進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
エレン・イェーガーの処遇を問う特別兵法会議が終了して3時間後。
エレンは、エルヴィン団長に付き添われて広場に居た。
そこでは調査兵団の兵士が直立不動で整列しており、思わず唾を飲み込む迫力があった。
「諸君らも聞いている通り、会議の決定を受けてエレン・イェーガーを正式に迎える事になった」
「エレン・イェーガーです!よろしくおねがいします」
エルヴィン団長に紹介された以上、挨拶は大事だと思い彼は元気よく自己紹介をした。
「あいつが噂の…」
「なんでこいつなんかの為に」
「ヤダ…こっち見てる」
「さっさと牢屋に送還してくれないかな…」
残念ながら調査兵団の兵士ですら、第一印象は最悪のようで全員が目を逸らしていた。
それどころか、聴こえるように雑談を始めたくらいである。
「諸君、静粛に!」
「私は、エレンが人類にとって希望であると確信している!」
「その証明をするのが我々調査兵団の当面の目的である!」
「なお、リヴァイ兵士長の管理下に置かれる事になるがそれ以外の方針は未定であるので…」
「今後の予定は、逐次報告していく事になるだろう」
「人類の未来の為!諸君らの働きに期待する!!以上だ!」
「「「「ハッ!」」」」
団長の言葉で無言になり敬礼をし、1人また1人広場から去っていた。
エレンは、集合していた調査兵団の団員たちに交じって見慣れた人物が居たのを見つけて困惑した。
「すみません…なんでフローラが?」
「ああ、うん、調査兵団は慢性な人手不足でねー、君の入隊で更に人員が割かれるから私が借りてきたんだ」
「分隊長、やっぱり正式配属前の訓練兵を動かすのはまずいのでは?」
「大丈夫、上にはちゃんと話を通したし、エレンも同期が居た方が安心できるだろう?」
「はい仰るとおりです」
どうやらハンジ分隊長がフローラを連れてきたようである。
兵団配属前に訓練兵が調査兵団に居るのは前代未聞の出来事であった。
が、彼女の実力は第4分隊の精鋭たちから聞いているおかげか、誰も気には留めなかった。
「すみません、フローラの所に行ってもいいですか?」
「ああ、構わんよ。どうせ彼女も連れて、安全な場所に移動するんだからね」
「ありがとうございます」
エレンは思わずハンジ分隊長と副官であるモブリットに頭を下げて彼女の元に駆け出していった。
さきほどまで緊張で固まっていた彼の気が抜けたのを見てハンジは己の選択は間違っていないと確信していた。
それを見たモブリットは、更に上官が暴走しないか心配になった。
「お前が居て正直ホッとしたよ」
「そうなの?逆に暴行されるきっかけを作ったわたくしを恨んでいるかと…」
「結果的になんとかなったからいいさ、偉そうな奴らに反撃できたし…」
「そうね、もしエレンが言わなかったらボロクソに奴らを罵倒するつもりでしたし」
さすがに気まずそうだったが、すぐに本性を現してエレンは頼もしく思えた。
とにかく、心から許せる友人が居るだけでこれだけ落ち着けるのは良いことだ。
「でもなんでハンジさんに指名されたんだ?」
「実は、ハンジさんと巨人捕獲作戦を手伝ってて、なんかそのまま配属されちゃったの」
「お前、本当にトラブルの中央にいるな…」
「でも、こうやってあなたと話せるなら悪くないわ」
巨人捕獲作戦というワードが出てきて本当に色んな意味で尊敬した。
同じく巨人を駆逐すると決めた同志。
対抗精神でなんだか身体が熱くなってきたくらいだ。
「ほら、ハンジ分隊長が呼んでるわよ…多分、出発するわね」
「ところでどこに行くんだ?」
「旧調査兵団本部、古城を改修した施設ですって」
フローラから情報を得たエレンは調査兵団本部と聞いて立派な建物を思い浮かべた。
そして実際に目視で確認すると、そこそこ立派なお城であった。
「おい調子に乗るなよ新兵」
「はい?」
「お前の様な小便臭いガキにリヴァイ兵長が付きっ切りなっ!!
「だ、大丈夫ですか!?」
いきなり話しかけてきた老け顔のオルオが会話中に舌を噛んで出血したのだ。
乗馬しているので振動で舌を噛んだのだが、初対面なら必ず驚く光景であった。
「おいおい、怖がっちまったな」
「ごめんね、こいつはよく舌を噛むの」
「○×▽!!××□○!!」
「えええっ!?」
「とにかくいつものことだから無視していいわよ」
ペトラがオルオを半ば馬鹿にするように無視を促していた。
だが、この優しいそうな女の人も舌を噛んだ人も、自分が暴走を止めることができる実力者。
それを知っている以上、エレンはなんともいえない感情で俯きながら馬を操作するしかできなかった。
「さて、ここが目的地だ」
「先遣隊が清掃したとはいえ、まだ散らかってますね」
ペトラの言う通り城門はともかく、内部はまだ散らかっている状態だった。
だが、活動していくには問題ならないほどのゴミである。
「それは重要な問題だ…すぐに取り掛かるぞ」
「えっ…何を…」
「もちろん、お城の清掃よ!」
「ははは、驚いたか、兵長は綺麗好きなんだ」
サブリーダーポジションのエルドが笑顔でエレンの肩を叩きながらほうきを差し出した。
「今日からの任務は、城の大掃除だ」
「はああ…?」
「団長や分隊長たちもやるんだから気を抜くんじゃないぞ!」
「はい!」
とにかくみんなの信用を築くためにエレンは、ひたすら掃き掃除をした後、雑巾がけを行なった。
昔から憧れだった調査兵団にいざ所属してみると、何故か掃除が任務で困惑していた。
ただ、下積みの期間でありこういう事もあるのだろうと割り切って一生懸命にやっていた。
しかし、リヴァイ兵士長が傍を通る度にビビって硬直していた。
「チッ!最低限しか終わらんかったな」
「食堂と寝室、そして地下室はあらかた掃除しましたが翌日も改めて掃除する必要があります」
「おそらく長くなるぞ…覚悟は良いか!」
「「「「はい!」」」」
日が地平線に落ちて辺りが暗くなった頃、本日の清掃活動が終了した。
護送してくれたハンジ分隊長なども手伝ってくれたが、清掃活動はまだ続く予定である。
「エレン君、少し時間を頂きたい」
「はい、構いません」
「すまなかった…」
さきほどまで清掃をしていたエルヴィン団長に親しみを覚えていたエレンは突然の謝罪に驚いた。
「君の偽りのない本心を伝える為に我々は君に危害を加えてしまった」
「効果的なタイミングでカードを切れたのも君の痛みによってなんとかなったものだ」
「いえ、そんな…自分じゃ何もできなかったです」
「これからもよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
差し出された手を掴んで握手をすると、とっても温かった。
「なあエレン?」
「は、はいい!!」
いきなり隣の席に座ってきたリヴァイ兵士長に怯えてしまった。
「俺の事を恨んでいるか?」
「い、いえ、必要な演出でした、あれがなかったら憲兵たちがオレを撃っていたですし…」
「なら良かった」
口から心臓が飛び出しそうに鼓動の音が小刻みに聴こえておりエレンはパニック状態であった。
「しかし、エルヴィンも用心深いねーわざわざこんな辺境でようやく謝罪するなんて…」
「あそこじゃ、どこで盗聴されているか分からん」
「だからと言って第4分隊を使ってこの城の警備をさせるのは過剰じゃないかい?」
「いや、今回だけだ」
エルヴィン・スミスは警戒を怠らなかった。
特に憲兵団の中でも厄介な連中が居たのを見て、最後まで警戒していたくらいだ。
いくら兵法会議で正式に決まったとはいえ、闇討ちや隠蔽してくるの可能性はあったからだ。
ただし、名目上は総統や貴族の護衛である為に今日だけ凌げればあとは何とかなると踏んでいた。
「一体、何の話をしているんですか!?」
「えーっと、この王政は一枚岩じゃないってこと」
「そうなんですね」
なんとかハンジの咄嗟の反応で誤魔化せたが、早急に対策を練らなければならない。
【中央第一憲兵団】は決して油断できる相手ではないのだ。
「お呼びでしょうかハンジ分隊長」
「待ってたよフローラ、さあさあエレンに渡してあげなさい」
フローラが食堂に入室してくると何故かハンジ分隊長が勝手に盛り上がっているのを見てエレンは困惑した。
何でこんな夜中に鼻歌を歌いながら盛り上がれるのか疑問だった。
「エレン、これはわたくしからの差し入れよ」
「え、ありがとうな」
フローラから手渡されて受け取るとずっしりとした重量がある厚い本であった。
中身を確認すると、『対巨人戦闘マニュアル』と書かれた。
内容としては【第55回壁外調査】までのデータを基にした文字通り巨人の攻略本だった。
訓練兵団でも似たような冊子があったが、これは5倍以上の厚みがあり最新版のものである。
「ホント、凄いよこの本は!差し入れをチェックした私が一番欲しいいいいいいい!!」
「分隊長、落ち着いてください」
「この本には、わたくしが遭遇した巨人の戦闘データもイラスト付きで追記したものなの」
「そうそう、暗号文かと思ったんだけどかなり真面目な事が書いて見入ってしまったんだ」
何故か差し入れを受け取った本人よりも鼻息を荒くしている人類の奇行種。
その行動にドン引きしているフローラ。
そんな光景など気にせずにエレンは本に集中していた。
ページを捲っていくと『胃液を飛ばしてくる変異種』、『空中に飛び出してくる4m級巨人』なども手書きで書いてあった。
彼女の繊細で綺麗なイラスト共に遭遇した巨人の姿が描かれており、弱点なども余白を使って書いてある。
「エレンは、壁外調査で成果を得るまでこの城でずっと軟禁状態になるの」
「ああ、先輩たちから聞かされたな」
「だから、巨人と接する機会がほとんど無くなるって思ってこれを買ってきたの」
「訓練兵団の教科書なんて実戦では使い物にならなかった経験から役に立つ本を持ってきたわ」
エレンは巨人など頑張れば討伐できると思っていた。
トロスト門でも訓練兵だけで討伐できたので調子に乗っていた。
だが現実は、率いていた34班が奇行種による想定外の動きで壊滅した。
もし、教科書にこの事を書いてあったらみんな慎重になれて生還できたはずである。
「どうしてお前はそこまでしてくれるんだ?」
「同じ目標を掲げた同志、少しでも力になりたい…でいいでしょ」
「ああ、ありがとう」
フローラからすれば同じ立場になったら、ありがたいと思う事をしているだけである。
というのは建前で、負の感情が分かる彼女は、エレンが相当追い詰められているのを知っていた。
「さすがに毎日は来れないけど、定期的に差し入れと同期の土産話をもってくるわ」
「いいね!やっぱ友情って最高だよ!!」
「分隊長、いいムードをぶち壊さないでください」
「あれー?もしかしてだけど!もしかしてだけど!!」
「ご安心ください、彼には幼馴染の女の子が居ます」
「おいフローラ!!」
仲間思いで責任感が強い彼は自分を精神的に追い詰めて壊れていくのを察した。
だからこそ、こうやって定期的に緊張を解く必要があった。
「違いますミカサは、ただの幼馴染で…」
「ほうほう!気になる子はミカサって言うんだね!」
「違います!!」
彼の“声”がミカサへの好意を必死に隠そうとしているのを確認できた。
そして【調査兵団特別作戦班】も初々しいエレンを見て警戒を解いているのを感じとれた。
ハンジ分隊長の提案に乗る代わりにエレンの護送任務に志願した理由がこれだった。
「おいガキ共、惚気話はそこまでにしてさっさと寝ろ」
「はい、分かりました!!」
フローラは、エレンとリヴァイ班、そして同期たちを繋げる架け橋が自分の任務だと自覚した。
故に日課の訓練時間を削ってでも繋がりを強化する為の手を考えながら寝室に戻ろうとした。
「やあ!」
「ハンジ分隊長、どうされたのですか?」
「私たちは、リヴァイ班に全て押し付けてとんずらするよ!!」
「そんな夜逃げみたいな事…」
「大丈夫だ、団長である私も逃げるつもりだ」
廊下で鉢合わせした第4分隊とエルヴィン団長がまるで夜逃げするかの様に荷物をまとめていた。
「この紙にサインを書いて」
「…はい、書き終わりました」
「よーし!これでテーブルに置いておけば逃げられる」
「しかし、無言で帰還するなど…」
「じゃあ、モブリットはリヴァイ兵士長の元、頑張って清掃できるかい?」
「無理です」
真面目そうなモブリット副分隊長が即答するという事はよっぽどである。
「みんなで逃げれば怖くない…ってね!」
「というわけだ、次の任務は気付かれる前に乗馬してこの城から脱出する事だ」
「えぇ…」
こうしてエルヴィン団長を先鋒とした古城脱出部隊は、馬まで忍び足で歩いた。
「よし、気付かれてないな…出発だ」
清掃の悪魔リヴァイの魔の手から逃れるように総員、古城から脱出した。
道中で現地解散したあと、フローラは団長からもらった許可証を提出して馬を返却した。
そして少しでも睡眠時間を得ようと、兵舎まで全力で駆け抜けた。
「あーもう寝たい…」
兵舎に着いた時には、既に午前2時を過ぎていた。
午前5時半に起床し、7時から17時までトロスト区の清掃活動がある。
だからこそ、少しでも寝ておきたかった。
「…誰かいるわね」
兵舎の門の前にはミカサが居た。
まるでエレンを帰ってくるまで待ち続ける忠犬のようであった。
「エレン!!…ごめんなさい」
「いいのよ、紛らわしかったでしょ」
ミカサの心は荒れていた。
大事なエレンが、アザだらけになるまで暴行した男の班に居るのだ。
誰だって心配するだろう。
「フローラ、エレンの居場所を知らない?」
「…知ってるわ」
その言葉を聞いてミカサは、フローラを押し倒した。
「お願い教えて!!」
「守秘義務で言えないわ!」
「友人でしょ!?」
「だからこそよ!!」
「なんで!!なんで!!」
珍しく感情を爆発させたミカサは友人の肩を揺す振り答えを求めた。
フローラからすれば、現在の彼女をエレンの元に向かわせるのは危険であった。
半ば自暴自棄になってる彼女は、リヴァイ班と交戦しかねない心理状態だったのだ。
「なんで!!」
「エレンは巨人の力のコントロールする訓練をしてるわ」
「だから!?」
「ミカサを…傷つけないように…頑張ってるの」
実際、兵法会議までミカサに攻撃していた事に気付かなかった彼はショックを受けていた。
古城に着いてから清掃しかしていなかったが、掃除が完了したら訓練を始める事だろう。
「そんな、私なんか…」
「エレンは、巨人化するたびに貴女を傷付けることを恐れていた…」
「だからって!」
「エレンは…一か月後の壁外調査で功績をあげないと処分されちゃうのよ…」
特別兵法会議の判定を思い出したミカサは、ようやく圧し掛かっていたフローラから離れた。
「ただ、今は巨人化する度に街を壊しちゃうでしょ?」
「うん」
「だからコントロールできるまで待ってあげなきゃ…誰かを負傷させたらそれこそ迷惑よ?」
「ごめん」
大粒の涙をこぼしているミカサを優しく撫でて落ち着かせた。
不安要素などいくらでもある状況下で、なんとか彼女を安心させる何かが必要である。
「でもエレンの居場所を知ってるんでしょ?」
「ええ、だから貴女の手紙や差し入れをわたくしが責任持って届けるわ」
「どういうこと?」
「エレンとミカサを繋げる連絡手段になるってこと!」
周囲からは自分たち以外の“声”が聴こえないのを確認したうえで彼女に提案した。
おそらくミカサが調査兵団に入団してもエレンには暫く会えないだろう。
だからこそ、彼女の想いを彼に伝えるのが自分であると認識している。
「分かった…」
「大丈夫、絶対にエレンを守って見せる」
「本当?」
「もちろん!!」
彼女を安心させるにはどうすればいいか迷っていた。
実際は、差し入れにチェックが入り、口頭連絡も許可が下りない可能性が高かったのだ。
「じゃあ、約束して」
「約束?」
「私の代わりにエレンを守って!」
「約束するわ!【死んでもエレンを守ってみせる】!」
だから約束した。
ミカサがエレンと合流できるまで…できてもエレンを守ってみせると!
自分の命を投げ捨ててでも、どんな犠牲を払おうともエレンを必ず守ってみせる!
フローラの中で最優先事項は決まった。
それは鎧の巨人の討伐や、シガンシナ区奪還、巨人を駆逐するよりも優先されるほどに!
「私の命も犠牲にして…」
「そしたらエレンが悲しむわよ」
「それは同じ事でしょ?」
「そうね」
拳同士を当てて約束を確認した2人。
例え何があろうともエレンを死んでも守ると!
兵舎の前を月明りのみが照らしているこの幻想的な空間で約束した。
「フローラ、私の後ろを任せられるのは貴女だけ…だから死なないで」
「わたくしだって貴女の代わりは誰も居ないわよ」
いつ死んでもおかしくないこの残酷の世界でも友情は変わらない。
少なくともエレンを絶対に守るという意味では。
「朝は早いし、部屋に戻って眠りましょう」
「確かに寝ないときつい」
2人は手を繋いで部屋に戻って就寝した。
そして仲良く寝坊した。