進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

43 / 179
43話 エレン・イェーガーの選択

目の前に居るのは、やけに顎がごっつく牙が鋭い6m級の変異種。

今まで交戦してきた変異種の中でも著しく小型の部類に入る。

だからこそ、今までの経験から機敏で飛び跳ねて捕食行動を取る巨人だとフローラは思った。

折れた刃を捨てて強化鞘・1型から刃を交換して巨人を回り込む軌道をとっていた。

ミカサと連携して挟撃すれば、簡単に倒せる…はずだった。

 

 

「はぁ!?」

 

 

フローラを捕捉した変異種は、口を開いて彼女に向けて両手を伸ばした。

そこまでは想定していた。

さすがに爪が伸びるとは予想できず、交換したばかりの強化刀身・1型で攻撃を受け流した。

だが勢いよく突出した爪は、紙細工を切断するように刃を破壊し、彼女の胴体を貫く勢いだった!

巨人の牙にアンカーを撃ちこんだフローラは身体を回転させて口に向かってガスを噴出させた!

獲物が自ら口の中に入ろうとするのを見て、変異種は両手を動かさずにそのまま待機していた。

 

 

「そんなに欲しいなら…あげるわ!!」

 

 

アンカーを外し高速でワイヤーを巻き取りながら、フローラは折れた刃を巨人の口内に投擲した!

飛んできた2本の刃が口蓋垂と口腔を損傷して、思わず変異種は口を閉じた。

右アンカーを巨人の右目に射出してガスを噴出して巨人に対して反時計回りに彼女は回り込んだ!

 

リヴァイ兵士長の動きからランニングした『空中刃換装』のスキル。

それは、ただ空中で刃を交換する技術ではない。

捨てる刃を巨人に向けて投げ込み負傷させる上に姿勢を崩さず空中で刃を換装するスキルである!

世界一美味しいお肉ではなく、刃を投げつけられた巨人は、爪を縮めて両手で口と喉を抑えた!

 

 

「ミカサァ!!」

「相変わらずよく動けてる…やぁあああ!!」

 

 

ミカサは、囮になったフローラのおかげで変異種の両膝裏を削ぐことができた。

関節部なので硬質化が不可能だと判断して、ミカサは独断で削いでみたが、うまくいった!

爪を縮めて口と喉を抑えている巨人は、ひとたまりもなく民家に顔面を激突させた!

巨人が一方的にやられているのを見て、少年達どころかアルミンもエレンも声すら出せなかった。

 

 

「すごい…これが調査兵団…!」

 

 

パウエル少年は、2人の雄姿を見て感動していた。

妹のエリーは、母親に圧し掛かっている瓦礫を退かす努力を忘れて彼女達の動きに見とれていた。

『いやいや!あいつらがおかしいだけだ』とアルミンとエレンは即否定した

だが、少年の夢を壊すわけにもいかないので、心の中で全力で否定した!

調査兵団は、巨人を討伐するのではなく壁外の環境を調査する兵団だと伝えたいが野暮であろう。

 

 

「削いでやる!」

「これで終わらせる!」

 

 

フローラは左の手の甲を、ミカサは右手の甲を削いで、同時にアンカーを民家の屋根に突き刺して急上昇していった。

上方で宙返りをして反時計周りに楕円を描いたインサイドループで、再びうなじを狙おうとした。

足が頭より出る前に真下の巨人を確認した彼女達は、うなじにアンカーを射出して突っ込んだ!

その動きはシンクロしており、相当に信頼していないとワイヤー同士が衝突するほどであった。

 

 

「うぅうおおおおおお!!」

「覚悟なさいいいい!!」

 

 

2人は同時にうなじを削ぐつもりだった。

しかし巨人が両手を地面に叩きつけた瞬間、彼女達はアンカーを外してワイヤーを巻き取った!

勢いよくうつ伏せに民家に接触していた変異種は、身体を回転させて仰向けになった。

1秒でも判断が遅れていれば、ワイヤーで引っ張られて地面に叩きつけられただろう。

 

 

「「…!」」

 

 

フローラとミカサはお互いの姿を見て、それぞれ相棒に向けて右アンカーを射出した!

巨人の動きを確認するまでもなく、ただ回避行動をする為に!

屋根にアンカーが刺さった瞬間!

ワイヤーを高速で巻き取ってランデブー、空中衝突するかのように同時に向かっていった!

落下して激突する前に回避しようとする相棒の姿が、2秒足らずで加速した肉体がすれ違う!

相棒を信頼して身体を捻り、真正面から肉薄し至近距離で腹を見せ合い間一髪、衝突を回避した!

いつも通り地面に叩きつけたはずの獲物を探して変異種は、周囲を見渡すがどこにも居なかった。

 

 

「くっ!」

「うっ!」

 

 

ミカサの衝突を回避した直後、ブラックアウトしてフローラはアンカーを外した。

そして屋根との距離と、高さと自身の落下速度を勘と経験で導き出して、双剣を振り下ろした!

見事に刃が壁に衝突して、その衝撃で身体が屋根の上と乗りだした!

操作装置に付いている補助スイッチを弄って刃を捨て屋根の上を転がって肉体の負担を低減した。

屋根から飛び出した瞬間、光を取り戻した彼女は、煙突に左アンカーを撃ちこんで落下を防いだ。

 

 

「フローラ…うっ!ガスが…!?」

 

 

ミカサはうまく着地したが、自身に残されたガスと刃がほとんど残っていないのに今、気付いた。

エレンを口内に入れたまま逃亡した女型の巨人を追撃している時にほとんど使用してしまった。

装備を変更したフローラはともかく、ミカサは連戦続きのままで全く補充できていなかった。

予備も含めブレードが3つしかない上に、少しでも立体機動したらガスの残量が尽きそうである。

そのせいで、フローラが復帰してくれるまで身動きが取れなかった。

 

 

「ああ!もう!!なんでこうなるの!!」

 

 

106回も医務室送りされても、2日間で7回も医務室送りされても復帰してみせたフローラ!

今回も不死者のように復帰して屋根を上って巨人を見据えた!

その間、巨人は自身の腹を叩き、両手に吐瀉した!

高熱の胃液と体内に収まっていた兵士の残骸が両手に零れそうなほどに貯め込んだ。

 

 

「何をする気?」

 

 

ミカサは、巨人の不可思議な行動に困惑して、詳細に確認する為に近づいた。

その瞬間!変異種は両手に溜まった吐瀉物を彼女たちに向けて投げつけた!

胃液と死体の破片は、散弾となり高速に飛んでいき民家に激突した!

 

 

「くっ!」

「…この…ゲロ吐きがあああ!!」

 

 

ミカサは、屋根にある煙突に隠れて攻撃を回避したが、本調子ではないフローラは屋根に伏せた。

そのせいでフローラの真上を胃液や死体の破片が飛び散っていく。

見事に微量の胃液を兵服のジャケットと髪に浴びたフローラは激怒した!

怒りで元気100倍になった【お肉】は、巨人に喰われるように真正面に飛び出していった!

 

 

「絶対に許さないわ!!」

 

 

巨人が両手を伸ばしてくる前に何度もアンカーを交互に射出して、指を向けられない様に動いた!

膝まであるブーツが地面に掠ったが気にすることはなく、巨人に向かっていった。

爪を伸ばして彼女を突き刺そうとしたが、あまりの動きについていけずに動揺している様だった。

その隙を見逃さず、巨人の左肩に飛び出した彼女は、首に向けて双剣を振り下ろした!

 

 

「硬直が…早いわよおおおおお!!」

 

 

2つの刃は肉を削ぐこともなく折れてしまった。

ミカサと自分が潰した白色の器官の再生が完了して再び身体中を硬質化したようである。

刃のしなり具合からフローラは即座に近くの民家の壁にアンカーを射出して離脱した。

皮肉にも変異種を硬質化の皮膚のせいで何度も斬り損なっている経験が活きた場面である。

 

 

「ミカサ!?」

 

 

ミカサの援護がなかったのに疑問に思ったフローラは、彼女が居る場所を見た。

さきほどとは打って変わって、まるで他人事のようによそよそしくしていると感じた。

 

 

「まさかガス切れ!?」

 

 

エレンが最優先のミカサが、その脅威になる巨人を放置するなど理由は限られる。

ガス切れか、刃が無くなったか。

彼女の装備している『強化鞘・1型』に替えの刃が1本しかないのに気付いた。

 

 

「刃も切れたの!?」

 

 

フローラの心理に気付いたのか、ミカサは申し訳なさそうに頭を縦に振った。

これで変異種と戦えるのは、必然的にフローラのみになった。

嘆くより突撃をする思考の【頭エレン娘】は、諦めずに白色の器官を再度攻撃しようとした!

 

 

「グオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

その瞬間、6m級の変異種が空に向けて大声で咆哮をした!

あまりの音量で大気を震わせ、地面を揺らす威力にその場にいた全員が両手で耳を塞いだ!

しかし、その間でも巨人はフローラを攻撃したい様で右手から伸ばした爪で引っ掻こうとした!

 

 

「…!!」

 

 

左アンカーを射出しながら両手のグリップを握り締め爪攻撃を刃で受け流した。

刃は脆く折れたが、身体への直撃を免れた彼女は地面に着地してスライディングをした!

激突する鞘のベルトと、固定ベルトを補強した紐が千切れないのを祈りながら必死に回避した。

振り下ろされた爪は石床を抉ったが弾かれた衝撃で民家に激突し、肉を抉られるのは防げた。

 

 

「とことん、今日はついてないわ!!」

 

 

フローラは、咆哮を止めた巨人が勢いよく突っ込んでくるのを見てそのまま直進した!

彼女の脳裏に浮かぶのはー。

ミーナ・カロライナと約束した今晩、一緒の布団に寝る事だけだった!

浅ましい理由ではなくミーナを残したまま死ねない以上!

足掻くしかないと決意させるために思い浮かべた!

 

 

「こっちよ!!」

 

 

フローラは大声で叫びながら巨人に向かって駆け出していた。

巨人も口を開きつつ両手を広げて踏ん張った!

その刹那!フローラは巨人の足元だった場所に両方のアンカーを突き刺した!

飛び掛かる巨人に、ブーツを石畳に擦りながらワイヤーを高速で巻き取っていく。

滞空する巨体の真下を潜り抜ける様に突っ込んでいった。

獲物が消えたので、再び変異種は、民家に激突するだけで終わってしまった。

 

 

「今度こそ!!」

 

 

無防備な隙を見逃すはずもなく、フローラは巨人に向けてアンカーを撃ち込もうとした!

その瞬間、何故か自分が新たに出現した影に隠れたのを感じて、思わず前転する!

すぐに衝撃と共に破片が彼女の頬を掠りながら飛んでいった!

華麗に受け身をして何事かと振り返ったフローラは、思わず動きを止めた。

 

 

「この!忙しい時にいいいいいい!!」

 

先刻までフローラが居た場所に褐色の大きな右手があった。

見上げると、さっきまで相手をしていた化け物と差異がない変異種が居た!

わざわざ6m級の変異種の姿であり、同格の存在だとすぐに分かるのが不幸中の幸いくらいに!

お代わりを要求してないのに追加オーダーをした創造神に対して彼女は憤慨した!

 

 

「もう良いわ!まとめてぶっ倒して差し上げますわ!!」

 

 

この状況が絶望なのかと…その感情を欠如したフローラは、右手のグリップを握り締めた!

変異種からすれば、50mの壁上と正門に居た駐屯兵団の兵士を喰らい尽してしまった。

 

その時、同胞からの呼び出しを兼ねた咆哮を聴いて駆けつけて、偶然フローラに攻撃しただけだ。

さきほどまでご馳走になった兵士とは違って動きが機敏だったが、やる事は変わらない!

巨人は、人間のみを捕食する本能に基づいて襲撃するだけである!

 

 

「もおおお!!またなのおおお!?」

 

 

アンカーを撃ち込むとしたフローラに向けて変異種は胃袋にあった死体を口から噴き出した!

美味しそうな彼女を入れるスペースを作ると同時に祝砲を兼ねているように撃ち込んだ!

 

 

「あああ!?」

 

 

胃袋に30人以上の死体を収めているようで、怒涛の間隔で次から次へと死体を噴き出していく!

必死に回避するフローラだが決して路地裏に逃げる事はしなかった。

空気扱いのおかげで、巨人の興味から逸らしたエレンたちが襲撃される可能性があったからだ。

故に巨人から姿を隠す事ができず、必死に回避するしかできなかった。

 

 

「この…!!」

 

 

フローラがなんとか反撃の隙を見つけて飛び掛かろうとした瞬間、背後から何かが右肩を霞めた!

復帰した変異種が彼女を爪で貫こうとしていたのだ!

こうしてリヴァイ兵長に次ぐ実力者であるミケ分隊長ですら絶望する事態!

フローラは変異種を同時に相手をする羽目になった。

 

 

「なんでええ!?」

 

 

目の前は胃液と兵士だった残骸が飛んでくるうえに変異種が飛び掛かってきている。

背後では、変異種が両手の爪を伸ばして自分を引っ掻こうとしている!

完全にキャパシティオーバーであり、リヴァイ兵長以外では対応できるはずはなかった。

当然、フローラは近くの民家にアンカーを射出しようとしたが、付近の民家は瓦礫になっていた。

あれほどの戦闘を繰り広げて周囲の民家が無事で済むわけなかった。

 

 

「嘘っ!?」

 

 

仕方なく目の前に居る変異種に右アンカーを撃ち込んだが硬質化した皮膚に弾かれた!

すぐさまワイヤーを回収しつつ、後方転回して足元を狙ってきた爪を回避した!

右アンカーが右脚に強打したが、気にせずに後方に居た巨人の首に左アンカーを撃ち込んだ!

アンカーを撃ち込まれた変異種は、飛び跳ねて身体を回転させた!

 

 

「そ…こ…!」

 

 

巨体が1回転する前にフローラはアンカーを外した!

こうして上空に投げ出された彼女は一時的に巨人の攻撃から逃れることができた。

新手の変異種は、そのアンカー攻撃のカウンター攻撃した巨人と激突した!

すかさず右手の甲にアンカーを撃ち込んで白色の器官を両断しようとするフローラ!

そんな彼女の努力を水の泡にするように、新手の変異種は足の爪を伸ばした!!

 

 

「ああっ!?」

 

 

さきほどまでの攻撃で両手の爪だけが伸びると先入観があったフローラは対応できなかった。

その爪は、油断した彼女の胴体を貫こうとした!

 

 

「させない!!」

 

 

ミカサは、僅かなガスを全て噴出しきって双剣のスナップブレードをその爪に激突させた!

爪を切るどころか刃が根元から折れてしまったが、爪がフローラを貫く事はできなかった。

 

 

「ミカサ!?」

「フローラ!私も戦う!!」

 

 

勇ましくミカサは発言してみせたが、今の行動でガスをほとんど使い切った。

そして最後の刃を変えたが1本しか刃を装備できていない。

2対2の状況になったが、圧倒的に人間側が不利であった。

ガスも刃もないミカサ、連戦続きで肉体も固定ベルトも立体機動装置も限界のフローラ。

このままでは、すぐに巨人に押し切られるのは明白だった。

 

 

「どうしよう!?」

 

 

その様子を見て少年は頑張って考えた!

この状況を打開する策を!

だが教育を施されて思考の回転が早いアルミンですら策を見いだせないのに出るわけがなかった。

 

 

「お兄ちゃん!兵士なんでしょ!?戦ってよ!!」

 

 

パウエル少年は、自分の無力さに落ち込んでいるエレンに話しかけた!

カラネスの正門から出発する時、凛々しく立派な兵士だった。

ボロボロになっても戦い続けた兵士に最後の希望を託したかった。

泣くか逃げる事しかできない少年は、ただエレンに頭を下げて頼み込む事しかできなかった。

 

 

「だってオレは…」

 

 

エレンは、少年の言葉を聴いても決心がつかなかった。

アルミンと少女は、小さな残骸から取り除いていたが母親を助けるまで時間が掛かりそうだった。

結局、どの選択肢も選べず、ただ時間を浪費しており、なんとか状況を打開したいと思っていた。

エレンには、【巨人化】という文字通り、最後の切り札がある!

ただ、それは周りを無自覚に傷付ける諸刃の剣だった。

ここで巨人化すれば、本能に支配されて少年や少女を踏みつぶしてしまうと…自覚していた。

 

 

『それが許されるのはあなたの命が危うくなった時だけって私たちと約束したでしょ!』

 

 

巨大樹の森で女型の巨人に追われている時にペトラが発言した言葉をエレンは思い出す。

やはり、自分は役立たずだと思ってしまった。

あの時、いや以前から誰も自分に期待していなかったー。

 

 

『エレン、お前は間違っていない…やりたきゃやれ!』

 

 

その後、リヴァイ兵長が自分の選択を肯定してくれた。

エレンは走馬灯のように次々と記憶が浮かんで脳内を巡っていた。

結果はどうなるか、誰にも分からない。

だからこそ兵長は、判断に迷って決断できないエレンを念入りに後押しした!

 

 

『だから…せいぜい、悔いが残らない方を自分で選べ』

 

 

彼の言葉が強く心に残った。

 

 

「うっ…ううっ…まだ…」

「ミカサを放せえええ!この下衆野郎!!」

 

 

不意打ちに対応できず、変異種の右手に掴まれて捕食されそうになったミカサ。

掴まれて指で胴体を締め付けられて呻き声を漏らしてもなお、抵抗を止めなかった。

相棒のピンチを見逃すはずも無かったフローラは、左手首を双剣の刃と引き換えに強打した!

衝撃で指が離されて落下していくミカサを抱き寄せて回避行動をするフローラ!

その先には、もう1体の変異種が待ち構えていた!

 

 

「兵士さん…!?」

 

 

少年は、女兵士が掴まれたのを見た兵士が巨人に向かって駆け出したのを見送った。

立体機動装置どころか、刃すら何も身に着けていない兵士。

巨人に対して何もできるわけがないとパウエル少年にも分かっていた。

それでも彼の後姿を見送る事しかできない。

 

 

「オレは…ミカサを…みんなを護る!!」

 

 

巨人に向かって突撃したエレンは、泣きながら左手首を思いっきり噛み付いた!

その時、衝撃波が発生し、フローラとミカサを喰おうとした変異種は体勢を崩した!

エレンの身体から生えた大量の赤色の筋は筋肉を作り出して体格を作った。

まだ体格が形成中でありながらエレンは両手の指を組んで変異種に振り下ろした!

まさかの巨人からの攻撃に動きが機敏な変異種も対応しきれず、叩き潰された!

 

 

『こいつが!こいつらが!!絶対に!許さねえ!!』

 

 

風で黒髪がなびく15m級の巨人は、怒りの咆哮をあげた!

その声は、カラネス区から脱出する全ての住民の足を速めたほどだった。

 

 

『させるかあああああ!!』

 

 

巨人化したエレンに飛び掛かった変異種!

その脚をエレンは右足で蹴り姿勢を崩した変異種の右腕を左手でしっかりと鷲掴みした!

更に左手で掴んで引き、6mの巨体を背負って抱え込むように投げつけた!

6m級の巨人では、15m級の巨人のリーチの長さとパワーに勝てず子供の様に回転した!

そして変異種は、さきほどのダメージが回復していない巨人に激突した!

 

 

『まだだ!まだあああああ!!』

 

 

エレンは怒りに任せて何度も殴りつけた!

さきほどまでは、彼は6m級の巨人を見上げて恐怖と無力さで何もできなかった。

今度は、15mの巨体から6m級の巨人を見下ろしており、今までの鬱憤を晴らすように攻撃した!

 

 

-----

 

 

「エレン!エレン!!…ダメだ!全然聴こえていない…」

 

 

アルミン・アルレルトは、巨人化したエレンに必死に何度も呼びかけていた。

トロスト区の大岩を運送する時に巨人化した時のように巨人の本能に呑まれたと想像した。

ただ、以前と違って理性である程度、身体を操作できるようで、呼びかけるのを諦めた。

 

 

 

「ねえ兵士さん…」

「えーっと、どうしたの?」

「あの兵士さん…巨人になった…なんで?どうして?」

「それは…」

 

 

純粋な少年の疑問にアルミンは、座学トップの頭脳をもってしても返答できなかった。

そんなの自分が一番知りたいし、むしろ教えて欲しかった!

 

 

「「アルミン!!」」

 

 

そこに聴き慣れた2人の女の声が聴こえた!

ただし、その声はまるで…!

 

 

「うわああああああ!?」

 

 

フローラとミカサは、鬼の形相をしてアルミンの元へ全速力で駆け抜けてきた!

【人類最強の女】を争う狩人たちが、屠所の羊を見つけたように鬼気迫って向かって来る。

思わずアルミンは、少年と少女の前に一歩出て咄嗟に両手を伸ばして庇ってしまうほどに!

アルミンは泣いた!無様に鼻水を垂らして!震える2匹の子羊を護る羊の様に!

 

 

「アルミン!刃をよこしなさい!」

「ガスも!もらう!」

 

 

フローラは、アルミンの一式鞘から一式刀身を2本頂戴した!

更にミカサは、彼からガスボンベをも奪い取り自身の鞘に装着した!

彼女達からみれば、アルミンは絶好の【補給拠点】であった。

そうとも知らず、彼は彼女達にされるまま受け身となって震える事しかできなかった。

 

 

「行くわよ!」

「分かってる!すぐに行く!!」

 

 

装備を整えた2人は、踵を返して変異種の方へ向かっていった。

大嵐が通り過ぎた様に静かになったのに残された少年達は呆然としていた。

咆哮で気を失った母親を気にすることもできず、ただ座り込んで泣くしかできなかった。

空になった2つのガスボンベが風に煽られて音を立てて転がっていく。

 

 

「え…ええ…何が起こったの…?」

 

 

エリーは、さきほどの記憶をショックで消失していた。

パウエル少年に至っては、壁に背もたれながら座り込んで気を失った。

 

 

「う、うん…ちょ…っと待ってね…」

 

 

ショックで気力を失ったアルミンは、兵服の懐のポケットから筒を取り出して蓋を開けた。

それは、フローラが纏っている香水が入っており、安らぐ香りがした。

リラックスハーブで調合されている香水の香りを存分に嗅いで正気を取り戻した。

 

 

「とりあえず安全な場所に行こうか」

 

 

一か月前の兵団本部突入作戦の時にフローラから渡された香水。

何故、こんなものを渡してきたか理解できなかったアルミンであったが今、理解できた。

これで正気を取り戻して行動できるようにする彼女なりの計らいであった。

ついでに小便の匂いを誤魔化せると思ったアルミンは、少年たちの匂いを誤魔化す為に使った。

 

 

-----

 

 

『くっそ!!』

 

 

巨人化したエレンは、目の前が真っ赤に染まっていた。

初めての経験だが、巨人化できるのが限界というのは分かっていた。

既にほとんど力が入らず気を抜けば、巨人化が解除されると実感している!

 

 

『まだ…倒せていないのに』

 

 

1体の変異種の両手の甲を潰して両腕を引き千切った!

だが、それだけであり止めを刺そうとした瞬間、自由に身体が動かなくなってしまった。

怒涛の攻撃を受けた変異種は、立ち直りつつあり、形勢が逆転しようとしていた。

 

 

『まだ…倒れるわけには…』

 

 

両手が無事だった変異種は、爪を伸ばして巨人化したエレンを切り裂こうとしていた!

その瞬間!

 

 

「おっほっほっほっ!どこを見てるの!!お肉はこっちよ!!」

 

 

フローラは大声で変異種に呼び掛けた。

両腕を捥がれた変異種の右肩に乗っており、わざわざ脱ぎ捨てた兵服を握って振っていった!

視覚よりも聴覚が発達していた変異種は、その挑発に乗って右手を薙ぎ払った!

あらゆる物を切断する爪は、同族の巨人の首を刎ねた!

引っ掻くように薙ぎ払ったせいで鎖骨や左肩さえも綺麗に切断した!

 

 

「中々の威力ね…もしかして硬質化の皮膚すら貫通するかも…」

 

 

巨人を囮にして見事に逃げ切ったフローラは、【変異種の爪】に興味を持っていた。

女型の巨人が生成した結晶といい、あの変異種の爪といい、新たな物質が気になっていた。

 

 

「あの爪の素材がブレードの素材になったら…どれだけ楽になるのかしらね…」

 

 

もし、巨人が生成した物質で、立体機動装置が強化できるかもしれないと!

既に立体機動装置もアンカーも強化し尽してしまい、壁にぶつかっていた。

巨人の生成物で強化できれば、更に技術が発展すると考えてしまった。

だからこそ、判断に遅れた!

 

 

「え?どこに行く気!?」

 

 

斬り掛かろうとしたミカサは、変異種の動きに対応できず攻撃を中止して離脱した。

巨人は何かを思い出したように瓦礫になった民家に向かっていく。

 

 

 

『させるか!!』

 

 

その魂胆を理解したエレンは、怒りでむりやり巨体を操作して追いかけた!

変異種は、痛みで目覚めたパウエル達の母親の悲鳴を聴いて捕食行動を図っていた!

 

 

「いやあああああ!」

 

 

あれほど動かなかった瓦礫を巨人は容易く退かして、女性を右手で鷲掴みにした!

捕食しようとした巨人をエレンは背後から抱擁して持ち上げた!

フローラとミカサは、右手の関節を全て切断して女性を救出する!

それを見届けたエレンは、しっかりとホールドしながら自身の身体を後方に倒した!

 

 

『許さねえええええ!!』

 

 

踵を上げて爪先立ちになり、ブリッジ体勢に移行し、背中は綺麗に反った!

もしこの場にアニ・レオンハートが居たら「バックドロップ」について熱く語ってくれただろう。

技名も知らないし、対人どころかやった事も無いエレンであったが、無意識にやった。

ただ巨人を殺す…その為に!

 

 

『さっさと死ねええええ!!』

 

 

大きな弧を描いて6m級の変異種は成す術なくその巨体を地面に激突した!

巨体の重量と激突した衝撃を首だけでダメージを逃せるはずもなく派手に首が折れた!

エレンの対人格闘成績は、ミカサに次ぐ2位!受け身が取れない無垢の巨人に勝ち目は無かった。

大きくうなじを損傷した巨人は、カラネス区という『リング』どころかこの世から退場した!

 

 

『これで…休める…』

 

 

勝者は、エレン・イェーガー!

決定打は、バックドロップ!

最初で最後の【カラネス区のリング】での勝者は彼に決まった!

セコンドが選手と最初に交戦していたり、選手が乱入していたが何でもありの無差別格闘技!

そもそもレフェリーが居ないのでルールなんて最初から関係なかった!

勝者のエレンの巨人がリングの床に倒れた!

そして最後まで立っていたフローラとミカサは勝者として讃えられる事になるだろう。

 

 

「「エレン!?」」

 

 

勝者になったフローラとミカサというセコンドは、必死にエレン選手の救出を行なった!

 

 

「フローラ!早く斬って!!」

「分かってるわよ!!」

 

 

怒りで興奮して黒色の肌になった巨体は文字通り火を噴き出しており、激しく燃えていた!

そのまま放置すれば、本体のエレン自身が焼き尽くされる危険があった。

火傷なんか気にすることもなく彼女たちは、うなじを刻んで必死の救出活動に当たっていた。

 

 

「熱い!」

「川にぶち込んで冷やすわよ!」

 

 

見事に救出したエレンを2つの兵服で包み込んで、フローラとミカサは川に向かって進撃した!

それを少年と少女と、その母親が見守っていた。

更に5体目の変異種を討伐した調査兵団の精鋭たちが合流し、事態の収拾を図った。

 

こうしてカラネス区の事件は幕を閉じた!

 

 

-----

 

 

壁外調査に掛かった費用と損害の痛手は、調査兵団の支持母体を失墜させるには充分だった。

調査兵団を敵視する王政府としては朗報であったが、他人事で済まなかった。

それ以上に憲兵団と王政府の権威が失墜したからだ。

 

よりによって中央第一憲兵団が、巨人が壁内に侵入してきたのを主要都市で宣伝!

配下の憲兵団の高官は、住民を見捨てて自身の財産を掻き集めて王都に避難した!

王都ミットラスは大混乱に陥り、見捨てられたアウリール卿は激怒!

フリッツ王は、その報告を兵士から聞いて、呆れたのか声も出さず寝室に行ったほどである。

 

 

「ケニー!あの役立たず共を粛正してこい!手配書の首をここに全員持ってくるんだ!良いな!」

「了解、さくっとやってきますよ…」

 

 

王政の行政トップ、アウリール卿は王都に帰還してすぐに手配書を作成し粛正の指令を出した!

対人立体機動部隊のケニー・アッカーマンは、部下を率いて愚か者たちを粛正していった。

更に王政民を落ち着かせるために、大総統は全兵団を駆使して壁内の調査に当たらせた。

 

その影響で、エルヴィン団長含む責任者が王都に収集されるのは一時保留とした。

エレンの引き渡しは、壁内の安全が確認するまで調査兵団が引き続き預かる事となる。

 

 

-----

 

 

第57回壁外調査が実施された日の晩、カラネス区の兵舎でフローラは髪を梳かしていた。

厳密に言うと髪をミーナに梳かされていた。

 

 

「フローラ!髪は大丈夫そうよ!ちょっと毛が痛んだだけで済んでる!」

「そう、それならいいけど…」

 

 

巨人の胃液を浴びたせいで相当酷くなっていると予測したフローラ。

その予想は、彼女の声と“声”を聴いて杞憂だと分かって安心した。

 

 

「じゃあ、約束通り一緒に寝よ!」

「そうしましょう」

 

 

フローラは、ミーナの部屋で就寝する事にして彼女のベットの中に入っていった。

持ち込んだ枕を頭の下に敷いて掛け布団を被った。

ミーナも掛け布団に潜るようにしてフローラの横に頭を出して笑った。

 

 

「フローラ…あったかい…!」

「まだ寝たばかりよ?」

「だって、一緒に寝れるんだもん!心も身体も温かいよ」

「じゃあわたくしも…」

 

 

フローラはミーナをゆっくりと抱きしめた。

 

 

「フローラ!?」

「これでじっくり温もりを感じられるわ…どうしたの?」

「もっと抱き締めて!」

 

 

激戦を生き抜いた兵士が乙女になって甘えてきた。

フローラは彼女の言いなりになって強めに抱き締めて甘えさせた。

その後、ガールズトークをした後、ミーナは安心したのか眠ってしまった。

 

 

「ミーナ?寝ちゃったか…」

 

 

フローラは、本日起こった出来事を記した調査日誌を手に取ろうとした。

…が、暗すぎるし、なによりがっしりとミーナに拘束されて身動きが取れなかった。

隣人の寝息を聴きながら久しぶりの安眠を期待して瞼を閉じた。

 

 

「おやすみミーナ」

 

 

フローラは、そう呟いて第57回壁外調査の疲れからか、そのまま熟睡した。

 

『カラネス区というリングのレフェリーは、王政府の重臣ピエール・ジョナ・アウリール伯爵』

 

と、調査日誌に書くのを忘れて…その後にも思い出す事もなく、ついには書かれる事は無かった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。