進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
この世界では、人類最悪の日は、いつも突然に更新される。
最悪という定義はなされていないが、民間人が大勢死に仲間が無力で散っていく事であろう。
ここに居る誰もが言う、油断はしていなかっただと。
「上官の食糧庫からお肉をたくさん盗ってきました」
キース・シャーディスの“通過儀礼”の眼前で呑気に芋を食った挙句、食べかけの半分を手渡した女。
芋女こと、サシャ・ブラウスは当然の様に肉をくすねて来た事を自慢していた。
それを見て慌てたのは壁上固定砲を整備していた第104期の訓練を修了した同期たちである。
「おいおいおい!早く戻してこい!」
「お前…本当にバカだな」
「サシャ…貴女はともかく私たちまで独房に入れさせる気なの!?」
「バカって怖ぇえ」
サムエル、トーマス、ミーナ、コニーは、真っ先にあの鬼教官の顔を思い浮かべた。
しかし、めったに食べられることができない肉を見て、食欲に負けそうになっているのも事実である。
エレン・イェーガーは、その様子に呆れながらも微笑ましい光景に笑みを浮かべてしまった。
何度も言うが上官の食料庫から窃盗というのは、除隊され憲兵によって独房に叩き込まれる悪行。
知り合い以外が居ないか見渡すと、調査日誌に何かを記しているフローラ・エリクシアを見つけた。
「フローラ、今の出来事も書くのか?」
「当然よ!忘れないうちに記しておかないとね」
「もし、憲兵にバレたらその手帳が証拠になっちまうぞ」
「そうかもね、でももしかしたらこれが最後かもしれないでしょ?だから些細な事でも書いておきたいの」
フローラは既に両親の顔も体格も声も忘れてしまった。
最後に残っているのは、鎧の巨人によって両親が死んでしまった事実だけ。
それどころか、一緒に遊んでいた友人や家庭教師など接点がある人達。
ウォール・マリア陥落以前の思い出は、記憶の彼方へと追いやってそのまま消えてしまった。
だから、彼女は忘れない様に全てを調査日誌を記していた。
「もしかして昨晩の騒動も書いたか?」
「もちろん、だって送別会の出し物でしょ?書かない方が可笑しいわよ」
鈴を転がすような声を出して笑うフローラ。
それを聴いて脱力するエレン。
ジャンとエレンの殴り合い、熱が冷めて落ち着いた今では、恥ずかしい記録に間違いない。
整備班に志願してきた彼女をどうするか迷った結果、承諾したが間違いだったかもしれない。
「大丈夫ですよ。土地を奪還すればお肉がたくさん食べれるようになりますから」
「え?」
「ああ、なるほどウォール・マリア奪還する前祝いか。食ったら腹を括るしかないからな!」
サシャの一言で困惑する一同。
次にトーマスの一言がこの場に居る兵士たちに響いた。
そもそも肉が食えなくなったのは、巨人のせいである。
だから巨人共をウォール・マリアから叩き出せば、昔の様に肉が食える。
「オレも食うぞ!」
「私も食べるわよ!」
「今更、返しても意味が無いしな」
「ここに居る7人の誓いって事か!良いんじゃねーの!オレも乗ったぜ!」
【固定砲整備4班】、全員の志が一致した瞬間であった。
悲劇から5年、人類の2割と領土の3分の1を失ってようやく人類は立ち直りつつある。
エレンは実感していた。
人類は巨人に勝てると!
人類の反撃はこれからだ!
「は?」
目の前に壁がある。
50mの壁の上にいるはずなのに、赤い壁があった。
否、これは壁ではない!以前にも見たものだ!
次の瞬間、熱気を伴った蒸気と共に固定砲整備4班は、壁の内側に吹っ飛ばされた。
「立体起動に移れ!」
目の前に現れたのは、超大型巨人であった。
知っている!こいつが人類最悪の日を更新する元凶だと!
エレンの一言で気を取り戻した4班はアンカーを壁に刺して落下死を防いだ。
唯一気を失ったサムエルは、サシャがアンカーで刺して落下を止めて一同は安堵する。
「危なかった」
「そうね」
だが、不幸はいつも畳みかけてくる。
大きな衝撃と共に壁に大穴が開き、遮る物が無くなった巨人が侵入してきた。
ウォール・マリア陥落時と同じだ。
超大型巨人が壁に穴を空け巨人共が侵入して人を喰らい始めるだろう。
また人類は、生存領域を狭めて鳥籠でガタガタと震える毎日を送るのか。
「固定砲整備4班!戦闘用意!」
自分たちの無力さは知っていた。
戦う術がない以上、駐屯兵団の兵士を責めることもできないと!
だが今は違う!
310人居た新人が218人まで脱落する訓練に耐え抜き一人前の兵士として認められたという事を!
「巨人…!ここまで近くで見たのは初めてだ」
「ど、どどうしよう!震えが止まらない!」
「おおっ落ちち着けけけけ、まだ始まったたたばっかしだぞ!?」
穴を潜り抜けてきた巨人を目の前にするとコニーとトーマス、ミーナは震えが止まらなくなった。
自分たちを捕食しようとしている死神、否!恐怖の存在そのものが目の前に居るのだ。
いくら誓いを立てても実際に災厄に遭遇すれば、走馬灯が迸り死を恐れて思考が停止する。
サムエルを連れて安全地帯に向かったサシャが羨ましいということしか言いようがない現実。
だからこそ、いち早く動いたエレンの動きに付いていけなかった。
「駆逐してやるううう!まず一体目!」
エレンは、唯一巨人の弱点であるうなじを狙うべく背後に周ろうとした。
感情的に猛進するエレンをあざ笑うように左手を伸ばす巨人。
「頭が高いわよ!跪きなさい!」
ガスを噴出して勢いよく右ひざ裏を斬り付けた影響か、両断できてしまい支柱を失い重心が傾いた巨人は、大きく体勢を崩した。
何が起こったか分からないエレンの鼻を嗅ぎ慣れた香水の香りがくすぐった。
「フローラ!?」
「ミカサやアルミンを悲しませる気!?何の為に私達が居ると思ってるの!」
エレンを救ったのはフローラであった。
息の合ったコンビネーションで一時期、幼馴染のミカサを嫉妬させたほど慣れ親しんだ関係だ。
彼女は、成績10位内に入れる実力があったにも関わらず入れなかったのを皆は不思議に思った。
原因は、遊撃隊員の如く立ち回ってしまい部隊をよく抜けてしまう彼女に教官の逆鱗に触れた説が主流になったほどだ。
もし、キース教官がこの有様を見たら、すぐにエレンとフローラの成績順を入れ替える大失態であった。
「すまねぇ!」
「謝るなら後にして!ほらもう傷口が再生を始めてるわ」
フローラの指差す通り、切断した直後にも関わらず既に膝が生え始めていた。
巨人は、弱点であるうなじ以外に攻撃を加えてもすぐに再生してしまう。
しかも動き回る特性上、大砲で撃破するのは困難である。
そこで、立体起動装置で巨人相手に立ち回り、うなじを狙う必要があるのだ。
「大丈夫、訓練通りやれば勝てるわ!」
「ああ、そうだな!」
大穴の向こうから巨人たちが侵入してくる!
たった一体の大型巨人に手古摺っている場合ではないのだ。
シガンシナ区の悲劇を繰り返すわけにはいかないのだ!
「やってやる!」
エレンが先行して巨人の懐に近づく。
それを見て喰らおうと口を開き両手を伸ばす巨人。
その隙を見逃さず背後に周ったフローラは、うなじを双剣のスナップブレードで刈り取った。
返り血で紅く染まる彼女は、気にもせず死体から離れてエレンの傍に舞い降りた。
「オレ達でもなんとかなった…!訓練通りやれば勝てるぞ!」
「習っても実際、目撃するまで信じられないですわね。死体が蒸発するなんて」
フローラが仕留めた巨人の死体は瞬く間に灰のように崩れて霧散していく。
彼女が浴びた返り血ですら、すぐに粉になり風によって飛散していった。
「わ、わたしも戦うわ!」
「オレも!参加するぞ!」
「ここで戦果を挙げれば堂々と肉が食えるしな!」
今まで巨人の認識は、無敵の存在であった。
だが、死ぬということは無敵ではない。
巨人絶対一匹残らず駆逐する気満々でいる二人に鼓舞激励され参戦していく固定砲整備4班。
しかし、エレンはその先を見ていた。
巨人を多く通れるようにする為に穴を更に広げた超大型巨人。
壁を破壊できるあいつを倒さなければ、平和にならないからだ。
「行くぞ!」
「「「「おう!」」」」
瓦礫を回避して臨戦状態の4班。
人類の領域に土足で踏み込んできた二体の巨人に熱い歓迎会を行なった。