進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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49話 急変

ベルトルトと別れて兵舎に帰還したフローラはさっそく私室に戻った。

アルコールの匂いがある以上、さっさと着替えておきたかったからだ。

が、入室して違和感があった。

 

 

「…紙が落ちてる」

 

 

ドアに挟んでおいた小さな紙が落ちていた。

つまり誰かが入室した証拠だということ!

この汚部屋に入る物好きなど大体限られる。

辺りを見渡せば、相手は馬鹿ではないのか、何かが変わった痕跡が…1つあった!

 

 

「ミーナ!何をしてるの!!」

「ふにゃあ!」

 

 

フローラのベッドでぐっすり眠っていたミーナ・カロライナが大声で目覚めた。

親友の温もりと匂いに触れていくうちに、癖になってしまった彼女。

第57回壁外調査から特に兵団の上層部から指令が無いので訓練以外は、ここに入れ浸っていた。

 

 

「不審者かと思ったじゃない!」

「寝てたのに酷い…」

「そんなに疲れているなら自室で寝てたらどう?」

「ここが一番落ち着くの」

 

 

寝ぼけているせいなのか、全然会話が成り立っていなかった。

瞼を指で擦りながら敷布団の上で呑気に欠伸をする彼女。

その姿を見て、フローラは隠し持っていた投擲用の短剣を兵服に仕舞った。

そこそこ有名人になった以上、護身用の短剣は所持している。

どちらかというとその刃を見せるのは、不審者というより…。

 

 

「…なんかお酒臭くない?」

「先輩たちの酒盛りに付き合ってね…すぐ着替えるわ」

 

 

ミーナの狗並みの嗅覚で気付かれたがフローラは特に気にしなかった。

クローゼットから予備の兵服を取り出して着てた兵服を脱ぎ捨てて洗濯行きの箱へ粗雑に入れた。

 

 

「ちょっと待った!!」

「ど、どうしたの!?」

 

 

いきなりミーナに大声で制止されて吃驚した!

 

 

「これじゃあ皺になっちゃうじゃない!」

「どうせ洗うから良いでしょ?」

「ダメに決まってるでしょ!こんな乱暴に入れるから女子力が皆無って言われるのよ!」

 

 

何故かミーナのお説教が始まってしまい、適当に受け流そうとした。

しかし親友には見抜かれており、お手本を見せられて実践させられた。

女の子なんだから、身の振り方にもう少し気を遣えと言わんばかりに徹底的に教え込まれた。

手を抜けるなら、とことん抜きたいフローラからすれば余計なお世話であるが…。

 

 

「分かった?」

「分かったわよ」

「じゃあ何が分かったか、発言してみてよ!」

 

 

段々お節介が鬱陶しくなってきたフローラ。

マナーの実践だけならともかく、やたらと身体に触れてくる時点でそれが目的だと気付いている。

 

 

「第58回壁外調査の準備があるからまた今度ね!」

「逃げるの?」

「現実に向き合わないとね!」

「この汚部屋と向き合う気は?」

「ライナーがクリスタと付き合って結婚したら向き合うつもりよ!」

「じゃあ、一生無理じゃない…」

 

 

地味に辛辣な一言を告げるミーナを無視して着替えたフローラは部屋から飛び出していった。

それを引き留める事をせずに見送ったミーナは、ドアの鍵を閉めてベッドの下をまさぐった。

そこにあるのは、エッチな本でも春画でもない。

フローラが104期訓練兵団を卒業した217名の描いたイラスト集が入った箱があった。

【南方訓練兵団104期卒業生217名の似顔絵集】と描かれたラベルが箱に貼られている。

 

 

「トーマス…」

 

 

箱から取り出し、一番上にある表紙を捲ると同期のトーマス・ワグナーの似顔絵が描かれていた。

純粋で前向きな顔をしており、これからの未来に希望を持っている瞳は、ミーナの顔を歪ませた。

何故か、フローラ自身は描かれていない104期訓練兵団の卒業生のイラスト集。

それは、5年前に記憶喪失したフローラが、みんなの顔を忘れない様に描いたものである。

 

 

「マルコ、ハンナ、フランツ、ナック、ミリウス…みんな居る」

 

 

もはや、話題に出る事もなくなり、詳細な顔を思い出せなくなった戦死した同期たち。

南方訓練兵団を卒業した218名のうち、生き残ったのは50人も満たない。

このイラスト集には、フローラ以外の全員の生きた証が記されていた。

ちなみに2枚目はミーナ、3枚目はエレン、4枚目はライナーである。

もちろん公式な記録として残っているが、ここまで同期を詳細に思い出す事はないだろう。

 

 

「あっ…メルダ・プリント」

 

 

教官には良い子ぶって、同期の陰口を叩いたり、落ちこぼれを虐めてきた性根が腐っている女。

自分やトーマスを遠回しなやり方で虐めてきて、マルコやクリスタの優しさを悪用した女。

自身は面倒な事はせず、誰かに頼るだけで、優しくした人を踏み台にして成績12位になった女。

最後はトロスト区の兵団本部で何もせず、喚きながら逃走して巨人に喰われた末路だったそうだ。

 

 

「嫌な物を見ちゃった…」

 

 

最後に描かれた女の顔を見て、気分が悪くなったミーナはイラスト集を箱に仕舞って元に戻した。

そして嫌な記憶をフローラで上書きする為に再び、掛け布団に入り込んで瞼を閉じて寝た。

 

 

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「おっ、ミーナを自室に連れ込んで弄んでるフローラじゃないか」

「ユミル…人聞きの悪い事を言わないでくれない?」

「至理名言で、男女の好感度を稼いで喰う飯は旨いか?」

「そりゃあ、皆と食べるごはんは美味しいわよ」

 

 

皮肉にも負けず、フローラは素直に感想を述べた。

ユミルには何個か『貸し』を作ってるせいで、あまり関わりたくない気持ちがあるが我慢した。

 

 

「今回も『恩』を返してもらうぞ」

「洗濯?水汲み?貧民街の子供たちへの寄付?」

「いや、“私のクリスタ”を奪還するのを手伝って欲しい」

 

 

ユミルは、カラネス区第三病院に行っているクリスタを心配していた。

自分の事を省みず『いい人』になろうとして早朝から夜遅くまで活動している彼女。

積み重なった疲労で焦瘁しきっており昨日の晩、ついに卒倒してしまった。

これ以上は生命活動の危機と危惧しており、ついに軟禁を強行しようとしていた。

 

 

「まだあの病院に行ってあの兵士の看病をしてるのね…」

「知ってたんなら止めろよな!クリスタの性分くらい分かってただろう?」

「まあね、でも止めようが叱ろうが、彼女の意志は止められないわよ」

「だから2人で止めるんだよ!」

 

 

単独なら説得できなくても複数人入ればさすがに今日は手伝いを中断すると踏んだユミル。

そして兵舎に戻った彼女を数日、軟禁して身体を休ませる!

ミーナやサンドラ、最悪サシャも巻き込んで交代制で見張らして逃がさないつもりだった!

フローラもクリスタの本性を知っているからこそユミルの案に賛成した。

そして2人は女神様をただの少女にする為に病院へ向かった!

 

 

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「お姉ちゃん!いつもありがとう!」

「…うん、大丈夫よ、安心して…頑張ればきっと報われるから…」

 

 

少女は、金髪の女兵士さんが無理をしているのに気付いていた。

でも、何度言っても何かに憑りつかれているように離れようとしない。

今は、体調が良さげなお父さんであったが、波があるようで、定期的に苦しんでいた。

既にお母さんは、お父さんが助からないのを考えており、お墓の準備を始めている。

自分でも諦めかけているのに、女兵士さんだけが助かる事に縋りついているようだった。

 

 

「クリスタ…ちょっと良いかい?」

「…はい、すぐに向かいます」

 

 

クリスタ・レンズは女医に呼ばれて少女に手を振って退室した。

そして医療スタッフの休憩所を兼ねている給湯室に連れてこられた。

 

 

「よく今まで頑張ってくれたよ」

「いえ、私はまだ何も…」

 

 

少女やその母親を励ましたり父親の看護をするだけならまだ良い。

連日、無駄に湧いてくる負傷者を自称している男共の対応していた。

悲しむ少女を見てられないと思って、ここに来たのにほとんど寄り添う事ができなかった。

 

 

「明日から同僚たちと一緒に遊びに行きなさい」

「そんな…ここに居る患者たちが苦しんでいるのに私だけが…」

「正直に言うと、もう限界じゃないか!いつ倒れてもおかしくないよ」

 

 

女医の鋭い指摘にクリスタは図星を突かれてしまい、反論できなくなった。

昨晩、ついに疲労で、よりによってユミルの眼前で気を失ってしまった。

既に現時点で、立っているのが精一杯であり、瞼を閉じればそのまま眠ってしまいそうだった。

もはや女医と会話が成立しているのが奇跡と感じるほどに限界だった。

 

 

「先生!急患です!!」

「分かった!すぐに行く!」

 

 

看護婦が新たな患者を医師に知らせて去っていった。

 

 

「とりあえず、明日は休みなさい」

「嫌です…」

「君は頑張りすぎだよ…せめてここで休憩していなさい。良いね?」

「はい…」

 

 

女医は反論できないクリスタに余計な行動をさせないように牽制して去っていった。

それを見届けて、数分が経過したのを確認してクリスタは少女の元に行くために立ち上がった。

脚はがたつき、呼吸は乱れ、視界は歪んでいた。

それでも、お父さんを失う少女の為なら自身の命を捧げても良いと自負していた彼女。

手すりに掴まりながら必死に例の個室に向かおうとしていた。

 

 

「おいクリスタ!なんて恰好で歩いていやがる」

 

 

クリスタは目の前が暗くなった。

お節介でお馴染みのユミルに呼びかけられてしまった。

それだけではない。

腕を組んだフローラの表情から自分を連れ戻しに来たと分かってしまったからだ。

 

 

「まーた、『いい人』やろうとしてるだろう?少しは自身を省みたらどうだ?」

「でも!あの子の悲しむ顔を見たらどうしても放っておけなくって…」

「ふーん、どう見ても倒れそうになっているクリスタは、少女にその姿を見せるのか?」

「あっ…」

 

 

ユミルの指摘を受けて思わず手すりを放したクリスタは、そのまま地面に跪いた。

このまま自分がここで倒れてしまえば、少女を更に悲しませて本末転倒になる事に気付いた!

だからといって、少女を無視できない。

 

 

「お願い!手伝って!」

「手伝う?」

「少女に付き添って励ましてあげて…」

 

 

お節介焼きの2人なら自分の頼みを断らないはずだ!

それだけを賭けてクリスタは頭を垂らして土下座した!

 

 

「…どうする?」

「毎日誰かがここに来ないと、クリスタは絶対に許してくれないと思うわ」

「だろうな…しょうがねぇな!ここまで女神様にお願いされたらやるしかねぇよ!」

 

 

彼女達は、断ると泣き叫んで大暴れするクリスタを思い浮かべて素直に意見を受け入れた。

彼女たちが本気でクリスタを止められるならとっくの昔に性格を矯正できている。

 

 

「よしフローラ!お前がここに来るんだ!」

「えっ?」

「えっ…じゃねぇよ!私に借りがあるんだろう?」

 

 

そしてユミルは面倒くさそうな事をフローラに投げ出した!

爆弾発言を受けて「2人が交代して来るべき」だとフローラは告げたかった!

ただ『借り』のせいで沈黙するしかできなかった。

 

 

「沈黙は肯定と判断するけどいいよな?」

「分かったわよ…」

「ユミル!フローラに全部押し付けないでよ!」

「大丈夫だ!こいつ、ミーナやサンドラを巻き込んで、ここに来る算段だと思うぞ?」

 

 

フローラはさきほどの話と違うと、喉から出そうになった言葉を飲み込んで黙り込んだ。

ただ握り締めた拳が小刻みに震えてしまい、2人には動揺を隠しきれなかったが!

邪魔にならない様に壁に沿って一列で整列している3人は、今後の予定の為に打ち合わせをした。

 

 

「みんなごめんね…」

「うおっ!可愛い!さすが私のお嫁さんだ!」

「や、やめてよ!頭皮を嗅がないで…」

 

 

良い香りがするのに定評あるクリスタの髪に頭を突っ込んで嗅いでいるユミル。

あまり人の性癖にツッコミたくないが、香水を使っているフローラとしては、他人ごとではない。

ミケさんとか!第一分隊の分隊長とか!調査兵団NO.2の実力者とか!何度も嗅がれていた!

というか、やけに匂いを気に入られてしまい、しつこいくらいに嗅がれていた!

胸や尻を触られても気にしない頭エレン娘であるが、さすがにしつこいくらい嗅がれると恥じた。

 

 

「おいクリスタ!大変だ!」

「ええっ!?今の状況ですか!?」

「違う!あの子のお父さんの容態が悪化した!!」

 

 

少女の父親の容態が悪化したと知ったクリスタは、その場で泣き崩れた。

これ以上悪化すれば助からないのは明白だったからだ。

 

 

「今さっき、急に苦しみ出してね…このままじゃ数日も持たないだろう…」

「な、なにか助ける方法は!?ねえ!無いんですかぁ!?」

「特効薬が無いわけじゃない…でも無理なんだ!」

 

 

ここでクリスタは、特効薬の値段が一兵士では稼げないと察した。

それどころか借金しても到底払え切れない大金だろう!

でも少女の父親を絶対に助けたい!

 

 

「私!あの子の父親を助ける為なら!いくらでも脱ぎます!!」

「…痛あああああっ!?」

 

 

フローラとユミルは同時にクリスタの頭をしばいた!

その衝撃で床に倒れ込んだ彼女は、ただ涕泣するしかできなかった。

 

 

「“私のクリスタ”を臭い男共に汚染させるつもりはねぇよおお!!」

「だってぇ…だってえええええ!!」

「金なら出すからクリスタは黙ってて!!」

「ううっ…」

 

 

次、同じ発言をしたらクリスタを半殺しにしかねない心理状態の2人!

当然である!

ただでさえ他者の為に命を捧げようとしている無垢で純粋なクリスタ。

悪徳貴族に騙されて、股を開いて腰を振った挙句、一銭も支払われず道端に捨てられるだけだ!

そんな事!フローラもユミルも許さないし!ライナーが聴いたら壁内人類を滅ぼすだろう!

 

 

「次!同じ発言をしたら絶交よ!エルヴィン団長に懇願してクビにしてもらうからね!」

「次なんてねぇよ!私だけしか考えられないようにしてやるよ!今晩は覚悟しとけ!」

 

 

こうしてクリスタは、二度と他人の為に脱ぐと発言する事は無く生涯を終えることになる。

 

 

 

「えーっと、話の続きを良いかな?」

「「「はい」」」

 

 

蚊帳の外にされた医師は、今の状況に困惑しつつ淡々と説明を続けた。

 

 

「特効薬の材料が壁外でしか採れない貴重な薬草なんだ!」

「だから諦めるしかないんだよ…」

「そんな…じゃあ」

 

 

人類の守る50mの壁の外。

第57回壁外調査で嫌というほど地獄を見た。

だからこそ、クリスタは諦めかけた。

 

 

「ちょっと待ってください!どこでその薬草が採れるんですか?」

 

 

常人なら絶望的な展開であるが、壁外で任務を遂行する調査兵。

もしかしたら、近くに薬草があるのを賭けてフローラは発言した!

 

 

「ちょっと調べてみる」

「私たちも手伝います!」

 

 

医師と共に書室に向かった3人。

そこにあった本からカラネス区壁外の北東の森で獲れると判明した!

ちょうど第58回壁外調査でカラネス区壁外に出る機会があるフローラ。

当初の計画ではいかない地域であるが、馬で行けば40分も掛からない距離!

エルヴィン団長や兵団上層部と交渉して成功させれば行ける場所だった!

 

 

 

「その薬草を採ればあの子のお父さんが助かるってことね!私、探してくる!」

「「ダメに決まってるだろ!!」」

 

 

薬草を採りに行こうとするクリスタにフローラとユミルはハモって発言した!

 

 

「でも!せっかく助けられる命なのに見捨てるなんてできないよ!」

「フローラに任せておいて、私たちは看病しながら待っていれば良いだろう?」

「やだ!私も壁外に行く!」

「自分の都合で、壁外調査に参加できるわけないでしょ!!」

 

 

頑固なクリスタは、絶対に意見を曲げなかった!

定期的にボロボロな心理状態になっていたが、その度にフローラとユミルに立ち直した!

その結果、駄々をこねる子供の様に壁外調査に参加する覚悟ができる兵士になった!

 

 

「しょうがねぇな…上官を説得してみようぜ」

「ユミル…!」

「ただし、私も壁外に同行するからな!クリスタから絶対に離れないからな!」

「うん、ありがとう!」

 

 

医師とフローラは困惑した。

なんで壁外調査に参加する資格が無いのにここまで盛り上がれるのか。

そもそも上官を説得して作戦を変更できる規模ではなかった。

王政が立案した作戦であり、憲兵が大勢参加する壁外調査という名の巨人掃討戦!

エルヴィン団長を説得しても変更できるわけなかった。

 

 

「私たち3人居ればきっと説得できるよ!!」

 

 

そして何故かクリスタに巻き込まれたフローラ。

 

 

「お前も提言してくれよ?そうしないと…」

 

 

未だに『借り』で脅してくるユミル。

 

 

「分かったわよ!まず3人でエルヴィン団長に説得してみましょう!」

「ありがとうフローラ!!心強いよ!!」

「よし、言い出しっぺはお前だからな!絶対に説得して見せろよ!!」

 

 

そして全責任が自分に来てしまい、フローラは承諾したのを後悔した。

仕方なく、取り巻き2人を連れてエルヴィン団長が居る調査兵団本部の建物に突撃した!

 

 

「無理だな」

「ですよねー」

 

 

頭を下げてエルヴィン団長と面会する時間を作ってもらい、執務室に突撃した3人。

事情を説明し、頭を垂らした3人を見たエルヴィンは即答で拒否した。

思わずフローラが本音で溢してしまうほど、骨折り損のくたびれ儲けだった。

王政が立案した作戦である以上、調査兵団の団長如きでは意見が通るはずもなかった。

 

 

「何!諦めてるのよ!フローラ!もっと強く言って!」

「無理に決まってるでしょ!決定権は王政にあるのよ!」

 

 

せめて自分だけでも薬草を採りに行きたかったが、それすら無理だった。

だからフローラはあっさりと諦めた。

強い言葉で囃し立てるクリスタの言葉など耳から入って反対側の耳から出て行っていた。

 

 

「分かったなら早く退室してくれ…これから客人と面会する予定でな…」

「だって!だってぇええ!!」

「諦めようぜ…急な押しかけに対応してくれただけ良い方だぞ…」

 

 

ユミルは暴れるクリスタを羽交い絞めにして諦める様に諫めようと奮闘している。

むしろ、フローラもユミルも対応してくれた団長に感謝しており、去ろうとした。

 

 

「エルヴィン団長!!アウリール大臣とゲラルド大総統がお見えになりました」

 

 

ドアを3回ノックして、副官が団長に来客の知らせをした。

最悪のタイミングで来てしまい、入室の許可を出した事にエルヴィンは後悔した。

 

 

「しょうがない…君たちは本棚を後ろにして直立不動で待機してくれ」

「「ハッ!」」

「団長…」

「良いから早くやれ!」

「はい…」

 

 

ユミルに涙を拭かれ、変えたばかりであるフローラのハンカチで鼻を噛んだクリスタは敬礼した。

それを見届けたエルヴィンは、ドアノブを掴んでゆっくりと回した。

 

そこには、怯えた様子の副官、そして後方にはアウリール大臣とゲラルド大総統が待機していた。

彼らの表情を見る限り、碌な事ではないと直感で分かるほどである。

 

 

「君は下がって良いぞ!」

「ハッ!失礼しました!」

 

 

大総統の命令で、副官は逃げるように去っていった。

 

 

「わざわざこの最前線の街に…」

「御託は良い!入室しても構わんよな?」

「もちろん、お二方…」

「入るぞ!!」

 

 

もはや調査兵団の団長が新兵未満の立場になっていった。

王政の重臣2名は、自宅の私室のようにずかずかと入室してきた。

 

 

「ふむ、悪くない椅子だ」

 

 

必死に頭を下げるエルヴィンをあしらい、煙草に火を付けるアウリール卿。

 

 

「見たことがある兵士が居るな?」

「えぇ、彼女達は…」

「フローラ!!この前は良い余興だったな」

「はい、伯爵…」

「お世辞は結構!!第58回壁外調査で改めて王政に忠誠を示してみろ!」

「ハッ!」

 

 

役立たず、ゴミ、税金泥棒といつものように調査兵団を馬鹿にしていたアウリール伯爵。

それを反論して、自分なら巨人を10体、1人で討伐できると啖呵を切ったフローラ。

そこから何かと縁があり、同期や上官が知らない所で文通をしている。

 

 

「少女に対して手厳しくはないか?」

「前に話した通りだ…この三つ編みのおさげがある女がフローラ・エリクシアだ」

「ほう、こいつが噂の…」

 

 

アルフォンス・ゲラルド大総統とフローラは、初対面だった。

さすがに兵団トップの男と対峙してどんな感じに話しかけるか彼女は迷った。

 

壁内には3つの兵団がある。

フリッツ王に忠誠を誓い、内政のあらゆる部分に隠然たる権力がある【憲兵団】

人類を守護し、壁の補強や防衛を担当し、人類の盾である【駐屯兵団】

ウォール・マリア奪還を目指し、巨人の脅威に立ち向かう人類の矛である【調査兵団】

 

その3つの兵団を束ね、行政、司法、公的組織を総括、監督する【総統局】

王政を事実上運営している【議会】に次ぐ上位機関。

巨人化できるエレンの処罰を下す特別兵法会議の議長を務めたダリス・ザックレー

彼は、総統局の長であり、三兵団を統べるトップである。

 

 

「フローラ・エリクシアであります!」

「なるほど…ザックレーが愛でるわけだ…」

 

 

そのザックレー総統ですら呼び捨てにできる権限があるのが、ゲラルド大総統である。

王政は、国王から内政を委任された議会で運営されている。

議会を構成している議員は181名おり、4つの組織に所属している。

 

名門の貴族で構成され、フリッツ王の意向を尊重し内務を司る【貴族院】

壁を神と讃え、不安に駆られる人類をトランス状態にし一致団結させる【壁教】

全ての商人を束ね、金融と財政の政策を担当し、安定した物資を供給させる【中央商会連盟】

壁内の軍事組織を束ね、司法を管轄し、議会を構成している組織を監督する【総統局】

 

 

そこから選抜された11名の議員が大臣となり、王政を運営していく。

ただし大臣は貴族しか任命されず、いずれの組織も平民は総統局を除いて支部長止まりとなる。

貴族出身で『背広組』のゲラルド大総統は、『制服組』のザックレー総統より格が上である。

 

 

「しかし、女兵士3人を執務室に並べるとは良い趣味をしているなエルヴィン?」

「彼女達は…」

「憲兵団のナイルから、お前が妻帯しない理由を知っている…もっと堂々としたまえ」

「心遣いありがとうございます」

 

 

大臣を代々選出している大貴族であるアウリール伯爵は、ハーレム状態のエルヴィンを煽る。

ゲラルド大総統も、優しい言葉ながらも童貞がお似合いだな的なニュアンスを含んでいた。

要するに2人は、エルヴィン・スミスに嫌がらせをする為にわざわざ王都から出向いている。

 

 

「すぐさま、兵士を退室させますので…」

「いや、調査兵団の兵士だろう?壁外調査の情報を知らせておくべきだとは思わないか?」

「お二方からご指名を受けたフローラ以外を退室させますので…」

 

 

第58回壁外調査にフローラが参加する原因になったのは、この2人の勅令のせいであった。

以前、カラネス区壁外で行われた討伐ショーを見届けたアウリール卿。

おそらくその縁で、大総統に情報が伝達しこのような結果を招いたとフローラは分析していた。

逆に巨人掃討作戦で、巨人討伐を掲げて実行する彼女を入れない方がおかしいくらいである。

 

 

「待ってください!!」

 

 

無意識でクリスタは発言してしまった。

 

 

「ほう?我々に何か用かね?」

「えーっと…」

 

 

このままだと少女の父親が救えないと思い、2人に助けてもらうために声をかけた。

…が、そこから何て発言するべきか分からなくなった。

そもそも王政の高官と関わりたくなかったクリスタ!

フローラを見上げて、『なんとかして!』という視線を送った。

 

 

『ああああああっ!?余計な事をしないでえええええ!!』

 

 

もし、クリスタと2人っきりだったら、フローラは平手打ちするくらいのヤバい状況だった。

下手に発言すれば、エルヴィン団長に迷惑を掛けるどころか調査兵団が廃止される可能性がある。

エルヴィンですら、論争が通用するどころか返り討ちに遭う強敵が2名も居る。

しかも待たせれば待たすほど、追撃をしてくる厄介な連中だった。

 

 

「第58回壁外調査に、畏れ多くも提言したいと思い、ここに集りました!」

 

 

ヤケクソになったフローラは、アドリブを交えて勢いで会話した。

 

 

「我々に提言するとは、良い度胸をしているな?」

「ハッ!王政の存続する上で重要な作戦だと思い!発言をしました!」

「面白い!言ってみろ!」

 

 

ゲラルドとアウリールは、エルヴィンに口撃する口実を求めてフローラの発言を許可した。

 

 

「カラネス区壁外で叢生(そうせい)している薬草を収集する任務を追加するべきと提言します」

「薬草?」

「はい、兵士の死因は巨人によるものですが、実は傷口からの感染症の死因が多いです!」

「トロスト区における兵士の死因の3割が、不衛生な巨人による感染症で亡くなっています!」

「その感染症の特効薬がカラネス区から北東にある森林に叢生して生えております」

「別の感染症にも特効薬となる薬草の採集の許可を得たくて、提言させて頂きました!」

 

 

トロスト区の死者の死因?

巨人に喰われて死んだに決まってる。

負傷兵がどうなったかはフローラも知らない。

 

 

『さて、どうくるかしら?』

 

 

ただ、馴染みの訓練兵団の医務室の連中が、調査兵団における死因の1つだと話してくれた。

不衛生な巨人の攻撃を受けて、できた傷口から感染症を発症し死に至る。

それがその薬草が発見されるまで、調査兵団で5割以上の死者を占めていたと聴いていた。

伊達に106回も医務室に搬送されたわけじゃない

106回も医療について聴ける機会があったのだ。

 

 

「その薬草についてだが、どれくらいの感染症に効果があるのだ?」

「持参している図鑑によりますと、10種の感染症に効果があります!」

「…いいだろう!どうせならここで作戦を立案しようではないか!」

 

 

ゲラルド大総統は、フローラの提言を受け入れたどころか、すぐさま作戦の立案準備をした。

知り合いであるアウリール卿ですら、このような彼の対応は見た事がないほど円滑に進んだ。

実は、流行り病で壁内人類の祖先は滅亡の危機に瀕していたのを彼は知っていた。

かつてシガンシナ区で伝染病が流行り死者300人を超えた事もあり、特効薬は確保したかった。

…というのは、建前で【もう1つ理由】がある。

 

 

「…これでいいかね?」

「はい、問題ありません!」

「よろしい、これで進めて行こうではないか!」

 

 

ゲラルド大総統は、フローラの肯定をもって、作戦の修正案を記した書類を持ち出す。

追加された作戦に異議を唱えられる者は存在しないだろう。

 

 

「この作戦は、君が責任もって遂行するべきだが…大丈夫そうか?」

「もちろんです!必ずしや薬草を採取して王政府に献上致します!」

「良い返事だ!エルヴィン、お前も見習うべきだと思うが?」

「承知しております」

 

 

ついでに大総統は、エルヴィンを煽るのは忘れなかった。

そして、きっかけを作った金髪の女兵士の顔を見た。

 

 

「君の名前は?」

「く、クリスタ・レンズです!104期調査兵です!」

 

 

震えながらも、必死に重圧に耐えながら、絞り出した声を出したクリスタ。

それを聴いたアウリール伯爵とゲラルド大総統は、笑った。

まるで震える女児を見て見下すような嗤いだった。

 

 

「クリスタ・レンズか…()()()()()()だな!」

 

 

アウリール伯爵は、クリスタの名前を知って、わざとらしく大声で発言した。

 

 

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()だろう!」

 

 

ゲラルド大総統もその意見を肯定するかのように皆に聞こえる様に大声で発言した。

その会話を聴いてクリスタは凍り付いた。

だって、この名前は…。

 

 

「クリスタ君…()()()()()()()()()()()()()()()!」

()()()()()()()()()()()()()()()?」

「はい…」

 

 

王政の重臣2名からの重圧でクリスタは泣きそうになった。

事前に泣いたおかげでなんとか耐えることはできたが、ただ見送るしかできなかった。

 

 

『クリスタ…その名前、偽名なのね…』

 

 

クリスタの負の感情を“声”として聴いたフローラは、それ以上踏み込むことはしなかった。

自発的に打ち明けてくるまでそっとしとくつもりだった。

何故なら、本名を打ち明けると皆に迷惑が掛かるという“声”も聴いていたせいだ。

とにかく、第58回壁外調査に『薬草の収集』という王政のお墨付きをもらった追加任務ができた。

 

 

「第一分隊と第三分隊の参加者に奢らないといけないわね…」

 

 

フローラは呟きながら、予約を取る為に飲食店に向けて歩き始めた。

一方その頃、ユミルは力尽きたクリスタを部屋に連れ込んで存分に愛でた。

翌日、フローラは寝起きのユミルに向かって元気よく発言した!

 

 

「無抵抗になったクリスタを自室に連れ込んで弄んだユミル!おはよう!!」

 

 

フローラがユミルに殴られたのは、言うまでもないだろう。

 

 

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