進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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54話 偉そうに椅子に踏ん反り返る大臣と大総統と兵士

ある日、自分が暗殺されそうになったらどうするべきか。

所属している組織の上層部から刺客が送り込まれたらどう対応するべきか。

同期や先輩、お世話になった人にも危害が加わるのを避けるにはどう対処するべきか。

分からない。

分かるわけがない。

 

 

「フローラ・エリクシア君、どうしたのかね?座りたまえ!」

「失礼します!」

 

 

調査兵団の第四分隊所属のフローラ・エリクシアは指示があるまで待機した。

ピエール・ジョナ・アウリール伯爵の命令でようやく着席することができた。

同席しているのは、ザックレー総統ですら、処刑する権限があるアルフォンス・ゲラルド大総統。

内政を司り、事実上の王政のトップであるアウリール大臣。

 

彼らと向かい合うのは、彼らに暗殺する計画を立案され、実際に殺されかけたフローラ。

王政の忠実な下僕にして、自分を暗殺しに来た4名の中央第一憲兵団。

そして、中央第一憲兵団の兵士だった3つの肉塊。

 

 

「さて、さっそくだが君が導き出した【答え】を聴きたいのだが宜しいかな?」

「はい、問題ありません」

 

 

アウリール大臣からの問いに対して返答したフローラ。

言葉1つ1つを慎重に選んで、自滅しないように取引をするつもりだった。

いや、調査兵団の末端である新兵がそもそも交渉する立場ですらないのは分かっていた。

交渉する為のカードがあるから辛うじて会話が成り立っていると彼女自身が自覚している。

 

 

「答えは、同じく抹殺対象だった憲兵の死に様をお二方が確認したいという結論に達しました」

「ほう?何故そう思った?」

「何故なら壁内で効率よく殺せる手段などいくらでもあったはずです」

「ましてや、権力闘争を制して頂点になった、お二方なら常人の思考に至る事は無い名案を…」

「結構だ!次は我々の意見を述べるとしよう」

 

 

大総統の命令で口を噤む彼女。

作り笑いで誤魔化しているが、必死に交渉の勝利条件を確認していた。

最悪、同期たちさえ生き残れば、自分の目標を達成できる。

ならば、それを第一優先にして交渉するべきである。

勝てる敵ではないなら、最低限の勝利を確保して敗北するしかない。

 

 

「君が導き出した答えは良く分かった。では、フローラ君!暗殺される時、どう思った?」

 

 

ここでケニーとフローラは、2人が誘導尋問しようとしているのに気付いた。

要するに全てを話して無様な姿で命乞いした挙句、処刑される女兵士が見たいのだ。

彼女はエレンを含む同期まで危害が行く可能性がある以上、誘導されるわけにはいかなかった。

 

 

「暗殺されると分かった時、『またか』と思いました」

「また?妙な話だな、我々以外に刺客を送り込んだ情報などないが?」

「えぇ、同期ですらその存在を伝えておりませんので…」

 

 

そこでフローラは第三勢力を示唆する発言をした。

自分達の指揮系統から外れている勢力。

さぞかし、気分が悪い事だろう。

王政を想うがままに支配してきた彼らすら知らない勢力など許すわけがない。

その勢力の存在は、彼らの興味を惹くのに充分であった。

 

 

「興味深い話だな…どこの勢力が君を暗殺しにきたのだ?」

「トロスト区のスラム街で居住している極貧層です」

「うん?」

「わたくしは何度も彼らに殺されそうになりました」

 

 

思っても居ない勢力の名が出てきて困惑した2人。

質問をしたゲラルドに至っては、最下層の勢力が…?と想像すらできなかった。

彼らからすれば、学もマナーもない搾取されるだけの愚民としか思っていなかった。

中央第一憲兵団の面々も予想外の話になって困惑した。

 

 

「巨人に襲撃されたトロスト区が復興が進んでいないのはお二方もご理解頂いているはずです」

「そうだな」

「そして今まで拠点にしていた調査兵団は、見捨てる様にカラネス区に拠点を移しました」

「そのせいで彼らは、調査兵が裏切り者だと決めつけて危害を加えるようになりました」

 

 

トロスト区は、超大型巨人に門を破られたせいで住民の3割が犠牲になった。

復興しようにもまず住民が3割程度しかおらず、門が使えない以上、調査兵団は拠点を移した。

更に畳みかけたのが駐屯兵団の本部が移転する計画が出た事である。

トロスト区北部にあるウォール・シーナの突出した城塞都市のエルミハ区に移転するというのだ。

これで辛うじておこぼれで生活してきた住民も飢える事になる。

 

 

「たかが、貧乏人だろう?」

 

 

ゲラルド大総統は、軽い気持ちで感想を述べた。

たかが貧乏人。

その一言がフローラの負の一面を見せるきっかけとなった。

 

 

「木を齧りカビを喰らい排泄物を啜るあばら骨が見えるのに腹が異様に膨れた飢餓の住民」

「埋葬された腐敗した死体を掘り出して、ガラスの破片を突き刺し分解し持ち帰る墓泥棒」

「春を売るだけで食い繋いでいける娼婦を殺害し、効率良く三大欲求を満たす強姦魔」

「子供たちに恵んでもらった食料を強奪し貯蓄し、銃器や刃物、違法薬物と交換し成り上がる者」

「そんな彼らに無駄飯を喰らい税金を散財させると揶揄される調査兵が居たらどうなりますか?」

 

 

今まで見下してきた調査兵団の女兵士の雰囲気が変わった。

最初は誰もが動揺を誤魔化す為だと思っていた。

ところが、話を聴いていくうちに馬鹿女から悪魔に見えてきた。

瞳孔を最大限に開いて両手を動かして話しかけてくる女が怖くなってきた。

 

 

「あら、どうなされたのですか?」

「い、いや、結構だ!これ以上は…」

「ダメですよ…わたくしが返り討ちにしてきた刺客の話を最後までお聴きして頂かないと…」

 

 

ズレたのか兵服のジャケットが落ちると、そこには両肩から手の甲に至るまで傷塗れであった。

ここで彼らは、この場に居るのは歴戦の猛者ではなく、2桁以上の殺人者だと理解できた。

口では優しい口調で話しかけているが、目が笑っていない。

そしてさきほど話して人物たちを彼女が返り討ちにして殺害してきたのも充分理解できた。

 

 

「ご存じですか?心臓を一突きしても人間って即死しないのですよ。例え数分後に死ぬと分かっていても痙攣しているせいでまだ動くと錯覚し、念入りに刺してしまいます。まあ、しょうがないですね。わたくしも最初に返り討ちにして殺人した時は動かなくなるまで滅多刺しにしたものですわ。それに比べれば巨人は良いです。殺しても罪悪感などありませんからね。巨人は死体が消えるのも良いです。死体を隠蔽する手間も必要ないからです。そしてー」

 

 

蔑まれていて壁内で評価が著しく悪い調査兵団新兵であるフローラ。

彼女が切れる交渉のカードは少なかった。

彼女が不利な交渉でひっくり返す手段は、暴力しかない

人は痛みが無いと学習しない。逆に言えば痛みによる恐怖は長続きする。

 

 

「なるほどな…」

 

 

三桁の憲兵を殺害した【切り裂きケニー】と呼ばれた男は、彼女の違和感の正体が分かった。

この女は、人間の皮を被った悪魔だと実感した。

自分は、リヴァイに処世術を叩き込んで一人前と判断したら彼を見捨てる様に離れた。

掌を血で汚してきた自分は人の親になる資格もなければ、幸せに生きる資格がないと!

だが、目の前の女は違った!

 

 

「死にかけるなどいくらでもありますよ?」

「商売敵から恨まれて毒を盛られたのでそれを悪用して毒殺した話でも訊きますか?」

 

 

まるで人間のしきたりに基づいてしぶしぶ交渉している悪魔のようであった。

彼女の瞳だけでも、二桁以上の殺人をしているのに純粋な笑みで話しかける悪魔。

誰もが殺人に嫌悪感を抱いて引き摺るのに…。

目の前の女は、そんな事を気にせずに日常生活を送っている。

口ぶりから殺されかけるのが日常生活のように発言していた。

 

 

『俺が保証するよ!あんたは悪魔だ!』

『嬉しくありませんわ!』

 

 

この建物に来た時、ケニーは冗談で悪魔と呼んであげると彼女は本気で嫌がった。

悪魔は、悪魔と呼ばれるのを嫌がる。

何故なら、『悪魔』という単語を作りだしたのは下等の存在である人間だからだ。

だが、悪魔は悪魔と自称する時がある。それは何故か?

 

 

「権力闘争を制して頂点に立ったお二方ならご存じのはずです」

「追い詰められた政敵がどんな手段を取るのかを…」

「こう見えても、商人としていろんな所に投資して儲けてます」

「儲かるという事は誰かが大損している事でして、商売敵の商人が刺客を何度か送ってきました」

 

 

 

悪魔は『悪魔』と自称する事で人間が恐慌に陥り好みである負の感情を欲するのだ。

まるで料理を美味しくする一工夫の様にー。

まるで食事を盛り上げる刺激的なスパイスのようにー。

まるで悪魔が絶望した人間を愛しく見る様にフローラは、嗤いながら話しかけてきた。

 

 

「分かった!君が我々以外にも狙われているのは良く分かったので話を元に戻すぞ」

 

 

ゲラルド大総統は、彼女を脅すつもりが逆に脅されて思わず話を切り上げてしまった。

優しそうに話しかけながらも残酷で非情な性格の彼が怯えたのは、他にも理由があった。

 

 

「おい、お前…」

「血が…」

 

 

直接彼女と向き合っていない中央第一憲兵団の兵士も異変に気付いた。

フローラの額から、口から、首から、腕から傷が開いて流血が滴れ落ちていた。

彼女は、極限まで興奮すると古傷が開いて流血をする。

106回も医務室送りをされたが、その半数以上が古傷が開いて強制的に送られたものであった。

キース教官は、定期的に出血をする彼女を【瀝血のフローラ】と異名を付けたほどである。

 

 

「次は毒殺ですか?事故死ですか?名誉棄損ですか?狙撃ですか?巨人ですか?裏切りですか?」

「あまりにも死にかけたせいでどれも慣れてしまいましたわね」

 

 

至る所から血を垂れ流して発言するその姿は、血塗れのアンデッドが話しかけてくるものである。

大総統と大臣は、無様に死んだ憲兵を馬鹿にして次はお前の番だと告げたかった。

カラネス区壁外で単独で二桁の巨人を討伐する実力者なので、部下では暗殺できないと分かった。

ならば、脅迫して手綱を握るのも良いし、ここで自決させるのも良かった。

だが、フローラ・エリクシアという女は、彼らを逆に脅迫した。

 

 

「ひいいい…」

 

 

フローラは左手をテーブルに軽く押し付けて大総統の顔を見ただけである。

しかし、彼はそれだけで戦意が喪失した。

 

 

「どうなされたのですか?気分がよろしくないようですけど…」

 

 

フローラは瞳孔を最大限に開いて血塗れになり作り笑いしているだけである。

ついでに巨人を三桁討伐して、刺客を二桁殺人してきた殺意をぶつけただけだった。

ただ睨めつけるだけで、カラネス区正門の守備兵が失禁する威力であるから…。

彼らから見れば、地獄に居た死者の集合体が現実に出現した化け物だと思った事だろう。

 

 

『もう、どうしようもないから切り札を使ったけど、これからどうしようかしらね』

 

 

フローラは、王政の重臣たちから発せられる負の感情を“声”として聴いて詰んでるのに気付いた。

どう返答しても、状況が好転するどころか悪化すると分かってしまった。

ならばとるべき手段は限られた。

巨人を三桁討伐してきたのに、見くびっている彼らに【恐怖】を教えてあげる事だった。

彼女には、【恐怖】という感情は欠如しているが、どういうものなのか知っていた。

 

 

「では、わたくしが刺客に暗殺されないと気付いたのに何故、刺客を送ってきたのですか?」

「えっ…」

「【君が生き残れる】と判断されたのに刺客を送ってきた答え合わせをしませんか?」

 

 

既に負の感情で分かっていたが、フローラは2人に追及した。

極限まで興奮しているせいか、心なしか身体に違和感があった。

そしてここで自身が出血をしている事に気付いた。

 

 

「いや、その…」

「賢明な大総統閣下なら、素直にわたくしが暗殺される素晴らしい返答があると信じていますわ」

 

 

それさえも利用する強かさが、彼女の強みである。

 

 

『おいおいアウリールの旦那…失禁して気絶してやがる』

 

 

フローラは積極的にゲラルド大総統に話しかけていた。

何故ならアウリール大臣が何故か気を失ってテーブルに突っ伏しているからだ。

経験豊富であるおかげで耐えられるケニーは、誰よりも冷静に物事を判断できた。

調査兵団の末端の兵士が王政の重臣2名を脅すなど予想すらしていなかった。

ただ、面白そうだから自分たちに危害を加えるまでは放置するつもりだった。

 

 

「ケ、ケニー…」

「なんだい?そんな震えながら話かけられても困るが…」

「彼女を調査兵団の兵舎にご案内し…」

「閣下!わたくしは答えを知りたいのですよ?わざわざ暗殺承諾書を送り付けてきた真意を!」

 

 

血塗れの両手をテーブルに叩きつけて思わず立ち上がったフローラ。

置いてあったコップが倒れてお茶が血塗れになった絨毯を更に汚していった。

まるで地獄から抜け出した亡者を捕らえに来たケルベロスのようであった。

むしろ、少女の皮を被っている悪魔の分、余計に質が悪かった。

 

 

「君は物事を焦り過ぎている」

「よく言われます」

「だから少し落ち着こうではないか?」

「刺客を送り付けられた挙句、ここに出頭を命じられたのに?」

「だからこそだ…ちょうどそこにお茶があるだろう?それを飲みたまえ」

「お茶は絨毯に染み込みましたが、それを舐めろという指示でしょうか?」

「ぐっ…!」

 

 

毒を入れていたお茶であるがさきほどの彼女の行動で台無しになってしまった。

もちろん、フローラは彼の負の感情から出されたお茶に毒があると分かっていた。

だからこそ、ここで畳みかけて徹底的に牽制する必要があった。

商人の血が流れているからか、リーブス商会やマルレーン商会の会長と交渉できる実力があった。

故にここで念押しで脅さないと、今度は同期たちがこいつらに殺される。

だったら脅すまである。

 

 

「まるで私が絨毯や靴を舐めさせて見下す男みたいに言うじゃないか?」

「アウリール大臣の手紙にそう書いてありましたわ」

 

 

証拠を犯人に見せつける探偵の様に手紙を差し出したフローラ。

優しい口調ながらも殺意剥き出しで渡してくるせいで受け取るしかない大総統。

明らかに立場が逆転していて【暴力こそが全て】というケニーの価値感がここで発揮されていた。

 

 

「ひゅー!やるね嬢ちゃん」

「ケニーさんにも言いたい事があるのですけどよろしいでしょうか?」

「大総統閣下が先だろう?何か伝えたい事があるんじゃないか?」

「ああ、そうでしたね」

 

 

ケニーとフローラが雑談している時にゲラルドは渡された手紙を必死に読んでいた。

要約すると、同格であるアウリール卿が自分に対して良く思っていない事。

そして文脈から大臣の弱みを握られているようでいつもの彼らしくない文章だった。

 

 

 

「大総統閣下!」

「な、なんだね?」

「わたくしから2つ提案がありますがよろしいでしょうか?」

「ああ、構わんよ…」

 

 

既に悪魔に屈してしまったゲラルドはただ提案を聞くしかできなかった。

 

 

「まず1つ目、カラネス区壁内に巨人が侵入してきたのを踏まえて補給拠点を作りたいです!」

「補給拠点?」

「突出した城塞都市同士に線を結び、菱形にして、その辺の中間に拠点を設置します」

「例えば、東のカラネス区と北のユトピア区の中間、レイス辺境伯領に置くなどです」

「何故だ?」

「巨人が壁から乗り越えた時の拠点としたいのです」

 

 

フローラは、すみやかに補給拠点を作りたかった。

だが、ピクシス司令ですらこの案を実行する事はできない。

何故なら王政に反乱の意図があると判断されるからだ。

ならば、その王政のトップに直訴すれば良いと判断した。

 

 

「私がそんな事を許可すると思ったか?」

「では、何故憲兵団の権威挽回をする為に第58回壁外調査を行なったのですか?」

「王を護るのが憲兵である以上、民の信頼と信用を失墜させたままではいけないからだ」

「違いますね」

 

 

ゲラルドの意見を一蹴したフローラ。

 

 

「あなた方は、今までの負の遺産を次世代に押し付けたいだけです」

「意味が分からん」

「王政府は100年以上に渡って壁外に興味をもつ事をタブーとしてきました」

「もしそれを違反する者であれば、中央第一憲兵団などで排除してきました」

「それは良いです。問題なのは壁外からの干渉ですわ!」

 

 

王政府が壁外に興味を持たせないのは何か意味があると分かっているフローラ。

まるで鳥籠のように人類を閉じ込めている50mの壁。

巨人が人類を効率良く捕食する為の養人場であるかどうかは、大して問題ではなかった。

 

 

「超大型巨人と鎧の巨人は、確実に壁外から来た巨人能力者です!」

「それをあなた方は受け入れなかった」

「なっ…」

「もし、壁内人類が巨人に滅ぼされるのを待っているのであれば反撃などしません」

「でも、あなた方は反撃したどころか、ウォール・マリアを奪還する意思すらある」

「答えは単純ですわよね?自分の代で終わりたくないからでしょう?」

 

 

フローラは、大臣も大総統も巨人や内戦で滅ぼされる気がないと分かっていた。

壁内人類を壁外の勢力に献上するならこんな非効率なやり方をしないからだ。

なら、何故足掻くのか、答えは単純である。

滅びるなら次世代に責任や責務を押し付けて、現在を最大限愉しんで謳歌するためである。

よって、現時点で人類が滅ぼされるのは彼らも望んでいないと踏んだ。

 

 

「カラネス区に侵入してきた巨人5体、運よく討伐できたから良かったものの…」

「何が言いたい?」

「いつ、同じように50mの壁を乗り越えて巨人が侵攻してくるか分かりませんね」

「もしかしたら、この時、巨人がこっそり侵入しているのかもしれません」

「君のいう事はもっともだ!すぐに補給拠点の構築に移るとしよう」

 

 

ゲラルドは、彼女の案に反対だった。

だが、巨人が実際に乗り越えているのはそこにいるアウリール卿が目撃している。

少なくとも自分の代で滅びるつもりはない彼は、彼女の提案を受け入れるしかなかった。

 

 

「その計画にわたくしや商会を噛ませて頂けますよね?」

「もちろんだとも…」

「では、念書を記入していただきたいですわ!」

 

 

フローラはすかさず、証拠となる念書を取り出して記入を迫った。

口だけでは信用していない彼女は、徹底的に怯えた彼を利用して有利のうちに地盤を固めていく。

徹底的に追い詰めるのではなく逃げ道に誘導して優しく本人も納得する妥協案を成立させる。

それが有利になった場合の交渉のやり方である。

 

 

「書いたぞ…」

「ありがとうございます」

「これで良いか?」

「いえ、もう一点あります」

 

 

ゲラルドは今度は何があるのかと恐怖した。

しかし、述べられたのは意外な事であった。

 

 

「現在、新型の立体機動装置の開発情報を提供したいと思います」

「ほう?」

「秘密裏に開発していれば疑われるので、こっそりデータを提出したいと思います」

「それによる我々のメリットは?」

「対人立体機動装置の開発に生かせるなどのメリットがあります」

 

 

フローラは、別系統の立体機動装置が存在すると知り、その技術が欲しくなった。

か弱い自身の肉体では、リヴァイ兵士長と比べなくても限界がある。

だからこそ、新たな技術を求めていた。

要するに技術交換をしてお互いの立体機動装置の性能を高めようとする試みである。

技術4班は優秀であるが、所詮1つの班なのでやれることは限界があった。

ならば、王政に認めてもらい公式に技術交換した方がお得と判断した。

 

 

「つまり対人立体機動装置に技術をよこせと?」

「その装置に自信がないので、わたくしを仕留めきれないと確信があったはずですよね?」

「ああ、そうだ」

 

 

ゲラルドは、さきほどから無言で黙っている対人立体機動部隊の兵士を眺めた。

実戦で運用して数々の欠点が明らかになっており、何も言い返せる事はなさそうだった。

 

 

「もちろん、人目に付く事はしませんけどね」

「断ったら?」

「…大総統閣下なら断る権限など息をするくらい容易ではありませんか」

 

 

フローラは大総統に笑ってみせた。

それは単純に諦めの窮地から出たものである。

ここで彼が騒げば、今まで有利状態だった彼女のターンが終わる。

下手すれば駆けつけてきた駐屯兵に射殺されて全てが白紙に戻るだけである。

大総統に一般兵が脅迫するなど、死罪同然であるからだ。

 

 

「分かった、それも念書に記入しよう」

 

 

人は恐怖に陥ると正常な判断が下せなくなる。

ザックレー総統すら処刑できる権限があるゲラルド大総統は、調査兵の言うままに念書を書いた。

それを偉そうに椅子に踏ん反り返って見つめるフローラ。

明らかに立場が逆転しているが、普通に考えればいつでも逆転して可笑しくない状況だった。

だからこそ勢いで全てを誤魔化している。

 

 

「カーウェン、来客を玄関まで案内してやれ」

「了解しました」

 

 

この後、気絶から復帰した大臣と大総統に追撃をしたフローラ。

コミュニケーションの化け物で誰とも仲良くなる彼女。

皆から頼られてメンタルケアの達人とまで言われた事があった。

逆に言えば、舌先三寸で精神を追い詰める事が可能であるという事だ。

精神的に追い詰められて涙目になった2人は、ケニーに泣きついてしまった。

さすがに可哀そうに思ったケニーは、フローラを退室させる為に命令した。

上官の命令に従ってカーウェンは、フローラを玄関まで送迎した。

 

 

「…なんでこちらを見るのですか?」

「あんたならこの世界を盤上ごとひっくり返せると思ってね」

「あのーわたくしはか弱い乙女なんですけど…」

「調査兵団の一般兵が大総統と大臣を脅迫できるわけないでしょ」

 

 

カーウェンは、フローラに感心していた。

自分だったら成す術なく処刑されていたのに、大総統の弱みすら掴んでいた。

アウリール卿が書いた手紙から、彼も何かしら弱みを握られていると分かった。

上官に泣きついて頼ってきた所を見ると、自分達が暗殺失敗を追及されることもないだろう。

 

 

「ちょっと良いですか?」

「なに…」

 

 

優しくフローラに抱き着かれて困惑した彼女。

 

 

「何の真似?」

「これも何かの縁です。忘れない様に抱擁しておきましたわ」

「何か意味があるの?」

「少なくとも一生の思い出にはなるでしょう?」

「そうだね」

 

 

あれほど流血していたのに香水の香りで落ち着くほど良い匂いがした女。

もしケニーにされれば嫉妬してしまうほど、安らかな気持ちになった。

 

 

「また、貴女とは会える気がしますわ」

「今度は、敵じゃない事を祈るよ」

「わたくしもそう思います」

 

 

カーウェンは、こういう奴が世界をひっくり返すんだろうなと他人事だった。

もし、ケニーと出会わなければ彼女の部下になっているなと思うほどに。

こうして魔王の居城から堂々と兵舎に凱旋するフローラ。

ただ、1つ失敗したのは、脅し過ぎて王政府側が慎重な対応になってしまった事である。

 

 

「まあ、しょうがないわ」

 

 

使いたくない手であったが、こうしないと生きていけないからだ。

ミーナが見たらさぞかしびっくりするだろう。

そんな他人事のようにフローラは兵舎に向かって歩いていく。

 

 

「巨人のおかげで交渉が成立するなんて…変な話よね」

 

 

思わず愚痴ってしまうほど、巨人様様であった。

壁内に巨人が侵入してくる。

適当な口実をする為に発言したことである。

それは当たっていた。

まさか、数日以内にウォール・ローゼ内に巨人の大群が出現するとは夢にも思わなかった。

 

 

 

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