進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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29話 ジャン・キルシュタインの決断

「ん?フローラじゃないか?なんでこんな所に?」

「報告します!右翼の索敵班が壊滅的な打撃を受けました!索敵が機能していません!」

「なんだと!?」

 

 

慌ただしいフローラの口頭連絡にライナー・ブラウンは驚愕した!

何かしらのトラブルが発生すると想定していたが想像以上に悲惨な事になっていた。

索敵班が壊滅したという事は、右翼方面の巨人が陣形の中央に侵入してくるという事だ。

 

 

「第八、第十班が反応せず!第十二の索敵班が巨人と交戦中です!」

「ライナー!速やかに他の班に情報を伝達せよ!フローラも援護してやれ」

「「了解しました!」」

 

 

最悪なシナリオを思い浮かべた次列六・伝達班の班長は、新兵のライナーに情報伝達を任せた。

 

 

 

「フローラが居て助かったぜ!俺一人じゃ心細いからな」

「それ、わたくしが言うべき台詞でしょ…」

「カラネス区壁外で14体も討伐した英雄に比べれば…俺はまだまだだ」

 

 

正直、フローラはライナーが居て助かっていた。

索敵班が展開している場所で人間の“声”が次々と途絶えていた。

代わりに巨人の“声”が増えており、致命的な打撃を受けていると実感している。

まだアルミンは生きているが彼を守りながら巨人の群れを1人で相手するのが無理であった。

やはりライナーという頼もしい男がいないとアルミンを巨人から守り切れる自信がなかった。

 

 

「アルミンが心配よ…」

「大丈夫だ、あいつは逆境に強いからな…自慢の頭脳で切り抜けてくれるさ…おっと!」

 

 

言葉とは裏腹にライナーもアルミンが心配なのだろう。

並走していた予備の馬の手綱を放してしまい、慌てて追いかけて握り直すくらいには。

 

 

「黒色の煙!奇行種か!?」

「えぇ!あそこは…アルミンが居る!」

 

 

それと同時にディータ・ネス班長を含む2名の“声”が途絶えた。

彼の最後の言葉は愛馬のシャレットを残して死ぬ自分の不甲斐なさだった。

そしてネス班長を殺した巨人の声は、ひたすらあらゆる物を拒絶していた。

 

 

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アルミンは女型の巨人に追いつかれた。

それでも生き残る為に思考を停止しなかった。

 

 

「行って!」

 

 

まずは並走していた予備の馬を手放した。

無駄死にするのは自分だけで済ませるように。

もちろん死ぬ気はなく、全力で馬を走らせながら障害物を必死に探していた。

考える事を止めることは死に直結するからだ。

 

 

「うわああああ!!」

 

 

間近で巨人が踏み込んだ衝撃で馬から地面に放り出されるアルミン。

地面に激突した際の激痛で悶えるが必死に動かない様に心掛けた。

巨人がしゃがんで様子を見ている以上、死体と勘違いしてもらうのを願うしかない。

 

 

「…!」

 

 

怯える調査兵が羽織っている外套のフードを巨人は指で摘まんで顔を覗いた。

アルミンは何だか不思議な気分であった。

まるで誰かを確認するように覗き込まれている…そんな気がして。

“彼女”と視線が合っても特に人間を捕食するような動きはなかった。

 

 

「……殺さない…のか?」

「え、ちょっと待てよ…何だ今の…?フードを摘まんで…顔を確認した!?」

 

 

女型の巨人はフードを摘まんでアルミンの顔を確認すると興味がなくなったように去っていた。

動悸が激しくなり、死を覚悟した彼はその後ろ姿を見送る事しかできなかった。

そして落ち着くと、女型の巨人の目的が殺戮ではなく特定の人物の捜索である事に気付いた!

 

 

「アルミン!!」

「ライナー!それにフローラも!」

 

 

なにより知り合いが話しかけて来たおかげでアルミンは少しだけ落ち着く事ができた。

馬を並走してきたライナーと周りを警戒しながら彼の後ろに続いて来たフローラ。

2人とも頼れる存在でありこの地獄の中では安心できる同期たちである。

 

 

「おい立てるか!?」

「うん!」

「とにかく馬を走らせねぇと壁外じゃ生き残れねぇぞ!早く乗れ!」

「ありがとうライナー!」

 

 

アルミンの馬は地平線の彼方へ行ってしまった為、彼はライナーが並走してきた馬に乗馬した。

そしてさきほど自分の顔を確認した巨人が前方に居るのを確認して馬を走らせた。

死にかけたにも拘わらずアルミンの判断力の速さに皆が驚きながらも彼の後ろについていく。

 

 

「煙弾を確認したが……あのプリケツな奇行種がそうか?」

「奇行種じゃない!巨人の身体を纏った人間だ!」

「ん?なんだって?」

「エレンと同じ巨人化の能力者なんだよ!早く煙弾を撃って知らせないと…」

 

 

バンダナを被った死体を通り抜けたフローラは巨人の後ろ姿を見据える。

もし、あの巨人がエレンと同じ巨人化できる能力者と発覚してたら…初見殺しで死なずに済んだ。

少なくともさっき発見した亡骸の正体であるネス班長は死なずに済んだはずだ。

 

 

「悔しいわ…」

 

 

この壁外調査自体が囮で巨人化能力者を捕縛する餌である事を団長は自分に伝えていた。

だからこそ、こうやって対応できるのだが、いくら何でも情報伝達する人物が少なすぎた。

右翼を担当した索敵の班員たちは、巨人化能力者と知らずに突っ込んで無駄に壊滅してしまった。

 

 

「いや待て!ジャンが黄色の煙弾を撃ったみたいだ!」

「右翼からも黄色の煙が見えますが、数が少ないですわね…」

「作戦遂行不可能な痛手というわけか!」

 

 

ライナーの発言を聴いてフローラは内心で『むしろ、これは想定内なのよ』と呟いた。

それと同時にフローラは、所属していた班長の判断に感謝した。

もし、巨人化能力者と知らずにあの巨人に挑んでいたら戦死していた。

それだけ初見殺しで全滅してもどうしようもない存在だった。

 

 

「おい大変だ!右翼の索敵班が壊滅したらしい!」

「ああ、フローラから聞いた!」

「何でか知らんけど巨人がわんさか来たんだ!必死に食い止めているが索敵はもう機能してねぇ!」

「索敵班が壊滅して隙を突かれたか!このままだと全滅するぞ!?」

 

 

ジャン・キルシュタインの報告で3人は最悪の状況下にいることが実感できた。

長距離索敵陣形の右翼から中央部は既に安全地帯ではないので巨人と遭遇してもおかしくはない。

 

 

「あいつが来た方角からだ…まさかあいつが率いてきたのか?」

「おいちょっと待て!アルミン、なんか知ってるのか!?」

「エレンと同じ巨人化できる能力者みたいよ!前で走っている巨人がそうらしいわ!」

 

 

ジャンが疑問に思う暇もなくフローラから衝撃的な情報がもたらされた。

 

 

「嘘だろう!?」

 

 

思わずジャンは、魅力的な尻が目に付く女っぽい巨人を見た。

それは、エレンと同格どころか更に好戦的で敵対しているというヤバい奴だと発覚した。

思わず戦線離脱を図りたくなるほどの絶望感を味わった。

 

 

「アルミン、どうしてそうだと断言できるんだ?」

「巨人は『人を喰う』しかしない!その結果死なせるのであって『殺す』のは目的じゃない!」

「あいつは、先輩たちに急所を狙われた時、握りつぶしたり叩きつけた!」

「『喰う』んじゃなくて、『殺した』んだよ!他の巨人とは本質が違う!」

 

 

アルミンの言葉を聞いて3人はどうするか迷った。

下手に介入すれば、まず間違いなく死人が出るが放置すれば更に犠牲者が出る。

味方に奴が巨人化の能力者だと知らせる術が無い以上、現状維持しかできなかった。

特にライナーは、()()()()()()()()()()()ので無意味に交戦したくなかった。

 

 

「超大型巨人や鎧の巨人が出現した時に壁を破壊して大勢の巨人を引き連れてきたかも…」

「巨人化できる能力者が率いて来たとでもいうのかアルミン!?」

「ライナー、巨人は一貫して人類を捕食する…でもあいつは誰かを探しているみたいなんだ」

 

 

壁外調査前にエルヴィン団長と会話した内容を照らし合わせると答えが出てくる。

シガンシナ区やトロスト区は超大型巨人に門を破壊されて巨人の大群が侵入してきた。

それが巨人化できる能力者がやったとすれば、答えが分かる。

つまり、奴らは本気で壁内の人類を滅ぼそうとして巨人を連れて門を破壊した。

混乱しているうちに避難民に紛れ込んで壁内の住民と馴染んでいる可能性がある。

 

 

「話はよく分かったけど、なんであの巨人が誰かを探していると思ったの?」

「馬から転落した時にフードをとって僕の顔を確認して去っていったんだ…」

「もしかしたらエレンを探しているかもしれない」

 

 

巨人が人間を目の前にして捕食しないのはあり得ない。

急所を狙われた時に的確に調査兵を殺害したのも踏まえると、巨人化できる能力者の仕業だ!

…第三者視点なら、話を聴いてみれば分かるが、当事者ならまず気付けないだろう。

しかも動作でエレンを探していると分析できるとはさすが座学トップ。

フローラは、僅かな情報だけでそこまで導き出した将来の参謀候補に素直に関心していた。

 

 

「エレン?あいつの居るリヴァイ班は右翼に展開しているはずだが…」

「右翼側?オレに配布された作戦企画紙では左翼後方になってたぞ」

「わたくしの作戦紙には団長の後ろに展開している事になってるわ」

 

 

ライナーは右翼、ジャンは左翼、フローラは次列の後方にエレンが居ると言っている。

アルミンは3人の話を聴いてエレンの居場所を意図的に隠していると気付いた。

部隊ごとに人類の希望である彼を配置している場所をわざと変えている。

 

つまり、エレンを狙っている敵がどの情報を掴んで襲撃してきたかという事に気付けるように!

今回の場合は、エレンが右翼に居るという情報を知っている人物が敵だと暫定できる!

 

 

「僕の作戦紙には右翼前方と書かれていたけどそんな最前線にいるわけがない」

「じゃあエレンはどこに居るんだ?」

「一番安全なところに居るはず…だとしたら中央の後方あたりかな」

 

 

ライナーの素朴な問いに対して的確にエレンの居場所を当てたアルミン。

ここで第57回壁外調査が、巨人化できる能力者をおびき寄せる罠だと伝えるべきか。

フローラはその判断を迫られていた。

この作戦に参加している者の誰かが人類と敵対しているスパイである。

だからこうやって犠牲者を出してでも進軍しているがもう我慢の限界だった。

 

 

『わたくしは記憶喪失している新兵ですよ?何故そのような事を打ち明けたのでしょうか…』

『エレンに対する君の態度と実績、そして何より私と【同類】だからだ』

 

 

その残酷な事実を新兵の自分に教えてくれたエルヴィン団長。

目的を達成するならどんな犠牲を払っても達成してみせるという覚悟をした顔であった。

彼の言葉と信頼を踏まえるなら自分がとるべき選択肢はー。

 

 

「アルミン!あの巨人化能力者がエレンを探して襲撃してきたって事でいいの!?」

「あいつの行動を考えるとそうだとしか思えない!」

「じゃあ!その事を味方に伝えないといけないわ!」

 

 

フローラは、残酷な事実を彼らに伝えなかった。

もしかしたらこれ以上の犠牲者を減らせるかもしれない情報を握り潰した。

これで何も知らずに調査兵がいつも通り巨人に挑んで死体を更に増やしていく事だろう。

 

 

「おいおい!煙弾が指令班に届いて撤退運動に移れば巨人集団は回避できるが…」

「ここで巨人化できる能力者だという情報を伝達する術はねぇぞ!」

 

 

後が無いと断言するライナーの発言を聴いてジャンは腹を括った。

 

 

「確かに届くわけないな…気付けない指令班が潰されたら陣形が崩壊してお陀仏ってとこか」

「ジャン、何か腹案があるように言っているみたいだけど、どうしたの?」

 

 

3人は馬を走らせているジャンの顔を見た。

いつもの自己中心的で偉そうで他人事な態度をする彼のする表情ではなかった。

だからといって絶望して恐怖に怯える表情でもない。

まるでー。

 

 

「つまりだな…この距離なら奴の興味を惹けるかもしれねぇ…」

「オレたちが撤退までの時間を稼げるかもしれねぇ…何つってな」

 

 

ジャンの発言に3人は無言になったどころか、発言した張本人ですら口をつぐんでしまった。

そして前方で走っている巨人と4頭の馬が走らせていく音しか聞こえなくなった。

まるで誰かの決断する一言をちゃんと聞き取れる環境にしているかのように。

 

 

「あいつには『理性』がある…僕らは虫けらの扱いみたいに叩かれるだけで潰されちゃうよ?」

「ハハハ、マジかよ…おかねぇな…それ」

「お前…本当にジャンなのか?俺の知るジャンは、自分の事しか考えられない糞ったれのはずだ」

「そうよ、いつもの貴方らしくないわ…馬の小便でも浴びて頭でも冷やしたらどう?」

「おいおい…本当にデリカシーの欠片すらねぇのか…お前らは…本当に…失礼だな」

 

 

口とは裏腹に本気で気遣ってもらえるジャンは自分が幸せ者だと思った。

トロスト区を巨人に襲撃されたにも拘わらず実家も両親も無事だった自分は幸運だと思った。

この壁外調査という地獄の中で、複数の巨人に襲われても安心できるほど頼れる仲間たち。

ここで何もせずに馬を走らせていれば、きっと生き残れる。

 

 

「……オレはただ」

 

 

思い浮かぶのは、トロスト区に死体を集めて荼毘(たび)に付したあの日の事。

自分が調査兵団に入団するとその場にいた同期たちに明言した時の事。

その発言に驚いたフローラが正気に戻す為に、バケツに入った水を自分に浴びせた時の日の事。

本気でみんなから心配されて、野郎2人に担がれて兵舎に直行で運ばれた事。

今、思い出しても碌な事がないなっとジャンは思ってしまうくらいには、情けなかった。

 

 

「誰の物とも知れねぇ骨の燃えカスに…がっかりされたくないだけだ…!」

 

 

あの日に誓ったのは、自分が骨の燃えカスに情けない姿を見せない事。

こんなどうしようもない自分を信頼してくれたマルコ・ボットに失望されない行動をする。

それがあの運命の日から目標であり目的であり自分を縛り付ける呪いだった。

それでもジャンは決して自分が後悔しない生き様を骨の燃えカスに見せつけたかった。

 

 

「オレは…オレには!今何をすればいいのか分かるんだよ!」

「そしてこれが!オレたちの選んだ仕事だ!!何でも良いから力を貸せ!!」

 

 

自分の想いを絞り出すように痰火(たんか)を切ったジャンは後悔していない。

例え見捨てられて1人になったとしても、あの巨人相手に突貫して玉砕するつもりだった。

 

 

「フードを深く被るんだ!深くだよ!顔があいつに見えないように!」

「あいつは僕らが誰か分からない内は下手に殺せないはずだから!!」

 

 

始めに発言したのはアルミンだった。

彼は自分の発言を受けて気が紛れる程度の対策案を告げた。

 

 

「なるほど、エレンかもしれん奴は迂闊に殺せないと踏んでか…」

「気休めにしては上出来だ!ついでにあいつの目が悪い事にも期待してみよう」

 

 

頼れる兄貴分のライナーが自分の意見に乗ってくれた。

彼も本当は戦いたくないだろうに本能を理性で抑えつけてくれて賛同してくれた。

 

 

「はぁー…成長したと思いましたのに…根本的には変わってないのね」

「なんだとフローラ!てめぇ!」

「女が惚れるカッコイイ男になったと思ったら結局、私を巻き込んで死地に行かせるって事よ!」

「…すまねぇ」

「いいわ!ジャンの提案に乗るわ!要するに誰も死なないように妨害すればいいんでしょ?」

「ああ、そうだ」

 

 

何かにつけてジャンはフローラを巻き込んだ。

最近だと、ミカサに抱擁されたエレン達に嫉妬して近くに居た彼女に喧嘩を売った。

立体機動装置が壊れた時は、彼女に囮になってもらった。

ガス切れで兵団本部に突入していった時には援護してもらった。

トロスト区の攻防戦だけでこれだけ迷惑をかけてしまったにも関わらず彼女は賛同してくれた。

 

 

「ありがとうな…お前ら」

「感謝の言葉なら壁内に帰った時にしてくれない?死亡フラグ満載で見てられないわよ?」

「チッ!しょうがねぇな!お前ら、オレ様がお礼を言うまで死ぬんじゃねーぞ!」

 

 

無理難題に対して3人が頭を縦に振ってくれてジャンは嬉しかった。

どうしようもない糞野郎の意見に賛同してくれた彼らに内心で先にお礼を告げた。

 

 

「アルミン…お前はエレンとベタベタつるんでばっかで気持ち悪いって思ってたが見直したぜ」

「え?どうも、でも気持ち悪いとか心外だよ」

 

 

ライナーは、フードを被ったジャンを見て変わったんだなーと思った。

昔のあいつなら巨人と遭遇する事すら嫌がったし、このような無謀な発言をしなかったからだ。

兵士というより人間として成長した彼を見て羨ましくてしょうがなかった。

 

 

「良いかお前ら!これからオレの言う事を踏まえて行動してくれ」

「まずフローラを囮にして全速力で味方に伝達しに行きますとかじゃなかったら何でも良いわ!」

「よーしオレの発言が終わるまで、黙っててくれないか?」

 

 

空気を読まないフローラの言葉によって緊張感がほぐれる。

1人だけ壁外任務を何度もこなしているからこその発言だと、彼らは気付いていた。

現にさっきまで声が震えていたジャンが怒りでいつも通りになったのが答えだ。

 

 

「少しでも長く注意を惹きつけて…陣形が撤退できるように尽くしてくれ」

「もし脚の腱を削げたら、それだけで充分どころかお釣りがくるだろう」

「だが無茶をするなよ…うなじの弱点を把握している以上、即座に反撃してくるぞ」

「他の巨人と違って仕留めるのは不可能だからな!」

 

 

ジャンの作戦を横で聞いていたアルミンは、倒すのは不可能でないと思った。

トロスト門の前で、一瞬で巨人を2体同時に討伐して見せたリヴァイ兵士長。

カラネス区の壁外で単独で14体討伐してみせたフローラ。

彼女とほぼ同格、それどころか活躍できる機会がないだけで、それ以上のはずのミカサ。

ジャンもライナーも訓練兵の中では立体機動の達人であり実戦経験が少ないだけだ。

 

 

「おいフローラ!ここで倒れても医務室に運ぶ搬送班は来ないぞ!」

「まるでわたくしは無茶をやって死にかけるみたいに言うわね?」

「違うのか?」

「じゃあ、無茶しないで遠くから傍観してるわ」

「待て待て!悪かったって!フローラが居ないとマジで瞬殺されるから頑張ってくれ!」

「素直に頭を下げないから、ジャンは嫌われるのよ」

 

 

軽口を叩こうとして予期せぬ彼女の反撃に必死に頭を下げるジャンが何か滑稽だった。

それと同時にアルミンは気付いた事がある。

 

 

「ねえフローラ?フードを被らないの?」

「一斉にフードを被ったらアルミンの作戦に気付かれちゃうでしょ?」

「ダメだよ…本当に死んじゃうんだよ!」

「じゃあ死なないように先人たちがどんな感じで死んだのか教えてくれない?」

 

 

フローラからすれば幾度となく死線を越えてきたので慣れているがそれでも欲しい物がある。

回想すると常人からすればとんでもない経験をしてきたが、それでも情報が足りなかった。

 

 

「握り潰されたり、叩きつけられたりしたよ!ワイヤーを掴んでくるかもしれない」

「胃液を吐き出したり、アンカーを刺した瞬間に転がったり空中で高速回転したりしなかった?」

「いや、さすがにしてないよ…」

「所詮、人間の動きしかできないって事ね!」

 

 

変異種を相手にしてきたフローラからすれば、予想範囲内で終わっていた。

あとは巨人化能力者の格闘術くらいか。

超大型巨人みたいに蒸気を噴き出していないので、個体によって違うかもしれない。

とにかく、人間が動作をしている以上、人外の動きができないと知って安心した。

 

 

「その口ぶりだと実際に経験したみたいに聴こえるんだが?」

「実際にそんな動作をした巨人に遭遇したし、対応して討伐したわよ」

「すまねぇエレン、やっぱ本家は違うわ…死にかける経験が桁違い過ぎるぜ…」

 

 

この壁外調査で生還したら、フローラの経験談を聞いて自分の役に立てよう!

彼女の発言に呆れながらも3人はそう誓った。

彼らはまだ死にたくないし、同じ経験をして学ぶのは嫌だったから。

 

 

「フードを被っていない以上、攻撃優先度はわたくしが一番高いわ…あとは分かるわよね?」

「オレに文句を言いながら自分から囮になるつもりか?」

「代わりにジャンがやってもいいのよ?」

「フローラが巨人の気を惹いているうちに脚の腱を斬って妨害するぞ!」

「おう!」

「うん!」

 

 

ジャンの決断で女型の巨人の足止めをする事となった。

エルヴィン団長から緑色の信煙弾が撃たれていないせいで、未だに陣形は進軍状態のままだ。

彼が異変を察知して速やかに部隊に指示を下すまでの時間稼ぎをする。

長距離索敵陣形の運命は、この場に居る4人に託された。

 

 

「行きますわよ!」

 

 

フローラは黒色の信煙弾を女型の巨人に向けて撃った。

弾は回転しながら黒煙を吐き出しつつ“彼女”の右肩を霞めた!

それに気づいて振り返ると目の前にフローラ、そして後方に3人が展開するようにした。

戦闘は避けられないが、時間稼ぎをする事はできる。

 

104期の調査兵でありながら巨人の討伐数30体を越える女兵士。

経験豊富な調査兵団の兵士を20人以上いとも容易く葬ってきた女型の巨人。

彼女達による初めての殺し合いが幕を開けようとしていた…!

 


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