進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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47話 アニ・レオンハートの至福の一時

「アニ、パンドラの箱って知っているか?」

「パンドラという女が興味本位で箱を開いて災いを解き放って、残ったのが希望って話でしょ」

「実はその話に続きがある」

「続き?」

 

 

アニ・レオンハートは、ただひたすらに戦士になる為に訓練をしていた。

同期のマルセル・ガリアードの話など、いつもなら軽く受け流すはずであった。

彼が深刻な顔をしており、ただ事じゃないと思い聞く耳を立てた。

 

 

「その希望が【最大の災い】っていう奴さ」

「どういう事?」

「つまり、【まやかしの希望】は、人を絶望に突き落とす最高の災いって事だ」

「人は希望と信じて代償を払ってでも前進できるが、達成できなかった時…」

「希望に近づいた分だけ、絶望が増すってわけだ」

 

 

何かと思ったら与太話をされてアニは馬鹿らしくなった。

そもそもパンドラの箱の話は、様々な解釈があり彼が発言したのは一説に過ぎない。

 

 

「聴いて損した…」

「無関係じゃないぞ…何せ俺達はパンドラの箱を開く事になるかもしれないからな…」

「まだ戦士になっていないのに偉そうな口を利くな」

「すまない…」

 

 

アニは、偉そうにうんちくっぽい事を述べるマルセルが大っ嫌いだった!

それだけではない!

ドベのライナーも、空気のベルトルトも大っ嫌いである!

彼女はただ、父を…。

 

 

-----

 

 

「ハァハァ……夢か」

 

 

アニは、いつもの寝室で目覚めた。

同室の女は既におらず、またしても寝坊したのは確実である。

体のだるさは残るが、すぐに着替えて膝丈のブーツを履いた。

そして何食わぬ顔をしてドアノブを掴んでゆっくりと扉を開いた。

 

 

「あらー?やっと起きたの?ゴメンねー寝顔が怖くて起こせなかったのー」

「お前は最近、たるみ過ぎだぞ…もっと早く寝ろよ」

 

 

階段を降りると同僚達が直立して上官の指示を待っている様である。

同室のヒッチ・ドリスと、堅物のマルロ・フロイデンベルクが彼らなりに気遣ってくれた。

特に大切な日に病欠扱いにしてくれた彼女には頭が上がらない。

そう思っていても、自分のプライドと性格のせいで素直に感謝の一言を告げられなかった。

 

 

「もしかして怒ってる?」

「愛想が無い奴だな…」

 

 

未だに傷が癒えていない以上、そっとして欲しかった。

特にマルロ、お前は真面目過ぎてこっちまで迷惑してると告げたいくらいだった。

それでもアニは、気だるさを誤魔化さずヒッチの隣に整列した。

 

 

「ほっておいてやれよ。アニは、あのトロスト区出身なんだぞ」

「ああ、この支部で唯一の実戦経験者だったな」

「性格がああなってもしょうがないか…」

 

 

銀髪が特徴のボリス・フォイルナーのフォローもあり、それ以上言及されなかった。

周りの空気しか読めないベルトルトは、彼の爪の垢を煎じて飲んで欲しいくらいに嬉しかった。

なんならベルトルトと入れ替えても良いくらいだ。

 

 

「…って言ってもカラネス区の憲兵も巨人と交戦したらしいがな」

「調査兵団がたまたま居たおかげで、討伐できたって話だぞ」

「もしかしたら調査兵団が巨人が引き入れたかもしれんな」

「約70年前のシガンシナ区で巨人信捧者が巨人を招き入れて大惨事になった事件みたいにか?」

「じゃないと、調査兵団にとって出来過ぎな事件だろう」

 

 

50mの壁を登りカラネス区に侵入してきた複数の巨人。

実は、アニもあの場に居て、その巨人達を目撃していた。

あの時に目撃した巨人は、まるで【顎の巨人】であった。

そのせいなのか、ここ最近、マルセルが出てくる夢を見るようになった。

巨人に喰われて死んだ彼が、生者の自分を呼んでいるようで、うんざりした。

 

 

「おい、私語を謹んでおけ…そろそろ時間だ」

 

 

真面目に懐中時計で時間を確認していたマルロの一言で全員が敬礼して待機した。

 

 

「…クソが!!」

 

 

ストヘス区憲兵支部所属のデニス・アイブリンガーは機嫌が悪かった。

昨日の賭けで大損をしたのもあるが、指令書を見てイライラしていた。

しかし、壁を背に整列している新兵達を見て名案を思い浮かべた!

 

 

『なんであんなに機嫌が悪い?賭けで負けたのか?』

 

 

マルロは、直属の上官の機嫌が悪い事に疑問に思っていた。

いつもなら気だるさを隠さず、仕事を新兵に投げやりして個室で賭博に明け暮れているはずだ。

 

 

「よぉ!お前ら元気か?」

「「「「はい!!」」」」

「アニ・レオンハートは…まだ体調が悪いようだな」

 

 

珍しく新兵の体調に気を遣う上官を見て、翌日に槍でも降って来ないか心配する新兵一同。

珍しく真面目なマルロに仕事を全振りしてこない時点で、嫌な予感しかしない。

 

 

「お前ら、数日後に第58回壁外調査があるって知ってるか?」

「…いえ、存じておりません」

「だろうな、俺も今知った」

 

 

アニは第58回壁外調査がある事に驚愕した。

前回の壁外調査で調査兵団が半壊しており、暫く身動きが取れないと思っていたからだ。

彼らが、人類活動領域の最東端のカラネス区を防衛しているというのもある。

 

 

「カラネス区で憲兵が逃げた事件があっただろう?」

「巨人と交戦して戦死した同僚を見て、憲兵全員が敵前逃亡した事件でしたね」

「それで、憲兵団の権威が失墜してな…王政が名誉挽回を目指しているそうだ」

 

 

マルロの模範的な回答を聴いて頷きながらデニス班長は、元凶のカラネス区の憲兵を恨んでいた。

憲兵になれば、巨人と交戦せずに済むと思っていたし、実際に今までそうであった。

だが、ゲラルド大総統の印鑑が捺された指令書には、驚愕の命令が記されていた。

 

 

「突然で悪いが、お前達の中から3名を選抜して、第58回壁外調査に参加してもらう事となった」

「はぁ!?」

 

 

とんでもない命令に思わずヒッチが声を漏らした。

ここに居る新兵全員がその命令を聞いて全身を硬直させた。

トロスト区の悲劇は、内地であるここでも良く話題になる話である。

つい先日もカラネス区の駐屯兵100名以上が戦死したとストヘス区の住民で話題になっている。

 

 

「壁から突出した城壁都市に憲兵が200名程度配備されているのは知ってるな?」

「存じております!」

「その城壁都市から各3名を選出して参加させて、民衆に憲兵団の勇敢さを示す作戦だ」

 

 

デニスも自分で何を言ってるか、よく分からなくなってきた。

盤石だったはずの王政が、壁内に巨人が侵入してきたという情報で崩壊しそうになっていた。

そこで、王政の重臣アウリール卿がゲラルド大総統に提言した案を元に作戦が立案された。

新聞記者や地元の有力者を集めて、カラネス区の壁上で見物するというまさに見世物のようだ。

 

 

「は、反対意見は出なかったんですか!?」

「ボリス…お前の言う通りだよ!実際に壁教のローデリヒ枢機卿が反対されたそうだ」

「神聖な壁の上で下等な人間如きが、居座って見下ろすのではないと…さ」

「討伐作戦に参加する憲兵自体は反対されてなかったって事だ!諦めて命令に従え!」

 

 

デニスは腐りきっていたが、これでも訓練兵の中で上位成績10位内になったエリートである。

すぐに今期配属された新兵の顔を覚えたし、全員の性格や技能などを把握していた。

既に1名参加させるのは確定しているが、まずは一番嫌がっている兵士を任命したかった。

 

 

「おっとヒッチ?なんで視線を逸らした?」

「こちらの顔を舐め回すように拝見されていたからです」

「よし、ヒッチ・ドリス!根性を叩き直して成長してもらう為にお前に参加してもらうぞ!」

 

 

とりあえず、気に食わないヒッチを参加させる事にした。

…戦死すると思うが、死んでも痛くも痒くもないから厄介払いにちょうど良いと思っただけだ。

 

 

「う、嘘でしょ!?デニス班長!私は、か弱い乙女ですよ!?」

「つーても、上位成績10位内に入ったんだろう?良かったじゃないか、鈍る前に参加できて!」

 

 

訓練兵の成績は、立体機動の試験で高成績を修めた者が優先的に上位になる。

ヒッチも憲兵である以上、上位成績が確定しているので並みの駐屯兵団兵士より戦えるはずだ。

ちなみに新兵を選抜したのは、古株の兵士は勘が鈍って参戦できないという建前もあった。

 

 

「な、なんで…」

 

 

ここでヒッチは不正で成績上位10位内になった事を後悔した。

「お前みたいな馬鹿女が憲兵になれるわけがない」と同期から告げられたが実際に不正していた。

さすがに並みの訓練兵より立体機動は上手だが15位の成績だった。

採点担当の教官をいろんな手で誘惑して、10位にしてもらって晴れて憲兵になった。

巨人から逃げる為に憲兵になったのに、本末転倒になってしまい、彼女は頭を抱えた。

 

 

「デニス班長!さすがに彼女は向いていないのでは?」

「そんなに心配ならボリス、お前が全力で守ってやれ」

「えっ…?」

 

 

デニスは、口答えしてきたボリスも参加させる事に決めた。

これで参加メンバーが決定した。

 

 

「じゃあ、責任感が強いマルロに班長として頑張ってもらおうじゃないか」

「…はい」

「マルロ、2人を率いて第58回壁外調査に参加してくれるな?」

「…了解しました」

 

 

真面目だから逆らう事はないだろうという無駄に安心感がある男だった。

マルロを脅して、他の2人の承諾をする前に3人の参戦を決定させた。

彼の承諾で残りの2人も承諾させたと同意義にする為に!

任務を承諾した以上、敵前逃亡をしたら死罪か、監獄行きだから逃げる事はないだろう。

 

 

「…そうそう、お前ら3人は、今日から壁外調査の日まで休暇を取らせる」

「ゆっくり身体を休めて、当日、カラネス区の正門に整列しろ」

「アニ・レオンハートは、本日は休暇、翌日から休日返上で働け!以上!」

「「「「ハッ」」」」

「俺は、さっそく3人の名前を記入して書簡を提出してくるので、後はよろしく!」

 

 

泣き出したヒッチを無視して、デニスは全速力で走って個室に籠り、書類を執筆した!

 

 

「しかし、王政の奴らもやべぇ事を考えるもんだ…」

 

 

第58回壁外調査は、突出した城壁都市、28名の憲兵と王都の憲兵7名が参加する。

もはや捨て駒にしか思えなかったが、調査兵団の精鋭部隊が参戦するので大丈夫であろう。

憲兵の雄姿を記者どもに魅せ付ける上で、できるだけ戦死させないはずだと考えていた。

わざわざ、各都市をモチーフにした色分けした腕章まで付けさせる徹底ぶりである。

 

 

「というか、調査兵団の参戦兵力少な過ぎだろう?本気で巨人を掃討する気があるのか?」

 

 

付属された調査兵団の書類を見て疑問に思った。

 

 

調査兵団の第一分隊は、ミケ分隊長を含め、5名

調査兵団の第三分隊は、名も知らない3名

調査兵団の第四分隊は、たった1名のみ

 

 

もちろん、壁上にも兵力が配備されているが、それでも壁外に出るには少なすぎる。

一応、全員の簡潔な経歴が記されており、文字だけでも精鋭と読み取れた。

第四分隊の1名を除いて。

 

 

「特に第四分隊のこいつは何だ?新兵の癖に大総統と内政大臣のお墨付きとか何をやった!?」

 

 

デニスは、第四分隊のフローラ・エリクシアという名が気になった。

マルロやヒッチと同じ104期の兵士という経歴しか記されていない。

なのに、大総統と内政大臣の勅令で参加を義務付けられていた。

正式な兵士になってから二か月も経過してないのに、指名されるとはよっぽどの事である。

 

まるで…()()()()()()()()()()()()()()ように!

 

 

「まあ、考えてもしょうがねぇーか!俺は関係ねぇーし!」

 

 

達筆で3名の名前を記入し、憲兵団のナイル・ドーク師団長に提出する為に書類を封筒に入れた。

 

 

-----

 

 

「アニ!私、死んじゃう!死んじゃううううう!」

「ヒッチ、とりあえずお酒を飲むのを止めたら?」

「はぁああああ!?もうムリ!せめて殿方に貢がせたかった…」

 

 

ヒッチ・ドリスは自暴自棄になってアニと共に昼間の露店で酒を飲んでいた。

泣き上戸の彼女は、更に悲観的になって友人に甘える事しかできなかった。

机に突っ伏した酔っ払った友人を見て、アニは何て声をかけるべきか迷っていた。

 

 

「アニ…どうやってトロスト区の地獄から生き残ったの?」

「同期たちや先輩に助けてもらった」

「うわあああああああ!あの2人に助けてもらう?無理に決まってるうううう!」

 

 

ヒッチは、あの2人では役に立たないと分かっていた。

真面目だが、なんか気になるマルロと、気遣いはできるが頼れる男ではないボリス。

調査兵団は税金の無駄遣いの無能集団だし、頼れるアニは居ないし、もう終わりだった。

 

 

「ねえ、周りの客に迷惑だから静かにして」

「もうやだ!アニまで私の存在を否定するうううう!うわぁああああああ!!」

 

 

さすがに煩過ぎて、アニは、自称友人のヒッチを殴りたくなってきた。

同じく104期兵で泥酔したフローラは笑い上戸で、比較的静かな部類だった。

あまりの無防備さに男共に股を開かされて凌辱された可能性を考えるほど上機嫌で良い子だった。

だからこそ、周りに迷惑かけている馬鹿女を暴力で黙らせたかった。

 

 

「アニ、香水を貸してぇ…」

「香水?」

「とぼけないでぇ!【15m級の巨人】とやらの男に振られてから使ってる香水よぉお!」

 

 

アニ・レオンハートは、トロスト区の兵団本部奪還作戦で、フローラから香水をもらった。

第57回壁外調査の日の晩、精神崩壊して寝室に泣きながら戻った。

あまりの豹変っぷりにヒッチは、話しかける事もできず掛け布団を被って見なかった事にした。

その時、アニは香水が入った筒の蓋を開けて香りを嗅いだ。

 

 

『この香水はリラックスハーブの成分が入ってるの!快眠や精神を落ち着けるにはぴったりよ!』

 

 

フローラが簡潔に説明して渡してくれた香水。

それは発言した通りであるが、なにより彼女の香りがして安心した。

憔悴したミーナやクリスタも香水を纏った途端、元気になるほどの不思議な特効薬。

アニは、壁外調査の日から香水を服用していた。

 

 

「ちょっとだけなら良いよ」

「ありがとぉ……ああ、いい香りぃい…」

 

 

友人から受け取った香水の筒を受け取ったヒッチは、すぐに蓋を開いて香りを嗅いだ。

体臭を誤魔化す為に使う香水は、匂いが強い上に癖があるせいで好きでは無かった。

ただ、第57回壁外調査の日から同室の友人が使用している香水は不思議と嫌いになれなかった。

欲しいと言っても非売品としか返して来ず、貸してくれなかったが実際、原液を嗅ぐと安らいだ。

 

 

「ふうぅーーーーーーーーーぅ…」

「落ち着いた?」

「まあね…『コデロイン』とかいう麻薬より、この香水が流行れば良いのに…」

「それは同感」

 

 

もっとも、フローラしか精製できないので、流行る事はない。

香水を受け取った友人たちも決して、他人には貸しはしないだろう。

 

 

「ねぇ、パーカー娘さんぅ!どうやってこの香水を手に入れたのぉ?」

「友人からもらった…」

「うぇえあっ!?マジで?一匹狼のあんたにも友人が居たのぉ?」

 

 

アニは他者と仲良くなるのを恐れていると見抜いたヒッチ。

だからこそ、彼女にこんな香水をプレゼントしてくれる友人が居るなんて思わなかった。

 

 

「香水をくれた友人と、食事の時に話し相手になってくれた友人が居る」

「それでぇ、その友人達はどこに居るのぉ?」

「2人とも調査兵団に入団した」

「うぇっ…マジかぁ、いかれポンチよりひでぇわ…」

 

 

調査兵団といえば、アホみたいな信念を掲げて税金と人命を投げ捨てる頭おかしい集団。

先日の壁外調査も規模を半壊して帰還して、いつもの調査兵団と揶揄されるほどのやべぇ奴ら。

そりゃあ、アニも他者と仲良くなるのを避けるわ。

仲が良い友人達が自殺志望者として逝っちゃうなんて精神がむちゃくちゃになるわけだ。

だからこそ、代わりに友人になってやると、ヒッチは再確認した。

 

 

「そうか、死んじゃったか…」

「2人ともまだ生きてる!」

「壁外調査で死んだんでしょ?」

「生きてると確認した!!」

「ふーん…」

 

 

文通のやり取りはしている様子は無いし、直接面会して確認した形跡はない。

どうやって生存を確認しているか分からないがヒッチにとってはどうでもよかった。

第58回壁外調査に参戦させられると思い出すと、身体が震えて鼻水と涙が止まらなかった。

 

 

「やっぱり行きたくない…まだ生きたいから、行きたくない…!」

「気持ちは分かる」

「はぁん、あんたなんかに分かるわけないでしょ!私は弱いんだからぁ…」

 

 

実は、アニも壁外調査にこっそり参加していた。

そこで巨人に追い詰められて殺されかけた。

そのピンチを救ってくれたのはフローラだった。

彼女のおかげで壁内に戻って来れて、こうやって美味しい物を食べることができる。

 

 

「こんな時にフローラが居たら…」

「なんか言った…?」

「なんでもない」

 

 

アニは露店の椅子に深く寄りかかって溜息を吐いた。

悲観的になり過ぎてこっちまで落ち込んでしまったので立ち上がって肩を回した。

 

 

「あれ?アニ!?」

 

 

聴き慣れた声がして彼女は振り返った。

そこには乗馬したフローラとミーナが居た。

 

 

-----

 

 

「…というわけさ」

「大変ね…」

 

 

アニは、フローラとミーナに事情を説明した。

ここに居るヒッチを含む同期の憲兵3名が第58回壁外調査に参加する事。

それでヒッチは自暴自棄になって昼から酒を飲んでいる事などを話した。

 

 

「何よぉ!他人事のように聴いてぇ!あんたたち調査兵団の兵士なんでしょ!」

「そうですわね」

「巨人が怖くないの!?」

「巨人を一匹残らず駆逐するつもりですので、怖いとか言ってられません」

 

 

ヒッチは、あまりの価値感の違いに混乱した。

アニとミーナはフォローを入れてくれたが、やべぇ女に困惑するしかなかった。

まるで悩んでいる自分が馬鹿に感じる様に。

 

 

「ちょうどよかった、わたくしも第58回壁外調査に参加しますわ」

「そうなのぉ?」

 

 

机に突っ伏している自分に向けて手を伸ばしているフローラという女。

良く分からんけど、とりあえず彼女のおかげで不安が少し薄れた気がした。

差し伸べた手を握ると、とても温かった。

なによりーあれだけ欲しかった香水の香りが鼻をくすぐって安らぎを…。

 

 

「ちょっと待って!その香水は!?」

「えっ?わたくしが作った香水ですけど…お気に召しませんでしたか?」

「私、その香水が欲しいのぉ…」

「そんなに欲しいなら、差し上げますわ」

 

 

フローラは、馬のライリーに装着させたバックから香水の筒を持ってきてヒッチに手渡した。

 

 

「ありがとう…」

「ついでに私にもくれないかな?」

「はい、どうぞ」

「…どうも」

 

 

アニもすかさず香水を受け取った。

 

 

「アニ、ちゃんと髪を梳かしてる?」

「ミーナ、ちゃんとやってるって…」

「ちゃんとしないとフローラみたいに女子力が無くなっちゃうよ!」

「ミーナ…それ、どういう意味!?」

 

 

久しぶりに親友に再会したミーナは嬉しそうに話しかけていた。

まるで子猫の様に甘えてくる彼女にアニも抵抗できず甘やかすように右手を撫でた。

フローラは、ミーナの爆弾発言でそれどころではなかったが!

 

 

「ほら、ここに寝ぐせがあるじゃない」

「さすがにそこまでは…」

「ダメ、女の子は少しでも手入れをサボるとすぐに老けちゃうもん!」

 

 

両手を腰に当ててほっぺを膨らますミーナを見て思わずアニは微笑んだ。

 

 

「笑い事じゃないってば!!フローラの二の腕を見てよ!」

 

 

椅子に乗ったミーナは、フローラの兵服のジャケットを脱がした!

そこには両腕が傷塗れで目も当てられない惨状が見えた。

 

 

「なにこれ…」

 

 

ヒッチは、女性と思えない傷塗れの腕を見て、声もうまく出せなかった。

 

 

「ヒッチは知らなかったね、フローラはよく立体機動に失敗して負傷してた」

「いくら何でも多すぎでしょぉ!?」

「でも、その分、立体機動と巨人戦は私より優れてるよ」

「マジで?」

「南方訓練兵団で成績4位だった私が保証するよ」

 

 

アニの純粋な笑みで嘘ではないとヒッチは察した。

ミーナと呼ばれた少女は、自信満々にこうなるなと警告していた。

馬鹿にされているのか、褒められているのか分からないフローラは黙って微笑む事しかできない。

 

 

「そういえば、フローラたちはここに何しに来たの?」

「エルヴィン団長からドーク師団長に機密書類を届ける使命でここに来たの」

「もう終わって、フローラは同期たちやお世話になった人へのお土産を買ってるの!」

「ふーん…」

 

 

おそらく機密書類は、壁外調査関連だろう。

そして彼女達の口ぶりからエレンは無事だとアニは感じた。

 

 

「エレンは元気にしてる?」

「ここ最近、意識がはっきり覚醒しなくてね…面会ができないのよ」

「そうなのか…場所は分かる?」

「いえ、わたくしにも知らされていないわ」

 

 

フローラは半分嘘をついた。

未だにエレンの意識は朦朧としており、しっかり覚醒する日が珍しいと知っている。

それは、旧調査兵団本部だった古城に寄った時に聴いた話である。

エレンと面会したかったが、彼は弱い所を見られたくないと察して、見舞い品だけ渡していた。

機密情報なので彼の居場所は、ミーナにも伝えていない。

 

 

「それで?お土産は何を買ったの?」

「よくぞ訊いてくれましたわ!」

「ジャンの好物のオムライス、サシャにあげる霜降り肉、兵長に渡す上質な紅茶!」

「アルミンとピクシス司令に渡すチェスセット、ハンジさんには兵器工学詳論!」

「ベルトルト用の高級寝具に、高価な酒を…」

「ああ!もういいって!」

 

 

フローラは、アニの質問を聴いて購入した物を片っ端から発言した。

あまりの多さにアニもヒッチもびっくりするほどである。

飢えた乞食に目を付けられる前にアニは、お人好しの女を制止した!

 

 

「金持ちじゃないの…良い友人をもったねぇ…」

「いや、訓練兵時代はそんな裕福じゃなかった」

 

 

ヒッチは、アニに嫉妬した。

人懐っこいミーナに、金持ちで気遣いできるフローラ。

愛想が悪く他者との関わりを極力避ける女には、もったいない友人である。

 

 

「私たち、休暇中なのぉ!よかったら買い物に付き合ってくれない?」

「良いですわよ!アニも一緒に行きましょう!」

「分かったよ…」

 

 

こうして4人はストヘス区の商店を周って買い物をした。

ヒッチは、フローラに奢ってもらい、化粧品や日常用品を買った。

アニは…。

 

 

「ドーナツ店…!フローラ!あそこに行くよ!」

「「「えっ?」」」

「えっ…じゃない!私はあそこに行く!!」

 

 

『幸せ真ん丸ドーナツ専門店』という看板を見たアニは豹変した!

ドーナツとやらのお菓子を食べたい子供の様な表情をして3人を見つめていた!

フローラもミーナもヒッチも初めて見る彼女の顔に度肝を抜かれたが…。

楽しそうなのでお店に向かっていった。

 

 

「これは前、食べたドーナツ!これは…抹茶?抹茶って何!?」

「そういえば、アニは甘い物が好きなんだっけ…」

「初耳よ…なんで教えてくれなかったの?」

「だって、訓練兵時代は、甘い物を食べる機会がほとんどなかったし…」

 

 

ドーナツを見て目を輝かせるアニは、どれを食べようか迷っていた。

壁外調査の前日に探し人を捜索していた彼女。

その探し人であるカーリー・ストラットマンという女性からドーナツをもらった。

それは、何度もお代わりしたくなる甘いお菓子であり虜になっていた。

ミーナとフローラが自分の話題をしているが、特に気にすることはなかった。

 

 

「とりあえず、一通り買ってみましょう!」

「ほんとに!?」

「アニが嬉しそうな顔がこっちまで笑顔にする魔力だからね!」

 

 

こうしてフローラは、店にあったドーナツを購入した。

アニの件もあったが、ワグナー夫妻に『復興饅頭』以外のお菓子も検討させるつもりだった。

それぞれ紙袋を抱えた4人は、近くにあったベンチに座ってドーナツを頬張って食べていた。

 

 

「美味しい!」

「このドーナツはね!上にある特性の甘いパウダーが甘くてね!中にあるもちもちの感触と噛み合って舌でとろける様な感触と!ゆっくりと広がる甘味とスパイスになっている塩辛さが…」

 

 

無口で無愛想なアニが、ドーナツについて熱く語っているのを見て不思議な感じがする3人。

普段喋らない人だからこそ、今まで抑圧されてきた分だけ話続けていた。

とりあえず頷いておけばいいや…的なノリで、取り巻きの3人は、リズムよく頷いていた。

 

 

「なんか、いつものアニじゃない…」

「今度、機嫌が悪かったらドーナツを用意しようかな…」

 

 

ミーナもヒッチも、アニの本性を目の当たりにしたが、むしろ親しみすらあった。

彼女は、自分たちと変わらない人間なんだなと実感していた。

一方、フローラはドーナツを頬張っているアニの似顔絵を手帳に描いていた。

熱く語っているドーナツの内容も、ぎっしりと書いて意外な一面をしっかりと記した。

 

 

「とりあえず、アニもヒッチも元気になって良かったわ」

 

 

書き終えたフローラは、3個目のドーナツを掴もうとしたら何も掴めなかった。

何故かと紙袋を確認したら、あれほどあったドーナツが消えていた。

仲良しになった3人が、ドーナツを喰い尽くしていたようである。

 

 

「今度、奢る時はわたくしを破産させる勢いになるわね…」

 

 

ここ最近、溜息を吐く癖がついたフローラは、手をハンカチで拭いて立ち上がった。

ストヘス区が夕日で染まりつつあったからだ。

 

 

-----

 

 

「アニ!また逢いましょう!!」

「今度は、フローラとの生活を教えてあげるよー!」

「余計な事は言わなくて良いわよ!!」

 

 

フローラとミーナは、カラネス区に帰還する為に馬を走らせた。

 

 

「あんた、あれほどの友人が居るなら言ってくれればいいのに…」

「言っても、信じてくれなかったじゃん」

「まあね!」

 

 

ヒッチ・ドリスは、今朝の出来事で落ち込んでいた素振りなどなかった。

化粧品と日用品を抱えている以上、すぐに寝室に戻りたい様子だった。

 

 

「ちょっと、寄りたい所があるから先に帰ってくれない?」

「言われなくても!帰るわよぉお!」

 

 

壁外調査に参加する兵士とは思えないほど上機嫌の彼女は帰路に着いた。

それを見送ったアニは、人気が無い路地に入っていった。

 

 

「ここでいいか…」

 

 

そして、誰も居ないのを確認して顔を両手で覆った!!

 

 

「やだ…使命なんか忘れて、このままここで暮らしたい…!」

 

 

104期生であり、ストヘス区の憲兵であるアニ・レオンハート。

その正体は、調査兵団の兵士を殺しまくった【女型の巨人の本体】である。

 

 

「分かってる…こんな幸せな生活は続かないって…!」

 

 

ヒッチに壁外調査の当日、【15m級の巨人】の男に逢うと伝えた!

彼女は、冗談と受け取ったが事実だった!

エレン・イェーガーを捕縛する為にヒッチにその日を病欠にしてもらった。

もしかして、このまま故郷に帰れるという楽観は、残酷な世界に打ち砕かれた!

体調不良だったのは、巨人化し過ぎて限界を超えていたからだ!

 

 

「もうやだ…!」

 

 

精神が戦士のアニ・レオンハートと、憲兵のアニ・レオンハートに板挟みされた。

挟撃されてプレッシャーと故郷の想いと、ここの思い出で潰されそうになった。

鼓動は高まり、涙と鼻水は止まらず、呼吸は粗くなった!

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…!」

 

 

フローラからもらった香水が入った筒の蓋を開いて原液を嗅いだ!

まるで麻薬の中毒者のように香水に魅入られた彼女は、それしか精神を落ち着かせなかった。

下手すれば、翌日には破綻するスパイ生活!

今日が人生の絶頂期であるならば、あとは転がり落ちていくだけしかないと実感している!

だからこそ、精神分裂して他人事のように兵士ごっこをする糞野郎を殺したくなるほど恨んだ!!

 

 

「フローラ、ミーナ…私はどうすればいいの…」

 

 

裏切っている友人たちを想って、答えがない問いを呟く事しかできなかった。

 

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