進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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37話 回想3-1 カラネス区撤退作戦 開幕

女型の巨人は、仰向けになってこちらを見ている女兵士に向けて全速力で駆け抜けた!

両腕がまだ使えない以上、踏み潰す以外に殺す事ができなかった。

ここで逃せば形勢が逆転してこちらが殺される以上、やるしかなかった!

 

 

「ペトラああああああっ!!いやだあああああっ!!」

 

 

次はあの女の名を叫んだ兵士を殺す!

そう決意した“彼女”は跳んで、ペトラと呼ばれた女兵士を右足で踏みつけようとした!

 

 

「隙あり!」

 

 

聴き慣れた声が聴こえた瞬間、女型の巨人は身体を捻って頭を地面に叩きつけて横に転がった!

肉体を再生している以上、うなじを硬質化で守る事ができないので回避行動を優先した。

身体を回転させることで、前回みたいにうなじを攻撃させないようにした。

 

 

「なんてね!」

 

 

フローラ・エリクシアは、自身の実力ではペトラ先輩を助ける事ができなかった。

だから女型の巨人の攻撃自体をキャンセルする必要があった。

さきほどの発言は、“彼女”との初戦で実際にうなじを斬り付けた時の発言だ。

 

 

「ペトラさん!今のうちに!」

「…えぇ!ありがとう!!」

 

 

巨人化能力者は、必死に肉体を再生しつつ目の前の敵に夢中で他に気を配る余裕がなかった。

【硬質化】と【肉体の再生】は両立できないのを知っていたフローラは、うなじを硬質化できないと瞬時に判断!

うなじを2度も斬られる失態を繰り返さない実力者だと賭けて、わざと「隙あり」と発言した。

賭けは成功して、うなじを斬られないように回避行動をしたのを巨大樹の枝から確認していた。

 

 

「?」

 

 

“彼女”は攻撃されなかったのに疑問に思った。

てっきりあの女兵士を囮にしてフローラがうなじを狙ってきて斬り付けてくると思ったからだ。

すぐにその疑問は解決することとなる。

 

 

「…死ね!」

 

 

オルオ・ボザドは立ち上がった女型の巨人の隙を見逃さず、うなじを斬り付けた!

 

 

「…何故だ…刃が通らねぇ…」

 

 

当然、うなじを硬質化できるようになったからこそ、女型の巨人はそんな隙をみせた。

硬質化で斬撃をガードできると知らなかった彼は鋼鉄並みの皮膚の感触に判断力が鈍った。

“彼女”がそんな隙を見逃すわけも無く蹴り飛ばそうとした!

 

 

「無視するんじゃないわよ!」

 

 

フローラは、視力が完全回復した女型の巨人の右目に刃を奥深くまで突き刺した!

一般兵の刃は、スナップブレードという巨人のうなじを刈るだけに特化したものである。

一方、彼女の専用装備であるブリッツメッサーという刃は、短剣のような形状だった。

 

 

「やっぱり眼球は鍛えようがないわね!」

 

 

トロスト区奪還作戦では、皮膚が硬い【変異種】ですら眼球に壊れた刃が容易に突き刺さった。

ならば、女型の巨人にも通じると思ったフローラは迷うことなく刃を突っ込んだ!

さすがに眼球を硬質化する事はできないと思ったし、眼球の刺激で動きが鈍ると判断し行動した。

 

 

「オルオさん!こいつは結晶を作り出して鎧にする能力があります!」

「はぁ!?じゃあどうすればいい!?」

「肉体の再生と硬質化は両立できません!片足と片腕を斬り落とすだけで無力化できますわ!」

「なるほどね…うなじを守らせるだけで精一杯の環境を作ればいいのね」

「ペトラ!?大丈夫なのか!?」

「オルオに心配されるほど、か弱い身体じゃない!」

 

 

眼球を攻撃されて怯んだ隙に2人は安全な距離を取って情報を共有していた。

復帰したペトラは、その会話を聴いて雪辱を果たす気満々である。

無様な姿を後輩とオルオに見せた以上、女型の巨人を討伐して話のタネ程度に抑えたかった。

手品の種が割れた以上、リヴァイ班は2度も同じ失態を繰り返すほどの愚かではなかった!

 

 

「命令を無視したのは癪に障るが、お説教は後だ!まずこいつの両腕を両断する!」

「フローラ!俺と来い!」

「分かりました!」

 

 

わざわざ大声で、指で指して目標を伝えるオルオの意図を察したフローラは返答と共に突っ込む!

その声を聴いた女型の巨人は身構えて蹴り落とそうとした!

それを見越して2人は分かれて別方向から挟撃しようとする!

 

 

「バーカ!」

「引っ掛かったわね!」

 

 

2人は前言撤回したように息のあったバディアクションで、うなじを切り裂いた!

さっきと同じように大声で叫んだのはフェイクだった。

最初からオルオとフローラは指を指した場所、うなじを狙っていた!

 

 

『しまった!?』

 

 

“彼女”は声に気を取られて垂れた両腕の硬質化をしてしまい、うなじを守るのを忘れてしまった!

今の一撃で肉が薄くなり、次狙われたら即死しかねないので最優先でうなじを硬質化させた!

そのせいで両腕についた結晶は零れ落ちていった。

 

 

「ペトラさん!お願いします!」

「エルドの痛み!思い知れええええ!!」

 

 

フローラの一言を聞くまでもなくペトラは双剣を構えて両肘を切り裂いていった!!

スナップブレードが折れるほどの衝撃は彼女の両腕を痛めたがそれ以上の効果があった。

 

 

「そこ!!」

 

 

肉を断ち骨を粉砕して皮で繋がっている右腕をフローラが双剣で斬り付けた!

うなじを硬質化しているせいで驚異の肉体再生などなく、あっさりと切断した。

置き土産に刃が欠けたブリッツメッサー2本を傷口に突き刺して離脱した!!

 

 

「よし!上出来だ!次は脚を狙う!!」

「了解しました!」

「もうすぐ兵長が来る!それまでに…」

 

 

次は脚を狙おうとした3人。

ここで倒すつもりはなくリヴァイ兵長を待って指示をもらうつもりだった。

少なくともペトラは、そう思っていたが…予想外の事が起こる。

 

 

「ウガガアアアアアアア!!」

 

 

巨人化したエレンが怒りに身を任せて女型の巨人の居る場所に向かって突撃したのは想定外であった!

身の危険が及んでいないにも関わらずエレンが巨人化したのを目撃をして衝撃を受けた3人。

しかし、女型の巨人を無視するわけにもいかず、対処に向かうペトラに任せて戦闘を継続させた!

 

 

「エレン!なんで巨人化したの!?」

 

 

「ゴロオオズウウウウ!」

 

 

巨人になったエレンは怒りで視界が狭くなっており邪魔だった巨大樹の枝を左腕で薙ぎ払った!

その際、彼を制止しようとしていたペトラのワイヤーを巻き込んでしまった!

 

 

「どうして!?…ぐっ!!」

 

 

その衝撃でぶっ飛ばされたペトラは巨大樹の幹に激突して地面に落下した!

 

 

「ペトラああああ!?なんでだあああ!?」

 

 

まさかのフレンドリーファイアに動揺して動きが止まったオルオ。

ワイヤーを自身の右脚に引っ掛けたと気付かずに動いたせいで余計に回避行動ができなかった。

慌ててアンカーを外すが時遅し、エレンによって愛する彼女と同様に巨大樹の幹に激突した。

 

 

「この馬鹿!なんてことをしてくれたのよ!!」

 

 

思わずフローラはエレンの身体に右アンカーを射出して突っ込んでいったのが間違いだった!

そんな彼は知るか馬鹿と言わんばかりに左腕を振って彼女のワイヤーにぶつかろうとしていた!

「同志だからそんな事しないで」と願っていた彼女の想いも空しくワイヤーに接触する!

 

 

「覚えてなさいいいいい!」

 

 

ぶっ飛ばされたフローラは何とか激突を回避しようとしたが、どうしようもなかった。

制御を失った彼女は体勢を立て直そうと悪戦苦闘しながら茂みの中に突っ込んでいた。

 

 

『助かった…』

 

 

その騒動で何とか左目の再生を完了させた女型の巨人は呆然とその光景を目撃した。

敵の敵は味方とは良く言うが、まさかエレンが味方をぶっ飛ばすとは思わなかった。

とにかく、状況が好転したのを利用して、彼の攻撃に備えた。

 

 

-----

 

 

「絶対に赦さない!次逢ったら平手打ちしてやるわ!」

 

 

茂みから顔を守るために両腕でガードした結果、血塗れになった。

それだけならまだいい。

外套が無かったら首が枝で突き刺さっていた所だった!

なんとか巨大樹の枝にアンカーを突き刺して振り子のように衝撃を抑えたフローラ。

そんな彼女の脳内は、エレンへのお仕置きの事で頭が一杯だった!

 

 

「あれは…」

 

 

そして揺れが収まってきた頃、下を見るとある人物を見つけた!

 

 

「エルドさん!…まだ生きてる」

 

 

両腕を喰い千切られて地面に叩きつけられたエルドが居た。

降りて安否確認をすると驚いた事にまだ生存している。

嚙み千切られた事で意図せずに傷口が潰れて、出血する場所が少なかった事。

衝突した場所が巨大樹の枝や葉でクッションになったおかげでダメージを緩和していた事。

奇跡的な条件のおかげでなんとか助かったが、すぐに命の灯が消えるのは明白だった。

 

 

「やばい…早く止血しないと…」

 

 

だが、ここには包帯どころか、止血する為の紐すらなかった。

トロスト区防衛戦で戦死した恋人のハンナの止血をしようとしたフランツの事すらできなかった。

 

 

「何か…あっ」

 

 

代用できる物はある。

ライリーに噛まれたせいで破れた緑色の外套は、さきほどの衝撃で更にボロボロになっていた。

すぐに両手で端を引っ張ると面白いほどにうまく布を破けた!

そして自作した紐で緊縛して止血を施した。

あくまで延命の為の応急措置であり、この壁外では介錯してあげた方が苦しまずに済むまである。

 

 

「ペトラさん…オルオさん」

 

 

それでもフローラは軽くなったエルドを背負って“声”を辿りに2人を探しに行った。

それぞれ血塗れになっていたのを発見して全員に『モールフィン』という鎮痛剤を打ち込んだ。

衛生上、針を変えないといけないが、そんな暇はないし、なにより分量を計算する時間が惜しい。

本来なら衛生兵など、所持する資格がある人物しか携帯できない第一類医薬品である。

もちろん、新兵が所有できるはずもなかったが、106回も医務室送りをされた経歴をもつ彼女。

匙を投げた医師から、特例で取り扱いと管理方法を叩き込まれて譲渡された代物だった。

 

 

「ううっ…」

「大丈夫ですか?」

「おい…なんで俺たちを助けた!?エレンを…」

「大丈夫です!リヴァイ兵士長が女型の巨人と接触しました。エレンに危機が及ぶ事はないです」

「…そうか、くっそおお…エレンめ」

 

 

比較的軽傷で済んだオルオは、フローラとの会話で現状把握し、元凶のエレンを恨んだ。

だが、すぐに大切な人を思い出した!

 

 

「ペトラ!?」

「大丈夫ですわ…血塗れですが思ったより身体に損傷はありません」

「傷は残るのか!?」

「そうですわね…経験上、目立たない傷で済みそうですわ」

「そうか…」

 

 

緑色の外套と兵服が血塗れになっているが、フローラの言葉を信じる事にした。

 

 

「馬に向かって撤収するぞ…」

「エレンを放置するのですか?」

「兵長と一緒なら平気だろう、今の俺たちじゃ足手まといだからな」

 

 

当初の予定通り、馬と合流する事にした。

まず壁外では馬がなければ話にならないからだ。

 

 

「フローラ、ペトラを頼む…運んでくれ」

「何故ですか?」

「魅力的な彼女の身体を堪能するには、必要な手順を踏んでないからだ…」

「義理深い方ですわね…」

「うるせぇ…黙って俺の案内に従え」

「了解しました」

 

 

オルオがエルドを、フローラがペトラを背負い、馬のライリーは自由を背負って駆け出した。

そして、無事に6人分の馬を繋いでいる場所に着いたがトラブルが発生した。

 

 

「オルオ!?」

「んっ!?何でお前らがここに居るんだ!?」

「黄色の信煙弾を見たから駆けつけた!それなのに何も指示がないせいで動けなかったんだ」

「くそっ!情報が共有されてない弊害が出たな!!」

 

 

そこに居たのは14名の兵士であった。

物事を判断する班長たちが女型の巨人に対処しようとして戦死した結果、部下達は取り残された。

しかも、壁外調査の【真の目的】を知らされていた班長が討ち死にした為、指揮系統が断絶した。

その結果、エルヴィンの真意が伝わらず、彼らは身動き取れないまま森に取り残されていた。

 

 

「衛生兵!衛生兵は居るか!?」

「ああ、俺たちがそうだ!」

「エルドがやられた!診て欲しい!」

 

 

衛生兵が6名も居るという壁外では信じられない医療環境が整っているのは不幸中の幸いだった。

それどころか馬医師の5名も居た。

原因は、エルヴィン団長が中列の部隊のみ巨大樹の森に進軍させたせいだった。

それは巨人捕獲班だけではなく戦闘支援兵科の班も含んでいた。

 

 

「ううっ…見捨てられない…」

 

 

フローラは頭を抱えた。

衛生兵6名と馬医師5名、1人でも失えば調査兵団は大打撃を受ける。

最悪、一般兵なら10日の基礎訓練を修了すれば使い物になる。

だが、彼らの育成は最低でも数年、しかも壁外に付き添う志を持つ者なんて一握りだ。

彼女は悩んだ、どうやったら彼らを生存させたままウォール・ローゼに帰還できるのかと…。

 

 

「フローラ!」

 

 

それ以上に悩ましい存在が居た。

ミーナ・カロライナ、自分の親友が何故かここに居て縋るように話しかけてきた。

ここに居る理由は、大体察したが問題だらけの現状に頭が痛くなってきた。

 

 

「…何で答えてくれないの?」

「何で貴女がここに居るのか、悩んでいるからよ」

「それはフローラも同じでしょ?」

「そうね…どうしようかしら」

 

 

不安そうに自分を見つめるミーナ。

他の班員たちが見当たらない以上、おそらく彼女が単独行動した結果だろう。

班の決定を無視してここに来た。

それはキース教官や今は亡きネス班長が自分に口煩くしてきた事と同じ事だった。

 

 

「…ごめんなさい」

「どうしたの?」

「何でもないわ」

 

 

班長の命令を聞かずに単独行動をして班員に迷惑を掛けるという事を身をもって知る事となった。

実際にその状況下に置かれてみると彼らは、自分を想って叱ってくれたと思った。

とはいえ、そんな事を反省するよりも、この状況を打開する案を必死に考え始めた!

 

 

-----

 

 

“彼女”は泣いた。

口内から奪取されたエレンを直視する事もできずに泣いた。

今までの殺人は全て無駄に終わった。

それだけではない。

彼に教えた格闘術の構えを見せてしまったので、正体を見破られた可能性があった。

 

 

「嫌だ…帰りたい」

 

 

現実逃避したかったが、訓練や決意のせいで、精神分裂をした糞野郎のようにできなかった。

リヴァイとミカサが去った瞬間、時間切れとなり女型の巨人は蒸気を上げて崩れ去った。

残されたのは、立体機動装置を纏った己の身体1つのみ。

だからこそ、壁内に帰りたかった。

 

 

「…あの場所に帰りたい」

 

 

やたらとお節介の彼女が居るあの部屋に。

今日の為に病欠にしてくれたあの女の元に帰りたかった。

気遣って花のアクセサリーをくれた何だかんだで優しい女が居る部屋の元に。

ストヘス区の憲兵団本部の一室に帰る。

ただそれだけを考えて行動に移した。

 

 

「これでよし…」

 

 

まずは自分の顔を包帯で巻いた。

巨人化した痕跡を隠すのもあったが、何か刺激が無ければ精神崩壊しそうだったのだ。

人間の返り血を浴びた外套のフードを深く被り金髪を見せないようにし次の一手を打つ。

 

 

「次だ…」

 

 

次に馬を探しに行った。

“彼女”は巨人化できないどころか、立体機動ができる余力もなかった。

そもそも馬が居ない限り、この森から出る事もできなかった。

 

 

「どこ?どこにいるの!?」

 

 

巨人化したまま巨大樹の森に侵入した際に追撃をしてきた兵士たち。

殺した以上、どこかに彼らが置き去りにした馬が居るはずだ。

全力で疾走してきたのに増援が間に合った以上、何頭か近くに居るはずだった。

指笛を必死に鳴らしながら“彼女”は彷徨うように暗い森の中を進んで行った。

そして、物音がして息を切らしながらもそこに縋るように歩いた。

 

 

「そんな…」

 

 

度重なる緊張で口から漏れ出した唾液を拭いていた両手が地面向けて垂れた。

馬の出す音だと思って近づいたら、14m級の巨人と遭遇した。

そして巨大樹の幹に隠れていたようで更に2体の巨人が出現した。

 

 

「ああ…」

 

 

女型の巨人を喰らい尽した巨人たちは次の獲物を探しに巨大樹の森を徘徊していた。

そして運よく次の獲物を見つけた。

さきほどのお肉では満足できなかったように“彼女”の元に駆け寄ってくる。

 

 

「ハァハァ…ク…ル…ナ!」

 

 

“彼女”は肩で息をしているどころか、必死に吐き気を我慢しながら早歩きで逃げ出した。

そんな事で巨人から逃げ出せたら誰も死なない。

追い付かれて巨人に喰われるのは、5年前のシガンシナ区襲撃で嫌ほど目撃した。

そして一か月前のトロスト区で復習済みだった。

 

 

「ハァ…ハァ…だ……め…」

 

 

すぐに追いつかれて巨大樹の幹を背にして背後を取られない様にするのが精一杯だった。

捕食されてしまうと思った瞬間、意外な人物が助けに来た。

 

 

「死になさい」

 

 

誰かがそう呟いたと思ったら、うなじから血を噴き出した14m級の巨人が倒れ込んだ!

更にもう2体の巨人も瞬く間にうなじを斬られて倒れ込んで煙幕のように蒸気を噴き出す。

あっという間に目の前が巨人の蒸気で真っ白になって何も見えなくなった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

霧から現れたのはフローラ・エリクシアだった。

さきほどまで殺し合いをしていた彼女は元気づけようと微笑みながら手を伸ばしてきた。

思わず“彼女”は頷いてその手を取って誘導されるまま一緒に歩き始めた。

 

 

「これからウォール・ローゼに帰還します…だから一緒に生還しましょう」

 

 

以前と何も変わらないフローラが纏っている香水の香りが鼻をくすぐった。

思わず吸い込んで堪能してしまう甘い花の香りで高まった鼓動を鎮めてくれるようだった。

彼女曰く、リラックスハーブという植物由来の精油とエタノール。

そして数少ない記憶の母親から教わったレシピと試行錯誤で得た経験で作られた香水だそうだ。

 

 

「次は、この馬に乗ってください」

「大丈夫ですわ!巨人が来たらわたくしがぶっ倒して差し上げますので!」

 

 

さきほど巨人化したエレンに巻き込まれて茂みに勢いよく突っ込んでいったはずの彼女。

身に着けていた外套は着けておらず兵服のジャケットに所々穴が開いていた。

きっとあの時にそうならざるを得なかったのだろうと馬に跨ってもなおそう考えてしまった。

 

 

「もうすぐ味方の部隊に着きますわ!」

「大丈夫、諦めない限りウォール・ローゼには絶対に帰れます!」

 

 

何故か自信満々で話しかけてくるフローラ。

だけど、その根拠のない自信が追い詰められた心にいつも響く。

とりあえず彼女の意見に従っていればなんとかなるだろう。

トロスト区の兵団本部突入作戦の時もそう思った。

だからこそ、彼女が同じ戦士じゃなくて本当に残念だった。

 

 

-----

 

 

「あと少しで合流できます!頑張ってください!」

 

 

フローラは、後ろに居る兵士が心配だった。

精神的に追い詰められる環境を考慮しても自害しかねない心理状態だった。

負の感情を“声”として聴ける彼女は、包帯で顔を覆っている兵士を何度も励ました。

極限まで精神的に追い詰められるとノイズが激しくなり声が乱れる。

その為、致命的な失敗をしたのか何度も自問自答しているが内容が聴き取れなかった。

 

 

「はい、合流しました!」

「これから出発しますけど…覚悟は決めました?」

 

 

女型の巨人の捕獲失敗か、それか戦友を見捨てて逃げ出したか。

良く分からないが、発狂して攻撃してこないだけマシだった。

声をかけていくと落ち着いていったので今度は彼女の意志を尊重する必要があった。

未だに引き摺っているのか声は出さなかったが、頷いたので大丈夫そうだった。

 

 

「よし、これで全員ね!」

 

 

フローラは“声”を聴ける能力で巨大樹の森に居た兵士を掻き集めてきた。

既に本隊は出発してしまった以上、すぐに後を追わないといけない。

 

 

『死にたくない…』

『暗いよ…お母さま…に…逢…っ』

 

 

まだ森には10名以上の兵士が彷徨っていた。

動ける兵士も居れば、今さっき死んだ兵士のような負傷者も居る。

フローラは、彼らを見捨てた。

今は亡き班長の指示に従って反対側の森の入り口で待機している104期調査兵3名も見捨てた。

何故か、巨人が巨大樹の森に侵入してきている以上、長居は無用だった。

 

 

「はい!注目!!」

 

 

両手を痛めるほど激しく叩いて大声をあげて注目を集めた。

もちろん、本隊から見捨てられた敗残兵たちに聞かせる為だ。

 

 

「これから!カラネス区に進撃します!!もちろん犠牲者無しで帰還するのは難しいです!」

「それでも…家族の元に生還したいなら…」

 

 

言い終わる前に突っ込んできた巨人のうなじを刈り取ったフローラ。

全員がそれを他人事のように見つめていた。

その動きは、兵士たちに自身の意見をごり押しするには充分だった。

 

 

「巨人が来たのでカラネス区に撤退しますわ!!わたくしは生きたいので…さようなら!!」

 

 

それだけを言い残してフローラはカラネス区の方角に馬を走らせた。

残された馬医師5名、衛生兵6名、兵士6名、オルオとペトラとミーナ。

馬に乗せてもらっているエルドも含む負傷者3名。

当然、自分から動かなければ状況は変わらないので。

 

 

「俺たちも行くぞ!!」

「「「「おう!!」」」」

「進めーっ!!」

 

 

旗手となった彼女の後ろ姿を追って残された全員が馬を走らせる。

フローラを含めた24名の敗残兵はカラネス区に向けて進軍を開始した。

 

 

「うまく乗ったわね…」

 

 

全員が生還する可能性は低い。

それでも数が居れば、とりあえず自分が生き残る確率は上がる。

本隊から見捨てられた敗残兵の集団は、ただひたすらに壁に向かって進撃する。

カラネス区撤退作戦の開始である。

 

 

勝利条件は、どんな事が発生しても1人でも多くカラネス区に帰還する事。

敗北条件は、文字通り全滅。

 

とある兵士は「調査兵団の歴史上、本隊から逸れて生還した班は無い…」と告げた。

「だったら今日からその例が歴史に記されるわ!」とフローラは返答してみせた!

 

 

「鎧の巨人を…討伐するまで…死ねないわ!死んでたまるもんですか!!」

 

 

前方に映った巨人を見ても臆さずに双剣を構えて彼女は突撃する!

こうして最も困難で苛烈で危険で過去に例がない撤退戦が始まった!

 

 

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