進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
アニ・レオンハートは気だるそうに目覚めた。
今日も晴れた日で特に昨日と変わらない一日になりそうだった。
ただ、いつもと違うのは、調査兵団の幹部とエレンがこの街を経由して王都に向かう事くらいか。
「アニ、おはよー」
「…おはよう」
同室のヒッチに挨拶を返したアニは、ブーツを履いて洗面所に向かっていき洗顔をした。
冷たい水が眠気を吹っ飛ばしてタオルで拭くと新しい朝が来たと実感できた。
ブラシで髪の毛を梳かして後ろ髪を髪紐で縛ってまとめておいた。
そしてフローラからもらった香水を使用して部屋に戻り兵服に着替えた。
「きつっ!脚がブーツに入らない…!」
「食べ過ぎで脚が太くなったんじゃないの?」
「…そのブーツ、私のなんだけど!?」
「通りでブカブカしているわけだ」
ヒッチは未だにアニが寝ぼけていると呆れていた。
おそらく南方訓練兵団に所属していた時もずぼらな性格だったのだろう。
一匹狼で他者と関わるつもりが無い女も、こうしてみると可愛い物だ。
返してもらった膝丈のブーツを履くと、少しだけアニの温もりを味わうことができた。
「先に行ってる」
「はいはい、すぐに行きますよって」
アニはお節介の同室の女に一言入れて部屋を後にした。
兵舎は職場と合体しているような物であり階段を降りて通路に居れば朝礼が勝手に始まる。
上官であるデニス・アイブリンガーはマルロに仕事を押し付けて賭博しに去っていく。
そして自分たちはマルロから用紙を見て本日の仕事内容を確認して持ち場に着く。
ただそれだけで終わる。
「珍しくヒッチより早く来たな」
「化粧に時間が掛かってる」
「そうだと思った」
ボリスに適当に返して通路の壁を背にして彼女は待機した。
「はぁーい!お待たせ!」
「おい、たるみ過ぎだ」
「…マルロ、乙女に言うセリフじゃないんだけどぉ!?」
「良いから早く敬礼しろ」
「はいはい」
マルロは懐中時計を確認して上官が来る時刻を確認していた。
相変わらずアニとヒッチは時間ギリギリで来るので、改善させたかったが…。
そもそも、ここは集合場所ではないが、上官が同僚と賭博する部屋に近いので指定された。
腐り切った憲兵団を立て直すには、地位が足りないと実感し、出世をする努力をすると誓った。
「うぃーす!聞いていると思うが調査兵団が王都に召喚されるんだが…本日、この街を通る」
「俺達の仕事は、奴らがこの街を通過するまでの護送任務をするだけでいい」
「市街での立体機動は一時的に許可される。本部の連中と一緒に並走し警備強化に努めよ」
「それが終わったら従来通りの任務をしてくれ」
デニスは、面倒な仕事を新兵に押し付ける気満々である。
ストヘス区の中央通りを通過するとはいえ、大した妨害はないだろう。
むしろ、護送しているエレンが巨人化するほうがよっぽどである。
まあ、奴らもバカじゃないし下手な真似はしないと思い、マルロに書類を押し付けて去っていく。
「待ってください!護送団を何から守れば良いですか?」
「お前、王政の大臣を護送する時にいちいち理由を訊かないと気が済まない質か?」
「それは…」
「何事もなければそれでいいんだ。その何かが起こらない抑止力にするのが俺達の仕事だ」
デニスは、マルロの真面目さに呆れていた。
そんなものいちいち気にしなくていい。
王政に逆らう者など居ないし、そもそもよっぽどの事が無い限り問題は起きないはずだ。
そんな事よりさっさと同僚の所に向かいたかったのもある。
「我々、上官は忙しい。頑張ってお前達だけでやり通してみろ。以上だ」
デニスがドアを開けると部屋の中で任務中に飲酒、喫煙、賭博している憲兵が居た。
それを見てマルロは唇を噛み締めたが我慢して彼を見送った。
マルロたちは上官から受け取った書類を見て支部の建物から出て打ち合わせを行なった。
「ふざけてやがる!」
「確かに想像以上に腐っていたね…この組織。だから選んだんだけどね」
「でも、新兵の内はほとんどの仕事を押し付けられるんだねー知らなかったよー」
ウェーブ髪のヒッチは、近くにあったゴミ箱を腹いせに軽く蹴り飛ばした。
彼女もイライラしていたが、第58回壁外調査に参加する事に比べれば大したことは無かった。
他の城塞都市から参加した憲兵が巨人に喰われたのを目撃した時、失禁しそうになった。
それどころか、薬草採取までしに行ってよく生き残ったものだと思っている。
「後で見てろよ!絶対に俺は腐り切った憲兵団を変えてみせる」
「えーすごい!マルロ、あんたそういう奴だったの!?」
「俺が頂点になったら、憲兵に給料分を働かせる。罪人には相応の報いを受けさせる」
「やべぇ!マジで!?あんた本物じゃん!つまんねぇ奴だと思ってゴメンねー!」
マルロの独白を聴いてヒッチは笑った。
憲兵団の兵士は、大きく2つに分けられる。
訓練兵団で成績10位内になった者と、駐屯兵団でキャリアを積んで転属される者だ。
前者は、腐敗した憲兵であり、後者は憲兵団師団長のナイル・ドークなど上層部である。
「おいおいマルロ、腐敗した憲兵のせいで自分か身内が酷い目にあったりしたのか?」
「いや、ないが?でも奴らの悪行は、誰もが知っている事実だろう?」
「はぁ?」
「とにかく所構わず本能で動物の様に生きる奴らを…ただの普通の人間に戻す…それだけだ」
きっと腐敗した憲兵を恨んでいるせいなのだろうと思ったボリスは思惑が外れた。
復讐でもないのに、わざわざ特権階級を変えようと思わなかったからだ。
こいつの発言は、兵団上層部に所属して同僚の給料を新兵と同等にすると言っているものだ。
戦場で命を賭ける兵士より、書面で処理する奴らが高給をもらうべきでないという戯言と同等だ。
「あははははは!やめてぇよ!笑い死にしちゃううう!」
ヒッチは、よっぽどツボに嵌ったのか、砂で汚れるのも気にせずに笑い転げていた。
憲兵団上層部は、基本的に駐屯兵団から転属してきたキャリア組しか所属できない。
向上心がある者は、大学に行くか総統局に転属していく為、残るのは腐敗した憲兵だけである。
要するにマルロの夢は絶対に叶わないものだった。
「大層な目標だな…せいぜい頑張れや」
ボリスはマルロの話を聴いて呆れた。
訓練兵団で上位10名に登り詰めたのだから、その分だけ楽をすればいい。
収入は生半可な駐屯兵より多く、王政に携わる先輩のコネもあるので将来的に楽ができる。
王政の仕事に携わっても良いし、学歴を求めて大学に行っても良いし、転属してもいい。
腐敗した先輩方も、そういった新兵に【道】を作る為に存在しているものだ。
「あんたみたいな『正しい人間』が体制を占めたら、それこそ終わりだと思うよ」
「何だ…お前、ちゃんと喋れたのか…何か言いたいなら喋ってみろよ」
マルロはアニがちゃんと会話できたのに驚いた。
一匹狼で少なくとも憲兵団で誰とも自発的に話しかける女ではなかった。
だからこそ話をもっと聴いてみたいと思った。
「あんたは正しいよ。正しい事を言うんだから。私はそういう人を知ってる。大きな流れに逆らうのは勇気が居る事だからね。馬鹿かもしれないけどそういう人は珍しいよ」
アニは、エレンの事を思い出していた。
どうしようもない馬鹿だったが、勇気と行動力で皆の考えを変えていく変わった奴だった。
思えば、彼に格闘技を教えた自分も馬鹿かもしれない。
もはやそんな事はどうでもいい。
ただ、ひたすらに口から言葉が溢れていて止まらなかった。
「でも一般的じゃない…あんたのような人物は特殊な人と言われる。人は楽をできるなら楽をしたい生き物さ、他人より自分に利益を追求して楽できるときは楽をする。それをあんたは【悪】と呼んだが、それが一般的じゃないかな」
「少なくとも私の同期たちは、憲兵団を目指す悪党やクズしかいなかったよ。まあ、そういう奴はトロスト区防衛戦で戦死して、生き残ったのは一握りの強者しか居ないけどね」
104期憲兵は、珍しくアニが話し続けているのに注目していたが話が長すぎて飽きていた。
他人の自慢話ほど面白くない話は無いからだ。
やっぱり無口の方がミステリアスな女性で人気があると実感した。
「何が言いたいかというと、この組織は人間の本質が良く表れる構造になっているだけだと思うから…マルロが変えるべきなのは組織じゃないのかと思っただけ」
思っていたことを吐き出したアニは、自分の長すぎる発言に同僚が呆れているのを実感した。
長時間の話に付き合ってくれるのはミーナとフローラだけであった。
【戦士組】から距離を置いている彼女は、彼女達が自分の本音を曝け出せる存在である。
少なくとも白い目で見られることはなかったはずだ。
「話長すぎ…つまんないし」
「まさに普段喋らない奴が…って奴か」
「もう時間だし、行こうぜ」
長話に飽きたのか、アニから離れる様に持ち場に向かっていった。
マルロは、アニの話を聴いて自分が変えるのは人ではなく組織なのかと考えていた。
わざわざ優秀な人材が逃すような組織を憲兵団のトップであるドーク師団長が見逃すわけがない。
意図的に残しているのか、それとも巨大過ぎてつぶせないのか分からない。
ただ、人に自分の考えを強要するべきではないと思っただけであった。
「俺は本気だからな!手始めにこの任務を完璧にこなしてみせる」
第58回壁外調査に駆り出されて巨人を討伐したマルロ。
最初は不可能だと思っても意外とできるものだ。
少なくとも人が創り出した組織である以上、人が変えられないのはあり得ない。
巨人討伐の経験が彼の妄想の産物から現実の妥協策に落とし込めるほど成長していた。
「全く呑気なもんだね…」
アニは彼らの後を追いかけて歩いていく。
ベルトルトもライナーも碌に連絡をよこして来ないせいでどうなっているか分からなかった。
巨人化できるエレンが王政の中枢の管轄になると厄介な事になるだけは分かっている。
いっそ、フローラに頭を下げて彼の居場所を訊き出そうと考えていた。
「アニ…」
誰かに呼びかけられて、その方向を見るとアルミンが居た。
何故か雨具の合羽を着ており、できるだけ目立たない様にしていた。
何かを企んでいるのはすぐに分かった。
「やぁ、すっかり憲兵団だね」
「アルミン…?どうしてストヘス区に?そしてその恰好は…」
「アニ、エレンを逃がす事に協力してくれないかな…このままじゃエレンは殺されちゃう!」
「…正気?」
「ウォール・シーナの検問を通り抜けるにはどうしても憲兵団の力が欲しいんだ」
アルミンは必死にアニに懇願した!
彼女の協力が無ければ憲兵団の検問を潜り込めないからだ。
「あんたさ、私がそんな良い人に見える?」
「良い人か…その単語は好きじゃないんだ」
「なんで?」
「自分にとって都合の良い人をそう呼んでいる気がするから…」
「ふーん」
アニからすれば、怪しくてしょうがなかった。
エレンを逃がせば、それこそ人類の敵と判断されるだろう。
建前とはいえ、特別兵法会議が控えており、そこから逃亡するのは王政の攻撃材料を増やすしかない。
むしろ、調査兵団の反抗の行為を示せば、王政の逆鱗が触れて即座に兵団が潰される案件である。
「だからこの話に乗ってくれないなら…アニは僕にとって悪い人になるね…」
「悪いけど乗れないよ、黙っておくから勝手に頑張んな」
アニはアルミンに背を向けて歩いていく。
エレンを逃している間に審議会勢力をひっくり返す材料を集める様だがどうでもよかった。
「お願いだよアニ…君だけが頼りなんだ!」
「説得力が無いのは分かってる…それでも大きな賭けをしないといけないんだ!」
「あんたの言ってる事は、借金の連帯保証人になれと言っているもんだよ、やるわけない」
アルミンは焦った。
アニが全然乗って来ないからだ。
こっちは心の余裕が無いのに向こうは何故か余裕があった。
このままでは地下道に誘導できない。
無理やり連れて行こうとすれば、付近に居る憲兵に気付かれてしまい作戦が失敗する。
優秀な頭脳を必死に稼働していると、彼女から香水の匂いがするのに気付いた。
「ねえ、アニ。その香水は…」
「フローラからもらった物だよ。それ以上もそれ以下もない」
ここでアルミンは、アニはフローラと一番仲が良いのを思い出した。
彼女の純粋な笑みは、ミーナかフローラぐらいしか見せる事がなかったからだ。
「そのフローラが『ウォール・ローゼの通行許可証』を用意してくれたんだ」
「これを見せればアニが信用して協力してくれるって言ってたんだ」
アルミンは、どうにかして説得しようとしていたが自分の手札では無理だと実感した。
それがダメならフローラの名を出すだけでいい。
現にフローラの名が出た瞬間、歩みを止めて振り返った。
「ちょっと見せて」
「いいよ」
「…これ、ザックレー総統のサインが入った通行許可証じゃない…」
「そうだよ、総統閣下も【こっち側】だよ。ただ脱出に協力してくれる憲兵だけが居ないんだ」
アルミンもフローラがザックレー総統のサインがある通行許可証を渡してくるなんて驚いた。
ただの新兵が、総統局の長と親交があり、専用の通行許可証を持ってるなんて夢にも思わなかった。
前回行なわれたエレンの処遇を問う特別兵法会議における議長のサインがある通行許可証。
一般兵どころか貴族ですらもらえないものであるからインパクトがある。
「いいよ…のった」
特別兵法会議の議長が味方なら信じるしかないアニは、アルミンの案に乗った。
一応、護身用の指輪を彼に気付かれない様に填めたが使う事が無いのを祈っていた。
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「しかし、ここまで上手く行くとは…」
エレンは、ジャンを替え玉にしてまんまと護送された馬車から抜け出せた。
そもそも馬車に乗ってから全然確認されなかったのを見ると完全に油断していた。
影武者のジャンがバレる可能性はあるが、すぐに気づかれる事はないと断言できるほどだ。
思わずそれでいいのかと言いたくなった。
「何で今なの?」
「この入り組んだ地形を利用しないと替え玉作戦が旨くいかなかったんだ」
「ある程度、従順にしておいた方が警戒心が解かれて時間稼ぎができると思ったんだよ」
「そう、納得したよ」
アニの素朴の疑問にアルミンは納得できる返答をした。
人間である以上、どこかに欠点がある。
第一印象で判断していたら尚更である。
まさか王政に逆らうという選択肢が思い浮かばない憲兵たち。
従順だからまさか逃走するとは思わない心理。
それを上手く突いたのが実感できた。
…ただ、やたらと街が静かなのに違和感を覚えてしまう。
「よしここだ」
「ここは…?」
「昔、計画されていた地下都市の廃墟の入り口なんだ」
「何で廃棄されたんだ?」
「それは王立図書館で文献を漁らないと分からないよ…」
「エレン、今はそれどころじゃないでしょ」
「そうだったな…」
アルミンとミカサとエレンは地下通路への階段を降りて行った。
アニは彼らを見下ろす様に待機していた。
「おい、何やってんだよ。お前が居ないと街から出れないんだが…」
「エレン、協力してもらってるのにその態度は駄目だよ…」
「アニ、降りてきて。戦力は1人でも多い方が良い」
アニは彼らを上から見下ろした。
とっても薄暗くてジメジメしていそうな通路である。
アニ・レオンハートは、そこから一歩も動こうとはしなかった。
「何だよ…まさか閉所恐怖症とか言うなよ」
「ああそうだよ、か弱い乙女の気持ちなんて分からないだろうさ」
「フローラみたいな戯言を言わないでくれ…本当にヤバい状況だからさ…!」
エレンはアニが地下道に降りて来るのを願った。
女型の巨人とは一切関係ない無愛想で一匹狼の女で居て欲しかった。
アルミンもミカサも気付いていた。
地下道の入り口で顔色を変えずに微動だにしない彼女がここを怖がっていない事に…。
「地上に行かないなら協力しない」
「な、何言ってんだ!さっさとこっちに来てくれ!!」
エレンはそれでも信じたかった。
格闘技を教えてもらい、3年間一緒に過ごした女を信じたかった。
「エレン…大声は…」
「もういいよミカサ、これ以上の茶番は傷つくだけだから」
「…いつから気付いていた?」
「さっきから全く人が居ないから…」
アニは悲しい顔をした。
通行許可証が本物だったからまんまと騙された。
騙されたのもあったがなにより…。
「全く傷つくよ…一体いつからアルミン、あんたは私をそんな目で見るようになったの?」
「アニ、なんでマルコの立体機動装置を持っていたの?」
「あれは…拾った…むしろ何で分かったの?」
「一緒に整備したからだよ。僅かな凹みや傷も思い出だったから僕には分かったんだ」
ここで【104期憲兵】のアニ・レオンハートの人生は終わった。
ここからは、【マーレの戦士】のアニ・レオンハートが再び始動する。
「はぁ、これ以上誤魔化せないか…」
「…信じられないよ…きっと見間違いだと思っていたのに…」
「私だって聞き間違いでいたかったよ…」
シガンシナ幼馴染3人組に正体がバレてしまった。
ならば、フローラやミーナにも知られてしまったのだろう。
アニは今まで築き上げてきた人生が音を立てて崩壊していく感じがした。
「なんであの時、僕を殺さなかったの?そうしておけばバレなかったのに…」
「ああ、心底そう思うよ。ミーナとフローラとヒッチでドーナツを食べる約束をしていたのに…まさかあんたにここまで追い詰められるなんてね…あの時、殺しておけばまた一緒に…」
アニは、フローラとミーナとストヘス区で別れる時にまたドーナツを食べる約束をしていた。
今となっては、二度と約束が守られる事はないだろう。
調査兵団を半壊させた元凶なのだから。
いつかは崩壊するスパイ生活。
分かっていたのに、何故かずっと兵士生活を続けたいと思ってしまった。
アルミンを殺さなかったばっかりに、幸せな日常は崩れ去った。
「おいアニ!本当は女型の巨人の能力者に脅迫されているんだろう!?」
「ここに来るだけでお前の無実を証明できるんだ!」
「…ごめん、そっちにはいけない」
あのデリカシーが無いホモ野郎は、兵士と戦士に精神分裂した糞野郎だ。
いつも面倒な仕事ばっかり押し付けてくる癖に他人事のように発言してくるゴリラ野郎。
何度も殺してやろうと思った。
腰巾着野郎も勝手にカミングアウトして死んでいった奴も殺したかった!
一名、既に死んでいるが、自分の手で殺害したかった。
でも、自分も戦士ではなく兵士と過ごしてきた以上、彼らを裁く権利はなかった。
「私は…戦士になり損ねた」
「もう時間が無い!早く来いよ!」
「話してよアニ!まだ話し合う事ができるはずだよ!」
もうやめて欲しかった。
アルミンの一言で説得されそうだった。
「もういい!これ以上聞いてられない!もう一度ズタズタに削いでやる!女型の巨人!」
ミカサが雨具を脱ぐと立体機動装置を纏っており、鞘から操作装置に刃を装填した。
その刃をアニに見せつけるように構えた。
「あははは…ははははは!あっはははははははは!!」
それを見たアニは笑った。
まるで照れる様に顔を染めて腹を抱えて笑った。
今まで一匹狼を演じてきたが、もう演じる必要がなくなり嘘を付く必要が無くなった解放感。
もう二度と日常生活に戻れないという覚悟。
16歳の少女でしかない彼女は笑うしかできなかった。
エレン達は、ただ彼女が笑っているのを見ているしかできなかった。
「ははははは…アルミン…私が良い人で良かったね。ひとまずあんたは賭けに勝った」
あれほど正体がバレるのを恐れていたアニ。
だが実際に女型の巨人とバレるとここまで笑う事ができたのは彼女も想定外だった。
調査兵団の兵士を殺害してきた事による罪悪感。
皆から蔑まれて自分の居場所がなくなった孤独感。
そしてなにより今ならまだ憲兵に戻れるチャンスはある。
「…でも私が賭けたのはここからだから!」
アニは噛もうと指を口に近づけた。
全てを終わりにして故郷に帰って父に再会する為に!
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フローラ・エリクシアは、アルミンからもらった望遠鏡で辺りを眺めていた。
主婦たちが雑談しており、近くではその子供たちが遊んでいた。
貴族が優雅に庶民に見せつける様に歩いており、従者がそれを護るように展開している。
今日は雲が多い晴れの日であり、日差しが眩しかった。
「何か見つけたか?」
「いえ、レスター班長。特に問題は無さそうです」
「おい貸せ!」
「ハッ!」
第三分隊のレスター班長に望遠鏡を貸した。
彼が状況を確認している間に今、得た情報を彼女は手帳に記した。
「目標に接触したはずだが、やけに静かだな……」
「よし、もう少し接近するぞ!」
「了解しました!」
少しの間、望遠鏡で眺めていた班長であったが、もっと接近する事にした。
もしかしたら、無事に捕縛が成功したかもしれないからだ。
それでも向かうのは、実際に捕縛した様子を見ないと安心できないからである。
フローラに望遠鏡を返して立体機動装置を使って地面に着地した。
「はぁ…」
操作装置のグリップを握ってアンカーを民家の壁に撃ち込んでゆっくりと着地したフローラ。
同期であるアニ・レオンハートの負の感情が手に取るように分かった。
だからこそ、女型の巨人だと分かってしまい憂鬱だった。
「民家に撃ち込んだアンカー跡って後で賠償されるのかしら?」
つい余計な事を考えてしまった。
考えないとやってられないのもある。
「装備の確認は怠るなよ」
わざわざレスター班長が経験豊富の自分にそれを告げたのをみると相当、顔がまずかったようだ。
フローラは慌てて緑色の外套のフードを深く被った。
近くにある民家の窓の中は暗く、鏡の様に窓が反射してくれたおかげで姿を確認できた。
呼吸を整えて再び彼を見ると、それを待っていたかのように走り出した。
置いて行かれない様にフローラも全速力で駆け抜けた。
「急ぐぞ!」
「目標は既に捕縛の準備に入った!」
アルミンの発砲音が遠くから聴こえてきた。
それを受けてジルバ、レクソンも加わりアニを誘導する地下道に向かっていった。
「あそこだ!」
レスター班長の怒声を聴いた瞬間、フローラはアニの姿が見えた。
民間人に化けた調査兵たちに取り押さえられている現場であった。
だが、フローラはそれを目撃した瞬間、逃げ出した。
「総員、退避!退避いいいいいい!!」
必死に退避を叫んだ!
アニの負の感情は『まとめて吹っ飛ばしてやる』だったからだ。
何言ってんだこいつと聞き流した第三分隊の3人はアニに向かっていった。
フローラは立ち止まり、近くに民家に隠れようとすると爆発した!
思わず両腕で顔面を守ったがフローラは爆風で吹っ飛ばされてしまった。
地面に全身を打ち付けてもなお、立ち上がろうとするとアニが居た場所に女型の巨人が居た。
「ああ…」
砂煙と瓦礫の破片、そして悲鳴が伝わり、一瞬、現実とは思えなかった。
口内に砂が入り込んで五感でアニが巨人化したのだと分かってしまった。
「まだ…」
フローラはブレードを鞘から抜いて必死に応戦しようとした。
…が視界が揺らいでおり意識が朦朧としていてそれどころではなかった。
痛みは慣れたものだが、それでも身体がついてこれなかった。
「うっ!」
女型の巨人はこちらに気付いたように走り出した。
踏みつぶされる!
そう思っていたが、こちらの身体を越えて去っていた。
その後ろ姿を見て追おうとするが力が入らず、フローラは瞼を閉じて倒れ込んだ。
まるでここで休めば、永遠に悲しみを背負う必要が無いと言わんばかりに…。