練の方が重要ですわよ」

「ホント、勿体ないなこいつ…」

 

 

フローラという女は、砲兵になる為に生まれて来た人材と誰もが認識していた。

しかし、彼女の仮想敵が砲撃が一切通じなかった鎧の巨人なので砲兵の道を進もうとしない。

むしろ、一番苦手である立体機動の特訓で負傷しまくって医務室送りされる日々を送っていた。

これにはライナーも呆れるしかなかったが、それと同時に彼女に感謝している。

 

 

『ああ、そうだ。鎧の巨人である俺はこいつらと相容れない』

 

 

皮肉にも自分を殺そうとする存在が傍に居るおかげで使命を辛うじて覚えている状態だった。

もし、彼女が居なかったら【楽園】の空気に飲まれて戦士としての誇りを忘れるところであった。

 

 

『俺たちの使命は【始祖奪還】だ。それが達成すればこいつらとおさらばできる』

 

 

長年の地道な努力が実を結んでアニがようやく内地で手掛かりらしき情報があると知った。

だから、尚更に成績上位になって自分も憲兵として内地で活動しようとライナーは考えていた。

 

 

「さすがだねマルコ、次は負けないよ」

「いや、たまたま僕が勝っただけだよ」

 

 

座学の成績は兵士になるにはそれほど影響は与えない。

だからフローラみたいにあえて手を抜く輩が存在する。

それでもマルコやアルミンが讃え合って切磋琢磨する環境も兵士になるには必要だ。

それに…。

 

 

「あら、ライナーさん。弾道学以外80点を越えているなんて凄いわね」

「たまたま勉強していたところが合っただけだ。運が良かったのもある」

 

 

104期訓練兵団の中で一番の美女と噂されるメルダに褒められて悪い気がしなかった。

戦士候補生の時は馬鹿にされる事があっても家族以外で褒められる機会など無かったからだ。

 

 

「謙虚ね…そこの医務室常連さんにもあなたの謙虚さを分けてあげたいくらいよ」

「良く分からないな……俺は兵士として胸を誇れる存在になりたいだけだ」

「ふーん、変わった人。こんなの初めて…ホント…」

 

 

ただ、マルセルだったら『ここで慢心しない』とライナーは自覚していた。

だから彼に代わって発言をしたら何故かメルダが立ち去ってしまう。

 

 

「おい…なんで…」

 

 

とりあえず、急変したメルダの態度が分からず、同じ女のフローラに質問しようとした。

 

 

「……ん?」

 

 

何故かアニの隣に座ったフローラは、アニと共に冷ややかな視線をこっちに向けて来た。

ついでに忙しなくアニの背後を歩き回っていたベルトルトも何か心配しているようだ。

 

 

『俺、なんかやらかしたか!?』

 

 

いきなり女性陣が自分に対して冷ややかになったのかライナーは理解できなかった。

中東連合との戦争で生き抜いて心身ともに成長した今でも答えは見つけられていない。

ただ、メルダの好意を踏み躙ったのだとは当時でも理解した。

 

 

「おい待て…」

 

 

だから何か発言しようとしたところ事件が起こる。

 

 

「クリスタ、今期の試験の結果ってどうだったの?」

「えっ?ええ?」

 

 

聞屋の娘であるサンドラがクリスタの試験結果を訊いてきたのだ。

ただ、これだけなら問題はなかった。

 

 

「サンドラ、クリスタの様子から点数が良くなかったと分かるだろ?察しろよ」

「フロックも言い過ぎだと思うが…」

 

 

そこに微妙に空気が読めない事に定評あるフロックの発言が更に火薬庫に火花をばら撒いた。

空気が読めるゴードンもこの時だけは間が悪かった。

 

 

「おい、クリスタ!お前の結果はどうだったんだ?」

「私も気になります!」

 

 

その話が聴こえたコニーとサシャが試験紙を握り締めてクリスタの元に駆け付けてしまったのだ。

彼らに悪気が無かったとはいえ、さっきまで注目を集めた2人の動向に同期たちも気付き始める。

 

 

「そういえばあいつ、ユミルに慰めてもらってたよな?」

「マジで気になる」

 

 

結果的に同期たちの注目がクリスタの試験結果に向けられてしまった。

 

 

「やあ、ハニー。僕に弾道学を手取り足取りご教授してくれないかい?」

「別に良いけど…いちいち掌にキスするなって伝えているでしょうが!」

「いたたたた!!」

 

 

自己愛者(ナルシスト)のデントに至っては、通常運転で騒動に動じないのには感心すらある。

この頃の彼は、お嬢様言葉で喋るフローラに夢中であり、一方的な好意を向けていた。

 

 

「これがツンデレって奴かあああ!?」

「もうやだこの人…」

 

 

フローラが唯一同性で仲良くなかったのがクリスタであるならば、異性では彼が苦手の様だった。

記憶喪失と共に常人には備わっている感覚が欠如している女すらあの有様だ。

それほどまでにデントの好意はフローラには受け入れられなかった。

 

 

「どうせなら片方の耳を引っ張ってもらうと助かるのだが…」

「はぁ……もうすぐ槍術の時間よ。また今度にするわ」

 

 

取り付く島もない彼女の態度ですら悦びを得ているデントにはドン引きしたものである。

だが、こういった状況が続いた結果、デントの死に繋がると後に知る事となる。

 

 

「クリスタ、安心しろ。俺たちより点数が悪いなんて事はないぜ!」

「別に良い事では無いですけどね」

 

 

それよりコニーとサシャもクリスタの点数を知りたがっているのが印象に残っている。

気転が利くユミルですら咄嗟に発言できなかったほどには、不利な状況に間違いなかった。

 

 

「お前ら。盛り上がっているところ申し訳ないが!」

 

 

掌を叩く音と共に自分の発言を聴いた同期たちが注目した。

 

 

「槍術の実技が迫ってるぞ!おっかねぇ教官に叱られる前に急いで準備しなくていいのか?」

 

 

フローラとデントのやりとりを偶然聴いていたおかげで場を切り抜ける事に成功した。

ライナーの発言を聴いて試験の結果で盛り上がっていた同期たちは慌てて廊下に向かっていく。

 

 

「チッ、お前に助けられるとはな…」

「別にお前を助けたわけじゃない」

 

 

通りかかったユミルに彼女なりの感謝をされたが、当時は意図が理解できなかった。

 

 

「ありがとう…他の人に知られるのが嫌だったの…」

 

 

クリスタが自分に感謝してくれた事実に夢中になっていたのも大きい。

この時、落雷が直撃したと言わんばかりに一瞬だけ何か震えた気がした。

 

 

「いや、俺はみんなの事を想って忠告しただけだ」

「本当にありがとう…」

 

 

ライナーにとって女というのは自分より格上の存在と認識していた。

母親が神のような存在で同僚は全員格上の環境だったのが影響していた。

だからフローラとかいう例外は覗いて女性に対して距離を取っていた。

 

 

『良い事をした…』

 

 

だからこそ自分より劣って見える少女が放った感謝の一言がライナーの胸と頭に響いた。

純粋な感謝の発言が今までになかった感覚を呼び起こしている。

 

 

『なんだこの気持ちは…』

 

 

今まで同期の女が可愛いと美人だと感じた事は多々あった。

しかし、この時ばかりは感謝をしてくれたクリスタの笑顔が忘れられない。

 

 

「ライナー、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 

クリスタとユミルが去ってもその場に直立不動していたせいでベルトルトに心配されたほどだ。

それほどまでに経験がなかった感覚を存分に味わっていた。

 

 

「フローラ、どう思う?」

「クリスタに惚れたんじゃないの?」

 

 

とりあえず、ベルトルトはフローラに理由を訊くとそれらしい返答をした。

 

 

「こんなアホなんかほっとけばいい」

 

 

アニも何かを感じ取ったのか、いつもより自分から距離をとっているような感じがした。

それでも、クリスタに褒められたライナーにとってこの感覚が忘れられなかった。

 

 

『なんだこれ……』

 

 

槍術の訓練でもクリスタの発言を何度も反芻(はんすう)し、自分の変化に戸惑ってしまった。

まるで今までの常識を塗り替えられたようだったが、悪い気がしなかった。

 

 

「隙あり!」

「……しまった!?」

 

 

フランツ・ケフカと対人戦闘を行なっていたが、致命的な隙を突かれてしまった。

気付いた時には遅く、本来なら迎撃するはずだったのに成す術無く組み伏せられた。

 

 

「どうしたんだ?お前らしくないぞ?」

「俺もそう思ってる」

 

 

フランツは、ライナーが見せた隙が多すぎて逆に心配しているようだった。

すぐに解放してくれたので立ち上がると坊主頭が彼の精神を表しているように感じた。

 

 

「なんかあったのか?」

「同期たちが遊んでいるのが気になってな…」

「まあ、真面目にやる奴は少ないからな」

 

 

地味にライナーより身長が高いフランツは後に【馬鹿夫婦】とまで言われる存在になる。

しかし、この頃の彼はハンナと恋愛しておらず、むしろ恋に動揺する自分を気遣ってくれた。

咄嗟の嘘も信じてくれるほどに彼がお人好し過ぎて逆に恥ずかしくなるくらいだった。

 

 

「ああ、眠い…」

「適当に手を抜くぞ。真面目にやっても高得点じゃないからな」

「分かってるさ」

 

 

キニスンとジャンは適当に試合をしているフリをして手を抜く始末だ。

 

 

「よし、新記録更新だ!!」

 

 

コニーに至っては、槍を利用して棒高跳びのような遊びをしている状態だった。

その背後に立っている教官に気付かない時点で彼の末路は決まったようなものだ。

 

 

「もう1回!」

「何度も練習しないとな…!」

 

 

もちろん、アルミンやマルコの様に真面目に試合をする同期も居た。

壁の中では色んな奴が居た。

あれほどまで憎んでいた存在だったはずなのに…。

 

 

『やっぱ、クリスタって俺を気にしてるのか?』

 

 

今では悪魔の末裔と蔑んでいたはずの血を継ぐ女の子を気にしている有様だった。

歴史を忘れた民族に未来がないはずなのに外の世界より皆が幸せそうな光景を見せてくれる。

クリスタに対する想いと壁の中の空気に飲まれてどうにかなりそうだった。

 

 

『分からねぇ…』

 

 

槍術の実技が終わって教官がその場を去ると同期の一部が槍で遊び始めた。

コニーの行動に感化されたのか、10人ほどが棒高跳びのような遊びをやっている。

柄が折れる危険性があるのにそれを咎める余裕すらなかった。

 

 

『この気持ちが…』

 

 

男が女の子に好きになるという事は、ベルトルトの行動で分かっていた。

ただ、それ以上に自分がクリスタを気にしている事がライナーにとって大問題だった。

 

 

『誰に相談すればいい…!?あいつらは…ダメだ!相談できねぇ!!』

 

 

マーレの戦士たちにこの事を相談すれば、楽になるとは思っていた。

だが、「島の悪魔共を殺すのを躊躇っているのか?」とマルセルや同僚に言った過去がある。

それなのに「クリスタの事で頭が一杯でどうしたらいい!?」なんて相談できるはずもなかった。

 

 

「あいつらもダメだ。もし、アニにバレたら今度こそ絶交されるかもしれねぇ…」

 

 

仲が良い野郎共に相談すれば、茶化される未来しか見えなかった。

それにその事で同期たちが言いふらしてアニの耳に入れば大惨事になりかねない。

だからといってマルコやアルミンに相談すれば、それこそ嘘をつかないので周りにバレてしまう。

 

 

『だからといって女に相談するのも…』

 

 

だったら女に相談するという選択肢もなかった。

圧倒的な母親の存在感から女を無意識に避けていたのが大きかったのだろうと今では分かる。

ピークやアニの存在もあって女に対して苦手意識もあった。

 

 

『教官にも相談できない…』

 

 

では、教官に相談すれば鼻で笑われるか、真面目にやれと叱責されるか。

キース・シャーディス教官はともかくクロード・デュヴァリエ教官には相談したくない。

無駄に負担を強いる訓練をやらせてくる理不尽な男に相談すれば何が起こるか分からない。

もしかしたら同期に迷惑が掛かるという心配から身近な教官にすら相談できそうにもなかった。

 

 

『…となれば』

 

 

だから消去法の行き着く先に居た人物に相談するしかない。

そう考えたライナーは急いでその人物が居ると思われる場所に向かった。

 

 

「ライナー、見苦しい姿を見せちゃったわね…」

「俺こそ急に来て申し訳ないと思っている」

 

 

結局、フローラに頼る事しかできなかった。

何かも中途半端な存在かつ義理堅く口を閉ざしてくれる存在。

なにより気軽にクリスタの事で相談できる相手がこいつしか居なかったのだ。

 

 

「またやってるのか?」

「えぇ…上達したつもりだけどまだまだ技を磨く必要があると思ってるの」

 

 

フローラはこの時間帯になると人気が無い林で独自の訓練をしている。

ライナーから見ると必要なのかと首を傾げる訓練はまだ続いていた様だ。

 

 

「巨人が相手なのに投擲技術を磨く必要があるのか?」

「むしろ、鍛えようがない眼球を貫ければそれこそ役に立つと思ってね」

 

 

常人とはズレているフローラは短剣を投擲する技術を磨いていた。

鎧の巨人が仮想敵だというのに現代戦でほとんど役に立たない技能に時間を割く。

その行為に対して本気で理解できなかった。

 

 

「それより、わざわざここに訪ねて来たって事は何か相談したい事があるの?」

「ああ、そうだ」

 

 

不倶戴天の敵が自分に相談するとは夢にも思わないフローラはいつでも好意的だった。

右の袖口から血を流しているのを隠すように何気なく笑って見せる彼女には慣れている。

だからさっそく本題を告げる事にしたが、それより彼女の発言の方が速かった。

 

 

「クリスタの事でしょ?」

「…良く分かったな」

「クリスタの事を気にしている様子だったから…もしかしたらと思っただけよ」

 

 

予想通り、フローラにはお見通しだった。

クリスタを助けたいと以前に相談したのだから当然である。

 

 

「さっきからクリスタの事で頭が一杯なんだ」

 

 

自分が病気なのかと自負してしまうかのような感覚にライナーは混乱していた。

思わずフローラの前で頭を下げる形になっても発言が止まらなかった。

 

 

「さっきの試合の時もそうだった。マルコやフランツたちと真剣に試合をやっているはずなのに…頭のどこかでクリスタの事を考えてしまう。いや、クリスタの笑顔が忘れられないんだ」

 

 

相談を受けているフローラの表情は見れなかった。

ただでさえ彼女を騙しているのに余計な事まで巻き込む羽目になったのだから。

 

 

「あの子が『ありがとう』って声をかけてくれた時に俺の何かが壊れたんだ。なんて言えばいい?あれからずっとクリスタに夢中になっている。クリスタが気になってしょうがないんだ」

 

 

同僚にも男友達にも言えない感情が溢れてきたが、発言が止まる事はなかった。

なんでこんな事を言っているのか分からなかったが、誰かに打ち明けたい気持ちが大きかった。

とにかく自分に異常があると知らしめるように…ライナーはひたすら本音を述べていた。

 

 

「……もしかして病気だと思ってる?」

「違うのか?」

 

 

ひたすら第三者からすればうんざりするほど話を続けた後、フローラから質問を受けた。

もちろん、自分が病気だと自覚していたので彼女の質問に質問で返してしまった。

 

 

「それは“恋”よ」

「“恋”?」

 

 

聴き慣れない単語を聴いて思わず聞き返してしまうほどにライナーは追い詰められていた。

 

 

「殿方が女の子を好きになるのは通常なのよ。逆もしかりで乙女も悩むものね」

「でもベルトルトはここまで悩んでいる感じはしねぇが?」

 

 

男が女を好きになるのはベルトルトを見ればすぐに分かる。

だからベルトルトを例にして返答をするとフローラは困ったように言葉を選んで発言してくれた。

 

 

「まあ、ベルトルトはアニと一緒に居られるだけで幸せっぽいし…」

「俺とは違うのか?」

「…もちろん」

 

 

未だに自分とベルトルトとの差に気付けなかった。

だからいつもならアホな事をやって自滅する女に縋りつくように質問を繰り返してしまう。

同期の大半と仲が良くて色々事情を知っている彼女だからこそ答えが見つかると期待した。

今ではそう思っている。

 

 

「ライナーは、クリスタに一目惚れして友人…いや親友以上の関係になりたいと思ってるのよ」

「どういう事だ?」

 

 

自分の命を狙っている復讐鬼に何を相談しているのかと思い出す度に恥ずかしくなる。

しかし、この問答を今なお、一言一句覚えているほどに本気で悩んだ証拠でもあった。

 

 

「つまり、クリスタと交際して結婚して家族を作りたい本能が生まれたというわけよ」

「え?」

「少年が大人になろうとする思春期に女の子に対する考えが変わる事があるの。別に恥じゃない。大抵の大人なら経験する感情で恋で人生が変わる事なんてよくある事なのよ」

 

 

ライナーにとって結婚は良いものではないと考えている。

だって母親は未練のように自分を拒絶した父の事と自分たちの罪を語り継いできたのだから。

家庭などあっさり瓦解するものだという呪いみたいなものに囚われていたのかもしれない。

 

 

「でも、誰にでも全力で尽そうとするクリスタに恋する殿方なんて山ほどいるわよ。なにせ殿方は少しでも女の子に優しくされたら自分に気があると思うものですもの。ライナーもそうでしょ?」

「そうだ…俺を気にしてくれているのかと何度も考えた」

 

 

クリスタが感謝の一言を告げただけなのにあそこまで妄想を膨らませてしまった。

フローラの言う通り、クリスタが自分を好きになったのかと思ったのが大きかったのだろう。

 

 

「でもね、乙女って自分を気遣ってくれる殿方が好きになりやすいのよ。何気ないお礼の一言でも自分の事を評価してくれるのかと嬉しくなるもの…少なくともわたくしはそうね」

「そんなものなのか?」

「女の方が成長が早いというけど、殿方の想いを受け止める為に成長しているかもね」

 

 

言葉を選んでいると思われるフローラの発言の意図は良く分からない。

ただ、ベルトルトと違って本気でクリスタを口説きたいと考える自分に衝撃を受けた。

確かに笑顔が素敵な彼女だったが、交際するなど考えてすらなかった。

 

 

「つまり、どういう事だ?」

「クリスタが大好きになるのは当然の事、そして恋敵は多いって事かしら」

 

 

とりあえず、結論を訊ねるとフローラはあっさり回答を出してくれた。

今の自分は正常であり、大人の階段を登っている状態だと知った。

ついでにクリスタを狙っている奴らも多いという余計な情報まで得られた。

 

 

「そうか」

「そうよ」

 

 

今まで自分を覆っていた濃霧が晴れた気がした。

まるで喉に刺さった魚の骨が取れたような解放感。

そして一人前の大人になるという自覚がライナーに生まれた。

 

 

「フローラ、1つ頼みがある」

「まだ何かあるの?」

 

 

やはり、フローラは数少ない友人であった。

ずっとその関係に居たいと思ったからこそ…自分の気持ちを彼女に打ち明ける。

 

 

「クリスタと付き合いんだが、今の俺じゃ到底無理だ。だからー」

「だから?」

 

 

クリスタへの想いを…。

 

 

「クリスタと付き合えるように俺を応援してくれないか?」

「……は?」

 

 

彼女に届くようにフローラに協力してくれるように頼み込んだ。

すると予想外だったのか。

一瞬だけフローラの反応が遅れた。

 

 

「俺は女とあまり関わってないからな。いろいろとよ…やらかしてしまう事が多いだろ?」

「…確かにアニとの関係を見るとそう思うけど…」

「だから何か可笑しいところをあったら指摘してクリスタに似合う男にして欲しいんだ」

「……え?」

 

 

今のままではクリスタと付き合えないと思ったライナーは何を血迷ったか。

自分の命を狙う女にクリスタと結婚できる男に仕上げて欲しいと頼み込んでしまった。

 

 

「つまり、わたくしで交際や恋愛の練習をするの?」

「いや違う。俺はクリスタが大好きで!彼女にも大好きになってもらえるようにしたいんだ!」

 

 

相変わらずフローラの発言は良く分からない。

なんでクリスタが好きなのにフローラで練習しないといけないのかと…。

クリスタに振り向いてもらう男になる為には彼女の協力が必要不可欠だと思った。

それだけの為にライナーは生まれて初めての女友達に頭を下げる。

 

 

「頼むフローラ。お前だけが頼りなんだ…!」

 

 

急に無言になったフローラの表情は頭を下げて頼み込んでいるせいで分からなかった。

ただ、自分勝手な急のお願いで短剣投げどころではなくなった事だけは確かだ。

それでもライナーは、女視点で自分の欠点を直してくれる唯一の存在に土下座までした。

 

 

「急なお願いで本当に済まないと思ってる!でも、こうする事しか思いつかないんだ…」

 

 

傍から見れば、みっともないし、そもそも自分の使命を考えれば大問題の事をしでかした。

それでも初めて“恋”という感情を知った当時のライナーは恥すら捨てて見せた。

 

 

「やめてよライナー。あなたらしくないわよ…」

「ああ、恋を知って俺は変わった。だからもっと彼女の力になれる男になりたいんだ」

「それをしてわたくしに何か利点があるわけ?」

 

 

ずっと孤独だった少年は、知り合いの屍を乗り越えて大人になろうとしている。

その時にたまたま幸薄そうな金髪の少女に恋してしまっただけの男に過ぎなかった。

いや、辛い現実から逃避して輝かしい青春に憧れた糞野郎に成り下がった。

 

 

「お前にその分の恩を返したい。嘘じゃない。本当だ」

「え?ええ…?」

 

 

恩を返すどころか仇で返しているのに気付いていない。

恋によって人は狂うというが、ライナーもその1人に過ぎなかった。

 

 

「すまない。でも俺はお前に頼る事しかできないんだ…」

「……分かったわ」

 

 

それでもライナーの想いは本気だった。

その気持ちが痛いほど通じたのかフローラも諦め気味に発言を繰り出した。

 

 

「クリスタに好かれる立派な殿方になれるようにすればいいのよね?」

「すまない。恩に着る…!」

 

 

土下座をして額を地面に押し付け続けているライナーの姿を見てフローラも納得したのか。

強力な助っ人になってくれると知って当時は本気で喜んだものだ。

今でこそ「何やってんだお前!?」と言いたくなるが、それからの生活は充実したものになった。

 

 

「よろしく頼む!」

 

 

だが、1つだけこのやりとりで覚えていない事がある。

フローラの協力を漕ぎ着けて立ち上がって握手した時!

彼女がどんな顔をしていたのか、一切思い出せないのだ。

 

 

「フローラ、お前も気軽に俺に相談してくれよ。いつでも協力するからな」

 

 

フローラと握手をした時に味わった血の感触は覚えている。

おそらく隠し持っていた短剣を取り出す時に負傷したと思う温もりと感覚は覚えているのに…。

面に向かって発言したはずなのにフローラがどんな顔をしていたのか思い出せないのだ。

蔑んだり、呆れていたら絶対に覚えているはずなのでどれも該当してないのは確かだ。

 

 

「これからもよろしくな」

 

 

だが、1つだけ言える事とすれば、そのせいでフローラに迷惑をかけまくったという事くらいか。

それから半年もしない内に大事件が起こって彼女は新たな趣味を始める事となる。

そして皮肉にも危惧通り、自分の招いた大失態でアニが離反しかねない事件に繋がる事となった。

 

 

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