進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

176 / 179
176話 回想0-6 同期の死と拗れ

兵士にとって一番必要な技能とは何か?

巨人を討伐できる能力である。

ウォール・マリアが巨人の大群によって陥落するきっかけを作った超大型巨人と鎧の巨人。

そいつらがウォール・ローゼにいつ攻めて来るか分からない現状ではそれが必要不可欠だった。

訓練兵団に入団して1年目は、巨人を討伐する技能を磨いていた年と言っても過言ではない。

 

 

「ぐおおおおおお…マジかよ…」

 

 

衝撃的な事実を聴いたコニー・スプリンガーが頭を両手で抱えて机に突っ伏していた。

原因は単純明快で宿題を期限までに提出しないと進級できないと知ったのだ。

兵士として必要な技能は、巨人を討伐する能力だけではない。

上官の命令を忠実に遂行し、個を捨てて兵団の駒として動く事である。

 

 

「何度も教官が言ってたじゃない。必要な単位を取得しないと進級できないって」

「だからって宿題を提出しないと進級できないって可笑しいだろ!?」

 

 

ハンナ・ディアマントがそうなる原因をコニーに告げるが当の本人は納得してなかったようだ。

彼女の発言を聴いて顔を上げたコニーは自分の意見を述べるが…。

 

 

「上官の命令を守らない兵士なんて失格なのは当然だろ…それに今からやれば終わる話だろ?」

「うっ…確かに…」

 

 

サムエルの発言に納得したのか、それ以上の抗議をする事は無かった。

そして胸ポケットからくしゃくしゃになった3枚の羊皮紙を取り出して机に置いた。

皺を伸ばすように羊皮紙の隅を両手で広げて内容を確認したコニーは…。

 

 

「うわあああもうだダメだ!おしまいだああああ…!」

 

 

再び頭を抱えたコニーは坊主頭を両手で掻いていた。

まるで巨人の群れに包囲された兵士の様な叫びであったが、彼にとっては同じなのかもしれない。

 

 

「サムエルうぅううう!宿題を写させてくれえええ」

「ダメに決まってるだろ!?バレたら俺まで失格になるじゃないか!?」

 

 

近くに居たサムエルに泣きつくが、取りつく島もないようだ。

あっさりと拒絶されたコニーだったが、それで諦める男ならここまで印象には残らない。

 

 

「お願いだ。少しでもいいからさ!さすがに全部は写さねぇよ…!」

「でもよ、コニーが進級できなかったら憲兵の席が1つ空くって事だよな?」

 

 

既に同期の中では、立体機動が上手いコニーは憲兵になれる実力があった。

だからこそ顔が老けている事で有名なダズ・ウィーズリーの発言に誰もが気付いた。

『このままコニーが進級できない方がお得ではないと…』と思ったのだろう。

 

 

「コニー、もう一回受講すればいいじゃないか。そうすれば後輩相手に有利になれるはずだよ」

 

 

自分の容姿と頭脳に自信があるデントがコニーの左肩にポンと右手を置いて彼なりに励ます。

 

 

「珍しくお前と同感だぜ。コニー、お前は105期訓練兵団で主席になればいい話だろ?」

 

 

デントと犬猿の仲であるキニスンが珍しく同調し、コニーの右肩に手を置いて説得を始める。

104期南方訓練兵団に所属する者ならコニーが進級できないと自分が有利になると分かっていた。

だからデント・アクアとキニスン・カイザーリングの暴言を同期たちは(とが)める事は無かった。

 

 

「サムエルうううう!お願いだあああ写させてくれえええ!俺たちは“仲間”だろ!?」

「確かに仲間だけどよ。これを許すとまたやらかしてお前の為にならねぇと思うんだが…」

()()()()の頼みだ!」

「後生の頼みの間違いだろ!?それより自分でやろうとする努力をしろよ」

 

 

自分を104期訓練兵団から蹴落とそうとする2人を振り払ったコニーはサムエルに懇願する。

ただ、サムエルの言う通り、他力本願で全てを済ませると彼の為にはならないだろう。

 

 

「コニー、105期訓練兵団で頑張れよ。このオレ様がわざわざ応援してやるんだから感謝しろ」

「ジャン、お前まで!?」

 

 

親指を突き立ててコニーを煽るようなゲス顔をしているジャンに周りの女子たちは離れていく。

ただし、ジャンは本音を言っただけで自分では煽っているとは思っていないと誰もが知っている。

そのせいか、言葉通りに受け取りがちな女子や真面目な奴から嫌われる事が多い。

 

 

『…手を貸してやるか』

 

 

そんな中、ライナー・ブラウンは、自分の宿題をコニーに見せようと決意していた。

マーレの戦士候補生の中でここまで舐め腐った態度で宿題に挑む奴は居なかった。

だが、マルセルがこの場に居たら【自分の宿題】を見せるとライナーは確信していたのだ。

自分のせいで死んだマルセルに代わって宿題を見せようと羊皮紙を手に取る。

 

 

「ん?」

 

 

そして席から立ち上がってコニーの元に向かおうとすると同じ事を考えた奴がいた。

 

 

「コニー!オレの写していいぞ!お前には世話になったからな」

 

 

エレン・イェーガーは、104期南方訓練兵団の中で成績上位5位で卒業するほどの実力者だった。

ただし、彼が覚醒したのは訓練兵団を卒業する半年前であり、現状の彼は落ちこぼれに近い。

だからこそ、自分やベルトルト、コニーに立体機動のコツを聞き回って活かそうと努力した。

そんなエレンの行動に最下位(ドベ)だった頃の過去の自分に重ねてしまい、他人事に思えなかった。

 

 

「俺のも映しておけ。お前が居なくなるとフローラくらいしか場を盛り上げる奴がいないからな」

「エレン、ライナー…お前ら!ありがとうな!」

 

 

味方が居なくて絶望していたコニーにエレンとライナーという希望の光が差し込んできた。

地獄の底に落ちようとする自分に垂らされた蜘蛛の糸を縋る様に掴むコニーは素直に感謝する。

 

 

「そういえばフローラはどうした?」

「回転斬りをしようとして失敗して医務室送りになったぞ」

「またかよ…」

 

 

そもそもコニーに興味が無かったフロックの発言にライナーは一瞬だけ気が取られた。

ゴードンの返答を聴いて『なんでそこまでやるんだ…』と思ってしまった。

鎧の巨人に砲撃が通じないのだから意味がない事を努力する必要があるのかと考えてしまう。

 

 

「これで39回目ね。ここまでいくと訓練兵団の歴史に名を残す偉業になるんじゃない?」

「サンドラ、お前。記録に残してるのか?というか、それ偉業じゃねぇだろ…」

 

 

聞屋の娘であるサンドラは、そういった世間話(ゴシップ)が大好きで同期からいろいろ聞きまわっていた。

コニーの座学の試験結果で三科目の合計が7点というのをバラしたのも彼女である。

そのせいで見た目は清楚貞淑のサンドラと仲良くしていたのはフロックとゴードンくらいだった。

それか騒動の渦中にいる事が多いフローラくらいか。

 

 

「分かった。だが、簡単な問題はコニーが解けよ。お前の為に言ってるんだからな?」

 

 

サムエルもなんだかんだでコニーに優しかった。

彼の事を想っているからこそ宿題を見せようとしなかったと断言できる彼は確かに良い奴だった。

 

 

「コニー、みんなが協力してくれるって言ってるんだ。せめて筆記用具は持つべきだろ?」

「フランツ、お前まで…」

 

 

ハンナと交際する前のフランツは複数の女子から好意を寄せられるほどの好青年だった。

困っていた奴が居たらすぐに声をかける男の提言に感化されたのか。

 

 

「みんな、ダメだよ。コニーの為にならない!まずは自発的に宿題をやらせるべきだよ!」

 

 

コニー・スプリンガーに宿題を見せる流れになったと感じたマルコが異議を唱える。

所謂(いわゆる)、同期のまとめ役になりつつある彼の意見に一理ある。

 

 

「大丈夫だよ。サムエルやフランツが見てくれるから。それにコニーは居て欲しいし…」

 

 

必死に同期の暴走を止めようとするマルコを咎めたのは、アルミンだった。

座学の首席をマルコと競う彼は、こういった融通が利くからこそ相談する者は多い。

まあ、あの問題児であるエレンとずっと過ごしてきた経験が大きいのだろう。

 

 

「おっ?アルミン、もしかしてコニーが大好きなのか?」

「え?」

 

 

そんなアルミンにコニーに気があるのかとライナーは茶化した。

マルセルだったら別の話題を振ってコニーの気を楽にするはずだと思って行動した結果だった。

もちろん、冗談ではあるが、あまりにも馬鹿だとそのまま受け取る奴が居る。

 

 

「…え?アルミンとコニーってラブラブの関係なんですか?」

 

 

生まれ故郷の方言を隠すために丁寧語で話すサシャの発言で空気が変わった。

 

 

「そんなわけないでしょ」

「あだ!?」

 

 

変な妄想をしたと思われるサシャの頭を軽く小突いたのはミカサだった。

東洋人出身という事で同期の中でも珍しい容姿の彼女だが、何を考えているか分からない。

そう思うほどには無表情で行動する事が多く今回も眉1つ動かさずに動いて見せた。

 

 

「なあ、アルミン。素直になれよ。なあ、ミリウス?」

「え?…ああ、104期生が大好きだもんな、お前。友情以上の感情を抱いても仕方ないよなー」

 

 

ナック・ティアスがアルミンを揶揄う為にミリウス・ゼルムスキーに話を振る。

頭の回転はコニーやアルミン並のミリウスは、ナックの言いたい事が分かったのだろう。

わざわざ彼らしくない発言でアルミンを煽ってみせた。

 

 

「だから違うって言ってる!」

「いだ!?」

「うだ!?」

 

 

ミカサにサシャがしばかれたというのに娯楽が少ないせいで面白がって軽率な行動をしてしまう。

そんな迂闊な行動を取った2人が妙に真面目なミカサにしばかれたのは言うまでもないだろう。

 

 

「ミカサ、そんなにムキにならなくて良いんじゃないか?それだとお前がそう思って…」

「うるさい」

「えだ!?」

 

 

今度はミカサをネタにしようとしたトムだったが彼の雄姿は忘れない。

いや、忘れられない。

後にトロスト区防衛戦で巨人に捕まって捕食された彼の末路が未だに焼き付いているのだから。

 

 

「…?」

 

 

そしてベルトルトは、会話にも参加できずにただひたすら教室の端に佇んでいた。

なんでコニーが宿題をやっていないだけで周りが盛り上がっているのか理解できていない。

 

 

『なんで見つめて来るんだよ…』

 

 

それを示すように何か言いたそうに見つめるベルトルトに心の中で悪態をついてしまう。

もはや、104期訓練兵団という組織の雰囲気に飲まれつつあったせいなのか。

 

 

「おい、ベルトルト。お前、何か言いたそうだな?」

「え?」

 

 

ライナーはベルトルトに話題を振ってしまった。

 

 

「そうだな、ベルトルさんに“オチ”をやってもらわないとな!」

 

 

ここぞとばかりにユミルがベルトルトの名を出したせいで誰もが彼に注目した。

 

 

「え?」

 

 

“オチ”どころか何で自分の名前を指名されたのかも彼は分かってなかった。

話の流れとしては、ベルトルトがミカサに叩かれて「おだ!?」って言えば良い。

ただ、それは彼にとって理不尽なネタ振りであり、虐めに近かったかもしれない。

 

 

「ユミル、可哀そうだよ!何も分かっていない人に無茶ぶりするなんて…」

 

 

クリスタ・レンズはそんな104期生の中で女神だった。

誰よりも相手を思いやる気持ちが強く感じられる可愛らしい金髪の少女に…。

 

 

『今日も可愛いな………チッ。邪魔が入ったか』

 

 

ライナー・ブラウンは夢中だった。

そしたらユミルが視界を遮るように立ち塞がったので視線を逸らした。

今でこそ分かるが、視姦染みた状態だったのだろう。

 

 

「ベルトルト!だからお前は空気とか言われるんだ!」

「玉付いてるのかノッポ野郎!?ここまで前振りして分からねぇのか?」

「とりあえず変な事を言ってミカサにしばかれろ!」

「なんで僕が責められるの!?」

 

 

ある意味ベルトルト弄りと化した空気にベルトルトは抗議する。

抗議するが、それだけでは同期に話は通じない。

 

 

「そういえば、フローラも居ねぇけどよ。宿題を出せなくねぇ?」

 

 

必死に足し算を解いていたコニーの発言に誰もが彼を見つめる。

 

 

「確かに」

「宿題が提出できないな」

「まあ、良い奴だったよ」

 

 

負傷したフローラは宿題を提出できないのではないか。

素朴な疑問であったが、同期たちはそれで盛り上がった。

 

 

「大丈夫!事前にフローラから宿題を預かってるよ!あ!信じていないね!?」

 

 

しかし、フローラも想定していたのか。

親友のミーナに宿題を預けていたせいでそれ以上の話を広げようがなかった。

更にミーナは、証拠を見せ回る如く近くに居た連中に絡み始めた。

 

 

「ホント、ちゃっかりしてるんだから」

 

 

ついでに他人事のように話すアニだったが、ライナーは知っていた。

 

 

「アニ、フローラから宿題を見せてもらっただろ?」

「……はあ?何言ってんの?」

「お前がこっそり見せてもらっていたのはお見通しだ」

「あっそ」

 

 

今朝、フローラからこっそり宿題を見せてもらって慌てて羊皮紙に書いていた事を…。

実技訓練で手を抜くのは、真面目に取り組む奴以外、誰もがやっていた事だ。

だが、アニ・レオンハートは、解けるはずの宿題まで放置して堕落しきっていた。

小声で指摘すると未だに反省の色が見えない。

 

 

「講義中に昼寝しているといい…態度で減点されかねぇぞ?いいのかそれで…」

「私の勝手。あんたには関係ない話でしょ?」

「いや、憲兵になるんだろ?これ以上堕落すると取り返しのつかない事態になるぞ?」

「クリスタには優しいのに私には優しくないね」

 

 

そしていつも指摘するとアニは必ず「クリスタ」の名を出して蔑んでくるのも慣れた事だ。

マーレの戦士候補生時代では絶対に勝てる相手でなかったアニ・レオンハート。

そんな存在が自分を磨くのを放棄して堕落した生活を送っている現実をライナーは許せなかった。

 

 

「クリスタは彼女なりに頑張ってる。それに対してお前は何だ?」

「何様のつもり?」

「俺なりの提言だ。このままだと向上心があるあいつらに憲兵の席を取られるぞ?」

「ふーん」

 

 

そう、ライナーは兵士になろうと必死に努力していた。

マーレの戦士の席を自力で取れたわけではないと知ったからこそ努力を怠らなかった。

ベルトルトも彼なりに向上心があったが、アニは違った。

 

 

「調子に乗るな。お前に指図されるほど落ちぶれていない」

「お前は落ちぶれてなくても、周りはどんどん上に行く。それだけは忘れるなよ?」

「……分かってる」

 

 

努力をしても報われるとは限らない。

努力だけじゃ突破できない事があるし、頑張っても限界がある。

それこそ生まれた環境や頭の良さ、そして運が絡んでくる。

マーレに生まれたエルディア人で運が良かったらライナーは【戦士】になれた。

そんな事は嫌でも分かっていた。

 

 

『アニ…お前って奴は…』

 

 

そもそも報われるとはなんだろうか。

限界はどこなのか、何をすれば自分が幸せになるのか。

それこそ、どうやったらそうなるか考えられて報われる。

当初は立体機動の素質が無いと落ち込んでいたエレンの成長を見て分かった。

 

 

『そんな気持ちじゃ努力しても報われる事はねぇぞ…』

 

 

努力しても報われるとは限らないが、報われる人物は必ず誰よりも努力した者だけだ。

そして【結果だけが全て】なので努力する過程で報われる必要などないのだ。

 

 

『本気で見損なった。どうなっても知らんぞ…』

 

 

元より心のどこかでアニを見下していたライナーは本気で彼女を見下すようになった。

……ウォール・シーナに内偵させるという激務を課して疲弊しているとは考慮せずに…だ。

 

 

『後悔してもしらねぇからな!』

 

 

そもそも兵士になろうと努力しているせいで露骨に戦士としての使命を話題に出さなかった。

そのせいでいつからか、自分はウォール・マリア南東の山奥の村で生まれた若者だと錯覚した。

この頃から仲が良いはずのベルトルトすら会話が成り立たない時が発生するようになる。

 

 

「うーん、鎧の巨人を仕留めたいのに逆にわたくしが返り討ちに遭いそうなのがきついわ…」

 

 

辛うじてマーレの戦士としての絆と誇りがライナーを【戦士】として認識させていた。

…というより、戦士としての使命を忘れそうな頃にフローラがわざわざ呼び起こしている。

そんな状態が続いていた。

 

 

「フローラ、今回は早かったな」

「左腕の打撲程度なら放置してたら勝手に完治するって言われたの」

 

 

少なくともあの後、教室に入って来た彼女の姿を思い出すと実際、そうだったと感じるほどだ。

それどころか、恐怖という感情と辛い記憶をシガンシナ区に置いて来たあいつに憧れすらある。

 

 

「それはお前だけだぞ…」

「えぇ、肝に銘じているわ」

 

 

鎧の巨人を仕留めたい彼女の目の前に全ての元凶が居る。

傍から見れば滑稽な状況だが、その奇妙な関係のおかげで自分の使命を辛うじて覚えていた。

自分の命を狙う女訓練兵であるが、それでも友情はあったし、親密に相談できる仲であった。

 

 

「次回こそ成功させてみせますから」

「全然、反省してねぇなこいつ…」

 

 

とりあえず、フローラ・エリクシアを女として認識するのは女性に失礼。

そういった考えが自分だけでは無く同期の大半からも思われていた。

同じ女であるメルダ・プリントも「フローラを女として見ちゃダメ」って言っていたほどだ。

だからこそ…ベルトルトやアニ、それどころか他の同期とは違う友情を結べたのだろう。

 

 

-----

 

 

「ああ、あの時代はとっても心地よくて…そして今思えば怖くも思える」

 

 

中東連合軍が使用していたカラシニコフ式自動小銃の部品には“隙間”(クリアランス)が大きく取られている。

戦場で製造された粗製な部品であっても、最低限でも機能できるようにと設計されたのだろう。

いや、公差(トレランス)の値を大きくする事で工業力が低い中立国で製造できるようにしたのかもしれない。

マーレを嫌う中立国からの武器貸与(レンドリース)法によってこの武器は今なお、猛威を振るっている。

戦争が終わったというのに使い勝手の良さから未だに各地の紛争で大活躍している有様だ。

 

 

「何が正しいのか、今でも分かってない」

 

 

ただ1つ言える事があるとしたら専門の知識がないライナーでもこの銃を整備する事ができる。

専門的な技能が無くても扱えて…使う者によっては、正義にも悪にもなれる存在。

そもそも何が正しいのか分からないし、今でも自分の行動が正しかったのか分からない。

さっさと死んでしまえば、これ以上苦しまないという気持ちさえあった。

 

 

『でも、ファルコやガビ、ウドにゾフィア。あいつらの未来は明るくあって欲しい…』

 

 

自分のせいでパラディ島の人々が大勢死んで更に祖国マーレすら巻き込むきっかけを作った。

本来ならば、死罪になるどころか末代まで蔑まれる存在でさっさと死ぬべき男。

それが、ライナー・ブラウンだと彼自身がそう思っていた。

それでも死ねないのは、未来ある若者の道を奪いかねないからだ。

 

 

『フローラ、俺は望んじゃダメなのか?次世代の未来が明るくあって欲しいだなんて…』

 

 

絶望的な未来しかないと分かっていても、どうしても打開できないかと考えてしまう。

訓練兵団時代の過去を振り返っているのは、現状打開に繋がる何かがあると思っているからだ。

 

 

『あいつなら殴ってでも…前に進めって言って来るか…そうだよな』

 

 

訓練兵団の生活を送ったおかげで確かに成長し、立派な青年になった。

フローラ曰く、立派な兵士になった自分なら何かを変えられるかもしれない。

培った技能が役に立った事もあったので絶望的な未来を変える鍵になるかもしれない。

 

 

『早くアニを助けにいかないとな…』

 

 

なにより回想していて大切な事を思い出した。

それは、ライナーが未だに生きている理由の1つであった。

そして過去の自分ではできなかった偉業を達成した出来事に繋がった。

だからこそカラシニコフ式自動小銃を整備しつつ、更なる記憶を思い出そうと努力した。

 

 

-----

 

 

兵士として巨人と戦う技能の他に任務遂行能力も問われた。

もちろん、巨人と戦える人材を他の要素で除外し、退団させる余裕はなかった。

ただし、兵士が対峙するのは、巨人だけとは限らない。

むしろ、訓練兵団に入団して2年目の実技は、対人格闘に時間を割かれていた。

 

 

「うおっ!?…ぐはっ」

「す、すまねぇ!やりすぎた!」

 

 

木剣でエレンに挑んだライナーは宙を舞って地面に叩きつけられた。

体格差があるので抑え込む方向だと思っていたせいで上手く受け身を取れなかった。

そのせいでエレンに要らん心配をかけてしまう失態を犯した。

 

 

「ああ、大丈夫だ。無駄に頑丈なんでな」

 

 

前回は槍術を学んで今回はならず者との戦闘を想定した格闘術を学んでいた。

おそらくウォール・マリア陥落から始まった混乱期で取り入れられたのだろう。

 

 

「まったく…俺の巨体を投げ飛ばすとは…」

「わりぃ、力の加減が下手でよ」

「いや、ならず者相手なら更に追撃するべきだと思うぞ…イテテテ」

 

 

巨人と戦闘する兵士が民間人相手に抜剣する事自体が異常事態だ。

そもそも平時では鞘も立体機動装置も身に着けない兵士が大半である。

だからこそ護身術を身につけさせて治安を維持する役目をさせようとした。

 

 

「それにしても、お前、取っ組み合いに慣れてるな?油断したつもりはなかったんだが…」

 

 

それよりエレンの動きが素人の動きに見えなかったので思わず本音を漏らしてしまった。

戦士候補生時代で様々な訓練を受けたので同期よりは経験豊富だと思っていた。

それでも慣れた手つきで地面に転ばされたのでその原因を知ろうとしたのかもしれない。

 

 

「街に居た頃は、身体がでっかいガキ大将の相手が多かったからな…」

「へぇ、マジか。じゃあ、俺はまだガキ大将と大差がねぇ実力ってわけか」

「そんな事ねぇよ。笑って軽口を叩けるお前があいつらと同じわけないだろ」

 

 

とりあえず図体がでかい奴と喧嘩慣れしている影響だと分かった。

それだけ知れれば充分だったのでそれ以上の話を聴くつもりはなかった。

 

 

「たださ、どうなんだこの訓練は…兵士が人を相手にする必要があるのか?」

 

 

昔はヤンチャでも今は違うというのはよくある事だ。

しかし、それが大人になったからそうなったとは限らない。

エレンの本音を聴いて周りを見ると教官は失言に気付いていない様子であった。

 

 

「一応、忠告しておく。教官を意識しとけ。無自覚でやらかす前によ」

「気にしておく。…そもそも得物相手に素手で対処する必要があるのか?」

 

 

【兵士は巨人と戦うだけの存在】という思考が通用するのが、この世界の異常さを物語っている。

通常の軍事組織は、同じ人間を仮想敵とし、自分たちが所属する国家や組織を守る為に存在する。

故に【武装した人間相手に素手で対処するのは可笑しい】というエレンの疑問は異常であった。

 

 

「じゃあ、どう対処するんだ?」

 

 

だから、どう対処するのか気になってエレンに質問してみた。

 

 

「逃げればいいだろ、そんなもん」

「んな無責任な…」

 

 

善良な市民が武装した無頼漢を通報して兵士が現場に駆けつけたとする。

その時にどう対処すればいいかと簡潔にエレンに尋ねたらとんでもない返答を得た。

兵士としての責務を放棄して敵前逃亡するなど言語道断である。

 

 

「もちろん、応援を呼んで取り押さえるさ。こんな木剣程度じゃ真剣に敵わねぇよ」

「じゃあ、フローラみたいに本物の短剣でも使うのか?」

「さすがにそこまでは考えてねぇけどよ…。というか、あいつ何やってんだ…」

 

 

エレンの案としては、班員と連携して目標を取り押さえるというものだった。

それ自体は悪くはない。

本物の短剣を所持していたフローラがさきほど教官たちに取り押さえられるのを見れば尚更だ。

 

 

「とにかく、こんな格闘術で対処できるなんて…運が良かっただけだろ」

 

 

医務室どころか営倉送りも日常になり始めた女の話題をしつつ反抗的なエレンを見ていると…。

 

 

「実際は、上手くいかずに終わるのがオチだ。()()()()()とは違う…」

「……そうだな」

 

 

()()()()()()()()()()()()()をし、実際に何かを経験したようだ。

何があったのかエレンの表情を見て察したが、事情が事情なのでそれ以上踏み込めなかった。

少なくとも死を見た経験があるエレンに訊き込むのはまずいと判断した。

 

 

「お前の言いたい事は分かった。でもよ、それだと無責任すぎないか?」

 

 

ただし、【兵士としての心構え】ではないとエレンに諭す事にした。

さすがにこのままの態度で格闘術と向き合っても彼の成長が見込めないと判断したのだ。

いつからか、ライナーはエレンの成長する姿を自分の過去に重ねて楽しんでいたのかもしれない。

 

 

「俺たちは兵士だろ?」

 

 

兵士は何かを守る為に存在する。

そうでなければ憲兵だけで充分だろう。

 

 

「いくら不利な状況であっても、逃げてはならない時がある」

 

 

兵士の敵前逃亡は重罪である。

士気に影響するどころか軍事組織として機能しなくなるからだ。

だから逃走する兵士を殺すのは、外の世界では常識となる。

 

 

「守る対象が脅威に晒された時、その間に入って盾にならなければならない」

 

 

兵士たる者、命令とあればそれを可能な限り遂行する努力をしなければならない。

それと同時に守るべき存在を襲撃する脅威に立ち向かわなくてはならない。

 

 

「お前だって見てきたはずだ、兵士の姿をよ」

 

 

別に脅威は、巨人だけではない。

酒場で暴れる無頼漢から姿が見えない疫病まで様々な相手をする必要がある。

あえてシガンシナ区で戦った兵士に言及しなかったライナーは発言を続ける。

 

 

「つまり、相手がなんであろうと俺たちはここで覚えた事を使いこなして対処しなければならん。だが、今の俺たちは無力だ。こうやって教えてもらって力を付けなきゃならん…」

 

 

もしも、先人の能力と経験を後継者に継がせられるなら問題はない。

だが、そんな事ができるのは巨人化能力者と次代の継承者くらいのものだ。

実際に先代の記憶や経験を継いだライナーですらほとんど使いこなせなかった。

 

 

「ただな、力を持った俺たちが素人相手に培った武力と経験で叩きのめすのは違うはずだ」

 

 

マーレの戦士は、【九つの巨人】の力の行使を祖国の為に使用するのを許可された存在である。

祖国の命令は絶対であると認知し、必ず任務を遂行できる忠誠心を真っ先に求められている。

同時にその力を必要以上に行使しない抑制の精神が必要であり、自分の意志などないと等しい。

 

 

「力を使いこなす事こそが…」

 

 

ここまで考えてエレンに諭そうとして気付いてしまった。

 

 

「力を持つ兵士としての責任だと思う…俺は…」

 

 

自分が兵士と戦士を混ぜて考えている事に…。

 

 

「うわ…偉そうに説教なんかしちまった……訓練に戻るぞ」

 

 

だが、間違った事は言っていないと思ったので個人的な意見として述べる事にした。

さきほどから黙って聴いていたエレンは何かを思ったのか。

 

 

「…力を持つ責任なんて考えた事が無かった」

「なら、少しくらい力を自制できる能力ぐらいは身に着けようぜ」

「そうだな」

 

 

素直に感謝してくれたので無難な返答をして話題を逸らした。

それからエレンから何かの迷いが消えたと認識している。

 

 

「ん?」

 

 

ただ、当時はその日に一生懸命に過ごすので精一杯だった。

マルセルの兄貴分を演じているせいで周りに気を配っていたせいで余計に…。

 

 

「おい…あいつ…」

「ん?あれは…アニか」

 

 

アニがサボって責任から逃げている様に見えてしまった。

わざと左手の人差し指でアニを示してエレンも巻き込もうと考えてしまうほどに…。

 

 

「よーし、エレン。アニにも短剣の対処を教えてやろうぜ」

「いいのか?」

「あの不真面目な奴にも説教だ。兵士とはどうあるべきか教えてやろうじゃないか」

 

 

以前、虐められるクリスタに「何かしてやれないか?」とフローラに相談した時、回答を得た。

1人じゃ現状を変えられないから誰かを巻き込んで仲間と一緒に対処するべきだと…。

ここでは、エレンと2人がかりで訓練をやっていないアニに対処しようとした。

 

 

「よお、アニ!教官の頭突きは嫌だろ?」

 

 

今でこそ分かる。

アニを見下ろせた要因は、身長の差だけでは無い事に…。

 

 

「それ以上、身長を縮めたくなかったら()()()()()()()()()()()()()()真面目にやるんだな」

 

 

マーレの戦士目線を知る者であれば、凄まじい煽り文句なのが分かる。

要するに「パラディ島に来た時の事を思い出して真面目に使命を遂行しろ」と煽っていた。

夜中にウォール・シーナと訓練所を往復して情報収集をするだけじゃ足りないと…。

実際は、そんなつもりでアニを煽ったつもりはなかった。

 

 

『エレンは成長した。なのにお前はそのままでいいのか?違うだろ?』

 

 

単純に兵士としての責務をアニに教えてやろうと意気込んでいただけだ。

ただ、兄貴分として堅苦しい雰囲気を和らげるために冗談を交えて発言した。

 

 

「ライナー、その言い草はないだろ?」

 

 

アニとライナーの関係は同郷ぐらいしかエレンは知らなかった。

それでもライナーの失礼な物言いを指摘しようとしたが、何故か発言を止めた。

当時は、エレンが自分の考えた事を察したと思ったが…。

 

 

「いつもは怖い顔をしてたけど…本当に怒った時はマジで怖かった」

 

 

後に話してくれたエレン曰く、冗談抜きでアニの激怒っぷりに黙ってしまったとの事だった。

 

 

「始めるぞ!エレン、兵士としての責務を教えてやれ」

 

 

そうとは知らずにエレンの背を押すようにアニにけしかけてしまった。

 

 

「おいアニ、刃物の対処を形式的に覚える訓練だぞ?お前だって知ってるだろ?」

「御託はいいからかかってきな」

 

 

すると訓練方法とは違うアニは身構えて思わずエレンは質問をしてしまった。

しかし、アニの発言を聴いてそのままエレンは突っ込んで…返り討ちに遭った。

 

 

「いででえ…足、足を蹴られたのか…」

 

 

単純にアニは、エレンの左脚の(すね)を全力で蹴っただけである。

それだけなのだが、見事にエレンを無力化してみせた。

 

 

「もう行って良い?」

 

 

地面に転がっているエレンに見向きすらしないアニは自分を見る。

『これで充分だろう』という考えが目に見えた。

 

 

「まだだ!短剣を取り上げるまでが訓練だ!」

 

 

だから「訓練通りにやれ」と言うしかなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ…!」

 

 

もちろん、痛みで悶絶しているエレンからすれば寝耳に水である。

不意打ちの形でアニにねじ伏せられる形になった彼にできる事は無かった。

とりあえず、人体って空中で二回転ってするんだな…という感想しか出てこなかった。

 

 

「ほら」

「え?」

 

 

そしたらアニが自分に向けて短剣を放り投げてきた。

思わず右手で短剣を受け取って刃を見る。

 

 

「次は、あんたの番だね」

 

 

ここでアニの顔を見て自分には手加減しないと分かってしまった。

 

 

「い…いや、俺は…」

「やれよライナー」

 

 

さすがに自分を指定してくるのは想定外だったので狼狽えていたらエレンの声が聴こえた。

でんぐり返しの途中で終わっている彼は開いた両脚の間からこちらを覗いている。

 

 

「兵士としての責務を…教えてやるんだろ?」

 

 

確かに自分はそう告げた。

そしてエレンが失敗した以上、代わりに言い出しっぺがやるべきなのは間違いない。

 

 

「あぁ…兵士には退けない状況がある」

 

 

アニ・レオンハートの実力は、ライナー・ブラウンは嫌でも知っている。

だからこそ返り討ちに遭うのも分かっていた。

 

 

「今がそうだ」

 

 

だからといって今は違う。

そう思って発言した瞬間、右脚を不意打ちに蹴られて身体の重心が崩れた。

何事かと思う暇も無く胸ぐらと左腕を掴まれて身体が宙に舞った事は感じた。

 

 

「すげぇ…お前の倍以上あるライナーが宙を舞ったぞ…」

 

 

エレンの一言を聴いた時、ようやく自分が瞬殺されて地面に転がったと知った。

目の前に見える空は、苛立ちを解放した彼女の心境を知らせるかのように快晴だった。

 

 

『やっぱりダメだったか…』

 

 

エレンがアニの体術に興味を示している時、自分は負け犬だという事を思い出した。

思い上がった結果、自分が地面に転がっているのは明白だった。

 

 

『ははは、情けねぇな…』

 

 

昔だったらその場を慌てて立ち去って物陰に隠れて泣いていたはずである。

だが、心身ともに成長したからか、潔く負けを認めて今後はどうするか考えてしまう。

 

 

『上っ面だけ変わっても意味がねぇって事か…』

 

 

確かにライナーは成長していた。

それ以上に同期や同僚も成長している。

思春期を迎えてアニの身体能力を超えたとしても、少しの技術と気転で逆転される。

嫌でも思い知らされたと感じながら、エレンと対人格闘しているアニを見る。

 

 

「私は、こんなくだらない世界で兵士ごっこを興じるほど馬鹿になれない」

 

 

またしてもエレンを返り討ちにしたアニは、真面目な兵士にはならないようだ。

確かに憲兵は腐敗しているのは分かり切った事なので最低限の事以外はやらなくてもいい。

 

 

「お前はとことん、兵士に向かない様だな…」

 

 

無言で立ち去るアニに負け惜しみのような発言をする以外に選択肢はなかった。

それからよく覚えていない。

いつものようにエレンとジャンが喧嘩してエレンが見事に勝利したくらいか。

あとは、喧嘩の騒動を誤魔化す為にサシャが屁をこいたと教官に報告されたくらいだ。

 

 

「何やってんだあいつら…」

 

 

ただ、あれからエレンはアニに格闘技を教わっていた。

それが後に巨人体における格闘術に繋がる事となる。

ついでにフローラも教わっていたと記憶している。

 

 

「余所見しないで」

「ん?」

 

 

そして格闘術の訓練中にミカサに放り投げられたのは覚えている。

 

 

「くそ…」

 

 

わざわざエレンとアニに向かって投げる事はなかっただろうと今でも思う。

 

 

「なんでライナーがこっちに降って来るんだよ…」

 

 

被害者を代弁するようにエレンが発言するが事態は収まっていない。

 

 

「ねえアニ、私にも…それ教えて」

 

 

自分を差し置いてエレンに格闘術を手取り足取り教えるのが気に入らなかったのだろう。

104期訓練兵団の首席になると噂されるミカサがわざわざアニに格闘術について訊ねていた。

 

 

『ただでさえ強いのにもっと強くなる気かこいつ…』

 

 

とりあえず、ミカサがアニに喧嘩を売っているのは理解した。

だからといってライナーがこの場でどうこうする事はできなかった。

 

 

「残念だけど、あんたに必要あるとは思えないけど…。…でも猛獣相手に通用するか興味はある」

 

 

何故かミカサの挑発に乗ったアニの姿を見て何故か身の危険を感じた。

とりあえず、この場から離れようとすると唖然としていたエレンと視線が合った。

 

 

「お前はどっちだ。エレン?」

「え?」

「どっちが勝利すると思う?」

 

 

とりあえず、エレンを盾にしておけば問題無いだろう。

兵士としての責務に囚われたライナーは、あえてエレンから離れずに問う。

どっちが勝利するかと…。

 

 

「オレは…どっちだ?」

 

 

残念ながらエレンの答えを聴く前に女性の頂上決戦は幕を閉じる事となる。

 

 

「お前たち、どうした?訓練を続けろ」

 

 

104期南方訓練兵で最強と名高い2人の勝負に同期たちは盛り上がっていた。

そのせいでキース・シャーディス教官が駆けつけた影響で勝負は白紙となった。

冷静に考えれば、ただの人間であるミカサがアニに勝てる訳がない。

 

 

「なんだったんだ…」

 

 

アニとミカサが訓練兵時代に衝突したのは、これが最初で最後だった。

言える事があるとすれば、女は自分を無視されるほど苦痛の事はない。

そして少しでも自分に配慮する気遣いがないと女は敵意を剥き出しにする。

 

 

「そう思うでしょ?」

「少なくともよ…お前はもう少し自重して皆に迷惑がかからないように振舞うべきだ」

「そうよ、こうやって乙女に気を遣っておくこそが男女関係が長続きするコツなのよ…」

 

 

格闘術の訓練で受け身に失敗して担架に運ばれるフローラの発言が記憶に残ってる。

あいつは何度もアニに気を遣うべきだと述べていた。

 

 

『意味が分からん』

 

 

アニなりに104期訓練兵団の生活を楽しんでいると思っていたので…。

やっぱりフローラは他の女と違って頭が可笑しい奴としか思わなかった。

そんな問題児のフローラだったが、彼女の生活を一変させる事故が起こった。

 

 

「なんで未明に訓練をやってたんだこいつ…」

 

 

訓練生活も残り半分という時期にデント・アクアが事故死したのだ。

何故か未明に兵舎を抜け出して立体機動の訓練をしていたようだった。

だが、暗闇における立体機動は、いつになく生死に関わると彼自身が知っていたはずだ。

 

 

「死因は?」

「ワイヤーが首に絡まった事による窒息死に見える」

「だが、あそこまで身体にワイヤーが絡むものなのか?」

「少なくとも声を出せずに足掻きながら死んだのは間違いないはずだ」

 

 

事故現場に駆け付けた教官は同僚と会話していたが、ライナーにはあの記憶が蘇る。

 

 

『クソ…』

 

 

自分の過去を告げて翌日、首を吊ったおっさんとデントの遺体が重なって見えた。

戦士時代は身近な人間が戦場で死ぬ事はよくあった。

ただ、あくまでも情報として知らされるだけで死んだ後の処理を見るのは久々だった。

 

 

「何をしている!!さっさと解かんか!!」

「自重でワイヤーが動きません!ワイヤーを切断するべきですわ!」

 

 

遺体回収を命じていた教官からの怒声にフローラは「ワイヤーを切断するべき」と提言する。

現にトムやキニスン、ベルトルトと4人がかりでワイヤーを外そうと努力していた。

それでも外れないのだから…どれだけ遺体にワイヤーの負荷があったか想像がつく。

 

 

「フローラ!操作装置で射出機の向きを変えろ!重心がズレて緩むはずだ!」

「分かったわ!」

「……動いた!」

 

 

キニスンの気転によりワイヤーの拘束が自重とズレたようだ。

 

 

「緩んだぞ!」

「引っ張れ!!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

 

トムの号令と共に4人がかりでなんとか遺体を地上に降ろす事に成功した。

身体中に絡まったワイヤーをデントから解く作業の経験が後にダズの命を救う事となる。

そうとは知らないフローラはこの事件を受けて新たな趣味を見つける事となった。

 

 

「なにやってんだ…」

 

 

デントが死んだ2日後、木の棒を使って地面に絵を描くフローラの姿があった。

以前の彼女なら絶対にしない行動に思わずライナーは声をかけた。

 

 

「見れば分かるでしょ?絵を描いてるのよ」

「お前が暇潰しに絵を描くとは思わなくてな…」

 

 

デントの死に影響したのか、フローラは丸と線を組み合わせて棒人間を地面に描いていた。

そんな暇があったら鎧の巨人を仕留める訓練をするはずの彼女だからこそ異様だった。

 

 

「必死に絵の練習をしているの」

「なんでだ?デントの趣味が絵を描く事だったからか?」

 

 

男爵家の長男と知られていたデントは絵を描くのが好きだった。

それをフローラや同期に見せる事が多かった。

だからこそ彼が遺した絵を見て影響されたのかと思った。

 

 

「同期の顔を忘れないようにしようと努力してるの」

「うん?」

 

 

だが、フローラは違った。

 

 

「わたくしって鎧の巨人のせいで記憶喪失になっているでしょ?」

「……そうだな」

 

 

鎧の巨人が内門を破った際に発生した瓦礫でフローラの両親は潰された。

その衝撃で大半の記憶を失った彼女は、代わりに鎧の巨人を必ず仕留めると誓った。

 

 

「だからね、同期の生きた証を文章以外に残しておきたいのよ」

 

 

フローラの気持ちは理解できなかったが、彼女は同期の事を忘れるのを恐れている素振りがある。

少なくとも訓練兵団に入団したばかりのフローラは別人のようだったと同期たちは語っている。

 

 

「公文書で名前と活動しか記録されないなんて…いずれ彼の事は忘れ去れてしまうの…」

 

 

デント・アクアという人物は、関係者の記憶には残るし、記録も存在する。

ただ、時が経てば、いずれ自分勝手な訓練で命を落したと歴史に記されるだけになる。

その結末にフローラは、納得できていないようだった。

 

 

「じゃあ、どうするんだ?」

「この手帳に絵を描いてね、みんなの生きた証を残すつもりなの」

 

 

フローラは、やけに手帳に同期たちの活躍を記録していた。

自分が記憶喪失なのもあってとにかく記録に残したいという心理があったのかもしれない。

 

 

「そうすれば、後になって振り返った時、鮮明に思い出せるから」

 

 

そしてデントの死によって文字と文字の隙間に絵を描く事に拘るようになった。

空き時間があれば、地面に絵を描いて少しでも同期に似せようと努力した。

 

 

「まーたやってるよあいつ…」

「まあ、怪我をして迷惑をかけるよりマシだろ」

 

 

コニーやジャンもフローラが絵を描く事に驚いたようだ。

それ以上に馬鹿な真似をやらかして医務室送りにならないほうが重要のようだった。

 

 

『……これでいいのか?』

 

 

棒人間だった絵が図形を組み合わせたり髪を付けて人体に近づいて行った。

また翌日には、遠近法を取り入れるなど見る度にフローラの絵が上達していた。

 

 

『お前は鎧の巨人を仕留めたいんじゃなかったのか?』

 

 

しかし、絵を描くのに夢中なのかフローラは変わった。

今までだったら「鎧の巨人」と口癖で叫んでいたのに発言を控えるようになった。

 

 

「なあ、フローラ。お前は鎧の巨人を仕留める訓練をしてたんじゃなかったのか?」

「今でもしてるわよ。でも、今は少しでも絵が上達するのが重要なの」

 

 

もちろん、鎧の巨人に対する想いは変わっていない。

ただ、フローラの行動が少し変わっただけでライナーは更に苦しむ事となる。

 

 

『そういうものなのか…?』

 

 

今までだったら自分を憎む存在のおかげで【戦士】として再認識していた。

だが、フローラが「鎧の巨人」と滅多に言わなくなったせいでライナーに影響が出た。

 

 

「兵士としてそれが重要な技能なのか?」

「似顔絵を描けるという技能も役に立つと思うの。行方不明者の捜索とかね」

「それもそうか」

 

 

この頃からライナーに戦士と自覚させる者は居なくなった。

せいぜい内地を偵察しているアニの報告を定期的に聴くぐらいしか自覚する意識が無い。

この頃からライナー・ブラウンは、過程と成果を有耶無耶に考えるようになった。

 

 

「俺も絵を描けるようにしたい。なにかコツとかあるか?」

 

 

そもそも憲兵になって怪しまれずに内地の調査をしようと訓練兵団に入団したのに…。

いつのまにか立派な兵士になって任務を遂行する男になりたいという気持ちが大きくなった。

マーレの戦士には自力でなれなかったので今度こそ自分の力だけでなりたいと思ったのだ。

 

 

「よお、ベルトルト!勉強会に参加しないか?」

「え?」

 

 

そのせいで立派な兵士像を自分の中に作って同期や同僚に接してしまった。

マルセルの代わりになるという決意もどこかで薄れてしまったのも大きい。

 

 

「やっぱり切磋琢磨してお互いを磨き合うのが重要だと俺は思うんだ」

「そ、そうだね…」

 

 

ベルトルトは、ライナーがどんどん可笑しくなっていると気付いていたはずだ。

 

 

「そこでだ、マルコとアルミンの提案で筆記試験に備えて勉強会をやる事となった」

「そ、そうなの?」

「そうだ、お前も参加してくれると助かる」

 

 

ここからライナーは、立派な兵士になる為に皆に頼る事になった。

すなわち、潜入捜査には必要が無い無駄な努力をする事になったのだ。

 

 

『これでクリスタと…ユミルの気を惹いたな』

 

 

それにクリスタに対して下心があったライナーは、さりげなく彼女の為に行動した。

前の試験結果が悪かったのは明白だが、奥手の彼女が中々行動できないのは見抜いていた。

だからアルミンとマルコに勉強会を企画させたのだ。

 

 

「ライナーさんよ、初耳なんだが?」

「さっき決まった事なんだ。お前も来るか?」

 

 

犬猿の仲と自覚するユミルの相手は苦手であったが、それでもクリスタの為に行動した。

後で分かった事だが、クリスタの成績が伸び悩んで一番苦悩したのがユミルであった。

気に喰わない野郎だと分かっていても、クリスタを立派な憲兵にしようとする気持ちが大きい。

 

 

「クリスタも一緒で良いか?」

「もちろんだとも…同じ訓練兵として断る理由はねぇ」

 

 

わざと2人に聴こえるようにベルトルトを誘ったおかげでユミルは喰い付いた。

虐められているクリスタを救うのには、成績上位の人物に守ってもらうのが効率がいい。

そう考えたのか、ユミルはクリスタと一緒に勉強会に参加する事となった。

 

 

「…これもフローラの差し金か?」

「何を言っているのか分からんな、確かに計算が得意なあいつも誘っているが…」

 

 

傍から見れば、ライナーがクリスタに恋をしていたのは分かっていたのかもしれない。

少なくとも、この勉強会が開催したのにフローラが一枚噛んでいるとユミルは見抜く。

だからこそ油断できない強敵として警戒していた。

 

 

『それにしても…』

 

 

それよりもライナーは気にしている人物が居た。

 

 

『やっぱりアニは断ったか…』

 

 

誰かと組んで活動するのが好きじゃないアニは勉強会を即座に断った。

訓練と違って強制ではないので本来は問題なかった。

 

 

『……あいつが何を考えているか全く分からん』

 

 

問題なのは、アニだけ自分が把握できる状況下に置かれていない事実だ。

マルセルの役割を継いだライナーは、言わば隊長としての役割であった。

それなのに隊員の管理ができないという事実は、思った以上に苦痛だった。

 

 

『まさか俺らを無視してるのか?』

 

 

元よりアニが一人で行動するのが好きなのは知っていた。

むしろ、最低限な報告以外は独自の行動を好んでいたせいで彼女の動向を把握していない。

それが、気に喰わなかった。

 

 

「四則計算の復習からやるわよ!!」

 

 

104期訓練兵の中で最も計算が優れているフローラの発言に…。

 

 

「“しそくけいさん”ってなんだ?」

「足し算、引き算、掛け算、割り算の4つをまとめた単語の事よ!」

「そうなのか!」

「そうなのよー!」

 

 

コニーは聴き慣れない単語に疑問を述べて「知ってて当然」だと皆から笑われる中…。

 

 

『あいつのサボり癖をなんとかしなければならねぇな…』

 

 

自分勝手なアニ・レオンハートに怒りすらあった。

それほどまでにライナーは、行動を把握できない仕草をする彼女を気にしていた。

 

 

『アニ、お前はどうして素質があるのにあそこまで無駄にするんだ…』

 

 

アニには立派な才能も技量もあるとライナー自身は認めている。

なのに自分から腐らせるような態度と行動に怒っていたのだ。

もっと努力すれば、上に行ける実力がある奴が怠けているのに気に喰わなかった。

 

 

『これが続くようならガツンと言ってやらねぇとな…』

 

 

いつからか、ライナーはアニの離反を恐れていた。

今までは戦士の座を揺らがす彼女の実力と素質に恐れていた。

しかし、潜入捜査の指揮をしている自分に反抗的な態度が…。

 

 

『あいつの立場を分からせてやるために…』

 

 

マルセルを巨人に喰われて大混乱していた時期みたいに自分を見捨てるのではないか。

そう考える事になってしまった。

 

 

『兵士の責務だけをこなすのが兵士じゃないって事を…』

 

 

既に兵士と戦士を混同している状態の為、一兵卒として自覚しろ。

 

 

『分からせてやる…!』

 

 

そういった考えでアニを矯正させようとしてしまった。

これが致命的な失態に繋がると知らずに…。

 

 

「ライナー、どうしたの?何か分からない問題でもあったの?」

「いや、誘えなかった奴の事を考えていた」

 

 

そんな事を考えていたらマルコに心配されてしまった。

思わず本音を告げると彼は予想外な発言をする。

 

 

「優しいんだね」

「俺が…か?」

「うん、誰かを気に掛けるってすごいと思う」

 

 

「自分が優しい」というマルコの発言の意図は未だに分からない。

ただ、マルコの発言で少しは気が楽になった。

 

 

「兵士としてそれができて当然だと思って行動しているだけだ」

「それができるのがすごいと思う。僕も憲兵になる為にその姿勢を見習いたいよ」

 

 

マルコ・ボットという男は、いつでも誰かを気に掛ける。

馬鹿正直で優しくてこいつの部下になっても悪くないと思える人物であった。

そんな彼をアニを利用して殺す事となるのは、皮肉なものだ。

 

 

「よせよ、なんか恥ずかしい。それよりサムエルが呼んでいるみたいだぞ?」

「え?そうか、分かった。ありがとう」

 

 

そして自分の失態を隠すために殺したマルコの仇を取ろうと巨人に向かった時は…。

本気で正気じゃなかったと今になっても頭痛の種になっている。

 

 

-----

 

 

『そうか…』

 

 

ここでライナーは理解した。

 

 

『みんなからチヤホヤされる夢を諦めきれてなかったんだな…』

 

 

自分が英雄になりたいという夢が諦めきれなかった事…。

その夢は、今となっては二度と叶わないと分かってしまった。

 

 

『戦友から“英雄”と呼ばれて讃えられたかったんだ…』

 

 

マーレで過ごした戦友や知り合いから「英雄」と讃えられても嬉しくなかった。

中東連合との戦争を経験して実際に英雄と呼ばれる存在になっても…。

 

 

『兄貴分として頼ってくれたあいつらから…』

 

 

ライナー自身は、たった3年ぐらいしか接しなかった104期兵に英雄として認めて欲しかった。

生まれて初めて自分を一人前だと認めてくれたあいつらから…。

 

 

『ははははは、なに考えているんだ俺は…』

 

 

二度と叶わぬ夢…。

なのに未だに過去を引き摺っている自分を自嘲しながら必死に過去を思い出す。

勘違いしていた糞野郎がアニを本気で助けようとなったきっかけの事を…。

 

 

『今度こそマーレの目的を達成し、アニを必ず助けるって決めたはずだ…』

 

 

ライナーはアニが絶交を宣言された時の事を思い出す。

今となっては、それがライナー・ブラウンという敗北者を生かす原動力の1つなのだから。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。