進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

25 / 179
25話 リヴァイ班から兵長へのプレゼント

壁外調査が数日に迫ってきている時、調査兵は基本的に長期休暇を取らされる。

それは伝統行事である。

 

この期間中に調査兵は、家族の元に帰省したり、お世話になった恩人に挨拶をする。

壁外調査をする度に3割ほどの兵力を損失するからこそ温情で認められている措置である。

もちろん、それは死者だけではなく腕や脚を欠損した者も含まれているが。

 

 

「行ってきます」

「お世話になりました」

「母さん、生んでくれてありがとう」

「でぇじょぶだ!どうせすぐ帰ってくる」

「この任務が終わったら俺、結婚するんだ!」

 

 

何気ない日常から地獄へ行く彼らは大切な人々の暮らしを再確認して腹を括る儀式となっている。

調査兵団特別作戦班、通称リヴァイ班も例外ではなかった。

 

 

「行かないで…」

「大丈夫だ、短期間の任務だからさ!だから安心して待っててくれ」

 

 

故郷に戻ったエルド・ジンは、恋人のドロテア・メビウスに挨拶をしていた。

 

 

「兄ちゃん!頑張って!」

「おみやげ!おみやげ!」

「巨人を倒してきてね!」

「絶対に帰って来てね!」

「おう!帰ってきたら更に増えた武勇伝を聞かせてやるから!」

 

 

大家族の長男であり稼ぎ頭のオルオ・ボザドは兄弟の面倒を見ていた。

 

 

「本当に無理をしてないかい?」

「生きていれば再起を図れる…それだけは忘れるなよ…」

「爺ちゃん、母ちゃん大丈夫だ!俺は勇敢な父さんの子だから!」

 

 

グンタ・シュルツは引き留めている母と祖父を必死に宥めていた。

 

 

『拝啓、お父様。お元気でいらっしゃいますか』

『わたしは、あの憧れのリヴァイ兵士長に腕を見込まれて抜擢されました』

『正直、今でも興奮していて、少しでも彼に寄り添いたくて手紙を書かせて頂きました』

『彼の為ならこの身を捧げても良いと誓った…ごめんなさい、まだ生きて幸せになりたいです』

『こんな親に迷惑をかけてしまっている娘に育ってしまって申し訳ありません』

『ただ、壁外調査が終わったら実家に帰省して元気な姿を見せたいです』

『ペトラ・ラル』

 

「まったく、男手1人で育てた父親の気持ちを振り回す子に育てたつもりはないんだがな…」

 

 

ペトラの父親、ブルーノ・ラルは娘からの手紙を見て号泣していた。

生意気で我儘だった娘が一人前の兵士になって遠い存在になってしまい彼は涙が止まらなかった。

とにかく調査兵たちはお世話になった人たちに挨拶をしていた。

両親が無事だったジャンも、ラガコ村に凱旋したコニーも含めて、みんなお世話になった人に挨拶をしていた。

 

 

「だからと言って挨拶に来たのは貴様が初めてだぞ!フローラ・エリクシア!!」

 

 

特にお世話になった人に挨拶したら怒られたフローラは理不尽に感じていた。

誰もが恐れる鬼教官のキース・シャーディスも内心ではかなり驚いている。

だからこそ、恥ずかしさを打ち消すために久しぶりに怒声で彼女に話しかけていた。

 

 

「俺より真っ先に行くべきところがあるのではないのか!?」

「もちろん、真っ先に医務室に向かいましたわ」

「それにしては、冷淡としているな!?」

「元気な姿を見せたら医師も搬送班もビビって気絶してしまいました!!」

 

 

3年間の訓練中に医務室送りをされた回数、合計106回のフローラ。

これまで7回だったキース・シャーディスの記録を大きく更新した偉業の持ち主である。

そのせいか、初めて健全な状態で医務室に挨拶しに行ったらお化け扱いされた哀れな女である。

 

 

「だったら起こして謝罪してこい!!」

「はい!!すみませんー!!」

 

 

慌てて駆け出す彼女の後ろ姿を見てキースは溜息をついて思いに耽っていた。

 

 

「何の成果も!!得られませんでした!!」

 

 

自分が特別な存在と信じて無駄に部下達を死なせた無能な男。

突撃しか脳がない男。

五体満足で調査兵団から逃げ出した男。

愚かな自分を殺害したくなるほどの過去が溢れてくる。

 

 

「進むべき目標があるならその信念は絶対に曲げるな!!」

 

 

彼の口癖だったこの言葉。

訓練兵たちは全員、この信念を意識させていた。

だが、教官である自分が信念を曲げて再起不能になったとは彼らは思いもしらないだろう。

キースは、傍観者になりきれない自分を自嘲した。

カルラの息子であるエレン・イェーガーと、不屈精神のフローラ・エリクシア。

彼らの過去を思い出す時だけ彼は人知れず鬼教官の仮面を外すのだ。

 

 

「それにしても…」

 

 

フローラが公共事業を兼ねて作らせた『訓練用巨人模型』。

トロスト区の貧困者たちに2週間分のパンとスープの等価交換で作らせたその数はなんと50体!

何ともみすぼらしい外観だが、実物の血痕や死体の体液が付着している廃材で作られていた。

 

 

「これは良い物だ」

 

 

彼女がお世話になった教官にプレゼントしたのは、巨人の模型だった。

それは、生温い環境に愚痴を溢している訓練兵にはうってつけの教育教材である。

少なくともキース教官が彼女に感謝するくらいには、良いプレゼントであった。

 

 

-----

 

 

「あ!ちょうど良い所に!ねえちょっと話を聴いてくれない?」

「はい問題ありません」

 

 

恩師に挨拶を終えたフローラは、吸い込まれるように旧調査兵団本部に立ち寄った。

するとリヴァイ班の4人が隠れるように集まっているのを発見した。

 

 

「いつも兵長にお世話になっているだろう?日頃の感謝の思いを伝えたいと思っていたんだ」

「だが、いざ4人で話し合ってみると中々意見がまとまらなくてな…」

「兵長は皆さまの感謝の一言でかなり喜ばれると思います」

「そうだよなーでも何か形に残しておきたいんだ」

 

 

サブリーダーのエルド副班長が頭を掻いて照れながら返答をする。

どうやら、リヴァイ班の4人はリヴァイ兵士長に何かプレゼントをしたいようだ。

 

 

「俺はやっぱり班として戦果を挙げる事が一番だと思うな」

「私はみんなで掃除をするのが良いと思う!屋根や外壁も磨き上げると良いかも!」

「だが4人全員で取り組んでも、本気を出した兵長には遠く及ばないじゃないかな…」

「そうね」

「だよなー」

 

 

真面目なグンタは傍から見て分かり易い戦果アップを!

仲間想いなペトラは兵長の趣味の手伝いを!

しかし優秀なリヴァイ班の班員たちより兵士長の方が成果を出してしまうので躊躇ってしまった。

 

 

「俺は贈り物をするのが良いと思うがな…」

「オルオさんの仰る通り、贈り物が一番良いのではないでしょうか!」

「新兵の癖に分かってるじゃないか…やっぱり俺の意見が一番だよな!」

「そうね、プレゼントが一番明確に伝わるわね」

 

 

口は悪いが悪い人ではないオルオさんの意見に便乗すると鼻が高くなっていった。

いつもは呆れているペトラであったが、今回は馴染みの男の意見に同意した。

 

 

「しかし凝った贈り物をしてもそんな暇があったら訓練をしろって言われるんじゃないか?」

「そうだね…贈り物って言うけど何を送ればいいのか分からないし…」

「…って感じで意見がまとまらなくてな?フローラ、君はどう思う?」

「とりあえず全員の案を出してみて、みんなで決めていくのが一番だと思います」

「そうだな、みんなで少し考えてみるか」

 

 

先輩方の贈り物が気になったフローラは、エレンに挨拶するのを忘れて暫くこの場で待機した。

 

 

「オルオ、本気で言ってるの?嘘でしょ…そこまで間抜けだったの…」

「何を言ってるんだペトラ、本気で兵長に役に立つ物だぞ!」

「確かに雑巾は実用性がありますが、すぐに消費されてリサイクルされそうですね」

「言われてみればそうだな…」

 

 

オルオ以外の4人は内心で雑巾は無いだろうと実感している。

ただ口に出すと反論してくる為、フローラは遠回しに宥めて却下させた。

 

 

「じゃあ、他に代案はあるのか?」

「高級な紅茶が良い思うの!少なくとも雑巾よりマシよ」

「ふん、やはりその程度か、兵長なら好物より役に立つ物の方が喜ぶに決まっているだろう」

「ねえオルオ、その話し方、いい加減にやめてくれない?」

「おっ!反論できないからって妻でもないのに全否定するのはやめろよ」

「ペトラ、オルオそこまでにしておけ」

 

 

夫婦喧嘩のように揉める前にグンタが話の腰を折る。

別に2人でやっているなら構わないが、今回は真面目の話をしているからだ。

 

 

「でもストへス区名産の『上質な紅茶』をフローラがいつも差し入れしてるじゃないか」

「…ああ確かに!これじゃ二番煎じになってしまうわ」

「俺の案で決定だな!」

「はあ?何言ってんのこいつ!?」

「よし、お前達に聞かせてやろう!フローラはリヴァイ班の合計した資産より金持ちだぞ!」

 

 

邪険になった2人を見てまとめ役に定評あるエルドは、フローラをスケープゴートにした。

全員の視線を集めてしまい、たじろぐ彼女。

 

 

「確かに彼女は自分専用の馬を所有してるけど…」

「お前ら本当に流されるままだな…もらった羽ペンとか手帳とか鍛錬器具をしっかり確認してみろ」

「えーっとエルドさん!何を仰っているのですか!」

「こいつ、商会や商人ギルドからもらった寄贈品を横流しにして周囲に配布してるんだ」

「…意味が分からん」

「貧乏人に投資家や商会の人間が寄贈品をもって訪ねてくるわけないだろう!」

「おそらくそういった奴らが群がって投資をお願いするほどの資産を所有してるんだろうな」

 

 

図星だった。

勲章を売り払って入手した資金を元にフローラは投資をしている。

それで儲けていくうちに目を付け始めた商人たちから寄贈品を頂くようになってきた。

もちろん、彼女も適当に購入した物を寄贈しているが、部屋が寄贈品で埋め尽くされ始めていた。

なので、同期や先輩たちに使いきれない消耗品や器具などを提供していた。

ここ最近始めた事なので、まさかバレるとは思わなかった彼女は度肝を抜かれた。

 

 

「エルドさん!エルドさんのプレゼントの意見を訊きたいです!」

「そうだなーオルオと同じように実用性がある物を送りたいな」

「って事はいつも使用する物にすればいいんじゃないか?」

「グンタ、そう言っても…いや待てよ!ティーカープとかどうだ!」

 

 

リヴァイ兵士長は紅茶が好物で、フローラが何度もそれをプレゼントしていた。

エルドは、オルオの実用性とペトラの好みを兼ね備えたティーカップという答えを導き出した。

グンタのいつも使用するという単語で閃いたのだ。

 

 

「ティーカップか!良い案だ」

「それならいつも使ってもらえるな」

「兵長ならきっと大切にしてくれるはずよ!」

「それなら兵士長も喜んでくれると思います!!」

「ふん、俺も実は思い浮かんでいたがエルドに譲ってやったよ」

「あんたは少し黙ってて」

 

 

全員の意見が一致した。

リヴァイ班のプレゼントは、ティーカップの決定した!

 

 

「カップを買うなら良い店を知ってるぞ!今から買いに行かないか?」

「え?でもエレンを放置していいのでしょうか?」

「大丈夫だ、地下室でハンジに捕まって事実上、軟禁状態だから安心していい」

「そっそく買いにいきましょう!」

 

 

さっそくリヴァイ班は、ティーカップを買いに行く事にした。

 

 

「あのー、なんで袖を引っ張るんですか?」

「俺たちは薄給でなー、自分の家族を養うだけで精一杯なんだ」

「俺なんか大家族を養わないといけないんだ」

「そうだな、自分たちの生活で貯蓄できないしな」

「もちろん、フローラも来るよね?」

 

 

この時、フローラは察した。

自分がティーカップを買うべきだと。

お世話になっている方々だし今後の事を踏まえれば悪くない出費ではある。

 

 

「分かりました、一緒に行きますわ!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 

哀れなエレンを置き去りにしてリヴァイ班と金蔓はカップ専門店に向かった。

 

 

「これとか可愛くない?」

「それもいいけど、洗うのが大変そうだな」

「やはり兵長には無難のシンプルがいいだろう」

「ちょっと待て!金貨6枚!?調査兵団の馬一頭買えるじゃないか!」

 

 

彼らは、あらゆる品揃えのカップから兵長に合いそうな物を探していた。

グンタが選んだカップは陶器製で保湿性に優れている白いカップを手に取った。

シンプルな装飾が施されており、兵長の持ち方にもぴったりな形状をしている。

ただし、庶民の生涯年収に匹敵するお値段である。

 

 

「値段さえ見なければこれでいいのにね…」

「歴史的価値があるものなんだろうなー」

「これにするんですか?」

「ああ、でもこれ…高過ぎないか?」

 

 

調査兵団の全団員の貯金を集めても購入できなさそうな値段である。

そもそも新兵にティーカップを買わせるのはパワハラでは?

リヴァイ班の4人は気まずい雰囲気になっていた。

 

 

「すみませんー!お会計お願いします!」

「はいよ!金貨6枚だ!」

「金貨6枚です!お受け取りください!」

「確かに頂いたぞ!」

 

 

一方、彼らの懸念に反してあっさり支払ってみせたフローラ。

カップを緩衝材を詰めたしっかりとした箱に詰めてもらった。

ついでにカップの製作者とその陶器の歴史が綴られた紙も梱包されている。

 

 

「子供が小遣いで羽ペンを買うノリで買いやがったぞ…」

 

 

何気なく庶民の生涯年収を持ち歩いている彼女。

両親も親戚もおらず、みなしごで調査兵団に入団して一ヵ月経つくらいの兵士のはずである。

 

 

「やっぱり金持ちは価値観が違うな…」

「調査兵団の会計係か、物資調達部門の幹部候補生でいいんじゃないかな」

「俺もあやかりたいものだ」

 

 

上機嫌のフローラの後ろ姿を見ながら彼らは小さな声で雑談していた。

 

 

「おっ?肉を販売してるじゃないか!?」

「どっかの貴族が主催した社交界がキャンセルされたかもな」

「肉ね…もう何年も食べてないわ」

「あーだめだ。ここから離れられん」

 

 

匂いに釣られた4人は、肉を見ていた。

お値段は、鋼貨300枚。

一般の4人家族の消費するパンの300日分である。

ここでの一般家庭と言うのは内地に住んでいてそこそこの裕福な暮らしをしている者たちを示す。

 

 

「おい税金泥棒共!おまえらの見世物じゃねーぞ!」

「んだとコラァ!」

「やめなさいオルオ!」

 

 

肉屋の店主からすれば、邪魔なだけである。

 

 

「店主さん!このお肉をください」

「あ?てめぇらに売る肉は…小切手?」

 

 

肉切り包丁を構えて不機嫌そうだった店主は、若い女兵士から小切手を受け取った。

王都中央銀行の印、中央商会連盟の印、総統局のザックレー総統の印が捺されていた。

専用の小道具で確認すると印が青く発光したので本物である。

 

 

「ははは、すみません!冷やかしする輩が絶えないもので…」

「どさくさに紛れて、定期購入のサインを求めるのはちょっと…」

「いえいえ…今後の役に立つと思い、書類だけでもお受け取りください」

「今回は領収書で充分です」

「はぁー若いんだからお肉をたくさん食べないと大きくなれないぞ…」

「乙女に向かって発言することじゃありませんよ」

 

 

あからさまに目の色を変えた店主は、純粋な笑みで虎視眈々と定期契約を促している。

本人もそう簡単に契約できる相手ではないと察したが商売人として見逃すわけにはいかなかった。

一方、購入する際に自分の名でサインしたので定期的に自室に広告が来ると察したフローラ。

巨人戦とは別系統の緊張感溢れる戦闘が2人で繰り広げられていた。

 

 

「調査兵団の全団員を3日は養える金額を出しやがった…」

「キャッシュレスとは未来に生きてんな」

「なんかティーカップのインパクトが消えそうだが…」

「大丈夫、兵長はティーカップの方を喜んでくれるわ」

 

 

お肉を受け取って謙虚していた4人だったが、すぐに上機嫌で旧調査兵団本部に帰還した。

 

 

「分隊長、これ以上の長居は無用です!さっさと帰還しますよ!」

「あーまだ話したかったのに…あれ?フローラたちじゃないか」

「あら、分隊長たちはお帰りになられるんですか?」

「うるさい部下のせいでエレンとの交流を強制的に打ち切られてね」

 

 

不機嫌のハンジは愚痴って見せたが、それより抱えているお肉が気になっていた。

 

 

「もしかしてこれから焼肉をするの?」

「えぇ、早くしないとお肉を痛めちゃうので…」

「分隊長!早急な任務はございませんので、ご馳走になっていきましょうよ!」

「モブリット!?さっきと言っている事が違うよ!?」

 

 

上官に振り回されたモブリットはさっさと帰りたかった。

ただ目の前で精肉を見せられて帰る馬鹿などいない!

前言を撤回してここでご馳走になる事にした。

 

 

「よく考えたら、初回の壁外巨人化計画の参加者9人で焼肉パーティをやっているのか」

「エレン、早く食べないと冷めちゃうわよ」

「ああ…しかし油で煩そうな兵長が率先して肉を焼いているとは…」

「部下想いの方ですからね…焼き加減をチャックしないと気が済まないかもね」

 

 

リヴァイ兵士長は、部下から精肉を持ち込まれて困惑したものの率先して肉を焼いた。

彼も人間なので食欲には勝てなかったし、部下達の喜ぶ顔をみたいのもあったからだ。

もちろん、後片付けと掃除はしっかりやると約束させていた。

彼らはこの時ばかりは、純粋に焼肉を愉しんだ。

 

 

「兵長!お渡したいものがあります」

 

 

焼肉を食べ終えて満足しているリヴァイ兵長に声を震わせながら箱を差し出しているペトラ。

選抜した4人とフローラが彼を囲むように直立不動で待機している。

 

 

「お前ら、いつの間にそんな物を用意していた?どういう風の吹き回しだ?」

「その…いつも俺たちを信頼してくれている兵長に、感謝の気持ちを伝えたくて…」

「みんなで考えて、贈り物をすることにしたんです!…お気に召しませんでしたか?」

 

 

グンタとエルドの話を聴いて彼は思わず俯いてしまった。

孤独で生き抜いてきた彼にとっては誰かにプレゼントされるというのは中々ないものであった。

そう、彼にも世話してくれた兄貴分が居たので経験自体はあった。

それでも信頼する部下達から差し出されたティーカップを見て湧き上がる感情がある。

 

 

「余計な事を考えやがって…」

「いいかお前ら…贈り物なんて考えている暇があったら訓練でもしとけ」

「いつ死んでもおかしくねぇからな…」

「「「「兵長…」」」」

「だが、良い物だ。次回の紅茶を飲むときから使わせてもらうぞ」

「「「「兵長…!」」」」

 

 

兵士長から開幕から否定されて落ち込む5人であったが、すぐに顔を上げた。

いつも不機嫌そうに眉をしかめている彼が一瞬だけ微笑んでみせたのだ。

 

 

「兵長!一生ついていくっす!絶対にー!死なないように猛特訓するっすよ!」

「オルオ、久しぶりに口調を戻したのね」

「なんだとペトラ!人が…」

「はいはい」

 

 

夫婦漫才を始めた2人を見て少しだけ羨ましいなと思うエレンであった。

 

 

「なんですかその手は?」

「私にも何か頂戴!」

「分隊長!?露骨すぎますよ!?」

 

 

感化されたハンジ分隊長はモブリットから何かもらえることを期待している。

彼は更に頭痛の種を増やすのであった。

 

 

「ありがとうねフローラ!おかげで計画が旨くいったみたい」

「チッ…確かにお前が居なかったら今頃、意見がまとまらず壁外調査に行ってたかもしれん」

「オルオの言う通りだ、例を言うぞ」

「またお前に協力を仰ぐかもしれん…その時はよろしく頼むぞ」

 

 

リヴァイ班の4人から感謝されたフローラ。

彼女としても微笑ましい光景であるし、いい経験であった。

もちろん、この事を日誌に書いてあるし、購入した陶器と彼ら4人と兵長のイラストも描いた。

ただ一点だけ最後のエルドさんからの言葉が引っ掛かった。

 

 

「…それは相談だけでしょうか?」

「それだけだと思うか?」

「いえ、皆様の期待を応えられるように投資をして儲けていきます」

「兵士なんだから巨人を殲滅して凱旋してみせるとか言ってみろよ」

「グンタ、あんたの100倍以上金持ちによくそんな事言えるわね…」

「おっとグンタ君、フローラの好感度がただ下がりだな」

「いやいや!俺はそんなつもりで発言したつもりじゃない!!」

 

 

雑談で盛り上がっている4人を見て彼女は冷静になれた。

あと数日で壁外調査に行くことになる。

それは、誰かが死んでもおかしくないという事。

彼らが精鋭中の精鋭だと関わっている内に実感している。

自分より強いと分かっているが、それでも戦死する可能性があるのがこの残酷な世界である。

 

 

「壁外調査を終えても全員ここに帰ってこれるでしょうか…」

「おっと…珍しく気弱になってるな!」

「大丈夫だ!俺はお前の100倍強いからよ!安心しろ!」

「…まあいいわ、フローラこそ帰りで道中で夜盗に怪我しないでよ?」

「とんだ命知らずだな、その盗賊は」

「はい、気を付けて帰ります!」

 

 

いつも通りに振舞わうリヴァイ班の面々を見て安心したフローラ。

愛馬のライリーに跨って手を振りながら旧調査兵団本部を後にした。

皆の期待を胸にただひたすら前進していった。

 

 

「アニ?なんでここに居るの?」

「フローラこそ」

 

 

帰り道で盗賊には遭遇しなかったが、憲兵になったアニ・レオンハートと再会した。

彼女の管轄はストへス区と聞いていたがこのトロスト区の北部に居るのは疑問だった。

 

 

「任務の帰りにここに寄ってみたんだけど、さすがにこの時間じゃ…」

 

 

どうやら任務をこなしてへとへとになって休んでいたようだ。

ただ彼女は何か追い詰められていた。

まるで重圧で押し潰されそうで必死に気力を振り絞って耐えている感じがした。

誰にも相談できない悲惨な気持ちを隠しながら、その場を後にしようとしている。

 

 

「ねえ気分転換に対人格闘の手合わせをしてみない?」

「今から?」

「むしろ暗くなって人気が無くなったからこそよ」

「しょうがないね…」

 

 

新天地で精神が疲弊していると思ったフローラは、気分転換にと対人格闘の手合わせを申し出た。

それに対しアニは態度では嫌々であったが内心では喜んでいた様であっさり要求を受け入れた。

任務明けの肉体的の疲労よりも精神的疲労が大きかったようだ。

 

 

「私の勝ちだね」

「最初の2回は勝ってましたわ!」

「でも最終的に勝ったから文句は言わせない」

「ううっ!」

 

 

彼女達の対人格闘の手合わせは、2勝3敗でアニの勝ちで終わった。

何故か2回戦までアニが惨敗したが、会話をしているうちに立ち直ったようでフローラは完敗した。

 

 

「もし蠅が巨大化して積極的に殺人してきたらフローラはどうする?」

「虫が人間の様に知能を持って会話をしてきたら…ああああ!」

「虫が生者を喰らう化け物だったらどうしよう!?」

「掌サイズの蠅が知能を持って襲い掛かってきたら…私はどうすればいいの!?」

 

 

相当、精神がおかしくなっていたようでアニは2回戦まで蠅や羽虫の事を口にしていた。

トロスト区に集った死体を貪る蟲が、精神的にストレスになっていたのかもしれない。

無理もないだろう。

住民の3割が犠牲になったうえに兵士の死体が山のようにあったのだ。

それに群がる蠅と羽虫、そして排泄物と体液。

悲惨な状況を目撃して、精神的に追い詰められ兵士を辞職した者が相次いだ話をよく聞いた。

 

 

「そんな虫なんて潰せばいいじゃない!」

「所詮、虫でしょ!?いちいち殺生を気にしてたらきりがないわ!」

「故郷に帰ってお父様に逢うんでしょ!気にせず潰せばいいわ」

「お父さん譲りの格闘術で虫なんかぶっ飛ばしちゃえ!」

「アニは悪くないわ!無駄に寄ってくる虫が悪いのよ!」

 

 

なんとなく虫を潰す方向と、彼女の格闘術と父親を話題にしたら元のアニに戻って安心した。

フローラは何故、彼女がここまで追い詰めれていたのか疑問であった。

 

 

「お互い頑張りましょう!」

「ああ、五体満足で生還するのを心から祈ってるよ」

 

 

袂を分かつことになった2人であるが、それでも友情は変わることは無かった。

拳を合わせて再会を誓ってそれぞれ帰る場所に向かっていった。

 

 

「それにしても何であんな所に居たのかしら?」

 

 

アニが配属されているストへス区はウォール・シーナの東区である。

一方、ここはウォール・ローゼの最南端のトロスト区から壁を挟んだ北側の街付近だ。

複数の早馬を使い潰す覚悟で走らせて最低でも日は跨ぐ距離。

 

なのになんでこんな所に居るのか。

馬すら連れずに俯いて1人で歩いていたのか。

なんで蠅を何度も口にして精神的に追い詰められていたのか。

逆に対人格闘の手合せを終えた彼女があそこまで落ち着いたのか

 

フローラがその答えを発見したのは、それから約2週間後のことである。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。